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[20897] 【ネタ】アルビオン貴族もの(ゼロ魔オリ主)
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2010/08/17 15:07
 王都ロンディニウムにあるハヴィランド宮殿の豪奢ではないながらも、所々に匠の意匠が施された勉強机の前に、小さな金髪の子供は座って熱心に本を読んでいた。
 彼はこの読書をする時間が大好きで、所謂文武の武を重視する家柄にありながら、こうしてただの脳筋にならずに文すら愛せていた。 勉強机で『イーヴァルディの勇者』を読む子供の名はクライフ·デーンロウといい、大地を離れ空を翔るアルビオン王国に籍を持ったデーンロウ家という特殊な貴族の長男である。
 アルビオン王国では新興ながらも、着実に軍における名門となりつつあるデーンロウ家は、奇跡的ともいえる珍しく殆どメイジの血を持たない家系であり、ゲルマニアならまだしも他所の国々ではあり得ない剣のみで成り上がった貴族だった。
 デーンロウ家の成り立ちは運によって支えられたもので、8代前の祖先であるノルムは剣に生き酸いも甘いも知った傭兵であり、全国放浪中にアルビオン王国で夜中に大雨の山間で訓練していたところ、幹線道へ向けて土砂崩れが起きたのが見えた。 そこに偶々豪奢な馬車が巻き込まれているのが見え、珍しく仏心がわいたのか遺体の埋葬と、それ以上の金目の物への欲から土砂崩れの現場へと足早に向かって行く。
 馬車の外は大惨事だった。 あちこちには土から腕や足だけを突き出した遺体や、岩か木に潰されて血を吐く遺体に埋め尽くされていて、遠巻きには見えなかったが地獄絵図の惨状をていしていた。 だがそんななか、ミンチになって血の泡を噴き出す白馬が繋がれた馬車は全損とはならず、半分程度が衝撃と重みで砕けたようでしかない。
 余程馬車の持ち主は平民嫌いの私祖ブリミルに愛されていたのか、もしくは強欲貴族らしく金の力でたいそうなまでの固定化をかけたのか…… まあとにかく、馬車に刻まれた土砂で汚れながらも美しい紋様に見覚えを感じつつ、馬車の中の仏さんから金品――ではなく仏さんの埋葬の為に馬車の扉を開いた。
 馬車の中も外に負けない程の華美さを誇っており、安い契約料で命を張ってきた傭兵には触った事が無いほど滑らかでふわふわした手触りのイスがあった。 だが少し残念なのは、土砂崩れを横っ腹に浴びた馬車は横転まであと一息の状態になっており、感動的な座り心地を試す事ができないということと、馬車内も意匠を彩るように血塗れになっているので長居はしたくないということだった。
 馬車内には豪奢な装いをした若い男女2人が倒れていて、顔つきが似ているので兄妹かと考え、そこで思考が凍りついた。 汚れていてよく見えなかった竜の紋様、そして見目麗しいこの兄妹…… まさか、まさかとは思うがこれはアルビオン王家の皇太子と皇女?
 これは危険だ。 他の貴族なら何か盗ってバレても高跳びすれば逃げおおせるが、王家は国外だろうがヤバい。 ことここに至ってノルムは事の重大さに気付いたが、頭が少しばかり回るので打算も考えていた。 その考えは至極全うなもので、いまここで物を盗んで一時的な金貨を得るよりも、王家の者を救って長い富を得られないだろうか? という考えだった。
 そう考えれば後は早く、急いで2人を救いだそうとして――皇女の首が割れた窓ガラスで抉られている事に気付き、頭から血を流しながらもか細い息をする皇太子に手当てを施して救出し、大雨の山中を王城目指して皇太子を背負って駆け抜けた。
 道中では野獣や盗賊を斬り殺し、目覚めた皇太子には事の成り行きと皇女の不幸を伝え、急いで王城へ戻るべく皇太子を背負ってまた駆け抜けた。
 王城に着いてからというもの、宮仕えの貴族からは無礼討ち寸前まで持ち込まれたが、皇太子の話を国王が聞き皇女の不幸を嘆きながらも皇太子の救出に感謝し、シュバリエを与えて国にではなく王に仕えるように言われ、平民でしかない自分を高く評価してもらったと感動し軍人として宮仕えが始まった。
 この時点では宮仕えをする爵位もちの平民でしかないが、ここから3代が懸命に働き王家の信を更に深いものにした結果、とうとうデーンロウ家へ王家より領地が下賜されたのだった。 最初はそもそもアルビオン王国生まれでもない外様の平民に領地などと、圧倒的に反対意見が多かったが、それに負けない程平民の軍人等の支持があり、しかも拝領した領地は貴族の領地を再編したものではなく、王家直属である王領を切り取って与えたので有力貴族ですら口を挟めず、3代目に至って爵位持ちの平民が王家武芸指南役という栄誉とともに、ついには貴族となり領地すら得たのである。
 だが、他の貴族にあってデーンロウ家にないものがある。 それは目に見えないものだが、とても重要なファクターをもつ所謂《ブリミルの血》である。 あくまでデーンロウ家の血筋は平民であり、魔法が使えない下賤な民なのだった。
 だからこそ、彼らは画策した。 身の程知らずに痛い目を見せてやろうと。
 短期的に見れば、彼らの陰謀は成功した。 陰謀と言っても嫌がらせ程度のもので、魔法を使えないのは純然たる事実にも関わらず、そんな子息を魔法学校に入れるようデーンロウ家へ圧力をかけた。
 当然家柄が変わっただけで魔法は使えず、そもそも貴族とはいえ平民の家柄に娘を嫁に出す貴族はおらず、あくまで平民の子でしかない息子は魔法を使えないせいで5代目まで酷い屈辱を味わった。
 だが、その陰謀も長期的に見れば大失敗に終わってしまった。 恋は突然であり、美男子で売っていた6代目はなんと魔法学校で女子生徒に恋の告白をされ、はれて両想いになって結ばれたのだ。 女子生徒の親である貴族は憤慨し、娘の翻意を促すも結婚を許さないなら絶縁も辞さないと突き付け、尚も止める両親を振り切り家を捨ててデーンロウ家へ嫁いできたのだった。
 娘の両親からデーンロウ家へ抗議文が届いているが、それに対して5代目は家を捨てた平民が我が家に嫁ぐ事へ、今更他家より文句を受ける筋合いはないと一刀両断し、ついに7代目である父上から薄いながらも《ブリミルの血》が入ったのである。
 普通に考えれば壮大な夢物語か、ただの与太話でしかないと思うだろう。 だが、この内容の前半は王室編纂の歴史書にも記されていて、土砂崩れの事故からデーンロウ家の成り上がりまで書かれている。 後半も当主代々の日記にも書かれていて、今となってはサクセスストーリーとして本にもなっていた。
そんな歴史故にデーンロウ家のメイジとしての自覚は乏しく、そもそも運と剣で貴族にまでなったこともあり、昆にもなるスタッフのような大きな杖は使わず、枝のような小さな杖も使わず、平民の武器と言われる剣を杖にしている。 慣れない杖を振り回して威力のない魔法を使うより、細胞レベルで手慣れた剣を振り回した方が効率がいいのだ。
 だから、クライフの父である現当主のペイジは祖父と検討した結果、剣と契約する事で不甲斐ない魔法の威力を補っていた。 これならばお家芸である剣術を全面に押し出せ、更に気持程度の魔法の両立ができるようになった。
 なので今はクライフも自由時間の間に読書に勤しんでいるが、他の時間は専ら体力を身につけ剣技を習うという、ある意味では大変メイジらしくない訓練をしている。 ペイジは父や祖父の教育もあり、魔法を使うよりも剣に慣れ親しみ息子であるクライフに剣を教えているのだ。
 クライフの祖母はそんな剣に生きる祖父に惚れ、父であるペイジと結婚した母は領地が無い落ち目の貴族故に文句をつけられず、結果としてメイジになろうが何だろうが剣を重視しているのだ。 だから、クライフは『イーヴァルディの勇者』を読んで勇者がかっこいいと思い、そんな勇者に自分も成りたいと願っていた。
 ここも教育の成果か家柄故か、一般的な貴族の子息ならメイジとしてイーヴァルディの勇者みたいな英雄に成りたいと願うが、クライフはやはり名剣を担って大成したいと願っていて、 まだまだ8歳と少しばかり若い故に悪くはないながらもそこそこの剣しか持っておらず、父や祖父が国王陛下から下賜された名剣を羨むお年頃なのである。

「ここにいたのかクライフ」

「あ、殿下!」

 本に集中していたからか、声をかけられてやっとウェールズ殿下が部屋に来ている事に気づき、かなり驚いて立ち上がって姿勢を正してしまう。
 王家武芸指南役の栄誉を賜ってからというもの、デーンロウ家の子供は歳が近ければ王家の次の代を担う皇太子と共に剣を習い、両家の信頼を揺るぎないものにすべく育ってきていて、こうしてクライフも王位継承権のあるウェールズ殿下のおぼえがよかった。

「僕としては、クライフが読書好きを知っているから気にせず読んでいて欲しいけど、ウィリアム殿が来るように呼んでいるよ」

「またお祖父様は殿下を小間使いにしたんですか……」

「ははは。 剣を教える先生にとって、王子である前に僕は未熟な生徒でしかないからね」

 そう言って爽やかに笑うウェールズ殿下を見ても、クライフには愛想笑いにも満たない引きつった笑みしか返せない。 どこの世の中に、仕える王家の子息――皇太子を伝令として小間使いする人間が居るだろうか?
 年老いてなお豪快な性格のお祖父様に嘆息し、それでもウェールズ殿下が態々自分を呼びに来てくれた事を嬉しく思い、クライフに対して年齢が上だからか、少しばかり兄の気がある殿下に深く感謝した。

「では、失礼させて頂きます」

「早く行ってくれよ? 呼び出しが遅いだなんて八つ当たりされた日には、僕の訓練が酷い事になりそうだからね」

 うーむ…… お祖父様なら「遅い」と文句を言ってやりかねない。 いやいや、思い出してみれば実際に以前食後直ぐに練兵場へ来いと言われて、配膳の都合で少し遅くなった時は足腰立たなくなるほどにしごかれた記憶がある。
 だとすれば、呼び出しに来て下さった殿下の為にも、何より理由はわからないながらも呼び出された自分の為にも、一刻一秒たりとも無駄にはできない!



