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[21199] 鏡の国から来た使い魔【オリっぽい主】
Name: FTR◆9882bbac ID:e07934d6
Date: 2010/08/17 19:30
FTRと申します。

チラシの裏にて投稿させていただいておりました「【習作】風の国から来た使い魔」の本板移動になります。

<はじめに>
・文章表現や情景描写に至らぬ点がたくさんあります。

・内政や軍事についてチートはありません(作者の脳みそ的な意味で)。

・主人公がアレな性格です。

・悪人ではありませんが善人でもありません。

・ハーレムはありません。

・基本は原典踏襲が前提ですが、その内乖離する可能性があります。

・原作キャラの性格の改変や独自解釈、設定追加があります。

・筋肉の舞踏が発生することがあります。


以上につきご注意いただいたうえでご覧下さいますようお願いいたします。


至らぬ作者ではございますが、何卒御指導御鞭撻のほどをよろしくお願いいたします。


***************************************************
<更新履歴>
2010.08.16
チラ裏から移動
その際の操作ミスで誤消去。
私の駄作はどうでもいい(確かどこかに退避があったはず)が、せっかくいただいた御指導や感想も消滅。
誠に申し訳ありません。いや、マジで、本当に申し訳ありません。
キャッシュで拾った1話のみ取り急ぎ投稿。
すみません、本当に。

同日
窓様のご厚情により何とかリカバリーに成功。
この場を借りて窓様に千の感謝を。
内容につき修正をしようとも思いましたが、これも戒めとして現状のまま掲載。



[21199] その1
Name: FTR◆9882bbac ID:e07934d6
Date: 2010/08/16 22:00
“不思議なる国をさまよい

   永き日を 夢見て暮らす  束の間の 夏は果てるまで

         金色の 夕映えのなか  どこまでも  たゆたいゆかん

                             人の世は 夢にあらずや”








その時、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは混乱していた。

トリステイン魔法学院、春の使い魔召喚の儀式。

誰もが順調に召還を成功させるのを余所に、自分だけは幾度ルーンを唱えても起こる現象は爆発ばかり。

実際、すっかりなじみになった爆発ではあるが、この儀式ばかりはいつも通りというわけにはいかない。
失敗すれば恐れていた留年や放校が現実味を帯びてくるだけに背水の陣、まさに人生の岐路であり正念場であった。
しかし、その必死の思いを嘲笑うかのように使い魔はとんと現れる気配はない。
幾度もの失敗の果て、教師になだめられてこれが最後と思って振るった杖がもたらしたのはやはり爆発であった。

ルイズは落胆した。
滲む涙に視界が揺れかけたその時、爆煙の中に、微かに蠢く影があった。

その事実に、一瞬ルイズは狂喜した。
そして次の瞬間には都合のいい幻かもしれないと自分を諌めたりもした。
やがて煙が晴れ、明らかになったその姿にルイズは唖然とした。

果たして、そこにいたのは革の胴着を着た、身の丈2メイル近い黒髪の大男であった。



な、何よ、このマッチョは?



ルイズの正直な感想はこんな感じであった。
ドラゴンとか幻獣なんて贅沢は言わない。
せめて動物系を期待していた己が呼んだのは剣を背にした大男にして、どこから見ても平民。
得体が知れない生命体とどっちがいいかと言われればちょっと悩むが、それにしたってこれはあまりではないか。

絶望は、希望の後に来る方が傷が深い。

ルイズは崩れ落ちそうな膝を支えるのに苦労した。
男は、深いバリトンで言葉を発した。

「我を呼んだのは貴様か?」

妙に尊大な態度の男であった。

「そうよ」ルイズは精一杯腹に力を入れて答えた。


説明タイム。
ルイズは大まかに男の現状について上からの物言いで説明した。


「ふむ、では、貴様は我を奴隷として組み敷きたいというわけだな?」

「そうよ。ありがたく思いなさい」

しかし、返ってきた答えはルイズの想像の斜め上に突き抜けたものであった。

「断る」

まるで『雨が降ってきたな』というくらいあっさりと男は言った。
当然のごとくルイズは激昂した。

「うるさいわね、あんたは私の使い魔なの。あたしの言うことを聞かなくちゃいけないのよ!」

「なされたことは召還のみで、契約とやらをまだしていないと今言ったではないか。よって我は自由。そのような理不尽な拘束は御免こうむる」

「何ですって~!」

「あ~、よろしいですか、ミスタ」

ボルテージが上がり始める二人の間に割って入ったのは、当学院に奉職20年の、頭髪がやや寂しい教師、コルベールであった。
男はコルベールに視線を向けて告げる。

「あなたがここの責任者か。どうやら子供の躾がなっていないようだ。指導者としての器に疑問を持ちますな」

「私の資質はともかく、契約に応じていただけませんか?」

「断ると言ったではないか」

「しかし、使い魔召還は我が校における進級の必須事項でして、仮に契約できなければミス・ヴァリエールの人生が大いなる影響を受けるのです」

「その結果、我の人生に大いなる影響があることは度外視されるわけか?」

「残念ながらその通りです」

「ふむ、了解した」男は頷いた。

「それは何よりです」

「ゆえに今一度言おう。断る」

「し、しかしですね」

「第一、今あなたが言ったではないか。召還こそが進級の条件だと。契約は付随的かつ儀礼的なもの。違いますかな?」

「そ、それはそうですが」

基本的に召還と契約、サモンサーヴァントとコントラクトサーヴァントはワンセットで考えられるが、規則に照らせば進級の条件は確かにサモンサーヴァントの成功である。
これまで呼びだしただけで契約をしなかった事例がないために誰もがセットで考えていたと言えよう。

「少なくとも、我は己の器も計れない洟垂れに臣従するつもりはない」

「誰が洟垂れよ!いいからかがみなさい!」

「やかましい」

ぴょんぴょん飛び跳ねているルイズに男は強烈なデコピンを放った。

「ぎゃ~!」

貴族の子弟にあるまじき悲鳴を上げてルイズはのたうちまわる。
額から上が消し飛んだと錯覚するような一撃であった。

「何を勘違いしているのか知らんが、相手が自ら首を垂れる徳をもってから物を言え」

「み、ミスタ、どうか暴力はお控えください」

「ふむ・・・」

間に入るコルベールの低姿勢に、男は思うところがったような表情で考え込み、そして言った。

「ふむ、ではひとつ、建設的な提案をしよう」

「それは興味深いことです」

「我も当面は暇な身なれば、しばしの間、使い魔候補として従事してやらんこともない」

「候補?」

「この者が主として相応しいかどうか見極めさせてもらおう。我の眼鏡に適わなかったら、その時はあきらめてもらう。
これが最大限の譲歩だ。力ずくと言うのならこちらも相応に対応させていただく。如何に?」

これに対し、コルベールは折れざるを得なかった。

「致し方ありません。まずは進級が第一です。ミス・ヴァリエールもそれでよろしいですね」

額を抑えながら涙目のルイズが不満を隠そうともしない表情で頷いた。

「進級を認めていただけるならそれで結構です」




「何でこんなことになっちゃったんだろう」

「全く同感だ」

周囲の生徒が平民を召還したルイズをはやし立て、飛び去った後で残された二人は同時にため息をついた。

「何よ、偉そうに。ま、いいわ。とりあえず、あんた名前は?」

「あるぞ」

「名前の有無を聞いたんじゃないわよ。名前を名乗れと言っているのよ!」

「名前の交換は、まず自分から名乗るのが礼儀であろう」

「いいから言いなさい!」

「ふん、勝手なことだ。よく聞け。
我が名は、シシカバブ・タンホイザー・デュラムセモリナ・クセルクセス・パッキャマラード・ビビデバビデ・サンチョパンサ・マンゴスチン・サマルカンド・ワンダーフォーゲル・ラスプーチン・チグリスユーフラテス1世だ」

「な、長い名前ね」

「我の国では短い方だ。貴様の名前は?」

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」

「貴様も長いな。もう一度言ってみてくれ」

「しっかり覚えなさいよ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」

「合っているな。・・・ひょっとして本名だったのか?」

「当り前でしょ。あんたのことは何て呼べばいいのよ。シシ・・・なんですって?」

「ああ、さっきのは出まかせだ。魔術を心得る者においそれと本名を教えるわけがなかろう」

「・・・あ、あんたねえ!」

「名前は重要だ。時として呪いの対象になり、相手を支配するキーワードにもなるからな。まあ、我の事は『サイ』と呼ぶがいい」

「また偽名じゃないでしょうね?」

「近しい者はこう呼ぶ」

「何だか判らないけどいいわ。行くわよ」


草原をてくてくと無言で歩きながら、やがてルイズは沈黙に耐えられなくなって口を開いた。

「何か訊きたいんじゃないの?」

「何をだ?」

「何で飛んでいかないのか、とか」

「貴様はあの手の魔法が苦手なのだと見たが?」

事実を突かれてルイズは言葉を失った。

「それくらいは判る。何、気にするな。誰でも得手不得手はあるものだ」

「何よ、偉そうに。あんたに何が判るのよ」

「貴様があの手の魔法が苦手だということだ」

「悪かったわね」

「後ろ向きなことだ」

「何ですって!」

「我は長所を延ばし、褒めて育てる主義でな。出来ないことで悩んでウジウジするより得意分野を伸ばすほうがよいと考えておる。
貴様とて全く魔法が使えぬわけではあるまい?」

「・・・使えないわよ」

苦い物を吐きだすように、ルイズはポツリと口にした。

「それは妙だな」

「何でよ」

「我がその証明だ。貴様が魔法を使えないというのであれば、ここに呼ばれてしまった我の立場はどうなる。
この召還とやらは魔法ではないのか?」

「それはそうだけど」

「では使えるとしか言いようがないではないか」

「出てきたのが平民のあんたじゃ成功したなんて言えないわよ」

「我もできれば貴様が魔法を使えぬ無能者であって欲しかったがな。
おかげで大いに迷惑なことになった」

「私だってあんたみたいなデクノボーなんか使い魔にしたくなかったわよ!」

「契約をしておらんから使い魔ではないぞ。強いて言うなら貴様の不徳のために連れてこられた被害者だな」

「口の減らない男ね」




その夜、二人はルイズの部屋で基本的な情報を交換した。
驚いたことに、男は前にいた場所の事を思い出せないという。
また嘘だろうと詰め寄ったが、おかしな召還のせいだろうと煙に巻かれてしまう。
どうにも掴みどころのない男に、ルイズは徒労感を覚えて肩を落とした。

「疲れたからもう寝るわ」

「早寝なことだ。美容と健康によいぞ」

「うるさいわね」

「ところで、我はどこで寝起きすればいいのだ?」

ルイズは黙って床を指さした。

「・・・ほう」

「毛布だけは貸してあげる」

そう言いながら、ルイズは服を脱ぎ始めた。

「男の目に肌をさらして平気なのか?」

「使い魔を男だなんて思ってないわよ。これ、明日洗濯しておいて・・・って、何やってるのよ!」

脱いだ下着を渡そうと振り返ると、男はおもむろに脱衣を始めていた。

「我は寝るときは服を着ないのだ」

当り前のような表情で男は脱衣を続ける。
革の胴着を脱ぎ、ズボンを脱ぎ、シャツを脱ぐ。
鋼のような肉体が夜気にさらされると、むせかえるような男性ホルモンの芳香が部屋に充満した。
分厚い筋肉が発する熱量にルイズは眩暈を覚えながら叫ぶ。

「ば、馬鹿言ってんじゃないわよ!」

「何か問題でもあるのか?」

背中の筋肉をもりもり動かしながら男が振り返る。

「当り前でしょっ!素っ裸の男と同じ部屋でなんて眠れないわよ!」

「自分で今言ったではないか。使い魔は男ではないのであろう。気にすることはないではないか」

そう言いながら男がパンツに手をかけるのをルイズは真っ赤になって押しとどめた。

「わかった、わかったからやめて!」

「何をだ?」

「あんたを男と認めるからやめてちょうだい!」

必死なルイズを面白そうに男は眺めた。

「最初からそういうふうにまともに応じておればよかったものを」

「う、うるさいわね。ちゃんと服着て寝てよ!」

「それで、我はどうすればいいのだ?」

脱ぎかけのパンツのゴムをびよびよ伸ばしながら男は言う。
彼の意に反した答えを口にした次の瞬間に一生もののトラウマを刻まれることを確信し、ルイズは己の敗北を悟った。

「寝具はできるだけ早く整えるから、今夜はそこで我慢して」

「やはり床で寝ろと?」

「仕方ないでしょ、まさか人が出てくるなんて予想できなかったんだから!」

「まあ、言い訳としては妥当な線だな。いいだろう、しばらくは我慢してやろう。ありがたく思えよ」

毛布をかぶってさっさと寝着いてしまった男を見ながらルイズは宙を仰いだ。


「・・・もう泣きたい」



その夜、男が発する雷鳴のような鼾にルイズは明け方まで眠れなかった。



[21199] その2
Name: FTR◆9882bbac ID:a6b9dcbf
Date: 2010/08/16 21:01
翌日の朝は衝撃から始まった。

「朝だ。さっさと起きるがよい」

ベッドを軽々と持ち上げられ、毬のように床に転がってルイズは目覚めた。

「痛たた、な、何事よ?」

「さっさと着替えて学校に行く用意をせよ」

「あ、あんた誰!?」

「ほう、自分で呼び出した者を忘れるとは挨拶だな。ん?」

すごくいい笑顔で筋肉をポンプアップさせならが男はルイズに詰め寄った。
朝っぱらからその筋肉の凄まじい熱量を感じ、ルイズは後ずさった。

「お、思いだした。思い出したからにじり寄らないで!」

ルイズの悲鳴に男はあっさりポージングを解いた。

「・・・服」

「また我にストリップをやらせたいのか?」

せめて着替えを手伝わせようと思っていった言葉にカウンターが返って来た。

「ち、違うわよ。あ~、もう、嫌になってくるわ」

「奇遇だな、我も同感だ」

「う、うるさいわね」



とりあえず着替え終わり、部屋を出たところで隣の部屋のドアが開く音が聞こえた。

「おはよう、ヴァリエール」

「ツェルプストー・・・」

朝っぱらから見たくない顔その2が意地悪そうな目でルイズを見ていた。

「あら、それがあなたの使い魔なの?」

「うるさいわね」

「あっはっは、あんた、本当に平民を呼び出したのね」

おかしそうに笑い、無遠慮な視線を男に向けた。
上から下まで舐めるように値踏みする。

「ふ~ん、平民にしてはなかなか素敵な殿方じゃないの。あなたお名前は?」

その言葉を受けて男は口を開いた。

「おい、自称主。我はこの娘と口を聞いても良いのか?」

「へ?」

いきなり振られた話にルイズは一瞬反応できなかった。

「仮にとはいえ、今の我は貴様の従者なのであろう。
貴様がいるところで貴様が自称する貴族と思しき人物と従者が直接やり取りすることは問題があるのではないか?」

「そ、それもそうね。サイ、この娘は相手にしなくていいわよ」

「それでよいのか?」

「な、何よ」

「今、我は貴様の器を量っている。ここでお高く止まるもよし、懐の深さを開陳するのも貴様の勝手ではあるが、
我は我なりの尺度で貴様の考えを斟酌する。
その結果が積もった果てに、どういう結論を下すかは我の自由と言うことだ」

「私を試そうというわけ?」

「さてな。さあ、どうする、自称主」

キュルケに劣らず意地の悪そうな笑みを浮かべて男が選択を迫る。

「わ、判ったわよ。挨拶なさい」

「ふむ。まあ、いいだろう。プラス1ポイントとしておこう」

「何ですって!」

「さて、自称主の許しも得られたところだ。朝の挨拶と自己紹介と行こうか、赤毛のお嬢さん」

「ふふ、ヴァリエールをやり込めるとはなかなかやるわね。
私はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。
キュルケでいいわ。
よろしくね、逞しい使い魔さん」

「故あって名は明かせぬが、近しい者はサイと呼ぶのでそのように」

「あら、訳ありなの?」

「便宜的なものだ。深くは聞かない女の情けを期待したいが」

「ふ~ん、まあ、いいわ。貸しにしておいてあげる。おいで、フレイム」

のそのそとやってきたでっかいトカゲに男は口笛を吹くような顔をした。

「ほほう、これはこれは」

「火竜山脈サラマンダーよ。どうせ使い魔を呼ぶのならこういうのがいいわよね。
見てよ、この情熱の炎が揺れる尻尾。ブランドものよ。
好事家に見せたら値段なんかつかないわね」

「・・・ぐぎぎ」

あてつけられたルイズが歯軋りするが、男は醒めた目でキュルケを見ていた。

「おい、自称主」

「何よ」

「貴様の昨日の話しでは、魔法使いと使い魔は一心同体だといっていたな」

「そうよ」

「そうか、ならばここは一つ諫言しておこう。キュルケといったな?」

「何?」

「その魔獣は君の使い魔なのであろう?」

「そうよ」

「ならば、そのような評価はやめておけ。ブランド物だの値段だの、君はそんなくだらない価値観で使い魔を測るのか?
だとしたら失望したと言わざるを得んな」

キュルケは目を丸くして、そして眉を顰めた。

「・・・そうね、失言だったわ。ごめんね、フレイム」

「ほう、平民の言葉にも己の非を認める度量を持つか。なかなかの人物とお見受けする」

「ふふ、正論ならば、受け入れてこその貴族ですわ」

「お見事だ。君とは良き関係を築けそうだ」

「築くんじゃないわよ、何楽しそうな語らいに移ってるのよ!」

ルイズが癇癪を起こした。

「もう、食事の時間がなくなっちゃうじゃない。行くわよ」




アルヴィーズの食堂に入るなり、男は目を丸くした。

「何だこれは?」

華美な室内に瀟洒な調度、そして豪勢な料理。
身分カーストの頂点に位置する貴族の立場を具現化したような空間であった。

「ふふん、驚いた?」

ルイズはようやく一本取ったという気分だった。

「本来なら平民のあなたなんか入れないんだけど、使い魔ということで特別に入れてあげるのよ。
感謝なさい」

「我は貴様の使い魔ではない、というより、無駄もここまで行けば立派なものだな」

「うるさいわね。黙ってついてきなさい」

椅子に座ろうとした際に男に椅子くらい引かせようと思ったが、また何を言われるか判らないのでルイズは自分でさっさと席に座った。
しかし、ルイズの左右の席はいずれも埋まっている。

「我の席はどこだ?」

ルイズが床を指差した。そこには粗末な食事が置いてあった。

「・・・何のつもりだ?」

「使い魔なんだから食事は床よ。食堂に入れただけでもありがたいと思いなさい」

「・・・よく解った」

言うなり、自分の食器を抱えて食堂から出て行く男。

「いい気味よ。少しはご主人様を敬えってのよ」



異変が起こったのはルイズは食事を始めて10分後である。
食堂に入ってきた生徒たちがルイズを見るや、くすくすと笑い始める。

「何?」

居心地が悪いものを感じでルイズが顔を上げると、数人の生徒が妙な笑顔で話しかけてくる。

「あなたも苦労しているのね」

「は?」

「みなまで言わないで」

笑ったまま去っていく生徒をルイズは首を傾げて見送った。
そんなことをしていたら、キュルケが悲壮な顔で走り寄ってきた。

「ああ、ヴァリエール、何てことなの」

「な、何よ?」

「あなたとはいろいろあったけど、そこまで困っていたなら相談くらい乗ってあげられたわよ。
貴女のことは好きじゃないけど、そんなに困っているなら力になるくらいはしたのに」

「どういうことよ?」

「いいのよ。何も言わないで。これからは私が援助してあげるから」

「は、話が見えないわよ」

「だって・・・ねえ?」

近くにいた小さなタバサに振る。
いつもは鉄面皮なタバサが悲しそうな顔をしてルイズの手を取る。

「大丈夫、私たちは、味方」



巨大なクエスチョンマークを頭に浮かべながらルイズが食堂を出ると、そこに人だかりができていた。

「何?」

ひょいと覗き込んでみると、そこに自分の使い魔である男が食事を前に正座をしていた。
無意味に落ち着きのある座相である。
食事の隣には空き缶。
背後には汚い字で口上が書いてあった。



「我が不肖の主、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの財政、
 危急存亡の状態にあり、使い魔に斯様な食事を供するのが精いっぱいの今日。
 使い魔として、そのような主に縋って禄を食むは心苦しく、恥を忍び同窓の
 貴族の方々の篤志におすがりする次第。
 何とぞご賢察願わしくお願い致す」



血の気が一気に引いた。
次の瞬間、引いた血の気が一瞬で怒髪の先端まで駆け巡り、ルイズは青ざめながら真っ赤になるという離れ業をやってのけた。

「こ、こ、こ、このバカ犬~っ!!!」

ガラスが砕けそうな声量でルイズは男を怒鳴りつけた。

「何てことしてくれるのよ!」

ヒートアップしたルイズに対し、男は面倒くさそうな流し目をしながら答えた。

「この食事はどう考えてもこういうこととしか思えなくてな」

「よ、よくもヴァリエールの家名に泥を塗ってくれたわね!あんた、当分餌抜きなんだから!!」

「うむ、それも仕方があるまい。己の食いぶちは自分で何とかしよう」

いかにも物分かりがよさそうな笑みを浮かべて男は頷いた。
それを見た周囲がひそひそと話しだし、ルイズに生温かい視線を向け始める。

「ちょ、ちょっと!」

ルイズが周囲を牽制するより早く事態は推移した。

「ミスヴァリエール、これ、少ないけど」

知らない女生徒が涙を浮かべて革袋をルイズに握らせる。

「うちも放漫財政のせいで苦しいけど、お互い頑張ろう。ね?」

「ちょ、ちが「僕からも援助しよう。君みたいなやつでも、やはり一緒に卒業できないのは寂しいじゃないか」

とそれを皮切りに周囲からカンパが集まりだす。
男の空き缶の周りに至っては小山になっている。

「違うのよ~っ!」



「もう死にたい!」

ようやく人が散って行った廊下に泣き伏して身もだえするルイズを見ながら男はからからと笑い、
固いパンをかじりながら寄付金の枚数を数えている。

「物事には原因と結果がある。己が撒いた不幸の種がどのような実りをもたらすか、少しは理解できたであろう」

ルイズはそれだけで人が殺せそうな視線を男に向けた。

「お、覚えてなさいよ!絶対待遇を改めたりしないんだからね」

「それは結構。次にまたあのような餌を用意するというのであれば、今度は裸で床に置かれた飯を犬食いしてみせようか」

「ちょ・・・あんたって奴は!」

「ならば、今後は少しは待遇を考えることだ。さもなければ人を犬のように虐げる、サディスト貴族の一丁上がりだ」

「こ、このバカ犬~~!」


そんな、散らかった朝であった。



[21199] その3
Name: FTR◆9882bbac ID:a6b9dcbf
Date: 2010/08/16 22:01
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは生来真面目な人物である。
朝っぱらから元気ややる気、およそ生きる気力というものを鉋がけされたように失っていても授業は休まない。
だてに罵詈雑言を浴びながらも魔法学校に噛り付いてきたわけではないだけに、精神の再構築をいち早く完了して教室に向かった。

階段教室型の講義室に入るや、奇異な視線や冷笑が飛んでくる。
それはそれでいつものことであるが、キャンペーン期間の今日はそれが5割ほど増量されていた。
それもこれもこの忌々しい使い魔のせいだと、隣を歩く肉の壁に憤怒の炎を新たにする。

座席についてはルイズの隣に男が座る形になった。
最初は貴族が座る席に座ることを許さないつもりであったが、男が立っているとその肉体によって視界が遮られるとの苦情が相次ぎ、やむなく着席を許可したためである。

程なく扉が開いて担当教員であるシュヴルーズが入ってきた。
居並ぶ多くの使い魔を満足そうに眺め、自身の眼福を述べる。

「おやおや、変わった使い魔を召喚したものですね、ミス・ヴァリエール」

シュヴルーズが不用意に発した一言を起爆剤に、教室中が大爆笑に包まれた。

「ゼロのルイズ!召喚できないからってそこらにいた物乞いを連れてくるなよ!」

たまらずルイズは席を立った。

「違うわ!きちんと召喚したもの!こいつが来ちゃっただけよ!」

「嘘つくな!サモンサーヴァントができなかったんだろう!」

先頭に立って嘲笑するマリコルヌに乗っかるように、教室中が爆笑に包まれる。
屈辱には慣れたつもりであったが、既にダメージを受けていた今朝のルイズにはいささか堪えた。

その時、そんな爆笑を上から塗りつぶすような大爆笑がルイズの隣から発せられた。

「あ、あんた!」

あまりに豪快に大笑いする男に、身内からの裏切りに黒い炎を燃やすルイズが親の仇を見るような目を向けた。

「いや、失敬失敬。魔法以外のすべてにおいて我が主候補の足元にも及ばぬ小物が己のちんけなプライドを満たそうと貧困な語彙から精いっぱいの悪態をついているのがおかしくてな」

男の笑い声に圧倒されて静まり返った教室に、その声は水のように染み渡った。

「な、何を言うか。僕が魔法以外何一つゼロのルイズに勝っていないって!?」

反応したのはマリコルヌであった。
男はさも当然という表情で応じる。

「そうお見受けしたが。それとも、何か一つでも勝っているものでもあるのかね?」

「何を!」

「これを見るがいい」

男はルイズのペンと教科書を奪い、マリコルヌに差し出した。

「この娘の教科書とペンだ。これをどう見る?」

「・・・薄汚れているな」

手垢がこびりついた、お世辞にもきれいとはいえない教科書である。
装丁が崩れたところには補修の痕跡もあった。

「そう、汚れている。教科書に至ってはぼろぼろだ。
我が主候補は確かに魔法は得意ではないが己を磨くことを知っている。
その証明がこれだ。
どれほどの努力を重ねればペンと教科書をここまで汚せるか君に判るか?」

「・・・」

「故に問おう。君はこの娘の研鑽を笑えるだけの人生を送っているだろうか。
家柄や容姿はこの娘が努力で獲得したものではないのでさておき、座学や教養に礼法に立ち居振る舞い、
どれか一つでもこの娘より上と言えるものがあるかね。
よもや御婦人を相手に腕力とかいうわけではあるまいな?」

「・・・」

「さあ、この平民に示してみたまえ、貴族の少年」

「うう・・・」

マリコルヌはしばし考え込み、やがて、膝を屈して両手を床についた。

「な、ない」

「ならば精進することだ。貴殿には貴殿なりの良さが必ずある。それを探して磨くがよい」

「うう・・・」

人格すら否定さえたような打撃を受けたマリコルヌは席に戻ると頭を抱えて唸りだした。
男はシュヴルーズに向き直っていった。

「騒がせて申し訳ない。授業を始めていただいて結構」

ルイズは鳩が豆鉄砲を食らったような視線を男に向けていた。

『何なの、この使い魔?』



何となく興が削がれた白けた空気の中、授業は静かに進んだ。
ルイズはてっきり男が居眠りを始めるかと思ったが、当の男は傍で見ても判るすごい集中力で講義の内容に耳を傾け、
要所要所ではルイズの教科書を覗き込むなど熱心であった。

