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第二十八話 涼宮ハルヒの憂鬱、惣流アスカの溜息I ~私に有る希望~
※前回の第二十七話で設定ミスをしてしまいました。

修正前
部屋の割り当ては、ハルヒ・ミクル・鶴屋さん、キョン・イツキ・カヲル、シンジ・レイ・リツコとなった。

修正後
部屋の割り当ては、ハルヒ・ミクル・ユキ、キョン・イツキ・カヲル、シンジ・レイ・リツコとなった。
鶴屋さんは自分の実家である鶴屋家が経営する近くの別のホテルの部屋に家族と泊まる予定。

第二十八話を書いていて、ユキの泊まる部屋が無かった事に気が付きました。
ユキはハルヒと同じ部屋に泊まっていると言う事に修正させて下さい。
8/14に気がついたので、即時修正させていただきました。

<ドイツ ミュンヘン市 ラングレー診療所>

日曜日の朝、ホテルを出てハルヒ達はアスカを迎えにラングレー診療所に向かった。
電車の中では、ハルヒは憂鬱そうな表情でただ黙って雪に覆われたドイツの街を眺めていた。

「涼宮さん、元気が無いです~」
「ハルヒは朝食も1人前しか食べてませんでしたね」
「風邪でも引いて食欲が無いのかな?」
「じゃあ、アスカの両親がやっている診療所で見てもらえば……」
「……あたしは別に体調は悪くないわよ」

ミクルとキョンとカヲルとシンジの会話はハルヒに聞こえていたようだ。
しかし、それっきりハルヒは何もしゃべらず、キョン達も沈み込んでいた。
ハルヒがアスカの家の玄関のドアをノックする音も、昨日よりも勢いが無かった。
先に顔を出したローザに、ハルヒはいつものようにあいさつをしたつもりが、精神科医のローザには見破られたようでハルヒは首を横に振って否定している。
やがて、ハルヒは家の中から出て来たアスカと一緒に外で待っているシンジ達の所に戻ってきた。
アスカは母親とハルヒの会話を聞いて不安になったのか、心細い視線をシンジ達に向ける。

「さて、皆さんが揃ったところでこれからどうしましょうか?」

イツキが穏やかにそうハルヒに問いかけ、キョン達はハルヒの言葉を待った。
どうせ夏休みのように色々やらされるのだろうと、覚悟をしていた。

「……あんた達に任せるわ」
「「ええーっ!?」」

面倒くさそうにそう言ってため息をついてそっぽを向いたハルヒの発言に、ミクルが悲鳴を上げてキョン達もそれに続いた。
いつもは団員の先頭に立って引っ張って行くハルヒが自己主張をしないなんて前代未聞だ。

「おいハルヒ、本当にそれでいいのか!?」
「痛い、離しなさいよ!」

思わずハルヒの肩を強くつかんで聞き返してしまったキョンの腕を、ハルヒは不機嫌そうな顔で振り払った。
険悪な雰囲気になりそうな所をイツキが穏やかにとりなす。

「それでは、午前中は博物館でも回りましょうか。この時期ドイツは半祝日で、ミュンヘンの博物館は午後2時にしまってしまう所が多いのですよ」
「ふうん、そうなんだ」

イツキの話を聞いて、シンジが感心したようにうなずく。

「それと入れ替わるように、百貨店などは午後から開く所が多いんです」
「へえ、私はいつも別荘に居るから知らなかったにょろ」

団長のハルヒが集団のリーダーの地位を放棄したため、旅慣れたイツキが先導して行動する事になった。



<ドイツ ミュンヘン市 ドイツ博物館>

イツキに案内されてハルヒ達がやって来たのは、とても広い博物館だった。
博物館は川岸に建てられていて、入口の橋を渡る途中でも、その壮大さにSSS団のメンバーは心を打たれた。

「新東京ドームより少し広いぐらいの敷地に、20ものテーマに分けられ、展示品の全てを見るのには数日かかるとまで言われているんですよ」
「へえ、たいしたもんじゃないか、なあハルヒ?」
「そうね」

イツキの解説に感心した様子でハルヒに声をかけたキョンの気遣いを感じ取ったのか、ハルヒは少しだけ笑顔を見せた。

「今日はさらっと入口の方だけ見て回りましょうか?」

イツキに促されるようにハルヒ達はゆっくりと歩いて行く。
目を輝かせて展示物に突進しない所を見ると、ハルヒはまだ完全に元気を出していないようだった。
興味を持たせようと一生懸命なイツキの解説も上の空で聞いている。