[20897] 2話
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2010/08/17 15:02
 時を2日ばかり遡り、ここは場所を変わってハヴィランド宮殿にも負けず劣らず豪奢な城塞を模した宮殿。 その中でも、来賓客をもてなす華美な装飾は一切なく、むしろ質実剛健を地でいく会議室で2人は顔を合わせていた。
 片方はこういった根回し等を含めた政が嫌いなのか、表情だけは真剣ながらもピリピリとストレスにイラつく男と、厭味になるほどではないがそれなりに着飾った男だった。 早く話を済ませたくてしょうがない男の名は、色々な意味でハルケギニア中に名を知らしめるデーンロウ家の当主であるペイジ·デーンロウ子爵。
 そんなペイジの対面に座っている男は、それこそアルビオン王国に知らぬ者は居ない名家中の名家であり、現国王とは血の繋がった弟であるモード大公なのだ。

「大公は本日もご機嫌うるわしゅう……」

「君は相変わらずご機嫌斜めじゃな」

 明らかにイラついたペイジの世辞に対し、それもいつもの事なのかモード大公はにこやかに返す。 そもそもウィリアムから一応ながら家督を譲られてはいるが、現当主であるペイジは脳筋ではないが政は嫌いであり、ちまちまと痛くもない腹を探りあう事なんか面倒だとすら思っている。
 だが、そんなペイジの状態についてモード大公は顔を合わせる機会が多いので知っており、普通だったならば交渉事には向かないペイジを門前払いせず、きちんと話を聞いていた。

「あー…… 今回の大公領と子爵領の境に巣くう野盗討伐の件ですが、息子の初陣という形にしますのでご静観をお願いします」

「息子のクライフ君も、もうそんな年齢だったか」

「ええ。 今年で8歳になりました」

 話題が息子の事になったからだろうか、急にペイジも饒舌に話を始めた。 これもモード大公には手慣れたものだが、もうペイジの親バカっぷりは呆れる程に見せられていて、とりあえず話題に困れば息子の話を振れば喜び話し、本来の目的である交渉も円滑に進む。
 その辺りの事が理解できる程に2人が顔を合わせているのにも理由があり、王都南部に位置するモード大公領とデーンロウ子爵領は隣接しており、しかもデーンロウ子爵領は王領の南部にあるロサイスへ通じる街道を下賜されていて、王家からすれば恩賞として破格の扱いであり、街道という生命線を押さえられた形になるモード大公側としては、それ故に綿密な会合を必要としていたのだ。
 当然そんな経済的にも戦略的にも重要な街道を含めた地域の割譲に、モード大公以前にそこを統治していた者は非公式ながら反対意見を示していたが、歴史を紐解けば件の土砂崩れ事故は南部地方で起きたものであり、それだけに声を大にして反対は唱えられなかったのだ。 以来デーンロウ子爵領は南部の首根っこを掴む事になり、それが今でも続いている。

「それで、世継ぎのない私にクライフ君の自慢に来たのか?」

「おっと、失礼をば。 本題はこちらで、調印の方をお願いします」

「ふむ…… あいわかった」

 モード大公はペイジから渡された用紙を軽く読み、問題なしと判断するとサインを記した。 サインを記した用紙に書かれた内容は簡潔なものだった。
『1.クライフ·デーンロウ率いる野盗討伐軍が、野盗を追撃して大公領内部へ侵入する事を認める。
 2.野盗の引き渡しは行わないものとする。
 3.大公領からは兵を派遣しないものとする。』
 1は、まあ問題がない。 野盗を討伐する程度の戦力で、大公領にて何かをするとは考えられない。 2も問題はなく、3は言わずもがなである。
 本来の政治であればもっとつめるところはつめ、相手側の使節団とともに長期に渡り話し合うのが通例であるが、今回は野盗の討伐というなまものが議題であり、更にはそもそもデーンロウ家の使節団が名前だけでペイジ本人と数名の護衛しかいないこともあり、こちらに損もないので深く話し合わずに決定が下だされた。 通常であるならば、相手側が提示した条件を丸飲みするなど言語道断であるが、今代のペイジといい先代のウィリアムといい、重要な会議以外では通例を無視したものが多かった。

「さて、これで会議は終了するのだが…… 君はこれからどうするんだ?」

「私が領地を離れているのは野盗も気付いているでしょうから、ここに寄って急ぎ帰っては討伐を勘ぐられるでしょう。 護衛として私に着いてきた部下は偵察と情報収集の為に被害のあった村へ行かせ、デーンロウ家から出撃したクライフと合流して野盗を叩かせるので、出来れば少しばかり逗留させて頂ければと存じます」

「わかった。 では、部屋の用意をさせよう」

「ありがとうございます」

 モード大公に恭しく頭を下げるペイジだが、それをいつもの事だと鼻を鳴らす。 デーンロウ家と隣接するので頻繁とまではいかないものの、モード大公家へ来る事が多いペイジとしては、客人に出される食事が美味く酒も美味いモード大公家に寄った際には様々な理由をつけて逗留していた。
 今回も最もな理由はあるが、やはり泊まりたいのが本音なのかもしれない。



 廊下のそこかしこで平民貴族との小声が聞こえてくるが、それを全て無視して目的の執務室へと向かいマントをたなびかせて歩く。 先程まで居たのは宮殿の中央付近であり、そこには上級下級問わず政治に関わる貴族が居座っていて陰口も多かったが、廊下を歩き軍を司る部屋に近づけば近づく分だけ上級貴族は姿を消し、下級貴族に混ざって平民出の兵士が現れ始める。
 そうして平民が増えれば増えるだけ陰口が消えて、堂々と歩くクライフに頭を下げる者が現れる。 これこそが、現在でも続いているデーンロウ家の立場の縮図である。
 頭を下げる兵士には明るく声をかけ、目的である近衛軍の幕僚に与えられた執務室へむかい、お祖父様の居る近衛軍第2部隊本部の扉をノックし即答の合図を受けて開く。

「近衛軍第2部隊所属、クライフ·デーンロウただいま出頭しました」

「うむ。 呼び出したのはデーンロウ家の子息として故、今日は畏まる必要はない」

「了解しましたお祖父様」

 正面に置かれた執務机に座り、顔に幾つもの戦傷を負った強面の老人こそが家督を息子であるペイジに譲り、近衛軍に全力を傾注するウィリアムである。
 そもそも、近衛軍は1部隊しか本来は存在していなかった。 この第2部隊にも紆余曲折の誕生秘話があり、初代デーンロウ家当主であるノルムを軍に入れるにあたり、王家に仕えるよう言った国王は当然のようにノルムを近衛軍へ入れようとしたが、やっかみもあるが下賤な輩を近衛軍へ入れる訳にはいかないと軍部にNOを突き付けられ、ならばと国王は近衛軍を分割しの新部隊の新設を宣言しそこへノルムを隊長として据える事にした。
 が、これに軍部が反発し元居た近衛を第1部隊へ出向と題して呼び戻し、空いた穴には国軍から落ちこぼれやゴロツキを入れて部隊が自然崩壊するよう圧力をかけた。 これをはね退ける権力なぞ成り上がりのデーンロウ家に存在する筈もなく、国王も近衛軍を分割するだけでも強権を使ったばかりなので軍部に強く出れず、圧力に完全に屈する形で悲惨な始まりをみせた。
 集まったのは他人より地位が低く物覚えの悪い落ちこぼれと、協調性を全く理解できないゴロツキだけが集まる事になり、こうして近衛を冠する第2部隊は王家の護衛すら不可能な掃き溜め部隊になったのだった。
 だが、そこで諦めればデーンロウ家はただの爵位持ちで終わっただろう。 しかしながら、ノルムは第2部隊の軍規の取締りを強めると同時に、物覚えの悪い者へは10教えて足りないならば100だろうと1000だろうと教え、傭兵や野盗上がりのゴロツキには暴力をもって束ねていく。
 確かにこの訓練方針は功を奏し、原隊から見捨てらるた物覚えの悪い者は覚えられるまでみっちり教えられ、昔とは違い見捨てられないことに感謝していた。 そして、ゴロツキも口だけ喧しい他の貴族とは違い、体が資本であったノルムは実際に強くて訓練に自らも参加しているのを見て、この指揮官ならばと心酔していった。
 こうしてデーンロウ家の代が重ねられ、遂には3代目にして近衛軍第2部隊は年末に行われた御前大演習にて、とうとう近衛軍第1部隊を破り練兵の功績をもって領地を与えられたのだった。
 そんな歴史を持った近衛軍第2部隊は、平民や下級貴族からすれば花形であり、ある程度の貴族からは煙たがられる存在になっている。

「これよりクライフは屋敷に戻り、モード大公領との境に住み着いた野盗の討伐に出てもらう」

「……大公領との境ともなれば、場所が場所なので危険では?」

「政治的な折衝にはペイジが既に向かっている。 クライフは屋敷の部隊を自ら編成し、部隊を率いて野盗を殲滅せよ」

「了解しましたお祖父様」

 ニコリとも笑わず淡々と命令を言い渡すお祖父様に頭を下げ、与えられた任務を拝命して執務室から出ていく。 与えられたのは大きな任務でも、華々しい任務でもなんでもない野盗討伐である。 とはいえ、お祖父様や父上の行軍に同行したことあはるが、初めて自分が部隊を率いて出撃することに戸惑いは隠せない。
 急いでこの宮殿で自分に与えられた客室へ向かい、必要そうなものをかき集める。 そうこうしていると、部屋の扉をノックする音が聞こえたので入室を促すと、そこには荷物を準備するクライフを不思議そうに見つめるウェールズ殿下が立っていた。

「なにかあったのかい?」

「お祖父様からの命令で、これより屋敷に戻って野盗討伐をしてきます」

「それなら、気をつけて行ってくれよ? もしもクライフに何かあった日には、不機嫌極まりないウィリアム殿と顔を合わせて訓練しないとならないからね」

 そう言って苦笑するウェールズ殿下の為にも、どうやら今回の討伐で怪我をするわけにはいかないようだ。 クライフは怪我をしない決意を固め、ウェールズ殿下への挨拶もそこそこに部屋から飛び出すと厩舎から馬を連れ出し、一路デーンロウ家の屋敷に向かって馬を走らせた。



