現在位置:
  1. asahi.com
  2. 天声人語

天声人語

Astandなら過去の朝日新聞天声人語が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)

2010年8月18日(水)付

印刷

 セザンヌの連作「赤いチョッキの少年」で最も有名なのは、一昨年にスイスで盗まれた一枚だろう。少年は職業モデルで、左手でほおづえをつく中性的な横顔を、上半身の赤がきりりと引き締めている▼日本ではなぜか、赤は長らく「女の子の色」だった。本来は火であり血であり、赤ん坊や還暦のちゃんちゃんこが示す通り、元気の色である。男女を問わず、燃え盛る生命力を異性に誇示する色でもあろう▼米ロチェスター大学などの研究チームが、「赤を身につけた男性は、女性からより魅力的に見える」との説を発表した。米国、英国、ドイツ、中国で七つの実験をした結果で、文化的な背景は関係なかった▼例えば、同じ男性のシャツを赤と緑にして見せたところ、若い女性たちの好感度は赤が勝った。モノクロ写真を赤と白の枠にしても同じだった。どうも赤が入ると、地位や収入、性的魅力が豊かに映るようだ。一部のエビや霊長類では、メスはより赤いオスになびくという。人間も同じらしい▼夏目漱石の『坊っちゃん』で、敵役の「赤シャツ」はずる賢い女好きに描かれる。主人公は〈人を馬鹿にしている……この男は年が年中赤シャツを着るんだそうだ。妙な病気があった者だ〉とぼろくそだ。でも研究チームに言わせれば、病気どころか理にかなった勝負服だろう▼無論、赤シャツに赤チョッキで固めても、中身が伴わねば妙な装いで終わる。男女とも、色で上げ底するまでもない本物を目ざすべし。赤の魔力なるもの、せいぜい水増しのコロン程度と心得たい。

PR情報