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[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆(ネギま×ダブルクロスリプレイ オリジン)
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:5fbb8a9e
Date: 2010/01/31 11:35
このSSは、ネギまとダブルクロスリプレイ オリジンとのクロスSSになります。

注意事項としては、

・かなり強引に世界観を融合させています。

・主人公はオリジンの主人公、高崎隼人と玉野椿です。

・ダブクロの世界観は、3rdのものを使用します。データは筆者がオリジンを読みながら、必死でコンバートしますw

・パワーバランスは苦慮していますが、オーヴァード無双ということにならないはずです。

・2-Aの生徒の何人かがオーヴァード化しますが、そこはSSの展開上の都合ということでw

・オリジナルの敵がわんさか出ます。基本はジャームです。

・どちらかというと、ネギまキャラの心の葛藤を描ければ、と思ってます。

これらを許容できる方のみ、どうぞお楽しみください。


12/13 ある程度一段落したので、チラ裏から移転しました。



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆OP
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:5fbb8a9e
Date: 2010/01/31 18:46
 昨日と同じ今日。
 今日と同じ明日。
 世界は繰り返し時を刻み、変わらないように見えた。
 だが、人々の知らないところで。



 ――世界は、大きく変貌していた。



 日本内部の山奥に存在する研究所。しんと静まり返った廊下に、かつかつと響くひとつの足音。ピシッと、姿勢よく歩くその姿からは、彼女の生真面目さがにじみ出ている。肩まで切りそろえた黒い髪は整えられ、目には強い意思の光が宿る。
 ふと、一人の少年とすれ違う。少年と目が合うと、ふっ、と彼女は唇に笑みを浮かべた。

「おはようございます、椿教官」
「おはよう」

 軽い挨拶を済ませ、椿と呼ばれた女性は、そのまま、目的の部屋へと足を進めた。挨拶を交わした少年は、その背中をじっと見つめていたが、自分の仕事を思い出し、あわてて廊下を駆け出した。
 椿の脇を何人もの人間がすれ違うが、そのたびに、彼女は律儀に挨拶をした。それが彼女の性分なのかもしれない。その中で、一人、妙に軽々しい人物がいた。

「よう」
「おはよう、隼人」

 隼人と呼ばれた青年は、だらしなく壁に寄りかかりながら、片腕を上げ、気安げに椿と挨拶をし、姿勢を正すと、おもむろに椿と歩調を合わせて歩き出した。

「まーた、お前と任務か」
「相変わらずやる気ないのね」
「んなことないですよー、っと」

 ぼりぼりと頭をかきながら、隼人は言う。その口調に、やる気は、感じられない。二人は並んで歩いていくと、もう何度も目にしている、目的の部屋の前にまでたどり着いた。プレートには「支部長室」と刻まれている。
 トントン、と椿がノックする。

「どうぞ」
「玉野椿、入ります」
「高崎隼人、入りますよ~っと」

 ドアを開けると、整理された殺風景な事務室に、高級そうな机に座る、柔和そうな雰囲気の中年が、腕を組み、二人をにこやかな表情で出迎えた。

「こんな朝早くにお呼び立てしてしまって、すみません」
「いえ、問題ありません」
「何の用っすか、霧谷さん」
「隼人!」
「いえ、問題ないです。さて、お二人にはまた、協力していただきたい任務があるのです」

 そう言うと、霧谷は手元にある端末を操作する。すると、壁の一部が開き、巨大なモニターが内側から現れた。霧谷が再び端末を操作すると、モニターに映し出されたのは、どこかの地図。

「ここは……?」
「ここが今回あなた方に向かってもらいたい場所、埼玉県麻帆良市です」

 モニターに新たな映像が映し出される。おそらくこれが麻帆良の町並みなのだろう。次々とモニターは新しい映像を映し出し、最後に一枚の画像を映し出した。麻帆良に現存する建物のようだが、レンガ建ての立派な建物である。

「まず、お二人には、この麻帆良学園に潜入してもらいます」
「その学園に何があるって言うんすか」
「ええ、ここからが本題です」

 霧谷は腕を組みなおし、二人に視線を向ける。

「隼人くんと椿さんには、この学園にいる、魔法使いと接触してもらいます」



 ぽかん、と二人の表情が重なった。一瞬、霧谷が何を言っているのかわからなかった。それほど、彼の口にした言葉は荒唐無稽だった。

「いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ霧谷さん。いくらなんでも魔法使いって、何のギャグですか」
「……正直、私は霧谷さんがそんなジョークを言える人とは思いませんでした」
「まあ、落ち着いてください二人とも」

 隼人たちのつっこみを、霧谷はやんわりと手で制する。再び端末操作すると、そこには閑散とした、麻帆良の市街の風景が映し出された。

「これは、数ヶ月前にわれわれのエージェントが市内に現れたジャームと接触したときの映像です」

 二人がじっと映像を見ていると、映像の物陰から一匹の異形、ジャームが姿を現した。その目には既に理性はなく、ただ、新たな犠牲者を探さんと、周囲をきょろきょろと物色している。

「交戦したエージェントはジャームに呑み込まれてしまいました。これは別の記録係が撮影したものです。問題はこの後です」

 霧谷が映像を早回しすると、市外の奥から、一人の中年男性がふらりと姿を現した。荒い映像なのでよくはわからないが、かろうじて、ポケットに手を突っ込んでいるのがわかる。

「よく見ていてください」

 ジャームは新たな獲物――男性に飛び掛り、異形の顎を開け、一飲みにせんとした。が、次の瞬間、ジャームは何かに殴られたように吹き飛ばされ、無様に地面を転がった。転がったジャームを、男は悠然と見下ろしていた。

「……すごい、いったい何者なの? 今、何をしたのか全然わからなかった……」
「……ハヌマーンか」

 椿も隼人も、その映像に釘付けになる。それほど、映像の男は強かった。

「これ以上の詳細は省きますが、現れた男はジャームを圧倒し、そのまま姿を消しました。私も最初はイリーガルのオーヴァードがジャームを倒したと思っていました。しかし、私はこの後のものを見て驚愕しました」

 霧谷はまた端末を操作すると、今度は何かの棒グラフが現れた。

「これは、記録係が捕らえた、二者のレネゲイド物質の放出量を計測したものです」

 霧谷はポインターを取り出すと、グラフの左、赤い棒を囲む。

「これが、ジャームの放出したレネゲイド物質です。問題はこっち。右が男性のグラフです」

 ポインターをずらし、右のグラフを囲む。そこには、驚愕的な数値が測定されていた。

「……嘘だろ!? 0.0001%未満!?」
「ありえない! ただの人間が、ジャームを圧倒したというんですか!?」
「もちろん私も驚きました。そして早速、この映像を頼りに、男の身辺調査を試みました」
「……何かわかったんですか?」
「ええ。といっても、最低限の情報ですが……」

 モニターには新たな画像が映し出される。そこには眼鏡をかけ無精ひげを生やした中年男性の顔が現れた。

「タカミチ・T・高畑。麻帆良学園中等部で、英語教諭を務めています。そして、彼がいわゆる魔法使いと呼ばれる存在ということに」
「こいつが、さっきの……」
「そうです。そして、彼をきっかけにして、この麻帆良学園に存在する関東魔法協会の存在に、われわれUGNは何とかたどり着くことに成功しました」
「関東魔法協会……」
「はい、驚くべきことに、この麻帆良では複数の魔法使いが確認されているようです」
「全貌は明らかになっていないんですか?」
「われわれの調査で調べられたのは、関東魔法協会の存在と、その会長、近衛近右衛門の管轄によるもの、そして、彼らの最終目標である“立派な魔法使い(マギステル・マギ)”の存在までが限界でした」
「……まぎ?」
「“立派な魔法使い”。彼らは人のために人知れず魔法を行使し、人助けを行う。そのような人物を目指して活動しているようです」
「……随分と立派な理想ですね。実行できるかどうかは別問題ですが」
「その辺はおっしゃるとおりです。ですが、少なくともそれを実現しようと努力しているのは本当のようです。……名目上はね」

 霧谷は苦笑しながらも、モニターを消し、彼らに向き直り、腕を組みなおした。

「お二人はわれわれUGNの最終目標はご存知ですね?」
「えーっと、……何でしたっけ?」
「オーヴァードを世界に認めさせ、受け入れさせること。それがUGNの最終目標です」
「そのとおりです椿さん。ですが、そこにたどり着くにはどうしても困難な要素がある」
「……ジャーム化、ですね?」
「そうです」

 霧谷は暗い表情をしながら組んだ腕に顔をうずめた。

「……既にお二人はご存知だと思いますが、われわれが極秘裏に進めていたプロジェクト・アダムカドモンはもともとはジャーム化したオーヴァードを治療するために行われた研究、でした」
「………………はい」

 隼人は苦い顔を隠そうとしなかった。彼はその当事者の一人であり、プロジェクトそのものを壊滅させた張本人なのだから。椿もそれを察して、終始無言を貫いていた。

「ですが、研究は失敗し、歪んでしまった。ですが、ジャームを元に戻すという野心を私はまだ捨てたつもりはありません」
「!?」
「どういうことですか、霧谷さん!? まさか、またプロジェクト・アダムカドモンを繰り返そうってんじゃないでしょうね!?」

 霧谷の言い草に隼人は激昂した。

「落ち着いてください隼人くん、私もそのようなつもりは毛頭ありません。ですが、私はこうも思うのです、もしも、私たちとは違う力を持った人間が、ジャームを元に戻す方法を探れば、何か違うアプローチができるのではないか、と」
「それって……」
「まさか……」

 二人の予感に、霧谷はこくりと頷いた。

「そうです。もしもわれわれオーヴァードに、魔法使いが味方してくれれば。それはとても心強いと思いませんか?」



 しん、と今度こそ二人は黙り込んでしまった。

「実は、既に私は近衛翁とコンタクトを取ることに成功しました」

 静まり返った二人をよそに、霧谷は言葉を続けた。

「最初は私の言葉に半信半疑の様子でしたが、交渉の結果、何とか次の交渉の機会を得ることには成功しました。しかし、彼は次の条件を突きつけてきました。『信頼できる部下の中で、実力のあるものをつれてきて欲しい。できれば長期間拘束できる人間を』と」
「しかし、私たちは……」
「分かっています。しかし、それ相応の実力を持っていて、かつ信頼できる人間をほかに思いつきませんでした」
「……うげー」
「椿さんは本来、チルドレンの教官を務める立場です。このような任務をお任せするのは間違いなのですが……」
「いえ、問題ありません。チルドレン教育の引継ぎは、信頼のおける人間にして、そちらの任務を優先的に引き受けたいと思います」
「ありがとうございます」

 椿の返答に、霧谷は満足げに頷いた。そこに、隼人の挙手が上がる。

「しつもーん。麻帆良にはUGNの支部ってないんすか?」
「残念ながら、麻帆良には支部を用意していません。一応、こちらに所属しているイリーガルのエージェントが何名か確認されているという程度です」
「げー……」
「私たちの目的は何でしょうか?」
「おっと、話がそれてしまうところでした。お二人の目的はひとつ。近衛翁と交渉し、UGNとの協力を取り付けることです。期間は無期限。なんとしてもこちらに協力していただくよう、要請をお願いします。場合によっては現地で別の任務を任せる場合があるかもしれませんが、そのときはそちらを優先してください」
「うげ、仕事増えるのかよ……」

 霧谷の話した目的に、隼人は舌を出して露骨な嫌悪を表した。

「ほかに質問事項は?」
「魔法使いと接触した場合、こちらの事情は明かすべきでしょうか?」
「あちらが事情を明かした場合のみ、特例で許可します」
「魔法使いってやつと戦う場合、エフェクトの使用はありっすかー?」
「こちらも特例で許可します。ただし、こちら側から交戦を仕掛けるのは禁止とします」
「了解」
「りょーかい」
「ほかには?」
「ありません」
「ないっす」

 隼人と椿は首を振る。

「では、関東魔法協会の交渉人の任務、よろしくお願いします」
「玉野椿、了解しました」
「高崎隼人、りょーかいっす」



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン01
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:5fbb8a9e
Date: 2009/09/30 12:41
 10月の麻帆良学園中等部。
 2-Aの生徒たちは、朝倉和美の持ち込んだ噂で持ちきりだった。
 曰く、今月に2人、新任の先生が来るらしい。しかも、2人ともかなり年も近いらしい。
 刺激に餓えていた2-Aは一気に色めきたった。いつから、どんな人、性別、さまざまな憶測が流れたが朝の話題にするには十分すぎるニュースだった。
 だが、そんな中、

(くっだんねー…… 今どき新任の先生が来るってだけで、なんでこんなに盛り上がれんだか……)

 長谷川千雨の伊達眼鏡の下に隠れた瞳はとても冷めていた。
 いつも思う。どうしてこのクラスって、こうもやかましいのか。
 目だけを動かしてクラスを見渡す。中学生とは思えないほど発達した体つきの、褐色の肌の生徒。小学生かと間違えてしまいそうな、ちっこい双子。無口な留学生。果てにはロボット。おかしい。どう考えてもおかしい。どうして自分はこのクラスになってしまったんだろうとつくづく思うが、理不尽な運命と言うものは覆らない。千雨の不満は、日に日に増していった。

「ほら、席に着きなさい。出席を取る」

 担任のタカミチが入ってくる。めいめいの席に着席し、本来ならば、出席を呼ばれるの待つのが通例ではあるが、出席を取る直前、眼鏡の少女、早乙女ハルナが勢いよく挙手した。

「高畑せんせー! 今度来る新任の先生の話、聞いてますかー!?」
「うん、聞いているよ。新任の先生は、男女一組ずつ。臨時の担任なので、期限は不定。それから、一人はうちの副担任を勤めることになると思うよ」
「「「キャーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」」」

 タカミチの返答に、いっせいに喜びの悲鳴を上げる生徒たち。その様子を苦笑気味に見守るタカミチだったが、収拾がつきそうにないと見ると、パンパンと手をたたいて静粛にする。

「静かに。こっちに到着するのは今から2日後と聞いている。何事もなければ、もうすぐ君たちにお披露目できそうだ」
「先生、若い人!? 年は!?」
「うーん、そこまでは知らないな。でも、今はとりあえずこの話題はここまでにしようか。出席を取るから静かに頼むよ」

 宣言と同時に、タカミチは名簿を開き、1番から順番に読み上げていった。
 憂鬱な時間の始まりだった。



 つつがなくすべての授業は終わり、放課後となる。部活に精を出す者もいれば、親しい友人と楽しいひと時を過ごす、そんな者もいる。だが、自分はあくまでそれらの傍観者に過ぎない。千雨はそれを強く自覚していた。
 ため息ひとつをついて、千雨はかばんを抱え、教室を後にする。さっさと自分の寮に戻って、ブログを更新しよう、そう思って、足早に麻帆良の街を通り過ぎていく。それはいつもどおりのこと。そのはずだった。





 だが。
 彼女の“日常”の終わりは、もうすぐそこまで来ていることに、まだ彼女は気づかなかった。





 人通りの多い市街地を通り抜け、桜通りを歩く千雨。だが、さっきからその足取りは、何かから逃れようと早足気味である。千雨は、さっきからずっと、ある違和感を感じていた。その違和感が、学校を離れれば離れるほど強くなっていく。

(なんで……)

 疑問がよぎる。
 だが、それを認めてしまうと、余りにも怖かった。

(なんでだよ……)

 不安が、腹のそこに、澱みのように募っていく。

(なんで、さっきから誰にもすれ違わないんだよ……!!)

