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[5820] 終わりの“リリカル”クロニクル(終わクロ×リリカルなのはA's)
Name: 月天召致◆93af05f1 E-MAIL ID:158e6bd5
Date: 2009/11/21 20:47
どうも初めまして。月天召致と申します。
この度リリカルなのはA'sと終わりのクロニクルのクロスSSを投稿させていただくことにしました。

・・・・・・・・・血迷ったかなぁ、俺。

ともあれ書くからには完結させたいなー、と思ってますが
持続力無いのでどこまでいけるものやら。ゆっくりでも続けていこうと思います。

稚拙な文と思いますが、読んでもらえたら幸いです。

ps:誤字脱字、これ違うんじゃね?とかのつっこみもらえれば適宜修正していきます。
  設定うんぬんに関しては話の都合上意図的に変えてたり都合よく解釈してたりしますがその辺はご容赦を。

ps2: 設定資料項目追加しました。感想で質問があった事、本編で説明しない事を中心に載せていきます。
    順次増やしていく予定です。更新履歴は一応三つほど残して置きますので気になる項目があったらどうぞ。

ps3:引っ越し完了。改めて、よろしくお願い致します。

設定資料履歴:2/16 原作関連の基本的な事を追加。
          2/20 それぞれの異世界についての考察。ついでに三点リーダーと横線表記を修正
          4/27 ワムナビの遣いの能力検証
          5/6  Low-Gとなのは達の世界の関連性



[5820] 序章 『とある場所で』
Name: 月天召致◆93af05f1 ID:158e6bd5
Date: 2009/02/20 21:20
・――世界は繋がりを持つ。

            ●

「さて、奇妙な反応があったという事だが説明を頼めるかね?」

多数のモニターが明滅する中、オールバックの青年が言葉を発する。

「Tes. 先ほど都市部上空において未確認の動体反応を検知。現在は西に向かって移動を続けています」

モニターの前で作業をしている侍女達の一人が答えを返す。

「いつもの“抗議行動”の可能性は?」
「低いと判断します。一定以上の速度で飛行しているにもかかわらず動体からは賢石、概念共に反応がありませんので」

ふむ、と青年が腕を組み考える仕草をする。

「数は?」
「3つです。反応の1つが先行し残りの2つがそれを追っています。また後者の2つからは攻撃と思われる光弾が放たれています。」
「攻撃されてる……って事は、ここに逃げてきたのかな?」

オールバックの青年の隣、長い黒髪の女性が侍女の言葉から生まれた疑問を口にする。

「おそらくはそうだと判断します。先行する1つの反応からは反撃らしきものは見られませんが、このままでは損害が出ると予想されますので
 現地にはすでに警備部が向かっています。」
「すばやい仕事ぶりで何よりだ。とはいえ捕捉は出来るのかね?相手は空を飛んでいるようだが」
「問題ありません。先行した部隊には空戦用のオプションが配られていますので。ですが……」
「わかっているとも。戦闘を止めた後は追われていた方も追っていた方も同じように確保。
 念のため映像通信の準備もしておくように伝えておいてくれたまえ」

滑らかに返答をしていた侍女が言葉を濁すが、その言葉を次いで青年が続ける。
その台詞にTes.と返事を返し報告をしていた侍女はモニターへと向き直った。
それを見届けると青年と女性は踵を返し部屋を後にする。

「全竜交渉からまだ二年もたっていないというのに新たな客人とは。世界はよほど騒がしいのが好きだと見える」
「でもいい事だと思うよ?新しい人たちと会う事も、違う世界を知る事も。大変な事も多いだろうけど」
「世界は扉を開いて客人を招き、我々はそれを接待する役目を任されたわけだ。呼んでおいて挨拶の一つもしない世界の代わりに丁重にもてなさねば」
「君がそういうこと言うと悪い予感しかしないんだけどなぁ……。無駄だと思うけど、初対面で変な事言うの止めようね?
 定番ネタになってる気がするから期待はしないけど」
「ははは、何のことかね。私は挨拶をしているだけだよ?」
「結構本気で言ってるから治らないんだろうね……」

会話を交わしながら廊下を歩いていく二人。慣れた調子で自らの役目を果たす場所へと向かっていく。
その途中、誰かに言い聞かせるように青年が言葉を放つ。

「――では交渉を始めるとしよう。彼らと私たちの幸いのために。」


―――後書き―――

軽く練習を兼ねて文章は少なめに。
うーむ、口調や三人称が難しいデス。
ちなみに元ネタである「終わりのクロニクル」は電撃文庫で出ているライトノベルです。
作者の川上稔氏は他に「都市シリーズ」や「境界線上のホライゾン」を書いていたりします。
まあこれ読んでる人の大半は知っていると思いますけどね(^^;

それでは、ここまで読んでくれた方に感謝を。



[5820] 第一章 『来訪者』
Name: 月天召致◆93af05f1 ID:158e6bd5
Date: 2009/02/20 21:47
・――始まりは終わりへ繋がる。

            ●

夜空を3つの光が舞う。黄色と桃色の光が前を行く紫色の光を追いかけている。
前を行くは鎧を纏うポニーテールの女性、追うのは黒い衣装を纏った金髪の少女と白い衣装の栗毛の少女だ。

「ディバインシューター、シュート!」
「フォトンランサー、ファイア!」

追いかける二人から多数の光弾が夜空に放たれ、前を行く女性に牙を剥く。

「くっ……!」

大半を迎撃し、残った弾を回避する。攻撃が体を掠めるのを感じながらそれでも加速を緩める様な真似はしない。
前へ、前へ。どこかへ向かうためでは無く、ただ避けて逃げるために加速を続ける。
彼女達がこの世界へ来てから十数分。命がけのレースは終わる気配を見せてはいない。

            ●

(まさかここまで相手の策に嵌るとは……油断をしたつもりはなかったのだが)

夜空をかけながらポニーテールの女性、シグナムは己の不覚を恥じる。
本来ならばいつも通りに事が済むはずだった。闇の書での蒐集行為を終えたのちに時空管理局が来たことは予想の内だ。
結界を張られることも、こちらを捕縛しようとする魔導師がくることも、その中に彼女達がいることも全て予測可能、対処可能なことだ。
囲まれない様に注意を払いながら次元転移を行うための時間を稼ぐ。後は散開し追手を撒いてから主の元に戻ればいい。
特に闇の書は補足されないように何重にもジャミングをかけつつ転送を行う。
そのため管理局転送先をつかまれた事は無い。今までも、今回もだ。

(いや、戦いで「いつも通り」と考えることが既に油断か。そこで考える事を止めたからこの様な目に遭うのだ)

今までと違ったのは戦いが終わった後、管理局側にこちらの転送先を特定された事だ。闇の書を“持たない”自分の転送先が。
それは戦いが始まる前から決められていたのだろう。おそらく相手は索敵能力のほぼ全てを自分に向けているはずだ。
ヴォルケンリッター全員の転送先は分からずとも一人を追跡するならば追いつける、それがジャミングの甘い自分ならなおさらだ。

"シグナム、聞こえる!?あの子達がまたそっちに……"
"聞こえている。テスタロッサとタカマチ、だったか。主力の二人から狙われるとはずいぶんと高く買われたものだ"

転送先が特定されたことに気付いて即座に再転送を行ったものの効果は無い。
さらに何度か転移を行うも、自分ではこれほどマークされると振り切るのは至難の業だ。
かくして自分は逃走劇を演じる羽目になり、他の三人は自分を助けるために一度集まったところを纏めて結界に閉じ込められた。

"こっちは雑魚が逃げ回ってるばっかだってのに、結界を壊そうとすると邪魔してきやがる。雑魚なら雑魚らしく落ちろってんだ!"
"落ち着けヴィータ、追いかけまわしても向こうの策に嵌るだけだぞ"

激昂するヴィータの声とそれをたしなめるザフィーラの声。

"そっちは問題ないのか?"
"この間と同じ様な強装結界で身動きが取れないけど、それ以外は逃げてばかりだから。時間稼ぎなのはわかってるんだけど……"
"下っ端ばかりだが統率している人物がいる。ヴィータが仕留めきれないのはそのせいだ"

ザフィーラが苦々しい声で捕捉をする。相手の策に捕らわれたまま動けないのが腹に据えかねているらしい。

"と、ともかく何とかして合流するからそれまで持ちこたえて!そうすれば――"
"いや、シャマル達はそのまま頃合いを見計らって闇の書を使い主の元へ戻ってくれ。あまり遅くなると主はやてに心配をかける"
"そんなこと言ってる場合じゃ無いでしょう!?それにシグナムが帰らなかったらどの道心配させることになるんだから!"
"策はある。そう簡単に捕まったりはしない"
"策って……"

策というのは簡単だ。次元転移をする際に座標指定を行わないだけ。
転移先がランダムになる代わりに転移するまでの時間は短くて済み、追跡も難しくなる。
ただ欠点があるとすれば――

"危険すぎるわ!ランダム転送なんてしたら最悪次元の狭間に投げ出されることだってあるんだから!"
"わかっているがこれ以外に追跡を振り切る方法はない。それに万一次元の狭間に出たとしても人でない私なら戻って来られる可能性はある"
"そんな……はやてちゃんが無事なうちに戻れなかったら意味が無いのはわかってるでしょう?"
"それでも、だ。仮面の男も今回は期待できないだろう。例え危ない橋だとしても、もはや渡る以外に道はない"

でも、と渋る声を無視してヴィータとザフィーラに声を送る。

"聞いての通りだ。戻るまでの間、主と闇の書を頼むぞ"
"決めたっていうならあたしは何も言わねぇ。すぐに戻って来るなら問題ないしな"
"転移の際は気をつけろ。いくら短いとはいえ動きは止まる、そこを突かれぬようにな"

普段と変わらない台詞に笑みが浮かぶ。心中でどう思っているかはともかくこういう時に慣れたやり取りは安心できる。
勝負は一瞬。追ってくる二人に対して一撃を見舞い体勢を崩す。それを立て直すまでのわずかな時間に転移を完了させなければならない。

「いくぞ、レヴァンティン。カートリッジロード」
『Jawohl.(了解)』

空の薬莢を排出し魔力を高める。向こうもそれに気が付いたのか緊張の度合いが高まるのを感じる。
直後に急制動をかけ相手に向き直り、望む隙を作るための一撃を加える。

「飛竜――」

・――金属には命が宿る。

剣を撃ち放とうとする瞬間声が響く。耳元で囁かれるように聞こえた声にいくつもの疑問が浮かぶが

「―― 一閃!」

迷えば負ける。その思いを胸に、あらゆる疑問をねじ伏せて剣を振りぬく。愛剣の刃は鞭へと変わり空間ごと両断する勢いで追っ手ヘと牙を向く。
竜をも切り裂く一撃は正確に敵を捕らえ、轟音をあげて直撃した。
伸びた刃を手元に引き戻しながら詠唱を始める。防御されたとはいえ直撃ならば体勢を崩すには十分すぎる。だがそれは、

「アクセルシューター……シュートッ!!」

動けぬはずの相手から放たれた反撃によって覆された。
何故だ、と思う心に目前の光景が写り込む。そこには白い服の少女と彼女を守ったテスタロッサの姿があった。

(まさか……っ!)

攻撃を防がれた事は大した事ではない。いくら決め技とはいえ単発で倒せるとは考えていなかった。
本当に驚くべきはタカマチという少女、相対速度で数倍は早く感じるであろう自分の斬撃を前にして“防御も回避もしなかった”ということだ。
誰でも攻撃が来れば例え安全だと知っていても反応してしまう。
直前にカートリッジをロードするのを見せられ、大技が来るとわかっているならなおさらだ。
だが彼女は身構えるどころか動きの止まったこちらに狙いを定め、攻撃が終わった瞬間に反撃を行った。
ただの無鉄砲なのか、それともよほど強い信頼関係で結ばれているのか。攻撃が当たるまでの一瞬で彼女はテスタロッサに自分の命を預けた。
その結果、私は盾を引き剥がす代わりに白い矛の前へ無防備な体を曝したというわけだ。

「……無念だ」

そう呟く間にも終わりを告げる光弾は自分へと迫り――爆風と共に視界を一色に染め上げた。

            ●

「だ、大丈夫かな?」

光弾を撃ち込んだ少女、高町なのはは少し焦ったように自分の攻撃の痕を見る。
とっさに切り返したため加減が出来ないのは仕方がないとはいえ、やりすぎたかもしれないと少々心が痛む。

「フェイトちゃんは大丈夫?防御、まかせちゃったけど」
「私は大丈夫。怪我らしい怪我もしてないよ」

よかった、と心から思う。後先考えずに行った行動で自分以外、それも友達が傷つくのを見るのはとても辛い。
自分の痛みは耐えらえれても、他人の痛みを我慢する方法は知らないから。

「シグナムは……?」
「アクセルシューターが当たったから、気絶してるかも。早く助けにいった方がいいと思う」

着弾地点で立ちこめる煙に目を向けながら返事を返す。フェイトも同じ様で、言葉には心配の色が強い。
ただ、少し残念そうな気配を感じるのは私の気のせいでは無いだろう。

(闇の書の完成を防ぐためだけど……フェイトちゃんはきちんと決着つけたかったよね)

あのシグナムという女の人とフェイトちゃんは敵同士だけどどこかお互いを理解している風だった。
いかにも好敵手と書いてライバルと読むような関係だと思うが、少なくとも悪い印象は無かったはずだ。

(でもこれから話をする機会が出来たわけだから、きっと大丈夫)

そう自分に言い聞かせて、物思いに沈みかかった頭を引き上げる。

「それじゃあシグナムさんを助けて戻ろうか」
「………………」
「フェイトちゃん……?」

返事が返ってこないのを不思議に思い隣を見ると、心配そうな顔ではなく緊張した表情のフェイトがいた。その目はまっすぐ立ちこめる煙へと向けられている。
まさか、という気持ちが湧き上がる。だが確かに相手が倒れた事を確認したわけではない。そう気づくと共に終わったと思って弛んだ気持ちを引き締める。
立ち込めていた煙が晴れていく。そこにいたのは

「お怪我はございませんか、お客様」

呆然とした表情のシグナムさんと

「日本UCAT警備部所属、二十三号と申します。ようこそ、Low-Gへ」

彼女の前に佇む、光の翼を生やしたメイドさんだった。


―――後書き―――

考えた事を文章にするのは難しいですが、なんだかんだで楽しんで書いてます。
ちなみに最後に出てきた二三号さんはオリキャラ・・・のはず。
もしかしたら原作にいたかもしれませんが、もしそうでも番号変わるだけなので問題無かったり。

それでは、ここまで読んでくれた方に感謝を。



[5820] 第二章 『騎士と少女と悪役と』
Name: 月天召致◆93af05f1 ID:158e6bd5
Date: 2009/07/20 03:30
二十三号の口上が終わった後、いち早く己を取り戻したのはシグナムだった。
瞬間的に目の前の二十三号から距離をとると素早く転移術式を組み上げる。
突然現れた侍女に気を取られていたなのはとフェイトが目を向けた時にはすでにかなりの距離を離されている。

「二十三号と言ったか。偶然とはいえ貴公のおかげで無事に逃げることが出来そうだ。感謝する」
「お役に立てたのは幸いだと判断します。ですが、こちらの接待はまだ始まっておりません。招待を受ける気は御座いませんか?」
「それはいずれ受けよう。今あの二人に捕まるわけにはいかないのでな」
「待っ――」

返事と共に魔法陣が展開される。それを阻もうとシグナムに迫る二人だが、新たに現れた侍女達によって行く手を遮られる。

「日本UCAT、警備部所属の自動人形群です。なにやら佳境のようでしたので重力制御で一体を射出、先行させましたがお役に立ちましたでしょうか」
「約一名から感謝の言葉をいただいたので役に立ったのだと自己申告します。後二名からいただければ完璧かと」
「押忍。では仕事を続けましょう。更なる感謝を貰う為に」

すでに夜空には十人前後の侍女達がいる。いずれも光る翼を持ち、星空に軌跡を残している。
地上に到着したコンテナ車からは、翼の代わりにバックパックを背負ったメイド達が、フレームテントを張った中に
バックパックから取り出した通信機器やケーブル、ティーセットなどをセットして簡易指揮所を形成していく。
かまわず前に進もうとするなのはとフェイトだが、人数の増えた侍女達に数人がかりでに道を塞がれ進む事が出来ない。

「お願い、通してください!」
「残念ながら許可できません。通した場合高確率で戦闘になると予想されますので」
「あの人と話がしたいんです!そのためにここまで来たのに……」
「相手の発言を鑑みますと、話し合いの許可が取れているとは思えませんが」

焦った声でフェイトが訴えかけるも良い返事は返らない。言っている事はもっともだが自分たちの立場を説明するには時間が足りなすぎる。
言葉が続かなくなりそうになった時、道を塞いでいた侍女達の手足に桃色に光る輪が嵌められた。
驚くフェイトと侍女達に申し訳なさそうな声が届く。

「これは――」
「ごめんなさい、少しの間動けなくするだけですから。ちょっと我慢していてください」

今のうちだよ、という声に押されフェイトはシグナムの元へ向かう。もはや時間は無い、魔法陣の輝きは刻一刻と強くなっている。
全速力で空を駆けあと少しで手が届くという所で、シグナムの安堵とも思える表情を最後に――転移魔法は発動した。

            ●

場を沈黙が支配する。すでに魔法陣の光は消え去り、月と星が静かに照らすのみである。
その場にいる誰もが沈黙の原因である二人を見た。状況が理解できないという様子の“フェイトとシグナム”の二人を。

「えっと……あ、あの――転移、しないんですか?」
「――するつもりだったのだが、何故か失敗した。だからその、別に逃げるふりだったわけでもからかったわけでもなくてだな……」
「………………」
「………………」

再び沈黙。二人の距離は1mと離れていない。
唖然としているフェイトは必死だったせいか目にはうっすらと涙が浮かび、
目の前にいるシグナムはそれに気づいたのか気まずげに目を逸らしている。

(フォローが必要でしょうか)
(いえ、見守るべきかと。以前学習した知識によればこの後は熱い抱擁が交わされる筈ですので)
(情報源は"冬のそなた"ですか。“そなたは美しい。だが私はもっと美しい”と言って抱擁をするのは間違っていると思うのですが)
(互いにそう思っている設定なので問題無いでしょう。濡れ場の描写が直接的すぎて三話目にして放送中止になりましたが)
(私共の役割的に"家政婦は見た!"の方が適当な気がしますが。ともあれ何か行動が必要と判断します。佐山様の準備も完了している頃合いですので)

共通記憶で会話をしつつこれからどう動けば良いかを計算していく。
痴話喧嘩をしたカップルの様になった二人を無視し、二十三号は状況が掴めないでいるなのはに声をかけた。

「お客様、失礼ですがそろそろ拘束を解いて戴きたいのですが」
「ふぇ?……あ、ごめんなさい!すぐ解除します!」

あわてた様子で杖を掲げると、四肢に嵌められていた光輪は崩れて消えた。
全員の拘束が解除された事を確認すると未だに微妙な空気を漂わせている二人にも声をかける。

「そろそろよろしいでしょうか。これからの事についていくつか提案があるのですが」
「え?――あ、はい。なんでしょうか」
「――――――」

声をかけられ、一瞬戸惑った表情をみせるもすぐに顔を引き締めこちらへ向き直るフェイト。
シグナムもこちらに目を向けるが、そこには警戒の色がにじみ出ている。
少し離れたところにいたなのはも呼び、三人がそろった所で話を続ける。

「お聞きいただき感謝いたします。先ほど、私どもの所属する日本UCATの代表兼交渉役が到着いたしました」
「代表兼交渉役?」
「Tes.お客様方への挨拶と今後の処遇について話が――」
「待て。その前に確認したいことがある」

説明をする二十三号をシグナムが遮る。声には敵意と疑念が隠すことなく乗せられている。

「なんでしょうか?」
「質問は二つ。一つは転移魔法を妨害した理由、もう一つは――私達を無事に解放する気はあるかという事だ」

少し距離を置いた所にいる二人を一瞥し問いを放つ。その言葉を聞いたなのはとフェイトはわずかに身を固くする。
三人の視線に晒されながらも表情を崩さず、二十三号は優雅に一礼をし答えを返す。

「その答えは直接聞いた方が良いと判断します。――構いませんか、佐山様」
「構わないとも。君の仕事を奪う形になったが、奪った分の仕事は後ほど返すので楽しみにしていたまえ」

聞こえた声に二十三号はTes.と短く答えて身を横にずらす。すると今まで彼女によって隠れていた場所に二人の人影が見えた。

「それではまず挨拶といこうか。日本UCAT全部長、佐山御言。全宇宙の真理を知る者である」

周りと比べると頭一つ高いビル――その屋上では絨毯に円卓、観葉植物等が置かれ簡易的な会議場が作られていた。
その円卓を挟んだ先に、サイドに一筋白髪が入ったオールバックの青年と黒い長髪の女性――佐山御言と新庄運切の二人は異世界からの客人を出迎えた。

            ●

「ふむ、こちらは挨拶をしたつもりだが伝わらなかったようだね。翻訳概念の不調かそれとも……笑顔が足りなかったのか」
「君の言動に呆れてるだけだよっ!!」

自分達がいるビルの屋上よりもなお高い所にいる来訪者を見上げる形で嘆息をつくとすかさず隣から突っ込みが入る。
同時にネクタイを締めあげられそうになるが、途中で見られている事に気づいたらしく手が止まる。
そのまま結び目に手をかけたまま逡巡し――何もせずに手を離した。
見られている事に気が付いたせいか、うっすらと顔を赤らめている。

「おや、今日は詰めが甘いようだが……体の調子でも悪いのかね? それはいかん、今すぐ触診をしなければ!」
「三段跳びの結論ありがとう。自重しただけだから触診の必要は無いよ?」

わきわきと両手を動かす佐山を満面の笑顔で切り捨てる。そこで一旦言葉を区切り、新庄は上空の三人を見上げた。

「えーと……日本UCAT全部長補佐、新庄運切です。佐山君はちょっとおかしい所があるけどやる時はやるから安心して。
 わからない所があったらボクが翻訳するし」
「おかしいって事は否定しないんですね……」
「全部否定するのは無理だってわかってるから……」

聞こえた台詞に遠い目をして答える新庄。上にいた三人は侍女達に促されて屋上へと降りて来ている。
簡単な自己紹介を済ませ全員が席に着くと、佐山は腕を広げ微笑みと共に歓迎の言葉を述べた。

「改めて言おう――ようこそLow-Gへ。我々は君たちを歓迎する」

反射的に礼を返す少女達とは対照的にシグナムは腕を組んだまま佐山に厳しい視線を向けている。
それを平然と受け止める佐山に対し新庄はそわそわと落ち着かない。かかる重圧に耐えかねて何かを言おうとした新庄を佐山の言葉が遮った。

「まず先ほどの質問に答えようか。一つ目はそちらの行動を妨害した理由、二つ目は安全の保障についてだったね?」
「その通りだ。二つ目は拘束期間についても答えてもらおう」

片手に剣を携えたままのシグナムに対し、佐山は右手でオールバックの髪をかきあげる。そのまま腕を組み、頷く事で肯定を示した。

「承知している。では一つ目の質問だが――答えは簡単だ。理由など無いのだからね」
「ほぅ……では転移が失敗したのはこちらの落ち度だと言いたいのか?」
「落ち度があったのかね?」
「まさか、と言おう。転移魔法は正常に発動した。それなのに失敗したとなれば原因はそちらにあるとしか考えられん」

佐山の言葉にシグナムは不敵な笑みを浮かべる。友愛を示すものではなく相手に余裕を見せつけ事を有利に進めるための物だ。
だがその笑みに佐山は無表情を持って淡々と答えを返す。

「確かに。正常に機能して失敗したのならば、原因は我々によるものと考えるのが自然だ」
「では改めて返答を聞かせてもらおう」
「改める気など無い。答えは変わらず、理由など無いのだからね。
 なにやら早とちりをしているようなので言わせてもらうが、理由がないと言うのは非を認めないと言う訳ではなく――単に事故だと言いたいだけだ。」

表情を変えぬまま体の前で腕を組みなおし、佐山ははばかることなく己の意見を口にした。

「妨害する意図はなかったと?それをどうやって証明する」
「証明など必要ない。なぜなら君達こそが一番の証明なのだからね」
「え……っと、どういうこと?」

隣で聞いていた新庄が疑問を口にする。なのはとフェイトも自分たちが証明と言われ疑問符を浮かべている。

「簡単な事だよ新庄君。単に、わからない物を防ぐのは難しいというだけの話だ。元より技術とはそういう物だ。新しいものが生み出された後、
 その問題点が明らかになったり対処法が生まれたりする。それを克服するためにまた新しいものが作られる――その繰り返しだよ」
「つまり初めて見たこちらの技術に対しては妨害する術が無い、と」
「正確には有効な手段がわからない、だが。納得してくれたかね?」
「……とりあえずは、としておこう。技術体系が違う事ぐらいは見てわかる」

佐山はシグナムの返答に満足げに頷くと、もう一つの質問に答えるべく再び言葉を紡ぎ始める。

「続いて二つ目の問いだが危害を加えるつもりはなく、客人として迎える所存である。拘束期間については……そうだね、一日以内としておこうか。
 証拠はいるかね?」
「逃走補助をしてもらっておいて証拠を求めるほど疑い深くは無い――全て信用するほどお人好しでも無いがな」

そういいながらもシグナムからは先ほどから発されていた重苦しい空気は消えている。
そのことに新庄は安堵と共に微笑む事で歓迎の意を表した。対する佐山はふむ、と一言呟き

「それでは準備が終わったところで交渉を始めようか――お茶と菓子の用意は出来ているね?」

            ●

待機していた侍女達により紅茶とクッキーがテキパキと配られていく。
何故こんな所にあるのか不思議になるくらい立派なティーセットと、いつのまにか淹れられていた紅茶の香りが漂ってくる。
その中でフェイトは隣で気の抜けた顔をしているなのはに念話で話しかけた。

(とりあえずこの人達とは戦わずにすみそうだね)
(だね。戦うことになったらどうしようって思ってたけど、話の通じる人が上にいてよかったってところかな?)

嬉しそうななのはの声に返事をした後、フェイトは心の中で一息ついてこれまでの事を整理する。
自分たちの安全は先ほどの話し合いを聞く限り大丈夫。侍女達に攻撃はしてないし、バインドは動きを止めただけだ。
侍女達も道を塞ぐことはあったがこちらに攻撃をしてくるような事は無かった。危害を加える気が無いというのは本当なのだろう。
さっきまでのピリピリした空気もずいぶんと和やかになっている。この様子なら管理局との話し合いにも応じてくれるはずだ。
後は――

「さて適度に気が抜けた所で気楽に交渉を進めようか。もっとも残りは確認程度だが」

全員の注意が集まったところで、佐山は軽く腕を組み言葉を続ける。

「君達にはこれから奥多摩の日本UCATまで来てもらう。戦闘行為を止める意味も含んでいるため、シグナム君は他の二人とは別に応対することになる。
 UCATについてからはしばらく質疑応答に付き合ってもらうことになるだろうが、それ以外は基本的に干渉する気はない。
 帰るなり観光するなり好きにするといい。質疑応答が終わるまではいてもらわなければならないが――」
「あの、少し構いませんか?」

話を纏めようとする佐山の言葉を遮り、声をかける。

「構わないとも。何か質問かね?」
「彼女――シグナムについてです。私、フェイト・テスタロッサは時空管理局の嘱託魔導師としてその身柄の引き渡しを要求します」
「ふぇ、フェイトちゃん!?」

隣にいるなのはの驚いた声を聞きながら、心の中で深呼吸を一つ。落ち着いて、言葉を間違わないように選んでいく。

「彼女は闇の書と呼ばれるロストロギア――とても危険な物を完成させようとしています。その目的のために、時空管理局は元より
 さまざまな世界で被害が出ています。今回この世界に来たのは偶然ですが、ここでも同様の被害が出る可能性があります」
「故に、私は重要参考人であるシグナム逮捕の協力と、その身柄を時空管理局へ委譲することをあなた方に要求するものとします」

佐山を見据え、澱みなく告げる。これで応じてくれなければ最低でも彼ら自身に拘留をさせるという話に持ち込まなければならない。
――私は覚えてる。目の前でなのはが蒐集を行われた時の事を。例えなのはが気にしてなくて、シグナムが悪い人じゃないとしても、
あの時の想いを私が忘れることは無い。
この世界は「普通」じゃない。ミッドチルダとは違うこの世界の力を手に入れるために蒐集が行われてもおかしくは無い。
だから止める。初めて会った世界の人にこんなことを頼むのは例がないし、そもそも嘱託魔導師である自分に権限はないけれど……それでも、
あの想いを繰り返さないために。

「何やら一人で盛り上がっているようだが少しいいかね?」
「――はい、なんでしょうか」

佐山の言葉にうつむき加減になっていた顔をあげる。

「大した事では無い。一つ質問をしたいだけだよ」
「質問……ですか?」
「そうだとも。時空管理局、という団体がどのような団体なのかは知らないが――
 君は他の世界で犯罪行為を行っていたシグナム君を追ってこのLow-Gに来た。そして彼女を捕まえようとした所を我々に拘束された。そうだね?」
「はい、そうです」
「では聞こうか。その闇の書は一体何処にあるのかね?」

私はシグナムを見るが、彼女は何も持っていない。そもそも今回蒐集を行っていたのはヴィータと呼ばれていた子だ。シグナムが持っているはずがない。
そこまで考えた所で――私はこの先の展開が予想できてしまった。

「今は仲間が持っている――では駄目、ですよね」
「無論だ。その様子では気づいたようだね」

今のシグナムは闇の書を持っておらず、私達の調べた情報はすべてマンションでここには無い。
説得するための材料が何一つとして揃っていないことに、私は今まで気がつかなかったのか。

「現状、シグナム君と君達二人の立場はほぼ同じ――つまりLow-Gに来た客人という扱いだ。
 私達は君達の事を何も知らず、また君達はこちらの事を知らない。
 君達にとって悪と判断されることだとしても、この世界では許容される可能性もある」
「故に我々は君の要求を呑む事は出来ない。それがたとえ善意から来たものであったとしてもだ。
 とはいえ聞いた以上は対策を取るべきだろう――八号君はいるかね?」
「Tes.ご用件は何でしょうか」

佐山の呼びかけに、後ろに控えていた侍女が無駄のない動きで応じる。
赤毛のショートヘアに橙色の目が特徴的な彼女は一歩を踏み出し、佐山の隣へと進みでる。

「待機班に連絡して客人の接待レベルを無礼講から宴会まで落としたまえ。それと片付け係は強襲制圧用装備で出るように、と」
「Tes.了解いたしました」

そう言って一歩を下がり元の場所で戻った八号と呼ばれた侍女と、こちらに向き直る佐山の姿。

「警備部に連絡はしておいた。シグナム君だけでなく、君達に対しても注意が行くことになるが――かまわないかね?」
「もちろんです。わざわざありがとうございます」

深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。思った通りには行かなかったけれど、最低限の目的は果たせたので良しとしよう。
その気持ちが伝わったのか、一触即発だった空気はそこはかとなく弛んだものとなる。

「さて、長くなってしまったがそろそろ日本UCAT本部に向かうとしよう。歓迎会の準備も整った頃だろうしね」

佐山の告げたその言葉を以って、始まりの夜は一先ずの終わりを迎えた。


―――後書き+作者雑記―――
いろいろと思い出深い第二章。ようやく佐山と新庄が出ましたが今回は顔見せ程度です。
交渉もまだまだ甘いですし。・・・いやまあ、そこは書き手の技量が足りんのですけど。

以下駄文。読まなくても何ら問題無い作者雑記。

わざわざ作者雑記なんて銘打ってるのはこのss書くにあたっていろいろと転機になったのがこの章なので記念がわりに。
というのも書いていて始めに挫折しそうになった章がこいつなので(マテ

ここに投稿するのは全部書き上げてからー、とか考えてた時がありました。ごめんなさい。
原因は全て「悪役」佐山。この一言に尽きますねー・・・。
彼は作中の人物だけでなく書き手である自分にも容赦のない人でした。
展開は出来てるのに中身がついていかないジレンマ。川上稔氏を始めとする作家さん達は本当にすごいデス。

そんなわけでいきなり挫折しかけたこのssですが、諦めきれずにちまちま書いたり消したりしてたら何とか形に。
数か月かけた割に、読み直してみるとやっぱり満足できんのですが、書き上げてみると
「せっかく苦労したんだし、誰かに見てもらいたいなー」という気持ちと
「ははは、これならボロクソいわれてもしょうがないなぁ」というある種開き直り的な気持ちが湧くのは不思議なもんです。
最初の作者コメで血迷ったかなぁ、とか書いたのはこれがようやく形になったころだからだったりします。

いろいろと現実を思い知ったこの章ですが、投稿する切っ掛けとなったりもしてるのでやっぱり苦労しただけはあったのかなぁ、と考えたり考えなかったり。
これを機にもう少しうまく書けるようになれば、と思います。

それでは、この章に加えて、しょうもない後書きまで読んでくれた方に一層の感謝を。



[5820] 第三章 『不明の足掛け』
Name: 月天召致◆93af05f1 E-MAIL ID:158e6bd5
Date: 2009/04/27 03:10
屋上から地上に降りると、そこにはすでに送迎用と思われる車が止まっていた。
黒塗りのリムジンと思われるものが三台ビルの前に止めてあり、車の前にはそれぞれ侍女が一人ずつ付いてドアを開けている。
なのはとフェイトは二十三号に案内されて最後尾の車の後部座席に並んで座る。
中は広く、向かい合わせにシートがあるにも関わらず、足を延ばすことが出来る程だ。
後部座席のフロント側に二十三号が座ると、外側からドアが閉められた。

(広いなぁ……アリサちゃん家の車より広いかも)

マジックミラーを使っているようで、外側からだと黒くて中が見えなかった窓ガラスも中からはちゃんと外の景色が見える。
車内から外を見ると、すでに撤収作業を完了させたメイドさん達が手を止めて見送ってくれていた。
見えてないだろうな、と思いつつ小さくお辞儀。隣のフェイトも同じように小さくお辞儀をしている。
それがわかったかのように侍女達は一礼。来る時に乗ってきたコンテナ車へと乗り込んで行く。
最後の一人が乗り込み、内側から扉を閉めた瞬間――音と光の波が響いた。
まず来るのは光。ビルや街灯が生き返ったかのように明かりを取り戻し夜の街に満ちていく。
そして思い出したかのように車の騒音や人のざわめきなどを音として吐き出し始める。
外の景色がゆっくりと流れ始めてようやく結界が解かれたという事に気が付いた。

「あ、あのっ!こんな街中で結界を解いて大丈夫なんですか!?」

慌てた声で聞かれた問いに、二十三号は動じず、落ち着いた声で答えを返す。

「ご心配には及びません。今回使用している車両は全て賢石迷彩を施してありますので、"元からここにあった物"として捉えられております。
 また、十分な安全確認の後に解除を行っているため事故の危険性も無いと判断します」
「そ、そうなんですか……びっくりしたぁ」

思わず気が抜けて、シートに背中を預ける。革のシートは柔らかく沈みこんでこちらの体重を受け止めてくれる。
落ち着いてくると、ちょっとみっともなかったかもと思い少し顔が赤くなる。こちらの様子を伺ってくるフェイトに照れ笑いを返す。
少し腰を浮かせて座りなおすと同時、胸元から声が響いた。

『Master,there is a communication.(マスター、通信が入っています)』
「エイミィさんかな?繋いでくれる、レイジングハート」

レイジングハートの返事と共に車内にモニターが開く。
そこに映っていたのは予想通りエイミィの姿だったが、なにやら様子がおかしいことに気づく。
驚いた顔のまま硬直し、呆然と言った様子でモニターに映っている。
不思議に思い、どうしたんですかと聞こうとした瞬間、モニターのエイミィが

『あーーーーーー!!ようやく繋がったぁーーーーーーー!!!!』
「わぁ!?」

大声を上げた。隣で通信を聞いていたフェイトが反射的に体を起こして背筋を正すのに対し、
モニター越しに見える二十三号はわかっていたと言わんばかりに耳を塞いでいる。

「あの、エイミィさん落ち着いて」
『もういきなりサーチャーから反応無くなっていくら探しても見つからないしレイジングハートもバルディッシュも応答してくれないし
 追ってたはずの守護騎士もいなくなったと思ったらいきなり通信が繋がったりするし!』
「あ、あの……」
『もう何が何だかわかんないしどうしたらいいのかもわかんなくなりそうだし!
 ――あ、そうだクロノ君!なのはちゃん達と通信繋がったよ!ユーノ君とアルフさんも!』

そこまで言った所でモニターが閉じる。二つの事を同時に出来ないあたり余程慌てているようだ。
思わずフェイトと顔を見合わせると、どちらともなく苦笑が漏れた。
あの様子を見ればどれだけ心配をさせてしまったかはよく分かる。大げさと思えるのは、今の自分達が安全な場所にいるからだろう。
そう考えているとまたモニターが開き、今度はリンディが画面に映し出される。

『なのはさん、フェイトさん、聞こえる?こちらリンディ。二人とも怪我は無い?』
「あ、リンディさん。こっちは二人とも無事です。フェイトちゃんも私も怪我らしい怪我はしてません」

なのはの返事にリンディは安心した、と言うように大きく息を吐いてから笑顔を見せる。
心底安心したというその表情を見ると、申し訳ないと思うと同時に心配してもらった事が嬉しく感じられる。
少ししてから、モニター内のリンディの表情が保護者の顔から提督の顔に変わる。

『それで、何があったのか教えてもらえるかしら。エイミィも言っていたけれど、いきなり反応が消えてからまた現れるまでの事が
 こっちでは全然掴めてないの。今は守護騎士の彼女――シグナムさんも近くに居るみたいだけど』
「えっと、私達も突然で良く解ってないんですけど……順を追って話しますね」

お願いね、というリンディの声に促されて通信越しにこの世界であったことを告げる。
シグナムを追ってこの世界に来た所から、UCATを名乗る組織の代表と交渉を行った事までをフェイトと二人で説明する。
話を聞き終わるとリンディは腕を軽く組み、右手を口元に当てて考え始める。

『UCAT……ねぇ。少なくとも管理局のほうでは聞いたことが無いわ。そこは管理外世界でもあるし
 現地の治安維持組織でしょうね』
「管理外世界……。あの、私達の世界じゃないんですか?」
『ええ、そのはずよ?サーチャーからの情報を見る限り、なのはさんの住んでいる世界とは別の世界。
 マンションのほうにある観測機器にも二人の反応は無いから間違いないはずだけれど』
「でも――」

なのはは生まれた疑問を胸に車外の風景を見る。そこにあるのは特に不思議な様子もない光景だ。
流れる景色の中には住宅の他に日本語の看板を掲げた飲食店や商店が見える。道路標識も当然のように日本語だ。
空に居る時は気がつかなかった、異世界というにはあまりにも日常的すぎる光景に頭の中が混乱し始める。

(ここは私達の世界と同じ文字がある世界?あ、でも佐山さんは"日本"UCATの代表って言ってたから
 少なくとも日本はあるはずだよね。うーん、似てるだけの世界なのかな?
 すずかちゃんから借りて読んだお話にはそんなのがあった気がするけど――)
「なのは、大丈夫?何か考え込んでるみたいだけど」

考えに沈みそうになった所で声が掛けられた。いつの間にかうつむいていた顔をあげるとフェイトは隣で、リンディは
モニター越しにこちらの様子を伺っている。
少し心配そうな二人に大丈夫と返すと、両手を机の上に置いたリンディが続きを話し始める。

『気になる事があるなら後で調べてみましょう。ところで、今はそのUCATの本部に向かっているという事でいいのね?』
「はい。今からだとちょっと遅くなりそうですけど……駄目、ですか?」
『まあ、聞く限りでは心配なさそうだから止めないわ。お家の方には私から連絡しておくから、楽しんでいらっしゃい。
 フェイトちゃんも、こっちの事は心配しないでいいからお世話になっていらっしゃいな』

はい。と二人同時に返事をし、リンディが笑顔を返したところでモニターから小さく、慌てた声が聞こえてきた。
段々と大きくなる声に、モニター前のリンディが苦笑を浮かべ仕方がないと言った様子で席を離れる。
それと同時に勢いよくドアが開かれる音がしたかと思うと、モニターに三人の見知った顔が映し出された。

『なのはっ!』
『フェイトっ!』
『二人とも無事かっ!?』

三者三様の問いかけに、大丈夫だと手を振りながら笑顔で返事をする。
よかった、と呟いて脱力する三人の後ろの方では、エイミィが息を切らせて壁に寄り掛かっている。
一段落ついた後は復活したエイミィも加わってとりとめもなく話が続く。
辺りに人工の光が少なくなり、代わりに山の木々と夜空の星が目立つ様になった所で二十三号が声を上げた。

「お話し中失礼いたします。高町様、テスタロッサ様。少々よろしいでしょうか」
「あ、はい。大丈夫です」

居住まいを正した後、二十三号の顔が見えるようにモニターを移動。
モニター越しの四人も裾や襟元を直し、そのまま話を聞く態勢へ入る。

「ありがとうございます。間もなく今夜の歓迎会会場、日本UCAT本部へ到着いたします。
 会場にはプライバシー保護のため概念空間が展開されておりますので各種通信機器が使用できなくなると思われます。
 もしお話を続けられるようでしたら車を一旦御止めいたしますが、如何いたしますか」
「概念空間っていうのはさっきの……?」
「Tes.先ほどお客様方が入られた物で、高町様が結界と呼ばれたものです」

どうしようか、と考えて隣のフェイトとモニターの四人を見るとフェイトは特に無いとった様子で頷き、
モニター内の四人からも重要な事は始めのうちに言ったから、と返事が来た。
二十三号に止めなくても良い旨を告げると、再びTes.という言葉と共に一礼を返された。
その後エイミィが席を離れた事で三人になったモニターから、少しの躊躇いと共にクロノの声が響いた。

『最後に一つ、その……二十三号さん、に聞きたいんだが』
「なんでしょうか」
『先ほどから何度か聞く、Tes.という言葉は一体どういう意味なのだろうか』
「Tes.はLow-Gの聖書に基づく言葉で"契約"または"聖書"といった意味を持ちます。
 UCAT内においては了解や相づちを表す合言葉として使用されております」
『なるほど、良くわかった。感謝する』
「Tes.」

話が終わった後、軽く別れの挨拶を告げてモニターを閉じる。
そして窓の外に白亜の建物が見えて間もなく――再び、世界に声が響いた。

            ●

第97管理外世界、海鳴市にあるマンションのリビングには四人の人影がある。
そのうちの一人、クロノはモニターの向こうにいるなのはとフェイトに向けて声をかけた。

「それじゃあ二人とも、気をつけて行ってくるように」

はい、という返事の後にモニターは閉じる。それを確認した上で、クロノは大きく息をついた。
その吐息に疲れが混じっているのは守護騎士達との戦闘だけが原因では無いだろう。
ソファーに身を預け、体を休めるクロノにリンディは冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して手渡す。

「クロノもお疲れ様。守護騎士相手に良く足止めしてくれたわ」
「ありがとうございます、提督。結局逃げられてしまいましたけど」

クロノはキャップを捻って開けるとそのまま三分の一ほどを飲み干す。ユーノとアルフにもミネラルウォーターを
手渡すとリンディは観測室へ。多数のディスプレイに囲まれたそこで作業をするエイミィに声を掛けた。

「エイミィ、サーチャーの調子はどう?」
「もうばっちりです!さっきは突然だったけど、今度は見逃しませんよ!」

所狭しと設置されたディスプレイには三台の車が様々な角度から映し出されている。
辺りは暗く、肉眼では判別しにくいが、サーチャーに搭載されたセンサー類は目視よりも正確な情報を伝えてくる。

「シグナムを追う為に使ってたサーチャーが丸ごと使えますから、ちょうど良いと言えばちょうど良いですねー。
 それに観測機能もほぼ全部最適化できてますし、なんでも来いって感じですよ」

自信たっぷりに答えるエイミィに苦笑を浮かべつつ、リンディはディスプレイに映し出される映像を見つめる。
そのいくつかに白亜の建物が映し出され、これが彼らの本拠かと考えた時、薄暗い部屋にエイミィの戸惑った声が響いた。
慌てた様子を見せながらもエイミィは素早くコンソールを操作していく。

「は、反応ロストって――どうなってるの!?」
「エイミィ落ち着いて。魔力反応に限定してデータ収集、二人のデバイスの信号も追ってみて」
「やってますけど、全く反応が無いんです。デバイスの信号も同様で、それこそ消えたみたいに無くなってます。
 これだけのサーチャーの目を欺くなんて、本局の技術班でも出来ないのに……」

そう、と呟いて正面ディスプレイの一つを見つめる。映し出されるその景色には既に黒塗りの車は無く、
ただ森と白い建物、その奥の滑走路が見えるのみだ。
リンディはそのことを確認すると、溜息を一つついてからエイミィに指示を出す。

「仕方がないわ。サーチャーは連絡用の物を残して回収してちょうだい。
 連絡もしばらくは無いと思っていいはずだから、あなたも休んでおいて」
「いいんですか?もう少し調べてからでも――」
「魔力反応を残さずにこれだけの事が出来る物を、少し調べた程度で分かるとは思えないわ。
 これからの事を考えるとあまり刺激するような事はしたく無いし……何より中にはなのはさんとフェイトさんの二人がいるもの」

そこまで言うとエイミィも察したのか、小さく頷いてコンソールの操作を再開する。
するとディスプレイからは映し出されていた映像が消えてゆき、正面ディスプレイのいくつかのみが残った。

「これで良しっと。連絡が来たら回しますね」

お願いね、と言葉を残すとリンディは部屋を後にする。
……厄介な事にならなければ良いけれど。
と思いながらリビングへと繋がる階段を降り、これからどうするべきかを考え始める。

            ●

リビングへ降りると三人、もとい一人と二匹になった状態で何かを話し合っている。
クロノがソファー、ユーノが机の上、そしてアルフが床という位置づけだ。

「あ、提督。――どうでしたか?」
「駄目ね。結界どころか魔力反応すらでないって、エイミィが嘆いてたわ」

心なしか緊張した様子で訊ねてくるクロノに、リンディは軽い調子で返す。
元々の気質も相まってあまり深刻には聞こえない言葉だが、息子であるクロノが聞き逃すことは無かった。

「――ユーノ。参考までに聞きたいんだが、君は魔力反応を出さない結界は張れるか?」
「そりゃあ出来なくはないけど、あくまで反応が検知されにくいってだけだよ。
 魔力を使用する以上、魔力反応はどうしてもでるから、根本的に出さないっていうのは無理だ」
「ああ、僕もそう思う。管理局のサーチャーだって悪いものじゃない。となるとやはり――」
「なんだいクロノ、何か気になる事でもあるのかい?」

考え込み始めたクロノにアルフが声をかける。
その言葉に、いや、と言いかけた頭を振って仕切り直し、ああ、と応じて返事をした。

「あの世界に未知の技術があるのはほぼ確定だ。だからそれを扱う人間がどのような者なのか気になってね」
「悪い人達じゃない、って二人は言ってたけど。信じられないかな」
「そういうわけじゃない。ただ少し――彼女の名前が気になっただけだ」
「彼女……ああ、二十三号って人か。そんな気にするようなことかねぇ?
 あたしみたいに使い魔かもしれないじゃないか」
「確かに、自称していただけだから愛称が別にあってもおかしくないんだが……本来の名前があるのに
 そう言わされているなら、あまり信用できる相手とは思えないだろう?」

クロノの言葉を聞いて考え込み始める二匹。クロノ自身も考え込み始めたので会話が途切れる。
その様子をそばで見ながら、リンディは"あらあら"とでも言うように微笑んだ。
クロノの考えはある意味間違ってはいない。数ある次元世界において、執務官は
その世界の常識が自分達のそれと近いか遠いかによって取るべき手段を変える必要があるからだ。
問題が発生した際、とっさに交渉をするか強行策にでるかの判断をしなければならない執務官にとって
相手の常識というものは重要な判断材料になる。
ただ、この話し合いにおいては大事なものが欠けているのだが――リンディはあえて指摘をせずに見守っている。
執務官であるクロノはもちろん、将来的に多数の次元世界へ行く可能性が高いユーノとアルフの二人にも
考えてもらいたいことだからだ。
お茶でも入れてあげようかと思い立った所で、アルフが声を上げた。

「あぁ、もう!考えてたってわかんないよ。まだ会ってから一時間も経ってない相手のことなんて」
「あのなぁ。君の主人が危険になるかもしれないんだから、もう少し考えてみたらどうだ」
「フェイトが悪い人じゃないって言ったんだから、あたしはそれを信じるよ。
 実際にあの世界に居るのはフェイト達なんだ。あたしらがどうこう言ったってしょうがないだろ」

その言葉を背中に受けながら、リンディは笑顔でお茶を入れにいく。
理論重視のクロノと感性重視のアルフといった所だろうか。聞いていると、ユーノはその中間当たりの意見のようだ。
未知の世界に対してどの方法を取るべきか。
今夜中に答えが出る事は無さそうだと考えながら、リンディはティーセットを持って行った。


―――後書き―――

どーもお久しぶりです。今回はいわゆる補足説明的な話をお届けしました。
なんか少し補足説明して終わるはずだったのがいつの間にか一章分にまで膨れ上がってましたよ、HAHAHA
今日は寒いなぁ、とか思ってたら熱が三十八度まで出てた。そんな休日が悪い。

それと風邪のせい(?)で「戦闘シーンが描きたい病」が発病しましたw。
こんな会話シーンばっかりはモウイイヨー。撃ったり斬ったりシタイヨー、ギギギ
そんなダメな状況ですが生ぬるく見守ってくれると嬉しいデス。

それでは、ここまで読んでくれた方に感謝を。



[5820] 第四章 『歓迎の儀』
Name: 月天召致◆93af05f1 E-MAIL ID:158e6bd5
Date: 2010/03/19 23:30
「ようこそ!日本UCATへ!」

奥多摩の森の中にあるIAI東京支社。そのさらに奥へ行った所にある白亜の建物――日本UCATのロビーには今、
入口から伸びた赤絨毯とその両脇に控える侍女達が、結婚行進曲を背景に道を作っている。
クラッカーの破裂音と共に紙テープが飛び交い、紙吹雪がロビー中を所狭しと舞う。
呆然として動けなくなったなのはとフェイトの前に一人の侍女が進み出る。
そのまま二人の目の前でくるりとターン。満面の笑みと共に肩より少し長いプラチナブロンドの髪とメイド服をなびかせる。

「初めまして高町様、テスタロッサ様。私、歓迎会の指揮を任されております63rd山百合と申します、以後お見知り置きを」

呆然としている二人を全力で置いて行ったまま、軽いノリにウィンクをつけて63rdが挨拶をする。
彼女はそのまま胸元でぽんと手を打ち合わせる。

「ではお客様、まずはご飯にしますか?お風呂にしますか?それとも――わ・た・し?」
「え、えっと……」

語尾にハートマークが付きそうな声音で問いかけられた台詞だが、二人から返ってきたのは戸惑いの声だけだ。
そんななのはとフェイトを助けるかのように、付き添っていた二十三号から声が掛けられた。

「高町様、テスタロッサ様。ここは私にお任せください。――そして63rd、何事ですかこれは。
 随分とキャラがおかしくなっていますが、配線がズレたか突発性のバグでも出ましたか」
「何と失礼な。歓迎会の指揮を任されたので今月のびっくりどっきりパッチを当てただけです。
 丁度中身が"アッパー系"だったもので。あなたも貰ったでしょう、確か"The・レディース"とかいうのを」
「私は自分の個性には現状で満足していますので必要ありません。
 お客様二人の反応から察するに、そのパッチは選択ミスだと判断します。――さっさとリカバリーしなさい」

きつい言い方ですねー、と共通記憶で文句を言いながら63rdは目を閉じると瞬きよりも少し長い程度の時間の後に
目を開く。そしてなのはとフェイトに向き直ると、慇懃に礼をした。

「驚かせてしまい申し訳ありませんでしたお客様。改めまして、今回の歓迎会指揮を行う63rd山百合と申します。
 ――以後、お見知り置き願いますわ」
「あ――はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

向けられた挨拶に今度こそ反応する二人。
63rdの顔に浮かぶ満面の笑顔は先ほどまでと違い、華やかながらも柔らかく、落ち着きを残したものだ。
いつの間にかBGMも普通のクラシックと思われる曲に変わっている。
打って変った丁寧な応対に、体を固くしたのも束の間――

「さて、仰々しい挨拶はこの位にしてさっそく仕事をさせていただきますわ」

元に戻った63rdによって思いきり脱力した。
リアクションに困ったなのははとりあえず二十三号に振ってみる。

「えっと、あの――二十三号さん!」
「申し訳ありませんが、63rdは元々この仕様です。諦めて受け入れるのがよろしいかと」
「この仕様故に今回の指揮を任されたのですけれど。楽しませる側が堅苦しくてはお客様に楽しんでいただけませんもの」

63rdの台詞に、改めて表情を窺うと異常なほどハイテンションだった先ほどと異なり、普通に明るい女性の顔がある。
なのはとフェイトは、窺っていた顔から笑顔を返されてようやく気を使われたのだと気が付いた。

「それでは高町様、テスタロッサ様。御二方は運動をされてきたとの事ですので、まずは地下四階にある大浴場へ
 ご案内いたしますわ。先に食事が御希望なら歓迎会場へ向かいますけれど、どうしましょう?」
「お風呂はありがたいんですけど……その、着替えが――」
「その点は問題ありませんわ。量販店のシャツからスカート、ドレス。専用装備のYUKATAも完備してありますもの。
 同じ服が良いならば入浴中にクリーニングする事もできますわ。――下着はクマか苺の二択ですけど」
「……最後に何か言いましたか?」
「大した事ではありませんわ。そんな事より御希望を仰ってくださいな」

少し考えた後で風呂を選ぶと63rdは一礼。身をひるがえし先導するために歩き出す。
廊下にまで続く赤絨毯の上を歩いて行くと、扉のあいたエレベーターには階数ボタンの前に侍女が控えている。
63rd、なのは、フェイト、二十三号の四人が乗り込むと、侍女はB4と書かれたボタンを押す。
一瞬の無重力感の後、一分も経たないうちに地下四階へ。乗り込んだ時と同じ順序で降りると白い廊下を歩いてゆく。
"みどり"と書かれた藍染の暖簾の前に到着した所で、63rdは振り返って告げる。

「着きましたわ。ここがUCATの大浴場"みどり"です。
 入浴中に何か用があれば、中にいるメイドに言ってくださいな。私はお二人の入浴が済むまでに着替えを用意しておきますわ。
 二十三号は私の手伝いをしなさい。風呂場担当の仕事を奪ってはいけませんのよ?」
「統率役の指示とあれば仕方ありません。――それでは高町様、テスタロッサ様。ごゆっくりどうぞ」

入口の両脇に立つ形となった二人に礼を言ってから、なのはとフェイトは暖簾をくぐる。
それを見届けると、自動人形達は自分達の仕事へと取り掛かった。

            ●

浴槽から立ち上る湯気によって薄らと曇る視界の中、フェイトは体を洗うと一番近い浴槽へ歩いて行く。
淡く赤褐色に染まったお湯に足先を入れると痺れるような感覚の後に熱が体に沁み込んでくる。
そのままお湯に身を沈めていくと、思わずため息が漏れてしまう。
肩口まで浸かり目を閉じると、少ししてからなのはの足音が聞こえてきた。

「にゃはは。フェイトちゃん、お風呂満喫してる顔だ」
「うん、とっても気持ちいい。こんなに大きなお風呂は入ったこと無いし」
「ここ、前に行った温泉よりも広いからねー。色々種類もあるみたいだし……お風呂好きなのかなぁ?」

そんな事を話していると、湯けむりの向こうから女の人が歩いてくる。
茶色のショートカットに同性の自分から見ても見とれるようなプロポーションをしている。
ちょうど同じお風呂に入るようだったのでこんばんわ、と挨拶をすると挨拶を返してきた後に首を傾げた。

「えーと……?」
「あ、私は――」
「あぇ!?ちょ、ちょっと待ってくださいねー!すぐに思い出しますから大丈夫ですよー!
 先生は授業忘れても生徒の事は忘れませんからねー」

自己紹介をしようとした所を手で制し、うんうんと唸り始める茶髪の女性。
しばらく様子を見ようかと思っていたら徐々に湯船に沈み始めたので慌てて引き上げる。

「心配しないで大丈夫です、つまりはノーもんだいですよ。覚えてるけど出てこないだけですからー!」
「あの――私達、初対面ですけど……」
「すぐに言葉になり……ます?初対面ですかー?」