[20897] 3話
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2010/08/17 15:18
 馬に鞭を入れて街道をつき走り、視界に見えてきた実家の屋敷へひた走る。
 お祖父様の命令により、近衛軍からは兵の抽出は一切なされず、急ぐも急いだり護衛の供回りすらつけずに屋敷に向かって行く。 すると、王都を駆け抜け突き進むと街道に面した屋敷が見えてくる。
 何度か父上についてモード大公の屋敷に行ったことがあるが、そんな屋敷とは比べるにも値しないレベルではあるが、それでも平民の家屋とは桁違いの屋敷が建っている。
 クライフの乗る馬の嘶きが聞こえたのか、門の前に立っていた衛兵がこちらに気づき開門してくれたので、そのままの勢いで敷地へと飛び込んだ。

「お帰りなさいませ坊ちゃま」

 馬を厩舎に預け、屋敷の扉を開けて直ぐに老執事より声をかけられた。

「爺! 現地からの連絡は?」

「はい。 連絡によりますと、カーカス村より南におよそ3リーグほどの丘陵地帯に潜伏しているかと」

「野盗の規模は?」

「周辺にある2つの村の被害を聞きますと、最低でも10から15かと」

 当然のように野盗討伐の連絡が屋敷に入っていたのか、老執事――アイオミ――はクライフに聞かれた事に答え、現場に着かずして満足な情報が手に入った。 うーん…… 規模はそこそこだな。

「訓練場へ行く。 爺は被害地域へ提供する食料と――多めに魚油を用意し、それを荷馬車1台に纏めるよう手配してくれ。 それと、ここに戻って来たらすぐに出られるように、玄関前へ駿馬を回してくれ」

「了解ですぞ」

 せっかくの帰郷――というほどのものではないが、久しぶりに屋敷へ帰って来たというのに部屋に戻る暇さえなく、屋敷に隣接された訓練場へと足を運ぶ。 そこはだだっ広い平原を塀で囲い、柵や的等が点在するこの屋敷の庭のようなものである。
 しかし、庭のようなものだと言っても屋敷の敷地より大きなサイズがあり、平民用の宿舎まで用意してある立派な訓練場だ。 この訓練場は、傭兵でしかなかったノルムが構想をまとめ、数代の後に領地経営が回ってから用意された訓練場で、どこの領地でも、そもそも傭兵ですら困っていた部分を直すべく、ある目的の為に使われている。

『全隊、構え! 斉射3回、撃ち方始め!』

 雇った傭兵を教官として、隊列を組んだ部隊が10人弓矢を全員でよたよたと構え、斉射の声に合わせて狙い定めずあちこちに矢を放つ。 なんと、一斉射撃を3度も繰り返したというのに、10人の誰一人として的に矢を射る事ができなかった。
 隣では弓矢の構造と製作法について講義していて、更に奥では斉射で中々の命中率を叩き出した部隊が居た。
 そう、ここは弓矢専門の訓練場なのである。
 どこの領地にしても平民や傭兵を軍に徴兵し、バカでも剣は振るえアホでも槍を突き出せるが、猟師でもなければまともに弓矢を扱える者は居なかった。 傭兵にしても、剣や槍とは違い矢を消費する弓矢を扱う者は往々にして少なく、メイジとの戦いでは剣を扱う者より弓矢を扱う者が重宝された。 だからこそ、それを傭兵時代に感じていたノルムは弓矢の訓練場の構想を練り上げ、少しでも弓矢を扱える者を増やすよう家訓にまで遺したのだ。
 ちなみに、この弓矢訓練は1年おきに募集をかけ訓練を2年間かけて行われ、参加した人間には宿舎の利用や食事の提供の他に、少ないが給料を支払っており、更には成績が優秀な者には近衛軍第2部隊への推薦状を与えてまでいる。 訓練を済ませた者は有事に必ず徴兵する契約を取り付けているが、訓練でこれほど厚遇すれば経費がかかり、経費の分だけ税が上がり領民への負担は大きくなる。
 そんな領民の苦悩は元々平民だったデーンロウ家はわかっており、還元という名目で訓練に励む平民にやる気を出させる為に給料を払い、女系家族の為にメイドとして子女を雇い入れて1年から2年ほどメイドとして教育し、教育を済ませたメイドはモード大公やデーンロウ家に肯定的な貴族の元へ仕事を斡旋し、空いた椅子には新たな子女を雇い入れた。
 そして、訓練場よりも高額な給料が支払われる近衛軍に入った者や、教育を済ませ他所の貴族の元で高額な給料を貰うメイド達には先に話をすませ、後進の教育の為と謳って少しずつだがデーンロウ家に還元させていた。
 それ故に、他のただただ貴族の欲望な任せた多額の税よりも肯定的に受け入れられ、今でも問題なく領地経営がおこなえているのだ。
 話がそれたが、その訓練場はそれなりの規模があり、設計上平民の弓矢の訓練に重きを置いてあるが、当然ながらこれだけの訓練場を弓矢の訓練だけで使いきれる筈もなく、最奥では即応部隊として常時雇用している傭兵達の訓練場がある。
 そこでは今日も剣を振り回し、槍を突きだす訓練に勤しむ者達が居る。 少なからず弓矢を使う者も居るが、弓矢を扱える殆どが教官として働いている為にこの時間は若干名しかいない。
 こちらにも先に連絡が届いていたのか、クライフが最奥に向かうとすぐさま傭兵達は訓練の手を止め、近づいて行くクライフを向き直立不動の体勢をとる。

「お帰りなさいませクライフ様。 たしか1月ぶりでしたかな?」

「久しぶりだねベック…… 父上から話しは聞いてる?」

 そこに立っていた直立不動の傭兵の中でも、150サントしかないクライフには見上げるしかない大男が、右頬を削ぎ飛ばされ額には幾重もの古傷を着けながらニコヤかに一歩前へ出てきた。 彼はお祖父様が当主の代に傭兵ながら弓矢の訓練を受け、成績が非常に優秀だったので近衛入りを打診したがここに残った古参の傭兵である。

「はい。 今回はウィリアム殿の命により、野盗討伐には編成から指揮権まで、全てをクライフ様に委ねます」

「わかった。 剣士を5人、剣も扱える弓兵を5人、槍兵を10人用意してくれ」

 野盗の予想規模からすれば、最大で倍になる20人の準備をさせる。 一応現場で偵察している4人が合流するので、予想以上の規模だとしても人数を上回られることはないだろう。

「人数の振り分けはすませました。 輸送用の馬車に乗せます」

「いや、全員乗馬して現地に向かう」

「理由を伺っても?」

「歴史書で読んだけど、騎兵は最強だったから!」

 クライフの考える会心の答えにベックは唖然とするが、少しして理由はともあれ編成もクライフの自由だというのを思い出し、苦笑しながら選び抜いた野盗討伐隊の尻を叩いて厩舎に向かう。 それを確認してから、クライフも走って玄関前へ向かって行った。


 到着した頃には陽が傾き空は完全に紅くなっていて、カーカス村の建物からいくつか空へ黒い煙が立ち上っていた。 建物に被害が無い家も明るい訳ではなく、金銭や食料は元より若い娘やそれを止めようとして殺された者が居て、村全体を絶望が渦巻いている。
 だが、そこにあるのは絶望だけではなく諦感も強い。 このご時世どこにも安全な場所はなく、力無い平民は野盗や獣に対抗することもできないのだ。
 そんなカーカス村に到着したので、まず村の中心に馬車をやって食料の配給を村人にさせ、それを尻目にクライフ達は事前にカーカス村へ入って調査していた者達と合流し、詳細報告と合わせて会議を行う。

「偵察ご苦労様」

「いえ、それほどでもありません」

 燃えて家主ごと残骸になった家屋から燃えなかった椅子やテーブルを徴発し、即席の会議場を構築してから会議冒頭に偵察する為にカーカス村に入っていた4人を労う。 野盗討伐のみならず、どんな状況であれ情報は武器になるというのが生き残れる傭兵達の心得で、使い捨て扱いの傭兵は情報が足りない故に酷い目にあうこともあったらしい。
 かくいうベックの右頬もそれが原因で、盗賊狩りとして貴族に割のいい給金で10人ほど雇われたはいいが、小さな盗賊を狩る筈が拠点には倍以上の盗賊団が巣くっていて、何とか死なずに逃げられたが顔に負傷したのだし、他の傭兵に聞いても知らずに云々という嫌な思い出は多いようだった。

「新たな情報はあるか?」

「今のところメイジをみたとの情報は入っていないので、居たとしても割合的にはかなり少ないかと。 それと、これが拠点近辺の地図です」

 手渡された紙を見ると、そこにはおおよその形で描かれた地図がある。 船を出せれば上空からより正確な地図が書けるだろうが、残念ながらそんなバレバレな偵察をさせるわけにもいかず、地上から経験と勘で書かせている。

「拠点は…… 山の頂上付近か?」

「小さな山の頂上付近にある洞穴かと思われます。 これは、昨夜山を降りてきた野盗を取り押さえ、尋問して聞き出しました。 あと、拠点にいる野盗は13人のようで、今回の略奪で村の若い娘を3人ほど誘拐して行ったようです」

「……3人か」

 ここは、当然捕らえられた娘を助けに行くべきなんだろう。 だが、平民である3人の娘を助ける為に、訓練をつんでいるとはいえ同じく平民である傭兵の命を危険に晒せるだろうか? 父上やお祖父様からの教育により、幼い頃からクライフには『安全に。 そして、確実に』という思考が根底に形成されており、そこから導き出す答えは村娘の救出を主眼に置かず、野盗を皆殺しにする際に運が良ければ助かるという残酷な案である。
 もし、ここでクライフがスクウェアのメイジだったならば、自身の身を晒してでも救出に動けるだろうが現実は父上と同じく風のドット止まりでしかない。 理想と現実は違うのである。

「その洞穴の入り口は何ヵ所も開いているのか?」

「いえ。 聞きだせた限りでは洞穴は長い横穴で、奥は行き止まりだそうです」

「じゃあ、野盗には煙の海で溺れてもらおう」

「ですが、今も報告しましたが村娘が……」

「当然野盗もバカじゃないから、入り口から中へ攻めればこちらにも被害がでるだろう。 ここは煙で炙り出し、浮き足立った所を叩く! 運が良ければ娘達も助かるだろう」

『了解!』

 全員が立ち上がって姿勢を正し、即座に自分のすべき仕事へと走り出す。 仕事といっても大それた事ではなく、水筒である皮袋の水を今飲んで空にして中に魚油をパンパンに入れるだけだ。
 クライフも含め全員でそれを済ませると、ここからは野盗討伐の為に道案内をさせて拠点へ向かうのだった。