 そう、学校を出て、市街地に入ってから、どういうことか、彼女は人にすれ違った記憶がなかった。放課後の、にぎわう人通りが、しんと静まり返った様子は彼女に、ある種の恐怖を抱かせた。一人異世界に紛れ込んでしまったかのような錯覚が、孤独感と、恐怖を膨らませていく。
 一刻も早く寮に戻ろう、そうすればきっと元通りだろ。千雨はそんな淡い期待を抱き、全力で駆け出した。この異常な場所を早く立ち去りたいと言う一心で。桜通りを通り過ぎようとしたそのとき。
 千雨の前にひとつの人影が立っていた。
 それは見れば男性のようだが、それが千雨の行く手をさえぎるようにぽつんと、立ちふさがっていた。

「…………うわ」

 千雨はその人影をよく観察し、露骨な嫌悪感を露にした。
 その人影は、でっぷりと横に広がり、伸ばした髪は不潔そうに光沢を失い、無精ひげを生やしたニキビ顔。こう、いかにも、その道の人と一目で分かりそうなその外見は、千雨の目には耐え切れなかった。
 だが、問題はそこではない。瞳を見れば、その目の奥に映っているのは、明らかに自分だと言うことだ。正直勘弁してくれ、心の底から千雨は思った。
 見なかったことにして通り過ぎようとしたとき、男からねっとりとした声がかけられた。

「あ…… 会いたかったよ…… ちうちゃん」
(げ…… こいつ、ネットでのあたしのファンかよ……)

 引いた。
 千雨にはひとつの顔がある。ネットアイドルちう。ちょっとしたWEBの有名人である。だが、それを知っているのはクラスでは誰もいない。セキュリティは完璧だったはずなのに、どうしてこんな奴に情報が漏れたのだか。千雨は舌打ちした。

「な、なんの…… 用ですか……」

 努めて普通に、声をかける。このタイプは刺激したらやばいと本能が告げていた。

「う、嬉しいなあ…… ちうちゃんに話しかけられちゃった……」
(冗談じゃねーよ! てめーみてーな奴とほんとは口なんか聞きたくねーんだよ! さっさとどっか行けよ!)

 心の中で罵る。
 男は、じりじりと、千雨に近寄ってきている。その様子に気づいた千雨は、後ろに後ずさる。

「ち、ちうちゃん…… ぼ、僕のお願い…… 聞いてくれる……?」
「な、何……?」
「僕と…… ひとつになろう?」
「…………え?」

 脳が凍った。こいつは何を言った?

「僕は君が大好きなんだよ…… だから…… 僕とひとつになろう?」

 返事はしなかった。その代わりに、何も言わずに千雨はすばやく背を向けて男から逃げ出した。

(なんだあいつ!? やべーよ!)

 無我夢中で遠ざかる千雨。
 だが。
 突如、何者かに足をつかまれ、顔面から無様に転倒する。その衝撃でめがねがひしゃげる。無人の街で、いったい誰が、と足首を見る。
 すっと、血の気が引いた。
 足首をつかんでいるの人の手。だが、その腕が異様なまでに長い。と言うより、蛇のようにくねっている。

「ひいっ」

 小さく悲鳴を上げる。落ち着け、こんなものはきっとできるの悪い作り物に違いないんだ。だが、この手から感じる生暖かさは何だ?

「ひどいよ、ちうちゃん…… 何で逃げるの?」

 あの声がした。くねった腕から視線を延ばしていくと、あの男に行き着いた。その片腕が異様に伸び、千雨の足をつかんでいる。
 すっと、血の気が引いた。

「う、うわああああああああああああぁぁぁぁっ!! なんだてめー! 化け物かよ! 来るな! こっち来るな!!」

 腕を振り回し、パニックになりながらも、つかんだ手首を振りほどこうと、無事な足で捕まえている手首を蹴ろうと懸命になるも、無理な体勢が原因で、たいした効果はない。

「く……っそ、離せ! 離せよ!」

 だが、何度やっても効果がないどころか、ずるずると男の下に引き寄せられていく。千雨は、慌てて、自分のかばんの中にあるシャーペンを取り出す。そして、片腕を振り上げると、一気にそれを振り男の手に突き立てた。

「ぎゃっ」

 悲鳴を上げ、男の手の拘束が緩んだ。今のうちだ。千雨は全速力で逃げ出した。
 だが。
 ぐっと、首に圧迫感を感じる。ぎりり、と首が絞まる。

「ひどいよちうちゃん、どうしてこんなことするの……?」

 男のナメクジのような声が千雨に耳朶に響くが、首の圧迫感は、緩むどころかさらに絞め上げを強化してくる。

「や、やめ…… くる、し……」

 千雨の懇願がうめきとともに漏れるが、男の耳には届いていない。
 ぎりぎりと首が絞まる。千雨は残された力で、男の手に爪を立てるも、まるで堪える様子はない。
 すう、と目の前が暗くなる。
 力が抜ける。
 この力が抜け切ったとき、自分は死ぬんだな、と千雨は実感した。

 そして。

 ごきりと、骨の砕けるいやな音が耳で鳴った。



 動かなくなった千雨を、男はじっと見下ろしていた。その表情は恍惚とした表情を浮かべている。
 ついに、憧れのちうちゃんを手に入れた。満足感でいっぱいになる。男はゆっくりと千雨の死体に手を伸ばしたとき。
 びしりと、足元に何かが突き刺さる。

「その人から、離れなさい!!」

 男はびくりと体を震わした。声の主はきっと、自分と同じだ。どうして自分の邪魔をするのか分からないが、男は痛いのは嫌だ。すばやく身を翻す。千雨の身体は、今は惜しいが、後で必ず手に入れて見せると決意して。男は跳躍し、桜の木を伝いながら、突如現れた人影の手を逃れた。



 現れた人影は、そっと千雨の遺体を見下ろした。
 もう少し早く着ていれば、彼女は死ぬことはなかっただろうに。
 そんな後悔が頭をよぎる。
 ぎゅっと目をつぶり、後悔を嚥下する。この手の後悔は何度も味わってきた。
 もっと、早く気がつけば。そのたびに自分はこうして、犠牲となった人たちを弔ってきた。
 だが、今日のことは特別堪える。自然と目から涙がにじんできた。涙に気がつき、ぐいっと、袖で涙をぬぐう。
 直後、違和感に気づいた。

「……?」

 気のせいだろうか。千雨の胸が動いた気がした。首の骨が折れているはずだ。ほぼ即死のはずなのに、どうして息がある?
 そっと、胸に手を当ててみる。ぎょっとした。

「心臓が…… 動いている……」

 見れば、あらぬ方向に折れ曲がった千雨の首が、徐々に正常な状態を取り戻し、彼女は気を失っているものの、自発的に呼吸も始めている。

「蘇生した……? これ、は……」

 その現象に、心当たりがあった。

「なって、しまったんですね…… オーヴァードに……」



あとがき

 はじめまして。二度目の投稿となります。
 ご感想にあった、ダブルクロスの世界観が分かりづらいと言うお話だったんですが……
 ごめんなさい!
 展開上、どうシミュレーションしても、もっと後になってしまいそうで……
 できれば、その時が来るまでじっと見守っていただけないでしょうか?
 では、ご感想お待ちしています。



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン02
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:5fbb8a9e
Date: 2010/01/06 15:22
 綾瀬夕映は嘘吐きである。
 今までもずっと嘘を吐いてきたし、これからも吐き続けるつもりだ。
 だが、彼女はそのことに後悔はない。
 するとすればその嘘が見破られたときくらいのものだ。



「ゆえ、今日も図書館島に行かない?」

 宮崎のどかは、前髪の下に隠した瞳から、じっと夕映の顔を見つめてたずねてきた。

「……そうですね、いいですよ、行くです」
「よかった、今日は一人だったから、心細かったの」

 ほっと、のどかは安堵のため息を吐いた。よほど一人で図書館島へ行くのが心細かったらしい。まあ、その理屈は分からないでもない。完全な迷宮と化したあの図書館島を一人で行くのは恐ろしすぎる。それに、今日はどの道、暇だったのだ。親友とともに過ごすのも悪くない。

「じゃあ、放課後、一緒に図書館島だね」
「はいです」

 夕映がこくりとうなずいたとき。
 朝倉和美が興奮した表情をしながら、教室に飛び込んできた。

「みんなー! ニュースニュース! 今度、うちに新任の先生が二人入ってくるんだってさー! しかも結構若いらしいよ!」
「「「エーーーーーーーーーーーーーーーー!!?」」」

 和美の情報に、噂好きの生徒たちがいっせいに食いつく。日々刺激を求めている生徒に、新しい教師の噂は、これ以上ない話題だった。

「どんな人!? 男!? 女!?」
「幾つぐらいなの!?」
「いつごろにうちに来る予定!?」

 その集まりがそろそろ収拾がつかなくなってきた。そこに、クラス委員長の雪平あやかが、怒りの形相で立ち上がった。

「あなたたち、もう少し静かになさいませんか!? そろそろ先生の来る時間ですのよ!?」
「えー、でもさーいいんちょ、新しい先生のこと、気にならない?」
「それは少しは気になりますが…… だからと言って、騒ぎすぎです!」
「お堅いなあ、いいんちょ。こーゆーのはさ、お祭りみたいなもんなんだから、ちょっとくらい賑やかなくらいがちょうどいいじゃん?」
「限度がありますわ!」

 やがて、あやか対和美プラス新任教師の話が気になる組の口論となり、ますます収拾がつかなくなる中、のどかと夕映は、マイペースで噂の話題を持ち出した。

「新しい先生かー。どんな人だろうね?」
「どうでもいいです」

 夕映は、飲みかけのパックジュースのストローを口にくわえた。パッケージには、「抹茶ピーチ」と言う怪しげな商品名が描かれていた。

「ほら、席に着きなさい。出席を取る」

 夕映がジュースを飲み終えるのと同時に、担任のタカミチが教室に入ってきた。夕映は小さくため息を吐く。
 今日も退屈な授業の始まりだった。



 授業中、ずっと夕映は眠そうな目をいっそう眠たげにしながら授業を聞いていた。と言うより、授業の内容なぞ、いちいち頭に入れていないし、必要もなかった。
 その気になれば、その程度のことなどいくらでも夕映は情報を引き出すことができるからだ。それでも授業を受けているのは、惰性と言うのもあるが、何より親友ののどかを困らせるような真似だけはしたくない、それが大きなウェイトを占めていた。
 ちら、と横目でのどかを見る。それに気がついたのか、のどかは小さく手を振り、黒板を指差した。授業に集中しろ、と言いたいらしい。苦笑を返し、夕映は退屈な先生の話に耳を傾けた。



 授業がようやく終わった。凝った身体を、伸びをしてほぐす。

「お疲れ様、ゆえ」
「お疲れ様です」
「私はもう図書館島に行く準備はできてるけど、ゆえっちは?」
「わたしも大丈夫ですよ。一緒に行きましょうか」
「うん」

 夕映とのどかは並んで教室を後にする。夕映にはやはり、のどかの隣にいられることが、何よりも心地よい。心なし、頬が緩む。人のにぎわう市街を抜け、図書館島へと通じる道を、他愛無いおしゃべりを交えながら、ゆっくりと歩いていく。ここまでは、普段の女学生としての綾瀬夕映の顔であった。





 だが、その時間は唐突に終わりを告げることになる。





 ぴくりと、夕映の身体の中の何かが震えた。
 またか。
 心の中で夕映はため息を吐く。それを気取られぬよう、努めて普通の顔で、夕映はのどかに話しかけた。

「ごめんなさいですのどか。忘れ物をしたみたいですので、先に図書館島で待っててくれませんか?」
「えっ、ほんと? うーん、そういうことなら仕方ないけど、早く来てね?」
「ええ、大丈夫です。すぐにそっちに行きますよ」

 ああ、また自分は嘘を吐いた。ちくりと、夕映の良心が痛んだ。親友の純粋な瞳を、夕映は正視できそうになかった。くるりと背を向け、もと来た道を戻る。一瞬だけ振り向いて、手を振る。心配するな、と言わんばかりに。もう一度背を向けると、もうそこには、女子中学生の綾瀬夕映の顔はなかった。だっ、と駆け出す。さっきまでにぎわっていた市街が、嘘のようにしんと静まり返る。その現象に、夕映は心当たりがあった。

(やはり、《ワーディング》……! どこかに、いる……!!)

 夕映はポケットから、ボールペンを取り出し、それを回転させながら、宙に放り投げる。放り投げられたボールペンは回転を加速させ、その回転の領域は、常識のそれを大きく逸し始める。やがて、ボールペンはひとつの漆黒の球体へと変化し夕映の周囲を旋回しだした。生み出された漆黒の球体は、夕映に第3の感覚を与えてくれる。夕映は、全身で、周囲の状況を捉える。重力の偏差を把握し、瞬時に目的のものを探り当てる。そして、夕映の見えない目が、ひとつの事象を捉えた。

(…………南南東に約5キロ。桜通り。人間大の物体二つが動いている。生物、人間と判断。物体Aが物体Bから距離を取り出した。一般人と推測。状況、最悪!)

 夕映は目を開いて、即座に桜通りまで駆け出す。だが、普通に行ったのでは、明らかに間に合いそうにない。ならば方法はひとつ。自分のもてる最短ルートを経由して現場にたどり着く!
 夕映はパチンと指を鳴らすと、夕映を取り囲む漆黒の球体が、ぎゅんぎゅんと激しく旋回を始める。そして、夕映の身体が、重力の枷から開放され、ふわりと宙に浮かんだ。そのまま、空へと舞い上がる。

(……間に合って!)

 夕映は小さく願い、空を飛んだ。



 だが、その願いがかなうことはなかった。
 たどり着いた夕映が見たものは、首をありえない方向に曲げた死体と、まさに死体をどうにかせんとする、見たこともない男の姿だった。

「その人から離れなさい!!」

 夕映は叫び、指を鳴らす。球体から、小さな無数の黒の球体が生まれ、それが、つぶてとなって、男に投げ出された。男には命中こそしなかったもの、威嚇にはなったようで、男は桜を伝って、逃走を計る。追跡も考えたが、相手の力量が不明な状態での深追いは、かえって危険と判断し、追跡を断念する。ため息ひとつ吐いて、夕映は死体に駆け寄った。そして、ぎょっとする。その制服と顔には、見覚えがあった。

「長谷川、さん……」

 軽い絶望感が頭を揺らした。夕映たちの世界に、クラスメートが巻き込まれ、死に至る。いつかはこんな日が来るかもしれないとは思っていたが、覚悟しているのと、実際に起こるのとではまったく趣が違うのだと言うことを、身を持って思い知った。
 もっと、自分が早く気がついていれば、もっと自分が早く着いていれば、そんな取り留めない後悔が頭をよぎるが、覆水盆に返らず、だ。
 悲しみと後悔を飲み込んで、そっと、かっと見開かれた目だけでも閉じようと、そっと千雨の死体に手を伸ばした。
 と。

「…………?」

 一瞬、千雨の胸が動いた気がした。そんな馬鹿な、と思い、そっと耳を千雨の胸に当てた。心音。

「…………!」

 ばっと、顔を上げる。その顔には驚愕の表情が張り付いていた。見る見るうちに千雨の身体が、正常な人間のそれを取り戻していく。まだ意識こそないが、首は元通りになり、自発呼吸も開始される。
 長谷川千雨は蘇生した。

「蘇生、した…… これ、は……」

 夕映は確信した。そして、少しの安堵と、それ以上の悲しみをもって呟いた。

「なって、しまったんですね…… オーヴァードに……」



 千雨をそっと寮に運び込んで、夕映は、何事もなかったかのようにのどかと合流した。

「のどか、お待たせしました」
「遅いよ、ゆえ~。忘れ物、見つかった?」
「はい、ごめんなさい、遅くなって」
「ううん、忘れ物が見つかったなら何よりだよ。じゃ、今日も図書館探索、がんばろう?」
「はいです」

 夕映は笑顔でうなずいた。その笑顔の裏にはあの千雨の姿が、脳内にこびりついていた。そして、自然とその姿に、のどかの姿をダブらせ、慌てて首を振る。
 のどかだけはわたしたちの世界に巻き込ませてはいけない。あの子は何も知らずに笑っていて欲しい。夕映はそう強く願う。
 それがどんなにはかない夢だったとしても、それだけが彼女を“日常”へと繋ぎ止めてくれるのだ。



あとがき
 気がつくと、感想がもらえてなんとも嬉しい限りです。
 と言うわけで、麻帆良サイドのオーヴァードがもう一人増えたわけですが、いかがでしょうか?
 ある程度描写でシンドロームが分かるように心がけていますが、それでもなかなか100%伝えきれるかどうか……
 ちなみにゆえっち、割と強めです。
 麻帆良サイドのシンドロームは、割と筆者のイメージ重視でいくつもりではあります。もしかしたら、イメージを損なう場合がありますが、それはご容赦ください。
 ではまたご感想頂けたら嬉しいです。

