ジャンプSQ.
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松井優征先生 インタビュー 完全版

――長期連載を終え、ひと心地つかれている松井先生。4年ぶりのオフはどんな感じですか?
松井◆あまり外に出なかった分、今は“経験オタク”になっていて、先日はスカイダイビングに挑戦しました。高度4000m近くありましたので、息もできないほどでしたが、何とか着地はできました。

――『〜ネウロ』のように着地できたと。あんなに、ストーリーが大団円で着地できた漫画も珍しいと、編集部でも評判だったそうですが。
松井◆「いかに責任を持って終わらせるか」を最重要に考えてきたので、1巻終了パターンなら事務所を入手するまで、2巻パターンなら弥子が自分の価値に気付くまで、3巻ならXを倒して終了…と物語の幅は決めていました。二度目のX戦でも続くような長編のHAL編、そこを過ぎたら弥子が充分に成長したので、Xの相手を弥子に任せて、ネウロにはさらに次の敵をぶつけて最終シリーズ…という具合です。

――物語のサイズをきっちり計算されているんですね。
松井◆2巻なら『バオー来訪者』(荒木飛呂彦)、10巻なら『THE MOMOTAROH』(にわのまこと)、そしてちょうど23巻で『エリア88』(新谷かおる)といった、理想とする終わり方がいくつかありましたので。例えば『エリア88』は、本当に見事な計画性とブレない軸がある中で、山あり谷あり…と構成された作品だと思うので、それと同じ巻数で終われたというのは、個人的には光栄なことです。

――……週刊連載で、そこまでの目安をもって描かれる作家さんも珍しいんじゃないでしょうか?
松井◆少年ジャンプでは、続ける事と同じくらい、終わることが難しいと思うので、それに挑戦したかったんです。アンケート票が元気なうちに(笑)。最後の15話くらいはプロットを全部一気に作って、完結に向けた全てのまとめ要素を配分していったんですが、これが連載中で一番快感な作業でした。

――描きたかったテーマも描き尽くせました?
松井◆全て。成長・進化っていうのがメインのテーマなんですが、笹塚や本城の死という最大の試練と挫折を弥子が乗り越えた所で完結です。連載後、「あかねちゃんの「謎」は解かないの?」って声をファンレターで多く頂きましたが、あれはネウロが地上に帰る伏線のつもりで、最初からまず解くことはないだろうと思っていました(笑)。連載が思いもかけず長期に渡ってしまったので、あそこだけ取り残された感じに浮いてしまったのかもしれません。

――『〜ネウロ』って、奇抜というかインパクトの部分で語られることが多いようですが、そうやって伺うと、実は王道ですね。
松井◆ベタ(王道)が大好きなんです(笑)。トリッキーなことをやるのは、あくまでそのベタを光らせるためのものなので。犯人の豹変アクションなんかも、基本的にはシリーズごとのテーマを光らせるための小道具に過ぎません。顔の中に、あらかじめテーマに沿った変形しやすそうなプラットホームを作っておくんですが、最後のほうはただの顔芸みたいになってました(笑)。

――ただの顔芸っていうことはないですが、最初の「ドーピングコンソメスープ」の犯人などは、ネットで大評判だったとか。そういう声をお聞きになったりはしました?
松井◆それが票に反映されればいいんですが、残念ながら犯人の豹変によって本誌のアンケート順位が上がった事は一度もありませんでした(笑)。票が上がるのはやっぱり各シリーズの後半、展開が急変してクライマックスからまとめに入る、いわゆるベタな部分です。おかげ様で最終シリーズもとても良い成績で、ベタにちゃんと終わらせた事を評価して頂けた事が一番うれしいです。

――では、これからのことをお伺いしたいんですが、今回の読み切り『離婚調停』について、これはいつ描かれたものですか?
松井◆これは、去年の冬休み、さっき言った15話ぶんのプロットを描くついでに描いたネームです。『〜ネウロ』が終わった翌週から、すぐに作画に入って二週間で仕上げました。ジャンプの編集長が「調子がいいうちに作風の違う読み切りを描いておけ」という方針の方なので、心証を良くしておこうと(笑)。

――SQに載せることは意識されて描いたのですか?
松井◆あまりどこの雑誌に載るとか意識せずに描いたのですが、次の連載に影響しないよう、あえて中身を詰め込まず、ライトにしました。というより「離婚調停」というタイトル自体が出オチといっていいです(笑)。難しいテーマなど一切ないので、この世界観にたら〜んと浸ってもらえたら嬉しいですね。それで、タイトルロゴを離婚届の上に描きたかったので、SQの担当さんに本物の離婚届を取りに行って頂いたんですけど、僕が悪ノリして「じゃあ、それをご夫婦で持って、笑ってる写真をください」って冗談でメールしたんですよ。そしたら、本当に担当さんが撮ろうとしてくださって、奥さんが「離婚届って、何っ!!」みたいなことで、亀裂が入りかけたらしいです。もう…本当に申し訳ありませんでした。本当に。

