第14管理世界ペッパー。その辺境にある森の中で若い女性が3人の男に体を押さえつけられ、泣き叫んでいた。
「いや、いやあ!!! 誰か助けて!!」
彼女は必死に助けを呼ぶ。けれど、頭のどこかでわかってしまっていた。助けは来ない、仮に誰かが近くに居たとしても、その人が自分を助けてくれることは無い。もしその人物が助けようとしてくれたとしても、自分を襲おうとしている男達には敵わない。何故ならば、男達はこのあたりでは有名なごろつきで―――魔導師だった。
それも3人の内一人はAランク魔導師で残り二人もCランク魔導師。それに対し、近場の駐在所にはFランクの魔導師が一人居るだけ。他は町にE・Fランクの魔導師が数人居る程度。ごろつき達を止められるものは誰も居ないのだ。
彼女以外にも既に多くの女性が被害にあい、それ以外にも強盗、傷害、多くの罪を犯しながら男達は野放しになっていた。
当然、管理局の地方支部に応援を要請してはいるのだが、管理世界の中では辺境な上、魔導資質を持つものが少ないペッパーでは地方支部にすらBランク魔導師が数人、Aランク魔導師に至っては一人も居ない。そしてペッパーの中でも特に更に辺境なこのあたりにその貴重なBランク魔導師をまわしてくれることは無く、かといってC、Dランク魔導師とて余っている訳ではない。一人や二人なら送れないことはないだろうが、格下の魔導師を少人数送ったところで返り打ちにあうだけとわかっているため、結局いつまで待っても救援は来ない状況が続いていた。
1年を超えてただ、男達の暴虐に耐えるしかない毎日。そんな状態だから少女にも最初からどこか諦める気持ちがあった。
「へっ、大人しくすれば、ちっとは優しくしてやるからよ」
下卑たことを言いながら男が少女のスカートに手をかける。諦めの気持ちが大きくなり、少女は全ての希望を捨て去ろうとする。
「やめろ!!」
その時、離れた所より叫ぶ声が聞こえた。彼女は一瞬希望をよみがえらせ、直ぐにまた絶望を、それも先程までよりも更に大きな絶望を抱いた。
それはその声に心当たりがあったから、その声が誰のものであるか気付いたから。自分の予想が間違っていて欲しい、祈りを込めながらその声のした方を見て、そして彼女は今度こそ絶望した。そこに立っていたのは一人の男性。予想した通りの相手。彼は足を振るわせながら、女性を襲う男達を睨みつけていた。
「ヤン……」
その男は彼女の恋人だった。彼がここに来た事は彼女にとって救いでは無い。最悪の事態だ。彼がごろつき達に殺されることは無いだろう。ごろつき達も殺人までは犯さない。殺人が起きてしまえば、管理局も流石に無視できないことを知っているから。けれど、その一歩手前までは彼は傷つけられるだろう。そして傷ついた恋人の前で彼女は犯されるのだ。
(どうして……?)