[20897] 4話
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2010/08/17 15:26
 空からは太陽の明るさが全て消え失せ、月と星のみが仄かに地上を照らしている。 野盗の拠点である山の中腹から山頂の洞穴を眺める。 クライフ達は最初こそクライフの提案通り騎乗して拠点へ向かおうと思っていたが、そもそも火攻めして待ち伏せする戦術を取るにあたって、全く騎兵の速度も突破力も要らないので馬は途中で木に縛り付けて置いてきてしまった。
 建前を抜いて本音を言うならば、鬱蒼と繁る森の中を騎馬で走るのは思いの外難しいものがあり、森の途中で歩いた方が早いとの進言があったのだ。

「クライフ様、ここから先は危険です」

「よし、弓兵と剣士の2人を2組偵察に出して、その洞穴の入り口に見張りが居ないか調べてくれ。 見張りが少なく、確実に始末できるなら殺していい」

「了解です」

 命令を受けて、てきぱきと剣を構える者と弓を構える者の2組が、静かに山を登っていく。 暗いし木々もありよく見えないが、少し登った所で1組が止まり、ゆっくりと弓を引き絞っているのがぼんやりと見えてくる。
 こちらには何の音も聞こえて来ないが、見張りを始末したのだろう1組がこちらに向かって降りてきた。

「見張りは1人だったので、始末しました」

「全員落ちて薪となる木を拾いつつ、上へ行くぞ」

 この後を考えて、魔法を使わずに木を手で拾いながら山を登る。 洞穴に煙を送り込む際に、どうしても魔法が必要なので元々少ない精神力を浪費するわけにはいかないのだ。
 枯れ木を両手にサイレントもかけず山をするすると登り、洞穴前で警戒を続けていた1組に追いついて入り口を見やる。 そこには木々が少なく少し開けた所に野盗の拠点である洞穴が口を開いていて、その横には頭や胴体に数本の矢を受けて絶命している男と、手に持っていたのか小さな蝋燭の明かりだけが残っている。 そして、洞穴の奥からも薄明かりが漏れているので、件の野盗が洞穴の中に居るのは確実だろう。

「洞穴入り口より2メイル離れた所で、7人は横列で槍襖を形勢。 左右には弓兵を2人と護衛に剣士を2人置いて、残りは燻製にされなかったラッキーボーイが後ろから来ないか警戒しつつ、前線の薄くなった部分を援護だ」

 とりあえず、登って来る途中で拾って来た枯れ木を洞穴の入り口に組み上げ、そこに魚油をぶちまける。 少しばかり量を持って来すぎた魚油はそのまま洞穴の奥へぶちまけ、出ないならば中で燻製になり出ようものなら炎でバーベキューになるよう準備を進めていた。

「それにしても、これは失敗しましたね……」

「なにかあったか?」

 魚油に火を放とうとするベックが急に真顔になり、なんとも不安になる事をぼそりと言うのでクライフは動揺するが、そんなことはなかったかのようにベックはにやりと笑みを溢した。

「いえ、どうせなら野盗の燻製だけじゃなく、せめてチーズの1つでも持ってくればよかったと思ったんですよ」

 緊張から精神的に追い詰められていたクライフを和ませる為か、ベックの冗談に他の傭兵も小さく笑いだし、それに釣られてクライフも笑みを溢した。 そんなクライフの笑みにベックも小さく頷き、配置についた全員を見回して気持ちの引き締めると、火の灯った蝋燭を魚油の滴る枯れ木に放り込んだ。
 宙を舞う蝋燭が放物線を描き出し、ちろちろと揺れる下細くも小さな火が、枯れ木を覆う魚油に触れて大火になるのはあまりにも呆気ない程に一瞬だった。 燃える燃えるごうごうと燃える。 大火はおぞましい程の黒煙を生み出し、それが洞穴の奥へ奥へ向かうように、クライフはそよ風程度でしかない魔法によって押し込み導いてやる。
 すると、炎が燃え盛る音の他に洞穴の中からザワザワと、明らかに煙に戸惑っているだろう声が聞こえてきた。 その声を聞いて野盗が多数中にいる事を確認し、いつ飛び出て来てもいいように準備をしながらも黒煙を奥へと送り続ける。
 この閉塞空間にいる野盗を燻るという作戦も、大きく見れば野盗の戦力を削いだので成功だと言えたが、だからといって失点が全くない完璧な作戦というわけでもなかった。
 黒煙を送り始めてそれなりの時間が経ったが、未だに炎の少し奥でむせながらも「ぶっ殺す」等の喚く声が聞こえてくるが、なかなか誰も火だるまになってまで脱出しようとして来ない。 そんな時に、黒煙の奥からふわりと何かが飛び出すと火の海に飛び込み、陶器が割れる音と共に何かがこぼれだして炎が鎮火する。
 液体が蒸発する音がした途端に、枯れ木は黒煙を噴き出すのを止め白煙に変わる。 考えて見ればわかる事だが、川から離れた洞穴を拠点にしている以上は飲料水の備蓄が存在する筈であり、急いで飛び出してバーベキューになるよりは水瓶の用意に多少時間がかかってでも、焼けるよりは水で火を消したがるだろう。
 間抜けな思考の空白を突かれる形で火が消され、燃え盛る火炎の明るさに慣れていた目はの月夜の明るさに即座に慣れず、深く落ち窪んだ闇に視界が飲み込まれてしまう。 だが、それで動揺を押し隠せないのは初めての指揮官という大役に精神的に昂っているクライフだけであり、他の面々は同じ状況ながらも冷静に落ち着きはらって行動を開始する。
 流石に奇襲的に煙を大きく吸い込んだ野盗に出来た有効な反撃はここまでであり、洞穴を塞ぐ火を消せたはいいが呼吸は間に合わず、急いで転がり出てはゼェハァと呼吸をして居場所をこちらに知らせる。 そこへてぐすね引いて待ち構えていた槍を突き刺し、前が見えないと弓を放って剣を構えて逃げようする者を袈裟懸けに斬り裂いていく。
 時間経過とともにクライフも冷静になり、残りの野盗の方も順調に死体が増えていき、そんな昨日まで一緒に生きてきた仲間の死体を踏み分けてでも呼吸を求める者に、剣と槍を与えて呼吸を無用のものにしてやる。

「明かりを用意したぞ!」

 後ろからの大声が聞こえてきたと同時に、暗くなってから急いで作ったのか急拵えの松明に火がつけられ、目の前の惨状が照らされる。 殆どが武器すら持っていない死体の山は赤く染まり、血の河が坂を下って流れていく。 余程慌てたのかグラスを握りしめる死体や、捕らえた村娘で楽しんでいたのか下半身が裸の死体まで転がっている。 洞穴から野盗が出て来なくなったので転がっている死体の数を数えつつ、微かながら息が残っている者に止めをさして皆殺しにする。

「死体は…… 12体分あるんだから、昨日の尋問で1人減ったから尋問相手が数字を理解できていたならば、これで一応は終了か。 松明を持って生き残りが居ないか慎重に中を調べよう」

「では、クライフ様は後ろに」

 松明を持っている者と一緒に囲われるように、ゆっくり奥へと歩いて行く。 洞穴の入り口からは道が右へねじ曲がっていた為に奥まで見えなかったが、そこそこの奥行があったようで、奥に進めば進むだけ剣や鎧や金貨等の略奪した財貨に限らず、食べ物や服等の生活用品が地面に散乱していた。
 そして、行き止まりの最奥に到着すると、そこには表とは似てもにつかぬ惨状が広がっていた。 まず1人目の村娘は美しい肢体をさらけ出して全身に白濁液をかけられ、喪われた眼球の代わりに暗く窪んだ眼窩からすら白濁液が溢れていた。 2人目は全身に切傷と刺傷があり、手足の指は全て無く刺傷も痛みを優先した死ににくい場所ばかり刺されていて、隣に落ちている赤く染まったナイフは刃が欠けて錆び付いているのからして、明らかに野盗は拷問を楽しんでいたようだった。 最後の1人も似たような惨状で、滅茶苦茶に犯された後に腹部を股から縦に胸元まで切り裂かれているようだ。

「こいつは酷いな……」

 人を殺し慣れているベックの言葉に、さすがにここまで酷いものを見慣れていない者は顔を蒼くして頷き、クライフに至っては込み上げる吐き気と戦っていた。
 人間はどうしたらここまで残酷になれるんだろうか? 吐き気に苛まされつつも、自問自答を繰り返すがまったく理解出来ないししたくない。

「大丈夫ですかクライフ様?」

「ちょっと気持ち悪い…… もしよければ、この娘たちを葬ってやれないかな?」

「わかりました。 では、ここは私にまかせて、クライフ様は外で新鮮な空気を吸ってきて下さい」

 ベックに埋葬を任せると、クライフはよろよろと出口に向かって歩いていく。 すると、そこには入り口の警戒をして残っていた者達が居た。 彼等も周辺の警戒を続けつつ、帰る準備として死体から首を斬り落とし、首から伸びる髪をベルトにくくりつけて証拠を持ち帰れるようにしている。
 無念そうな野盗の瞳がクライフを貫くが、平穏な日常を急に崩され玩具として残酷な目に合わされた村娘と比べれば、それをなした野盗にはこの程度ではまだ生ぬるいだろう。

「クライフ様、中での作業は終了しました」

 後ろから肩を叩かれて振り返れば、そこには盗まれた財貨を肩に引っ提げたベックが立っていて、ほかの面々も作業が済んでいたのかクライフの顔を見ていた。 どうやら、思考が物騒な方向に向いてから悶々と考え込んでいたようだ。