「あっ、Me262じゃない! シンジ、近くまで見に行きましょう!」

突然アスカがイツキの勧める順路から外れた方向にある戦闘機を指差した。

「ええっ、アスカって戦闘機が好きだったっけ?」

シンジは軍事マニアのケンスケをバカにしていたアスカからは想像もつかない言葉に驚いた。

「いいから、一緒に来なさいよ!」

アスカは強引にシンジの腕を引っ張って連行するようにハルヒ達から離れて行った。
その姿を半ばぼう然と見送るハルヒ達。

「あの、惣流さん達を追いかけないでいいんですか?」

ミクルの問いかけに、しばらく2人を見つめていたハルヒはミクル達の方に振り返る。

「あたしは別に興味が無いし、そんなにアスカがあの戦闘機が好きならそうさせておけばいいんじゃない?」
「それでは惣流さん達には後で合流してもらいましょう」

そう言ってイツキは自分の立てた計画通りの順路に沿ってゆっくりとハルヒ達を案内して行った。
Me262戦闘機の側まで移動したアスカは、ハルヒ達が自分達から視線を反らして離れて行くのを見送ってからシンジに話しかける。

「ハルヒの様子がおかしいけど、一体どうしたのよ?」
「実は昨日の夜、涼宮さんのお父さんと会って一緒に食事をする予定だったんだけど……」

アスカに聞かれて、シンジは涼宮博士が機密データの窃盗容疑でドイツのネルフ支部に拘束されている事を簡潔に話した。

「そんな事になっていたのに、何でアタシには教えてくれなかったのよ?」
「家族水入らずで楽しく過ごしているアスカに、余計な心配をかけたくなかったからだよ」

シンジの返事を聞いたアスカは思いっきり苦い顔になる。

「アタシは、シンジの家族じゃないの?」
「えっ?」

ポツリとそう呟いたアスカに、シンジは思わず聞き返した。

「ごめん、変な事言っちゃったわね」

アスカは慌ててそう謝って、作り笑いを浮かべた。

「ハルヒはそれであんなに落ち込んでいるわけか……」
「うん、だからアスカも涼宮さんを元気づけてあげてよ」
「わかったわ」

シンジにそう返事をしたアスカは、依然として固い表情を浮かべているように見えた。
早足でハルヒ達の方へ歩きだしたアスカに置いて行かれないように、シンジもついて行った。
その後の博物館巡りもいまいち盛り上がりに欠けていた。
ハルヒは無理に笑っているように見えたし、アスカは何やら悩んでいて、ハルヒを励ます余裕は無いみたいだ。

「SSS団がこんな暗い雰囲気なのは初めて見たにょろ」
「俺だってめったに無いですよ」

汗を浮かべた鶴屋さんのつぶやきに、キョンがそう答えた。



<ドイツ ミュンヘン市 州立劇場前>

レストランで昼食を食べたハルヒ達は、店巡りをする前に軽く腹ごなしをすることにした。
冬のミュンヘンの街は一面雪に覆われて、州立劇場の前の広場もスケートリンクになっていた。

「これだけ雪が積もっていれば、雪ダルマを作ったり、雪合戦が出来そうだな、ハルヒ!」
「……何を言っているのよ、そんなことしたら子供みたいじゃないの」
「お、お前に常識を言われるとはな……」

キョンとハルヒのやり取りを見て、ミクル達は驚いて目を丸くした。

「キョン君と涼宮さんの立場がいつもと逆です~」
「それだけ彼は涼宮さんを元気づけようと必死なんだね」

ミクルとカヲルはそう言ってささやき合った。

「でも、涼宮さんは相当落ち込んでいるみたいね」

そう悲しそうにつぶやくレイの姿を、ユキは読んでいた本から顔をあげてじっと見つめていた。
ユキはそれから視線を本に戻す事無く、ずっと心配そうな表情をしているレイ達を眺めていた。
その後ハルヒ達はスケートリンクでしばらくスケートをして時を過ごしたが、いつもと違って盛り上がりに欠けていた。
低いテンションのまま、夕方から夜にかけてデパートなどを巡った。
そして、ホテルに戻ってレストランで夕食を取る事になったが、ハルヒの食欲もあまり無く、アスカも思い詰めた顔をしてうつむいていた。