彼女は内心で答えの返ってこない疑問を呟く。どうして、魔導師でないというだけで自分達はこんなにも苦しまなければいけないのかと。管理局による質量兵器の排斥、管理しやすい魔法という力のみが残ったことで、確かに一時的には争いは減った。しかし、その力が次第に本局に独占されていく内に地方の治安はどんどん悪化していった。それは当然のことだろう。たった一人、ランクの高い魔導師が悪意を持っただけで、それに対抗する手段は何も残されてはいないのだから。他の全ての魔導師が理性的だったとしてもたった一人の悪意で砕ける平和、それが今の管理世界の実情だった。
「ぐっ」
「おらおら、どうした?」
彼女の予想通りごろつき達に嬲られ、口から血を吐く恋人。彼女はそれを見ていることしかできない。そしてその後におとずれる最悪をただ待つことしかできない。絶望のあまり、彼女は舌を噛み切って自殺しようとまで考える。
「まったく、どうしようも無い奴等はどこにでもいるものじゃな」
しかし、そこで再び第3者の声が彼女の耳に入った。今度の声は彼女も知らない相手のもの。その声の聞こえた先、そちらを見るとそこに居たのは一人の老人だった。手には杖を持っている。それを見て一瞬彼女はそれがデバイスかと思い、ついに待ち望んだ管理局の応援が来てくれたのだと喜びかける。しかしよくそれを注視し、それがただの杖であることに気付くと彼女の表情が再び絶望に代わる。
「ふむ。お嬢さん、こいつらがあんたを無理やり襲い、助けようとしたそこの坊主に暴力を振るっていると、そんなところでよいかな?」
しかし絶望に彩られた彼女とは対照的に老人は余裕な調子で尋ねてくる。老人の言ったことは事実その通りだったので、彼女は思考を働かせないままそれに頷く。
「そうか。それじゃあ、ちょっと懲らしめてやろうかの」
「なんだ。じじい、てめえは」
軽い調子で言う老人の態度に苛立ちながら、ごろつきの一人が老人に向かってデバイスを向ける。しかし、攻撃はしない。非殺傷設定とはいえ、老人に向けて撃てばショックで殺してしまう恐れがあるからだ。だが、そんな彼等に向かって老人は挑発をかける。
「ほれ、撃つんならさっさと撃ったらどうじゃ?」
言葉と共に手招きするかのように手を振る。それを見て、あまり太くない上、日頃自分達以外の全ては自分達にへつらうのが当たり前と思っているごろつき達の堪忍袋の緒が切れた。
「このくそじじい!!」
魔力弾が発射される。そしてその魔力弾は老人に直撃し、貫いた。そう“貫いた”。
「!?」
その光景にごろつき達は驚愕する。ごろつき達は非殺傷設定で魔力弾を撃った。そうであれば、体を貫くなどある筈が無いのである。そして、貫かれた老人の体が虚空に書き消える。
「残像じゃよ」
「!!」
その声はごろつき達の後ろから聞こえた。そして、次の瞬間、ごろつきの男達の一人の首筋に手刀が入れられ、その意識が断ち切られる。慌てた残り二人は素早く反転すると魔力弾を放つ。しかし再び老人の姿が掻き消え、そして今度は離れた場所から老人の声が聞こえ、ごろつき達の耳に入った。
「大丈夫じゃったか?」
「は、はい」
「あ、ありがとうございます」
老人はごろつき達から100メートル以上離れた場所に移動していた。しかも、その側には女性とその恋人の姿もある。つまり老人は二人を抱え、一瞬でそれだけの距離を移動したことになる。呆気に取られるごろつき達。いや、ごろつきは最早一人だった。何時の間にかごろつきの一人が地面に仰向けに倒れ、気を失っている。その顎には靴の跡があり、どうやら老人は離れ際に置き土産とばかりに一撃見舞って言ったらしい。
「うむ、それじゃあ、お礼にパイパイを……っと言いたいとこじゃが、流石に自重して置くかの。それとお主、敵わぬまでも恋人を守ろうと悪漢に挑むその姿、立派じゃったぞ。お主さえその気ならわしの弟子にしてやろう」
「弟子?」
ごろつき達を倒したことなど何でも無いと言った態度をし、女性にむかって一瞬すけべ顔を浮かべた後、さっと真顔に戻り、男を真っ直ぐに見て褒める老人。男はその老人が言った弟子という言葉に興味を惹かれる。