言葉を続けようとするのを遮って話しかけると、隣にいるなのはと合わせて見つめられる。
一応落ち着いたようなので、この隙に自己紹介を済ませてしまおうと考え口を開く。

「――時空管理局嘱託魔導師、フェイト・テスタロッサです。先ほど異世界から来たばかりです」
「高町なのはです。フェイトちゃんと同じで、さっきメイドさん達に案内されてここに来たばかりなんです」

簡潔に自己紹介を済ませると、なのはも続けて自己紹介を終える。
異世界と言って通じるだろうかと考えていると、女性はぽんと手を打ち鳴らした。

「ああ、さっき佐山君達が相手したっていう人達ですか。もっと大人の人って聞いたんですけど、違ったんですねー」
「それは多分もう一人の人です。それで、ええと――」
「あ、自己紹介してませんでしたねー。私は大樹って言います。先生なんですよー?」

えっへん、と胸を張る大樹。タオルを巻いていないのでそのプロポーションが一層強調される。
湯船の縁にある段差に腰掛けて、半身が湯につかるようにして話を続ける。

「お仕事終わったんで4th-Gの人たちに会いに来たんですけど、今日は何でか居ないんですよねー。
 代わりに警備部の人達が沢山いますけど――あ、その青いジュースくださいなー。二人にはそっちの黄色いのとピンクので」
「最近はお仕事少なくて結構暇だったりするんですよねー。学校の方もみんな優秀なおかげで先生のやること少ないですし。
 こっちでやってる概念空間の制御とかも大抵は五分十分で終わっちゃいますしねー」

のほほんとした調子でいる大樹の後ろでは、目を明後日の方向へ走らせるメイドが多数いる。
どういう意味か疑問に思いながらも、大樹が何かを話そうとしている事に気づいたので、聞くことに集中する。

「そういえばなのはさんとフェイトさんは他の世界から来たっていいましたよねー。
 いろいろ知らないこと多いでしょうし、この世界の事について先生の授業なんてどーですか?」
「え……いいんですか?」
「良いですよー。さっきも言いましたけど結構暇してますからねー。
 歓迎会は他のGの人達も来るでしょうし、紹介ついでにやるのが丁度良いんじゃないでしょーか。
 いろんな用語なんかも話しながら教えていきますから、初めてでも安心ですよー」

渡りに船といった感じで来た提案に横目でなのはを見ると、こちらに応じるように頷いたのが見える。
濡れた髪裾を後ろに払い、心持ち背筋を伸ばして目線を高くすると、なのはと二人でよろしくお願いします、と頭を下げた。
大樹はこちらの仕草に満足したように頷く。

「うんうん、なのはさんもフェイトさんも良い子ですねー。最近は二人みたいな礼儀正しい子少ないんですよね。
 ――もっとちゃんとしなさい、って先生いつも言ってるのに」

直後、一瞬の静寂が訪れる。そして

『あんたが言うなーーー!!』

自動人形達によって持ち込まれていた無線機から一斉に抗議の声が響いた。

            ●

UCAT地下一階にある大型食堂。そこには多数の人が集まっている。
姿も服装も様々な人間の中に、風呂から上がった三人と案内に戻ってきた二十三号、63rdの姿がある。
開会式が過ぎ、即席で作られたステージの上で自己紹介を終えるとバイキング形式の立食パーティーへと移行した。
先に食事をしてからにしましょう、と言う大樹によってなのはとフェイトは会場にいる人々を眺めながら食事を取る事になった。

「なんか……すごいね」
「うん。これだけいろんな人がいるなんて思わなかった」

思わず漏れた言葉にフェイトが同意する。
視線を動かしていくと、日本人と思しき人から肌や髪、瞳の色が違う人、
使い魔のように体の一部が変わっている者に加え、全身を甲殻で覆った竜のような亜人もいる。
皆こちらの視線に気がつくと会釈や挨拶を返してくれる。
半ば呆けた状態で眺めていると、横から二十三号の声が掛かった。

「高町様、テスタロッサ様。食べ物、飲み物は足りていらっしゃいますか?要望があればお持ちいたしますが」
「いえ、大丈夫です。十分にいただいてますから」
「駄目ですわね、二十三号。そんな聞き方では遠慮されますわ。
 ――さあ、こちらに沢山持ってまいりましたので好きに召し上がってくださいな♪」
「あ、ありがとうございます」
「そのやり方では本当に十分な時の対処が出来ません。食べすぎでお腹を壊したらどうするのですか」

対称的な二人の様子に苦笑しつつ食事を進めていく。
食事が一段落し、ステージ上でUCAT職員による出し物が始まった辺りで大樹から声が掛けられた。

「んー、お腹も膨れた所でそろそろ始めましょうかー」
「はい。お願いします、大樹先生」
「いい返事ですねー。それじゃ簡単な用語説明と、各Gの人達の特徴辺りをやりましょうか。
 ほんとはそれぞれの世界の歴史とかやりたいんですけど、時間かかりすぎるんで。
 今まで聞いた会話で分からなかった事とかありますかー?」
「えっと、いきなりなんですけど……Gっていうのは――?」
「あ、そうでしたね。それじゃ基本的なとこ全部やりますか」

大樹はこほん、と咳払いを一つしてから話を始める。

「Gって言うのはそれぞれの世界の事ですねー。ここがLow-Gで、1stから10th。
 それとTop-Gの全部で十二個があったんですけど、今はもうLow-G以外無くなってて、
 他のGで生き残った人達とか、その子供の方とかがこのLow-Gに住んでる形ですねー」
「もう無い――ってどうして……?」
「昔概念戦争っていうのがあって、その影響ですねー。
 申し訳ないですけど、その辺りはそれぞれのGの方に聞いてもらう方が良いと思うので今は省いちゃいますね。
 その方が誤解も出ないでしょうし」

自分の提案に満足するように頷く大樹を尻目に、周りで小声だが妙によく聞こえる話し声が聞こえてきた。

「あの遅刻教諭、自分で説明できないからって他人に押し付けてるぜ……」
「最近は仕事が終わったころにやって来る人だからな。それを仕事が少なくなったと勘違いしてるのは驚いたが」
「あの人10th-Gの木霊だったはずなんだけど。自分とこの説明しないって事はやっぱり面倒だからか……」
「ま、周りで何言ってるんですかー!お二人が誤解するじゃないですかー!」

そうだな、と一斉に頷く周りの人々。それじゃあ誤解のないように、と誰かが言うと
ステージ上でサングラスをかけた職員が指揮を取るように手を上げて、下ろす。

「「「全部事実だーーー!!」」」

周囲から総出で来た指摘に大樹はひー、と頭を抱えて蹲る。
どうしようか、と思っていると人混みの中から二人の人影が進み出た。

「初めまして。1st-Gの魔女、ブレンヒルト・シルトよ。こっちにいるのが――」
「同じく1st-Gの半竜ファーフナー、歴史を語ると言うので来させてもらった。
 未熟ながら語り部としての仕事をさせてもらいたい」
「少なくともそこで蹲ってる駄目教師よりか役に立つわ。聞く気はある?」

問いかけに対し、出来るだけ誠意が伝わるように頷いてみせる。
伝わったかどうかはわからないが、ブレンヒルトと名乗った彼女はよろしい、と頷いた。

「それではさっそく仕事を始めさせてもらおうか。俺はこの世界と同時に存在した異世界の関係についての語りを受け持とう」
「なら私はそれぞれのGの紹介ね。親に勝てるように頑張りなさい、ファーフナー」

言われずとも、と頷いてファーフナーは大きく息を吸う。

「かつて十二の世界はTopとLowの二つを中心に十の世界が周りを回っていた。
 それぞれの世界には今の私達が概念と呼ぶ独自の法則があり独自の文化を形成していた。
 そして中心にあったTop-Gは周りにあった世界の概念を全て持つGとして、
 Low-Gは何も概念を持たない世界として存在していた」
「だが約六十年前に十二の異世界が衝突し崩壊するということが明らかになった。
 所有概念が一番多いGが生き残るとわかった結果起こったのが概念戦争と呼ばれるものだ」

ここでファーフナーは一拍を置きこちらを見る。
わからないことは無いかと問う瞳に小さく頷いて返すと、ファーフナーは再び語り始める。

「概念戦争はLow-Gが周りの十の世界を滅ぼすという決着で一先ずの終わりを告げる。
 一部の者しか存在を知らず最後まで残ったTop-GとLow-Gは停戦条約を結び崩壊時刻まで互いに争わぬ事とした。
 だが十二年前に行われた一つの実験によりTop-Gは滅びる事となる」
「滅びを迎える前にその対応を巡ってTop-GとLow-Gの間で戦いが起こった。
 全てを受け入れようとするも失敗したTop-GをLow-Gが滅ぼすという戦いが。
 それによりこの世界と滅ぼされた世界の恨みが残ったが―――二年前に行われた全竜交渉によって果たされた」

語り終えたファーフナーは大きく息を吐く。
いつの間にか歓迎会に集まっていた者たちも静かに話を聞いている。

「俺が語るのはここまでだ。全竜交渉の事はともかく各Gの滅びを知らぬ俺にそれらを語る資格は無いのでな」
「それじゃ次は各Gの特色の紹介を始めましょうか。――まずは私達1st-G」

ファーフナーが一歩を下がり、代わってブレンヒルトが前に出る。
そのまま胸元のポケットからボールペンを取り出すと近くの紙ナプキンを一枚取って文字を書く。
達筆な文字で描かれるのは"鋼"の一文字。手で受け取ったそれの感触は、およそ紙とは思えない物だった。

「――え?」
「それが1st-Gが所有していた概念。書かれた文字に力を与えるというものよ。
 鋼と書かれたそれは文字通り、鋼の強度を持つわ」

しばらく手で触れて確かめた後、隣のフェイトに手渡す。
渡されたフェイトも不思議そうに触っている。

「賢石と呼ばれている概念の力を具現化する物質に、1st-Gの概念を入れたものがさっきのボールペンには入ってたのよ。
 だから書かれた文字は1st-Gの概念の力を表した。――わかったら次に行くけどいいわね?」
「えっと……たぶんですけど」
「それでいいのよ。すぐに理解出来るような物じゃないんだから、何となくわかった気になってなさい。
 それじゃ次、2nd-G。適当な事言われたくなかったら誰か前に出なさい」

集まった人々に掛けられた言葉に、初老の女性が進み出た。
セミロングの髪に白衣という格好の女性は顔に困ったような表情を浮かべている。

「もう少し言い方ってものを考えた方がいいんじゃないかしら?聞き手によっては高圧的に感じる物言いよ、それ」
「別に構わないわよ。文字はあるがままに語る物、相手がどう受け取るかは知った事じゃないわ」
「見てられない、って真っ先に飛び出したくせに何言ってるんだかねぇ」

女性の言葉にブレンヒルトの顔が赤くなる。それを隠すように身を翻して人混みに紛れてしまうと、
ファーフナーも軽く会釈をしてそれを追う。それを見届けた所で白衣の女性がこちらを向いた。

「それじゃ自己紹介ね。2nd-Gの月読史弦、開発部の部長をやってるわ」

柔らかい笑顔と共に向けられる言葉にこちらも礼を返す。
この中で見た目は日本人と変わらないというのは少し意外に感じてしまう。

「2nd-Gの概念は名前に力を与えるという物なんだけど……具体的にこう、って見せるのは難しいから
 そういうものっていう程度に覚えておいてくれれば問題無いわ」
「あ、はい」
「話す事はこの位ねぇ。短くて悪いけど、先が長いからって事で我慢してちょうだい」

そう言うと月読は手を振って戻っていく。代わって前に出るのは隣にいた二十三号だ。

「3rd-Gの代表者が不在ですので、僭越ながら代わりを務めさせていただきます。
 ――3rd-Gの概念は主に二つ、金属が命を持つというものと慣性制御の概念です。
 この二つを用いて造られた自動人形と武神が最大の特徴と言えるでしょう」
「自動人形と武神?」
「Tes.武神は全長十メートル弱の人型機械です。自動人形については見ていただいた方が早いかと」

そう言うと二十三号はメイド服に付いているスカーフを抜いて襟元を開く。
そこにあるのは人のものでは無く、ソケット同士を繋いだような関節と頭部と鎖骨を繋ぐワイヤーだ。

「――っ!?」
「人を模した血肉に金属と陶器のフレーム、関節部は樹脂材とワイヤーを以て形作られるのが私共自動人形と呼ばれる存在です。
 侍女服を纏った者はほぼ全て自動人形と思っていただいて構いません」

驚きで固まっていると、63rdがやけに嬉しそうな声を上げる。

「あぁ、こういう風に驚かれるのは久しぶりですわ……。最近は知られているのが当たり前でこういう反応してくれる方いませんし。
 微妙に居心地の悪そうな態度を見てるとぞくぞくしますの。――これはもはや愛ですわね」
「あなたは一度初期化しておきなさい63rd。お気遣いはありがたく頂いておきます、高町様、テスタロッサ様。
 ですが私共は幸いを知ってこの場に在り、また幸いを担う方々の手助けをする立場に在ります。
 造られた物であったとしても、意志をもって望んだものです――故に、これ以上の気遣いは必要ないと判断します」

言葉と共に向けられるのは対称的な無表情と笑顔だが、そのどちらからも確かな意志を感じられる。
隣で呆然としていたフェイトの手を握って正気に戻し、二人で大きく深呼吸をする。

「はい、それじゃあ……えっと。――これからもお世話になります」
「「Tes.」」

お辞儀と共に放った言葉には嬉しそうな声が返ってくる。
顔を上げれば満面の笑顔を浮かべる63rdと静かに微笑む二十三号の姿がある。
手を繋いだままフェイトと顔を見合わせると、つられるように笑顔が浮かんだ。

「3rd-Gの紹介は以上とさせていただきます。次は4th-Gですが……」
「4th-Gの方は来てませんわよ?ここは寒いですし、今は温室の方にいたと思いますけれど。
 説明が得意な方達ではありませんから、私が代理で行いますわ。事前に許可はとってありますので」

そう言うと二十三号に代わって63rdが前に出てくる。

「それでは4th-G代理として私こと63rd山百合が説明をさせていただきますわ。
 4th-Gの主要概念は"植物は支配者である"というものですけれど、これだけ言われてもわかりませんわよね?」

放たれた問いかけに肯定の意を返すと、63rdは軽く頷いてから説明を続ける。

「植物の持つ特性を強化する概念、とでもいいましょうか。4th-Gの方は体の組成が
 植物とほぼ同じですので、それら全てが強化されますわ。熱量を吸収することが出来るというのも特徴ですわね。
 地下の大温室にいますから、興味がお有りならば後ほど案内いたしますわ」

そこまで話した所で63rdは腕を組んでふむ、と考える仕草をする。

「次は5th-Gですけれど……ここの代表の方もいませんわね。
 ヒオ様も原川様も今は米国UCATに出向いていますし、どうしましょうか」
「とりあえず今いる人に関係のあるGの説明をすればいいのではないかね?
 会いに行こうと思えば届く距離にいるのだ、そう急ぐ必要もあるまい。
 求めよ、されば与えられん。とすればLow-Gらしいとも言えるだろう」

63rdの言葉に答えた声は人混みの向こうにある食堂の入口からだ。
聞こえた声に反応して道が出来、声の主が顕わになる。

「あ、佐山さんと新庄さん」
「歓迎会だというのに遅くなって申し訳ない、シグナム君の見送りをしていたのでね。
 さて、ここにいる者でまだ紹介されていないGと関わりを持つ者はいるかね?」

シグナムを見送った、という言葉にフェイトが反応するがすぐに深呼吸して気持ちを落ち着けている。
そうしている内に前に出てきたのは頭一つ背の高い、禿頭の黒人だ。

「あまり説明は上手くないのだがな……6th-Gの帰化二世、ロベルト・ボルドマンだ。
 6th-Gは輪廻転生の概念を主体とする、インド神話の原型となったGだ。
 特徴としてはインド系の人間とほぼ同じ外見をしている、と。――これ位で勘弁してくれ」

困ったように頭を掻きながら戻っていくボルドマン。代わって出てくるのはノートPCを持った侍女だ。
電源が入って映し出されるのは石に目をつけてデフォルメしたようなイラストで、そこに次々と吹き出しが表示されていく。

『ハロー』『キコエル?』『キコエテル?』『ウマクイッタ?』『ヘンジ』『プリーズ』
「は、はい。聞こえてます、どうぞ」

次々と表示される吹き出しに慌てて返事をする。思わず無線に返答するような言葉になってしまったが大丈夫だろうか。
そう考えている間にも吹き出しは次々と増える。PCを持つ侍女がこちらの言った台詞を打ち込むと返事が来た。

『ドウモ』『ハジメテ』『オハツ』『オハツデス』『ワムナビ』『ノ』『ツカイダヨ?』

吹き出しは一定数を超えると古い物から消えていく仕様の様で、文字が表れては消えていく。
急いで読んでいると、横から佐山の声がした。

「彼らが8th-Gの住人、ワムナビの遣いだ。この状態では見えないが、石や砂の様な外見をしている。
 超高速での意思疎通が可能なので通信関係の仕事を請け負ってもらっているのだよ」
『シゴト』『タクサン』『タノシイ?』『タノシイネ』『イネカリ』『リンゴ』『ゴルフ』

話が一段落すると次々と現れる吹き出しはしりとりを始める。
"ん"がついても終わらず、すぐ次のしりとりが始まるので
ノートPCのディスプレイ上では吹き出しが出たり消えたりし続けている。
それを見ると佐山はこちらへ向き直り、言葉を続ける。

「とりあえず8th-Gについてはこの位にしておこうか。
 7th-Gの生き残りは存在せず、9th-Gはアブラム部長が引退したのでこの場に関係者はいない、と。
 後は――」

そう言って向けた視線の先には大樹がいる。すでに先ほどのショックから立ち直り、傍のテーブルにある料理に手をつけている。
佐山は大樹を軽く顎で指し、視線が向いた所で言う。

「あれは10th-Gの悪い方の代表だ。見習わないようにしたまえ」
「さ、佐山君までにゃぬを言ってるんでひゅか。先生怒りまふよ」
「今ので理由が解ったね。てっとり早い証明をありがとう大樹先生」
「……?よくわかんないけどほめられましたよー」

わーい、と喜ぶ大樹を周りの人間は諦めの混じった瞳で見つめている。
何となくそういう扱いの人だという事はわかったので、特に反応はしないでおく。

「残るはLow-GとTop-Gだが――これは宿題としようか。
 我々の事を知りたければやってみるといい。期限は特に設けないので気長に取り組みたまえ」
「また佐山君はそういう事を……。まあでも、こういうのも有りかな」

佐山の提案に新庄はため息混じりに言った後、気を取り直して言葉を続ける。

「ボク達の世界はそれこそ色々あったから、口で説明するのが難しいんだ。
 だからさっきの佐山君じゃないけど、知りたい事があったら自分で調べてもらった方がいいと思う。
 皆の方にはボクから話しておくから、答えを望めばちゃんと相手をしてくれるはずだよ」

それと、と言って新庄は佐山の胸ポケットにいた小さな何かをつまみあげる。
手の上に乗せてこちらに差し出されたのは四足歩行の動物だ。

「この子は7th-Gの獏。過去を見せる力があるんだ。
 ボク達の事を知りたくなったら、この子を一緒に連れていって。
 ――二年前の全竜交渉の時、ボク達はそうやって自分達の過去を探っていったから」
「7th-Gの概念下でなければ生きられないから、こちらに来たときに連れて行ってもらう形になるがね。
 基本的になすがままに生きる生物だ、きちんと世話をして貰えるならば異論は無いよ」

手を伸ばし、指先でそっと撫でると新庄の手の上で寝そべり撫でられるがままの状態になる。
それを見たフェイトも手を伸ばして獏を撫で始める。

「獏も懐いたようだね。――これなら問題あるまい。
 それでは歓迎会の続きといこう。今宵は新しい客人を迎える祝いの席だ。
 この程度で終わるはずがないだろう?」

集まっている人々に向かって声を放つ佐山。
Tes.の一言が返ると共に食堂には再び喧騒が満ちていく。

盛り上がりを見せる歓迎会の中――夜は更ける。


―――後書き―――

二人目のオリキャラ63rd山百合と皆大好き大樹先生登場の巻。
加えてリリカル側に対する終わクロ世界の説明の回でした。
しかしここまで長くなるとは・・・これで削ったんだから恐ろしい。
次からは今迄通りの長さに戻ります。

説明の回は当初から考えていた事なので、ここで出せたのはまあよかったかなと。
まだようやく接点が出てきた、という程度ですが。
前回の回で管理局側、今回でUCAT側の話書いたので、次でシグナム側の視点を書く予定。
次が終わったらようやく話が進展し始めますので気長に付き合ってもらえたら幸いです。

それでは、ここまで読んでくれた方に感謝を。

追記:感想で指摘のあった所を修正。やー、恥ずかしいミスしたもんだ(^^;
   さらに誤字を発見したので二度目の修正。無駄にあげて申し訳ない。
追記2:感想で指摘のあったファーフナーの説明を修正。今更ですが指摘ありがとうございます。



[5820] 第五章 『想いの在り方』
Name: 月天召致◆93af05f1 ID:158e6bd5
Date: 2009/07/20 03:34
なのはとフェイトの二人が大浴場"みどり"で大樹に会っている頃、UCATの地上二階――その一室の扉が開き、四人の人影が姿を現す。
中から出てくるのはオールバックに紺のスーツ姿の青年に、白いワンピースの上から黒の上着を羽織った長髪の女性。
タートルネックにタイトスカートを穿いたポニーテールの女性、ベージュのコートを腕にかけた赤毛の侍女という順番だ。
侍女がポニーテールの女性にコートを着せたのを見計らい、オールバックの青年――佐山御言は声をかけた。

「――それでは新庄君、八号君。シグナム君の見送りを頼んだよ」
「うん。Tes.」
「Tes.お任せください」

二人が頷くと、佐山は背を向けて廊下の向こうへと去っていく。
それを見届けてから新庄はポニーテールの女性――シグナムに向き直る。

「えっと、シグナムさん……って呼んでいいですか?」
「ああ、かまわない。そちらは新庄、だったか。ここの全部長補佐との事だが」
「本当は秘書って呼ばれるべきなんですけど、一応全部長に次いで高い権限を持ってるので全部長補佐、ってなってます」

少し苦笑交じりに返すと、シグナムは納得したようにうなずいた。

「なるほど。良い相方、というわけだ」
「あはは……暴発しないよう抑えてるだけですけど」

今までの"暴発"が頭によぎるが今は無視。本来の役目を果たすことにする。
八号の方へ目を向け、合図を送る。

「それでは外までご案内いたします。迷う危険がありますので、横道に逸れる事はご遠慮ください」
「ああ、よろしく頼む」

八号を先頭にして新庄とシグナムが続く。上から見れば三角形となる形だ。
適度な速さで前を行く八号について行きながら、新庄は横目でシグナムをうかがってみる。

(……かっこいいなぁ)

凛とした姿と切れ長の目、堂々とした態度はいかにも“出来る女"といった雰囲気を窺わせる。
知り合いにはあまりいないタイプだ。似ているとすれば――

(命刻さんかなぁ、やっぱり)

剣を使う事や、ドレスよりもスーツが似合いそうな所はやはり似ている。
だが命刻がこちらの事を知っていたのに対し、シグナムは完全な部外者だ。同じように扱う事は出来ない。
見送りを任された以上雑談の一つでもしたほうが良いのだろうが、慣れない相手になかなか話題が見つからない。
どうしたものかと悩んでいると、不意にシグナムがこちらを向いた。

「何か?」
「あ――い、いえその……えっと」

唐突に話しかけられ緊張で体が硬くなるが、ちょうど良いと思い直して深呼吸を一度。
軽く振り返って様子をうかがってくる八号に大丈夫だと返し、新庄はシグナムの方へと顔を向ける。
どう答えようかと一瞬迷うが、思いつかなかったので結局正直に答えることにした。

「その、シグナムさんはあんまり知り合いにいないタイプですから。どう話しかけようか迷っちゃって」
「ふむ、なるほどな。そんなに珍しいものでも無いと思うが」
「珍しいっていうより、かっこいいなぁって。ボク、助けられてばっかりだから。
 シグナムさんみたいに自立してる人はちょっとうらやましくて」

そう言われたシグナムの顔は少し呆気に取られたようになるも、すぐに元の表情へと戻る。

「自立というほどのものではない。自分に出来ることが、これぐらいしか無いだけだ」

答えるシグナムの表情は変わらない。けれど――

(悲しそうに見える――?)

その表情はどこか影が隠れている。表には出ない、雰囲気とも呼べるものなので確証はないが、新庄は確かに感じていた。
かつて自分も持っていた物。大事な人に、本当の事を言えなかった自分と同じ物を。
――聞いてみたい、と思う気持ちを理性をもって抑える。
もしかつての自分と同じ気持ちでいるのなら今の自分では駄目だ。今聞けば、好奇心以外の物を伝えられないだろう。

(あの時は、佐山君なら大丈夫だと思ったから。ボクに隠し事があったとしても……
 全竜交渉が終わるまでは、対極の存在として側にいる事が出来ると思ったから)

結果として予想は裏切られた。彼は自分が思っていたよりも、ずっと強い人だった。単に変人だっただけかもしれないが。
けれど彼だったからこそ――自分は想いを残すことなくここに居られるのだと思う。
ならば、やることは決まっている。焦らず、臆さず、想いを伝えていけばいい。
よし、と心の内で気合を入れると、今度は自分から話しかけた。

            ●

エレベーターに乗って一階まで下りた後、何故か赤絨毯の敷かれた廊下を歩いて行く。
歓迎の用意が出来ているとの事だったが、人を待たせているからと言って断った。
隣にいる新庄と他愛のない会話を交わしながら、シグナムは佐山から聞いた話を思い返していた。

(結局、我々について聞かれた事は目的と組織の規模程度か)

ここへ招かれてから行われた質疑応答という情報交換。シグナムはその内容が予想とは違う流れになったことに少しではあるが驚いていた。
最初にされた二、三個を除けば聞かれた事のほとんどは管理局についてのものだ。
組織全体の規模、理念、現在相手をしている部隊――要点を絞ってはいたがかなりの事を聞かれた。
答えられないこと、答えないことに対しては軽く相槌を打つくらいで、答えた事に関しても確認を取らない。
さすがに不審に思い理由を問えば

「特に変わったことでは無いと思うが。初めにした質問で、君達の組織が大きくない事は解っている。
 組織の規模が小さいと言う事は一人の持つ情報のランクが高いと考えるのが普通だ。
 そんな相手に細かく質問をした所で聞き出せる事は少ない――ならば敵対している相手の事を聞いた方が有意義だと考えただけだ。
 本当かどうかはあまり問題では無い。ただ、あからさまな嘘は自分達の信用を下げるだけだという事を覚えておくといい」

と、佐山は当然のように答えた。最後の台詞は牽制にしては些か癇に障る物だったが、隠されるよりはましだとも思う。
それからは特に問題もなく話し合いは終わった。ずいぶんと長く感じたが、終わってみれば一時間弱しか経っていなかった。
だが、その一時間で得たものは時間と比較してひどく大きなものだった。

(概念、か)

概念に賢石、機殻(カウリング)――異世界の法則を用いた力。文字通り“常識を覆す”力。
理解したとは言い難いが、概要だけでも十分過ぎる。何故ならそれは、今の自分達が何よりも欲する物だからだ。
主を治すことが出来るかも知れない力――それは万難を排してでも手に入れる必要がある。

(先の話し合いで一応中立を保つという約束はしたが、あくまで口約束……管理局側に引き入れられる前に手を打つ必要があるな)

遅れるほどに危険度は増す。戻り次第対策を立てなければ、と考えていた時に隣の新庄が何かに気づいたように声を上げた。

「そうだ、シグナムさんにこれを渡しておかないと」
「これは腕時計……か?」

渡されたのは彼女が身につけていた黒塗りの腕時計だ。わざわざ渡すからには時刻を確認する以外にも機能があるはずだが――

「腕時計でもありますけど概念空間に小型の“門”を造る役目も兼ねてます。
 ボクが着けてたので悪いんですけど、それがあれば概念空間を行き来できるようになる……はずです」

てんいまほうっていうのが上手くいくかはわからないですけど、と付け足して新庄ははずした腕時計をこちらに差し出してくる。
一言感謝を述べて受け取ると、前を歩いていた八号が振りむいた。

「それについては一つご注意を。その自弦時計には発信器が内蔵されています。世界を超えての探知は不可能ですが、
 念のため拠点への持ち込みはご遠慮ください」
「了解した――と、どうした新庄」

作戦時の位置確認用かと考えていると、隣の新庄は少しひきつった笑顔を見せている。

「八号さん……発信器って何?ボクそんなのついてるなんて初めて聞いたんだけど」
「Tes.この自弦時計は佐山様が新庄様専用にと用意した物です。外見は従来品と同様ですが各種オプションが追加されています」
「一応聞くけどオプションには何が?」
「発信器を始め血圧計や体温計、防護概念入りの賢石、集音マイク、小型カメラ等が」
「最初はともかく最後の二つは明らかに盗聴と盗撮用じゃないか!すみません、すぐに予備の奴を――」
「交換用に保管されているのは全て同様の仕様です。佐山様いわく――いつ壊れても大丈夫なように、と」

うろたえながらも余罪を追及する新庄と、それを冷静に受け流す八号。普段なら苦笑の一つでも出るものだが、今はあまり表に出したくはない。
長い時を旅する中では敵の方が圧倒的に多く、少ない味方にしても利害が一致しているだけで敵と大差は無かった。
そのため関係のない相手を利用することが何度もあった。今抱いているのはその時と同じ気持ちだろう。
事情を聞かれないことに甘え相手の善意を利用する――この身のなんと無様な事か。

(それでも……やらねばなるまい。仲間のために、主のために。そしてなによりこの私自身のために)

頭を軽く振り、沈みそうになる気持ちを切り替えると長く続いていた通路はすでに無く、開けた場所に変わっていた。
エントランスホールと思しきここからはガラス越しに夜空と外の山々が見渡せる。

「ここまで来れば後は概念空間から出るだけです。今八号さんに車まわしてもらってますからもう少し待ってください」
「気遣い感謝する。戦闘の仲裁といい、世話になってばかりだな」
「いえ、お気になさらず。どれも好きでやってることですから」

向けられる笑顔は眩しいほどのもので、ついこちらもつられて笑みを返す。
すると新庄は一層の笑顔を見せてから姿勢を正した。

「それではボクはこの辺りで失礼します。本当は外まで送るべきなんですけど、佐山君を放っておくとどうなるかわからないので……」
「それこそ気にすることでは無い。――それでは、また」

Tes.と返事をした新庄に背を向け歩き出す。すでに車は玄関前に着いているようでホール正面のガラス戸越しに八号の姿が見える。
扉を開くと冷たくも清々しい空気が肌に当たり、身が引き締まる思いがする。少しだけ夜空を見上げると、数えきれない星と三日月が散らばっている。

(長い、一日だったな)

その思いに答えるかのように、星が一つ流れて消えた。

            ●

「あれ――佐山君?」
「Tes.君の佐山御言だよ新庄君。客人は無事に帰ったかね?」

シグナムを見送った新庄が歓迎会場へ向かう為に地下一階へと下りると、エレベーターを降りたところに佐山がいた。

「うん。玄関口まで送った後は八号さんに任せちゃったけど……そういう佐山君はなんでここにいるの?」
「なに、大した理由では無いよ。大樹先生がいい感じに相手をしているようだからね。様子見を兼ねて新庄君を待っていた、というわけだ」
「そこはかとなく不安になる人が相手してるね……」
「ははは、少しでは無く思いっきりの間違いではないかね?とはいえ笑顔を見せているあの状況が悪いはずもあるまい。
 緊張をほぐす為にももう少し任せておくとしよう」

のんびりとした歩調で歩きだす佐山を小走りで追いかけ横に並ぶ。しばらくの間静かな時が流れるが、それを破ったのは新庄だった。

「――あのさ、佐山君。これからどうするの?」
「どうするの、とはどういう意味かね?」
「どういうも何も、今回のお客さん達に対してだよ。どういう風に対応するつもりなのかって事」

新庄は少し訝しげな表情をしながら気になっていたことを問う。

「シグナムさんがどういう状況にあるのかわからないけど……多分、かなりまずい状況なんじゃないかな?」
「ふむ。どうしてそう思うのかね?」
「追われてたって事もそうだけど、なんていうか……雰囲気、かな。少し話しただけだけど、真面目そうな人だったし。
 悪いのがわかっててやってるっていうか、覚悟を決めてるっていうか……うまく言えないけど」
「なるほど。理由はどうあれ、彼女は悪を担う立場にいるというわけだ」

歩く速度はそのままで、佐山は向けていた顔に真面目な雰囲気を宿してこちらを見つめる。
見つめられるのは初めてでは無いが少し気恥ずかしく、顔が赤くなるのがわかる。

「――――――」
「さ、佐山君?」
「――恥ずかしがる顔も素敵だよ、新庄君」

話の腰を折ったのでとりあえず腹に一発いれた。悶えているのを無視して先を促すことにする。
幾分冷たい声で改めて問う。

「で、何?佐山君」
「――――――」
「怒った顔も――とかいったら二発目行くよ?」
「心が通じているとは素晴らしい。感激でいろいろ漏れそうだね」
「なら答えを漏らしてよ。佐山君が考えてる、ボクの問いかけに対する答えを」

今度はこちらから目を見据える。ただ真っ直ぐに、自分には言われた事を受け止める覚悟があるという事を示す為に。
それを佐山は見つめ返し、ゆっくりと言葉をつなぎ始める。

「では新庄君、始めに一つ聞こう。もし彼女――シグナム君が彼らの世界の法を犯していた場合、どうすべきだと思うかね?」
「え?それは……やっぱり説得するべきじゃないかな。仲介役としてボク達が入ればなんとかなる、と思うんだけど」
「確かにそう出来れば理想的だ。上手く収められたならば私達は両陣営から一定の評価を得る事が出来る。
 場合によってはそれを恩にこちらに有利な交渉を行う事も出来るだろう――だが新庄君、君は自分で言ったことを忘れているよ?」

そう指摘され、言ったことを思い出す。シグナムを止めることが出来ない理由は――

「あ……もしかして覚悟を決めてるって言った事……?」
「わかったようだね。そう、彼女はすでに決めている。自分が悪を背負う事、目的のためには手段を選ばないことを。
 そして真面目であるが故にそれを容易に曲げるような真似はしないだろう」
「さらに言えば彼女はヴォルケンリッター――“雲の騎士”を名乗り、さらにはその将であると告げた。
 どのような人員で構成されているのかは知らないが……騎士を名乗り、それを束ねる立場にいるのなら
 その意見は彼女に従う者達の総意だ。独断で変えられる様なものでは無いよ」

もっとも、後者は騎士に限った話では無いがね、と付け加えると一度言葉を区切る。
言っている事はもっともだ。証拠こそ無いが、大きく間違っている事も無いだろう。
けれど、もしそうだとしたら――彼は一体どうするつもりなのだろうか。

「彼女には目的があり、その達成のために何か後ろめたい行為を行っている。そしてその行為が原因で
 時空管理局を名乗る組織に目をつけられ、二人の少女に追われることになった。
 これだけ判れば我々のとるべき立場はほぼ決まったようなものだ」
「佐山……君?」

もしかして、と言い終わる前に悪役は告げる。

「我々は彼女、並びに彼女の仲間が行っている事に対し―― 一切の協力をしないということだ」

告げられた言葉の意味が分からなくなる。数秒の後に戻ってきた思考を使って改めて言葉の意味を考える。

「ちょっと待ってよ!佐山君がいきなりなのはいつもの事だけど今回の事まで即決したら良くないよ!」
「だが協力をすればもう一方の客人の後ろについている組織が動くだろう。それでもやるかね?」

でも、と言いかけた所で先が続かなくなる。心の中では認めようとする理性に感情が抗っている。
悲鳴を上げる感情に思わず涙が溢れてしまいそうになった所で、足を止めた佐山に抱きしめられた。

「落ち着きたまえ新庄君。君が泣く姿は嫌いでは無いが、悲しむ姿を見たくは無いよ?」
「でも――」

なおも言葉を続けようとするこちらの背を、佐山の手は諭すように優しく叩く。
身を預けてゆっくりと深呼吸をすると、ようやく気持ちが落ち着いてくる。

「言葉が足りなくて悪かったね。――おかげでいい物を見せてもらった」
「本音漏れてるってば。さっきの感激がまだ残ってる?」

体を離し、改めて深呼吸をすると佐山を促して再び歩き始める。
並んで歩き始めると、佐山は話を続ける。

「先ほど言った事に嘘は無い。佐山の姓が悪役を任ずる以上、彼らの行為に協力をするわけにはいかないからね。
 だがそれ以外の理由として時空管理局の存在は当てはまらないよ」
「……他に理由があるの?」
「無論だ。そもそも、我々にとって背後に組織がある程度では理由にすらならないとも。
 私が言った理由とはもっと別の物だよ。そしてそれはシグナム君達のためにもなるだろう」
「その理由って、何?」

こちらの問いかけに対し、佐山は答えの代わりに質問を返してきた。

「別に難しいことでは無い。新庄君も次にシグナム君と会うまで考えてみるといい」
「うわ、前後編の推理物みたいな事を……。これ以上聞いても教えてくれないだろうから考えるけどさ」

そうこうしている内に歓迎会の会場へとたどり着く。
思っていたような喧騒は聞こえず、人混みとざわめきがあるだけだ。
人垣の向こうからは4th-Gを説明する声が聞こえてくる。
入口の前で一旦足を止め、身だしなみを整える。

「さて、まずは残っている客人の相手からだ。準備はいいかね、新庄君」
「うん、Tes.それじゃ行こうか佐山君」

そういうと佐山は人垣の向こうへと声を飛ばす。
声に振り向いた人達は自分達を確認すると、左右へを分かれ道を作る。
道の先にいるなのはとフェイトを確認し、佐山と新庄は会場へを足を踏み入れた。



―――後書き―――

シグナムさんと佐山、新庄の事前交渉もどきなお話。ついでにルビのテストもしてみるw
現時点では三者三様に動いているので書き分けが難しいデス。

あ、そうそう感想読んで皆さん似た様な事思ってらっしゃるのでここで言っておきましょう。
「 変 態 分 が 少 な い の は 仕 様 だ っ ! ! 」
いやー、期待を裏切るようでごめんなさいw。
どちらかというと今はリリカル世界よりのイメージで書いてるんでなかなかシリアスから抜けられないんです。
同時にやろうとするとずるずる行っちゃいそうなんで変態分は後回しー、と思って書いてました。

まあそんなわけで今回も変態分が無かったわけですが、話が一段落したんで次は好き勝手やりますw。
いつぞや頂いたリクエストも合わせて一つ書こうかなー、と。リクエストは答えるのが随分遅れてしまいましたけど(=ω=;
あ、その前に設定資料上げようかなー、とか考えてたから実際には次の次か。

それでは、ここまで読んでくれた方に感謝を。

2/20 三点リーダーと横線の表記を変更。



[5820] 第六章 『彼らがいない理由』
Name: 月天召致◆93af05f1 ID:158e6bd5
Date: 2009/02/22 15:37
時は少しさかのぼり――なのは達と佐山が対峙していた頃、それは起こった。

・――心は一つになる。

『――司令部より各員に告ぐ、"獲物が網にかかった"。繰り返す、"獲物が網にかかった"』

夜も更け始めた時刻。定時が過ぎ、常勤と夜勤の人員が交代し終わった頃――奥多摩の日本UCATに声が響き渡った。
それは概念を用いた通信方式。共通項を持つ人間の意志を纏めることで、意志の疎通が可能となるものだ。
自動人形の共通記憶を模したともいえるその概念によって、一瞬の内にUCAT内にいる隊員全員が知る。
そう――戦いの時が来たのだ、と。

            ●

日本UCAT地下五階に位置する大格納庫。多数のコンテナが並ぶその一角に、静かに人が集まっていた。
人数としては百人前後。身に纏った衣装はばらばらで統一感が無い。
その中の一人、黒いフレームの眼鏡をかけた三十代後半とみられる男は右手を口元に当て、集まった人々を
右から左へ確認していく。左端まで確認し終えたところで男が口を開いた。

「……足りないな」
「仕方ありませんよ。冬場の、しかも夜勤ですから」

ため息と共に呟いた言葉は独り言のつもりだったのだろうが、隣の同僚には聞こえていたようだ。
やれやれとでも言いたげな口調に、男は眉をひそめて返事をした同僚を見る。

「夜勤はともかく、冬場だからってのは何だ。暖房設備は十分なはずだろう。なのになんでこんなに人数少ないんだ」
「いえ、クリスマスまでに彼女を作ると言って聞かない物で」
「また無駄な努力してんのか……。しかたない、諦めの悪い馬鹿どもは放っておいて現状の人員のみで対処する。いいな」

確かめるような言葉に、集まっていた人々が頷く。それを確認すると男は一言よし、と言って言葉を続ける。

「それでは今回の作戦内容を確認する。もう知っている人間もいると思うが、先ほど警備部が出動。
 追って佐山全部長と新庄全部長補佐が出動した」
「出動前に判明していたことだが、今回の出動はいつもの"抗議行動"絡みでは無い別の何かだったそうだ。
 そのため通信機器としてカメラやマイク等も持っていかれたわけだが……その映像を入手することに成功した」

言葉と共に後ろへと振り返り、そこにいた白衣の男たちに右手を挙げて合図をすると隅に置かれていた物を持ってくる。
ホワイトボードにも見えるそれは薄型のテレビ。家庭用のものに急造でキャスターを付けた物だ。
手早く配線を行い、スイッチを入れる。そこに映し出されたのは佐山と新庄に警備部の自動人形。そして見たことのない女性が三人が映し出される。

「「「こ、これは……!」」」

図らずとも声がハモる男たち。家庭用としては大きな画面には、小学校中学年程度と思われる少女が二人と
二十歳前後とみられる女性が下から煽るようなアングルで映し出されている。

「ロリ美少女二人にお姉さん系が一人か……」
「ロリっ娘の片方は金髪属性持ちか。その上ツーテールだと……許せるな」
「栗毛のリボンを付けた娘もいいなぁ。でも見てると何故か背筋が寒くなってくるのは何でだ?」
「巨乳のしっかり系お姉さん。俺の見立てによれば公私を分けるタイプだ、間違いねぇ。
 きっと二人きりになるとデレるんだぜ」
「くそっ、なんだこの補正!もう少し、もう少し下から煽れって!
 ここは絶対領域超えるとこだろ、常識的に考えて……!」

暗がりにざわめきが広がっていくのを、黒フレーム眼鏡の男は両手を広げ空中を抑えるように上下させる。
それに気付くとざわめきは数秒とたたずに消え去った。両手を下ろし、厳かな調子で口を開く。

「目標は三人。呼称はそれぞれホワイト、ブラック、ポニーとする。
 最初に言ったように今は人数が足りん。よってアルファからガンマまでの三チームに再編成する。異論は無いな?」
「アルファは機動力を用いた撹乱と陽動、二十人を当てろ。ベータは本隊、防衛線の構築を考慮し四十人を一チームとする。
 ガンマにはアルファと同じく二十人、ベータの援護を担当しろ。作戦ポイントは事前の打ち合わせ通り。残りは俺と共にバックアップだ――何か質問は?」
「警備部の状況はどうなってます?この人数です、詳細な情報が無ければ潰されますが……」

手を挙げ、質問をしたのはこの中では比較的若い部類に入る男だ。
その質問に集まっていた人間の半分近くが息をのんだ。思い出したくはなかったとでも言うように目を背ける人間もいる。

「偵察班から連絡が来ている。現在、警備部は目標の歓迎会準備で人手が減っている。
 こちらに専念できる人数は普段より遥かに少ないだろう」

おぉ、という声とよし、とガッツポーズをとる野郎共が多数。十分な戦意を確認し、黒フレーム眼鏡の男は微笑を浮かべる。
咳払いを一つして注意を集め、説明を続ける。

「今回の作戦は機動力が成否の鍵だ。いくら警備部が少ないとはいえ目標がここにたどり着く前に勝負を終えなければ我々に勝ち目はない。
 迅速に行動し、速やかに目標を迎え撃つ準備をすること。――いいな?」

無言で、だが確かな意志と共に全員が頷きを返す。黒フレーム眼鏡の男も応じて頷きを一つ。

「作戦名は"ゴールドラッシュ"、コールサインは各部隊ごとに名前順で番号を振れ。
 司令部のコールは"ナイトヘッド"だ、間違えるなよ?――わかったら行動開始だ、行け」
 
黒フレーム眼鏡の男――ナイトヘッドの一言に、集まっていた全員はまず同じ動作を持って答えた。
統一感の無かった服を一瞬で脱ぎ捨てたかと思えば、瞬き一つの間もなく揃いの服に着替えられている。
現れるのは白を基調にした中に黒の交じるUCATの戦闘服に銃やナイフと言った武器。そして――

「Tes.!俺達の青春のために!!」

どこからか現れたカメラを手に、彼らは行動を開始した。

            ●

同時刻、UCAT警備部――
客人を迎える準備を行っていた自動人形達の間に、共通記憶による声が響き渡る。

『監視班より連絡!目標に動き有り、担当員は所定の配置についてください!』
『やはり来ましたか……。中央モニターに監視カメラの映像を回しなさい!
 同時に現状のデータより敵戦力の予測を、待機要員は装備が整い次第前線のバックアップに向かってください!』
『――予測出ました!敵前衛は二十名、後続に四十名を確認。司令部、別働隊を含めれば百名に届くと思われます!』

慌ただしさを増す部屋の中で一人だけ動かない姿がある。
セミロングのプラチナブロンドという姿のその侍女は、顔を俯け肩を震わせている。
不審な様子に気づいた侍女の一人が声をかけようとした所で、その侍女は勢いよく顔を上げた。
腕を軽く組みながら上げた顔に笑顔を浮かべ、正面のモニターを見据える。

「ふふふ……あはははははは!!!」

いきなりの笑い声に室内に居た者達の動きが止まり、一斉に声の主を見る。
視線の中心で彼女――63rdは腕を広げ、声を張り上げる。

「皆様!私が今回の歓迎会指揮を行う63rd山百合です!これより警備部は私の指揮下に入ります、返事をなさい!」
「63rd!?あなたにそこまでの権限は――」
Shut up(シャラップ)!!あの敵は歓迎会の障害となります。歓迎会指揮者としてその障害を捨て置く事はできないと判断します!!」

放たれた言葉に一瞬の間を持って自動人形の判断が働く。
共通記憶により並列化された思考は止まっている事こそを危険と判断した。

「了解しました、63rd。全体指揮をお願いします」
「押忍、任せなさい!私が指揮官だったのが運の突き……完膚なきまでに叩きのめしてみせましょう!!」

そこまで言った所で63rdは一呼吸分の溜めを作る。
力強く握られた五指を前に掲げ、63rdは宣言した。

「さあ、待ちに待った晴れ舞台!全力を持ってお相手しましょう。そして私にやられ、見せ場となって散りなさいっ!!」

63rd山百合。修正パッチを当てる事が趣味という個性を持つ自動人形。
そして現在、彼女の仕様は"アッパー系"である。

            ●

UCAT地下四階。その廊下を駆け抜ける影がある。
足にローラースケートを履いたアルファ隊の面々が床のみならず、壁や天井をも足場として使い、自身を風として疾駆する。
手にしているのは小型のタンクとホース備え付けた銃器。背中に背負った二つのタンクに接続されたそれを腰に構え、
アルファ隊は曲がり角ごとに分散し、五人一組として地下四階へ広がっていく。全員が所定の位置についた所でナイトヘッドから通信が入る。

『よし、まずは先手を取ったな。警備部の先発隊が到着次第行動を開始する。忘れるな、君達はあくまで陽動だ。
 任務の完遂よりも捕まらない事を第一に考えろ。一人でも残っていれば相手はそちらに向かわざるを得ない、いいな?』
『Tes.――っと、来たな』

階段前で待機していた隊員が相手の動きを伝えてくると、隊全体に緊張が走る。
侍女達がフロアに降りて来たのと同時、アルファ隊は行動を開始。互いの声がフロアへと響く。

「見つけました!これより確保に移ります……!」
「行動開始だ!GO!GO!GO!GO!GO!!」

降りてきた侍女は十人。三人ずつのチームに分かれ、一人は相手を逃がさないために非常用の防火扉を閉めた上で階段前に残る。
三方向に分かれた侍女たちはローラースケートで駆けていく背中を追い始める。

『相手を確認。ローラースケートを装備した高機動隊です。陽動、もしくは撹乱部隊で間違いないと判断できます』
『目的はこちらの戦力の分散ですか。ふふふ、見え見えの手ですね……何か企んでいるのは確実ですけど』

重力制御で体を飛ばし、共通記憶を用いて相手を追い詰めようとする侍女に対してアルファ隊は手にした武器を構える事で答えた。
ただし銃口の先は追ってくる侍女では無く、壁や床、天井へを向いている。

「!?」
「フゥハハハーハァー!汚物は消毒だ~~!!」

追ってくる侍女の放つ銃弾を意に介さずに引き金を引く。
接続されたタンクから空気と液体の供給を受け、銃はその役目を果たし―――

「・・・・・・水?」

銃口より噴き出たのは炎では無く常温の液体だ。少し泡立っている以外の特徴は無い
無色透明の液体だが、次の瞬間にただの水では無い事を証明した。

「きゃわぁっ!!」
「うひょー!メイドさんのパンチラゲットォーーーッ!!」

まき散らされた水を踏みつけた侍女がすっ転ぶと同時に振り返ってシャッターを切る変態共。
尻もちをついた侍女を別の一人が重力制御で拾い上げた所で、嗅覚センサーが液体の匂いを判別し答えを出す。

「これは――洗剤ですか!」
「御名答っ!自分の職場汚すと後で面倒だからな。綺麗になって足止めも出来る、一石二鳥の一品だ!
 さあ早く清掃をしないと洗剤が乾いて廊下が斑模様になるぞ!しかも粉洗剤で溶け残りも追加だ……!」
「くっ……微妙にせこいですが、良い足止めだと判断します」

そう言う間にも洗剤を四方八方に洗剤を撒いていくアルファ隊。
思わず清掃活動を行いそうになった所で、共通記憶で指示が飛んできた。

『先発隊、聞こえますね?今五名ほど増援を向かわせました。各員はそれぞれ指示するポイントまで移動なさい。
 相手を追う必要は無し、わかりましたか?』
『押忍、疑問はありますが了解です。これより所定ルートにそって移動を開始します』

侍女達は指示通りに体を飛ばす。洗剤に濡れた場所を避け、全速で移動を行う為に。

            ●

「……追って来ない?」

アルファ隊指揮官、アルファ1は急に方向転換をした侍女達を不審そうに見送ってから考える。
追って来ないのは都合がいいが、職務を放棄したとは考えられない。
先回りをするにしても互いに連絡しあっている現状では決定打とはなりにくい。
そんな事を考えているうちに、視界の隅を見慣れぬものが通り過ぎた。

「ん、なんだ今のは?」
「どうしたアルファ1。何かあったか?」
「いや、今おかしな物があった気が……」
「俺はわからなかったぞ。――む?」

通り過ぎたものが何かを考えていると、他の隊員から通信が入る。
心を一つにする機能を持った通信機は焦ったような想いと声を同時に伝えてきた。

『こちらアルファ6!制御が効かない、このままじゃ相手の真正面に――ごふぇあっ!!』
『なっ!こっちもだ!!畜生、どうなってやが――どわぁっ!?』
『どうしたアルファ6!?くそ、何が起こってやがる……』

疑問を思い浮かべる間にもアルファ隊は数を減らしていく。
撤退をすべきか、と考えた所でそれは来た。

「なっ、アルファ3!そっちじゃな――ぐえぁっ!?」
「俺達も制御が効かない……こりゃ何の概念武装だ!?」

全速力は維持したまま、しかし曲がり角に来るたび意図せぬ方向に舵を切る身体。
廊下の先に侍女達が待ち構えているとわかってもそれは変わらない。
だがアルファ1は見た。先ほど視界の端を流れて言った物の正体を。
賢石迷彩を施され、認識し辛くなっているため分からなかったそれを今度こそ確認した。

「道路標識だと!?」

描かれているのはそこら辺の道路でお馴染みの標識だ。それがいつの間にか壁に掛けられ、
こちらの進路を誘導していた。

SHIT(畜生)!機動力確保のローラースケートが仇になったか!!俺達全員車両扱いになってやがる!
 だがローラースケートを脱げば効果も切れるはずだ……って止まらねぇ!?」
「ちょっ、方向転換も出来ないぞ!?――あ、あれを!何か持ってます!!」

隊員の一人が指さした先、アルファ隊の面々が縛られ転がされている前で侍女が標識を掲げている。
赤地に白の横棒が引かれたその標識の意味は――

「車両進入禁止……!」

どうなる、と考えた直後に床に転がっている隊員が目に入る。
彼らは全て縛られており、そして誰一人としてローラースケートを履いていなかった。
アルファ1はそれを見て自分の末路を理解する。覚悟を決めて身構え、受け身を取れるようにした状態で突っ込んで行く。
そして標識を持った侍女の隣を通過した直後――急停止したローラースケートを残し、アルファ1は吹っ飛んだ。

            ●

日本UCATの正面ロビー。赤子を抱いた聖母が描かれた絵の前では二種類の人影が集まっている。
片方はUCAT製の白と黒の戦闘服を、もう一方は侍女服を身につけた集団だ。
二つの集団は絵画を中心にしてそれぞれ受付側と入口側に分かれている。
そして地下から上がってきた彼らがその位置にいると言う事は、侍女達が押されているという事に他ならない。

『こちらナイトヘッド、各員すでに分かっていると思うがアルファ隊がやられた。
 だが彼らは仕事を果たした。地下四階に向かった侍女のほとんどはそのまま清掃活動を行う事を余儀なくされている』
『既に交渉は終了し、目標はこちらへ向かってきている。歓迎会の準備や戦闘の後処理の事も鑑みれば残りは三十分も無い。
 ――ここが正念場だ、持ちこたえろ』
「おぉ……!!」

ベータ隊、ガンマ隊の隊員は心に響く声に雄叫びを持って答える。
ベータ隊は体の半分を覆えるほど大きな長方形の盾と短機関銃を用いた密集陣形、
見た目は現代版ファランクスとも言える陣形を組んで奥へ続く通路を塞ぐ。
ガンマ隊は裏から回り込まれないように、エレベーターと通路の反対方向を確保している。
時間稼ぎのための防御陣形はこの場において確実に効果を発揮し、隊の被害を最小限に抑えている。
その一方で、彼らと相対する侍女達は徐々に消耗し始めていた。
倍近い人数差の中、複数の銃器を用いた正確な射撃と重力制御による機動力で互角以上の戦いを繰り広げてはいるが
相手を切り崩すことが出来ない以上消耗は免れない。状況報告が飛び交う共通記憶に侍女による悔しげな呟きが響く。

『"一時停止"を刻んだ銃弾が厄介です。身体に一発でも当たれば強制的に一時停止命令が割り込まれます。
 模擬弾とはいえ、この弾幕で止まることなど考えたくは無いのですが』
『ッ!……決定打に欠けていると判断します。相手の防御を突破できる装備が無ければ準備が間に合いません』

そう話す間にも一人の動きが止まり、吹き飛ばされる。
背後に飛ばされた後に一拍を置いてから宙返り、体勢を立て直してから再度前に出る。
前に出た所で状況が変わるはずもないが、後ろに下がる事に意味は無い。
床と壁を足場に、時に重力制御で体を引き寄せて弾幕を避け続けながら問いかける。

「何故私共の邪魔をなさいますか。客人の持て成しをする事に異議があるわけでは無いでしょう!?」
「邪魔するつもりなんか無いっ!俺達はただ、これから来る美少女を写真に収めるために待ち構えているだけだ……!!」
「――それが邪魔だと申し上げているのですっ!!」

銃撃も口論もヒートアップする中で共通記憶で侍女達に連絡が入る。
この状況には似合わない明るい声を響かせるのは、指揮役の63rdだ。

『は~い、皆さん聞こえてますねー?こちらの準備が整いましたのでロビーにいる方はそのまま敵主力の足止めをしていてください。
 裏から回り込んで殲滅しますので、合図をしたら数秒でかまわないので相手の目を引きつけて下さいな』
『63rd、裏側には敵の分隊が存在します。回り込んだ所で突破は難しいと思われますが』
『ふふ、大丈夫ですよ。"準備が整った"と言ったでしょう?もはや一人で十分なほどです。
 そして私は見せ場を前にしておいて、他に譲るような真似はしないのです。
 ――あぁ、燦然(さんぜん)と輝くであろう自分が怖いっ!うふふ、あははははは!!』