追伸
 こんなSSを書いていると、ついついネギまキャラの関係を脳内でロイスで表現したくなりますw
 あやかだったら、ネギに対して傾倒/偏愛とか、刹那なら、木乃香に尽力/恐怖みたいな、ねw



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン03
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:5fbb8a9e
Date: 2010/01/20 19:47
 朝の麻帆良学園中央駅は、今日も登校者で賑わい、今日の予定や授業のことで盛り上がる生徒たちであふれかえっていた。そんな中、明らかにふたつの影だけが、妙に浮いていた。見慣れぬ顔と言うのもあるが、何よりピシッとしたスーツ姿をしてはいるが、年は若々しく、しかし纏う雰囲気が、成熟した大人のそれだったからだ。

「ったく、やっぱネクタイってのは、性に合わねえな」

 隼人は首に巻かれたネクタイを早速緩めた。

「みっともないからやめなさい、隼人」

 対して、椿はスーツをきっちりと着こなし、威厳をかもし出している。
 霧谷から、今日から二人は麻帆良学園中等部の副担任として潜入するように命じられている。駅の出入り口に迎えが来ているとの連絡は受けているが、さすがに迎えの顔までは二人は知らされていない。改札を抜け、出入り口で待機する二人に、背中から声がかけられた。

「失礼。高崎隼人君と、玉野椿さんかな?」

 振り返った二人は一瞬ぎょっとする。その顔には見覚えがあった。映像の中で、ジャームを圧倒した男。当たり前だが、写真と寸分たがわぬ顔立ちであるが、その表情は、写真のように無表情ではなく、二人を歓迎するように、温和な表情を浮かべている。

「はじめまして。僕は君たちの先輩に当たるタカミチ・T・高畑。これからよろしく」
「ど、どうも、高崎隼人です……」
(こいつが…… 魔法使いの一人か……)
「玉野椿です、よろしく……」
(まさかいきなりコンタクトが取れるとは思わなかったわ……)

 タカミチは、二人に握手を求める。握り返すと、タカミチはにこりと微笑んだ。

「学校まで案内するよ。付いてきてくれ」

 そう言うと、タカミチは二人の前を歩き出す。それに倣い、隼人たちは、タカミチの両隣に並び、歩幅を合わせた。道すがら、タカミチは何人もの生徒に挨拶される。タカミチは、とてもいい笑顔でそれに応えた。

「二人は、学生時代はどんなことを?」

 突然、そんなことをたずねられる。

「は? まあ、適当に……」
(ほとんど任務ばっかで、学生を楽しんだことなんて、なかったけどな)
「私は特に印象に……」
「それは悲しいな。学生時代なんてほんのわずかな時間しかない。君たちはもっと青春を謳歌してもよかったんじゃないかな?」

 タカミチは悲しげな表情を見せた。彼は二人の実情を、明らかに理解していない。UGNチルドレン。彼らはそのほとんどの時間を、非日常の時間に割いているのだ。普通の学園生活を謳歌する暇などほとんどない。

「いえ、俺はそれでもよかったと思います。後悔はないです」
「私もです。たぶん理解は得られないと思いますが」

 それでも二人の答えに迷いはない。それを感じたタカミチは苦笑する。

「それはすまなかった。馬鹿なことを聞いたね」
「いえ、平気です」
「気にしないで結構です。高畑先生」
「そうかい?」
「高畑せんせー!! おはようございまーす!」
「おはようさん~」

 突然背後から元気のいい女子の声と、のんびりした女子の声が聞こえる。隼人が振り返ると、ツインテールとオッドアイが特徴的な中学生くらいの女の子と、その横に立つ長い黒髪の女子が、ニコニコした表情を浮かべていた。

「やあ、アスナくん、木乃香くん、おはよう」
「なあなあ、高畑せんせー、その隣にいる人、誰なん?」
「ああ、紹介するよ。高崎隼人先生と玉野椿先生。今日からこの学校に赴任してきたばかりの新任教師だよ」
「ふーん……」

 明日菜は余り興味なさそうに二人を見ていたが、木乃香は逆に二人に興味を示したらしく、積極的に二人に握手を求めた。

「よろしゅうな、先生。うちは近衛木乃香。中等部の2年生や~」
「ああ、よろしく。高崎隼人だ」
「玉野椿よ。よろしく、近衛さん」
(……ん? 近衛? ……どっかで聞いたような)

 隼人は近衛の名前に引っかかりを感じるが、気のせいと思い、スルーする。木乃香に倣って、明日菜も頭を下げた。

「神楽坂明日菜です。こっちの木乃香とは親友で同級生。よろしく、先生」
「ああ、よろしくな」
「よろしく。神楽坂さん」
「二人とも、早くしないと遅刻するよ。急いだほうがいい」
「っと、いっけない! 木乃香、いそご!」
「せんせー、また後でな~」

 明日菜は三人を振り返りもせず、木乃香はにこやかに手を振って、駆け出した。

「二人とも、気をつけろよ~」

 その背中に、タカミチは注意を投げかけ、再び歩き始めた。隼人たちもそれについていく。歩いていくうちに、通りを歩く生徒たちの様相が少しずつ変わっていくことに、隼人は気がついた。中学生くらいの背格好に、明らかに女子の比率が上がっていく。というか同じ方向を走っていく生徒たちは、全員女子ばかりである。なんだか嫌な予感がした。

「高畑先生、ひょっとして、この学校って……」
「ああ、君は聞いてないのかい? うちは女子校だよ?」
(マジかよ……!?)

 隼人は心の中で頭を抱えた。まさか女子校に潜入することになろうとは思ってもいなかったので、その発言は寝耳に水だった。隼人と椿の身分としては教師だが、実際の年齢は19である。年の近い女子に興味がないと言えば嘘になる。

「隼人」
「なんだよ」
「変な気を起こさないでね?」
「起こすか!」

 そんな様子を知ってか、椿は割と笑えない軽口をたたく。隼人はそれに、顔を赤くし、むきになって怒鳴り返した。

「はは、仲がいいんだね。二人は」
「そうでもないです。いつもやる気がなくて困ってます」
「いっつも小言がうるさくて敵いません」
「ははは、やっぱり仲がいいね」

 タカミチはそんな二人のやり取りを見て笑った。複雑な顔を浮かべる二人に、タカミチは顎をしゃくって、見えてきた建物を指した。

「よく見たまえ、あれがこれから君たちが通う麻帆良学園女子中等部だ」



 教室に入ってから、いや、朝、目が覚めてから千雨はずっと浮かない顔をしていた。
 今朝から、もっと正確には昨日からおかしなことばかり起こる。点けた覚えのない電気やパソコンがひとりでに点いていたり、普段気にも留めていなかった遠くの音が気になったり、妙に野良猫に懐かれたり。
 だが極め付きはやはり、昨日の出来事だ。目覚めたらいつの間にか寮にいたのはまだいい。だが問題はそこではない。昨日の帰り、自分に何が起こったのか、なぜかはっきりと思い出せないのだ。それがなんとも気味が悪い。誰に聞いても自分の身に、何が起こったのか知らないと言う。それに、千雨は自分の眼鏡が、妙に真新しくなっているように錯覚する。そんなはずはないのに。

「長谷川さん、どうしたの? なんか怖いよ?」
「……いや、なんでも」

 声が上ずる。のどに骨が引っかかったようななんともいえない歯がゆい感覚が、ずっと千雨の腹の底を苛んでいた。
 そんな千雨の様子を、じっとひとつの視線が向けられていることに、千雨は気づかなかった。というより、そんなことに気づけるほど、心の余裕もなかったのだが。



 大丈夫。まだ彼女は何も気づいていない。夕映はほっとした。まだ彼女は今までどおりに生きていられる。だが、それも薄氷のごときものであろう。もし、彼女が自分のことに気がついたら、自分はどうするか。ずっと、夕映は考えていた。

「ゆえ、ゆえ~」
「はっ」
「どしたんゆえっち。ずーっとのどかが呼んでるのに気づかないで。さては昨日、夜更かしでもした?」

 心配そうなのどかと、その脇に立つハルナが意地悪な笑みを浮かべている。どうやらよほど考えに没頭していたらしい。ごまかすように笑い、いつもどおりに話しかける。

「まあ、そんなところです。昨日は面白い本も見つかりましたし、ご満悦でしたので、つい深夜まで読みふけってしまいました」
「ふーん。そんなに面白いんだ。今やってる原稿、入稿したら、今度読ませてもらってもいい?」
「はい、お勧めです」

 オーケー、大丈夫。今日もわたしは嘘が吐ける。夕映は今日もすべてに嘘を吐く。



 タカミチに案内された学長室。
 そこで見た老人は、余りにも異質だった。妙に伸びた異形とも取れる頭の形。一瞬ジャームかとも思ったが、伸びた眉の下にのぞく目からは、年相応の深い理性を感じ取れた。

「ふぉふぉふぉ、初めてお会いするのう。わしがこの学園の園長を勤める近衛近右衛門じゃよ」
(この老人が…… 関東魔法協会の会長…… 確かに年にふさわしくない覇気を感じさせる……)
(てゆーか、その頭、ほんとに人間かよ)

 もっとも、感じている感想はお互いまったく違っていた。

「ふぉふぉふぉ、何、そんなに緊張せんでもよい。楽にしなさい」
「二人とも、そんなに身構えなくていいよ。楽にしていい」

 タカミチもリラックスするよう、手で制した。

「さて…… お主たちが、霧谷君の使い、ということでいいんじゃな?」
「はい…… とりあえず、こちらに、われわれからの要望書を預かっています」
「受け取ろう」

 椿はバッグから、要望書を取り出し、丁寧にそれを差し渡す。近右衛門はそれを素直に受け取り、じっと内容に目を通す。タカミチは、その内容が気になるようで、ずっと近右衛門から目を離せなかった。

「……学園長。なんと?」
「……ふむ、まずはひとつ、UGN麻帆良支部の設立の許可を求めてきおった」
「……なるほど」
「ふたつ目にUGNの研究に協力。研究対象はジャーム化したオーヴァードの治療方法、オーヴァードの力を抑制する方法、そしてオーヴァードを治療する方法についての協力、じゃな」
「ふむ……」
「最後に三つ目、UGNと関東魔法協会の共闘、以上3項目がUGNの要望じゃ」
「……ご決断、願えますか」

 椿は近右衛門の目をまっすぐに捉える。こういうときに目をはずしてはならない。

「すまんが今すぐに結論は出せん。われらもこの内容については、しばらく吟味させてもらおう」
「分かりました。よい返事を期待しています」
「うむ。 ……さて、話題は変えるが、これから君たちはわしらの学園で教師を務めてもらうことになる」
「はい」
「……はい」

 返事をした二人の表情は対照的だった。椿は真面目な目で、隼人は面倒くさそうに頭をかきながら。

「玉野君と高崎君には、高畑君と同じ2-Aの副担任として高畑君の下についてもらうぞい。担当科目は、玉野君は体育、高崎君は英語。分からないことがあったら遠慮なく高畑君に聞くといい」
「よろしく、二人とも」
「はい。では、よろしくお願いします。高畑先生」
「よろしく」
「ふぉふぉ、今日のところは通達は以上じゃ。さ、生徒たちにお主らのお披露目と行こうではないか」

 近右衛門は、そうにこやかに告げた。



 2-Aの教室は、朝からざわついていた。今日、赴任してくる先生二人の情報は、明日菜と木乃香の二人からもたされていた。担任のタカミチが遅れてきていることから、おそらく副担任としてうちのクラスに来るのではないか、と言う可能性がにわかに現実味を帯びてきた。教室の出入り口には、既に鳴滝風香によって、歓迎の悪戯が仕掛けられている。
 そんなことも知らず、隼人と椿は、タカミチから教室への道すがら、教師としての心得を教え込まれていた。

「とりあえず、二人には、うちのクラスだけを受け持ってもらいたい。名簿を渡すから、ちゃんと目を通しておいて欲しい」
「りょーかい」
「了解です」
「さて、話しているうちに、見えてきたね。あれが2-Aの教室だよ」

 タカミチは教室のひとつを指差す。
 見れば確かに、プレートには「2-A」と刻まれていた。ここが二人の新しい居場所。隼人はタカミチに先導され、教室のドアを開けようとしたそのとき、

「隼人」

 突然、椿に後ろから襟首をつかまれて、引き戻された。

「何すんだよ、椿!」
「上」
「……上?」

 見れば、先ほど風香が仕掛けた黒板けしが挟められていた。椿が引き止めなければ、早との頭に命中していたに違いない。

「……ガキの悪戯かよ」
「ははは、手厳しい歓迎だね。また、鳴滝君たちの仕業かな」
「後でみっちりお仕置きだな」
「よしなさい。子供の悪戯程度に目くじらを立てて、どうするの」
「へーへー」

 ポリポリと頭をかきながら、一歩身を引いて、ドアを開ける。落下した黒板けしは、見事隼人の手中に収まった。

「ちー、気づかれた!」

 風香は、指をパチンと鳴らして悔しがる。

「あはは、風香の悪戯は通じなかったね」
「なんの、まだまだ…… トラップはひとつだけじゃない!」

 風香はにやりと笑みを浮かべる。隼人はその様子に気づくことなく、無雑作に教室に入ろうとしたところ、またしても椿によって引き戻された。

「椿! 何だよいい加減に……!」
「下」
「はあ?」

 椿の言うとおりに下を見る。そこにはぴんと張られたロープが、隼人の足元すれすれに張られ、ご丁寧に転倒するであろうポイントには、水の入ったバケツまで用意されていた。

「こ、ここまでやるのか最近のガキは……!」
「まあ、このくらい序の口だよ。鳴滝姉妹の悪戯には、僕も手を焼いていてね」
「……いっぺん、説教してやらんと気が済まん」
「はいはい、隼人。後がつかえているんだから、さっさと教室に入って」

 椿に促され、隼人はロープをうまく避け、バケツを回収する。その後に続いて椿も教室に、最後にタカミチが入ってくる。

「こ、この僕の必殺の2段トラップが破られるなんて……」
「お、お姉ちゃん……」
「つ、次がある。次こそは……」

 風香はしょげるどころか、ますます闘志を燃やして、次の悪戯の計画を練り始めた。だが、それより先にタカミチの手鳴らしが響く。

「静かに。今日はみんなに新しい先生を紹介する」

 静かになった教室に、かつかつと、チョークの音が響き渡る。黒板にはでかでかと「高崎隼人」と「玉野椿」の名前が刻まれた。

「今日からこの学校に赴任することになった玉野椿先生と高崎隼人先生だ。二人とも、今日から副担任として、僕の下に就くことになった」
「「「キャーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」」」

 ひときわ大きな歓声が、教室を揺らす。その音量には、さすがの二人も軽くひるんだ。そして、矢継ぎ早に繰り出される質問の嵐。

「はい! はいはい! 何の科目を教えるんですか!?」
「私は体育。高崎先生は英語の補佐ね」
「趣味は何ですか!?」
「飼い犬と遊ぶことかしら」
「まあ、適当に……」
「何か特技はありますか!?」
「写真撮影、かしら」
「まあ…… 剣道?」
「お二人は付き合ってるんですか!?」
「それはないわね」
(きっぱりとそこは否定するのな……)

 まあ、隼人もいまさら椿に女を感じることは無いのだが。だが、きっぱりと否定されるのも正直微妙だ。

「はいはい、質問はそこまで。後は昼休みか放課後にね。じゃ、今日のHRを始めようか」

 こうして。
 隼人と椿の新しい任務は、あわただしい雰囲気で幕を開けた。



あとがき

 ようやく、ここから本格的にオリジンとネギまがクロスし始めます。
 作中での椿の特技なんですが、3rdの上級ルールを読んで、なぜか持ってる<芸術:写真撮影>からヒントを得ました。ルルブも立派な資料のひとつなんだな、と改めて思います。
 まだ走りかけの作品ですので、ご感想のほかに、こうして欲しいという意見がございましたら、ぜひお願いします。参考にしながら、ストーリーをよりよいものしたいと思います。
 では、ご感想、ご意見いただけたら嬉しいです。



