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【芸能・社会】

梨元勝さん死す 「恐縮です!」突撃リポート40年

2010年8月23日 紙面から

 「恐縮です!」の突撃取材で人気を呼んだ芸能リポーターの梨元勝さんが入院先の東京都内の病院で死去したことが22日、分かった。関係者によると、21日早朝に亡くなったという。死因などは不明。65歳だった。東京都出身。肺がんの治療のため6月から入院していた。梨元さんは週刊誌記者を振り出しに、芸能リポーターの草分けとしてテレビやラジオ、新聞などで約40年にわたって活躍。亡くなる直前まで最前線で特ダネを追い続けた。

 梨元さんは5月末に肺がんと診断され、都内の病院に入院。手術はせず、化学療法で完治を目指していた。非喫煙者だった梨元さんは「こんなこともあるんだ」と驚きながら、「同じ病気で闘っている人の励みになれば」と自らのサイトでがんを公表し、治療の進展具合や病状を報告していた。

 希望がかなって8月6日に一時帰宅した。久しぶりの親子で囲んだ食卓に「夕食は親子3人でのほうが良い」と喜んでいた。16日に新しい抗がん剤の治療が始まったばかりだった。ブログでは「体調はいまひとつですが、頑張ります」とつづっていた。19日に、萩原健一(60)とモデル冨田リカ(48)の熱愛騒動についてコメントしたのが最後の“リポート”になった。

 梨元さんは1968年、女性誌「ヤングレディ」の取材記者となり芸能報道にかかわり始めた。その後、テレビ朝日系の「アフタヌーンショー」のリポーターに転身。その後も同局系「スーパーモーニング」や「やじうまワイド」などワイドショーを代表する芸能リポーターとして活躍した。本紙でも連載コラムを担当していた。

 口癖だった「恐縮です!!」のフレーズは梨元さんのトレードマークとして知られた。勇猛果敢な直撃取材ぶりから、タレントたちの間では「梨元に言いつけるぞ!」といった言葉もはやった。

 病床からも取材を続けていた梨元さんは最近、「週刊文春」で「芸能スクープ150連発」と題し、42年のリポーター人生を振り返る連載を執筆。山口百恵、松田聖子らを取材した当時のエピソードを回想しながら、突撃取材の裏で味わったトラブルやさまざまな圧力なども告白した。

 また、この中で芸能リポーターの仕事について「芸能ニュースは低俗なものだと考えている人も少なくないでしょう。どんな上品な人間にも下品な部分はある。だからこの世の中は面白いし、人生のドラマがある。その人生ドラマをできる限り正確に伝えていくことが、私たち芸能リポーターの仕事」と書いた。

 リポーターとしてのほか、歌手の田代美代子(66)とデュエット曲を出したり芸能リポーター役で映画にも出演したりと活動の場を広げていた。

 

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