「あんた、聞いてて判るの?」

「さわりくらいはな。実に興味深い」

「平民のあんたが魔法に興味があるっていうのも驚きだけど」

「ふむ、平民でも、魔法は日常の中のひとかけらだからな。いつ何時我が身に降りかかるか判らぬ災害のようでもある。
例えばどこかの魔法使いに有無を言わさず呼び出されたりな」

「うるさいわね!」

「ミス・ヴァリエール!」

ルイズの声が耳にとまったのか、シュヴルーズがルイズを指名した。

「授業中の私語は慎みなさい」

「すみません」

「おしゃべりする暇があるのなら、あなたにやってもらいましょう」

「私ですか!?」

「ここにある石を、あなたの望むものに変えて御覧なさい」

示された石に、ルイズは一瞬固まった。

「ほう、ご指名か。お手並み拝見といこうか、自称主」

「う・・・」

ルイズにしては珍しく歯切れが悪い態度であったが、周囲の反応は劇的であった。

「先生、やめておいたほうがいいと思います!!」

シュヴルーズを止める声や、早くも机の下に避難するものなど、穏やかではない空気が教室に満ちる。

「判りました、やります!」

意を決したルイズは教壇に向かった。
昨日は使い魔の召喚に成功している。
一昨日までの自分とは違うのだという微かな自信がルイズにはあった。

悲鳴にも似た怒号の中、ルイズは教壇の前に立ち、ルーンを唱えた。
シュヴルーズの励ましの言葉を受け、「今度こそ、今度こそは」とその念を強めて術を練る。

練金のルーンが完成し、杖を振り下ろした刹那、ルイズは襟首を強烈な力で引かれるのを感じた。



石は教壇ごと爆発した。



爆音と閃光、そして爆風のために使い魔たちがパニックに陥り、教室は阿鼻叫喚の地獄と化した。
至るところで本能を思い出した使い魔による破壊と食物連鎖が発生し、生徒たちもその対応に向かう。
その時であった。

「静まれ~っ!!!」

怒声にも似た声を受け、教室は水を打ったように静かになった。
凛とした絶対の命令者の声を聞いたかのように、使い魔たちは一様に落ち着きを取り戻した。
何事かと見れば、教室の入り口のあたりにシュヴルーズを横抱きに抱えたルイズの使い魔が見えた。
その右手には猫掴みにぶら下がって青い顔をしているルイズもいる。

「あ、ありがとうございます、た、助かりましたわ、ミスタ」

逞しいことこの上ない腕の中で、シュヴルーズは年甲斐もなく小娘のように頬を染めた。

「お怪我はないようですな、先生」

「お、おかげさまで」

そっと床に降ろされたシュヴルーズに対し、ルイズについては男は襟首を握っていた手を離しただけであった。
足元から聞こえた頭蓋骨が床を打つような音を無視し、だからゼロにやらせるなと言ったんだ等の怒号と罵声が降り注ぐ中、爆心地となった教壇跡に立つ。

「我が主候補が失礼したな」

あっけに取られる生徒一同を見まわし、そして言った。


「お詫びの印だ。我の筋肉でも見たまえ」


一瞬で革の胴着を脱ぎ棄て、上半身裸でポーズを極める。
鋼の肉体が繰り出す強烈なダブルバイセッブスに、男子からは驚嘆の声が、女子からは一部黄色交じりの悲鳴が上がる。

「このバカ犬~!」

次のポーズに移ろうとした時、再起動を果たした男の主が男に向かって魔法を放ち、この日2回目の爆発を起こした。





「せっかく場を和ませようとしたのに、ひどい仕打ちではないか」

「あんな馬鹿なことやらかす使い魔の主のレッテル貼られたらどうしてくれるのよ!」

「名誉なことと誇るが良い。それより貴様も片付けた順から机を拭いたらどうだ」

散らかった什器を山のように抱えあげ、軽々と運ぶ男にルイズは雑巾を片手にため息をついた。

「・・・どうせあんたも私の事馬鹿にしてるんでしょ」

「何のことだ?」

「とぼけないでよ。あれがゼロの理由よ。成功率ゼロ。笑いたかったら笑いなさいよ」

「くっくっく」

男が発した笑い声にルイズは激発した。

「ほ、ホントに笑う、そこで!?」

「馬鹿を言うな。我がおかしいのはここの連中の目ん玉は、皆ただの節穴だということだ」

「へ?」

「考えても見るがいい。貴様の魔法は確実に爆発する。それは間違いないな?」

「・・・だから何よ」

「すなわち、どんな短い詠唱でもドカンとなる。これに勝てるメイジがいると思うか?」

「・・・判らないわ」

「制御が効くようになればさらにすごいぞ。
最前線に出れば居並ぶ敵兵は一人残らず吹っ飛ぶし、城門だって紙と変わらん。
本来なら何人ものメイジや兵士がいなければできないことを一人で成し遂げる可能性を持つ。
それが貴様だ。
味方にとっては勝利の女神、敵にとっては地獄からの使者だ。
戦場に出たら戦乙女の称号が付くぞ。それをゼロなどとはおかしくてかなわん。
少なくとも、騒ぎ立てていたボンボン連中よりお前の方がよほど敵に回したくないわ」

意外な指摘ではあった。
母が英傑であるだけに武人としての自分を一瞬想像しかけるが、元より淑女指向の強い
ルイズは頭を振ってそれを否定した。

「失敗魔法は失敗魔法よ。威張れるもんじゃないわ」

男はうんざりという感じで首を振った。

「その若さで思考停止とは処置なしだな。少しは己の魔法を見つめなおしてみぬか」

「平民のあんたに言われたくないわよ」

「よく覚えておけ」

いつになくシリアスな表情で男は言った。

「人間は、なれるものとなりたいものは必ずしも一致するものではない。
その壁を打ち破る手段には二つの必要な要素がある。
それは『考察』と『努力』だ。
何故ダメなのかを検証し、どうすればうまくいくかを分析する。
その方針に基づいて努力して初めて人はことを成すことができるのだ。
その意味で、第一歩目から誤っている貴様は努力家ではあるようだが利口ではないな。
少しは『己』というものを見つめ直してみよ」

「うるさい・・・うるさいのよ、あんたは!」

雑巾を投げつけてルイズは涙混じりに男を睨み付けた。

「あんたなんかに私の気持ちが「ああ、わからんな」

ルイズの台詞をぶった切って男は言った。

「泣いて喚いて何かが変わると思うなら存分にせよ。元より我には関わりのないことだ」

男はそれだけ言うと出口に向かった。

「どこに行くのよ」

「我の割り当ては力仕事の部分という約束であったはず。終わったので失礼するぞ」

「ま、待ちなさい、手伝いなさいよ」

「自分の始末は自分でつけよ。机を磨きながら、先ほど我が言ったことを反芻するが良い」


閉じられた扉に、ルイズは静かに涙をこぼした。



[21199] その4
Name: FTR◆9882bbac ID:a6b9dcbf
Date: 2010/08/16 21:05
シエスタは、トリステイン魔法学院で働く平民のメイドである。
年齢は17歳。お年頃である。
お年頃なだけに当然男性にもそれとなく興味があるのであるが、
現在彼女の心の片隅にいるのは一人の大きな男の人であった。

名はサイと聞いている。

ある朝のこと、リネン関係を運ぶ大きな籠を持って階段を上がっていた時、ふとしたはずみで足を踏み外した。
危機に陥ると周囲の時間がゆっくり流れると聞いたことがある。
そのねっとりと伸張された時間の中で、自分がどれくらいの怪我をするのかなどを考えていたら、
唐突に背中に分厚い柔らかい物体を感じた。

「大丈夫か?」

「え?」

気が付けば、シエスタは一人の偉丈夫の腕の中に落ち着いていた。
片手でシエスタを支え、逆の手にはリネンの籠を持っている。
男を見上げ、黒い瞳と黒髪は私と一緒だなあなどと関係もないことを考えるあたり、
シエスタは軽く混乱していたらしい。
床に降ろされ、シエスタは我に返った。

「あ、危ないところをありがとうございました」

「気をつけよ。というより、娘一人には過ぎた荷物だな」

どれ、という感じで男は荷物を抱え上げた。

「水場まで案内せい。朝の散歩でも思っていた程度の暇な身の上だ、荷物を持ってやろう」

「い、いえ、滅相もありません。貴族様にそのようなことは」

「我は平民。君も平民であろう」

「あ、もしかしてミス・ヴァリエールが呼び出して契約拒否した使い魔の方ですか?」

「うむ。サイという」

「わ、私、シエスタって言います」

そんな邂逅であったが、唐突なスキンシップはシエスタの心に男が根を下ろすには余りある衝撃があった。

そんなシエスタが午前中の片付け物を追えて厨房に戻るときである。
廊下に立って森のほうを眺める男に気づいた。

「あら、サイさんじゃありませんか」

「む、シエスタか。精が出るな」

男は一度だけシエスタを振り向き、そして引き続き森のほうに目を向けた。

「何か見えるんですか?」

「いや、あの森に獣はいるかと思ってな。ウサギでもいればいいのだが」

「ウサギはいると思いますけど、どうしてです?」

「うむ、自称主の機嫌を損ねたようでな。飯の期待ができないので自力で調達しようかと考えているところだ」

シエスタは男の精神的な逞しさに、驚くより先に呆れた。

「そ、それなら厨房に来ませんか?」

「厨房に?」

「ええ。私たちが食べる賄いでよろしければご用意いたしますよ?」

「・・・構わんのか?」

「はい、助けていただいたお礼です」


昼時の厨房は戦場である。
目まぐるしく動きまわる料理人の合間を抜けて、案内された席で待っていると、
大振りな椀に盛ったシチューとパンを持ったシエスタが、一人の恰幅のいい男と
一緒に戻ってきた。

「お待たせしました」

「お前さんが貴族に呼び出された平民か?」

男は礼儀正しく起立して挨拶した。

「忙しいところ、厚かましく押しかけて申し訳ない。サイと呼んでくれ」

「俺はマルトー。ここの料理長だ。お前さんのことは聞いてるぜ。飯を抜かれちまったんだって?」

「うむ、なかなか意思の疎通がうまく行かなくてな」

「貴族連中なんざそんなもんさ。よし、飯がないときはいつでも来な。どうせいつも余って捨てちまうんだ。
賄いでよければ幾らでも出すぜ」

「それはかたじけないが・・・いいのだろうか?」

「おう、平民同士助け合わねえとな。おう、冷めねえうちに食ってくれ」

「では、ありがたくいただこう」

出されて料理を口に含み、男は唸った。

「むう・・・これは素晴らしい」

「どうだ、美味えだろう」

「これほどの味とは・・・こんなところでコックをやっているのがもったいないな。
街に店を出せば星の数に不自由はすまい」

「へへ、世辞でも嬉しいぜ」

「我が悪事を働いて金をもうけた暁には、是非出資させてもらいたい」

「楽しみにしてるぜ。ゆっくり食ってくれ。俺たちは仕事があるんでな」

「厚情痛み入る」



程なく食べ終わり、久々に人心地着いた男は厨房に空いた食器を戻しに行った。

「馳走になった」

「おう、きれいに食べたな。やっぱりこう来なくちゃな。文句言いながら残す貴族なんか最低だ。
遠慮はいらねえ、これからもいつでも来てくれ」

「御言葉には遠慮なく甘える主義でな。生きる張り合いを一つ得た思いだ。これからよろしく頼む。
シエスタにも礼を言いたいのだが、どこにいるか?」

「ああ、今ちょうどデザートを配っているところだ。食堂の中だろう」

「ありがとう、行ってみる」




アルヴェーズの食堂に足を踏み入れるや、男は不穏な空気に足を止めた。

見れば、一人の貴族の少年がシエスタに小言を言っている。

「何事だ」

近寄ろうとしたところを、袖を引かれた。
見るとルイズが恨めしそうな目で見上げている。

「私に断りもなくどこに行っていたのよ」

「それは貴様の知るところではない。それより、あれは何だ?」

「ああ、あれ?」

ルイズが掻い摘んで説明した。
シエスタが拾った香水が元で少年の二股が発覚し、その八つ当たりをシエスタが受けているらしい。

「何と非道なことだ。貴様はそれを知りながら止めもせぬのか?」

「だって、相手は平民よ。貴族に恥を・・・」

そこまで言いかけてルイズは口を閉じた。
目の前の男の表情と雰囲気が一変していたからである。
これまではどこかふざけたような感じであったが、今の硬質な表情に、ルイズは言葉を継げなかった。

「そうか、つまり貴様はそういう奴だったわけか」

「な、何よ」

「マイナス5ポイントだ」

それだけ言い残すと男は大股で騒ぎの中に踏み込んでいった。


シエスタは恐怖で押しつぶされそうであった。
物事の筋道が通っているかいないかなどは今の彼女には何の関係もない。
貴族を怒らせてしまった事実が問題なのだ。
これがどのような制裁に繋がるか考えるだけでシエスタは膝の震えが止まらない。
解雇ならまだいい。
無礼打ちすらありうることを思ってシエスタは懸命に頭を下げた。
その時である。

「そこまでにしておくのだ、少年」

力強い声とともに、シエスタの前に影がさした。
広い背中。
その背中にシエスタは見覚えがあった。

「いきなり横合いから何だね、君は?」

少年、ギーシュ・ド・グラモンは驚きながらも男に応じた。

「この娘の知己だが、一人の男として、君の振る舞いに忠告を入れざるを得ん。
男が衆人環視の中で女を苛めるとは何事か。恥を知るがいい」

いきなりな物言いにギーシュはいささか面食らった。

「へ、平民風情が僕に意見する気か?」

「みっともない振る舞いに貴族も平民も関係あるまい。男として君は今、すごく卑怯なことをしているぞ。
頭を冷やせ。そしてこのメイドに謝るんだ」

「ぼ、僕に平民に頭を下げろだって?」

「下げるべき頭は下げる。それができてこその男だろう」

「礼儀を知らない平民だな。確か君はゼロのルイズの呼び出した平民だったね。
礼儀についてもゼロとはどうかと思うね」

「我が主候補はこの際関係はない。一人の男としての諫言だ。さあ、謝るんだ」

「ふん、所詮ゼロの使い魔はまたゼロか。面白い、主人に変わって僕が躾けてやろう。
君に決闘を申し込む。準備ができたらヴェストリの広場に来たまえ。逃げるなよ」

「・・・それで君の気が晴れるのならいいだろう。承った」


ギーシュが踵を返し、張り詰めた空気が弛緩した。
しかし、それに反比例するようにシエスタは真っ青になって震え始めた。

「ああ、あなた、こ、殺されちゃう」

「我が殺される?」

「へ、平民は貴族には勝てないのに・・・ご、ごめんなさい」

逃げるように去ろうとするシエスタの腕を男が掴む。
そのまま正面を向かせて、その両頬をやや強めに両手で挟みこんだ。
シエスタの頭がすっぽり隠れてしまいそうな、分厚い手であった。
それだけでシエスタの震えは収まった。

「平民は貴族には勝てない。それは真理だと思うか?」

男の言葉の重みが、シエスタの不安を打ち消していく。

「ならば見ているがいい。この世界を支える大多数の平民というのがどれほどのものか、
我が見せてやる。その目でしかと見よ」

硬直したシエスタを置いて広場に向かおうとした男の前に、ルイズが立ちはだかった。

「この馬鹿、何勝手なことしてんのよ」

「貴様には関わりのないことだ、自称貴族様」

その言葉の冷たさに、ルイズは凍りつきそうだった。

「い、今ならまだ許してもらえるわ。一緒に行ってあげるから謝りなさい」

「断る」

その言葉は、召喚したときに聞いたのと同じ言葉であったが、中に詰まっている思いは全く別個の
ものであるとルイズには判った。
この男は、本気で怒っているのだ。

力ない娘をなじるギーシュに。

見ているだけの貴族の子供たちに。

そして、それを容認している自分に。

「な、何よ」

反論しようとするルイズの脇を通り抜け、男は食堂から出て行った。



[21199] その5
Name: FTR◆9882bbac ID:a6b9dcbf
Date: 2010/08/16 21:06
「諸君、決闘だ」

噂を聞きつけた生徒たちで溢れる広場。
主演男優を気取ったギーシュが薔薇の杖を掲げた。
男も既に中央にいて備えている。

人垣を割って現れた男を見て、ルイズは息を呑んだ。
てっきり自分の剣を持ってくると思ったが、あろうことか、男はどう見ても丸腰である。
例えメイジ殺しであっても、無手でメイジには勝てはしない。
何か策があるのか判らないが、ルイズには見当もつかなかった。

「逃げずに来たことは褒めてやろうじゃないか」

「我が欲しいのはお褒めの言葉ではなく、あの娘に対する君の謝罪の言葉だ」

「・・・いいだろう。始めるとしようか」

「ルールはどうする?」

「平民相手にルールというのも何だが、まあいい。どちらかが参ったといえば負け。
僕の場合は杖を落とした場合も負けとしようじゃないか」

「その言葉、二言はないな?」

「杖にかけて」

「では、我が負けなかったら君には己の非を認め、あの娘に謝罪してもらうぞ。
事の発端となった貴族のお嬢様がたに対しても、男として筋が通った対応をすることを
誓ってもらおう」

「約束しようじゃないか。その代り、僕が勝ったら君はこの学び舎を去りたまえ」

「承った」

「では始めよう」

ギーシュが杖を振ると、一枚の花びらが宙に舞い、一体の青銅の人形になった。

「ほう」

「僕は貴族…メイジだ、だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?
言い忘れていたが僕の二つ名は『青銅』。
『青銅』のギーシュだ。
従って青銅のゴーレム『ワルキューレ』が君の相手を務めよう」

「好きにするがいい」

男が言うなりワルキューレは大きく踏み込み、その拳を男に叩きつけた。
重量物が肉を打つ、重い音が響いた。
男は避けることなく拳を正面から受けた。ぐっと足を踏ん張り、その一撃を耐える。
観衆の中にいる女生徒から悲鳴が上がる。

「ふん、避けることもできないかい?」

ワルキューレの攻撃は苛烈を極めた。
そのことごとくを男はまともに受け止めた。
血まみれになり、顔の造作も変わり、それでも男は不動の姿勢でギーシュに対し続けた。

「も、もうやめて」

思わず言葉にしたルイズの呟きは、周囲の歓声にかき消されて届かない。
もう一人、遠巻きにこの決闘を見ているシエスタは諦観に支配されたように静かに男の背中を
見ていた。
先ほどの彼の言葉を反芻する。
ともすれば砕けそうな心を懸命に支え、犬死のような姿を見せるために男が自分をこの場に
呼んだのではないと信じ続けようと努力した。



最初に異変に気づいたのは誰であったか。
ゴーレムの打撃を避けもせずに受け続け、しかし、殴られても殴られても男は膝を折らなかった。
確かに男の体躯は常人以上のものがあるが、魔法が相手となれば限度がある。
五分ほどの殴打の連続に、盛り上がっていた観衆に疑問と、そして恐怖が走り始める。
尋常ではない痛みであろうに、何故あの男は倒れないのであろうか。
効いていない訳ではない。
血を流し、打たれるたびに僅かではあるがうめき声をあげ、骨とて何本かは折れているであろうに。
多くの観衆がそんな恐怖を抱いたが、当のギーシュも恐怖を感じた一人であった。
ギーシュはついに言葉を発した。

「・・・どうして抵抗しない?」

口にたまった血を吐き捨て、血まみれの顔を上げて男は言った。

「君に、人を傷つけることの痛みを知ってもらいたいからだ」

「僕が平民を痛めつけて何か感じると思うのかい?」

「そこらの馬鹿貴族はどうか知らんが、君にはそれだけの器があると我は見た」

意外な一言に、ギーシュは首を傾げた。

「どういう意味だ?」

「君からは軍人の匂いがする。弱きを守り助ける、誇りある種族の匂いだ。
ならば、気付いてくれるであろうと思うのだ。その力は、弱きを助けるためにあるのだと。
そして、己の非を認めるだけの器も、君にはあると信じた。
ゆえに、我は君に攻撃を加える必要はないのだ」

「・・・」

「さあ、続けるがいい。
我は絶対に参ったとは口にせぬし、むしろこのまま死ぬのなら口がきけなくなった時点で
参ったと言わない我の敗北はなくなる。
約束は、我が負けなかったら君が謝るとあったな」

「う・・・」

先ほどの言葉を反芻してギーシュは気づいた。
確かに、『男が勝ったら』とは約束していない。
始まる前の言葉の罠に嵌っていたことを、ギーシュは悟った。

「さあ、どうした、ギーシュ。ギーシュ・ド・グラモン?」

「・・・」

ギーシュはしばし躊躇い、そして杖を下ろした。

「卑怯な男だ。ここで君を殺したら、男を落とすのは僕じゃないか」

「どうだかな」

ギーシュの口元から、歯ぎしりの音がこぼれる。
長いような、短いような時間が流れる。
やがて、決断したようにギーシュは顔を上げた。

「ここは僕から退こう。・・・約束は守る」

「それでこそ男だ」

ギーシュは大声で叫んだ。

「この決闘、僕の負けを宣言する」

それだけ言うと、ギーシュは踵を返した。



決着に歓声も勝ち名乗りもない、あっけない決闘であった。
男は呆ける生徒たちの輪に向かうように広場を後にした。
その顔は、まるで事故にあったかのように血まみれであった。
片目は塞がり、残る瞳もかなり視界は限られていよう。
足取りはどこかぎこちなかったが、しかし歩みは力強かった。

そんな男の前に、男の主は躊躇いがちに歩み出た。

「さ、サイ・・・」

言いたいことは幾つもあった。
しかし、言葉が喉につかえて出てこない。

そんなルイズの小さな頭に、男は手を載せて言った。

「顔を洗ってくる」



人ごみを離れ、使用人たちが洗濯を行う水汲み場にたどり着いたところで男の膝が力尽きた。

「サイさん!」

水汲み場にもたれる男に、追って来たシエスタが駆け寄った。

「シエスタか」

「ひ、ひどい怪我・・・」

「声が大きい」

「す、すぐに水のメイジの方に」

「要らん」

「でも」

「大事ない。さすがに骨身に堪えたが、ちょっと休めば程なく動けるようにはなる」

懐から取り出したタオルを水汲み場で濡らし、ろくに絞りもせぬまま自分の顔に載せた。
その様子を見て、シエスタがタオルを取り上げ、今一度濡らしてきちんと絞ってから男の顔に戻す。
次いで自分の持っているタオルも濡らし、男の体についた血をふき取っていく。

作業をするシエスタの視界は歪んだ。
知らず、シエスタは涙をこぼしていた。

「何で黙って殴られたんですか。謝ればこんな目に遭わなかったのに」

「間違ったことは誰かが間違いだと言ってやらねばならぬ。
今回はそれがたまたま我だっただけのこと。
第一、我の主候補が侮辱されたのに使い魔候補が首を垂れるわけにはいかん。
そして何より、彼自身が気持ちのやり場に困っていた。
我が受け止めることで事が治まり、君が何かを得てくれたのなら、まあ、これ
くらいは安い買い物であろう」

「でも」

「気にするな。さあ、もう仕事に戻るがいい。我のことは心配いらん。
こう見えても頑丈なことには自信がある」

「だ、ダメですよ!」

「大丈夫だ。これ以上君を引き止めていてはマルトーに申し訳が立たんし、何より
彼らも君の心配をしていよう。戻るんだ。いいな」

「わ、判りました・・・後でまた来ます」


何度か振り返りながらシエスタが去った後で、男はポケットから小瓶を取り出した。
それを使おうとしたとき、気配を感じた。

「・・・何か御用かな?」

タオルを顔から外して見ると、そこに金髪を縦ロールにまとめた女生徒が複雑な表情で立っていた。

「貸しなさい」

女生徒は男の手から小瓶を取り、蓋を開けて中身を確かめた。

「あら、結構高品質なものを持っているのね」

「取って置きだ」

「全部使うわよ」

「それは構わんのだが、君が治療をしてくれる筋合いが判らない」

「いいから黙って治療させなさい。いいわね」

「・・・頼む」

水の秘薬を使いながら、女生徒はルーンを唱えた。
ひどい怪我が、まさに魔法のように癒えていく。
それでも塞がりきらなかった傷に、女生徒が手持ちも包帯を巻いていく。

「・・・さっきね、ギーシュが来たわ」

どうやら、問題の貴族の一人なのだと男は察しをつけた。

「早速とは律儀なことだ」

「彼とは結構長いけど、あんな真面目な顔、初めて見たわ。
許してくれなくてもいい。ただ謝りたい、だって。
笑っちゃうわね」

「男の本気を笑っちゃいかん」

「違うわよ。私、彼があんなに真摯に謝れる人だなんて思ってもいなかったわ。
可愛い子を見ればあっちにふらふらこっちにふらふら。
軽薄で女好きで。
でも、そんな彼の上辺しか見ていなかった自分が馬鹿みたいでね」

「良かったではないか」

「そうね。そしてそれは多分、あなたのおかげ」

「買いかぶりだ」

「いいのよ。私が勝手に思っているんだから。
だから、この治療はその借りを返しているだけ。
こうでもしないと、私の気がすまないのよ」

「我としてはありがたい限りだが、適当なところで切り上げてくれ」

「意外ね。遠慮するタイプには見えないけど」

「その壁の向こうで、出待ちをしている子がいるのでな」

女生徒が振り返ると、慌てて隠れるピンクのブロンドが見えた。

「そうね。後は任せましょう」

「ありがとう、助かった。名前を承りたい」

「モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシよ」

「感謝を。我のことはサイと呼んでくれ」

「知ってるわ。じゃあ、あとはよろしくおやんなさい。ヴァリエール、空いたわよ」

捨て台詞を残して去っていったモンモランシーと入れ替わるように、ルイズが俯きがちにやってきた。

「来て早々すまんが、そこのタオルを濡らしてくれないか」

「ご主人様に頼みごととはいい度胸ね」

言葉はいつもと変わらないが、いつもある棘がその言葉になかった。

「ま、いいわ、今日だけは特別よ」

「感謝してやろう」



[21199] その6
Name: FTR◆9882bbac ID:a6b9dcbf
Date: 2010/08/16 21:07
<インターミッション>



ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、最近奇妙な夢を見る。

それは戦場の夢。
絶望的な撤退戦である。
何故か負けている軍勢の旗は、祖国トリステインの旗であった。

戦塵たなびく小高い丘の上に、一人の男が立っていた。
立派な体躯に黒い髪。
精悍な顔だちに歳不相応の落ち着きを感じるものの、実際の年齢は自分と変わらぬくらいであろうか。
背中に剣を背負っていることから、男はメイジではなく、平民のようであった。
その鋭い双眸が見下ろす丘の下には、無数とも言える敵軍の兵。
男は、ただ一人の殿軍であった。