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン04
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:39faddba
Date: 2010/01/19 16:12
 放課後の教室は、いつも騒がしいが、今日の話題の多くは、やはり赴任してきた隼人と椿の話題が独占していた。

「椿先生、かっこよかったよねー」

 柿崎美砂が、手を頬に当てながら、今日の体育の授業風景を思い出していた。釘宮円と椎名桜子も、同じ光景を思い出しながら、恍惚とした顔をする。

「ゴール決めたフォームがすごくきれーだったもんねー」
「裕菜も目ぇ、きらきらさせてたもんねー」
「教え方も丁寧だし」
「優しいし、真面目だし言うことなし!」
「あーゆー先生、憧れるよねー」
「「「ねー」」」

 三人が、いっせいに同意する。それから、三人の話題は変わり、隼人たちとは関係ない話にシフトしていった。
 対して。

「高崎先生はやる気がなさ過ぎますわ!」

 あやかは憤慨していた。

「ま、まあ、落ち着いてよ、いいんちょ」
「授業中、ずっと窓際に寄りかかって、ぼーっと、窓の外を見て! あまつさえ欠伸までして! どうしてあんなやる気のない人が先生なんてやってるのか、わたくしには信じられませんわ!」
「で、でもね、いいんちょ」

 後ろから、大柄な生徒が、ぬっ、と現れる。大河内アキラは困った様な顔をして、あやかに声をかけた。

「あの人、すごくいい人だよ」
「む……」
「亜子が困ってるところに出くわしたとき、めんどくさそうにしてたけど、ちゃんと助けてくれたし」
「むむ……」
「あんまり隼人先生のことを悪く言わないであげて欲しいな」
「で、ですが、あのやる気のなさは問題ですわ! わたくし、抗議に行ってきますわ!」
「あ……」

 アキラが静止する間もなく、あやかはずかずかと怒りを隠すことなく、教室を後にする。おそらく、その足で職員室に駆け込んでいったのだろう。どうしていいのか分からず、おろおろしていると、背中をたたかれる。和泉亜子だ。

「大丈夫やて。うちも隼人先生、好きになったし、いいんちょかて、きっと分かってくれるわ」
「亜子……」
「そんな顔せんでええよ。きっと隼人先生もうちらとうまくやってけるはずやから」

 根拠はあらへんけどね、と苦笑しながら、亜子はアキラのスポーツバッグを、彼女に突き出した。

「一緒に部活、行こ? 悩みは汗かいて、忘れてまお?」
「うん」



「終わったーー……」

 隼人は屋上で伸びをした。屋上には誰も人の姿はなく、面倒な職員会議をサボるにはもってこいの場所だった。フェンス越しに、下校していく生徒たちの姿を見下ろす。その光景は、かつて任務として高校に潜り込んだときに見たそれと、なんら変わりはなかった。だが、それゆえにほっとする。彼女たちは、まだ何も知らずに自らの“日常”を謳歌している。隼人は、胸ポケットから、かつてのクラスメイトたちと撮った写真を取り出し、懐かしそうにそれを眺めていた。

「教師、か。妙な感じだよなー。まさか俺が先生の真似事することになるなんてな」

 この写真を撮ったときには、こんなことになるなんて、かけらも思わなかったのに。そんなことを考えながら、隼人は新しく得た“日常”を思う。
 2-Aの生徒。騒がしいが、それゆえに一日で隼人は気に入ってしまった。どちらかと言えば憧れに近い。かつて自分が欲しかった“日常”が、確かに彼女たちにはある。だからこそ、彼女たちは自分が守らなければならない。そう決意させる。自分にはもう…… “日常”は戻ってくることはないのだから。未練だな、と苦笑しながら、隼人がそんな固い決意を秘めたそのとき、突然、誰かから耳を引っ張られた。

「いててててててて。だ、誰だ!」
「誰だ、じゃないでしょう。何職員会議サボってるのよ。私に恥をかかせないで」

 椿の声だった。

「さっさと職員室に来なさい。先生たち、怒ってたわよ」
「わ、わかった! わかったから離せ! 耳がちぎれるぅぅぅ!!」



「はあ……」

 千雨はため息をひとつ吐いて学校を後にした。やっぱり今日一日、どうにも気分が優れなかった。やっぱり自分は何か大事なことをすっぽり忘れている。だが、それが思い出せないし、思い出してはいけないと、全身が警告している。味わったことのない感覚が、一日中千雨を苛んだ。

「あーーーーーーー! 気持ちわりぃ!」

 それが露骨ないらいらとなり始める。こういうときは、やはりあれしかない。千雨は早足で寮を目指しだした。そしたらPCを立ち上げて、ブログの更新をする。そして思いっきり今日の不安をぶちまける。新作のコスプレをすれば、ヒット数も大きく伸びるだろう。たまったレスも返信しなくては。千雨の足は徐々に早足から、駆け足に変わる。ほかのものなんて目に入っていない。





 だからそれゆえに気づかなかった。
 自分が再び、そしてもう戻ることのできない世界へと飛び込んでしまったことに。





 いち早くその異常に気がついたのは、隼人と椿だった。耳を引っ張られて引きずられていく隼人が、ふと、慣れ親しんだ感覚を捉える。椿も気がついたようで、耳を離される。

「椿……」
「分かってる。《ワーディング》ね」

 隼人は《ワーディング》の気配を、正確に探知する。自らも《ワーディング》を展開し、感じた気配を頼りに廊下を駆け出し、すばやく昇降口を飛び出した。

「……あっちか!」

 隼人は《ワーディング》を感じた方角を走り出す。その後に椿も続く。駆けながら、隼人は、胸ポケットから一枚の写真を取り出す。それは、かつてともに戦った戦友たちと撮った一枚の写真。それを手の中で握り締める。それは、めきめきと音を立て、見る見るうちに、一振りの日本刀へと姿を変えた。

「行くぞ、椿!!」
「うん!」



 綾瀬夕映も、正確に《ワーディング》の気配を感じ取っていた。それゆえに彼女の行動も迅速だった。昨日のような後悔は、もうたくさんだ。ポケットから取り出したボールペンを回転させ、漆黒の球体を生み出す。それが彼女の力の源。それを糧に、彼女は一気に跳躍する。そして、見る見るうちに高度を上げていく。

(方角は……あっち!)



 夕映が空を舞う様子を、隼人と椿は偶然目撃する。

「あれは…… 誰だっけ?」
「綾瀬! 綾瀬夕映! 自分のクラスの生徒くらい覚えなさい!」
「おー、そうだった。 ……あいつもオーヴァードだったのか」
「そうね。合流したら、話を聞きましょう」
「ああ」



 そして夕映もまた、空の上から、自分の前を走る隼人たちの姿を見ていた。

「隼人先生と、椿先生…… まさか、二人も……?」

 だが、今はそんなことはどうでもいい。一刻も早く駆けつけよう。話を聞くのは後でもできるのだから。



 千雨は、目の前にいる男に、なぜか見覚えがあった。だが、同時に、思い出してはいけないと、体中が警告する。震えが止まらない。肥満体の身体が、ゆっくりと千雨に近づいてきた。

「う、嬉しいよちうちゃん…… ちうちゃんも、僕と同じになったんだね……」
「な、何言ってんだよ、てめー……」

 素の言葉遣いが思わず出る。だが、そんな千雨のつぶやきなどお構いなしに、男は不気味な笑みを浮かべながら、千雨にじりじりと近づいてくる。

「や、やっぱり僕と君は、運命で結ばれていたんだね……」
「ざ、ざっけんな! てめーのようなやつと運命で結ばれてるなんて、死んでもごめんだ!」

 声を張り上げる。
 逃げろ。逃げろ逃げろ逃げろ。
 体中がそう警告するが、千雨の身体は震えて動けない。男がついに眼前にまで近づいた。汗ばんだ両手が、千雨の頬をなでる。全身の毛が総毛だった。

「ぼ、僕と一緒に行こうよちうちゃん…… 二人だけの世界を一緒に創ろう……?」
「ざっけんじゃねえ!!」

 精一杯の虚勢とともに、平手をお見舞いする。だが、そんなことはお構いなしに、男は千雨の肩を抱き、ゆっくりと顔を近づける。そして、男の顎が、ありえないくらいに開かれる。おおよそ普通の人間では不可能な開き方だ。そして、その口は、容易に千雨を呑み込んでしまいそうだった。
 恐怖で身がすくむ。

「僕の中で一緒になろう。そうすれば、きっと二人で幸せになれるよ……」
「う、うわああああああああ!! な、なんだよてめー!! なんなんだよ!! 離せ! 離せよ!!」

 だが、男の腕は千雨の肩をがっちりと掴んで離さない。必死でもがいて、脱出しようとするがそれすらも敵わない。滴り落ちる唾液に、嫌悪と恐怖を募らせる。自由な腕で、男の身体を叩くが、まるで応える気配はない。男の恍惚とした目と合う。

 食われる。いやだ。そんなのは嫌だ!!

 千雨の中の生存本能が、限界にまで達したとき。
 その異変は起こった。

 こう、と千雨の全身が光を放つ。そして、バチバチと全身から火花が飛び散る。それは手のひらに集約し、一条の電撃となって、千雨の手の中ではじけた。

「わあああああああああああああああ!!」

 自分が何をしているのか気づかぬまま、千雨は手の中の電撃を、男の腹に押し当てる。激しい電流が、男の身体を焼いた。

「ぐぎゃああああああああああああ!!!」

 衝撃で、弾き飛ばされる男の身体。ようやく男から解放された千雨は、その場にへたり込む。肩で息をする。体中が、火花をいまだに撒き散らしていた。

「あ、あああああああああ!!」

 激痛にのた打ち回る男。千雨は、何が起こっているのか、理解できなかった。何をした? どうしてあいつは苦しんでいる? 自分が何かやったのか? どうやって? 取り留めのない疑問ばかりが頭に浮かぶ。自分の手のひらを見つめる。バチリ、と電流が迸った。

「うわっ……」

 自分の引き起こした電流におびえる千雨。ようやく理解した。今のは…… 自分がやったんだと。そして恐怖する。自分はいったいどうなってしまったんだ、と。

「そこまでだ!」

 そのとき、背後から男の声が響いた。その声には聞き覚えがある。振り返ると、そこには、漆黒の刀身をした日本刀を構えた、新任教師、高崎隼人と、指から、白い“糸”のようなものをたらした玉野椿の姿。

「そいつから、離れてもらうぜ!」

 隼人は、日本刀を構えると、ひゅうん、という風きり音ともに姿を消す。そして、次の瞬間には、のた打ち回っている男を一刀の下に真っ二つにしていた。

(な、何だ今の速さ!? 人間の出せるスピードじゃねえだろ! ありえねー!)

 こんなやつは知らない。自分の知っている高崎隼人は、授業中、やる気のない表情で、窓際を眺めながら、欠伸をする自分の副担任だ。決して、人間離れしたスピードで、化け物を切り伏せるような人間などではなかった。いったい自分は、どこに来てしまったんだ。どうすればこんな夢のような世界から抜け出せる。千雨は、自分の常識が、ガラガラと音を立てて崩れていくのを感じた。

「隼人! そいつはまだ倒れてない!」
「何!?」

 隼人の驚愕の声と、真っ二つになった男の身体が、むくり、と起き上がったのは、同時だった。隼人はすばやく男から距離を置き、体制を整える。背に、千雨をかばいながら。

「何だよお前…… 何で邪魔するんだよ……」

 真っ二つとなった男が、どこから声を発しているのか分からないが、口を開いた。

「……エグザイル、か」

 隼人は舌打ちする。となれば、おそらく重要な器官のほとんどにはダメージはいっていないはずだ。

「お前、ちうちゃんの何なんだよ…… 何なんだよう!!」

 泡を吹きながら、男は叫んだ。もはやその瞳には理性は感じられない。完全にジャーム化している。隼人は確信した。ならば、自分のするべきことはひとつだ。

「下がれ、えーと……」
「……長谷川。長谷川千雨」
「おう。下がってろ。長谷川」

 隼人は、千雨を下がらせると、刀の切っ先を男に向けた。男は血走った目で隼人をにらみつける。今にも飛び掛らんと隙をうかがいながら。じりじりと隼人と、男の距離が詰まる。そして、男が飛び掛らんとしたとき、上空から、漆黒のつぶてが、男の足もとに突き刺さった。その隙を逃さず、隼人は一瞬のうちに男の間合いに飛び込んで、刀を一閃させる。そして、一撃では終わらず、二、三度と男の身体を切り刻んだ。瞬時にバラバラになる男の身体。男が肉塊と化したのを確認し、隼人は刀の血を振り払った。

「ふう……」

 一息つくと、隼人の刀は、見る見るうちに、元の写真へと姿を変える。それを大事そうに胸ポケットにしまいこむ。隼人は、突然上を見上げる。

「助かったぜ。綾瀬」
「いえ。お手伝いできて、何よりでした」

 聞きなれた夕映の声が、なぜか上空から聞こえた。上を見上げると、まさに今、地面に降り立とうとするクラスメイトの姿が、そこにあった。

「な……」

 千雨は、声が出なかった。ごく普通のクラスメイトが、突然、空から舞い降りてくれば、驚くのも当然だろう。

「ちょっと遅れましたが、とりあえず、無事で何よりでした」
「ああ。ジャームのやつも倒したし、あとは……」
「倒した?」

 夕映は隼人の言葉に、疑問系で返した。その返答に、隼人はいぶかしげな表情をする。

「その割には、男の死体がありませんが?」
「何!?」

 隼人は慌てて、振り向く。そこには、隼人が撒き散らしたおびただしい血の跡は残されていたが、バラバラになった男の死体は、ひとかけらも残されていなかった。

「おそらく、一つ一つ、バラバラに逃げていったんでしょうね。追跡するのは困難そうです」
「ちっ…… しくじったか……!」

 悔しげに、隼人は吐き捨てる。

「仕方ありません。次の出方を待ちましょう」
「……ああ」
「それより、驚きでした。先生もわたしと同じだったんですね」
「それは俺たちの台詞だ。まさか、自分の生徒にオーヴァードがいるとはな」

 隼人は頭をかく。夕映のことは後で詳しく聞くことにしよう。それより今は、千雨のことだ。

「ひ……」

 隼人と目があった千雨は、小さく悲鳴を上げた。その目は、恐怖におびえている。

「なんだよ、なんなんだよお前ら! すげー速さで、人バラバラにしたり! バラバラにしても生きてたり! 空飛んだり! お前ら、いったい何者なんだよ!」

 千雨は恐怖で興奮している。その身体から、バチバチと電流が迸る。隼人は、それにかまわず、ゆっくりと千雨に近づいていく。後ずさり、恐怖の視線を千雨は向けてきた。それは、自分に対するおびえもあるのかもしれない。

「それにあたしは…… どうなっちまったんだよぉ!?」

 電光が、隼人に放たれる。それを、あえて隼人は真正面から受け止めた。

「先生!?」

 夕映が悲鳴を上げる。

「…………大丈夫だ」

 隼人は全身黒焦げになりながらも、千雨の懐に近づき、ぽんぽんと、優しく千雨の頭をたたいた。ひっ、と身体をすくめる千雨。

「もう、大丈夫だ。落ち着け」

 隼人の、優しい言葉に、千雨はぺたん、と腰を落とした。その目から、涙が零れ落ちた。

「隼人」
「分かってる」

 椿に促され、隼人は、千雨の手を引き、千雨を立ち上がらせる。いまだ放心状態の千雨に、隼人は静かに語りかけた。

「長谷川。お前に話がある。綾瀬も一緒に来てくれ」
「分かりました」



あとがき
 難産でした……
 前回の話から、どうやって今回につなげようか、書いては消して、書いては消してを繰り返して、ようやく今回の形になったわけですが、うーん、我ながら苦しいなあw
 ご感想を読んで、皆さんが千雨や夕映のシンドロームを予想してくださっているのを読みまして、大変嬉しいと思います。将来的には、暫定的な二人のデータを公開したほうが、いいのでしょうかね。ご意見があれば、近く公開いたしますがいかがでしょう。
 それでは、ご感想、ご意見いただけたらうれしいです。



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン05
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:39faddba
Date: 2010/01/15 20:03
 千雨の部屋に連れて行った隼人たちは、ベッドに千雨を座らせる。いまだ放心状態の千雨は、為すがままにされた。

