サムライは鬼の形相だった。積もりに積もった思いを、バットに込めた。同点で迎えた八回無死。小笠原が清水のスライダーを渾身(こんしん)の力で振り抜く。打球は、オレンジ色に染まる右翼席上段に突き刺さった。
「打席の中では、集中して頭を真っ白にしていた。最近はなかなかチームに貢献できていなくて、そういう意味ではいい一本になった。ホッとしました」
汚名返上の一打だ。17−19日の中日戦は3試合で11打数無安打。3連敗の責任を一身に背負った。8試合ぶりの一発にも笑顔はなかった。
身につけた“戦闘服”のためにも、負けられなかった。前回の中日戦に続き、この3連戦も2リーグ制になった1950年当時のユニホームを着用。60年前のメンバーは1番千葉、3番青田に4番川上。投手は球界初の完全試合を達成した藤本に別所…。小笠原の背番号「2」は、呉新享(ゴ・シンキョウ)が着けていた。
その前回は3連敗。試合前に、大型ビジョンに映し出された熱いメッセージに奮い立った。
「ユニホームの復刻を感慨深く感じるとともに、若い選手たちが巨人軍の歴史を背負ってプレーしてくれることを頼もしく思います。時代は変わっても『巨人軍は強くあれ』と精進を続ける選手たちの魂は不変であると感じています」
V9時代の監督で“打撃の神様”と呼ばれた川上哲治氏(90)からの言葉だった。さらに、試合前のベンチには400勝投手・金田正一氏(77)が訪問。「オレはこのユニホームの巨人と戦ったんだよ」と激励した。歴史を築いた先輩たちの名誉のためにも、これ以上、負けるわけにいかなかった。
「大先輩方が着ていたユニホームで身が引き締まる思いだった。そういう意味でも1勝できてよかった。でも、もっと厳しい戦いは続く。きょうの一打を無駄にしないよう、1打席1打席を大切にしていきたい」
阪神が敗れ、10日ぶりの首位奪取。それでも小笠原にスキはない。ゴールテープを切るまでは全力。『巨人軍は強くあれ』の伝統は、現代のG戦士たちに脈々と受け継がれている。(桜木理)