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[21212] ミッドチルダUCAT【×終わりのクロニクル・他全てネタ】
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 HOME ID:6801b0d3
Date: 2010/08/16 20:16

この作品はリリカルなのはSTsベースに、設定として終わりのクロニクルをクロスした作品です。
以前別サイトで掲載していましたが、そこを引き払い、移転させていただきました。
掲載分よりも加筆修正及び新規話などを追加していく予定です。
どうかよろしくお願いします。


注意事項:
・名前付きのオリキャラは出ません(オリロボットはでます)
・オリジナル装備及びオリジナルの魔法も何個か登場します。
・あとは全てモブキャラは大量に出ます、モブですので。
・他作品の商業ネタなども大量に出ます。
・原作キャラが何名か人格崩壊しています、ご注意ください。
・シリアスは三分程度しかもちません、ほぼギャグです。
 以上の内容をご承知ください。




[21212] ミッドチルダUCAT
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:6801b0d3
Date: 2010/08/16 20:20

 次元世界ミッドチルダ。
 次元世界の治安と平定を目的とする次元管理局発祥の地である魔法技術の発達した世界。
 その首都クラナガンに設置されたのは次元管理局における地上部隊、陸の本部。

 ――地上本部。

 だがしかし、その実態を知るものはその存在に頼もしさを感じることはないだろう。
 ミッドチルダにおいて生まれ育ち、魔法素養の高い魔導師たちは次元管理局の本部へと招集され、次元世界を管理する【海】へと優先的に配属される。
 魅力的な給料、より重要度の高い次元世界の任務、拡大を広げる管理世界に対処する海において高ランク魔導師は常に人手不足。
 その結果残ったのは残りかすのような低ランク魔導師、非魔導師たちの部隊。
 陸における高ランク魔導師はAランクが精々、その保有数すらも制限される現状。
 そして、それを実質的に統治するレジアス・ゲイズ中将もまた海の保有存在に対して抗議する強硬派として認知されていた。

 そう――されていた。

 それは過去形である。
 現在は違う。
 搾りかすのような部隊と陰口を叩くものはもはや存在しない。
 頼りない戦力と大っぴらに認識することは誰も出来ない。
 そして、なによりも。
 ミッドチルダ地上本部という名称は誰も覚えてない。
 今の彼らの名は誰もがこう告げる。



 【ミッドチルダUCAT】 だと。











 一人の少女が走っていた。
 誰もいない路地裏、それを裸足の少女が駆けていく。

「はぁ、はぁ……」

 鮮やかな赤毛をなびかせた幼い少女だった。
 その体にはどこからか引きちぎったのか、カーテンと思しき布を巻きつけ、靴も履かずに駆けている。
 ゴミ屑が落ち、コンクリートの地面に赤く血の付いた足跡がへばりつく。
 足裏に怪我を負い、痛みを耐えるように歯を食いしばりながらも少女は走っていた。
 必死に、追ってくる何かから逃げていた。

『王よ』

 駆ける少女、その耳にどこか濁った声が落ちた。
 降り落ちるような上から響き渡る声。

「――ッ!?」

 少女が一瞬減速し、その顔色を蒼白に染め上げる。
 一つの影が落下し、少女の眼前に着地した。
 舞い降りたのは美しい女。
 それはバイザーに顔を隠した人型。
 その手には刃を、研ぎ澄まされた刀身を握り締めた怜悧な人形の如き冷たい気配。

『何故逃げるのですか、我らが王よ』

 冷ややかな唇から紡がれたのは濁った音声。

『我らが王よ、何故逃走をするのです? 我々に求められた目的を、役目を果たしましょう』

 背筋が凍りつくような声に、少女は被りを振って叫んだ。

「――違う。駄目なの。今の世界はあの世界じゃない! もう私たちは必要ない!!」

 少女の声は切なく響いた。
 その目つきには決意と殉じるべき願いがあった。

「私たちの時代は終わったの! もう戦争のための戦いなんてない。私たちはいらないの、マリアージュ!」

『いえ、必要です。それが私たちの役目――任務です、イクスヴェリア』

 マリアージュと呼ばれた存在。
 それが赤毛の少女に手を伸ばし―、っさに下がろうとした少女の動きよりも速く踏み込んだ。

「あっ……!」

 手を捻り上げられて、少女――イクスヴェリアが苦痛の声をもらした。
 それでもなお力を入れて抜け出そうとするイクスに、無機質にマリアージュは無効化するために手を振り上げようとして。


「少女の折檻、はぁはぁ」



 という微かな声と、ジーという機械音。

『?』

 マリアージュがバイザーを上に向ける。
 そして、そこには――ブラーンとワイヤーに腰ベルトを繋がれ、肩に担ぐサイズのロケカメラを構えた男がいた。
 地上本部標準の茶色いジャケット、制服、帽子を被り、何故か音も立てずに壁に足を接着させ、カメラを向け続ける――陸士。

「あ、僕のことは気にしないでください。勝手に録画してるので」

 ニコッと微笑むカメラ陸士。
 爽やかな笑み。

『――左腕武装化……形態・戦刀』

 チャキッとブレードを出現させるマリアージュ。
 冷たい表情。

「交渉は決裂ですかー!?」

『排除します』

 イクスを一端手放し、マリアージュが上空のカメラ陸士を排除しようとした。
 その瞬間だった。
 ――高速で飛来した一筋の網が、少女の肢体に絡みついたのは。

「ふぇーっ!?」

 旋風のような一閃。
 マリアージュが振り返った瞬間には、赤毛の少女の姿はそこになかった。

『なに!?』

 瞬時に周囲を捜索――斜め上へと向けた視線の先には、二メートルはあるだろう長い棒状の先端に付いた網――巨大な虫取り網を担いだ陸士の姿。
 左手には小さな盾、右腰に西洋風の長剣を携えて、さらに腰に複数のビンを持っていた。

「幼女、ゲットだぜ!」

 キラーンと虫取り網ならぬ幼女取り網でイクスヴェリアを攫い上げた陸士が素敵な笑みを浮かべて、サムズアップ。
 さらには「ひゃっはー!! お持ち帰りだぜー!!」 と踊る虫取り網陸士と 「あ、こら、やめろよぉ!! 大切なょぅじょだぞ!! 一緒に愛でさせてくれよぉ!」とばたばた暴れるカメラ陸士。

「ふぇ? ふぇ? な、なんなんです?」

 虫取り網で捕獲――ぶらぶらと網の中でハンモックの如く揺さぶられながら、赤毛の少女は首を傾げる。
 だが、その数秒後彼女は絶叫を上げた。
 次々と新たに現れた存在に。

『……増援。だが、その程度では――』

 マリアージュが呟くと同時に「ばかめ、それはフラグだ!」 と虫取り網陸士が指を鳴らす。
 乾いた音が鳴り響く。
 そして、彼らは現れた。




「とぉおおおお!!!!」

 怪鳥音を叫びながら、一筋の影がマリアージュの前に着地する。
 それは何故か真っ白なマントに、白い覆面を被り、腰にベルトを付けた陸士。

「科学忍法万歳! 幼女と聞いて見参!」

 シャキーンとポーズを取る忍法陸士。



「幼女と聞いて飛んできました!!」

 続いてバンっとマンホールの蓋が吹き飛び、その中からにょきっと伸びた足が折曲がった地面を叩き、躍り出た。
 そして、クルクルと縦回転しながら変わった形のローラーブーツを履いて、うざったいどや顔をしたドクロマークの刺繍付き陸士ジャケットを着た陸士が着地する。

「俺、参上だぜ!」

 両手を鳥の様に大きく羽ばたかせ、どや顔を浮かべるローラー陸士。




「幼女はいねえがー!!」

 轟音。
 華麗な決めポーズを取っていたローラー陸士の真横、路地ビルのひび割れた壁を粉砕し、現れた影がローラー陸士をぶっ飛ばした。
 トラックに轢かれたように錐揉みする陸士の代わりに現れたのは――眼を疑うような巨漢。
 全長三メートル。
 全身を覆うのは紅く染まった装甲、西洋甲冑にも似て、宇宙服にも似て、だがしかし全て異なる装甲服。
 手には象すらも殴り殺せそうなほどの巨大なガントレット、肘には武器すら応用が利きそうな盾に、その背からはワキワキと何故か蟹の足っぽいのが動いていた。

「そこにいるかにかー!?」

 甲冑陸士――訂正、蟹陸士がギランと口から蒸気を吐き出し、イクスを捕捉。

「うほ、いい幼女!」

 その声と台詞にイクスがぞぞぞっと背筋に寒気を覚えて、全身から鳥肌――かにアレルギーにでもなったようなさぶいぼが噴き出す。



「へ、変態だぁああああああああ!!」



 絶叫だった。
 どばどばと涙と悲鳴が口からこぼれて、イクスが全身全霊で叫ぶ。
 だがしかし、その叫びに陸士たちは一斉にこう返した。

「違います! 例え変態だとしても、俺たちは陸士という名の変態です!!」

「結局変態じゃないですかぁ!!」

 絶叫だった。
 変質者にあった小学生幼女の対応そのままに悲鳴。

『……この時代の戦士は変わったのだな』

 マリアージュもまたどこか遠い目で呟いた。
 が。

『!? ――上か』

 マリアージュが飛び退った瞬間、パリーンと路地ビル四階にあった窓ガラスを粉砕した。
 きらきらと舞い散るガラス片、それを纏いながら十字ポーズのままに飛び出してきた影が大きな地響きと共に着地する。

「華麗に着地!」

 スタッと着地、同時に背中から鳩が飛び立つ。ばさりと舞い散る白い羽毛。
 何故かタキシード服に、胸に蝶ネクタイ、そして右手にはバラの花束。
 そして、顔には何故か目元を隠す紅いマスク。

「ょぅじょの危機に即参上! そして、そこの美しいお嬢さん、私と共にハネムーンにいきませんか?!」

 真っ白い歯を手に持った懐中電灯で輝かせながら、そのタキシード陸士はマリアージュに向かってバラの花束を突き出した。

『……』

 が、次の瞬間振り下ろされた斬撃にバラの花束が散り、「マトリックス!」と叫びながら仰け反ってタキシード陸士は回避。
 同時にバック転で跳び退り、土煙を上げながら靴底でブレーキ。

「フッ、ツンデレか……だがそれもいい!」

 クワッと眼を見開き、タキシード陸士が頷く。

「うんうん、時代はツンデレだよな」

「馬鹿言え、素直クール最高だろ」

「ヤンデレ萌え~、病んだ子に求婚して、幸せな専業主婦やらせたい」

「チッチッチ、世の中には素直ヒートというジャンルもあってだな」

 などとそれぞれに主張をアピールする陸士たち。

「あ、貴方たちは一体誰なんですか!?」

 彼らのマイペースぶりに戸惑いながらも、イクスが尋ねる。
 引きつった顔と理解不能な現状に対する問いかけとして。

『お前たちは――何者だ?』

 マリアージュが問う。
 警告と理解不能な精神構造と格好をした人物たちへの警戒として。




『良くぞ聞いてくれた!』

 その質問に陸士たちが飛び散り、狭い路地の中で手を伸ばす、足を伸ばす。

「ふぁいやー!」

 その瞬間、陸士たちの背後が爆発した。
 持ち込んでいたカラフルな花火の爆発。

「さんだー!」

 手に持っていたスタンバトンを無駄にバチバチ。
 効果音を鳴り響かせながら、意思統一された無駄なき動きで。

『美女とあらば即参上、ミッドチルダUCA~Tッ!!』

 全員一斉にポーズと共に叫んだ。
 地上を護る治安維持組織――ミッドチルダUCATの名を。



「おおー、いいカメラワークだぜ」

 そして、それを相変わらずワイヤーで釣り下がっているカメラ陸士が撮影していた。









 物語はこれより三年前に巻き戻る。
 ミッドチルダUCATの存在が知れ渡るJS事件。
 
 
 全てはこれから始まる。





[21212] 第1回 ガジェット捕縛作戦
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:6801b0d3
Date: 2010/08/17 09:39


 ミッドチルダ。
 それは各管理世界における治安機関である管理局の前身、魔法文明の発祥地であることから地上本部が置かれた場所。
 その主要都市はクラナガンであり、その中枢に地上本部は存在していた。
 地上本部とは銘打っているものの、実質的な権限と予算は本局に持ってかれており、戦力は常に枯渇し、予算不足で切り切り舞だった。
 それを解決する手段をとある悪役を任じる青年が告げた。

「ふむ。無いものならば奪えばいいのではないのかね?」

 なんという名案だろう。
 秘書に任命したとてつもなくまロい美少女に膝枕させながら告げた適当な言葉は電撃のように地上本部を駆け巡り、武装隊に行き渡った。
 無いなら奪え。
 どこからどうみても強盗の発想だったが、別に犯罪をする気は無い。
 悪人から奪えば合法なのだ。
 例えば――陸士たちを悩ませるあのにっくき丸々メカとか。


 それはミッドチルダ地上本部がミッドチルダUCATと言う名称になってから数十年後のお話である。














 ――ガジェット反応をクラナガン廃棄都市二番で発見。
 ただちに武装隊は出撃せよ。

 そんな警報が発令した数十秒後、選び抜かれた陸士たちが勢ぞろいしていた。
 そして、声を上げていた。
 絶叫である。
 敬礼をする。
 一糸乱れぬ動きで、陸士たちが血走った目で叫んでいた。

