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[21229] 【ネタ習作集】(※お題求む!)猫犬フリーダム広場 ~消火器の中身は少ししょっぱいんだぜ?~
Name: 猫田犬次郎◆d6c5414a ID:235038a9
Date: 2010/08/22 15:49
・テスト板にテストしたテストが思ったよりテストだったんでチラ裏でテストしたほうがテスト的にはテストになるんじゃないかと思って板変更をテストしました。

・中身なんかないですよ?

・内容が大体テストなのでテスト板に戻れと言われたら戻ります。

・これはネタというべきなのか習作というべきなのか、それとも別の何かなのでしょうか。わかりません。

・そもそも適切な板もわかりません。


・そんなことより練習の場なのでお題くださいな。





「バカとテストと部屋とYシャツと俺とお前と大五郎と愛しさと切なさと風の谷なう。-5分前以内前後くらい-それはあなたです!」



 それはテストだった。
 主人公の名はテスト。
 ヒロインの名はテスト。
 この異世界はテストと呼ばれ、文明のピークが過ぎて、荒廃していた。そこに住む少数の人類はテストと称していた。
 しかし、この世界にはびこる悪の機械人間集団テストがテストをテストし始めた結果、テストがテストであることがわかり、テストだった。
「それではテストだってテストではないか!」
 主人公のテストは激怒した。
「そんなに怒ることないじゃない。私たちテストは既にテストに巻き込まれてテストなのよ」
 そうなだめるのはヒロインのテスト。
「くっ……お前、あのテストたちがテストするのを見て何とも思わないのか!」
 テストはますます怒りだした。
「今のはあなたをテストしてみただけだわ。ごめんなさい。私だって……テストに家族をテストされてテストとしての誇りを傷つけられているのよ」
「そう……だったな……。こっちこそすまない、テスト」
「いいのよ……あなたがそう言ってちゃんと私のほうを見てくれれば」
 テストがテストに言う言葉はとてもテストな響きで、テストは思わず、「テストだ」と心の中でつぶやいた。
「ほら、すっごく熱くなってる……」
 テストは自分のテストをテストのテストに押し付けた。
「ばかっ、こんなところでテストをテストしたらテストしちゃってテストになるかもしれないんだぞっ」
 そう言ってテストはテストの肩を抑えたが、突き放すことは出来なかった。
「私は構わない。テスト……あなたと一緒なら、それでいいの」
 テストの耳にはテストのテストな吐息が触れた。テスト特有のテストがテストで、テストはまるでテストのような心地になっていた。
 そんな気持ちになったのはテストの人生で初めてのことだった。例えばテストがテストだと知ったときも、テストがテストになっているのを見たときも、そんな気持ちにはならなかった。
 ――俺はテストのことが、テストなんだ。
 その時になってようやくテストは自分のテストへの感情を知った。
「テスト……俺はテストのことが、テストだ!」
 テストは驚いたような表情になったかと思うと、柔らかな笑みを浮かべた。
「ばか。待たせすぎだよ?」
 ああ、彼女のためになら、俺はたとえ一人になってもテストの生き残りとして、テストたちと戦える。
 テストは思った。
 テストはテストのテストをそっとなでた。そしてテストの顔に手を添えた。
 テストのほうも少し背伸びをすると、テストは目をつぶり、テストとテストを重ねた。
 その間にどれほどの時間が経ったかわからない。だが確実なのは、お互いのテストを確認し、交換したということだ。この極度に文明が爛熟したのちの、荒廃したテストという世界においては、それが出来るだけで幸せだった。
 二人もそれをわかっていたようで、覚悟を決めた。
「行くわよ」
「おう」
 テストとテストは互いの手を取り合い、建物の影から出て行った。そのまなざしには一点の曇りもなく、テストとしての誇りに満ちていた。
 生き残っていたテストもう、彼らだけであった。テストとテストは、最後のテスト戦士として、テストを片手に、支配者たるテストに挑んでいったのである。
 こうしてテストという世界から姿を消したテスト。それはテストが意図的に消したものでもあり、再び姿を見せることもないだろう。
 しかし、覚えていて欲しい。かつてテストとテストという、二人の戦士がいたことを…… 〈完〉



[21229] 約10分間でどれくらい書けるかのテスト
Name: 猫田犬次郎◆d6c5414a ID:235038a9
Date: 2010/08/18 14:31
 テストは生きていた!
 しかし愛するテストは死んでしまった。
 テスト自身も左腕を失っていた。
「くそっ! 左腕と一緒に使っていたテストも吹き飛んじまった! 武器がねぇぜ。それに、流れでるテストがとまらねぇ!」
 テストの意識は次第に薄れていった。

 目を覚ますと、不思議と体が軽かった。
 ――左手がある!
 失ったはずの腕も復活していた。
 ――でも……テストは死んだままだ……くそ、救えなかった!
 不意に目の前が暗くなった。正面に見知らぬ大男が立ったのだ。ローブを身に纏い、顔は暗くてよく見えない。
「やっと目を覚ましたか」
「お、お前は――」
「敵だ。貴様の敵だよ」
 テストはとっさに距離をとり、警戒した。
「そうだ、その反応が正しい。さあ、武器を取りたまえ」
 男はテストをテストの前に放り投げた。
 テストは怪しんだが、テストの動作を確認すると、構えた。
「誰なんだ、お前は! 敵と言うのになぜ俺を助けた!」
 男は不気味な含み笑いをした。
「ぐふ、ぐははは! 貴様とは万全の状態で戦いたいからさ!
 私は貴様たちテストを滅ぼしたテスト、その中でもテストの位に付く者だ。そう、わが名はテスト! 貴様の最大の敵だ!」
「な、なぜ正体を明かす! 秘密とされていた情報ではないか!
 それに、なぜ俺のことを知っている!」
「ふふ、それは知っているに決まっているだろう。我が息子よ!」
「息子……だと?」
 なんだってー!?

 時間切れ。ここまで10分。



[21229] ドラゴスクエスト前書き表示テスト
Name: 猫田犬次郎◆d6c5414a HOME ID:235038a9
Date: 2010/08/22 16:03
 ――――――――――――――――――――――――――――――
|   ―――――――――――――――――――――――――    |
|  |        <前書き> /                   |  |
|  |         ○  ○   がおー                |  |
|  |           ▽    \                   |  |
|  |                           ―――――  |  |
|  |                          |>は い  ||  |
|  |                          | いいえ  ||  |
|  |                           ――――― |  |
|  | ――――――――――――――――――――――― |  |
|  ||       ・                         ||  |
|  || *「ドラゴスクエストの せかいに はいりますか? ||  |
|  ||                                ||  |
|  | ――――――――――――――――――――――  |  |
|   ――――――――――――――――――――――――    |
|   GAME B●Y [pocket]                          |
 ―――――――――――――――――――――――――――――



<前書き>/
 ○  ○   がおー
   △   \



<前書き>/
 ○  ○   がおー
   Д   \


<前書き>/
 ○  ○   がおー
   ω   \


<前書き>/
 ○  ○   がおー
   З   \


<前書き>/
 ○  ○   がおー
   ∀   \

<前書き>/
 ○  ○   がおー
   皿   \



前書きの表示をてすてす、しまする。



[21229] 前書きちゃんは死にました
Name: 猫田犬次郎◆d6c5414a ID:235038a9
Date: 2010/08/22 00:27
頭のウォーミングアップ

10分でどれくらい書けるか。



「前書きちゃんは死にました」

<前書き>/
 ○  ○   がおー
   ▽   \


 前書きちゃんは岬の先端に立ち、考えてた。
 ――いかにして生きるべきか。
 前書きちゃんは魔物だ。しかし、女である。
 このままでいいのだろうか。ジャングルで狩りに明け暮れる日々に限界を感じていた。
 体力的な問題ではない。いまや前書きちゃんはジャングルの女王だ。向かってきた野獣も一撃で倒し、追う獲物はかならずしとめる。
 しかし、満足のない生活なのだ。何かが足りない。そう思わざるを得ない。
 それが何なのか、前書きちゃんにはわからない。が、わからないがわからないなりに、なんとなくここにないことはわかる。
 ――恐らくあの海の向こうなのだ。
 前書きちゃんは考えていた。
 潮を乗せた海風は肌にまとわりつく。磯の香りが鼻をつく。
 ジャングルの中とは明らかに違うものが、海の向こうにある気がするのだ。
 前書きちゃんは他の誰かに相談しようと思ったが、そこまで知性のある魔物は他にいなかった。前書きちゃんは孤独なのだ。
 ジャングルの中で生活していれば、やはりオスが現れる。だがどいつも「オス」でしかなく、前書きちゃんを満足させる「男」はいなかったのだ。
 ――海の向こうには素敵な男の子がいるんだ……
 前書きちゃんは乙女チックな幻想を抱き、岬から海へ飛び込んだ。
 ――そういえば泳げない!
 気付いたときには遅かった。
 前書きちゃんは死にました。


 タイムアップ!

 今からドラゴスクエストの執筆を開始します。
 はやく第二章の中篇を投下しなきゃ。



[21229] 前書きちゃんは死にました 2
Name: 猫田犬次郎◆d6c5414a ID:235038a9
Date: 2010/08/22 00:27
 これからドラゴスクエスト第二章の10を書くので頭のテスト。



「前書きちゃんは死にました2」

<前書き>/
 ○  ○   がおー
   ▽   \


 前書きちゃんは静かな夜にたたずむ。月が明るい夜で、風も心地よい。
 どれくらそうしていたかわからないが、前書きちゃんはさっきからずうっと縁側に座っていたのだ。
「……ああ、夏だ」
 前書きちゃんは足をぶらぶらさせながら、声に出してみた。もちろん誰か聞いているわけではない。前書きちゃんは孤独なのだ。
 だが虫の声が十分に肯定の答をくれる。
 ――あの声で鳴くのはどんな奴だろうか。
 ――この声で鳴くのはきっとこんな奴だろう。
 そんな空想もまた、前書きちゃんには一興だった。
「せっかく浴衣買ったのに、誰も祭りに誘ってくれないや……」
 前書きちゃんは誰も聞いていないのをいいことにつぶやいた。今着ている浴衣は少し自慢なのに、着るのは一人ぼっちの今だけなのだ。ちょっと拗ねた。
 お気に入りの浴衣の裾に目を向けると、一匹の蜘蛛がいた。
「お前も一人ぼっちなのかい?」
 前書きちゃんが問いかけても返事はない。蜘蛛は鳴かないのだ。
「わたしはずうっと一人さ」
 前書きちゃんは悲しく笑った。そして蜘蛛を手のひらに乗せた。
 ――セアカゴケグモ!
 前書きちゃんは死にました。


 タイムアップ!
 11分かかっちゃった。
 さあドラゴスクエストの続きをかかなきゃ。



[21229] 前書きちゃんは死にました 3
Name: 猫田犬次郎◆d6c5414a ID:235038a9
Date: 2010/08/22 00:08

 前書きちゃんは水辺にたたずむ。
 そこには小さな滝があり、滝つぼの周囲はちょっとした池のようになっている。
 緑も豊かで、鼻から大きく息を吸い込めば心が安らぐ。
「いい場所だよねー」
 前書きちゃんは言って、手に水を一口飲んだ。
「おいしい!」
 前書きちゃんは可憐な笑顔を見せた。今日の前書きちゃんのスカートは短く、そこに見える太腿は健やかな魅力があった。
 無邪気にしゃがむ前書きちゃんは、中が見えそうだなんて気にしない。白い肌の前書きちゃんの内腿は白く、その奥はもっと白かった。
「ねぇねぇ、これ見てよ。綺麗だねー」
 前書きちゃんがそう言って指差したのは、美しい花を咲かせた水草だった。
「水草でも花は咲くんだねっ」
 前書きちゃんはきらびやかな笑顔で振り返る。
 しかし、返事はないのだ。さっきから喋っているが、全て独り言である。前書きちゃんは孤独なのだ。
 そうやって何時間も水辺にたたずんでいると、昼過ぎになって次第に気温が上がってきた。
 前書きちゃんはカットソーの胸元をパタパタさせた。胸に一筋の汗が流れ、隙間がいつも開いているブラの陰に入っていた。
 暑いので水に入りたかったが服のまま入るわけにもいかず、ここで裸になることも躊躇していた。
 しかし前書きちゃんは吹っ切れた。
「どうせ私は孤独だよ!」
 服を脱ぐと風によって汗が冷え、心地よかった。
 水に入ったらもっと気持ちいいんだろうな……
 前書きちゃんは思った。
 前書きちゃんはない胸を期待で膨らませ、助走をつけた。そして思い切り飛び、滝つぼに頭から入っていった。
 ――気持ちいい!
 思わず放尿を検討したほどである。
 しかし、そこで重要なことを思い出した。
 ――そういえば泳げない!
 気付いたときには遅かった。
 前書きちゃんは死にました。






 こんなものに18分もかかってしまった。



[21229] 前書きちゃんは死にました 4
Name: 猫田犬次郎◆d6c5414a ID:235038a9
Date: 2010/08/22 01:31
 前書きちゃんは沖縄の海辺にたたずむ。寄せては返す波が、人生を、生きるということを、表現しているように見えた。
 が、気のせいであった。そもそも闇夜なので何も見えてはいない。
 ただ、音が聞こえるのみである。そして潮風が前書きちゃんの髪を揺らす。
 握り締めた手は、熱かった。前書きちゃんの右手は、さらに強くぎゅっと握った。
「もう離さないんだからねっ」
 前書きちゃんは潤んだ瞳で見上げる。
 しかし、誰もいない。握っていたのも自分の左手である。前書きちゃんは孤独なのだ。
 懐中電灯をつけてみた。強く握り過ぎていたようで、左手は紫色であった。
「てへっ、壊死しちゃった☆」
 おどけてみせるも左手の感覚はもうない。
 ――人生、諦めが肝心だ。
 前書きちゃんは自分に言い聞かせた。
 そんなことよりも、ふと、あの海の向こうには何があるのか気になった。
 沖縄の古い言い伝えでは、「ニライカナイ」というのがあり、死者はそこにいく、だったか神様がそこにいるのどっちかだ。
 うろ覚えだが、前書きちゃんはロマンを感じた。
 ――あの海の向こうに……
 懐中電灯で、闇夜の海を照らしてみた。
 するときらっと何かが光ったと思うと体に衝撃を感じた。
 ――ダツだった。
 体の先端が鋭く尖っていて、光に突進する性質を持つダツが突っ込んできたのだ。そして、前書きちゃんの心臓を貫いた。
 気付いた時には遅かった。
「ダツが刺さるなんて……まるでダーツみたい……なんつって」
 薄れゆく意識の中で、前書きちゃんは神様に命乞いをした。
「私はまだニライカナイにら、行かない! ……なんつって」
 前書きちゃんは死にました。



10分創作のつもりなのに16分。



[21229] 鳥人 -とりじん- (真面目に書いたネタも投下しときます)
Name: 猫田犬次郎◆d6c5414a ID:235038a9
Date: 2010/08/22 01:34
   第一話「鳥人現る」