それでも臆せず、男は剣を抜いて叫ぶ。

「悪辣非道なア*ビオ*軍め!かかってくるがいい!」

男が敵軍に身を躍らせたところでルイズは衝撃を感じて目が覚めた。



「朝だ。さっさと起きるがよい」



いつものようにベッドを持ち上げられ、床に投げ出されるルイズが見たものは、
夢に出てくる剣士と同じ顔をした己の使い魔であった。


いささか散らかったところはあるものの、穏やかな日常の中にルイズはいた。











土くれのフーケという盗賊がいる。
昨今トリステイン中の貴族を恐怖のどん底に叩き落しているメイジの盗賊。
ルイズがそんな噂を耳にしたのは、自分の使い魔の決闘騒ぎから数日後のことである。
何だかんだで慌しい数日だったこともあり、記憶の中心からだいぶ外れたところに投げ捨てられていた。
その中心に何があったかといえば、よりにもよってツェルプストーが自分の使い魔に色目を使い始めたことであった。

ある夜のこと。

「ん?」

用足しに出た男が廊下を歩いていると、そこに見たことのある赤いトカゲが待っていた。

「確かフレイムと言ったな。どうした。腹でも空いたのか?」

そう言って頭を撫でる男のズボンの裾をフレイムは引っ張った。

「ついて来い、ということか?」

別に用事もなく、部屋に戻ってもルイズの相手をするだけなので男は黙って招きに従った。

案内されたのは自室の隣室。

「キュルケが呼んでるのか?」

フレイムは肯定の意思表示をした。

「ふむ」

ノックしたところ、魔法なのかドアは勝手に開いた。

「どうぞお入りになって」

中に入ると真っ暗であった。

「どうしたのだ、明かりもつけずに。器具の調子でも悪いのか?」

それに答えるように、魔法仕掛けの蝋燭が火を灯していく。

明かりの中に現れたのは、ベビードール姿のキュルケであった。

「そんなところに立っていないで、いらっしゃいな」

「いや、我はこちらに座らせていただこう」

手近に合った椅子を引き寄せ、そこにどっかりと腰を下ろした。

「ふふ、焦らすことを知っているあたり、意地悪な方のようね」

「もう夜更けだ。用向きを承ろう」

「あら、夜は長いのにせっかちな方ね」

キュルケはベッドから立ち上がり、ゆっくりと男に歩み寄った。

「今日はあなたに伝えたいことがあって来てもらったのよ」

「ほほう」

胸の谷間を強調するようにキュルケが迫る。

「こんな私を、あなたははしたない女だと思うでしょうね」

「うむ、少し性急に過ぎるな」

「でもあなたは私を許してくださるわ」

「それならば、もう言葉はいらんだろう」

「まあ」

「ついでに」

スリじみた手つきで男はキュルケの胸の谷間に手を伸ばし、杖を抜き取った。

「これを使わぬ、大人の魔法の時間ではないのか?」

「ふふ、面白いことをいう方ね」

渡された杖をキュルケがベッドの上に投げた時、男の目が光った。



ルイズはその時、男の帰りを待ちながら自分の魔法について考えていた。

努力と考察。

以前男に言われたことに真摯に取り組むことにしたのである。
系統魔法についてはこれまで充分に努力を重ねてきた。
しかし結果は今なおゼロのままである。自分の努力が足りないものとルイズは自分を追い込んでいた。
しかし、男に言われて考え方を変えてみると一つの謎に突き当たる。
爆発という現象は、どう考えても失敗のそれではない。
図書館でも調べてみたが、系統魔法を失敗して爆発を起こすと言う事例は確認できなかった。
となると、爆発とは一体何なのか。
ルイズはそこから考察を始めることにした。

手に入る資料を並べ、客観的な意見として男にもいろいろ質問していたのだが、手洗いに立ってから
大分たつのに戻ってくる気配がない。

「まさかメイドのところに夜這いに行っているんじゃないでしょうね」

そう思った時である。

『この馬鹿者が~~~っ!!!』

分厚い壁越しに、凄まじい怒声が聞こえてきた。




「この馬鹿者が!馬鹿者が!」

男は怒鳴りながら右手を振るった。
膝の上には腹ばいのキュルケ。
左手で首根っこを押さえながらそのお尻に容赦なく平手を振るっていた。

「痛い痛い!」

男のスナップの効いた分厚い手のひらを薄着越しのお尻に受け、キュルケは本気の悲鳴を上げていた。
色っぽい冗談を口にする余裕はない。
本気で痛いのである。

「根は、真面目な、癖に、いつも、いつも、そうやって、ふしだらな、女の、振りを、しおって!」

小気味のいいリズミカルな音が響く中、ルイズがドアを開けた。

「うるさいわね・・・って、何やってんの!?」

「見ての通り、折檻をくれてやっているところだ」

その時、窓の方から男の声がした。

「キュルケ、待ち合わせの時間に君が来ないから来て見れば!」

やたらハンサムな男であったが、室内の様子を見て目を丸くしていた。

「逢引は今日は取り止めだ。部屋に帰って寝ろ」

「な、何なんだい、君は!?」

「ええい、邪魔な男だ。フレイム!」

男の言葉を待っていたかのように、フレイムは窓に向かって火を噴きかけた。

「ひどい、何するのよ」

当のキュルケが発した涙交じりの声に、男のこめかみに血管が浮き出た。

「まだ言うか、このボケ娘が。その蕩けた性根、今宵の内に我が叩き直してくれる!」

再び始める打擲に、さすがにルイズは青くなった。
今しがた焼き払った男はトリステインの貴族だし、キュルケに至っては隣国の貴族である。
それを尻叩きするなど、普通の感覚ではありえない。まして平民が。
下手をすれば国際問題、最悪の場合は戦争すらありえよう。

「うう、ひどいわ、ひどいわ」

いつもの余裕を失い、子供のように泣いているキュルケをベッドに放り出し、男は赤くなった右手を
振った。都合200回は叩いたらしく、キュルケのお尻はもっとすごいことになっている。

「今宵一晩、これまでの己を反省せよ。その尻の痛みこそはお前のご両親と始祖ブリミルの嘆きと
知るがよい!」

『こ、こいつ・・・私が何とかしなきゃ』

男のあまりのマイペースぶりに、ルイズは脂汗を流した。



[21199] その7
Name: FTR◆9882bbac ID:a6b9dcbf
Date: 2010/08/16 21:07
ここしばらく、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは多忙であった。

授業については授業そのものはもちろん、予習復習をしっかりこなし、常に上位の成績を維持している。
それに加え、新たに始めた研究を進めることに食事や入浴などの生活に必要な時間を除く残る
ほとんどすべての時間を注ぐくらいの熱の入れようであった。





「あと3メイル後~!」

夕暮れの草原。
場所は使い魔の召喚が行われた辺りである。
50メイルほど離れたところに立つポールを持った偉丈夫が、その指示に従ってゆっくりと下がる。
それをコルベールから借り出した観測機器で確認し、手元の紙に書き込みをしていく。
まるで測量のようであるが、やっていることは測量ではなかった。

「退避して~」

その言葉を受けて、ポールを地面に刺した男は足早にその場を離れた。
それを確認し、ルイズが呪文を唱え、杖を振り下ろす。




ポールのあった場所に爆発が発生する。





「う~ん、距離50で『錬金』の場合は直径3メイル・・・」

観測機器で爆発の規模を測定し、記録する。
そんな手元に影が差したのはその時であった。

「はあ~い」

見上げると、風竜の上から見覚えのある赤毛の娘が手を振っていた。
傍らには無表情な青い髪の少女もいる。
その少女の使い魔は、滑るような動きでルイズのところに舞い降りた。

「どうしたのよ、こんなところに?」

「ちょっと王都まで行った帰りよ。ヴァリエールこそ何やっているのよ、こんなところで?」

「見れば判るでしょ。記録取りよ」

「記録取り?」

「私の魔法は言うまでもないわよね」

「爆発のこと?」

「そうよ。今までも系統魔法を使えるように努力してきたけど、少し考え方を変えてみたのよ」

「破壊力の確認でもするの?」

「違うわよ。4つの系統の魔法をいろんな条件で使ってみて、その中に規則性があるか確認しているのよ。
もしかしたらそのデータから何かわかるかも知れないでしょ」

「またずいぶん気の長い話ね。本当に何か判るの?それに、何でまたこんなところなの?」

「ただ杖を振ってルーンを練習しているだけじゃ今までと変わらないからよ。昨日までは院内の広場でやってたんだけど、
目標を定めず実験してたら建物を壊しちゃったから追い出されたのよ」

キュルケは納得した。
考えてみれば、ルイズの姉はアカデミーの研究員である。
ルイズもまた魔法が不得手なためにいろいろ言われてはいるが、その頭脳は明晰であり、
条件さえ許すなら学者の道に進む適性も充分あるとキュルケは思っている。
こういう作業が妙に板について見えることからも、自分の見立ては間違っていないと
彼女は確信していた。

「ふ~ん。これって彼のアイディア」

「半分はね。あいつにしちゃ珍しく何も言わずに手伝ってくれるから助かるけど」

その時、残ったポールを抱えて男が戻ってきた。

「夕刻だ。そろそろ切り上げよう。キュルケは今帰りか?」

男が現れるや、キュルケの態度が劇的に変化した。
急に視線がさまよい始め、手で裾をいじり、思い出したようにブラウスのボタンを第2ボタンまで
きっちりと閉めた。褐色の肌に加え薄暗い夕刻であっても判るほど、その顔が赤い。

「こ、こんばんは。ご苦労様ね」

声色まで何だか余所行きになったようである。

「どうしたのよ、ツェルプストー。気味が悪いわよ」

不気味なものを見るようなルイズの視線に、キュルケはどもった。

「だ、だって~」

「熱があるなら早く帰ったほうが良いぞ」

用具の片付けに入った男は話に入ろうとしたが、前に立つ少女を認めて手を止めた。

ルイズより小さい、青い髪のメガネの少女であった。
視線が交差し、両者の腰が鳥の羽が舞うような静けさでほんの僅かに落ちた。

数秒間の沈黙が降りる。
先に緊張を解いたのは男であった。

「はは、冗談はやめるがよい」

「悪かった」

少女も緊張を解いて謝罪を口にした。

「な、何、何があったわけ?」

両者の会話が理解できないルイズが頭の上に疑問符を浮かべて両者を見る。

「気にするな。ちょっとしたお遊び。戯れである」

ルイズに応える男の裾を、少女が引っ張った。

「タバサ」

簡潔な言葉であったが、それが自己紹介であることは理解した。

「我はこの者の使い魔候補だ。サイと呼ばれることを好むのでそのように」

「わかった」

「自己紹介はいいけど、暗くなる前に片付けるわよ」

「む」

片付けに取り掛かる二人を他所に、キュルケがタバサに話しかける。

「どうだった?」

「・・・私でも無理」

「どれくらい強そう?」

「判らない。仕掛けようとしたら、闇の底に引きずりこまれるような気がした」

「底なしって事かしら」

「私なら、刺客を送るならオールドオスマンくらいのメイジを選ぶ」

「・・・」

キュルケはその時初めてタバサの手が拳を握っていることに気がついた。
小刻みに震えるその拳を手に取り、残った手でさらさらの髪を撫でた。



「悪いわね」

帰路、暗くなった空を風竜に乗って4人は学院に向かった。

「いい。借りがあるから」

「借り?」

「いいのよ、この子がしたいようにさせてあげて」

今ひとつ話がわからないルイズに、キュルケが笑って間に入った。

「話中すまんが」

盛り上がりかけようとした少女たちの会話に男が割り込んだ。

「今日は学院で何かイベントでもあったか?」

「虚無の曜日よ。何もないはずだけど?」

ルイズが首を傾げる。

「ふむ、ではあれは何だ?」

男が指す先に、巨大な影が動いていた。

「ゴーレム?」

見れば、巨大な人型の塊が建物に向かって拳を振るっていた。

「我もこの学校の風紀のことはあまりよく判らぬが、素行の悪い生徒たちがゴーレムを作って
校舎に向かって鉄拳を打ち込むことで度胸を比べる風習でもあるのか?」

「あるわけないでしょ、それに、あんな大きなゴーレムなんか普通作れないわよ!」

「そうなのか」

「そうね。あなたも見たギーシュのゴーレムくらいが普通よ」

キュルケも怪訝な顔でゴーレムに視線を向ける。

「多分、土くれのフーケ」

タバサの言葉に、ルイズとキュルケが顔を見合わせた。

そうこうしている内にゴーレムは学院の塀を越え、森の中に入っていく。

「お、追わなきゃ!」

「もう間に合うまい」

男の言葉が聞こえたかのように、ゴーレムはその場で崩れ落ちた。



[21199] その8
Name: FTR◆9882bbac ID:a6b9dcbf
Date: 2010/08/16 21:50
翌朝、学院は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
被害に遭ったのは宝物庫。
奪われたのは「破壊の杖」と呼ばれる貴重な宝物であった。

被害状況の確認が終わると責任者の首狩りが始まるのは組織の常であるが、
一連の騒動に目撃者である3名に使い魔1体が巻き込まれるのは自然な成り行きであった。

議論の最中に秘書のロングビルが戻り、土くれのフーケの目撃情報がもたらされた。
徒歩で半日。馬で四時間の位置にある廃屋。
とりあえず、探すべき場所は一つ見つかったこととなった。

喧々諤々の論争の末、オールドオスマンは大鉈を振るうことにした。

「やむをえん。探索隊を編成する。我こそはと思うものは杖を掲げよ」

その言葉に教員は誰も応じようとしない。

そんな中、静かに杖を掲げたのはルイズであった。

上がると同時に、その後頭部を彼女の使い魔が引っ叩いた。

「な、何すんのよ!」

「子供の出る幕ではないわ。これはスポンサーである学生ではなく、学院の禄を食んでいる者で解決すべき事態だ」

「手厳しいのう」

男の言葉にオスマンは渋面を作った。

「教員の方々、よもや生徒を出向かせて自分はのうのうと保身を図るおつもりではありますまいな?」

男がじろりと教員たちを見回すと、ギトーが苦々しい表情で声を上げた。

「無礼な。使い魔風情が発言するとは、身の程を弁えたまえ」

「ほう。では、ミスタ・ギトーが出向いてくださるということでよろしいか?」

「そ、それは・・・」

「まあ、敵は土のメイジ。ミスタ・ギトーは適任とは言えますまい。
講義で伺ったが、土と風では相性が悪いとのことですよね、ミセス・シュヴルーズ?」

「え、ええ。そうですわ」

「く・・・」

日頃から風最強をぶち上げているギトーであるが、今この場で風最強と反論すれば間違いなく探索隊に組み込まれることを知って黙り込んだ。

「致し方ありますまい。学院長、ここは一つ、我が依頼という形で承りましょうか?」

「君がかね?」

突然の発言に室内がどよめいた。

「学生を危地に送り込むのは論外。教員の方々も皆さん体調が優れぬご様子だ」

男が視線を向けると全員揃って視線をそらした。

「ならば、ここはこの学院の食客である我が依頼を受けて出向く、というの形が取れる手としては最適でありましょう」

「し、しかし君はミス・ヴァリエールの使い魔ではないか?」

「否。我は未だ己の自由意志にのみ従う者に過ぎません」

未だにコントラクトサーヴァントを済ませていないことを蒸し返され、ルイズのこめかみに血管が浮いた。

「むう、どうしたものかのう」

「とりあえず、その問題の廃屋を見に行けば済むだけのこと。うまく行けば子供の使い程度の用事でしょう。
我と案内人のこちらの女性がいれば事足りると思われますが」

「それもそうだのう」

「無論、無償奉仕はしませんがね。500というところでいかがでしょうか?」

「ちゃっかりしとるのう。良かろう。費用はわしが工面しよう」




「何勝手に決めてんのよ、あんたは!」

がーっと怒鳴るルイズを他所に、さっさと旅支度を済ませた男は剣を背中に背負った。

「考えても見るがいい。貴様をはじめ、キュルケもタバサも危険な場所に送り込むことは常識を考えれば無理な相談なのだ」

「わ、私だって役に立てるわよ」

「そうではない。国に黙って素人だけで盗賊狩りを行い、その結果外国の子弟や国内屈指の大貴族の令嬢に何かあってみろ。
どこぞの刑場に、ここの学院の教員全員の首が並ぶことになるぞ。
貴様はその責任が取れるのか?
いや、その時には貴様もこの世にない可能性もあるがな」

「・・・」

「教員連中とて魔法の研究者ではあっても、凄腕のメイジと渡り合える者はほとんどおるまい。
あとは消去法だ。
何かあっても後腐れがない我が行くのが一番リスクが少ないのだ」

「だからって・・・」

「とにかく、夕方には戻る」

男は黙り込むルイズを置いてドアを開けた。




ロングビルが御者を務める馬車で、田舎道を一路、目的の廃屋を目指す。

「よろしかったのですか、本当に一人で?」

ロングビルが不安げな声で呟いた。

「これでもそれなりに心得はありますので、まあ、何となりましょう」

剣を手に、隣の席で長閑な風景を眺めながら男は応えた。

「それにしても、先ほどはご立派でした。
それに引き換え、生徒が杖を掲げても教員が誰も名乗り出ないなんて」

「大人というのはそういうものでしょう。それぞれに生活もあれば守るべきものもある。
武勇で腹が膨れるのは軍人くらいのものですし」

「そういうあなたは何のために?」

「大人が誰も名乗り出ないからですよ」

「ふふ、情けない大人の代表としてですか?」

「いえ、そのような。我はまだ17歳ですから」





濃密な放射能のような沈黙が馬車の周囲に満ちた。





「何ですって~~~っ!!」

一拍置いて馬車の荷台のほうから絶叫とも言える声が響いた。

「き、貴様ら!」

男が振り返ると、ルイズとキュルケ、驚いたことにタバサまで乗っていた。

「どうもそこのボロ布がおかしな盛り上がり方をしていると思ったが・・・。貴様ら、自分が何をしているのか判っているのか?」

「そんなことより、あんた本当に17歳なの?」

「ここと我が生まれたところの暦が違っていなければな」

「う、嘘よ」

悪夢を見ているような口調でルイズは呟いた。

「そんな涸れた17歳がいるはずがないわ。百歩譲っても17歳の前に10万って付くはずよ!」

「どこの妖怪だ。見た目のことは言うな。我も気にしているのだ」

「詐欺だわ。あんたも何とか言いなさいよ、ツェルプス・・・え?」

隣を見れば、キュルケは開いた瞳孔のままぶつぶつと「年下、年下」と呟いている。

「ちょ、ちょっと、帰ってきなさいツェルプストー!」




「ここからは徒歩で行きましょう」

「仕方がないでしょう。貴様ら、説明したとおりの距離を置いてついて来るようにな。
離れすぎて個別にバッサリや、近づきすぎて一網打尽は避けるるためだ。
何か判ったらまず我に知らせるようにせよ」

「よろしいのですか、ミスタ?」

「同行のことですか?」

「ええ」

「不本意ですが、言って判るような連中ではないでしょう。ならば目の届くところにいてもらったほうがまだましと判断します」

「それもそうですね」



一向は森の中の開けたエリアに出た。

「私の情報では、土くれのフーケはあの小屋にいるとのことです」

「いかがわしさ満載だな」

懐から遠眼鏡を出して覗き込みながら男は呟いた。

「人の気配はなし。では行動に移るとしよう。まず、ミス・ロングビル、お手数ですが周囲の偵察をお願いできましょうか?」

「は、はい」

ロングビルは驚いた顔をし、すぐに森の中に消えて行った。

「タバサ」

「何」

「使い魔の竜は近くにいるか?」

「待機している」

「呼んでくれ」

「了解」

「ルイズとキュルケはタバサと一緒に待機」

「あんたはどうするのよ?」

「小屋の中を見てくる」

「ダーリン、私も行くわ」

何だか必死な調子でキュルケが言う。

「いや、この場合は距離を置いて援護してくれる方がありがたい」

「判ったわ。任せておいて」

「頼む」

言い残すと、男は軽い足取りで小屋に向かった。
猫科の獣のように足音を立てずに小屋に取り付く。
扉はあっけなく開いた。

「・・・」

小屋の中に、一つだけ周囲と異なる雰囲気の緑色の筒があった。
それを手に取り、来た道を戻ろうとした時である。

「きゃあああああああ!」

聞こえた悲鳴に男は走り出した。

男が小屋から飛び出すと同時に、小屋の屋根が破壊される。

巨大なゴーレムが腕を振るっていた。

「ふん、狐が巣穴から出てきたな」

集合場所に戻ると、既にシルフィードが待機していた。

「全員騎乗。一度この場を離れる!」

タバサとキュルケに続いて男も乗り込もうとするが、ルイズがその場から動こうとしない。

「自称主、早く乗れ!」

その言葉に、ルイズは叫ぶように答えた。

「嫌よ!あいつを捕まえれば、もう誰も私をゼロのルイズとは呼ばないでしょ!」

「・・・」

「私にだってささやかだけどプライドってもんがあるのよ!
ここで逃げたら、ゼロのルイズだから逃げたって言われるわ!」

それはルイズの魂の叫びであった。
これまでの屈辱の日々を思い、天に向かって叫ぶ誓いの言葉でもあった。

「私は貴族よ!

 魔法を使えるものを貴族と呼ぶんじゃないわ!

 敵に後を見せないものを、貴族と呼ぶのよ!」


血を吐くような魂の叫びを聞いた男はルイズに歩み寄り、そして、





思い切り脳天に拳骨を落とした。




「お・・・・おお・・・・」

頭を抱えてしゃがみこむルイズの襟首を猫掴みに持ち上げ、そのままシルフィードに乗り込んだ。

「二人ともすまんな、うちのが馬鹿で」

「ど、どういたしまして」

彼岸を見るような目で痛みをこらえているルイズに、キュルケの顔が引きつった。

シルフィードが飛び上がり、ゴーレムの追撃を回避する。

「な、何するのよ!」

再起動してがなるルイズの脳天に、今度は分厚い手のひらのチョップを打ち込む。

「あぎゃ!」

「教えてやろう。取るべき手が幾らでもある内から勝てない戦いをしかける奴のことを『馬鹿』というのだ!!」

「何ですって!」

「誰が逃げるといったか。せっかくこれからが狩りの時間だというのに、つまらん大見得で興を削ぐな」

「か、狩り?」

意外な一言にルイズは目を瞬いた。

「あの女狐が俄仕込みのシナリオを書いたことくらい、来る前から判っておるわ。
あとはどう料理するかのお仕置きタイムだ。
見得を切るならその時にせよ」

「だ、ダーリン、ミス・ロングビルを疑ってるの?」

確かに、この場にいないとは言え、まだロングビルが犯人と決ったわけではない。

「事件が起こったのは昨夜。それなのに片道4時間かかるこんなところまで聞き込みに
来られる訳なかろう。
それに、昨夜のゴーレムが崩れ落ちた周辺の足跡とあの女の足跡が歩幅まで一致していた。
ついでにあの小屋の周辺の足跡もな。
尻尾の見える三文芝居もいいところというものだ」

「それを知ってて二人きりで調査に行こうとしたの?」

「大方我を途中でばっさり殺るつもりだったのであろう。そこを返り討ちにするつもりだったのだがな」

「じゃあ、次のはどうするつもりなのよ。あのゴーレムとどう戦うの?」

ルイズの質問はもっともである。

「あの図体だ。確かに魔法の力では壊しきれないであろうが」

「偉そうなこと言ってて何よ、結局逃げるの?」

「待つがいい。こっちはこういうものがある」

男は手にした破壊の杖を見せる。

『M72 LAW』という名前は誰も知らない。

「あんた、メイジじゃないでしょ。使えるわけないじゃない」

「そうでもないようだ」

男が示すところを見ると、白い文字と絵で何やら取り扱いのためのものと思しき説明図が書いてあった。
※本当にあります。

「これ、使い方の説明書なの?」

「絵のとおりにやってみればわかるであろう」

図解のとおりにピンを抜き、蓋を開け、チューブを伸ばす。

そのまま肩に担いでみる。

「これでいいのであろう。タバサ、ゴーレムに接近してくれ」

「了解」

大きく旋回し、男はトリガーをプッシュした。

射出された弾頭は数瞬後にロケットモーターに点火し、ゴーレムに命中。

1.8kgの成形炸薬弾は、カタログどおりの破壊力を発揮した。



シルフィードが着地すると、森の中からロングビルが現れた。

「ミス・ロングビル、ご無事でしたか!」

男は心底心配そうな表情で破壊の杖を手にロングビルに駆け寄る。

「・・・あいつ、使い魔契約しなくて正解だったかしら」

ひどく気の毒なものを見るような目をしたキュルケといつもどおり無表情なタバサを残し、男の後を追いながらルイズは呟いた。

男がロングビルに近づくと、ロングビルは無言で男から破壊の杖を取り上げた。

「ミス?」

「ご苦労様」

「何を?」

「私が土くれのフーケ」

「な、なんですって~~~っ!」

「あんた、何だか白々しくないか?」

「ふん、ばれては仕方がない。貴様のことはすべてお見通しよ」

「せっかく盗んだんだけど、使い方が判らなかったのよ、これ」

「説明書が付いていたであろう」

「そう。でも、どうやって魔力を通すかが理解できなくてね」

「なるほど、それは難儀なことであったな」

「でも、おかげでここを押すだけで使えるということがわかったわ」

「ほう、ではやってみたらいかがかな?」

「そうね。では遠慮なくやらせてもらうわ。悪く思わないでね」

フーケは本当に遠慮なくプッシュトリガーを押し込んだが、当然何の反応もない。

「ど、どうして!?」

「自称主」

隣に並んだルイズに、男はひどくいい笑顔で言った。

「何、使い魔候補?」

自覚はないものの、ルイズもまた男とよく似た笑みを浮かべていた。

「ミス・ロングビルは少々お疲れのご様子。ここはお手の荷物にレビテーションをかけて差し上げるのがよろしいかと不詳の使い魔候補は愚考いたします」

「そうね」

「ま、待ち『レビテーション』



事件は爆音とともに解決した。



[21199] その9
Name: FTR◆9882bbac ID:a6b9dcbf
Date: 2010/08/18 22:51
学院に戻った一行を待っていたのは、賞賛の言葉と、それを上回る説教の嵐であった。
殊にキュルケとタバサに対しては自分の立場がいかに重要であり、軽率な行動が引き金になって
国際問題になることについてこんこんと語り聞かされることとなった。
無論ルイズについても同様であるが、学院側にしてもことを表沙汰にしたくないこともあり、それぞれの
父兄に対する連絡は見送られることとなった。