「水よ。飲むかしら?」

 椿が、コップになみなみと注がれた水を差し出す。千雨はそれを受け取ると、機械的にそれを飲み干した。ふー、と息を吐く。

「落ち着いたか?」
「……説明してくれよ」

 ようやくぽつりと、千雨がつぶやいた。

「あたしは…… 一体どうしちまったんだ? 雷を身体から出せるようになっちまって…… だって、昨日までは普通の女子中学生だったんだぜ!? おかしいだろ!?」

 その問いに、誰も何も答えない。ただ、千雨の言葉に耳を傾けるだけだ。

「それにあんたら…… 何なんだよ! 空を飛ぶわ、手から“糸”みたいなものを出すわ、信じられないような速さで走るわ! ほんとに人間かよ!」
「……そうですね」

 ようやく、夕映が口を開いた。

「厳密な区分で言うなら、わたし達はもう、人とは呼べないのです」
「じゃあ……!」
「オーヴァード。わたし達はそう呼ばれています」
「オー…… ヴァード……?」
「はい」

 小さく夕映はうなずき、

「長谷川さん、あなたも、オーヴァードなのです。 ……いいえ、オーヴァードになってしまった」
「え……?」

 千雨は耳を疑った。
 自分がオーヴァード? だって、あたしはつい昨日まで普通の女子中学生だったんだぞ? 意味が分からない。
 千雨が混乱するのをかまわず、夕映は話を進める。

「あなたは昨日、さっきの男に襲われ…… 殺されました」
「ころ……! ま、待て待て待て! なんだそれ!? あたしはこうして生きて……!」
「覚えていませんか? あなたはあの男に一度会っているんですよ? そしてやつに殺され…… 蘇生した。オーヴァードになって」

 夕映の言葉に、昨日のことがフラッシュバックする。誰もいない街、桜通りの男、伸びる手、そして…… 首の骨が折れる音。
 がたがたと震えが走る。自分の身体を抱きしめる。

「……思い出しましたか」
「じゃ、じゃあ……! あ、あたし…… あたし、は…… 何で、生きてるんだよ……」
「それを今から説明するです」

 夕映は目を閉じ、一呼吸おいた。再び目を開け、思い切ったように、夕映は口を開いた。

「まず、この世界には、既にある未知のウィルスが蔓延しています」
「……はあ?」
「レネゲイドウィルス。わたし達はそう呼んでいます。聞いた話によりますと、人類の8割以上が感染しているそうです」
「ちょっと待て! それが一体何の関係があるんだよ!?」
「話は最後まで聞いてください。このウィルスにはある特色があります。発症した人間のDNAを書き換え、細胞を変化し、新たな器官を生み出す。そして、それによってオーヴァードになってしまうのです」
「………………」
「あなたは殺されたショックでレネゲイドを発症した。そして、オーヴァードとして生まれ変わったのです。自分の意思とは無関係に」
「……んだよ、それ」

 千雨は呆然とする。余りにも途方もない話だった。未知のウィルス、それによる肉体の変化、そしてオーヴァードと呼ばれる力。どこのSF作品の世界だろう。千雨はもう、深く考えるのをやめようとさえ思った。

「……なあ、これ、ウィルスのせいなんだよな?」
「そうです」
「だったら! 治せるんだろ!? 病気みたいなもんなんだから、治療法があるんだよな!?」
「………………」
「なあ!?」

 夕映の無言に、千雨は焦りで声を張り上げる。だが、その態度から、彼女の答えがうすうす感づいているが、直接聞くまでこの感情は止まらない。
 夕映は、力なく、ゆっくりと首を横に振った。

「……一度オーヴァードを発症した人間は…… 二度と元には戻りません」
「……………………!?」

 だが、改めて聞くと少なからず衝撃を受ける。くらり、と意識が途切れそうになる。それを、そっと椿が支える。

「大丈夫?」
「なわけ…… あるか」

 もはや声を張り上げる気力もない。うなだれ、力を失った千雨の横に、椿がそっと座り、優しく頭を叩く。

「やっぱり、怖いかしら?」
「当たり前だろ……」
「そうよね…… 長谷川さん、ひとつあなたに聞くわ」
「…………?」
「あなたは今までどおりの日常を送りたいかしら?」
「言ってる意味が…… 分からねえよ。だってそうだろ? こんな力を持った人間が、今までどおりの生活なんて送れるわけが……!」
「では、長谷川さん。あなたは今まで、わたしと接してきて、少しでもわたしが人間でないことを感じましたか?」
「え……?」

 夕映の問いかけに、千雨ははっとなる。

「簡単なことです。力を使わず、ただ今までどおりにみんなとともに生きる。そんなに難しく考えることはないです」
「あなたが“日常”の中で生きるというのなら、私達はそれを全力でサポートする。そのために、私達がいるの」

 夕映に続き、椿が言う。

「UGN、正式名称ユニバーサル・ガーディアンズ・ネットワーク。私と隼人は、そこからこの学園に派遣されてきたのよ」
「U、GN……?」
「そう。オーヴァードと人間の共存を目指すために結成された、オーヴァードの組織。私はずっと、そこに所属しているの」
「俺たちはオーヴァードに目覚めた人間を保護し、オーヴァードとしての生き方を教育することもやっている。長谷川、もしお前が“日常”を送りたいと言うのなら、しばらくは俺たちの監視下に置かれるが、少し我慢してもらうぞ。お前が人間として、これから生きていくのに必要なことだからな」
「…………」
「そんなに構えなくてもいいわ。あなたは今までどおり、“日常”を送っていればいいの。私達が、ちょっとその背中を後押しするだけ」

 優しく、千雨の背中を叩く椿。
 その心遣いが、素直に心に染みた。

「ひとつ、聞いていいか……?」
「何かしら?」
「あの化け物みたいなやつ、あれもオーヴァードってやつなんだろう?」
「そうよ……」
「普通じゃないだろ!? いや、まだあたしに執着するだけならただのストーカーで説明がつく! だからと言って、あたしを食ってひとつになるとか、意味分かんねえ! てゆーか! そんなこと、まともな人間の考えることじゃねえよ!」
「そうね…… あれはもはや人とは呼べない。人の心を失った、ただの怪物よ」
「かい…… ぶつ……?」
「……長谷川さん、わたし達がこんな力を、何の代償もなく使えると本当に思いますか?」
「え……?」

 神妙な声で夕映が言う。その表情は固い。

「レネゲイドにはもうひとつの特色があります。力を振るえば振るうほど、まるでウィルスそのものが身体を乗っ取るかのように活性化し、理性すら侵蝕していく……」
「…………」
「やがてレネゲイドの活性化が限界を超えると理性を失い、己の衝動に従って、暴走する。わたし達はこれをジャーム化と呼んでいます」
「………………!」
「そして、一度心を失ったジャームが元に戻った報告例は…… ありません」
「ま、待て待て! なんだよそれ!? そんな事、あたしには関係ないよな、なあ!?」
「いいえ」

 夕映は小さく首を振る。

「オーヴァードになった人間は、常にジャーム化の恐怖に怯えています。わたしも、隼人先生たちも」
「…………!!」

 今度こそ、千雨は、頭に最大級の衝撃を受けた。ふう、と力が抜け、倒れ掛かるのを、椿が抱きかかえた。
 ジワリと視界が曇る。

「やだ…… やだやだやだ! 怪物になんてなりたくねえ! 人間に戻してくれ! あたしは、あたしはただの女子中学生なんだー!!」

 その腕の中、駄々っ子のように泣き喚く。そんな彼女を、椿はそっと胸に抱き寄せた。

「大丈夫、大丈夫よ長谷川さん。私が、私達が、あなたをジャームになんてさせないから……」

 椿は千雨が落ち着くまで、ずっと千雨を抱きしめていた。その胸の中、子供のような嗚咽を漏らす千雨。
 やがて、落ち着きを取り戻した千雨が、ゆっくりと椿の胸から離れる。

「ごめん、先生……」
「いいわよ、これぐらい」

 しおらしく千雨は謝る。
 怒りもせずに椿は笑った。

「納得、していただけましたか?」
「……正直、レネゲイドとか、どうとかって話はわけ分かんなかったけど…… ひとつだけ分かったことがある」

 千雨はうつむいて、一呼吸おいた。

「あたしはもう…… 人間に戻れないんだよな……」
「ああ、そうだな……」

 隼人が静かに答えた。

「その上で聞くぞ。お前はこれからどうしたい? その力を存分に振るいたいか、それとも、今までのように“日常”に生きていくか」
「………………」

 隼人のその問いかけに、千雨は何も答えない。
 力なく、千雨は首を振る。

「分かんない…… あたしは、どうすればいいと思う……?」
「……それは、俺たちが答えていいことじゃない。長谷川、お前自身が決めろ」
「………………」

 それだけ言うと、隼人は身支度をして、玄関まで足を運んでいった。その後を椿、夕映が続いていく。

「行くぞ、椿」
「うん…… じゃあ、長谷川さん。また明日、学校で」
「お邪魔しました」

 ドアが閉まる音が、ひとりとなった千雨の部屋に響いた。



「……大丈夫かしら?」

 椿が名残惜しそうに、千雨の部屋をちらちらと振り返る。

「分からない。すべてはあいつが決めることだ。俺たちは彼女を監視しながら経過を見守る。それだけだ」
「そうね……」
「それより椿。あのジャームについて調べるぞ。なぜあいつが長谷川を狙ったのかが知りたい」
「分かってる」
「よろしいでしょうか?」

 そっと、脇に立つ夕映が手を挙げた。

「わたしにもお手伝いをさせてください」
「……綾瀬さん?」
「今回の一件、わたしにも責任があります。この事件を黙って見ているだけでは、犠牲になってしまった長谷川さんに申し訳が立ちません」
「……どうする? 隼人」

 隼人は顎に手を当て、じっと夕映の瞳を見る。その表情は真剣そのものだ。たっぷり一分は夕映の顔を見つめて、隼人は決心する。

「……分かった。今回のことにはお前にも手伝ってもらう。ただし、自分のことは自分で守れ」
「ありがとうございます」
「それじゃ、UGNの情報にアクセスして、あのジャームのことをわたしは調べてみる」
「では椿先生はわたしがサポートするです」
「頼む。俺はしばらく長谷川につく。いつあいつが、また長谷川を狙うか分からないからな」
「そっちはよろしくね、隼人」
「任せろ」
「……ところで」
「……? どうした、綾瀬」
「お二人は今日、職員会議ではなかったのですか?」
「「…………あ」」



 次の日の職員室で、生活指導の新田に大目玉を食らう二人の姿が目撃されたという。



あとがき
 鳴滝姉妹のことを、連載開始時からずーっと鳴神姉妹と勘違いしてました。
 この場を借りてお詫びします。修正しましたので確認してください。
 書き終えて「あー、やーっとダブクロの説明入れたー!」とほっとしました。その割には結構難産でしたがwまだ説明に関しては100%とは言い切れませんが、それでも根底の部分はネギま側の方にも納得いただけたかと思います。多分。
 それと、今回の話は会話文ばっかで、素の描写がちょっと少ないのが反省点でしょうか。説明する、となると、どうしてもこんな形式になりがちですね。
 では、ご感想とご意見お待ちしています。



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン06
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:ae24e858
Date: 2010/01/20 19:29
 明くる日のHR。
 タカミチはある一人の生徒の名を連呼する。だが、一向に返事は返ってこない。困ったように教室を見渡すが、やはり姿は見えない。

「長谷川くんのことは、誰か聞いてないかい? 今日は休むとは聞いていないんだが」
「それが…… 今日、学校に行く時間になっても、寮から出てきてないみたいなんですの」
「無断欠席かい? そんな子には見えなかったんだけどなあ……」

 頭をかきながら、名簿に欠席の表示を千雨の欄に書き込む。

「では、連絡事項を伝えるよ……」



 タカミチの話を聞き流しつつ、がらんと空いた席を眺めながら、小さく夕映はため息を吐いた。

(予想はしていましたが…… やはり耐え切れませんでしたか)

 無理もない。昨日の今日で心の整理が、彼女にできるとはとても思えない。おそらく今頃は寮の中に引きこもっているか、どこか人気のないところで途方にくれていることだろう。

(ということは…… まずいですね。昨日のジャームがそんな状態の彼女を放っておくとは思えません)

 何とか抜け出す方法を模索する。こういうときには、やはり古典的だが、この手に限る。

「先生……」

 努めて弱々しい声を出しながら、挙手をする。
 いぶかしげな顔をしながら、タカミチがどうかしたのかい、と訪ねてきた。

「今朝から、頭痛がひどくて…… とりあえず学校まで来て見ましたが一向によくなりません。早退しても構いませんか?」
「そうかい? そういうことなら仕方ないな…… いいよ。今日はもう帰って、ゆっくり休むといい」
「すみません……」
「ゆえ、だいじょうぶ?」
「……心配ないです。一晩寝ていれば、すぐによくなるですよ」

 またひとつ、夕映は嘘を吐いた。



「はあ……」

 人気のない公園のベンチに腰掛けて、千雨は大きなため息を漏らした。学校をサボっては見たものの、特に当てもないし、どうすればいいのかも分からない。こうしてベンチで黄昏てみても、事態が好転するはずもない。だんだんと自分のしたことに、虚しさすら感じてきた。会社をリストラされた親父の気持ちが、少し分かった気がする。だからなんだという感じだが。

「あたし…… どっちになればいいんだ……」

 自分はもうただの人間ではない。それは昨日、自分に起こったことでも明らかだ。ためしに、自分の手に意識を集中させてみる。パチン、と電流が、手の平で爆ぜた。驚きながらも、やはり昨日のことは夢でもなんでもなく、現実だということを思い知らされる。

「人間として生きる、か……」

 夕映たちはそう言った。だが……

「はは…… こんなあたしが今までどおりに生きていけるかってーの……」
(だったらいっそ……)

 自虐的に笑う千雨の心の奥底に、ちり、と何かが囁きかける。

(全部ぶっ壊してやればいい)
(もう人に戻れないなら……)
(何もかも破壊して、その痕跡すら消してしまえばいい)

 甘美な誘惑がカマをもたげる。すべて破壊したい。その衝動に、彼女は抗うことができなかった。ベンチから立ち上がる。体中から、電流がスパークする。

「はは…… はははははははは!!」

 ぶわり、と彼女の《ワーディング》が展開され、荒れ狂う雷。そして雷に打たれ、裂ける木々に破裂する電灯。そんな地獄絵図を撒き散らす千雨の唇に浮かぶのは、この上ない愉悦。
 最高の気分だ。千雨は両手を広げ、快楽に酔いしれる。
 だが。

「そこまでです」
「!!?」

 背後から知った声が千雨を正気に返らせる。
 荒れ狂った雷の嵐は沈静化し、後に残るのは痛々しい破壊の爪あとだけ。静かに後ろを振り返る。声の主は、やはり夕映だった。

「やっぱり、衝動に呑み込まれかけましたね…… まあ、おかげで場所の特定はたやすかったですが」
「あ、あああ……」

 千雨は、己の所業に恐怖し、がくがくと足を震わせる。

「あた、し…… なんてことを……」
「まあ、仕方がないことです。徐々に己の衝動を押さえ込めばいい話で……」
「やめろよ!!」

 夕映の言葉をさえぎるかのようにに、大声を張り上げる千雨。

「あたしはやっぱり化け物でしかないんだ!! だってそうだろ!? こんなことがただの女子中学生にできるかよ!? 今さら人間に戻れるわけ……!!」
「ですが、人間のように生きることはできますよ? わたしのように」

 夕映は自分を指差した。

「どうしてわたしが今までジャーム化せず、人間のように生きていられるか分かりますか?」
「…………?」
「簡単なことです。守りたい人がいるから、ですよ」
「守り…… たい…… 人?」
「はいです。人間が人間でいられるために必要なもの。それはおそらく、誰かとの絆に他ならないでしょうか」
「………………」
「わたしはこんな力を得てしまった。ですが、それでもわたしが人間として生きていられるのは、誰かとの強い絆によって繋がっているからなんです」
「………………」
「わたしの場合、のどかを平穏に暮らしてあげたい、のどかを守りたいと思うからこそ、こうして今まで人間の理性を保ち続けてこれたのです。もちろんそれ以外にも守りたいものや大事な人はいますけど」
「………………」
「ね? 簡単なのです。オーヴァードが人間らしくいられるためには、誰かとの絆を結ぶ。ただそれだけなのです。長谷川さんにも、絶対にそんな人が……」
「ねーよ……」
「…………え?」
「あたしにはそんなのねーんだよ!! 守りたいと思うやつも! 大事に思うやつも!」
「お、落ち着いてください長谷川さん! いますぐじゃなくても、これからきっと……」
「うっせー! あたしのことなんて…… もうほっといてくれよ!!」

 言い残して、千雨は夕映の脇を走り去る。その足は、自分でもどこへ向かえばいいのか、おそらく分かってはいないだろう。

「長谷川さん! ちょっと待つです!!」

 大慌てで、その後を夕映は追いかけていった。



 今日の最後の授業、終業のチャイムは鳴り響いた。

「……よし、今日はこれまでだ。お疲れさん」
「起立! 礼!」
「「「ありがとうございましたー!!」」」

 首を鳴らしながら、隼人は黒板を消していく。慣れないことをやったせいか、ひどく肩が凝った。もっとも、今は授業を無事終えたことよりも気がかりなことが、彼の胸を占めていた。

(長谷川が暴走しかけたのはさっき綾瀬から報告を受けたが…… 大丈夫だろうか?)