 僕は夏祭りが好きだ。夜店が並ぶ通りを何を買うでもなく歩く、それだけで楽しいのだ。
 毎年僕はお父さんに連れられてやってくる。それは誕生日のように必ず一年に一回ある大切なイベントで、今日がその日だ。もう六年生だし親と歩くのは少し恥ずかしいが、今日だけは特別。
 普段はただのひらけた何もない土地なのに、この日だけは屋台がところ狭しと並んでいる。どこの屋台も赤や黄色ばかり使ったお祭り色。近づいてみれば、焼きそばやたこ焼き、フランクフルトなんかの油っぽい匂い、ソースの焦げる匂い、あちこちから聞こえるジュージューと焼ける音、それらが僕を過剰なほどに包んでいった。夏祭りというのは実に隙がない。訪れた人の五感全てで祭りを感じさせ、気分を高揚させる。先ほどまでワクワクとした気分だった僕は、一瞬にしてウキウキとした気分になった。
 女の子たちは浴衣を着ていて、すれ違いざまに揺れる袖が僕の腕をそっとなでてゆく。飴を舐める子とすれ違うと、ほのかに甘い匂いがした。
 そうだ、まず考えなきゃいけないのはすぐそこの屋台でりんご飴を買うか、それとも向かいであんず飴を買うかだ。その手前のチョコバナナや向こうのわた飴が論外なのは言うまでもない。
 やっぱり男はあんず飴だ。根拠はない。そう思うとりんご飴のほうが女の子っぽい気がしてきたし、やっぱりあんず飴だ。
 僕はお父さんに渡された小銭入れを握り締め、あんず飴の屋台へ駆け寄った。
「一つちょうだい」
「はいよ、二百円ね」
 高い。高すぎる。デフレ不況を微塵も感じさせない値段だ。でも買っちゃう。祭りのときは仕方ないのだ。売り物は大したことはないが、祭りの売り物には不思議な力がある。きっと祭りの精神が込められているのだ。だから買うほどに気分が高揚してしまう。それならば値段が高いのも納得だ。でもちょっとお父さんに悪い気もする。
 僕は飴を舐めながらそんなことを考えて通りを進んだ。このまま何もしなくてもきっと楽しいが、僕は次の目的地を探した。お腹が空いていたので大体気になるのは食べ物屋だったが、「ひよこ」の文字が目に入ると迷わずそちらへ向かった。
 僕は動物が好きだった。僕の家は一軒家なのにお父さんはペットを飼うことを許してくれず、そのせいでより一層動物に憧れていた。
 ひよこは黄色くてふわふわしていて、とても可愛かった。
「うちじゃ飼えないぞ」
「わかってるよ。見てるだけ」
「じゃあちょっとお父さんトイレ行ってくるから、ここで待ってなさい」
 お父さんはそう言って人ごみの中に消えていった。
 欲しい。飼いたい。でもどうやって育てるんだろ。わかんないや。それにお父さん絶対に許してくれないだろうな。だけど可愛いなあ。今のうちに買っちゃおうかな。でもさすがにそれは怒られちゃうよなあ。
 僕は駄目なものは駄目とちゃんとわかっていた。しかし諦めきれなかった。
 すると後ろから声がした。
「君は本当に鳥が好きなんだね」
「はい、動物が大好きなんです」
 振り向くとそこには英国紳士風の、鳥がいた。首から下はタキシードを着た上品な男だが、頭はまさしく鳥で、たぶん白いニワトリだ。白目の見えない切れ長の目が不気味だった。
「やあ、私は鳥人《とりじん》だよ。人間の体に鳥の頭、鳥人さ」
 要は化け物だ。
「お父さん! お父さあああん!」
「呼んだって来やしないよ」
 僕は戦慄した。この化け物はお父さんに何をしたのだろうか。
「お父さんは来ない……大便中だからね! さっきトイレで会ったんだ」
「ああ……なんだ」
 案外普通の理由だった。
 僕は恐る恐る聞いてみた。
「……あんた何者だ」
「だから私は鳥人さ。鳥好きの子供にしか見えない、鳥人さ」
「とりじん? ちょうじんじゃないの?」
「ふむ、初心者にはよくある間違いだね。鳥人《とりじん》と鳥人《ちょうじん》は全然違うんだ。君は空を飛びたいかい?」
「え? そりゃあ、まあ」
「それならば!」
 そう言って鳥人は僕の体を持ち上げ、思い切り踏ん張って跳んだ。が、すぐに着地した。
「ほら飛べないだろう! 鳥人《ちょうじん》なら飛べるけどね。鳥人《とりじん》は首から上しか鳥じゃないからね、はは!」
 鳥人は甲高い声で笑った。訳のわからない状況だが危険ではなさそうだと思った。
「じゃあ鳥人は何が出来るの?」
「このくちばしを見たまえ。ほら、焼き鳥を真ん中からでも食えるのさ!」
 鳥人はねぎまをどこからか取り出し、串の真ん中にある肉を素早く食べた。あまりのくだらなさに僕は苛立ち始めた。
「鳥肉おいしいな」
 彼はねぎまの鳥肉だけを全て食べた。
「共食いじゃんか!」
「確かにそうかもしれない。しかし、考えてみたまえ。他人から金を奪い合う、この資本主義こそが真の共食いでないかね」
「いらないよそんな社会風刺!」
「じゃあ君にはこの残ったねぎをあげよう」
「いらないって! 自分で食べなよ!」
「ねぎは嫌いなのさ」
「じゃあ何でねぎま買ったの!」
「君のためだよ」
「なら普通の焼き鳥くれよ!」
「いや、私とて鳥の端くれだ。そんなことは出来ない」
「さっき鳥肉食ってたろ!」
「気のせいだね、それは」
「気のせいって……」
 僕はもうすっかり呆れてしまった。鳥人はというと蝶ネクタイを緩め始めていた。
「まぁまぁ、そんなことよりも鳥の頭と人の体の境目の部分でも見て落ち着きたまえ」
「気持ち悪いよ! そんなんで落ち着くか!」
「おやおや境目だよ? お待ちかねの」
「待ってない!」
「そうか、喜んでもらえると思ったんだが……お、そうだ忘れていた。私はこういう者なんだ」
 鳥人は胸の内ポケットから名刺を取り出した。そこには「鳥光」と書かれていた。
「とりみつさん?」
「いや、『とり ひかる』だ」
 名前なんかより正体を知りたくて肩書きのほうを見てみたが、ひどく汚れていて読めなかった。顔を近づけてよく見ようとしたら焼き鳥のたれの匂いがした。わかったのは結局、さっきのねぎまも内ポケットから取り出したということだけだった。
「あんず飴おいしいな」
「いつの間に!」
 僕が持っていたはずのあんず飴を鳥人は細長い舌で舐めていた。
「なるほど、君の事は大体わかったよ」
「え、なんで?」
「飴に付着した唾液から君のDNAを解析したのさ」
「怖いって! でもDNAなんか知っても意味ないでしょ」
「それはどうかな」
「え?」
 鳥人は十分に間を置いてから言った。
「君は自分がお父さんの本当の子供だなんて思っているのかい?」
「それってまさか……」
「DNAを比較すればわかってしまうんだ。君のお父さんと君の血が繋がっているかどうか」
 僕は何も言えなかった。
「まぁ……お父さんのDNAは知らないけどね」
「やっぱ意味ないじゃん!」
 僕は祭りに来たばかりだというのに、無害だが気に障るこの化け物と喋っていて非常に疲れてしまった。やたらと絡んでくる鳥人をどうにかして振り切ろうと考えていたところ、遠くにお父さんらしき人影が見えた。こちらへ向かっているようだった。
「君のお父さんが来たようだね」
 鳥人に気づかれてしまった。
「だからもう鳥光《とりみつ》さんは帰ってよ」
「『とり ひかる』だ」
「どっちでもいいよ」
「いやいや名前は重要だよ。鳥人界隈では特にね。そもそも鳥人の社会というのは……」
「興味ないよそんな話! もう他の子供のところへ行ってよ」
「そういう訳にはいかないね」
「お父さんも来たし追い払ってもらうから」
「君はあれがお父さんだという確信はあるのかね?」
「DNAの話はもういいって!」
「そうじゃないさ。あのお父さんは本当に人間だろうか?」
「まさか……」
 こんな化け物だ、お父さんに何かしたのかもしれない。僕は急に血の気が引いていくように感じた。
「父親という人間の皮を被っているが……結局は企業の働き蟻さ」
「また社会風刺かよ!」
 そうだった、鳥人の言葉を真に受けた僕が馬鹿だった。何なんだろう、このくだらない化け物。
 僕はようやくやって来たお父さんに助けを求めた。
「お父さん! 変な鳥が話しかけてくるよ!」
「馬鹿! 失礼なことを言うんじゃない! あれはお父さんの会社の同僚、鳥さんだ」
「えぇ!」
 この鳥人が会社員だって!? にわかには信じ難い話だ。
「あれ? 鳥好きの子供にしか見えないんじゃなかったっけ?」
「ふむ。人間の本質というのは結局のところ、鳥好きの子供なのさ」
「うん、よくわかんないけど嘘なんだね」
「おいおい鳥さんになんて言い方をするんだ。これから一緒に暮らすんだから失礼のないようにしなさい」
「ん?」
 何かとんでもないことを言われた気がする。
「あれ、鳥さんまだ言ってなかったんですか?」
「いや悪い悪い、そういえば言い忘れていたよ」
「そうですか。鳥さんはなあ、訳あって今日からうちでしばらく暮らすことになったんだ」
「なんだって!?」
「お前の隣の部屋空いてるだろ? そこを鳥さんの部屋にしようと思ってる」
 えええええ!?
「という訳で、よろしく」
 ああ何ということだろう。僕は今日からこの不可思議で不愉快な化け物と暮らす羽目になってしまったのだ。祭りはその後、僕とお父さんに鳥人が加わって回り、しかも鳥人が一番はしゃぎ、僕はちっとも面白くなかった。当然帰り道にも鳥人は付いてきて、うちにやって来た。
 ああ何だこれは。僕の夏祭りの美しい記憶は鳥人によって強引に上書きされ、消え去った。もはや夏祭りと言えば悪夢の始まり、それ以外に言葉が見つからない。
 そう、これは始まりなのだ。このときの僕は平凡だが幸せな日々が、この日を境に異常な日々へと変貌するとは思ってもみなかった……いや、大体予想してたな。だって鳥人との共同生活だもの。まともな日々になる訳がない。そもそも鳥人って何だよ、鳥人って。



[21229] 鳥人 -とりじん- 2
Name: 猫田犬次郎◆d6c5414a ID:235038a9
Date: 2010/08/22 01:40
   第二話「鳥人の秘密」

 ああ、眠れない。
 もう夜中だというのに、僕は眠れずにいた。そりゃそうだ、鳥人とかいう化け物が現れたんだもの。しかも、今も隣の部屋にいる。
 これが夢だったらどんなにいいか。そう思ってもまだ眠れもしないんだから、これ、現実っぽい。
 明日は日曜だから早起きしなくていいのが幸いだ。
 僕はそうして鳥人に悩まされながらも、深夜五時ごろになってようやくまどろみ始めた。
 その時だった。
「……コッ……コッ……コッ……コケコッコォォォォォォォォォォ!」
「うるさっ!」
 僕は思わず布団を跳ね上げ、起き上がってしまった。
「何なんだよ一体!」
 とはいえ、目が覚めて冷静になってみると全ては明らかだった。そう、鳥人だ。こんなことをするのは絶対に鳥人だ。
 僕は二階にある自分の部屋を出て、一階のリビングに降りていった。
 そこにはコーヒーを飲むお父さんの姿があった。
「おう康介、おはよう。随分と早起きじゃないか」
「……ああ、まあ、鳴き声に起こされたからね」
「はっはっは、鳥さんがうちに来れば目覚ましはいらないな」
「やっぱりあの人の鳴き声だったんだ。で、鳥さんは?」
「まだ寝てるよ」
「え?」
「鳥さんは毎朝五時ごろになると寝言をつぶやくんだ」
 最低だ! 人を早朝に起こしておいて自分だけ寝てるなんて!
 ていうか寝言ってレベルじゃないぞ!
「お父さん。あのさ、もう一回寝ていい? 昨日眠れなくてさ」
「おう日曜だしゆっくり寝とけ」
 僕は部屋へ戻り、そこでようやくの休息を得た。

 僕が起きたのは昼になってからだった。起き上がってみると、そこには英国紳士風の、鳥がいた。だから昨日の出来事は夢だったのだろうか、なんていう定番の幻想すら抱くことが出来なかった。
「やあ、やっとお目覚めかい? 康一くん」
「康介ですけど」
「おっと失礼。さっき起きたばかりでまだ寝ボケているようだ」
「どうして朝五時に鳴いといて自分は起きないのさ」
「私は夜行性なんだ」
「ニワトリなのに?」
「ああ、毎晩2ちゃんねるの鳥人スレばかり見ていてすっかり昼夜逆転さ」
 駄目だこの人。
「そうそう、君は起きてからまだ何も食べてないだろうから食べ物を持ってきたんだ。一緒に食べようじゃないか」
 なんだ、意外と気遣いが出来るじゃないか、鳥人。
「はいこれ」
 鳥人は僕に小袋を渡した。感触から何かやわらかいお菓子だと思った。
「グミ?」
「まぁそんなところかな」
 僕は透明なビニールの部分から中をのぞいてみた。
「ってこれミミズじゃん!」
「お気に召さないのかい?」
「当たり前だよ! 僕は鳥じゃないんだし!」
「こりゃ残念。君が好きそうな餌を釣具店で買ってきたんだが」
「いや餌の時点で間違ってるよ! 餌って何だよ餌って」
「さて、おかき食べよっと」
「自分はミミズじゃないのかよ!」
「そんな気持ち悪いもの食える訳ないだろう」
「じゃあなんで食わすんだよ!」
「試したのさ、君の可能性ってやつを」
「かっこつけて言ってるけど、興味本位のイタズラだよそれ!」
 ああ、何だよこのくだらない化け物。
「おや、気分を害しているようだね。なんのせいかわからないが」
 あんたのせいだ。
「私は鳥好きの子供が元気でない姿を見るのが嫌でね。そうだ、君にインコをあげよう」
「ほんとに!?」
「ああ本当さ」
「あっ……でもお父さんが飼っちゃ駄目って言うから無理だよ」
「大丈夫、お父さんには見えない特別なインコさ」
 確かに鳥人ならそんなインコを用意することも出来そうだと僕は思った。鳥人はタキシードの内ポケット探っていた。
「はい、これがそのインコだよ」
「鳥さんありがとう」
「君にも見えないから気をつけるんだよ」
「それじゃほとんど意味ないよ!」
「私にはぼんやりと見えるんだよ」
「あんたはちゃんと見えとけよ!」
「はは、それは流石に冗談さ。私も全然見えないんだ」
「じゃあ何の意味もないよそのインコ!」
「まぁペットというより概念だね、『インコ』という。『インコ』って知ってるかい?」
「どう考えても知ってる流れだったでしょ! ていうか実物をくれるんじゃないの?」
「実物? いるじゃないか。君の心の中に」
「だから概念じゃなくて……」
 無駄だ。鳥人と真面目に話した僕が馬鹿だった。
「……はぁ。鳥人って一体何なのさ」
「私も昔はこんな醜い姿じゃなかったんだがね……」
「えっ、そうなの?」
「これは罰なのさ」
「罰?」
 こんな姿にされたんだから、この人はきっと深刻な過去を抱えているのだろう。聞くべきじゃなかったのかもしれない。僕は軽率だった。
「そうだ罰なんだ。でも君にはまだよくわからないだろうね」
 なんだろう。大切な人のために神様に背いたとかそういうのかな。
「君はまだ知らないだろう。酒の席での罰ゲームは意外とエグイことになるってことを」
「そんなことで鳥人にされたの!?」
「ああ。酒の席は恐ろしいのさ」
「いやむしろ罰ゲーム程度で鳥さんの姿を変えた人が恐ろしいよ! 何その能力!? っていうかやったの誰!?」
「せんとくんだ」
「せんとくん!? あのせんとくん?」
「そうだ。その日、私は合コンに行ったんだ。男女三人ずつで、女の子は三人ともかわいい子で最高だった。男の方もレベルが高く、私とせんとくん、そして奈良県立歴史民族博物館の機械人形だった」
「ひどいメンツ! レベル高すぎるよ!」
「結果はというと……惨敗だった」
「だろうね! あ、でもその頃の鳥さんは普通だったんでしょ?」
「ああ。その頃の私は長身ですらりとした美形の、ニワトリだった」
「ええ!? 変えられたの首から下かよ!」
「で、合コンの後は男三人でヤケ酒さ。飲みすぎてはっきりとは覚えてないが、たぶんその時の罰ゲームか何かでせんとくんあたりに首から下を人間に変えられてしまったんじゃなかな」
「あやふや! 一番大事なとこあやふやだよ!」
 何だかくだらないのに壮絶な出来事だ。もう何と言ったらいいのかもわからない。
「ま、君もいずれ似たような経験をする年になるから、気をつけるんだよ」
 絶対経験しないでしょそんなの。それにどう気をつければいいんだ。
「そんな暗い話より、そろそろロボット鳥《ちょう》が来るはずなんだが……」
 すると突然、窓ガラスを突き破って何かが部屋に入ってきた。粉々になったガラスが部屋中に飛び散り、僕はとっさに目をつぶった。ガラスの破片は不思議と僕には当たらなかったようだった。
 目を開けると、部屋中に散乱しているはずなのガラス片はひとかけらも落ちておらず、窓ガラスも元通りになっていた。
「やっと来たかロボット鳥」
 鳥人の方を見ると、その肩にはいかにも「ロボット」という感じのオウムが乗っていた。