「わかった。 それじゃあ、村に寄ってから帰ろう」

 戦闘の終結を全員に確認したクライフは、オーク鬼等の餌にならないよう首のない死体の処理も済んだのを見て、略奪品と首を持たせて下山を始める。 これからする作業は面倒な類いであり、奪われた物を返す作業が待っている。
 返すにあたってはこの領の規則があり、被害者に盗品を見せずに盗まれた物の説明をさせ、その説明を聞いた者が2人がかりで略奪品の山から探し出すというものである。 こうでもしなければ奪われたと言ったもの勝ちになってしまい、持ってもいないのに指輪を盗まれたと言い出す輩が出かねない。
 探した結果として見つからなかった場合、それは嘘の可能性もあるが見つけ損ねた可能性や、野盗が既に換金済みの場合もあるので嘘だ何だと強くは出ることはない。
 当然そうやれば死亡等の理由で持ち主が不明の物が出てくるが、それは残念ながらデーンロウ家での接収という形になる。
 現金は更に面倒な扱いになり、水増しを考えればこれも略奪されたと申告された金額を言い値で渡すわけにもいかず、集まった現金を被害を受けた村の生き残りの頭数で割って、平等な金額を村に支給するという事になる。 割合によっては奪われた金額より損得がでるが、これが一番裁きとして単純明快なのでこうしている。



[20897] 5話
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2010/08/20 02:34
 野盗の討伐を済ませ、略奪品の返還も済ませた時には沈んだ太陽も反対側から登っていて、眠気の残る頭を容赦なく燦々と照りつけていた。

「ふぅ…… これで、今すぐすべき事は終わったかな」

「ええ、後の作業は後日ですがペイジ様が片付けてくれるでしょう」

 一睡もしていないので疲れたが、それでもやるべき事をやったという達成感の方がクライフには多く、ふらつきそうになりながらも笑顔が溢れている。 そんなクライフにベックも笑みを漏らし、この人が当主になっても仕えてみたいとほのぼの考えていた時、ハヴィランド宮殿にはある一報が入り激震が走っていた。



 会議場の空気は重く、そこに出席している居並ぶ貴族は口を固く閉ざし、国王であるジェームズ1世の発言を固唾を飲んで見守っていた。

「――この報告は事実か?」

「はっ。 これは、ガリア王国より正式に発表されたものです」

「そうか…… 優秀と噂の弟であるオルレアン公が謀殺されたか」

 アルビオンにも電撃的に飛び込んできた報告は深刻なもので、前ガリア王の王位継承権のある遺児の内、優秀と言われた弟にあたるオルレアン公が1週間前に毒殺され、話題にもあがらぬ兄であるジョゼフ公が王位に着いたというものだった。 これはハルケギニアに激震をもたらしていて、それは空に浮かぶアルビオンにまで激震をもたらしていた。
 会議場の貴族は、不用意な失言を溢さぬ努力として無言を貫く。 心情的には当然ここまであからさまな謀殺をされれば、ガリア王国のジョゼフ王とは距離を置くように進言したいが、ガリアほどの大国に正面きって非難を出せるほどアルビオンは大きくない。
 もし、ガリアの現国王と親密にすべきだと口にして、結果としてロマリアやトリステインにゲルマニアといった国からガリアへ非難が出された場合、必然的にアルビオンは親ガリアとみなされ外交的に干されるだろう。 逆に非難を出すべきだと声高に叫んだとして、それがガリアとの亀裂を生んだならば政治犯どころの話ではなくなってしまう。
 だからこそ政治勘の強い者は黙り込み、勘が良くない者もそんな空気に負けて黙り込む悪循環。 そんな悪循環に、次の報告は負の劇薬を投入する。

「更には非公式な情報ですが、所謂オルレアン派であった者は政治的圧力による排斥のみならず、既に事故死や行方不明などが多発しているようです」

「ふむ…… あまりいい噂はなかったが、今更王位に欲がでたのか」

 国王の問いかけであるというのに誰もが黙して語らず、ただその声だけが虚しく会議場に響き渡る。 いつもならば、誰しもが自分の考えを頼まれもせずに述べあげ、少しでも利益を自身に誘導しようとするが今日に限っては、誰もが口を開けば貧乏籤を引くと理解して黙すか唸るかのどちらかである。

「アルビオン王国の方針を決めたい。 現国王に対して距離を取るか否か、自由な意見を述べよ」

「恐れ多くも陛下、我々一同は陛下の定めし指針に全力を尽くすべく所存でございます」
 兄にあたる国王の質問に対して、急遽屋敷より招聘されたモード大公が口を開き、当たり障りのない言葉を発する。 この発言は深く読まずとも誰にでも理解でき、外交に失敗した場合に責任の所在を国王のみにしたいが為だった。 だが、それを快く思わない者も多く、王弟という強大な御輿を担いでからというもの南部の発展は著しく、他を治める貴族としては苦々しいものがあり、ここぞとばかりに蹴落とそうとつまらない事ばかりを考える。

「モード大公、それは責任逃れに過ぎませんぞ。 兄君である陛下が悩める以上、陛下の弟君であるモード大公には精力的に意見を頂き、この国や我々を引っ張って頂きたい」

「その通りですな。 陛下の弟君にあらせられるモード大公だからこそ、これほどまでの難題を受けるに相応しい人物であると私は愚考します」

 モード大公は責任を国王だけに絞ろうとした結果、北部や西部を治める貴族により口々に急な攻撃を受けるも、一瞬だが顔をかすかに顰めるも素知らぬ顔で聞き流している。 そんな回りも転がりもしない会議場で、正直なところ本人からしても自分は政治的手腕がないと理解しているウィリアムは、ただただ嵐が過ぎ去るのを待つように腕を組んで黙り込んでいたが、ジェームズ1世の口にした発案により旗色が大きく変化した。

「これは最悪の場合、国家の大事ともなりかねぬ。 全員で考えて乗りきるしかないのだ…… 1人1つ自らの意見を述べよ」

 その言葉に、全員が自然と息を飲む。 国王によるこんな『意見を述べよ』という些細な発言とはいえ、これはれきしとした王命である。 故に全員が黙りを決め込めない。 もしも黙りを決め込んだが最後、王命に背いたとして他国の御家騒動が自分の家へ転がり込んで来ることになるだろう。
 だから、会議場の席次が高いモード大公から順に小さな意見が出され、ついには会議場の末席を汚していたウィリアムの順番が回ってきていた。 最後であるからして他人の意見が聞け、その中でウィリアムは会議場の微妙な雰囲気を感じ取っていた。
 今のところ大小差があれど、意見としては2つに分けられた。 1つはモード大公や南部に与する貴族の出した『ガリアとは距離を置くべし』という意見と、北部や西部の出した『ガリアとは緊密になるべし』というモード大公に対抗した意見である。
 派閥のような形が露呈しているが、生憎とウィリアムとしては国家に与してはいるが派閥に興味はなく、どちらとの遺恨も残さぬべく口を開いた。

「私が愚考しますに、陛下からはガリア国王の戴冠について一切書状をしたためず、外交関係は維持すべきかと」

「書状を出さぬ意味は?」

「大手を振って非難をせず、無言の非難という形で本質を表しつつ、されど声高に非難をする気はないと伝えます」

 あまり難しい政治はわからないが、ウィリアムもウィリアムなりに他の貴族との折衝も考えて出した意見に、国王は顎に手を当てて考え込んでしまう。 あからさまに過ぎて国王も微妙な派閥の存在に気付いており、そこでどちらを選んでも対立の溝が深くなるだけだと考えていたが、その両方の案を少しずつ取り入れた案が最後にだされたのをきっかけに、心の内では即座に採用しつつも悩むポーズだけは見せておく。

「結論を出す――我がアルビオンからは、今回の事について正式な書状は一切出さぬ。 だが、外交関係を冷やすつもりはない事を忘れるな」

『杖にかけて!』

「それでは、本日の臨時会議を閉会する」

 折衷案の採択とともに会議の閉会が宣言され、どうにも多少の凝りは残ったようだが今回は収まったらしく、お互いに顔も合わさず次に会った時に使えるカードを集めるべく、そそくさと退室して行った。
 政治に不得手なウィリアムからしてもこの状況はよくない事だとわかり、以前から儲かる地域とそれ以外での対立は存在してきたが、まだ決定的ではないがここ数十年では稀に見るほど大きく対立していたと思える。 いや、当然ながらいつだって水面下での政戦は熾烈な激突をしていたのだろうが、陛下の御前会議で政治下手なウィリアムですら不味いと思える激突は初めてだっただろう。
 これから陛下はどうなさるのか…… 臣下の声を聞かずに孤独にも自らが裁断を下すのか、肉親についたと揶揄されてでもモード大公と歩調を合わせて進まれるのか、はたまたガリアの御家騒動を理由にアルビオンでも兄弟による骨肉を争う政争にまで持ち込まれるのか。
 こうも政局が捻れるくらいであれば、今はウィリアムとしても武の才よりも政局をみる機敏さが欲しかったが、無い物ねだりでしかないなと頭を振ると、王家に仕えると誓った言葉に殉じて陛下の万難を排すべしと深く心に刻み込んだ。
 そんな考えに耽っていたウィリアムは急に声をかけられ声の方を向くと、そこには先程そそくさと帰ってしまった北部に与していた記憶のある貴族が立っていて、瞳に隠せない程の侮蔑を押し込めつつも渋々といった風に話しかけてきた。

「デーンロウ君、我々は頑なに陛下へ責任を押し付けようとするモード大公に対し、断固として反対しなければならないだろう。 王弟ともいう権力に対抗するには頭数が必要であり、我々は猫の手でも借りたいのだ」

 名前も思い出せない自分よりも若い小太りの貴族は、その後もペラペラと口にしていたが面倒なのでウィリアムはそれを聞き流しつつ、最後の最後になってようやく口を開いた。

「それで、私に何を求めるので?」

「ここまで話して解らないとは、これだから平民貴族は…… ゴホン、モード大公による王権への増長に対し抗議を続けるにも、あちらとこちらの権力の差は埋めがたいものがある。 なので、君には近衛軍第2部隊の掌握をお願いしたい」

 途中を聞かずに最後の質問だけを聞いたウィリアムからすれば、それは足りないものを他で補うという考えに基づいて足りない権力を武力で埋めるものだと理解できた。
 一瞬で激昂し剣を抜きそうになるが、寸でのところで堪えて深呼吸をする。 そんなウィリアムの雰囲気に気圧されて怯んだ貴族だが、深呼吸とともに消えた雰囲気に内心安堵の息をこぼしつつも訝しんだ表情でウィリアムを見る。

「――それは王の盾である近衛を私兵とし、この政局を乗り越える為の尖兵にしたいという事で相違ないか?」

「い、いやいやいやいや、別にそこまで大きい話ではない! 求めているのは簡単なもので、モード大公側から近衛への接触があっても先走ったりしないでくれればいいだけだ!」

「近衛は王の矛先でもあり、王以外による専有も独断も許されるものではない」

「そう、か、いや、そうならいいんだ。 よ、よろしく頼むぞ」

 恐怖に体を強ばらせてから、短い足でのしのし走るように逃げ去る貴族の背中を睨み付けながら、心胆にたまった気焔を吐き出して剣の柄に手をかける。 もし、あの貴族の吐いた言葉に嘘がなく、このままごうつくばりの貴族の横やりによって近衛が玩具にされたならば、自分はどうするべきなんだろうか?