熱気に当てられたかのような口調で一頻(ひとしき)り喋った後で唐突に途切れる。
聞いていた侍女達は63rdが大丈夫かどうかの判断に迷うが、答えが出る前に状況は動いた。
奥へ続く通路から光が溢れ、爆発の威力を持って破裂する。
その場にいる全員の意識が向けられる中、光の中からは銃や盾と共にガンマ隊の面々が吹き飛ばされてくる。

「なっ――!!」
「あらあら、少々やりすぎましたか。もう少し甘くしてもよかったかもしれませんね」

光と爆風の後に来るのは女性の声と固い靴音、それに続いてセミロングの髪形をしたメイドが姿を現す。
黒い侍女服に白のエプロンを纏ったその姿は他の侍女と同じだが、他の侍女には無い物を持っている。
その一つは周りを囲むようにして浮く八枚の盾であり、もう一つは左手に携えた大剣だ。
大剣を見たベータ隊の一人は驚愕を持ってその名を告げた。

「エ……エクスキューショナーだと!?」
「うふふ、正解です。強襲制圧用装備の一つ、F型として登録されている機殻剣(カウリングソード)エクスキューショナー。
 試験運用以外で使用するのは初めてですね」
「馬鹿な、強襲制圧用装備は許可無しには使えないはず。しかも自動人形の君にそいつが使えるはずが――」
「先ほど八号様から連絡がありまして。片付け係を兼任すれば使用してもいいと許可がでました」

そう言いながら二メートルを下らない大剣を、柄が上に来るように構える。
大きさと比べれば細身の刀身を右前腕に乗せ、剣の腹が自分と相手に向くようにする。
刃先が地面に付くか付かないかといった所で刀身が真ん中から二つに割れ広がり、空いた場所に光が宿る。
先ほど見えたような強い光では無く、液晶モニターのように光るそこに刃先の方から文字が流れてくる。

「執行人の名を冠するこの剣は刀身に罪状を映し、叩きつけることで処断する能力を持ちます。
 使用者と相手によって刑の重さは変わりますから安定性は低いですが、特性上防護系概念の影響を受けにくいのでこういう時は便利ですね」
「そんな事は聞いてねぇー!自動人形は第三者の許可無しで判決下せるほど判断基準緩くないだろ。それなのに何で使えてるんだ!?」
「ああ、それは簡単です。今年の夏に出たパッチの中に、キーワードを言う事でその辺が緩くなるのがあったんですよ」

刀身に罪状が流れていくごとに駆動音が大きくなる。それと同時に刃部分の機殻の各部が順次放熱を行うかのように展開する。
開いた機殻から漏れ出るのは熱では無く光、それも駆動音と同期して光量が強く多くなっていく。

「夏に出たパッチ――まさかあれが残っていたとは……」
「知っているのか雷電!?」
「ああ、間違いない。今年の夏に出たパッチでそんな事が出来るのはただ一つ、"夏のツンデレフェア"で配布された性格矯正パッチだけだ……!!」
「なん……だと……?じゃあもしかして、キーワードっていうのは――!」

ベータ隊の視線が向けられる中、63rdは頬を赤らめた後に顔を逸らして告げた。

「"べ、別にあんたの為じゃないんだからねっ!!"」
「やっぱこれか!皆の衆、ツンデレメイドがでたぞーーー!撮れ、撮れーーーーーーー!!!!」
「カメラ、カメラだ!写真だけじゃなくて動画の方も回せ!!」
「あぁっ!俺たちが前で頑張ってるのにてめえら後ろで何やってやがる!俺にも撮らせろーーー!!」

騒然となる変態共の声とシャッター音が木霊する中で63rdは改めて構える。
エクスキューショナーの刀身の文字盤に流れていた文字はすでに止まり、
今はただ"Guilty or Not Guilty(有罪か無罪か)?"と表示されている。
そして次に来た63rdの声に応えるように、大剣は己が姿を変えた。

「――Judgement.(判決を下します)!!」
『Judgement.』

言葉を反復するように文字を表示した後で来るのは刃部分に劣らぬほどの光の奔流だ。
今や刀身全てから溢れるように噴き出す光によって、大剣は突撃槍(ランス)へと変わる。
腰だめに構えてから、矛先をシャッターを切り続けるベータ隊に突きつけて突撃の準備を整える。

「さあ審判の時間です。この場を借りて判決を下しますは私、ドン・キホーテを演じる63rd山百合でございます。
 ご安心ください皆々様、映された罪状に当てはまらなければ単に眩しいだけですので。ええ――痛くしませんからね?」
「絶対大丈夫じゃないだろその台詞!?くそ、総員射撃開始!こっちに辿り着く前に止めるぞ!!」

引き金が引かれるのと突撃が始まるのはほぼ同時、だが放たれた銃弾は宙に舞う盾によって防がれる。
隊列を成しておらず、甲冑の代わりにメイド服を纏っているが、その姿は正しくファランクスの再現だ。
光の軌跡を残して相手のど真ん中へと飛び込むと、一瞬遅れて閃光が奔り――ベータ隊を根こそぎ吹き飛ばした。
地面へと叩きつけられた後でその中の一人が震えながら口を開いた。

「くっ……この場は負けを認めよう。だがすぐに次の刺客が――」

長く続きそうだったのをエクスキューショナーを落とす事で黙らせると、63rdは一息をついた。

「ふぅ……これでようやく準備が始められます。見せ場も出来ましたし、やはり掃除はいいものですね」
「お疲れ様です63rd。このまま歓迎会準備の指揮もお願いします」
「押忍、ではここにいる皆様は転がっている残骸の処理とフロアの清掃を。地下に居る者には清掃が終わり次第こちらに合流するように告げましょう。
 残りは出迎えに必要な物を持って来てください。残り時間はあと少ししかありません、余裕を持って出迎えるためにも手早く済ませるように。いいですね?」

押忍、という返事と共に、何故か満足そうな表情で転がっている隊員を縛りあげて搬出していく。
それ以外の者は散乱した装備類を集めたり、モップや箒で掃除をした後でワックスがけを行ったりしている。

「では私は後片付けを済ませてしまいます。全ての準備が完了したら連絡を」

63rdはそう言い残してからエクスキューショナーを逆手に持ちなおすと、そのままロビーを後にした。

            ●

UCAT本部の地上部分、IAI輸送管理棟の屋上には今一つの人影があった。
月明かりに照らされるその姿は胸元に長大な望遠レンズ付きのカメラをぶら下げた白衣姿の老人だ。

「ふーむ、地下に集まった写激部隊は司令部を残して壊滅か。残った司令部だけじゃ何も出来んだろうし、随分な大敗じゃなあ。
 ま、わし元々単独行動だったからあんまり関係無いけども」

屋上の縁、フェンス越しに夜空を見上げながら老人は呟く。
体の各所に着けている賢石が月明かりと共に薄らと青い光を放つ。

「まさか裏取引(エロゲ)用の隠蔽概念が役に立つとはなあ。向こうが囮になったおかげで警戒も緩んでおるだろうし、
 後で焼き増ししてから横流しでもするかの」

視線を元の高さまで戻し、階下へ向かう為に振り返った所で額に何かがぶつかる。
硬く、尖った感触を額に受けながら老人は口を開いた。

「む、考えこんどる間に壁にぶつかってしまったか。誰か来る前にさっさと撮影場所に移動せんとな」
「うふふ、目の前で現実逃避とはいい度胸ですね。目を覚ます為にも頭部を殴打したいと思いますが如何でしょう?」

横を抜けようとする大城の行く手を盾で塞ぎ、エクスキューショナーの切っ先を突き付けたままで63rdは問いかける。
対する老人は無言のまま離れようとするも、側頭部に突きを入れられたため悲鳴を上げながら転がった。

「な、なな、何で見えてるのわし!?監視カメラの映像盗みに警備部に忍び込んでも気づかれなかった奴だぞ!?」
「――それは後ほど改めて聞きましょう。とりあえず何故見えているかという事ですが、正確に言えば見えていたわけではありません。
 一応確認しますが、大城一夫様で間違いありませんね?」

63rdは改めて額に切っ先を突き付け、さらには盾で周りを囲む事で逃げ場を無くしてから老人に質問をする。
始めは慌てていた大城だが、名前を呼ばれると疑問符をつけて問いに応じる

「む……まあばれとるようだから言ってしまうが、確かに元UCAT全部長、大城一夫だとも。
 どうやって見つけたのかはぜひ聞かせてもらいたい所だなあ」
「押忍。では大城様、一つ聞かせてもらいますが、その自弦時計はどこで手に入れたものですか?」
「これか?御言君に役職譲った時に自弦時計も回収されてしまったんでなあ。後で課員に予備の奴を持ってきてもらった」
「それには発信器の他、各種オプションが内蔵されております。納得しましたか?」
「ははは、なるほどなあ。――何でいきなりそんな物ついとるんだ!?」
「佐山様のご指示です。いつでも、どこでも、どんな状況でも、という要望を叶えた傑作です」

そこまで言うとエクスキューショナーが展開して光を噴き出す。
先ほどと違い、罪状は流れずにただ一言の文字が表示されている。

「なあ63rd君?わし、歳のせいか視力がさらに落ちたみたいでなあ。どうも"死刑"って書いてあるように見えるんだが」
「ご安心ください、大城様の視力は正常です。それにすぐに見えなくなりますから、これからの心配も無用かと」
「ならもう一つ聞きたいんだが、何でわしの時だけ恥じらい無しの直球で来るでな?ほらほら、さっきみたいにツンデレ採決してくれんか」
「いえ、今のはこの剣が勝手に採決を。どうも基礎プログラムの時点で許可が下りているようですね」
「どれだけ前から判決下っとるんだわし!?」

盾をよじ登って逃げようとする大城を、乗っていた盾を重力制御で回転させる事で跳ね上げる。
空高く投げ出された大城は頂点で宙を泳ぐように掻いた後で落下する。
落ちる先には当然の如く、突撃槍と化したエクスキューショナーが待ち構えている。

「ぬわーーーー!!ちょっと待ってくれんか!被告には弁護人を呼ぶ権利がーー!!」
「残念ながら第一審から最高裁まで同様の判決です。時間も差し迫っていますので、おとなしく断罪されてください」

叫び声をあげる大城の鳩尾辺り、カメラを避けるようにして切っ先を突きこむとフラッシュのように光が奔る。
直後に空間が歪み、軋んだような音を立てて大城一夫を夜空へと吹き飛ばした。
たーまやー、という声がドップラー効果付きで聞こえてくる中、
掲げていたエクスキューショナーを背中のホルダーに収め、宙に浮かべていた盾を小脇に抱える。

「無事に後片付けも完了、時間も丁度良いですね。ふふ、自分の仕事の完璧さ加減に酔ってしまいそう……!」

63rdが上機嫌で出ていくと、屋上には月と星の光が降る中に夜風が過ぎるだけとなる。
澄んだ夜空、満天の星空は"無茶しやがって……"と言っているようにも見えた。



―――後書き―――

超絶好き勝手やった回。
リクエストに応えるのと戦闘描写と変態分補充と大城全部長の登場を纏めた結果でもありますw。
リクエストとはちょっと違ってますが、半分くらいは満たしたと思うんで勘弁して下さい(=ω=;

んでもって、元からそう言う風な設定だったとはいえ63rdさんが動かしやすくて助かる。
二十三号と合わせて凸凹コンビみたいな位置付けで書いてますが、ピンでも十分はっちゃけてるぜ。
まあ狙ってやってるからいいんだけどw。
ちなみに口調が違うのはリカバリーされる前だからであって間違いじゃないですよ?

そして皆大好き大城(元)全部長登場、そして退場(マテ
とりあえず出番はこれだけです。後付けだからこんなもんだ!
次の出番は未定。またネタが思いついたときにでも出てくると思います。

さて今回で気持ち的には第一部完!と言った感じですね。
全体の流れは既に出来てるのですが、次から本格的な交渉話に入るので本編更新は遅くなるかも。
これぞ佐山だ、って言ってもらえるような物が書けるように頑張りますので気長にお付き合いくだされば幸いです。
それと記念がわりにタイトルの“※習作”外してみました。
習作以下にならない様に、という願掛けでもありますけどねw

それでは、ここまで読んでくれた方に感謝を。



[5820] 第七章 『それぞれの思惑』
Name: 月天召致◆93af05f1 E-MAIL ID:158e6bd5
Date: 2009/04/02 07:40
辺りが寝静まり、すでに日付けも変わった時刻。月明かりが射しこむ部屋の中に四つの影がある。
部屋の中心を囲むようにして向かい合っているのはヴォルケンリッターの騎士達だ。
シグナムとシャマルは向かい合ってベッドに座り、ザフィーラはフットボードの傍に伏せている。
特に会話も無く、シャマルがカートリッジに魔力を溜める音だけが響く中に寝間着姿のヴィータが入ってくる。

「わりぃ、待たせた」
「気にするな。――主は?」
「ぐっすり寝てるよ。ちゃんと布団も掛けて寒くないようにしてきた」

そう言いながらシグナムの隣に腰掛けるヴィータ。
入れ替わるようにシグナムは立ち上がり、ベッドの間にあるタンスへ少しだけ体重を預ける。
そして軽く深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、三人を見まわしてから告げた。

「まずは全員無事に戻れた事を嬉しく思う。正直な所、無事に戻れるとは思っていなかった」
「そりゃこっちの台詞だっての。あたしらは雑魚を追い払って戻るだけだったけど、
 シグナムはあいつらに二人掛かりで追われて、ランダム転送するなんて言ってたじゃねーか」
「本当に心配したんだから。あの後念話が繋がらなくなった時もそうだけど、
 私がこっちに戻ってきてから呼びかけても、まだ返事が無かったし……。
 その時はもう、はやてちゃんにどう説明したらいいのかわからなくって……」
「まあそれは杞憂で済んだのだから良いだろう。それにしても、どうやってあの二人を振り切った?
 ランダム転送が成功したのだとしても、無傷で逃すほど甘い相手でもあるまい」
「ああ、私は転移で逃げ延びたのではない。転移の時間を稼ぐのに失敗し、攻撃を受けそうになった所で
 現地の管理組織に助けられたんだ」

シグナムは念話を終えた所から順を追って説明を始める。戦闘に介入してきた事からその後の交渉、
そして彼らの本拠で聞いた事へと話が移っていくにつれて、聞いている三人の顔には徐々に驚きと疑念が浮かび上がってくる。
一通り話し終えた所で、意見を求めるために三人を見まわした。

「以上が私が行った世界、――Low-Gで見聞きした事だ。説明した事の中で、何か聞き覚えのある物はないか?」
「あたしは特に無いな。ザフィーラは?」
「覚えはない。こういう事で覚えがあるとしたら、シャマルの方だろう」
「私も特には……。技術的な物にしても聞いたことが無いものばかりだし……。
 正直な話、実物を見ない事には何もわからないわ」

三者三様の答えが返ってくるが、結局の所は何もわからないのと同意義だ。
シグナムは腕を組んで返事を聞いていたが、やがて意を決したように顔を上げた。

「―― 一つ、提案がある。我々……いや、主はやてにも関わりのある事だ」

放たれた一言に、全員の視線が集まる。緊張した雰囲気を感じたのか、表情も真剣な物だ。
深呼吸と共に一度目を閉じ、自分の考えを見直してから口に出した。

「提案というのは他でも無い、このUCATに協力を要請しようというものだ」
「――――――」

告げられた言葉に対し、呆然とした表情と共に空白の時間が流れる。
三人の中でいち早く自分を取り戻し、声を上げたのはヴィータだった。

「ちょ、ちょっと待てよ!いきなり現れた、素性の知れない奴らに協力を頼むなんて何考えてんだ!?
 ああ、いや待てそうじゃなくてだな。今まであたしらだけで十分やって来れたのに、何で今更――!!」
「ヴィータちゃん落ち着いて。はやてちゃんが起きちゃうから、もう少し静かに!」

食ってかかるヴィータだが、シャマルに諭されて慌てて口を閉ざす。
代わりにザフィーラが体を起こし"お座り"の姿勢に座りなおしてから、問いを投げかける。

「私も少なからずヴィータと同意見だ。管理局の追及が激しくなっているとはいえ、
 部外者に協力を求めるのはリスクが高すぎる。それに見合う物が無ければ同意は出来んぞ」
「わかっている、相応の理由は持っているつもりだ。
 理由を話さずに結論から言った私にも非はある。改めて、聞いてくれるか」

ヴィータが落ち着いたのを見計らって、シグナムは言葉を続ける。

「理由の一つはザフィーラが言うように、管理局へ対抗するためだ。
 ただし今回の場合は、こちらに協力を求めると言うよりも管理局に協力をさせない事が目的だが」
「それはやっぱり、彼らの持つ技術のせい?」
「ああ。あまり認めたくはないが、現状は管理局が優位に立っている。
 ここで奴らに人員や技術の供与があった場合、事実上の詰み(チェックメイト)だ」
「んな事あるか。例えどんな敵が相手だろうとヴォルケンリッターに負けはねぇ。
 あたしらに喧嘩売ってくるなら誰であっても受けて立てばいいんだ!」
「それが強装結界に捕らわれ、孤立させられた状況でもか?」

威勢よく反論するヴィータに冷や水を掛けるように言葉を返す。
眉をひそめてこちらを見る視線に応え、説明を続ける。

「今回の一件で強装結界による各個撃破の有用性は向こうも理解したはずだ。故に、これからも同様の作戦が行われる可能性は高い。
 以前も今回も、第三者による乱入によって助かった部分が大きい以上、次に同じ事をされたら無事で済むとは思えん」
「管理局がUCATの技術を手にした場合、危険性はさらに高くなる。
 念話も遮断される以上、対処法が無いまま捕まれば闇の書を使うしかない。蒐集する以上のページを消費しても、な」
「なるほどな、管理局に協力をさせないというのは私も賛成だ。だがそれだけなら協力する以外にも方法はあるし、主とも関係が無い。
 薄々解ってはきたが――もう一つの理由は何だ?」

正面から見据えてくるザフィーラを見つめ返し、この提案をするに至った理由を口にする。

「おそらく考えているもので合っている。二つ目の理由は――彼らの持っている技術を用いた、主はやての治療だ」
「それは……」

言い淀む声が部屋に響く。その中でシグナムは、視線を落としフローリングの床を見つめながら考える。
自分を含めた全員の考えはおそらく同じ。そんな事が出来るのかという疑問と、そこまで協力させることが出来るのかという不安だ。
それらを超えたとしても、その後には主にどう説明をするか、という問題が残っている。
そして説明をすると言う事は、自分達のやっていることを知られるかもしれないという恐怖に繋がる。
重苦しい空気の中、全員の心の内を代弁するかのようにシャマルが問いかける。

「出来ると思う?そんな、都合のいい事が、本当に出来ると思ってる……?」
「……わからない。治療が出来るかどうかも、主にどう話せばいいのかも。
 だが、どの道交渉に出なくてはならないと言うならば、望む全てを願うべきだと思っている。
 我らが戦う事は、主の悲しみへと繋がる。しかし、我らの勝利は主の幸いに繋がるはずだ。
 勝利を以って幸いを得ると言うならば、この交渉は戦いだ。私達のすべき、戦いだ」

暗い部屋に静かな声が響く。想いと決意が込められた声は、音量に関係無く響き渡る。
長いような、短い様な時間が経った後で上げた顔に、もはや迷いは無かった。
それを見たヴィータは呆れたように一度肩を落としてから、大きく溜め息をついてから同じように顔を上げる。

「昨日の事もそうだけどよ、シグナムって結構無茶なこと言うよな。――悪い気は、しねぇけどよ」
「はやてちゃんのためなんて言われたら、負けるわけにはいかなくなっちゃうじゃない」
「何とか、してみせよう。何が出来るかはわからんが、倒れそうな身体を支える位は出来るとも」

言葉と共に浮かべた笑顔は、夜闇の中でなお影を感じさせる事は無い。
シャマルとヴィータがベッドから立ち上がり、ザフィーラは獣人形態へと姿を変えてシグナムの前へと集まる。
そしてそれが決まり事であるかのように、一人ずつ口を開いて言葉を告げる。

「我らは夜天の下に集いし雲の騎士」
「望む全ては主のために。騎士の誇りは主の下に」
「地にある全てが敵であろうと、夜天の主に触れる事あたわず」
「尽きる事無く、果てる事無く、雲は疾風と共に天を駆ける」

一拍を置いてから右手を突き出し、中心で拳を軽く打ち合わせる。
出した拳には、自分の思いを伝えると同時に、相手の決意を反動として返す。
余韻が消えるよりも早く、月明かりが射しこむ室内には騎士達の声が響いた。

「この淡い夢が消える前に、我らは幸いと共に勝利を捧ごう」

誓いの声は、夜天に浮かぶ月と星が聞いている。
夜明けと共にそれらは消える、騎士の誓いを隠したままで――夜は明ける。

            ●

海鳴市にあるマンション、現在は時空管理局の駐屯地となっている建物の一室では一人の女性がコンソールを操作している。
至る所に和風調度品が置かれた和室の中央では、こたつに入ったリンディがモニターに映される情報を眺めていた。
だが、作業を開始してから随分経つというのにその表情が晴れる様子は無い。
ため息を一つ吐いてから大きく伸びをして眠気と疲れを払っていると、モニターの一角にエイミィの顔が映った。

『リンディ提督、こっちでのデータ解析終わりました』
「ん、ありがとうエイミィ。それで、結果は……?」

幾ばくかの期待を込めた言葉に、エイミィは申し訳なさそうに首を横に振った。

『すみません、出来る限りで調べたんですけど、何にも出て来てないです。
 根本的に魔法技術と違うらしくて、どこから手を付けたらいいのか分からないのもあるんですけど……』
「あまり気を落とさないでエイミィ。まだ未知の世界なんですもの、わからなくてもしょうがないわ」
『はい……。提督の方はどうでしたか?』
「残念ながらこっちも目立った情報は見当たらないわ。なのはさん達の話が本当なら、一つ位あってもいい筈なのだけど」

話しながらこたつの上のミカンを一つ取って剥き始める。
手を動かしながら考えるのは、帰ってきたなのはとフェイトから聞いた話だ。
なのはを家まで送った後、通信機を介して二人から聞いた話は、予想もしていない物だった。
同じことを考えていたのか、モニターの中のエイミィが話しかけてくる。

『二人が嘘つく理由は無いですけど、話した人が誤魔化してる可能性はありますねー。
 まあそうだとしても、未知の技術を持ってる事に変わりは無いんですけど』
「かつてあったという十一の世界が戦争で滅びたとして、管理局にその記録が一切無いっていうのも気になる所ね。
 世界が滅びるくらいの戦争があったのなら、残っていないとおかしいのに」
『例の無限書庫にあるんじゃないですか?ほら、クロノ君が閲覧許可申請してた』
「どうかしら。確かにあそこは全てのデータがあるけど、重要な物は手元に残すでしょう。
 世界が滅びるなんて大事件、そうそうある事じゃないんだから」
『管理外世界だったから放っておいた、とか?』
「そんな理由で観測すらしなかったら、次に滅びるのは私達の世界よ?」

ですよねー、と笑うエイミィに笑顔を返す。
事態は何も進展していないが、ちょうど良い気分転換にはなった。
先ほどまでの疲れを癒すように、ミカンを一つ口に放り込んで甘酸っぱさを噛みしめる。

「何にせよ、わかっている事は彼らが独自の技術を持っている事、そしてそれを闇の書の騎士達が狙う可能性がある事ね。
 蒐集の件もあるし、騎士達が強硬手段に出る前に協力体制に持って行きたいわねぇ」
『闇の書がどんな物かは話してきたみたいですし、ちゃんと説明すれば大丈夫でしょう。
 協力体制になれば彼らの……えっと、概念でしたっけ?その技術も手に入って戦力大幅アップ!
 そうなれば事件はあっという間に解決!強硬手段に出る暇なんかありませんってば』

テンション高めに話すエイミィを見ながら苦笑を浮かべる。
随分と楽観的な見方だが、この明るさは彼女の長所だ。それに悲観しても状況は変わらない。
幾つかの業務報告を雑談交じりにこなすと、日付けが変わってから数時間がたっていた。

『うわ、もうこんな時間。夜更かしはお肌に良くないのに……』
「しょうがない、と言えばそれまでだけど、なのはさん達が前で頑張っているんだから
 後ろで支えるのは私達の役目よ。直接戦わない分、他の事で頑張らないと」
『うぅ、それはわかってますけど……』
「明日の交渉が終わったらミカン持って行ってあげるから我慢してちょうだい。
 あなたが留守番するんだから、しっかりしてもらわないと」
『はい?留守番って、本局にでも行くんですか?』
「何言ってるの。交渉に行くんだから家を空けるのは当然でしょう」
『………………』

しばらく静寂が流れた後で、エイミィは恐る恐るといった様子で尋ねる。

『あの、リンディ提督が行くんですか……?』
「ええ、そのつもりだけど?」
『ええええぇぇぇぇぇぇーーーーっ!?』

驚愕の叫び声にリンディは慌てて耳を塞ぐ。
近所迷惑になっていないかと心の中で心配しつつ、声が治まるのを待つ。
肺の空気と共に声が無くなった所で、モニター越しに話しかける。

「そんなに驚く事じゃないでしょう。現場の最高責任者は私なんだから」
『いやまあ、そうですけど。これはあれですか?クロノ君は親から無意識にハブられるほどのヘタレ、みたいな。
 それはそれで喜ぶ人はいると思いますけど』
「……何の話?クロノは当然連れて行く、――というより私とクロノで交渉に当たる事になるでしょうね。
 交渉の最中に、上司の許可がないから話を進められない、なんて事になったら笑えないもの。
 それとは別に経験を積ませる意味もあるから、あまり口出しするつもりはないけれど」
『あぁ、そういうことですか。でもその台詞はクロノ君にとって負けフラグの臭いがしますねー。
 きっとリアクション取って解説するだけで終わっちゃうんだろうなぁ……いろんな意味で経験値は増えるでしょうけど』
「良く分からないけど、それはクロノを連れて行かない方が良いという事?」
『いえ、むしろ連れて行った方が良いと思います。所謂あれです、テキサス生まれの超人とかと同じですから』

妙な迫力で力説するエイミィに押され、良く分からないまま頷くリンディ。
話を続けさせたら朝まで掛かる気がしたので、二の句を継ぐ前に話しかける。

「今日の所はこの位にしておきましょう。明日に備えて出来る限り身体は休めておいた方がいいから、エイミィも早めに休んで頂戴ね」
『わかりました。それじゃあお休みなさい、提督』

おやすみなさい、と返すと浮かんでいたモニターが閉じる。
押入れから布団を降ろし、畳の上に敷いた後で寝間着に着換えて中に入る。
照明を消した部屋の中で思うのは、明日の交渉に対する期待と不安だ。
高鳴る鼓動を胸に、リンディはぽつりと呟く。

「新しい友人と歩む道が、幸いと共にありますように」

祈るような言葉に応える声は無いまま、呟きは夢の中に溶けて消えた。


―――後書き―――

第二部の始まり始まりー。と思ったらいきなり書けなくなって焦った第七章です。
うーむ、やっぱりこういう説明だけというか、状況解析的な話は苦手な自分。
三章でも似たような思いしたんでスランプという訳では無いのが良かったのか悪かったのか。
八神家と管理局組でなんか真面目さが随分違うのは気のせいです。……気のせいですヨ。

それと唐突にメールフォーム設置したくなったのでMSNでアドレス作成してみました。
何でつけたくなったかは自分でも謎。気付いたら無くなってるかもしれませんw

そのうちリクエストでもしてみましょうかねー。
多人数は難しいので登場させてほしいキャラとか武装とかに限定することになるでしょうけど
モチベーションは上がる、気がする。

それでは、ここまで読んでくれた方に感謝を。



[5820] 第八章 『騎士の行く末』
Name: 月天召致◆93af05f1 E-MAIL ID:158e6bd5
Date: 2009/07/20 03:34
薄暗い部屋の中、ベッドの上で動く影がある。
カーテン越しの薄日を浴び、朝の冷たい空気にしばらく浸った後でその影は身を起してベッドから降りる。
時刻は朝の六時過ぎ。この家が動き始める時間帯だ。
カーテンを開け、朝日と共に外の空気を呼び込むとシグナムは身体を伸ばして眠気を払う。
隣で寝ていたシャマルは既に起きたのか、部屋には他に誰もいない。
身支度を整えると、二人がいるであろうリビングへと下りた。

「おはようございます、主はやて。シャマルとザフィーラも、おはよう」
「おはようさんシグナム。もう少しで朝ごはん出来るから待っててなー」

キッチンで朝食の仕度をするはやてとシャマルを尻目に、ソファーへと腰掛ける。
テレビのスイッチを入れると、朝のニュースでお馴染みの面子が顔を出す。
何とはなしに眺めていると、キッチン横の引き戸を開けてヴィータが顔を出した。

「んー、おはよ。皆毎日はえーな」
「お、何や今日はヴィータも早起きさんやなぁ。こら朝食は腕によりをかけなあかんわ」

嬉しそうなはやての声を聞きながらのんびりとした朝を過ごす。
しばらくして朝食が出来あがると、テーブルの周りに集まって"いただきます"と声を揃えて言う。
今日の朝食は典型的な洋食、こんがり焼けたトーストとベーコンエッグの良い匂いが食欲を誘う。
付け合わせのサラダは大きなサラダボウルに入っており、
レタスとトマト、きゅうりのスライスにコーンを乗せたもので今回は和風ドレッシング。
この家の料理長でもある八神はやての御手製ドレッシングは気分次第で洋風になったり中華風になったりするのが特徴だ。
温かなトーストにマーガリンを塗っていると、サラダが小皿に乗せて差し出される。

「ありがとうございます、主」
「どういたしまして。おかわりあるからいっぱい食べるんやで?」

礼を言って受け取ると、笑顔を以って返される。
ニュースキャスターの声をBGMにのんびりとした食事を終えると
食器を片づけた後で、食後の一休み兼ティータイムに入る。
それぞれのカップにコーヒーやミルクを入れて一息をついた所で、話を切り出した。

「主はやて、今日は何か予定が御有りですか?」
「ん?急ぎの用事は何もあらへんよ。強いて言えば買い物にでも行こうと思うてた所や」
「なら、今日は暇を頂いてもよろしいですか。昨日行った場所で買いたい物があったので」

はやての言葉に用意していた答えを返す。
当然の事ながら昨日行った場所というのはLow-Gの事では無く、言い訳として言った隣町だ。
電車で行った帰りに寝過ごし、終着駅まで行ってしまったため帰って来るのが遅れた、というのが昨日した説明だ。

「ええよ。お金は足りとるんか?」
「大丈夫です。他の皆も連れて行こうと思っているので、日中は家を空ける事になりますが」
「なんや、荷物が多いならうちも付いて行ったええんとちゃうか?荷物運ぶなら車いすは便利やで」
「――好意だけ受け取らせていただきます。今回も隣町まで行くつもりなので、主は留守番をお願いします」

純粋な疑問に一瞬言葉が詰まる。続けて口にした理由は、言い訳としては少々卑怯な物だと心の中で思う。
とはいえ付いてこさせるわけにもいかないためあえて口にすると、はやてもそれがわかったのか、特に何も言わず了解をした。
束の間のティータイムを終え、準備を整えれば後は出発するだけだ。

「それではいってきます。何も無いとは思いますが、お気をつけて」
「あはは、それはこっちの台詞や。気ぃつけて行って来るんやで」

はやてに見送られた後、騎士達は近くにあるマンションの一つへ向かう。
エレベーターに乗り込んで最上階のボタンを押せば、扉が閉じて乗客を運ぶ。
止まることなく、十数秒を掛けていつも通の役目を果たして扉を開けたエレベーターには――既に誰も乗っていなかった。

            ●

UCAT地上二階、八号によって案内されたのは昨夜使われたのと同じ応接室だ。
ソファーに座る三人と、その隣で伏せる一匹が新たに入ってきた二人と対面していた。

「ふむ、随分と大所帯で来たようだが用件は何かね貴様。君達の来訪のおかげで新庄君とのデートは中止、
 私のテンションゲージはだだ下がりだ。脳内で行われた個人的な裁判によって損害賠償はひゃくおくえんと決まった。さあ払いたまえ」
「またお会い出来て嬉しいですシグナムさん。それと新しいお客さんも、来てくれてありがとうございます。
 こんなに早く来てもらえるとは思ってませんでしたけど。――とりあえず、雑音は無視して話を進めましょうか」

部屋に入るなり開口一番で放たれた二種類の言葉に、ヴォルケンリッターの四人は挨拶も出来ないまま固まる。
デニムジーンズにVネックのセーター姿の新庄とスーツ姿の佐山から文句と歓迎の言葉を順番に聞き終えた後でシグナムが口を開いた。

「あ、ああ。まずは突然の来訪を謝罪する。急いでいたとはいえ、連絡の一つは入れるべきだった」
「ほう、謝るのかね。つまりそれは非を認めると言う事だね。――ならば賠償額はにひゃくおくえんだ。
 返済期限は五分以内、ビタ一文負けるつもりはないので心したまえ」
「うん、いつもの事だけどちょっと黙ろうね佐山君。ていうか何?ひゃくおくえんとか、子供じゃないんだから適当な値段言うの止めようよ」
「適当では無い。デート中に摂取される筈だった新庄君由来成分、サダギリンの末端価格をきちんと計算しているとも。これでも良心的な価格だよ?」
「ふーん、販売業者の名前は聞かないでおいてあげる。でもそんな事言ってるとさっきボクが入れたこれ、あげないからね」

そういうと新庄は肩から下げているバックから水筒を出して軽く振ってみせる。
僅かな水音が響くと、佐山は数秒水筒を眺めた後でシグナム達へ向き直る。

「おめでとう、二審で逆転無罪が確定した。ついでに慰謝料としてまロ茶缶一ダースを進呈しよう」

そう言いながら水筒を受け取り蓋を取ると、直接口を付けて一気に飲み干す。

「――美味い!この爽やかな味わいとすっきりした喉越し……さすが新庄君手ずから入れた飲み物、素晴らしい味だ」
「実はそれ、さっきそこの給湯室で入れた水道水なんだけどそんなに美味しい?」
「無論だ。新庄君の手によって入れられ、運ばれてきたこれにはサダギリンが溶け込んでいる。
 一日の必要量には足りないが、十分な量を摂取出来たとも」

白い目を向ける新庄をよそに、佐山は水筒の蓋を閉めると右手で持ったままテーブルを挟んでヴォルケンリッターと対峙する。
立った位置から向けられる視線に、呆然としていた意識が戻ると共に自分達の役割を思い出す。
硬直していた身体を落ち着いて動かし、あえて悠然と立ちあがると、新庄が慌てた様子で佐山の隣に並ぶ。

「さて、初対面の相手が多いので改めて自己紹介をしておこうか。日本UCAT全部長、佐山御言だ。気軽に"様"を付けて呼びたまえ」
「えっと、補佐の新庄運切です。佐山君はとりあえず置いておくとして、向こうにいるのが八号さん。いろいろ手伝って貰ってます」

紹介の言葉に、壁際で控えていた八号は軽く会釈をする。
会釈を返した後で、今度はシグナムが自己紹介を始める。

「ヴォルケンリッターの"剣の騎士"、シグナムだ。昨日は世話になった」
「……"鉄槌の騎士"ヴィータ。よろしく」
「"湖の騎士"シャマルです。初めまして」
「"盾の守護獣"ザフィーラだ。昨日の事は私からも礼を言う」

ぶっきらぼうなヴィータを除けば、概ね友好的な挨拶が済むとそれぞれソファーへと腰掛ける。
全員が座った所で、佐山は今気づいた、というように声を上げた。

「ああ、もう一人忘れていたね。この生物は7th-Gの獏、交渉に直接関係は無いかもしれないが暇なら眺めているといい」

そう言って胸ポケットから獏を摘まみ出し、テーブルの上へ置く。
獏はしばらく周りを見回すと、テーブルの縁まで行ってザフィーラを見つめ始めた。

「さて、前置きが長くなったが用件を聞こう。摂取したサダギリンが切れる前に手早く頼むよ?」

            ●

黒く、硬めの質感を持つ革製ソファーへ腰掛けながら、ヴィータはシグナムが話し始めるのを聞いていた。
不機嫌そうな顔のまま壁際の八号に目をやり、ザフィーラを見つめ続ける獏を眺めた後で前にいる二人を見た。
目を向けるのとほぼ同時に、佐山はスーツの内ポケットから小型の機械を取り出してテーブルの上へ置く。

「――用件は分かった。では交渉の下準備として、始めにこの携帯録音機で互いの発言を記録する事を明言しておこう。
 後々の混乱を避けるのと、自己の発言に責任を持たせるためだが構わないね?」
「ああ、元より口約束で済ませるつもりもないのでな。こちらとしても好都合だ」

置かれた録音機はすでに赤いランプがついており、録音されている事を告げている。
ヴィータはそれを一瞥した後で再び佐山と新庄へ視線を向け、心の中で毒づいた。

(……気にいらねぇな、こいつ)

睨みつけない程度に目をやるのはスーツ姿の佐山だ。
先ほど出会ったばかりだが、第一印象はあまりよろしくない。
厚顔不遜な態度に巫山戯た言動、何を考えてるんだかわからない無表情な顔。
こうなってくると着こなしているスーツさえ、こちらを馬鹿にするための物に思えてならない。

「君達の目的を遂げるために我々UCATに協力して欲しい、と。その目的とは何かね」
「闇の書の完成だ。闇の書はリンカーコアを蒐集する事でページを増やす魔導書だが、
 その過程で起こる妨害に対処するための人員、及び機材を供与して貰いたい」

その半面、新庄に対する印象は悪くない。
こちらを気遣う態度と愛想の良さ、佐山と比べるまでも無い程のまともな人間だ。
敵意や悪意を見せてこない点も合わせて、お人好しなのだと分かる。

「しかし二つ返事で引き受ける事が出来ないというのは君も分かっているだろう。昨夜来たもう一方の客人から少なからず聞いている。
 主に闇の書自体の危険性と、今まで君達がしてきた行動についてだ。それらについての説明がなされない限り、要求が通る事はない」
「ではまず、その"もう一方の客人"から聞いた事を教えてもらいたい。
 こちらの見解と齟齬があった場合、不本意な記録を残す事になりかねないのでな」
「ふむ。簡潔に説明すると、前者は闇の書が完成した後、所持者によって大規模な破壊行動が行われるかもしれないというものだ。
 後者は君達が書の完成のために、魔力の高い人間を襲い強制的に蒐集を行っていたというものだが、弁明はあるかね?」

言葉を右から左へ聞き流しながら、ヴィータは神経を尖らせて何が起きても対処できるようにする。
役割は事前に決めてある。シグナムが交渉、シャマルは情報収集、自分とザフィーラは力仕事の担当だ。
何かされた場合、自分達二人が受け止める必要がある。

「――前者については特に言うべき事は無い。そして言っておこう、我々は自発的に破壊活動を行うつもりは無い、と。」
「可能性はあくまで可能性であり、自分達の意志では無いと?」
「その通りだ。そちらの言う"客人"がどのように話したかは知らないが、彼らの杞憂に付き合う気は無い」

ふむ、と呟いて腕を組む佐山。そこに畳み掛けるようにシグナムが言葉を続ける。

「後者については訂正を要求しよう。魔力を持つ人間のリンカーコアを蒐集していたのは事実だが、襲ったというのは間違いだ。
 私達はただ防衛行動を行っただけであり――それ以上の事をしていない」
「正当防衛を主張するという訳か。だが君達によって蒐集を行われた人間が数多くいるようだが、それはどう説明するのかね?」
「闇の書を完成させるためには他者のリンカーコアを蒐集する必要があるが、その対象は人に限らない。
 各世界に存在する大型の魔導生物にもリンカーコアは存在し、それを蒐集する事でページを埋める事が出来る、この意味が分かるか?」

佐山を正面から見据え、質問を返すシグナム。
腕を組んだまま答えない佐山に、シグナムは言葉を続ける。

「人を襲えば次元世界の治安組織である時空管理局に追われるのは明白だ。
 魔導生物という物がある中で、追われる危険を冒してまで人を襲う理由は無い」
「だが実際に人間は蒐集対象となっている。君の説明では矛盾が生じるが?」
「先に言ったはずだ、私達は防衛行動を取った、と。彼らは蒐集活動を行っている我々を危険視し、それを阻むために"襲ってきた"のだ。
 黙ってやられる訳にもいかず、彼らを撃退した後に蒐集を行った結果が、彼らの言う"人を襲い強制的に蒐集を行った"というものだろう」
「ではなぜ蒐集をしたのかね?ただ退かせるだけで十分だと思うのだが」
「追撃や増援を呼ばれることを恐れるが故だ。蒐集された人間は、個人差はあれど一定期間魔法を使えなくなるからな。
 相手を殺さずに逃げきるには必要な事だったと考えている。死者が出ていない事は、先ほど言っていた客人に聞けばわかるだろう」

佐山が相づちを打って何事か考え始めると、会話が途切れ交渉は一段落といった雰囲気になる。
すぐには状況が動かない事を確認してから、ヴィータはザフィーラへ念話を送る。

"なあ、シグナムは何でこんな説明してんだ?今は誤魔化せても、管理局の奴らが来たらばれるだろ"
"いや、そうでもないぞヴィータ。今まで蒐集を行って来た中で、管理局とまともに戦い始めたのは例の二人が表れてからだ。
 その二人にしても、初めて会った時はこちらからの奇襲。――つまり戦いを仕掛けたのがどちらか、というのは当事者以外知る者は無い"
"でもよ、その襲われた連中が口を揃えて証言したら疑われるんじゃねーか?"
"重要なのは責任を分散させる事だ。こちらにある程度正当性があり、管理局が絶対では無いという事を説明できれば
 最低目標の"管理局に協力させない"は達成できる。どれだけ証人がいようと証拠がなければ大した問題では無いからな。
 一度でも納得させれば、後はどれだけ協力させる事ができるかという話になる"
"ふぅん……そんなもんか"

念話を終えて意識を前に戻すと、丁度佐山も組んでいた腕を解いたところだった。
わざとらしく頷いた後、一拍を置いてから口を開いた。

「君達の言い分は理解した。我々は愚かではあるが、訴えかける声に耳を貸さぬほど冷淡では無い。
 記録された証言を覆すだけの証拠が出てこない限り、日本UCATは完全中立を保つ事を、佐山御言の権限をもって宣言しよう」

佐山はそこまで言うと、だが、と言葉を区切り――

「マイナスがゼロになっても我々が協力する理由にはなりえない。
 前置きも遠慮も不要だ。君達に協力する事で、どのような利益が得られるのか答えたまえ」

交渉内容を変える一言を告げた。

            ●

告げられた言葉と共に場の空気が変わるのを感じる。
和やかとまではいかずとも、それなりに穏やかだった雰囲気は、緊張感の混じる何とも言えない物になっている。
僅かに戸惑った所で、シグナムは佐山がこちらを"視て"いる事に気がついた。
無表情な顔は変わらずにあるが、視線は明らかにこちらを向いている。
ともすれば睨まれているとも思える視線は、シグナムに一つの事実を気づかせる。
今まで――少なくとも机に携帯録音機が置かれてから、佐山は顔を向けていただけだったという事を。

(……なるほど、これが本来の交渉態度か。それとも、ここまでが"下準備"のつもりだったのか)

それはつまり、つい先ほどまで交渉相手とすら見なされていなかったのと同意だ。
前提が整い、内情へ踏み込む段階になってからようやく対等の相手と認められたのだろう。
深く息を吸い、ゆっくりと吐き出して気を引き締めているとシャマルから念話が送られてくる。

"何だか良くない雰囲気だけど大丈夫?私の解析(ハッキング)がばれたわけじゃ無いけど……切り上げた方がいいかしら"
"いや、シャマルはそのまま続けてくれ。敵にならないのだとしても、情報が多いに越したことは無い"

そう返して、今度はこちらから佐山を見据える。
視線に押されぬ様に覚悟を決め、退く気は無いと伝えるかのように切り出した。

「まず一つ目はデバイスを始めとする各種技術の提供だ。その代わりとして、そちらの持つ技術を我々に提供してもらいたい」
「端的に言えば技術交換だね。だが組織としての規模が劣る君達から受け取る必要は無いのではないかね?
 組織の大きさは即ち資金力の大きさだ。設備を始め、技術的にも君達が勝てないと見るのが普通だ」

こちらを試すように投げかけられる言葉。
だがこの程度ならば想定の範囲内、落ち着いて答えれば問題は無い。

「我々の使うデバイスは、管理局の物とは規格が違う。基礎に据えられている技術は同じでも仕様は全くの別物だ。
 設備面が劣っている事は認めるが、技術面まで見ない内に判断して貰いたくないものだな」
「そして我々は、足りない物を技術的優位によって補う事が出来る。
 管理局がロストロギアと称し、部隊を派遣するほどの力を持つ古代ベルカのデバイス――闇の書。
 協力をして貰えるならば、設備の不足分を闇の書の解析という形で補填しよう。
 闇の書には今まで蒐集されてきた魔法の記録がある。技術解析という点で、これ以上の物は存在しないだろう」
「なるほど、と言いたい所だがこれだけでは不足だね。規格が違う事を理由にするのならばこちらも同じ様に返さねばならない。
 つまり、――もう片方を知らないから判断が出来ない、とね。よって第一回戦は引き分けだ、次の交渉条件を出したまえ」

余計な事を言ったか、と内心で悔やむが過ぎた事を考えていても始まらない。
表情に出さない様に気をつけながら、気を取り直して次の条件を提示する。

「二つ目は我々ヴォルケンリッターによる労働だ。先に述べた技術交換を行うにしても、取り扱いの出来る存在が必要だろう。
 先に言っておくと、我々は闇の書によって生み出された魔法生命体であり人間では無い。
 故に休息を取らずとも二十四時間活動が出来る。管理局の方が人数は多いだろうが、労働の時間と効率を考えれば比べるまでも無い」
「勤労意欲が高いのは良い事だ。要求は君達の主人の警備かね?こちらに来てもらえるならば住居は用意するつもりだが」
「いや、条件は各種設備の使用許可だ。通常の稼働時間帯とは別に、こちらの希望した時間に使えるようにして貰いたい」
「その点については問題無い、設備は常時待機状態で置いてあるからね。担当の自動人形に話を通すだけでいいだろう」

そこまで言うと、佐山は少し溜めを作ってから言葉を続ける。

「しかしこちらとしてはもう少し具体的な利益が欲しい所だね。
 あるのならばその分を君達の滞在中の安全という形で還元するつもりだが――どうかね?」
「――――――」

シグナムは即答はせずにしばらく考える。
暗に脅しているとも取れる発言だが、滞在中の安全というのは悪くない条件だ。
だがこれ以上出せる物は、と考えた所で丁度良い物がある事に気がついた。

"皆、聞いてくれ。あまり時間をかけられないので用件だけ言うが、次で勝負をかける。その時、表情を出来るだけ出さないで欲しい"
"別にいいけど……何言うつもりだよ?"
"説明は後で相手と同時にするつもりだが、もし見落としがあるようだったら止めてくれ。
 交渉中ならば撤回が効く――頼むぞ"

念話を終えると大きく息を吐き、勿体をつけるように座りなおしてから
三つ目の条件を提示した。

「わかった、そういうことならばこちらも切り札を出そう。
 三つ目の条件だが――闇の書完成後、その権利の一部をUCATに譲渡する。これが我々の提示する条件だ」

隣から息を呑むのが伝わってくるが、今は目を向けるわけにはいかない。
顔に出していない事を祈りつつ、わずかに驚いた表情の佐山を見据える。

「確か君達の目的は闇の書の完成だったはずだが、一部とはいえその権利を譲渡するとはどういうことかね?」
「今の我々は何よりも完成させる事を優先させている。現状の未完成な状態では力を完全に発揮する事はできないが、
 一度完成させてしまえば、我らの主は闇の書の力を十二分に発揮できる。そうなれば管理局に対抗する事も容易だ」

佐山に対して説明を続けつつ、念話を通してヴィータ達にも理由を話す。

「管理局に追われる身となった今、優先すべきは主の安全を確保する事。
 いつ終わるとも知れぬ逃亡劇を繰り返すよりは、自己防衛を出来るだけの力を手に入れた方が確実だ。
 とはいえ主を四六時中戦わせるわけにはいかないから、休息時の安全を確保して貰う代わりにその間の使用許可を出そうという訳だ。
 完成後も先に述べた二つの条件は継続させよう。これ以上の条件は無いと思うが?」

"闇の書は完成さえしてしまえば、デバイス自体はあまり重要では無いからな。
 元々病状の悪化を止めるために始めた事だ。戦闘に使う気は無く、ページを維持できれば問題無い。
 無論我々の身体の維持や主はやてとの契約といった物はあるが、それらは手元に置いて無くとも良い。
 むしろここに置く事で管理局の目を逸らす事が出来るはずだ"
"そっか、完成すればあたしらの内誰か一人がここに残ればそれで十分、危なくなったら持って逃げればいい。
 はやての病気も治って一石二鳥ってわけか!"
"そう上手くはいかないだろうが……リスクに比べて見返りが大きいのは同感だ。
 強いて懸念を上げるなら彼らがどのように扱うか、だな"
"担当を決めて交代で管理すれば大丈夫だろう。強引な行動に出たら、それを理由に手を切ればいい。
 どう転ぼうと闇の書の完成までは協力させられる。それだけで私達の勝ちは確定だ"

口と念話で別の事を話しながら様子を窺う。
納得した様子の新庄と、相も変わらず無表情の佐山。
説明が終わると、佐山は何度か頷いてから応えた。

「なるほど、確かに十分な条件だ。これだけの物を出されたなら、我々も断るわけにはいかないね」

そう言って大仰に両手を広げ、微笑と共に佐山は告げた。

「良いだろう。これら三つの条件の下、我々UCATはヴォルケンリッターに協力を行う物とする。
 日本UCATを代表して、まずは新しい友人達に歓迎の言葉を贈るとしようか」

――四人にとって、勝利を告げる言葉を。



―――後書き―――

御久し振りです。気がつけば一か月以上開いてました。
ただでさえ長くなるのに最初に八神家の一幕入れたせいでさらに長くなったヨ。
八神家部分書いてる時は妙にお腹が減っていた事だけ覚えてるw。

とりあえずヴォルケンズとの交渉は前半戦を終えました。
時間かかった割にこれしか進んでないとか思うと愕然とするね!
この後管理局が待ち構えてるかと思うと、ちょっと心が折れそうです。
佐山の発言の齟齬は後半で新庄先生が突っ込んでくれるので大丈夫。
まとめて書くはずだった物を分けた結果がこれだよ!

で、前にちょっと言ってたリクエスト取ろうと思います。
感想流れるのはちょっと困るのでメールで送ってくれると嬉しいかも。
内容はほぼ戦闘オンリー、リリなの・終わクロどちらでも構わないので書いてほしいキャラを送ってください。
一般隊員(アースラの武装中隊含む)の場合は名前とか設定とか付いてれば出来るだけ反映します。
多分少なからず改変する事になるでしょうが(==;
リクエストの中から抽選で何人か選んで書く事になると思います。

……ぶっちゃけ本編だけ書いてるとモチベーションが持たないデス。
会話だけ書いてるとなんか同じような台詞を繰り返してる気になる自分。
息抜き兼ねてるので気楽にどうぞー。

それでは、ここまで読んでくれた方に感謝を。



[5820] 第九章 『願いの行く先』
Name: 月天召致◆93af05f1 E-MAIL ID:158e6bd5
Date: 2009/07/20 03:36
隣で話を聞いていた新庄は、佐山が告げた言葉を頭の中でループさせていた。
意味を理解して納得するまでに一秒。そこから過去の記憶を探るのに一秒。
両方を比べて違いを見つけるのを0.2秒で済ませ、確認に1.8秒を費やしてから、五秒目で抗議の声を上げた。

「ちょ、ちょっと待ってよ!佐山君、昨日と言ってる事違うじゃないか!」

半ば立ち上がりながら机を叩きつけて放った言葉に、部屋の中にいる全員の視線が集まる。
向かいの四人の、警戒の色を含んだ視線に少し怯みながらも言葉を続ける。

「佐山君昨日ボクに言ったよね?シグナムさん達に協力する事は出来ないって。
 理由もちゃんとあるから考えてみるといいって言ったの、忘れたなんて言わないよね?」
「あんなに素晴らしい一時を忘れる訳が無いだろう。一言一句に至るまで全て記憶しているとも」
「……それはそれで嫌だけど、覚えてるなら何で違う事言ってるか教えてくれる?」

佐山は広げていた腕を膝の上に置き、片手でこちらに席に着くように促す。
顔を向けたままソファーに腰掛けると、佐山の口が開いた。

「新庄君、落ち着いて聞いてくれたまえ。新しい情報を得た事で状況は変わっている。
 そして交渉は臨機応変に行う物だ、過去に得た情報だけでは分からない事もある」
「要するにそれって昨日の台詞がハッタリだったって事だよね?
 ボク、その所為で一晩中悩んだんだけど、その事について弁明はある?」
「新庄君が焦れながら考えている姿は悩ましくて堪らない。
 昨晩はそれを確認できたので主観的損失は無いどころか利益を上げたと言える――何か問題が?」
「その利益はボクの損失分だよっ!!」

そう叫びながらネクタイを締めあげる。
反省させるのは無理だろうが、きちんと躾はしておかないと後で後悔するのは自分だ。
もう少しで落とせる、と思った所で横から声が飛んできた。

「忙しそうな所をすまないが、こちらの用件を先に済ませてもらえないだろうか」
「うわ、え、えっと……ごめんなさい」

声を掛けられた事で我に返る。
シグナムの台詞に咎めるような響きはないが、思わず謝ってしまう。

「謝られる程の事では無いが、今は何より時間が惜しい。
 今回の協力における細かい規定を決めた後はすぐにでも始めたい所だ」
「まあ落ち着きたまえ。後は君達の主人に会うだけとはいえ、急いては事をし損じる。
 今更だが紅茶の一つでも用意させるので飲んで行くといい」
「――え?」

佐山の言葉に対して反射的に疑問の声が出る。
違和感の原因に思い至る前に、シグナムがその先を継ぐ。

「待て、それはどういう事だ」
「ああ、これは失礼した。ここはやはりまロ茶を出すべきだったね。
 折角だから祝いも兼ねて、専用保管庫で熟成させたまロ茶プレミアムを――」
「そこでは無い。我々の主人に会うとは、どういう事だと聞いている!」

僅かに語気を荒げて問いかけるシグナムは不意打ちのせいもあってか明らかに狼狽している。
それに対し、佐山は不思議そうに首を傾げる。

「どういうも何も、当然の事を行うだけだが。ようやく交渉に入るというのに止めるのかね?」
「交渉に入る、だと?では先ほどの交渉は――」
「それこそ言うまでも無い、私は始めに言ったはずだ。"交渉の下準備として互いの発言を記録する"とね。
 先の話し合いは後の交渉を円滑に進めるための事前交渉、それが終わったから本交渉に入るというだけの話だ」
「な――!」

シグナムの顔が驚愕に染まる。
しかしすぐに真顔に戻し言葉を返す。

「……我々は主の代理として来ている。その相手が言う言葉を信用できない者を、主に合わせる事は出来ない」
「何を勘違いしているのか知らないが、私は君達を心の底から信用しているとも。
 だが信を置いているからといって、君達の主人に会わない理由にはならないよ」

一言毎に緊張感が高まっていく応接室。ヴィータとザフィーラは既に臨戦態勢に入っている。
なるべくしてなった状況だが、良く分からない事がいくつかある。
このまま爆発させる前に聞くべき事は聞いておかなければならないと考え、新庄は会話に割り込んだ。

「あの、佐山君。シグナムさん達の主人に会う事がそんなに大事なの?
 今までだって代理の人が交渉に来たことあったじゃない。別にシグナムさんがおかしなこと言ってるとは思えないんだけど」
「発言がどうという訳では無く、前提条件として足りない物があるのだよ。
 ふむ、では逆に聞こうか新庄君。私達が今まで交渉を行ってきた相手と、彼らの違いは何かね?」

疑問に対して質問で返され、新庄は慌てて考え始める。
違いと言われても各Gの人達とシグナム達は、共通項より差異の方が多い状態だ。
長く考えている時間はなさそうなので、とりあえず思いついた事を上げていく事にする。

「えっと、概念を持ってないとか、昔の因縁がないとか……かな?」
「確かにそれもあるが、今の状況とは関係無いね。もっと単純な、思い違いとも言える物だよ」

佐山の言葉に、新庄はますます混乱していく。
わかっていないのはシグナム達も同じ様で、雰囲気は警戒よりも疑念が強くなっている。
あまり間をあける訳にもいかないので、仕方なく佐山に問いかける。

「ごめん、教えて。今度は焦らしたりしないでね?」
「何、焦らすほどの事でも無い。いいかね新庄君、先ほどシグナム君も言ったように彼らは主人の代理として交渉を行った。
 だがもしこの交渉が反故にされたり、過失によって損失をもたらした場合に彼らは責任を取る事が出来ないのだよ」

佐山はこちらに目を合わせ、ゆっくりと言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

「ヴォルケンリッターの代表はシグナムさんなんだから、責任を取るのはシグナムさんじゃないの?」
「少し違うね。国や時代で差異はあっても、基本的に騎士である彼らは主人の命令下にある。
 とどのつまり実際の行動はどうであっても、それは主人の命令によって行われた物だと判断される事となる。だが――」

佐山は一息をついてから目を逸らし、
今度はテーブル越しの四人を順番に見据ながら話を続ける。

「現状、闇の書の主を知る者はいない。我々はもちろん、君達と相対していた時空管理局にも知られていない。
 ヴォルケンリッターという代理人はいるのに"それを立てた存在"がいないという不思議な状況だ。
 話から察するに不在という事は無いだろうが、確認できなければ箱の中の猫と変わらない。
 要するに君達は、交渉をする準備が整っていない状態でここに来たのだよ」
「で、でもテレビとかじゃよく"責任を取って辞任します"とかやってるけど、違うの?」
「それはそうする以外に責任を取れないからだよ新庄君。会社にしろ政治にしろ、出した損失を個人で補填する事は大概において不可能だ。
 だから辞める事でこう言うのだ――責任を取ったのだから要求を軽くしろ、とね」

腕を組み直し、目をそらさずに話す佐山。

「しかしこの方法は自分より立場が上の人間がいなければ話にならない。
 残った責任を引き受ける者が居なければ、それは責任を取ったのではなく放棄しただけになるからね。
 まさか騎士を名乗る君達が責任を放棄するつもりだった、などと言うつもりはないだろう?」
「……もちろんだ。そんな事を言うつもりは、無い」
「ではこれで事前交渉は終了だ。もし君達の主人がここに来ることが不安だと言うならばこちらから出向く所存だ。
 予定はいつでも空けるので早めに頼むよ?円滑に協力を行う為にもね」
「――――――」

投げかけられる言葉にシグナムは絶句している。
警戒心からきた雰囲気は、追い詰められた緊張感へと変わっていく。
そこに止めを刺すかのように、佐山は微笑を交えて言った。

「何を迷っているのかね。我々は君達の要求を"誠実"に受けようとしているだけだよ。
 心配せずとも見舞いの品を持って行く位の気遣いは出来る。――主人が病気だからといって遠慮しないでくれたまえ」

            ●

佐山の一言に、ヴィータは考えるよりも早く反応した。
胸元から脊髄反射的に取り出すのは、チェーンとその先に付いているハンマーの形をしたアクセサリーだ。

「グラーフアイゼンッ!!」

一喝すると同時にヴィータの姿が変わる。
真紅のゴスロリドレスと兎の飾りがついた帽子、
そして一メートル前後となったハンマーの先端部を佐山の顔面へと突き付ける。
しかし佐山は動じない。むしろ慌てたのは隣のシグナムの方らしく、焦りを帯びた声が頭に響く。

"待てヴィータ、まだ仕掛けるには早い!"
"こいつはもう感づいてる!このまま帰っても、はやての事がばれたらおしまいだ!
 ならここで一発かまして、喋れない様にした方がいい!"