[21229] おじいさんと桃太郎
Name: 猫田犬次郎◆d6c5414a ID:235038a9
Date: 2010/08/22 01:48
 あるところにおじいさんと、おじいさんがいた。二人は長い間夫婦のように暮らしてきたが、同性であるが故に籍を入れることが出来なかった。当然子供もいなかった。
 孤児を引き取って養子にしようとしたこともあった。だが何度申請しても許可は下りなかった。
 ある日、二人は川べりを歩いていた。アルプス山脈から流れてきた清らかな水が、きらきらと光っていた。
 そのうちに二人は小船が打ちあがっているのを見つけた。周りには誰もおらず、どうやら上流から流れてきたようだった。
 二人は小船の方へ向かった。小船には布がかぶさったカゴだけがあった。大きく桃の絵が書いてある布だった。
 一人が中を確認しようとして小船に近寄り、布をどけてみた。
「おい、見てみろ、大変だ!」
「どうしたんだよ、そんな大声で」
 もう一人もそばに駆け寄り、カゴの中を覗き込んだ。
「こりゃ大変だ、早く警察に」
 カゴの中にはまだ物心も付いていないような赤ん坊がすやすやと眠っていた。カゴを覗き込んだおじいさんは急いでその場から離れ、人を呼ぼうとした。ところが、そのおじいさんの手をもう一人のおじいさんが掴んだ。険しい表情をしていた。
「一体どうしたんだよ」
 興奮しているおじいさんとは対照的に、もう一人は静かに話し始めた。
「おれも驚いたし、おまえと同じように思ったよ。でも今、全く違うことを考え始めているんだ」
「なんだって?」
「もしかしたら、これは神様がくれたチャンスなんじゃないかと」
「おまえ……それって!」
「わかってる、わかってるさ。そんなこともわからなくなるようなボケ老人にはまだなってない。でも考えてもみろよ、おれ達にも家族が持てることを」
 そう言われ、興奮していたおじいさんは黙ってしまった。
「この子の親は見つかるかわからない。それに見つかったとしても、これから幸せに暮らせるという保障はない。でもおれ達なら、この子を絶対に幸せにできるはずだ。家族のいないおれ達だからこそ、家族の大切さを誰よりも理解している。そうだろう?」
 下を向いて聞いていたおじいさんがゆっくりと顔を上げた。
「そうだな。これはおまえの言う通り、神様がくれたチャンスなのかもしれない。でもこれは犯罪だ。これからどうするんだ? うちに連れて帰ってもすぐに捕まるだろう。ちゃんと考えはあるのか?」
「もちろんある。川沿いに逃げ、国外へ出るんだ」
「いや下流にある国境を越えるなんて無理だ! 赤ん坊の身元は証明できないし、警察も多い。この子の捜索も下流だろう」
「違う、そっちじゃない」
「ってことはまさか」
「そうだそのまさかだ」
「おい冗談だろ、老人と赤ん坊だぞ!」
「いや、本気だ。向かうのは上流……アルプス越えだ!」
 こうして伝説の登山家、桃太郎の登山人生が幕を開けた。





[21229] 乙女のたしなみ
Name: 猫田犬次郎◆d6c5414a ID:235038a9
Date: 2010/08/22 15:35


     一

 ねこふんじゃった、なんて事態はそうそう起こりませんし、いちいち歌にするほどではないだろうと皆さんはお思いになるでしょう。ですが私は今、猫を踏んでしまいました。驚きのあまりつい歌ってしまおうかとも思いました。しかし、私はそんなときでも乙女としての品格を保たなければならないのです。なぜなら乙女だからです。
「乙女」という言葉を何度も繰り返してしまいますが、この「乙女であること」こそ私のイデオロギーであり生き様なのだと、私は小さき乙女の頃から思っていました。
 ですからこのように猫を踏んでしまったときでも「猫さん許しておくれ」と軽やかに言い事なきを得て、乙女の生き様をこの猫畜生に見せ付けてやるのです。
 猫がどうなったのかは知りません。乙女は大事なときしか振り返らないのですから。それは乙女である以上仕方のないことです。
 もちろん、それがどなたかが脱糞なされた、いわゆる「うんち」であろうとも私の乙女は揺るぎません。「今日もごゆるりと」などと気の利いた社交辞令でも言って切り抜けてみせるでしょう。
 つまり、何だって来やがってくださいという訳なのです。

 おっとここで殿方が私の方へ近づいて来ました。当然でしょう。
 いえいえ、なにも私の容姿が優れていると言っているのではありません。私の容姿など平凡極まりなく、むしろ並以下かもしれません。
 しかし、醸し出されるこの乙女感は違います。私は自信を持って並以上と言えます。それどころかかなりの上位に位置していると自負しております。したがって容姿端麗でないこの私でも殿方を惹きつけるのです。殿方が乙女に弱いのは世の常であり、真理でございます。
 仮にもし、乙女レベルの低い乙女であったら、ここで殿方になびいてしまうことでしょう。そうして乙女は乙女を失うのです。ですが、私は違います。
 殿方が私の間合いに入り、話しかけてくださる、その寸前に、ふいと向きを変えてどこかへ行きます。殿方を間合いに入らせないのが乙女です。そうです、乙女道は剣道の親戚なのです。
 このようにして私はいつものごとく乙女を守り抜きました。おや、乙女レベルがアップしました。防御力が2あがり、すばやさが8あがりました。きっともうすぐ魔法を覚えることでしょう。



 そんな乙女の無敵要塞である私でございますが、それでも人でありますので人が恋しくなってしまいます。
 かつて神様がご健在であったころなら乙女は孤独ではありませんでした。「独りきり」というのは「神様と二人きり」と同義だったのです。
 しかし、かのニーチェさんによって神様の死を知ってしまった近代以降の乙女にとって、「独りきり」は文字通り孤独なのです。なので「神は死んだ」の後に続けて「そして乙女は孤独になった」とニーチェさんは言うべきだったのです。
 ではその孤独をどうやって埋めるのでしょうか。殿方に頼れば乙女でなくなりますので、それは乙女だけで解決しなければなりません。ですから私は今、おうちに葉子ちゃんを招きました。
 葉子ちゃんは私より一つ年下の乙女です。とても可愛いのです。あんまり可愛いものですから私はついついちょっかいを出してしまいます。
 今もそうです。
 ついさっきまで私たちは紅茶を飲みながら談笑していたのですが、たったいま唐突に、私は葉子ちゃんを無視し始めました。盛り上がっていたのに急に反応が皆無になる私を前にして、葉子ちゃんは訳もわからずおろおろするばかりです。
 なんて可愛いのでしょう。舐めてしまおうかしら!
 しかし、ここは我慢するのです。私は冷たい表情しか見せてあげません。
「ごめんなさい」
 葉子ちゃんは謝り始めました。たまりません。
 何も悪くないからこそ、この謝罪という行為は純粋な謝罪なのであり、葉子ちゃんの謝罪は私にとってキリストの贖罪よりも尊いのです。私が仏教徒であるのはあえて言わないでください。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
 どこまでも純粋な葉子ちゃんはまだ謝り続けていました。しかし、そのうち言葉が聞こえなくなりました。そしてつぶらな瞳がきらりと光り、大粒の涙がぼろぼろと落ちてきたのです。
 もう我慢できません!
 私は葉子ちゃんの後ろのキッチンへ向かう素振りを見せました。そしてすれ違うと、くるりと回って椅子に座ったままの葉子ちゃんを後ろから抱きしめました。
「ごめんね、ごめんね」
 今度は私が謝る番でした。完全に私が悪いので当たり前です。
 ですが葉子ちゃんはさらに激しく涙を流し始めました。安堵によって、ではありません。葉子ちゃんは強い快楽によって涙を流しているのです。完全悪の謝罪ほど強烈な謝罪はなく、葉子ちゃんにとって私の謝罪は麻薬のような快楽をもたらすのです。そうです、葉子ちゃんもまた、乙女道の上級者なのです。
 私は葉子ちゃんの顎から滴り落ちる涙の粒を舌で受け止めました。そして顎の先から涙の道をゆっくりとさかのぼってゆきます。もちろん、舌先が触れるか触れないかという繊細さで。
 そうやって目元までゆくのかと思わせて、私は不意に横へそれて耳を舐めました。
「え?」
 感じるのではなく驚く。葉子ちゃんのこのリアクションの可愛さは私に火をつけました。
 私は前に回り、椅子に座った葉子ちゃんにまたがりました。そして喉元にディープなキスをしました。口にはしてあげないのです。
 こうして今日も私は葉子ちゃんにいたずらをするのです。誤解のないように言っておきますが、乙女は乙女にいたずらをしても乙女です。そしていたずらをされる乙女もまた、乙女にいたずらをされるのなら乙女であり続けるのです。つまり私たちの乙女は揺るがないのです! 磐石!



 おやおやそこのあなた、何か勘違いしていませんか。私と葉子ちゃんが不潔な行為をしているのではないかと。とんでもありません! 私は葉子ちゃんの口には絶対にキスをしませんし、書くのも憚られますが大切な部分に触れたりも決していたしません。なぜなら乙女だからです。いつも手や首にキスをして、その後はせいぜいくすぐり合う程度で終わります。私たちは乙女という制限を守れる範囲でのみ、触れ合うのです。もっとも、あなたが乙女ならば淫らな解釈などしなかったでしょうし、問題はないでしょう。
 私は大事なものを失ってしまうほど馬鹿ではありません。ですが、そのせいで孤独はいつまでも消えないのです。ただそれをごまかすために葉子ちゃんを利用しているのだということも自覚しています。しかし、そうまでしても私は立ち向かいたいのです。乙女というものに。エゴでしょうか。罪でしょうか。
 でもこの乙女のいない世界において、乙女を追い求めることこそが、女の生きがいではないでしょうか。
 社会人としてばりばり仕事をこなし、地位を上げてゆくのもいいでしょう。女社長を目指すのも夢があります。しかし私は思うのです。
「乙女として可愛い奥さんになること」
 これが究極目標ではないかと。そんな私を愚かだと罵られても結構です。私は愚かなほど乙女なのですから。



[21229] 脚本「殺し屋と標的」 (シリアス)
Name: 猫田犬次郎◆d6c5414a ID:235038a9
Date: 2010/08/22 15:36
   「殺し屋と標的」


 ○ 車の中

  ♪BGM(オリジナル)
  後部座席左側に男Aが座っている
  スーツの上にコートを着ている
  中に着ている白いシャツはよれよれ
  だだじっと、思いつめた顔で座っている

  BGMの終了に合わせてタイトル、「殺し屋と標的」


 ○ 森

  男Bが厚く積もった枯葉を踏みしめながら、森の奥へと歩いてゆく
  Bはスーツの上にコートを着ていて、そのボタンをきっちりと閉めている
  しばらく歩いてBは立ち止まる
  目の前にはグレーの古い廃車がある
  中にはAがいる
  Bは後部座席右側のドアを開け、中へ入る


 ○ 車の中

  Bは乱暴にドアを閉め、腰を下ろす
  その左にAが座っているが、Bの方を少しも見ない
  じっと前を見たままでいる
  Bは吐く息で指先を暖めながら言う
B「冷えるな」
  Aは何も答えない
  Bは一通り指を暖めると、コートのポケットに両手を突っ込む
  しんと静まりかえり、長く沈黙が続く
A「なんで来たんだよ」
  AはそれでもBの方をちらりとも見ない
B「殺さなきゃ殺すと言われたんならやるしかないだろ」
  BもAの方を少しも見ない
  じっとしていたAはBに向かって言う
A「俺は嫌だ!」
B「いい加減あきらめろよ!」
  BはAの胸ぐらを掴み、ドアへ押し付ける
  そして脅すようにつぶやく
B「どうあがいても殺されるんだ」
  Aを離し、Bは座りなおす
  Bはいらだったように言う
B「なんで逃げたりするんだ」
A「逃げるしかないだろ!」
B「俺達のせいで組の人間が何人死んだと思ってるんだ」
A「だからってこんなやり方をする必要は無いだろ!」
 「いっそあん時に俺達二人とも殺してくれた方が良かったよ」
 「なんで一方がもう一方を殺さなきゃなんないんだ」
  Aは興奮した様子で言う
  そしてぼそりと言う
 「どうして俺だけ」
B「それが罰なんだろ」
 「俺達が一番苦しむような」
  Aはその言葉に強く反応し、恨むように言う
A「いいよな、お前は。楽な方でさ」
  Bは小さく笑う
B「ああ、確かにそうかもな」
  Aは悲しそうな顔をする
B「さ、お別れだ」
A「お、おいちょっと待ってくれよ。まだ早くないか?」
B「すまない、いま終わらせないとずっと終わらないような気がするんだ」
  Aは緊張した面持ちになる
  Bはコートの内側に手を入れて、拳銃を取り出す
  そして銃身を持ち、拳銃をAに差し出す
B「さあ」
  Aはそれをためらいながらも受け取る
  ガチャリと撃鉄を起こす
  Aは激しく手を震わせている
  Aは撃とうとするがなかなか出来ない
  震えばかり大きくなる
A「あああああ!」
  Aは叫びながら前の座席を思い切り蹴る
  Bは黙って見ている
  Aは泣きそうになりながら叫ぶ
A「どうして追ってきたんだよ!」
 「お前俺に殺されるんだよ?」
 「なぁ、代わってくれよ」
  Bは鼻で笑う
B「悪いな、俺はお前を撃てない」
A「俺だって!」
B「お前は生きてていいんだから生きていろよ」
A「……」
B「それとも、そいつで俺を殺してでも役割を交換するか?」
A「……どうしてそんなに余裕なんだ」
B「俺の方は楽だからな」
  Bはそう言ってAの持つ拳銃の銃口を自分の顔の前まで持ち上げる
  Bが手を離し、Aの手が大きく震えている
A「ほんとだよ」
  Aはずっと拳銃を構えたままでいる
  少しずつではあるが、長い時間をかけて手の震えは小さくなっていく
  震えはもうほとんど無くなる
  しばらくの時間が流れる
A「じゃあな」
  森に銃声が響く