同道を認めた男の責任を糾弾する声もあったが、男の成果を抹消した場合は捕縛した土くれのフーケ
の取り扱いが難しいこととなるため、会議の結果、男についてお咎めなしとなった。

本来であれば勲章ものの活躍ではあったが、若気の至りの暴走による怪我の功名とみなされ、総合的な判断で
ルイズたちは反省文が課されることとなった。



「何だか、何しに行ったのか判らなくなってきたわ」

反省文の文案の作成に頭を悩ませながら、ルイズはボソッと呟いた。
意気揚々とした凱旋を夢想していただけに、降りかかる現実の厳しさに閉口した。

「だから出かける前に言ったであろう。己の行動には相応の責任が伴うと」

「それを言うならあんただって同罪じゃない」

「我がか?」

「結局私たちの同行を認めたようなもんじゃないの」

「あそこで追い返したとて、大人しくしている貴様らではあるまい。
名乗りをあげることすらできない教員が貴様らを抑えられるとも思えぬしな。
ならば、まだ見える範囲にいてもらったほうがまだ気が休まる」

「・・・」

「とは言え、我もまた平民だ。
大盗賊と渡り合ってまったく無事に帰れたかは自信はない。
そういう意味では貴様らには感謝している。
よく付いてきてくれたな。礼を言う」

「ちょ、やめなさいよ。調子狂うわね」

やや頬を染め、ルイズは作文作業に戻った。



翌朝、ルイズがキュルケやタバサと力を合わせて土くれのフーケを退けたという噂は学園に広まった。

「・・・複雑だわ」

廊下を歩きながらルイズは呟く。周囲の目が昨日までと違う。
尊敬や驚愕。
要はあのルイズは実はすごい奴だったのか、という視線を浴びてどうにも居心地が悪い。

部屋に戻ると、男が窓わくに持たれてリンゴを齧りながら瓦版を読んでいた。

「どうした、不景気な顔をして」

「居心地が悪いのよ」

「どうしたことだ?」

男が手元の紙袋からリンゴを取り出し、ルイズに投げる。
恐らく厨房からもらってきたのであろう。
受け取ったリンゴを袖で磨き、かぶりつこうとして気が付いた。
以前ならばリンゴをまる齧り使用などとは思わなかったであろう。
知らぬ間に、この使い魔に影響されている自分がそこにいた。

「昨日のことよ。すっかり私の手柄になってるみたい。私、たいしたことしてないのに」

「何を考えているかと思ったらそんなことか」

「そんなこととは何よ」

「主と使い魔は一心同体。使い魔の手柄は主の手柄というものだ。優秀な使い魔を持ったのだと誇るがいい。まだ候補ではあるがな」

「よくないわよ。人に嘘は付けても自分をだませるわけないじゃない」

「プラス1ポイント」

「何よ」

「貴様のそういうところは嫌いではないぞ」

「偉そうに。まあ、いいわ。それより、今夜のことは知ってる?」

「今夜?」

「フリッグの舞踏会よ」

「ああ、宴か。楽しんでくるがいい」

「何言ってるのよ。あんたも出るのよ」

「我はダンスなどできぬぞ?」

「違うわよ。せっかく人間の使い魔なんだから、従者として随行しないってことよ」

「・・・あまり気が進まんな」


その夜、ドレスに着替えたルイズは、夕暮れ時になっても部屋に帰ってこない使い魔の事が気になった。

「どこほっつき歩いているのかしら」

文句の一つも言ってやろうと思っていた時、ドアがノックされた。

「どうぞ」

入ってきたのは当の使い魔である。

「あ、あんた、サイ?」

「マルトーに用立ててもらったんだが・・・」

いつもの実用一点張りの襤褸胴着ではない、歴とした礼装を身につけていた。
糊のきいたシャツにプレスされた上下、髪はオールバックに整えられている。
恐ろしいことに、体格のいいものの、その姿は同年代の青年に見えた。

「ど、どうしたの、その格好?」

「どうせなので、それくさい恰好をしてみた。この学院の宴であれば、誰も従者等おらんだろうし、
貴様もたまにはささやかな優越感に浸るのも悪くなかろう」

「それも面白いわね」

ルイズはにっこり笑って扇子を取り、従者に告げる。

「さ、従者らしくついていらっしゃい」

「御意のままに、ユアマジェスティ」



「ヴァリエール公爵が御息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~り~」

高らかな声とともに紹介を受け、会場に入るルイズをみて、周囲の生徒たちがどよめいた。
もとより美というものに恵まれた少女であるルイズが着飾ると、どんな名花も色あせる可憐な輝きがある。
その後に、無敵の存在感を示す従者を従えた姿は、あたかも一枚の主従の絵のようであった。



幾人もの男子生徒から声をかけられ、優雅に応じるルイズの姿を壁から眺めていると袖を引かれた。

「タバサか」

そこにドレス姿のタバサがいた。

「よく似合っているぞ」

「珍しい格好」

「たまにはな」

「一つ聞きたい」

「応えられる範囲ならな」

「あなたは、何故『破壊の杖』の使い方を知っていたの?」

「説明図があったであろう」

「嘘」

タバサの言葉に、男の表情が微かに歪んだ。

「今だからわかる。破壊の杖が単発式の飛び道具であることを知らなければ、あなたの行動の説明は付かない」

男は頭をかいて宙を仰ぎ、そして言った。

「そのうち話そう」

「本当に?」

「約束しよう、友よ」




そんな話をしていると、人を分けるようにルイズが寄ってきた。

「こんばんは、タバサ」

タバサは頷き、一度だけ男に視線を向けて場を後にした。

「ずいぶん人気があるようではないか」

「ええ。昨日までの態度と手のひら返した人が多くて困るわ」

「それを許すのも、また度量というものであろう」

「偉そうに。それより、一曲相手をしなさい」

「我は踊れぬと言ったではないか」

「私がリードするから」

「無茶を言うでない。足を踏んだらどうする」

頑なに拒む男に、ルイズはしかめ面を作り、次ににっこりと笑って礼を取った。



「私と一曲踊ってくださいませんこと、ジェントルマン?」



「・・・どれ、貴様のために、恥をかいてやるとするか」

観念して、男は少女の手を取った。





双月輝く、そんな一夜の話であった。



[21199] その10
Name: FTR◆9882bbac ID:e07934d6
Date: 2010/08/18 22:50
チェルノボーグ監獄。

捕縛された土くれのフーケは無聊を託っていた。
ドジを踏んだものだった。
ガキと肉だるまの集団とたかをくくっていたが、こうもあっさりペテンにかかるとは夢想もしなかった。
杖も取り上げられ、残る道は絞首台へ至る道のみ。


― 年貢の納め時かね。―


心残りはアルビオンの森に残した子供たち。そして妹の事であった。
仕送りができなくなってしまうが、今となってはうまくやって行ってくれることを祈るしかない。

そんなことを考えていた時、視線を落としていた床の一部、ちょうど自分の爪先の部分に

『ゾリュ』

と音を立てて剣の切っ先が生えた。

「な、何だい???」

生えた切っ先は、そのままのこぎりのようにぎこぎこと動いて石造りの床を切り始め、始点と終点がくっついた時に床下に消えた。

―魔法の防御がかかった床を切り刻むだって??―

目を丸くして見ていると、次いで床ががたがたと動き、ボコっという間抜けな音がして床板が持ち上がる。
出てきた首を見て、フーケは唸った。

「あ、あんた・・・」

「夜分お寛ぎのところお邪魔するぞ、土くれ」






ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは自室で懊悩していた。

この季節の重要なイベントである「使い魔の品評会」をすっかり失念していたのである。
学院側はとりあえず男の事をルイズの使い魔としてそれに準じて認めてくれてはいるから問題はないのだが、
問題はその使い魔の方にあった。

「何を唸っているのだ、自称主?」

最近どこからもらってきているのか地図だの瓦版だのを山ほど持ち込み、あれこれ勉強に余念がない。
でかい図体を小さくして読み物をしている様子はどこかコミカルであった。

「・・・あんたのことで悩んでいるのよ」

「ほう、我に貴様を悩ませるようなことがあったとは心外だな」

「良く言うわよ。悩みの原因の塊のくせに。あんたのその筋肉は私のストレスでできてるって知ってる?」

「失敬な奴だな。ならばその悩みとやらを申してみよ。話はそれからしようではないか」

「う~・・・」


ルイズはしばし唸ってから、渋々と使い魔の品評会について説明した。


「ふむ、では、その品評会とやらでは、使い魔は何か芸を見せる決まりがあるわけだな」

「そうよ。どうせあんた出てくれないでしょ」

「いや、「出てくれないでしょ!出てくれないって言いなさい!というか出るな!!」

男の言葉を遮って、すごい剣幕でルイズはまくし立てる。

「何をいきり立っているのかは知らんが、それくらいならお安いご用だ。むしろ我の得意分野とも言えよう」

「私は出るなと言っているでしょ!」

「まあ、任せておけ」

肩の筋肉をもりもり動かしながら言う。

「自賛ではあるが、この鍛え抜いた肉体は至高の芸術品。観衆の視線にも十二分に応えることができると自負している。
必ずや貴様に優勝の栄冠をもたらして見せよう」

「ほらやっぱり!!だから出るなって言っているのよ!!」




そんな悩みを引きずりながら、ルイズは今日も真面目に講義を受ける。

その使い魔の男はと言えば、ここしばらくは勉強と称して図書室に行くなど、しばしば別個に行動することが増えてきた。

隣にあったうすらでかい質量がないと風通しが良くて講義に集中できるが、その分どこかでまた何をやらかしていないかという心配に
脳のリソースを食われることも否定できなかった。

「では授業を始める。知っての通り、私の二つ名は『疾風』。疾風のギトーだ」

長い黒髪に漆黒のマントという容姿。血色の悪い顔でギトーはのたまう。

内容はと言えば繰り出される風最強理論。

『今日の生贄は君だ!』な乗りで指名されたのはキュルケであった。

「火傷じゃすみませんわよ?」

「かまわん、本気で来たまえ」

そもそも胸を貸してやるという態度の時点でキュルケはそれとなく己に利がないことに気づいてはいたのであるが、生来意地っ張りな性格が災いし、
打ち出したファイアボールを打ち消され、その余波の風をその身に受けることとなった。

壁に打ち付けられることを覚悟して身を固くしたキュルケがぶつかったのは、

「おっと」

岩に薄いゴムを張り付けたような感触の大きな物体であった。

「危ないではないか」

ちょうどその時教室に入ってきた男が、タイミング良く飛来したキュルケを受け止めた。

「だ、だ、だ、ダ、、」

己の状況に気付くや髪以上に顔を赤くして舌がもつれているキュルケを床に戻し、その頭をポンと叩いてルイズの隣に向かう。
残されたキュルケは湯気を立てて昏倒した。

「どこ行ってたのよ?」

「図書館だ。古い本の他にもいろいろ情報があるので最近の情勢をちょっとな」

「また?」

「ガリアという国は思いのほか情報が少なくてな」

「ガリア?」

「大国の割には見えない情報が多いようだ。だいぶこの国の周辺もきな臭いだけに、情報統制をかけているのかも知れん」

「ふ~ん」



コルベールが現れたのはその時であった。

ヅラを被ったコルベールからもたらされたのは、王女殿下の行幸の報であった。

よりによって使い魔の品評会を視察するとのこと。


「何ですって~~っ!!」

思わず立ち上がったルイズの顔は真っ青であった。

「さ、最悪だわ」


ルイズの胃壁を錐で揉むような日々は、まだしばらく続くようである。







歳月は人を待たず、流れる水もまた元の水ではない。

そんなこんなで、あっという間にアンリエッタ姫の来訪の日となった。

ユニコーンに引かれた馬車で現れたアンリエッタ姫の人気はものすごく、出迎えの生徒からは大きな歓声が沸き起こった。

「大層な人気だな。あれが美貌を謳われたアンリエッタ姫殿下か」

「ねえ、ダーリン」

その男の袖をキュルケが遠慮がちにつんつんと引っ張る。

「私と御姫様、どっちが美人だと思う?」

「さてな。一口に美人と言ってもいろいろあるからな。君には君にしかない妍がある。人と比べてどうこうということはあるまい」

そんな二人のやり取りを隣で聞きながら、ルイズは随伴する一人のグリフォン上の衛士に視線を向けていた。
美髭の衛士は、ルイズの知己であった。



品評会。
さまざまな使い魔が自慢の能力を披露し、歓声が学院を満たした。
そんな中、やはり一番異彩を放つのがルイズの使い魔であった。
会が始まるや、

「準備をしてくる」

と言って当の使い魔は消えてしまった。
本気で黒いブーメランパンツ一丁でステージに上がるために全身にオイルでも塗ってくるのかと思い、場合によっては爆破することすら覚悟していたルイズであったが、果たして、戻ってきた己の使い魔が持っていたのはオカリナであった。

「どうしたのよ、それ?」

「グラモンに作ってもらったのだ」

「あんた、楽器なんかできるの?」

「ふん、我が芸域の広さに慄くがよい」



ルイズの番になった。

壇上に上がり、ルイズが一つ息を吸って大声であいさつする。


「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔を紹介致します。種族は、人間です」

隣に立っていた男は一礼すると、楽器に手をかけた。

「遠く離れた故郷に伝わる、ある曲を奏し奉る。お耳汚しなれど御清聴いただけましたら幸い」

一拍置いて、男は曲を奏で出した。
聴いたこともない、異国の、どこか物悲しい調べが学院を満たしていく。
楽曲に関しては耳の肥えた貴族の子弟から、ため息が漏れた。
紡がれる音色は深く静かに心に染みた。

数分の演奏。

終わった後に待っていたものは、万雷の拍手であった。



審査の結果、優勝者はタバサとシルフィードとなった。
品評会が使い魔と主人の共同作業であることから選ばれたとのことであり、使い魔を紹介しただけのルイズは選に残らなかった。
その代り、急遽設けられた特別賞を与えられることとなり、一応の面目は保つこととなった。



その夜。

「ねえ、サイ」

心ここにあらずな感じのルイズは、ベッドの上で枕を抱えて呟いた。

「何だ」

自分の寝床の隣に置いた小さなデスクに向かい、本をちゃっちゃとめくっている使い魔に声をかける。

「相談があるんだけど」

「どうした?」

ページをめくる手を止めずに男は応じた。

「・・・ちょっと言いにくいわ」

「・・・言いにくいところにブツブツでもできたのか?」

「あ、あんたねえ!」

その時、男の指が止まる。
顔をあげてドアの方に視線を向けた。

「相談はまたの機会だな。自称主」

「何?」

「来客のようだぞ」

「客?」

その時、部屋のドアがノックされた。




BGM:「Amazing Grace」




[21199] その11
Name: FTR◆9882bbac ID:e07934d6
Date: 2010/08/17 22:00
「ああ、ルイズ、 ルイズ・フランソワーズ、 お久しぶりね、私の最愛のお友達!」

来訪者は入ってくるなり、アンリエッタは大げさな振る舞いでその感激を現した。

「ひ、姫殿下。いけません、このような下賤な場所に」

「ああ、ルイズ、やめてちょうだい、あなたまでそんな物言いをするなんて」

まるで芝居のような雰囲気で旧交を温め合う二人を、何となく蚊帳の外な感じの男は見つめていた。

「ところでルイズ、そちらの殿方は?あなたの恋人ですか?」

「い、いえ、これは私の使い魔・・・です」

例によって間髪を入れずに否定されるかと思ったが、予想外のところから救援が来た。

「お初に御意を得ます。
この身は御身の忠臣ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが使い魔。
名をサイと申します」

ルイズは驚いた。
どこの王宮に出しても恥ずかしくない、凛とした礼を男はやって見せた。
それを見たアンリエッタは手を叩いた。

「そうそう、思い出しましたわ。品評会の時の!ルイズ、あなたは昔から変わっていましたが使い魔も変わっていると思いましたわ」



話の流れは昔話から、徐々に不穏な話になって行く。

ゲルマニアとの政略結婚。

アルビオンの王太子への想い。

やがて、恋文の存在を口にするにあたり、アンリエッタは絶好調。

場の流れに流されるように、ルイズはアルビオンにアンリエッタが持参した手紙を届けることを了承した。

途中でギーシュが乱入する等いささか騒がしいこととなったが、一つの騒動の種がここに播かれた。





アンリエッタとルイズのやり取りを黙って聞いていた男が口を開いたのは、アンリエッタが退出を申し出た時である。

「夜も遅い。僭越ながらお送り致します」

ルイズもそれが良いと迎合し、ギーシュはその役目は僕にと主張したが、明日の支度があるだろうと男に説かれて
引き下がった。




「ありがたいですわ。送っていただくなんて」

学院の裏門に向かって歩みを進めながら、アンリエッタは照れ臭そうに礼を言った。

「いえ、主の前で諫言はしづらかったものですから」

「え?」

意外そうな顔をするアンリエッタに、男は険のある視線を向けた。

「お言葉ですが殿下」

どういうわけか、男の口調は固かった。

「我が主はいささか考えが甘いところはありますが、お役に立てぬ人間ではございません。
熱演、誠に感服いたしましたが、今後は本来の殿下として腹を割ってお話ししていただきたくお願い申し上げます」

「そ、そんな、演技だなんて」

ショックを受けたようにアンリエッタはよろめいた。

「対外的にお飾りの姫を演じるのは大変かと思いますが、我が主は御身が果てるまで御身とともにある者と我は確信しております。
何卒、主の前では偽りの仮面はお脱ぎ下さいますよう」

男の言葉を大げさに嘆きながら聞いていたアンリエッタであったが、やがて居ずまいを正した。
杖を取り出し、サイレントの魔法をかける。口元を扇子で覆って初めて視線を男に向けた。
先ほどまでと別人のような、鷹の如き眼光が男を射抜く。

「なるほど、図体だけが取り柄の平民と思いましたが、まるきりの阿呆ではないようですね」

「恐れ入ります」

アンリエッタの雰囲気が別人のように変化していた。
女王のオーラ。
支配者としての風格という名のマントをその身にまとっていた。

「して、あの手紙ですが」

話の口火を男が切った。

「ええ。正直に言ってしまいましょう。恋文というのは方便です。明るみに出たとて、捏造と言えばそれまでのこと」

「すると本命は届ける手紙の方ということですな」

「ふふ、その内容も判っておりますね?」

「アルビオン王太子、ウェールズ殿下の亡命ですな」

「見事です。そして我が国はその上でゲルマニアと同盟を結びます」

「失礼ながら、ウェールズ殿下は御身の懸想されるお相手と伺いましたが?」

「お前には冗談のセンスがありませんね。今後は気をつけなさい」

アンリエッタの言葉に男は一礼して詫びた。

「彼を亡命させるのは結婚するためではありません。
我が国が欲しているのはウェールズ殿下ではなく、ウェールズ殿下が持つ影響力、すなわちジェームズ1世陛下亡きあとの
正統アルビオンの王権です」

「確かに、義勇軍なら使い潰すにはうってつけですな」

男の言葉にアンリエッタは笑みを浮かべた。

「ルイズの使い魔は実に巡りが良いようですね。羨ましくなってきましたわ。
そう。アルビオン王党軍の現有戦力は多くありませんが、アルビオンの冠を引き寄せることができれば、ニューカッスル陥落後、この大陸に散在する
アルビオンの潜在兵力をまとめ上げることができます。
その数は1万くらいは望めましょう。先鋒としてけしかけるには充分な兵力です。
アルビオン系の商人の融資も引き出しやすくなりますし、亡命の際に宝物庫の宝物を持参金代わりに持ってきてくれれば戦費の足しになります。
その兵力に我が国の兵力とゲルマニアの派遣軍を合わせてアルビオン叛徒に対応する。
正直、アルビオン叛徒を相手にするなら、兵は一人でも多く欲しいのです」

「では、この国はもはや」

「ええ。いかなる手段を持っても、アルビオン叛徒との開戦は不可避と考えています。
彼の国を席巻するレコン・キスタの首魁、オリヴァー・クロムウェルは野心家です。
いくら醜聞を防ごうと、必ず材料を探して我が国に杖を向けてくるでしょう」

「ひとつお伺いします。何故、我が主なのでしょうか?」

「白々しいですね、使い魔。
もちろん、既にウェールズ殿下への亡命の要請は我が国の外交部が手を尽くして行っています。
しかし、その活動にはどうしても制限がかかります」

「レコン・キスタの手は長そうですからな」

「その通り。下手な手は打てません。
その鼠のあぶり出しにはもう少し時間がかかるのです。
何より、我が国の人材難は深刻。
未だに戦を回避できるという夢物語信じている愚物が何と多いことか。
ここまで来ると、国を預かる身としてはもはやなりふり構っていられないのです。
使える駒はすべて使います。それが最愛のお友達であってもね
政治と離れたところにいる、誰も見向きもしない小物というのは伝書鳩代わりにはうってつけの駒。
そうは思わなくて?」

「なるほど。では、もうひとつ伺います。このお話、公爵家には?」

「申したはずです。本件は、政治とは離れたところで隠密裏に進めているお話。
残念ですが、公式な記録は何一つ残らないことになります」

要するにルイズが勝手にアルビオンに出かけて行っただけという形になるらしい。
親書の事などはもみ消すくらい訳はないのであろう。

「最後に」

男は言った。

「愚問とは存じますが、このお話、お断りした場合はどうなるのでしょうか?」



アンリエッタは微笑んだ。



その時のアンリエッタの笑顔は、ルイズが見たらその後の生涯のトラウマになったであろう。
美しい、無機な微笑み。
見ている分には美しく、触れば手が切れそうなほど冷たい、氷の如き笑顔。
自分で自分を殺した人殺し、己というものを捨てた、公人としての微笑みであった。
刑場で断頭台にかかるそれがたとえ身内であっても、躊躇なく執行人に向かって親指を下に向けることができる笑みである。
そして、それは国が滅ぶ時、真っ先に断頭台に自分の首を載せる覚悟を済ませている者の笑みでもあった。

それを理解し、男は言った。

「そこまでくれば、我らとしてもどうしようもありませんな」

逃げようとすれば『不幸な事故』が起こるであろうことは男にも予測できた。

「ふふ、潔いこと。気に入りましたよ、平民の使い魔。
ルイズのところに飽いたら私のところにいらっしゃい。私が存分に使ってあげましょう」

「もったいなきお言葉」

「では、ここまでで結構です。明日の出発に備えなさい」

「御意」

一礼する男を残し、アンリエッタは優美な歩みで馬車に戻っていった。



[21199] その12
Name: FTR◆9882bbac ID:a6b9dcbf
Date: 2010/08/20 00:58
「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」

朝靄の中から現れたのは髭を生やした端正な男前であった。
身に付けた物も嫌味がなく隙がない。
そんな伊達男が旧知の仲であるルイズを抱えあげて旧交を温めるところからこの旅は始まった。
落ち着いたところで、ルイズが二人を紹介する。

「ギーシュ・ド・グラモンと、『使い魔』のサイです」

「君がルイズの使い魔か。まさか人とは思わなかったな。ぼくの婚約者がお世話になっているよ」

「御目にかかれて光栄です、子爵。ルイズの『使い魔見習い』をやっております。サイと及び下さい」

「奥ゆかしいことだな。結構。それにしても良い体つきだ。剣の腕もかなりのものか?」

「ははは、剣士とは光栄です。この身は港の荷上げで練り上げたものです。背中の剣は親父の形見でして」

「・・・本当かね?」

「はい。荷物持ちでしたらお任せください」

その会話を隣で聞いていて、ルイズは初めて己の使い魔が剣を抜いたことがないことに気がついた。

「あ、あんた、荷役夫だったの?」

「さてな」



出立にあたり、騎乗割は子爵のグリフォンにルイズ、男とギーシュは馬となった。
ペース配分も気にせずすっ飛ばすが、残る二人はポクポクとマイペースに馬の脚を進めた。

「なあ、サイ」

「何だ」

「本当に君は荷役夫だったのかい?」

「そんなに似合わんか?」

「いや、どう見ても歴戦の剣士に見えるんだが」

「まあ、この見た目だ。街を歩けばゴロツキが避けて通るのは確かだがな」

そんな益体もない話をしながら一路ラ・ロシェールを目指した。




馬を幾度か乗り換えて、日が暮れたあたりラ・ロシェールの入り口の辺りに位置する絶壁に囲まれた渓谷にさしかかった。
ワルドのグリフォンもペースを落として並走している。

「急いだ方がいい。できれば今日中にラ・ロシェールに着きたい」

「そうしたいところですが、馬の都合もありましてね」

グリフォンと馬では基礎体力が違う。

「何とか頑張って・・・」

ワルドが言いかけた時に崖の上から松明が降ってきた。
続いて幾本もの矢が飛来する。

「む、賊か!」

戦人の顔となって高度を上げるワルド。

「ぼ、僕らは置き去りか!」

「うろたえるな。まずはお得意の人形を出せ。矢が飛んできたということは敵はメイジではない」

「ワルキューレでは崖は登れないよ!」

「こちらの有利な場所に着くまでの矢除けにするのだ。地の利を得ればこちらの番だ。山賊ごとき、君にかかればゴミのようなものだろう」

「と、当然だな」

おだてに弱いギーシュであるが、そのギーシュのやる気が空回りに終わったのは次の一瞬であった。

突如崖の上に立ち上った巨大な火柱に、地上の二人も上空の二人もギョッとなってあたりを見回した。

「火のスクエアスペルか!?」

ワルドが思わず勘違いするほどの火力が連続して崖上の賊に降り注いだ。知る人が見れば天の火とかインドラの矢とも評したかも知れぬ。
ギーシュは心の底から賊に同情した。

風を切って飛来した風竜の上に乗っていたのは、寝間着姿の眼鏡の少女と、
いろいろ感情のメーターが振りきれて逆に無表情になっているキュルケであった。
ハイライトが消えた眼を賊に向けて杖を振るい、梱包用のエアクションを一個ずつ潰すように
念入りに追い討ちをかけようとするキュルケに男は大声で声をかけた。

「キュルケ!生け捕りにしたいから加減してくれ!」


賊を捕らえ、合流した一同。

何でついて来た!、とがなるルイズを一顧だにせず、キュルケは男に駆け寄った。

「ダーリン、大丈夫だった?怪我なかった?私、ダーリンを守れたわよね?」

とオロオロするキュルケに対し、

「ああ、大丈夫だ。君のおかげで助かった。この礼は改めてさせてもらう」

とキュルケの頭をポンポンと叩く男。

グニャつくキュルケをタバサが支えると、キュルケの瞳の中に月夜のテラスでフォーマルを着こんだ男がイヴニングドレスのキュルケの肩を抱いて、
そっとキュルケのおとがいを持ち上げている光景が見えた。
そんな一団を余所に、ワルドが尋問を終えていた。