――そんなお茶目な松井先生、‘ウエスタン’世界にもこだわられたそうですが。
松井◆離婚×ウエスタンって一体どういうことなんだ…という、これもまた出オチといっていいです(笑)。荒廃した世界を背景にしたくて、ウエスタンがマッチしていると思ったんですね。これも、SQの担当さんが『夕陽のガンマン』(1965年)という名作映画のパンフレットを買ってきてくださいまして。主演のクリント・イーストウッドの出世作なんですが、このパンフレット自体が本当にカッコイイんですよ! コピーがいちいち、「口笛は俺が葬った」「拳銃は流れ者の恋人」みたいな……。僕が生まれる少し前、西部劇が一世風靡した時代の残り香というか、キラーコンテンツの香りがしまして、ああ、この世界観をもっと描いてみたいなと思いましたね。

――今後もジャンプで描かれるにあたって、挑戦してみたい題材は?
松井◆せっかくこういう居場所を与えてくださったのだから、もっとジャンプのために働きたいし、編集部に可愛がってもらえる作品を描きたいです(笑)。基本的にジャンプ作品は拡大戦略というか、話を膨らませた時の勢いと興奮を最優先する傾向にあるじゃないですか。それを理解した上で、それに相対したくて『〜ネウロ』を描いたんですが、やっぱりというか他方の作品に比べて温度が低い。戦い一つにも長々と理由付けが必要で、ジャンプ作品として作るのにはかなり難儀しました。だから今度は、もう少しわかりやすく、膨らませることを意識したいと思います。そうすれば何かと後ろに回されていた掲載順序ももう少し上がるかと(笑)。

――今、控えめにおっしゃいましたけど、アンケート票と掲載順序は必ずしも合致しないんですね。作品の特性によって順番が決まることもある。そこは最近、誤解されがちですよね。
松井◆それはもう雑誌の運営上仕方がない事なんですが、ネウロのような、雑誌的にお勧めしづらいマンガの場合は、特に商品展開が一通り終わった後は、票よりも大分下の位置に載る事がほとんどだったので…。後ろのほうに掲載されていると、「大丈夫ですか? 連載終わっちゃうんですか」っていうファンレターが多く来るので、実際には安定してるのにも関わらず、心配かけてしまって心苦しく思うことはありました。ラスト一年は、描くことも決まっていて、仕事自体は本当に楽しかったのですが…そこらへんの余計な所で心が動いてしまうあたり、まだまだ自分は未熟だなあと思いました。

――読者が、自分が読む作品の人気を気にする時代なんですよね。でも次はそんな心配もいらない(笑)、王道的なバトル中心の物語を…?
松井◆できれば、今言ったような心配を自分もファンもしなくて済むようなジャンルや対象年齢の作品を描くことが理想ではあります。それが実際にできるかどうかはまた全然別の話ですが(笑)

――そもそも、処女作『〜ネウロ』を立ち上げた経緯は、どんな感じだったんですか? デビュー前の状態から…できれば少年時代のマンガとの関わりから教えてください。
松井◆ずいぶん遡りますね(笑)。小学生時代は…自分は、マンガを買ってもらえなかったので、全然読むことができませんでした。だから、好きだった漫画家さんは? とか聞かれると困ってしまうんですね。当時はジャンプ黄金時代だったのに、その話題に参加できない。もしくは知ってるような口ぶりで何か言わなきゃいけない。ただし、その「知ってるような口ぶりして言う」ところが、今の自分に役に立っている気がします(笑)。漫画家というか、創作人に大事なのは、知りもしないことをさも知ってるかのように言う…ハッタリも大きいと思いますので。それで、中学時代も、基本的には読ませてもらえないので、仕方なく自分で描いていました。学校のプリントの裏などにビッシリと(笑)。それで、高校に入った頃から、自分の能力や周囲の反応と相談しながら、漫画家への適性を慎重に計っていました。