グラーフアイゼンを握る手に力と殺気を込め、いつでも突き込めると言外に告げる。
そこまでやった所でようやく佐山の表情が変わる。警戒や驚きでは無く、元の無表情へと。

「何かねヴィータ君、まだ話の途中なのだが」
「この状態でそんな台詞を言えるのは褒めてやるよ。
 けど状況がわかってねぇ。ベルカの話にはな"和平の使者なら槍は持たない"ってのがあんだよ。
 ――話を続けようって相手が、武器を向けてくるわけがねぇだろうが」

平然としている佐山に苛立ちを含んだ声を返す。
苛立ちは募る、声に出してもなお溜まる程の勢いで噴き出してくる。
原因は分かっている、この状況で当たり前の反応をしない相手を見ているせいだ。
お前の思い通りに行く事など無いと、――そう言われている気にさせられるからだ。
心の内を知ってか知らずか、当の佐山は呆れたと言わんばかりに告げる。

「残念だがヴィータ君、この世界では殴りあってからの友情劇がトレンドだ。
 神や竜すら殴り飛ばして友人とする我々に、武器を向けた程度で何を言っているのかね。
 ただ古いだけの言葉など知った事では無い、その言葉ごと殴り飛ばして我々の流行を教えてやるとも」
「――ああそうかよっ!!」

苛立ちを抑えるのはもはや限界だ、コイツとはきっと永遠に話が通じる事は無い。
こっちの気持ちも知らずに、と半ば八当たりに近い気持ちでグラーフアイゼンを突きこむ。
先端と相手との距離は十センチと離れていない。一秒とかからず、魔力を込めた切っ先は相手の眉間へ突き刺さり昏倒させる。
それで終わりだ。こちらを危険と見て管理局に協力される事になるだろうが、トップが倒れれば少なからずいざこざが起きるはず。
立て直して本格的な協力体制へ持ち込むまでの時間で蒐集を終わらせる、終わらせて見せる。そうすればはやては――
他の騎士に言えば苦言を聞かされるであろう考えが巡る。
自分でも見通しが甘すぎるのは分かっている。だが直情的な自分が思いつくのはこの程度しかなく、賽はすでに投げてしまった。
――だが投げた賽は、目を出す前に弾き飛ばされた。

「ッ!?」

手にしたグラーフアイゼンに力が掛かる。右から叩きつけるように来た衝撃は、先端を佐山の顔からソファーへとずらす。
慌てて引き戻そうとするも勢いを殺せず、ヴィータは切っ先をソファーの黒革へ深々と突き刺した。
刺さった鉄槌を意に介さず佐山は口を開く。言葉の向けられる先は壁際、両手に二丁の拳銃を構える八号だ。

「どうやらヴィータ君は長話に飽きが来たようだ。八号君、――応対は任せたよ」
「Tes.」

短い返事と共に銃撃が来る。左右二丁の銃から乱射される弾丸は、まっすぐこちらを狙っている。
しかし弾丸が届くよりも速く、盾の守護獣が動く。

「させん!!」

言葉と共にヴィータの右側に蒼く光る膜が作られる。
身体全体を覆う障壁は凶弾のことごとくを防ぎ切った。
だがザフィーラが防いだにも関わらず、何故か身体は衝撃を受けて弾かれる。

「ヴィータ!?」
「なっ――!?」

声を上げたのは同時、そして何が起こったかを理解するのも同時だった。
ソファーから引き抜いたグラーフアイゼンの先端が外側に弾き出されている。
身体の方は手から順に、まるで追いかけるように動いている。
いや、実際に追いかけているのだ。銃弾で弾かれた相棒を離すものかと、掴んだ手が訴えている。

「こちらが本命か!!」

ザフィーラの防御は完璧だった。だが速さを優先したために
突きを行った鉄槌の先端部までカバー出来るほど広くなかったというだけの話。
とはいえただで吹き飛ばされる気など毛頭ない。

「構わねぇザフィーラ、このままぶち込む!――アイゼン!!」
『Explosion.(撃発)』

弾かれた勢いに任せてそのまま旋回、再び相手を正面に捉えるまでの間にカートリッジをロードする。
半周で上部カバーがスライドしてコッキング、そこから四分の一を進む間に変形を済ませると即座に後部バーニアを点火。
回転運動に加速を加え、横殴りに叩きつける。

「ラケーテンッ……ハンマーーーッ!!!」

勢いに任せて振りぬこうとした所で"視界が回転"した。
佐山を捉えていた視界は照明と天井を映し出し、身体が跳ねあげられる感覚と頂点での無重力を味わう。
落下が始まる前にグラーフアイゼンのバーニアを利用して立て直し、逆立ち状態で天井に着地。
そのまま天井を蹴って再び突撃を掛けた所で、先ほどの原因が立ちふさがった。

「テーブルごと跳ねあげた機転は認めるけどよ……この程度の盾ならぶち抜いてやらぁ!!」
「出来るものならばご自由にどうぞ。
 重武神によるちゃぶ台返し耐久試験に耐えきるIAIの新商品、"かかあ天下"の耐久力をご覧に入れましょう」

立ちふさがるテーブルごと穿つべく、今度は重力と加速を合わせて鉄槌を振りぬいた。
だが――

(――な、かてぇ!?)

容易に撃ちぬけると踏んで佐山に狙いを合わせていた為に角度が甘い。
叩きつけた切っ先はテーブルに刺さらず、滑るようにして受け流される。
意図せずして床に叩きつけられた鉄槌の上からテーブルが振り下ろされるのに気づくと前傾の姿勢から右足一本で後方へと飛び退く。
一瞬前までいた場所に振り下ろされたテーブルは音も無く床に下ろされ、その上にヴィータと一緒に跳ねあげられていた獏と携帯録音機を迎え入れた。

"くそっ、こいつら……!!"
"もういいヴィータ!シャマルの準備が整い次第離脱するぞ"

目と鼻の先で戦闘が行われてなお平静を保つ佐山に対し、もはや苛立ちよりも不気味さを感じ始めた所で
シグナムの悲鳴じみた念話に割り込まれる。

"馬鹿言うなっ!ここまでやっといて今更引けるか!"
"頭を冷やせヴィータ、最初の一撃が失敗した時点でこちらの負けだ。
 管理局が来る前に離れなければ、それこそ取り返しがつかない"

焦りを帯びながらもいつも通りの声が急速に現実を呼び戻す。
相手の動きに注意しながら横目でシグナムを見れば、いつの間にか騎士服とレヴァンティンを身につけている。

"シャマル、いけるか?"
"ええ、ヴィータちゃんが仕掛けた時から準備しておいたもの。いつでも行けるわ"
"よし、ならすぐにでも離脱する。文句は無いな、ヴィータ"
"……うん。ごめんシグナム、悪い方にばっかり進めちまった"
"気にするな。どのみち主に会わせる事が出来ぬ以上、大した協力は得られん。
 この相対で少しでも警戒し、協力が遅れてくれるのを祈るだけだ"

シャマルを中心に集まると、足もとに一瞬で転移用の魔法陣が作製される。
指輪をはめた手を前に出し、シャマルは自らのデバイスに呼びかける。

「――クラールヴィント!」
『ヨンダ?』

クラールヴィントは即座に応じた。慣れ親しんだ声で、聞いたことのない返事をした。

            ●

「ク、クラールヴィント?」
『オジャマ』『ジャマシマス』『ココ』『オウチ?』『クラール』『クラールヴィント』『オカエリ』

いくつもの声を重ねるように話し続けるクラールヴィント。
何が起こったか理解できないシャマルに代わって佐山が応じる。

「おや、ワムナビの遣い達かね。随分と意外性のある登場の仕方だがどういうことだね?」
『キャク』『オキャクサン』『ニ』『ツイテキタ』『ミオクリ』『ツイセキ』『ストーカー?』

四つの指輪による同時再生に加え、一つの指輪から複数の音声が出てくるとなれば周りは一瞬で人混みの如き喧騒に包まれる。
何とかして制御を取り戻そうとするが一向に受け付けない。
むしろ取り戻そうと足掻くたびに制御が奪われ、操作を受け付けなくなって行く。

「丁度良い、実は話し合いの途中で客人が飽きてしまったようでね。
 手間をかけるが、少し彼らと遊んでもらえないかね?報酬は新作オンラインゲームのテスター権だが」
『Tes.』『Tes.』『Tes.』『Tes.』

"クラールヴィント"が返事をすると同時に熱を持つ。
火傷をするほどでは無いが、指にはめた四つの指輪を熱いと感じる程度には高い。
デバイスを介して行うデータ上の攻防は、さしずめ弾幕シューティングといった状態になりつつある。
もはや壁にしか見えなくなっている攻撃を何とか凌ぐが、それも長くは続かない。
敵わないと分かってから判断を下すまでは一瞬だった。

「緊急停止っ!!」
『Abbruch(強制終了)』

残っている中枢システムを使い、デバイスを強制的に停止させる。
待機フォルムとなったクラールヴィントは機能を止め、ワムナビの遣いから逃げる事に成功した。
――しかし遅い。取れる中では最善の手段ではあったが、状況を引き戻すには弱過ぎた。

『セーフ』『スベリコミ』『アブナイ』『アブナカッタ』『コウトクテン?』『グレイズ』『チチチチ』『マダマダイクヨ?』
「ッ!?」

声の出所はレヴァンティンとグラーフアイゼン。二機のデバイスはもはや騎士の手の内には無いと告げるように声を上げる。
その事を証明せんとばかりにシグナムとヴィータのバリアジャケットが解け、デバイスはミニチュアサイズの待機フォルムへ戻ってしまう。

『マンテン!』『アイウィン!』『コングラッチュレイション!』『ミッション』『コンプリート!』『ナイスボート!』『エクセレント!』

声を上げ続けるデバイスは歌うように喜びを口にする。
しかしワムナビの遣いの勝利を告げる歌声は、騎士にとっての敗北に他ならない。
そこに座ったままの佐山から声が来る。

「さて、気分転換が出来たなら交渉の再開といこうか。
 ちなみに先ほどのレクリエーションはサービスなので安心したまえ」

シグナムは答えない。武器を奪われ、交渉の場という鎧を捨てた今の自分達は丸裸も同じだ。
動けるのはザフィーラと手負いの自分だが、攻撃の要が両方動けないのでは護ることしかできない。
いざとなればそれこそ"死んで"でも戻る必要があるが、その前に最低限の保険を掛けなければならない。
誰もが動きを止めている中、あえて一歩を踏み出して告げる。

「残念ですが、私達の主人に会わせる事は出来ません。
 何故なら主は争い事を好まぬ方、ここに来たのも全て私達の独断で――主人の与り知る事では無いからです」
「故に責任は自分達が持つ、か。しかし争いを好まぬならば、こちらの申し出を断る必要は無いのではないかね?」

座ったまま問いを返す佐山を見る。表情は先ほどまでと同じく無表情を貫いている。
念話で呼びかけてくる仲間達を無視し、何かを言われる前に言葉を放つ。

「いいえ、私は今こう言ったんです。――私達が行ってきた全ての事は、全て私たち自身の独断によるものだと。
 闇の書を用いた蒐集や防衛行動を含めた全ての行為は、私達ヴォルケンリッター独自の判断の下で行われたものです。
 ここまで言えば、主人と会わせられない理由は分かると思いますけど」
「主人はそれこそ何も知らないと言う訳か。君達が戦っている事は元より、闇の書を完成させようとしている事すら知らないと。
 差し支えなければ理由を聞かせて貰いたいが、どうかね?」

問いかけに対し、僅かに頷いて答えとする。
……ここがおそらく最後の勝負所ね。
そう自分自身に言い聞かせながら、やるべき事を確認する。
かろうじて交渉の形が残っている今の内に、責任の所在を明確にする事。
どこまで信用されるかはわからないが、言っておかなければ情状酌量の余地すら無くなる。
――参謀役である自分が主を守れる場は、ここを置いて他に無い。

「闇の書は他者から力を奪って完成させる物。例えそれが魔法生物の物だとしても、主は奪う事を良しとしませんでした。
 ですが私達ヴォルケンリッターは闇の書によって作られた存在……その行動原理の根底に闇の書の完成が置かれています。
 本来ならば主人の言葉が優先されますが、命令では無く要望として言われた事で判断における優先順位が下がってしまったんです」
「つまりこう言う事かね?君達の主人は闇の書を完成させるつもりは無く、それを止めるようにも言っていたが、
 君達は自分達のやりたい事を優先するためにそれを拡大解釈して受け取ったと」
「主人の名誉のために言わせてもらえば、転生システムによって選ばれた主が命令を下すのは難しいと思います。
 いきなり王として選ばれた方がその辺りを分かっていないのは――良く知っていますから」

真実の中に嘘を混ぜ、出せるだけの情報を吐き出してやり過ごしにかかる。
思い出すのは自分達を家族のように接してくれる心優しき主の姿。
王と呼ぶには程遠く、しかし今までの誰よりも自分達を信じてくれている人。
騎士として、家族として、こんなにも大切に想う人を巻き込む訳にはいかない。
ほんの数秒を何時間にも感じながら、次に来る言葉を待つ。

「君達がそう言うのならば信じよう。だがそれは要求が全て棄却される事を承知した上での発言かね?」
「……ええ、勿論です。心残りではありますが、こちらの不備によるものである以上仕方のない事かと」

佐山は一言応じると軽く目を閉じて考えに浸る。
無言の静寂は長く掛かるかと思われたが、幸い胃に穴が開く前に返事は来た。

「要求の取り下げは受理しよう。代わりと言っては何だが、今度はこちらから一つ提案をしようか」
「提案、ですか?」
「何、大した事ではない。我々が中立を保つ上で必要な信用の対価という奴だよ。
 君達の主人に要求するはずだった物を君達に求めるだけなので安心したまえ」

言われた言葉に冷や汗が流れる。
交渉材料が無い今、要求される事は止めを刺されるに等しい。
だがこちらの思いを余所に、ただ淡々と言葉は来る。

「さて肝心の提案だが――闇の書の被害者に対する補償、というのはどうかね?
 理由があるとはいえ蒐集された人たちは生活に支障も出ているだろう。誠意を示すのには丁度良いと思うが」
「補償と言われても、私達は被害者全員に対応できるだけの設備も人員も用意できないのが現状ですけど……」
「そんなことは分かっているとも、必要な物を用意するのは我々の仕事だ。
 だが我々の持つ技術が被害者に対する有効な治療法となるかはまだ分かっていない。そこで君達の出番となる」

そして言った。

「ヴォルケンリッターの諸君、日本UCATは君達に対してこう要求しよう。
 我々が行う治療の有効性を証明するため、闇の書の被害者で最も重症な人物を代表として連れてきたまえ。
 加害者である君達が話を伝え、治療を受ける事を納得させられたならば――我々は君達を信用出来る人物と認めよう」
「説得する上での条件は二つ、交渉はヴォルケンリッターに属する者が行い、決して強制はしない事。
 そして日本UCATが治療に当たるという事をきちんと説明する事。それ以外には特に条件は設けない、どうかね?」

意図が分からずに戸惑うこちらを無視して佐山は話を続ける。
言いたい事は分かるが、この要求には大きな穴がある。不自然な程に有利となれば素直に喜ぶ事も出来ない。
警戒心から答えずにいると、佐山はさらに言葉を続ける。

「ちなみに代表する人物が一般人だった場合であっても条件に変更は無い。
 ただしその場合は守秘義務を守り、闇の書は元より管理局に関する情報の開示を行わない物とする。
 これは代表者についても同様だ。プライバシーを尊重するため、
 治療を行う際に収集したあらゆる個人情報はUCATが管理し、いかなる理由があろうとこれを第三者に提供する事はしないと約束しよう」
「――――――」

続けてきた佐山の台詞は、先ほどの要求があえてこちらに有利になるように仕向けた物だと分からせるのに十分な物だ。
これを呑めば、こちらはほとんど何もしないままで望む全てを手に入れる事が出来る。
けれどそうする理由が分からない。理解できない意図は心の中で燻り、裏切られるのではという疑念に変わっていく。
しかし自分が言葉を放つよりも早くシグナムが口を開いた。

「だが、それはその代表者――我々を信頼してくれた人物を売り渡す行為に等しいのではないか?
 我々とて未だ交渉中の立場だ。誰かを預ける事が出来るほど信用している訳ではない」
「ならば監査役を設ければいい。幸いにして君達は長時間の労働にも適応出来るようだしね。
 同時にアドバイザー兼治療補佐役として新庄君をそちらの指揮下に入れよう。
 何をやっているか分かっていない監査役など居ても意味はないからね」
「なっ!?」

驚愕の声がシグナムから漏れるのを、同じ思いを抱きながら聞く。
確かにアドバイザーは必要かもしれないが、それは普通もっと下の人間がやることだ。
……これじゃまるで戦国時代の人質と同じじゃない。
脳裏によぎった考えとは裏腹に、当の新庄から来たのは軽い返事だった。

「うん、Tes.佐山君、意外にすんなり提案したね。もっと渋るかと思ってたけど」
「何、人道的立場からすれば当然の事だよ新庄君。それに私は新庄君以上に信頼出来る人物を他に知らない。
 相手の信用を望む場に、信頼出来ぬ人間を置くなど愚の骨頂だ。
 問題があるとすれば新庄君がいなくなった事におけるサダギリンの不足を誰が補うかだが――」
「……水道水でも飲んでれば?」

新庄は当然のように受け入れる。
抗議どころか疑問すら抱かないその姿にシグナムは声を上げる。

「待て新庄、お前はそれでいいのか!?」
「え、うん。シグナムさん達だって説明する人必要だろうし、特にやらなきゃいけない事もないし。
 出来る事があるなら手伝いたいって思うけど――いらない、かな?」
「いや、そうではなくてだな。先日会ったばかりの相手に従えなどと言われて、納得できるのか?」
「大丈夫じゃないかな?シグナムさん以外の人達とは今日初めて会ったけど、悪い人たちじゃなさそうだし。
 今だって心配してくれてるもの。緊張はするけど、断る理由なんて無いよ。
 それに、シグナムさん達は騎士なんでしょ?一時的とはいっても、ボクはヴォルケンリッターの従者になるんだもの。
 付き従う人をを傷つけるような事はしない、って信じてるから」

目を弓にした笑顔と共に、疑う様子も無く新庄は答える。
心配してくれたから、騎士であるから。――そんなものは証拠にならない。
そんな理由など、こちらが騙そうと思っていればいくらあった所で足りはしない。
けれど相手は信じると言う。すでに主の命に背いている自分達を信用して身を預けると言う。
俯き、項垂れたシグナムから声が漏れる。全員が等しく思っている事を代弁するように言葉を紡いでいく。

「――何故」
「え?」
「何故、そこまでする。見ず知らずの、しかも追われていた我々に、どうしてここまでする。
 力の差は歴然、時空管理局に引き渡す事はおろか殺すことさえ容易な程だ。その気になれば我らの主を見つけることすら出来るだろう。
 なのに何故、管理局に敵対する危険を冒してまで我々に手を貸すと言う」

下を向いていた顔を上げ、シグナムは佐山に対し絞り出すような声で問いかける。
それに倣うように自分達も顔を上げ、姿勢を正す。
――どのような答えが来ようとも受け止める覚悟を示す為に。
見据える先の佐山は応じるようにゆっくりと立ち上がる。
隣に新庄が並び立つのを待ってから、スーツの右袖を振りたてて告げた。

「ならば言おう、佐山の姓は悪役を任ずる。――それが理由だ」

            ●

部屋に声を響かせながら佐山は告げる。

「いいかねヴォルケンリッターの諸君。我々UCATは、元々異世界間の問題事を解決するために編成された組織だ。
 国ごとで前身となった組織は異なるが、どれも目的は同じ。あらゆる問題を、いかなる手段を用いてでも解決する事だ」
「故に、我々は君達に対して協力を行う事はない。事件を助長する結果になっては全ての人に申し訳が立たないからね。
 もし故意に襲っていたという証拠があったのなら、それこそ力ずくで拘束してでも止める義務がある。
 だが同時に我々は、武力以外の方法を試す権利も持っている」

一拍を置き、向けられる視線を押し返して声を上げる。

「君達が犯罪行為を強要されていると言うのなら、心の底から平穏な日常を望んでいると言うならば。
 我々は持てる全てを賭けてその原因と戦おう。
 何故ならそれこそが我々の仕事であり、幸いへ繋がる道だと信じているからだ」
「悪役である私は容赦をしない。加減をしない。いかなる言い訳も聞く事はない。
 悪役である私は要求をしない。譲歩をしない。どれ程の障害があろうと諦めることはない。
 例え君達が泣き叫ぼうと、地に膝を着こうとも。叩き起こし、蹴り飛ばして連れて行こう。――望む場所へと」

あげていた右腕を大きく左から右へと払う。
余計な物は置いておけと言わんばかりに振りぬいて告げる。

「答えたまえ雲の騎士達よ。流されるのではなく、自ら望む場所へ行くために声を上げたまえ。
 もし行きつく先が、幸いヘ通じているならば――我々はいかなる協力も惜しまないとも」
「――――――」

部屋に静寂が満ちる。
右腕を下ろし、佐山は無言で答えを待っている。
……応えなければ。
シグナムは呆然自失となった心でそう思うが、何と応えれば良いのか分からない。
取り柄のはずだった冷静さなど、とうにどこかへ行ってしまった。
そんな考えのまとまらない頭の中に、念話による声が響いた。

"シグナム、聞こえているか"
"ザフィーラ、か。お前ならこの問いかけにどう応える?情けない話だが、私には答えが見つからない"

問いかけに対し、少しの間を開けてからザフィーラは応える。

"私に答えられる事では無いな。ヴォルケンリッターの将はお前だ、シグナム。
 おそらく皆同じ気持ちだろう。この場において、この問いに答えられるのはお前しかいない"
"しかし――"
"だが、一つ言える事はある"

思わず出かけた弱音を遮るようにザフィーラは続ける。
言いかけた言葉を飲み込み、来る言葉に耳を傾ける。

"我らは騎士だ。過去にどのような扱いを受けようともな。
 そして今の主は我らの名を、騎士であると同時に大切な家族として呼んでくれる。そしてそれで十分だ"

ザフィーラの静かな言葉は重みを持って心に響き、忘れていた思いを呼び起こす。
自分達がどうあるように望まれたのかを、交わした約束と共に思い出した。
心を決め、シグナムは全員に問いかける。

"シャマル、ヴィータ、ザフィーラ。――我らは、主に誇れる騎士となれるだろうか"

答えは無い。けれど目を向ければ、決意を込めた視線が返ってくる。
……問いかけるまでも無かったな。
問いは自分に対しても向けた物。そして答えは返事を聞かずとも分かっていた。

(――例えどのような結果になろうとも。この決断だけは、きっと褒めてくださるだろう)

空は広く、行きつく先に何があるかはわからない。
だがどこへ流れ着いたとしても、きっと後悔だけはない。
顔を上げて長年の戦友を見れば、揃って相づちが打たれる。
それに頷いて返すと、シグナムは佐山を正面から見据えて告げた。

「我らヴォルケンリッターは日本UCATに対する誠意の証として、
 闇の書の被害を受けた者の中で最も重症と思う人物を連れて来よう。
 そしてその人物に対する治療に対し出来る限りの協力を行う事。
 もし治療が成功したならば、他の被害者の治療に対しても全面的に協力を行う事を、
 騎士の誇りと我らの主に誓い、ここに宣言する!」
 
頭を下げる事も膝をつく事も無いが、何一つとして思いどおりにはならなかったこの交渉に勝利は無い。
それを誰よりも理解しながらもシグナムの口端には笑みが浮かぶ。
――勝利を望んで来た騎士は、敗北を得てなお先へ進む。もはや誰にも止められることなく、ただ前へと進んで行く。



―――後書き+作者雑記Ⅱ―――

最長記録更新&強引な展開でごめんなさい。
ヴィータさんは優しい子なんです。本当はこんなキレやすい子じゃ無いんです。
でもここの展開を変えるとこのSSが崩壊してしまうので理不尽に切れて貰いました。
うぅ、もっとスムーズな展開にしたいよぅ。

そして最長記録更新。どう考えても前後編の分け方を間違ったせいですね、すみません。
一話当たりの文章量ってどのくらいが適当なんでしょうね・・・今までのが後書き抜きで平均200~300行ってとこで
これが500行ちょい、前に長いと言った四章でも400行ですから随分多いですね。
あんまり多いと読み辛いと思うんですがどうでしょう?区切る位置もっと考えないとダメかな・・・

前回やったリクエストは現在も継続して募集中。
ただ「感想版に書きたい」と要望が来たのでそちらの方でもOKとします。
リクエストと同時に感想も送ってくれると作者がとても喜びます。
メールでも受け付けてますのでそちらもどうぞ。

以下作者雑記Ⅱ。例によって読まなくてもいいので聞いてくれる方はどうぞ。

――さて、ここが始まりです。

この章に書いた1シーンからこのSSは始まりました。
投稿どころかSSとして書く事すら想像してなかった妄想の産物が、拙いながらも形になるのは何とも言えない気持ちです。

きっかけはもう思い出すのが難しいですが、某なのはSS保管庫の作者様二人に影響を受けたのは間違いないです。
自分には考え付かないクロスのさせ方だったのでものすごく新鮮でした。
同時に同じクロスを考えている人がいたことが嬉しくもありました。御二方がいなければこのSSはありません。
完結にはまだ遠いですが、先んじて御礼を言わせていただきます。

そしてもう一つのきっかけは、佐山御言というキャラクターとヴィータの「和平の使者は~・・・」という台詞だったりします。
始めに少し書きましたが、このSSは「ヴィータのあの台詞を佐山に言ったらとんでもない言い分で返されるだろうなぁ」という妄想が元になっています。
そう言う意味でこのSSは「佐山×ヴィータ」と言えるのかも。・・・実際にやったら想像できませんがw
とはいえこの二人が始める上で重要だったのは言うまでも無いですけどね。
原作者である川上稔氏とリリカルなのは関係者にも改めて感謝を。

思い返せば遠くまで来た、という感じがします。当時の自分からすれば考えられない事やってますからね。
未来って言うのはどう転ぶか分からないものです。
ここまでやったからには完結させたいですが・・・正直、終わる目処は立ってません(汗)。まあでも、続けていればなんとかなるでしょう。

さてようやくヴォルケンリッターとの交渉が終わったので、次は管理局との交渉へと移ります。
同時にヴォルケンリッター絡みの話になのは達の話とかも書きたいし・・・うぅむ、どんどん膨らんでくなぁ。
書き上げるまでにもうちょっと構成と文が上手くなりたい所ですが・・・こればっかりは精進あるのみ。がんばります。

長くなりましたがとりあえずはこの辺で。後書き、雑記を含めてすべて読んでくれた方はご苦労様でした。
次に区切りのいい所までいったらとらハ版に行くんだ・・・と夢を見ながらお開きとしましょう。

それでは、ここまで読んでくれた方に感謝を。



[5820] 第十章 『秩序の担い手』
Name: 月天召致◆93af05f1 E-MAIL ID:158e6bd5
Date: 2009/07/20 03:37
海鳴市の聖祥大学付属小学校。なのははフェイトとすずか、アリサを含めた四人で昼食時の喧騒が溢れる廊下を歩く。
日当たりのよい廊下は天気のよさと相まって暖かな空気が満ちている。

「――それじゃあ二人とも、今日は直ぐに帰るの?」
「うん、リンディさんのお仕事の関係で人が来ることになってね。せっかくだから私達も挨拶しておこうと思って」
「どんな人なんだろうね、そのお客さん」
「会社を経営してるって話だよ。どんな会社なのかはまだ聞いてないけど」

手にランチバッグを提げ、雑談を交わしながらいつもの場所へと向かう。
中庭にある一角は、フェイトが転入する以前から何度か使っている馴染みの場所だ。
冬場はさすがに寒いので天気の良い日にしか出られないが、残念と思うよりは楽しみだと思う。
青空の下、適当な場所に座ってお弁当箱を広げれば、いつも以上に話は弾む。
中身をほぼ空にしたところで、フェイトが持って来ていた本を手に取った。

「ん?何、その本?」
「えっと、さっき言ったお客さんに関係する本なんだ。まだほとんど読んでないんだけど……」

アリサはフェイトからその本を受け取ると表紙を確認する。
隣から白い表紙に金字で書かれたタイトルを見て、すずかが声を上げる。

「これ、聖書?お客さんって宗教関係の人なの?」
「ヒントになるって言われただけで、お仕事のほうに関係してるかはわからないなぁ。
 すずかちゃんは、聖書読んだことある?」

一抹の期待を込めて問いかけると、首を傾げつつすずかは答える。

「実際に読んだことは無いけど、いろんな本で関係した事が取り上げられてるから大体の所は知ってるよ。
 確か、二種類あるんだよね」
「あたし知ってるわ、旧約聖書と新約聖書でしょ。信じてる宗教によってどっち使うかが決まるんだっけ?」
「んー、別にそういうわけでもないんだけど……キリスト教の人が読んでるイメージはあるかな。
 私達に一番身近なのは、やっぱりキリスト教の人だし」
「じゃあ、何かこう――調べる時の手掛かりとかないかな?キーワードみたいなのでもいいんだけど」

フェイトの質問に対し、すずかは考える仕草をしながら話し始める。

「いっぱいあるからこう、って決めるのは難しいんだけど……新約聖書だと宗教の名前にもなってるイエス=キリストに、聖母マリアとかかな?
 旧約聖書の場合は有名なアダムとイヴの他にノアの方舟のお話とか。十二使徒は……どっちだったかな?」
「最後の晩餐に出てくるんだから、十二使徒は新約聖書よ。白い鳩が平和の象徴なのは、ノアの箱舟の話から来てるっていうのも有名な話ね」
「ふぇー……」

会話を続けるアリサとすずかに思わず感嘆の溜め息が出る。
聞いた事のある単語は多いが、詳しい事までは知らないものばかりだ。
フェイトと共に感心していると、二人は照れくさそうに頬を掻いた。

「まあともかく!女の子なんだから、人に会う時はちゃんと身嗜みは整えて行く事、いいわね!」

頬を赤らめたまま、顔を背けて声を上げるアリサ。
あからさまな照れ隠しに、三人で顔を見合わせて笑い合うと昼食の時間は終わりに近づいていた。
空になったお弁当箱を包みなおし、教室に戻るために歩き出した所で再びすずかから声が上がった。

「そういえば、聖書関係で有名なのって、もう一つあったね」
「他にも何かあるの?」
「なのはちゃんもよく知ってるよ。時期的にも、もうそろそろだね」

すずかは楽しそうな声で言葉を続ける。

「クリスマスに歌う聖歌――清しこの夜だよ」

            ●

奥多摩の日本UCAT本部、地下一階にある食堂の一角では新庄とヴォルケンリッター達が集まっていた。
既に昼食は食べ終え、テーブルにはお冷しか置いていない。
食事の合間に大まかな説明は聞いてしまったので、今は今後の動きを決める段階に入っている。
冷たい水を一口飲み込んでから、新庄は口を開いた。

「これからの事だけど、シグナムさん達は一旦戻るの?」
「ああ。主に説明もしなければならないし、ここに留まって管理局と鉢合わせするのも望ましくないからな。
 先程佐山が呼ばれたのは、やはり――?」
「うん、管理局の人から連絡があったみたい。お昼過ぎにはこっちに来るらしいから、ちょうど入れ替わる形になるね」

この場に佐山はいない。来る途中で八号と共に別行動となったからだ。
今の状況を考えれば、これからの行動を決めるのは自分だ。
新庄は必要なことを考えながら言葉を紡ぐ。

「説明する時はやっぱりボクも行ったほうがいいよね……。話、合わせなきゃいけないし」
「そうして貰えると助かる。ただ、打ち合わせは私達の世界に着いてからにしよう。他に必要な事はあるか?」

落ち着いた様子で聞いてくるシグナムに、しばし考え込んでから答える。

「なら、これまでの治療記録とかあれば助かるかな。もちろんこっちでも検査はするだろうけど、あって困る事はないだろうし」
「じゃあそれは私が。その辺りの記録は私が管理してるから、直ぐにでも渡せるわ」

そう答えるのはシャマルだ。覚えているのか、クラールヴィントに記録しているのかは分からないが時間の短縮にはなる。

「となると、シャマルさんはこっちに残ってもらう事になるかな?」
「管理局の連中が来るのに大丈夫か?
 もちろん、はやての治療は早く進めたいけどよ……ここまで来て、焦って失敗するようなこともしたくねぇ」
「多分だけど大丈夫。シグナムさんがこの世界に来た時に入った、概念空間っていうのは聞いてる?
 UCAT本部の中はそれを使って使える空間を増やしてるから、自然と探知は難しくなってるはずだよ。
 それとは別に隠蔽用の概念も渡しておくから、まず見つからないと思う」
「なんか信じられねぇな……その、ガイネンっていうの。いや、別に疑ってるわけじゃねぇけどさ」

難しい顔で話すヴィータを見ながら苦笑を浮かべる。
忘れがちだが、突拍子もない事を言っているのは自分たちの方だ。信じられないのも無理はない。
とはいえこればかりは口で説明するのも難しいので、時間が出来た時にでも体験してもらうしかない。

「ボクから見れば魔法もデバイスも十分不思議だけど、似た様な物なら作れそうだからなぁ。
 シャマルさんは医務室行った後、開発部の方に寄ってみます?そう遠くない内にお世話になるでしょうし」
「ならお言葉に甘えようかしら。私自身も興味があるから、話が聞けるのは嬉しいわ」
「それじゃあここを出る前に連絡しておきます。医務室に行った後、そのまま開発部に寄るって事で」

そこまで話すと新庄は一息を吐く。
軽く背筋を伸ばすのに合わせて天井を見上げると、ふとある事が頭を過った。

(……あれ?ボクがシグナムさん達に付いて行ったら、交渉は誰が――?)

イメージの中では応接室に昨日の二人と佐山が向かい合っている。傍には八号も控えているだろう。
だがそこに自分はいない。そう気づくと同時に嫌な汗が流れた。

「ぅ、うわぁ……!それは駄目だってば!!」
「どうした!何か問題が起きたか!?」
「いや、問題というか、想像したくない未来が……」

想像の内容を簡潔に説明すると、ヴォルケンリッター達は揃って何とも言えない表情になる。
微妙になった雰囲気を誤魔化すように、頭を掻きながらヴィータが言う。

「あんまりこういう事言いたくねぇけどよ……あいつ、いつもあんな感じなのか?」
「さっきのはまだましな方だよ。普段の行動見てたら、あの程度は普通に見えるね。
 ――普通に見えたら駄目なんだろうけど」

ため息混じりに答えると、今度こそ嫌そうな顔をするヴィータ。
……ボクも感覚が麻痺しないようにしないとなぁ。
心の中でそう誓い、伏せた顔を上げて取り繕う。

「やる事やってるし、いざという時はボクよりよっぽど頼りになるから大丈夫だよ。
 普段の奇行はまあ……八割流す感じで」
「頼りになるのは身をもって知っているが……お前も大変だな」

テーブル横にいるザフィーラの気遣いが心に沁みる。
しかし感動するのは後でも出来る。まずは対策を考えなければいけない。

「とりあえず、後で誰かに頼んでおきます。誰か頼める人居たかなぁ……」
「その辺りは任せよう、出来る事もないしな。用が済み次第私達も動く――終わったら声を掛けてくれ」

Tes.と答えて考えに入る。さて、誰に頼むべきだろうか。

            ●

お昼過ぎ、UCATの一階ロビーは高くなった日差しと共に来客を迎えていた。
人数は六人。なのはとフェイトを先頭に、アルフとユーノが続き、それをクロノとリンディが追いかける。
ユーノは人の姿になっており、アルフも獣人形態でいる。
ロビー中央で相対する形で、二十三号は客人を出迎えた。

「ようこそ御出で下さいました、高町様、テスタロッサ様。初対面の方々には、僭越ながら自己紹介をさせていただきます。
 私、警備部所属の二十三号と申します。以後お見知り置きをお願い致します」

名乗りながら一礼をすると、リンディ達も礼を返した後で簡単に自己紹介を済ませる。
外見と名前を一致させた所で気になっていた事を問いかけた。

「失礼ですが、佐山様との交渉は全員で行われるのでしょうか?
 その場合、部屋を変える必要がありますので少々お待ちいただくことになりますが」
「いえ、私達は昨日の"宿題"をやるために来ただけです。交渉はリンディ提督と、クロノ執務官が担当します」

フェイトにそう言われて後ろへ視線を向けると、リンディとクロノは軽く頷いて返してくる。
二組に分かれるとなると手が足りないが、幸いここから応接室まではさほど離れていない。
なのは達と面識があるという事も考慮し、応接室までの道案内は他の誰かに任せた方が良いと判断。
受付に視線を向け、共通記憶で用件を伝えると、当番だった自動人形がこちらへ小走りに駆けてくる。
交渉に応じる二人を案内していくのを見届けた後で、二十三号はなのは達に向き直った。

「お待たせいたしました、それではこちらも参りましょう。何か予定がありましたら、そちらへご案内しますが」
「えっと、特には。貰った資料もまだ読み終わってないですし、今日はまず、色んな人から話を聞こうと思って。
 二十三号さんは3rd-Gの人なんですよね。お話、聞かせて貰えますか?」
「人ではなく人形の身分ではありますが、私で良ければ喜んで語り部を演じさせていただきます。
 立ち話をさせる訳にもいきませんので、とりあえずは第一資料室へ向かいましょうか。
 あまり詳しい資料はありませんが、話の確認を取るには十分な場所です」

相手が頷くのを確認すると、共通記憶で準備を整えておくように告げる。
応じる声を快いと判断した所で、アルフからの視線に気がついた。

「アルフ様、何かご用でしょうか?」
「別に用件って訳じゃなくってね。なんであんた達は人に仕えてるんだろうって考えてたのさ。
 あたしはフェイトの使い魔だし、そうである事に満足してるから傍にいるけど、そっちはどうなんだ、ってね。
 やっぱりそうするように作られてるからかい?」
「こ、こら、アルフ!」

いつもの調子で問いかけるアルフに、フェイトが慌てて注意をする。
一般的な観念からすれば失礼となるのだろうが、問いかける言葉に悪意は無く、純粋な疑問だ。答える事こそ礼儀だと判断する。

「確かに、私共は人に仕える事を存在意義として生み出されます。しかしそれだけでは只の人形と変わりません。
 自律行動のできる自動人形は、内に心を宿すからこそ侍女となり、従うだけでなく尽くす事の出来る存在となります。
 そして魂を持たぬ人形に心を宿すのは、いかなる時も人の想い。ならば、人に尽くすのは当然かと」
「――それが自分に向けられた想いじゃなくてもかい?」
「一度心が宿ったならば、例え元が何であろうと宿した人形の物でしょう。
 そこから先をどうするかは、同じ心を持たない私には判断できません」

こちらの言葉に、アルフは小さく応じると目を伏せる。
他の三人も何か思う所があったのか、押し黙って事の成り行きを見守っている。
場の雰囲気を変える意味も込め、大丈夫かと問いかける前にアルフは顔を上げた。

「……そっか、そうだね。やっぱ自分で考えなきゃわかんないか」
「私の答えは、満足のいく物でしたでしょうか?」
「一応はね。作られた時から決まってる事だから、って言われなかっただけでも満足だよ」

笑いながら、ばしばしとこちらの肩を叩いてくるアルフ。
その様子を見つめるフェイトの瞳は、今まで見せていた物と少し違っている。
声をかけるかどうかの判断が人工知能の中で廻るが、少なくとも今は声をかけるべきでは無いと判断を保留する。
保留した記録を残し、当初の目的のために動く事を優先する。

「では改めまして、第一資料室へご案内いたします。よろしいですか?」
「あ、はい。よろしくお願いします」

お辞儀をした四人にTes.と返し、二十三号は移動を開始した。

            ●

「日本UCAT、代表兼交渉役の佐山御言だ。よろしく頼むよ」
「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンです。隣にいるのが提督の――」
「リンディ・ハラオウンです。今日はこのような場を設けて頂きありがとうございます」

応接室の中ではUCATと管理局、それぞれの代表が顔を合わせていた。
ヴォルケンリッターとの交渉に使われた部屋とは違うが、同じ様式の部屋だ。
佐山は柔和な笑顔を見せるリンディと、緊張した様子を隠し切れていないクロノに目を遣りながら告げる。

「同じ姓、という事は家族かね?」
「ええ、息子です。自慢の、って付けるべきかしら」
「ははは、仲がよさそうで何よりだ」

まずは軽く雑談を交わしながら相手の出方を窺う。
同時に佐山はこれからの展開を予測する。

(……ふむ、落ち着きの差は年季の差か。親子であると同時にベテランと新人でもあるようだね)

定石で行けばまずクロノが交渉相手として来るだろう。
それで決着がつけば良し、つかずともそこまでで得た情報を元にリンディが対処する形だ。

「こう言っては何だが、そちらの世界では未成年者がこういった仕事に就くのは普通なのかね?
 他の来訪者といい、随分と多いように見えるが」
「魔導師としての資質は生まれつきの部分が大きいですから、僕の様に本人の希望があれば受け入れられます。
 執務官といった役職も、試験に通れば年齢は関係無いですし」
「とはいえ簡単な物でもあるまい。君も随分と頑張っているようだね」
「いえ、それほどでも」

会話を続けながらも、どう出るべきかを思案し続ける。
管理局に対しても、ヴォルケンリッター同様協力する気は無い。
とはいえ敵を増やす事に意味は無いので、予定通りに中立を保つための交渉をする――はずだったのだが。

(交渉相手を前にして気が抜けたままというのも困ったものだね。ただの雑談で時間を浪費するなど、何とも私らしくない。
 サダギリンの不足というだけならまロ茶で多少は補えたのだが)

理由は明白。ヴォルケンリッターの交渉が終わった時点で分かっていた事だ。
……端的に言ってしまえば、つまらない、の一言に尽きる。
悪役として交渉に挑むのならば、それは本気で無くてはならない。
だが今の状況はこちらに果てしなく有利だ。勝てる要素が多すぎてやる気を奪われる位に。
いつもなら足りない分を新庄で補うが、今当人は居ない。
故に思う、この程度の相手に自分の本気をぶつけるべきなのかと。

(かつての私と似て非なる悩みだな。過去の私は本気の自分を知らなかったが、
 今の私は自分の全力をぶつけ、痛みすら快いと感じながら先へ進む楽しみを既に経験している。
 まるで7th-Gの四老人だね全く。――この様な思いが続くのならば、老いていくのも解るというものだ)

しかしいつまでも考え込んでいる訳にもいかない。
見方を変え、何がしかの理由を付けられないか探ってみる。

(例えば最善を尽くさねば新庄君が悲しむ、というのはどうだろうか。
 まロさも半減、いや、優しい新庄君の事だ。一割ほどになってもおかしくは無い。
 いかんねそれは!あの芳醇なまロさが失われるなどLow-G全体の損失!――しかもそれだけではない。
 新庄君がヴォルケンリッターの指揮下に入っている現状、まロさが失われれば説得が失敗してしまうやもしれん……!
 何という事だ、世界がこれほど危機に瀕していたのに気がつかなかったとは!!
 だがまだ遅くは無い。世界は私の交渉と、新庄君の尻にかかっている。これは気を引き締めていかねばならないね!)

自己発生させた脳内の葛藤が一段落した所で、応接室の扉からノックの音が響いた。
八号が扉を開けると、二人の人影が背中越しに見える。
前に立つ一人は受付服姿の自動人形、先程クロノとリンディを案内してきたのも彼女だ。
受付服の自動人形が一礼をして踵を返すと、後ろにいた二人目が入ってくる。
在学時は毎日の様に見ていた尊秋多学園の女子制服に、赤い七宝焼きのペンダント。
首の後ろで束ねた黒髪をなびかせるその人物は、佐山も良く知っている。
長身の女性は交渉相手の二人に軽く礼をすると口を開いた。

「尊秋多学園生徒会長、そして交渉役の臨時補佐を任された戸田命刻だ。――よろしく頼む」




―――後書き―――

今回は幕間であると共に色々な事に気付いた章でした。
聖書関係の説明出来そうなのがかなり少ないって言うのが特に。
管理局員は基本部外者なので説明させると違和感があるんですよね・・・。
ユーノ辺りなら知っててもおかしくなさそうですが、どうもしっくりこなかったので説明役に来てもらいました。
どんな作品でも一人はいるであろう解説役。本好き設定は便利でいいですねw

後は3rd-Gとの親和性の高さとか。これは書き始めた当初から思ってた事ですけどね。
両方とも「現代世界の可能性」みたいな感じなんで会話に困らないです。
今回のアルフさんの発言とかはその辺含めた気遣い、みたいな感じで書いてます。
プレシアさんとの戦いから一年経ってないし、ちょっと位過敏な反応が普通だよね、とか。

それと今回の佐山がおとなしいのは作者の本音が混じってるからです(マテ
というか前回で気合い入れすぎたので対管理局交渉は出涸らし気味。
何やっても二番煎じにしか感じないのでちょっとメタ発言+テコ入れでお茶を濁しました。
あんまりぐだぐだやってもしょうがない、という事で大目に見てくれれば嬉しいです orz

最後にリクエストの件。
飛場家コンビと原川・ヒオで頂きましたが、今の所原川・ヒオで考えてます。
飛場家じゃないのは竜司の身体能力が高いのと、3rd関連で出番がありそうなのが理由。
なので出しにくい機竜をメインとした外伝とか書こうかな、と。元々考えはあったので結構すんなりいけそうです。
ただちょっと問題がありましてですね。
本編終了後のオマケみたいなので考えてたのでリリなの側の出番がほとんど、というかゼロに近いです。
仮にもリリカルなのはとのクロスで投稿してるのに、いいのかコレ?・・・みたいな。
そんな訳でまだあんまり手つけてません。
「別にかまわないぜ」という心優しい方がいたら一言くれると励みになります。

それでは、ここまで読んでくれた方に感謝を。



[5820] 第十一章 『相対する力』
Name: 月天召致◆93af05f1 E-MAIL ID:158e6bd5
Date: 2009/08/20 02:33
・――戻る事は無い。

            ●

命刻が部屋に入って来た後、一番始めに返されたのは佐山の言葉だった。

「何をしに来たのかね戸田命刻。二年ダブリだというのに早退とは、もしやもう一年留年が決まったのかね?
 これで貴様は馬鹿の出雲よりもさらに輪をかけて馬鹿だと証明されたわけだ。ははは、馬鹿が伝染(うつ)るので近寄らないでもらおうか」
「甘く見るな。成績も出席日数も足りている上に、午後の授業は既に公欠という事で話がついている。
 生徒達にも校内放送で大樹先生の授業だから、と言ってある。私の支持は揺らぐまい」
「そうかね。だがあいにく私の隣は新庄君専用エリアだ。座りたければ尻神様への供物と舞を捧げた後で
 私を称える言葉を三日三晩唱え続けたまえ。そうしたら一㎝ほど踏み込んでもいい許可をやろう」
「そんな奇習は一人でやっていろ。それに元より座る気も無い。……腰が入らないし、初速も落ちるからな」

命刻はそう言って先程まで八号が居た位置の隣、ちょうど佐山の背後から一歩横にずれた位置へ移動する。
壁際まで行くと提げていた鞄を置き、左肩に背負っていた袱紗を下ろして手の中へ落とす。
寄りかからずに自然体を保った状態を作ると、命刻は先を促した。

「気にするな、というのも無理な話だが、とりあえずは置いておいて貰いたい。
 急な話だったから詳しい事情も聞いていないし、私はしばらくその馬鹿を諫める役に徹しよう」
「――わかりました。それでは本題に入りたいと思いますが、よろしいですか?」

クロノは佐山に向き直ると、軽く居住まいを正してから問いかける。
問われた言葉に対し、佐山は腕を組んで何かを納得するかのように頷いて応えた。

「構わないとも。こちらとしても前フリが長いと思っていた所だしね」

では、と置いてクロノは闇の書の特性と危険性を過去の資料や起きた事件の概要を踏まえて説明していく。
その上で相互の協力に基づく防衛体制の構築と逮捕時のヴォルケンリッター達と闇の書の主の処遇、
そしてその後の身柄引き渡しについてどうするかの考えを述べた。

「引き渡しが済み次第、闇の書の関係者各位は管理局法に基づき裁判に掛けられます。
 その後の処遇がどのようになるかは彼ら次第ですが、これを以って事件の解決として臨時防衛条約を満了。
 後日改めて、交流を目的とした取り決めを行いたいと考えています」
「それが無難な所か。些か慎重すぎる点もあるが、現状を考えればそんな所だろう」

クロノの言葉を、佐山は腕を組んだままの姿勢で聞き終える。
話をしている最中は相づちを打つだけだった佐山の答えを聞き、クロノの顔に安堵の感情が広がる。
その気持ちを後押しするかのように佐山は続けて言った。

「そちらから話す事は以上かね?」
「はい。詳細な取り決めについては話が終わった後で改めて行おうと思っていますので」
「ではさっそくだが我々UCAT側の解答を述べよう。君達としても早く返事が欲しいだろうからね」
「えぇ、それはもちろんですが……いいんですか?」

告げられた言葉に、戸惑った様子でクロノが返す。
僅かに視線を向けて壁際の命刻を窺い、言外に話し合わなくてもいいのかと問いかける。
それを無表情な顔で眺めた後で、佐山は返事を返す。

「……焦らされた方が良いのかね?焦らしプレイを自分から要求するのはマナー違反だよ?」
「ち、違うっ!話し合わなくていいのか、と思っただけだ!!」

クロノが慌てて言い返した言葉に、佐山は元より後ろの二人も微妙に目を逸らす事で答えとした。
冷や汗を流し始めるクロノを無視して、佐山はリンディに顔を向けた。

「では改めて言おうか。――私、佐山御言が日本UCAT全部長として宣言する」

佐山はスーツの袖を音を立てて鳴らしながら腕を振り上げ、告げる。

「我々日本UCAT、ならびに協力関係にある全ての組織は原則として、管理局に対し"完全中立"を保つ事をここに誓うものとする!」

告げた。

            ●

「……中立、ですか?協力では無く?」
「二度は言わん、言い間違いのつもりもない。顔の横に耳は付いているかね?
 鼻だと答えたら大樹先生に突き出してやろう。――妄言の産物が現れたぞ、と」

クロノの言葉に対し、にべもない返事をする佐山。
応える言葉に迷いは無いが、クロノとしてはそれこそが違和感の元となる。
その思いを顔に出さないように注意しつつ、一息をついて声を上げる。

「理由を聞かせて貰えませんか。なぜ協力をしていただけないのか」

そう言いつつも、全く想像がつかないというわけでもない。
今回提示した条件は"損を出さない"事が目的であって、明確な利益がある物では無い。
技術交換は互いに言える事なので利益とは言い難いし、防衛の話は未だ可能性レベルだ。
交易や技術提供の話をもう少し進めて腰を上げさせないと駄目か、と考えをまとめた所で答えは来た。
衝撃と呼べる勢いを持って、だ。

「幾つかあるが、まあ強いて言うなら――全部だね」
「――――――?」

衝撃は頭の中にあった考えを押し流し、全部とは何だ、という疑問に置き換えた。

(指揮系統の混乱があるのだとしても、こちらの技術を得る事は悪いことではないはずだ。
 それとも身柄の扱いに問題があるのか?この世界では犯罪者が保護される法律があるとか。
 人権問題は厄介だな……。でもミッドチルダだってきちんと法整備のされている世界だ、裁判だって行われる。
 いや待て、そもそもこの世界で捕えられたのなら現地の司法機関が優先されるのか?
 だけど、次元犯罪者が管理外世界で裁判に掛けられた事例なんて――)

浮かんだ疑問はさらに疑問を呼んで尽きる事無く溢れてくる。
いくら探しても答えが見つからない疑問の渦は声を上げる事すら忘れさせる。
様子を見かねたリンディが声をかけるよりも早く、佐山が動く。
頭を深々と、それこそ机に打ち付けるほど深く下げたのだ。

「!?」

驚きの念はいきなり頭を下げられた事に対する物、そして直後に奔った銀線によるものだ。
遅れて来たかん高い金属音と、避け損ねた数本の髪の毛が宙を舞うのを見て、ようやく剣が振り抜かれたと気がつく。
下げられた頭を見ていた目を上にあげると、そこには既に刃を鞘に収めた命刻の姿がある。
解かれた袱紗の口から覗くのは刀の柄、その持ち主は佐山の背を見ながら悔しげに呟いた。

「……避けたか」
「いきなり何をするのかね。散髪を頼んだ覚えは無いよ?」
「仕事だ。面倒がって説明を省くような奴に口は要らないだろう」
「貴様は今、口どころか首から上を持って行こうとしていたように思うが。
 そんなにこの美しい顔と聡明な頭脳が欲しいのかね?だが私の頭は新庄君と同じ墓に入る予定だ、諦めたまえ」
「そんな病気になりそうなもの要るか!それより面倒がってないでさっさと話を進めろ。
 交渉役が話をしないでどうする。ほら、仕事しろ仕事」

命刻は机の上に寝そべったまま話す佐山に、あっちへ行けとでも言いたげに手を振る。
当の佐山は、一息を吐いて身を起こすと無表情な顔をこちらへ向けた。

「特に問題があるとは思わないが一応聞いて置こう、何か言いたい事はあるかね?」
「あー……」

赤くなっている額も含めて、言いたい事は山ほどある。
が、とりあえずは目的を果たそうと思いなおし、深呼吸をして気持ちを落ち着かせた後で疑問を告げる。

「先程の質問の続きとなりますが、全部とはどういう事でしょうか。
 いきなり世界が滅びるかもしれないと言われても信じられないでしょうが、少なくとも損をする物ではないはずです」
「疑ってなどいないとも。真偽がどうあれ、注意するに越したことは無い話だ。
 ふむ、危険性を教えてくれた事については感謝の一言でも述べておこうか。だがそれがどうかしたのかね?」
「なっ!?世界が滅びても構わないとでも言うつもりか!?」