「どうしたのアスカ?」
「うん、実は明日からの事なんだけどね……」

シンジに尋ねられたアスカはそこまで言って黙り込んだ。
そんなアスカを見てイラだったのか、ハルヒが発言の続きをするように促した。
キョン達の視線もアスカに集中する。
アスカはゆっくりとした口調で話し始める。

「明日の月曜日からアタシ、みんなと別れてパパとママの診療所の仕事の手伝いをしてみたいと思うのよ」

シンジはアスカの発言を聞いて、全身から血の気が引いて行くような感覚に捕らわれた。

「そ、そうか……」

かろうじてアスカに答える事が出来たのは、キョンだけだった。
その後誰も言葉を発する事は無く、聞こえるのはスプーンやフォークが食器に触れる音と、レストランの他の客の会話だけだった。
シンジはまるで石を食べているかのように味が全く感じられなかった。
いつもと変わらない食欲を発揮しているのはユキだけ。
そのユキも文字通り機械的に食べているのだと、キョン達はそう思った。

「じゃあね」

夕食が終わった後、アスカはシンジ達に見送られてタクシーに乗り込んで行った。
アスカが去ってしまった後、シンジはハルヒに視線を送ってポツリとつぶやく。

「いつもの元気な涼宮さんなら、アスカを引き止めてくれると思ったのに……」

でも、シンジにも落ち込むハルヒの気持ちが分からない事は無い。
人類補完計画の首謀者の1人として、父親のゲンドウが刑にかけられようとした事があった。
実際ゲンドウは加担していたのだから、実刑は免れないと周囲にもウワサされていた。
最悪の場合、見せしめのために死刑もあり得ると聞いた聞いたシンジは、毎日落ち着かない気分になった。
そんなに父親にべったりだったわけでもないシンジでもそんな気持ちになるのだから、ハルヒはそれ以上のショックを受けているのだとシンジは思った。

「碇君、アスカを引き止めるのに涼宮さんに頼っていてはいけないわ」
「綾波、僕の独り言が聞こえていたの?」

2人は人前で兄妹として振る舞うのは恥ずかしいのか、以前と同じように呼び合っていた。

「碇君が何を言ったのかは聞こえなかったけど、涼宮さんの方を見ていたから」

レイはそう言って部屋に戻ろうとするハルヒ達の後ろ姿を見送った。

「そっか……」
「碇君自身がアスカに戻って来て欲しいと言わないとダメ」
「うん、そうだね……」

シンジとレイも自分達の部屋に戻る事にした。
そんな2人の姿をユキはじっと見送った。
リツコは昨日の夜からドイルのネルフ支部に行っていて戻って来ていない。
部屋に戻ったシンジにリツコから連絡が入ったが、犯行の線はたくさん考えられると言う事で、涼宮博士の容疑は晴れていなかった。
そして、部屋に戻ったハルヒは憂鬱そうにため息をついて眠れないでいた。

「長門さんも、涼宮さんが心配なんですよね?」

ミクルにそう声を掛けられて、ユキは黙ってミクルに視線を向けた。
無表情のユキに見つめられたミクルは焦った表情になって言い訳をする。

「あの、その……昼間に涼宮さんを見ていたから……」
「あなたの言う通りかもしれない」

ユキはそう言って首を小さく縦に振った。



<ドイツ ネルフ支部>

それから数時間後の夜中にドイツネルフ支部の入口にユキが1人で立っていると言う連絡を受けたリツコは驚いた。
ネルフに事情を説明し、リツコはユキをネルフ支部の研究室の1つに通して話を聞くことにした。

「こんな時間にどうしたの?」
「私は涼宮博士の容疑を晴らすための情報を赤木博士に提供したい」

ユキがポツリとそう言うと、リツコは少し驚いた顔になる。

「確かあなたには未来の情報を知る事ができるのよね?」
「未来の時間に存在する異次元同位体と同期すれば、情報のダウンロードが可能」

リツコの質問にユキはうなずいた。

「でも、どうして? あなたは過去に直接介入する事を避けていたんじゃないの?」
「ある程度の時間が経過すれば涼宮博士の容疑は晴れる。しかし、その間涼宮ハルヒの精神状態は非常に不安定な状態になる」
「ええ、昨日から閉鎖空間や神人が発生して、レイや渚君や古泉君のような能力を持つ子達を招集して、押さえてもらっているけど……そんなにひどい状況では無いわ」
「でも」