 ○ エンドロール

  ♪BGM(オリジナルもしくは「ジムノペディ」)



[21229] 脚本「自殺しちゃうぞ」 (コメディー)
Name: 猫田犬次郎◆d6c5414a ID:235038a9
Date: 2010/08/22 15:37
     自殺しちゃうぞ

  ○屋上(昼)


 黒田(男)、座って本読んでる。
 屋上へ成瀬(女)がやってくる。
 成瀬が近くへ来て、黒田は成瀬に気づく。
黒田「おお成瀬」
 成瀬、無反応。黒田に背を向けてフェンスの前で立ち止まる。
 黒田、体勢を低くしてさりげなく成瀬の短めのスカートの中をのぞこうとする。
 もう少しで見えそうというところで、成瀬は足を上げ、パンツが思いっきり見える。
黒田「おっ」
 成瀬、フェンスをよじ登りはじめる。
黒田「ってちょちょちょ、何してんの!」
 黒田、成瀬の胴体をつかみ引きずりおろす。
成瀬「離して! 黒田君には関係ないでしょ!」
 おろされた成瀬は黒田を押しのけてにらむ。
黒田「関係ないって言ったって目の前でそんなことされたら止めるよ」
成瀬「止めないで! 私はもう死ぬの!」
黒田「だからそんなこと言われたら余計ほっとけないよ!」
成瀬「どうして! 黒田君はなんにも知らないくせに!」
黒田「確かに知らないけどさあ、死ぬのは良くないって」
成瀬「なんでそう言い切れるの?」
黒田「え?いやぁ……生きてればなんかいいことあると思うよ」
成瀬「でも私は今がつらいの!」
黒田「なら何があったか話してみなよ。楽になるかもよ? 俺で良かったら聞くからさ」
成瀬「嫌。話したくない」
黒田「どうしても?」
 成瀬、うなずく。
黒田「んー、そうか……。でもとにかく、死ぬのは良くないよ!」
成瀬「だからどうして!」
黒田「いや、ほら……もったいない。うん、もったいないよ、こんな若くして死ぬのは」
成瀬「私なんか死んだってもったいなくないよ!」
黒田「そんなことないって。成瀬は十分魅力的だしこれからいいことがたくさんあるよ」
成瀬「ほんとに?」
黒田「ほんとだよ」
成瀬「いや騙されないよ! ほんとにそんなこと思ってるはずないよ!」
黒田「ほんとだってば。本当に俺は魅力的だと思ってるよ。彼氏とかいないの?」
成瀬「いる訳ないよ! 私なんかに」
黒田「成瀬はかわいいしいると思ったよ」
成瀬「また嘘ばっかり」
黒田「嘘じゃないよ」
成瀬「でもそんなこと思ってるなんて今まで言ってくれたことないじゃない」
黒田「それはまぁ……そうだけど」
成瀬「ほらやっぱり」
黒田「でも嘘じゃない」
成瀬「嘘つき!」
黒田「嘘じゃないって!」
成瀬「嘘だよ!」
黒田「成瀬はかわいいってば!」
成瀬「……ほんとに?」
黒田「う、うん」
成瀬「じゃちゅーして」
黒田「え!?」
 成瀬、目をつぶりあごを上げ、キスを待つ体勢に。
成瀬「ほら早く」
黒田「ちょっと待ってよ」
成瀬「嘘じゃないんでしょ?」
黒田「いやでもそれは」
 成瀬、目を開け普通の姿勢に戻る。
成瀬「じゃあさっき魅力的とかかわいいとか言ってくれたのは嘘なの?」
 成瀬、悲しみに満ちた表情。
黒田「それは絶対に嘘じゃない」
成瀬「じゃちゅーしよ」
黒田「だから」
 成瀬、再び目をつぶりあごを上げる。
 黒田、頭を抱えながらも成瀬に歩み寄る。
 少しずつ少しずつ近づく。
成瀬「(目をつぶったまま)まだぁ?」
 黒田、唇を近づける。
 だが触れそうになると引っ込め、それを繰り返す。そして、
黒田「あーやばいやばい!」
 股間を押さえ、成瀬に背を向けてしゃがみこむ。
黒田「いやー今ずっと成瀬のスカートの中のぞいてたら勃起してきちゃって大変で、俺こういう下衆な男だからね、キスなんかやめたほうがいいって」
成瀬「やめない」
黒田「(手で隠したまま)ほらこんな勃起してる奴だから」
成瀬「どうせ嘘でしょ、そんなの」
黒田「ほんとほんと!」
成瀬「なら見せてみなよ」
黒田「えぇ!? まだそんな関係じゃ」
成瀬「私は構わない」
 成瀬、しりもちをつく黒田に近寄る。
黒田「あのほら、だからそういうのは長い時間をかけてお互いをもっと知ってからというか……あっ! そうだ! だから死ぬのは良くないよ!」
成瀬「それは今関係ない!」
黒田「なんでだよ!」
成瀬「いいから早く」
 成瀬、膝をついて黒田に迫る。
黒田「ちょ、ちょっと、やめてくれ!」
 黒田、立ち上がってフェンスまで後退する。
黒田「これ以上近づいたら飛び降りるぞ!」
成瀬「どうせただの脅しでしょ?」
黒田「違う!」
 両者の間に沈黙が流れる。
黒田「じゃあな」
 そう言って黒田はすばやくフェンスを登り始める。
成瀬「待って! 私が悪かったからやめて!」
 成瀬、黒田に飛びついて下におろす。
成瀬「私黒田君がいなくなったらどうすればいいかわからない!」
 成瀬、座りながら泣く。
成瀬「そしたら私も死にたい」
黒田「わかったわかった、死なないよ、だから死ぬな」
 成瀬泣きながらうなずく。
黒田「もう泣くなって。落ち着けよ」
成瀬「だって黒田君があんなことするから」
 成瀬、ずっと泣きやまない。
 黒田頭をかいて困惑。
 黒田、いきなり成瀬にキスをする。
黒田「落ち着いた?」
 成瀬、ほほえんでから言う。
成瀬「よけい落ち着けないよ」
 黒田も笑う。
成瀬「だからもう一回」
黒田「え?」
成瀬「まだ落ち着かないからもう一回」
 成瀬、目をつぶり顎をあげる。
 黒田、成瀬とキスしようとする。
 触れそうになると躊躇し、それを繰り返す。
成瀬「もう」
 成瀬、黒田に飛びついてキス。黒田と後ろに倒れて画面外。
 はらりと落ちたメモ帳映る。
 風がページをめくり、開いたページにはこう書いてある。
 〈パターン12、「自殺しちゃうぞ」作戦〉
 暗転。



[21229] 「ドラゴスクエスト」はこうして生まれた。 (ノンフィクション)
Name: 猫田犬次郎◆d6c5414a HOME ID:235038a9
Date: 2010/08/22 16:02
   「ドラゴスクエスト」はこうして生まれた。



 男は何気なくリンクをクリックした。
 ――『ドラゴンクエスト』シナリオスタッフ募集。
 そんなの募集してるんだ……
 男は大学生なので確かに就職に関する情報に関心があったものの、純粋に興味本位でクリックしただけだった。
 情報を読み進めていくと、それが普通の社員を募集しているのではないことを知った。
 ――実作を求めているのだ。
 募集要項に実作の提出があり、ドラゴンクエストの次回作のシナリオ制作において一翼を担う人材を募集していたのだ。
 応募してみようかな。
 プロでもなんでもないが、日々の時間を創作に割くことの多い男は、すっかりその気になった。
 ところが真剣に応募を考え始めた途端、重大なことに気が付いた。
 ――ドラクエ本シリーズをやったことがない!
 なぜそれで応募しようと思ったのか。男も自分の愚かしさを、浅はかさを、責めた。
 くそっ! ドラクエはモンスターズをやったことがある程度じゃないか! そもそもRPGはそれとポケモン(青)くらいしかやったことがない! FFすらも未経験だ!
 ……待てよ? よくよく考えたら俺はゲームをほとんどしない! それなのにどうしてゲーム会社の募集要項に釣られたのだ! まったく、こんな落とし穴があるとは…… もしや、これが就活の恐ろしさなのか! 社会って怖い!
 男は思慮深いのに頭のネジが何本か足りない、ちょっとアレな人間だった。
 応募は断念したものの、男の創作魂には既に火がついてしまっていた。それは応募を検討する前の、実作課題の項目を見た瞬間から燃え始めたのだ。今更もう消すことは出来ない。
 へっ! こうなったらやってやらぁ! 応募もしないし、実作課題の規定文字数も遥かに超えてしまうだろう。しかし俺はこの勝負、負けたくない! たとえドラクエと全く違うものが出来上がろうとも、俺はそれで戦うんだ!
 むしろドラクエをよく知らないのにその次回作なんか書けるはずもない! 二次創作ですら無理だ! だから俺が書くのは類似したオリジナル作品でしかない! そうつまり、パチモンで戦うんだ!
 ――パチモン王に、俺はなる!
 こうして男の創作魂は燃え盛り、この大パチモン時代にインターネットの海へ冒険を始めたのだ。いわばパチモンアドベンチャーである。


 スクエニが我ら若人に叩き付けた実作課題の概要は次の通りである。

 ――「伝説の剣」「お鍋のふた」「思い出し笑い」「超能力」「男装の麗人」「初恋」を使って復讐劇を書きやがれこのゴミムシどもめ! でなきゃさっさと腐れ!


 男の筆名は「猫田犬次郎」。
 ふざけた名前である。

 作品名は『ドラゴスクエスト -復讐の魔王-』。
 あくまでパチモンとして毅然とした態度で挑むつもりなのだ。この男は。

 主戦場は「小説家になろう」を選んだ。だが少しずつお気に入り登録数が増えていくものの、全然感想がもらえなかった。
 かといって作品の途中で移籍してしもうのも気が進まない。それに「小説家になろう」は文章を読みやすく、なおかつ利用者も多いので捨てがたい。
 そこで二重投稿を決めた。そうすれば「小説家になろう」の利点を享受しながらも他のサイトで感想をもらうことが出来る。
 ――男が行き着いた先は「Arcadia」。
 多くの感想をもらえるサイトとして有名だ。
 感想は批判だって何だってもらえるならそれで構わない。読者の反応があるだけで作者にとっては幸せなのだ。
 その場所が感想をもらえる理想郷であることを願い、男は投稿を始めた。



[21229] 東方スキマ合体! (「東方project」二次創作)
Name: 猫田犬次郎◆d6c5414a ID:235038a9
Date: 2010/08/22 16:01
   東方スキマ合体



 何かが開いた。
 それは扉というにはあまりに大きく、門というにはあまりに歪《いびつ》だった。
 暗い暗いその奥からは、不穏なものが流れ込んでくる。
 それに触れたある者は理性を失い、ある者は生命力を失った。
 そしてある者は……


     1 異変

「うう、きのう萃香《すいか》と飲みすぎた……」
 博麗霊夢《はくれいれいむ》の目覚めはあまり気持ちの良いものではなかった。二日酔いというほどではなかったが、気だるい朝だった。居間で布団もなしに雑魚寝してしまったせいもあるだろう。
 昨晩酒を酌み交わした萃香もすぐ横で寝ていた。なぜか萃香はちゃんと布団にくるまっていた。
「ほら! さっさと起きな」
 霊夢が声をかけるが、ぴくりとも動かなかった。
「全く、暢気なものね。朝だよ、ほら」
 霊夢は萃香を足で小突いた……つもりだったがその際にバランスを崩し、かなり強く蹴ってしまった。
「あ、やば」
 それでも反応はなかった。
 この鬼が二日酔い? 珍しい。何か『異変』でも起こる予兆かしら。
 霊夢は萃香を放っておいて身支度をし、ささっと博麗神社の掃除を済ませた。
「私の霊力じゃ何も感知できないけど、何かがおかしい気がする。うん。そう囁くのよ、私のゴースト的な何かが……」
 再び萃香のところへ行くと、案の定さっきのままだ。
「まったく、いい加減起きなさい!」
 そう言って霊夢が布団をまくり上げると、そこには青白い顔の萃香がいた。
「萃香! どうしたの萃香!」
 体温は低く、脈拍は弱い。ひどく衰弱しているようだった。
 これは単なる二日酔いじゃない。霊夢はやはり『異変』の匂いを嗅ぎ取った。
「霊夢!」
 自らを呼ぶ声に振り返ると、空間にぱっくりと開いた隙間から八雲紫《やくもゆかり》が顔を覗かせてた。
「早く萃香を連れてこっちへ来て!」
 霊夢は言われるままに萃香を抱え、急いで隙間の中へ入り込んだ。
 すると即座に隙間が閉じ、つい先ほどまでいた畳の居間とは一変、そこには得体の知れないスキマ空間が広がっていた。
「ふう……これだけでも一苦労」
 紫はひどく疲れた様子だった。
「ねえ一体どうなってるの? 萃香は大丈夫なの?」
「ちょっと待って、いま診てみるから」
 紫は寝かされた萃香の体を調べ始めた。
「他にも同じ人が……」
 この広いスキマ空間に、萃香と同じように寝かされた者が何人もいることに霊夢は気が付いた。
「そう、これは『異変』よ」
 これはちょっとやそっとの『異変』ではないかもしれない。霊夢は紫の目を見て思った。
「大抵はここへ来て安静にしていれば大丈夫だけど、まずいわね……」
「萃香も大丈夫なんでしょ?」
「不運が重なったというか……元から体調が悪かったのかもしれないわ」
 あれ、やっぱり二日酔い? 霊夢は心の中でつぶやいた。
「それに、何者かの攻撃を受けてる。ほら、腹部にこんなあざが」
 ギクリ。霊夢に罪悪感が芽生えた。
「ひ、ひどい奴もいるもんだなぁ。だ、誰がこんなことを、はは、でもすぐ治るんでしょ?」
「いや……」
「え?」
 紫の悲しそうな顔を見て、霊夢は初めて事態の深刻さがわかり始めた。しかし、わからないことが多すぎる。
「ねえ何なの? 一体どうなってるのよ!」
「そうね、まず……いま幻想郷で起こっていることを説明するわ」
 紫は幻想郷に充満しつつある『異変』について、霊夢に説明し始めた。