――それから、投稿をされるように?
松井◆僕は持ち込みから始めました。「アフタヌーン」→「マガジン」→「ジャンプ」という感じで巡っていって。時代の流れもあり、自分の作風に可能性を認めて頂ける雑誌は本当に少ないので、そこを探すのには本当に苦労しました。当時は、友人に「おまえは、ガロぐらいしか受け入れてくれる所が無い」と言われていて、サンデーとかマガジンの、きれいで爽やかな雰囲気に自分の作風は合わないのかなーと思って、自由度の高いジャンプに絞っていった感じです。それから『〜ネウロ』の構想…という大げさなものではなく、処女作品なので、とにかく必死に描きました。本誌に載った初めての読み切りが、『〜ネウロ』です。というのは、僕は赤マルジャンプ用のネームが通ったことがないんです。…要するに、初受賞作が赤マルに載ったので、赤マルのネーム審査自体は受けていないんです。だから、赤マルの審査を通って掲載されるのが、今でも憧れだったりします(笑)。

――では、2作目をめざして充電期間の今、ネタとして気になる漫画とか、作家さんはいますか。
松井◆う―ん、連載中は、影響を受けないように、あえて他作品を見ないようにしていたので…。これからジャンジャン買って見るようにします。TVとかなら、ドキュメントものとか、政治・経済番組、生物、歴史番組など、現実的なソースのあるものを見るのは好きです。4年もこもって描いていると、いろんな会社とか時の人が現れて、台頭しては消えていって。この世界は栄枯盛衰があるけど、普遍的な形って変わらないんだなあと思ったりします。 普遍性といえば、役に立たないお話かもしれないけど(笑)、『逃げる』ことが次の生命として進化するステップだっていうことは、生物学的にも歴史的にも、共通した概念だと思います。代表的な所では、今、海にいる魚って、サメとかほんの一部を除いて全部川から来た魚なんですよ。…というのは、昔、海から追い出されたのろい魚が、一時川に逃げ込むわけなんです。でも、川って海より苛酷な環境で、流れも速いし、カルシウムなどの栄養にも乏しい。そこで軟骨だったヤツも鍛えられて、骨が硬くなったり浮き袋を発達させて、パワーアップして戻ってきたのが、今度は海の魚を駆逐してしまう。歴史とかを見ていてもそうですね。うまく逃げた者が後で勝つというのは、多くの時代・環境で共通しているんですよ。

――確かに、逃げる力=変化できる力だったりしますよね。だから強く進化できる。何かそういう、物事の普遍的なエネルギーバランスとかを考えるのがお好きみたいですね。
松井◆あ、そうですね。たまにストレス解消に料理もしますけど、化学実験みたいな感覚でやっていますし。

――戦場でいえば、戦況や、自分の武器をよーく分析して動くタイプ。
松井◆そうそう、自分がどこへ行ったら活躍できるかという…。だから、例えばサッカーはめちゃめちゃ下手だったのですが、パスカットだけちょっと得意でした。パスカットするだけして、パスもドリブルも下手なんで結局捕られるという(笑)。

――料理もなさるということで、松井先生といえば「食」というテーマも外せませんが、最近はまっているものはありますか?
松井◆伊勢丹のデパ地下の生鮮食品は、すばらしいですね。手のひらぐらいのハマグリが手に入るので、絶大な信頼を寄せています。もう、「ハマグリさん」と呼びたい。調理法は、そのまま塩ゆでして、酒を入れて臭みを抜いてネギを散らして…っていうすまし汁だけで美味しいです。それをおつまみに、日本酒で晩酌するというのが至福ですねえ。ハマグリさんは天才です。前にも、インタビューで「カキフライは美しい」とか言っていましたね。なんなんだろう(笑)。

――ファンの皆さんが、松井先生に何を付け届けすればいいか、これで良く伝わったと思います。
松井◆僕が何か要求しているようじゃないですか(笑)。しかも海鮮とか。もう、夏ですしね…。

――季節柄も考慮された、日持ちのするおつまみ系だと、松井先生は喜ばれます。バレンタインデーには、甘いものよりしょっぱいものを!
松井◆いやいや!!どんなものでもメチャメチャうれしいです!ただ、いただいた物は全部食べるのが礼儀だと思ってるんですが、チョコレートだけだとなかなか減らずに賞味期限を過ぎてしまったりするのが…悔しいです(笑)おそらくは、作家さん全員に共通の、嬉しい悩みなのではないでしょうか。

――作家さんに届くまで、会社窓口や編集部を経て、日にちがかかっているので、手作りの食品は危ないんですよね。特に今は夏ですから…。
松井◆(笑)。次の連載は、夏以降になると思いますが、一度、自分の中に貯まった毒というか、そういうものを全部抜いて、一から頑張りたいと思っています。

――どうも有難うございました! 心機一転の新作を楽しみにしております!!