「どうやらただの物捕りのようだね」

「不自然ですな」

男が反論する。

「何故だね?」

「グリフォンまでいるような連中に襲いかかるにしてはメイジはいないし装備が貧弱すぎる」

男は賊の前にしゃがみこんだ。

「さて、大人しく話してもらった方が手間が省けてありがたいんだが。
我はこちらの貴族様のように上品ではないぞ?」

当然のように全員何も言おうとしない。
白を切る賊の一人に男は笑顔で近寄り、その顎を持ち上げた。

「黙っていてもいいことはないと思うが、どうする?」

返答は沈黙であった。
男の手の中で、乾いた音が響いた。

上がる絶叫。

「な、何をしたの?」

「顎の骨を、な」

一同はギョッとした。
握力一つで顎を砕く男にギーシュは決闘騒動を思い出して戦慄した。
のたうちまわる賊を指さし、男は残った盗賊に告げる。

「あれはかなり痛くてな。今までの経験だと、痛くて失神もできず、放置しておくと発狂してショック死する。もってまあ5分だ。
あの男が動かなくなったら次の表演と行こう。
次は誰にするか、今の内に決めておいてくれ」

男の一人が話し出したのはその10秒後であった。


白い仮面の男。
それが得られた情報であった。




ラ・ロシェールの街に着き、宿を取った一行は食事を済ませ、部屋割りに入る。
ワルドが主張したのはルイズと自分、キュルケとタバサ、ギーシュと男であった。
キュルケが物欲しそうな視線を男に向けているのを余所に、これについてはルイズが反論し、結局女性陣で1室、
ワルドが1室、残りがギーシュと男で落ち着いた。

「ギーシュ、耳栓した方がいいわよ。あいつの鼾ってすごいんだから」

ギーシュは律義に従い、耳栓をして就寝した。
そのため、男が夜中にいなくなったことに気付かなかった。



夜の街を、影が歩く。
マントに着いたフードを被り、影から影へ。
程なく、遅くまでやっている酒場にマント姿の影は入った。
フードの奥から店内を見回し、先客を認めたテーブルに就いた。
先客はこちらもまた被ったままのフード越しに、やって来た来客を見る。

「遅かったじゃないか」

「連れの酒癖が悪くてな。なかなか抜け出すのに手間取った。それで首尾は?」

「来るなりそれかい。せっかちだね」

そう言いながら、先客はまとめた紙をテーブルに差し出す。

「ああ、もう息苦しいね」

先客が仮面を外すと、端正な顔立ちの女の顔が現れる。
チェルノボーグ監獄から脱獄し、大問題となっている土くれのフーケであった。

「顔を見せても大丈夫なのか?油断をするとろくなことにならんぞ」

「ここなら心配いらないよ。昔から使っているんだ。あんたもフードくらい取りな」

しばしためらい、フーケの言葉に従ってフードを取った。

出てきた顔を見て女は口にしていた酒を吹いた。

「何だいそれは!」

フードの奥から現れた顔はかつてフーケを罠にはめた男であったが、その顔の半分を紫色のパピヨンマスクが覆っていた。

「あまり人の目があるところで素顔を晒したくないものでな」

「・・・付き合いは浅いが、つくづくあんたという奴が良く解らんよ、本当に」

「褒め言葉として受け取っておこう」

受け取った紙に目を通しながら男は応える。

「ふむ・・・やはり黒か」

言葉の意味は違うものの、男の言葉に某学院長を思い出しフーケは渋面を作った。

「ちょっと特殊なルートで聞いた情報だから、公の防諜がつかめる情報じゃないことは確かさ」

「さすがだな・・・ともあれ、ご苦労だった。助かる」

ねぎらいの言葉をかけて、懐から小さな革袋を取り出して女の前に置いた。

「何だいこれは?」

革袋を開けると、小ぶりながらいくつかの宝石が入っていた。

「心付けだ」

「要らないよ。報酬はもう充分もらったじゃないか。結構な額になったよ、あの宝石は」

「それはそれ、これはこれだ。これで妹さんと子供たちに何か買って送ってやるといい」

「ふん、じゃあ遠慮なくいただいておくよ」

「また何か判ったら連絡を」

「毎度あり。気をつけな。これから先は油断できないよ」

「気をつけよう」




翌朝の事である。

朝食の食卓につくや、ワルドが言いにくそうに口を開いた。

「ルイズ、朝からすまないが、君も使い魔の躾けはしっかりするべきだと思うぞ」

「何か失礼でもありましたか?」

「今朝ほど君の使い魔が帰ってきたところに出くわした。聞けば外で飲み明かしていたそうだ。重要な任務の最中にあれはまずい」

「な、何てことを・・・」

ルイズはわなわなと震えだした。

「昼まで寝ると言って部屋に戻った。僕からも一言言っておいたが、できれば早めに注意を促しておいてくれないか」

話を聞いた周りも話題に食いついてくる。

「僕が寝るまでは隣にいたはずなんだが・・・彼もタフな男だね」

「ダーリンったら・・・私も連れて行ってくれればいいのに」

一部利己的な意見も出たが、ルイズは朝食を済ませて大股で男の部屋に向かった。

「ちょっと、サイ!。あんた・・・」

「何だ、自称主?」

部屋に入ると、男は大量の紙を散らかしながら調べ物をしていた。

「何やってるの?」

「アルビオンの状況の整理だ」

「状況?」

「船着場からニューカッスルまでの道順とその最新情報だ。どうも状況が好ましくない」

「どういう意味よ?」

「包囲が進んでいては、城に入って謁見するなど夢物語だからな。貴族連中の展開状況と、他の進入ルートがないかの確認だが・・・
まあ流石にそうそう出回る情報ではないようだな。どれも情報の鮮度が今一つだ」

「あんた、昨夜からそんなことやってたの?」

「何しろ時間がなくてな。本来ならそれなりに時間をかけて準備したかったところだが贅沢は言えまい」

「さっきワルドがあんたが飲み明かして帰ってきたって言ってたけど?」

「ああ、朝一番で会ったな。いきなり手合わせを申し込まれたから、面倒なので二日酔いということにしておいた」

「手合わせ?」

「実力を知りたいとか言っていたが、重要な任務の最中に怪我を負うようなリスクは避けるべきだろう。
隠密の任務で実力を示す必要が生じる状況ならその時点で既に任務は失敗している場合が常だ。
そんな遊びに付き合ってはおれんよ」

「・・・」

「それより、何か悩みでもあるのか?」

「え?」

「顔に書いてあるぞ。本当にどこかにブツブツでもできたのか?」

「ば、馬鹿!」

「あの男と何かあったのか?」

「どうして?」

「昨夜ずいぶん話し込んでいたようだったからな」

ややおいて、ルイズは切り出した。

「・・・結婚を申し込まれたの」

「・・・」

「どうして黙ってるのよ。何とか言ってよ」

「呆れて物も言えんのだ。この非常時に何を考えておるのだ、あの髭は」

「ワルドの事を悪く言わないで」

「貴様も貴様だ。これから行くところは当り前に死体が生産されている戦場だぞ。その任務中に何を余裕をかましておるのだ。
そういう重要なことはお家に帰ってからにしましょうと何故答えん?
第一、政略結婚ならともかく、基本的に結婚というものは互いに相手を大切に思うことについて責任を持つという契約行為だ。
犬猫の子のやり取りのようにほいほい決めるなど言語道断。
何より、貴様のように良く言えばまだまだ前途ある若者、悪く言えば己を知らない未熟極まる小娘が結婚などとは5年早いわ、5年。
いずれにしろ、親の脛をかじっている身の上ならばまずは真っ先にご両親にご相談するのが筋というものだ」

「何よ偉そうに、自分だって独り者なのに知ったようなこと言わないでよ」

何気なく返した一言であったが、その時、男の表情に走ったほんの微かな感情の起伏にルイズは気が付いた。

「な、何よ」

「気にするな。何でもない」

「ふん。言われなくたってちゃんと断ったわよ」

「・・・何だって?」

「私だって自分の置かれている状況は理解してるわ。魔法はまだ使えないし、その原因の調査だって途中だしね。
少なくとも、魔法が使えない私をお情けでもらってくれるみたいな雰囲気の縁談はお断りよ」

「ほう、子爵に向かってそう言ったのか?」

「馬鹿ね。きちんと言葉は選んだわ。とにかく、今はあんたが言ったとおりに非常時よ。
姫様の心の曇りを取り去るまでは私事なんか後回し。
何か文句つけるところある?」

「素晴らしい」

男は両手を上げた。

「実に素晴らしいぞ、我が主候補。プラス3ポイントを差し上げよう」

「また偉そうに。それより、私にも地図を見せなさい。これでも多少は土地勘があるんだから」

「む」






[21199] その13
Name: FTR◆9882bbac ID:a6b9dcbf
Date: 2010/08/19 23:27
襲撃は夕刻であった。
皆が夕食のテーブルに着いたところで出し抜けに始まった襲撃であったが、しかし一同は素早くテーブルを倒して対応した。
しかしながら敵も手練の傭兵らしく動きに隙は少なく、魔法の間合いの外からの遠距離攻撃を軸に組み立ててきており、
一同は徐々に消耗戦に引き込まれつつあった。

「この種の任務は、半数が辿りつけば成功とされる」

苦境の中、ワルドの発言に全員が同意した。
タバサが素早く囮と本命を仕分け、それぞれが対応に向かう。


「さて、では荷役夫の本領を発揮するとしようか」

男はルイズを抱えあげた。

「ちょ、ちょっと!」

「お前が走るより、こっちの方が速いからな」

横抱きに抱えて男は裏口から走り出す。
その言葉に偽りはなく、巨体に似合わぬ足の速さにワルドは面食らった。
世が世ならNFLでかなりの契約金が積まれるであろう俊足であった。
ワルドが形振り構わず全力で走っているのに、男はルイズを抱えてまだまだ余裕の走りである。

「に、荷役を、やっていたというのは、嘘では、なさそうだね」

「ついでに逃げ脚にもいささか自信があります」

「頼もしいのか、そうじゃないのか、良く解らん、男だな」

「恐れ入ります」

桟橋まで一気に走り、世界樹の階段を駆け上る。
2段抜かしで跳ねるように登っていくところで、

「さ、サイ!」

ルイズが悲鳴を上げる。
前方に、白仮面を着けた怪人物が立ちはだかっていた。

「我らと仲良くしたいようには見えないな」

「あ、当たり前でしょ!さっきの連中の中にいたわよ、あいつ!」

「よく見えていたな」

そのままスピードを緩めることなく男は走った。

「押し通る」

白仮面が杖を構えようと動くより一拍早く、男の足のギアが一段上がった。
一瞬で間合いを詰められた白仮面は、ルーンを唱えるより前に飛翔した男のジャンピングニーパッドを顔面に食らった。

「子爵!後はお願いします!」

全く速度を落とさずに後方にいるワルドに吹っ飛んだ白仮面の後始末を押し付け、船まで全くリズムを崩さぬ健脚ぶりを発揮した。

「に、荷役、夫が、聞いて、呆れる」

淡く消えていく偏在の隣で、ワルドは荒い息で呟いた。



「この馬鹿!あんなことするなら先に言いなさいよ!」

生きた心地がしなかったルイズは男を怒鳴りつけた。

「馬鹿者。お前に言ったらあいつにも聞こえるではないか。それでは奇襲にならん」

「だからって私抱えてるのに膝蹴りすることないでしょ!」

横抱きのルイズのすぐ脇で、白仮面の顔面が潰れたのだからルイズの指摘ももっともである。

「ああ、判った判った、次からはできる範囲で善処してやろう」



船はすぐには動かなかった。アルビオンの位置と風石の都合によるものであるが、そこはワルドが交渉して何とか船出に漕ぎ着けた。

出帆し、船体がゆるやかに空に滑り出す。
船室で一息つき、ルイズは急に心配になってきた。

「ツェルプストーたち、大丈夫かしら?」

「問題ないだろう」

「でも、あれだけの人数相手に3人よ。みんな学生なのに」

「馬鹿正直な力比べなら負けるかも知れんが、あれであいつらもかなり戦闘に長けた連中だ。特に、タバサがいる内は誰も死にはせん」

「何で?」

「あいつはプロだ。心配はいらん。我には判る」

「どうしてそんなこと判るのよ?」

「野生の勘だ」

何故かルイズはものすごく納得した。




船室の薄暗い下で地図を確認し、休めるうちにということでしばらく仮眠と取ることとした。
流石に疲れたのか、男は壁に背を持たれて眠っていた。
アドレナリンが抜けないルイズは目がさえてしまい、ふと男の寝顔を見た。剣を抱えて眠る寝顔を見て、
そこにルイズはいつも大の字でがーがー眠っている男とは違う何かを感じた。
尊大で、図太そうで、どう見ても三十路っぽい男であるは、今の寝顔はどこか力が抜けており、
10代のものと言われれば素直に納得できる柔らかさがあった。
そんな眠りも、襲撃によって妨げられることとなる。
出し抜けに現れた空賊船。
積荷の硫黄に喜ぶ空賊により武器を取り上げられ、空賊船に移送されたルイズたちであったが、
程なくその船長こそがウェールズ自身であることを知ることとなった。

こういう場面ではルイズの育ちの良さが良い意味で役に立つ。
礼法に則ったやり取りの後、水のルビーを示して身の証しを立て、アンリエッタから預かってきた
手紙を差し出す。

「これが姫様からの手紙です」

手紙を丁寧に開き、じっくりと時間をかけて一読してウェールズは宙を仰いで嘆息した。

「姫は結婚するのか?あの愛らしく聡明なアンリエッタが。私の可愛い・・・従姉妹は」

「はい」

「了解した。書面にあった彼女からの手紙だが・・・すまないが、アンリエッタの手紙は手元にはない。
面倒だが、ニューカッスルまでご足労願いたい」


ニューカッスル城で歓待を受ける一同。
その夜は宴となったが、その本質は滅びゆく者たちの自らの葬送のためのであった。
それでも臣下を思う王の言葉にすら空元気のような言葉を返し、士気を鼓舞する面々。
そんなどこか自棄になっているようにも見える様子に、ルイズは気持ち悪さを感じた。

「ねえ、サイ」

「何だ」

「何でみんな平気なの?」

「平気ではないだろう。皆、宴に酔うことで恐怖をごまかしているのだ」

「私には判らないわ。みんなどうして死を選ぶの?殿下だって亡命すればもう一度
姫様に逢える。姫様の手紙にだって、きっと亡命を勧める一文があったはずなのに。
わけ判んない」

「判らぬというのであれば、貴様に彼らを非難する資格はないな。
よいか、男というのは基本的に馬鹿で見栄っ張りなのだ。
女に逃げろといわれて素直に逃げるような奴は男の名に値はせん。
もしウェールズ殿下を変心させるのだとしたら、彼が自分にきちんと言い訳ができる
理由が必要なのだ。
一度考えをまとめてみよ。貴様はどう思うかを」

サイの言葉にルイズは少しだけ冷静になった。
本来頭のいい少女は自分なりの意見をまとめるのにそうは時間はかからなかった。

「私は・・・やっぱりここで死ぬのは間違っていると思うわ」

「ほほう」

「だって、ここで死ぬこと以外にも取れる手はあるわ。トリステインに亡命して貴族派を誘引すると
いうなら、今の兵力をトリステインに逃がして再建して、連合軍を組めばいい。
それが無理なら、落ち延びて再起の時までゲリラになるとかやり方はあると思うの。
死んだらここで終わりですもの」


「それはどういう意味か、訊いてもいいかな?」

突然の声にルイズは驚いて振り返る。
現れたのはウェールズであった。ルイズは慌てて頭を下げた。

「す、すみません、殿下。大変な失礼を」

「かまわないよ、大使殿。それで、どうだろう。僕は、君の真意を聞きたい」

「では、僭越ながら申し上げます」

ルイズは、意を決して言った。

「殿下が今なさねばならぬことは、このような宴は早々に取り止め、この城を脱出されることだと思います」

「はは、僕はアルビオンの王族だ。敵に後ろを見せる訳にはいかないよ」

ウェールズは笑って応えた。

「我らは勝てずとも、せめて勇気と名誉の片鱗を貴族派に見せつけ、ハルケギニアの王家たちは弱的ではないことを示さねばならない。
やつらがそれで統一と聖地の回復などという野望を捨てるとは思えぬが、それでも我らは勇気を示さねばならぬ。
これは我らの義務なのだ。王家の義務なのだ」

信じて疑わぬ、重みのある言葉であったが、その言葉に、ルイズの中に既視感が生まれる。
それは苦く、心に刺される痛みを持った感覚であった。



『魔法を使えるものを貴族と呼ぶんじゃないわ!

 敵に後を見せないものを、貴族と呼ぶのよ!』



―ああ、そうか、そうだったんだ―


「ウェールズ殿下」

ルイズは、自分の中に根付いた言葉をそのまま口にした。

「言葉を選ばず申し上げますが、まだ打つ手がある内から勝てぬ戦を仕掛ける者は、後世の歴史家から愚か者の
烙印を押されましょう」

その言葉を聞いた、周囲の空気が硬質化した。
誰もが聞きたくないが、誰もがそう思っていることをルイズは口にしていた。

「き、貴様」

いきり立つ周囲の家臣をウェールズが抑えた。

「では、君は僕に生き恥を晒せと言うのかい?」

「一時の名誉のために、始祖以来の名門を己が手で閉じることが名誉でしょうか。
生きてさえいれば、恥などあとからいくらでも雪ぐことができます。
ここで死んだら残るものは、腐敗した王家が革命軍によって滅ぼされたと言う勝者の歴史だけでしょう」

視線を逸らすことも泣く言い切ったルイズに、ウェールズはたじろいだ。

「使い魔君、君も同意見なのか?」

ルイズの隣で静観していた男に、ウェールズが問いかける。
男はゆっくりと頷いた。

「我は、今の我が主の言葉こそ、御身に必要な諫言と確信しております。
殿下は一代、御家は万代。
ここで死んで何になりましょう。
今は耐えるのです。
生きてこそ得る事のできる栄光をこの手に掴むまで、その御命、我らが聡明なる姫殿下にお預けいただきたく切に希求いたします」

「トリステインはそれでよいのか。我らが行けば、災厄を持ち込む疫病神になり果てるぞ」

「それについては御身が来られようと来られまいと同じこと。
聖地回復を掲げるあの叛徒どもが、この浮遊大陸だけで足を止めるわけがありません。
ここは退いて、トリステインと手を取り合って今一度この天地に正義を示すことこそが真に勇気ある決断と存じます」

ルイズとその使い魔の言葉が場を支配していた。
楽の音は止まり、全員が熱からさめたように沈痛な面持ちで視線を落としていた。
誰もが、本当は死にたくなどはないのだ。

「無論、退くことの方がこの場合は御苦労が多いことでしょう。死んだ方が楽ということもこの世にはあります。
なればこそその苦境の中で臣下を導き、それを臣下と共に忍ぶことこそが、御身の天命と存じます」

「その通りだ、ウェールズ」

割り込んだ言葉に、居合わせた全員が姿勢を正す。
老王が凛とした声で言った。

「大使とその使い魔の言うこと、朕は正論と信ずる。皆の者、どうか生きてこの城を出てくれぬか。
そして、幾年かかろうと構わん。ウェールズを盛りたて、いつの日かここにいる誰かかその係累が再びこの地に
テューダーの旗を立てた時に我が骨を拾ってくれることを朕は願う。
皆、直ちに脱出の準備にかかるのだ。これは勅命である」



[21199] その14
Name: FTR◆9882bbac ID:a6b9dcbf
Date: 2010/08/21 20:55
脱出の準備は迅速に進んだ。
誰もが本心では死にたくなどはなかったのである。
雰囲気に酔っていた集団催眠は、一度醒めるとあとはなし崩しである。
最低限の荷物だけ持ち、全員が脱出船に乗り込む準備をする。
そんな中でただ一人、城を枕に爆死する決意を固め、残ることを譲らなかった者がいた。
国王ジェームズ1世である。


「もはやこの老骨の時代ではない。
ウェールズ、お前は朕には過ぎた息子であった。これまでの孝行、朕ほどの果報者はおるまい。
お前の未来に栄光があることを、始祖の御許より見守っておるぞ」

「父上・・・」

礼拝堂において始祖への祈りをささげた後、別れを交わす二人の後ろに、一人の男が歩いて来る。

「今生の別れ、お察し申し上げます」

沈痛な面持ちのワルドに、ウェールズは答えた。

「君はワルド子爵だったか。船に乗ったものと思っていたが」

「忘れ物をしましてね」

「忘れ物?」

「ええ。この旅で、僕が欲しかったものは3つ。一つは我が婚約者のルイズでした。
二つ目はアンリエッタ姫の手紙。これも今はルイズのもとにあります。
この二つについては後で回収することといたします」

「それで、三つ目は?」

「ウェールズ殿下、貴殿のお命です」

言うや否や、ワルドは杖剣を抜いてウェールズに突きかかった。
とっさに体を入れて盾となった老王は、老いたりとはいえ一廉の王であった。
肩を刺し抜かれ、鮮血を散らして地に倒れる父を見てウェールズは激昂した。

「貴様、何者だ!」

杖を抜くウェールズを見ながらワルドは答える。

「レコン・キスタ」

「裏切り者か!」

いざ切り結ぼうとした刹那、横合いから飛来した短剣をワルドはギリギリで回避した。

「き、貴様は・・・」

「やっと尻尾を出したな、ワルド子爵」

ルイズと共に現れた男が笑みを浮かべる。

「ワルド・・・何てことを・・・」

沈痛な面持ちのルイズがうわごとのように呟く。

「ふふ、荷役夫が聞いて呆れるな。いつから気付いていた」

「船に乗る時には確信していた。我は良く『足元を見る男』と言われていてな。
風の偏在を用いる時はきちんと靴は履き分けるべきだったぞ」

「ふふ、ならば次からは気をつけるとしよう」

「次はない。貴様はここで倒れろ裏切り者よ。自称主、ウェールズ殿下の元にいろ。
殿下、この娘をお願いしますよ」

自信満々な雰囲気の男に、ルイズは何故かこの使い魔が負けることはありえないという錯覚を覚えた。
戦っているところを見たことがあるわけではない。
稽古をしている所すら同様である。
しかし、それは姉譲りの直感であったのかも知れぬ。
心の奥底で、この使い魔は必ず自分に勝利をもたらしてくれると根拠もなく確信していた。
ルイズは告げた。

「多くは言わないわ。サイ、勝ちなさい」

「任せておくがいい」

「き、君は大丈夫なのか?」

平民が大見得を切る様子に、ウェールズは心配そうな声を上げる。

「ご心配なく。信頼さえあればこの身は、空も飛べれば海を飲み干すこともできますので。
さて、お許しが出たところで始めようか子爵」

「口だけは達者だな」

問答無用とばかりにワルドがエアカッターを放つ。
男はまるでネコ科の獣のような身のこなしで参列席の陰に飛び込み、不可視の刃をかわす。
飛び込んだ場所にエアハンマーを放とうとして、その一瞬の詠唱の隙を男の投げナイフが襲う。

「少しはできるようだな」

ナイフをかわし、連続してエアカッターを放つが、男はそれを巨体に似合わぬ敏捷性でかわしつづけ、徐々にワルドとの間合いを詰めて来る。

「判ったぞ。貴様、メイジ殺しだな」

「さて、どうだろう」

「ならばもう手加減はいらんな」

ワルドが意識を集中し、素早くルーンを紡ぐ。

「ユビキタス・デル・ウィンデ・・・」

風のスクエアスペルが、4体のワルドを生み出す。
それらを展開し、どこに隠れても死角がないように杖剣を構えた。

「風の偏在か。改めて見ても見事なものだな」

「怖気づいたか、使い魔よ。まあ良く頑張ったと褒めておこう。心配するな、お前の主はこれからは僕が引き受けよう」

「やめておけ。あれは貴様には過ぎた女だ」

「ふん、嫉妬か?」

「いやいや、まだまだ研磨の途中ではあるが、本来の輝きを放てば我にもまた過ぎた主よ」

「戯言はいい。そろそろ死んでもらおうか」

「まあ待て」

男はゆっくりと背中の剣に手をかけた。

「せっかく貴様のとっておきを見せてもらったお返しだ。こちらも一つ、芸を見せよう」


男はゆっくりと剣を抜いた。


輝く白刃が露わになる。


「・・・む?」

その時初めてワルドは男の持つ剣の異様に気がついた。
尋常ではない魔力を刀身に感じる。
それが徐々に高まるのを感じ、本能が危険を叫ぶ。

「な、何だ、その剣は!?」


下段に構えた剣に向かい、自然界のマナが渦を巻いて収束して行く。

刀身が徐々に輝きを増し、光量はもはや直視できないほどであった。

渦巻く魔力は奔流となり、一つの奇跡を現出させる。

この世界の者は初めて見ることになる。

悠久の時の流れが鍛えた奇跡の刃の輝きを。

危険なものを感じたワルドの偏在が一斉にルーンを唱え、ライトニング・クラウドの魔法が放たれる中、
男はそのまま剣を上段に振り上げ、そしてその刃の秘められし真なる銘を詠唱した。





『 神 の 左 手 の 剣 ( ― デルフリンガー ―)』



[21199] その15
Name: FTR◆9882bbac ID:a6b9dcbf
Date: 2010/08/21 01:17
自分の使い魔は負けない。
その錯覚の正体を考えた時、ルイズは一つの結論にたどり着いた。

ルイズは日毎見る、奇妙な夢を思い出した。
押し寄せる敵軍に単身飛び込み、鬼神のごとく敵を蹴散らす豪傑の夢。
貴族でも魔法使いでもない、平民の剣士の夢である。
しかしながらその剣舞は美しく、闘争でありながらそれはさながら舞踏のようですらあった。
数多のメイジが魔法を唱え、男の首を狙いに行っても常に刎ね跳ぶのは仕掛けたメイジの首であった。

『敵は七万、だが我は一人、しかし、神と始祖ブリミルはトリステインをお見捨てにならなかった』

それは、たった一人で国を救った英雄の夢。
一人よく七万の大軍と抗する術を目の当たりにしているルイズにとっては、目の前の戦いにおけるワルドがひどく矮小な存在に見えた。
その夢に見た英傑が、今目の前に具現化して瞬時に偏在のことごとくを切り伏せていた。