「野郎共! 準備は出来たかぁあああ!!」

「OKぇええだ!!!」

「今日こそ捕縛するぞおおお!」

 数十人にも及ぶ陸士たちが一斉に絶叫を上げる。
 その姿は大変醜い。
 美的センスを持ち合わせ、醜いものを許さない奴ならば「汚物は消毒だぁあああ!」と叫びながら火炎放射器の引き金を引きそうな光景だった。
 持っているものも大変怪しかった。
 一人はドリルを手に持ち、一人は頑丈そうな縄を持ち、一人は何を捕らえる気なのかもわからない巨大な虫取り網を、最後の一人に至ってはテレビカメラの撮影スタッフが持ってそうなカメラを持っていた。

「俺たちの任務はなんだ!?」

「ガジェットの捕獲であります!」

「ガジェットの無力化であります!」

「ガジェットの解体であります!」

「ガジェットの転送であります!」

「美少女の撮影であります!」

「――よろしい!」

 明らかに一人はまったく関係ないことを叫んでいるが、誰も気にしない。むしろGJと指を突き出し、笑う。
 どうでもいいことだが、魔法素養が高い人間には女性が多いことはご存知だろうか?
 それも美少女及び美女が多い。
 去年のミッドチルダUCATの流行語大賞は魔法少女である。その前はスパッツ・フォームだった。
 ちなみにこの数ヶ月、人気なのは海からのにっくき派遣部隊な機動六課のスバルとティアナとキャロの三名である。
 え? 海からの部隊なのに、人気があるのかって?美少女の存在は全て優先するのだ。
 フェイトそん可愛いよ、フェイトそんと叫ぶ陸士も多い。
 魔王様、俺を撃ってくれ。いや、俺こそ撃ってくれ! この興奮の登る頭を冷やしてくれ! と叫ぶ馬鹿も多数である。
 備考だが、半ズボンが輝くエリオにも実は結構な人気がある。エリオきゅん、はぁはぁとクラナガンの町を駆け巡るエリオの姿に鼻血を噴き出す陸士も実はいたりする。
 エリオが男の子か男の娘なのか、3日前に討論会が発生し、Cランク魔導師なのにも関わらずAAAランク魔導師を超える戦闘能力で陸士たちが乱闘をしたのは記憶に新しいだろう。

「よろしい、お前らは立派な戦士だ! というわけで、出撃するぞ!」

「おぉお!」

 士気だけは高く、陸士たちが思い思いにバイクに跨り、車に乗り、一人はクラウチングポーズを取り、一人はローラーシューズを履いた。
 速度もばらばらに阿呆たちが土煙を上がる速度で出撃する。
 廃棄都市二番へと向かって。

 己の給料とボーナスのために。











「ぶるぁああああああああ!!!」

「ぬぉおおおおおおおお!!」

「HA-HAHAHAHAHAHA!!」

 一名ほど直視してはいけない形相で飛行魔法の亜種であるベクトル操作魔法を駆使し、新幹線に迫りそうな速度で駆け抜けていた。
 一名ほど激しく汗を撒き散らしながら、漢臭い笑みで走っていた。
 一名ほど脳内で溢れるアドレナリンによるランナーズハイで、恍惚とした笑みでダッシュしていた。
 とりあえず子供と一般人には見せてはいけないので、事前にフルフェイスヘルメット着用を義務付けていた隊長の読みは正しかった。
 問題は奇声を上げて、道路などを駆け抜けていく陸士たちの姿にクラナガンの一般市民たちの不審度は高まったことだが、今更気にすることではない。元々酷いものだからである。

「よーしっ!」

 がががーといつの間に履いたのか、スケートシューズにも似たエッジをアスファルトの上で滑らせて、火花を散らしながら回転する隊長が到着の声を上げた。

「到っ着!」

「到着!」

 ぶるぉおおんと瓦礫をジャンプ台にして、ウルトラC級のジャンプで着地したバイク乗り陸士が叫び声を上げた。
 同時にその横をベクトル強化及び応用展開した車輪保護用の障壁と、使い捨ての魔力カートリッジによって発生させたウイングロードの車道を通り抜けた車がごがんっとバイクを撥ね飛ばして、停止した。

「ぶべらぁあああっ!」

 舞う、舞う、吹き飛ぶバイクと陸士。
 スタントアクションもかくやという勢いで廃墟の壁に激突し、酷く捻じ曲がった体勢で陸士はヘルメットごと地面に激突し、バイクはくるくるとアスファルトの上を滑りながら壁に激突し、ちゅどむっという音と共に炎上した。

「……」

「……惜しい男を亡くしたな」

 遅れて到着した陸士たちが一斉に合唱。
 彼のことは忘れないだろう。彼の部屋に溜め込んであるエロゲーとグラビア写真集と秘蔵に隠している30年ものワインを飲み干すまでは。

「な、なにするだぁあああ!」

 瞬間、撥ねられた陸士が起き上がった。
 彼はベルカ式魔導師。
 肉体の身体強化を専門とする彼は耐久力のみならばサイボーグ並みだった。

「い、生きていたのか!!」

「ふ、仮面が無ければ即死だったな……」

 ダラダラとひび割れたヘルメットの下から血を流す陸士。
 彼のかっこよさに陸士たちは涙を流した。
 ち、惜しい。こいつが死ねばゲームを奪えたのに、という声はきっと気のせいだ。そうに違いない。

「む! お前ら、そんなことをしている場合ではないぞ!」

「え?」

「あそこを見ろ!」

 陸士の一人が指を突きつける。
 その指先を陸士の一人がジット注視し、残った全員がその先を見た。
 そこにはふよふよと空を飛ぶ複数機のガジェットⅡ型の姿があった。

「が、ガジェットだ!」

「給料だ!」

「ボーナスの元だ!」

「まっとれ、俺の晩飯ぃい!」

 絶叫を上げて、陸士たちが駆け出す。指を突き出した陸士の指先に注目していたやつだけが、え? ああ、まってよーと慌てて追い出した。
 陸士たちは空を飛べない。
 一部変態的に壁を垂直歩行出来る奴はいるが、基本的に徒歩である。
 故に高速で空を滑空するガジェットを走って追いかけるしかないのだ。

「おのれ、カトンボ!」

「捕まえてやるぅう!!」

 とうっと一人の陸士が跳んだ。飛んだではなく、跳んだ。
 前を走る同僚を無断で踏みつけて、高々と跳んだ。

「うりゃぁあああ!!」

 手に持つのは巨大な虫取り網。
 それは見事なフルスイングでガジェットを捕らえて――

「ぁ、ぁああああああああ!!?」

 網で捕らえたのはいいものの推力で負けていたのか、そのまま飛び続けたガジェットに引きずられて、陸士は空を舞った。

「ぉおおおおお!!!?」

 バーニアを吹かし、可愛い女の子が色っぽくいやいやするかのように機首を振り回し、網を持ったままの陸士がぶるんぶるんと振り回される。
 まるでメリーゴーランド。
 ただし加減無しで、お空への旅付きだった。
 そして、すぽっと数十秒ほど耐え続けた彼の手から虫取り網のもち手がすっぽ抜けた。

「あ~」

 ちゅどーんと廃墟の壁に激突し、粉塵が上がる。

「敬礼!」

 見送る陸士たち。
 同僚を助けるという発想はあったけれど、どう見ても階層七階以上だったので後回しにすることにした。
 昇るのはめんどいし。











 そして、残った陸士たちも果敢に襲い掛かった。
 壁を蹴り上げて、ガジェットに飛び乗り縄で縛りつけようとするものの、亀甲縛りに挑んでいるうちにレーザーで焼かれて失敗。
 天元突破ぁああ! と叫びながらドリルを下から飛び上がって叩きつけたものの、完全粉砕しそうだったので、他の陸士が飛び蹴りで中断させたので失敗。
 美少女ま~だ~? とかいいながら、【今年のNG大賞】と書かれたディスクを挿入したカメラで撮影を続ける陸士一名。
 彼らは頑張った。
 けれども駄目でした。

「くっ、手ごわいな、さすがAMF!」

「魔法を全然使ってないような気がするが、気にするな!」

「了解!!」

 不味くて有名なジンギスカンキャラメルを噛みながら、陸士たちはガジェット共を見上げる。
 ジュンジュンと撃ってくるレーザーはうざいので、手で弾きながらだ。ぺしっと。
 え? どうやって手で弾いているかって? そんなのガジェットが出てきてから開発部が「レーザーは反射ぁああああ!」と叫びながら作った鏡面装甲製の手甲でである。
 一名ほど途中で拾ったレリックを持っているせいでガジェットに集中砲火を喰らっているが、ベルカ式魔導師にして毎日千回の正拳突きを日課にしている陸士だったため「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁああああああ!」と叫びながらレーザーを殴り倒し。

「最高にハイって奴だぜええええ!! URYYYYYY!!」

 と叫びながら、デンプシースタイルをしているのであと一週間は平気だろう。

「しかし、どうやって捕まえるかなぁ」

 くいっと首をかしげて、レーザーを避けながら陸士が呟き。

「くそ、あれが美少女だったら俺が全身を使って捕まえるのに!」

 と悔しそうに手でレーザーを叩いて陸士が呟く。

「馬鹿野郎! 美少女だったら、この胸に飛び込んでこいと叫んで、熱いキスを交わすべきだろうが!」

 げしっと先ほどの発言をした陸士を蹴り飛ばし、ついでに飛んできたミサイルにベクトル変換をかけて、後ろへと受け流した陸士が告げる。
 どうでもいいが、こいつらは全てBランク以下の魔導師である。
 空も飛べないとても弱い武装隊だ。
 彼らにはガジェットは捕らえられないのか!

 ――そう諦めようとした時!

「諦めるなぁああああ!!」

 咆哮と共に、ガジェットたちに上からネットが降り注いだ。
 それはとても巨大で、まるで美少女がバインドされたかのようないやらしさでガジェットたちの動きを拘束していく。

「なっ、あれは!」

「お、お前は!」

 廃墟の屋上。
 そこにネットを投げたのは先ほど死んだはずの陸士だった(虫取り網から放り出されて、飛んで逝った彼である)

「諦めたら、そこでゲームは終了なんだぜ!」

「しかし、どこからネットを!?」

「あいつがくれたのさ!! そう、あの方が!」

 そう告げて、屋上の上に立つ陸士が天を指した。
 その先には一台のヘリが。
 その運転席には一人の男が指を立てていた。

「ヴァ、ヴァイス!」

「ヴァイスの兄貴ぃいいい!!」

 ヴァイス・グランセニックが親指を突き出し、微笑んでいた。
 陸士たちの中ではヴァイス・グランセニックはとても有名だった。
 美少女たちが勢ぞろいする機動六課に配属し、つい六年前にうっかり愛しい妹を誤射してしまったが、それのせいでブラコンに磨きがかかった妹(美少女)といちゃいちゃする日々を送り、なおかつフレンドリーな性格と妹誤射事件以来美少女には決して当てず、悪党だけは抹殺する最高の狙撃主として名を馳せる青年。
 しかし、彼は妹にのみ操を立て、よく機動六課の女性陣とコンパを開いてくれるまさしく陸士たちの救世主。
 きゃー抱いてぇええと陸士の薔薇スキーが叫ぶほどのイケメンなのだ!!

「よし、よくやった!」

「やった! やったぞ、捕獲したぞおぉおおお!」

「ボーナスぅううう!!」

 陸士たちがハイタッチする。
 喜びのあまりフラダンスを踊った。

「よし、回収班を呼べ! 解体班! 奴らの完全な無力化を――」

 そう叫んで、まるで美少女に襲い掛かるケダモノのような勢いで陸士たちがガジェットに群がおうとした瞬間だった。




「陸士の皆! そこで止まって!」



 声がしましたよ?

「え?」

「全力全開! ディバインバスターァアアアア!」

 桃色の砲撃が、彼らの前を通過し、ガジェットを消滅させた。

『ゲェ――――!!!!』

 誰しも悲鳴を上げていた。
 ヴァイスでさえも、え~という顔をしていた。
 屋上の陸士はムン○の悲鳴ポーズだった。

「大丈夫? ありがとう、皆さんが足止めしてくれたんですね」

 そういって舞い降りる白い天使。
 高町 なのは。
 機動六課 スターズ隊長 コールサインはスターズ01 いまだ彼氏なし、狙う時は防御魔法を憶えるのが必要不可欠とされる女性だった。

「な、ななななな」

「お、おおおおおお」

「どうしたんですか?」

 ガクガクと陸士たちが揺れる。
 震える。
 貧乏ゆすりが全身を駆け巡っていた。

「何をするだー!」

「う~ううう、あんまりだ・・・HEEEEYYYY あァァァんまりだアァアァAHYYY AHYYY AHY WHOOOOOOOHHHHHHHH!!」

「陸士の夢と希望を打ち砕いた高町なのは、この俺が許さんッ!!」

「月に代わって、お仕置きよ!」

 陸士たちの絶叫が上がり、悪魔のように飢えた陸士たちが絶望の声と共に地面に泣き崩れていった。

「ぇ、ええええええ?」

 なのはが戸惑いの声を上げる中、陸士たちの泣き声はいつまでも止むことはなかった。
 ヴァイスすらもヘリの中で「空気嫁」と呟いた。

「び、美少女? いや、美女はぁはぁ」


 そして、カメラを持った陸士はなのはの周りでシャッターを切り続け、呆然とするなのはの貴重な写真を手に入れた。
 数分後、頭を冷やされたが。


「アッ――!!!」










 第一回ガジェット捕縛作戦……失敗。

 第二十四回ナンバーズ捕獲作戦に移行する。







************************
加筆修正などのペースによりますが、大体一週間か三日感覚程度に投下していきます。



[21212] 第24回 ナンバーズ捕獲作戦
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:6801b0d3
Date: 2010/08/17 09:38