リツコがそう言っても、ユキはしつこく食い下がった。

「現在の涼宮ハルヒの状態を観測し続ける事は私の望むところでは無い」
「もしかして、あなたはハルヒちゃんの友達として、落ち込んでいるハルヒちゃんを見ているのが耐えられなくなったのね?」
「朝比奈ミクルにも同じ事を指摘された」
「そう……」

無表情なユキの顔をじっと見つめていたリツコは、吹き出したように軽く笑って穏やかな笑顔になった。

「笑ったりしてごめんなさい。あなたが人間らしい感情を持つようになって嬉しいのよ、昔のレイを思い出せるようで」
「彼女もそうだったのですか」

ユキの瞳が興味を持って、自分に向けられたようにリツコには思えた。
リツコはそんなユキの瞳を見つめ返して尋ねる。

「でも、私に未来に起こる事を話してしまって、あなたは大丈夫なの?」
「私が禁則事項を犯せば、私の持つ異次元同位体と同期する能力が強制消去されるだけ、問題は何も無い」

少し早口でそう言ったユキの口調から、リツコはユキが未来の情報を知る能力を捨てたがっているのを感じていた。

「でも、その能力を捨ててしまってもいいの? いつかハルヒちゃんを守るために必要になるのかもしれないわよ?」
「…………」

リツコがそう問いかけると、ユキは下を向いて黙り込んでしまった。
ジレンマと言う感情もユキの中に芽生えているのだと、リツコは思った。

「心配しないで平気よ、ユキちゃん。人の未来は理論(ロジック)で決まっているわけじゃないから」

リツコは優しく微笑みながらそう言って、ユキの肩に手を置いた。
ユキがリツコの顔をじっと見上げる。

「人はあるべき未来を想像して、それを実現するために努力をする、そして結果がついて来るものなのよ」

リツコは科学者の間で伝えられている名言をユキに伝えた。

「私を創った人も似たような意味のような事を言っていた」
「あなたを創った人ってもしかして……、いえ、別に言わなくていいの」

リツコは未来のネルフでユキを作り上げた人物について目星をつけていたが、ユキの言葉で確信に変わった。
しかし、ユキにはリツコの導きだした答えを言わずに自分1人の胸にしまっておく事にした。

「じゃあ、今回の事件の事を話してもらおうかしら」
「……全ての情報のダウンロードは完了した」

ユキはそう言って腕を鳴らした。
おそらくこれが最後の情報のダウンロードになるのだろう。

「初めに、どのルートから情報がもれたのか教えてくれないかしら?」
「発端は伊吹一尉」
「マヤが!?」

リツコは信頼する部下の名前をあげられて、驚いた声をあげた。

「彼女からまた別の人物へと情報が広まり、その人物からさらに情報が拡散された」
「ちょっとまって、確認をするから」

ユキを制止して、リツコは日本に居るマヤへと電話をかける。
時差からして、日本は早朝に当たるはずだ。
しばらくの呼び出し音の後、マヤが電話に出た。

『先輩、こんな朝早くからどうしたんですか? ドイツで何かあったんですか?』

マヤは驚いている感じだったが、まだ起きたばかりの声をしていた。

「ごめんなさい、あなたにどうしても聞きたい事があったから」

リツコがそう言うと、マヤが電話の向こうでつばを飲み込んでいる音が聞こえた。

「ハウニブの事だけど……誰かにもらしたりした?」
『先輩、私を疑っているんですか!? 私、大事な情報を誰かに話したりなんかしてません!』

リツコの問いかけに対して、興奮したようなマヤの答えが返って来た。
リツコに疑われていると知って、相当なショックを受けたようだ。
ユキの情報が間違っていたのかと、リツコがマヤに謝ろうと思った瞬間、電話口の向こうからマヤの叫び声があがった。