返された言葉に思わず語気が荒くなる。
抑えていた警戒心を表に出し、注意深く様子を窺う。
だが佐山は睨みつけるこちらの視線にも動じることなく、むしろ溜め息を吐いてから言った。

「クロノ君、どうやら君の想像力は、私達の経験の下にあるようだ。
 無差別攻撃?未知の技術?世界の危機?たかだがその程度の細事が、一体どうしたというのかね。
 君は私達を誘いたがっているようだが、生憎とこの手のイベントは日常茶飯事でね。
 もう少し面白味のある出し物でなければ行く気は起きないよ」
「イベント……?あなたは守るべき人々を、その人達が住む世界を何だと思っている!!」

頭に血が昇るのを自覚しながらも、止める事が出来ない。
同時に心のどこかで冷静な自分が見ているような気分になる。
しかしその自分も、この激昂を止める事は無い。それを正しさの根拠として、クロノは声を上げる。
だが佐山は怯まず、むしろ当然の事だと言わんばかりに返した。

「私が守る人などいないとも。物凄く、素晴らしく、堪らなく一緒に居たい人は身近に居るがね。
 世界も同じだ。世界が滅びるというなら、それはなるべくしてなった結果だ。私の知った事では無い」

呆れ顔で告げられた言葉は、血を熱していた火に燃料として追加される。
炎となった火によって、頭に上っていた血は容易に沸点を超える。
熱ごと吐き出す勢いで抗議をする直前、続く声が耳に入った。
それは、だが、と前置きをしてから落ち着いた調子で静かに続く。

「この世界は私の物で、つまりは神以上の存在だ。そんな私は新庄君のいるこの世界を失くすつもりは無い。
 まだまだ芳醇とは言い難いし、やりたい事も数え切れないほどあるしね。
 だから私は世界が滅びると知ったなら、それを回避する方法を探すだろう」
「な、なら協力を断る必要は無いはずだ!彼らの使う魔法についても情報がある、それでも断るというのか!?」

手のひらを返した台詞に言いかけた言葉を飲み込み、戸惑いと共に問いかける。
どう転がるか分からない話し合いは、まるでロデオでもやっているような気分にさせる。
振り落とされないようにするのが精一杯という意味も含めて、今の状況とよく似ている。

「断るとも。ぶっちゃけ君の提案には、私達が必要とする物が無いのでね。
 襲撃に対しては警備部が、技術に関しては開発部が、世界の危機には皆が好き勝手にやっていくだろう。
 君が掲げている物は、私達にとっては何とかなってしまう程度の物なのだよ」
「……この世界はそれで良いかもしれない、だが他の世界はどうなる。
 彼らに逃げ道をあたえれば、何処かの世界の滅びに繋がる。義務があるとは言わないが、責任を負う事になるのでは?」
「それは君たちの仕事だろう、自分の不手際を他人に押し付けるのはやめたまえ。
 私達は中立を保つつもりでいる。この世界で騒ぎが起きれば自衛行動をとるが、それ以上を率先してやる義理は無い。
 そしていくら私が協力をしないと言っても、各部署に正規の手続きを行えばこの世界で作戦行動を取る事は出来る。
 技術や物資が欲しいなら、相応の対価を払えば得られるだろう。
 交流や親交が欲しいのなら、話しかけて挨拶の一つでもすればいい。
 それでも捕える事が出来ないなら、相手の方が上に居ると言うだけの話だよ」

頭が冷えるに従って、道が無くなりつつある事に気づかされる。
熱くなった頭に燻った火種は、後悔の念を湧き立たせるが時すでに遅し。
他の世界を救うため、とする手が無くは無いが、この調子では決め手に欠ける。
さらに言えば話の流れによって越権行為にも成りかねないので、迂闊に出す事が出来ない。
このまま相手の要求を呑まざるを得ないと覚悟する直前、リンディの声が割り込んだ。

「それはつまり、私達を必要だと思わせる事が出来たなら、――協力していただけるという事ですね?」

            ●

隣で話を聞いていたリンディは、目を弓にして告げる。
余裕を持って告げた声は、場の視線を集める事に成功する。
佐山は僅かばかり驚いた顔を見せて問い返す。

「なるほど、確かにそうなるね。とは言えそんな提案があるのかね?数を撃っても当たるとは限らないよ?」
「ご心配なく。一発で心を射止めてみせますから」

こちらの言葉を聞き、心なしか楽しそうな佐山を見る。
しかしそんな相手とは裏腹にクロノの表情は優れない。
それを表すかのように、不安が入り混じった声の念話が届く。

"……大丈夫なんですか?"
"多分大丈夫だと思うわ。上手くいかなくても中立になるだけなんだから、気負いすぎない程度にいきましょう"

あえて楽観的な台詞を出して、緊張を解す。
クロノの交渉を見ていて思った事から来た考えは、至極単純なものだった。
この交渉の根本的な部分、そこでの意思疎通をしてしまえばいいと。
つまり――

「今回の交渉の目的は、自分の世界を含めた不特定多数の世界を守るために協力をしようと言う物です。
 しかしあなた方は自分たちで何とか出来ると言い、私達はそれでは危険だと意見が分かれています。
 これは偏に、お互いの力量を知らないために起きる事です。
 となれば話は簡単、一度試してみれば納得のいく答えが出ますわ」
「模擬戦のお誘いというわけか。私達が勝ったならそれを力の証明とする、と。
 場所は校舎裏、もしくは橋の下あたりかね?」

返事に拒絶は見られない。すんなりとノってきたのを見ると、
向こうもそのつもりだったのかもしれないと考えながら、それをチャンスと判断して一気にたたみかける。

「場所も時間も好きに決めて頂いて構いませんが、代わりに条件を幾つか。
 一つは人数。模擬戦の後で動けなくなってしまっては元も子もないですから、代表者による一騎打ちという形式にする事。
 もう一つは当然のことながら生命の保証。私達は非殺傷設定という物がありますけど、それに類する物はありますか?」
「機殻兵器は出力調整すれば問題あるまい。銃器の場合は訓練用の模擬弾を使用する物とする。
 全裸で受けても打撲で済むが、当たり所が悪かった場合はこちらで責任を持って治療を行わせて貰う。
 男だったら別の意味で死ぬ可能性があるが、その場合は捨て置くので注意したまえ」

相手の言葉に応じながら、リンディは少なからず奇妙な感覚を得る。
一定以上に発達した技術を持つ文明社会において、戦う事は少なからず忌避される事だ。
無論、防衛や利潤確保のための武力は備えてあってしかるべき物だが、それを積極的に振るう者は嫌われると相場が決まっている。
過去の経験を見ても、交渉の前と後で起こるいざこざは多くあったが対話の最中に持ち出される事は無かった。
少し考えれば当然の事で、力を交渉材料とした上で負けると相手に"自分たちの力量"という最大級の弱みを握られる事に直結するためだ。
話し合いで進めた場合、戦力の概要がわからないため迂闊に攻め入る事が出来なくなるし、交渉次第で自分達を有利に出来る。
時間を掛けてローリスク・ハイリターンを得る話し合いに比べ、試合による力勝負は一発限りのハイリスク・ハイリターンの方法と言える。

(ほんと、クロノが居てくれて良かったわ。この子にはちょっと酷だけど、良い経験にもなったでしょう)

相手が力での解決を望んでいる事に気付いたのは、彼が手本の様な、悪く言ってしまえば教科書通りの交渉を行ったおかげだ。
もし始めから自分が交渉に応じていた場合、意見を180度変える事になってしまう。
そんな事をすれば直ぐに自分の主張を変える相手と見られかねないため、必然的に負けを認めて相手の要求を呑まざるを得なかった所だ。
その事に自分で気づいてほしいと願いつつ、さらに話を進めていく。

「開始時間は今から一時間後、場所はこの建物の正面に概念空間を展開するのでその中をリングとする。
 使用する物に制限は無し。おやつ三百円分にバナナをつけて持って来ても問題は無いが、試合が始まってからの受け渡しは禁止とする。
 勝敗はどちらかが負けを認めるか、戦闘続行が不可能になった時点で決着とする。それで構わないかね?」
「ええ。あなた方が勝った場合は十分な自衛能力があるとして協力要請を取り下げます。
 逆に私達が勝った場合は、闇の書の襲撃に備えた防衛体制の構築を行って貰います。
 ……どちらにしてもこの世界でいろいろやるのはかわりませんけれど」
「こちらの規則に従っているうちは何も言う気は無いよ。出来る限りで何とかしようとするのは当然のことだ。
 模擬戦は私達にとってもいい機会だし、精々頑張るとしよう」

そこまで言うと、佐山は立ち上がって右手を差し出してくる。
同じく立ち上がってそれに応じ、きつくならない程度の力で握り返す。

「それでは一時間後に。良い結果が出る事を祈っています」
「Tes.」

――この時を以って時空管理局対UCAT、模擬戦ながらも二つの組織が相対する事が確定した。

            ●

佐山と命刻、そしてクロノとリンディの四人が交渉の場に揃った頃、日本UCATの第一資料室の扉を開ける者がいた。
地下一階に設置されたその部屋は、五十メートル四方の空間に雑多な資料が置かれた本棚が多数収められている。
中心の道を軸にして左右対称に本棚が並べられており、広く取られた道にはテーブルが二列置かれて三車線になっている。
デジタル化された情報もあるが、機密の問題から未だに紙媒体の資料も多く、そのほとんどはここに保管されている。
元は企業機密を多く保管する場所であったために、置かれている資料はほとんどがIAIとUCATに関する物だ。
しかし全竜交渉によって過去の行いが明かされた後に"公開しても良い"とされた物の複製が第二資料室から移されたため、
現在は会社資料と異世界の資料が、大体七対三の割合で置かれている。
その三割の資料が置かれている一角に、一人の侍女が近づいていく。
頭に小さな動物を乗せたその侍女は、プラチナブロンドの髪を揺らしながら声を上げる。

「高町様ー、テスタロッサ様ー。お届けものですわー」

本棚に挟まれた道の内、入口から見て左車線には客人が三人。
63rdは軽く会釈をするのに合わせて獏を頭の上から掌へと落とすと、そのまま雑多な資料が置かれたテーブルの上へと載せる。

「佐山様から預かって来ましたの。その後は手伝いをするように仰せつかってますので、ご用があれば遠慮無く言って下さいな」
「ありがとうございます。あなたもよろしくね」

そう言って獏を撫でるなのはを見た後で、63rdは置かれていた本に目を止めた。

「あら、3rd-G関連の資料ですわね。てっきり1stから順に追っていく物だと思っていたのですけれど」
「興味を持って頂いた、という理由の他に1st-Gの方は基本的に居留地住まいなので実際に会うまで時間がかかります。
 一番近いブレンヒルト様でも尊秋多学園まで行かなければなりませんから、佐山様達の交渉が終わるまでは保留としました。
 また、2nd-Gを主体とする開発部は現在別件で忙しそうなので、先に私共の説明をしようという判断です」

説明の台詞と共に歩いて来るのは二十三号。紙束の塔を抱えているので、こちらから見ると四角い箱に手足が生えたように見える。
隣のユーノが気遣う様子を見せながらも手を出さないのは、おそらく既に断られた後なのだろうと判断する。
早くも精根尽きた様子で机に突っ伏しているアルフの横に、二十三号が紙の塔を三つに分けて置いたのを見計らって63rdは言葉を続ける。

「今はどの辺りまで進んでいますの?」
「Tes.3rd-Gの特徴と、大まかな歴史の流れを。ユーノ様を始めとして皆様勤勉で嬉しい限りだと判断します。
 手伝う事が少なくて、少々手持無沙汰なのが残念ですが」
「それは幸いと判断しなさいな。真面目なのは良いですけれど、調べるのを手伝うだけが仕事では無いでしょう」
「……Tes. 紅茶を入れなおして来ますので、この場を頼みます」

置かれていたティーセットを手に取り、二十三号は司書室奥の給湯室へと向かって行く。
後ろ姿を適当に見送ると、63rdは本棚を眺めているフェイトへ近づいた。
見える後ろ姿は微妙に緊張感を伴っている。この様子では先程の呼びかけにも気付かなかったようだ。
63rdはあえて音を立てて隣へ立ち、ゆっくりとした口調で問いかけた。

「――テスタロッサ様。何か、手伝いが必要ですか?」
「ぁ……、63rdさん。えっと、大丈夫ですから、心配しないでください」

答える声は何処か力無い。心ここに在らず、といった様子は何かを気にしている事が原因だ。
63rdはそれを、探している資料が見つからないからだと推測する。
……この年頃の女性がこれほど気にする物と言えば、"あれ"と考えるのが妥当ですわね。
必要な物は資料室内で見つけており、ついでに言えば入口からここに来るまでに重力制御で抜き取ってある。
エプロンドレスのポケットに入れておいたそれを、静かに取り出してページをめくる。
開いた本の両端を持って良く見えるようにしてから、声と共にフェイトの眼前へ本を差し出した。

「ほ~ら、テスタロッサ様ー?IAI発行の教育系エロマンガ、「愛があればっ!?」ですわよ~?」
「――――――」

フェイトは動かない。だが63rdは眼球の動きで焦点がマンガに向いた事がわかった。
開いたページは行為始めの"焦らし"のシーンだ。
服を着たままの二人が、布団の中で卑猥な事を始めようと頑張っているのを俯瞰するコマがページの半分を占める。
残り半分は主に両者の惚気話と愛を語る言葉で埋められている。

(ふふふ、予想は的中ですわね!恋愛からアブノーマルまで網羅するこの本を選んで正解でしたわ……!!)

本を持つ手に力を込めて、ゆっくりとページをめくる。次のページからは直接的な表現が満載の"教育"ページ。
十八禁のハードルを、教科書として抜けるという伝説を作った第一話だ。自分の不手際で台無しにしては失礼にあたる。
限界まで焦らしつつ興奮と学習意欲を冷めさせない、最高のタイミングを見極めねばならない。

「――今で「そこまでです」――!?」

ここだ、と判断すると同時に背後から何かが飛んでくる。
平べったい魚の様なシルエットは宙を泳ぎ、手に持っていた本を包んで内に納めた。
何者、と問いかけながら振りむけば、目の前に二十三号が立っていた。
彼女は感情の無い声で、一言一言を機械的に告げる。

「あなたは、お客様に、何て、失礼な……!」
「二十三号?あなた言語プログラムがおかしいですわよ?バグじゃありませんこと?」

そこまで言った所で63rdは無言で殴られた。

            ●

ボディーブローを叩きこんだ腕を引くと、63rdは“く”の字に曲げた姿勢で腹部を押えた。

「んぐぅ……フレームに響きますわね」
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「問題ありませんテスタロッサ様、この程度で損壊するほど脆弱ではありません。そんなことよりも紅茶はいかがですか」

二十三号はエプロンドレスに包まれた十八禁本を回収し、フェイトに淹れたての紅茶を差し出してから、63rdに目を向ける。
こちらの騒ぎを気にして集まった客人四人と、その内一人の肩に乗った一匹に背を向けざるを得ないのは自分の未熟さゆえか。
内心に浮かぶ判断を後悔として処理をし一時保留、目を向けた先に言葉を放つ。

「63rd、あなたは邪魔をしに来たのですか。手伝うつもりならもう少しまともに働きなさい」
「んー、元は3rd―Gの流儀に則った歓迎をするつもりだったのですけれど、まだ準備不足で少々派手さが足りなくなってしまいまして。
 次の機会にと考えていたのですけれど、今の方が良いと思います?」
「来るかわからない機会を待つのは構いませんが、歓迎と言うならばタイミングは今をおいて他に無いと判断します」
「まあそうですわね……では遠慮なくやるとしましょうか。不本意ですが、足りない分は演出で補うと致しましょう。
 ――別に、あなたのためでは無いですのよ」

63rdの言葉に、二十三号は僅かに違和感を覚える
……当たり前の事を、何故口に出すのですか。
共通記憶で尋ねるが返事は無い。代わりというように63rdは一つの物を取り出す。
袖口から勢いを付けて引き抜かれたそれは、抜かれる勢いのまま広がり鱗の様な金属片を宙にぶちまける。
散らばり、消えてく鉄片に合わせて金属音が重なり、広がり、一つの音となって部屋に響く。

・――全ては(めぐ)()く。

内蔵された機構が己の自弦振動を書きかえるのに合わせて、展開された概念を認識する。
警戒よりも疑問が先に立ち、それより先に目の前の光景が一番の情報として処理される。
その光景は63rdが右腕を振る動きであり、動きを以って取り出した拳銃を手に納める光景へと続く。
63rdは躊躇い無くスライドを引いて、初弾をチェンバーへ叩きこむと銃口を目の前のフェイトへと向ける。
突然の展開に誰もが呆然と立ち尽くす中、引き金は引かれた。

「――ッ!!」

二十三号は反射的に右手を伸ばして、拳銃を上から押さえつける。
スライド部分を重力制御込みで鷲掴みにされた拳銃は、軋みを上げてその動きを止めた。
それを見た63rdは、笑みを浮かべた顔でこちらを見て言った。

「……何故止めるんですの?」

その言葉は彼女がおかしいと知るのに十分な一言だった。
自動人形は嘘をつかない。疑問を提示したならば、その内容は本当に疑問に思っている事だ。
拳銃を握る力をさらに強くしながら、二十三号は63rdに言い聞かせる。

「63rd、この歓迎の方式は間違っています。おそらくはあなたの意識部分に異常がある物だと判断できます。
 速やかに銃を下ろし、この概念空間の解除を行いなさい」
「――――――」

答えは返ってこない。相手は目を逸らし、掴まれた拳銃に移した後で手を離した。
全員が見守る中、二十三号がスライドを慎重に元の位置へ戻そうとした時、63rdはぼそりと呟いた。

「この手、邪魔ですわね」

言葉と共に、今度はスカートの裾から何かが零れ落ちる。
地に着く前に一瞬で組み上がった何かは黒いその身を地に立て、先端部をこちらの二の腕に向けた。
同時に撃音が鳴り、右腕は持っていた拳銃ごと宙を舞った。

「二十三号さん!?」

後ろに居る誰かの悲鳴を聞きながら、しかし止まることなく二十三号は動く。
今の自分の判断は、仲間がおかしくなっている事を前提に置いてある。
かつて"軍"の長であったハジから学んだことだ。そして優秀な自動人形は同じ間違いを二度しない。
前提を置いた思考は疑問を得る事無く、攻撃を仕掛けた相手を障害と見なした。
続く行動は残っている左手での重力制御と、身を旋回させる動きだ。

「ふっ……!!」

例え相手がおかしいと分かっていても、量産型自動人形である自分に仲間を破壊する事は原則として出来ない。
そのために重力制御で63rdの身体を重量を消して浮かせ、時計まわりの旋回で投げ飛ばした。
破壊行動と認識して止まろうとする身体を、相手を逃がす行動として処理する事で無理やりに動かす。
微妙に山なりの軌道で投げ飛ばされた63rdは、本棚の並木道を通って部屋の壁際へと着地する。
ダメージの代わりに距離を与えた後は、机を横に倒してバリケードに変える。

「皆様、こちらへ!」

呼びかけに対し、真っ先に動いたのはアルフだ。傍にいたフェイトの手を引いて机の陰へと飛び込んでくる。
なのはとユーノは一瞬反応が遅れるも、先に立ち直ったユーノがなのはの手を引いてこちらへ来る。
遅れて正気に戻ったなのはは、訳が分からないという気持ちをそのまま口に出した。

「な、何で……どうして63rdさんが、行き成り――?」
「何らかの不具合が起こったと思われますが、詳細はわかりません。
 原因はともかく、まずは外部へ連絡を取って――」
「連絡は出来ませんわよー?」

二十三号の声に割り込んで63rdの声が響く。
間延びして緊張感を失った声は、今の状況にはひどく不似合いだ。
その言葉を無視して共通記憶による連絡を試みるが、返ってくる声は無かった。

「……先程の概念ですか」
「その通りですわ。内部の物を循環させる物で、かつては世界を構築する概念の一つとしても使われていたものですわね。
 あらゆるものを循環させる空間は、一度入ったら出る事の出来ない結界ともいえますわ」
「ですが欠点もあるでしょう。循環は内側にだけ向くもの、一歩でも外に出てしまえば効果はありません。
 自弦時計を持っているのですから、入口から廊下に出るだけで意味をなさなくなります」
「確かにそうですわね。でも二十三号?あなた、どうやってその扉を開けるんですの?」

からかう様な口調で言われた言葉に、他の全員が入ってきた扉へ目を向ける。
両開きの扉は閉まっており、木製の表面が見える。――が、本来取っ手があるべき部分に穴があいていた。

「緊急避難場所として用いられる事も想定されたここの扉は、生半可な攻撃では壊れませんわ。
 そうでなくても、空間を閉じるこの概念下で行き成り門を開くのは危険とも思いますけれど」

聞こえる声に推測に過ぎない、と思う反面、出るのは難しいとも思う。
扉には鍵がかかっているだろうが、取っ手部分が外されているため開けるには重力制御による解錠しかない。
だがそれは数秒であっても扉の前から動けなくなるという事だ。動けなくなった瞬間、63rdは客人に狙いを付けるだろう。
そうなった時、片腕を失くした今の自分では守る事が出来ない。

「さてと、そろそろ行きましょうか。あまり待たせては申し訳ありませんし」
「目的は何だい!フェイトに銃を向けて、ただで済むなんて思ってないだろうね!?」
「歓迎、と申し上げたはずですわ。この出迎えに応じられないのであればお帰り願いますわ。
 ――3rd-Gは鋼を血とする鉄血の世界。知りたいのならそれだけの力量を示して頂かないと」

噛みつきかねないアルフの声に、楽しげな声と金属質の物を組み上げる音が重なる。
倒したテーブルの端から覗き見れば、63rdの左右には三丁ずつポンプアクション式の散弾銃が浮いていた。
映画にでも出てきそうな銃器を並べ、ゆったりと歩いて来る姿はさしずめターミネーターとでもいったところか。
63rdは両手を広げ、腕を一振りする事で六丁の銃のリロードを済ませた後で声を上げた。

「私の名は63rd、月の巫女より与えられた二つ名は"山百合"にございます。
 花言葉は"威厳"、そして"人生の楽しみ"。
 ――戦いと享楽に溢れた場所の生まれであるならば、その二つこそが威厳であり楽しみですわ」

浮かせた中から一丁ずつ銃を手に取り、引き金に指を掛ける。

「では、――お楽しみくださいませ」

銃声が響く。
奇しくも時間は交渉が終わったのと同時刻。
しかし交渉とは関係なく、二つ目の異世界間戦闘が始まった。



―――後書き―――

というわけで、命刻さんの出番が少ない交渉とドールズ・ウォー(仮)の第一部でした。
すぐ書けると思ってたのに随分と長くかかってしまいました。

管理局との交渉はクロノが壁になって無事終了。
クロノの台詞は言いがかりの様にも見えますが、どちらかと言うと無茶苦茶言っているのは佐山の方です。
終わクロ読んでるといつもの事なんで忘れそうになりますけどw。

そんでもって唐突に始まった63rdさんの一人歓迎会。
途中の馬鹿っぽい行動の方が思いつきなので、流れはこれであってます。
作者の妄想を一手に引き受ける63rdさんはこのssの隠れた原動力w。
このままいったら雷に打たれて過去に飛んで行ったりしそう。BGMはもちろんターミネーターのあれ一択で。

次の更新はもっと早く、と思いながらも微妙にリアルが忙しくなりつつあるのでいつになるかは未定。
月一更新は保ちたいなぁ、と思いつつ次の話を書き進めて行くとします。

それでは、ここまで読んでくれた方に感謝を。



[5820] 第十二章 『りんごと花束』
Name: 月天召致◆93af05f1 E-MAIL ID:158e6bd5
Date: 2010/06/15 01:31
一先ずの交渉を終えたクロノとリンディは、試合会場となる予定の場所へ来ていた。
白い建物の正面に森は無く、整地された地面とその境界にある塀が見えるのみだ。
整地された地面は長い滑走路へと繋がっており、所々に運搬に使われるであろう車両群が置かれている。
周囲を一通り見回した後で、クロノが声を上げた。

「特に変わった所は見られないですね。大きさ的に輸送用の離発着場、といった所ですか。
 障害物が何も無いとなると、機動力での勝負になりそうですね」
「そうねぇ。この前の記録にあった飛行用装備を見る限りは互角、といった所かしら。
 勝負はお互いの力量と、――武器で決まる事になりそうね」
「やはり、質量兵器が来ると思いますか?」

リンディの含みを持たせた台詞に、クロノが言葉を返す。
腕を組み、左手を頬へ当てるとリンディは溜め息を吐いて言った。

「来ても不思議じゃない、と答えておきましょうか。私達が質量兵器を禁止しているのは魔法技術の発達に寄る所も大きいもの。
 この世界の技術レベルが高くても、代替技術が無ければ質量兵器が発展するのが当然だわ。
 クロノ、あなた対質量兵器の講義はちゃんと覚えてる?」
「一応は。執務官試験でも重要項目の一つでしたから、そう簡単に忘れる事も無いです。
 ただ、実戦で相対するのは初めてですね。シミュレータ訓練ならやった事はあるんですけど」
「打撃程度の威力ならバリアジャケットを着ていれば滅多な事は起こらないでしょうし、学んだ事を確認する位の気持ちで行きなさい。
 問題は機殻兵器、と呼んでいた装備ね。こっちは情報が無いから検討しようも無いのだけれど、出来れば質量兵器に類するものじゃないと嬉しいわねぇ。
 ……こっちの事情を押し付けるのは良くないと思ってはいても、やっぱり使われれば良い気はしないもの」
「それは僕も同じですよ提督。先程の交渉も、至らない点ばかりでしたし」

答える声はやや精彩に欠けている。
悔んでいるのはこちらの要求を通せなかった事か、それもと交渉の際に冷静さを保てなかった事か。
どちらにせよ、クロノ・ハラオウンという人間にとってはあまり良くない部類の記憶だろう。
けれどそこに留まらずに次へ繋げられるだろうと思えるのは、文字通り生まれた時からの付き合いだからだ。

(こういうのも親バカって言うのかしらねぇ……)

心の中で苦笑を浮かべて当の本人に目をやると、既に気持ちを切り替えたのか落胆の表情は見られない。
空元気だとしても、これなら大丈夫だろうと思った所でその視線が滑走路の方向へ向いた。
つられて視線を向けると、一台のフォークリフトが荷物を運んでくる様子が見える。
車高よりやや低い荷物を木製パレットに載せて運ぶフォークリフトは結構なスピードが出ている。
万一にでも邪魔をしないように壁際により、前を通り過ぎるのを見送ろうとした時、突然フォークリフトは方向を変えた。
急旋回によるスピンで荷物だけをその場に残し180度ターン、土煙とタイヤのグリップ力を地面に置くと元来た道を戻っていく。
速度を上げて逆走した先は調度建物の曲がり角。躊躇いも無く、むしろ加速を加えて突っ込むと同時に別のフォークリフトが顔を出した。
一台目は曲がってきた二台目の側面にフォークの先端をぶち当てて横転させると、またしても180度ターンをして加速を掛ける。
だが加速の音は一台では無く、二桁に届く数で響き渡った。

「見つけたぞこのクソ野郎!!その荷物を寄越しやがれ……ッ!!」

ドリフトを掛けて角を曲がるのは全てIAIのロゴが入ったフォークリフト。
作業服を着こんだ男たちが駆る鉄の戦車の群れは、前を行く同型機へと殺到する。
先頭を走る一台目に乗る男は、荷物へ一直線に向かいながら答える。

「黙れ小僧、この荷物は俺達七班が頂いていく!貴様らは安物で我慢するんだな……!!」
「馬鹿言うな、七班の三流連中には過ぎた代物だ。俺達五班こそがふさわしい」
「どいつもこいつも協調性って物を知らねえな。九班に任せれば平等に配布してやるって言うのに」
「足し算間違える様な奴に任せられるかこの馬鹿!――あ、手前ぇ!射出装置はレギュレーション違反だぞ!!」
「ふはは、この甘ちゃん共が。どんな手をつかおうが……最終的に…勝てばよかろうなのだァァァァッ!!」

やかましくわめきながら通り過ぎていくフォークリフトの群れに遅れて一台の選挙カーが角を曲がってくる。
選挙カーは立候補者の名前の代わりに"冬の死闘!班別機材争奪戦(ポロリも有るよ!)"と書かれた看板を掲げ、
助手席のアナウンサーによる実況を送り出す。

「さあ先頭を行きますは七班のセブンスウェル!それを追いかけるは五班のライスボールと九班のアイシクルフォール!!
 おぉっとここで情け無用のロケットフォークが荷物を襲う!打ち出したのは二班のハーフライフ!
 しかし周りの機体が回収を許さない!ハーフライフ突かれています、激しく突かれています!
 これでもかと言わんばかりに後続の六班、ローズヒップが自慢のフォークを突きたてます!
 その隙にセブンスウェルが再び荷物を獲得、だが車体は外に流れている流れている!
 このままでは次のカーブを超えられません!好機とみて仕掛けるライスボール!当たるか?当たるか!?いやかわしたーー!!」

ドップラー効果を付けて去って行った後には、土煙と僅かに焦げた様な臭いが残る。
僅か数十秒の間に起こった出来事を見送ると、リンディは心に浮かんだ感想をそのまま口にした。

「随分賑やかねぇ」
「会場の設営準備かと思ったら、彼らは一体何をしてるんだ。ポロリはあれか、荷物がポロリか。
 ……まさか運転手が車からポロリとか、身体から魂がポロリとかじゃないだろうな」

車両が曲がって行った角を眺めながら、微妙にずれた突っ込みをするクロノに答える声は無い。
……少なくとも、車からポロリは間違ってないわね。
リンディは視線の先、横転したフォークリフトの運転手が起き上がり、照れた顔でこちらに一礼をした後に去っていくのを見ながらそう思った。

            ●

普段は静けさに身を沈め、訪れる者を待つだけの第一資料室は今や祭りのごとき喧騒に包まれていた。
まるで櫓の上で音頭を取るがごとく、一人の侍女がショットガンを手に持って部屋の中心近くに陣取っている。
重ねられる銃撃は壁となっている机を削り、徐々にその厚みを減らしていく。
それに抗議をするかの様に、表面が削り取られて下地の木材が露わになった机の端から光る鎖が伸びる。
数は六本。侍女は身をくねらせて自身を拘束せんと迫る鎖を一瞥すると、銃を振る事でフォアエンドをスライドさせ次弾を装填する。

「あらいやらしい。けれど前戯も無しに縛り上げられても気持ち良くはなれませんのよ?」

迎撃の音は六つ。打ち出された散弾は蛇の様な獲物を穿ち、その活動を停止させる。
鎖が砕かれると同時に机の左右から二つの影が飛び出す。左からは長い黒髪のメイド、右からは茜色の狼が身を低くしたまま前の机の陰へと飛び込む。
茜色の狼はそのまま机の下を潜ると銃を構える侍女へと牙を剥く。
待ち受ける侍女は慌てる様子も無くリロードを済ませた銃を向けたものの、反対側から飛んできた椅子に狙いを外された。

「――二十三号、攻撃できないあなたが出る幕ではありませんわよ!」
「武器は自動人形の定義に含まれません。直接攻撃が出来なくとも、出来る事はあるとの判断です」

二十三号が新たに掴んだ椅子を右手の銃で撃ち砕き、背後の銃で再びアルフへ狙いを定めようとするも、今度は金色の光弾が正面から迫る。
一直線に迫る鏃型の攻撃を銃撃二発で沈めると、続けて上方向へ残った二発の散弾をばら撒く。
弧を描いて迫っていたピンク色の円弾を四散させた時には、既にアルフは63rdへ肉薄していた。

「貰ったよ!!」
「残念、この程度の速さでは自動人形の知覚を超える事は出来ませんの。
 腕のプレゼントは出来ませんが、ご褒美に足を差し上げますわ。おいしくは無いと思いますけれど」

噛みつかれそうな左腕を振り、63rdは時計回りにターン。スカートに隠れた左足を軸に素早く身を捻ると、その勢いを右脚に込めて狼の喉元へ叩きこんだ。
くぐもった声を上げて宙に吹き飛ばされたアルフは狙い澄ましたかの如く元居た机の陰へと落下し、そこにいたフェイト達に受け止められる。
それと同時に再度飛んできた椅子から銃を守った後、飛んできた方向へ目を向ければ黒髪の先がアルフの落ちた場所へと戻って行った。
腕を振り、全ての銃の再装填を済ませれば、状況は再び始まりへと戻る。

「アルフ、アルフ!大丈夫!?」
「けほっ、大丈夫だよフェイト。ちょっと驚いただけさ」
「一応加減したというのをお忘れ無く。けれど少々情けないですわね。
 二十三号を抜いても四人がかりですのに、自動人形一体にあしらわれるなんて――根性足りないんじゃありませんの?」
「根性って……、行き成り攻撃して置いて、その言い方はあんまりです!」

溜め息混じりに話す声に、なのはが抗議の声を上げる。
だが63rdは意に介さず、呆れた調子を隠さずに言葉を続ける。

「行き成りと言うのは心外ですわね。見も知らぬ過去に踏み入ろうというからには覚悟の一つ位はあると判断したのですけれど。
 それともあなた達は、ただの興味本位で私共の過去を暴こうと言うんですの?」
「でも、こんな方法じゃ無くても良いじゃないですか!知られたく無い事があるなら、無理に聞いたりは――」
「――そういう事ではないのですよ」

説得を続けようとするなのはの声を、63rdは強めの口調で遮る。
言うべき台詞を途中で止められたなのはは、倒された机の向こうを窺うかの如く天井を見上げる。

「3rd-Gの過去はあなた方が想うよりも多くの血肉で汚れています。
 かつて"戦いと享楽のG"と呼ばれた世界が何を行ってきたのかを知る事は、その穢れに踏み込むと言う事です。
 佐山様達全竜交渉部隊の方々は、こちらの拒絶も、過去の穢れも知った上で踏み込んで参りました。
 故に私は問いかけます――あなた方はどうなのでしょうか、と」

全員が耳を傾ける中、63rdは言葉を続ける。
変わった口調に合わせるように、強さを持ちながらも静かに話す。

「3rd-Gの過去を知る物として、私は力を以って問いかけましょう。
 そして今はこのLow-Gに属するものとして、私は問いかけを楽しみましょう。
 この問いかけに応じて貰えたならば、世界は楽しくなると判断します」
「如何でしょうかお客様。卑しくもこの世界の代理を語る人形に、一つ答えをお聞かせ下さい。
 ここは退くも進むも、意思一つで成せる場所にございます。
 例え退いても、咎める者はおりません。それでもなお進む意思が御有りならば、私の歓迎を御受け下さい」

            ●

本が立ち並ぶ部屋の中、なのはは63rdの声を聞いた。
フェイトとアルフ、ユーノの三人は声の方を仰ぎ見るように顔を上げ、二十三号は目を閉じ顔を伏せている。
静寂の中でなのはも同じように天井を仰ぎ、考える。

(私達はどうなのか、か。……どうなんだろう、私は)

いつもなら全力で受けて立つ話だが、今回は少し状況が違う。
フェイトの時も、その前のアリサとすずかの二人の時も、まずはぶつかり合わなければ話す事すら出来なかった。
けれど今は自分達からぶつかろうとしている。それも、相手が知らない方が良いという場所に踏み込んでいくために。
聞いてみなければわからない事ではある。――けれど同時に心のどこかでは納得するような気持ちもある。
まだ会って間もないが、昨日一日で少なくとも不必要に戦いを起こす人達では無いと知った。
その人がわざわざ敵になってまで止めるなら、それは本当に想像できないほどの物があるのだろう。
知らないままでいたとしても、何かを失うわけではない。少しの気遣いと話せない事が残るだけで、親睦が深められないという事も無いはずだ。

(聞かない方が、良いのかな。戦わなくて済むなら、その方が――)

想いを胸に上げていた顔を前に向けると、アルフとユーノも既に考えから抜け出ていた。
フェイトだけは未だ宙を仰ぎ、一人遠くを見つめるようにしている。
そのまま一度目を瞑り、開いた後でフェイトは言った。

「――私は行くよ」
「フェイトちゃん……?」
「私は行く。知りたいって、思ってるから」
「あんなの相手にしなくたって良いんだよフェイト!!
 もっと安全な方法だってきっとある。あたしらは勝手に調べていけばいいじゃないか!」

小さく、しかしハッキリと告げるフェイトにアルフは言う。
その言葉に対し、フェイトは首を横に振ってから応えた。

「ここで退いたらきっと、私の知りたい事は分からない。それに気持ちを試しに来てるなら、ちゃんと応えないといけないと思う」
「知りたい事って、何?」
「――どんな理由で人に作られたのか、その人達が何をして来たのか。……私も、母さんに作られたから」
「そんな――!!」

フェイトの台詞に思わず声を上げかけるが、それは握られた手と穏やかな表情に阻まれる。

「大丈夫。義務とか使命とか、そういうのじゃない。私が私としてこの人たちと向き合っていくために、必要な事だと思うから」
「フェイト……」

心配そうなアルフの頭を撫でてもう一度大丈夫と言い聞かせるフェイトを見て、迷う気持ちはなりを潜めた。
知る事が正しいかはまだ分からない。けれどそれを望む友達がいるなら、全力で応援する事は正しいと思う。
一人じゃ駄目でも二人なら、二人で駄目でも皆がいれば、きっとどんな事があっても受け止めていける。
心に決意を置き、両の頬を軽く張って気合いを入れる。もう迷いは無い。

「私も決めたっ!どんなお話だって、聞いてみなくちゃ分かんないもん。今はともかく、63rdさんに勝つ事を考えよっ!」
「分かった、まずはそこからだね。――二十三号さんはどうしますか?」

応じたユーノが二十三号に向けて問いかける。一斉に視線が向けられる中、二十三号は伏せていた顔を上げ、まっすぐにこちらを見て告げる。

「どの様にもいたします。望まれれば剣にも盾にもなりましょう。今の私は、お客様を導く事が仕事ですので」
「うーん……理由を聞いちゃうと、二十三号さんに手伝ってもらうのはズルい気がするかも。
 ここに居て貰って、怪我をした時の手当てとか御願い出来ますか?」
「Tes.御武運を。自動人形は頭部が破壊されなければ修理が出来ますので手加減は無用です、存分にどうぞ」

二十三号はそう答えると本棚の方へと下がる。一礼を受けて見送られれば、後は前へと進むだけだ。
四人で顔を見合わせ、頷き合うと作戦を立てる。相手の力が未知数なため、大まかな流れを決める程度の簡単な物だ。
数分の後、始めた時と同じように頷き合ってから立ち上がる。
そのまま机の影を出ると、63rdと正面から向き合う。

「答えは決まりましたでしょうか」
「はい、――私達は行きます。何もかもを知って、向き合っていくために」

答えを聞いた63rdは散弾銃を下ろすと、笑みと共に片手を頬に当て大きく息を吐く仕草をする。

「よかったですわ、諦めて帰るなんて言われないで。思いつきの歓迎結果としては上々でしょう」
「え?思いつき……?」
「ええ、その通りですわ。銃は元々標準装備として持ち合せている物ですし、展開した概念は配管工事用に預かっていた物ですし。
 まさか二十三号が止めもせずにいるとは思いませんでしたから、内心は物凄く焦ってましたの。
 あ、概念使ってしまいましたから訓練室隣のトイレが直せませんわ。――まだしばらくは事前工作と下腹を狙う訓練が続きますわね」

口調と共に今まで通りの態度に戻る63rd。
その変化に、これで終わりかも、という考えが浮かぶが、再び背後に浮いた銃によって遮られた。

「さて、覚悟を聞いた所で続きと行きましょう。
 ここまでやったんですもの、最後までやらせて下さいな」
「あの、でも、これ以上やる意味は――」
「ちゃんとありますので御安心を。
 一つ目の理由は過去を語るため。"戦いと享楽のG(ギア)"と呼ばれた理由の一端となる、私の過去を御話ししますわ。
 そしてもう一つは私の責任を果たすため。両方を成すのは、そう難しい事ではありません」

言い終わると同時、63rdから異音が漏れる。唸るような、または軋むような、少量でも耳に残る音だ。
静かな部屋に小さく響く音に合わせ、63rdは言葉を続ける。

「私達の様な量産型の侍女式自動人形は、基本的に同型機を攻撃する事は出来ないように設定されていますわ。
 その定義には自分自身も含まれるのですけれど、私は多様な修正パッチを当てたせいかそれを抜ける事が出来るようになりましたの。
 まあ突き詰めて要点だけ言ってしまえば自壊が出来る、という事ですわ。
 自動人形の耐久力が高いとはいえ、超過出力で連続駆動を行えば溜まった排熱と部品の疲労で壊れてしまう。
 ――現在の出力は規定値の約二倍。話す時間を含めても、もっと上げないと駄目ですわね」

63rdの台詞は、一つの未来を示している。
考えるまでも無く理解すると、反射的に声を上げた。

「自分から壊れようとするなんて、何考えてるんですか!!」
「責任、と申し上げたはずですわ。例え理由があろうとも、私には客人に銃を向けた責任がありますの。
 もしこのまま場を収めれば、3rdの自動人形達は理不尽に"人に危害を加える物"という評価を負いますわ。
 けれど私が壊れたならば、それは私一人の故障という事で済みますわ。
 人に仕えるはずの物が客人に銃を向け、出来ぬはずの自壊を起こして壊れたのが私であれば――きっとパッチの当て過ぎでおかしくなったのだと判断されるでしょう」
「壊れたら……どうなるんですか?」
「スペアの身体に交換されますわね。その時に人工意識の初期化も行われて、また仕事に励む事になると思いますわ。
 今の設定が無くなってしまうのは少し残念ではありますけれど、……まあ仕方がありませんわね」
「仕方が無い何て事はありません!今までの自分が無くなるなんて、そんなの――死んじゃうのと同じじゃないですか!」
「私の中には他に案がありませんの。それともあなたは他に方法があると言いますの?」

侍女服の下から聞こえる異音は、僅かずつではあるが確実に大きくなっている。
迷っている時間は無い。必死になって考えを巡らせると、始めに浮かんだアイディアに飛びついた。

「そうだ!63rdさんが壊れる前に、私達が壊せばいいんだよ!!」
「……はい?」

頭の中の考えをそのまま口に出した後で、周りから訝しげな眼を向けられている事に気づく。
前に居る63rdは元より、周りに居た三人は雰囲気に加えて微妙に物理的距離も離れている。

「ぁ、申し訳ありません、予想以上にアグレッシブだったもので。えぇと、どういう話でしたっけ?」
「なのは……さすがに今のは私もどうかと思う……」
「何か変なスイッチ入ったんじゃないだろうね。敵味方見境なしなんてあたしは御免だよ」
「ぼ、僕は気にしてないから大丈夫。ちゃんと考えがあるって信じてるよ……多分」
「違うもん!色々説明飛ばしちゃったけど、別に戦いたいって訳じゃないんだから!!」
「……こんなに説得力の無い言い訳も珍しいね」

そうかもしれない、と内心では思いつつ、一度深呼吸をしてから言葉を続ける。

「私達が63rdさんを倒せたら、故障で壊れるより早く迎撃する事が出来たなら、私達は責任を取れって言う人達にこう言い返せる。
 ――故障は大したものじゃ無い。それが原因で突然攻撃をされたとしても、簡単に倒せる程度の物だ、って。
 何も知らない私達が勝てた相手に、より良く知る人達が負けるはずが無いんだから」
「それでも、危ない事には変わりないって言われたら?」
「だったら私達が預かればいいんだよ。実際に対処出来たんだから、文句は押さえられるはず。
 仕様の安全性を確認するためとか、理由を付ければ63rdさんは今のままで居られる。
 少なくとも確認をしてる間は手を出せないだろうし、何か問題が出て来ても対応できる猶予は残せるよ」

そう言って、正面の63rdを見据える。
驚きの表情を作っていた顔が俯く事で隠される。
……駄目、かな。
不安を感じた所で、俯いた相手の両肩が細かく震えている事に気がついた。

「ふふ……あはははは!!」
「あ、あの……」
「失礼、ふふ……まさかそんな事を言われるなんて思いもしませんでしたわ。
 でも私が預かる、なんて愛を囁くようなプロポーズをされると、少し照れてしまいますの」
「ふぇ!?プロポーズ!?べ、別にそういうつもりじゃ――」

しかし改めて考えてみるとそう見えなくもない。
さっきとは別の方向で酷い誤解が生まれているという思いは、63rdの笑顔によって途切れた。

「3rd-Gの過去を望み、予想を超える提案を出し、
 さらには自分から壊れようとする人形を拾い上げてくださる方を持て成せるなんて、これ以上ないほどの喜びですわ。
 こんなに楽しく客人を迎えるんですもの、少しくらい羽目を外してしまうのも仕方がないですわね」
「出会いの喜びはこの銃に、迎える心は銃弾に。何もかもを出しましょう、持てる全てを使いましょう――拾って下さる方のために!!」

再び響いた銃声は、第二幕の幕開けを告げる。
一人舞台で始まった劇は、役者を揃えて終幕へ向かう。

            ●

散弾の斉射によって再開した戦いは63rdを中心として展開した。
銃弾をばら撒く63rdに対してフェイトとアルフは左を抜けて背後に回りこもうとし、なのははユーノと共に足を止めて真っ向から撃ち合いに入る。
ユーノが多重展開した障壁は迫りくる散弾を受け止め、削られては補強されるを繰り返す。
対して天井すれすれを飛翔するフェイトは散弾の雨を速度で躱す。さすがに全部は避け切れないものの、防御魔法を併用しているため加速が落ちるほどではない。
床を駆けるアルフの助けもあって予定通りに背後へ回る。だが――

「さっきよりも、早い……ッ!!」

フェイトの呟きは状況を端的に表していた。
戦闘における速度というものは、単純な加速力によって決まる物では無い。
思考から挙動の一つに至る全ての行動の結果として速さが生まれる。身体能力による加速は限界があるため、必然的に無駄を無くす事が加速に繋がる。
言うだけなら簡単とされる理論だが、この場において63rdは正しく"加速"を行っていた。
加減を止めた事による思考の高速化と超過出力による性能向上。自壊をするまでは右肩上がりに加速を続ける人形は四対一を苦にする事無く対応する。
目を弓にした笑みを浮かべたまま戦闘を行う63rdは、動作の軌跡に陽炎を残して行動する。
その最中、63rdは声を張り上げ台詞を告げた。

「さて、まずは過去を語りましょう。今から約六十年前の事、Top-Gを除く十一のG(ギア)が概念戦争と呼ばれる争いを行っていた時の事です。
 当時の私は3rd-Gに仕えており、前線における物資の管理を任される内の一体として、倉庫に入ってくる資材の保管と移送を主な仕事としていましたわ」

銃声が重なる中で、埋もれる事無く響く声は63rdがまだ花の名を貰う前の話を紡ぐ。
戦いながらも耳を傾ける中で、独白を行う様に台詞は続く。

「3rd-Gは十一のGの中では強者に属し、それ故に積極的に他世界へ侵攻を行いました。
 武神や戦闘用自動人形達が戦いに勤しむ中、私は与えられた役目を果たすため、日々倉庫で資材の仕分けを続けていたのですわ」
「運び込まれた資材の内、まだ動く者は梱包して拝送を。動かぬものは解体し、箱詰めにしてから輸送班へ。
 前線に居るうちはほぼ毎日、休む間もなく働いていましたわ。何せ――」

一旦言葉を区切り、僅かに溜めを作ってから、63rdは続けた。

「――何せ運び込まれる資材は、戦う度に幾らでも手に入ったのですから」

普通に聞けばそれがどうした、という内容を告げて63rdは台詞を止めた。
しかしこれで終わらないのはこの場の誰もが知っている。
そして63rdが言葉を止めた理由は、口にせずとも言い知れぬ不安が伝えている。
これが引き返せる最後の場所だと告げるように、一瞬の静寂が部屋を満たす。
その静寂が過ぎ去った後、先を促す声が響いた。

「それは、その資材とは……一体何ですか?」

声を上げたのは防壁を張り続けるユーノだ。
緊張から僅かに震える声に対し、63rdは逆に質問を返して来た。

「武神に必要な物は何か、御存知ですか?」

牽制の散弾を放ちながら63rdは問いかける。
ユーノが首を横に振ると、応じる頷きの後に答えが来た。

「大まかに分けて言いますと、全身を形作る金属のフレーム、機体を動かす駆動系、そしてそれらを制御する操縦系の三つからなりますの。
 このうち制御系はさらに三種類。人が乗り込む有人制御、自動人形などと同じ疑似意識による無人制御、外部から操縦を行う遠隔制御がありますわ。
 無人制御と遠隔制御は判断力や瞬時の対応力で劣っていましたから、必然的に有人制御武神の製造が望まれる事となりましたわ。
 けれど3rd-Gの人口は少なく、必要なだけ武神を送り出せばそれだけで滅びてしまうほどでした。
 にも係らず、3rd-Gは多くの有人型を製造し戦線に投入していきました。――何故だと思います?」
「まさか……」

思い至った答えに、自然と声が漏れる。
震えを抑えきれない声で、ユーノはその穢れを口にした。

「人を……戦争で傷ついた人達を――武神にしたんですか!?」
「いいえ、それは違いますわ」

覚悟を決めて放った言葉は、真っ向から否定された。
間違っていた事に驚きを感じながらも、肯定されなかった安堵を得ようとした所で63rdの声が突き刺さった。

「"傷ついた人達"ではありませんの。3rd-Gが確保した人々は、只"そこに居た人達"だったのですよ。
 職業、性別、年齢、才能……老若男女区別なく、敵味方すら関係無しに――只居たからという理由だけで、人々は捕まり武神となったのですわ」
「そんな、そんな訳があるわけ無い!それに捕まった人達だって、そう簡単に協力するはずが――!!」
「それも違いますわ、ユーノ様。武神に必要なのは演算処理を行う脳と、脳を維持するための循環器系。
 乱れを生む記憶などは残すはずも無く、戦闘に必要な情報を纏めた仮の意思を添付されて戦場へ送り出されたのですよ」

63rdの言葉はそれこそ心臓を抉るように突き刺さり、身体と心の自由を奪う。
その隙を狙って散弾を叩き込まれたなのはとユーノは、展開していた障壁ごと吹き飛ばされて宙を舞う。
続けて63rdは反動を使って身を捻ると、反対側に居る二人にも同様に散弾を撃ち込んだ。

「ッ!?」
「"戦いと享楽のG"。これは決して称えるための物ではなく、手に着く全ての人を武神と化し、足りなくなった人口を"生産"する様子を皮肉された3rd-Gの呼び名。
 概念戦争当時、3rd-Gは人に手を加える事に関してはどの世界よりも優れていましたから――虐殺を行った分だけ戦力を整える事が出来たのですわ」

加えて90度回転。身を開いて左右に両手を向ければ、その先には過去を知った者達がいる。

「さあ――あなた方はこの事実(こたえ)を前に、一体どうなさるつもりです!?」

            ●

63rdは問いかけながら自己の状態を確認する。
負荷が増した身体は至る所で小さな不具合を起こし、時間が無いと訴えてくる。
加えてオーバークロックで高速化した思考に動きを悪くしていく身体は置いて行かれ、望む挙動との間にずれを生んでいる。
……おそらく、次で最後ですわね。
このタイミングを逃せば自分の自壊という形で決着がついてしまう。
負荷が増した分は駆動音にも表れているため、相手も大体察しているはずだ。
そう考えた時、問いかけた声に対して一つの影が飛び出すのを知覚する。
黒の衣装を纏った金色の影は声を上げ、空中からパワーダイブでこちらへと向かって来る。

「――そんなの、決まってます!!」

絶叫に近い声と共に、加速を増して落ちてくるフェイト。
だが遅い。姿勢や勢いから近接攻撃を狙っていると判断できるが、あの位置ならば三度は迎撃できる。
手にした銃を向けようとした所で、緊急回避の判断が身体を動かす。可能な限りに高められた反射速度は両の手足に現れた光の輪をすり抜けた。
しかし軸足として置いた右脚だけは逃れられず、機械の身体を地の一点へと縫いとめる。

「あいにくですが、二度ネタは通じませんわよ!」
「でも――こっちを受けるのは初めてのはずです!!」

聞こえた声の方向へ目を向ければ足元に光翼をつけたなのはが体勢を立て直し、槍の様になったレイジングハートをこちらに向けている。
その先端部には桃色の光が収束しつつあり、強力な一撃が来る事を告げていた。

『Divine Buster Extension』

レイジングハートの声を引き金に、野太い光線が宙を奔る。
受けてから返すという判断を即座に捨て、代わりに足を捕えている光輪に銃口を密着させた。
撃ち砕かれ、崩れていく光輪が消え去るよりも早く地を蹴って宙へ逃れると、枷を砕いた銃が戻り切れずに呑まれて消えた。
さらにこちらが宙に浮いた隙を狙い、追撃を呼び掛ける声が響く。

「ユーノ君!レイジングハート!――お願い!!」
「了解、任せて!」
『All right. Accel Shooter』

応じる声と共に放たれるのは六つの光弾。二つずつに分かれた光弾は、三又の軌道を描いて迫る。
片腕を振って左側に展開していた三つの銃をそれぞれ向かって来る光弾に向けて射撃。
左右から横殴りに来ていた四つは散弾の直撃を受けて四散。しかし中央の一組だけは間に展開した魔法陣に飛び込むようにして消えた。
その直後、右手側に浮いていた散弾銃の一つが二発の光弾を受け砕け散った。
……光学迷彩、――いえ、空間転移ですか!
僅かに驚きの表情を浮かべたまま右手側に残った散弾銃を手の中に納める。
左手側の三丁を再装填している暇は無いため、事実上これが最後の一発だ。
だが先程銃を砕いた光弾はまだ足りないとでも言うかのごとく残った一つに狙いを定め、床に身を擦らせながらも上へ向かって切り返してくる。
判断は一瞬。フェイト達を迎え撃つために弾は残しておくべきだと結論付けると、左側に在る散弾銃を重力制御で操作する。
指の動き一つで二丁の銃を一回転させると、そのまま向かって来る光弾に対して銃床を叩きつけた。
打ち返された弾は床へと逆戻りし、今度は現れる事無く消え去った。
銃床が砕けた二丁から重力制御を切って落とし、残った一つは銃口を持って向かって来る敵に対して鈍器とする。
銃口を上から来るフェイトに、銃床は下から来るアルフを打つためにそれぞれを振り上げ、振り抜いた。

「残念だけど、二度ネタが通じないのは――こっちだって同じなんだよッ!!」

返る声に合わせてアルフの姿が変化する。光を纏って四足歩行の獣から二足歩行の獣人へと変われば、顔面を打つはずだった鈍器は腹部を掠るだけに止まる。
そしてアルフはそのまま腕を伸ばし、まるでバレーのブロックをするように最後の散弾銃の銃口を塞ぐ。
僅かに遅れて引かれた引き金は手先に展開した障壁を破り、衝撃を以ってアルフの身体を吹き飛ばす。
しかし遠ざかっていくアルフの後ろから、鎌を振りかぶったフェイトが姿を見せる。
身体を捻り、大きく振りかぶったフェイトはその刃先を振り下ろす前に答えを告げた。

「知りに行きます。禁忌を犯してまで生き延びようとした世界が滅びた過去を!
 ――その覚悟を、まずはあなたを倒す事で示します!!」

身体は既に限界だ。エンジンはもはや焼きつく寸前で、関節部のワイヤーはいつ千切れてもおかしくない。
……これで、終わりですか。
未練がある、と63rdは内に生まれた思考をそう定義する。自分が有する個性は、この程度で全力なのかと。
3rd-Gで多くの死を看取ってきた記憶は共有する事無く、しかし消す事も無く残っている。
死にゆく者には泣きもされた。恨みもされた。それでも仕事を続けたのは3rd-Gのために他ならない。
他人のために、世界のために。誰かを助ける事こそ自動人形の本懐だ。
あらゆる要求に応じる為に、変わっていく事を恐れぬために。――そのために自分はこの性格を選び、修正を続けて来たのではなかったか。
……ならば――まだ使った事のない機能の一つ位、残っているはずだと判断します!
方向性を得た思考は、刹那の後の決着に抗い行動を起こす。

「ああああああああぁぁぁぁッッッ!!!!」

叫ぶ声に熱気を乗せて気休め程度に放熱を行うと、左手に持っていた散弾銃を放り投げるように手放した。
空になった掌を拳に変え、その先に重力制御を集中する。
光と大気を歪ませ、一点に集中された重力はあらゆるものを引き千切る力の塊となる。