 陸士108部隊。
 それは陸の精鋭。
 最新鋭の武装を保持し、優秀なる魔導師が揃い、兵揃いの部隊である。
 そして、彼らの中心人物に甘みも渋味も吸い分けた菩薩のようなゲンヤ・ナカジマ三佐。
 辣腕を奮う、とある陸士の集団から崇められるラッド・カルタス。
 そして、陸士たちのアイドル(一方的に)のギンガ・ナカジマがいた。


 そんな彼らの戦いをちょっと見てみよう。


 これは夢と愛と希望に満ちた名も無き陸士たちによる第二十四回ナンバーズ捕獲作戦である。




『こちらサードアベニュー警邏隊。近隣の武装捜査官応答願います』

『E27地下道に不審な反応を発見しました』

『識別コード、アンノウン。確認処理をお願いします』

 発せられる通報。
 それは非日常への誘い。



 ――状況アラート2 市街地に未確認隊出現

 ――隊長陣及び704出動準備

 ――待機中の隊員は準警戒態勢に入ってください

 ――現在は現場付近のフォワード部隊が確認に向かっています。

 機動六課に鳴り響く警報。



 戦いは始まる。
 そして、動き出す――熱い男たち。

「出撃だ」

 一人の陸士が呟く。
 その手にはカメラがあった。一眼レフカメラ、さらに暗所用に改造した違法品である。

「反応は?」

 もう一人の陸士が告げる。
 その顔には暗視スコープが付いていた。全員が同じように顔を覆う暗視スコープをはめている。
 顔は見えない、しかし不敵な笑み。

「わからん。しかし、可能性は高い」

 ボディスーツを着込みながら、陸士が告げる。
 彼らは戦士だった。
 そして、陸士108部隊のトラックの中で戦士の誇りを告げていた。
 手には手甲を嵌める。場所はレールウェイ。狭い場所での戦い、躱しにくいからの防御力の上昇。

「ガジェットはどうする? 捕獲するのか」

 ガシッと拳を打ち付けて、陸士が告げる。
 荒々しい獣の声。
 鉄すらも砕くベルカ式騎士の本髄。

「ボーナスのためだ。余裕があれば捕らえる、しかし――分かっているな?」

「ああ」

 全員が縄を背負う。
 ワイヤーを肩にかける。
 網をバックに背負う。
 盗撮用カメラを暗視スコープと連動させた。

「ナンバーズがいたら捕獲するぞおおおお!!」

「おぉおおおお!!!」

「メカ美少女萌ぇえ!」

「まだ見ぬ美少女たちよ!」

「はぁはぁはぁ」

 魂の咆哮。
 何かを決めているかのような叫び声が武装隊の輸送トラック内で響いていた。
 幸いというか予想済みなのか、輸送トラック内は完全防音であり、ガタガタと重量の高い面子が暴れても中で音が響くだけだった。
 ガタガタとタップダンスを踊るかのように足で床を踏み鳴らすが、不意に一人の陸士が我に返ったように告げた。

「落ち着け皆。ゆっくりと見かけ次第激写し、視姦し、捕縛し、説得して仲間にしよう」

 訂正。まったくもって我に返っていない。
 いや、元からこんなんである。

「レジアス中将がボーナス約束してくれるしなぁ」

 凶悪犯たるジェイル・スカリエッティの手先である。
 それの情報源として、そして実行犯の逮捕は至上だった。お手柄なのは間違いないだろう。

「っていうか、美少女のゲットは男の義務だな」

「愚問だ」

 問題はそんな理由ではなく、もっと下らない理由で乗り出す彼らだった。

 シリアスな顔つきで陸士たちは呟く。
 戦いの時は近づいていたのだ。

 具体的には十数分後だが。





 現場に到着する。
 一糸も乱れぬコンビネーションで陸士たちがトラックから降りた。
 完全フル武装(?)の陸士たちの姿に、先立って到着していた機動六課のフォワード陣は一瞬呆気に取られたかのように口を広げた。

「これは失礼したね、六課の諸君」

 ばんっと車から降り立った一人のオールバックの男性が、ガタガタとレールウェイの地下道に入り込んでいく武装隊を見つめるフォワード陣に声をかけた。

「っ、あなたは?」

 ティアナが代表として声をかけた。

「ん? ギンガから聞いていないかな?」

「ギンガ、さん?」

「ああ、私はラッド・カルタス。陸士108部隊の捜査主任をやっている」

 そう告げて、ラッドは微笑を浮かべながら、ざっと頭に手を当てた。
 オールバックの髪型を撫でながら、不敵な笑み。

「よろしく、頼むよ。機動六課諸君、不幸にも部隊の皆は君たちよりも魔導師適正が低くてね。頼りにしている」

「え、あ、いやそんな」

 褒められたと考えたのだろう、スバルがぶんぶんと紅くなって手を横に振った。
 他のフォワード陣も頼りにされてまんざらでもないのか、少しだけ恥ずかしそうに微笑む。
 そして、ラッドは周りを見渡しながら、耳元のインカムに手を当てた。

「ん? ああ、了解。αチームを先行させろ、目標を逃がすなよ。βはバックアップ、機材と退路の封鎖に勤めろ。ん? ああ、機動六課が来ている――いや、烈火は来ていない。暴動が起きた? 知るか、若さに目覚めろと伝えろ」

 ちょっと失礼と告げて、ラッドが車の片隅に走る。
 フォワード陣は機密事項でもあるのかしら? と常識的に考えた。
 実際はこうである。

「いいかよく聞け。安易な胸や尻に目覚めるのは男の性だろう。それに飢えるのも男の性だ。大変嘆かわしいが、男の情けだ許してやる。
 例えお前たちが、乳神様だと毎日崇めて、Dカップ以上しか認めない変態だとしても私は許してやる。
 しかし、未来の可能性を否定するのは許さん。お前らには一人でも断言出来るのがいるのか? あの中に一人でもDカップ――いや、もしかしたらFカップに目覚めるものがいるものかもしれない。
 健康的な美少女がFカップ、大変素晴らしいだろう。ツンデレのDカップ、喜ぶべきだ。ロリ巨乳など、もはや戦略兵器だ。
 若さを認めろ、未来に絶望するな。いいか、私たちは日々の未来のために生きている! 陸士の誇りを忘れるな!!」

 変態という名の紳士だった。

『……つまり?』

「ギャップ萌えだ!」

 うぉぉおおおと号泣の声がするイヤホンの先の通信をぶちっと閉じる。
 息つぎもせずにそこまで言い切ると、ラッドは大変爽やかな笑みを浮かべてフォワード陣たちの元まで戻った。

「すまないね、少し部下の教育が悪かったようだ」

「い、いえ、そんなに待ってないですから!」

 ティアナが緊張したように告げる。
 ありがたいね、っとラッドは微笑を浮かべると、不意にスバルに顔を向けた。

「ああ、そうだ。スバル・ナカジマくん」

「は、はい!?」

 名指しで呼ばれたスバルがぴんっと背筋を伸ばした。

「今後は私のことを義兄さんと呼んでくれても構わないよ」

「……へ?」

『――解析結果出ました! 動体反応確認、ガジェットです! Ⅰ型17機! Ⅲ型2機。Ⅲ型は今まで見たことが無い形状です、相対の際には気をつけて!』

 機動六課の面々に、そしてデータリンクされている陸士たち全員に伝わるオペレーターの声。

「やれやれ、大量のお出ましか」

 ニコリと笑う――ラッドの不敵な笑み。
 同時に通常武装した陸士たちが各々の班でレールウェイに侵入していく。

「索敵と包囲はこちらで担当する。六課諸君はこちらからのナビゲートで、侵入してくれたまえ」

「は、はい」

「自由に叩きのめして構わない」

 ばっと手を伸ばし、ラッドは告げる。

「さあ、悪をより残忍に叩き潰そう」





 暗い地下道。
 その中で蠢く大量の影と二人の人影があった。

「な~んか、凄い嫌な予感がする」

「……私もしてくるっす」

 ぶるりと肌を震わせて、青い顔を浮かべているのは独特のカチューシャで髪を止めたナンバーズ6のセイン。
 ライディングボードを抱え、髪を結い上げた少女の名はナンバーズ11のウェンディだった。

「き、機動六課は別にいいんだけど、あの陸士共が出張ってるし……」

 そう呟くセインの顔には過去のトラウマが浮かび上がっているのか、戦闘機人にも関わらず青白い血相だった。
 初めて出撃した時の恐怖を忘れることは出来ない。
 機動六課が出撃してくるよりも早く、とある市街地でレリックを回収しようとした時、セインは陸士たちと遭遇した。
 しかし、あろうことか陸士たちはセインを認識した瞬間、鼻血を吹き出し、奇声を上げながら殺到及びバインドを乱射してきたのだ。
 慌ててディープダイバーでレリックを回収し、逃げ帰ったものの出会うたびに奴らの対処方法は激しくなってくる。
 壁に潜ると理解してからはつるはしを持ち出して壁を破砕し、出ようとした場所で先回りされてカメラを構えた陸士たちに激写され、護衛に付いたノーヴェに至っては殴られながらも胸を揉まれたと一晩中泣いていた。
 一度潜入任務で普通の格好で町を出た時など、たまたま覗いた露店で自分達のフィギュアが売られた時は腰を抜かした。しかも、完全フル稼働で、5種類ほどの衣装違いバージョンがあったほどである(ちなみにセインの場合はナンバーズスーツと独自で作ったらしい夏服姿のフィギアが一番多かった、売れ筋だった)
 陸士○○部隊が愛を込めて作りました♪ とかいう広告文が付いていた時はどう反応すればいいのか真面目に悩んだほどだ。

「……超絶的に帰りたいッス。なんていうか、お嫁にいけなくされそうで」

『ンー、その場合は諦めるべきね』

 モニター画面に写るクアットロが酷く冷たい顔でそう告げた。

「いやー! ッス」

「どうするクア姉~」

『とりあえずⅢのテストは大体終わってるけど、戦闘実験もしたいからぶつけるだけぶつけなさい。あとは遠隔で遊ぶ程度にして撤収ね』

「了解~」

「さっさと終わらせるッス!」

 というわけで、GOと叫んでウェンディの指示でガジェットたちが動き出す。
 同時に多脚型の新型ガジェットⅢも地ならしを上げながら動き出した。

 戦いが始まる。

 多数の人間(主に陸士たち)が望んだ戦いが。





 爆音。
 斬撃。
 打撃。
 粉砕。

「これでラストォ!!」

 マッハキャリバーを振り上げて、大きく足を上げての回し蹴りがガジェットにめり込み――粉砕した。
 爆風が吹き荒れるも、バリアジャケットの耐久性がそれを遮断する。
 精々強い風が吹き荒れて、鉢巻とそのたわわに実った乳房が揺れるだけだった。15歳にしては反則的なバストである。
 まるでマシュマロだと叫ぶものもいるほどである。

「おぉー」

 と告げる陸士たちの目はガジェットの撃破よりも、スバルの胸に注目していることは言うまでも無い。
 ついでとばかりに飛んでくるガジェットの破片をデバイスで払いながら、撮影をしている陸士も居た。片手で塞がって、家庭用ビデオ持ちである。
 相方らしい陸士が【機動六課の健康美少女、スバルちゃんがガジェットを蹴りで撃破する】と書かれた紙をカメラ前に写し、原始的な編集をしていた。

「よし、これで七機撃破したね!」

「ええ! 108部隊の人たちは――」

 そう叫んで、フォワード陣が振り返る。

「我に断てぬモノ無し!!」

 鮮烈とした制服をモチーフにしたバリアジャケットに、大剣型のアームドデバイスでガジェットを両断し。

「衝撃のファーストブリットォオッ!」

 紫色の装甲服型のバリアジャケットを身に纏い、華麗な脚部装着型の足甲デバイスで旋回しながら、ガジェットを粉砕し。

「クールに逝きな――ジャックポット!」

 白髪、赤いコートを翻し、変則型の二挺拳銃デバイスで息する暇もなく蜂の巣にする陸士たちの姿が居た。
 一々ポーズを決めていた。明らかなカメラ目線でだ。ついでにパシャパシャと撮影している陸士も居た。

「全滅したな!?」

「さあ先を急ぐぞ、野郎共!」

「休んでなどいられない! 出撃だ!」

 同時にカメラを構えていた面々もイヤホンに手を付けて、「こちらβ! αチームどうした!? まだ敵は見つからないのか!! ケツの穴を二つに増やされたくなかったらさっさと見つけろ!」と叫んでいる。
 持っていた一眼レフなどを懐に隠した陸士の面子は一糸乱れぬ動きで先導するかのように、フォワード陣たちの横を通り過ぎていった。

「頼もしいわね」

「そうだね!」

「陸士の皆さん……強いです」

「どうして、僕を見て息を荒げてる人がいるんでしょうか?」

 三名の少女達が少しだけ意見を変えて、一人の少年が首を傾げていた。
 エリオきゅん、という声がしたような気がしたけれど、それは多分風がレールウェイを通り抜ける際に聞こえた空耳だということにしておいた。

『っ、ガジェットⅢの一機が近づいているわ! 警戒して、皆!』

「了解!」

 オペレーターのアルトの声が鳴り響く、フォワード陣が構える。
 その後ろで先ほどまでの様子からうって変わって、膝射姿勢で一斉に陸士たちがカメラを構えた。
 後ろからのアングルが撮り放題だった。
 盗撮用のシャッター音が消音されたカメラが凄まじい勢いでフィルムを切り始めた。