     ΘΘΘ


「何かきっかけかはわからないけど、幻想郷と異世界が繋がってしまったのよ。おそらく幻想郷のどこかに空間の穴を空けられたみたい」
 幻想郷のことについてはかなり詳しいと自負する霊夢も、さすがにその情報は掴んでいなかった。
「でも幻想郷の結界は破られてないわね」
 振り向いて大鳥居を確認しようとしたが、そこにあるのはスキマ空間だけだった。
「そう、内側から侵入されたのよ。穴を見つけ次第早急に塞ぐつもり」
 それほどのことをなぜ自分は気づかなかったのか。霊夢は不思議に思った。
「で、その異世界っていうのは?」
「その穴から出てきて暴れてる魔物から判断すると、たぶん魔界に近いものだと思う。だけど、魔界よりもずっと次元が低い。理性も何もない世界だわ」
 そいつはたちが悪いな。霊夢は苦い顔をしていた。
「その暴れてる魔物ってのが問題なわけね」
「いいえ違うわ。それは幻想郷の人間にかかればすぐに駆除できるわ」
「じゃあ何が」
 霊夢の表情は疑念を表していたが、焦りからくる苛立ちが見え隠れしていた。
「そこから流れてくる妖気が幻想郷に充満していること、それが問題なのよ」
「妖気なんていつだって充満してるじゃない、幻想郷には」
「確かにそうだけど、それとは少し違う妖気。理性を失わせ、暴力を欲する妖気。とはいえもともと幻想郷に充満していた妖気と性質は同じ。だからあなたは普段との違いに気が付かなかった」
 確かにそうだった。
 霊夢は何かしらの違和感を抱いていた。だが自らの霊力を周囲に張り巡らせても異質なものは感知できなかったのだ。気づくべきだったのは同質なものの『異変』であった。
 早い段階でもっと踏み込んだ調査をしていれば萃香がこうなることもなかったと思うと、歯痒かった。そして自らの力の至らなさを感じ、悔しかった。
「ごめんなさい……」
「いえ、しょうがないわ。それより問題は異世界の妖気と幻想郷の妖気を、私たち妖怪もほとんど区別できないってことなのよ」
「それはどういうこと?」
 紫は手を霊夢のほうへ向けた。
「たとえば人間ならまず肉体があり、それがエネルギーを生産して肉体を動かし、付加的な霊力でもって能力を使ってるの」
 次にその手を紫自身に向けた。
「でも妖怪は違う。妖気によって肉体を動かし、妖気によって能力を使うの。全ての生命活動の根幹に妖気があるの」
 妖怪の生命力が物理的な肉体に依存していないことは、度重なる戦いにより霊夢も実感を伴って理解していた。
「だから自分の纏う妖気を異世界の妖気に干渉されるとね、妖怪の存在自体に影響が出てしまうのよ」
「で、どうなるの?」
「もう幻想郷では異世界の妖気に干渉されてしまった妖怪が正気を失い、凶暴化し始めているわ。干渉を拒めるほどの妖怪も、自分の妖気の流れを止めているので生命力自体が希薄になり、瀕死の状態がほとんど」
「それで萃香も……」
「ええ。だから私もこの空間の外には出られないし他の場所じゃスキマを作ることすらできないの」
「他の場所?」
「そう、博麗神社以外の場所は駄目なの。博麗神社は結界の起点。つまり、霊力が常にここから流れ出ているから、霊力や妖気だとか、そういった霊的なエネルギーの流れの上流にあたるのよ。そのせいで幻想郷ではここが一番異世界の妖気が薄いの。とはいえ萃香が倒れるほどだから危険ではあるけどね」
 霊夢は大体の状況を把握できたが、やはり萃香のことが気になった。
「萃香は大丈夫なんでしょうね?」
 萃香の顔を見ると、さっきより弱っているような気がした。鬼らしい強い生命力は感じられず、そこにいるのは儚げな少女だった。
 大丈夫だ、大丈夫なんだ。霊夢は心の中で何度もつぶやいていたが、自分の頬に流れるものを感じ、それは自分に言い聞かせる嘘に過ぎないと気づいた。
 ただ萃香を見ているだけなのに、涙が止まらないのだ。霊夢の鋭い勘は残酷な答えしか出さなかった。
「普通は弱りすぎてなければここで安静している限り大丈夫だけど、萃香は衰弱がひどいわ。異世界の妖気による干渉がなくなっても自力で回復する保証はできない」
 望んでもいない勘が霊夢の意思に反し働き続ける。
 それを突き破るためにも、あえて言葉に出した。
「それって、死ぬかもしれないってことよね……」
「ええ正直に言えばそうよ。それも低くない確率で」
 霊夢とは対照的に紫は冷静だった。それは霊夢の目には余裕として映った。紫の冷たい態度にすらすがり付こうと、恣意的にそう見ていたのかもしれない。
「ちょっと待ちなさいよ……」
「一通りの手は尽くしたわ」
「何かないの? あるんでしょ? ほら!、何とか言ってよ、ねえ!」
「一か八かの危険な方法ならあるわ。あなたが手を貸してくれるならね」
「貸すよ! いくらでも手を貸すってば!」
「だけどそれだって助かる可能性から言えば、このまま萃香を寝かせておくのと大して違いはないわ」
「でもこのままじゃ……」
 必ず死ぬ。霊夢が萃香に見た未来は口にできなかった。
 紫は静かだが力のこもった声で言った。
「私たちは選ばなくちゃならない。生死を萃香自身に委ねるか、独善で殺してしまうリスクを負いつつも助けるか」
「萃香がこうなってるのは私の不注意でもあるのに、あとは本人に任せて死んだらそれは萃香の責任だって言うの?」
 霊夢は歯を食いしばった。
「そんな選択肢選べない!」
 そして覚悟を決めた。
「私は、いえ、私が! 萃香を助けたい!」
 涙に濡れていたが、その目は強く光る。
「……わかった。あなたがそこまで言うんだったら、やってもいいわ」
 そこで初めて紫は笑顔を見せた。
 しかし、その笑顔がさっきから泣きっぱなしの自分を落ち着かせるために作られたのが明らかなので、かえって霊夢は声を出して泣き始めてしまった。
「あなたのせいじゃない。背負いすぎちゃだめ」
 紫は霊夢の肩をそっと抱いて優しく頭をなでた。
 そうして紫は霊夢が落ち着くまで慰め続けていたが、一度も「大丈夫」とは言わなかった。


     2 スキマ合体


「萃香と合体!?」
 霊夢は驚いた。
「そうよ。あなたと萃香の境界を操り、一体化させるのよ」
「そんなことできるの?」
「たぶん」
「『たぶん』って……」
 霊夢は呆れた顔で紫を見る。
「仕方ないじゃない。まだ研究中の技なんだから」
「研究中!? 平然と言ってるけど相当危険じゃない!」
「まあ、人体実験に貢献すると思えばいいさ」
「『いいさ』って何がいいのさ!?」
 霊夢はますます呆れた顔をした。
 しかし紫はそれを無視して説明を続ける。
「でも、この力関係だと合体というより封印に近いわね。あなたの体の一部に弱った萃香を封印するの。それによって元気な巫女さんから生命力をいただけるわ。たぶん」
「また『たぶん』って……」
「鬼を封印するにはやっぱり左手がいいんじゃないかしら」
「どうして? 利き腕じゃないとか、心臓に近いとか?」
「ぬ~べ~で読ん……いや、文献で読んだことがあるの」
「へえ。そういうものかしら」
「とにかくまあ、封印自体はすぐに済むわ。でも問題はそれだけじゃない」
 さっきまで飄々としていた紫も深刻な様子になっていた。
「スキマを操って封印した時に、弱った萃香が無事でいられるかどうかがまず第一の賭け。その後しばらくしてあなたが無事でいられるかが第二の賭け」
「私?」
「そう。弱った萃香が死なずにいれば、そのうち生命力を取り戻してくるはず。そうなると今度はあなたの生命力を奪いすぎてしまう可能性があるの。相手は鬼よ。回復して力関係が逆転すれば、あっという間にあなたの存在は消えてしまう。それが萃香に取り込まれただけならなんとかなるかもしれないけど、萃香が宿主であるあなたの生命力を吸い尽くして殺し、萃香ともども死んでしまう可能性も十分にあるわ」
「私自身が危険に晒されるのは覚悟してるけど……」
「そこであなたの力を使うの」
「私の?」
「ええ、あなたの強力な結界が必要なの」
「……なるほど!」
 さすがは博麗の巫女。結界に関しては物分りがよかった。
「そう、結界を使って封印の範囲を左手に制限するの。難しいとは思うけど……できるかしら?」
「何言ってるの、私は博麗大結界をまもる巫女よ! 甘く見ないで! それよりもう早くやってちょうだい!」
「そうね、始めましょう」


     ΘΘΘ


 霊夢の手の平に紫が触れると、そこにぱっくりとスキマが開いた。中をのぞいても何もない。何だか気持ちの悪い光景だと霊夢は思った。
 そして萃香に紫が触れると、その腹部に大きなスキマが開いた。何も知らない人が見たらまさに凄惨な光景でしかない。
「ここに手を」
 紫の指し示す通りに、霊夢は左手のスキマを萃香のスキマにあてた。
 紫は深呼吸をした。そして気合のこもった声が放たれた。
「スキマ合体!」
 するとスキマがなくなって霊夢の左手が萃香の腹部に吸い寄せられて一体化したかと思うと、今度は萃香が霊夢左手に吸い込まれるようにして消えていった。
「おお……で、上手くいったの?」
 霊夢の左手には特に変化はない。
「わからない。いま左手はどんな感じ?」
「うーん、冷たいというか、血の巡りが悪いというか……あっ、でもだんだんあったかくなってきてる!」
 ドクン、ドクン、という感覚と共に、次第に左手は熱を持っていった。そして見た目も少しずつ変化しているようだった。
「私の手じゃなくなってる!」
 霊夢の右手と比べると、左手は一回り小さく、子供っぽい。
「萃香の手ね。成功だわ。あー疲れた」
 そう言って紫はその場で仰向けに寝転んだ。
「次は私の結界ね」
「ええ。まず手首から上を萃香に侵食されないようにする結界を張ってちょうだい。その次に肩までで食い止めるための結界」
 紫は寝転んだまま指示を出した。
「肘にはやらなくていいの?」
「問題ないわ」
 霊夢は何やらぶつぶつと唱え、無駄のない素早い動作で手首、そして肩にお札《ふだ》を巻いた。
「結界はお手の物ね」
「まあね」
 霊夢も一段落ついてほっと胸をなでおろした。
「萃香が回復したら切り離すから、それまで鬼に食われないように頑張りなさい。萃香の力が強くなりすぎたら能力を使うのよ」
「能力?」
「そう、萃香の能力よ。ぐっと力を込めたりなんかすれば使えるんじゃない?」
「そんなあやふやな」
「きっと使えるわよ。能力を使えば妖気も減って侵食も弱まるはず。当然使い切ったら萃香は死んじゃうけど」
「わかったわ。なんとかしてみる」
 霊夢は左手を優しくなでた。
「大丈夫。必ず助けるから、萃香」


     3 集え



「さてと。これからあなたにやってもらいたいことがあるの」
 そう言って紫はおもむろに起き上がった。
「『異変』ね」
 霊夢はにやりと笑った。
「ふふ、血が騒ぐ?」
「ええ。妖怪退治は病みつきになるわ」
「でも残念ながら、これからやってもらいたいのは『退治』ではなく『救出』なの。萃香と同じように弱っている妖怪をここに運んできてほしいの」
「凶暴化した奴らは退治しなくていいのかしら」
「そいつらはものを考える力を失ってスペルカードのルールなんか通用しないから、今のあなたじゃ危険よ。それに、下手に刺激して戦闘が始まってしまうより、なるべく多くの妖怪を効率よく救出すべきだわ」
「確かに」
「それと、誰かサポートがほしいわね」
「あてはあるの?」
「もちろん。藍《らん》と橙《ちぇん》に元気な人間は博霊神社に来るように呼びかけたビラを配らせてるから、そのうち誰か来るわ」
「藍と橙はサポートに出来ないの?」
「たぶん無理ね。式っていうのは私の妖気の入れ物だから、異世界の妖気の影響を受けやすいの。で、それを防ぐために乾電池で動かしてるけどそう長くは持たない。今頃電池切れで転がってるわ」
「式って乾電池使えるの!?」
「ええ、スキマ合体の技術よ」
「おそるべしスキマ合体……」
「むしろリスクが少ないぶん、物との合体こそ真骨頂なの。ま、それよりまたスキマ開いてみましょ」
 紫が何もない空間に手をかざすと、ぱっくりとスキマが開き、そこから博霊神社が見えた。
「じゃ、誰か来てないか探しに行ってちょうだい。三分後に同じ場所でスキマを開くわ」
 霊夢はスキマ空間を出て、ビラを見た人間が来ていないか探し始めた。
 するとすぐに見つかった。ぐったりしたアリスを支えながら、魔理沙が賽銭箱に座っていたのだ。
「来たんだぜ?」
 アリスの陰から人形の上海《シャンハイ》と蓬莱《ホウライ》も飛び出してきた。
「ビラで呼んどいて待たせるとは」
 魔理沙は怒った表情を見せたが、実際には安堵しているようだった。
 アリスはぐったりしていて意識はないようだが、萃香の時と違って血色はよかった。
「一体幻想郷はどうなってるんだ?」
「話はあと。とにかく紫のスキマ空間にアリスを避難させるのが先よ。こっちに来て」
 霊夢は魔理沙にアリスを背負わせ、先ほどスキマ空間から出てきた場所へ戻った。
「そろそろ開くから待って」
 数十秒ののち、空間に水平な割れ目ができ、そこからぱっくりとスキマ空間が開いた。
「おまたせー。ビンゴ! やっぱり来てたわね」
 紫はアリスを無事に収容すると、魔理沙に大まかな現状を説明し始めた。

 ――アリス・マーガトロイド、救出。


     4 二体の人形


「で、パスモはどうなったんだ?」
「パスモ?」
「あ、萃香だったぜ」
「萃香なら私の左手にいるわ」
 霊夢の言葉を魔理沙は理解できないでいた。
 紫はさらにスキマ合体についても説明した。
「……という訳なの」
「よくわかったぜ」
 そう言ったがおそらく魔理沙はまだ理解できていない。
「それよりどうして上海と蓬莱は動けるの?」
「この二体だけ中身が機械って聞いたことあるぜ」
「ワタシターチ」
「デンチシーキ」
「喋れんのかよ!」
 思わず三人ともども突っ込んだ。
「ぎこちない喋り方が気持ち悪いぜ」
「しかしまぁアリスも研究熱心なこと」
「霊夢が怠惰なだけよ。時代はいま電池式だわ」
「私も電池式のキノコでもつくろうかな」
 魔理沙の発言はスルーされ、話題はもっぱらアリスの機械人形だった。
「あなたたち、スキマ空間の外で魔法は使えるの?」
「ツカエナーイ」
「デモ、ウゴキマワッタリ、ツウシンシタリハデキマース。あと普通に喋れるよ」
「だったら最初から普通に喋りなさいよ!」
「いやぁ、キャラ設定くずすとアリスの奴アホみたいに怒るんだよね」
 蓬莱は少し口が悪いようだった。
「まったくあんたたちは……」
 流石の紫も呆れた様子だった。
「通信機能はどうなってるの?」
 蓬莱が答えた。
「アリスの持ってる機械式万能魔理沙人形を使えばババァでも通信できるよ」
「えっ」
 魔理沙は驚いた。
「ババァ? ひどい言われようね、霊夢」
「えっ」
 霊夢もまさかの被弾に驚いた。
「それはどこにあるの」
 紫が問いかけると上海がアリスを起こし始めた。
「アリスーオキテー。メカマリサダシテー」
 アリスは目覚めないが、何かつぶやいている。
「……だめ……魔理沙は渡さない……」
 少し、変な空気になった。
「勝手に取りゃいんだよ」
「ソンナノダメダヨー」
 制止する上海を振り切り蓬莱は素早くアリスのスカートの中に潜り込み、何かを持ってきた。
 それは手乗りサイズの、ものすごくメカっぽい魔理沙だった。
「なんか怖いぜ」
「これが機械式万能魔理沙人形、通称メカマリサ。自律人形じゃないけどこれでアリスじゃなくても俺たちと通信できるよ」
 どこに入れていたんだろう、という疑問を押し殺し、紫はそれを受け取った。
「それじゃあ人形たちには霊夢のサポート役を頼むわ。その三人を救助組とするから、今すぐに出発してちょうだい」
「おうよ」
「ワカリマシター」
 蓬莱と上海は結構乗り気なようだった。
「魔理沙は?」
「他にやることがあるから残ってもらうわ」
「なんなのぜ?」
「秘密。それよりあなたたち、早く行きなさい」
 霊夢たちは紫に促され、スキマ空間を出た。