『うひょー、久々に抜かれて早速魔法の雨あられかよ。たまんねえな、おい』

男の手元から聞こえた声にルイズもワルドも驚いた。
インテリジェンスソードを見たのは初めてである。

「いきなりクライマックスですまんが、相手は風のスクエアだ。細かいところはよろしく頼む」

『任せておきな相棒』

息のあった主従の前に、ワルドがプレッシャーを受け始める。
魔法を練るより早く、男の斬撃が現れたそばから偏在を屠って行く。

「き、貴様!」

ワルドの叫びはもはや悲鳴に近かった。
ルーンを紡ぎ、打ち出す魔法のことごとくが男を掠めることもできず、不可視の力に強制的に進行方向の変更を余儀なくされ、次々にその輝く剣に向かって吸い込まれていく。
それは絶対の防壁。
デルフリンガー。
始祖の奇跡を無効とする一振りの剣。
その輝きが及ぶ範囲に男がいる限り、いかなる魔法も意味をなさぬということを見せつけるように剣は輝き続ける。
見たこともない聖剣の輝きに、ワルドの心に罅が入った。

「貴様、何者なんだ!」
「先ほど自分で言ったではないか、子爵。この身はメイジ殺し。貴様らメイジにとっての天敵だ」

迫る男に抗すべく新たな偏在を編み出そうとしたが、男の踏み込みの方が早い。
均衡はついに崩れた。
流石なるは魔法銃士隊であり、魔法だけではなく杖剣の腕もかなりものである。
その刺突を繰り出す合間に高速詠唱することが軍人の基本ではあるが、しかし、この場合はそれは裏目であり、
とっさにエア・ニードルの杖剣を突きを出した時点で勝負は着いた。

剣の実力では圧倒的に上回る男の神速の払いに切先をそらされ、懐に入った男の柄頭の一撃がワルドの鳩尾を打ち抜いた。
ワルドも軍人であり、腹筋も鍛えられてはいたが、男の熊の如き腕力の前には無いも同然であった。
横隔膜への衝撃に呼吸ができず、必然的にルーンを紡ぐことができなくなった。
それでも杖剣を振って間合いを取ったところはワルドも非凡な軍人ではあったが、追い打ちをかける男の背骨すら折れかねない
峰打ちの横薙ぎがワルドの胴を打って勝負は決まった。



船着場から出発するイーグル号には鈴なりのように人が乗っていた。
残る国王と僅かな側近に登舷礼を持って礼をつくし、ゆるゆると船出していく船の脇を、青い翼が掠めるように飛ぶ。
先刻アルビオンに到着したタバサたち後発の一行であった。
今はルイズたちと合流しており、竜のその背には全員の元気な姿があった。
ルイズは船に乗って行くウェールズのトリステイン王家宛の書簡を受け、まずは亡命の申し出をトリステインに届ける役目を一行は負った。

風竜の快足を飛ばして王都トリスタニアに到着し、衛兵とのひと悶着の後、一行は王女と謁見した。
掻い摘んで状況を話し、ウェールズからの書簡を手渡す。
それを読んだアンリエッタの顔が花のように輝いた。

「まあ、ウェールズ様が亡命を!」

謁見の間にて、多くの臣下の前であることも憚らずにアンリエッタは嬉しさのあまり泣き出しそうな顔でルイズに抱きついた。

「ああ、ありがとう、ルイズ、私の最愛のお友達。今までで一番うれしい知らせですわ」




キュルケたちを謁見待合室に残し、二人を私室に招いたアンリエッタは、部屋に入るなりサイレントの魔法をかけた。
椅子に座り、ルイズに着席を勧めると表情を一変させた。

「さて、報告を聞きましょうか」

アンリエッタのあまりの変わりように、ルイズは目を丸くした。

「自称主、ここから先は、トリステイン王国王女と、ヴァリエール公爵家三女の話と思うがいい」

男の言葉に、ルイズは混乱の度合いを深めるものの、ルイズも頭のいい少女である。
この場は切り替えが必要だということすぐに理解した。

「書簡は読みました。それで、兵の状況などはどうでした?」

「はい、脱出した兵力は約300。脱出船の能力の関係から砲等の重装備類は放棄しており、個人装備以外のものは持ち出せていなかったと思います。
ですが、負傷者はそれほどでもありませんし、アルビオン奪還という目標ができたためか、士気は高いように思いました」

「結構です。他に積み荷は?」

「王家の宝物庫から貴重な宝物は避難させていました」

「それは素晴らしいですわ。後で目録をもらいましょう。その後のニューカッスルの方は?」

「国王ジェームス1世陛下と側近の老兵が数名残り、貴族派の総攻撃に合わせて火の秘薬を用いて自爆するとのことでした」

「いいでしょう。それでだいぶ時間は稼げますね」

アンリエッタの中では、既にアルビオン軍の再編スケジュールが動き出しているらしい。

「姫様・・・あの・・・」

あまりに事務的なアンリエッタに、ルイズは恐る恐る声をかけた。

「何か?」

「ウェールズ様をいかがなさるおつもりですか?」

「とりあえずは王宮にお迎えし、ご挨拶いたしますが、それ以降は兵の駐屯地の近くに仮の宮を設け、そこにお住まいいただきます。
亡命アルビオン軍は我が国にとっても重要な戦力。悪いようにはしませんよ」

「そんな・・・」

「ルイズ、忘れてはいけませんよ。
私はゲルマニアに輿入れする身。股ぐらひとつで両国を結びつける贄なのです。
昔日の想い人と仲睦まじく過ごすわけにもいきません。
とは言っても精兵300名に財宝の持参金を持って我が国に下って来る王族ですから、相応の待遇は保証します。心配は要りません」

「でも・・・」

なおも食い下がろうとして、ルイズはその肩に分厚い掌を感じた。
立ったまま二人の話を聞いている男が口を開く。

「姫の御前だ」

「・・・」

「ところで、使い魔、アルビオン兵の扱いは今後はどういう手がお前は好みですか?」

「僭越ながら申し上げますに、駐屯地はタルブ郊外あたりが適当かと愚考します。そこで兵員募集と再編と再訓練を進め、即応部隊とするのがよろしいかと」

「理由は?」

「あそこはアルビオンに近うございますし、我ならば大兵力を上陸させるならラ・ロシェールではなくタルブの草原を選びますゆえ」

「なるほど。それはなかなか面白そうですね。真っ先に復讐の機会を与えると言うのは意義があるかもしれません。
タルブ郊外に駐屯と言うと、再編後は野戦築城でも?」

「艦による砲撃から侵攻は始まるでしょうから、野戦築城しても砲戦となれば高度のある敵が有利。もとより寡兵でもあることですし、
むしろ伏兵として上陸後の敵に対する小集団による夜間襲撃などの変則的な漸減攻撃を想定された方がよろしいかと」

その言葉に、アンリエッタが満足そうに微笑んだ。

「栄えあるアルビオン王族直率の部隊に最初から夜盗まがいの卑怯を働けとはね。ふふ、お前とはやはり気が合いそうです。いいでしょう。
あとで私寄りの作戦将校とも話してみましょう。アストン伯には私から手紙を書きます。
それより、ワルドを退けたそうですね?」

「アルビオンの監視下にて護送中です」

「御苦労でした。後で引き取って処刑してしまいましょう。それで、やはり彼はレコン・キスタ?」

「然様でございます」

「ふふ。彼を推薦した軍令部にはこれで大きな貸しができました。あとで取り立てるのが楽しみだわ」

「殿下は彼については御存じで?」

「少々良くない噂があったので泳いでもらっていました。ラ・ロシェールで国内の連絡員との接触くらいはすると思いましたが、
直接ウェールズ殿下に杖を向けるような暴挙に及ぶと思わなかったのは私の甘さですね」

「爆弾を抱えた特務をお命じとは、殿下もお人が悪い」

「ラ・ロシェールあたりで退場してもらう予定でしたが、どこかの馬鹿な使い魔が何の工夫もなく常識外れの俊足で一直線に桟橋を船まで駆け上ってしまったので
貴奴もそれに釣られてしまい、乱戦の中のどさくさという流れ矢に倒れてもらう絶好の機会を逸したのですよ。
それに、何かあってもお前なら何とかしてしまうような気がしましたしね」

「それはいささか買いかぶりに過ぎるかと存じます」

「心にもないことを言っていると女性に嫌われますよ」

「恐れ入ります」




部屋にも取った時、ルイズは奇妙な違和感を感じた。
ほんの数日空けただけの部屋がひどく懐かしく、そして妙に小さく見えた。
激しい火砲や魔法の応酬を見てきたわけではないが、それでも微かに嗅いだ戦場の空気に、
自分の中の重要な部分が微かに変わってしまったのかも知れないとルイズは思う。
ベッドに身を投げ、枕に顔を埋める。

「寝るのなら入浴後にしろ」

黙々と旅の荷物を片づけていた使い魔が言う。
枕から顔をずらして片目で見る己の使い魔。
スクエアメイジを歯牙にもかけず圧倒した実力。
もしかしたら、自分はすごい使い魔を呼び出したのではないだろうか。
使い魔と言っても契約はまだしていない。
彼の自分に対する評価は、まだまだ子供に対するそれだ。
それでもこうして同じ部屋で起居し、何だかんだと親のようにお説教をしてくれる。
今日初めてみた姫様の本性。
昔の姫様からは想像もできない冷たい、深いものを見るような目をした彼女ではあったが、恐らく、自分が知らない王宮という空間は、
天真爛漫な少女をああいう得体が知れない存在に変えてしまったのかも知れない。
なるほど、まだまだ自分は未熟だ。
「友が皆、我より偉く見える日」という感じだった。
得なければ、知らなければならないことの何と多いことか。
そして、それらを得た時、この使い魔が契約に応じてくれるような気がした。


そんなことを考えながら、知らぬ間にルイズは眠りに落ちた。



























「寝る前に風呂に入れと言っているではないか」

そしてベッドをひっくり返されて叩き起こされた。



[21199] その16
Name: FTR◆9882bbac ID:a6b9dcbf
Date: 2010/08/21 20:52
学院に戻ってから3日の後、アンリエッタ姫とゲルマニア皇帝との婚約が発表された。
それと同時に両国の軍事同盟が締結され、厳かに調印式が行われた。

アルビオンにて新政府樹立が宣言されたのはその翌日。
亡命政権受け入れについては公式には発表されてはいないものの、事が事だけにトリステインとアルビオンの両国の間に緊張が走った。

意表をついたのはアルビオン新政府であるアルビオン帝国の動きであり、宣言から間をおかずに両国に特使を派遣し、
不可侵条約の締結を打診してきたことであった。
現状では空軍力においてトリステインとゲルマニア両国を合わせてもアルビオンのそれに及ばないこともあり、国王不在のトリステインの
行政権を所掌する御前会議は当然のようにこの条約を飲むことに傾いた。

制空権についてはトリステインの軍関係者も頭を痛めているところであり、現在のトリステインの国力で空軍国アルビオンに抗し得る艦隊を
整備することは時間と経済の両面で困難であった。
大国ゲルマニアと組むことでアルビオンに対抗する目処が立つのが先か、内戦後の混乱からアルビオンが立ち直るのか先かというのが
大方の見方であり、緊張を内にはらんだ形での不可侵条約締結となった。






「う~~~~~ん」

ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、朝から自室で頭を抱えて悩んでいた。
せっかくの休日の午前であるが、彼女を悩ませているものは3つあった。

一つ目は直近までの自分の魔法の統計である。
目の前のグラフには四つの系統魔法について、どれをとっても全く同一の数値が並んでいる。
距離や天候、その日の体調なども合わせて考えてもどれが特別にダメというわけではない。
どれも均等にダメであった。

二つ目は己の使い魔候補のことである。
貴奴は何者なのか。
得体が知れない剣を使い、スクエアメイジを倒した実力は、恐らく当人が言うとおりのメイジ殺し
なのだろう。しかし、あれほどの豪傑ともなれば仕官の口は幾らでもありそうなものである。
どこの国でもメイジを高貴とする意識はあるが、常備軍があれば必ず平民のポストも存在する。
メイジだけでは戦争はできないのである。
フリーランスの傭兵という可能性もあるかも知れないが、日ごろの言動を見ても粗野で知られる
傭兵とは何かが違うような気がする。

三つ目はオスマンに呼び出されて受け取った白紙の本である。
始祖の祈祷書と言われる本であった。
これを受け取ったのは、来るアンリエッタの結婚式の際に詔を奏する巫女に指名されたのである。
聞けば姫殿下たっての指名であったとのこと。
大変な名誉なことであり、また幼い頃からの友人であるアンリエッタのためともなればと喜んで引き受けたのはいいが、問題は詔を考える作業である。
ルイズは成績は良いものの、この種の創作活動というのは実はあまり経験がない。
貴族の嗜みとして詩作をする者は周囲に少なくないが、それは異性相手に愛を囁くものがほとんどであった。
想い人同士の詩の交換などルイズはやってことはないし、やりたくても今なお『ゼロ』の名で呼ばれるルイズに
想いを詩に乗せて送ってくれる男性もいなかった。

『何だかお悩みだねえ』

かけられた声に振り返ると、部屋の隅に立てかけられた剣が少しだけ鞘から出ていた。

「悩んでるわよ」

ルイズにしては威勢の悪い口調で返す。

『大方、相棒のことと、その祈祷書のこと、残りは自分のことってとこか?』

「嫌な奴ね。でも、概ね当たり。特にわかんないのがあんたのご主人様よ」

『相棒も謎かけとか好きだからねえ』

「本当にね。肝心なことを言わないのはあいつの悪い癖だわ。
この統計だってなんの役に立つのか正直判っていないしね」

『それでも律儀に相棒の言うことを聞いてるところは可愛げがあるじゃねえか』

「藁にもすがる思いだからよ」

その時、ふとルイズは思い立った。

「そういえば、あんた、あいつとは長いの?」

『ああ、ずいぶん長い付き合いだねえ』

「ふ~ん」

思わぬ突破口の発見に、ルイズの心に好奇心がわいた。

「ねえ、あいつと出会った時ってどんな感じだったの?」

『出会った時?俺は武器だからな。武器屋で売られてる俺を相棒が買ったのさね』

「何だかすごく普通だけど、あんた、あんなすごい力持ってるのに武器屋なんかで売られてたの?」

『その辺はいろいろあったんだよ。これでも作られてから6000年だ、いろんなことがあるさね』

ルイズは仰天した。

「ろくせんねん?始祖の時代じゃない」

骨董品の商人が持ちかけてきたらその場で摘み出すような宣伝文句である。

『もともとは始祖の使い魔の剣だった、って言っておめ信じるか?』

「信じない」

『まあ、そうだろうな』

その辺はこの剣も予想の範囲内だったらしい。

「それで、あいつは何だったの?兵士?傭兵?」

『ああ、あいつは使い魔だったんだよ』

ルイズは手にしていたペンを落とした。
使い魔?
使い魔ですって??

「何ですって?」

『詳しくは言えねえが、ある貴族に召喚されたのさね。相棒が言うにゃ星の世界だか違う世界だかか

らそいつに呼び出されたんだとさ』

「あ、あいつ、誰かの使い魔だったの?」

ルイズにとっては由々しき事実であった。

『ああ、でも心配ねえよ。呼び出した奴はもういねえ。この先は俺からは言えねえよ』

「ちょっと、そこまで言ったんだったら全部言いなさいよ!」

詰め寄ろうとしたとき、ドアがノックされた。
音の鳴り方からして男であろうとルイズは思った。
自分の部屋なのに、この使い魔は毎度入室の際には律儀にノックをする。
その意図についてはまだ尋ねてはいないが、彼なりのデリカシーなのかも知れない。
ルイズの声を待ってから入室してきた男であったが、ルイズの表情に違和感を覚えた。

「どうした?」

「・・・あんた、使い魔だったんだって?」

ルイズの言葉に舌打ちをするようにデルフリンガーに視線を向ける。

「相変わらず口が軽いな、お前は。どっかの大岩に刺さってみるか?6000年くらい」

「いいわよ、私が訊いたんだから。それより、どういうことなのか説明しなさいよ」

ジト目のルイズに男は困って頭をかいた。

「・・・どうでもいいだろう、昔のことだ。貴様には関係ない」

「いいわけないでしょ」

男は渋面を作り、やや時間をおいてポツリと言った。

「昔な。今は誰の使い魔でもないから気にするな」

「前のご主人様はどうしたのよ?」

ルイズが踏み込んで訊いた時、男は自嘲するような笑みを浮かべて答えた。

「死んだ」

ルイズは黙り込んだ。

「深刻な顔をするな。過ぎた話だ」

壁際のデルフリンガーを手に取り、鞘に収める。
その背中が微かに小さく見えたような気がした。

「・・・悪かったわ」

ルイズは素直に謝った。

「だから気にするなと言っている。それより、統計の結果は出たのか?」

男が無理やり話を変えたのは判ったが、今のルイズにはそれがありがたかった。

「大体ね・・・判ったことはなかったわ」

「どうだったのだ?」

「どの系統も満遍なくダメなのよ。とりわけ何かがダメという特徴もないの」

「ならば判った事があるではないか」

「何よ」

「どの系統も、貴様には馴染まないということだ」

「何よそれ!」

ルイズは瞬間的にヒートアップした。今までやっていたことが単なるからかいであったら、
断固としてこの男を許す気にはなれなかった。

「待て。そこで思考を止めるな」

男が手のひらを向けてルイズを制する。

「考証において『この方法ではダメだった』というのは立派な成果なのだ。
今回の結果で、貴様は今後四系統を無為に練習する必要がなくなるわけだから大きな進歩でもある。
さて、では次だ。次のステップには今回の結果と今判っている条件から入るのだ」

「条件?」

「貴様は爆発を起こすことができる。これはいいな?」

「そうね」

「平民にはそれはできない。それも判るであろう?」

「当たり前じゃない」

「次に、今回判ったこととして、四系統いずれもが均等にうまく行かない。これもいいな?」

「そうだけど」

「では次の命題だ。四系統ではうまく行かないのだとしたら、これは何の系統かを考えるのだ」

ルイズは混乱した。四大系統以外の系統といわれても困る。

「爆発とは何なのか、それを次は考えてみる段階だな。
四つの系統とは悉く因果関係が確認できない謎の現象というのがテーマだ。
それが解けたとき、貴様の魔法の正体が明らかになろう」

「それが判ったら苦労しないわよ」

「当然だ。だからこそ『発見』は尊しとされるのだ。考えても見ろ。
貴様がいるのはどこか?」

「トリステイン魔法学院・・・あ、そういうことね」

「判ったようだな。まずはコルベール辺りに相談するといい。
いっそ学院長のところに押しかけるのもありだろう。
貴様は学生だ。考えることにおいて材料が足りなかったら教師をこき使う権利を持つ。
向こうも仕事だ。遠慮は要らんだろう」

「なるほどね。やってみるわ」

「頑張るがいい」

「あんたは何をやってるの?」

「ちょっとギーシュに頼んで土木作業をな」




キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーは、朝から自室でクッションを抱えて悩んでいた。

気になるのは自らが好敵手と認めるルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔のことである。
出会った時の第一印象は、ただの無意味にでかい平民の大男であった。
そのでくのぼうに興味を持ったのはギーシュ・ド。グラモンとの決闘騒ぎである。
てっきり腕力に物を言わせて挑みかかり、グラモンのゴーレムに負けて半殺しになると思っていたのだが、
グラモンの攻撃を一方的に受け止め、その中で彼を諭し、最後には彼自ら杖を降ろさせることに成功している。

極めつけはいつものゲームのつもりで誘惑の罠を仕掛けた時である。
キュルケは部門の家の娘である。
殴られたことがないほどお嬢様ではない。
これでもかなり濃密な戦闘の訓練を受けてきた自負はあった。
しかし、あのように激しく叱られた記憶はなかった。
暴力ではない、ただ自分の進む道を力づくで正そうとする思いをその平手には感じられた。
己の中の乙女な何かが変わってしまったのは、そのことが理解できたからであろう。

それ以来、あの大男を見るたびに自分の体が制御から外れてしまうようになった。
胸の鼓動は早まり、血行が過度に良くなり、手には汗をかくようになった。
一体自分はどうなってしまったのか。
あの男の背中に何を見ているのか。
自問自答しても答えが出ずに悶々とする日々が続いていた。

ふと窓の外を見ると、件の男がギーシュを何やら会話をしている。
キュルケはマントを掴むと髪を手早く梳かして窓を開けた。




シエスタは古くなったタワシと磨き粉を持って大釜を磨いていた。
シエスタは男に恩義を感じている。
貴族から庇ってくれたあの時の背中は、シエスタにとって生涯に残る記憶であった。
ご飯時になると厨房に現れ、うまいうまいと三杯もおかわりをする男であるが、考えてみればそれ以外の時間ではあまり接点がないシエスタである。
できれば何らかの形で恩返しがしたいと常々思っていた。
そんな時に男が厨房にやってきて、古くなった大釜をマルトーにねだっているのを見た。
聞けば、ヴェストリの広場の端っこに据えて風呂にするつもりらしい。
学院にも平民用の風呂はあるが、蒸し風呂であるそれがどうにも性に合わず、いっそ自分で作って
しまうつもりだとのこと。
古ぼけた大釜にお湯を張ってそこに浸かる男を想像し、何だか人を煮炊きして食べる未開人種を想像したシエスタであったが、これを好機と思い手伝いを申し出たのである。

「すまんな、手伝わせてしまって」

振り返れば、ねじり鉢巻をした男が水場にやってきた。

「はい、ちょど終わりましたよ。ピカピカです」

「ありがとう。よし、では運ぶとするか」

鉄の大釜は相応の重量があるが、男が軽々と肩に担いだ。

「うわ~・・・力持ちですね、やっぱり」

「君も、鍛えればこのくらいすぐにできるようになる」

意外と無茶を言う男であった。


そのままのしのしとヴェストリの広場に行くと、材木で作られた意外としっかりとした遮蔽が出来上がっており、
その中に石で作られた土台が出来上がっていた。

「いいタイミングだね。ちょうど細かいところの装飾が終わったところだよ」

「ただの風呂なのだから細かいところはいいと言ったであろう」

「君は僕に見た人ががっかりするような物を作らせる気かい?」

「いや、任せるといったのだから文句はない。どれ、据えつけるとしようか」

男がよいせと大釜をセットすると、サイズはピタリと合い、立派な五右衛門風呂が出来上がった。



「ダーリン、何をやっているの?」

遮蔽の向こうから顔を覗かせて声をかけてきたのはキュルケであった。

「む、何、ちょっと風呂が欲しくてな。皆に手伝ってもらって自作していたのだ」

「お風呂?」

「どうもあの蒸し風呂というのは性に合わなくてな」

「ああ、そういうこと。確かに学院の大浴場は貴族専用ですものね」

「そんな訳で無事に完成した次第だ。さっそく準備に取り掛かるとしよう」

「水を入れるの?」

「ちと水場との往復があるがな」

その時、キュルケの目が輝いた。

「あら、だったらお手伝いさせて」


「う~む、何というか・・・ここまで世話になってしまうと申し訳ないな」

手伝いを申し出たキュルケはギーシュを連れて水場に行き、二人でレビテーションで水を一気に運んできて大釜を満たし、
次いで得意の火の魔法であっという間に水をお湯に変えてしまった。
男にしてみればありがたいやら申し訳ないやらである。

「役に立つでしょ、私も」

「役に立つどころか、一番手柄だな。いやはや、本当にありがとう」

えへへと喜ぶキュルケであったが、そんなキュルケに男が爆弾発言を投げかけた。

「よし、褒美ということで、一番風呂はキュルケでどうだろうか?」

「え?」

ギーシュもシエスタも賛成の意を示す。

「一番風呂、って、このお風呂の?」

「無論。心配しなくても、遮蔽があるから覗かれる心配はないぞ?」



生来思い切りの良いキュルケではあるものの、さすがに屋外で肌を晒すのには抵抗があったが、
3人の厚意の視線の前に抗しきれず戸惑いながらも頷いた。
使ってみれば脱衣所も洗い場も思ったよりしっかりしたもので出来上がっており、要所要所にギーシュなりのこだわりが見て取れた。
湯船につかると、思いのほか気持ちがいい。
空が見える露天風呂を言うのは生まれて初めてであり、その気持ちよさに思わず声が出る。
その声の色っぽさに中てられたのか、何やら外で打撃音が聞こえた。
おおかたギーシュが血迷って男に殴られたのだろう。
血迷ったのが男だったら、などと思いながらキュルケはしばし湯を楽しんだ。

キュルケに続き、シエスタ、ギーシュと続いて露天風呂を堪能した。
平民のシエスタはギーシュに先んじることを遠慮したが、生来女性には優しいギーシュである。
譲り合いの果てにシエスタが二番風呂となった。



「では、後は我が入って後片付けをしておく。今日はありがとう」

締めの言葉を述べて解散となり、男は最後にゆっくりと湯に浸かった。

『いい気分みたいだねえ』

「ああ、やはり風呂はこうでないとな」

デルフリンガーの言葉に、男は手ぬぐいを頭に載せて満足そうに応えた。

『ところで相棒、何であの娘っ子に何も話してないんだ?』

「む・・・」

男は唸った。

『一連の騒動にゃ、どの道あの娘っ子も巻き込まれることになるだろうよ。だったら早めに話しておいたほうがいいように俺は思うけど』

「・・・うっかり話せば、その重さに潰れてしまうような気がしてな」

『相変わらず過保護だね、相棒は』

「我の問題は本来この世界の皆とは関係がない話だ。できれば、皆には少しでも長く穏やかに過ごして欲しいのだ」

『まあ、やりたいようにやるといいさね』

「うむ」

声が聞こえたのはその時である。

「サイ、ここにいるの?・・・って、あんた裸で何やってるのよ!」

不用意に浴室に踏み込み、風呂を出ようとした男の上半身を直視してしまったルイズは真っ赤になって外に逃げた。

「見れば判るであろう。服を着て風呂に入る奴はおらん」

「は、早く服着なさいよ。話があるんだから!」

「何事だ、騒々しい」

「姫様のお召しがあったのよ。タルブに行くようにだって」


双月が中天に昇った、そんな夜のことであった。




[21199] その17
Name: FTR◆9882bbac ID:a6b9dcbf
Date: 2010/08/23 13:26
タルブへの移動には王宮側が馬車を用意してくれた。
ルイズと男を乗せて、先日駆け抜けたばかりの街道を一路ラ・ロシェールに向かう。
王宮からの要請は、タルブのアルビオン亡命軍の現状確認と要望事項の聴取にあった。
どちらも本来であれば王宮の文官の仕事であるが、人手が足りないこととこれまでの経緯からルイズのところに話が飛んで来たようであった。


馬車の中で、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは眉を寄せて唸っていた。
煮詰まりすぎて目の下には隈までできている。
手元にあるのは始祖の祈祷書。
どうしても詔について良いアイディアが出ないのである。