「あーもう、1機がぼこられてるッス」

 モニターしていたガジェットⅢの一機の反応がなくなったのと確認し、ウェンディが声を上げる。

「あいつら、フォワード陣はもう単独でAランク魔導師も同然だな。固有スキルならAAくらいか?」

 ガジェットの一機をイス代わりに、足を開いて休んでいたセインが呟く。

「やばいっすねー。別々の特化技能を組み合わせることで総合的に能力も上げてるし。仕留めるなら分断して、個別撃破が正しいッスね」

 そういって、ウェンディがライディングボードを構える。

「ん? どうするつもりだ」

「ちょっとテストッスー」

「しっぽ捕まれたら、ウー姉とトーレ姉が怖いから一発撃ったら終わりにしろよー」

「分かってるッス。これを撃ったら、後はⅢ型ぶつけて撤収ッスね」

 まるで砲台の如く、ウェンディが足を組みなおし、腰を低く、尻を突き上げるような構えで、ボートを構えた。
 その先端からは魔力の光。
 ボード内部に仕込まれた魔力カートリッジを応用したバッテリーから供給される魔力が、内蔵プログラム回路に沿って魔力弾を形成する。

「たまや~」

 カチッと引き金を引いて――弾が射出された。
 瞬間。

 ちゅぼんと爆発した。

「ぶふっ!!」

 自爆風味にウェンディが吹き飛ぶ。

「あー? なにやってるんだ、ウェンディ」

 アホかと暢気に身体を持ち上げて、セインが呟く。

「い、いや、それが――上ッス!」

 自分でも分からない、そう告げようとした瞬間、床に転がっていたウェンディが頭上に気付いた。
 その声は緊迫したものだった。

「は?」

 上を見るセイン。
 そこには――赤い光が無数にあった。
 二つずつ並んだ光が、まるで蝙蝠の群のように並んでいた。

「ウェェエエエエエエエエ!!?!」

 奇怪な叫び声を上げるセイン。
 それだけ目の前の光景はおぞましかった。

『発見!』

『発見!!』

『確保ぉおおお!!!』

 それは人影。
 それは人型。
 それは人間。
 それは――陸士。
 全身黒尽くめで、頭には暗視スコープを付けた、陸士たちがゴキブリのように天井に張り付いていた。
 その数は六!

『見つけたぞ!』

『我がボーナス!』

『俺の嫁!』

『いや、俺の嫁だけどな!』

 ボトボトと天井から六人の人影が落下する。
 それはさながら熟れ過ぎた果実が重力に引かれて落下し、地面で潰れる様のように。
 けれど、彼らは手足を使い床で受身を取り、生まれたての子鹿のような動きで起き上がる。

「変態ダァアアアアアアア!」

 絶叫を上げて、反射的にウェンディがライディングボードの砲口を降り立った陸士たちに向け、即座に引き金を引いた。
 しかし、それを陸士たちは見事な側転で左右に跳び分かれて避ける。
 爆風が、着弾した遥か向こうの通路から響いた。

「逃げるぞ、ウェンディ!!」

 セインが指を鳴らし、残ったガジェット全てを戦闘モードに移行させる。
 レーザーが発射される、さらにⅢ型が軋みを上げながら軽やかな動きで陸士たちに迫るが。

「無駄、無駄、無駄ぁあああ!!」

 陸士たちがレーザーを飛び跳ねて避けると、さらに壁を蹴った。三角跳び。
 跳ねながら、旋回、体のバネを極限までねじ回し――

「ドリルキィック!」

 飛来し、チューブで襲い掛かるガジェットに蹴りを叩き込む。めり込み、さらに捻りを入れた蹴りが内部部品を撒き散らした。

「触手プレイ以外に、メカは要らん!!」

 そう叫んで、残った片足で器用にオーバーヘッドキック。
 遥か後ろに飛んでいったガジェットが床にガコンとぶつかり、爆発。背中から落ちた陸士は受身を取って、さらに後ろにバック転をしながら起き上がる。
 残った五人も踵落としを決めたり、拳でカメラ部分を貫き取得していた魔力変換資質の電気でショートさせたり、二人掛かりで左右から魔力弾でゼロ距離射撃などをして、即座に破壊する。

「雑魚が!」

「味噌汁で首を洗って出直しやがれ!」

「そして、地獄で懺悔しろ!」

「フゥハハハハー!」

 アドレナリン全開状態の興奮し切った声で陸士たちが吼える。
 しかし、そんな彼らの前にガシガシとコンクリートの床に亀裂を入れながら迫るガジェットⅢの巨体があった。

「っ! フォーメーションダブルデルタ!」

『ラジャー!』

 隊長格の陸士の言葉と同時に陸士たちが駆け出す。
 ガジェットⅠ型とは比べ物にならない高出力のレーザーが駆け巡り、咄嗟に回避する陸士たちの裾を掠めて、焦がした。
 けれど、彼らは止まらない。
 撹乱するかのように壁を蹴り、床を蹴り、ベクトル変換の魔法を使用し、天井と壁を駆け回る。
 まるで編隊を組む鳥のようだった。
 一糸乱れぬコンビネーションに、Ⅲ型のAIがレーザーでは捉えきれぬと判断して、前面を開いて作業用兼戦闘用のアームベルトを吐き出す。
 縦横無尽に敵を叩き潰す鋼鉄のベルトが狭い空間に吹き荒れた。
 壁を破砕する、天井が崩れる、床が砕け散る。破壊の嵐だった。
 生身の人間にはひとたまりも無い。
 Bランク程度の魔導師のバリアジャケットでは耐え切れまい。
 防弾繊維と強靭な合金で作り上げられた手甲とアーマーならばなんとか耐えられても、数発程度。
 吹き飛ぶ。
 何名もの陸士が吹き飛んだ。

「ぶっ!」

「がぁっ!!」

 壁に激突し、ゴムのように跳ね飛ぶ。
 中央から打ち込まれ、床の上に転がった。
 けれども、彼らは止まらない。追撃に迫る細いアームチューブの刺突を躱し、床を転がって跳ね起きる。
 ダン、ダン、ダン。
 踊るような破壊の乱舞。
 数分と見たずに、周辺が破壊される。壊れ逝く。

「だが、タイミングは掴めた!」

 隊長格の陸士が叫ぶ。その手には障壁、魔法の力。

「タイミングを合わせろ!!」

『応!!』

 二人が床を蹴る。
 一人が壁を蹴る。
 三人が天井を疾る。
 デバイスと武装を抜き放つ。

「アイン!」

 一人の陸士が飛んだ。真正面からアームベルトに拳を叩きつける。ベクトル操作、方角はそのまま、ただ――加速させる。
 触れた陸士の手甲を削りながら、止まらずに、その矛先のみが突き進み、進みすぎた勢いにガジェットのアームベルトが伸びきり、体勢が崩れた。

「ツヴァイ!」

 そこに天井から落下する陸士。
 その手には短杖形のデバイス。その先端から魔力刃。カートリッジロード、鉄すらも切り裂く刃。
 一刀両断。
 アームベルトが吹き飛ぶ。

「ドライ! フィーア!」

 二人の陸士が床を疾走する。
 ベクトル操作、足に嵌めた足甲に障壁を展開。旋回しながら、ベクトル操作。
 加速――全てを砕く鉄槌と化す。
 足が砕けた。二本の脚部を粉砕する。
 ガジェットⅢの巨大が揺らぐ。同時に防衛機能が働いたのか、AMFの出力を上げる。
 空間が揺らいだ。

「フュンフ!!」

 カートリッジロード。
 発生したAFMにも負けぬ魔力量で、陸士の一人が真正面から砲撃。
 絶叫を迸らせながら、減衰していく砲撃をガジェットⅢの装甲に撃ち込む。装甲が溶解する、反撃のレーザーが陸士を吹き飛ばした。
 悲鳴が上がる、けれどバリアジャケットが、事前に着込んだ装甲服が彼を護る。吹き飛びながら親指を立てる。

「ゼックス!」

 隊長格が走る。
 手には長杖。無骨なデバイスで、天井から飛んだ。狙いは溶解した装甲、魔力刃。AMFの濃度に減少しながらも、ナイフサイズの刃が装甲に食い込む。
 しかし、それではトドメにならない。
 ならば、ならば、仕留めるには――

「くたばれ、鉄くず」

 杖の中心部からカートリッジが排出される。
 増強する光、突き迫るアームチューブに恐れもせずに、叫んだ。

「ぶっとべぇええ!」

 追加魔法発動――砲撃。
 AAAの魔導師ならはいとも容易く障壁で弾ける程度の砲撃。
 けれど、それは装甲を貫かれたガジェットⅢの内部を焼き尽くすには充分過ぎた。

 ――爆散。

 陸士たちを巻き込んで、その通路は燃え上がる紅の炎と風に呑み込まれた。






「はぁはぁはぁ――あー、ビビッた」

「マジで犯されるかと思ったッス」

 クラナガン市外、ディーブダイバーの能力でリニアウェイから脱出したウェンディとセインが荒く息を吐き出した。

「ぅー、ガジェット使い切っちまったし、迎え呼ぶかー?」

「一応ライディングボードがあるから、途中まで飛んでいけるッスよ~」

「でも、少し休憩しようぜ」

「さ、賛成ッス。神経が磨り減った……」

 はぁはぁと夜の闇の中で、発汗機能だけは残してあるのか、喘ぐように二人の美少女が息を吐き出し、胸を揺らめかせた。
 腰を下ろし、両手で地面に触れる。
 ぴったりと体のラインを浮かび上がらせるスーツが艶かしく仰ぐ少女の肢体を映し出していた。
 空を見る。
 クリーンな環境のおかげで、都市内だというのに星がよく見えた。
 静かな空には相応しい光景だった。

 ……ウゥゥン……

「ん? ウェンディ、お前何かいったか?」

「え? なんもいってな――」

 ブルウゥウウン!
 それは唸り声にも似た鋼の咆哮。

「なっ、嘘だろ!?」

「ど、どこか!?」

 セインとウェンディが立ち上がろうとした瞬間、音は――上から降り注いだ。
 空から、正確には周りに建造されたビルの屋上から何かが飛び出す。
 それはバイク。
 フルフェイスのライダーたちが乗り回す、鋼の馬。

「うぇえええええ!!?!」

「ええええええええ!!?」

 唸り声を上げて、バイクたちはビルの壁を滑走する。
 まるで床のように、まるで重力の存在を忘れたかのように、一気に落ちていく。
 ブレーキなどしない。
 アクセルを回し続け、水触媒のエンジンが咆哮を上げて、車輪を回転させる。
 それは陸が誇る特車部隊。
 Cランクまでの魔導師によって作り上げられた、ミッドチルダの交通を護り、犯罪者を追う鋼の騎馬隊だった。
 何故彼らが壁を走れるのか?
 それは飛行魔法が関係している。
 一口に飛行魔法といっても、幾つか種類がある。
 大気などを操作し、飛行するタイプ。
 重力などの慣性を操作し、擬似的に飛ぶタイプ。
 魔力の足場を形成し、それらから跳躍して空を舞うタイプ。
 そして、その中にベクトルを操作し、空を舞う魔法がある。
 実質飛行魔法の習得自体は難しくない。問題は飛行適正――すなわち三次元の機動及び空中での飛行に適応出来る脳力があるか否かである。
 そして、生まれつき飛行適正も持つ者は限られている。後天的な訓練でも習得は可能だが、多大な期間と資金が掛かる。
 そのため空士がエースと呼ばれるのだ。
 肝心なのは飛行魔法の習得自体は難しくないということ――すなわちベクトルの操作は可能ということである。
 繊細な操作技術の習得と血のにじむような修練の果てに、バイクという乗り物に乗りながらのベクトル操作を可能とした部隊なのである。

 そんな彼らが一斉に二人のナンバーズの周りにタイヤを軋ませながら、着地する。

「くっ」

「ウェンディ! ライディングボードで!!」

 そう続けようとした瞬間だった。
 さらにド派手な破壊音を響かせて、工事途中だったらしいバリケードを突き破り、頑強な装甲車がドリフトしながら到着する。
 ガンっと扉を蹴り破り、その中から現れたのは無数の大砲らしきものを構えた装甲服の集団だった。

「援軍か!」

「しかし、なんでこんなに早く!?」

 逃走ルートは念入りに下準備をしたはずだ。
 何故こうも読まれるのか、二人には理解出来なかった。

「ふふん。教えてやろう!」

 そう叫ぶのは最後に現れた全身が黒こげた陸士だった。
 ごふっとススを吐き、不敵な笑みを浮かべる。

「答えは一つ! お前達に発信機を付けたのだ! というわけで、お尻辺りを触ってみろ」

『え?』

 二人が慌てて自分のお尻に手を当てる。瞬間、パシャパシャというフラッシュと音が響いた。激写タイムだった。
 そして、ウェンディが声を上げて、くっ付いていた紅く点滅する発信機を発見する。

「っ、やられた!」

「さあ、観念するがいい!」

「嫌だね! ディープ――」

 セインが地面に手を当てて、ISを発動しようとした瞬間だった。

「構え!」

 ザッと重々しい足音を立てて、砲口が一斉にセインに向いた。

「セイン!」

「――放てぇ!!」

 瞬間、連発した砲撃音が轟き、黒い砲弾が次々とセインに着弾する。
 そして、着弾した砲弾は破裂し――白濁液となってセインに降り注いだ。

「っう! なんだこれ!?」

 粘つく白いジェル。
 もがければもがくほど絡みつく粘着質な白濁色の物体。
 火傷しそうなほどに熱く、全身に絡みつく。
 それはセインの全身を束縛し、拘束し、覆い尽くす。
 その光景に数名の陸士は鼻を押さえ、数名が無言で録画用ビデオの録画ボタンを押したのはいうまでも無い。