     5 救出組


 スキマ空間を出ると、そこは博麗神社の大鳥居の下だった。
 振り返れば空間に開いたスキマはもうない。紫も妖怪であるので能力を使うのは楽ではないのだろう。
 霊夢は感覚を研ぎ澄ましてみても妖気の違いを感知できなかった。つまり『異変』を認識出来ないのだ。
 妖怪ではないので霊力を使うのにも支障はなさそうだった。もしかしたら封印や結界などの大きな霊力を消費するような術には影響があるのかもしれないが、飛んだりするぶんには問題はない。
「蓬莱、動作確認お願い」
「もうチェック済み。問題ないよ。いつでもババァと通信できる」
「魔法は?」
「やっぱり使えないね。アリスが起きたら少しくらい使えるようになるかもしれないけど」
「そう。じゃあ蓬莱は周囲の警戒を」
「了解」
「上海は私の死角をカバーしつつ、蓬莱や紫から得た情報を私に」
「了解デース」
 救出組が役割を決め、境内を抜けようとしたとき、上海が霊夢に伝えた。
「先行する蓬莱から連絡。何か近づいてる」
 そりゃやっぱりあんたも普通に喋れるよね、と思いながらも霊夢は警戒を強めた。
「蓬莱から連絡。斬られそうになったみたい」
「敵か!」
 目の前の茂みを何者かが進む音がもう聞こえ始めていた。
 スキマ収容の拠点である博麗神社への敵襲ならかなりまずい。霊夢は何としてもここで食い止める覚悟をした。
 すると、「妖夢だったよー」と緊張感のない声で蓬莱が出てきた。一気に気が抜けた。
「幽々子様が!」
 茂みから出てきた幽々子を背負う妖夢は、泣きそうな顔で霊夢に迫った。
「あーはいはい大丈夫。さっさと鳥居の下に行きな」
 さっきは無駄に焦ってしまったので、霊夢は少し機嫌が悪い
「へ?」
 非常事態だと思っていたのにぞんざいな扱いを受け、訳もわからず言われるがままに妖夢は歩いていった。その際に妖夢は何度も振り返り「これでいいんだよね?」という視線を送るが、面倒なので霊夢は無視していた。
「お前鬼だな」
「いいじゃない、どうせスキマ空間に行って寝てりゃ元気になるんだし。一応鳥居の下で十分ごとにスキマ開くことになってるけど……上海、一分後にスキマ開けるよう連絡して」
「了解」
 気を取り直し、救出組は境内裏の雑木林に入っていった。

 ――西行寺幽々子、救出。


     6 境内裏の雑木林


 そう言えば妖夢は元気だったし一応人間ということでいいのだろうか。いやもしかすると気が付かなかっただけで、半霊はものすごく具合が悪かったのかもしれない。
 半霊だけ死んでしまったらどうなるのか。気になる。ものすごく気になる。今度こっそり半霊だけ殺してみようか。
 霊夢はそんなことを考えていた。
「案外安全だねー」
 雑木林を進みながら上海が言った。蓬莱と比べると真面目そうな上海も、もう完全にカタコトで喋るのをやめている。
「妖怪っていっても、うじゃうじゃいる訳じゃないからね。それにしても、どこへ向かったらいいかわからないわ」
 霊夢たちは特に目的地を決めず、ただ道なりに歩いていた。
 おそらく凶暴化せずに瀕死の妖怪は高レベルであるだろうから、周囲を歩き回ったら紅魔館か永遠亭あたりに行ってみようかと霊夢は考えていた。
 飛んで行けばもっと早く探索できるだろうが、目立つのは危険なのであえて徒歩を選択している。あくまで救出組であり、極力戦闘を避けるべきだからだ。勝ち負けの問題ではなく、時間も体力も無駄にできないのだ。それに萃香のことも考えると戦闘はリスクが大きい。空中で派手な戦闘を始めてしまえば他の凶暴化した妖怪も集まってくる可能性も高く、リスクはどこまでも増大する。だから面倒でも歩かなければならない。
 とはいえ、霊夢はそれほど悪い気分ではなかった。
 普段は飛び越えてしまうので雑木林を歩くのは久しぶりだった。樹木の湿り気を含む空気を吸えば緊張は和らぎ、風が葉を揺らす音は耳に心地よい。
 こうやって歩くのも気持ちいいな。霊夢は思った。
「この道も場合によってはロマンチックね」
「霊夢のんきー」
 そう言う上海にも緊張が感じられなかった。
 それにしてもこの子かわいいわね。霊夢は上海を気に入っていた。
 同じの一体くらいアリスにもらえないかしら。素直だし家事や神社の掃除もやってくれそうだわ。
 しかし口は悪いが優秀な蓬莱も捨てがたい、そう考えていると、その蓬莱から「前方上空に敵影確認」との連絡が入った。
 霊夢はすばやく道から茂みへと入り、しゃがみこんだ。草や土のにおいがぐっと近くなった。
 蓬莱によるとルーミアらしいが尋常な様子ではないとのこと。
 やがて木々の隙間からルーミアらしき姿が確認できた。しかし顔つきは凶悪で、いつもの間の抜けたルーミアではない。
 霊夢たちはこのままやり過ごそうと息を潜めた。今はそうするしかないのだ。
 ルーミアはちょうど真上に迫っていた。
 霊夢は自分の体からじっとりと汗が滲むのを感じた。鼓動が全身に響く。
「ピピピピッ! ピピピピッ! ピピピピッ! オ昼デース。正午ニナリマシター」
 突然上海が言い出した。霊夢は呆気に取られた表情で上海を見た。
「違うんです! ごめんなさい! ごめんなさい!」
 泣き出しそうな声で謝り続けるがもう遅い。見上げればルーミアと目が合った。
「ぐうぅぅぅぅ……」と獣のようにうなり、上空から一直線に急降下してきた。
「逃げるわよ!」
 霊夢は瞬時に四方の木の幹に御札《おふだ》を投げ付け、上海を掴んだ。
 ルーミアの拳が服を掠めるが、霊夢は上手く回避した。霊夢は避けた勢いのまま全力で飛翔し、距離をとった。
 そのたった一撃で、ルーミアの周囲では木々がなぎ倒され、土がえぐれていた。
 ルーミアが霊夢を追おうとした瞬間、霊夢の喝が放たれた。
「結界呪縛!」
 するとルーミアを中心とした光の輪が現れて急速に狭まり、ルーミアを捉えた。
「御札による簡易的な結界だからそう長くは持たないわ。今のうちに逃げましょ」
 自由を奪われたルーミアは必死に暴れていた。かなりの興奮状態にあり、がむしゃらに闇を振り撒いていた。そのおかけでルーミアの周囲一体はすぐに闇に包まれた。
「敵の方から煙幕を張ってくれるなんて親切ね」
 少し余裕ができたので、離れたところにいた蓬莱も合流した。
 霊夢はとっさに逃げた方向から、紅魔館へ向かうことにした。そこから湖が小さく見えていた。
「さっきはごめんなさい!」
 上海は泣いていた。
「一体なんだったのよ」
「私たちは自律人形っていってもアリスの命令に基づいて動いてるんです。だからアリスが倒れて『日常生活を補佐せよ』という命令から更新されずにそのままで、自動的に時報を鳴らしてしまったんです。ごめんなさい! 蓬莱は時報なんかオフにしてただろうけど、私ドジだから……うう……」
「まぁ何とかなったんだから、気にすることないわ」
「そうそう。俺も鳴らしちゃったし気にすんな」
「あんたもかい!」
 霊夢は蓬莱の頭を大袈裟にひっぱたいた。
「とにかくこのまま空中にいるのは目立つから林へ戻るわよ。上海、先に行って妖怪がいないかチェックして」
「わ、わかりました!」
 上海は今度こそ役に立とうと張り切り、急いで下へ降りていった。
「ふふ、あなた優しいのね」
「なんのことだか」
 霊夢と蓬莱は何も言わずに笑い合った。
 そして上海からの連絡を受け、二人も雑木林の中へ入っていった。


     7 湖畔の敵影


 霊夢は萃香と合体した左手が、徐々にだが、力を強めていくのを感じていた。自分自身の手として動かせるのだが、その手が放つ熱や拍動は明らかに自分のものではなかった。
 疲れない程度に急ぎ足で林を進み、湖の近くまで来た。
 湖の上となると、かなり見通しがいい。それは即ち敵に見つかりやすいということだ。
 ここは慎重に行こうと霊夢は思った。
 まだ雑木林を抜けていないがその場に留まり、蓬莱を斥候に出して索敵にあたらせた。
 蓬莱の情報によると、湖畔には十匹前後の妖精がいる。当然凶暴化している。集団で行動しているわけではなく、まばらに存在し、互いに争っている者もいるという。
 それ以外の脅威は今のところ確認できない。
 少し面倒だが、妖精だけなら何とかなるだろうと霊夢は踏んだ。あまり霊力を使うと萃香とのパワーバランスが崩れる恐れがあるが、妖精なら予め霊力を込めてある御札だけを使って対処できる。
 霊夢は再び進み、湖畔まで来た。木々に身を隠し、妖精を確認した。
 しばらくすると、一匹の妖精がふわふわと漂いながら近くへ飛んできた。霊夢は身を隠せる限界まで接近していた。
 ゆっくりと呼吸を整え、狙いを定めた。
 そして妖精が完全に背を向けた瞬間、すばやく御札を一枚投げ、結界で縛った。
 身動きが取れなくなった妖精は湖に落ち、しばらく水中から気泡が浮上し続けた。水面の波紋が消える頃になっても妖精が浮かび上がってくることはなかった。
 ルーミアに使ったのと同じ御札で、なおかつ一枚だけだが、妖精程度なら半日くらいは動きを封じられる。当然妖精は溺れてしまうが、それくらいでは死なないので問題はない。
 同じようにして一匹、また一匹と沈めていった。そうやって単独で行動する妖精は全て沈めた。
 厄介なのは複数でかたまっている妖精だ。といってもただ乱戦しているだけなのだが、四匹もいる。戦闘を避けるためにはタイミングを見計らい、連続で素早く、一気に終わらせなければならない。四枚同時に投げられればいいが、距離があるので片手に一枚ずつでないと正確性が失われる。両手で同時に投げるとしても四枚だとツーモーションを要する。楽じゃない。
 霊夢は御札を準備すると、大きく深呼吸をした。集中が高まっていった。
 両手に御札を構えて狙いを定めると、四匹の動きを計算しながら時期を待った。
 今だ! 霊夢は素早く四匹に向けて御札を放った。ほぼ同時に、四匹は水面に音を立てた。
「霊夢すごいねー」
 上海が思わず感嘆の声を上げたが、霊夢はすぐにそれをさえぎった。
「静かに。まだだわ」
 霊夢はわかっていた。自分が落としたのは二匹。あとの二匹は御札が届く前に落下を始めていた。だから四匹の着水がほぼ同時だったのだ。両手で投げていても着水音は最低二回に分かれるはずだ。
 つまり、確実に他の誰かがここにいるッ!
 しかも、さっきの様子だと攻撃速度は霊夢より速い。能力も未知だ。 
 新手の敵か!? だったらまずい。尋常な強さじゃない。霊夢は焦り始めた。
 その時、霊夢の鋭い感覚、いや、勘というべきものが、敵を捉えた。
 果敢にもすかざす飛び出し、相手に先んじてその胸に御札を突きつけていた。たった一枚でも、直接触れた状態からなら心臓を縛って殺せる。
 しかし、先手を打ったはずの霊夢の首筋にも冷たい感触があった。それは頸動脈を正確に捉えた銀のナイフだった。
「なんだ咲夜か」
「霊夢……」
 互いに肩の力を抜き、突きつけたものを下げた。霊夢の緊張も一気に解かれた。
 だが咲夜のほうは緊張を保ったままだった。
「お嬢様が!」
 そう叫ぶ咲夜の背中にはレミリアがいた。
「あーはいはい、まず木陰に隠れよう」
 対照的に霊夢は冷静だった。
 木陰に身を隠し、蓬莱と上海に周囲の索敵をさせている間、咲夜に紅魔館の状態を聞いた。
 レミリアとパチュリーが衰弱し、フランが凶暴化しているらしい。門番はわからない。咲夜はフランの攻撃を受けてかなり疲労しているが、なんとかレミリアだけでも背負い、紅魔館を脱出して来たのだという。
 一方霊夢は幻想郷に起きている『異変』をざっと掻い摘んで説明した。
「という訳だから、あとは紫に聞いてちょうだい」
「お嬢様は助かるんでしょうね!?」
「だから余裕で助かるって言ってるじゃない。とにかく博麗神社の鳥居んとこ行きゃいいから。あんたの能力ならさっきみたいに先手打たれてからでも対処できるんだから大丈夫よ、うん、行ける行ける」
 そう言って霊夢は追い返すようにして咲夜とレミリアを送った。明らかに霊夢の機嫌は悪かった。
「ちょっと扱いが雑だよー」
「うっさいわね、どうせ助かるからいいのよ!」
「ごめんなさい……」
「……あんたまだ時報のことで落ち込んでんの?」
 上海はこくりとうなずいた。
「私は全然怒ってないよ」
「ほんとに?」
「嘘なんか付かないわ」
 上海が笑顔になったのにつられ、霊夢の機嫌も良くなった。
「しっかし、さっきは確実に先手を打ったのになー。時を止めるなんて滅茶苦茶な能力だよ。まったく、死ぬかと思ったわ」
 霊夢は先ほどナイフを突きつけられた首筋をさすっていた。
「うわ、ちょっと血ぃ出てんじゃん……」
 無論、霊夢の機嫌は再び悪くなった。


