サムスンはグローバリゼーションに伴い「開かれたものづくり」に移行した
で、93年以降もしばらくは日本追従型でやっていたわけです。ところがしばらくやっていると、何だか日本から聞こえてくるのは「失われた10年」とか、寂しい話ばかりだった。私も見ていましたが、とにかく寂しい話ばかり来るんです。ああいうのを見ていて厭になっちゃったんですね。それで日本追従をやめようということになりましたが、実際にはなかなか追従を断ち切れなかった。そこへ断ち切らせる事件が起こったんです。97年の金融危機です。あっという間に韓国へ飛び火して外貨がぜんぶ逃げていった。これは大変でしたよ。サムスン社員だって皆、リストラされた。特にサムスンの社員は、サムスンに入るために「おぎゃー」と生まれたときから英才教育を受け続けてきた人ばかりだったんです。で、やっと入社したらクビを切られる。しかもサムスンに入ったから結婚したという人がほとんどだったんです。だからクビになったらすぐ離婚(会場笑)。それはもう可哀想でね。即離婚される。そういう部下をたくさん見てきました。皆離婚されるから、当時はソウルの離婚率が一時的に35%まで上がったんです。もちろんサムスンだけではなく、ヒュンダイもLGもほとんどの財閥がクビを切っていました。
そんなところからもの凄く頑張って、97年に国際化からグローバリゼーションへ移行していきました。結局、危機意識があったんです。日本人に足りないのは危機意識。危機感はあるんですよ。でも日本人は危機がくるとサッと身をひそめて素潜りしてしまう。「ちょっと苦しいけれど、もう少ししたら水面が下がるから」と言って、潜って鼻をつまんでいる。そして3年ぐらいすると水面が下がってきますから、バッと顔を出して「わー、やっと青空が見えた」と言いながら設備投資をする。いつもこのパターンでしょ? そして危機が過ぎると忘れてしまう。これが危機感です。でも、危機意識とは危機感を常に持つということ。良いときでも持つんです。特に韓国は隣に北朝鮮があって、攻めてこられたら4時間でソウルが火の海になる。それは強い危機意識を持ちますよ。私も10年住んでいて、本当に危機意識の毎日でした。「どうしよう」って。西や東でしょっちゅうドンパチをやっているんです。このあいだの哨戒艦沈没は日本でも大きく報道されましたが、小規模なドンパチならしょっちゅうやっています。
そんな事件があると日本の大使館から通達が来るんですよ。その内容がひどくて、「日本円で100万円か1万ドル、現金で常に持っておいてください」って(笑)。「何かあっても大使館は何も出来ません。だからお金を配って南へ逃げてください。釜山まで来たら何とか軍艦出して保護してあげます」とかね。そんな通達が来る状況なら危機意識を持つじゃないですか。日本に帰ってきたらコロっと忘れましたけど(笑)。とにかくこれから危機意識を常に持つことが大事なんです。サムソンのグローバル化は「女房と子供以外はすべて取り換えたい」という悲痛な叫びだった。その結果、AV、情報通信、白物家電、半導体…、十数年前は日本が押さえていた多くのグローバルシェアも、サムスンやLGが奪いました。デジタルカメラも現在はキヤノンが一位ですが、そろそろ来年ぐらいに抜かれますね。李会長がいちばん言っていたのは、「グローバル企業の条件は営業利益が二桁以上あること」です。これに合格する日本企業は、信越化学、村田機械、東京エレクトロンなどの数社ぐらい。彼らも今年はだめなんですよね。ほとんどなくなってしまいました。さらに「ROEは10%以上が超優良企業の条件」と言う。これを守らない社長はすぐクビになってしまうんです。日本企業なら3%あれば良いほうですよね。そんな、お互い傷を舐め合っているような日本企業はほとんど、残念ながらトヨタでさえグローバル企業として認知されていないんです。危機感ではなく危機意識。彼らは生き残りをかけて三星自動車の売却まで行いました。李会長は本当に車が好きで、車づくりが夢だったんです。それでやっとの思いで日産と提携してセフィーロをつくったときに、金大中大統領(当時)が売ってしまえ、ということになった。それが結果的に危機を乗り切った理由にはなっているのですが。
ここでサムスンの変化をアカデミックに表現すると、モノの流れから設計情報の流れという「開かれたものづくり」にしたというポイントがあります。カタカナのモノは有形な人工物だと考えてください。顧客にとって価値のあるものを、設計上のモノにつくり込むという意味ですね。日本の製造業は現在、ほとんど形のあるモノに情報が流れているから、組織の管理情報がすべて生産技術や生産会議からつくられていく。サムスンはそれを設計情報の流れに変えていきました。工場の生産現場だけによる閉じたプロセスにせず、企画部門、開発部門、協力会社、あるいは顧客まで巻き込んだものづくりを実現していった。ここで大事なのは顧客の顧客という視点です。日本のメーカーは顧客を見ているけれど、顧客の顧客を見ていないんですね。消費者のことです。先ほどお話しした電機メーカーで言えば顧客は量販店でしょ? でも量販店からモノを買っている消費者を見ていないから消費が分からない。自動車メーカーも販売代理店が顧客になっているから、自動車を買った消費者がどんな乗り方をしているかが分からない。そこでサムスンはグローバリゼーションに向けて、地域専門家制度というシステムをつくったんです。地域専門家は英語ではだめ。もちろん英語はできますが、現地の言葉をきちんと勉強するんです。インドではヒンドゥー語やパミール語を教わる。そして現地へ1年間派遣されて、現地の人々がどんな消費をするか把握したうえで企画開発に送り込んでいるんです。そういうことをしている企業のものづくりと、使おうが使うまいがどかどかと機能を追加してばかりいる日本企業のものづくりでは、もう勝負にならない。負ける理由はこれでおわかりいただけると思います。