 隼人は思案するも、結局、今は夕映に一任しようと結論付けた。今自分が行くよりも、夕映のほうが、説得力があると思ったからだ。ふと、隼人の胸ポケットが震えた。携帯のバイブが、着信を知らせてくれたようだ。

「すまん、誰かから連絡が入った。委員長の…… あー……」
「雪平! 雪平あやかですわ!」
「そうそう。すまんが後は頼む」

 隼人は教室を出、人気のない屋上へ行くと、着信者をチェックする。椿だ。どうやら別行動で調べていたジャームについて、何か情報があったらしい。

「俺だ。何か分かったのか?」
『ええ。あのジャームの素性がはっきりしたわ』
「聞かせてくれ」
『本名、丹藤隆志。25歳、元無職。UGNでのコードネームは“スネークハンド”』
「“スネークハンド”? いかにもエグザイルっぽいコードネームだな。元無職、というのは?」
『彼はもともと、都内の郊外で母親と二人暮らしをしていたらしいの。ところが数週間前、彼の母親の死体が発見されたと同時に、行方をくらましてるの』
「行方不明? ということはその前後にオーヴァードを発症して、ジャーム化したわけか」
『そうね。警察のほうでも彼の足取りを追ってるけど、ことごとく捜査にかかわった警察官が行方不明になってるわ。おそらく……』
「“スネークハンド”にやられて、死体を飲み込まれたといったところか。UGNはこいつを確保できなかったのか?」
『すんでのところで取り逃がしたらしいわ。あなたの時と同じやり方で』
「なるほどな…… ほかに情報は?」
『そうね…… 関係あるかどうか分からないけど…… 彼はもともとネットアイドルの“ちう”というのを熱烈に崇拝してたらしいわね』
「それとやつが長谷川に執着する関係は?」
『……さあね』
「じゃあ、その件に関してはおそらく今回の件とは無関係なんだろうな。引き続き調査を続行してくれ。俺は今から綾瀬と合流する」
『了解。気をつけてよ』
「分かってる」

 携帯を切る。敵の詳細は掴めた。後はやつの出方を待つのみだ。
 急ぎ夕映と合流しよう。そう決心して屋上のドアに手をかけようとしたとき、突然ドアが開かれた。

「せ、先生……」
「お前は…… 確か、桜咲、だったか?」

 ドアから現れたのは、小柄な体格に、つややかな黒髪を短く切りそろえ、片方に結った髪型が特徴的な生徒、隼人のクラスの桜咲刹那であった。生徒の名前を覚えきっていない隼人だったが、彼女のことは覚えていた。というよりも、常に帯刀している生徒のインパクトが強すぎて、忘れられなかったのだ。

「何のようだ? お前が屋上に来るなんて珍しいな……」
「先生……」

 刹那は、身体を震わせながら、握った刀を、さらに強く握り締めた。その様子は何かを耐えているようにも見える。
 いぶかしがる隼人に、刹那は、

「逃げて! 先生!!」と大きく叫び、

 刀を抜刀し、その切っ先を深々と隼人の胸に突き立てた。



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン07(リテイク)
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:faf379a3
Date: 2009/12/16 17:09
  びしゃり、と隼人の口から吐き出された血が、刹那の顔を赤く染め上げる。刀から滴り落ちてくる生暖かい血が刹那の手を濡らしていく。

「あ、ああ、あああ……」

 自分の意思とは無関係に、ずるり、と引き抜かれる刀。胸から噴き出した血が、刹那の身体を余すことなく真っ赤に染め上げる。隼人の身体が、力なく膝を落とす。

「いやあああああああ!! 先生! 先生! しっかりしてください!」

 刹那は半狂乱になりながらも、隼人に届かないだろう言葉を投げかける。自分でも分かっている。今の一撃は致命傷だ。その事実に刹那は恐怖した。自分でも何が起こったのかわからない。ただひとつ言えることは、自分が殺した。自分の意思とは無関係に身体が動き、そして自分の刀で隼人を殺した。
 どうしてこうなったんだろう。刹那は思案する。思い当たることといえば、昨日の帰り道、黒い影のようなものが自分の身体に入り込み、それが今、自分の身体を乗っ取ったとしか考えられない。あれが一体なんだったのか、刹那にはわからない。だが、あれはおそらく小さな妖怪の類だったのかもしれないと刹那は想像する。だとすれば何たる不覚だろうか。仮にも木乃香を守る身でありながら、たやすく妖怪に支配されるとは。悔やんでも悔やみきれない。
 だが、刹那の後悔を他所に、刹那の身体は、刀を振り上げ、今まさに、隼人に止めを刺そうとする。やめろ。強く念じて、体を押しとどめようとするが敵わない。自分の身体に巣食う妖怪の力は、刹那の意志を、たやすく飲み込んだ。限界まで刀を振り上げ、そして一気に、振り下ろされる刀。
 駄目! 刹那は目を閉じる。
 だが、
 何かの力が、刹那の刀を振り下ろしきる前に受け止めた。

「…………え?」

 何が起こったのかわからず、恐る恐る目を開ける。
 そこには、信じられない光景が飛び込んできた。
 刹那の刀を止めたのは。
 ほかならぬ、隼人自身の手によって、だった。

「ぐ……」
「え? え? ええ?」

 混乱する刹那。確かに自分の刀は隼人の胸を貫いた。それは明らかに致命傷だったはずだ。ではなぜ彼に、刀を止めるだけの力が残っている? いや、それどころか…… 既に胸から噴き出た血が止まりかけている。夢でも見ているのか。力を失ったはずの隼人の身体は、ゆっくりと膝立ちになり、徐々に立ち上がっていく。刀を強く握り締めたまま。

「さくら、ざき……」
「せ、先生、一体どうして……?」

 隼人は混乱する刹那にかまわず、彼女を突き飛ばし、距離をとって、臨戦態勢を整える。慣れた動作で懐から写真を取り出す。そこに写っているのは、かつて死線をともにした戦友たちの姿。それに握り締めると、手の中で、徐々に自分の思い描いた形を取っていく。

「な……!?」

 刹那はその光景に目を奪われた。一枚の写真が見る間に日本刀に変化する。いや、彼女からすれば、非日常の光景は見慣れたもののはずだった。だが驚いたのはそこではなく、彼もまた、非日常に生きる人間であったことに、初めて気がついたからだ。

「先生、あなたは一体……!?」

 だが、疑問に思う間もなく。
 刹那の身体は、容赦なく突撃をかけた。
 繰り出される突きを、刀で受け流す隼人。はずされた突きにかまわず、強引に切り上げる。上体を反らしてかわし、続けざまの振り下ろしを刀で受け止める。隼人は力任せに刹那を押し返し、再び距離を置く。一瞬の攻防であったが、それゆえに刹那はあるものを確信した。

(この人…… 戦い慣れしてる! 一体何者……!?)

 刹那の疑念は、より深いものになっていく。

「先生、あなたは何者なんですか!?」
「…………」

 疑問を投げかけながらも、刹那の身体は自分の意志とは無関係に、隼人に攻撃を繰り出していた。そのことごとくを受け流し、避け、払われる。

「その戦い慣れした動き…… 写真を日本刀に変える力…… そして瞬時に傷を治すその身体! 本当に人間なんですか!?」
「…………」
「わたしの知ってる魔法使いにも、そんな人間はいなかった! 先生、あなたは一体何なんですか!?」
「……お前、魔法使いの関係者か!?」

 かろうじて動く首で、頷く。

「……他言は無用だ。お前が魔法使いの関係者だから特別に教える」

 振るわれた斬撃を受け止め、鍔迫り合いに持ち込んで、刹那に顔を近づけ、隼人は言う。

「俺は…… 人間だ」
「ふざけないでください!」

 刹那の身体は隼人の刀を跳ね上げ、胴体を浅く薙ぐ。

「ふざけてない! 少なくとも心だけは人間だ!」
「…………!!」

 隼人は防御から攻撃に転じる。鋭い刀さばきで刹那を翻弄するも、刹那はそれを見切り、刀で受け止める。舌打ちする隼人。さすがに自分の生徒だけあって、本気で攻撃するのはためらわれる。短い呼吸から繰り出された横薙ぎの一撃を、難なく刀で受け止められた。ぎりぎりと刀のこすれる音だけが響く。

「先生、あなたは魔法使いなんですか?」
「いや、違う。魔法のことは聞いてはいるが、実物にあったことは一度もない」
「では、一体……!?」
「こう呼ばれている。超えしもの――オーヴァードってな!」

 隼人が叫ぶと同時、刹那の視界から、隼人の姿が掻き消えた。

「え……!?」

 一瞬、目標を見失い、その姿を捉えようと、首を左右に動かす。だが、彼の姿はどこにも見えない。

「桜咲、ちょっと痛いぞ」
「!!?」

 声が突然真横から聞こえた。ばっと振り返ると同時に。
 刹那の胸に、隼人の柄がめり込んだ。

「が…… は……」

 苦痛に顔をゆがめ、崩れ落ちる刹那。

「出て来い」

 低い声で隼人がつぶやく。同時に、刹那はのどの奥で、何かが詰まったような感覚を感じる。息苦しさに咳き込み、のどにある異物を、必死で取り除こうとする。
 やがて。

「がはっ」

 刹那の口から吐き出されたのは、人間の手首だった。刹那の唾液や体液でべとべとになった手首は、器用に指を動かして、逃げ出そうとする。

「逃がすか!」

 だが、それに隼人の刀が突き刺さる。びくんと震えた手首は、どろりと汚らしい液体へと変化し、風に溶けていった。

「……やはり“スネークハンド”の仕業だったか」
「せ、先生……」
「桜咲、身体の自由はどうだ?」
「あ……」

 刹那は、ためしに指を動かしてみる。自分の意志で動く。どうやら、身体の自由を取り返したらしい。ほっと安堵の息を吐き、よろよろと立ち上がる。まだ隼人によって受けたダメージが、胸に残っていた。ずきんと、胸がうずく。

「すまないな。一度医者に診てもらえ。下手すると肋骨にひび位は入っているかもしれない」
「はい……」

 刹那の無事を確認すると、隼人は自らの服を元通りにし、刹那の脇を通り過ぎる。

「悪いが、俺はもう行く。ちょっと緊急事態になっているんだ」
「ま、待ってください……」

 屋上を立ち去ろうとする隼人を刹那は呼び止める。

「聞かせてください…… オーヴァードとは何ですか?」
「…………」
「何の目的でこの学園に来たんですか?」
「…………」
「あなたは、その力で何をしようというのですか!?」
「…………」
「答えてください!」
「……今は、全部は教えられないが、最後の質問には答えてやる」
「……はい」
「俺は…… 俺たちは、“守る”ために戦っている」
「守る……? 何を?」
「お前たちの、“日常”を」
「…………」
「後の質問は時間が空いたら答えてやる」

 それだけ言うと、隼人は屋上から姿を消した。残された刹那は、無言でその背中を見送っていた。最後の残された、隼人の言葉を反芻しながら。



「は、はー…… まだ、追っかけてくるのかよ……」
「ま、待って…… 待ってください、長谷川、さん……」

 息も絶え絶えになりながら、二人の追いかけっこはまだ続いていた。どれだけ走ったのか、もう二人にも分からない。自分がどこにいるのかさえも。

「てめー…… しつけーぞ…… いつまで、追いかけてくる、つもりだよ……」
「は、長谷川さんこそ…… いつまで、逃げる、つもりですか……」

 くだらない押し問答が続く。もう何度繰り返したか覚えていない。お互い、いい加減に飽きてきた。千雨は大通りをはずれ、狭い路地裏へ逃げ込む。夕映もそれを追う。足がもつれかかるも、何とか転ぶのだけは免れた。よたよたと走り続けているうちに気がつく。自分が行き止まりに出くわしたことに。

「くっそ、マジかよ……」
「も、もう、逃がしま、せんよ……」

 悔しがる千雨の後ろで、夕映がひざに手を当てて、息を整えた。確かに自分はもう逃げられないと思うと、何故か、どっと疲れが込み上がってくる。ぐらりと後ろに倒れこんだ。そのまま、起き上がれそうにない。千雨が観念したのを確認すると、夕映はゆっくりと千雨に近づき、手を差し出した。

「立てますか?」
「……しばらく立ちたくねー……」
「そうですか……」

 千雨は大の字に寝転がりながら、背中のアスファルトの冷たさをかみ締める。火照った身体に、心地よい。汗が止まらない。制服も、身体に張り付いて気持ちが悪い。夕映の顔を見る。彼女の顔も、汗だらけで、ひどい顔だった。きっと自分も同じ顔なんだと思うと、なんだか妙にばつが悪く感じた。上半身だけを起こす。

「……聞いていいか」
「はい」
「何で、あたしに構うんだよ? あの先生二人に頼まれたのか?」
「いいえ。わたしの意志です」

 夕映はきっぱりと頭を振った。

「……わたしは、あなたをこっち側に巻き込んでしまった責任がありますから」
「……はあ?」
「もし、あの時わたしが間に合っていたら…… 長谷川さんは今までどおり、普通の女子中学生として一生を終えられたかもしれない。だから……」
「……なんだよそれ。意味わかんねーぞ」

 千雨は軽い苛立ちを感じる。なぜ彼女が責任を感じる必要があろうか。千雨には理解が及ばなかった。

「えらそーなこと言うな。お前一人が間に合わなかったから、あたしがオーヴァードになった? 違うだろそれ。悪いのはあの化け物野郎のせいだろ」
「ですが……!」
「それにな、お前の言い方ちょっとむかつく。まるでお前が一人であたしたちのことを守ってるみたいなこと言ってるけどお前そんなに偉いのかよ?」
「それは…… 違いますけど……」
「なら、お前が責任感じる必要なんかどこにもねーだろ。くだんねーこと言うな」
「……すみません」
「……ちっ、変な話してたら、頭が冷めちまった……」

 千雨はすっと立ち上がる、スカートについたほこりを、手で払い落とす。

「行こうぜ、綾瀬。仕方ないから、今だけは連行されてやる」
「……分かりました」
「ああくそ、なんであたしがこんな目に……」
「長谷川さん」
「……今度は何だよ」
「ありがとうございます。少しだけ気が晴れました」
「……やめろよ、気色わりー」

 ぷいっと、千雨は顔を背ける。千雨がそっぽを向きながら、夕映と元来た道を歩き出そうとした、そのとき。
 ざわりと空気の質が変わった気配と同時に、人の気配がぱったりと途絶える。

「な、なんだよ、この気持ち悪い感じ!?」
「《ワーディング》……!」
「……なんだ、それ!?」
「オーヴァードなら誰もが持っている力です! レネゲイドが生成する化学物質、レネゲイド物質を大量に放出し、内部にいる非オーヴァードを瞬時に無力化する、一種の結界です!」
「じゃあ、これはまさか……」
「みーつけた」

