livedoor サービス向上のためアンケートにご協力ください!

Part 2

2010年08月21日 12:16
経済

デフレ脱却法案について

先日の記事では、日銀が意図的にインフレ予想を起こす政策をクルーグマンは放棄したと書いたが、『週刊現代』のインタビューでは、またインフレターゲティングに言及し、こう語っている:
日本のGDPデフレーターは、ここ13年間、下がりっ放しです。それなのに今、日銀が重い腰をあげないというなら、(その責任者たる総裁は)銃殺に処すべきです。
まぁこんな悪い冗談を真に受ける必要もないのかもしれないが、当ブログはデフレ脱却法案を出す政治家にも読まれているので、彼らにもわかるようになるべくやさしく解説してみよう。

まず基本的なことだが、日銀はインフレ目標を設定している。「物価安定の理解」において「消費者物価指数の前年比で2%以下のプラスの領域にあり、委員の大勢は1%程度を中心と考えている」という政策委員の総意を明記している。

こういうゆるやかな目標は、FRBも"inflation objective"と呼んで設定しており、ECBも同様である。これが「ターゲティング」と異なるのは、目標が実現できなかった場合のペナルティがないことだ。ターゲットを設定しているイングランド銀行の場合も、総裁が首相に「説明」すればいいだけで、これは単なる努力目標に近い。

みんなの党の渡辺代表は、日銀総裁の解任権は「みんなの党の日銀法改正案には入っていない」とのべており、デフレ脱却議連の提言でも「説明責任を課す」となっているだけだ。この程度の目標なら導入しても害はないが、効果もない。日銀法を改正して「アコード」を結ぶとかいう話も、ペナルティがなければ実効性はない。

本質的な問題は、クルーグマンのいうように日銀が意図的にインフレ予想を起こせるかどうかだ。これについては、標準的な教科書にはこう書かれている:
  • 流動性の罠では金利操作がきかないので、中央銀行がインフレ期待を起こすコミットメントができない
  • 「何かの理由でインフレになっても金融緩和を維持する」というのが時間軸政策だが、いつインフレになるかわからないので効果は弱い
  • 市場は、実際にインフレになったら中央銀行はそれを抑制すると予想するので、それを織り込んでマネーストックは増えない
これが世界の共通理解で、海外には人為的インフレ論者はいない。クルーグマンも、FRBに対してはこういう発言はしない。日本むけに「総裁を銃殺しろ」などとあおるのは、学界でバカにされている彼の提案を「ノーベル賞様」とありがたがってくれる日本人へのリップサービスだろう。

法人税の引き下げなどの重要な問題そっちのけで、政治家がリフレ論議に熱中しているのは政治的資源の浪費なので、みんなの党とデフレ議連で法案を国会に出してみてはどうだろうか。どうせ通らないが、通っても大した害はない。目標を設定するだけでは何も変わらないことを彼らが納得すれば、日本ローカルのくだらない「論争」も終わるだろう。

トラックバックURL

コメント一覧

  1. 1.

    デフレ脱却国民会議なるものが発足したそうですね。
    リフレ派の有名な方々が名を連ねているようです。

    デフレ脱却=リフレとイメージを刷り込むのが狙いかもしれませんが(なんでこの方々は潜在成長率の話は無視するんですかね?)


    お暇なようでうらやましい限りです。

    わたしは本日も休日出勤、せっかくのヒュームを読む暇もない。

  2. 2.
    • sudoku_smith
    • 2010年08月21日 13:38

    池田さんはほとんど冗談で仰っているのだと思いますが、理屈のわかっていないデフレ頭議員さんたちが本気にしたら迷惑ですよ。せめて彼らに「リフレにする方法を提案しなさい」と仰ってみてはどうですか。あるいはクルーグマンのこの発言を報道した週刊現代に「ではインフレを実現する方法は?」と公開質問などで議論させてみてはどうでしょう。
     ほんとに法案が提出されたりしたら、常識では通らないでしょうが、生兵法のマスコミが訳のわからない犯人探しとかを始めて、かえって誤解が広がってしまう気がします。
     本来は種々の規制緩和により潜在成長率を上げる事こそが政治の仕事なんですが彼らは経済を自分の責任と思っていない。そういった無知こそが最悪の無責任さを生んでるんでしょうけど、気がついてないから、どうにも。

  3. 3.
    • 池田信夫
    • 2010年08月21日 17:17

    「デフレ脱却国民会議」には、マクロ経済学や金融理論の専門家がほとんどいないのが笑えますね。どこが「世界標準」なんだか。身内の仲よしクラブじゃないか。

    このアピールも上念某が書いたんだろうけど、「お金が足りないから不景気になる」とは噴飯物。もう学界ばかりか経済メディアも相手にしなくなったので発表の場がなくなり、バカな政治家に陳情しようというトホホな展開ですね。

  4. 4.
    • disequilibrium
    • 2010年08月21日 17:59

    今は賃金の低下と物価の低下を受け入れるしかないでしょう。
    せめて、物価<賃金を目指すべきであって、リフレは完全な間違いです。
    日本人労働者と、途上国の労働者の価値が等しくなっているのに、物価と賃金を高止まりさせるのは無理です。

