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「これで、ラストー!」
いつも通りに、仕事を終えて愛剣のレッドクィーンを背に仕舞う。
今回も苦労する事なく仕事をこなせてネロは微笑を浮かべつつ、帰ってからの予定を考えていた。
「帰ったら風呂に入って、」
遅めの夕食を作って、仕事の報告をしながらおっさんと食事をする。
至って何時も通りだ。うん、と頷きながら今度は献立を考える。
ちょっと時間も遅いから手早く出来るパスタにしよう。そう決めてから次は冷蔵庫の中を思い出す。
そんな事を考えながらおっさんが待つ事務所兼自宅に踵を返す。
その時、右腕が密かに光った。始末し損ねたのだろうかと、愛銃のブルーローズに手を掛けて振り返った刹那、左足に激痛が走った。
驚き目を向けると最後に仕留めた筈の悪魔が噛み付いていた。頭部であろう其処だけが、悪足掻きなのだろうか紅く光る目を此方に向けてニヤリと笑いながら牙を立てていた。
「っ、そ!しつこいんだよ!!」
噛み付く悪魔に向けて弾丸を撃ち込む。弾を受けた悪魔は気味の悪い声を挙げて砂に還っていった。
「あー、最悪だ」
ばっちぃなと眉をしかめて愛銃をホルスターに仕舞う。傷口は放って置いても時期に塞がる。
気にする事なく、最後の最後に気分が悪くなったとぼやきながら再び帰路に着こうと足を踏み出した瞬間、
「…っ、!!?」
足の先から頭の天辺迄、杭で打たれた様な激痛がネロを襲った。訳もわからず、余りの痛みに膝を着く。
「な、んだ…?」
何故か、嫌な予感がした。
ふと、噛まれた傷口を見てみると、当に塞がって居ても可笑しくは無い傷口からドロリと赤黒い血と気味の悪い液体が溢れ出ていた。
ただ、噛み付かれただけじゃない…毒か?
嫌な汗が流れた。別に初めての事じゃない。
フォルトゥナで任務を行っていた時だって、駆け出しの頃はこんな事は普通にあった。
単独任務が主だったネロは自分で応急処置をして、本部でクレドに治して貰っていた。
けれど、今回の傷はそんな易しいものではないとネロの中の何かが告げていた。
毒のせいだろうか震える手で適当な布を使って止血をする。
「くそ…っ」
兎に角、こんな場所じゃ何も出来ない。震える足をレッドクィーンを支えに立ち上がる。鋭い痛みは変わらずネロを襲っていた。
震える体と荒くなる息を煩わしく思いながら出口へ歩みを進めていると、突然心臓が悲鳴を挙げる様にどくりと哭いた。
「っっ!?」
何かが競り上がる感覚がした。反射的に口に手を当てる。喉の奥が熱い。そう思った瞬間、ドロリと液体がネロの指先から溢れて流れ落ちていく。
…血、だ。
尋常では無い吐血の量にいよいよ不味いと警告音が頭に響く。
きっと、普通の毒じゃない。あの悪魔の本当に最期のとっておきだったんだろう。
絶え間無く口から溢れる血液と体を貫く激痛に嫌な考えが浮かぶ。
「…っ」
溢れ続ける血液に悪態すら吐けない。だか、この状況はやばい。痛みで中々回らない頭で考える。
…どうにか、しないと、連絡…電話。
溢れる血で喋れるかどうか怪しいが、兎に角事務所に連絡をいれなければ。
普段ならばこんな醜態をおっさんなんかに晒したくないが、そんな事を言っているような状況では無い。もしかしたら、最期になるかもしれない。
考えたくないが、今の状態では有り得る話しだ。
兎に角、今は何がなんでも、おっさん…ダンテの声が無性に聞きたかった。
もう動かす事さえ億劫な足を叱咤して、レッドクィーンを支えに無理矢理歩を進める。確か、近くに電話ボックスがあった筈だ。朧気な記憶を引き出して、向かう。
ネロが歩いた後には点々と血の痕によって小さく川を作っていた。
徐々に霞む視界の中、ぼんやりと灯りが見える。
―電話ボックスだ。
普通なら直ぐの距離さえ今のネロには途方もなく長い道だった。
体当たりする様にドアを開けて、震える手で受話器を取り血に染まったコインを捩じ込んでナンバーを押す。
たったそれだけの動作に更に息が上がり、嫌な汗が伝う。
やけに耳に響くようにコール音が鳴る。
おっさんはちゃんと電話を取るだろうか、こんなに血が溢れる喉で声は出るんだろうか。
ヒューヒューと嫌な呼吸と無機質なコール音を聞きながらグルグルと回らない頭で考える。
心配するだろうか、それとも失敗を笑うだろうか、もしかしたら眉を顰めて溜め息を吐くかもしれない。
…なんだっていい。
早くダンテの声が聞きたい。
「…だ 、んて」
あぁ掠れて酷い声だけど、一応喋れそうだ。少し安心して息を吐いた。
そしたら凄い量の血も一緒に出た。笑いたいのに笑えない。
少しずつ、痛みが無くなってきた。けれど今度は寒くて怖い。序でになんだか瞼も重い気がする。
ダンテ、ダンテ、あんたの声がききたい。
『…Devil May Cry』
何度目かのコールで無性に聞きたかった声がスルリと耳に落ちてきた。
安堵のせいか、足の力が抜けた。ガラスに寄り掛かった姿勢から一気に崩れ落ちた。
腰を落とした先でビチャリと水溜まりの水みたいに血が跳ねた。
「…お、さん…」
こんな時くらい名前で呼べよおれのばか