「見たか! 開発部特製トリモチ弾だ! 大人しくゲッチュされるがいい!!」

『ゲッチュー!』

 一糸乱れぬ動きで一斉に手を挙げ、奇声を発する陸士たち。

「セインッ!」

「逃げろ、ウェンディ!! アタシはいいから!」

 そういって、セインは指先に仕込んだカッターでスーツの胸元から手首までの部分を引き裂き、僅かに動くことが出来る手で携帯していた閃光弾を掴んだ。
 同時にスーツの剥がれたセインにカメラを向ける陸士多数。
 艶かしい肌を露出させながら、姉妹を逃がすためにセインが絡みつく拘束に抵抗しながら閃光弾を投げ放つ。

 そして、閃光。

 夜闇が白い光に満たされた。

「くっ!!」

『目が、目がぁあああああ!』

 カメラを向けていた陸士全員が目を押さえて悶え苦しむ。
 馬鹿の末路だった。

「ごめん、セイン!!」

 咄嗟に視界をシャットし音声もシャットして、ライディングボードに飛び乗ったウェンディがバーニアを吹かして、空に舞い上がる。
 その目には涙が溢れていた。
 天へと帰る天女のように、光を曳きながらウェンディが空へと飛び出していき――

「逃がすかぁああああ!!」

 バイク部隊の陸士の一人がエンジンを吹かし、己の脚力のみで地面を蹴りつけると、バイクごと跳んだ。
 衝撃音を立てて装甲車の上に飛び乗り、さらに車体をジャンプ台へと変えて、跳ぶ。
 まるで月へと攫われるカグヤ姫を追う、帝のような形相で高々と舞った。

「なっ!?」

 高さにして数十メートルの高みに、迫る声にウェンディが振り向く。
 瞬間、陸士がバイクを踏み台に、さらに跳んだ。
 怪鳥のポーズで、陸士はウェンディの上を取った。取ったのだ。

「だりゃあああ!」

 両手を広げて、ぐわしとウェンディにしがみ付く。むしろ抱きついた。

「なっ、ナナナナナ! 離せぇええッス! 変態! ど変態! Do変態ッス!! どこを掴んでるんすかぁあああ!!」

「放すかボケェエエ!! 俺のボーナスゥウウウ!!!」

 クルクル舞い踊るライディングボード。
 暴走する回転に、乱暴なダンスは美しくも騒々しく空に舞い踊る。
 必死に叩き落そうとするウェンディに、ちょっとだけイケメンの若いバイク乗り陸士はウェンディの大きな胸をわし掴みにし、腰に腕を廻し、必死の形相で捕らえていた。
 まるで美少女に襲い掛かる暴漢のような光景だが、彼は至って真面目にボーナス狙いだった。
 美少女狙いではなく、金の亡者というミッドチルダUCATの中ではマトモな男である。

「よくやった!」

 そして、地上にいる装甲服の陸士が右手を左手で掴み、天へと伸ばした。
 ――シュバンッ!
 音を切り裂く、破裂音。
 同時に天へと滑走する黒い礫が、空を舞い踊り、破廉恥な声を上げる少女と男の足首に絡みついた。

「へ?」

「ぬぉおおおおおお!!」

 ワイヤーアンカー。
 手甲に内蔵された特殊装備であるそれを放った男は、大地に脚をめり込ませながら全身に魔力を込める。

「第97管理外世界の嵐の海でカツオとかいうのを一本釣りした時と比べればナンボのものよー!」

 ふんぬ! と鼻息を発し、彼が大きく体を捻る。
 そして、二人が空をさらに舞った。
 ぁあああああっという声と共に月の綺麗な夜空に二人の人間が放物線を描いて墜落した。

「へい、キャモーン!」

 両手を広げて、満面の笑みを浮かべる陸士。
 ――そこに割り込み。

「どけぇええい! 俺がキャッチする!!」

 飛び蹴りで退かした陸士の場所に、もう一人の陸士が滑り込む。

「いや、俺だ!」

「いや、私だ!」

「僕だ!」

「それも私だ」

 しかし、そこに殺到する陸士共。
 ひゅるひゅると近づいてくる二つの影――そして。


 どごーん。


 大量の陸士を踏み台に、男と少女が無事墜落した。


「ナンバーズ――ゲットだぜ!」



 こうして、ウェンディとセインは逮捕された。
 その後、祭り上げるかのように大量の陸士たちが簀巻きにしたウェンディとセインを踊りながら地上本部に連行したのは言うまでも無い。
 こうして再び市民たちの不信感は上がったが元々最低クラスなので誰も気にしなかった。

 機動六課の面々?
 ああ、ガジェットを掃討して、無事に任務完了です。













 おまけ
 
 

「うぅ、お嫁に行けなくなったッス。責任取れッス」

「えぇええ!?」

 ウェンディと名も無い陸士の間にちょっとしたフラグが立った。



 第24回 ナンバーズ捕獲作戦 成功

 第1回 聖王の器 争奪戦に移行する。






****************
某兄貴復活編まではとりあえず毎日更新で行こうと思います。
それからは断続的にということで。



[21212] 第1回 聖王の器 争奪戦 その1
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:6801b0d3
Date: 2010/08/18 01:06

 ミッドチルダUCAT。
 元の名称は時空管理局地上本部。
 しかし、その名称はもはや建造物としての名称であり、組織名はミッドチルダUCATに統一されている。
 何故UCATなのか?
 それは数十年前、彼らが接触したある時空世界の組織による影響を受けたらしいが詳細は不明である。
 ミッドチルダという時空世界を護るための最後の壁でもあり、数百人以上の規模を誇る陸士たちによって構成された地上部隊。
 幾多の問題を起こしながらも、優れた実績と能力により幾多の危険犯罪者及び組織を摘発している地上部隊は極めて優れた組織といえるだろう。
 しかし、彼らを危険視する人間は多い。
 それも陸とは因縁の関係にある海――すなわち本局においてその意見は多かった。
 低資質の魔導師が大部分を占める陸士でありながら、極めて迅速な制圧能力を持つUCAT。
 質量兵器規制などで制限されながらも、日々画期的な武装や機器を作り上げる技術力。
 いずれは本局に反旗を翻すのでは?
 そう考える人間は多かった。
 同じ組織でありながら、他の優れたものを恐れる者は多い。
 それが人の性だ。

 そして、とりわけ採用という形で陸の優れた人材を引き抜き続けた負い目もあって。
 それは間違いないという疑心暗鬼にまで取られていた。

 時空管理局。

 時空の治安を護る組織は内部に孕む鈍痛にも似た爆弾を抱えていた。





 一方その頃、とある日の地上本部。
 第37陸士部隊詰め所で、声が上がっていた。

「おーい、線画出来たか?」

「ああ、ちょっとまってろ」

 机の上で、何やらペンを走らせていた制服姿の陸士がふぅーと息を吐いて、消しゴムのカスを飛ばす。
 そして、机に並べていた無数の写真――ティアナ・ランスターとフェイト・T・ハラオウンの写真(盗撮)を見比べて、満足げに浮かべる。

「出来たぞー、我ながらいい仕事だ」

「おおー、実にGJ!」

 それを見た陸士たちが、パチパチと手を叩く。
 線画に描かれていたティアナとフェイト、それはまさしく彼女達がバリアジャケット装着時に垣間見える裸身だった。

「スキャナーに取り込めー!」

「色塗りだー!!」

 フェイトそん萌えー! ティアナちゃん、実に色っぽいぜ! 百合最高! 実はくっついてんじゃね?
 などという喝采が上がる。

「納期は近いぞ、なにやってんのぉお!!」

 その言葉と共に陸士たちが一斉に作業用デスクの前に戻る。
 カチカチとペンタブを一人の陸士が動かし、或いはキーボードを叩き、もう一人はヘッドホンに耳を当てて音の調節をしていた。
 スキャナーに取り込まれた線画が、ペンタブを動かされるたびに次々と色が塗られていく。赤毛の掛かったブロンドも、黄金を寄り合わせたような金髪も、その実に絶妙な肌色をも陸士が手を振るうごとに魔法のように色付けされ、命が吹き込まれていく。
 そして、ティアナの裸身はもとより、特にフェイトの尻への色付けは実に神掛かっていた。
 彼らの中では尻神様と影で崇拝されるフェイトそん、その尻に関して一切の妥協など許されないのだから。

「BGMとSEの編集はどうした?」

「今やってるー」

「なぁ、ここのシナリオの台詞をさ『フェイトさんには分からない』 じゃなくて、『フェイトさんには、分からないんです!』っていう方がツンデレっぽくない?」

「あーそうだな。俺も修行が足りないぜ。ありがとな」

「か、勘違いしないでよね! 貴方のためにやったんじゃないんだから!」

「お前がツンデレかよ!」

 八人にも及ぶ陸士たち。
 待機中の彼らは詰め所で――エロゲーを作っていた。

 仕事をしろ。






「うっ!?」

 機動六課隊舎、部隊長室でフェイトは突然走った悪寒に身体を抱きしめた。
 それは熱にして39度にも及ぶ風邪を引いた時にもする寒気であり、まるで尻を触られたかのようなおぞ気だった。

「ど、どしたん?」

 フェイトからの報告書を受け取り、目を通していたはやてが少しだけ驚いたように声を上げた。

「いや、ちょっと寒気を感じて」

「体が資本の仕事やからなー、気をつけなあかんよ」

 おかしいな? 昨日は早めに寝たのにと首を傾げるフェイトを置いといて、はやてが再び報告書に目を向ける。
 そこには【逮捕したナンバーズにおける調査内容】という文面だった。
 ミッドチルダUCATによる尋問の結果、大した情報は未だに手に入ってないらしいが、戦闘機人の総数は12人だということが判明したと記述されている。
 他にも細々と文章が書かれていたが、はやては酷く気になるものがあった。

「なあ、フェイトちゃん。一つ聞いてええか?」

「なに?」

「逮捕されたナンバーズの写真なんやけど――なんでチャイナドレスとレースクイーンの衣装?」

 ファイルに送付されていた写真に写っていたウェンディはレースクイーンの水着姿、セインはチャイナドレスだった。
 それも一人に付き5枚もの写真で、それぞれ違う角度とポーズで撮られている。まるでグラビア写真集のような勢い。
 何故かシクシクと泣いているし、その写真の横でスリーサイズが羅列されているのが酷く不気味だった。
 測ったのか? 計ったのかとはやては思った。
 一瞬はやての脳裏に、メジャーを持って襲い掛かる暴漢魔の如き複数の男たちの姿が浮かんだが、真実は違う。
 ただ簀巻きにしたウェンディとセインを輪になった数十人の陸士で囲んで、パイプイスに座りながら、メモ帳とペンを手に競り市のように予想スリーサイズを討論しただけである。
 その反応をうかがいながら一番正解に近い数字を割り出しているというおまけ付きだ。
 むろん指一本触れてなどいない、彼らは紳士だから。

「えっと……報告書を渡してくれた人は『ああ、それですか? その格好は写真を撮るならこの格好じゃないと嫌だ! と是非ともいわれたので、着替えを渡してあげました』って凄い爽やかな笑顔で言ってきたよ?」

 フェイトは気付かない。
 それを言い出したのはナンバーズなんかではなく陸士たちだということに。
 決して嘘はついていないものの、爽やかな笑みと口調でフェイトは騙されていた。

「そ、そうか……」

 とりあえず後でこのウェンディとかいう戦闘機人の写真だけはコピーして、秘蔵アルバムに納めとこうとはやては密かに企んだ。
 おっぱい、おっぱいという単語が一瞬脳裏に浮かんだが、仕事中だということを思い出して軽く頭を振った。

「まあともかく、まさかUCATの皆がナンバーズを逮捕するとは思わんかったわ」

「そうだね」

 自惚れるつもりはないけれど、ナンバーズ――すなわち戦闘機人は極めて優れた戦闘能力とISを保有している。
 本局の高位魔導師クラスの実力はあるのだ。
 基本Bランク以下、陸士の中でも練度の高い陸士108部隊とはいえ、Aのギンガを機動六課に出向させている以上真正面からの相対は危険だと踏んでいたのだが――

 数の暴力はやはり偉大だったようである。

「まあええわ。どちらにしてもこれでぐぐーっと預言を防げる可能性が高まったことやし」

「そうだね」

 どこかじろじろ見られているかのような悪寒に、フェイトが後ろ手でお尻のスカート部分の皺を直した。

「そういえば、フォワード陣はどしたん? 確か今日は休暇のはずやけど」

「あ、あの子たちなら街に出てるはずだけど。ティアナとスバルならヴァイス陸曹からバイクを借りていったみたい」

「そか」

 そう告げてはやては不意に一枚の書類を取り出した。

「まあのびのび楽しんで欲しいわ。まだ子供やし、私らが頑張れええ」

「それは?」

「例の事故の報告書や。今、ギンガに調べにいってもらっとる」

 そう告げて、はやてがぱさりと机の上に書類を置いた。
 その文面には【市外地下トンネルで発生したトラック事故について】と書かれていた。





 そこは暗い場所。
 それは地下トンネル。
 そこにギンガは訪れていた。

「やぁ、ギンガ。七十八時間、三十五分、二十四秒ぶりだね」

 散乱したトラックの部品。
 ゲシゲシと陸士たちに蹴られているガジェットの残骸。
 勘弁してくださいと泣きついているトラックの運転手の首筋を掴み、尋問している陸士。
 パシャパシャと現場証拠のための写真を撮り、効率的に現場現象をしている鑑識班。
 彼らは陸士108部隊。
 ギンガの元の部署であり、ギンガに声をかけたのはその主任でもあるラッド・カルタスだった。