「大体文才のない私にこんなことを頼む姫様が悪いのよ・・・」

煮詰まったあげくに誰かのせいにするのは人としてそう珍しいことではないが、本来であれば身に余る光栄とも言うべきことを悪し様に言うルイズに男は顔をしかめた。

「馬鹿者。貴様の友人の晴れの日の祝いの言葉であろう。気合を入れぬか」

「気合で何とかなったら苦労しないわよ。ねえ、何かいいフレーズない?」

「知らん。人に頼るでないわ」

その言葉には、いつものような説教臭いものというよりも、己もまた苦手ジャンルなのだという逃げ腰な何かが感じられた。

「どんなのでもいいわ、四大系統に関わる言葉なら。もういくら頭を捻っても絞りかすも出ないのよ」

「我とて文才など・・・知っているものでは一つ似たようなのはないこともないが・・・」

「何でもいいわ、言いなさい!」

「う~む、どうであったかな」

男は必死に記憶を辿りながら言葉を口にした。

「『希望は大地にめぐみを与え 勇気は炎をともらせ  いたわりは水を命の源とし 探求は風に英知を乗せる』
・・・確かこんな言い回しであったような」

「そ、それ、それよ!そういうのよ!」

ごにょごにょという擬音が似合う口調の男の言葉を、ルイズはすぐにペンを走らせてメモする。

「おいおい、そのまま使うつもりではなかろうな」

「きちんと咀嚼して形にするわよ」

「そもそも、魔法のことであれば我より周りに訊けばいいではないか」

「冗談じゃないわよ。ツェルプストー辺りに聞いてみなさいよ。詔が何かの口説き文句みたいになっちゃうわよ」

「そこまでひどくないと思うが」




タルブの村の郊外に到着すると、森の合間に設営された駐屯地は予想以上に整備が進んでいた。
兵舎や物見台など、かなりしっかりした駐屯施設の体裁が既に整っていた。
有事の際にはそれらはきれいに処分することが前提となっているらしく、施設の規模から集団の戦力が露見しないような工夫も見て取れる。
僅かな時間でここまで漕ぎ着ける辺り、アルビオン亡命軍の練度が高いレベルにあることを、軍事に明るくないルイズでも感じた。

歩哨の一人に声をかけ、トリステイン王室の使者である旨の話をすると、すぐに中央にあるテントに案内された。

「やあ、よく来てくれたね」

ウェールズは二人に気づいて近寄ってきた。
設営された簡単な応接スペースに案内すると、ウェールズ手ずから茶を入れて持ってきた。

「で、殿下、そんな恐れ多い」

ルイズが慌てるが、ウェールズは気にも留めなかった。

「気にしないでくれ。今は私たちはこの国にとって招かれざる客だからね」

「そのようなことは・・・」

「無理もないことだよ。アンリエッタは私を庇ってくれてはいるが、少なくない重臣のお歴々は快く思っていないだろう。
恐らく私がこの国の重臣でも私のことは厄介者だと思うだろう」

さすがに否定しきれず、ルイズは小さくなって言葉を濁した。

「それより、今日君たちにここに来てもらうようお願いしたのは私なのだよ」

意外な一言にルイズは驚いた。

「使い魔君、私たちを遊撃隊に推したのは君だそうだね」

「恐れながら」

「とりあえず、その君に礼を言う機会を得られたことを神に感謝するよ」

「お礼、ですか?」

ルイズは意外だった。予想される最前線への配置に恨み言の一つも出てくると思っていたからである。
まさかか未だに真っ先に死にたい訳ではないだろうに。

「確かに私たちの悲願はアルビオンの奪還ではあるし、そのために死ぬのであればそれを厭うものではない。
何より私は王族だ。その時には真っ先に死ぬ覚悟もある。
だが、そこを利用されていいように捨て駒として磨り潰されるというのはさすがに心中穏やかではない。
だから、限られた範囲とは言え、ある程度の自由裁量が与えらたのはすごくありがたいんだよ。
我々にとって、現状が一番犠牲を少なくできるものと私は思っている。それを見越しての差配だろう?」

「お見通しですか」

男は悪戯がばれたような顔で頭をかいた。

「最前線で吶喊を命じられてもやむをえない我らだけど、後方撹乱を任務とする別働隊なら幾らでも工夫のしようがある。
無論逃げ腰になるつもりはないし、トリステイン王家にいただいた恩義には報いるつもりだ。
しかし、不覚悟といわれるかも知れないが、私としてはやはり臣下には一人でも多く祖国の地を今一度踏ませてやりたい。
アンリエッタの名前で方針草案が出たと聞いているけど、その発案が君の進言という体裁を取る辺りは彼女らしいね」

「あの、お話がよく判らなくて恐縮ですが」

ルイズが話に割り込んだ。

「要するに、姫様は殿下たちが生き残りやすい状況を作り出したということでしょうか?」

「自惚れかもしれないけど、現状を見ると恐らくね。無論、多少の打算もあるだろうけど」

「そ、それじゃ姫様は・・・」

「そこから先は言わぬが花と思うぞ、自称主」

ルイズは心のどこかで安堵した。
為政者として、公の部分にまったく私を顧みないアンリッタを見て良くも悪くも政治の世界の住人だと思いもしたが、
こういう目立たぬ形でウェールズを守っているというところに、自分が知っている懐かしくも優しい王女の姿を見たような気がした。

ルイズは何だか嬉しくなった。
本来の仕事を思い出し、先ほどとは違うはきはきとした声で質問する。

「それで、再編の状況はいかがでしょうか?」

「順調だ。君たちのおかげで中核の兵力はそのまま温存できたし、各地から馳せ参じて来てくれたアルビオンオ王家に縁ある者も少なくない。
現在の総兵力は400人。遊撃隊として充分働けると思う」

「この辺りの地理の方は?」

「思ったより森が深いし、タルブのアストン伯がいろいろ手を回してくれたから必要な情報は押さえられていると思っている。
寄せ手の兵力にもよるが、あとは私と将校の腕次第だね」

その言葉には自信があるものの、ニューカッスルを脱出せざるを得なかった屈辱が垣間見えた。

「敗軍の将が語るもの何だけど、クロムウェルという男は機を見て敏な男だ。
今のトリステインの状況を見ると、時間はトリステインに味方する。
ならばあの者はすぐに動くだろう。恐らく私たちの出番はそう遠くないだろうね。多分アンリエッタもそう考えているはずだ」

苦いものを吐き出すように語り終え、ウェールズはカップの紅茶を飲み干した。







「考えづらいお話と本職は愚考いたします」

マザリーニの執務室で、トリステインの艦隊司令長官ラ・ラメー伯爵はきっぱりと言い切った。
指揮命令系統としてはラ・ラメーにはマザリーニの言葉を聴く義務はないが、王宮の最高会議の議長である彼の召喚となれば応じぬ訳にはいかず、
しかし来てみれば信じられぬ注意喚起を受けることとなった。

「船乗りとしての矜持がある者が、だまし討ちなどと言う暴挙に及ぶことなどありえません」

「船乗りの矜持については誠にご立派と思います。しかし、政治的な判断としては可能性が高いと考えざるを得ないのですよ、提督」

ラ・ラメーは考えをまとめるのに苦労した。

「し、しかし、親善訪問の際に罠を仕掛けるなどとは・・・」

「提督、会議の判断も『考えづらいことではあるが』の但し書きが付くものの、ありえない話ではないとなっております。
どういう手を使ってくるかは判りません。奇襲を仕掛けてくるかも知れませんし、接舷して兵を送り込んでくるやも知れません。
しかし、事さえ成ってしまえば名聞はあとから幾らでも付けられます。
トリステイン艦隊を全艦沈めてしまえば証拠も証人も残らない。アルビオン艦隊の火力にはそれだけの力があります。
不可侵条約自体が不自然なものであり、これすらも我らを謀るものだと仮定すると、かの国が行動を起こすとしたら、最適な時期はいつなのか。
我が国とゲルマニアが姻戚関係を結ぶ前に大義名聞を持って我が国と事を構えられる唯一無二にして千載一遇の機会。
お判りいただけますな?」

ラ・ラメーはいささか驚きをもってマザリーニの話を斟酌した。

「・・・お話としては承ります」

「後ほど空軍司令部からも正式な警戒指示が届くと思います。とにかく、すべてを疑っていただきたい。
貴殿の艦隊が潰えることは、我が国の滅亡を意味することはお忘れなきように」

「了解いたしました」





「理解はしたが納得はしない、という感じでしたな」

ラ・ラメーが退出した後で、マザリーニがため息をつくと、カーテンの陰からアンリエッタが姿を現した。
議会の際に見せる天真爛漫な笑顔はそこにはない。
王宮の中で、今のアンリエッタを知るものは、彼を含めて数名しかいない。

「いいのです。それでも彼の頭の中に奇襲の可能性が僅かでも残るのであれば」

アンリエッタは静かに微笑んだ。

「アルビオン艦隊に不穏な動きがあり次第速やかに退避、と言われて素直に頷ける殿方がいるほうがむしろ不思議なくらいです。
多少の失血はやむを得ないこととして、黙って全滅しなければそれで良しとしましょう」

「しかし、彼の言葉ではありませんが、アルビオンは本当にそのような卑劣な真似をするでしょうか」

「それについては何度も話し合ったではありませんか。我が国とゲルマニアが姻戚関係を結ぶ前であり、
不可侵条約をアルビオン側に非がない形で破ること、そして両国の艦隊が会戦距離まで不自然ではなく接近する機会。
どの材料から考えてもこの親善訪問は最高の機会です。警戒するに越したことはありません。
最悪の事態が起こらなかった場合は笑い話で済む話です。
それが危機管理というものでしょう」

マザリーニは渋面のまま一礼した。

「さあ、次は陸軍への説明でしたね。引き続き頼みましたよ」

「いっそ、殿下ご自身がご説明なさってはいかがですかな?」

「せっかく時間をかけて築いた無能姫の評判です。もう少しこのままのほうがいいでしょう。
舞台でも、仮面を外すタイミングは場面が変わるときと相場は決っていましてよ」

「・・・微力を尽くすとしましょうか」

最近胃の具合が思わしくないマザリーニであった。





「ようこそお越しくださいました!」

駐屯地を辞して、宿泊予定であるタルブの村に到着すると、出迎えたのは休暇で帰郷しているシエスタであった。
いつものメイド服ではなく、普段着に着替えている様子が新鮮であった。自然な、陽だまりのような雰囲気の健康美がその居住まいから漂ってくる。
絢爛豪華な貴婦人を見慣れたルイズではあったが、世の中にはいろいろな美があるものだと感心した。

宿泊場所に指定された村長宅に案内され、一息ついた一向は、シエスタの案内で村を見て回ることになった。
特産品の葡萄については意外なことにルイズはかなりの興味を示し、その加工品であるワインの話に聞き入った。
一巡した後、たどり着いた寺院に入り、ルイズは目を丸くした。
濃緑の、翼を広げた鳥のような御神体である。

「これが『竜の羽衣』というものです」

「りゅうのはごろも?」

シエスタの説明にルイズはひどく胡散臭い視線を御神体に向ける。

「ええ、私の曽祖父が空からこれに乗って降りてきたそうです」

「飛ぶようには見えないけど・・・」

固定翼のこの御神体は、飛ぶことイコール羽ばたくこととと考えられているこの世界では常識から逸脱した存在であった。

「ええ、曽祖父もその点については嘘を言っていたのではないかと言われています」

「前衛芸術家の作ったオブジェ、という感じもするわね」

そんなやり取りを黙って聞いていた男が口を開いた。

「ところでシエスタ。曽祖父殿の墓はどちらか?」



それは変わった墓であった。
四角い墓石が記念碑のように立っており、その表面には見慣れない記号が書いてあった。

「こちらが祖父の墓になります」

「なるほど」

どこからか摘んできた花を墓前に供え、男には似つかわしくない厳かな感じで墓前に静かに膝を折って合掌した。
その雰囲気にシエスタは引っかかりを感じて声をかける。

「あの、サイさん、もしかしてこの文字、読めたりしますか」

男は厳かに言った。

「海軍少尉佐々木武雄、異界に眠る」

シエスタは目を丸くした。

その後、シエスタの実家に案内され、シエスタの曽祖父である佐々木武雄の話を聞く。
遺品にあったのは飛行帽やゴーグル、軍刀に加え一丁の拳銃などであった。
拳銃は九四式拳銃であり、使い方が判らなかったシエスタの家族はホルスターに収めたままであった。
自動拳銃の仕組みがわからなかったのであろう。
固定化の魔法でもかかっているのか錆が浮いた様子もない。
男が手に取って弾倉を抜くと、弾丸は全弾装填されていた。

「使い方判るんですか?」

「大体はな」

その後、曽祖父の遺言に従い、竜の羽衣は遺品と合わせて男に譲られることとなった。
遺言では『陛下にお返しして欲しい』とのことであったが、それについては男は言葉を濁した。
竜の羽衣については竜騎士隊に搬送を依頼することにした。
これについては珍しく男がルイズにねだっており、交換条件については一日ルイズを『お嬢様』と呼ぶということで折り合いが付いた。





「きれいな景色ね」

それはルイズの目から見ても充分に美しい光景であった。
夕飯前、三人で夕日に輝く草原を見た。

「ここはこの村で一番きれいな景色です」

「あなた、生まれたときからこの景色を?」

「はい。いつか、この景色が見えるところに骨を埋めたいと思っています」

「何かいいわね、そういうの」

短い間とは言え、接しているうちにルイズはこのシエスタという娘に好感を持った。
気が利き、礼儀正しく、落ち着いており、何よりその柔らかい雰囲気がいい。
貴族であれば友達になりたい、いや、そんな身分関係なしに話をしたい気持ちに気づいたルイズは我が事ながら困惑した。
自分はいつからこんなに平民に対して懐が深くなったのであろうか。
考えて判る話ではないが、気分がよければそれでいいとルイズは適当に考えていた。

シエスタもまた、ルイズの事がすっかり気に入っていた。
ルイズの卒業後はヴァリエール家で雇ってもらえないかとすら考え始めている。
以前はすごく近寄りがたい雰囲気を発していたルイズではあるが、接してみれば気さくで話しやすく、貴族特有の特権意識があまり感じられない。
上に立つものに器を感じた使用人はどこまでも従順になれる。
しかもその使い魔が憎からず想っている頼りがいがある偉丈夫となれば、シエスタの思考が加速するのもむべなるかな。

そんな思惑が交差する一時を経て、タルブ視察は終わった。



[21199] その18
Name: FTR◆9882bbac ID:a6b9dcbf
Date: 2010/08/23 23:41
夜の森を一人歩く。
うっかりすると猟師に熊と間違われて矢を射掛けられそうな偉丈夫であるが、その歩みは意外なほど軽やかであった。
程なく、森の中にある泉にたどり着く。

「遅かったじゃないか」

出し抜けに後からかけられた声にも男は動じることはなかった。

「すまんな。詔というのがなかなか手ごわくてな」

「何だい、またお嬢ちゃんのお守りかい」

「衣食住提供のスポンサーだ、無碍にはできんよ」

「面倒見のいいこった」

そんなたわいもない話を接ぎ穂に、話は核心に入っていく。

「アルビオンはやる気だね。鉄と材木の市場価格はあんたも知っているだろう?」

「戦争景気のためだとは思うが、流通については詳しいことまでは瓦版では入ってこないな」

「アルビオンのロサイスに空軍工廠がある。そこに空軍の船が何隻もドック入りしているとさ」

「先の反乱後の整備ではなくてか?」

「整備だけなら大量の鉄と材木がそこに運ばれるというのも不自然さ。確証はないが、大規模な改装が行われていると私は見るね。
内政の建て直しに金は幾らあっても足りないだろうに、予算が集中してるのか一日中槌音がやまないとさ」

「大規模な改装か」

「それについちゃ、一つ変な話があるよ。クロムウェルが素性の知れない女技師を連れているらしい」

「女、か」

何か引っかかるような面持ちの男の表情が、フーケは気になった。

「心当たりでもあるのかい?」

「いや、そういう訳ではないがな。改装の内容は?」

「さすがにそこまではね。軍の工場だ、さすがに警備もハンパじゃない。用心するに越したことはないというレベルで勘弁しておくれ。
ついでに、タルブ周辺にアルビオンの間諜がよく出ているようだ。
私が知っているだけでも10人。
その内半分はトリステインの防諜に引っかかって始末されている」

「やはり本命はタルブか」

「さすがにラ・ロシェールに強襲をかける訳にも行かないだろうからね」

フーケの言うとおり、港湾都市であるラ・ロシェールにいきなり攻め込んだ場合、上陸時の無防備な兵をトリステイン側の守備兵に晒すことになるので現実的ではない。
艦砲射撃の支援といっても、事後に施設を利用するとなった場合は占領作戦は慎重に行うべきであり、その場合は近場に上陸した後体制を整え、
その後に侵攻することが適当と思われた。

「タルブに橋頭堡を確保してから大兵力を上陸させ、火力支援の充実を待ってラ・ロシェールを攻め落とす。
堅実なだけに間違いのない段取だね」

「逆に言えば、タルブへの上陸作戦をしくじれば次までの時間稼ぎにはなるな」

「さてね。私はあんたに言われたことを調べるだけさ」

「そういう約束だからな。ご苦労だったな。代金だ」

「毎度・・・って、またすごい宝石だね。約束の金より高くつくよ、これ。あんた一体どんだけ持ってるんだい?」

「現金はかさ張るから手持ちの金は宝石に換えてある。差額は換金手数料ということで取っておくがいい」

「律儀なことだね。ああ、言い忘れていたけど」

「何だ」

「あんたらが捕まえた裏切り者の隊長さん、何て言ったっけ?」

「ワルド子爵か?」

「そうそう、そいつ。脱走したそうだよ」

「脱走?」

「誰の手引きか知らないけど、私が脱走した後の厳重なチェルノボーグを抜け出すんだ。バックアップした連中はかなりのもんなんだろうね」

「心休まるニュースだな」







『竜の羽衣』を学院に持ち帰った際、一番ヒートアップしたのは言うまでもなくコルベールである。
授業そっちのけで張り付き、その構造をつぶさに調べて回っている。
男としてはある意味願ったりな展開であり、燃料になるガソリンの錬金を頼むとコルベールは二つ返事で引き受けた。
本体は敷地のはずれの掘っ立て小屋に引き込まれ、埃を落としたり細かい部分の確認など細々したところが徐々に進められることになった。

「むう・・・覚えていると言えば覚えてはいるが・・・ぶっつけになるとさすがに・・・」

操縦席に体を押し込み、操縦桿やフットバーを確認しながら独り言を言っていると、掘っ立て小屋にルイズがやってきた。

「飽きずによくやるわね」

「む」

声の方向に目を向けると、ルイズが茶器の乗った盆を持って立っていた。

「どうしたのだ、その道具は?」

「いい加減に詰まったからお茶をもらってきたのよ。あんたも付き合いなさい」

知る人が見れば目を向いて驚いたことであろう。高慢なことについてはモンモランシーに次ぐとして有名なルイズである。
自ら茶の用意をするなど明日は何の雨が降るか知れたものではない。


「なかなか難航しているようだな」

カップに口をつけながら男は言った。さすがにカップに注ぐのは作業は男が務めた。

「そうね、どうしてこうもいいアイディアが出ないのかしら」

「一人でダメなら助けを借りるがよい。最後に己の言葉に咀嚼されていればそれは貴様の作品であろう」

「だから誰に訊けばいいのよ」

「・・・それはともかく」

「話を逸らすんじゃないわよ」

「サイ君はいるかね?」

聞こえた声に二人が振り向くとコルベールが瓶を持って立っていた。

「おくつろぎのところすまないが、調合ができたんだよ。見てくれたまえ」

「これはかたじけない」

受け取った瓶の蓋を開け、匂いを嗅いで見る。
脇から興味本位でルイズも鼻を近づけ、思い切り吸い込んで噎せ返った。

「こ、これ、何なのよ!」

「ガソリンという、言わば火の秘薬のようなものだ。うむ、素晴らしい出来栄えだ」

「では、早速飛ばして見せてくれないか?」

「いや、これだけでは量が足りませんな。同じものがあと樽で五本は必要でしょう」

「むう、それはすごいな。いいだろう。乗りかかった船だ。何とかやってみるよ」

「その代わり、でき上がったら先生にも乗っていただきますよ」

「楽しみだね。わくわくしてきたよ」

「ダーリン、お茶を入れてきたから一息・・・って、ずいぶん盛況ね」

新たな声に振り向くと、キュルケとタバサが茶器を持って小屋の入り口に立っていた。

男は立ち上がって小屋の置くにある椅子に使うに調度いい樽を取りに向かった。


そんな平和な時間が終わったのは、その数日後であった。






トリステインのアンリエッタとアルビオン皇帝アブレヒト3世の婚儀が執り行われる3日前。
アルビオンの親善艦隊の表敬訪問を出迎えるべく、トリステイン艦隊は所定の空域に待機していた。
定刻になっても現れないアルビオン艦隊に引っかかるものを感じながらも、ラ・ラメー伯は尚もアルビオン艦隊が暴挙に及ぶことについては懐疑的であった。
やがて現れたアルビオン艦隊に目を向け、旗艦「レキシントン」の威容にラ・ラメーは驚愕した。
一隻ですべてを覆す巨艦であった。
正面から殴り合っては勝ち目はないであろうことは長く空に身を置く身としては容易に理解できた。
旗流信号での挨拶を交わした後、礼砲が放たれるが、数は予想よりも少ない。
こちらを小国と思って侮っているようであった。
それよりもさらに減らした数の礼砲を放った時に事件は起きた。


「アルビオン艦隊に火災!」

鐘楼の水兵が大声で報告をあげる。

「何だ、火事か?事故か?」

周囲の参謀が首を捻っている時、ラ・ラメーの全身の血の気が引いていた。

『ま、まさかあいつら、本当に・・・』

マザリーニの言葉がまざまざと脳裏に甦って来た。

自作自演の艦隊被害。

ラ・ラメーの思考が瞬時にその結論に辿りついたことがトリステイン艦隊を救った。
世襲の貴族の軍人にはお世辞にも優秀とはいえない者は少なくないが、平時とは言え艦隊司令長官にまで成り上がったラ・ラメーは無能者ではなかった。

「全艦反転!当空域を離脱する!急げ!!」

一瞬、周囲は提督が狂を発したかと思ったが、続けて畳み掛けられるラ・ラメーの怒声にも似た命令にすぐさま行動を開始した。
一刻も早く巨艦レキシントンの射程外に脱出しなければならぬ。
信号でこちらの礼砲が実弾であったことを非難する旨の信号が上がるのに対し、ラ・ラメーはすぐさま返答する。

『見事な演技、感服す。話し合いは無用。貴艦隊の前途に天罰のあらんことを』

船足は僅かにトリステイン艦隊の方が速かったが、すぐさま砲を撃ちかけられ、しかもその射程が予想以上に長大であったことが災いし、2隻の戦列艦が炎上、沈没した。
しかし対処が早かったことが幸いし、旗艦メルカトールをはじめとした他の艦は何とかに戦線を離脱した。






アルビオン、トリステインに宣戦す。
その報は瞬く間にトリステインを駆け抜けた。

「殿下!」

婚礼衣装の本縫いをしているところに入ってきたのはマザリーニであった。

「どうしました?」

女性の着替えの間に荒々しく乗り込んできたマザリーニに針子たちは渋面を作るが、アンリエッタは意に介した様子もない。
マザリーニは大きく息を吸い込み、自分に言い聞かせるような口調で告げた。

「アルビオンが動きました」

「・・・そう」

短く答え、アンリエッタは婚礼衣装のベールと手袋を針子に投げ渡すと、スカートの裾を摘んで部屋から飛び出した。

「正念場です。しばらくは休めないと思いなさい」

「承知」

「ラ・ラメーの艦隊の情報は?」

「全滅は免れたとのこと」

「結構です。他の者は?」

「既に会議室におります」

「よろしい。急ぎましょう」

「御意」


居合わせた面々の意見は割れ、会議室は始まる前から荒れた雰囲気であった。
誤射なのか、そうでないのか。
とにかく一度アルビオンと話し合いを、という穏健派の意見の方がやや優勢であり、強硬派も彼我の戦力差を
考えるとそれもやむを得ない意見に傾きかけていた。

扉が開いたのはその時である。

「待たせました」

一同は面食らった。
白い婚礼衣装そのままのアンリエッタが大股で乗り込んできたのである。
凛とした声で入室したアンリエッタはすぐさま己の定位置である上座に腰を下ろす。
それだけでアンリエッタは会場の雰囲気を支配した。

「報告を」

書記官から基本的な情報が報告される。

アルビオン大使の召還を拒否。
停戦交渉の打診に対する音信なし。
ゲルマニアへの援軍派遣要請。ただし、到着までは3週間を要す。
敵がタルブへ上陸を開始。
そして、タルブの村の炎上。

それだけ聞いて、アンリエッタは頷いて口を開く。

「直ちにタルブおよびラ・ロシェール支援に向かいます。準備はできていますね」

回りを見回しながら様子を伺う貴族たちを余所に、幾人かが即座に立ちあがった。
それらはいずれもマザリーニが事前に根回しを済ませていた、即応を請け負った軍の将軍たちであった。

「結構です。すぐに発ちなさい。私も準備ができ次第向かいます。ラ・ロシェールで会いましょう。
内務大臣、国内の全領主に陣触れを」

「お、お待ち下さい、殿下。今回の件は些細な行き違いから起きたことですぞ」

外務大臣が慌てて口を挟む。

「黙りなさい」

アンリエッタのその言葉に、居合わせた全員が本当に黙り込んだ。
お飾りの国王代行であったはずの人形が、有無を言わせぬ圧力を言葉に乗せて放ってくる。
目の前の少女が、異形の何かに見えた。

「些細な行き違いで兵を手際よく他国に上陸させる国があると思う者はいますぐこの場を去りなさい。
現時刻を持って、私は王権代理の権限を持って本会議の所掌するトリステイン全軍の統帥権を凍結します。
同時に王室規則に則り、国王不在時における王権代理として統帥権の継承を宣言します」




その日の早朝、タルブの村には避難警報が出され、村人は早々に村を離れて森の中に避難していた。
そうこうする内に上空にアルビオンの艦隊が到達し、次々に兵力を上陸させていった。
その数およそ3000。
橋頭保を確保する数としては充分であった。
アストン伯は報告を受けて早期に手勢を数十名を率いて住民が避難した森に移動。
気休めとは思いながらも住民のための防衛線構築を始めていた。
ラ・ロシェールの街も騒然となり、守備隊が臨戦態勢に入る。
事前に配備されていた守備兵は2000。
これに近衛である魔法銃士隊を基幹としたアンリエッタ直率の派遣軍1500が合流したのは翌日のことであった。