[20897] 6話
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2010/08/20 20:45
 野盗討伐を済ませてもう1週間以上が経過したが、何故か任務を完遂して屋敷に帰ってからというもの殿下に会えていない。 それは別に喧嘩して避けられているといった話しでもなく、ただ単純に帰って以来お祖父様からハヴィランド宮殿への登城を禁止され、屋敷にクライフが籠らざるをえず会えていないのである。

「暇だなぁ……」

 窓から訓練場に視線を向ければ、そこでは今日も休まず弓矢を弄る平民達の姿と、その奥で乗馬しながら障害物を避ける訓練をしている傭兵達の姿が見えた。 彼らにしてみても野盗討伐の時の森での乗馬は褒められたものではなく、木々を避けるせいでただの縦陣での移動ですらぐちゃぐちゃになってしまっていた。
 本来ならば縦陣で進むだけならば前の人間に着いていき、前が右に曲がれば右へ左に曲がれば左へと着いていくものだが、今もまだ障害物に慣れていないのか一列で走っているにも関わらず、個々が右へ左へ判断して曲がってしまい障害物を避けきった時には一列のようなものに成り下がってしまっていた。 明るくてこれだとすれば、あの日は夜間行軍だった事も加味すれば冒険過ぎたかもしれない。
 こんな状況では森での縦陣移動ならなんとかなるが、横列や並列にして突撃を敢行した日には敵とかち合う前に馬同士でぶつかって被害が出かねない。

「でも、平原での突破力は魅力的だけど、メイジが混じってた日には目も当てられない被害が出るだろうし…… あ、でも平原なんて開けた所でメイジと敵対したならば、弓兵でもなければどのみち大打撃をうけるのか」

 メイジと騎馬隊の戦闘を重い浮かべるが、全方位から囲うように突撃を繰り広げるならまだしも、横列で突っ込んだ日には悪夢しか待ってないだろう。 そもそも、馬はこんななりでありながら非常に臆病で、火や音に過剰に敏感な部分もあって大規模な戦場ほど厳しい調教をして克服させなければ、当たりもしない大砲の音ですら壊滅的な被害が出てしまう。
 そして、もう1つの欠点は騎馬隊は野戦築城のない会戦が本領で、防衛戦も出撃しては嫌がらせに敵を翻弄するのに向いているが、逆に城塞等に籠る相手を叩く時には騎馬隊は役に立たなくなる。 これは近衛軍の研究で出された結論だが、土塁のようなものを相手にすれば騎馬隊の攻撃力は半減し、土塁の周囲を塹壕が囲った時には騎馬隊は無力化されるとの結論が出されていた。
 暇だからと空を見上げるも、今のところクライフは部屋から出る事が出来なかった。 理由はクライフ本人からしても父上であるペイジからしても面倒この上ないことで、ガリアの政変の煽りを受けて活発化し始めたアルビオン国内の政局の、近衛という御旗の1つを奪い合うべくデーンロウ家は両陣営から切り崩しの的になっていたのだ。
 だから、今日も青い空の下で平和な日常に紛れ込み、つまらない話が進んでいたのだ。



 ソファーにかけて机を挟み、面倒そうにペイジは対面に座る男を見やる。 最近になって政治がどうなったのかは知らないが、我が家に招かれざる来客が多い。

「お久しぶりですサウスゴータ殿」

「2年ぶり、といったところかな?」

 デーンロウ家の家柄から考えれば、サウスゴータの太守などは来てもらうよりは会いに行かねばならない大物だが、それほどまでに近衛を重視しているのかこうやって訪ねてきたのだった。

「本日はどのようなご用件で? 手紙には来訪するとしか書かれていなかったので…… 言って下さればサウスゴータまで向かいましたものを」

「いや、書き忘れていたようで悪かったな。 今日はデーンロウ家の訓練場で弓矢を使わせていると昔から聞いていたので、それがどのようなものか視察したくてな」

 そう言って爽やかに笑うサウスゴータ殿に、ペイジは内心舌打ちをしながらメイドに出させた紅茶を飲む。 サウスゴータと言えば南部に属し、渦中のモード大公の直臣として名をはせる大貴族である。 それがこんな時期に、こちらも渦中に叩き込まれたデーンロウ家に寄ってそんな代理の貴族に来させれば済む理由の筈がない。
 だが、相手も相手だけにそれをおくびにも出さない強かさがあり、聞かれたならば答えなければならないのでペイジも弓矢の優用性を語り、それを使える者達の育成について話を続けていた。
 そして聞かれた事について粗方語りつくし、全くもって家主側としては良くはないが夕食に宴を催すと誘ったところで、サウスゴータ殿がさも今まで忘れていたかのように次の話題を落としてきた。

「そういえば、君の息子のクライフ君は今年で幾つになったんだ?」

「む、息子ですか? 今年で8歳になりました」

 不意に息子の話を振られ、思いきり食い付きそうになる所を気合いで堪えきる。 ここからは危険だ…… 気を引き締めないと、妙な事を口走って言質にとられかねない。
 そんな風にペイジが気を引き締めなおしているとはいざ知らず、まるで世間話の延長線上にあるかのように引き締まった頭を粉々に砕く爆弾が放り込まれた。

「もう1つ話があってな、私も可愛い娘を蝶よ花よと育てた結果、気付けば未だに婚約者1人居なくて困っていたんだ。 もしよければ、クライフ君を娘の婚約者にしてもらえないだろうか?」

 少しばかり困りながらサウスゴータ殿が発した言葉に、ペイジは全身に電流がはしるかのような衝撃を受けた。 自分が覚えている限りではサウスゴータ家の子息は、今のところ長女だけだった覚えがある。
 長男が居ない状況で長女を嫁に出す意味は大きく、もしも世継ぎに男児が産まれなかったならば、場合によってはサウスゴータの地はデーンロウ家の預かりとなり、クライフとの間に産まれた子供が正式にサウスゴータの太守となるだろう。
 今まで貴族がこの屋敷を訪ねて来ては、面白くもない思想を語りつくしありもしない権益をちらつかせ、それにあやかることができるとほのめかしてきたが、ここまで大きく出てきた貴族は居なかった。 それほどまでに、南部にしてみればデーンロウ家が――いや、近衛が重要らしいとみえる。

「ああ、そうそう。 お互いの事を知ってもらうのが一番だから、娘のマチルダにはクライフ君のもとへ行ってもらったよ」

 あのサウスゴータ殿の笑顔には悪意しかないんだろうか? ああ、クライフよ…… この話しは危険過ぎるのだ。 もしかすると、悪質なハニートラップの可能性が高いだろう。
 頼むぞクライフ、言質に取られるような事は言ってくれるな! ペイジはサウスゴータ殿の笑みから視線を外し、天を仰ぐしかなかった。



 お父様に言われ、同じデーンロウ家の屋敷に行くのに違う馬車に分乗し、更にはお父様の馬車より遅れてサウスゴータを出たマチルダは、お父様の狙い通りまんまとペイジの目を潜り抜けて屋敷に入り込んでいた。
 実は先に着いていたマチルダの父が、事前に娘の到着が遅れるとメイドだけに話しており、サウスゴータの紋様も相成り何の疑いも無しに屋敷に入り、お父様たちが会議をしている部屋へ連れようとするメイドに「ご子息のクライフ君に会って来なさいと、お父様に言われていますのでそちらに連れて行って下さい」と言えば、何の疑いも無しに政治から遠ざける為にクライフが籠っている部屋に通された。
 今回お父様より言い付けられた内容は、マチルダからすればとうとう来たかというものだった。 まるで確認するように何度も何度も可能性でしかないとは言っていたけれど、私のもとにも遂に婚約者ができると言っていた。
 今まで私と歳の近い貴族達の婚約話しばかりを聞いていて、いつくるのかいつくるのかと悩んで待って他の人たちよりも遅くて、もしかすると私は知らない所では嫌われているんじゃないかとも考えたけれども、実はお父様が私をお嫁に出したくないと頑なに拒んで居たと知ったときには、安堵の涙さえ出てしまっていた。
 それで、今回私に出来た婚約者の話を聞いた時、私は少しだけ失望してしまった。 相手はデーンロウ家の長男で、何度か私も当主の方とは会った事もあるし家柄に文句を言うつもりはないが、問題は年齢差である。 私の婚約者のクライフ·デーンロウは、未だに8歳であって私の半分しか生きていないのだ。
 もし私が8歳で16歳の男性に嫁がされたならば、内心では恐怖しか感じないかもしれないが今は逆のパターンである。 それに8歳と言えば口外できないけれど、最近何度かサウスゴータの屋敷にモード大公の屋敷から連れて来られた妹みたいなティファニアよりもまだ若い。
 運命なんて数奇なもので、流石にティファニアよりも若い子に嫁ぐとは思ってもいなかった。 婿になる自分より年下の男の子が居る部屋の前に着き、コンコンと軽くノックをしても返事がなく、2回目のノックをすると中から入室を許可する声が聞こえてきた。

「失礼します」

「えっと……………… どちら様ですか?」

「私はサウスゴータ太守の娘、マチルダ·オブ·サウスゴータです」

 部屋に入って来たマチルダを見て、目をまん丸に開いていたクライフに苦笑しながら自己紹介をし、そのまま部屋に足を踏み入れたマチルダは部屋の壁を構成するかのような本棚と、それを埋め尽くす蔵書に少しだけ驚いていた。
 いや、正確に言うならばマチルダが驚いたのはそれだけではなく、その本棚にかけられた梯子に――本人かは確証がないが――クライフが登って本を取り出している事に驚いていたのだった。 既にラインになっているマチルダからしてみれば、本の出し入れなんてものは杖の一振りで済んでしまうものである。
 目的の本を取り出したクライフはいきなり入って来た見ず知らずの女性に動揺しつつ、梯子からゆっくりと降りてきて小さく一礼してから自己紹介を済ませた。 曖昧に覚えている範囲で考えても、サウスゴータはデーンロウとは比べ物にならない家柄であり、クライフから見れば闖入者でしかない相手であれ礼節を欠かせなかった。