「!?」

驚きは誰のものか。制御が追いつかずに引き込まれ、食い潰されていく左腕をバックハンドで振り抜けば、向かって来る相手にカウンターを叩きこむ形になる。
重力塊は今までの動きから予測を行い、どのように避けてもどこかしらに当たる軌道を取っている。
そして重力塊に当たるという事は、そこから全身を呑みこまれる事を意味している。
必殺の軌道を描く一撃は、予測通りにフェイトへと向かい――

『Blitz Action』

食い付くはずの相手を見失って天井へと抜けた。
避けられた事実よりも行動を読まれた事に対する疑問が浮かび、応える声は背後から聞こえた。

「必ず反撃してくるって……思ってました」
「何故、ですの?」
「――あなたは、強いですから」

端的に述べられた言葉に振り向けば、そこにはついさっきまで前に居たはずのフェイトがいた。
衣装から見える素肌にはいくつもの痣が出来ているが、力は微塵も衰えていない。
全身を使って振り下ろされた光刃に、反射の動きで後ろに下がる。
重力制御で引き寄せた身体を光が袈裟切りに抜け、侍女服とフレーム表面を削り取る。
躱した、と思う間もなく切られた部分からの電流が全身を駆け巡り、一瞬思考を停止させる。
思考と共に重力制御を止める事に成功した雷により、引き寄せていた身体は只後ろへ流されるだけとなる。
この機会を、目の前のフェイトが見逃すはずは無い。

「バルディッシュ!!」
『All right. Get set』

排莢と同時に突き出される左手。腕を中心に複数の金色の円環が取り巻き、力を高めていくのが分かる。
放たれる前に機能は回復するが、あれを躱すだけの余力はもはや無い。

「プラズマ――スマッシャーーーッ!!」

自壊までは後数秒。しかしこの攻撃はそれよりも早く、確実にこの身体を貫くだろう。
全力は出した。その上で負けたのならば、残るのは締めの言葉だけだ。
目を弓にして口に笑みを浮かべると、今の考えを一言で言い表す台詞を告げた。

「――お見事ですわ!」

雷撃を受けた意識と共に、即興劇の幕は閉じる。
最後に受け止められた感覚を残し、63rdは眠りに着いた。



―――後書き―――

63rdさんの即興劇はこれにて閉幕。
色々後悔が残りますが……とりあえずやりたい事はやったかなぁ、という感じです。
実はこの人、基本的に出雲本社勤めなせいで出せなかった月読京さんの代わりとして置かれた経緯があったりします。

しかし久々に迷走してました。いつもは書き始めるまでに時間がかかるのですが、今回は書いては消し書いては消しを繰り返す事に。
こうなると悪い方向に進むもんで、63rdさんがオリキャラというせいもあって
「俺、終わクロとのクロス書きたいのに何やってんだろうなぁ」と悩んだ時もありました。

けどまあ書き終われば予定通りに好き勝手やってくれたので結果オーライ。
63rdさんの見せ場も無事終わり、後は従者らしく主役たちの補佐をしていく事になると思います。
次のクロノの戦闘が終われば、当面戦いは無し。
例の戦闘シーンを書きたい病も大体収まったので、しばらくはのんびりと行きたいです。
まあどのみち七、八月は忙しくなるのでこっちはのんびりせざるを得ないのですが……。

それと境界線上のホライゾン、電撃文庫最厚記録更新おめでとう!w
カバーを付ける店員さんはホント御苦労さまです。
でも会う奴無いからって普通文庫サイズのカバー付けられても困るんですよぅ。
縦幅合ってても横が足りないと意味無いんだから、同じ付けるなら横幅の合うカバーにして欲しいのが本音。
その場合はちゃんと言いますけどね。もし合わなくても取っておいて、他の本に使うので無駄にはならんのですが。

愚痴の様な事をだらだらと書いてしまいましたが、無駄な事を書くのは苦労した証という事で御容赦頂ければ幸いです。

それでは、ここまで読んでくれた方に感謝を。



[5820] 第十三章 『世界を担う者』
Name: 月天召致◆93af05f1 E-MAIL ID:158e6bd5
Date: 2009/08/20 02:25
63rdとの戦いの後、フェイト達は再び大浴場"みどり"へと来ていた。
機能を停止した63rdと後片づけを行う二十三号とは途中で別れ、さらにユーノは男湯へ行ったために今は自分となのは、アルフの三人しかいない。
但し――、

「この人達を除けば、だけど」
『どうしたの?』
「うぅん、独り言。ちょっと考え事してたから」
『おつかれ』

そう答えた相手は、湯に沈んだ太腿の上に覆いかぶさる。
泡を噴き出す身体の上に腕を置くと、頭を上げて来たので首の下をくすぐる様に撫でた。
気持ちが良いのか、目を細めてされるがままに撫でられるその身体は草と葉の集まりで出来ている。
その事が資料室を出る前に教えられた事を思い出させる。この大浴場は本来治療用の物であり、そこで働いているのが、

「草の獣と呼ばれるこの人達。負担熱量を吸収して大気に変える、元4th-Gの住人……か」
『おしごと』

見れば周囲には草の獣が多数浮かんでいる。
こうしている間にも疲れは吸い取られ、心地よい眠気が襲って来る。
現になのはは時折傾きかける身体を草の獣に支えられており、アルフは草の獣を両脇に抱えるようにして、

「あ~……極楽極楽。あたしらの所にも欲しいもんだねぇ」
『たくさん』
「うんうん、疲れならいくらでも持って行って良いよ。……はふー、のぼせる心配はなさそうだけど、ふやけそうだねぇ」

湯船の縁に背を預けて御満悦、といった様子のアルフに付いている草の獣はこちらの上に乗っている草の獣と同じくらいの泡を出している。
数が多いのに吐き出す大気の量が変わらないという事実に、よほど疲れているのだろうか、と思った所でつい視線が胸に行き、
……こ、これが疲れの原因!
思わず力が籠り、膝を立てて身を竦めてしまう。
しかしそれにより太腿の上に乗っていた草の獣を巻き込み、オットセイの様な恰好に極めてしまった。

『きゃめるくらっち』
「ご、ごめんなさい、つい力が!でも、きゃめるくらっちって何……?」
『とくいわざ えいぷきらー』

サル殺しなる人物は気になったが、そんな相手と関わり合いになるのも怖いので深くは聞かない。
良く考えればアルフは狼を元にした使い魔だ。体格差は元より基礎代謝も普通の人間より遥かに高い。
今みたいに休んでいる時は、疲れがどうというよりも有り余ったエネルギーを発散していると言った方が正しいのだろう。
その結果が視線の先に在る。完全に力を抜き、頭を縁に引っかけて湯船に浮かんでいる様を一言で表すなら、

「蕩けてるねー、アルフ」
『とろける?ばたーになる?』
「アルフは狼だけど……もしかしたらなっちゃうかもしれないね」

冗談で言ったこちらの言葉に草の獣は宙を仰ぎ、再びこちらを見て、

『ひやすの』

何をするのか聞き返す前に、アルフの両隣りにいた草の獣が一気に泡を噴き出した。
するとアルフは一瞬硬直した後に全身を総毛立たせ、

「あdふぁじsfj;ヵjsぢふぁ;ぃfじゃlわ!!!!!!!」

と、あらん限りの声で叫んで湯船から飛び出した。
うつ伏せのまましばらく荒い息をすると、目尻に涙を浮かべたまま、

「はぁ……はぁ……な、何すんだい!」
『かたくなった?』
「知るか!ていうか何がさ!?」
「アルフ落ち着いて!後タオル!前がその、……全開に!!」

慌てて湯船に残されたタオルを投げると、多量のお湯を含んだそれはびちゃりと音を立ててアルフにヒットした。
するとアルフはタオルが当たった所を中心に身震いを起こし、

「あっっっっづーーーーーーーーー!!!???」

と再び叫んでから、張り付いたタオルを全力で床のタイルに投げつけた。
……え?え?そんなに熱かった!?
草の獣が居る為か、お湯の温度は普段入っているお風呂よりもやや高い。
しかしそれでも火傷をするほど熱い訳はなく、直前まで入っていたアルフもこの温度には慣れているはずだ。
いくらなんでもこの反応は大袈裟じゃ――

「――あ」

そこまで考えて気がついた。アルフが湯船を飛び出す直前、草の獣が多くの大気を吐き出した事に。
草の獣は負担熱量を吸って他者を回復させるが、負担分が無くなれば身体に必要な熱量を吸収する事になる。
疲れをほとんど吸われた後となれば、身体に残っているのは湯に浸かって上がった体温だけだ。
一気に吸い取られれば当然体温は下がるが、お湯の温度が下がるわけではなく、体温との間に差が生まれる。
例えて言うなら真冬の野外から湯船に直接叩きこまれた様なものだ。
心構えが出来ていなかったのも合わせれば、あの悲鳴も大袈裟では無い。

「あの……アルフ、大丈夫?肌が真っ赤だけど……」
「なんとかね……。しかしなんだい行き成り、何か気に入らない事でもしたかねぇ?」
「ごめん、私がちょっと変な事言ったせいだと思う。痛むようなら後で薬、塗ってあげるね」

そう言ってからアルフの傍に居た二匹の下へと歩いてゆく。
自分に付いていたのも合わせて三匹になった草の獣は水面から顔先を出してこちらを窺って来る。
フェイトも身体を胸の上まで湯の中に沈め、草の獣達と視線を合わせると、

「あのね、気持ちは嬉しいけど、別にアルフは溶けちゃったりしないから、無理に冷やしたりしなくても大丈夫だよ?」
『どうして? ふぇいと いった ばたー なっちゃうかも』
「それはその、……冗談みたいなものであって、実際になる訳じゃないの」
『でも あるふとろけてる いってた ちがうの?』
「えぇと――」

真っ直ぐに問いかけてくる言葉に、どう説明したものかと考えてから、

「少し聞きたいんだけど、バターになるって話は誰から聞いたの?」
『みかげ おはなし きいたの』
「その美影さんは自分の見た事を話したの?」
『ちがう ほん よんでた きいたの みんないっしょ』
「なら美影さんも、あなた達も、実際にバターになったのを見たわけじゃないよね?」
『うん』

実際に見てたらどうしようと思ったが、別にそんな事は無かった。
安堵の吐息を一つ吐いて、

「でね?バターは動物のお乳から作られるけど、アルフはそうじゃないでしょ?」
『あるふ ちがう』
「そう。私達の世界でも、生き物が突然バターに変わっちゃう事は無いの。
 アルフは蕩けちゃいそうなほどリラックスしてたけど、だからって溶けて無くなったりしない」
『あるふ とけない? だいじょうぶ?』
「うん、大丈夫」

答えた声を聞くと、草の獣達は湯船の縁まで泳ぎ、縁に足を乗せてアルフの方へ身を乗り出すと、

『ごめんなさい』
「あー、いいっていいって。単なる勘違いだった訳だし、あたしもちょっと驚いただけさ」

アルフがしゃがんで真ん中にいる草の獣の頭を撫でると、撫でられた草の獣は僅かに大気を吐く。
体温の低下によって生まれた内臓の負担でも吸っているのだろうか、と思っていると、念話による声が聞こえて来た。

"皆聞こえる?何かすごい声が響いて来たけど、大丈夫?"
"あ、うん。ちょっと意思の疎通が上手くいかなかっただけ。別にどうもしてないよ"
"ならよかった。僕も最初は戸惑ったけど、どの人……って言って良いのかな?ともかく、皆友好的だし"

それと、とユーノは言葉を続け、

"話なんだけど、さっき資料室で僕が調べた事を教えておこうと思って"
"え?ユーノ君、何かわかったの?"

ユーノの言葉に、目を覚ましていた なのはの少しだけ驚いた声が聞こえる。
確かに、調べ始めてから63rdと戦闘になるまでの時間は多くは無かった。

"本の最初に年表があったんだよ。詳しい事は全然駄目だけど、起こった事の大体は把握できたと思う"
"そうだったんだ……。それで、分かった事って?"
"うん、六十年前と十年前に大きな戦闘があったのは聞いてるよね?
4th-Gの人達は六十年前の戦争の時、佐山薫って人との交渉に応じてここ、Low-Gに来たみたいなんだ"
"佐山……?"

それはもしかして、という前に草の獣が答えた。その名を持つ者を口にするのが嬉しいと言いたげに、

『さやま!』
「あれ?――念話、聞こえてるの?」
"ごめん、言い忘れてたけど、こっちで僕が同じ事を口に出して喋ってるんだ。
 二十三号さんが言ってただろ?この人達は、同じ意識を共有してるって。
 聞いた時はどういう事かわからなかったけど――"
「じゃあ、私達も声に出した方がいいかな。話、聞こえてた方が良いだろうし」

念話による会話では自分達だけにしか聞こえない。
けれど意識を共有している草の獣は一匹が聞けば全体に伝わるため、互いに声を出し合えば念話の聞こえない彼等も交えて話が出来る。

「だね。ユーノ君、お話途中で遮っちゃってごめんね」
"僕もその方が良いと思うから気にしないで。
それで話の続きなんだけど、佐山薫って人との交渉に応じたのが、4th-Gの概念核、木竜ムキチ"
「えぇと……ちょっとまって、色々名前が出て来て混乱して来ちゃった」

そう言うと、なのはは小首を傾げ、

「まず、佐山薫って人は、多分UCAT代表の佐山さんの祖先だよね?
 六十年前だと、……お爺さん、かな。その人が4th-Gと交渉した時に応じたのが木竜ムキチって人。だけど――」
「概念核っていうのは何だろうね。概念戦争は一番多くの概念を持ってた世界が生き残るって話だから、概念の塊、もしくは概念を作る物なのかな?
 でも、それが意思を持って交渉に応じたってことは、概念核は生き物……?」
「とも限らないんじゃないかい?生き物の定義にもよるけど、インテリジェントデバイスみたいなのかもしれないだろ?」
"僕もまだその辺りは良く分かって無いんだ。分割されたり、武器に収められたりもしてるみたいだから、
生き物って感じじゃなかったけど……この辺りはもっと調べてみないと駄目だね。でも、共通点も見つけたよ"
「共通点?」
"ほぼ全ての概念核に竜の名前が付けられてる。分割されて個数が増えても、そのどれかは竜に関係する名前が付いてるんだ。
例外なのは3rd、8thの二つだね"
「その二つには竜の名前が無いの?」
"いや、そういう訳じゃない。3rd-Gの方は"木竜"みたいな分かりやすい二つ名が付いてないだけだし、
8th-Gの石蛇ワムナビは、木竜であるムキチが木蛇とも書かれていた事を考えれば竜に通じる名前だ。そう外れてもいないよ"
「十個の内九個に当てはまるなら偶然じゃないと思うけど……これだけじゃちょっと弱すぎるね。
 もう一つ位ヒントがあると良いんだけど」
「なら当事者に聞いてみるのが手っ取り早いんじゃないかい?せっかく目の前にいるんだしさ」

湯船の中に戻ってきたアルフは、草の獣と目を合わせると、半ば抱えるようにして引き寄せた。

「なあ、あんた達さ。木竜ムキチって人について教えてくれないかい?」
『むきち いっしょ ここにいる でも ここにいない』
「――え?」

返って来た言葉は簡潔な物だった。
だが言葉には矛盾がある。ここに居るのに、ここに居ないとはどういうことだろうか。
疑問を隠さず、そのまま言葉にして返す。

「どういう事?」
『むきち ここにいる でも ここにいない』
「えっと、君たちの誰かがムキチなの?」
『――――――』

草の獣は首を傾げる。その仕草は何を言っているのだろうか、と言いたい様に見える。

"それは無いよ。意識を共有してるんだから、誰か一人がムキチなら、それは全員がムキチだって事になるもの"
「なら、木の幹みたいに、大きな草の獣がいるのかな?まとめ役みたいな人が」
「仮にそうだとしたら、ここに居るって言葉の説明がつかないんじゃないかい?
 風呂場はタイル張りで、隠れる所も無い。ここに居ない、だけなら分かるけどさ」
「うーん……ここに居て、でも、ここに居ない……?」

しばらくの間全員で考えあったものの、結局答えは出ずに終わった。
分かった事は概念核には竜を意味する名前が付けられている事、そしてまだまだ情報が足りないという事だ。
お風呂から上がった後で、もう一度資料室へ行こうという結論で話を纏めた所で、壁に設置されたスピーカーから声が響いた。

『あー、テステス。こちら日本UCAT広報部ー。本日は晴天なりー。ん、……こほん。
 これより日本UCAT対時空管理局による模擬戦を開始いたしまーす。
 見学の方は一階受付よりチケットが販売されていますのでそちらをご利用ください。
 関係者の方は専用指定席が御用意されていますので、観戦をご希望の際は近くの自動人形へどうぞ。
 なお、ダフ屋により正規の物ではないチケットが出回る可能性がありますので、野外での購入はお控えくださーい。
 特に通常課のC君とその仲間達ー?今までは見逃してただけで、全部ばれてるんだぞー?
 あんまり調子に乗ってると君らがハードディスクに溜めてる物本人にぶちまけちゃうぞー?』

最後の一言と同時に廊下の方が騒がしくなった気がしたが、自分達には関係無いだろう。
フェイトは念話で皆に確認を取り、資料室へ向かう前に一旦リンディ提督達と合流すると予定を改める。
そうして建物に喧騒が生まれ始める中、湯船から身体を引き上げた。

            ●

模擬戦が決まって一時間足らずだというのに、会場には多くの人だかりが出来ていた。
UCAT本部を覆う様に概念空間は展開され、自動人形達により放送機材を置く仮設テントや観客席などが設営されている。
輸送棟前から滑走路までの横長リング内には、障害物としてトレーラーやコンテナなどが置かれ、周りを観客席で囲っている。
観客席はほぼ満席、中には輸送棟から見ようとする者や空を飛んでいる者まで居る。
観客席の合間には侍女服姿の売り子が立ち、滑走路上には少し離れて屋台が並ぶ。
プラスチック製のカラフルなベンチに座る人々は、誰が屋台まで行くかを話し合ったり、自動人形達から飲食物を購入したりしている。

「ふぁーあ。あー、ねみぃ。夜勤明けは辛ぇなぁ」
「Tes.もう一時間遅くやってくれりゃあ余裕も出来たんだけどな。まあ仕方ないさ」
「おかげでチケット買うのにも出遅れたしなぁ。くっそ、縛られてなけりゃあもっと早く行けたものを……!」

観客席の一角、滑走路側の最上段に、白い装甲服姿の男達がいた。
服は所々汚れ、周りに比べるとやや疲れた様な雰囲気が漂って入るものの、祭りを楽しむだけの余裕はある。
しばらくすると下の方からビニール袋を両手に提げた一団が、ベンチの間に作られた階段を上がってきた。
先頭にいる一人が白い袋を掲げ、

「野郎共ー、飯買って来たぞぉー!」

やんややんやと騒ぎ立てる男達。周りの人々がちらりと視線を向けるが、特に気にする事も無く元に戻す。
リレー方式で配られていく食糧は端にたどり着いた順に配られていく。

「お、お前の方がソース多めじゃん。こっちのと取り換えてくれよ」
「……俺、青のりで緑に染まってる焼きそばって初めて見たぜ。まあ青のり嫌いじゃないからいいけどさ」
「いやー、瓶ひっくり返したら蓋外れてなぁ。ソース吸いつくしてもまだ余ってやんの、ははは」
「誰だこれ買ってきた奴。受け取ったのはいいが、焼きそばの臭いがするゲル状物質が詰まってるぞ」
「テンカウントって屋台にあった奴だな。他にも焼き鳥とかお好み焼きとかあったんだが、仲間はずれは良くないって思ってな」
「そう思うなら同じ屋台で買えよ!?普通に小麦粉で十分だから!」

配られた物に対して思い思いの事を口にしながら、それでも食料は着実に消費されていく。
その中で、始めの方に配られ、半ばまで箸を進めた一人がふと顔を上げ、

「あー、そういや隊長連中は?姿見えねぇけど」
「あいつらなら縛り上げて俺らがいた物置きに叩きこんである。逃げ延びたのは良いとしても、出し抜くやつは極刑だ」
「列の先頭にちゃっかり居たんだよなぁ。連行する時の悲鳴と後ろにいた連中の歓声は悪政からの解放って感じで気分良かったなぁ」

そうして喋りながらも食事は進み、あらかた食べ終わった頃には試合開始直前となっていた。
ペットボトルを口に運びながら上がる話の内容は自然と模擬戦に関する物になり、

「ところでさ、相手はともかく、こっちの代表って誰よ?」
「今の所、戸田命刻嬢が一番有力だな。向こうとの交渉にも出たって話だし、まあ妥当な所だ」
「なんだ、生徒会長が出るのか。昨日の魔法少女は普通に空飛んでたみたいだが、大丈夫かね?」
「その位なら何とでもなるだろ、仮にも世界を相手に戦ったんだからな。
 ――そういや聞いたか?冬季の即売会、また生徒会ネタが部数伸ばしてるってよ」
「昨年の生徒会は新庄氏が会長で佐山氏が副会長であったか。命刻嬢も確か総務として参加しておったな」
「そうそう。去年度は佐山×新庄で鉄板状態でさ、後はそれをどう料理するか見たいな流れになっててよ。
 玉石混合の乱戦だったが、最終的に部数伸ばしたのがエロコメってあたりやっぱりなって感じだったな。買う方も良く分かってる」
「シリアス一辺倒だと書く方も物足りないって意見が多いみたいだしな。今年はどうなるんだろうなぁ、やっぱり命刻嬢か?」
「ええ、佐山・新庄連合の牙城を崩すには弱いですが、着実に浸透しています。展開は千差万別ですが、前作の続きで戸田氏が絡んでくるのがベタですね」
「絡むっていえばブレンヒルト女史が教職に就いたんで、「ゆぐドラ!」の新刊でヒロインに格上げされてたぜ。
 留年キャラで散々弄られてたのが嘘みたいだよなー」

あっという間に逸れた話を気にせず続ける男達を遮る様に、かん高い、警笛に似た音が響く。
余韻を残して収まった後に、開始を告げるアナウンスがノイズを混じえ、

『お集まりの皆様方、大っ変っ長らくお待たせいたしましたぁっ!!
 これより日本UCAT対時空管理局の対抗戦を開催いたしまぁーーーーっす!!』

女性の物と思われるテンションの上がりきった声が響き渡ると、四方に設置された大型スクリーンがCMから切り替わる。
映し出されるのは炎のエフェクトと、中央にある"VS"の文字、そして文字を挟んで置かれる黒く四角い枠だ。
放送係の声は一拍を置き、観客の視線がスクリーンから戻ったのを見計らって、

『それではさっそく参りましょう――時空管理局、選手入場ですっ!』

プロレスラーの入場BGMの様な曲が流れ、観客席下に作られた出入り口が開く。
そこから出てくるのは小柄な人影だ。
西洋の法衣に似た黒い衣装を纏い、手にはシリンダーを組み込んだ錫杖の様な物を手にしている。
観客達の声は、その人影が前へ進むごとに小さくなり、リングの中央に着く頃には静まり返っていた。
皆が注視する中、四方のスクリーンに映し出された少年が周りを見渡す姿が映し出されると、

「何ぃーーーー!?」

止まっていた声が爆発した。

            ●

音の瀑布を浴びながら、クロノは意識して平静を保っていた。
ここが敵地(アウェイ)なのは始まる前から分かっている。応援など期待できないのは承知の上だ。
大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。自分の集中力が保たれている事を確認すると、
……まずは僕を見て、どんな反応をしてるのかを知らないとな。
あまり認めたくはないが、自分の容貌が大人に見えないのは自覚している。
普段は年相応に扱われない事に対する不満しか出ないが、こういう場合に限っては相手の油断を誘う一因ともなりえる。
今回は勝つ事にこそ意義がある。侮られても、実力が発揮されないならそれに越したことはない。
それを知ろうとして、溢れる音に耳を傾けると、

「詐欺、詐欺だよ!魔法少女が出てくるって聞いた俺のときめきを返して!!」
「ビジュアルはまあまあかな。新刊のおまけにあの子のイラストでもつけよっか?時事ネタ効果で部数伸びるかもよ?」
「実はついてないに一票」
「え?いや、俺は両方いけるし」
「命刻タンまだー?」

……何を言ってるんだこいつらはー!?
内容は良く分からない物が多いが、少なくとも模擬戦に関係する事では無いのは明白だ。
続けて入ってくる声も、自分に関する事ではあるが、戦いに関わる事では無い。
その事実に溜め息を一つ吐くと、再び大気が震え、

『時空管理局、次元航行艦アースラ所属、クロノ・ハラオウン選手ー!
 若いながらも執務官に昇りつめたその力を持って、UCATとの戦いに挑みます!
 今回の模擬戦が初の対概念戦闘となりますが、どのような戦い方を見せるのか、各方面からは注目を寄せられています!』

各方面ってどこだよ、と内心でつっこむ。来てから数時間程度で注目が集まるほど、派手な事をした覚えはない。
実況における定型文と割り切り顔には出さないが、目が泳いだのは映ったかもしれない。
しかし放送はお構いなしに続き、

『なお、今回の模擬戦にあたり、解説役として時空管理局側からゲストの方にお越しいただいています。カメラさーん?』

呼び掛ける声と共に、スクリーンから自分の顔が消える。
代わりに映し出されるのは、

「母さん!?」

スクリーンの中ではリンディが、目を弓にした笑顔と共に手を振っている。
しばらくの間続けた後で一礼をし、テーブルに備え付けられたマイクの位置を正すと、

『時空管理局、アースラ艦長のリンディ・ハラオウンです。この度は私達のためにわざわざこの様な場を設けて頂き、ありがとうございます』
『姓がクロノ選手と同じ様ですが、ご家族ですか?』
『ええ、自慢の息子です』

これだけの人数が居る中で言われた台詞に、顔が赤くなるのが分かる。
僅かに顔を伏せ、図らずとも周りの視線や話声を意識してしまう。しかし、
……声がしない?
それどころか視線も感じない。顔を上げて周りの観客の視線を追えば、
その殆どがスクリーンと、観客席の一角に作られた放送席に居るリンディに向けられていた。
何だ、と疑問に眉をひそめ、警戒しながら様子を窺っていると、

「い、――いやっほおおおおぉぉぉぉぉーーーーー!!!!!」

全方向から大歓声が上がった。
手を叩き、端から順にウェーブを作り、さらにリンディの正面にいる人間で"Welcome to Low-G"と人文字を作った。
……何だこの反応。
呆れながらも、悪い方向に行かなくて良かったと、無理やり自分を納得させる。
自分との扱いの差に何となく理不尽だとも思うが、この反応を見ても動じない自分の母親を見ていると、仕方が無いと思えてくるから不思議だ。

『すごい人気ですねぇ、リンディさん』
『こんなに歓迎して頂けるなんて、嬉しい限りです。今日の模擬戦ではお互いに良い結果が出せる様、クロノ執務官には頑張ってもらいたいと思います』
『なるほどなるほど、母であり上司である人から激励されては、クロノ選手も張り切らずにはいられませんね。
 本日はよろしくお願い致します、リンディさん。――それでは続きまして、日本UCATの選手入場ですっ!!』

アナウンスが選手の入場を告げたものの、その声はやまない歓声に遮られてほとんど聞く事が出来ない。
だが声に関係無く出入り口は開いた。その向こうからは、

「た~とえ~、地のはって~が、あ~ろうとっもっ~!転がり転がし、今日も行く行く~!」

調子外れの妙な歌と共に、白い長衣を着た男が歩いて来る。
長大な棍棒の様な物を右肩に担っていながら、重さを感じさせない足取りでこちらへと近づいて来る。
流れかけていたBGMは歌に打ち消されるかの如く止まり、観客の声は男が一歩前へ出るたびに静まって行く。

「おぉけらやっ、みぃみずがこ~ようとっも~!きゅっうにはぁ、とぉまれ~ず、正面衝突~!」

先程の自分を見ているようだが、自分の時とは雰囲気が違う。
今周囲から感じるのは、困惑と後悔、だろうか。少なくとも後悔の念はハッキリと分かるほどに伝わってくる。
……言葉にするなら……そうだな、"勘弁してくれ"、だろうか。
けれど男はそんな観客の想いなどお構いなしに進み、目の前まで来ると、

「だ~けっどっ、止まるわ~けにっは、いぃ~かんのっでぇ~!平らにしてからぁ~、前へ行く行く~!」

見を捻り、右脚を軸にスピンをかけて回ると、地を抉ってからその動きを止めた。
肩に担いでいた物を、柄を上にして地へ突き刺すように置いた所で、四方のスクリーンに男の顔が映し出された。
男は映された事に気づいていないのか、長衣のポケットに手を入れ、

「あー、腹減った」

おにぎりを取り出して食べ始めた。
出て来ておきながら、こちらを気にする様子を見せない男に文句の一つでも言おうとするのを遮って、

「な、何いいぃぃぃぃーーーーー!?」

再び観客の、しかし今度は悲鳴のように聞こえる絶叫が響き渡った。



―――後書き―――

些か中途半端ですが、今回はここで終了です。
文の書き方に妙な癖が付いていたので、意識して矯正してみましたがいかがだったでしょうか。
文法的におかしい訳ではないですが、終わクロっぽさが増せばいいなぁ、とは考えてます。

草の獣がようやく出せて満足w。
そしてまさかのナイトヘッド隊再登場。物置きにぶち込まれたのは指揮所に居た連中。
そして剣神熱田。徐々に終わクロキャラが増えて来た感じがしますね。

今回の後書きはこの辺で。
クロノの入場BGMは「闘婚行進曲」を再生させるとそれっぽいかも?
や、自分が最近聞いた中でそれらしいのがこれしかなかっただけですがw。

それでは、ここまで読んでくれた方に感謝を。




[5820] 第十四章 『名の下に在る力』
Name: 月天召致◆93af05f1 E-MAIL ID:158e6bd5
Date: 2009/09/21 20:17
「俺達の……俺達の夢が!またしても!!」
「あ、もしもし、チケットのキャンセルを……え、出来ない?そこを何とか……」
「馬鹿な。あの脳筋が、相手を前にして切る以外の言葉を口にしただと……!?」
「売り子さん、弁当とビール二人分」
「Tes.千八百円になります」

ひとしきり驚いた後、観客席は蜂の巣をつついたような騒ぎに陥っていた。
嘆く、文句を言う、驚く、変化なしと、人によって取るリアクションは多岐にわたる。
一方、放送席からの発される声は、

『あれ?おかしいですねぇ。こっちに来てる情報では代表は戸田命刻さんのはずですが……故意の事故でもあったんでしょうか』
『……それって事件じゃないかしら』
『いつものことなんで。どうせ今回もロクな理由じゃないです』

そして、

「あなたが模擬戦の相手ですか?」
「あぁ?ヒトが飯食ってんの邪魔すんじゃねえよ糞餓鬼」
「なっ……こんな所で物を食べる方がおかしいだろう!」
「こんな所ってのはどんな所だ。どこだろうと俺の飯タイムを邪魔する理由にはなんねぇんだよ、馬ァ鹿」

会場全体が喧騒に満ちる中、それら全てを遮ってチャイムが鳴り響く。
ぴんぽんぱんぽん、と間の抜けたリズムの後に、

『聞こえるかね諸君、UCAT全部長の佐山御言だ』

声と共にスクリーンが切り替わる。
カメラの向く先は、観客席の中段に位置する関係者席。
映し出される姿は何故か水筒を手にしており、そのまま中身をカップに入れると、カメラの方へ突き出し、

『疲れた時にこの一杯!サダギリン配合の精力増強飲料、まロナミンC!新庄君による、この私のための一品物だ……うらやましいかね?』
「そんな訳あるかっ!」
『ははは、素直になれない連中だね。――さて、静かになった所で話といこうか』

話していた人間のほとんどが反射的に突っ込みを入れた隙を突いて佐山は話始める。
視線を下に傾け、リング中央に目を向けると、

『まずは剣神、貴様が何故そこに居る。代表選手は戸田命刻のはずだが?』
「急に腹が痛くなった、つーんで、代わりに来てやったんだよ。どうだ、嬉しいだろ?感謝の一つでも言ったらどうだ」
『警備部、あの気持ちの悪い暴言を吐く邪神を縛に掛けたまえ。罪状は私に対するセクハラだ』
「おいおい、早まんじゃねえよ佐山の糞餓鬼。わざわざ新型機殻剣持って暇つぶしに来てんだ、このまま帰すなんてつまんねぇ真似すんな」

そう言うと、剣神と呼ばれた男は左手に食べかけのおにぎりを手にしたまま、右肘を地に刺した棍棒の様な物の柄に乗せ、

「折角の試験が変なねーちゃんの所為でおしゃかになっちまったからよ、一足先にお前らに見せびらかしてやろうと思ってな。
 そしたらどうよ?都合良くお祭り騒ぎになってんじゃねえか。これはもうやるしかねぇってワケで、譲ってもらったんだよ」
「嘘だ―!"(ゆず)って"じゃなくて"強請(ゆす)って"貰ったんだろうがー!」
「うるせえぞ外野、神様の頼みごとにノーって返事が来るわきゃねえだろ」

観客のブーイングにも動じず、男はめんどくさそうに息を吐くと、残ったおにぎりを口に放り込んだ。
数度咀嚼してから飲み込むと、視線を佐山の居る関係者席に向け、

「で、どうすんだよ猿山大将。ちんたらしてっと勝手に始めるぞ」
『ふむ。――クロノ執務官』
「何でしょうか?」
『君の意見を聞こう。私としては、そこのケダモノが出る事に異論は無い。
 相手をする君の了承が得られたならば、選手の交代を認めようと思う』

しかしスクリーン内の佐山は、ただし、と続け、

『その男は馬鹿ではあるが、実力だけは本物だ。
 2nd-Gにおける最高位の剣神、個人戦闘能力ではUCATでもトップクラスに位置している。
 模擬戦と言えど、戦えば軽傷では済むまい。――それでもやるかね?』
「望む所です。元々、互いの力量を知るための模擬戦、一番強い人が出てくるのは当然ですから」
「ケケケ、生意気言うじゃねえか。ま、ガキはそれ位じゃねえと切る価値もねぇが」
『剣神、一応模擬戦だ、即死は避けろ』
「馬鹿野郎、的相手に誰が本気なんか出すか。十分見せつけてからシメるに決まってんだろ」
「………」

クロノは険しい視線を熱田に向けるも、何も言わずに杖を構える。
対する熱田は、地に刺していた棍棒を引き抜くと右肩に担いだ。

『では改めまして、日本UCAT対時空管理局対抗戦を開催いたしますっ!
 なお、選手の変更に従い、展開されている概念空間は2nd-G概念を主体としたものに切り替わりますのでご注意ください』

実況係の声が終わると同時、その場に居る全員が一つの声を聞いた。

・――名前には力が在る。

世界の法則を変える声は、頭の中に直接響くと、言葉通りに世界を変える。
僅かに戸惑いを見せるクロノとリンディに、

『クロノ君、試合の盛り上がりを望む観客の一人として、君には個人的にヒントを与えよう。
 2nd-Gの概念は、今聞いた通り名に力を与える物。この空間において、名は意味を体現する。
 そして名の無いものは、概念の恩恵を受けられず、その力を減衰させる。
 ――ヒントはこの二つだ。とりあえず死なないように頑張りたまえ』
「おいおい勝手にヒント与えんなよ、不公平じゃねえか」
『観客の声援に不公平などあるはずがなかろう。欲しければ私の様に、もっと慎ましく生きる事だ』
「馬鹿言うんじゃねえよ。剣の神が慎ましくしてたら錆つくだけだろうが」

熱田は頭を掻きながら答え、クロノは逸れた意識を前へと戻す。
それを合図とする様に、四方のスクリーンは二人を捕えた画面へと変わり、続く声が、

『両者共に準備は良いですね?ルールはどちらかが行動不能か、負けを認めた時点で決着とします!
 それでは試合、……スタートですっ!!』

会場に、ゴングの音が鳴り響いた。

            ●

「わ……!!」

他の三人と共に観客席へと来ていたなのは は、開始直後に起こった一連の動きに思わず声を上げていた。
鐘の音が鳴り響くと同時にクロノはバックステップを入れ、飛翔魔法を加えて空へと舞い上がった。
さらにその動きに合わせ、相手に対して一発の高速弾を叩きこんだ。
加速器のアフターバーナーにも似た一撃は相手の顔面へと突き刺さり、爆煙という結果を残している。
そして今、クロノは上空から悠然と地上を見下ろしている。

『クロノ選手速攻ーーー!!これは効いたかーーーっ!?着弾点から煙がもうもうと立ち上っているーー!』
「いつもより魔法の展開が速いね。威力も十分あるみたいだし」
「多分、始まる前に準備してたんだと思う。デバイスの処理を発動前で止めてストックしておけば、速くて高威力の攻撃が出来るから。
 ストックしたままだと他の処理の邪魔になるから、今みたいに先制をかける時位にしか使わないけど」
「へぇー……私も覚えた方がいいかな?」
「必要無い、とまでは言わないけど、使う機会は少ないと思う。バルディッシュやレイジングハートみたいなインテリジェントデバイスは、
 この辺りも自分達で判断して出来るようになってるし」
「え、そうなの?」
「自分でやるか、デバイスに任せるかの違いだね。でもそこが、インテリジェントデバイスが扱いにくいって言われる理由の一つでもあるんだけど。
 デバイスの方で追加したストックが使われないまま残ると処理がどんどん重くなっちゃうから、そのままだと普段なら間に合う動作が、間に合わなくなる。
 デバイス側の経験が貯まれば最適化して、使わないストックを消したり出来るんだけど……それには結構な時間が必要だし、時間をかけても上手くいくとは限らないから」
「上手くいかない、って、そんなことあるの?私なんて、初めてユーノ君と会ってレイジングハートを受け取った時は、魔法なんて使った事も無かったのに」

思い出す。初めてレイジングハートと一緒に戦った時は、魔法が何かも解らずに、只ユーノに言われるまま動いただけだ。
その時からレイジングハートとは一緒に過ごして来たが、特に上手くいかないと感じた事は無い。
我が儘を言う訳でもなく、意地悪という事も無い。優しく、頼れる大切なパートナーとして信頼しあえば、誰もが上手くいくと思っていたのに、それは普通では無いのだろうか。
心を掠めた不安に、ユーノが答えた。

「なのはの場合は特別だったんだよ。普通、デバイスを使い始めるのは、魔法に関する基礎教育が終わってからなんだ。
 暴発したりしたら危ないし、魔法を使いすぎてリンカーコアに負担がかかる事にもなりかねないからね。
 でもなのはと初めてあった時は、そんな事言ってられなかったから、行き成り実戦に入っちゃったけど」
「……?それだと何が違うの?基本的な事を習ってからの方が、上手くいくと思うんだけど」
「インテリジェントデバイスの場合はそうでもないんだ。基礎教育が終わるって事は、魔力を使う癖みたいなのも大体決まるって事だからね。
 途中でインテリジェントデバイスに切り替えた場合、デバイス側は当然その癖なんて知らないから、自分で最適だと思った補助を行う。
 それが使用者の意図に合わないと、魔力の面でも行動の面でも足を引っ張っちゃう事になる。
 この辺のすり合わせが上手くいかないと、いつまでたってもインテリジェントデバイスは使いこなせない。
 僕がレイジングハートを使ってた時がそんな感じだったね。僕が補助魔法を使う時に、レイジングハートもサポートをしようとして行動が被る、って感じで。
 レイジングハート自体の性能が高いから、余計にそうだった、っていうのもあるけど」

しかしユーノは続けて、でも、と言い、

「なのは は魔法なんて知らなかったから、最初の頃はレイジングハートに任せてたでしょ?
 そのおかげで、レイジングハートは自分の判断で自由に動く事が出来た。――行動の最適化を自然にやってたようなものだよ。
 それに他の魔法を覚えるのにもレイジングハートを介してたし、戦いは全部レイジングハートで行ってる。
 魔法に関して、君の知ってる事はレイジングハートも知っている。何が得意で、何が苦手か。どんな時が危なかったか、それをどうやって乗り越えたか。
 だから君の成長に合わせて、何が必要無くなったか、逆にもっと手助けした方が良い所は何処かも自分で判断して調整していったんだ。
 同じ様に、君もレイジングハートを知ってる。どんなサポートをしてくれるのか、そのタイミングはいつなのか。考えなくても、何となくわかるだろ?」
「うん。―― 一緒に頑張って来たんだもん。皆と同じ位、信頼してる」
「"try and error(トライ アンド エラー)"――試行錯誤って奴だね。それを最初から、それも術者とデバイスの両方で続けて来た結果だよ。
 まあそう言う経緯で、君とレイジングハートは自然にお互いの邪魔をしないで、なおかつ力を発揮できるパートナーになったって言う訳。
 尤もこれは、なのはにレイジングハートが自由に行動出来るだけの魔力があったからっていうのも大きいけどね」

ユーノの言葉に、ペンダントとなっているレイジングハートを服の上からそっと握る。

「そっか……ありがと、レイジングハート」
『You're welcome.(こちらこそ)』
「話しこむのも良いけど、そろそろ煙が晴れるよ」

アルフの声に、未だ煙の残るリングへ視線を移す。
煙のほとんどは風で散り、残った物も徐々に晴れていく。
視界を遮っていた煙が消えていくのとは反対に現れるのは、

『おぉっと、足が見えます!二本の足は、倒れる事無く地についています!まだ勝負は終わっていません!!』

実況係の言葉にクロノが杖を構え直し、観客からは溜め息が漏れた。
煙が完全に晴れ、その姿が顕わになると、実況の声が戸惑いを帯び、

『……えー、熱田選手、またです!またおにぎりを食べてます!いつから剣神は大食いキャラになったのでしょうか!?
 実況をするこちらの身にもなって欲しいものです!』
「そりゃこっちの台詞だぜ、実況のねーちゃん。こんなの相手する俺の身にもなってみろよ?飯でも食ってた方が有意義ってもんだ」

肩に武器を担いだまま、熱田は宙に居るクロノを見上げると、

「あーあー、予想以上にだるい試合だぜ。執務官なんつー仰々しい肩書があるから、もうちっと面白味が有ると思ったんだがな」
「……先手を取られて置いて、良く言いますね」
「ハァ?何勘違いしてんだ虫っけら。俺はお前みたいに先手取ってどうこう、なんつーせせこましい真似はしねぇんだよ、馬ァ鹿。
 けどまあ、あんまりもったいぶると周りの連中がうるせぇし、それに――」

右腕を掲げ、担いでいた物を大きく振り上げる。

「剣神相手にそのナメきった態度は、きっちり矯正しとかねぇとな?」

振り下ろした。その直後、

「がっ……ぁっ!?」
『おぉっと!?クロノ選手どうしたーー!?突如バランスを崩し、地面へと落下!一体何が起こったのでしょうか!?』
「何……?あの人が棍棒みたいなのを振り下ろしたら、クロノが突然殴られたみたいになって……」

フェイトの呟いた通りの事をなのはも見た。
だが墜ちて行くクロノは地面と激突する前に体勢を立て直すと、

「この……っ!!」
『ブレイズキャノン』

撃ち放った一条の光は真っ直ぐに相手へと飛び、

「ほらよ」

右腕を振り下ろした体制のまま、左手から投げられた何かによって止められた。
攻撃を受け止めた反動で、熱田の手の中に戻ってくるそれは、

「おにぎり!?」
『何と熱田選手、クロノ選手の反撃をおにぎりで防ぎました!一体なんでしょうかあのおにぎりは!具に賢石でも入っているのかー!?』
「おぉ、良い感じに焼けてんじゃねぇか。きっとピクニックで大活躍出来るぜ」
「な……!?」
「この程度で何驚いてんだ虫小僧。テメエの相手よか飯の方が有意義だ、っつったばっかだろうが。
 頭の上を鬱陶しく飛びやがって、いい加減にしねぇと叩き潰すぞ」

再び振り上げ、振り下ろされた右腕による一撃は、またしても離れた位置に居るクロノを捕え、今度こそ地面へと叩きつけた。
四肢を着き、息を乱すクロノを前に、熱田は棍棒を肩へ担ぎ直す。

『リンディさん、まさかとは思いますが、非殺傷設定というのは食べかけのおにぎりに負けてしまうものなのでしょうか……?』
『いえ、そんな事はありません。ありませんけど、今のは……』
「おいおい、二発食らった程度でくたばんなよ。的にしたって脆過ぎんじゃテストになんねえだろうが。
 ――仕方ねえ。テメエがブチのめされて動けなくなってる間、この俺様が、何が起きたか懇切丁寧に説明してやるよ」

            ●

クロノはふらつきながら立ちあがると、こちらを見下ろしている熱田に目を向けた。
攻撃を予測できなかったために無抵抗で食らってしまったが、幸いな事に威力はそれほど高くは無かった。
……とはいえ、バリアジャケット越しでこの威力だ。無防備な状態なら、意識が飛んでもおかしくないな。
身体からはダメージが抜けきっていない。戦うにしても、今しばらく休んでいなければ先程の二の舞だろう。
……こんな奴の思い通り、というのも癪だが、……そんな事も言ってられないか。
無闇に突っ込んでも返り討ちに合うというのは、二度も攻撃を防がれた事で理解している。
発動に多少時間があったとはいえ、撃ち出した攻撃は十分高速と呼べる代物だ。策が無いまま仕掛ければ、倍の力を持った攻撃が返ってくるだろう。
そこから来る警戒心は、勇み足を抑えるには十分だ。深く深呼吸をし、聞くことに専念する。
視線の先に居る熱田は、右手に持った棍棒を掲げると、

「いいか?こいつは俺の愉快な仲間達が作った新型機殻剣、ナナシ。名前のナナシはななつさや、――つまりは七支刀で、七本に枝分かれした剣って事だ。
 見ただけじゃ七つに分かれてる様には見えねぇどころか、剣と呼べるかも微妙なのがちとアレだが……まあ使う分には面白いモンだ」

ナナシと呼ばれた武器を下ろす。ついさっき受けた攻撃が脳裏をかすめ、身体が緊張で強張るが、剣は地に着く事無く切っ先をこちらに向けて止まった。
改めて眺めてみると、中央の杭に分厚い刃が六本、周りを囲う様に配置してある。刃の厚さは相当な物で、切っ先を向けられている今は緩い六芒星に見えるほどだ。
厚さ通りに切れ味の悪そうな側面部と違い、先端部分は中央の杭を含めて鋭利な物となっている。()し折った丸太に柄を付けた物、とでも言えばいいのか。

「鹿島が言うには、元ネタの七支刀は形は珍しいが歴史上に実在する剣なモンで、そのまま名前を冠しても大した物は出来ないんだと。
 儀礼用に使われてた剣って話だから加護は得られるだろうが……そこらの量産品に毛が生えた程度じゃ面白くも何ともねぇ。
 だからこいつには見た目に合わせた概念が追加されててな。テメエをぶん殴ったのはその力だ」
「……概念」
「分岐の元は一つである、ってな感じの奴だったか。あらゆる可能性は一つの始まりから分かれて現れる。
 なら大本を握ってる奴はその分岐全てに影響を与え、誘導して好きな物を選びとれるって事だ。そいつが剣に仕込まれてるって事は――」
「まさか……」

背筋が凍る。言った事が正しいとするならば、この武器の能力は、

「馬鹿な、確立を操作しているとでも言うのか!?もしそうだとしても、空に居る僕に当たるはずが――!」
「餓鬼のくせに考える事が狭っ苦しいんだよテメエは。遠くにあるから届かないなんて言うのは途中で諦める三下の台詞だ。
 俺の認識出来る場所で切り果たせねぇのは、心の中の惚れた女を想う気持ち位なもんだ」

そう言うと、熱田は口端に笑みを浮かべ、

「へへ、恥ずかしい事言わせんじゃねえよ馬ァ鹿!」
「ぐ……ッ」

ナナシが振り上げられると同時に、見えないアッパーカットで殴り飛ばされる。
何とか踏みとどまり、頭を数度振って余韻を拭う。何度も食らえば危ないが、来ると分かっていれば耐えられないほどではない。
むしろ今は、概念と呼ばれる未知の技術に対する驚きの方が強い。
大まかな説明は昨日の内に聞いていたものの、実際に向き合ってみるとその異常さが良く分かる。
何も知らずに戦っていたなら、ロストロギアと言われても信じてしまいそうな程だ。

「攻撃の謎は分かった……だが、攻撃を防いだのはなんだ。あれも何かの概念か?」
「何間抜け面して聞いてんだ。一から十までべらべら喋るのはやられ役の十八番だ、俺がやるワケねえだろ」

再びナナシが振り下ろされる。しかし動き自体は遅く、十分に"見える"速さだ。
S2Uを頭の上に掲げ、溜めてあった防御魔法を起動させる。
……そう何度も――!?
食らってたまるか、という思いは横殴りの衝撃で吹き飛ばされた。
上からの衝撃に対して構えていた身体は、予想外の方向から来た攻撃にバランスを保てず、地面を転がる。
痛む左脇を押さえて、跳ねる様に立ちあがる。攻撃が始まった以上、倒れたままでは追撃を受ける。

「テメエの頭は鳥頭かよ。確立操作って自分で言ったばっかだろうが。
 縦に振ったから上からしか来ないなんて、そんな分かりやすい弱点があるとでも思ったのか?」
「――スティンガー・レイッ!!」

答える代りに光弾を撃ち出す。続けざまに撃ち出された六発の弾丸は、やはり熱田へと命中する。
光弾は着弾点を中心に爆散し、煙を撒き散らして視界を塞ぐ。そこに四方から追加で誘導弾を撃ち込み、さらに煙を広げると同時にこちらの位置を悟られないようにする。
……まずは相手の攻撃を止める!
十中八九、熱田は平然と立っているはずだ。だが捕捉されたままでは、続けざまに攻撃を食らってしまう。
相手の態度からして、射程距離がこの会場以下という事は無いはずだ。相手の攻撃を止めない限り、一方的にやられるしかない。
煙を用いて視界を奪い、多方向からの誘導弾で撹乱する。発射点から逆算されないように距離を置いて魔力スフィアを複数形成し、そこから撃ち出す事でさらに煙を深める。
低空を滑る様に飛びながら、こちらは索敵魔法を使って相手を捕捉する。

『クロノ選手猛攻ーー!先程までの憂さを晴らすように、四方から弾幕を撃ち込みます!いけー!そこだー!
 ――これは行けそうですねぇリンディさん!』
『……そうですけど、少し落ち着きましょう。偏った実況だと文句が来るんじゃありませんか?』
『普通はそうなんですけど、相手が相手ですからねぇ。これ位で丁度いいでしょう。――もっとやれーー!』

何故か実況がヒートアップしているが、隣のリンディは落ち着いた物だ。
……これで倒せる訳が無いんだから当然か。
盛大に撃ちこんではいるものの、その中身に魔力はあまり込められていない。
派手に爆散するため威力が高そうに見えるが、視界を奪うための付与効果にすぎないため威力は通常の物より低い位だ。
そしてこの弾幕の目的は、視界を奪う他に相手を油断させるためでもある。
……中途半端な攻撃で駄目なら、全力の一撃を見舞えば良い!
弾幕で攻撃と足を止めた所に、最大の攻撃を行う。基本だが、効果の高い戦術の一つだ。
地面すれすれを飛んでいた身体を引き起こして止まり、S2Uを頭上へと掲げる。
魔力を込められるだけ込め、発動させる魔法の名は、

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!!」

熱田を取り囲んでいた魔力スフィアと入れ替わる様に、魔力の刃が宙に現れる。
煙の中に居る相手からすれば、突然豆鉄砲が実弾に変わる感覚だろう。それが百を超える数で一斉に撃ち込まれれば、倒せずともかなりのダメージを与えられるはずだ。
全周に配置された剣が一斉に向きを変え、爆煙の中心に居る熱田へと狙いを定めると、

「行け!」

攻撃の間が開かない内に、命令一下で全ての刃を叩きこんだ。
着弾したと思われるタイミングで煙の隙間から光が漏れ、火災現場にガソリンを投げ込んだ様な勢いで一際派手に煙が上がった。
手ごたえはあった。ろくに動いていないのだから外しようも無いが、それでも攻撃の瞬間には何かをしてくると思っていた。
だが実際には何も起こらず、相手はこちらの攻撃をもろに受けた。防がれる事を想定して多く撃ち込んだ分、予想以上の攻撃になったとも言える。
非殺傷設定とはいえ、あれだけの数をまとも受ければ命にかかわりかねない。とにかく人を呼んで、安静に出来る場所まで運んでもらおうと観客席を見渡し、

「誰か――」

声を上げかけた所で、視線の先に居る観客達がハッとしたように動きを止め、

「その行動は死亡フラグーーーーー!!」
「――は?」

悲鳴混じりの反応を理解する前に、衝撃が意識と身体を叩き落とした。

            ●

「文句言いながら出て行ったかと思えば、何やってんだかねぇ……」

パーティションに区切られた開発部内。会議室から移され、隅に置かれたミーティング用の薄型テレビを眺めながら月読は呟いた。
画面はクロノが墜ちた先を映し続けているため、白っぽい煙幕に染まっている。
しばらく他の物は映りそうにない画面の前に居るのは白衣姿の自分と鹿島、そして、

「あの、大丈夫でしょうか。私がここに来たのが原因って分かったら……」
「大丈夫よ、もし駄目でも交渉役が何とかするでしょう。余計なちょっかい出す方が面倒になるから、のんびり観戦していれば問題ないわ」
「それでも心配ですか?心配ですね?そのささくれた気持ちはうちの晴美で癒しましょう。ほら、ここに今朝録ってきたばかりの新鮮な動画が!」
「あんたの家族は生魚か何かか。シャマルさんも、一々リアクション取らなくてもいいわよ?」
「いえ、子供は好きですし、素直にかわいいと思ってますから」
「聞きましたか月読部長!世界を超えて通じる晴美のかわいらしさ、――これはもはや概念核級の戦略兵器ですよ!?」
「はいはい、ごちそうさま。実用段階にまで持っていけるといいわねえ」

湯呑みに入れた緑茶を一口啜り、透明なプラスチックトレイに残っていたお好み焼きを片づける。
空になった容器をごみ袋としたビニール袋に放り込むと、

「で、どうかしらうちの馬鹿は。技術者として、自分達がどの程度なのか聞いておきたいとこだけど」
「……正直、ここまでとは思っていませんでした。時空管理局の執務官といえばかなりのエリートですし、そうでなくても高い資質を持った魔導師なのは確かです。
 魔法の展開と発動も速く、咄嗟の反撃でも狙いを外さない。経験が少ないのは年齢的に仕方が無いとしても、普通に強い部類に入る……はずなんですけど」
「手も足も出ないのが不思議?でも概念を理解しないまま戦えばあんなものよ。尤も、理解していても熱田に勝つのは難しいでしょうけどねえ」
「名前が力を持つ、という概念ですか……」

そう言ってシャマルは腕を寄せ、右手を口元に当てて考え始める。

「納得してない、って顔ねえ」
「ええ、まあ……。名前一つであれだけの力が出せると言うのが、どうにも腑に落ちなくて。
 それにもしそうなら、私達の様に特別な名前を持たない存在はどうなるのか、とか……色々と分からない事があります」
「そうねぇ……とりあえず、2nd-Gがどういう世界だったか、っていうのを合わせて少し話しましょうか」

月読は机の上から何枚か書類を取ると、裏返して図を書いていく。
長方形を中心で分けた、カプセル剤の様な絵の中に幾つかの言葉が書き込まれた所でシャマルへと向け、

「これが2nd-Gの概略図。かつての2nd-Gは概念核を管理システムに変えて、そこから得られる名前の下にバイオスフィアを形成していたのよ。
 管理システムは意志を持ち、管理者の一族が橋渡し役となる事で互いに協力し合って生きていた訳」
「バイオスフィア――閉鎖空間での生態系存続システムですか。管理システムが名前を与えていたという事はつまり、誰が何をやるかが予め決まっていたという事でしょうか?」
「大体合っているわ。2nd-Gは各姓ごとに為すべき事が決まっていたために、一芸に長けた職人の集まりの様なGだったのよ。
 積極的な侵攻こそしなかったものの、概念戦争中は役割分担と特化した力を生かす事で他のGと対等に渡り合ってたみたいね」
「不満は……出なかったんですか?生まれる前から決まってる事に、疑問を抱いたりは――?」

顔に陰りを浮かべながら、控えめに問いかけるシャマルに、月読は目を弓にした笑みを見せ、

「それは無い、というよりそもそも少し勘違いしてるみたいねえ。2nd-Gにおいて、名は体を表すものであって縛るものじゃないわ。
 武術にしても商いにしても、門下に入れば一員としてその名の下に組み込まれるし、免許皆伝までいけば一門の名を引き継げる。
 名前で生き方が決まるのではなく、生きた結果として名を得るのよ。まあ、概念に合わせて変化させた風習も少なくないでしょうけれど」
「では熱田という名前は……」
「由来は名古屋の熱田神宮ね。2nd-GがLow-Gに移った際にLow-Gに合わせて八百万の名前を役職別に分け、全国の社寺などに当てはめたのよ。
 熱田神宮はクサナギノツルギを御神体として奉納していて、アツタノオオカミはその神霊だと言われている。――剣神の名として、これ以上の物は無いでしょうねえ」

月読はそこで一旦言葉を区切り、

「さてここからが本題ね。神と呼ばれるまでに至った者は多かれ少なかれ加護を持つようになるわ。剣神である熱田の加護は何だと思う?」
「えっと……切れ味や武具の耐久力向上等、総じて攻撃力の増加……でしょうか」
「半分正解、かしらね。今言ったのは剣神としての加護で、それとは別に単純な神格としての加護があるのよ。
 こっちは2nd-Gに限った話じゃなくて、神と呼ばれる存在が持つ力場みたいなものだけれど」
「じゃあ攻撃が通じていないのはそれの――」
「だけじゃないですよ。――あ、今晴美が手を振りましたよ。かわいいですね?――今回は特に防護の力は増しているはずです」

シャマルの言葉を遮り、ノートパソコンの前で身悶えしていた鹿島が話に割り込んで来る。
家族動画の映ったパソコンの画面を月読とシャマルの二人に向け、

「ほら、眠そうにしてる顔なんかもう堪りませんよ。――クロノ君の使う魔法は今の所大別して二種類。
 弾丸を撃ち出す"スティンガー"系と、威力を上げた"キャノン"。見た目と名前での分類なので、あくまで仮ですが――そろそろ寝返りをうちますね。手が動いてるのが見えますか?」
「あんたもう少し模擬戦に関する部分を増やしなさい。終わらないでしょ」
「では動画は後のお楽しみと言う事で。――で、重要なのはスティンガーの方です。
 言語が違うので本来の意味は分かりませんが、Low-Gに当てはめて考えれば意味の通る名前になります。というか、月読部長も解っているはずでは?」
「あたしゃ横文字は苦手でねえ……」
「単なるボケで――あ、カッターをパソコンに投げるのはやめて下さい。月読部長は僕の家庭を壊す気ですか。
 まあ簡単に解説すると、英訳では"刺すもの"という意味で、有名な地対空ミサイルの意味はこっちですね。
 そしてもう一つは物語に出てくる短剣の名前で、そのまま読めばスティング、和訳はつらぬき丸と呼ばれます。
 この短剣は作中でも高い切れ味を誇るナイフであると共に、敵を探知する力を持った魔剣でもあります。概念の効果が出てるのは固有名詞である後者ですね。
 彼自身に自覚は無いでしょうが、ここはLow-Gで、多くのUCAT局員が見ていますからね。自然とその認識に従った特性が付与されているはずです」

鹿島の説明に、シャマルは顔を少し上げてしばらく考えると、

「それは――良い事じゃないんですか?」
「相手が熱田じゃなかったら、もしくは彼がもっと2nd-Gの概念について理解していればプラスに働いたかもしれませんが、今は逆効果です。
 剣神が持つ魔除けの加護に加えて、剣としての格という二重の防壁に阻まれる訳ですからね。通る筈がありませんよ」
「ああ、そういう事。あたしはてっきりおにぎりの事を言ってるんだと思ってたわ」
「中に何か入ってたんですか?例えばそう、プロテイン……とか」
「あんたは真顔で何言ってるの。食べたいなら企画部に試作させるけど――食べる?」

慌てて首を横に振るシャマルに月読は冗談だと言ってから、

「古今東西"物を食べる"行為はそれだけで力を増す儀式よ。米は神事や祝い事で使われるお餅と神酒(みき)の原料でもあるから2nd-Gの神と相性も十分。
 熱田が食べてたのは市販のおにぎりだったけど、あたしや鹿島が作ったおにぎりだったら短時間だけど加護を得る事も出来るわよ?」
「攻撃を防いだのは、剣神の力が宿っていたからですか」
「そういうこと。劇的な効果が有る訳じゃないけれど、手軽で確実。戦う前のげん担ぎと合わせてやる場合が多いわねえ」

月読の言葉が終わるか終らないかといった所で、鹿島がふとテレビ画面へ顔を向けた。
つられて後の二人もテレビ画面を見る。映っているのは薄れた煙幕と、その下に覗くアスファルトの地面だ。
特に変わった所は無い映像。しかしそこからは、先程には無いものが生まれていた。

「――歌?」

女性の声で歌われる唄は、会場にも響いている事だろう。
落ち着いた声音で、静かに流れてくる唄を聞きながら、

「まだ模擬戦は、――終わって無いみたいですね」

呟いた声を合図とするかのように、煙は晴れた。


――後書き――

話を進めるぞー、と思ったら説明ばっかりで全然進んでない罠。
でも説明しないと分からない事が多いので省く訳にもいかないんですよねぇ。

2nd-Gの概念は、自分の認識が一番強く反映されるだろうけど、そうじゃない場合は周りに影響を受けるんだろうなー、と考えた今回の話。
概念関係の設定は毎回矛盾してないか不安になります。おかしい所あったら突っ込んで下さい。

ナナシに関しては後で設定資料にでも追加しようかなー、とか考えてます。
最終巻で十拳みたいな剣を作りたいとか言ってたので、十二分なチート兵器となりました。
普通に考えれば模擬戦に出す様な代物じゃないですが、まあそれはシャマルさんのせいと言う事で(マテ
今はまだ威力も低いからきっと大丈夫のはず。

さて、まだ模擬戦は続きます。次はようやくクロノのターン!
せっかくの模擬戦なのにやられっぱなしで終わらせるなんてもったいない真似はしませんよ?
説明ばっかりだったフラストレーションぶつけてやる……!