「ついこの間会ったばかりなんですけど、カルタス主任」

「いけないな。物事は全て正確に測るべきだ」

 そうだろう? と当然のように告げるラッドはいつみても見事なオールバックの髪を一撫でして、当然のように告げる。
 ギンガは少しだけ頭痛を堪えるように頭に手を当てた。
 彼女が管理局、それもミッドチルダUCATに所属してから数年。未だに彼女は独特な彼らの雰囲気になれない、なれることを拒絶していた。
 過去には何度もフィギュアを無断に作成され、注意と没収の果てに、泣きながらそれを破砕し、同僚を殴り飛ばした暴行事件などを起こしてしまったこともあったのだが。

「純情少女は実にイイッ!」

「最高だね!」

「君は売れるぜ!」

「俺たちのハートを、キャッチマイハート!」

 などという意味の分からない言葉と共に笑って許された。
 むしろもっと踏んでくれと告げる人間も多数居た。むしろ翌日には陸士たちを殴った時のポーズそのままのフィギュアが大量生産されていた。あまりのおぞましさに、ギンガが布団を被ってしくしくと涙を流したのも十回ではきかない。
 少なくとも父親であるゲンヤに続いて、まだマトモなラッドにギンガは頼ることが多いのだが、独特な会話のテンポに戸惑うことも多い。

「ああ、そうだ。いつものことだが、気軽にラッドと呼んでくれないか?」

「いえ、上司ですし」

「君と私の仲じゃないか」

 ハッハッハと笑って告げるラッドの言葉はきっと彼なりのジョークなのだろう。きっとそうだ。そうに違いない。
 ギンガは知らない。ラッドは常に本気だということを。

「まあ将来の話はそこまでにして、とりあえず鑑識班の報告を聞くかい? ギンガ」

 しょ、将来?
 と首をかしげながらも、ギンガが頷く。

「どうやらこのトラックは違法品を運んでいたらしくてね、それも――生体物らしい」

「え?」

 そういって、ラッドが首を傾げる。
 トラックの運転手が羽交い絞めにされて、その両脇をくすぐられながら「吐けー! 中に積んでいた幼女はどこだぁああ!!」「し、知らないんだ! 本当なんだ!」
「うるさい黙れ! 幼女だぞ!? ょぅじょなんだぞ! 傷一つ付いてみろ!! お前の罪を五倍に増やして、臭い飯を鼻から食わしてやる!!」「ひぇええええ」という阿鼻叫喚状態だった。

「あ、あの人は何を?」

「先ほど違法物を運んでいたと説明したね? どうやらそれを運んでいる最中に、トラックがガジェットに襲われたらしい。通報を受けて到着した特車部隊がガジェットを撃破したものの、どうやら積荷の幼女が脱走したそうだ」

「よ、幼女ですか?」

 真顔で幼女と告げた上司をマジマジと見るギンガ。
 その視線にラッドは軽く微笑み、視線を違う方向に向けた。
 すなわちトラックに。

「ああ。そのポッドを見てみたまえ」

 そう告げてラッドが指差した遺留品、それは大人ほどの大きさを誇るポッド。
 辺りに緑色の薬品を撒き散らし、事故の衝撃で破砕したのかガラス部分が砕け散っていた。

「どうやら人造人間――或いは改造人間、それも少女らしきものが脱走したようだ」

「なっ!?」

「現在特車部隊及び追跡班が追っているが、ギンガも彼らに合流してくれ。ガジェットが襲撃してきたということはおそらくレリックがらみだ」

「了解です!」

 ラッドが差し出した無線機とイヤホンを受け取り、耳に装着しながらギンガが走り出そうとする。

「ああ、それといつ戦闘になるか分からないからバリアジャケットは装着しておいたほうがいい」

「っ、はい!」

 言葉に甘えて、ギンガがデバイス――待機状態のブリッツキャリバーを握り締め、バリアジャケットを纏う。
 一瞬の閃光にも似た輝き。
 瞬くような瞬間に衣服が分解され、待機状態から起動状態になったリボルバーナックルが左手に、ブリッツキャリバーが両足に、露出していた裸身に光が纏う、それは視認するのも難しい一瞬の装着だった。
 その姿を鑑識班が、運転手を羽交い絞めにしていた陸士が運転手の顔を明後日の方向に向け、全ての陸士が一斉にカメラと血走った目を向けたのはいうまでもない。
 そして、ギンガの装着シーンをもっとも間近で視姦したラッドは短く、「実にいいね」と表情を変えずに告げると、手に持っていた無線機の通話スイッチを押した。

「追跡班、追跡班、そちらの状況はどうだ?」





 闇の中に声が響いた。

「こちら追跡班、チームγ。現在クラナガン地下下水道を探索中です」

 そう告げるのは三人組の陸士の一人。
 手に短い警棒タイプのデバイスを握り締めた隊長格の陸士。

『こちらラッド。引き続き変わったことはないか?』

「こちらチームγ。下水道内を反響して、機械の駆動音らしきものを補足。おそらくガジェットが潜伏している模様」

『了解。そちらのチームにギンガ及び援軍を送る。交戦しても無理はするな、繰り返す無理はするな』

「了解」

 そう告げて、陸士が通話スイッチのボタンから手を離した。

「無理するなだとさ」

「いいね、素敵な上司だ」

「なら、無理せずにいつもどおりに任務を完了させようぜ」

 そう告げると、陸士たちが走り出す。
 ぱしゃぱしゃと下水を踏み締めて、クリーンな世界の裏側に流れるどこか鼻を突く異臭の世界を走り抜けた。
 闇の中を彼らは駆け抜ける。
 まるで猟犬。
 下手すれば見落としてしまいそうな、誰かが流した血痕――おそらくポッドから飛び出した時、そのガラスで切り裂いた血の雫。それを追って、彼らは走る。
 探査魔法を使用し、さらに組み合わせた目元に被ったカメラにより、ルミノール反応を起こす血液はまるで夜闇の中の蛍のようだった。
 無数に下水道に潜り込んだガジェット。その位置を音と注意深い警戒によって、避け、或いは隠れ、彼らは突き進む。
 彼らの目的は戦闘ではない。
 追跡と捕縛。
 それに特化されたチームだった。
 厳しい訓練を潜り抜けた彼らの足取りに迷いは無い。
 暗い足元もなんなく走り、溢れた下水の水も蹴散らし、転がっていたスーツケースも飛び越え、一歩先にいつでるかもしれない敵に恐れもしなかった。

「って、ん?」

「どうした?」

 不意に一人が足を止めた。
 くるりと振り返り、先ほど飛び越えたスーツケースを見る。

「こんなところにスーツケース?」

 陸士が拾い上げる。
 鍵は掛かっていたが、携帯していたデバイスを短く起動させ、発生した魔力場で切断。
 中を開くと――紅い結晶があった。
 売り飛ばすと高く売れそうだなっと一瞬考える。

「……これなんだっけ?」

「レリックだな」

「そーなのかー」

 嫌な予感がした。
 そして、不意にぶぅうんという稼動音がしたので三人は顔を上げた。
 そこには紅い光――カメラの眼光があった。
 彼らは理解する。
 レリックの魔力波を押さえ込むスーツケース。それが開封されたことでガジェットの探査に引っかかったのだと。
 そして、目の前にいるのはまさしくガジェット・ドローンだということを。

「し……失礼しましたーっ!」

 彼らは逃げ出す。
 そして、その背中を追ってレーザーの嵐が吹き荒れた。下水道の壁が焼ききれる、悲鳴を上げて陸士が跳ねた。見るのも可哀想な醜態だった。
 彼らは猟犬。
 彼らの専門は追跡と捕縛。

 すなわち――戦闘には向いていない。






 ――作戦を続行する



[21212] 第1回 聖王の器 争奪戦 その2
Name: 箱庭廻◆1e40c5d7 ID:6801b0d3
Date: 2010/08/19 00:42
 ――加速。

 優れた走りを持つものは重力を味方につけるという。
 重心を前に傾け、地面と平行に足を滑らせ、前へと倒れこみながら倒れないように走る。
 すなわち縮地と呼ばれる技法。
 もはや廃れた技法だが、これの概念は遠き異世界にも存在する。
 重力という重みを前に傾ける――すなわち追い風にすれば、それは速さになる。
 空士にはなれない。
 ただ地面を這い回る無様な陸士が編み出した走り。
 二本の脚をもって、走り抜くための術。

 闇の中で三名の陸士が走っていた。
 前かがみに、溺れそうな体勢で、それでも走り続けていた。

 それを追うのは命無き機動兵器。
 バーニアを吹かし、疾走する追撃者。
 閃光が迸る。それを察知し、陸士が跳んだ。ゆるやかに湾曲した壁に着地、流れるようにデバイスを握り締めて、魔法発動。
 デバイスの機構内で凄まじい速度で演算処理が開始され、発動するのはベクトル操作。
 重力の矛先は下ではない。ただ陸士の足元へと向けられる。
 すなわち壁。
 壁こそが床。
 走る、走る、走る。
 一人の陸士は壁を疾走する。
 それにガジェットの一体が速度を速めて、照準を合わせた。
 宿る光。

「っ!」

 他の陸士が声を上げる。
 一人が飛んだ。壁を走る陸士に体当たりし、陸士を庇うかのようにガジェットへと手を突き出す。

「プロ――」

 ――閃光。
 咄嗟に張った障壁を突き破り、陸士のジャケットを炭に変え、肌を焼いた。
 痛みに姿勢制御が取れない、不自然墜落の形で二人共が壁から落下する。
 下水の中に落ちる、水飛沫。爆発したかのように下水が吹き上がった。

「くそっ!!」

 残った一人、隊長格が警棒のような短杖のデバイスを起動。
 官給品のデバイスが唸りを上げて、主の意思に答える。
 バインド。
 迫るガジェットの一体を虚空から発生した光が縛る――しかし、それはすぐさま砕け散る。
 発生したバーニアによる圧力もあるが、それ以上にバインドがすぐさま浸食されたかのように脆くなったのが原因。

「AMFか!」

 相性が最悪だと叫んで、そこに無数の光が降り注いだ。
 それは人を殺す。
 それは人を殺害する。
 障壁を張る、しかしそれでもまだ届かない。
 平凡な己の魔力量だと、命を護れない。

 これまでか。そう陸士が思った瞬間だった。

「だりゃぁああああ!」

 割り込んだ影が一つ。
 それは青い髪の少女。嵐のような勢いで、華麗なる少女が陸士の前に立ち塞がり、鉢巻を揺らめかせ、純白のバリアジャケットを翻し、魅力的なおへそを露出しながら、強い意志を湛えた瞳で立っていた。
 その手に広がるのは強固な障壁。
 レーザーを弾き、逸らし、防ぐ。
 誰かを護るための左手。誰かを救うために伸ばし続ける少女の手。

「機動六課!」

「援護、しますっ!」

 叫んで、スバルが吼えた。
 右手のリボルバーナックルが渦を巻く。高速タービンが風を纏い、同時に振り抜かれた下水に埋もれていた脚が高々と天へと振り上げられた。
 目に焼きつくような健康的な太ももが伸び上がると同時に、蹴圧が下水を吹き飛ばして、弾き上げる。
 大量の水が激流と濃厚な水粒となってレーザーを拡散させる。そして、ダンッと水面下の地面を砕くかのように足を叩き降ろし、乳房を上下に震わせながら右手を振り抜いた。
 世界よ、穿たれよ。
 そう叫ぶかのような一撃。

「ナッコォオオ!!」

 大気が爆散した。
 烈風が狭い下水道内を突き抜ける。衝撃波と呼んでもおかしくない轟風がガジェットたちを震わせ、撹乱する。

「今です、逃げて!!」

「――馬鹿言うな!」

 スバルの叫ぶに、陸士は吼えた。
 ギラリと鋭い笑み。大人の意地がある、男の意地がある。
 そして、何より――

「女子供を置いて逃げられるか。そうだろう!?」

『おうっ!』

 吼える声、答える声が二つ。

「え?」

 影が駆け抜ける。
 スバルが貫き、砕いた水の霧の中で何かが蠢いた。
 ばしゃんという音と共に一本の手が突き出る。噴火したように水煙が発生。
 デバイスを構えた手。魔法の光が煌めき、魔力が形となって顕在化する。
 それは鎖。
 水面から飛び出し、伸び上がる無数の光の鎖がガジェットたちを絡め取る。

「ぉおおお!!」

 もう一つ声がした。
 下水から這い上がったもう一人の陸士。手袋形のデバイス――ブーストデバイス。
 口には魔力カートリッジ。ガキンと噛み砕き、噴出する魔力。
 濡れそぼった髪を振り乱し、それをガジェットへ放り投げた。
 AMFが魔力を分解する。純粋なる魔力の結合ではないため、その効果は薄いが、僅かでもAMFに負担を掛けるには十分すぎる。

「強化されよ、我らが鎖!」

 シンクロブースト。
 同術式を知り、同じ部隊の共通としたデータを持っているが故のシンクロ。
 他者の術式に介入し、己の魔力を供給する。プログラムによる制御故の荒業。
 チェーンバインドの結合を、僅かにAMFに耐え切れる硬度にまで高める。
 二人の陸士が吼えていた。
 バーニアを吹かし、引き千切ろうとするガジェットの抵抗に耐え、水霧に撹乱されているとはいえ打ち込まれるレーザーに怯む事無く睨み付けていた。
 その姿をスバルは綺麗だと思った。
 無様だけれども、かっこいいと思える。
 だから。