 ねっとりとしたあの声が、正面から聞こえてきた。肥満体の身体が、ぬう、と姿を現す。その姿を見て、夕映は油断なく漆黒の球体を身体中に張り巡らせる。臨戦態勢を整えて終えて、何が起こってもいいように、構える。男――“スネークハンド”はじりじりと距離を詰めていく。

「ちうちゃん、足速いんだね。僕、追いつくのに苦労しちゃった」
「く、来るな……」
「さあ、僕とひとつになろうよちうちゃん。そして一緒に幸せになろう」
「来るなっつってんだろ!」

 千雨の恐怖の叫びが、壁に反響する。夕映は千雨をかばうように、一歩前に出て、片手を水平に構え、千雨を下がらせた。

「長谷川さん、逃げてください」
「はあっ!?」

 小さな声で夕映が指示する。

「タイミングはわたしが作ります。だから逃げてください」
「おいっ!? お前はどうするんだよ!?」
「……足止め程度にはなるでしょう」
「…………」
「逃げ切ったら…… 椿先生たちと合流してください。後の事はあの二人に任せます」

 覚悟を決めたその瞳に、千雨はこれ以上何も言うことができなかった。確かにこの場で自分に出来ることなど何もない。出来ることといえば、夕映を置いて、隼人たちと合流することぐらいだ。夕映の提案は理にかなっている。

「行きますよ。三つ数えますからその隙に逃げてください」
「……わかったよ」
「1…… 2……」

 ゆっくりと夕映が数える。千雨は走り出す構えを取り、いつでも逃げられる準備をする。その瞬間が来るのを、後は待つだけ。そして、それは驚く短い時間でやってきた。

「3!!」

 夕映が数え終わるのと同時に、生み出した無数のつぶてが、“スネークハンド”の顔面に炸裂する。

「ぶぎゃっ」

 蛙のつぶれたような悲鳴を漏らし、“スネークハンド”は両の手で顔を押さえた。

「今です! 走って!」

 夕映の叫びとともに、千雨は駆け出した。肥満した身体を突き飛ばし、人気のない表通りを思いっきり走る。

「ああ、どこへ行くの!? ちうちゃあああああん!?」

 “スネークハンド”がそれに気づき、手を伸ばして千雨を捕まえようとする。だが、その手を伸ばしきるより先に、夕映の高速のつぶてが、伸ばした腕に突き刺さった。

「行かせません。あなたはわたしが止めます!」
「……お前、何で邪魔ばっかりするんだよおおおおおおおおお!!」

 怒りの咆哮が、夕映の耳朶を叩いた。それに答えるかのように、夕映は、つぶてを無数に張り巡らせた。



 千雨は、無我夢中で人の消えた街を走った。後ろからは何の気配も感じない。きっと夕映がうまくやってくれているのだろう。後は自分が、椿たちに合流すれば、それで終わる。そのはずだった。
 だが。
 千雨の足が止まる。その先に進んでいいのか、迷いが生まれ始める。確かにそうすれば自分は助かるだろう。そして、いつもどおりの“日常”が、彼女には帰ってくるはずだ。だが、夕映はどうなる? 夕映は足止め程度は出来ると言っていた。では、それ以上は? あの会話の流れから、それ以上のことは出来ないと言っていたのではないか? 夕映はどうなる? そんな疑問が次から次へと浮かんでいく。そして、自分がこれ以上進めば、きっと明日の朝、夕映の顔を見ることはないのだろうと直感した。

「…………」

 自分の手を眺める。火花が飛び散り、それは紫色の電光となる。夕映は言っていた。守りたい人がいると。ならば、もしも自分がこんな力でも誰かを守れるのなら…… それは今しかないのではないのか、とも。だが、それは同時に、自分がこの力を肯定することになる。何もなかったことにして“日常”に生きるか。“非日常”を認め、誰かを守るために戦うか。今がその決断のときなのだと、千雨は知る。

「あたしは……」

 迷う。この力を認めると言うことは、今までの14年間の“常識”を否定すること。だが、夕映を見殺しにしてまでいつもの“日常”を生きていけるだろうか。夕映が散々守りたかったのどかの悲しみに満ちた顔が、脳裏によぎる。千雨はぎゅっと目をつぶり、葛藤する。たっぷり、1分は考えただろうか。千雨の身体は勝手に動き出した。

「ああ、くそ!」

 もと来た道を引き返す。夕映を救う。それは今しか出来ないことなのだと言い聞かせながら。そして、それは自分が誰かの“日常”を守る道を選んだことを示していた。

「今だけは…… あいつの“日常”を、守ってやる!」



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン08(リテイク)
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:faf379a3
Date: 2009/12/16 17:10
「はあ、はあ……」

 夕映は痛めた肩を押さえながら、息を切らす。度重なる攻撃でぼろぼろになった制服が、攻撃の苛烈さを物語っていた。一方、“スネークハンド”の方は、さほどダメージを負ってないらしく、服装も、夕映ほどひどく損傷してはいなかった。

「っ!」

 短い呼吸と同時に、夕映は無数のつぶてを放つ。高速のつぶては狙い違わず“スネークハンド”の急所をすべて捉えた。が、“スネークハンド”が手をかざすと、その全身を稲妻の盾が覆い、夕映のつぶてをすべてはじき返した。

「ふん、お前の攻撃なんて、ちーっとも効かないよ~」
「く……」

 まさかここまで強いとは、夕映にも予想外だった。夕映自身の攻撃力は、さほど高くない。攻撃手段はあっても、せいぜい牽制レベルだ。本来の夕映の能力の大半は、味方への支援能力である。仲間がいてこそ、真価を発揮するタイプなのだが、いかんせん現状は一人。乏しい攻撃力ではやつを倒すことは到底無理だろう。

「ほーら!」

 ぶん、と振るわれた“スネークハンド”の巨大化した手が、夕映を張り倒した。

「ああっ!」

 なす術なく、真横の壁に激突する。衝撃で壁が陥没していることが、その攻撃の威力を物語っている。並の人間なら、とっくに死んでいる一撃だが、それでも夕映は生きていた。身体が、再構成を始め、無理やりにでも意識を覚醒させる。ふらふらになりながらも、夕映は、歯を食いしばって立ち上がろうとする。だが、それが限界点だった。ぷつり、と何かが切れる音が脳に響くのと同時に、夕映の身体は前に倒れ伏す。

「く……」
「手こずらせやがって……」

 “スネークハンド”は夕映の頭を踏みつけ、ぐりぐりとなじる。苦痛にもだえながらも、夕映にはもう何もすることが出来なかった。

「よくも僕の邪魔をしてくれたな…… お前はまずそうだけど…… 骨も残さず食い尽くしてやる」
(ごめんなさい、のどか…… わたしはここまでのようです…… 最後まで嘘吐きなわたしを、許してください……)

 観念したのか、夕映は目をつぶり、その瞬間を待った。生ぬるい液体が、夕映の頬を伝う。“スネークハンド”から滴った唾液が、夕映の頬を濡らしたのだ。ああ、これでわたしは死ぬんだ。そう確信させる。
 だが、次の瞬間。
 雷が落ちたような轟音が響き、夕映の頭を押さえつける足が突如振り払われた。一瞬何が起こったのか分からず、目を開けると、そこには信じられないものが目に映っていた。

「はあ、はあ、はあ……」

 千雨が片手を掲げ、荒い息を上げている。電光を放った名残なのか、パチン、と音を立てて、手から火花が飛び散った。“スネークハンド”は、突然の攻撃に反応することが出来なかったのか、直撃を受けて、のた打ち回っている。千雨は、倒れた夕映に駆け寄り、無理やりその手を取って起き上がらせる。

「とっとと逃げるぞ!」
「どうして……?」
「うるせー! 身体が勝手に動いちまったんだよ!」

 ぶっきらぼうな怒鳴り声だったが、夕映はそれが、照れ隠しなのだろうと理解する。

「走れ!」
「は、はい!」

 千雨はその手を取って、夕映とともに、その場を脱出した。



「長谷川さん…… どうして来たんですか!?」

 千雨に手を引かれながら、夕映はそう問いかけた。

「わたしは逃げろと言いましたよ!? どうしてわたしの提案を無視してまで、わたしを助けてくれたんですか!?」
「だからだよ!」

 夕映の強い語気に負けじと、千雨はそう怒鳴り返した。

「お前、自分のこと考えてなかったろ!? それがちょっとむかついたんだよ! 誰かが犠牲にしてまで、“普通”に戻れるほど、あたしは人間悟っちゃいねーんだよ!」
「あ……」

 ようやく、夕映は自分の過ちに気がつく。千雨は夕映が犠牲になることを許容できなかったのだ。どうしてそんな当然のことに頭が回らなかったのか。己の愚かさをかみ締める。

「それにお前、宮崎が大事、つったよな?」
「は、はい……」
「お前がいなくなったら、宮崎がどんな顔するか想像したのかよ!?」
「…………!?」
「てめー、言ったろ? だいじなもん守りたいって。だったら、なんでそれを悲しませようと考えるんだよ!? そう考えたらな、いても立ってもいられなかったんだよ! いっちょ説教かましてやらねーと気が済まねー、ってな!」

 そして知る。千雨は自分のことを守りに来たのだと。

「あの……」
「なんだよ?」
「ごめんなさい…… それから、ありがとうございます」

 夕映の心からの謝礼に、千雨の顔が熱くなった。

「……やめろよ、恥ずい」
「……照れてますか?」
「照れてねーよ!」

 思わずむきになって答えてしまう千雨。それではもうどんなに否定しても、意味がなかった。千雨は照れ隠しをするかのように、走る速度を上げて、夕映を引っ張った。
 だが、突如、何かが足に絡みつき、千雨は夕映ともども派手にアスファルトに転んだ。苦痛に顔を歪ませながら、足を見る。そこには、千雨の予想通りのものが巻きついていた。

「やーっと追いついたよ、ちうちゃん……」
「てめー……」

 “スネークハンド”の声が遠くから聞こえる。かなり長い距離から手を絡ませてきたのだろう、本体の姿は豆粒のように小さかった。千雨の身体が、ずるずると引きずられていく。それを察知した夕映は、小さな身体で、必死に支える。

「くう……」

 だが、非力な夕映の力では、千雨の身体を支えきることは出来なかった。徐々に引き離されようとしている。必死に掴んだ千雨の身体から、徐々に指が離れていく。それでも指を絡ませて、何が何でもその手を離すまいとする。

「綾瀬…… もうよせ…… お前じゃ、無理だ……」
「い、いやです……」

 顔を赤くしながら、夕映はきっぱりと拒否した。

「あたしはいい! どうせあたしには、守るもんも、大事な絆も、何一つねーんだ! 人間にも戻れねーなら、いっそ……!」
「馬鹿言わないでください!」
「!!?」
「本当にそう思いますか? あなたが死んで、悲しまない人が、誰一人いないと本気でそう思っていますか!?」
「綾瀬……!?」
「わたしは悲しいです! あなたがいなくなったら! のどかだって、きっと悲しみます! これは、あなたが言ったことそのまんまですよ!?」
「お前……!」
「だから…… この手は、死んでも…… 離すものですか……!」

 夕映は、足に重心を置き、必死で千雨を支える。だが、それでも、彼女には千雨を支えるだけの力は残っていなかった。無情にも、先ほどとは比較にならない力が込められ、夕映の指が、千雨の身体から虚しく離れていった。

「ああ……!!」

 夕映の悲痛な顔が、千雨の顔に飛び込む。千雨の身体が、“スネークハンド”に引き寄せられようとする。
 刹那。
 一陣の風が舞った。
 夕映の脇を誰かがすり抜ける。そしてそれは、一瞬にして暴虐の風となる。“スネークハンド”の腕が、鋭利な刃物で突如切り離された。

「ひぎゃあああああああああああ!!」

 甲高い悲鳴を上げ、傷口を押さえて、苦痛を訴える。吹いた風は、徐々にその輪郭をあらわにする。

「隼人、先生……」
「綾瀬、長谷川! 無事か!?」
「は、はい……」
「なんとか……」

 呆然とした表情を浮かべて、二人は返事をする。

「お、お前、僕の手をどうした!?」
「斬り捨てた」
「…………!!」

 そっけなく答える隼人に、“スネークハンド”は顔を歪ませる。怒りに。

「お前…… よくもおおおおおおおおおおおおおお!!」

 “スネークハンド”の傷口が異常な再生を始める。それは無数の触手となり、いっせいに隼人を貫かんと、その全ての先が、銛の穂先のごとく尖っている。“スネークハンド”は、いっせいにそれらを隼人に伸ばす。

「先生、危ねー!!」

 千雨の警告が飛ぶ。だが、隼人はその警告よりも先に、身体が動いていた。襲い掛かる触手のことごとくを、あるいは体術でかわし、あるいは手にした刀で切り払い、致命的な攻撃を、全て回避する。それだけに圧倒される。高崎隼人は、強いと。
 だが、“スネークハンド”の一本の触手を回避したとき、夕映の鋭い警告が飛ぶ。

「先生、下です!」
「何!?」

 夕映の指摘と同時、いっせいにかわしたはずの触手が、アスファルトを突き破って、隼人の足元から攻撃してきた。間一髪でそれを回避するも、足に軽い傷を負う。

「ち……!」
「くそう、ちょこまかと…… それにお前! 何で邪魔するんだよおっ!?」

 触手の一本が、隼人の脇をすり抜け、アドバイスを下ゆえの胸めがける。いきなりの攻撃に、夕映の身体は反応できない。鮮血が、夕映の胸を染め上げる…… ことはなかった。
 ひゅっ、という風きり音とともに、細い“糸”が、触手に巻きつき、その動きを食い止めた。

「私の生徒を…… 傷つけるな!」
「椿先生!?」
「大丈夫?」
「はい! ありがとうございます!」
「ちくしょう…… どいつもこいつも、僕の邪魔ばかり……お前ら何なんだよおっ!?」

 口から泡を吹きながら、“スネークハンド”は絶叫した。隼人は千雨を、椿は夕映をかばうように、背に二人を隠す。そして、二人は自分の得物を掲げ、宣言する。

「“スネークハンド”。これ以上長谷川に近づくな。さもなければ……」
「お前を、切り裂いてやる!」
「うるさい! うるさい、うるさい! お前ら、僕の邪魔ばかりしやがって! お前らは同じだ…… あのババアと同じだ! いつもいつも僕に小言ばっかりうるさく言いやがって!」

 地団太を踏みながら、“スネークハンド”は隼人たちの言葉に耳を貸そうともしなかった。

「お前らも、あのババアと同じ目にあわせてやる…… そして今度こそ、ちうちゃんを僕のものにするんだあっ!」
「……おい、言っておくが、長谷川はお前の好きなネットアイドルのちうとかじゃ……」
「……あたしだよ」
「……はあ?」
「だから! そのちうってのはあたしなんだよ!!」
「「ええええええええええっ!?」」

 突然の千雨の暴露に、隼人と椿の驚愕の声が響き渡った。

「な、なるほど…… それで長谷川さんを執拗に狙っていたのね……」
「これであいつが長谷川を狙っていた理由の説明はついた、が……」
「ああくそ! こんな状況じゃなかったら、この秘密は墓場まで持ってくつもりだったんだ!」

 千雨は顔を恥辱に染め上げる。“スネークハンド”は嬉しそうに、その様子を眺める。

「ちうちゃん! どうして僕のそばに来てくれないの!? 僕はただ、君が大好きなだけなのに!」
「うるせー! てめーに一つ言っときたかったことがある。耳の穴かっぽじって、よーく聞きやがれ!」

 千雨はそう言うと、すう、と息を吸い込んだ。

「てめーの好きなネットアイドルのちうってやつはこの世のどこにもいねーんだ! ここにいるのはあたし、長谷川千雨だ! もう一度言うぜ、ネットアイドルのちうなんて、この世には存在しねーんだ!」
「…………!」

 千雨に突きつけられた現実に、“スネークハンド”の何かが壊れる。その顔は悲哀、困惑、そして絶望へと変わっていく。

「……ちうちゃん、どこ……?」
「……は?」
「ちうちゃん、どこ!? でてきてよ、ちうちゃあああああああん!!」

 “スネークハンド”の悲痛な叫びが木霊する。それと同時に、彼の周囲が大きく揺らぎ、彼の激しい絶望が、彼の《ワーディング》を通じて、隼人たちに伝播する。それは、隼人たちの中にあるレネゲイドを活性化させ、激しい衝動を揺り動かす。