コメントする

このブログにコメントするにはログインが必要です。               



連絡先
記事検索
アゴラ 最新記事




メルマガ配信中


13thagora

書評した本


自我の源泉 −近代的アイデンティティの形成−自我の源泉
★★★★☆


The Microtheory of Innovative Entrepreneurship (The Kauffman Foundation Series on Innovation and Entrepreneurship)The Microtheory of Innovative Entrepreneurship
★★★★☆


日本の幸福度  格差・労働・家族日本の幸福度
★★★★☆


リーマン・ショック・コンフィデンシャル(上) 追いつめられた金融エリートたちリーマン・ショック・コンフィデンシャル
★★★★☆


田中角栄の昭和 (朝日新書)田中角栄の昭和
★★★★☆


Lords of Finance: 1929, The Great Depression, and the Bankers who Broke the WorldLords of Finance
★★★★☆


ゲームの父・横井軍平伝 任天堂のDNAを創造した男ゲームの父・横井軍平伝
★★★☆☆


社会保障の「不都合な真実」社会保障の「不都合な真実」
★★★★☆




再分配の厚生分析再分配の厚生分析
★★★★☆




日本の税をどう見直すか (シリーズ・現代経済研究)日本の税をどう見直すか
★★★★☆
書評




人間らしさとはなにか?人間らしさとはなにか?
★★★★☆
書評




Fault Lines: How Hidden Fractures Still Threaten the World EconomyFault Lines
★★★★★
書評




ドル漂流ドル漂流
★★★★☆
書評




仮面の解釈学仮面の解釈学
★★★★★
書評




これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学これからの「正義」の話をしよう
★★★★☆
書評




ソーシャルブレインズ入門――<社会脳>って何だろう (講談社現代新書)ソーシャルブレインズ入門
★★★★☆
書評




政権交代の経済学政権交代の経済学
★★★★☆
書評




ゲーム理論 (〈1冊でわかる〉シリーズ)ビンモア:ゲーム理論
★★★★☆
書評




丸山眞男セレクション (平凡社ライブラリー ま 18-1)丸山眞男セレクション
★★★★☆
書評





〈私〉時代のデモクラシー (岩波新書) (岩波新書 新赤版 1240)〈私〉時代のデモクラシー
★★★★☆
書評


マクロ経済学 (New Liberal Arts Selection)マクロ経済学
★★★★☆
書評


企業 契約 金融構造
★★★★★
書評


バーナンキは正しかったか? FRBの真相バーナンキは正しかったか?
★★★★☆
書評


競争と公平感―市場経済の本当のメリット (中公新書)競争と公平感
★★★★☆
書評


フーコー 生権力と統治性フーコー 生権力と統治性
★★★★☆
書評


iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏 (brain on the entertainment Books)iPad VS. キンドル
★★★★☆
書評


行動ゲーム理論入門行動ゲーム理論入門
★★★★☆
書評


行動経済学―感情に揺れる経済心理 (中公新書)行動経済学
★★★★☆
書評


現代の金融入門現代の金融入門
★★★★☆
書評


ナビゲート!日本経済 (ちくま新書)ナビゲート!日本経済
★★★★☆
書評


ミクロ経済学〈2〉効率化と格差是正 (プログレッシブ経済学シリーズ)ミクロ経済学Ⅱ
★★★★☆
書評


Too Big to Fail: The Inside Story of How Wall Street and Washington Fought to Save the FinancialSystem---and ThemselvesToo Big to Fail
★★★★☆
書評


世論の曲解 なぜ自民党は大敗したのか (光文社新書)世論の曲解
★★★☆☆
書評


Macroeconomics
★★★★★
書評


マネーの進化史
★★★★☆
書評


歴史入門 (中公文庫)歴史入門
★★★★☆
書評


比較歴史制度分析 (叢書〈制度を考える〉)比較歴史制度分析
★★★★★
書評


フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略フリー:〈無料〉からお金を生みだす新戦略
★★★★☆
書評


労働市場改革の経済学労働市場改革の経済学
★★★★☆
書評


「亡国農政」の終焉 (ベスト新書)「亡国農政」の終焉
★★★★☆
書評


生命保険のカラクリ生命保険のカラクリ
★★★★☆
書評


チャイナ・アズ・ナンバーワン
★★★★☆
書評


ネット評判社会
★★★★☆
書評



----------------------

★★★★★



アニマル・スピリット
書評


ブラック・スワン
書評


市場の変相
書評


Against Intellectual Monopoly
書評


財投改革の経済学
書評


著作権法
書評


The Theory of Corporate FinanceThe Theory of Corporate Finance
書評



★★★★☆



つぎはぎだらけの脳と心
書評


倒壊する巨塔
書評


傲慢な援助
書評


In FED We Trust
書評


思考する言語
書評


The Venturesome Economy
書評


CIA秘録
書評


生政治の誕生
書評


Gridlock Economy
書評


禁断の市場
書評


暴走する資本主義
書評


市場リスク:暴落は必然か
書評


現代の金融政策
書評


テロと救済の原理主義
書評


秘密の国 オフショア市場
書評

QRコード
QRコード
Creative Commons
  • ライブドアブログ