「ありがとうございます!」

「気にするなっ!」

 礼を告げるスバルの頭を軽く叩いて、陸士が短杖を構える。
 すぐにでも解放されるかもしれないガジェットに備える。

「他の人員は!?」

「もう、すぐ――来ます!」

 瞬間、ガラスの砕け散るような音と共にバインドが粉砕された。
 陸士が、スバルが飛び出そうとした瞬間。

「馬鹿スバル! お座り!」

「え?」

 彼らの背後から無数の魔力弾が撃ち放たれた。
 多殻弾頭――フィールド系魔法を貫くための鋭き牙。
 それが真っ直ぐにガジェット数体の装甲にめり込み――粉砕。

「っ、これは!」

 そして、スバルが声を上げようとした瞬間、彼らの背後から紅の影が飛び出た。
 それは迅い。目には捉えきれぬほど。
 それは鋭い。目では追いきれぬほど。
 燃え上がるような紅い髪をたなびかせ、純白のバリアジャケットのコートを翻し、手には己の身長を超える長槍――ストラーダを突き出したライトニングの一人。
 エリオ。
 ライトニング03 エリオ・モンディアル。
 狭い通路、その壁をベクトル操作ではなく純粋な速度で落下するよりも速く踏破し、視界を埋める薄霧の中を貫くように突貫した。
 その一撃は鋼鉄をもチーズのように切り裂く。
 己の膂力は大したことがなくても、速度すなわち威力。
 魔力弾を撃ち放ったティアナ・ランスターと一緒にいるキャロ・ル・ルシエのブーストを受けて、彼はまさしく疾風だった。
 音すらも切り裂く刃。

「はぁああああ!」

 剣閃交差。
 振り抜いた後に、斬撃音が高々と響き渡る。
 音速を超えた斬撃――遅れてガジェットが爆砕する。

「大丈夫ですか!?」

 爆風をバリアジャケットの防御力で中和し、エリオが華麗に床に着地する。
 輝かしいフトモモに、健気な表情を浮かべてエリオが振り向く姿に下水の中の陸士(エリオきゅん派)は見えないようにサムズアップした。

「うん、大丈夫だよ」

「助かった。礼を言う」

「い、いえ」

 そういってエリオが安心したかのように息を吐いた瞬間、後ろから響いた声にスバルはびくりと背を震わせた。

「ス~バ~ル~?」

「あ、テ、ティア」

「なんで勝手に先に進むのよ。こっちは徒歩なんだから、アンタのマッハキャリバーには追いつけないわよ」

 そういって、ガンッとスバルの頭に拳を入れる。
 あぅーと頭を押さえて涙を流すスバルに、その石頭にちょっとだけ自分の手も痛かったティアナも自分の手を摩った。
 その後ろで陸士がざぶざぶと下水から這い上がり、ファイトー! イッパーツ! と声を上げながら引き上げているが、誰も見ていない。

「ということは、我々を助けたのは独断専行だったのか?」

「あ、はい……戦闘の音とか、声とかが聞こえたから……気になってしまって、すみません」

 スバルがしょんぼりとうなだれて、その豊かな胸を強調するように前で手を組んだ。
 一瞬その胸を触りたいなと思いつつ、同組織人へのセクハラはいかんだろうと隊長格の陸士は自重した。

「助けられた我々が言うことではないだろうが……君たちはチームなのだろう?」

「はい」

「コンビネーションも信頼も必要だが、もっとも大切なのは仲間に頼ることだ。独断に出たとき、その人間はただの個人に戻る。たた一人の個人にな」

 その言葉には重みがあった。
 長年三人で戦い続け、もはや切れぬほどの絆と信頼、そして連携を持って彼らは戦い続けていたのだ。
 嘘など欠片も無い真実の重み。

「キモに命じておいたほうがいい」

「は、はい」

「けれど、礼は言わせてもらう。君がいなければ、私も、部下も死んでいたからな」

 にっこりと微笑んで、陸士がスバルの頭を撫でた。
 親子ほどに離れた二人の光景。

「あ、ありがとうございます!」

「私が礼を言ったのだがな……おかしなことだ」

「そ、そうですね!」

 慌ててスバルが訂正、陸士が笑う。
 ほがらかな雰囲気。
 ティアナがやれやれと肩を竦ませ、エリオがどこか憧れるような目つきでそれを見て、ようやく追いついたキャロがどうしたんですかと首を捻る? フリードはぱたぱたと飛んでいた。

「すまんが、君が彼女達の指揮官か?」

 笑いを止めた隊長格がティアナに振り返る。

「そうです。殆ど同階級ですから、まとめ役程度ですけど」

「すまんな。君の言葉を奪ってしまったようだ」

「いえ」

 まだ若輩の私が言ったところで、説得力はなかっただろう。
 ティアナはそう続けようとして、その言葉は途中で閉ざされた。

「そうだ、これは君たちに預けておく」

「え?」

 そう告げて差し出されたのは一つのスーツケース。
 レリックの入ったケース。

「我々よりも君たちのほうが優秀だ。護れる可能性は高いからな」

「……謹んで受け取らせてもらいます」

 そういってティアナがスーツケースを受け取る。念のためケースを開ける、中にあるのは紅い結晶。
 そこにあったのは間違いなくレリックだった。
 彼女達が探しに来た目的物に間違いない。

「じゃあ、皆! さっさと他のガジェットに追いつかれる前に脱出するわよ」

『了解!』

 そう叫んで、三人が手を上げた。
 そう、“三人だけが”。


「悪いが、それは難しくなったようだな」


「え?」

 陸士たちが構える。
 瞬間、コツンと音がした。
 ガシャンという金属の甲冑にも似た、それでいてどこか生々しい音が混ざり合う。

「なに、これ?」

「反響音から算出――足音2! 羽音1! 三体だ」

 ブーストデバイスを付けた陸士が叫び、スバルの眼光が暗闇の奥を見据えた。
 そこにいたのは三体の影。

「こ、子供?」

 一人の少女。
 紫色の髪をたなびかせ、大きく肩を露出した短いワンピースにも似た衣装、手には宝玉のついた手袋――ブーストデバイスを付けた美少女。
 その目に光は無い、ただの虚ろな瞳、心がないかのような目つき。

「蟲?」

 一人の異形。
 紅い複眼、黒ずんだ甲殻、長身の人型。明らかな人外、鋭い爪、一目見ただけで震えが走りそうな異常さ。
 それは化け物。

「……ちびっこか」

 翼を生やした小人。
 紅い髪、御伽噺の悪魔のような皮翼状の翼、ビキニの水着にも似た露出の多い衣服を纏い、小人のような身長の少女。
 炎のような少女。

「ちびっこいうな!」

 一人だけ呼ばれた名称に文句があったのか、反論する紅い髪のミニ娘。

「うるせえ、このフィギュア美少女!」

「テメエぇ! 焼き殺――」

「アギト……黙って」

 ミニ娘の言葉を遮るように、紫色の髪をした美少女が告げる。
 渋々と従う紅い髪の少女。異形は動かない。

「レリック、渡して」

『っ!』

 その場の全員が放たれた言葉に警戒を強めた。

「さもないと……殺してしまうかもしれない」

 淡々と告げられた死刑宣告。
 何の感情も含まれていないが故に本気だと分かった。

「なんで、君みたいな子供がレリックを!?」

「それが必要だから」

 エリオの叫び。

「私の心、取り戻す。母さんと父さんのために」

 叫びを一蹴する美少女の返事。

「両親!?」

 放たれた言葉にエリオが一瞬動揺する。僅かな空隙。
 そこに異形が動いた。
 0という停止状態から、一踏みで200キロを超えるような急激な加速。
 十メートルは離れていた間合いが、瞬く間にゼロとなる。

「え?」

 言葉よりも早く、フォワード陣の全員が反応するよりも速く、振り抜かれたカギヅメがエリオの頚動脈を切り裂こうとして――
 停止。
 ギチリと音を響かせて、その速度が一瞬止まる。手に絡みついた光の拘束によって。

「バインド!?」

 エリオが叫びながら瞬時に飛び退く。
 その髪を切り裂いて、瞬く間にバインドを腕力のみで引き千切った異形の手が虚空を押し潰した
 拳圧が風を起こす。唸り声にも似た音が響き渡る、異形の唸り声のようなおぞましさ。
 さらに追撃――そこに無数の魔力弾が打ち込まれ、異形が跳び退く。

「逃げろ、お前たち」

 魔力弾を放ったのは陸士たちだった。
 フォワード陣を護るかのように、三人が並ぶ。

「え?」

「逃がす理由は分かるだろう?」

 ティアナが自分の持つスーツケースを見る。
 彼らはこう告げていた。
 レリックをもって、さっさと行けと。
 足止めをしてやると。

「そんな、僕たちも――」

「ガリュー!」

 美少女の声、異形が動く。
 拳が振り抜かれた。遠く離れた間合い。しかし、それは殺意が込められている。
 二人の陸士が手を伸ばす。障壁発生、それが大きくたわむような轟音。衝撃波だった。

「さっさと行け!!!」

 隊長格がデバイスを構える。アクセル・シューター、二つの魔力弾がガリューへと撃ち込まれる。
 しかし、それはたった片手で弾き落とされて――

「っ!!」

 叩き落された魔力弾が弾けた僅かな光。
 その瞬間、異形は姿を消していた。
 右? 左? 下? 否――
 足音が響く、頭上から。

「上かっ!」

 ガリューが天井を走っていた。足に生えた鋭い爪で天井に突き刺し、加速。
 陸士たちを飛び越えて、一直線にティアナへと迫り――

「くっ!」

 迎撃の魔力弾。
 スバルが跳ぶ。
 しかし、それすらも。

『WiOOOOOOOOOOOOOOOO!!!』

 ガリューの全身が唸り声を上げた。
 異形の筋肉が異常なる音を上げて、背中から生やしたキチン質の翅を震わした。
 さらなる加速。

「っ!」

 魔力弾を肘で叩き潰し、迎撃に出たスバルすらも驚愕する速度。ありえない空中での加速。
 スバルの右手が撃ち放たれるよりも早く、ガリューの伸ばされた右手が彼女の顔面を掴んだ。
 爆音。
 地面へとスバルが後頭部から叩きつけられる。

「スバルぅう!」

 ティアナがクロスミラージュを構える。
 しかし、即座にガリューがスバルの身体を盾にした。顔面から上へと引きずり上げて、スバルの体がカーテンとなる。
 ――このまま射撃すればスバルに当たる。

「っ!」

 一瞬の躊躇。
 それが命取りだった。
 目の前に飛び込んできた物体に反応し切れなかったのだから。
 飛んできたのはスバル自身。
 顔を放したガリューが振り抜いた蹴り、なんとかスバルは両腕でガードしたものの威力は絶大。人と異形の比べ物にならないポテンシャルの差。
 声を上げる暇もない。スバルの体が砲弾のように吹き飛ぶ。
 ティアナがそれに叩きつけられて、一緒にもんどりを打って倒れた。

「ティアナさん! スバルさん!」

 キャロが声を上げて、咄嗟に抱き起こそうとする。

「キャロォオ!」

 しかし、エリオは見た。
 その背中に迫るガリューの影を。

「ぇ?」

 エリオが足を踏み出す。
 魔法発動――ソニックムーヴ。
 音速よりも速く、彼女へと辿り着けと叫ぶ思いで走った。
 無茶な速度に両足の筋肉が悲鳴を上げる。構わない。届くなら、間に合うならば。

 そして――

「キャロォオ!!」

 間に合った。
 キャロを押し飛ばすように、エリオがガリューと彼女の間に割り込む。
 加速する感覚の中でキャロは見た。
 凶刃を振り上げるガリューと、その前に立ち塞がるエリオを。

「」

 声など上がる暇も無い。
 一呼吸よりも早く、エリオは死ぬ。切り裂かれる。
 確定的な未来に、キャロは絶望的な悲鳴を上げようとして――
 エリオはその未来に覚悟を決めながら、キャロを庇って両手を広げ――

 鮮血が飛び散った。

 大量の血が溢れた。
 けれど、それはエリオではない。
 ガリューですらない。

「……え?」

 右腕が折れていた。
 鋭いカギヅメに突き刺されて、真っ赤な薔薇のようにずたずたに壊れて、そこから血を溢れさせながら誰かの右手が壊れていた。
 それでも止められていたのは無数の光の束縛。
 自らの右手すらも拘束し、固定するためのバインド。
 そして、展開された障壁。強化された障壁。
 それは僅かに早く、ティアナとキャロの元へと向かい、立っていた隊長格の陸士。

「な、なんで」

 魔力素養なんてエリオ以下。
 この場のフォワードの誰よりも弱いはずなのに、陸士は彼らを庇った。
 普通は逆じゃないのか?
 なんで、なんでと叫びそうになるエリオに、陸士は痛みすらも押さえ込み、ニヤリと笑って見せる。
 こんなのはへっちゃらだと告げるように。
 さらに血が噴き出る。
 下水に混じった紅い水が流れる。
 それでも陸士は怯まない。
 目の前で爪を突き刺す異形を睨み、ガリューは今まで何度も打ち倒した管理局員たちとは違う彼を警戒していた。
 右手が蠢く。
 ガリューの爪を握り締め、痛みに汗すら流し、激痛に涙を流し、鼻水を垂らしながらも陸士は立ち塞がる。

「さっさといけ」

「え?」

 エリオの反応を待たず、陸士はゆっくりと踏み出し、水溜りと血溜まりが音を立てて跳ねた。
 顎をのけぞらし、踏み込む。
 鈍い音と共に吼え猛る陸士の額が、ガリューの顔にめり込んだ。
 頭突き。
 原始的な到底通じるはずがないような打撃手段に、ガリューが怯んだ。ありえない自体に動揺していた。
 爪が抜ける、血が吹き出る、それでも笑う。陸士は雄雄しい背中を見せながら、歯を剥き出しにする。