『あああっ!?』
「どうしたの、マヤ?」
『先輩、ごめんなさい……私、加賀さんにハウニブの事、話してしまいました』

リツコにそう話すマヤの声は涙声になっていた。

『私、先輩の事を尊敬してたのに、自分の趣味全開のハウニブの研究を涼宮博士に押し付けて迷惑をかける先輩に腹が立って、お酒の席で加賀さんに愚痴を言ってしまったんです』
「そ、それは私が悪いわ! あなたがそう思う事は正しい事よ!」

電話口の向こうでグズグズと鼻水をしゃくり上げながら泣いているマヤをリツコは必死になだめた。
その後、しばらく話しているうちにマヤは段々と落ち着いて来たようだった。

「後は私が調べるから……良い? 顔をしっかり洗いなさい、泣きはらした顔で出勤したりしない事」
『はい、わかりました先輩』

リツコはマヤに母親のように言い聞かせた後に、電話を切った。

「待たせてしまったわね、続きを話してくれる?」

リツコは部屋の片隅で座って待っていたユキに声をかけると、ユキはコクリとうなずく。

「ハウニブの情報は加賀ヒトミから、剣崎キョウヤへと伝わった」
「剣崎君に?」

リツコは部下の加賀ヒトミだけでなく、ミサトとリョウジとの共同の友人である剣崎キョウヤの名前を聞いて驚いた。

「剣崎キョウヤはネルフ本部のスパイであると同時に、中国、ロシア支部の多重スパイだった」
「やっぱり、剣崎君は昔の加持君みたいに危険なアルバイトをしていたのね」
「ハウニブの設計データの情報はスパイの成果としては格好の物だった」

ユキの言葉を聞いて、リツコは天を仰いでため息をつく。

「要するに、私がおもちゃを作るような感覚で提案してしまった計画が、涼宮博士によって完成度が高められて、単なる乗り物の域を超える軍用兵器として、中国支部やロシア支部の目を引きつけてしまったと言うのね……いえ、各国の政府軍なども目を付けているのかもしれないわ……」

そう言ってリツコは疲れたようにソファに座りこむ。

「自分の軽率な行動のせいで、マヤや涼宮博士、剣崎君まで巻き込んでしまうなんて……」

頭を抱え込んでさらに落ち込むリツコにゆっくりとユキは近づいて、リツコの肩を優しく叩く。

「赤木博士が作ろうとしたのは涼宮ハルヒに夢を与えようとした乗り物。道具を何のために使うかは使う人間次第。赤木博士は悪くない」
「ありがとう」

リツコが顔をあげて、ユキにお礼を言うと、ユキは顔を横に背ける。

「別に、何もしていない」

その仕草は、まるで照れている人間のようだとリツコは思った。
リツコはユキから得た情報を元に、周囲の人間を納得させられるだけの証拠を急いで集めて、早期に涼宮博士の容疑を晴らした。



<ドイツ ミュンヘン市 フリーゲントホテル>

起き出して、朝食を食べにレストランにやって来たハルヒ達。
元気の無い様子でレストランに足を踏み入れたハルヒは、突然動きを止めた。

「いったい、どうしたんだハルヒ?」 
「あっ……」

キョンに声を掛けられているハルヒは、信じられないものでも目にしているかのように目を丸くして固まっていた。
ハルヒの視線の先には、スーツを着た男性が立っていた。
その整った顔立ちはどことなくハルヒに似ていたので、キョン達にはすぐにハルヒの父親である涼宮博士だと分かった。

「あっ、あの……」
「その……」

ハルヒと涼宮博士はそう言ったきり、お互い照れて下を向いて黙っていた。

「あのハルヒが、顔を赤らめて下を向いている!?」

初めて見るハルヒの予想外の表情に、そう呟いたキョンをはじめとして、シンジ達も驚いて固まってしまった。
そんな中、ハルヒは勇気を出して父親に近づいて行く。

「そうだ、いつも苦労かけているし、肩でも揉んであげましょうか?」

ハルヒは自分が緊張しているのをごまかすために、愛想笑いを浮かべて思いっきりおどけた口調でそう言った。
涼宮博士はゆっくりと顔を上げて、ハルヒの顔を見つめると言葉を絞り出す。