今の日本人は、生産現場だけでなく、開発現場、購買現場、販売現場にも付加価値を乗せて売るということを忘れていると思います。資生堂やカネボウは現在、中国で対面販売をしています。日本でも昔はやっていましたが、もう見ませんよね? だから中国では資生堂もカネボウももの凄い人気がありますよ。味の素もそう。日本の食料品メーカーは頑張っていますよ。味の素は海外で、5粒1円の単位で売っているんです。これが売れていて味の素は立派なブランドになっている。日本でやっているように350円で売っても、消費者にそんなお金がありませんから、環境に合わせて売り方を変えることも欠かせないんです。
デジタル設計技術が「さ」と「性」の強みを減価させている
日本のものづくりの特徴とは、アナログものづくりの特徴だった。ところが最近はデジタル設計技術になって、日本の設計者が「さ」や「性」を求めて苦しんでいる領域をあっという間にマイコンが実現してくれるようになりました。これが大きい。マイコンをマイクロコンピューターと誤解している人がかなり多いのですが、マイコンとはマイクロコントローラユニット(MCU)のこと。「さ」や「性」を実現しようとするとアナログ回路が入るんですね。ここにDSPを使おうと数ミリ秒のタイムラグが発生するから、イギリスのARMコアが主流です。そこに外部入出力機能もワンチップにしたものがマイコンとして複数の部品を擦り合わせているから、あっという間に中国でも韓国でも日本の「さ」や「性」が実現できてしまう。それである程度抜かれてしまったんです。
ではここで、日本勢がどう抜かれたのかを見てみましょう。垂直統合の擦り合わせ型からマイコンが擦り合わせる組み合せ型に抜かれて、結果的に日本が撤退したものは、カラーテレビにはじまり、VCR、PC、デジタル携帯電話、LCD、CD-ROM、DVDまで…。皆、負けてしまいました。その次に太陽光発電、プリンタ、複写機、自動車、電子部品。これらは私の想像ですが、この辺までは恐らく組み合せ型で代替されてしまうだろうと思っています。自動車はガソリンエンジンであれば日本がまだ勝つかもしれませんが、5年以内にEVに移行していくでしょう。EV車になると日本勢もどうなるかわかりません。トヨタはちょっと危ない。EVの技術はまったくないので、このまま潰れていく可能性はあります。しばらくはハイブリッドでいくと言っていましたが、あまりにもEV車の発展が急速だった。だから今は慌ててシリコンバレーの企業と技術提携して、技術を貰うことにしましたけれど。これからのEV車は原子力で動くから、原子力発電をきちっとやらないといけません。
原子力という話が出ましたので、ここで、冒頭でも触れたアブダビの一件についてお話ししましょう。アブダビでの受注は原子炉の技術勝負になったわけではないんです。石油はいずれに枯渇しますから、UAEとしては、今エネルギーを原子力発電に替えたかった。だから原子炉をつくる技術ではなく、稼働率が問題になっていたんです。韓国はフランス製の原子炉を15基保有していますが、その稼働率は90%。日本は55基保有していますが、稼働率は60%未満なんです。なぜかと言うと日本人のトラウマですね。長崎と広島。“原子”とつくと背筋が寒くなってしまう。ちょっとでもトラブルがあったら「反対!」となってしまうんです。そもそも原子爆弾と原子力発電はまったく原理が違うのに、です。日本では二次冷却水を貯蔵するタンクに少しヒビが入って水漏れすると、それだけで大騒ぎになって2〜3年止まってしまいます。でも韓国は水漏れしたってへっちゃらですよ。止めるわけがない。原子炉が爆発したら別ですが(会場笑)。世界中で300〜400基の原子炉があるにも関わらず、過去に爆発で人が死んだ例は2件しかありません。アメリカのスリーマイル島と旧ソ連のチェルノブイリだけ。もの凄く安全なんですよ。だからアブダビの受注では、「原子炉をつくったことがないのにどうするんだ?」と聞かれた韓国が、「隣に日本があります」と言ったら、「おおそうか。日本の技術は大したものだから、じゃあ発注しよう」ということになった。実際、韓国勢は帰国したらすぐ東芝に発注しました。要は運用技術がなかったんです。日本に頼んでも、何か起きたらすぐ止められると思ってしまう。それでは彼らも困ります。これは技術が競争優位になっていないという証拠なんですね。技術を競争優位に変えるためにはシステムとして戦わないといけません。韓国は韓国電力一社が前に出てきて戦いましたが、日本は、北海道電力、東京電力、関西電力…、7社がばらばらに動いていた。それをひとつにして売っていかないとだめだということです。