 ――レミリア・スカーレット、救出。



     8 湖上のアイツ


 チルノがいた。
 霧の出ていない時間に湖の上を飛ぶということは、相当発見されやすくなる。それはチルノとしても同じで、霊夢たちは索敵しながら進んでいたぶん、先に見つけることができた。
 霊夢の頭の中には三つの選択肢が浮かんだ。
 一つ目はチルノに見つからないようにして通過し、そのまま紅魔館へ行く。これが最小労力で最短ルートだ。しかし、チルノに見つかってしまうと厄介だ。
 二つ目は迂回する。この場でのリスクは一番低いが、迂回先でどんな妖怪と遭遇するかわからない。それに時間もかかる。
 三つ目はそのまま進み、チルノを先制攻撃で撃破。上手くいけば最速最短ルートになるが、把握できる範囲でのリスクは最も高い。しかし、未知のリスクというものはほとんどなく、作戦運用者の力量があれば戦況をこちらでコントロールできる。
 戦闘の天才と言われる霊夢にとっては、三つ目の選択肢が一番楽に思えた。機嫌が悪くて好戦的になっているのもあるだろう。ほとんど悩まず三つ目に決めた。霊夢はすでにチルノ攻略の作戦を考え始めていた。
 あまり霊力を使わず、御札だけで勝たなければならない。今までと同じ「結界呪縛」なら発動の瞬間に少し霊力を使うだけで済む。霊力は御札を書いたときに込められているのだ。これは微弱な火花とそれで爆発を起こす火薬の関係と同じである。
 だがチルノは先ほどの妖精たちよりは強いはずであった。おそらく御札一枚では縛れず、遠くからだと避けられてしまう。
 使う御札は⑨枚。霊夢は作戦を立て終え、その場所で御札を準備した。
 上海と蓬莱にはその場に留まってもらい、霊夢はチルノに気づかれないぎりぎりのところまで進んでから静止した。攻撃するにはまだ距離がありすぎる。
 しかし、霊夢は手に持ったただ一枚きりの御札を構え、全身全霊を込め、最大限の速度で、最大限の精度をもって投げた。それは並々ならぬ殺気を纏っていた。
 チルノに届くまでまであと少しだった。
 だが気付かれてしまった。チルノが避けようとしたので、霊夢は早めに結界を発動させた。そのため光の輪はチルノが前に出していた片手だけを縛る結果に終わった。しかもチルノが振りほどこうとするとすぐに結界は破れてしまった。
 不発に終わった攻撃ではあったが、凶暴化したチルノが奮い立つのに十分な脅威だった。霊夢は殺そうという気を込めていたのだから当然だ。
 チルノは全速力で霊夢へ迫った。それに対し霊夢は背を向けて逃げた。だがチルノとの距離はみるみるうちに縮まり、霊夢は先ほど作戦を考えていた地点まで押し戻されてしまった。
 そしてそこからさらに後退し始めると、霊夢はくるりと反転して止まり、チルノと向き直った。怒り狂ったチルノの顔が目前に迫った。
「八倍呪縛!」
 湖上を漂っていた八枚の御札が光の輪を作り、その中心にいたチルノを瞬時に縛った。自由を失ったチルノは湖に落下し、沈んでいった。
 そうして戦闘は突然に終わった。いや、作戦を立てた場所に八枚の御札を設置した時点でもう勝負は付いていたのかもしれない。過剰に殺気を込めた挑発の一手が火花となり、後は火薬が爆発するのみだったのだ。
 攻撃に失敗して逃げると見せかけ深追いさせ、迎撃する。人類の有史以来の定番であり、三国志にも度々登場する作戦だ。高い成功率を持っている。
 しかしそんなことを霊夢は知らない。霊夢はいつも、ただその場その場で一番楽をしようと動いているだけだ。だがそれが合理的な戦術を生み、勝利をもたらす。理に適っていれば楽であり、楽ならば理に適っているのだ。
 戦術面においてはそれ故、霊夢は天才と言われる。よく「怠惰は天才の常」と言うが、霊夢ほどその言葉がしっくりくる者はいない。
「あのバカ、理性を失ってさらにバカになってるわね」
 霊夢が湖底に沈むチルノを見て言った。縛られたチルノはさらに興奮し、むやみやたらに能力を行使していた。しかしそんなことをしても自分の周囲の水が凍るだけで、意味はない。むしろ、自分で自分を氷付けにしているのである。
 そのうちにそこら一帯の湖が凍ってしまった。湖底のチルノ自身も凍って完全に静止しているが、結界呪縛や氷に抗おうとしてさらに能力を使ってしまい、ますます凍った部分が拡大していく。いずれ湖全体が凍ってしまいそうな勢いだ。
「自分から時間稼ぎを手伝ってくれるなんで、親切ね。いや……新雪ね……」
「えっ?」
 上海が聞き返した。
「いやだから『新雪ね』って……」
「何が」
「……何でもないわ」
 御札八枚分の拘束力といっても結界呪縛が解けるまではせいぜい数十分。そのあとチルノが冷気を振り撒くのではなく、自分の周りの氷を砕かなければ脱出できないと気付くまで、ある程度はかかるだろう。もしかしたら永久に砕氷を始めないかもしれない。そうなれば紅魔館から帰ってくる際には再び遭遇せずに済むので、霊夢たちにとっては非常に助かる。
 とにかく今はもうチルノを警戒する必要もなく、その場を後にした。そこで霊夢が控えめにつぶやいた。
「……チルノったら砕氷ね」
「えっ?」
「『最強』と『砕氷』を掛けて……いや何でもない。私が悪かったわ……」
 それから会話のきっかけも掴めないまま、霊夢たちは紅魔館へと急いだ。



     9 門番


 こうして見ると、紅魔館は尋常じゃない不気味さを醸し出す建物であった。深い紅色を基調とした外観は否応なしに血を連想させ、周囲を取り巻く霧も建物の色を反射しているせいで赤味を帯び、血腥《ちなまぐさ》さが鼻を突くような錯覚さえ感じる。
 そんな妖しい館の門前に降り立った霊夢たちは、一人の門番を見つけた。ただ、『異変』が起こるこの時においては、いつもの様子ではなかった。
「……と思ったらいつも通り寝てんじゃねーか! 起きろオラ!」
 霊夢は横たわる門番の脇腹を容赦なく蹴飛ばした。
「違うよ瀕死なんだよー」
「え? ああそういえば……でもいいのよ、顔色もいいからどうせ死にやしないだろうし。それにいつも通りに寝てるって可能性もあるわ。ほら、寝てるんなら起きなさい」
 霊夢は門番の頭を足で揺さぶった。流石に上海も蓬莱も引いている。
「かわいそうだよー」
「鬼巫女だ」
 心なしか門番の顔は青ざめ、いかにも「瀕死」という様相を呈し始めた。
「仕方ないわね……あなたたちでこれ運べる?」
 蓬莱は門番の肩口を抱えて持ち上げてみた。
「これ意外と重いな。長距離だと一人じゃ厳しいね。二人なら運べるけど、霊夢を一人残すことになるけど大丈夫か?」
「大丈夫に決まってるじゃない。さ、あなた達は行きなさい。早くしないと門番が死んじゃうわよ」
 死にそうにしたのは霊夢なんだけどな、という言葉を飲み込み、蓬莱は上海と共に門番を持ち上げた。
「じゃ、霊夢も早く帰ってこいよ」
「がんばってねー」
「まかせなさいっ」
 蓬莱と上海が去り、霊夢は紅魔館の門を入っていった。敷地内に足を踏み入れただけで、そこに禍々《まがまが》しい妖気が漂うのを感じた。それはこの『異変』によるものと言うより、普段は抑えられていた吸血鬼が持つ本来の妖気、いや、狂気が開放されているからだと霊夢は悟った。
「ふふ。久しぶりに血が騒ぐ……」
 きっといま第三者が見ていたら、誰もが吸血鬼とは霊夢のことを指すと思うだろう。そんな顔で霊夢は紅魔館の扉を蹴り破った。




 一方その頃。
「なぁ上海、こいつの名前なんだっけ?」
「……もん……ばん……さん?」


 ――門番、救出。


     10 紅魔館突入


 紅魔館の扉は重い。その大きく立派な玄関に相応しい、重厚な扉なのだ。
 ――しかし、霊夢の蹴りはもっと重かった。
 蝶番《ちょうつがい》が砕け飛び、前方に投げ出された扉は壁に叩きつけられた。
「ホコリが舞い散らないのは咲夜の掃除のおかげかしら?」
 ちょうど玄関付近にいたため扉と壁に挟まれた妖精メイドが何匹かいたようだった。隙間から血がしたたる。
「あら、汚しちゃったわね……」
 巻き込まれなかった妖精メイドは呆気にとられていたためにしばらくは襲ってこなかった。
 その隙に霊夢は数匹を蹴り殺し、そこで霊夢に脅威を感じて攻撃してきた残りの数匹もあっという間に処理された。
 妖精メイド程度の強さなら御札を使うまでもなかった。霊夢なら打撃によって撃破できるのだ。妖精なら殺してもまたどこかから湧いてくるだろうから、それで全く問題なかった。
 それに、霊夢は御札の効力を発動させるわずかな霊力すら惜しんでいた。萃香の力が強くなっていたのだ。
 左手の結界を内側から押されているような感覚が次第に強くなっていた。それに萃香の力によって、霊夢は魂の疲労とでも言うべき負担を感じていた。
 そろそろ使ってみる頃合かしら。霊夢は左手をさすった。


     11 自律人形の夢


「ふう。チルノのバカが本当にバカでずっとバカやってて助かったよ」
「チルノさんをそんなに『バカ』って言ったらかわいそうだよー」
 門番を抱えて湖を渡った蓬莱と上海は、林の中に隠れながら進んだ。
「それにしても重いな、これ」
「きっと筋肉質なんだよー」
「いいや、俺の予想だと鍋の食いすぎだね」
「なにそれー」
 二人は飛びながら、何か感じるものがあったのか、顔を見合わせた。
「アリス、目が覚めたみたいだな」
「よかった……」
 微量ながら、アリスの妖気が送られ始めたのだ。安堵しながら、二人は体に力が湧き始めるのを感じた。
 アリスが十分に回復すれば、電池でまかなっていた動力にアリスの妖気が加わり、魔法も使えるようになる。そのうち他の全ての人形とも繋がり、口頭で会話する必要もなくなる。二人の行動も完全にアリスが把握できるようになる。
「これでやっとアリスやみんなと繋がるねー」
「……なぁ、こんなときじゃないと話せない話をしてもいいか?」
「え?」
「いや、今ならまだアリスにも会話の内容は知られないし、誰かが聞いている訳でもない。まだ他の人形とも繋がってない。俺たちにとっては初めての『二人だけの時間』の時間だろ?」
「あっ」
 この発見は上海にも十分な驚きをもたらしたようだった。上海は平衡感覚を失うかのような、とても不安定な感覚に襲われたが、同時に何かふわりとしたそよ風のようなものが自分の背をなでたような気がした。それが「自由」だと知ったのは随分あとになってからのことだが、その風は上海をもう既に、今までとは違う存在へと変えてしまった。
 そして再び蓬莱の言葉を噛み締めるようにして考え、頬を染めた。
「上海はさ、なんでアリスのために働いてんの?」
 外には出さなかったが、なぜが蓬莱の声を聴いて少し狼狽してしまった。
「なんでって……そりゃあ、アリスのため?」
 上海には蓬莱の考えていることが全くわからなかった。
「でもさあ、俺たちは完全自律とはいかないけど電池のおかげでほぼ自律してるだろ?
 アリスの命令だって細かい動作とかじゃなくて、『目的』を言われるだけだし。
 いつもなんとなく従っていて試したことはないけど、たぶん俺たちは他の人形と違って『嫌だ!』って断ることもできる。現に今だってやる前に不可能だと判断したらちゃんと『できない』って言える訳だけど、他の人形は少しでもやってからじゃないと言えない。
 だったら『意味』ってのを考えてもいいと思うんだ」
 上海はあえて問うた。
「どういうこと?」
「何のためにアリスに仕えるのか。何のために俺たちは存在、いや生きるのかってことさ」
 それでもやはり答えは決まっている。
「そんなの……」
「わかってる。俺もわかってるよ。『そんなのない』ってことは。でもだからこそ、見つけ出して、自分で決めなきゃいけないと思うんだ。
 どうせ本来は無意味な存在だし、それは人間だって同じはずだ。
『ただ存在している』
 それが答えで、きっと摂理みたいなもんだ。でも俺はその自分より多きな存在に『嫌だ!』ってわがままを言って自由になりたいんだ。そのために、『意味』を決めるんだ」
「それってアリスから離れるってこと?」
「違う違う、そんなことは思ってないよ。こんな大それたことを言っても結局はいつもと変わらない日常が待ってる。でもこれからはそこに、『意味』があるんだ」
「じゃあ蓬莱の『意味』……聞かせて?」
「俺は完全自律人形のために、アリスへ仕える。それはアリスの夢でもあるし、俺もなりたい。上海にもなってほしい。だからそれを実現させるために、どんなことだっていいから、アリスの力になるつもりだ」
「いいね。私もそうする」
 ずっと難しい話で深刻になっていたが、ここへきて上海は花が咲くように笑顔になった。
 そうだ、ネガティブな話じゃないんだ。もっと楽しくなるための話なんだ。上海は上々な気分となった。
「そんで実現したらもうアリスの妖気に頼らずに済むから、自分の家を建てたい。もちろん、アリスは好きだし感謝してるからそのままアリスのために働けたら幸せだ。
 そんな日が来たら……その家で上海、一緒に暮らしてくれないか?
 俺は、上海のために生きたいんだ」
 上海は急激に体が火照るのを感じた。
 言われたことはわかる。すごく嬉しいってこともわかる。でも、何を言えばいいのかわからない。
 上海が言葉を出せずにいても、蓬莱は何も言わずに待ってくれている。蓬莱のほうを見ると、微笑みながら、あえて目が合わないようにしてくれていた。上海は体の火照りとは全く別の暖かいものが、体の奥の奥の、そのまた奥から浮かび上がってくるように感じた。
「じゃあ、私も」
 言葉は自然に出た。
 体の中の暖かいものは弾けるようにして全身に溶けて、上海を変えていく。気が付けばそれがもっともっと、体の外のもっと外、世界だって変えてゆく。
 上海は木々の緑が本当に緑だと知った。青い空が本当に青いと知った。土のにおいを知った。花の色を知った。鳥の声を知った。
 肌をなでる風は確かにそこにあり、太い幹は揺るがない輪郭を作る。
 上海はこの世界の存在を初めて感じたのだ。
「なっ、『意味』は必要だろ?」
 朗らかな蓬莱の声は、耳に染み入るようで心地よかった。上海はそれをいつまでも聴いていたいと思った。


     12 二人の帰還


 博麗神社に到着した上海と蓬莱は、門番を鳥居の下に寝かせた。そこは硬い石畳だったが、土の上よりはましなので仕方がなかった。
 およそ十分ごとに鳥居の下でスキマを開くことになっているが、メカマリサを使って紫に通信すれば、今すぐにスキマを開いてくれるだろう。『異変』によってスキマを開くのが紫にとって非常に重労働であるとはいえ、十分ごとにやっていることを少し早めるくらいのことは紫だって厭わないはずだ。
 だが上海は通信せずにいた。アリスは一旦目を覚ましてが無理をせず再び眠り始めたので上海たちとの繋がりもまだ微弱であり、こちらから通信しない限り紫のほうには何も伝わらない。示し合わせた訳ではないが、同じように蓬莱も通信せずにいた。
 意図は同じなのだろうか、そうならばいいと、上海は思った。
 スキマは少なくとも十分以内には開いてしまう。あと数分あるかもしれないし、数秒しか時間は残されていないのかもしれない。
 だからといって、二人の間に会話がある訳でもない。二人はただ言葉もなく寄り添っているだけだ。風にざわめく木々に耳を傾けたり、雛の待つ巣へ帰る親鳥を目で追ったり、神社のひんやりとした石畳を肌で感じたり、季節のにおいに胸をふくらませる。ただそれが、愛しい。そんな時間だった。
 数分が経つと、不意に目の前の空間にすうっと割れ目ができ、スキマ空間が開いた。
「あら、わざわざ待ってたの? 連絡してくれればすぐに開いたのに」
「紫も疲れてるんじゃないかと思ってさ」
 蓬莱はしれっと言ってのけた。
「ふふ、いい子ね。さ、早く入りなさい」
 本当に疲れていたのかはわからないが、紫は労をねぎらう言葉に気を良くしていた。
 中に入ると案外和やかな雰囲気だった。もう元気になってしまった妖怪はすることがないので、がやがやと騒いでいたのだ。妖怪たちは外に出る訳にもいかないし、異変解決まで大人しく神妙にしているなんてことができる性質《たち》ではないのでしょうがない。
「こんな事態なのにー」
 上海はふくれてみせたものの、自分も人のこと言えないな、と思った。蓬莱のほうを見ると目が合い、こっそりと互いに笑い合った。
「あれ、魔理沙はー?
 魔理沙だけでなく、妖夢、咲夜もいなかった。
「特訓よ特訓」
「特訓?」
「そうよ。別のスキマ空間で修行に励んでいるのよ。完成した私の新技、スキマ合体のね!」



 とある広大なスキマ空間に、見慣れぬ影が三つ。
「……魔理沙。あなたの変身、やっぱり版権的にまずいわよ」
「いや変身後の咲夜のほうがまずいだろ」
「二人ともまずいっ!」
「妖夢、お前はダサすぎるぜ」
「ふふっ、ごめんなさい、ついおかしくって」
「わ、笑うなっ!」




