日本が世界を制すると思われていた日々は、もはや色あせた思い出だ。それでも日本は、着実に成長を続ける中国に目を光らせながら、世界第2位の経済大国の座を長く守ってきた。だがついに隣国に追い越される魔の瞬間が訪れた。現在直面している経済問題に政府と国民がどう対応するか―それがこの先50年のこの国の行く末を決めることになる。残念ながら今のところ、答えは見えていない。
ある意味、今回発表された4-6月期の国内総生産(GDP)は空騒ぎをもたらしたと言えるかもしれない。結局のところ、ほぼすべての面で、日本の生活環境は、中国よりもはるかに快適で安全、可能性にあふれている。日本は世界有数の長寿国であり、公害がまん延した1970年代から環境は劇的に改善した。社会保障は手厚く、国民1人当たりの国内総生産(GDP)は約3万9000ドル(約330万円)で、国際通貨基金(IMF)がまとめた中国の3600ドル(約30万円)の10倍以上。日本が清潔で安全で豊かな国であることは誰の目にも明らかだ。
翻って中国はというと、威光の影に隠れて数々の難問が山積している。政治的脆弱(ぜいじゃく)性、環境悪化、大きな所得格差、時に敵意に満ちたナショナリズムの復活など問題は多岐にわたる。インターネット上には、最近の雨の影響で三峡ダムに流れ込んだ大量のゴミの写真が氾濫(はんらん)している。社会的セーフティネットは農村部を中心に遅れが目立ち、ただでさえ生活が苦しい農家は、料金を前払いしないと医療サービスが受けられない。大都市では、不動産の価格高騰と供給過剰にともない、空室が目立っている。
だからといって、日本は安堵(あんど)すべきではない。当然、日本にも問題はある。この20年間、景気の悪化とともに日本はほとんど抜け殻のように過ごしてきた。ケインズ主義的な景気刺激策が何度となく打ち出されたが、日本の政治家が、今でもこの種の措置に頼ろうとしていることには驚かされる。日本は研究・開発に世界有数の投資を続けているが、技術革新という点ではもはや世界を主導する立場にはない。日本の高度経済成長を促した政府の規制と産業奨励策は、市場に基づく発展を目指すうえで障害となった。
日本の抱える真の問題は、政府や産業にかかわるものではなく、社会に根ざすものかもしれない。そのため解決がはるかに難しいのだ。あらゆる社会は、独自の理論(あるい不合理)に基づいて発展する。日本の社会は、その複雑さゆえに、日本独特のニーズに適した進化を遂げてきた。資本が自由に移動し、アイデアが共有され、消費者が幅広い選択肢を持つことが当然とされるグローバル経済への変貌に、日本の社会構造はあまりに硬直的ではないか。日本の社会は、あいかわらず階層やコンセンサスを重視しており、それが現在の資本主義の原動力である起業家精神を損なうという意図せざる結果を招いている。このことで、多くの日本人の創造的なエネルギーが、個人な利益の追求に向けられ、経済活動から離れている。
ほかにも要因はある。日本は戦後、欧米に追いつくことを第一の目標に掲げてきた。だがその国家目標は、なぜ追いつくことが望ましいのか、日本の豊かな暮らしとはどのようなものなのか、といった大局的見地に結びついていなかった。今や日本人は、1980年代当時の世界進出に向けた強い意欲を徐々に失いつつある。
バブル時代、日本は次の世界の超大国になるとの期待を抱いた。この10年はそのような行き過ぎた期待を修正するのに必要な時期だったともいえる。恐らく、当時の日本人の世界進出の野望は、背伸びしたものだったのだろう。ある意味、内向きの現状は、日本の長い歴史を踏まえれば、より正常な状態かもしれない。だからといって、日本人留学生が減少の一途をたどり、外国人の移民・帰化がほとんど認められないような現実が問題であることには変わりはない。
09年の総選挙で民主党が大勝した一因は、すべての国民に等しく機会(オポテュニティ)が与えられる、新しい日本を作るという方針が支持されたことだった。それにもかかわらず、日本が世界で果たすべき役割、経済成長を促す方法、国内の社会問題への対応について、国民的な議論はまだ行われていない。欧米の観点では、オポテュニティには、革新を起こし、リスクを取ってチャンスを手に入れ、自分と取り巻く世界の変革を試みる自由が含まれていなければならない。現在の日本では、そのような精神は抑えられており、将来への不安がまん延している。だからこそ中国の台頭を苦々しく感じるのだ。
現在のような悲観ムードは、何世紀にもわたる政治、社会、経済モデルが崩壊した1860年代の日本にも見られたはずだ。だがそういった混沌(こんとん)のなかから、欧米以外では史上初となる、近代的な社会構造を持つ、勢いのある国家が誕生したのだ。
日本人はショックを受けたときに最高の力を発揮する―――あるベテランの日本人ジャーナリストから聞いた言葉だ。世界第2位の経済大国の座を中国に奪われたことは、日本人を奮起させ、創造的なエネルギーを解放するきっかけとなるだろう。
(マイケル・オースリン氏はアメリカン・エンタープライズ研究所の日本部長)