「……大きくなったな」
「バカ、2年前の七夕に会ったばかりじゃないの、何を涙ぐんでいるのよ」

そう言うハルヒの瞳にも涙が浮かんでいるように見えた。
そしてまた2人の間に沈黙が流れた。

「……そろそろ、仕事に戻りなさいよ、すごく忙しいんでしょう?」
「……そうだな」

ハルヒが顔を反らしてそう言うと、涼宮博士は短くうなずいて立ち去って行った。
涼宮博士の姿が完全に見えなくなってから、キョンはハルヒに近づいて声をかける。

「おい、親父さんと会って一言しか話していないんだぞ、それでいいのか!?」
「あれで十分よ!」

キョンの問いかけに、ハルヒは腕で涙をふいてそう言い返した。

「まったく親父もバカよね、電話で話しているから、あたしが元気だって事、わかるっているのに!」

その後の朝食で、ハルヒは元気を取り戻したかのようにモリモリと食べていた。

「涼宮さん、いつもの調子に戻ったみたいですね」
「ハルヒの元気な声を聞かないと調子が狂ってしまうぜ」

ミクルの言葉に、キョンはそう言ってぼやいた。

「おや、そこまで涼宮さんにゾッコンでしたか」
「バカ、そう言う意味じゃない!」

穏やかな笑顔にニヤニヤ笑いがプラスされたようなイツキに向かってキョンはそう言い返した。

「そうよ、何言っているのよ古泉君! ……まあ、あたしは団長なんだから不甲斐ない所を見たら不安になる気持ちも分からないでは無いけどね」

ハルヒも力強くイツキに対してツッコミを入れた後に、そう呟いた。

「……キョンみたいなやつでも一応団員の1人なんだし」

さらに続いたハルヒの言葉は誰の耳にも届かなかったようだ。
ユキだけが強力な集音機能でも備えているのか、ハルヒの方に視線を向ける。

「パーソナルネーム、涼宮ハルヒをツンデレと判定……」

ユキは誰にも聞こえないような小さな声でそうつぶやいた。
朝食を終えたハルヒは大声でシンジ達に向かって宣言をする。

「さあ、アスカを迎えに行くわよ!」
「え、でもアスカは昨日、診療所の手伝いをするって……」

シンジがしどろもどろに反論すると、ハルヒはテーブルを叩いて力強く主張する。

「SSS団の副団長が活動をサボるなんて1日たりとも許されないのよ!」
「ハルヒ、ここはレストランだぞ、もうちょっと声を押さえろ」

キョンになだめられたハルヒは、ゆっくりと息を吐きだしシンジをじっと見つめて宣告する。

「いい? シンジが説得してアスカを連れ戻すの。これは団長命令よ」
「碇君……」

レイ達の視線がシンジに集中した。
シンジは力を込めて手を握りしめて、力強い瞳でハルヒを見つめ返して言い返す。

「うん、僕がやってみるよ」
「よろしい! じゃあアスカの所へ行きましょう!」

ハルヒの号令により、シンジ達はレストランを出て、電車でアスカの居る診療所へと向かった。



<ドイツ ミュンヘン市 ラングレー診療所>

朝の診療所に姿を現したシンジ達を、アスカは不機嫌な顔で出迎える。

「昨日、別行動にしましょう、って話したわよね?」
「アスカ、大事な話があるんだ」

シンジはそう言ってアスカの腕をつかむと、ハルヒ達から離れた場所へと引っ張って行った。

「ここまで来れば涼宮さん達にも聞こえないね」
「で、話って何よ?」
「アスカはこのままドイツの両親の元に残るつもりなの?」

シンジは自分の決心が鈍らないうちに真剣な顔で核心を突く話をした。
アスカの顔が虚を突かれたかのように驚いた顔になる。

「アタシ、パパとママに将来どうするか決めた方がいいと言われたのよ。今からでも遅いぐらいだって」
「えっ、まだ高校生なのに?」
「ドイツの子供達は自立心が強いのよ。アタシも11歳で進路を決めて大学に入ったんだから」
「でも、それはエヴァのパイロットの時の話だよね?」
「確かに、アタシは他人に見下されないって気持ちで大学に入ったんだけどさ……」