「うむ、こう見えてもわしは“武術の神様”等と呼ばれておるからのう。まっ、前に鍛えた弟子達にはとっくの昔に追い抜かれてしまったんじゃが。しかし、さっきからどうも体が軽いのお。どうも体が200歳ばかり若返っておるようじゃ。こりゃ、思い切ってわし自身ももう一度鍛え直してみるかのう」
話しかけている途中でぶつぶつと呟き出した老人に、思わずこの場に現れた救世主がぼけてしまったのではないかと失礼なことを考えて、不安になってしまう女性。そこでごろつき達の叫びをあげ、彼女は正気に戻らされる。
「てめえ!!」
「うむ、それじゃあ、まずは、さっさとお前達を片づけるとするか」
「なめんじゃねえぞ。俺はAランク魔導師だ。ノックやタップとは格が違う!!」
倒れた仲間を指して自分が格上であると主張する男。しかしそれを聞いても老人はまったく気負った様子を見せない。
「かわらんよ。お主の腕の方はさっき見せてもらったが、その程度ではわしの足元にも及びはせん」
「てめえええ!!!!!」
老人の言葉がごろつきの無駄に高いプライドを刺激する。そして完全に切れたごろつきは自身の最大魔法を使うため、老人にバインドを仕掛ける。
「むっ?」
突然、現れた魔力のロープに、老人は初めて攻撃を回避できず、受けてしまう。魔力のロープに拘束される老人。そしてそれを見るとごろつきはニヤリとした笑みを浮かべ、魔力を収束し始める。
「喰らえ俺の最強魔法、バーニ………」
「ふん!!」
しかしその次の瞬間、老人が気合いの声をあげると共に、その筋肉がいきなり膨れ上がり、一瞬にしてバインドが断ち切られてしまう。そのあまりに非常識な光景に思わず、詠唱を中止してしまい、下に落ちてしまうのではないかと言う位に顎を開けてしまうごろつき。良く見ると、ごろつきばかりでなく、老人に助けられた二人までも同じような感じである。
そして拘束を逃れた老人はと言うと、自由になったにも関わらず、ごろつきを妨害しようともせず逆にその場に制止する。
「どれ、せっかくじゃ、そのバーなんとかを見せてみんかい」
「な、何を!?」
「て、てめえ!! いいだろう、見せてやろうじゃねえか、俺のバーニングファイヤーショットを!!」
老人の言葉に焦る二人と怒るごろつき。そして、何とかごろつきを止めさせようと老人に頼む二人を他所に、ごろつきが魔法を完成させてしまう。
「ははっ、今度こそてめえは終わりだ!!」
老人達に向けたデバイスの先に魔力が集束する。それに対し、老人は両手を組み合わせ、器のような形にすると、それを腰の所にもっていく。
「か~め~は~め~」
「喰らいやがれ、バーニングファイヤー!!!」
ごろつきの魔法が放たれる。自信を持って言うだけあって、それはかなりの威力と速度だった。魔法ランクにすればAA-程度はあるだろう。その砲撃が自分達に直撃する事を想像し、思わず目をつむる二人。しかしこの程度の一撃は老人を相手にするには足りなすぎた。
「波!!!!!!!!」
老人の手のひらに“気”が集中し放たれる。そして、ごろつきの放った魔砲を遥かに圧倒するそのエネルギーは軽々と魔砲を貫き、そしてごろつきの頭の直ぐ真上を通りこし、空に消えた。
「……」
その光景に誰も声が出せない。ごろつきはその場にへたりこみ、小便を漏らす。肉体的に傷は無いが、恐らくは精神的にショックが大きすぎて再起不能だろう。
「うむ、それじゃあ、こいつらを警察に引き渡すとするか。っと、この世界に警察はあるのかの?」
「あっ、はい。管理局という組織が。あの、その、あなたは一体何者なんでしょう?」
女性が老人に尋ねる。魔法とは明らかに違う力を使い、魔導師3人を圧倒し、管理局の事も知らない。自分達の恩人とはいえ、その素姓はあまりに怪しすぎた。そしてその問いに対し、老人はニッカリと笑ってこう答えた。
「わしか。わしは武天老師、またの名を亀仙人と言うものじゃ」
(後書き)
最近、リリカルロボット大戦WとSEEDcrossの方がどうも上手く書けないので気分展開に短編を書いてみました。クロスキャラはご存じDBの亀仙人こと武天老子様です。かなり好きなキャラなんですが、原作ではインフレに飲まれ、完全戦力外になってしまい、SSとか動画とかでもほとんど見た事ないので書いてみました。