それでは、ここまで読んでくれた人に感謝を。



[5820] 第十五章 『名を想い得る力』
Name: 月天召致◆93af05f1 E-MAIL ID:158e6bd5
Date: 2009/12/04 00:37
Huna blentyn yn fy mynwes,/我が子よ 私の胸の中で眠りなさい
Clyd a chynnes ydyw hon/暖かく居心地が良い
Breichiau mam sy'n dyn am danat,/母の腕の中で
Cariad mam sy dan fy mron/母の愛に抱かれて――

            ●

歌声の中でクロノが意識を取り戻してから一番最初に目に入ったのはアスファルトの硬い地面。
寝ぼけた身体を動かし、力を込めて握った掌の中にS2Uの感触は無い。
まずいな、という思いもそこそこに、未だに煙る視界の中、投げ出されていた身体を空になった両手をついて起こすと、
……痛みが――?
無い。身体に残っていた鈍痛が、霧散するように消えている。
より正確に言えば、消えて行っている最中、といった感じで、一番顕著なのは意識が途切れる直前に受けた後頭部の痛みだ。
回復していると気づくのにそう時間はかからない。しかし入れ替わりである不安が頭をよぎる。
……負けた、のか?
意識が途絶えた時点で、もしくは武器であるデバイスを手放した事で負けと見なされてしまった可能性がある。
だがそう考えるには人が居らず、何処かに運ばれている訳でもない。煙にまぎれて聞こえてくる歌以外に目立つものも感じられない。
そこでようやく回復している事自体に疑問が湧いた。回復魔法でも、手当をされるでも無いのに何故痛みが引いていくのか。
疑問は尽きないが、いつまでも手ぶらのままでいる訳にもいかない。まだ終わっていないのならなおさらだ。
膝を立てて立ちあがり、辺りを見回す。幸いこの近辺で魔法を使ったのは自分一人、デバイスに残る魔力をたどれば直ぐに見付ける事が出来る。
そうして目を向けた先からは薄い光が漏れ出ており、日の光とは違う、やや青みがかった光が霧の様な白煙に混じって色を残していた。
歌も、同じ方向から聞こえている。

「――――――」

引き寄せられるように近づくと、直ぐにその発信源へと辿り着く。
行く先にあった魔法の杖は、見慣れたその身を立てて宙に浮き、全体を静かに明滅させながら歌っていた。

Ni cha dim amharu'th gyntun,/誰も貴方を傷つけない
Ni wna undyn a thi gam/何も眠りを妨げる物はない
Huna'n dawel, anwyl blentyn,/私の愛しい子よ 安らかに眠れ
Huna'n fwyn ar fron dy fam/母の優しい胸の中で――

聞き覚えの無い唄は意味を通じて子守唄だと知れる。
ゆっくりと手を伸ばしてS2Uを掴むと、じんわりとした熱が伝わってくるような感覚がある。
全身を包んだ熱はやや高く、腕先から順に冷えた身体に沁み渡っていく。
S2Uは手の中で一度震えると、こちらの掌に収まった。
唄と光は小さくなり、しかし止む事無く続けながら己の存在を示している。
そして煙は晴れ、

「……ったく、鹿島の野郎、いくらなんでも出力低過ぎんだろうがよ、っと」

視界の先にはナナシを肩に担いだ熱田がいる。
面倒くせぇ、とぼやきながらこちらを一瞥すると、無造作な動きで剣を横なぎに振るった。
反射的にスタンスを広げ、腰を落としながらバリアジャケットに魔力を足す事で防御態勢を取る。
だが、来るはずの打撃は手に伝わる振動と、それに続く金属音にとって代わった。

「え……?」

デバイスに当たったというのは分かるが、その理由が分からない。
今の状態なら武器を狙うまでも無いのは誰が見ても明らかだ。
戸惑いながらも熱田へ目を向けると、自分と同じく意外そうな顔で起きた結果を眺めている。
しかし相手はそのまま口端に笑みを作ると、

「おいおい何だよ、まだ面白そうな芸が残ってんじゃねえか!」

言葉と共に腕を振り上げ、今度は大上段から一直線に振り下ろす。
衝撃と振動が動作に続き、周囲に余韻を響かせる。
だがそれ以上は無い。直撃するはずの攻撃は、杖に受け止められていく。
そんな中、こちらの疑問とは裏腹に、熱田は納得した様子でナナシを担ぎ直し、

「子守唄か。血のめぐりが悪いガキだと思ってたが、少しは知恵も回るみたいだな。もう少しばかりぶっ叩かれりゃあもっと面白くなるか?」
「そ、そんな訳が無いだろう。それにこれだって、僕がやった事じゃ……」
「あぁ?何言ってんだテメェは。テメエじゃなかったら一体誰が――」

そこまで言うと、熱田は浮かべていた笑みを止め、

「けっ、そう言う事か。頭を使ったんじゃなくて、ビビって後ろに隠れてただけかよ。
 ――前言撤回だ馬鹿野郎、こんなんじゃ相手をしてやる気も失せるってもんだ。ま、一応勝ち負けはあるからとっととぶった切って終わりにするぜ」
「あなたには、これが何だか分かるんですか?」
「当たり前だ。むしろここまでヒントがあって分からねえお前の頭の方がどうかしてる。
 分かった事は結局の所、テメエが俺達2nd-Gを何一つとして理解してねえって事だ!!」

三度目の斬撃。
音と共にS2Uが大きく震え軋みを上げる。

「隠れんな、終わらねえだろうが。それとも自分じゃ負けも認められねえか?
 言えよ糞餓鬼、参りましたってな。本当ならまだこいつのテストをしなくちゃならねえんだが、優しい俺様は降伏する機会を作ってやる。だから負けちまえ」
「くっ……勝手な、事を……!」
「ママのおっぱいに縋りついてる奴が言うセリフじゃねえな。テメエは模擬戦レベルでも敵になれないんだっていい加減気づいとけ。
 俺は単調な仕事を面白おかしくやろうとしただけで、お前を相手にして遊んでる暇は無いんだよ」

言葉が止まり、静寂が訪れる。
実力差は圧倒的だ。今ならばこの男が剣神と呼ばれるのも理解できる。
だが諦める訳にもいかない。持ちかけた勝負に見せ場も無く敗れたとなっては今後の行動に支障が出る。
一矢を報いる事すら出来ないと分かれば、プライドや士気がどうというよりも、交渉自体進める事が困難になりかねない。
その沈黙をどうとったのか、熱田は大袈裟に肩をすくめて溜め息をつくと、

「そうか、なら話はここまでだ。さっくりシメて終わりにしてやるよ」

四撃目。
衝撃と音は変わらず、しかしそれまでとは違う事がその後に訪れた。
悲鳴にも似た軋みはS2Uの全身に罅を入れ、僅かに欠片が落ちる。

「――ッ!?」
「威力が落ちてるとはいえ剣の直撃を耐えてたんだ、良い杖なのは間違いねえ。だが持ち主がヘタレなばっかりにそれも今日までだ。
 一遍支えを砕いてやりゃあ、少しは自立心って奴も育つだろ」

そう言って、熱田は五撃目を構える。
右腕のみで振っていた先程までと違い、両手でしっかりと構えた大上段。

「道具に庇われる様なザコに興味はねえが、その杖には礼儀をはらうぜ。――今出せる全力でぶっ壊してやる」

力を増して叩きつけられる威圧感を前に、思わず手の中に在るS2Uを握りしめる。
応じるように杖は歌う。剣神を前に再度声を張り上げ、歌にノイズを混じらせながらも会場全体に響かせる。
その姿と身を包む歌の加護に、僅かに緊張が解け、一瞬の合間を縫って意識を杖に向けた。
S2U。"Song to you"を(もじ)って名付けられた、歌を贈る杖。母さんから貰ったデバイスだ。
手にしてから十年近く、調整と改良を加えながら使い続けて来た相棒でもある。
インテリジェントデバイスのように使い続ける事で変化が有る訳ではないが、信頼性は何より高い。
――それが壊されるとなれば、黙ってやられるには大きすぎる代償だ。

(だがどうする……相手が"神"なら、勝つ手段は無いに等しい――!)

覚悟が決まれば後の行動は迅速だった。向けられる重圧をから来る緊張感を燃料に彼我の戦力差を計算し、使える手立てを検討する。
澄んでいく意識の中、あの胡散臭い交渉役が与えたヒントが今なら分かる。
S2Uはその名に従い歌を贈り、紡がれた歌は自身の名を持って守りの力となった。
本当に、少し考えれば分かる事だ。呆れられるのも無理はない。
答えは最初から与えられていた。後は自分がそれを受け入れるかどうかの話だったのだ。
素直に認めよう、と思い顔を上げる。少し前の自分は考えているつもりで、ただ怯え、立ち止まっていただけなのだと。
……考えろ。執務官としての最善は何なのか、そして僕にとって優先すべきは何なのか。
振り下ろされる寸前の剣を前に、短く、しかし深く息を吸う。
時間は無い。土壇場で増えた手札を使い、一発勝負へ打って出る。
決着は、次に息を吸う前に着くはずだ。

            ●

剣を構えたままの体勢で、熱田はクロノの取った行動を見ていた。
罅の入った杖を構えた少年は、逃げも守りもせずに前へと出る。
その様子を視界の中央に捕えながら、
……破れかぶれの突貫、にしちゃあ目が死んでねえな。
何かするつもりだ、というのは分かる。
だがそれを知っても身体は動かず、また動きを変えようという考えも起きない。
相手が何をしようと勝手だが、通じるかどうかは別問題なのだ。
だから受け止める。小者の様な小細工等はせず、ただ己の行動を押し通す。
彼我の距離は約四メートル。飛ぼうと走ろうと剣を振り下ろすまでに懐に入るのは不可能な距離だ。
向こうは距離を詰めようとしている。ならばこちらの動きを止める何かが来るのは間違いない。
大して期待はしてねえが、という思いを頭の片隅に置き、

「――ふっ!」

振り上げた剣を地面に叩きつける勢いで振り下ろしにかかる。
さっきまで使っていて分かった事だが、どうにもこのナナシは変換効率が悪い。
分岐する可能性から一つを選びとっている所為か、返ってくる手ごたえが浅いのだ。
体感では半分もいっていない。剣神である自分が扱うからこそ並みの威力が出ているが、普通の人間が使えば決め手に欠ける。
……この辺は鹿島の仕事だな。ま、他にも何かあるみたいだし、今はこれで我慢してやるか。
どの道ここまでくれば大差はない。動きに鈍さはないが、並みとはいえ直撃を受け続けた身体が全快したとは考えにくい。
おそらくは子守唄の加護の一旦だろうが、その力はさほど強くはないと熱田は踏んでいる。
親が子を守るのは広く通じる守りの力、しかしそれは所謂"自己犠牲"の力だ。
身を盾にする事であらゆるものから対象を守り抜き、そのためならば己が傷を負う事も厭わない。
しかし神族の子孫といった例外は別として、そうでもない限りはダメージを肩代わりするか、多少回復を早めるのが関の山だろう。
つまり今クロノが動けているのは回復しきれない痛みや身体の軋みを、デバイスが肩代わりしているからに他ならない。
万全の状態ならばこの程度を引き受ける事に問題は無いが、今は四度の攻撃を耐えて崩壊寸前の状態だ。
単なる全力疾走だけでも長くは持たない。

「おらさっさと来い!今更もったいぶってんじゃねえ!!」

呼びかけに応じるように、

「スティンガー・レイ!」

振り下される剣に対してカウンター気味に一発の光弾が放たれる。
以前の物よりやや大きく輝きも強いが、それ以外に変わった所は見られない。
……はっ、二度ネタだったら死ぬほど後悔させるぜ――?
速くはあるが弾道は真っ直ぐ正面、剣の軌道上にある。
何もせずとも少し手首をかえしてやれば迎撃出来てしまうコース。
その通りに迎撃行うべく、柄を持つ手を絞って鍔元で受ける。
目の高さに来ていた光弾を叩き落とそうとするその瞬間、

「――フラクタルシフト!!」

クロノが声を上げると同時に光弾はナナシへと当たり、残滓を残して砕け散る。
しかし今回はそれだけで終わらない。
砕けた中から6つの光弾が新たに飛び出し、剣の両脇を抜けて絡み付くように両手へと襲いかかったのだ。
反射的に腕を押しこんで柄を前に出すと、剣先を引くようにしながら踏み込む事で閉じ行く光弾の合間へと身体を入れた。
腕と肩を使い、外側に弾きだす要領で攻撃を受ける。
右に二発、左に一発が当たって砕け、残りは顔の横を掠めて後ろへと抜けた。
当たった箇所に怪我らしい怪我はないが、
……服を切れる位にはなったか!
右は肩と前腕、左は二の腕の辺りが綺麗に裂かれ、隙間から肌が覗いている。
着ている長衣は作業用の物だが、長持ちするように相応の処理が施されたものだ。
それを切り裂いたという事は相手が2nd-Gの概念についてそれなりに理解を示した事を指す。
だが、

「それじゃあまだ足りねえよ!」

出していた腕を引き、踏み込んだ身体に合わせて下へ。
先程よりも小さく、回すようにナナシを振って飛び込んでくるクロノを打ち伏せにかかる。
一度攻撃を受けた事で僅かながら遅れたものの、それでも懐に入らせるまでには至らない。
弧を描いて戻って来た剣はタイミングを計ったかのようにクロノの頭へと落ちる。
熱田は柄を持つ手に力を込め、

「――潰れろ糞餓鬼!!」

今度こそ、大剣を振り下ろした。

            ●

大勢の観衆が見守る中、熱田の振り下ろす剣に対してクロノが左手を差し出した。
受け止めようとするかのようなその動作は、相手まで残り二メートルを切った所で上からの刃に阻まれる。
クロノは地を蹴り、飛行に跳躍の動きと加速を追加する。
速すぎる剣の先端部は無視して鍔元へ手を伸ばすクロノに対して容赦なく大剣は振り下ろされるが、クロノはもう片方の足を地へと突き刺す。
再度の加速、しかし後少しという所で届かない。
駄目か、と観客達から落胆の溜め息が出かけた矢先、

『届いた!?』

会場に響く声に、居合わせた全員がその光景を見た。
剣の動きが僅かに鈍り、届かぬと思っていた手がナナシの鍔上、刀で言えば棟の腹へとかけられている。

「くぅ、――あっ!」

そのまま刀身を受け流し、上から地面に押しこむ動きで送り出す。
クロノは押し込んだ反動を利用して身体を浮かせ、刀身の上へ乗る。
さらにそこから熱田の頭に手を着くと、倒立の要領を以って空へと飛び込み頭を下にしたまま熱田の背中側へと抜けた。
そして手にした杖を前へと(かざ)す。

            ●

……よし、抜けた!
天地が反転した世界でクロノは未だ背を見せている熱田を見下ろしている。
攻撃は来ておらず、手の中のS2Uも健在。
剣が完全に振り下ろされた今になっても無事だという事は、自分の立てた推測は大筋で正しいという証明だ。
あのナナシという大剣は"攻撃できるかもしれない"場所全てを射程に収める規格外の一品だ。
距離を取っても逃げる事は出来ず、防御や障害物も役には立たない。
バリアジャケットやS2Uの加護の様に攻撃対象そのものの防御力を上げたとしても、その上から通すだけの威力もある。
しかし万能と思えるこの武装にも弱点がある。
……そう、あらゆる場所に攻撃が出来ると言っても、それはあくまで"可能性"を実現した結果に過ぎないんだ。
可能性が存在しない場所には攻撃が出来ない、と言葉にしてしまえばそれだけのことだ。
振り下ろされる剣に対し、わざわざ相手の懐に飛び込んでいったのはその"可能性"を少しでも削るのが目的だった。
攻撃は一振りで一回。当たり前の話だが、ここではそれが重要になる。
つまり"剣による直接攻撃"と"概念による間接攻撃"は同時に行う事が出来ないのだ。
だがこれだけでは足りない。
例え間合いに入ろうと、始めから概念での攻撃を行うと決めていたのなら密着した所で攻撃は当たってしまうからだ。
だからこそ攻撃を受け流した。いや、目的から言えば剣に触れに行った、と言う方が正しい。
可能性は可能性であって事実を超える事は出来ない。
分岐の元は一つ、という概念からも分かる様に事実(いま)があるからこそ可能性(みらい)はある。
ならばその"事実"に干渉すれば攻撃を止める事が出来る。
すなわち、
……刀身に着いた物に攻撃できる剣はない……!
手は触れているだけだったが、触れるという事は"そこにいる"という何よりの証拠だ。
しかもそれが攻撃対象そのものなのだから無視する事も出来ない。
その状態で剣を振ったとしても当たる筈がない。
何故なら触れる事によって剣と攻撃対象の位置が決まってしまっているからだ。
ならば触れられている方向へ攻撃を行えば良いと思うかもしれないが、動きが縦である以上それは叶わない。
重量級の武器であるナナシは、縦に振り下ろされる動きの先に横へ攻撃を行う可能性を持た無いからだ。
"体勢が違う"可能性を以って攻撃の方向を変える事が出来ても、動きそのものを変える事は出来ない。
可能性の分岐を以って攻撃を行うナナシにとっては鋼よりも強固な楔だ。
尤も、対策はあるだろう。近づかせないのは元より、何か少しでも攻撃出来る可能性が残っていれば良いのだから難しい事では無い。
だが新型、それもテスト段階の試作品ならば対策は取られていない可能性の方が高く、その予想は結果によって肯定された。
推測ばかりの突撃だったが、今度からは自分の推理力にもっと自信を持って良いかもしれない。
そんな事を頭の片隅で考えながら、遠ざかっていく熱田に対し追撃をかけるべく魔力をデバイスへ流し込む。
……生半可な攻撃は通らない。けど、S2Uの力を合わせれば!
狙うのはブレイクインパルス。すれ違う際に振れた段階で既に必要な情報は集め終わっている。
近接魔法本来の射程から大きく外れてしまっているが、今の自分にはそれを補う物が有る。
元々ブレイクインパルスは対象の固有振動数を割り出した上で、それに合わせた振動エネルギーを送り込む事で破壊する魔法だ。
魔法で起こす振動は魔力による物のため、遠距離では空間に残る魔力によって乱されてしまい、届く頃には効果を失ってしまう。
そのために直接接触して振動を送り込む必要が有るのだが、逆に言えば振動エネルギーが確保できれば遠距離にも対応できる。
そして今、手の中にあるデバイスは、加護を与える歌という分かりやすい振動エネルギーを生み出す事が出来る。

「聖なる歌よ、高らかに響け。その名の下、安らかに誘え」

詠唱をしながら術式を遠距離用に組みかえる。
魔力で行う事を歌に置き換えるだけなのでさほど難しくはないが、それを許すほど相手も甘くはない。
右回りに身体を捻り、振り返りながら逆袈裟に切り上げに来る。
振り抜かれれば終わる。が、分かっている事に対策を取らない程愚かでは無い。
熱田がこちらを向くために足を踏み込んだ所で、それは発動した。
足元に魔法陣が形成され、伸びた鎖が僅かに目を見開いた熱田の全身を拘束する。
ディレイドバインド。設置した場所に踏み込んだ者を拘束する捕縛魔法、そして攻撃を行うための僅かな時間を稼ぐための切り札だ。
長くはもたないというのは想像に難くない。だからこそ突撃時の危険を冒してでも温存したのだ。
一分か、十秒か。だが例え一秒であっても動きが止まればいい。
それだけの時間があれば、最低でも相討ちに持ち込める。
攻撃が効かないかもしれない、という危惧はあるが、事ここに至っては考えるだけ無駄だ。
倒し切れなければどの程度ダメージを与えたかで交渉の幅が変わる。
故に結果がどうなるとしても、まずは攻撃を当てなければ始まらない。
行け、と思う心に応えるように拘束する力を強めた鎖は、

「な……!?」

――その身を砕かれて宙へと舞った。

            ●

細切れにされた鎖の破片を身に纏いながら、熱田は視線の先に居るクロノを見た。
視界に映ったのは驚いた表情のクロノだったが、次の瞬間には何かを行う様な素振りを見せる。
その様子に熱田は思わず笑みを浮かべた。
試合が始まった頃なら驚いて終わりだったのが、今は生意気にも抗おうとしている。
相手にならない雑魚である事に変わりはない。
だが同じ雑魚でも得点が高ければやる気が違う。橙色ならアイテムが付いたかもしれない。
良い感じだ。これなら止めを刺す前に答えを教えてやっても良い気になる。
熱田は剣を振る動きを止めぬまま、

「剣神熱田は剣の化身だ。――縛った所で断ち切られるに決まってんだろ!!」

日本において、物が神となる事は珍しい話では無い。
付喪神等を見ても分かる様に、力を持つ道具はそれだけで神や妖怪としての(かたち)を与えられるのだ。
剣神とは剣の化身であり剣そのもの。その力を抑えるには専用の"鞘"を作るか、全体を丸ごと覆う様な封印を施す必要がある。
惜しくはあったが選択を誤った事に変わりはない。
理解したかは別として答えも言った。後は宣言通りシメてやれば終了だ。
しかしクロノはまだ諦めていないのか、前に翳していた杖を頭上へと掲げ、

「歌え!S2U!!」

だが、

「おせぇ!」

デバイスに応じる事すらさせずに、熱田は剣を振り抜いた。

            ●

熱田の攻撃で起きた事は明確だった。
バリアジャケットが光の残滓となって割れ爆ぜ、クロノには剣の軌跡通りの傷が刻まれる。
斬られた勢いで弾き飛ばされた身体は、血を撒き散らしながら観客席へと落下していく。
落下地点にいた観客達は落ちてくる事を知って慌て、しかし避けるのはまずいと思ったのかその場に留まったまま身構える。
そこへ周りの観客達から一斉に上着類が投げ込まれ、周囲で売り子をしていた自動人形数体が重力制御と合わせて即席のクッションを作る。
クッションと観客数人を下敷きにしてクロノは頭から着地。
動きが止まった事と落下時の衝撃によって血は服に染み広がり、ブリーフっぽいものが顔に!という悲鳴と救護班を呼ぶ声がそれに続く。
担架を担いだ看護服のマッチョと自動人形達が駆け寄ろうとするのを熱田の声が遮り、

「まあちょっと待て、あんまり気が早いと早死にさせるぜ」
「お前が殺るのかよ!?」
『何のつもりですか。まさかここまでしてまだ足りないとでも?』

観客の突っ込みにもリンディの感情を押し殺した声にも動じず、

「俺がこの程度で満足するワケねえだろ。
 おい佐山の糞餓鬼。確か勝敗は負けを認めるか、行動不能になるのが条件だったな?」
『そのはずだ。違ったとしてもそうだとしよう、それがどうかしたかね?』
「ならまだ決着はついてねえぞ。十二分に手加減してやったからな、動こうと思えば動けるはずだぜ」

その言葉に反応するかの様に、クロノが咳き込む。
血が混じった息を吐くクロノは虚ろな目のまま身体を起こそうとし、痛みに顔をしかめて動きを止める。
熱田はナナシを担いだ状態で観客席へと飛び乗り、倒れたまま動けずにいるクロノへ近づいていく。

『待ちなさい!時空管理局側の監督者として、この模擬戦におけるこれ以上の戦闘行為の中止を命じます。
 同時に管理局代表選手の敗北を認め、一刻も早い救援活動の再開を要請します!』
「うるせえな、手加減したっつってんだろ。放っておいてもそう簡単に死ぬような怪我じゃねえよ。
 ――ほら起きろ。さっさと済ませないと面倒な事になりそうだからな」

熱田は倒れているクロノの頭の側に立つと、頭を足で軽く小突く。
荒い息を吐きながら、クロノは覗きこんで来る熱田の視線を受け止め、

「何か……?」
「元気そうだな。これならもう少し切り込んでやってもよかったか?」
「別に、そん……な」
「コラ、人の話の最中に寝るな。せっかくそこで拾った土産も持って来てやったんだからよ」

そう言って、熱田は左手から何かを放りなげる。
黒い金属板の様なそれは、

「S2U……!」
「別の歌で子守唄を止めよう何て、面白え気を起こしたもんだ。
 負けた時の事を考えて行動するのは三流のやる事だが、それを踏まえて戦術を組みたてられりゃあ及第点だ。
 ま、そこについては褒めてやるよ」

罅割れたカードとなったS2Uはクロノの胸板へと落ちる。
クロノはそれをしばらく眺め、

「……僕の、負け、ですね」
「そうだな。俺が勝ちでお前が負けだ。
 傷はそこらの連中が勝手に治すだろうから、しばらく寝とけ」

その言葉を聞き終えるとクロノは今度こそ意識を失い、担架に乗せられ運ばれていく。
リンディを始めとするアースラ組がそれに続いた所で、

『あ、えーと、ゲストの方が全員いなくなってしまいましたが、とりあえず模擬戦はUCAT代表の勝利です!
 皆様お疲れさまでした!物を投げるのは程々にしてくださいねー?』

実況係の声が響き、ブーイングと投げ込まれた物を残して模擬戦はその幕を下ろした。

            ●

「過程はともかく結果は予想通り、かしら。簡単に負けられても困るんだけど、また仕事が増えるわねぇ」

開発部内、テレビから目を放して月読は大きく伸びをする。

「ほら鹿島、アンタもいい加減動画見るの止めなさい。模擬戦終わってるわよ」
「――――」
「鹿島?」
「――後五分延長でお願いします」

月読は無言で立ちあがると、ノートパソコンから伸びるコンセントを引っこ抜いた。
省電力モードになって明度が落ちた画面を見て、家庭に影が落ちた、と嘆く鹿島にノートパソコンを閉じる事で止めを刺し、

「やる事やったら続きを見なさい。そうすれば仕事も(はかど)るでしょ」
「その間にもパソコンの中で奈津さんや晴美は暗い場所でひもじい思いを……」
「現実に目を向けろ。そうでなくても仕事を速く終わらせれば良い話よ、終わったら帰っていいからさっさとやりなさい」

しぶしぶ立ちあがる鹿島を部屋から出て行かせると、

「これからちょっと忙しくなるから、シャマルさんも今日はもう帰ってもらった方が良いかもしれないわね」
「あの子の治療ですか?」
「身内の馬鹿がやった事だからねぇ。使える物使って治療すれば、三日もあれば完治するでしょ」

三日、という見積もりにシャマルは驚いた表情を見せる。
その表情に月読は苦笑を浮かべ、

「あの交渉役の事だから、医療技術を見せつけるのも計算してるはず。
 重傷っていっても毒やら呪いやらがある訳でもないし、それだけあれば十分よ。
 あなた達の主人に使う検査機なんかの準備も、今日一杯はかかるでしょうしね」
「そうですか……。なら丁度いいですし、失礼させていただきます」
「はいお疲れ様。渡した賢石を持っていれば大丈夫だと思うけど、一応外までは送るわ」
「ありがとうございます。出来るだけ早く、また窺いたいと思います」

互いに笑顔を交わすと、開発部の扉を開け、

「ま、気楽に行きましょう。この世界じゃ、生きてる限り何とでもなるんだから」
「はい。――Tes.」

そしてそれぞれの居るべき場所へと歩き出した。


――後書き――

どうも、お久しぶりです。
前回からまた随分と期間が空いてしまいましたが何とか書き上がりました。

いやー、十月終わりから何故かイベント事が続きまして。
親知らずを抜いて一週間ほど物を食べるのに苦労したり、
洗濯機の排水ホースが抜けてその後始末に苦労したり、
生物にとって大事な所から血を出したり、
その後トイレに入ったら貧血起こしてぶっ倒れたり、とまあいろいろありました。

特に血が出た時は驚きましたね。見慣れた物が赤く染まってるだけで別物に見える不思議。何このファンシーな色。
しかもその後で大きなおできまで出来たんで、その手の経験無いのに性病でもかかったか……?とわりと真剣に悩んでおりました。
結局その後は何ともなく、おできはクレーターとなり、それも今はほぼ治ってほっとしてます。
今からすれば、血が出た原因はこのおできではなかろうかと思うが……はて。
下ネタ嫌いな人はすみません(汗
でも本当に怖かったんですよぅ……。

さて今回でようやく模擬戦も終了。上手く書けたはともかく一区切りがつきました。
これも偏に皆様の応援のおかげです。感想もありがたく読ませていただいてます。
その感想も、自分の返信除いても二百に届きそうな感じで……もう何とお礼を言ったらいいか。
これからものんびりと付きあっていただければ幸いです。

それでは、ここまで読んでくれた人に感謝を。



[5820] 第十六章 『柳の下』
Name: 月天召致◆93af05f1 E-MAIL ID:158e6bd5
Date: 2010/08/19 00:52
朝からの日差しが地面を温め、午後の日差しが宙に溜まるおやつ時。
海鳴市は暖かな日差しによって小春日和の様相を(てい)していた。
十二月に入ってから続く陽気は、その暖かさと共に良い事を運んでくる気がするとはやては思う。
そう思う理由には月村すずかという新しい友人が出来た事も関係しているだろう。
だから何となく、こんな日には新しい事が起きるのではないかという予感がする。

「柳の下にどじょうがおる訳じゃないんやけどなー」

そんな事をぼやきつつテーブルを拭いていく。
昼食はシグナム達が戻って来ても大丈夫なようにラップだけして置いておいたが、それも先程片づけた。
買い出しは夕飯の分も含めて午前中に終わらせているし、家事も今の所やる必要はない。
……本の続きでも読もか。
とはいえ今読んでる本も後少しで読み終わってしまう。
読み終えても時間があったら図書館に行ってもいいかもしれない、と考えているうちにテーブルは拭き終わり、台布巾を流しで洗って物干し台に掛ける。
部屋に戻ろうとした所で丁度玄関の開く音が聞こえた。

「ただいまー。はやてー?」

大きく聞こえてくるのはヴィータの声だ。声と一緒に複数の人の気配もする。
変わらない元気の良さに笑みをこぼし、家族の帰宅を出迎えるべく部屋に向け掛けていた身体をそのまま回して玄関の方へと向けた。
玄関に繋がるドアの前まで来た所で、向こう側へとドアが引かれ、

「あ、はやて!」
「おかえりなー。外は寒かったやろ? ちゃんと手ぇ洗って、うがいせんとあかん……ん?」

声をかけて来たヴィータに向けていた視線を上げ、入って来た四人(三人と一匹)を視界に収めると、見慣れない色が混じっている。
色は黒、場所は頭の上から流れる髪の毛だ。
外国との交流が多い土地柄か、海鳴市では黒髪の人の比率は他より低く、女性で長髪となればさらにその割合は減る。
目が合うと、目を弓にした笑顔が返ってくる。

「シャマル……な訳あらへんよな。友達なんか?」
「ええ、紹介が遅れましたが、彼女は先日知り合った――」
「新庄運切です。初めまして、八神はやてさん」

新庄と名乗った女性はそのままお辞儀を一つ。
こちらも礼を返した後で、

「もう知っとるみたいやけど、改めまして、八神はやてです。シグナム達が友達連れてくるなんてびっくりやけど、会えてうれしいです」

そう答えて右手を差し出す。
こちらこそ、と新庄も手を出し、軽く握りあう。
外から入って来たばかりのせいか、ややひんやりとした感覚が手に伝わる。
数回軽く上下に振ってから離し、

「とりあえず、家の中で立ち話もなんやし、座ってください。飲み物は紅茶でええですか?」

            ●

はやての問いかけに肯定で返した新庄は、失礼します、と一言断ってからリビングの椅子へ座る。
キッチンに向かう車いすと、それを手伝いに行ったヴィータの後ろ姿を見送ると、ザフィーラが右手側の床へ"お座り"をする。

「聞いてはいたけど、随分しっかりした子だね」
「ああ。戦いしか知らなかった私達に、家族というものを教えてくれた人でもある。
 私としてはもう少し我が儘でも良いと思っているが、家事全般を頼っている以上、あまり強くも言えなくてな」
「え、八神さんが家事やってるの? 全部?」
「昔は、だ。元々私達には家事をするという概念が無かったからな。怪我をしても服が汚れても、魔力を使って再構成を行えば全て元通りだ。
 基本的に食事も不要だから料理をする必要も無い。
 ――出来ないのでは無く、やった事が無かったというのが正確な所だ。今からすれば笑い話だがな」
「今はどうなの?」
「洗濯機を動かすのに、主の手を煩わせない位にはなっている」
「わ、すごい。うちじゃ六人以上いる時じゃないと手をつけちゃいけないのに」

感心して言った言葉に、ザフィーラは眉根を寄せて訝しげな表情を見せる。

「洗濯機を動かすだけで六人も必要なのか?」
「操縦士が一人に、副操縦士が一人、それに調整とメンテナンスで二人、後片づけでさらに二人で最低六人」
「……洗濯機の話をしていたはずだが」
「うん、洗濯機の話だよ?」

一層眉根を詰めて、首を傾げるザフィーラ。
そんなザフィーラに向け、

「こっちには無いのかなぁ、"爆転ドラム・ベイウォッシャー"みたいなの。
 必殺技でサイクロンジェット! とか、ダブルダンシングジェット! とか叫ぶアニメなんだけど……知らない?」
「……すまないが、覚えがない」
「そっか、世界が違うからしょうがないのかな。似たようなのはあると思うんだけどなぁ」
「参考までに聞くが、それはどのような話だ?」
「売上が伸び悩んだ洗濯機メーカーが舞台なんだけど、"逆転の発想だ!"とか言って中の洗濯層じゃなくて、外側が回る洗濯機を作るのが第一話だったかな。
 で、それが売れて経営を立て直しかけたと思ったら、ライバル会社が対抗機種を出してきたり、海外からコピー商品が来たりしてね?
 それを倒して洗濯機業界の頂点に立つ為に、洗濯機同士をこう、動作させながらがつんがつんぶつけて戦わせるの。
 先に洗濯が終わるか、相手を洗濯不能にすれば勝ち。
 今はUCATのコインランドリーにある奴を再放送でテンション上がった人達が勢いで改造してたから実物大モデルがあるよ」

うろ覚えの記憶を頼りに説明をすると、ザフィーラはそうか、と一言言って身を伏せ、黙り込んでしまった。
その反応に、やはりどこかおかしかったのだろうかという思いがよぎる。
少年向けアニメを見る様にも思えないが、ここは異世界とはいえUCATの外だ。常識レベルはきっとこちらの方が高い。
気をつけよう、と心の中で誓うと、コートを掛けに行っていたシグナムと、キッチンの二人が戻って来た。
はやての車椅子の肘かけにはティーセットを乗せたお盆が載せられ、ヴィータは両手に陶器製の入れ物を一つづつ持っている。

「お待たせしました。新庄さんはミルクと砂糖はどないしますか?」
「あ、お願いします」
「はいな」

テーブルの上に手際良くティーカップが並べられ、そこに紅く透き通った液体が注がれる。
カップとお揃いと思われるソーサーに、淹れたばかりの紅茶と銀のスプーンを添えてこちらの前へ。
ヴィータが持って来ていた入れ物から砂糖を二杯、ミルクを少量注いでかき混ぜると、透き通った紅と混じって溶けた。
全員に行きわたった所ではやてが声を上げ、

「それじゃ紅茶でやるのもなんや変な話やし、特に用意とかしとる訳やあらへんけど……精一杯の歓迎の気持ち、ちゅーことで」

軽く咳払いを一つした後、紅茶に笑顔を寄せて、

「乾杯や!」

手にしたティーカップを軽く掲げた。
一拍遅れて自分と、ヴォルケンリッターの声が応じる。
口を付ければ湯気が香りを含んで鼻の奥をくすぐり、甘さと僅かに残った渋みが舌に伝わる。
味を楽しみながら少しずつ飲み込んでいくと、暖かさが身体の内側から染み込んでいく。
三分の一程を飲んだ所で一息を付き、ソーサーの上へカップを戻す。
カップに向いていた視線を上げれば、全員が気の抜けた表情をしている事に気づき、そして自分もその一人かと小さく笑う。
こちらが笑った事に気付いたのか、はやてがやや不思議そうに視線を巡らせていたが、その理由に気づくと表情を綻ばせた。

「あはは、ちょっと気ぃ抜けすぎやろか」
「それだけおいしかったって事です、八神さん」
「はやてでええです。新庄さんの方が年上なんやし、敬語も必要無いです」
「そう、ならはやてさん、かな? ボクの方も、別に敬語じゃなくて良いんだけど」
「おっ、あんたは話が分かる人やな!」

はやてが応え、そしてお互いに顔を見合わせて笑い合う。

「まあ特に畏まった言い方はせえへんって程度にしときます。親しき仲にもなんとやら、って言いますし――どないしました?」
「ああ、うん。一番身近な人に見習わせたいなー、って思っただけ。常識とか、モラルとか」
「礼儀や無いんやな……」
「礼儀っていうのも色々あるから。……色々ね」

言っているうちに当の本人が行った過去の奇行を思い出し、声のトーンが少し下がる。
それをどう受け取ったのか、

「え、えっと、―― そ、そうや! 新庄さんはどこに住んどるん?この辺りの人なんか?」

強引に変えた話題の先は話としては無難な物。
問いかけを受けた新庄は、首を横に振る動きに合わせて気持ちを落ち着かせ、

「ううん、ボクが住んでるのはもっと遠く――Low-Gって言う異世界からだよ」

            ●

はやてはしばし呆然とした後でそのまま天井を見上げ、

「あー……でも、シグナム達も他の世界から来た訳やし、あり得ない事でも無いんやろか」
「もうちょっと驚くかと思ったけど、随分順応が早いね」
「そらもう、半年前にシグナム達が来た時は驚きっぱなしやったからな。
 いきなり言われたせいで、ちょっと理解するまで時間かかってしもうたけど」
「理解するまでは?」
「――この人ちょっと頭おかしいんちゃうかと思うとりました。ごめんなさい」
「普通はそうだよ。というか、それでも十分早いって」
「シグナム達が来た時に驚きっぱなしやったのはほんまやからな。新庄さんが嘘吐く理由もあらへんのやし、信じた方が楽しいやん。
 せやけど……異世界、異世界かぁ。何や、実感わかん言葉やなぁ」

うーん、と唸り、腕を組んで首を傾げる。
視線は新庄に向け、

「もしかして、頭が割れて中から小人みたいのが出てきたりするんか?謎の組織に属する黒服の男達に監視されてるとか」
「残念だけど、どっちも無いね。Low-Gは異世界って言ってもこの世界と近いみたいだから、変わってる点は多いけど、基本的には似たようなものだよ。
 強いて言えば、幾分こっちより賑やかな感じがするかな」
「そんなものなんか。……ん?ならなんで新庄さんはこっち来たんや?」

話を聞いていたはやては疑問を浮かべる。
海鳴市は風光明媚な土地ではあるが、観光客が来るのは主に海水浴客を中心とする夏場。
少し離れた所に温泉はあるが、滞在するなら傍にある旅館を選ぶのが普通で、わざわざここまで来る事は無いと言っていい。

「あ、それは――」
「新庄、そこから先は私が話そう。元を辿れば、私が原因なのだからな」

口を開きかけた新庄を遮り、シグナムが割って入る。
新庄が頷きを返すと、

(あるじ)
「……なんや?」

普段見せない緊張を帯びた眼差しに、応える声もやや上擦る。
それに気付いたのか、シグナムは僅かに目を伏せ、息を吐く事で一拍を置いて幾分表情を和らげてから、

「話したい事、話さなければならない事がたくさんあります。――聞いて頂けますか」

視線で応じ、頷きで返す。
とつとつと紡がれる言葉は、主に自分の身体に関する事だった。
両足を蝕む原因不明の麻痺症状が徐々に進行している事、このまま進行が続くと命に関わると言う事。
ちゃんと聞かされるのは初めての話ではあるが、
……やっぱり、気のせいや無かったんやな。
自分の身体だ。自覚症状は僅かでも、毎日動かしていると擦り痕の様な違和感が残る。
それを身体の成長によるものだと思い込む事で考えないようにして来た。
予期せず出来た"家族"を心配させたく無かったのもあるが、認めてしまうと折角手にした日常が消えてしまう気がしたのも確かだ。
それは恐らく、
……病気と一緒にこの毎日も変わってしまう様な気がして――。
変化した先が良い方向に向かうとは限らない。誰もが持つ、未知に対する恐怖心。
その想いが"いつも通り"を望み、身体の変化から目を逸らさせていた。

「石田先生も手を尽くしてくれていますが、あまり効果が出ていないと」
「……そうか」
「はい。……ですから」

シグナムは一旦言葉を区切る。
僅かに生まれた静寂を切って言葉を繋ぎ、

「ですから、――他の手段を探していたのです。貴女を、助ける為の方法を」
「闇の書が異なる世界を旅して来たように、私達もまた世界を渡る事が出来ます。
 この世界に無いのなら他の世界へ、そこに無ければまた別の世界へ。あると信じ、見つかるまで繰り返す覚悟で探し続けました。
 ……帰りが遅くなって、心配をかけた事は申し訳ないと思っていますが」
「新庄さんが異世界から来たって事は、新庄さんとこがそうなんか?」
「まだ可能性の段階ですが、希望はあるかと。今はシャマルが詳しい話を聞いているはずです」

成程、と納得する。とりあえず新庄とシャマルが入れ替わっていた理由は理解した。
しかし同時にどうしたものかとも思う。
……頑張って見つけて来てくれたのは分かるんやけど……?
ふと隣から視線を感じてそちらを向くと、ヴィータが眉尻を下げた表情で何かを言おうとしていた。
目が合うと僅かに身を竦め、こちらを窺うようにしながら、

「あのさ、はやて……怒ってない?」
「別に怒ったりしてへんけど、――何でそう思うん?」
「それは、その……あたし達が勝手な事したから、怒ってるんじゃないか、って……」
「あ……」

俯きながらの言葉に、はやては自分の態度がどのようであったかを振りかえる。
理由はどうあれ、勝手な行動を取った事を聞かされた後で考え込んだのを見れば、普通良い方向には考えない。
これまでの闇の書の主がヴォルケンリッターに対してどのような扱いをしていたかも鑑みれば、叱責されて当然と考えるだろう。
さっきのシグナムが必要以上に緊張していたのも、病気の事を話すからというだけではなく、
その後に来るかもしれない非難の声を覚悟したものだと考えれば辻褄が合う。
はやては大きく溜め息を吐くと、

「怒ってへんよ。私の為に、皆が頑張って探してきてくれたんや。怒ったりするはずあらへん」
「でも、さっき……!」
「さっきからもういきなりな事ばっかりやったから、ちょっと考え纏め取っただけや。
 まあ確かに、夜更かしして出歩いとったっちゅーのは感心せえへんけど……
 皆反省しとるみたいやし、今度から前もって連絡するって約束出来るんなら多めに見たる。ヴィータは約束出来るか?」
「あ、あたりめーじゃん!子供じゃねぇんだから、それ位出来るっての!!」
「よしよし、ええ子やね。他の皆も、今度から遅くなる時はちゃんと連絡するんやで?」

手を伸ばし、ヴィータの頭を撫でる。
シャマルにも伝えるように言いながら髪を梳き、最後にぽんぽんと軽く叩いてから、

「あの、新庄さん。好意を無下にする訳や無いですけど、色々分からん事もありますから、少し時間もろてええですか?
 治療言うても、何されるか分からんのも正直怖いですし……」
「そうだね。多分、こっちもそんなに直ぐ治療に入るとは思えないから、それまでに決めて貰えれば問題無いんじゃないかな。
 でも、検査だけは先に受けてくれないかな。どんな治療をするかはそれで決める事になると思うから。
 そっちは、出来れば直ぐにでも受けて欲しいんだけど……明日とかでも大丈夫?」
「はい。明日は特に用事もありませんから、大丈夫です」
Tes.(テスタメント)

気が付けば話を始めてから随分と時間がたち、窓からは西日が差し込んでいる。
ふと、少し前の自分が言っていた事を思い出し、心の中で苦笑を付けて思い直した。
――どじょうが居なくても鯨が居る時はある、と。


―――後書き―――

どうも、覚えていてくれてる人は居るでしょうか。月天召致です。
忙しい時期は結構前に終わってたんですが、その後調子に乗っていろいろ手を出した結果、
九州から天下を革新しようとして北条家に阻まれたり、
帝王になってダンジョンに潜って∞回殺されてみたり、
ナガセやチョッパーとは未だ一緒に空を飛ぶ事すら出来ていないという中途半端バンザイな現状となりました。
他にも積んでるのあるが、こっちも進めたいし・・・くそぅ、疲労や睡眠欲なんて無ければいいのに。

肝心の本編ですが、大して進んでませんね……。
もうちょっと書きたい所だったけど、区切りがつけられなさそうなので、生存報告兼ねて纏めました。
親知らずも抜き終わった事だし、次はもっと早くあげるぞー!