[20897] 7話
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2010/08/21 20:59
 部屋に入って来た艶のある緑髪のお姉さん――マチルダに対し、クライフが「ミス·サウスゴータ」と呼んだら「私も貴方をクライフと呼ぶから、マチルダと呼んで構わないですよ」と口にしたので、今は家名もなにも関係なくマチルダお姉ちゃんと呼んでいた。

「随分と難しそうな本を読んでるのね」

「これはお祖父様の遠いお祖父様から編纂している本で、国軍や近衛軍の出陣記録です」

 何を読んでいるのか気になったマチルダは、椅子に座って本を読むクライフの後ろに立って本を覗き込むが、書いてあるのは兵隊の数やそれぞれの武装についてで、他にも細々とその日の風向きから果ては食べた戦闘糧食についてまで明記されていた。

 生憎貴族として勉強する為にハルケギニアやアルビオン、ブリミルについての歴史書を教科書として勉強をしてきたが、こういった軍事一辺倒の本は未だに読むどころかお目にかかった事すらなかった。

 こうしてクライフが本を読む姿は、そのくりくりっとした目を真剣にさせて可愛いものがあるが、やはり可愛いだけで異性としてみる事はできない。 そういう点から考えても、随分とお父様も無茶な縁談を組んだものである。

「私は読んだこと無いけど、戦争の本は面白いの?」

「戦争だけじゃないですよ。 日々の訓練に関する考察や、野盗退治から反乱鎮圧まで色々あったりします」

「へぇ、そうなんだ」

 軍事に関する教育は受けていないマチルダからしてみれば、野盗退治も反乱の鎮圧も人数の規模が違うだけで差がわからないが、どうにもわかる人間からしてみれば大きく違うらしい。

 特に共通の話題はなかったが、マチルダが思いついた事を質問すればクライフは読書を中断し、質問に対して十分な返答をおこなっていたが途中でふと、マチルダは大きな疑問を抱いた。 まだ8歳のクライフからしてみれば縁談なんて何ぞやといったものかもしれないが、それでも未だに婚約者になった事について一切触れられず、そもそも初めて会ったというのにその辺についてなんらアクションがないのは如何なものだろうか?

 確かに8歳の男の子に乙女心の機微を読み取れというのは酷かもしれないけれど、それを求めてしまうのもまだ16歳で乙女真っ盛りなので許してもらいたい。

「えっと、クライフは私についてお父様から何か言われてないの?」

「何も言われてないよ?」

 小首を可愛く傾げるクライフに少しばかり胸がキュンとくるが、今はマチルダからすれば聞き逃せない言葉を聞いた。 私の聞き間違いでなければ、クライフは婚約者について何も知らない状況にあるらしい。

 流石にデーンロウ家と私の家を比べたならば、デーンロウ家にとってこの縁談は正に大縁談であり、それをまかり間違っても当事者に伝えていない筈はないと思う。 場合によっては家を甘く見られたととられ、最悪の場合には破談だってあるかもしれない。

 じゃあ、もしかしてもしかすると……

「――お父様に担がれたのかしら?」

「どうしたのマチルダお姉ちゃん」

 不思議そうに私を見るクライフの頭を軽く撫でてから、大きく溜め息を吐いて私はクライフの隣の椅子に座った。




 デーンロウ家の立場と政局が変わらなければ、2年後にクライフが10歳になるのでそれに合わせて挙式をしたいと圧力をうけた。 立場や政局というのは、どう読み取っても『デーンロウ家が敵に回らなければ』という意味であり、ここまで一方的にとはいえ取り決めがなされた以上は、破談となると大変な問題がデーンロウ家に覆い被さることになるだろう。 いや、そもそも現状でも大問題でしかないが。

 とにかく、あの縁談から既に1年が経過していたが、何とかアルビオン王国の政局は小康状態に押しとどまっていた。 しかしながらそれは政治的な安定を意味せず、南部や近しい領地の親モード大公派と東部や北部を基幹とする反モード大公派が不安定な政局をつくり、皮肉にもそんな不安定な2つの派閥が政局を二分してささやかな安定を意図せずして作り上げていた。

 水面下での激闘は続いているが、表だった論戦は既になりを潜めてしまっていた。 デーンロウ家には縁の無い話だが、相手に表だって噛み付くにも情報が必要であり、その情報を手にいれるには金が必要不可欠だったのだ。

 東部と北部からなる寄せ集めの貴族達と、王弟でありさらには財務監督官の地位まで持ったモード大公。 元より財力には圧倒的とまでいえる差があり、反モード大公派の切り崩しも始まり流れは終息に向かっていた。 今回の政局の勝敗をあえてつけるならば、反モード大公派の惜敗か無効試合かといった形である。

 だからこそ、誰もがこのままうやむやに決着がついてしまう事を心から望み、そして誰しもが潜在的な対立は残しながらも今までの政治に戻るだろうと考えていたが、アルビオンという空飛ぶ大陸は波間に浮かぶ木っ端のように、また他国から寄せた波に翻弄されていた。

「それでは、これより会議を始める。 議題は風物詩ともいえるものだが、来年のロマリアによる親善大使来訪についてである」

 数年に1度の間隔ではあるが、ロマリアより外交を目的としない親善大使が送られてきた。 彼らは事実アルビオンに来ても政治的な話や通商についての話しもせず、ただただ1つの事柄を聞くためだけにロマリアより派遣されてくる。 その事柄は簡潔なもので、アルビオン王国の『聖戦についての如何』を伺いに来るのである。

「陛下、やはり聖戦とは損あって実がないもの。 やはり静観するのが良いかと」

「我々もモード大公と同意見ですな」

 この内容に関しては、派閥を越えて軍備拡張を目指す武家以外から全会一致で聖戦の不参加が意見として出され、国王も当然のようにそれを受け入れてエルフとの聖戦は不参加が採択された。

 やっと必要性の高いものには派閥を越えて話し合い、ぶつかるところはぶつかり正すところは正すようになって半年が経過し、このままいけば半年後にはクライフとマチルダの挙式となるところまで来て、とうとうハヴィランド宮殿の上空に政変の嵐が吹き始めていた。



 ウェールズは、最近になって急に父である国王が不機嫌になり、まるで八つ当たりのように政務官に文句を言っている姿をよく見ていた。

 流石に最近の国王の機嫌の悪さは目に余る領域に入りつつあるが、アルビオン王国という政治体制の頂点を窮める国王に苦言を呈する者はおらず、そもそも何に怒りを覚えているのか正確に知る者すら居ないのではないだろうか?

 だからこそ、アルビオン王国の皇太子として自らが動き、その理由を知る事で父王に代わってその問題を排除するか、もしくは内容次第では自分こそが家臣に代わって苦言を呈すべきだと考えて、ここハヴィランド宮殿で独自に聞き込み調査を行なっていた。

 しかし、調査は難航に難航を重ねる結果となった。 この事については未だに父王は口を開いて居ないようで、直臣から重臣に限らずメイドや執事のような者にすら溢していないようである。

「この事なんだが、パリーはどう思う?」

「そうですな…… 陛下のお心など私には検討もつきませんが、ここまで隠されている以上は何かしらの思惑があるやもしれませんな」

 そう、確かに国王という権力がある以上は、乱暴に言ってしまえば気に入らない部分を指摘さえすれば、政治は国をあげてそれを正すべく動き出す筈である。 それなのに、今回の件は国王以外の誰一人として知らされておらず、これは何かしらの理由なくしてはあり得ないと考えられる。

「ですが殿下、これを調べるには少々お気をつけ下さいませ。 どのような理由にせよ、陛下のお隠しになった心を調べるとなれば、野心を抱く諸候に『殿下に叛意あり』として、政治的な火種にされかねません」

「わかった。 じゃあ、気を付けて調べないとね」

 パリーの心配する言葉にそうだなと頷きつつ、しかし調べるからには徹底して調査をして、苦言を出せないが故に目に見えて最近精神的な疲弊がみてとれる政務官やメイドたちの為にも、迅速に調査を開始したのだった。


 ここ1週間程だが皇太子自らが調査を始め、様々な者に声をかけては国王の怒りの矛先を聞いて回ったが、分かったことは何一つなく得られたのは皇太子自らが動く物珍しさからくる悪目立ちと、国王の息子たる皇太子にすら情報がないと周囲に言い触らしただけになった。

 いやまあ、確かに実際は何も分からなかった訳ではない。 得られたのはほんのの少しの情報と、そこから生まれた情報の何倍もの謎である。

 例えば謎の手紙。 これは父王が叔父であるモード大公へ宛てて、ここ最近で3通もしたためられたものである。 内容は不明であり、そもそもそれをモード大公の屋敷へ配達するよう言い付けられたメイドしか書状の存在を知らず、しかも厳重に秘すようにとの言付けまでされていたようだった。

 だが、調べる限りではモード大公からの返信が到着した事実は確認できず、返信を要さない書状の可能性もなきにしもあらずではあるが、流石に短期間で出された3通もの手紙が全てそうである筈は限りなく低く、調べられた少ない範囲で考察しても何通かは黙殺されていると考えられる。 如何に王弟とはいえ現国王の書状による伺いを黙殺できる謂れはなく、何かしらの理由から父王の不機嫌を買っているのかもしれない。

 そして、もう1つだけ謎がある。 何処の誰かは解らないが、確実に国王の寝室へ不届き者が入ったという可能性である。

 調査を進めた結果として、何人かのメイドや貴族が国王の寝室へ入った誰かを目撃していた。 僕も調査をしていて思い出したが、確かに父王の寝室へ向かう者を見定めた上で入室を許可している。

 だが、一重に皆が口を揃え――例外なく僕もだが――国王の寝室へ入った者について『黒髪でローブを着た女性』という記憶しかなく、何処の誰が入ったのか知る者が居ないという恐ろしい現実だけが残っていた。 顔も名前も知らない誰かであるが、自身のか細い記憶を手繰っても覚えているのは、確かに僕はその女性に対して「彼女なら寝室へ入っても問題はない」と、何を根拠にしたのか不明な事を言っただけである。