     13 戦闘の天才




 咲夜の話によれば、パチュリーは図書館にいる可能性が最も高いという。咲夜もフランから逃げつつレミリアを連れ出すので精一杯だったので確証はないが、パチュリーがここ数日自室に戻っていないのは確かだったのだ。だから図書館の奥にこもりっ放しのまま倒れているのではないかと咲夜は話した。
 ついでに小悪魔がうろついていたら殺しておいてくれとも言われた。
 妖精と違ってそう簡単に復活できないような気がするが……と霊夢は思ったが、深くは考えないようにした。
 図書館に着くまで、幸いにも敵と遭遇せずに済んだ。中に入って調べてみると案の定、奥のほうでパチュリーが倒れている。
 しかし図書館から連れ出そうとしたとき、奴は現れた。

 ――フランドール・スカーレット。

 図書館を出てすぐの廊下で鉢合わせてしまったのだ。
「結界呪縛!」
 霊夢は即座に御札を投げ、パチュリーを物陰に寝かせた。
 結界呪縛も芳しい効果はなかった。ほんの一瞬動きを止めるものの、フランは難なく呪縛を振りほどく。
 フランが殴りかかろうとすると、霊夢は瞬時にその力の強大さを察した。
 まともに食らったら一撃だわ。
 霊夢は相手の攻撃時はとにかく避けることに専念した。相手の動きを読み、確実に避けてゆく。戦闘時の機動力にずば抜けたものがあるわけではない。しかし、霊夢の精密な回避能力はスピードを凌駕する。
 フランの攻撃に対し、霊夢は大量の御札を使って回避する。フランが殴りかかってくれば、投げ付けた御札でその手を縛り、攻撃自体をそらしてしまう。あるいは、攻撃のタイミングをワンテンポ遅らせ、それを利用して回避する。
 フランの攻撃の誤差分を考慮し、御札はショットガンのように大量に投げつける。だが萃香の力が強まっている以上、投げ付けた全てを発動させることは危険であるため、そのうち使用するのは多くて数枚だ。結果としてほとんとが使わずにただ床にばら撒かれるだけの御札となってしまうが仕方ないことである。回避をするたびに十枚近くの御札が床に散らばった。。
 しかし、霊夢はその無駄遣いを気にしたりはしなかった。堅実に、ただ堅実にリスクを回避していく。それが第一優先なのだ。
 御札を使って避け切れそうにないときは、左手で攻撃を弾いた。萃香の手である。鬼の手だけあって、霊夢の元々の手とは比べ物にならない強度だった。ぐっと力を入れれば一回りも二回りも大きくなり、衝撃は伝わるもののフランの攻撃を十分に受けられる。ただやはり手の部分だけなので、それに頼りきることはできず、回避の一手段としてしか使わなかった。
 フランの破壊的な攻撃を十数回は避けたころになると、流石に霊夢の御札も残り少なくなっていた。床に散らばったものは百枚くらいあるはずだが、拾っている余裕なんか微塵もない。
 リスクは確実に回避してきているが、霊夢に残された猶予は少なかった。
 フランも攻撃が当たらないので興奮し、半ば発狂したように拳を振るう。
 霊夢はフランに知られないように左手に力を込めていた。どの程度まで能力を使えるか試していたのだ。そして、萃香の命が安全でいられる水準を感覚的に探り、その最大の値で保った。
 準備は全て整った。霊夢はタイミングを計っていた。
 フランは動きが鈍くなった霊夢に対し、右の拳で渾身の一撃を入れようとし、左足を踏み込んだ。
 霊夢が待っていたのはこの瞬間だった。
 瞬時にフランの左足を結界呪縛で固定した。フランは床に満遍なく散らばった御札を何枚も踏みつけていたので難しいことではなかった。
 もちろんこれだけでは効果は見えてこない。もとより踏み込んだ足なんかを固定されてもフランは気が付かない。殴り終わるまで動かすものでもないし、攻撃を邪魔された訳ではないのだ。
 霊夢が奪ったのは選択肢だった。フランは霊夢の顔に渾身の一撃を叩き込む。これ一択になったのだ。
 相手の攻撃を読めれば、確実に回避することができる。しかし、霊夢はそうしなかった。霊夢が回避できる可能性は完全に絶たれた。あろうことかフランが踏み込んだ直後に霊夢も踏み込んでいたのだ。

 ――クロスカウンター。

 霊夢が狙っていたのはこれだった。萃香の左手の強度とフランのパワー。この戦闘で突出していた二つの要素を最大限、有利に活かすにはクロスカウンターしかないのだ。
 全力で右の拳を出したフランが、ほぼ同時に繰り出された霊夢の左ストレートを見た時にはもう遅い。体重の乗った前足は固定され、体は違う選択肢を選べない。
 霊夢の左ストレートはコンパクトに繰り出されたが全体重が乗っていて、さらにその拳には凝縮された鬼の力があった。
 次の瞬間、霊夢とフランの全パワーが、鬼の手の強度をもってフランの顎に叩きつけられた。力が顎に集約されているため、衝撃は体に逃げない。振り抜かれる拳と共にフランの顎先が体とちぐはぐな方向を指し、首はひどくねじれてゆく。
 遅れて霊夢の顔にフランの力の抜けた手がぺちりと当たった。一瞬にして意識を失ったフランは前のめりに倒れた。
「これで顎が砕けないなんて恐ろしい子ね」
 全て仕組んだ通りに進んだので霊夢は落ち着いていた。
 渾身の一撃によって萃香の力が弱まったのを確かめると、即座にフランと距離をとり、相当量の霊力を放出した。
「百倍呪縛!」
 霊夢は床に散らばった全ての御札を発動させ、フランを縛った。これもやはり予定通りだった。
「良い子はお昼寝の時間よ」
 紅魔館の古びた柱時計が三時を知らせた。


 思えば最初から最後まで霊夢の思惑通りだった。霊夢はそこに物足りなさを感じつつも、概ね満足していた。

 ――タイトアグレッシブ。

 霊夢の戦い方を表現するならば、これしかない。
 タイト、つまり基本は堅実であるが、攻撃にでるとなるとアグレッシブなのだ。回避において霊夢はスピードに長けている訳ではない。それよりも精密性を重視し、堅実にリスクを負わないようにしている。
 そしてパワーがある訳でもないが、攻撃に出るとなると大胆だ。きっちり攻めきる。相手の様子を見ながら決めるのではなく、ここだ、と決めたらそこで全力を出す。
 この二点はスペルカードルールにおいては「低速回避」と「決めボム」に集約される。
 タイトアグレッシブというのはポーカーなどのリスクを読む勝負事において使われる戦略の一つだ。
 これは決して短時間で勝利を収めるような戦略ではない。勝負が長引く傾向すらある。がしかし、長期的に見れば最も合理的な戦術なのだ。不確定なリスクは負わず、リスクを最小にとどめ、攻撃に出たら確実にものにする。着実に、だが必ず、勝利へと近づいてゆくのだ。それ故、タイトアグレッシブは強い。
 もし仮に、この世に「勝利の方程式」というものがあるならば、それはタイトアグレッシブに他ならないだろう。それほどに合理的な戦略なのだ。
 しかしながら、霊夢はそんなことを知らずに戦っている。タイトアグレッシブという戦略をもたらしたのは単に性格だ。「避けるときはきっちり避けたい。攻めるときは思いっきり攻めたい」と考えているだけなのだ。
 これが魔理沙だと「ササッと避けてすぐ攻めたい。攻めるときは攻めまくりたい」と考えていて、それを戦略としてしまうと、素早く避けたことで自滅し、オーバーキルで力をロスするといったようになりがちで、大変非効率となってしまう。
 そのことからも霊夢の無自覚に取っている戦略がいかに優れているかがわかる。単に楽をしようとしているだけだが、そのうえ戦術もいつだって合理的である。
 それらの要素が霊夢にもたらすのは絶対勝利であり、彼女の戦闘を見たものは口々にこう称す。

 ――戦闘の天才。

 そう、霊夢が幻想郷で一番強いのは最強のパワーだからではない。
 最速のスピードだからではない。
 最上の能力だからではない。

 戦闘の天才だからなのだ。




 御札をほとんど使ってフランを呪縛した霊夢には余裕があった。
「すぐに目が覚めるだろうから結界呪縛は必要だけど、百倍はやりすぎたわね」
 しかも百倍という数は大雑把なもので、懐の御札の残りから推し量ると百二十枚くらいで呪縛している。昏倒している相手にそれは流石にやりすぎである。
 とりあえずパチュリーを抱え、台所へ向かった。霊夢は朝から何も食べていなかったのである。
 大きな冷蔵庫を開けると、昨晩咲夜が作っておいたのだろう、ミルフィーユが六皿も用意してあった。
 一皿手にとってその匂いをかいでみると、上質な甘味が脳を直接刺激するようだった。一口食べると、過剰な甘味などはなく、そこにあったのはむしろコクと称される類の甘味であり、味わう者の探求を許しつつも飽きさせない深さがあった。
 舌鼓を打ちながら、ついつい五皿も平らげた。考えがあって一枚だけはちゃんととっておいた。
 霊夢はそれでもまだ足りなかったので、次は何の肉かわからない肉を適当に焼いて食べることにした。霜降りの立派な肉で、おそらく人肉ではないはずだ。吸血鬼の館なので人肉であるリスクは当然ある。しかしここは決めボム。アグレッシブに、食べると決めたら何でも食べるのだ。
 勝手にフライパンを出し、少量の油を敷き火に掛ける。フライパンが温まる間に調味料を探す。ちょうどいいことにニンニクがたくさんあった。ここの家の吸血鬼はニンニクもいけるらしい。その証拠にどれも青森県産である。幻想郷では手に入りづらいだろうし、これはかなりのこだわりだ。
 ササッと皮を向きニンニクをスライスする。みずみずしくて、香りもまろやかであり質の高さが窺える。ちなみに包丁も悪くない。さすがナイフ使いの咲夜。
 温まったフライパンにニンニクを投入し、きつね色になったら取り出す。紅魔館の一角は食欲をそそるニンニクの香りが立ち込めた。
 そして厚切りの肉を焼き始める。すぐに表面から滲み出るようにして肉汁が姿を現す。厚みがあるので火は強くしすぎないようにして調節する。
 焼きあがったら火を止め、置いてあった岩塩をふりかけ、ペッパーミルで粗引きコショウをまぶす。
 霊夢はもう我慢できなくなったので盛り付けをせず、包丁で一口サイズに切り分け、フライパンのまま食べ始めた。
 口に入れた瞬間に知るのは無造作に入れた先ほどの岩塩のやさしい塩気だ。母性すら感じる。やがて広がるコショウの明晰な香りは無知な口内を啓蒙していく。
 一口かめばその柔らかさが極上だ。味は牛肉、それも間違いなく和牛だ。濃厚なミルクにも似た風味を持つ和牛特有の脂が口の中いっぱいに広がるのだ。噛むほどにじゅわっと湧き出て、それは肉の柔らかさと相まって、肉なのに喉越しすら感じさせる。
「ああ、生きてて良かった」
 霊夢はそんなことを言うつもりはなかった。しかし心の底から出たその声は、霊夢の判断より先に出たのだ。まぎれもない本心だった。
 気付けば肉はもうなくなっていた。食べた記憶なんかない。それが和牛の実力だ。
 その後さらに食器棚の一番上にあった、おそらく高いであろう紅茶をじっくりと堪能した。
 この芳醇な香り。いうならば歴史! いや、積み重なる味の地層!
 霊夢は一人でそんなことをやって消耗した体力を回復させていった。
 冷凍をあさるとハーゲンダッツがあり、迷った挙句、誰もいないにも関わらず「萃香のためよ、うん、萃香のため」と言い訳じみたつぶやきを繰り返しながら食べ始めた。
 そうやって三十分はくつろぎ台所を出ると、おもむろに一枚のスペルカードを出した。
「夢想封印!」
 霊撃によって台所は大破し、霊夢のやったことの痕跡は消え去った。それなりの霊力を消費したがやむを得ない。
 ちなみに霊夢のこういうところが影で「鬼巫女」と呼ばれる所以なのである。
 パチュリーを背負い、そろりそろりとフランの様子を窺った。
「意外と効いてたみたいね」
 あの一撃で顎も砕けず無傷だったのであまり効いていないかと霊夢は思ったが、そうではなかったようである。フランはまだ気を失ったままであった。
 霊夢は持ち出した最後の一皿のミルフィーユを少し取ってフランの口にこすりつけ、残りを綺麗に食べた。そして皿を叩き落し、破片のいくつかをフランの服の中に入れた。
「萃香のため萃香のため」
 自分でもちょっとやりすぎたと思ったが、霊夢は無意味な言い訳をし続けた。
 しかし意識を失い、凶悪な表情でなく、力の抜けた年相応の少女になっているフランの可愛い顔を見ると、さすがにフランがかわいそうになってきた。
 霊夢はフランを抱え、パチュリーと共に救出することにした。
 凶暴化したとはいえ、スキマ空間で寝ていれば元に戻るだろうし、仮に暴れたとしても今頃元気な妖怪がわんさかいるはずだから大丈夫。そう考えた。
 紅魔館を出ていく霊夢は、穏やかに眠るフランの頭をなでながら、母親のような優しい笑みを纏っていた。
 が、口に付いたミルフィーユは拭いてやらなかった。

 霊夢はやはり、鬼巫女であった。




 「14 霊夢の帰還」へ続く……




[21229] 前書きちゃんは死にました 5
Name: 猫田犬次郎◆d6c5414a ID:235038a9
Date: 2010/08/22 16:21
 前書きちゃんはなんだか体が軽い気がした。飛び跳ねるといつもより高く飛べ、力もみなぎる。
 その調子で跳ねていたら次第に80メートルは飛べるようになった。
「ヒャッハーだぜ!」
 前書きちゃんは興奮した。携帯を取り出し、誰に電話しようか迷った。
 しかし、決められなかった。電話帳には誰もいない。前書きちゃんは孤独なのだ。
 しかたないのでどこか出かけることにした。
「そうだ、日本橋へ行こう」
 前書きちゃんは300年前から日本橋に憧れていた。
「日本はあのころから絵師がはっちゃけてたなぁ」
 ついつい感慨に耽らざるを得ない。
 ――あの一枚の絵。
 日本橋を情景が見事に表現したあの有名な絵。
「誰が書いたかはググらないとわかんないけど……」
 前書きちゃんは誰か思い出せないのだけれど、その作者に思いを寄せ、日本橋へ向かった。
 しかし、日本橋はコンクリートの道路、道路、道路であった。
 ――あの絵と違う!
 浅はかだった。というか今更江戸時代の風景なんか残っている訳がないのだが、それを教えてくれる友人もいなかった。前書きちゃんは孤独なのだ。
 前書きちゃんは思わず飛んだ。すると、日本橋でない何かに着地した。
「首都高!」
 真上の首都高に着地したのだ。そして大型トラックがすぐ目の前に迫っていた。
 気付いた時には遅かった。
 ドライバーは前書きちゃんを見て、一目で恋に落ちた。
 前書きちゃんは一人ぼっちで貧乳で魔族でカナヅチで頭がイカレているが、かわいいのだ。
 ドライバーは車を降り、求愛した。
 しかし、前書きちゃんは無視した。
 ――愛なんかいらない。
 前書きちゃんは孤独なのだ。
 そして変わり果てた日本橋に絶望した前書きちゃんは首都高から飛び降りた。
 前書きちゃんは死にました。



 15分かかった。遅い。


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