それでは、ここまで読んでくれた方に感謝を。



[5820] 第十七章 『常識の隔たり』
Name: 月天召致◆93af05f1 E-MAIL ID:158e6bd5
Date: 2010/08/19 00:46
夢と(うつつ)の境界を跨ぐ感覚に、失くしていた意識が戻ってくる。
身体と繋がるまでの僅かな間のこの感覚を、クロノは懐かしいと思いながら待つ。
急速に戻ってくる五感は全身を巡り、五体が反射的な動きを返すのを確認すると意識の下に収まる。
ゆっくりと目を開けると、目に入ったのは蛍光灯が光を放つ天井だ。
続いて白を基調に置かれた色合いと、部屋に薄らと沁みついた薬品の臭い。
場所は分からずともこの部屋が治療を行う為の場所である事は明白だ。
掛けられていた白い薄手の布をどかして身を起こすと引きつる様な痛みが走るが、動けないほどではない。
そのまま身体をずらしてベッドの縁に腰かけると、デフォルメされた動物がプリントされたパジャマ姿の全身が露わになる。
胸元に手を当てるとその場所、というよりも傷口がありそうな場所を覆う様に、何か堅い感触がある。
……何だ――?
ギプスか何かかと思い、しかし大きさが中途半端な事を疑問に感じながら自分の状態を確認するためにボタンを外していく。
全部のボタンを外して見ると、
……これはお札、か? それとこの木の板は一体……?
一見すると傷口に包帯が巻かれているだけの様に見えるが、包帯をずらしてその下を見てみると袈裟掛けに斬られた傷を隠すように札が貼ってあり、さらにその上から木の板が被せられていた。
木が板状に生えたかの様なそれはそれなりの厚さがあるにも関わらず、身体に沿って曲がっている為密着した状態にある。
用途は良く分からないが、包帯の下に付けられていたという事は治療用に使う物であると判断して元に戻す。
ボタンを掛けて周りに意識を向けると、ベッドの傍には手荷物を置く為と思われる小棚がS2Uを乗せていた。
待機状態のS2Uを手に取り損傷具合を確認するが、幸いにも致命的な損傷は無く、最悪でも部品交換をすれば直せる程度の物だった。
改めて見ると罅割れ、ぼろぼろになったその姿は相手の強さと自分の未熟さを物語る様であるが、不思議と陰鬱な気持ちになってはいない。
今思う気持ちは、
……生き残った事と、失くさなかった事に対する安堵、かな。
自分はにとっては大怪我だが、現場に出ている先達を見ればこの程度の怪我はまだ軽い方だという認識はある。
執務官ともなればその危険度は跳ね上がり、相手の殺傷設定魔法や質量兵器で死んだという話が少なくない。
そして例え命を繋いだとしても数ヶ月単位での入院や後遺症による引退といった話が後を絶たない。
それを考えれば模擬戦だったとはいえ相手は文字通りに格の違う相手、今回の結果は相当な幸運だと言える。
デバイスは残っているし、意識は前向き。後はこれからどうするかだ。

「ぼろ負けした所為で開き直ってる気がしないでもないが……、前向きに考えられるならそれに越した事は無いか。
 とにもかくにも、まずは修理と調整、それが終わったら強化もしてみるかな。流石にカートリッジシステムを組み込む気にはならないが――」

加減をされてこの調子なら、実戦ではそれこそ一瞬で勝負が付いてしまう。
少なくとも時間稼ぎをするにはどうするか、と物想いに耽り掛けた所で、扉の開く音が意識を病室へ連れ戻す。
人の気配を部屋に残したまま扉は閉まり、その気配は入口近くに留まったままこちらに近づいて来る様子は無い。
代わりに衝立(ついたて)の向こうからは物音と女性の声らしき音が聞こえてくる。
……戸田命刻さん……?
腰かけた位置からだと見難いが、時折見える黒髪や服装と声の感じからしておそらく間違いは無い。
そうしているうちにも声は呼び掛けるように漏れて来ており、
……このまま盗み聞きというのも良くないな。
あえて音を立てる動きでベッドから降りようとした所で、ふとある事に気付いた。
この部屋に居たのは自分一人。そこに入って来たのも一人。入って来た一人は誰かと話しているが、自分ではない。ならば一体誰と話をしているのだろうかと。
事実に気づいて、汗が一筋身体を伝う。
傷の痛みにも構わず身体に力を入れ、音を立てようとした動きを制して静かに床へ降りる。
相手が居る位置は入口近くの壁際、部屋の角だ。
衝立の端から顔を出して様子を窺うと、診察用デスクの前に予想通り命刻がいる。
緑の帽子を被った彼女はこちらに背を向けた状態で、

「――れは、六甲の美味しい水道水だ。ちゃんと現地に行って採って来たからな、きっと美味いぞ。
 ……気に入ってもらえた様で何よりだ。いつも世話になっているからな、たまにはこれ位――」

クロノは顔を引っ込めた。次に頭を抱えた。
……平常心、平常心、平常心……。
心の中で繰り返し唱え、動揺を抑える。職業柄、色々な人を見て来たが、さすがに壁に向かって話しかける人間は初めてなので対処に困る。
やや落ち着いてきた頭で、とりあえず考えられる状況を上げるとすれば、

1:誰かに電話、もしくは通信をしている。    → それらしき道具は見え無いが、そうであってほしい。保留。
2:独り言を言う事で行う新手の医療行為。   → 怪我の具合がどうなっているか分からないが、迷信の可能性大。要説得。
3:事実を受け入れろ、奴は無機物愛好家だ。 → 出来れば近寄りたくない。宗教的な理由でもあるのだろうか。

脳内友人と会話していた場合は見なかった事にするとして、どれも碌なものじゃないと思ったので4つ目の案として考えの方向性を変えてみる。
そもそも机だか壁だかに話しかけていると考えたのがいけなかったのだ。普通はそこにいる"何か"に対して話しかけていると見るべきだろう。
しかしそうだとしても命刻の身体の幅に収まる物となるとそう大きくは無い。
子犬か子猫か、とも思うが仮にもここは病室、動物を入れるのは基本的に良くない事のはずだ。
未知の技術によって既にその辺りの問題は解決されていると考えられ無くも無いが、それを裏付ける証拠も無い。
このままでは判断材料が足りない為、もう一度衝立の先を窺うと、

「――いや、私はもう十分だ。時間がある時になら、ゆっくり身を埋めていたいとは思うが。……ああ、そうだな。その時はまた何か差し入れを――」

先程とは立ち位置が変わっているが、やはりそこには一人しか居ない。机の上にも、特に気になる様な物は見当たらない。
しかし命刻が僅かに身体を動かすのに合わせて帽子がさざめいた。意識して見てみると、被っている緑の帽子は枝葉の塊であるという事が分かる。
木編みか何かかな、と思いながら首を引っ込める。生木の様にも見えるので、頭の上という事を考えなければ観葉植物に分類出来るかもしれない。
……いや、まさか……相手はあれ、か?
観葉植物ならば話しかける人というのは特に珍しくはない。局員にも時折見かけ、彼らによればペットと似たような感覚らしい。
会話まで行くと少し危ない気もするが、脳内友人との会話がだだ漏れになるような相手よりは許容出来る。
可哀想な目で見られるのは仕方が無いと割り切って貰おう。
そこでふと、そういえば、とクロノは以前リンディが調べていた事を思い出した。
97管理外世界に初めて赴いた時、現地の文化を理解する為に様々な資料が持ち寄られていた。
―― その結果として出来上がった室内装飾や飲食物は、現地住民(なのは)に微妙な目で見られていたのが印象深いが、まあそれはそれとして。
資料の中には当然趣味に関する物もあり、今命刻がやっている事に近いものがあった。
曰く、その名前は、
……そうか、あれが話に聞くボンサイ――!!
資料によればボンサイとは、植物のヒーリング効果を最大限に引き出す術の事で、国の人口の九割以上が体得しているらしい。
しかしその極意を会得する事は至難の技で、大概極意を収める頃には高齢者となっているが、
その回復効果により病気を患う事も無く、健康で長命。加えて普通の人間より10歳は若く見られる事から老化を遅らせる効果もあると言われている――!
……いや待て、なんだこのテンション。
血が減った分血圧を上げようとでもしているのか、妙な事ばかり頭に浮かんでいる気がする。
しばらく何も考えない様にして深呼吸を繰り返すと、落ち着いた気持ちが身体に圧し掛かってくるような感覚が来る。
さらに自分の状態をよく見つめ直して見れば、それは単に錯覚で、元々治り切っていなかった身体が疲れを思い出しただけだけだと気づく。
息を吐いても重さの抜けない身体を動かして衝立に手を掛ける。
こういう状況ではいくら待っても事は進まない。行動を起こさない限り、時間と機会を無駄にするだけというのはよくあることだ。
ならば吉でも凶でも出して、その後にどう動くかを考えた方が有意義だろう、と考え、そしてその通りに行動した。
衝立を引き戸の要領で横へずらし、一歩前へ。多少足元がおぼつかなかったが、数歩歩けば身体が自然と現状に合わせた。
まずは一言声を掛けようとした所で長い黒髪が翻り、

「――ん、起きたか。具合はどうだ?」

驚いた様子も見せずそう言った。

            ●

「おかげ様で、だいぶ良くなっています。――すごいですね、結構な重傷だと思っていたんですが」
「かなり強力な奴を使っている様だから、治るのが早いのはむしろ当然だ。
 こちらの力を見せる意味合いがある割に、リミッターが付いてるのが気になるが……まあさしずめ、雑だと思われない為の小細工といった所だな」
「……そういう事は相手がいる所で言わない方が良いのでは?」
「今は私用だ。怪我の治療に来たら、"たまたま"珍しい物があったからので口に出して確認した、と、そういう事にしておこう。
 どの道、模擬戦の相手役で出れなかった分、折を見て話位はしておこうと思っていた所だしな」
「そういえば本来模擬戦に出るのは貴女だったとか。何か、急用でも入りましたか?」
「急用と言うか、急病だな。どちらかと言えば」

クロノの言葉に命刻は溜め息を一つ吐き、

「歩法を使われたとはいえ、一撃で意識を失うとは。腕が鈍ったとは思いたくないが……」
「ああ、なるほど。何となくわかりましたよ。――原因は同じ人ですか」
「Tes.クロノ執務官も、――いや、今は私用だったか。クロノと呼ぶが、構わないか?」
「あ、はい。そういえば、ちゃんとした自己紹介もしてませんでしたね。改めまして、時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンです。貴女の方は、トダさんと?」
「命刻でいい。それと今は敬語も必要無い。……その方が色々と都合も良いしな」
「都合が良い?」

命刻は口端に笑みを浮かべると、

「情報を流せる、という事だよ。付き合いで居ただけだが、昔は情報屋もやっていてな。その時に教わったんだ。
 信用を得る為の基本はまず尽くす事だと。多少の損は投資と割り切って惜しまずにやれ、とな」
「信用させる相手に言う事じゃないですね」
「何、それも含めてサービスだ。情報屋ハジの義娘(むすめ)は未熟だが、その教えに間違いは無いと信じているのでな。
 今の私は只の情報屋。そしてこれは将来性を見据えたサ――ヴィス。そういう事だ」

言葉を終えて互いに苦笑。
診察に使っているであろう丸椅子を引き寄せ、腰を据える。
さて、という台詞と共に、命刻は表情を少しだけ変え、

「それじゃあクロノ、君が寝ていた間に起きた事を簡単に説明するが、聞く気はあるか? ん?」

            ●

あからさまに胡散臭い笑みを浮かべて問う命刻に、クロノは一つ溜め息を吐くと、

「聞こうか情報屋。ただし、聞いた分の支払いはさせて貰う。金銭的な物は無理だから、こっちも情報になるが」
「よく知りもしない相手から施しは受けられないか?」
「いや、相手にもよるが、今回は違う。タダで貰う情報は信憑性が薄い。お互いの為にも、発言には責任を持って貰わないと」
「ほう?その言い方だと、こちらの好意は信頼に値しないと聞こえるな」
「まさか。――貴女が養父から情報屋の心得を学んだように、僕は情報には情報を、好意には誠意を持って返すのが良い話し合いの条件と教わった。
 なら、今はその通りに事を進めるのが一番、という訳さ。僕達は知らない事が多すぎる。この世界の事、UCATという組織の事、そしてそこに居る人達の事。
 それに僕達の事を知ってもらわなきゃならないから、ここで話さなくても、結局近い内に話す事になる。
 だからサービスなら、問題発言があった時教えてくれるのが一番かな。……胸にしまっておいてくれるならなお良いが」
「――ふ、後の事を考える必要があると大変だな。私は趣味の範囲だから気楽なものだ」

命刻はそう言ってから、やや力を抜いた顔でそれでは、と続け、

「まずそっちの代表とこっちの交渉役が交渉の締めに入ったという話からいこうか。
 君の手当てが終わってから始まったが……、戻っていない所を見ると、まだ続いている様だな。
 内容に関しては後々解る事だろうが、妥当な線で行けば今回の一件を踏まえてそちらの介入に対する各種規則を提示する、といったところか」
「派手に負けたからな……。しかし、それだけか? 自分で言うと自虐的にしか聞こえないが、内容からすると手ぬるい提案だと思うんだが」
「元々の交渉の流れが互いの力関係を示すためのものだったから、必要以上に要求をするのも不自然だ。
 それに一部隊の指揮官が自由に出来る権限等たかが知れている。――この場は(ぬる)く収めて、後の貸しにする腹積もりだろう」
「それが妥当か。ただ、本局――時空管理局での僕らの所属の大元だが、今回の件で出張ってくるには少し腰が重いな。
 早くても年明け、遅いと年度明けで、それまでは僕らが担当するか、臨時の代行が立つと思う」
「随分と遅い気がするが……、何らかの事情、ではないか。単に人がいないのか?」
「不甲斐無い話だが、その通りだ。基本的に新しい世界との接触は綿密な下準備の後で成される物だが、それが無いとなると掛かる人手も増える。
 個人単位での接触はあっても、今回みたいな突発的な接触で組織間の話し合いになるのはやっぱり珍しいから余計にだ。
 でもそれをやる余裕はないから、刺激しないように期間を置いて、準備を整えてから改めて、となるだろうな」
「こちらとしてはいつ来られても大丈夫なんだが、そうもいかないか。
 全竜交渉が終わってからというもの、世界的に異世界慣れしてるからな。あんまり時間を置くと、辛抱堪らん連中がそっちに行きかねないぞ?」
「どうやって来るのかはともかく、そうなったら混乱は必至だなぁ……」

雑談をしながら考察を交わし、結論を組み立てて行く。
向かい合わせの立場から得られる言葉は、足りない部分を補って順調に組み上げられる。
クロノは既に敬語では無い。私的な立場という相手に合わせて、取り払っている。

「一緒に来た人達は色々だな。昨日も来てたという二人は先に戻った様だ」
「まあそうだろうな、学校もあるし……。残りの二人は?」
「眼鏡の少年は交渉の補佐についていると聞いた。もう一人は敷地内を見て回っている。――さっき見かけた時は人が連なって観光ツアーか子連れのカルガモみたいになってたが」
「あー……世話をかけるな」
「気にするな。大して珍しい事でも無い」
「いつもそうなのか……。こっちは余裕があるみたいでうらやましいな。真似したいとは思わないが」

クロノが呆れ半分で応えるも、命刻は言葉通りに、特に気にした様子も無い。
それを見たクロノは本当にいつもの事なんだなぁ、と納得し、

「現状確認はこんな所か。――さて、そろそろ本題に行こうか、情報屋」
「必要な事は言ったから素直に答えるぞ客人。――それで、何が聞きたい?」

問いかけに対し、クロノは軽く息を整える。
意を決した、とも取れる表情で、

「――単刀直入に聞こう。君達UCATは、闇の書の関係者達と協力関係にあるのか?」
「…………さぁ?」

ずっこけた。

            ●

命刻はバランスを崩して丸椅子から転げ落ちたクロノを上から眺めながら、
……普通だ……。
怪我をしているという事を踏まえればかなりキツそうだが、それでも常識の範囲内のリアクションだ。
最近では三回転半したり縦方向に転げたり、奇声や爆発など小細工をする輩が多いので逆に新鮮と感じる。
基本が一番だな、と思い、そう感じる自分は常識人だと確認してから、

「大丈夫か?」
「だ、大丈夫な訳あるか! というか、一番大事な所で役に立たないじゃないか情報屋!!」

とりあえず言いたい事を言ってから、痛みに耐えかねたのか(うずくま)るクロノ。

「あまり興奮すると傷が開くぞ」
「誰のせいだ誰の……いてて」
「ああ、あまり動くな。ほら、これを着けると良い」

腕をとって立たせた後に渡すのは頭の上に乗せていた草の獣だ。
携行性を向上させる案の一つらしく、保水剤と一緒になっているおかげである程度長い時間でも問題ない。
冬場は外に連れ出す事が出来ないが使いやすく、身に付けている相手と一緒の景色を見られるのが楽しいと草の獣からもなかなか好評だ。
受け取ったクロノがボンサイボンサイなどと言っているのが聞こえるが、この歳で盆栽が趣味とは中々に渋い。
しかしどこをどう見ればこれが盆栽に見えるのかは謎だ。もし機会があれば間違った日本観を正しておこう。器具で。

「全く、酷い目にあった……」
「自分から転げ落ちたのを他人のせいにするとは、あまり感心しないな」
「何でも応える様な事を言っておいて、一言目に翻したりするからだろっ!!」
「まあ落ち着け、通り一辺倒のサービス何てそんなものだ。頼みもしないのについて来る汁物と同じだな。どちらも中身がほとんど無いという」
「く、くそ、上手い事言って、――ちょっと感心しちゃったじゃないか!」

素直で良い、と思いながら頷きを返して、

「まあ実際の所、単純に時間が無かっただけなんだが。交渉の手伝いを頼まれてから出向くまでに三十分程度だぞ?
 事の経緯すら大雑把な所を説明されただけで放り込まれたんだから仕方ないだろう」
「頼むからもっと余裕のある対応をしてくれ、実害が出る。――で、他に何かないのか。そこを聞けないと困るんだが」
「そう慌てるな。話は流れが肝心だ。さっきのは会話を円滑にするための単なる前振り。
 ほぼ間違いなく協力してるだろう事実を伏せて、友誼(ゆうぎ)(いろどり)を添える気配りだとも」
「って、分かってるじゃないか!! 余計なお世話って言うんだそれは!」
「状況から考えた推測だ。確認してない情報など、どれだけ信憑性があっても噂話と大差無い。それを大っぴらに言う訳にもいかないだろう」
「……? 推測なら、何でほぼ間違いない、何て言えるんだ?」

眉を顰めて首を傾げるクロノ。
……ふむ、どう説明したものかな。
命刻は長くなりそうな言葉を頭の中で整理し、

「基本方針、というか、世界的な悪ノリというか。お互いに満足できるのなら拒まないのが流行りでな」
「……来たばかりの僕が言うと反感を買うかもしれないが、手を抜きすぎというか、物事を楽観視しすぎじゃないか?
 闇の書にしたって、危険かどうかを別にしても、得体がしれないという点では管理局(こちら)と同じだろう。
 その、情を挟むな、とは言わないが、そういう物を無警戒で受け入れていたら、笑い話じゃすまなくなるぞ」
「別に無警戒という訳では無いさ。世界を滅ぼす位に危険な物だという事は君自身から聞いている。
 だが、それを聞いても私の意見は変わらない。求められれば手を貸すし、離れて行くなら見送るだけだ。
 他の連中がどう考えているかは知らないが」
「あー……、なんだ。危険だと知っていて手を出すのか?」
「相手が君達みたいのだったら、手のついでに舌も出して、財布の中身も出しそうだな。
 しかしそれはあくまで向こうから要求があればの話だ。
 あの頭のおかしな交渉役が言っていただろう。――欲しい物があるのなら、物がある場所に頼みに行け、と」
「分けて考えるな。頼みに行くのは君も私も変わらない。
 資材も人手も、必要な人間が必要な分を貰いに行く。客人だろうと同じ事だ。
 その結果が良く無い方向に向かったら、それを知った連中の誰かが頼みに来るだろう。――なんとかしてくれ、と。
 そうなったら何とか出来る誰かが助けに行く。平たく言えばそれだけの話だ」

息を吐き、

「十二の世界は既に滅び、今あるのは何もかもが未熟であるが故に変わっていく新しい世界。
 個人的には変わらずにいられる世界でも良かったんだが。――あ、ちなみにこれは独り言な」
「……ん、ああ、そうだな。……要は厄介事を抱えるリスクよりも、関わった事で得られるリターンを重視する、という事か?」
「まあ間違ってはいない。それだけとも言わないが――」

言葉には気の無い返事が返ってくる。
返した当人は椅子に座ったまま上半身をふらつかせている。
その様子は草の獣が疲れを吸うのに合わせて身体が眠りを訴えている様だ。

「まだ疲れが残っている様だ。まだ先は長い、今日の所は寝ておくといい」
「結局、肝心な所ははぐらかされた気がするんだが……」
「はは、美味しい所を出す時期を見計らうのが良い情報屋というものだ。
 そして良い引き方で次に繋げるのが私の仕事でリピーターを獲得する為の秘訣。そうだろう? ん?
 ――最後にサ――ヴィスで言っておくと、もっと知りたいなら自分で調べてみた方が早いぞ。おせっかいな奴が多いから、聞けば応えてくれるだろう」

拙い足取りで戻るクロノの背を押してベッドに放り込むと、草の獣が頭の上から転げ落ちた。
それを拾いあげ、後を頼むと告げてからタオルの代わりにクロノの顔の上へと乗せておく。
衝立を戻し、部屋を後にする。
後には白い光と、静寂だけが残った。

            ●

日も暮れて夜の帳が下りた頃。
八神家の浴室。遠くに聞こえる生活音の中、そこに新庄は一人でいる。
頭の上で髪を纏め、アップにした状態で身体を沈める。
沈む先は浴槽に溜められたお湯の中。鼻先とうなじが水面に付く位まで身を沈める。
吐く息を泡に乗せながら目を閉じると、溜まっていた想いをぼんやりと考えた。
泡と一緒に浮かぶのは、気を使わせてるな、という感情だ。同時に、この調子だと泊まる事になるかもしれないとも思う。
一通り言わなければならない事を言った後は適当な頃合いを見て帰ろうかと思っていたが、
身近な人の話や最近あった事など、とりとめもなく雑談をしている内に随分と時間が経ってしまっていた。
気が付けば夕日は残光を残すだけとなっており、シグナムの姿が見えなくなっていた。
いつの間にかいなくなっていたシグナムの事を聞くと、話しこんでいる様子を見てUCATへ連絡をしに行ったと答えが返って来た。
シャマルを迎えに行くついでだと言っていたそうだが、どう考えても連絡の方がメインなのは間違いない。
概念空間内と連絡を取るにはある程度の設備が要るので、連絡しに行く事自体は別におかしな話では無いのだが、
……シャマルさん、出てくる時に夕食までには戻るって言ってたからなぁ……。
別段、気遣われるのが嫌な訳ではない。外泊に関しても一部局地的に不安な相手が居る事を除けば特に問題も無い。
むしろ心配なのはこちら、ヴォルケンリッター達の方だ。
……嘘がばれないと良いんだけど。
一応、前提条件としてヴォルケンリッターが蒐集行為を行っていた事は全面的に伏せる約束になっているが、この調子が続けば気付かれる様な気はする。
一般人であるはやての勘が特別鋭いとは思えないが、それでも家族並みに親しい間柄となれば普段と違う事位は気づくだろう。
雰囲気という物は思う以上に伝わりやすい。
始めのうちは緊張のせいか、思いすごしかもしれないと考えていても、それが続けば不審に思う可能性は高い。
適当に肩の力を抜いて貰うのがベストなのだが、そうそう良い方法が思いつくはずも無く、ただ時間だけが過ぎて行く。
しばらく考え込んでいたが意識が段々と遠のき始めたので慌てて湯船から出る。
(のぼ)せそうになった身体を引き上げ、軽く水気を(はら)ってから脱衣所へ向かう。

「んっ……寒……。早く服着ないと――」

新庄は、あ、と声を上げ、足ふきマットに足を掛けた所ではたと動きを止めて視線を泳がせる。
目に留まるのは洗面所と洗濯機、脱衣籠に入った自分の服。だが、

「そうだ、バスタオルは……」

無い。他人の家なのだから当然だ。
洗面台の引き出しなど、入っていそうな場所はあるものの、勝手に開けるのは少々躊躇(ためら)われる。
入る前に確認しておけば、とも思うがもう遅い。

「えぇと……」

どうしようかと僅かに悩み、素直に人を呼んで持って来て貰う事にしようと決めた。
田宮家でやれば決死の攻防が繰り広げられる事請け合いだが、ここなら大丈夫だろう。
風呂場のドアに手を掛け、やや身を乗り出すようにして声を、

「――マル、今、新庄さんが――」
「はい?」

扉が開かれる。
前に出した体重は直ぐに戻せる物では無く、

「……あ」

両手は体重を支えている。

            ●

見えた。

            ●

「のわあああああぁぁぁぁっっ――――!?」

新庄は声を上げた。
悲鳴だった。



―――後書き―――

ミッドチルダUCATがとらハ板に来てて何という俺得状態。
今回の更新はそれでテンション上がった所為。
ありがとう御大将!自分は隅っこからこっそり応援してます!

で、今回のお話。
クロノ君は順当に経験値獲得でレベルアップ。
この一件でLow-Gを危険視しないかなぁ?と書いてて思わなくも無かったですが、
元々承知の上で勝負受けた訳だし、加減されてたのは戦った当人が一番解ってるだろうしでまあ大丈夫かなと。
むしろその辺はリンディさんがやりそうな……展開は未定ですが。

後、最後のやつはいわゆる一つの御約束です。脳内に"この状態の新庄ってギャルゲかエロゲの主人公じゃね?"とよぎらせた電気信号が悪い。
風呂場で裸で居る時に何も知らずにドアを開けて(開けられて)しまうという伝統はいつから始まったんでしょうねぇw。
八神家とは新庄が窓口になる感じの予定なので、主人公というのは間違って無いのですが。
ちなみに見られたのは男の身体です。見られたのは男の身体です。大事な事なので(ry

それと命刻さんですが、毎度の如く口調とかで無駄に悩む羽目になったので、解らない所は佐山に近い感じにする事にしました。
おかしいと感じる所があったら指摘お願いします。
これで安定すると良いんだけどなぁ。また書く時は悩むんだろうな……。

もっと色々無駄話したいですが、終わらなくなるのでこの辺で。
夏バテに負けないよう頑張っていきましょー!

それでは、ここまで読んでくれた方に感謝を。



[5820] 第四/一章『境界線上のクロニクル』
Name: 月天召致◆93af05f1 E-MAIL ID:158e6bd5
Date: 2010/04/01 04:36
世界には、壁がある。

「これか?見つかったロストロギアというのは」
「ああ。何でも全部の世界を片手間で滅ぼせる位のものらしい。本局じゃ蜂の巣を殴り飛ばした様な騒ぎになってるって話だ」

それは概念空間や、次元世界だけにある物では無い。

「既存の魔法技術では完全な封印は難しいとの事で、UCATに協力を要請するそうです」
「異例とも言えるほどの柔軟な対応ね。それほど危険だという証なのかしら」

過去と未来、空想と現実、人と人との間。どこにでも、壁はある。

「護送は僕らが行うそうだ。現地組織との連携を円滑に進める為に、との事らしいが、態々(わざわざ)あの時のメンバーを全員集めなくてもいいだろうに」
「丁度良く皆で会いに行ける理由が出来た、……って言うと、ちょっと不謹慎かな。にゃはは」

壁は世界を隔てる見えない"境界線"。

「何年ぶりやろか……。忘れられてないと良いんやけど」
「きっと大丈夫だよ。お土産、持って行かないとね」

現れたるは森羅万象の境界を無くすロストロギア。

『何?こっちも皆集まるわけ?只でさえ忙しいっていうのに、全く……』
『来ないのか』
『行くに決まってるでしょ。周りのうるさいの引きずって行くから、後始末はそっちで頼むわよ』

あらゆる世界の有象無象、全てを巻き込んで物語は始まる。

『何だ、何が起こってる。――世界が、飲まれていくぞ!?』
『見ろ!歪みの中心、三時の方向だ!』

名前は――

「――"ホライゾン"、か」

            ●

矛盾許容の概念の下、境界の存在しない世界は全てを一つの世界に集約させる。

「くそっ、ふざけてんのか。右も左も概念核だらけ……バーゲン品じゃねえんだぞ!!」
「10thの神焉竜とG-sp2が同時に存在してる。今この時に限って、概念核は一つじゃないんだ。純正のオリジナルが、何個もあるんだよ」
「お前達のその衣装……まさか、ベルカの騎士か!?」
「勝手に名を付けないで貰おうか。周りが勝手に付けたとはいえ、"王"の名は容易く塗り替えるほど薄っぺらな物では無い」

<かつて存在した物達>

「母さんの邪魔は、させない!」
「全ては我が主の為。永遠に悲しみなど知らぬまま、我が内にて眠り続ける事こそ最善。それを邪魔するのならば――」
「……そうか。お前は護れた"私"と、守れなかった"私"か」
『ご安心ください、ノアはいかなる状況でも皆様の安全を保証致します。――以上』

<そうなっていたかもしれない世界>

「はは、面白いじゃあないか。世界はかくあるべきだとは思わないかね?
 ガジェット、AMF、戦闘機人。今までの研究など足元にも及ばぬほどの材料が、掃いて捨てるほどに溢れかえっている。この現状のどれだけ素晴らしい事か!」
「それが不死概念の力、滅びを否定して得た未来か。……やはり面白みに欠ける。もう少し遊び心を学びたまえ」
「ここが、最後の希望なんです。滅びゆく世界を救う、最後の。だから――!」
「――もういいよ。大切なものなんて、もう無いから。元の世界ごと、……一緒に滅びちゃえ」

<いつか来る可能性>

「あのロストロギアだけではここまでにはならない。矛盾許容の概念と合わさった所為で、これほど影響が拡大したんだ。
 周りの大半は敵と言っていい。なにせこの世界に存在する人間に縁のある物全てが揃っているんだ。因縁の数だけ敵が存在している。
 ……さあ、僕らはどうしようか」

その全てを前にして、彼等は、

「話をしなきゃ、始まらないよ。私達が今まで積み重ねて来た事が全て揃っているなら……話せば分かってくれる人だって、きっといるはず。
 やって来た事が全部間違いだったなんて、――皆と会わない方が良かったなんて、絶対に無いんだから!」
「話を聞かせに行こう。声を大にして、感情を込めて、想いのままに叫びながら。
 例え聞く気が無くても聞こえるほどに、ありったけの力を込めて行こう。――全力全開、なのだからね」

再び立ちあがり、力を込めて歩き出す。

『行くぞ我が宿敵!二期に入った後でピンチが来れば、一期の敵が助けに来るのが王道。それが正義の味方である吾輩ならばもはや必然……!!』
「例え主が違えども、同じベルカの名を冠する騎士だ。その誇りを信じよう、遠き地の戦友(とも)よ」
「私は護れなかった。だが忘れてはいない。故に、――二度は無い!」
「アリシア・クローン実戦配備モデル一個中隊です。この場合の指揮権は、最初期に作られた貴女に在ります。命令を下さい、――家族と友人を守るために」
「ふはは、見たまえ新庄君。どれが本物の私かわかるかね!?」
「漢は黙ってワンコイン」
「う、うわ、同い歳のなのはさんだ!ちょっと感動した!!」
「馬鹿言って無いでさっさと準備する!」
「"思い信じて打撃すれば、エネルギー保存の法則に従い、いかなるものも打撃力を受ける"」

「「風は空に、星は天に、不屈の心はこの胸に!今こそ言おう、我等悪役を任ずるもの!世界を紡いで行くものなり!!」」

――数多くの仲間と共に。

            ●

終わりの"リリカル"クロニクル第二部
   「境界線上のクロニクル」
 ZOIO年12月24日より連載開始!





――後書き――

・―――嘘は許される。
という訳で、いわゆるエイプリルフールネタをお届けしました。
妄想全開の一発ネタですので、時期が過ぎたり恥ずかしくなったりしたら消すやもしれぬ。

脈絡のない空想の繋ぎ合せなので、誰の台詞なのかは御想像にお任せします。
口調とかで八割方ばれてる気がしないでも無いですが、それはそれ。
終わクロともリリカルとも違う作品の台詞が混じってても気にしないようにしましょう。
当然ながら本編とも関わりは無いです。
……が、書いてるのは自分なのでいつか同じ様な台詞やら場面やらはあるかも。
その時はやっぱ同じ作者なんだなと笑ってやってください。

それでは、ここまで読んでくれた方に感謝を。



[5820] 外伝 一章『空を行くモノ』
Name: 月天召致◆93af05f1 E-MAIL ID:158e6bd5
Date: 2009/12/13 22:44

            走れ奔れ。
      もっと早く、もっと速く、もっと疾く。
 死にたくなければ前へ進め。風すら越えて先へ行け。
 砕けて潰れる未来のために、ただ下へと墜ちて逝け。


            ●

幼い頃から航空機と親しかった自分にとって、空を飛ぶという事は風を切って空へ翔け上がる物だと思っていた。
しかしUCATにスカウトされて機竜という物を知ってからは、飛ぶという言葉は落ちると同意義になった。
それでもかつての自分は飛んでいた。今の自分は飛んでいるのか、落ちているのか。
落ちる事が飛ぶ事ならば、その二つを分けるのは何なのか。
――解らぬままに空を行く。もはや止まれぬと知るが故に。

            ●

アメリカ合衆国、カリフォルニア州にある米軍基地。西部の空を守るその場所で一組と一人が向かい合っている。
滑走路を眺める事の出来る廊下には日本から飛んできたダン・原川とヒオ・サンダーソン、そして二人を迎えたロジャー・シュリーの三人だけだ。
両端から歩き、言葉を交わす距離まで近づいた所でまずロジャーが口を開いた。

「お二人とも、定例会以外で会うのは久しぶりでありますな。到着するまでの時間から推察するにサンダーフェロウの調子も良いようで」
「なんの用だロジャー・シュリー。人恋しくなったという理由で呼びつけるならもっと身近な相手にしろ、余計な出費が増える」
「そ、それは暗にヒオの買い食いの事を咎めてますのっ!?確かにちょっとはしたないかとも思いましたけど、
 あれはちゃんと包まれてないコロッケが悪いんですのよっ!上半分が開いた物をバッグに入れたら汚れてしまいますのっ!」
「そういう場合は包める袋を貰えヒオ・サンダーソン。近くの商店街じゃそうだったろう」
「そうすると衣が湯気でふやけてしまいますのよ。せっかくサクサクの衣なのにもったいないです」
「……君は食べ物を紙の袋で包む理由を知っているか?」
「日本の伝統ではありませんの?石油が足りなくなった時に薄くした木で包んでいたのが起源だとか」
「全国規模のデマから国の伝統を発生させるな。――紙で包むのは油を吸わせると同時に通気性を良くするためだ、覚えておくと良い。
 同じ言い訳が通用しない事もな」
「ぅ……覚えておきます……」
「相変わらずでありますな。まあ今回はそれ位が丁度いいのかも知れませんが」

そう言うとロジャーは踵を返して出て来た会議室の方へ足を向ける。
ロジャーの台詞を聞いて訝しむ原川に対して半身になると、再び顔を向けた。

「詳しい話は中で行いますが、米国UCATは御二方の力を必要としているのであります。
 無論自分たちで何とかする事も出来ますが、状況を鑑みると早期解決を優先すべきと考えたもので」
「何が相手ですの?サンダーフェロウを必要とする程の物なんて……」
「Tes.機竜であります。――それも米国UCAT製の」

え、と声を上げるヒオを置いてロジャーは歩き出し、原川もそれに続く。
ヒオが小走りで原川の隣に並ぶと、ロジャーは歩きながら話を続けた。

「概念戦争当時から我々米国UCATが機竜の開発に力を注いでいる事は御存じかと思いますが、今回の機竜はその内の一機。
 全竜交渉後、高速度レコードを目的に武装を全てオミットしたブランカ9の改造機であります」
「完全なレース仕様か。米国はそいつとサンダーフェロウでチキンレースでもさせるつもりか?」
「いえ、要求は機体の制止であります。該当機が燃料切れで墜ちる前に、どのような方法でも良いので止めてほしいと」
「それならこちらの方達でも出来るのではありませんの?どのような方法でも、ということは別に一対一という訳でもありませんわよね?」
「それは――」

ヒオの言葉にロジャーは言い淀む。その言葉の続きを原川が継いで喋った。

「ヒオ、プライドの高い連中が助力を求める時は大抵の事は試した後だ。
 おそらく小隊……いや、中隊で出撃して捕える事が出来なかった。違うか、ロジャー・シュリー」
「広範囲に配備したので数だけなら大隊規模は居たでありますよ。
 対象の撃墜もやむなしとして出撃したものですが結局直撃は無し。宙に残った爆炎で機体表面を少し汚した程度ですな」

話している間に扉は目の前へと来ていた。
ロジャーは扉を開くと後に続いていた二人へ入るように促す。

「ともあれまずは今までに得た資料を見て貰うのが早いかと。
 開発主任の方も既に来ているので、聞きたい事のほとんどは聞けると思うであります」

            ●

白い照明の中に簡素な椅子と机、奥の壁際にはホワイトボードという典型的な会議室に入ると一人の白衣を着た女性が居た。
縁無しの眼鏡をかけた女性は腕を組み、くすんだ色の金髪を左肩に垂らしながら椅子に背を預けて眠っている。
だが眠っていた女性は扉が開けられてからしばらくすると、一度身体を震わせた後に目を開けた。
ぼんやりとした目で入ってきた三人を眺めている女性に、ロジャーが声をかける。

「お疲れの様でありますな、テーレイカ女史」
「……まあ、ね。徹夜も三日目ともなれば眠る時間が恋しくてね。
 それと私には人が二人居る様に見えるけど、どっちが雷の担い手?」
「両方でありますよ。サンダーフェロウが複座というのは貴女も知っておられるはずですが」
「ん~……あぁ、そういえばそうだったっけ。どうもまだ頭が働いてないみたい。これ、飲んでいいの?」

言いながら大きく伸びをした女性は、前に置かれていた缶コーヒーを指さす。
ロジャーが頷くと、女性はプルトップを開けて一口飲んだ。

「むぐ、今日はハズレか。目は覚めるけどロシアンコーヒーって名前だけでハズレを作るのは間違ってる気がするんだけどなぁ」
「その割には普通に飲んでおられるようですけれど……中には何が?」
「ん?ただのブラックコーヒーだよ、当たりは甘いんだけどね。あぁ、ロシアンルーレットが元ネタなら、こっちが当たりなのかな」
「ふ、普通すぎじゃありません?もしかしたら、味の無いお薬が入って――」
「落ち着けヒオ・サンダーソン、そんなものを入れるのは日本にいる頭のおかしい連中だけだ。君は母国を貶めようとしているぞ」
「あはは、良い感じだね。堅苦しいのは苦手だから助かるよ」

女性は飲み終わった缶をテーブルの上へ置くと、軽く頬を叩いてから立ち上がる。
右手を腰に当て、首を少しだけ傾げると顔に笑みを浮かべて言った。

「初めまして、雷の眷族に北風の末裔。高速度試験機"WD-01"の開発主任のウィンディ・エイダ・テーレイカ。
 開発仲間はエイダって呼んでくるけど、出来ればファーストネームの方で呼んでくれると嬉しいかな」
「あ、はい、初めましてウィンディさん。ヒオ・サンダーソンですの。隣に居るのが原川さんですわ」
「俺は厄介事が縁で知り合う連中はもう十分足りているんだがな。――ちなみに実年齢は何歳だ、ウィンディ」
「華の二十歳。延齢する気は無いけど不老化はそろそろやろうか考え中。見た目通りの年齢で驚いた?」

ウィンディの返答に、僅かに表情を動かす原川。ヒオは驚きと感心の混じった顔で、すごいですのね、と呟いている。
続くロジャーは数度頷いてから口を開いた。

「書類に書いてあった情報は本当でありましたか。てっきり申告の段階で偽装しているものと思っていましたが」
「おかげで年食った人の多いうちの班じゃお嬢ちゃんとか呼ばれてたりもするけどね。
 それとロジャー少佐、一人だけ名前で呼ばせなかったからって(ひが)まない。礼儀が必要な相手には姓で呼ばれないと作法を忘れるのよ」
「その割には態度が変わらないように見えますが……」
「気持ちの問題よ。あなたに対するイメージの問題でもあるけどね」

そこまで言うとウィンディは床に置いていたバッグからノートパソコンを取り出した。
電源を入れるとディスプレイにはお馴染みのマークが現れ、起動待ちの状態になる。

「さてと少佐。交戦記録と機体設計、どっちを先に見せるべきかしら?」
「まずは実物を見た方が話が早いかと。百聞は一見に如かず、という言葉もありますからな」
「そう、それじゃあ頼むわロジャー少佐。私はその間に準備をしておくから」

Tes.と返事をしたロジャーは懐から金属ケースを取り出す。
印鑑大のケースの蓋を開け、そこから青白い砂をこぼすとロジャーは告げた。

「では席について貰えますかな。あまり時間もありませんので」
「その前に一つだけ答えろロジャー・シュリー、――その機竜はお前達の敵か?」

原川の言葉に、はっとした様子で目を向けるヒオ。
二人を前にして、ロジャーは表情を変えないまま言った。

「正直な所、分からないでありますな。害を成す物を敵と呼ぶならそうなりますが、敵対をしている訳ではありませんからな。
 ただ、米国UCATの見解としては敵ではなく開発途中の事故としております」
「だそうだがどうするヒオ・サンダーソン。厄介事を押し付けるな、と突き返すなら今だぞ」
「当然行きますわ。事故があって、それを助けるだけの力があるならば手を差し伸べると約束をしましたもの。
 その位の事は原川さんも分かっているはずですわ」
「それでも聞くのが俺の役目だ、ヒオ。もし引き受けないなら否定する理由は一つでも多い方が後に響かない。
 面倒事を背負わないためにも、理由は出すだけ出しておいた方が良い」
「Tes.ではそれを聞いたうえで頼みますわ。―― 一緒に来て下さいな、原川さん。困っている方々を助ける為に」

微笑みで言われた台詞に、原川は溜め息を一つ付いて椅子に座る。
隣にヒオが並ぶのを待って砂はその力を発揮した。

          ●

ヒオは空の中に居た。
正確には空を飛ぶ機械の操縦席、その中でパイロットの背を見る位置に視点がある。
風防の外を流れる雲は機体がかなりの速度を出している事を表しており、その景色には並走する青い機竜の姿が見える。
そして正面、空と雲の境界線上に何か輝く物がある。それがアフターバーナーの光だと気づくよりも早く、乗っている機竜から光が伸びた。
だが目の前の光は機体を僅かに傾けるだけでかわし、さらにはその大きさを小さくしていく。
置いていかれている、と思うと同時に目の前のパイロットが舌打ちをした。

「くそっ!掠りもしねぇ!こちらb1。竜砲をかわされた、追撃を頼む!」
『無理だ!向こうはさらに加速してる、撃ってもこっちの速度が落ちるだけだ!!』
『何なんだあいつは……こっちは六人がかりだぞ。なのになんで置いていかれる!?』

戸惑う声は前だけでなく通機信越しにも聞こえてくる。
メーターは限界まで加速を行っている事を示し、揺れる機体は苦悶の声を上げている。
だが前を行く光はさらに小さくなっていき、彼我の距離が広がっている事を告げていた。

『こちら第一陣、追いつくのは不可能だ!反対側からの挟撃を要請する!!』
『Tes.既に第二陣が向かっている。第三、第四も予定を変えて挟撃を行いに行っている。
 これだけいれば十分だろう。だが極力撃墜は避けろ』
『んな余裕あるわけねぇだろ……。そもそも撃墜できるほどの出力を攻撃に回したら、射程距離から外れちまう』

悔しげな呟きすら次の瞬間には遥か後ろへと流れていく。
そういう間にレーダーは、前を行く機体のさらに向こうから来る友軍を映し出した。

『こちらc隊。十秒後に射程に入る、タイミングを合わせろ』
「Tes.b隊各機、タイミングは向こうに合わせろ。c隊、カウント頼む」
『Tes.a隊、d隊も続け。カウント行くぞ』

短くカウントを告げる声が響いた後、前後から一斉に光がぶちまけられる。
雲を裂いて押し寄せる光が迫ると共に、追っていた機体からアフターバーナーの光が消えた。
続いて見えた全身により、機体が方向転換を行った事を教えてくる。
こちらから見て右上に上昇する軌道を取った機体は、その姿を照らされながら舞い上がる。

(――魚?)

ヒオは相手の全身を見た感想を口に出して言った。
思わずもれた声に、聞こえているはずが無いと分かっていながらつい口を押さえる。
しかし夢の中のパイロットはヒオに構わず、声を上げた。

「これも躱すのか!?畜生、どんな操縦してやがる。――全機方向転換だ、追うぞ!」
『Tes.!!』

吐いた悪態を一瞬で切り上げ、機体は身を回して相手の後ろへと食らい付く。
先程よりも上に陣取った視界は、追いかけている相手を上から眺める事が出来るようになっている。
上から改めて見直した機竜は、銀色の魚、といった姿をしていた。
塗装の済んでいない銀の下地を剥き出しにして、機体は加速器がある後部を除いてかなりの厚さを持つであろう装甲に覆われている。
流線形の外殻には間隔を空けて黒い線が入っており、そこが接合面だと教えている。
前方両側、目がある位置はクリアパーツの内側に視覚素子らしき部品があり、さらに胴体の上下左右からはブレード状の翼が突き出していた。
だが突き出た翼は旋回が終わったのを見計らって内部へと格納される。全ての翼が格納されてしまうと、魚は弾丸へと姿を変えた。
まるで撃鉄で撃ち出されるようにアフターバーナーを点火すると、その勢いを持って身体を前へと押し出した。
前を行く背中に追いつく事の出来ない悔しさを吐き出すかのようにパイロットは言った。

「武装は無い、目的地があるわけでもない。聞いた話じゃ飛ばすのを楽しんでる馬鹿って訳でも無さそうじゃねぇか。
 手前ぇ、一体何のために飛んでんだよ……ッ!!」

声を最後に視界が暗くなる。目覚めの合図となる暗闇の中で、ヒオはパイロットが告げた言葉を思う。
――あの機竜は、一体何のために飛んでいるのだろうかと。

            ●

「その後第三、第四陣による挟撃が行われましたが結果は同様。
 失敗するごとに追いかける人数は増えたため攻撃の手も多くなったのですが、その全てをかわして作戦領域を離脱しております」

白い蛍光灯の光の中、途中で終わった夢の続きをロジャーが説明する。
原川は腕を組んでそれを聞きながら、気になった事を聞く。

「そいつは今どうしてるんだ。取り逃したと言う割には余裕があるが」
「レーダーに捕捉は出来ておりますので、位置は分かっているでありますよ。その高度も旅客機の飛行高度よりもさらに上、成層圏ぎりぎりの所であります。
 概念空間を展開せずとも一般人には影響が無い高さですな。もっとも、関係無いままで居られるのは燃料が残っている間だけですが」
「燃料が切れれば音速を超えた大質量弾の出来上がりか。海に落ちたとしてもその余波による被害は生半可な物じゃ済まないか」
「地面に落ちる時はその比では無いでしょうな。地表面に対して斜めに突き刺さりますから、
 角度によっては世界一広い道路が出来上がるのであります。我等米国の地は元より、如何なる場所であろうとも落とすわけにはいきません」
「迷惑な話だ」
「その迷惑をかけないために御二人を呼んだのでありますよ」

どっちにしても迷惑な話だ、と溜め息混じりに思うとロジャーに代わってウィンディが前に出た。
咳払いを一つしてから起動の終わったノートパソコンをこちらに向ける。

「いい?これが私達が作った高速度試験機"WD-01"の概略図。ブランカ9のフレームを非変形型の物に交換して高機動型に固定したものに、
 カップ状の外殻を取り付けて空気抵抗を減らしてるのが特徴ね。この外殻は余剰分の抵抗力を内側に押す力に変えて安定性を高める設計になってるの。
 直線での加速を主眼に置いてるけど、内部に格納した翼を展開する事で旋回軌道を取る事も可能。これはさっきの夢で見たよね?」
「ええ、攻撃を避ける時に魚のヒレみたいなのが上下左右に出てましたわ」
「まあその通りにヒレって名前なんだけどね、あのパーツ。あくまで補助翼だから、強度面でちょっと不安が残るんだけど」
「意外と単純な構造だな。もっと手を加えてあるのかと思ったが」
「新規に起こす案もあったんだけどね。既存の機体を流用したほうが結果を比較しやすいし、整備の面でも慣れてるから。
 予算や人員を外殻に集中させたおかげで余裕もできたから、開発する側の判断としては間違ってなかったと思うよ」

質問と回答を繰り返しながら話は続く。
一通りの説明が終わった所でウィンディはバッグから紙の資料を取り出した。
顔写真入りの書類は個人情報を纏めた物で、紙面は手書きの文字で埋められている。

「で、この人が試験機のパイロット。名前はドニー・リーフリット、年齢は八十三歳。元米国UCAT輸送部隊所属で階級は最先任上級曹長だったかな」
「八十三歳って……随分と御年を召しておられるんですのね。UCATじゃ年齢は当てにならない事が多いですけれど」
「こちらの調べでは不老長生技術の使用申請はされておりませんし、外見も年の割には若い程度の風貌ですので年齢通りの人物と推察されます。
 概念戦争当時から軍に在籍している古参兵ですが、その六十年近くの全てを輸送部隊で過ごしておりますな。
 当時から機竜を使っての輸送を行っていた様で、"荷物持ち(ファロウ)"と呼ばれていたそうであります」
「武装類の扱いが壊滅的だったから輸送任務に回されただけらしいけどね。機竜だって開発途中の物を勝手に使ったのが切っ掛けだって話してたし。
 多分余ったパーツや使わなくなった部品で作った耐久力試験機だとは思うけど……
 そういうのって普通に飛ぶ事は考えてないんだけどなぁ。なんで墜落しなかったんだろ?」

話をする三人を他所に、原川は置かれた書類を手に取った。
緊張を伴った表情の顔写真にはあからさまにぎこちなさが浮かんでおり、慣れていない事を示している。
くせっ毛気味の金髪にそばかすの浮いた顔は、書かれている年齢よりずっと若く見える。
顔に浮かぶ皺は多いものの、疲れを感じさせないのはそれが皮膚に浮かんだ物ではなく、顔に刻まれた物だからだ。
……うちの連中と同じだな。馬鹿騒ぎばかりしてきた顔だ。
良く飲み良く食べ良く笑う。そういう生き方をしてきた年季という奴だろう。
しかしその事が原川の心に違和感をを生む。書類に張られた小さな写真と目を合わせ、中の人物に問いかけるようにして疑問を放った。

「――なら、何故こいつは笑っていない」
「飛べなくなったから、だってさ。軍を辞めたのもそれが原因らしいね」

答えを期待せずに呟いた声には答えが返ってきた。
書類に落としていた視線を上げると、ロジャーが別の書類を持って告げた。

「どうやら全竜交渉の際に撃墜され、大怪我を負ったようでありますな。
 治療は順調に進み後遺症らしい物も残らなかったとありますが、その後しばらくして米国UCATを辞めております」
「飛べなくなった……って事は、機竜に乗れなくなったんですの?その、撃墜された事がタイガーホースに……」
「……それはもしかしてトラウマと言いたいので?ともあれ乗れなくなった、という訳では無いようです。
 事実、復帰してから辞めるまでの間に何度か輸送任務を請け負っていますが、何事も無く完了させております。
 その時の速度も米国UCATで上位に入るほどのものです」
「あんたらしくないなロジャー、こういう場合に比べるのは他人じゃなくてそいつの過去だろう」
「生憎とデータが無かった物でして。毎年恒例の七十二時間耐久レースの記録なら残っていますが、
 競技用に調整を行った機体なので参考にはならないかと」

眼鏡を押し上げながら話すロジャーに対し、原川は書類を置いて椅子に背を預ける。
代わりにウィンディが顔写真の付いている書類を手で弄びながら言った。

「どの道昔の記録なんて役に立たないよ。ブランカ9と違って合一機構組み込んであるから扱いも根本的に違うしね」
「サンダーフェロウと同じですのね。やっぱり御歳のせいですの?」
「ん?同じじゃないよ。もう戻んないし。歳のせいってのは合ってるけどね」

さらりと答えたウィンディの言葉はある事実を告げている。
それに気付いたヒオは僅かに身体を震わせると、椅子から立ち上がって声を上げた。

「戻らないって……それは、まさか」
「うん、組み込んだ。機体制御は合一したほうが効率的だし、操縦者の考えもダイレクトに反映できるしね。
 反対する人もいたけど、最高の物を作ろうとするのに有る物使わないなんて間違ってると思うんだよね」

ウィンディの言葉に、何か良くない想像をしたのかヒオの顔が青ざめる。
俯いてズボンの生地を握りしめる様を横目で見てから、原川はウィンディに視線を向けた。

「余計な時間を取らせるなウィンディ・エイダ・テーレイカ。悪人ぶって自分に酔うのは俺たちが帰ってからにしろ」
「は、原川さん……?」
「別にそんなつもりもないけどねー。過程はどうあれ最終的な判断は私が下したんだから、責任は私にあるんだし。
 周りのうるさい連中の声が、パイロットに向かわない様にする位の気は使わなきゃ」

顔を上げ、窺うようにこちらとウィンディを交互に眺めるヒオはどういう事だと言いたげだ。
ウィンディに答える様子が無いと知ると、ヒオは縋る様な目つきで見つめて来た。

「あの、原川さん……」
「自分で考えろ。俺は知らん」
「ま、まだ何も言ってませんのよ!?」
「聞いた後でも返事は変わらないから安心しろヒオ・サンダーソン」

ひどー!という声を無視して原川は機竜に合一したという操縦者の事を考える。
今のUCATなら元に戻る合一機構を作る事は難しくない。武神やサンダーフェロウといった見本もある。
それでも元に戻らない事を選んだのは歳をとったというのもあるだろうが、
……今までの方法で動かせなくなったから、だろうな。
何がおかしかったのかは知らないが、このパイロットは怪我を境に自分の操縦が上手くいかないと感じていた。
その問題を解決するために合一という方法を選び、人の姿と共に上手くいかなかった原因を置いてこようとしたのだろう。
だがその原因とやらはおそらく精神的な物だ。飛び立った後で置いてきたはずの原因に捕まった男は何故か加速を続けて止まる気配が無い。
そこまで考えて、原川は先程のヒオの言葉を思い出した。
……撃墜された事が原因のトラウマなら、普通はそもそも空に上がれないだろうが。
気付かずに飛んだのか、気づいていて飛んだのか。今の段階で分かる事では無い。
はっきりしているのは、この機竜がこのまま自分で止まる事は無いという事だ。

「ロジャー、こいつの燃料は後どの位持つ?」
「これまでの加速の周期からして明日の昼過ぎまでかと。
 各国UCATには既に連絡し、領空内の飛行許可は貰っておりますのでいつでも行けるであります」

ロジャーの返答を聞くと、原川は席を立って再びヒオの方へ目を向けた。

「行くぞヒオ。寝る前にやる事が増えた」
「やる事……ってその、確かにこっちはもう夜遅いですけれど、日本じゃまだ夕方ですし……す、少し早いと思いますのっ!」
「明日の本番の前に調子を見ておくだけだ。――どれくらいやれるのか、試してみるのが手っ取り早いからな」
「二日連続ですの!?それに本番は明日って……今日の段階で限界になったらどうするんですの?」
「やると言ったのは君だろうヒオ・サンダーソン。俺は本番までに出来る限りの準備を整えているだけだ」
「じゅ、準備……。あんまり張り切られると、その、壊れてしまうかもしれませんし……」
「調子を見る程度で壊れるほど柔じゃないだろう。心配するのも良いが、あまり加減ばかりしていると勘が鈍るぞ」
「根本的な所で話噛み合って無いよね。見てて面白いから詳しくは言わないけど」

何の事だ、と訝しんで見る視界の中には顔を赤くしたヒオがいるが、いつもの病気と判断して順当に流した。
足を出入り口に向けて歩き出すと、後ろからヒオが続いて来る音がする。
扉を開けた所で、ウィンディに声を掛けられた。

「WD-01はサンダーフェロウよりも速くなるように作ってある。機体の出力じゃ劣るけど、速く飛ぶことしか考えて無いからね。
 ――そう簡単に追いつけると思ったら大間違いだよ?」
「生憎だがこっちは最悪、地面に落ちる前に拾えば良い。俺はそれまでレースを楽しむさ」
「Tes.良い勝負を祈ってるよ。――私の機体とパイロットが、どこまでいけるのか見てみたいしね」
「Tes.」

ヒオと二人で返事を返すと、蛍光灯の並ぶ廊下へ出た。
向かうは星と月の浮かぶ空。――銀の魚は、その空の中を泳いでいる。



―――後書き―――

やー、ついに書いてしまったですよ機竜編。
全三章位を予定してますが、更新自体が超不定期なので次がいつになるかは未定。
時間軸的にはリリカル勢が来る直前かな?時差があるため自分でも混乱気味ですが、大体その辺のイメージという事で。

しかしめちゃくちゃ書きやすかったですこの話。
最近本編で詰まり気味だったのが嘘のようです。キャラ立ってるとやりやすいなぁと再確認しました。
原川・ヒオのコンビはホント脳内で勝手に喋ってた事を文にしてる感じがするですよ。

リリカル側も個性はあるのですが、元の媒体がアニメなので性格の補強がしにくいという欠点が。
本とアニメだと見る手間に随分と差がある上に、アニメは見たい所を探すのでさらにひと手間。
普通に見れば楽しいのですが、口調や性格の確認みたいのをやるのは向かないです。
小説版買おうかなぁとも思うのですが、どんなものなのか分からないので手が出しにくい。
自分の場合、この辺の立て直しの時間の差が執筆時間に直結してるんだろうなぁ。

ともあれ本編で悩んでいた気分も晴れましたし、次は本編頑張るぞー。
中途半端な所で切っててあれですが、やっぱりメインはリリカルとのクロスなので、
こっちの更新はオマケ程度に考えていただければと思います。

それでは、ここまで読んでくれた方に感謝を。



[5820] 番外 『設定資料など』
Name: 月天召致◆93af05f1 E-MAIL ID:158e6bd5
Date: 2009/06/15 02:46
・原作からの参戦時期

 終わりのクロニクルの方は七巻終了時から約八ヶ月後、つまり同じ年の十二月初め頃から来てます。
 リリカルなのはの方はアニメの五話と六話の間に挟む形で序章へ入っています。
 もっとも、六話はヴォルケンズの回想がほとんどですので正確にはユーノが双子使い魔達に会いに行く前です。

・全竜交渉部隊関係者

 本編で触れる可能性が高いのであまり多くは説明しませんが、基本的に日本在住。
 大半が原作と同じ場所に住んでいます。

・概念解放後のLow-G
 
 原作とほとんど変わっていません。概念解放により各G世界の住人が生きていけるようになってはいるものの、
 概念条文になるほどでは無いので見て分かる影響は少ないです。一部地域で他Gの人間や自動人形が見られる程度です。

・リリなのでの「異世界」と終わクロの「異世界」の違い
 
 リリカルなのはでは「次元世界」、終わりのクロニクルでは「G(ギア)」と呼ばれているそれぞれの異世界ですが、
 ここでは次元世界の中の一つにLow-Gが存在する形になってます。
 つまり、概念戦争以前は一つの次元世界内にTopからLowまでの十二個の世界が内在していたわけです。

 普通一つの次元に十二個も世界があったらいくら管理局でも気づくだろうと思うかもしれませんが、
 各G世界は元々Low-Gから分かれたもの(正確には反転した物ですけど)であったため、
 管理局側からはLow-Gが“ぶれて”いるようにしか見えなかったというのが一つ。(三原色のベン図を考えてくれればわかりやすいかも)
 もう一つは終わクロ側の各G世界は位相のズレた世界であったため、
 管理局側の観測装置では存在が希薄だったというのが理由です。(こっちの理由は2Dで3Dを測ろうとする感じかな)

・次元世界に概念はあるのか

 ありません。少なくともリリなの側の技術力で行ける世界の中で概念が存在する世界はLow-Gのみです。
 「異世界の違い」の項目で少し触れましたが、次元世界を2D、つまり同じ法則という“平面”に広がる世界とみた場合
 終わクロのGはZ軸、つまり上下方向に広がっている世界だったわけです。
 当然、リリなのの転移魔法は3Dに対応していませんから概念が存在する世界に移動することも出来ない訳です。
 
 次元世界全体という括りで見ると、Low-Gのみが特殊な状況です。
 ちなみに終わクロの異世界間移動は短距離用なので次元を超える事は出来ません。
 まあ要するにこれ以上概念を持つ世界が増える事は無いって事ですね。
 
・ワムナビの遣いの演算能力はどのくらいか

数値化した比較は無理なので推測になりますが、ワムナビの遣い一人の演算能力は大体デバイスと同程度と考えています。
A’sに出てくるデバイスは一品物の高性能な物が多いのでワムナビの遣いはワンランク下(もしくは同じ)といった所でしょうか。
自動人形と比較した場合は当然ながら自動人形の方が性能は高いです。
ヴォルケンリッターは自動人形と同程度。闇の書(リインフォース)は統括制御するためか少し高めですね。

とはいえこれは「一人」の場合の話。集団になった場合は話が変わります。

普通の人が協力して情報処理を行う場合、足し算で能力が上がります。
これに伝達の手間や疲労などを考えるとどんなに効率よくても七、八割程度しか出ません。平均は五割位ですかね。
自動人形はこの伝達の手間も疲労もほとんど無い上に、共通意識を使った思考並列化による性能向上も出来るので逆にプラス補正が掛かります。

さて本題のワムナビの遣い。
彼らは演算能力が掛け算で上がります。強力な意思共通による並列思考能力は人数が増えれば増えるほど加速度的に上昇します。
ただし機械では無く、意思を持った「生き物」なのでミスも多い。よってこっちはマイナス補正が掛かります。
とはいえ多少減った所で滞るような物でもないですし、増え幅の方が大きいのであんまり関係無いですが。

終わクロ・リリなの通して最高の演算システムなのは疑いようがないですが、現状Low-Gの外には出れないので活躍の場は少なそうです。

・Low-Gとなのは達の世界の関連性

考えている事は幾つかあるのですが、まだ決定では無いので現状では「偶然似ているだけの世界」という位置づけです。
表向きの歴史はほぼ同一、聖書や清しこの夜などに関しても大差はありません。
特にキーワードとなりそうな聖書の中身に関してですが、翻訳による差異程度の違いはあっても大筋は変わりません。
この辺は下手に変えると色々おかしくなりそうですしね。

似ている原因はいつか本編に出て来る時までに纏めておきます。
・・・設定資料の意味無いなぁ、この説明。

・大城(元)全部長ドコー?

 実体化が完了した後エクスキューショナーで夜空へ吹き飛ばされました。落下中に反応がロスト。原因は不明です。


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