[20897] 8話
Name: 呪人形◆bf19c6e7 ID:62152c15
Date: 2010/08/22 20:48
 ここ最近は皇太子の奇異な動きが目についたが、昨日になってその皇太子主催の会議が開かれ、そこで賊の侵入についての報告がなされた。

 会議を仕切る殿下の話しによれば、誰も知らない何者かが堂々とハヴィランド宮殿の正面より侵入し、何らかの手段を用いて衛兵やメイドはいざ知らず、ハヴィランド宮殿へ参内する貴族の目や殿下すらだまくらかして陛下の寝室へと侵入したとの事だった。

 その間には何人もの目をくぐり抜けておきながら、証人として喚ばれた者も殿下本人も黒髪でローブ姿であった事しか憶えておらず、しかも独自の調査をしてメイドの1人が思い出すまで誰もが忘れてすらいたのだ。 今回は目的が不明だったが、もし陛下の暗殺が目的だったならば何の障害もなく成し遂げられてしまっていただろう。

 しかしながら、部屋に侵入された陛下曰く盗難品すら存在せず、賊の目的は何も分かっていないのが現状である。 一応無駄とは分かっているが、近衛軍第2部隊を使って独自に警備を強化しているが、対策ができない以上は同じ手を使われても防ぐ手立てがない。

「こういった事は、まだ自分より父であるウィリアムの方が得意なんですがね。 父は今日中にでも帰って来ますが、それからではどうでしょう」

「先生は君の屋敷で近衛選抜の視察だったからね。 それに、僕としてはペイジに頑張ってもらわないと」

 父であるウィリアムは、近衛に入れても実用に耐えうる人材が居るかどうか屋敷の訓練場で視察していて、その間は2人の仕事は入れ替わりウィリアムは屋敷で政務と訓練の指揮をとり、近衛軍第2部隊司令ウィリアムという席があいた場所に息子たるペイジが代理として座っている。

 実際にウィリアムは屋敷で視察を行なっているが、実のところそのウィリアムが近衛から退けば次の司令はペイジになるので、そのお試し期間という意味合いも大きい。

「それで、どんなご用件ですか殿下?」

「これは内密な話なんだけど…… ペイジはモード大公の屋敷へは何度も足を運んでいるよね?」

「はぁ…… まあ、それなりには行っていますが」

尋問染みた後ろ暗さは介在しないとは言え、相手の真意すらわからず後の最高権力者と2人きりの部屋で話を聞かれるというのは、ペイジからしてみれば薄気味悪いことこの上なく、自分なりに失点を思い出してみるが領内の政治にしか手をつけず、国政はウィリアムがこなしていているペイジにしてみれば心当たりは皆無である。

「いや、その――叔父上は大過ないかな?」

「ええ、相変わらずお元気でしたが…… そう言った話しは、それこそ本人になさるととても喜ぶと思いますよ?」

ことここに至って、ペイジの思考を支配していたのは何を聞かれるかという先程までの不安から、現在では殿下から出された歯切れの悪い質問に対する疑念しかなかった。 わざわざこんな事を聞くためだけに、あえて副官を部屋から遠ざける必要はあったのだろうか?

 ここ最近は特に奇行が悪目立ちしているが、殿下とは元々聡明な方である。 もしかすると政治の苦手な自分には理解する事もできないような、壮大な質問だった可能性もなきにしもあらずである。 いや、珍しく挙動不審な殿下を見ていると、そんなわけもないかと感じてしまうのは臣下の人間としては不味いだろうか?

「私も単刀直入にうかがいますが殿下、本日は何を聞きに来たのでしょうか」

「あーいや、恥ずかしながら僕が最近動き回っていたことは知っているよね? その時に偶々知ったんだけど、父上はモード大公に対して書状を何通かしたためているんだ。 未だに1通の返信もなく、最初に書状を出した時期と父上の不機嫌の始まりが一致してね。 もしかしたら、ペイジは叔父上が父上の不興をかったならば理由を知っているかと思ってね」

「モード大公…… ですか?」

 殿下にそう言われ自分なりにモード大公について考えてみる。 最近になってもモード大公の屋敷に寄っているが、本人も何かに悩むような仕草も出していなかった上に、そもそも自分より圧倒的に政務能力の高いモード大公の失敗は想像さえできない。

 そのままペイジはうーんと唸るだけで何も思い付かず、元々ウェールズも期待してはいなかったのか黙ってそれを見ていた時、ふっとペイジにとって苦々しい過去が頭をよぎった。


 あれはもう何年前だろうか? 忘れたくて忘れようとして、それでも記憶から消せないもの。 あの場にいる全ての人間に平等に不幸を撒き散らし、その一切の誰にも得を与えなかった悪夢。

 その日は野盗討伐代行の要請を受け、珍しくサウスゴータの近くまで行った時の事だった。 部隊を率いて野盗を皆殺しにし、盗品を持ってサウスゴータ太守の屋敷へ向かっていた。 あの時はこちらの手違いで書類の数字を読み違い、野盗討伐を要請された日程より1日早く仕事を済ませて屋敷へ向かってしまった。

 だからこそ起きた入れ違いは、絶対的な不幸を撒き散らす。 討伐部隊は野営の準備をさせて、ペイジだけが馬車に乗り屋敷まで来ていたが、どうにも玄関前に1台の馬車が止まっていて先客が居るように見受けられた。

 だが、その馬車はペイジにとって違和感の塊でしかなかった。 そもそも近付いて見ても四方に窓すらなく、言ってしまえば犯罪者の移送に使う馬車の方が牢越しとは言え外が見える分だけマシだし、サウスゴータ太守という名家に停めるには家紋すらない馬車は不釣り合いであるが、しかしそんななりでありながらも足回りは精巧に造られているのに違和感がある。

 まず最初の失敗はここで、誰かは知らないが先客が居るならば日を改めようと考えればよかったのだ。 だが、当時のペイジはそれに何も感じる事はなく、まあ誰かが来ているんだろう程度の考えで中に入ってしまっていた。

 そして、屋敷の中に入ってからも気付くべき点はあった。 大きな屋敷にしては明らかに仕事に従事するメイド達の数が少なく、玄関で出会った老執事がペイジを客間へ招く際には荷物持ちすら呼ばずに、重いだろう盗品を老執事自らが運ぶ徹底ぶりであった。

 そのまま誰ともすれ違わず客間へ向かい、連れられた部屋へ真っ直ぐに入っていれば問題はなかったのだ。 なのにペイジは余りにも人気のない屋敷に疑念を感じたのか、部屋に入る前にちらりと周囲を見回したのが最悪の事態を招いていた。

 ちらりと確認した長い廊下の向こうを、2人の男性と1人の女性が歩いていたのが見えた。 距離があった上に数秒しか見えなかったが、それを見たペイジにとって2人の男性には見覚えがあったが、見覚えのある内の1人であるモード大公と腕を組んだ金髪の女性には心当たりがなかった。

 あれは確かにモード大公の正妻である奥方様ではなかったので、もしかしたら何人かめの妻か妾なのかもしれない。 世継ぎこそ重視される結婚において、男児をなす為ならば何人もめとる貴族は多々いるので問題はない。

 だがしかし、見間違いならば全く問題は存在しないが、本当に存在しないんだが…… 気のせいでなければモード大公と腕を組んで歩いていた女性の耳が長かった風に見えた気がした。

 見てしまった現実を頭が理解できずに廊下で立ち止まっていると、もう1人の見覚えがあるサウスゴータ太守も廊下に立ち止まってペイジを凝視していて、それに気付いた時には目が合ってしまっていた。 見てしまったものが怖くなり、そそくさと客間に入ったペイジは正直に言ってその日にサウスゴータ太守と何を話したのかすら憶えていない。


 あの時の盗品返還について何を話したのかわからないが、ただ、見てしまったものを墓まで胸にしまっていくと何度も確認した事だけは鮮明に覚えている。

「……残念ながら、自分の知る限りにはありませんねぇ」

「そうかい? となると、本人に聞くしか無いのかな」

 確かに心当たりとしてあの日の風景を思い出しはしたが、ここではそれをウェールズに伝えずにペイジはシラを切るという選択を選びとった。 ここでそれを口にして、もしも陛下の怒りがそことは違った場合、それは藪蛇として甚大な被害をもたらしかねないのだ。

 モード大公本人にどう聞くべきかと悩む殿下を前に、臣下でしかないペイジとしてはいたたまれない気持ちに苛まされるが、これは国を割りかねない事実なので口にするのは憚られたのだった。

 それからも、陛下の不機嫌についての理由を考察し何言か会話を交えた時、今日は千客万来なのか今度はノックもなく扉が開かれた。 いきなり開いた扉にペイジとウェールズは訝しげな視線を送るが、そこに立っている人物を見て2人慌ててソファーから立ち上がる。

「陛下!」

「父上!」

 疚しい事は何一つないわけだが、やはり個人的には今しがた話題に上がっていた陛下が急に部屋に入ってきたというのは、ただでさえ機嫌がよくないのもあり軽く取り乱す程度には驚いてしまった。

「ウィリアムはどうした?」

「父上でしたら、今日まで屋敷にて近衛への引き抜きの視察へ向かっています。 ですが、今日中には帰って来ますので、陛下の元まで向かわせますが」

「いや、居ないならペイジでもよい。 ウェールズ」

「はい」

「内密な話しになるから席を外しなさい」

「……はっ」

 有無を言わさない陛下の迫力に、殿下は疑念を飲み込むと一礼して部屋から出てしまった。 今日だけで大物が2人も来室してきたが、どうしてこんな日に限って父上の代理としてこの部屋の主として居座っているんだろうか?

 内心かなり焦っているペイジを気遣う事もせず、ジェームズ1世は平静の中に微かな侮蔑を混ぜて口を開いたが、それにペイジは気付く事は出来なかった。

「これより近衛軍第2部隊に密命を言い渡す」

「はっ!」

「船に乗りロサイスへ急行し、ロンディニウムから出撃し南下する近衛軍第1部隊と連携、北上しつつ逆賊モードに与する街をことごとく焼き払えい!」

「……………………は?」

 最初は何を言っているのかすら理解出来なかった。

 段々と言葉の意味は理解でき始めたが、それでも脳は理解を拒んでいる。 真顔で言う陛下に状態を言う雰囲気はなく、恐ろしいまでの静謐だけが部屋を支配していた。


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