「ここから先は俺たちの仕事だ」

 それはあまりにもカッコイイ一言だった。
 無様な姿。
 説得力の欠片も無い怪我。
 だけど、エリオはどこか痺れるような気持ちだった。
 その背中に何かを見出していた。
 一瞬諦めかけた生への執着を、誰かを護るための意思を再び立ち上がらせる。

「皆、いくよ!」

 エリオが叫ぶ。
 キャロを抱き上げて、ようやく起き上がり始めたティアナとスバルの手を掴んで走り出す。

 この日、少年は新しい憧れを抱いた。

 誰かを護るための背中というものに。





「ルールー! やばい、あいつら逃げちゃうぞ!?」

 アギトが走り出したフォワード陣を見て、焦ったような声を上げる。

「アギト……協力して」

「え?」

「多分ガリューだけだと、押し切れない」

 そう告げるルーテシアは布陣を組む陸士たちを見ていた。
 その目には誰も彼もぎらついた光が宿っている。
 ルーテシアにはない心の力。一瞬憧れて、それがどこか憎らしい。
 心なんてないはずなのに、何故か嫉妬していた。

「すぐに倒して、追う。それが一番ベスト」

「了、解!」

 アギトが八重歯をむき出しに、両手に火を宿す。
 ガリューが構える。
 同時に陸士も構えた。怪我を負った隊長格でさえも何の痛痒も感じていないかのようにデバイスを構える。

「は、只でさえヤバげな変身ライダーもどきに、ちびっ子か」

「状況は絶望的だな?」

「まあ多分」

 軽口が洩れる。
 見たところ、精々Bランク以下が限界。
 その程度の魔導師ならばガリュー一人でも倒せるはず。なのに、ルーテシアは警戒していた。

「で? どうする?」

「なにが?」

「こいつら倒したら、誰がロリっ子を運ぶか決めとくべきじゃないか?」

 そんな言葉を吐き出した瞬間、空隙を縫うように陸士が動いた。
 散開。
 一人は後ろに、二人は左右に跳ぶ。

「ばらけるつもりか!」

 確固撃破してやる。
 そう考えて、アギトは手に宿らせた炎を迸らせた。狙いは真正面の奴。傷ついた隊長格。
 蛇のように迸る炎が一直線に隊長格の陸士を追撃し、それに彼は真下にデバイスを向けた。

「馬鹿者」

 この場はどこだ?
 下水道だ。
 ならば、傍に流れるものはなんだ?
 下水だ。
 すなわち――水。
 殺傷設定の魔力弾、拙いB未満の魔導師でも十分すぎるほどの水柱を噴出させる。炎に水柱が激突し、削り落とされたかのように炎が弱まる。

「なろぅ!!」

 アギトが飛ぶ。
 羽をはばたかし、追撃に迫る。
 火炎弾を撃つ、撃つ、撃つ。暗がりの中を、照らし出すかのように真紅の焔が瞬いた。
 迎撃の魔力弾。
 二発の魔力弾が飛び、さらに足元に再び水柱。汚水に汚れながらも、陸士が躱す、凌ぐ。
 しかし、距離が縮まる。怪我のせいか、動きが鈍い。他の陸士はガリューが戦っている。むしろいたぶられていた。
 壁を走ろうが、天井に飛び上がろうが、ガリューの加速には追いつけない。圧倒的に弱い。
 精々が失神と即死を避けるために障壁を張り、殴り飛ばされるだけ。
 雑魚は雑魚らしくやられるのみ。
 いつもと変わらない、何回と続けた低級魔導師との戦い。

「黒焦げに」

 右手を振り上げる。
 迫る五メートル、必死に逃げる陸士に笑いながら、炎を燃え上がらせる。

「なりなぁあああ!!」

 瞬間、瞬いたのは下水道を埋め尽くす焔。
 古代ベルカ式、魔導師ランクにして空戦A+の圧倒的な業火。
 それが彼女の前方全てを焼き尽くした瞬間――

「ぇ!?」

 ギチリと彼女の体が拘束された。
 陸士を焼こうと右手を振り抜き、数十センチ進んだ位置。
 僅か数秒前に陸士が立っていた位置――そこを通過した瞬間、バインドが彼女の身体を拘束した。
 ディレイドバインド。
 特定空間に侵入した物体全てを拘束する黄金色の鎖。

「っぅうう、死に際にちょこざいなぁ」

 アギトのサイズに合わせて、補正されたバインドは彼女のフトモモを、胸を、腹を、首を、まるで緊縛するかのように捕らえていた。むき出しの肌に鎖が食い込み、僅かな苦痛。
 捕らわれることは好きじゃない。
 過去を思い出すから。

「くぅう、速攻で解除してやる!」

 喘ぐように声を上げて、バインドを解除すべくアギトが魔力を放出する。
 圧倒的な魔力差に鎖が弾け飛ぶように千切れ、アギトが安堵の声を漏らした。

「さて、一匹は仕留めたし、あとは――」

 ガリューに援護すべくアギトが翻る。
 飛び立とうとした足を――掴むものがいた。

「なっ――」

 水音を立てて、手が伸びた。
 最後まで声を出す余裕も無く、単純な体重と膂力差にアギトが汚水の中に引きずり込まれる。

「アギト!?」

 ルーテシアの焦ったような声だけが最後に聞こえた。
 そして、アギトは見る。
 下水の濁った水の中、紅い水を撒き散らしながら、こちらを睨み付ける人影を――





「ガリュー! 早く、そいつらを始末して! アギトが!!」

 ルーテシアの声に、ガリューが吼えた。
 右足が折れて、左腕も折れた陸士を蹴り飛ばす。両手のデバイスで障壁を張るが、まるで木の葉のように陸士が吹き飛んだ。

「ぶぅつ!!」

 壁に激突し、血を吐き出し、受身も取れずに吹き飛んだ陸士が血を吐き出す。
 肋骨が折れたのか、泡の混じった喀血を吐き出していた。

「大丈夫か!」

 脇腹を抉られ、額の流れる血に顔を染めた長杖の使いの陸士が声を上げる。

「後は貴方だけ。ガリュー!」

 吼える。
 無言で身体を震わせ、翅を振動させながら、ガリューの手が閃いた。
 人を圧殺する不可視の砲撃。
 衝撃波に、陸士は障壁を張って耐える。
 ずるずると一撃ごとに踏ん張る足が血と下水に汚れた地面に滑り、障壁がひび割れるように砕けていく。
 それでも――

「ぉおおお!!!」

 両手を突き出し、耐える、耐える、耐える。
 限界を超えた魔力放射に毛細血管が切れたのか、千切れた裾から見える腕がより活発に血を流しだす。長杖の握り部分が血に染まる。

「人間様を舐めるんじゃえぞ、昆虫野郎!!」

「ガリューは貴方達よりも強い」

 陸士の絶叫、それが無意味だと伝えるようにルーテシアが告げる。

「終わらせてガリュー」

『RUYYYYYYYYYYYYYYYY!!』

 瞬間、ガリューの全身が波打つように震えた。
 そして、消えた。

「なっ!」

 また上かと一瞬視線を上に向けて、その瞬間障壁が破砕された。
 拳が、カギヅメが深々と腹に突き立つ。

「ぶふっ」

 噴出した血がガリューの顔を汚す。
 突き上げられるかのように、祭り上げられるかのように陸士の体が持ち上げられて――捨てられた。
 ばちゃりと音を立てて、もはや語る余裕も無い陸士が転がる。
 血が広がっていく。
 ただ離すことなかったデバイスが地面に落ちて、澄んだ金属音を響かせた。

「これで終わり」

 そう告げて、ルーテシアが激しい水音を立てる水面に指を向けて、ガリューに命じようとした時だった。
 笑い声が響いた。

「ははは……終わりだと?」

 それは血を吐き零す陸士の笑い声。
 湿った苦しげな笑い声。

「なにがおかしいの?」

「おかしいに決まっている」

 いつの間に取り出したのか、手には魔力カートリッジ。それも開封されて、魔力を垂れ流した物体。
 それを剥き出しの胴体に突き刺して、まるで切腹するかのような体勢。

「終わるのはお前らだ」

 ジャララララララララ!
 金属音が鳴り響く。
 それはどこから?
 決まっている――ガリューの足元から。

「なっ!」

「教えてやるよ、データリンクの力を。官給品のいいところをな!!」

 それは数十本にも及ぶ鎖。
 まるで踊るかのように、蛇のようにガリューの脚から、首まで絡まっていく。
 咄嗟に暴れ出すが、ガリューの怪力を持ってしても即座に壊せない強固な縛鎖。
 そして、その発生源は未だに唸りを上げ続ける――長杖形のストレージデバイス。

「遠隔操作も可能なんだよ、おれたちはなぁ!」

 チェ-ンバインド。
 物理的な拘束能力の高いバインド。それがガリューを封じ込めていた。
 命がけで普通ならば出来うるはずもない、魔力カートリッジの発動。それを身体に突き刺し、無理やりリンカーコアで還元する荒業。
 ――入院三ヶ月コース決定。

「そう。そんなに死にたいの?」

 ルーテシアが右手を向ける。
 このバインドは術者が死ぬか、意識を失えば存続は不可能。
 今の瀕死の陸士ならば、簡単な魔力弾一つで死ぬ。
 何の問題も無い。

「さようなら」

 魔力の光が迸り、魔力弾が撃ち出される。



 ――よりも早く、轟音が背後から響いた。


「え!?」

 驚愕の声。
 振り返った視界、そこには砕け散った壁。
 青い髪を靡かせた一人の少女が、そして無数のカメラと縄と網と虫取り網を持った陸士たちがいた。

「ギンガ・ナカジマ! γチームの救助に只今参上!」

「同じくギンガの撮影に同行!」

「美少女と聞いて飛んできた!」

「変身ヒーローと聞いて飛んできました!」

「ちびっ子はどこだぁああああ!!」

 至って真面目な少女が一人、あとはどこまでも駄目な奴らが援軍に訪れた。



 こうして、地下の戦いは閉幕に近づく。

 しかし、戦いは地上でも繰り広げられていた。

 聖王の器を巡る戦いは未だに終わりを見せない。











今週のナンバーズ(捕獲組)

 1.ウィンディとバイク乗り(名無し君)

「なあ、なんで俺を毎回呼び出すんだ? なんか上司から「死ね! お前は豆腐の角に頭をぶつけて死ね! 氏ねじゃなくて、死ね!」って言われるんだけど?」

「うるせーッス。毎日、暇なアタシの愚痴ぐらい聞けーッス。胸もんだくせに、この乙女の敵」

「うるせえ、黙れ俺のボーナス帰せ」

 入るはずだったボーナス。
 しかし、それは入った瞬間、同僚に両腕を捕まれ、無理やり連れて行かれた飲み屋で全て飲まれた。金も払わされて、全て消えうせた。

「今日は非番だし、パチンコで金すったし」

 そう告げて、特車部隊の下っ端とウェンディは面会室で会話を交わしていた。
 ちなみに途中から雑談から、ライディングボードとバイクの差、そしてその魅力を熱く語る内容にシフトしていったのは同じライダーとしての性だろうか。
 金の亡者のはずの陸士。彼は着実に人生の墓場へのフラグを立てていた。







 2.セインと尋問

「はけー! 吐くんだ!」

 セインは日々厳しい尋問を受けていた。
 パイプイスに座らされて、何故か亀甲縛りの縄状態で、数十人の陸士たちから尋問を受けている。
 そこはミッドチルダUCATでも最深部の位置。
 周囲四方の壁全てに常に魔力炉から供給される障壁が張り巡らされて、完全防音の特別拷問室と呼ばれる場所だった。
 泣いても叫んでも誰も助けにこないまさしく監獄。

「嫌だ!」

 拒絶の言葉と共に何かを打つ渇いた音が響く。
 それは鞭。
 ぴしゃんと音速を超えた鞭が放ち、物体を打つ音。

「ひぃつ!」

「嫌なら話せ」

 淡々と言葉が告げられる。

「う……嫌だ!」

 パシーン。
 鞭が閃いた。鋭い空気が爆ぜる音。聞くだけで身が竦みそうな音。

「ひぃいっ! わ、分かった!」

「ん?」

 おびえた声。
 セインがおそるおそる告げる。

「う、ウー姉は男の趣味は知らないけど、姉はど、ドクターが好きだ。ぶっちゃけ出来てる!」

「ガッデム!!」

 絶望の声が上がった。
 数十人の陸士が頭を抱えた。ムンクの悲鳴だった。
 スカリッティ殺してやると叫ぶものもいた。

「よーし、よく喋ったな」

 そういって鞭を持った陸士の一人が、セインの口に飴を入れる。

「あ、甘い……」

「じゃあ、次言ってみるか。ウーノのスリーサイズを上から言え」

「い、嫌だ!!」

 パシーン。
 セインの目の前で鞭が弾かれる。鋭い音にひえええとセインが声を上げた。
 ちなみに鞭は一切セインに当たっていない。
 そこらへんを適当に叩いているだけだったりする。まるで猛獣のような扱い。
 美少女の身体に傷つけるわけがなかった。ただおびえる様をじーと視姦しているだけである。

「い、いいますぅ!」

 涙目でセインがうぐうぐと声を上げて、スリーサイズを話し始めた。
 こうして今日、セインはナンバーズの一番から七番までの全てのスリーサイズと男の趣味を自白させられた。

 それを部屋の隅で顎を撫でながら、見ていたレジアス・ゲイズは呟いた。

「やはり飴と鞭、この二つで堕ちないものはいないな」

 意味が違います。



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