タルブから運んできた竜の羽衣をしまってある掘立小屋に、血相を変えたルイズが駆け込んできたのは昼ごろであった。

「どうした、血相を変えて」

竜の羽衣の風防を磨いていた男はのんきな感じで振り向いた。

「せ、戦争が始まったの!姫様もトリスタニアを出発したって!」

「ほう、思ったより早かったな」

さも当然というような表情の男に、ルイズは怒声をまき散らした。

「他人事みたいに言わないでよ!敵が上陸したのはタルブよ!すごい大艦隊が来たって皆言ってるわ!」

「予想通りだな。アルビオンも芸がないことだ」

男の物言いに、ルイズは血圧が上がっておかしくなりそうになった。

「なんでそんなに落ち着いているのよ!」

「落ち着くも何も、慌てても仕方があるまい」

「あんた心配じゃないの!?」

「心配に決っておる」

男はそう言うと操縦席から飛び降り、竜の羽衣の脚部に取り付いて思い切りそれを押した。
結構な重量物であるにも関わらず、それは軽々と動き出した。

「すまんが、コルベールを呼んできてくれ。こいつの離陸には、彼の助けが要る」

「これで何をしようというの?」

「これは戦闘機といってな。その名のとおり、敵を倒すための乗り物なのだ」

「こんな出来損ないで竜騎士や軍艦に勝てるわけないでしょう」

「どうだろうな。まあ、やるだけやってみるだけのことよ」

「そ、そんな、だ、ダメよ、そんなの!あんた一人が行ったってどうにもならないわよ。王軍に任せておきなさい!死んじゃうわよ!」

「死ぬのは我だけではあるまい。敵が来て、武力を持って抗するのであればどこかで誰かが死ぬ。その者にも当然守るべきものがあり、
帰りを待つ者がいる。
我とどこが変わろうというものだ」

男は振り返り、そして言った。

「心配するな。我はきちんと帰ってくる。貴様はここで待っておれ」

その言葉が、ルイズの心にじわりと広がった。
まるで自分には出番がないと言わんばかりの物言いはルイズのプライドを大いに刺激した。
元より導火線が短いルイズの火薬樽に、その言葉が届くのには時間はかからなかった。

「ふざけるんじゃないわよ!」

ルイズは叫んだ。
たまらず、手にしていた祈祷書を男に投げつけた。

「あんたが行くって言うのに、私だけ待ってるなんてできる訳ないでしょ!」

「では、どうしようというのだ?無力な学生の貴様が」

憤っている自分の中の冷静な部分が言う。
男の言う通りであると。
行って何かができるわけではない。
もとより魔法すら使えない身である。
実家を頼ろうにも、運よく動いてくれたとしてもその時には趨勢は決まっているだろう。
ルイズは己の無力を噛み締めた。
悔し涙を浮かべて震えるルイズに、男は静かに告げた。

「泣いて何かが変わると思うなら存分にせよ」

その言葉に、ルイズは我に返った。
前にも一度、言われた覚えのある言葉であった。
胸の中で、何かにポツリと火が点いた。


ルイズは滲んだ涙を振り払い、今度こそ意思のこもった瞳で男と対峙した。

「私も連れて行きなさい」

「ならん」

ルイズの言葉を男は一刀両断に切り捨てた。

「貴様が今自分で言ったではないか、これで行っても役には立てぬと。第一、学院からは禁足令が出ているのではないか?」

「忘れなさい、そんなこと」

ルイズはヒートアップした。

「あんただって死ぬつもりはないんでしょ!だったら私だって死にはしないわよ」

「死ぬだけではない。必要があれば、相手を殺すことも必要だということを忘れてはならん」

ルイズは言葉に詰まった。
必要があれば、人を殺すことも求められるのが戦場である。
自らの手を血で汚す覚悟は、自分にはあるだろうか。

「できるわよ」

ルイズは食いしばった歯の隙間から搾り出すように言った。

「それで誰かを守れるなら、私だって誰かの命を奪う覚悟くらいあるわよ!」

「本当にできるのか?臆すれば死ぬのは貴様だぞ?」

「判ってるわよ。ダメだったときは、私はそこまでの奴だったってことよ!」

男は大きく息を吐いた。

「判らんな。そもそも、貴様が何故そこまでするのだ?」

ルイズの脳裏にアンリエッタとシエスタの姿が浮かんだ。
その気持ちを今の力に変える術を、ルイズは理解していた。
大きく息を吸い込み、そして告げる。


「決ってんでしょ!手が届くかも知れないところに、困っている友達がいるからよ!」





その声を聞き、男の肩が震えだした。
やがてそれは笑い声となり、男はこれまで見たことがないほどの大笑いをした。

「善哉、誠に善哉。友のために命を賭すか。
見事だルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
それでこそ、我が仕えるに相応しい貴族というのものだ」

「仕える・・・って?」

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
そなたは今、我が試練を超えて見せた。
ならば今、ここで誓おう。
危地においては、そなたを身は我が守ろう。
倒すべき敵は、この身がそなたの刃となって屠ろう。
我が剣を、ここでそなたに捧げよう」

慇懃な男の態度に戸惑いながらも、ルイズは男の言葉を理解した。

「使い魔になってくれる・・・の?」

「時が惜しいのであろう。早くせよ」

ルイズはやや躊躇い、ついで意を決してルーンを紡いだ。



「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
この者に祝福を与え、我が使い魔となせ」



屈んだ男の額に杖を置き、ついで契約の口付けを交わした。

男の左手の甲に電気のような輝きが走り、ルーンが刻まれる。

その銘はガンダールヴ。

左手に走る激痛をものともせず、男は背中の剣を抜き、ルイズの前に膝をついた。

「ここに誓いを。
この身は御身の剣にして盾。
その征くところ、立ちふさがる悉くから御身を守護することを誓約する。
我が名は・・・」

男はルイズに視線を上げて、厳かに名乗った。



「剣士、ヒリーギル・サートーム」










ルイズがコルベールを引っ張ってきた時、竜の羽衣は既に敷地のはずれまで引き出されていた。
コルベールに風を送るよう頼み、男はルイズを軽々と摘み上げて操縦席の後方に放り込む。
本来は無線機が置かれている空間には、簡易なものではあったが座席が設けられていた。

「揺れるぞ。ベルトをして、口を閉じているのだ」

コルベールの送ってくる風に、ピッチを調整する。
コンタクトし、轟音を立てながらエンジンが回りだした。

「ほ、本当に飛ぶの、これ?」

「まあ、見ていろ」

スロットルを開いて滑走に入る。コルベールの援助を受け、フラップを全開にする。
操縦桿を思い切り引いたとき、ルイズは加速Gを受けながらも、体の下から消えた振動に目を丸くした。

「と、飛んだの?」

「飛んだ」

振り返ると、今までいた敷地が見る見るうちに小さくなり、はしゃいでいるコルベールもあっという間に見えなくなった。


異界の地に再び生を受けた零式艦上戦闘機戦五二型は、一路戦場に向かった。














ヒリーギル・サートーム:
原作16巻、61ページに登場する人物です。
一人称は「我」。自称「風の剣士」。革の胴着を着た黒髪の偉丈夫です。
本作の彼は、ゼロの使い魔の世界の並行世界、劇中劇「アルビオンの剣士」の
世界から召喚した可能性の世界のサイトです。
サイトなのかと言えば少なくとも本物のサイトは「別の何か」と言っているので
似て非なる人物なのでしょう。
アルビオンの剣士の世界の歴史は、基本的にはゼロの使い魔の歴史に準じるようです。
将来的なところはこれからでっち上げていきますが、可能性の世界の話なので
おおらかな心でよろしくお願い致します。



[21199] その19
Name: FTR◆9882bbac ID:80e86311
Date: 2010/08/24 23:32
ラ・ロシェールでは睨み合いが続いている。
上陸したアルビオン側は布陣を整えるため、トリステイン側は上空に君臨するアルビオン艦隊への対策のために
それぞれ時間を要していた。
兵力を比べると、上空からの艦砲射撃があるため火力としてはアルビオンが有利。
逆に伝統を重んじるトリステイン側はメイジが多く、地上戦力では質量ともにアルビオン上陸軍を上回っていた。
また、ラ・ロシェールに立て篭もっている地の利に加え王女アンリエッタの出陣ということもあり、士気は天井知らずの様相であった。




「難しい局面ですな」

タルブはずれの森の中、隣いるウェールズに、背の高い老メイジが声をかける。
名をパリーと言った。鎖帷子を着込み、歳に似合わぬテンションで事に臨んでいる。
遠眼鏡で様子を見ながらウェールズは唸った。

「ああ、頭を押さえられての戦闘だ。いかに優勢でも、最後にはロイヤルソヴリンの砲が物を言う。
我が国ながら、やっかいなものを作ったものだな」

「現状のトリステインではどうしようもないでしょうな」

「そこは何か考えているだろう。アンリエッタはあれでなかなか腹黒い人だ」

「ほほ、そこがいいのではありませんか?」

「まあな。とにかく、上にあれがいなくなったら突撃だ。トリステイン本体とで挟撃をかける」

「しばし待機ですな。なかなか辛い時間ですわい」




随所で起こる小競り合いの報を聞きながら、アンリエッタは作戦盤の展開状況を幾度も見つめていた。

「やはり制空権ですね」

「はい。ラ・ラメーの艦隊は間もなく再編成が終わるとのことですが・・・」

「今出てきても張り子の虎にすぎない、ですね」

最大の脅威であるレキシントンが健在である限りは、空軍を繰り出しても犠牲者を増やすだけであろうことは
誰もが理解できた。

「然様でございます」

「空軍司令部からは?」

「先ほど。後1時間後に作戦を始められるとのことです」

「それまでに、あのうるさい竜騎士を何とかしなくては」

アンリエッタは上空を旋回するアルビオンの竜騎士に視線を向けた。
アルビオンの強みは艦だけではない。腕のいい竜騎士が多く、質量ともにトリステインのそれを上回っていた。
現状では散発的な攻撃を繰り返しての消耗を避けるため、トリステイン側の竜騎士は防御に専念するよう
指示が出されている。
温存したそれらに魔法銃士隊も加えて一気呵成に圧倒し、血路を開く。
空の戦いを制されているトリステイン側の苦しい台所事情であった。

そんなことを考えていたアンリエッタが、その奇妙な鳥を見たのはその時であった。




「すごいのね、この竜の羽衣って!」

轟音の中、ルイズは大声で叫んだ。
これまで、ここまで高速の乗り物に乗ったことがないだけに、そのカルチャーショックは筆舌に尽くしがたいものがあった。

「間もなく戦闘空域だ。周囲の監視を頼む」

「任せなさい」

「・・・妙なのがいるな」

「何?」

「あれを見ろ。左舷上空」

男が指差す先にルイズが蒼穹に目を凝らすと、雲の切れ間に奇妙な船が数隻いるのが見えた。

「トリステインの練習船?」

「恐らく殿下の悪だくみだろう。では、露払いと行くか。主、これを用意しておくがいい」

「何よこれ?」

渡された布にルイズは首をかしげた。
男は意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「我が主のこれまでの汚名を吹き飛ばして釣りがくる、ありがたいものだ」



アルビオンの竜騎士が、その奇妙な竜を見た時に心の内にもった感情は侮蔑であった。
たった一騎で何をしに来たのやら。
そう思って騎首を巡らし、迎撃のために高度を上げる。
炎のブレスの斉射を持って、瞬時に撃墜できるものと確信したことがその騎士の最後の思考となった。

敵の竜の機体の一部がチカチカと光るや、騎士の体は千切れ飛び、竜に大穴があいた。

「何が起こっているのですか?」

上空で行われている一方的な戦闘にアンリエッタは息を飲んだ。
精強を誇るアルビオンの竜騎士が一方的に蹂躙されていく。
速力が違う。
射程が違う。
旋回速度も違う。
見たこともない怪鳥の圧倒劇は衝撃的ではあった。その正体はともあれ、あの鳥が味方であることは間違いない。
見ていたトリステイン軍からはすさまじい歓声が上がる。
あらかたの竜騎士を駆逐した後、その濃緑色の飛行物体は緩やかに高度と速度を下げ、トリステイン軍の前を低速でフライパスする。
その風防から伸びた通信アンテナにくくりつけられて翻る旗。
その旗に鮮やかに染め抜かれたものは、ヴァリエール家の紋章であった。

「ルイズ!?」

思わずアンリエッタの口から声が漏れる。
操縦席から身を乗り出すように一人の少女が長い髪とマントをなびかせながら、杖を手にした片腕を高々と掲げている。
後に『ヴァリエールのはばたき』と言われる、奇跡のような大戦果であった。
トリステイン軍の士気と興奮は、この時絶頂に達した。


「よし、もういいだろう。中に入れ」

男の指示を受け、ルイズは身軽に後席に戻る。
その手が小刻みに震えていた。
初めて命のやり取りの現場に居合わせた緊張は、ルイズの精神力を大きく削っていた。
殺した恐怖と、殺されたかもしれない恐怖。
それらを制しながら飲み込んだルイズを支えたものは、公爵家令嬢ゆえの矜持であった。
風防の一部を改造して、使用していない通信アンテナに旗を掲揚できるようにしてあるカラクリを操作して旗を引き込む。

「それにしても、あんたよくこんな物を用意してあったわね」

「何かにつけて用意のいい使い魔を誇るがよい。それより、殿下の策が始まるようだぞ?」




「ぜ、全滅だと!?」

自軍の竜騎士全滅の報に、トリステイン侵攻軍総司令官サー・ジョンストンは一瞬で口内が乾燥するのを感じた。

「敵はどれほどの戦力なのだ。50か?100か?」

「いえ、報告ではたった一騎であったそうで」

「ふざけるな!20騎の竜騎士がたった一騎に蹴散らされたと言うのか!」

半ばヒステリーを起こしてわめき散らすジョンストンにボーウッドが一撃を入れ意識を刈り取った。
医務室に運ばれるジョンストンを見ながらボーウッドはつぶやく。

「単騎で我らの精鋭20を屠るか・・・」

伝統の国トリステインの底力に身震いを覚えるボーウッドであったが、彼もまた歴戦の軍人であった。
即座に思考を切り替え、自らの最大戦力を生かす方向に思考をシフトする。

「艦隊、全速前進。左砲戦用意」




タルブの森の外れから、シエスタは空を乱舞する見慣れた鳥を見て歓喜していた。
曽祖父が残した偽りの翼が、天の使いのように侵略者を次々に撃ち落していく。

「嘘なんかじゃなかったんだわ」

鎧袖一触に20もの竜騎士を撃墜してビクトリーロールを決める竜の羽衣を見るシエスタの目に涙が滲んだ。





アルビオンの戦列艦が砲門を開いた時、トリステインに傾きかけた趨勢は逆転した。
猛烈な砲火が魔法障壁を展開するトリステインに降り注ぐ。
受け止めきれなかった砲弾が、幾人ものトリステイン兵を肉片に変えていった。

「信号弾を!」

砲撃の中でも前線で微動だにしないアンリエッタの指示により、花火のような信号弾が上がる。アンリエッタの張った罠の口を閉じる信号弾である。

「・・・何をたくらんでいる?」

レキシントンのブリッジからそれを見たボーウッドは、上がる信号弾に眉間に皺を寄せた。
あれが合図であるならば、某かの動きがトリステインにあるはずである。
見張り水兵からの必死な気配の警告が来たのはその時である。

「直上から敵艦!」

「馬鹿者、何をしていた!」

地上軍に視野を引き寄せられ、上空への意識をオミットした隙を突かれる形となった。
トリステインの練習船が10隻、乗員のための気圧と酸素については魔法で確保する形で高度7000メイルに上昇し、
雲の合間を縫うように距離を詰めたそれらが一気にアルビオン艦隊に向かって降下してきた。

「焼き討ち船か」

ボーウッドが唸る。
位置エネルギーに加え、船蔵に詰めた火の秘薬を使用したうえで死角である上空からの体当たりこそがその目的であった。
操船を担当していたメイジたちがフライの魔法で離脱した後、石のように落ちる船は一気にアルビオン艦隊に突入した。

レキシントンの隣を走っていたフリゲート艦が木端微塵に砕けて沈み、2隻の巡洋艦と3隻の海防艦も真っ二つになって轟沈する。
幾隻かは狙いを外したが、本命であるレキシントンには2隻が肉薄する。
しかし、ボーウッドがもはやこれまでと思った瞬間、突入してきた船が手前で爆散した。

「そんな!」

地上から推移を見守っていたアンリエッタが悲鳴にも似た声を上げる。
爆散した周辺の空に、一匹の竜が飛んでいた。
その背にいる人物を見たトリステインの者は裏切り者と叫んだことであろう。
それは先日、獄を脱したワルドであった。
風の偏在を突入船に飛び込ませ、火の秘薬に火を放って自爆させたのが事の真相であった。

「・・・」

音が聞こえそうなほどの歯ぎしりをアンリエッタが漏らす。
乾坤一擲の作戦は失敗に終わった。
損傷を受けたものの、レキシントンの戦闘力は健在であった。

「作戦中止の信号を上げなさい」

本来であれば壊乱するアルビオン艦隊にラ・ラメーの残存艦隊を突入させる段取りであったが、
レキシントンが健在な今となっては突入しても無駄死にである。

知らせを受けたラ・ラメーは屈辱に拳を振るわせ、ならばメルカトールを持って体当たりを敢行し、
レキシントンと刺し違えることも考えたが、既に奇襲の効果は望めず、雲の中で無念の歯噛みをするしかなかった。



「・・・失敗したか。戦場では何が起こるか判らないものだね」

様子を見ていたウェールズはため息をついて視線を落とした。
ややおいて顔を上げ、パリーに視線を向ける。

「すまないが、これより先はただの自殺だ。敵軍の後背を突き、トリステインの退却を支援する。
生きては帰れないから志願者を集めてくれ」

その言葉に、居合わせた将兵からどっと笑い声が上がった。

「恐れながら殿下」

老メイジは微笑んだ。

「ここにいる者、全員が志願者です。どこへなりとも御供させていただきますぞ」




ウェールズとアルビオン軍を挟んで反対側に位置するアンリエッタは、突入失敗を受けて即座に決断をした。
作戦部を出てユニコーンに跨り、大声で指示を飛ばす。

「作戦は失敗です。
全軍、ラ・ロシェールの難民と共にトリスタニアまで下がり、諸侯とゲルマニアの援軍が来るまで王都の守りを固めなさい。
グリフォン隊、ヒポグリフ隊は後衛として退軍を支援。
殿軍にて私と一緒に死になさい」

「で、殿下!」

「マザリーニ、お前は急ぎ兵を率いてトリスタニアに戻りなさい。母上にはゲルマニアへの亡命をお薦めするように」

「それは殿下がなさるべきことにございます」

「私がいれば殿軍の士気は落ちません。この場をどこまで長く支えられるかが重要なのです。
こんな私に、今までよく仕えてくれました。さあ、お行きなさい」

「不躾ながら、殿下に申し上げます」

振り返ると、グリフォン隊の隊長が笑っていた。

「殿下は明晰な御方ではございますが、少し経験が足りぬものと存じます。
戦場には戦場の作法がありますれば、御身は未だ討ち死にというものをよくご存じないご様子。
然らば、僭越ながら我等グリフォン隊一同で殿下が討ち死になさる際に恥をかかぬよう、一つ手本をお見せしとうございます」

「何を?」

アンリエッタが慌てた時、脇から伸びた手に杖を取り上げられ、手綱と両脇をグリフォン隊の最も年若の二人に抱えられてしまう。

「貴様らはそのまま殿下を王都までお連れせよ。これまで御苦労であった。帰隊は、するに及ばぬ。後のことは頼むぞ」

悔し涙を流している両脇の兵に、アンリエッタは事の次第を理解した。

「は、放しなさい!」

グリフォン隊の隊長は聞こえぬふりをした。腹の底から声を出し、部下たちに檄を飛ばす。

「喜べ貴様ら!恐れ多くもアンリエッタ姫殿下が裏切り者を出した不名誉なる我が隊に、素晴らしい死に場所を用意して下さったぞ!
かくなる上は怨敵アルビオン叛徒を相手に死に花を咲かせ、我らが姫殿下に武人としての
討ち死にの手本をお見せして御厚情にお応えするものと心得よ!」

鬨の声が上がり、グリフォン隊が騎首を返してアルビオン軍と対峙していく。
その脇ではヒポグリフ隊がグリフォン隊に負けじと鞭を入れて行く。

アンリエッタの心をさらに削る報が届くのはその僅か後であった。

「アルビオン軍の後方より、ウェールズ殿下の遊撃隊が突入しました」

さらなる凶報に、アンリエッタは目を見開き戦場の様子を見る。
馬を与えられていたアルビオン遊撃隊が、その衝力を生かして後方からアルビオン軍に突入していた。

「簒奪者の手先どもよ、ニューカッスルで討ち漏らした首はここにあるぞ。
手柄にしたいと思った命知らずは我が前に出るがよい!」

ウェールズを先頭としたアルビオン遊撃隊が侵攻軍を蹴散らしながら陣の深くまで浸透していく。
しかし、いくら獅子奮迅の奮闘しても上空にレキシントンがいる限り、最後の一手でトリステインが
敗走することは確定しているが、旗印たるアンリエッタさえいればトリステインはまだ立て直しが効く。
ウェールズはアンリエッタが無事に逃げのびることだけを考えて杖槍を振るい、風の刃を放った。


空が光ったのは、その時であった。






「しつこい奴だ!」

上空で男は唸り声をあげた。
真後ろに付いたワルドの竜が、着かず離れず付いてくる。
焼き討ち失敗直後に両者は会敵し、そのまま格闘戦にもつれこんだ。
たまに打ちだされる魔法を旋回でかわすが、そのために零戦は速度を上げることができず、
また前方に集中している火砲もその威力を発揮できずにいた。
後席のルイズはシェーカーの中の氷のようなありさまで、幾度も風防に頭を打ち付ける羽目になっていた。
度重なるGに失禁しないだけ立派であった。

たまらず落としてしまった祈祷書を拾おうとした時、衝撃で開いたページに文字を見たルイズは目を見開いた。

「こ、これって・・・」

慌てて手を伸ばそうとするところにまたGがかかる。

「主、しっかり踏ん張っているのだ」

「何?」

「勝負をかける。3、2、1」

カウントと同時に男は激しく操縦桿を操作した。
瞬時に機首を上げた零戦が、一気に速度を落とす。
後ろにつけていたワルドは突如消えるように失速した零戦の動きに追従できなかった。
失速した後、瞬時に失速から復活した零戦が僅かな降下で速度を稼ぎ、斜め上に位置するワルドをその照準に捉えた。
デッドリーフの妙技の余韻が残る中、翼の20ミリ機銃が火を吹く。
鋼板に直径30センチの大穴を空ける裂薬入りの弾丸を食らって胴に大穴をあけられた竜はあっさり絶命し、
血煙りを引いて地上に落ちていった。




「やればなんとかなるものだな」

「サイ、高度を上げて!」

水平飛行に戻すや、ルイズが叫んだ。

「どうした?」

「いいから高度を上げて。あの一番大きな船の上に付けて」

「承知」

スロットルを開き、加速しながらアルビオン艦隊の上を目指す。途中で飛来する対空砲火をかわしていると、
後ろの席のルイズがルーンを唱えているのが聞こえた。

「伝説の幕開けか」

男の呟きが聞こえなかったのか、ルイズは長い古代語のルーンを唱え続ける。
零戦が艦隊上空を占位するや、
ルイズは風防を開いて身を乗り出した。


そして、ルーンが完成し、杖を振り下ろした時、始祖の奇跡がこの世に再現した。





「な、何が起こっているの?」

その圧倒的な光に、アンリエッタは言葉を失った。
居並ぶアルビオン艦隊の全艦の帆が焼け、甲板が火を吹いていた。

「・・・き、奇跡の光だ」

マザリーニが唸り声をあげる。

敵も味方も、その場にいたすべてが信じられない光景に魅入られた。


どれほど時が経ったかはわからない。しかし、真っ先に我に返ったのはアンリエッタであった。
両腕を振りほどき、杖を取り返して前方を指し示す。

「好機です!全軍、体勢を立て直しなさい。敵軍を押し返します。神と始祖の御加護は我らがもとに。
共に征きましょう。トリステインに勝利を!」

壮大なページェントの後の気の抜けた空気の中、凛とした声に迅速な動きで応じたトリステイン軍が体勢を整え、
防御線を張っていたグリフォン隊、ヒポグリフ隊も攻勢をかけてウェールズの遊撃隊との挟撃効果によってアルビオン軍を駆逐していく。

上空の艦隊とともに士気を失った侵攻軍が杖を捨てたのは10分後のことであった。








武装解除が進む戦場の一角で、ユニコーンに跨ったアンリエッタは安堵の息をついた。

「勝ちましたね。怪我勝ちですが」

「怪我勝ちでも、勝ちは勝ちです」

マザリーニの言葉に、アンリエッタは視線を落とす。

「私の不甲斐なさゆえに、多くの将兵を死なせてしまいました」

「彼らも、殿下を恨んではおりますまい。限られた状況の中、これ以上の結果は望めなかったでしょう」

「そうでしょうか」

「はい」

その時である、一頭の騎馬がアンリエッタに歩を向かって進めてきた。
騎上の姿を見て、アンリエッタが目を見開く。

「無事でよかった、アンリエッタ」

至る所に傷を受け、戦塵に煤けたウェールズが微笑んでいた。

その姿に、アンリエッタが被っていた最後の仮面が剥がれ落ちた。

泣き出しそうな顔でユニコーンから飛び下りたアンリエッタはウェールズに駆け寄り、馬を降りて迎えたウェールズの胸に飛び込んだ。
そして、ウェールズの名を何度も呼びながら子供のように泣いた。
精霊の前で愛を誓った二人は、ようやくそれぞれに辿りついたのである。

周囲の将兵は軽く口笛を吹いて見ぬふりを決め込む。
マザリーニだけは一人神と始祖に願いを捧げた。
上空を旋回していたもう一組の二人もまた、その光景を見届けて機首をトリスタニアへと返した。



「何だか疲れたわ」

「あんなことをやらかした後だ、疲れもしよう。学院についたら起こしてやる。少し寝るといい」

「優しく起こしてよ?前にみたいに濡れタオル顔に乗せたりしないでよ?」

「今日だけは普通に起こしてやろう」

「・・・・ねえ、サイ」

「何だ」

「これからあんたのこと、何て呼べばいいの?」

「好きに呼ぶがいい。ヒリーギルでもサートームでも。
これまでも言いづらいということで皆サイとかサイトとか適当に呼んでいたものだ」

「じゃあ、サイでいいわ。言い慣れちゃったし」

「そうか」

「ねえ、サイ」

「何だ」

「ありがとうね、使い魔になってくれて」

「やめろ、気味が悪い」

「何よそれ」

「貴様がしおらしくなると、貴様という気がせんのだ」

「あ、今貴様って言った。ご主人様に向かって貴様って言った」



日暮れが迫る空の下の、そんな帰り道であった。


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