シンジはグッと握った手に力を込めて、アスカに話しかける。

「僕達、まだ涼宮さんの監視をするって言う任務の途中じゃないか、アスカはそれを投げ出すって言うの?」

シンジがそう言うと、アスカは悔しさをにじませた声で答える。

「シンジは任務だからアタシやミサトと家族ごっこをしていたわけ? あーあ、アンタには失望したわ」

アスカはそう言って盛大にため息をついた。
シンジが首を左右に振って叫ぶように話す。

「ち、違うよ!」
「何が違うって言うの?」
「僕は任務とかそう言うの抜きで、アスカやミサトと暮らしたい思ったから一緒に居たいんだ!」

シンジが少し大きめの声でそう叫ぶと、アスカは心から安心したように息を吐きだして、嬉しそうな穏やかな笑顔を向けて優しくシンジに話しかける。

「アタシもそうよ」

アスカがそう言うと、シンジも嬉しそうに顔を上げてアスカを見つめた。

「でも、勘違いするんじゃないわよ、恋人とかそう言うんじゃ無くて、シンジが側に居ないと物足りないとか言うとか、そ、そんな感じよ!」
「うん」

赤くなってそう言ったアスカの言葉に、シンジは嬉しそうにうなずいた。

「さっきのアンタの声、大きかったからハルヒに聞こえたかもよ?」
「そうだったらマズイなあ……」

アスカとシンジは待たせていたハルヒ達の元へと戻った。
ハルヒが特に何も言ってこない所をみると、ハルヒには会話の内容は全く聞こえていなかったようで2人はホッとした。

「じゃあ、後はママを説得するから、みんな待ってて」

アスカがそう言って、診療所から顔を出したローザの所へ行くのを見て、ハルヒ達はシンジの説得が上手く行ったのだとわかった。

「どうやら、アスカを説得する事が出来たようね」
「良かったです~」

ハルヒとミクルの言葉にシンジはうなずいて返事をした。
それからハルヒ達はローザと話すアスカの様子を見守っていたが、話し合いが揉めているようだった。
アスカと困った顔をして渋るローザの元に、ハルヒが近づいて行く。
ハルヒがローザとしばらく話すと、ローザは声を上げて笑いだした。
アスカとハルヒは笑顔でローザに別れを告げて、シンジ達の元に戻って来た。

「ハルヒ、お前はどうやってアスカのお袋さんを説得したんだ?」

キョンの問いかけにハルヒは胸を張って答える。

「日本では高校生ぐらいまで遊んだ分だけ、大人になったら休日無しで死に物狂いで働くってローザさんを説得したのよ」
「何だそのヘリクツは!?」
「あたしは少なくともそのつもりよ」

ハルヒはキョンに対して言い放つと、いつものように腰を手に当てて堂々と宣言をする。

「じゃあ、今日の予定を発表するわよ! 午前中は博物館に行って、午後はスケートをした後、雪合戦ね!」

そんなハルヒにキョンはため息をついてツッコミを入れる。

「ハルヒ、雪合戦をするなんて子供っぽいって言っていたじゃないか」
「童心に帰って遊ぶことも必要なのよ!」

SSS団にとって定番とも言える光景が戻り、シンジ達にも笑みがあふれていた。
そして、ハルヒ達SSS団はドイツでの楽しい日々を送った。
アスカも両親と一緒にドイツでの年末を過ごせて嬉しそうだった。
さらに数日後、アスカの両親と涼宮博士に見送られて、ミュンヘン国際空港からドイツを飛び立った。
帰りの飛行機の機内で、ユキはいつものように無表情で本を読んでいる。
そんなユキにためらいながらもミクルがそっと話しかける。

「あの長門さん、異次元同位体と同期する力を消してしまったって本当ですか?」

ユキは本から顔を上げて、ミクルの方に顔を向けて軽くうなずいた。

「どうして……?」
「結果が約束された未来など私には必要無い」

ユキの言葉を聞くと、ミクルは胸に手を当ててしばらく考え込んだが、何か思いついたようでもう一度ユキに話しかける。

「そ、そうですよね。いけないことだとは思いますけど先の事が分からない方がワクワクしますもんね!」

ユキはミクルの言葉に対して否定もしないで、そっと本に視線を戻した。
そんなユキの姿を見て、キョンはしみじみとした口調で隣の席に居るイツキに話しかける。

「長門は心配事が解決したから、ああして本を読んでいられるんだな」
「そうだとしたら、あの姿はSSS団の平和のシンボルですよ」

イツキも穏やかな笑みでキョンの言葉に答えた。

「本当に、楽しい修学旅行になってよかったな、ハルヒ」

キョンは後ろの席で遊び疲れてアスカと一緒に寝息を立てているハルヒに向かってそっとそう呼びかけた。