「ぐ……」

 湧き上がる衝動を、隼人は奥歯をかみ締めて、必死に押さえ込む。それは、椿たちも緒たちも同じで、苦悶の表情を浮かべながらも己の衝動と戦う。

「はあああああああああああ……」

 隼人は深呼吸と自己暗示によって、何とか衝動を制御する。椿と夕映も、衝動を押さえ込んだようで、その瞳には、しっかりとした意志の瞳が宿っていた。
 だが。

「うあああああああああああああっ!!」

 千雨だけは違った。激しく頭を振り、髪を掻き毟り、衝動を吐き出そうとするも、自分のうちから湧き上がるものを抑えきるには至らなかった。千雨の身体から、電流があふれ、それは周囲のガラスを砕き、アスファルトにひびを入れ、破壊の限りを尽くす。そして、千雨の目は、今最も破壊したいもの――すなわち“スネークハンド”に向けられていた。

「……壊シテヤル!」

 千雨の放った電光が、“スネークハンド”を直撃した。



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン09(リテイク)
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:6197a4e3
Date: 2010/02/13 20:02
 直撃した電光は、しかし“スネークハンド”の身体を焼き払うまでには至らなかった。手に生えた触手が、“スネークハンド”を守り、それら数本を焼き払っただけ。壊れてない。千雨がそれを知ると、一瞬悔しそうに、だが次は、にいっ、と満面の笑みを浮かべた。まだあいつを壊せる。そう確信すると、この上ない歓喜の感情が、千雨の精神を支配した。それに呼応して、千雨の身体中から電光が迸った。

「おい、長谷川! しっかりしろ、長谷川! ……ちっ、完全に暴走している! 椿、頼む!」
「了解!」

 椿は千雨に駆け寄り、暴走する千雨に呼びかけを試みる。肩を揺さぶろうとするも、電流によって、それを阻まれる。

「長谷川さん! しっかりして! 長谷川さん、衝動に飲まれちゃだめよ!」
「壊シテヤル…… 壊シテヤル……!」
「長谷川さん!!」

 だが、千雨の耳には椿の声は届いていなかった。ただひたすらに、やつを壊したい、それだけが千雨の心を統べていた。

「先生! そのまま呼びかけを止めないであげてください! わたしは…… 先生たちを援護します!」
「……お願いできる?」
「はい、ですから……」
「分かってるわ。長谷川さんは、絶対にジャーム化なんてさせない!」

 椿は決意を新たに“糸”を引き伸ばし、“スネークハンド”に振るう。極細の“糸”が、鋭利な刃となり、触手を切り裂いていく。だが、切った先から触手は異常再生を繰り返し、それ以上の触手と銛を生み出していく。

「……キリがないわ」

 せめて、その触手の動きを少しでも鈍らせようと、椿は“糸”を操り、それらを絡み取る。“スネークハンド”は増殖した触手を、いっせいに伸ばし、隼人たちを攻撃する。それらのことごとくを隼人は切り伏せ、椿が糸で切り裂き、夕映がつぶてで軌道を反らす。千雨はそれに気づくことなく、電流を迸らせて、“スネークハンド”を焼き尽さんと躍起なっている。数本の触手が、千雨の電流を逃れ、千雨を貫こうとその銛の穂先を向けた。

「いけない! 長谷川さん!」

 それに椿が割ってはいる。そして椿の胸、腹に、触手が突き立てられ、鮮血があたりを濡らした。

「椿先生!」
「だい、じょうぶ……」

 引き抜かれた触手は、血で赤に染まり、椿のスーツも真っ赤になる。致命傷は確実のはずだが、それでも椿は生きている。胸と腹に開いた穴は、既に塞がりかけ、出血も止まっていた。

「ですがそんな無茶は……」
「あなたたちを守るためよ。このくらい、どうってこと、ない……」

 椿は苦痛に顔を歪ませながらも、強い意思でそれを飲み込んだ。

「椿、俺はやつに飛び込む! 綾瀬たちを頼む!」
「分かった!」

 隼人は刀を構え、懐から、小さなネームプレートの欠片を取り出す。それを隼人の刀に押し付けると、それは見る見るうちに、刀身を黒に染め上げていく。

「またお前の力、借りるぜ! “ダインスレイフ”!!」

 隼人は次の瞬間、残像を残し、一瞬にして、“スネークハンド”の懐に飛び込み、見切るのも困難な速さで“スネークハンド”の触手の束を切り裂いた。切り裂かれた触手は、地に落ちると、次第に結晶化し、粉々に砕け散る。切り裂かれた傷口さえも結晶化をはじめ、再生することさえ叶わない。

「ちうちゃん、どこ? ちうちゃん……」
「……同情はしないぜ。お前は…… やりすぎた」

 “スネークハンド”はもはや隼人のことなど、目に入っておらず、うわごとのように自分の愛したちうの名前を呼び続けていた。それを冷ややかに見る隼人。彼の言によれば、彼は自分の母親を殺している。そのような人間にかける情けは、さすがに隼人も持ち合わせていなかった。懐に飛び込んだ隼人を、触手はそれ自体が意志を持っているかのように、いっせいに排除しようと攻撃する。だが、それらの攻撃を、隼人は体術と剣技でかわしていく。避けきれない攻撃は、夕映が丁寧に叩き落していく。

「すまん、綾瀬!」
「いいえ、私に出来るのはこの程度ですけど……」
「十分だ!」

 実際、夕映のサポートは的確だった。隼人や椿の動きに合わせて危険な攻撃を叩き落してくれる。そして、

「隼人先生! やつは主に左で避ける癖があります! それを利用してください!」
「おう!」
「椿先生! 右から来る攻撃はかなりの確率で急所を狙ってきます! 右の攻撃は要注意です!」
「ありがとう!」

 このアドバイスのおかげで、隼人たちの動きは、俄然よくなる。この戦況コントロール能力こそが、夕映の本領である。

「おそらく次にやつは、下からの攻撃を絡めてきます! 足元にも注意してください!」
「「了解!」」

 二人は、頷く。

「長谷川さん! 私の声を聞いて! お願い! 答えて!」

 椿は千雨の呼びかけを忘れない。だが、千雨はぎらついた目で、“スネークハンド”をにらみ、椿の言葉に耳を貸す様子はなかった。

「く…… なら!」

 椿は覚悟を決め、火花が飛び散る千雨の身体に手を伸ばす。ばちいっ、と激しい火花が飛び散り、椿の手を弾き飛ばした。

「ああっ!」

 黒焦げになった手が、その威力を物語る。だが、それでも彼女を正気に戻すためには…… 椿は思いっきり腕を振りかぶり、千雨の頬に平手を張った。

「っ……」

 思わぬ激痛に、一瞬千雨の瞳に正気が戻る。身体を迸る電流が霧散し、千雨は頬に残る痛みに、そっと自分の手を押し当てた。一方、椿の手も無事では済まなかった。張った手のひらが黒く炭化している。

「あ……」
「私がわかる? 長谷川さん」
「玉野、先生……」
「正気に戻ったわね…… よかった……」
「あたし、一体……」
「っ! 伏せて!」

 椿が千雨の頭を押さえつけ、無理やり姿勢をかがませる。どすっ、と言う鈍い音と同時に、びしゃり、と千雨の頭の上に、生暖かい液体がかけられる。恐る恐る顔を見上げてみると、椿の胸に、太い触手が、深々と突き刺さっていた。

「先生!? 玉野先生!」
「怪我は…… ない?」
「あ、ああ! でも、先生が……」
「へい、きよ……」

 椿は触手を掴んで、それを引き抜く。胸を手で押さえるも、おびただしい血が周囲を赤く染める。が、それもすぐに治まる。椿は押さえていた手を離すと、そこにはさっきまで空いていた胸の傷が、もう塞がりかけていた。

「私たちにはこの程度では致命傷にならないわ…… レネゲイドが激しく活性化するけれど、ね…… 正直、もう身体は限界に近いわ…… 後は私の精神力、だけね……」
「……んでだよ」
「?」
「何でそこまで命かけられんだよ!? 自分が化け物になるかもしれないんだろ!? 怖くねーのかよ!?」
「怖いわ」

 はっきりと、椿は言った。

「ジャームになるのが、私たちは皆怖い…… でも、それでも私は、あなたたちの“日常”を守りたいの……」
「だから何で!?」
「最初は、それが当たり前だったから…… 私はそう教えられてきたからだった…… でも今は違うわ。私は守りたいから、こうして戦うの。後悔はしてないわ」
「…………」

 千雨は知った。椿の強さを。そして、それは少なからず、彼女の心の何かを揺り動かした。

「なあ…… あたしにも、見つかるかな?」
「何がかしら?」
「あたしの守りたいもの、見つかるかな?」
「見つけましょう。だけど今は……」

 椿は千雨に覆いかぶさり、千雨をかばいながら、地面を転がる。それを追いかけるように、次々と触手が、突き刺さっていく。

「生き残りましょう!」
「……ああ!」

 千雨は椿の胸の中で、力強く頷いた。

「椿先生! 長谷川さん! 上です!」
「! しまった!」

 椿は千雨をかばうように覆いかぶさり、触手に背を向ける。この体制では避けられない。せめて千雨だけでも。椿は覚悟を決める。だが、その攻撃は到達すらしなかった。突如出現した黒い球体が、椿たちを覆い、攻撃の全てをはじき返した。

「大丈夫ですか!? 二人とも!」
「ありがとう、綾瀬さん!」

 椿は立ち上がって体勢を立て直し、千雨を引っ張りあげて、千雨の身体についたほこりを叩き落とす。

「……あなたは私が守るわ」
「止めてくれ、先生」
「……どうして?」
「その…… 今だけでいいんだ。あたしも、先生のこと、守らせて欲しい」
「…………」

 千雨の決意は固い。椿はそれを悟ったようで、ふう、と小さく息を吐いた。椿は“糸”を伸ばし、“スネークハンド”の触手を切り裂いていく。そっと、千雨の脇に立つ。ただし、今度は千雨をかばうようにではなく、千雨と並んで。

「行きましょう、長谷川さん!」
「ありがとうよ、先生!」
「綾瀬さん、長谷川さんの手助けをしてあげて! 力の使い方を教えてあげて欲しいの!」
「了解しました!」

 椿は“糸”を伸ばし、孤軍奮闘する隼人の手助けをするように、その触手の動きを絡めとり、隼人の動きを補助する。それに答えるかのように、隼人の斬撃が、触手を斬り飛ばしていく。だが、いまだに本体にダメージが行き渡らないことが、隼人の脳裏にあせりを生む。

「くそ! この触手、邪魔だな!」
「ちうちゃん、どこ、ちうちゃん……」

 隼人は“スネークハンド”の妄言を無視し、ひたすらに自分に向かってくる触手を斬っていく。既に身体中のレネゲイドの活性は臨界点をとっくに超えている。これ以上長引くのはまずい。何かきっかけがあれば…… 隼人の焦りを察知したのか、夕映が漆黒の球体を、その手に生み出した。それをコントロールし、“スネークハンド”に投げつける。それは、“スネークハンド”の目前で巨大化し、彼の身体をすっぽりと包み込む。

「ぐうっ…… 重い……!」

 “スネークハンド”の身体の動きが、極端に鈍くなる。超重力の枷が、彼の身体を、完全に無防備にさせた。

「チャンスですよ! 先生!」
「ありがとうよ! 綾瀬!」

 隼人の身体がぶれ、超高速で“スネークハンド”の全身を切り刻んでいく。触手が一本、また一本と切り飛んでいき、結晶となって砕け散っていく。隼人の速度が上がる。上がり続ける。触手を生やした腕の根元が切り離され、傷口を結晶化して、これ以上の再生をさせようとしない。

「ひぎゃあああああああ! 僕の、僕の腕がああああああああああああ!」
「これで終わりだ!」

 隼人は、止めの一撃を振りかぶり、それを一気に振り下ろす。これで終わる。隼人はそう確信していた。
 だが。
 斬った手ごたえがない。

「何!?」

 驚愕の声を上げる隼人。“スネークハンド”は斬られる直前、自分の身体を真っ二つに自ら割って、隼人の渾身の一撃をかわして見せたのだ。振り下ろされた刀が、アスファルトを叩き割る。黒い刀身が、すうっと元の鉄色に戻る。その隙を逃さず、“スネークハンド”の残った腕が、槍と化し、隼人の胸を深々と貫いた。

「が……」

 ずるり、とその身体から、腕が引き抜かれる。がくり、とひざを付く隼人。

「隼人!?」
「だい、じょうぶだ……」

 隼人はゆっくりと立ち上がり、刀を構えなおす。だが、その足は震えている。気力だけで立っているのは明らかだ。

「でも、もう限界でしょう!? 大丈夫なの!? “ダインスレイフ”の力も維持できないくらいに消耗してるのに!」
「分かってる! だが、ここで寝るわけにもいかないだろ!」

 隼人は“スネークハンド”に再び切りかかっていく。だが、硬質化した腕と電撃の盾によって阻まれ、思ったような一撃が出せない。椿も“糸”で腕を絡め取って、隼人を支援するも、大勢に影響は及ぼす気配はない。

「……高崎先生!」

 援護しようと放った千雨の電撃が、“スネークハンド”の身体を貫こうとする。だが、それも電撃の盾によって阻まれる。臍をかむ千雨。

「くそ! あたしの力じゃ、足りない!」
「違いますよ、長谷川さん」
「綾瀬?」
「長谷川さんは、まだ自分の力の半分も出し切っていないはずです。もっと長谷川さんには、いろいろなことが出来るはずです」
「…………」
「コツを教えます」

 夕映は千雨の脇に立つ。

「まずは、精神を集中します。あなたの力の源は、強い精神力に裏打ちされたものですから」
「……分かった」

 千雨は夕映のアドバイスに従い、深呼吸をして、精神を落ち着かせる。

「次に、力を一点に絞ります。そして、それを暴発しないように精神で押さえつけるのです」

 ゆっくりと手をかざし、電撃をその手に集中させる。今にもはじけ飛んでしまいそうなそれを、千雨は自らの意志で押さえつける。抑制された電撃は、千雨の手の中でどんどんと大きくなっていった。

「後は簡単です。敵に向かって、思いっきり開放する!」
「分かった……」

 千雨は自分の制御の限界点まで、手に電撃を集めていく。その脳裏には、自分のもう一つの顔、ネットアイドルとしての自分、ちうの姿を浮かべる。自分であって自分とは違う存在であり、今回の事件の発端。

「受け取れよ…… あたしからの…… お前の好きなちうからの一撃だ!」

 千雨は電撃を開放する。今までとは比べ物にならない、激しい電光が迸った。それは意志を持っているかのように軌道を変え、はるか高くまで登り、一気に“スネークハンド”の頭上に降り注いだ。

「ぎゃああああああああああああ!!」

 苦悶の絶叫を上げる“スネークハンド”。その防御が、完全に開く。その隙を隼人は逃さなかった。渾身の突きを、彼の頭に叩き込む。頭蓋を貫通し、脳を突き破る隼人の刀。

「あ…… あ……」

 “スネークハンド”は口をパクパクさせる。その目には、死の影が宿る。

「いやだ…… 死にたくない…… 助けてちうちゃん……」

 頭から徐々に結晶化していく“スネークハンド”は、残された力で、千雨に残った腕を伸ばし、助けを懇願する。だが、千雨は伸びてくる腕を見て、

「ひ……」

 と、恐怖のまなざしで振り払った。

「…………!」

 驚愕の表情を浮かべながら。
 “スネークハンド”は全身を結晶化させ、砕け散った。



「ふうー……」

 隼人が、ひざを付く。精神力の限界を迎え、力が抜けたのだ。

「隼人。大丈夫?」

 椿が駆け寄り、容態を尋ねる。

「ああ…… なんとかな。しばらくは動きたくないがな」
「大丈夫そうね」
「……あの二人は?」
「無事よ。ジャーム化もしていない。大きな怪我もないわ」
「まあ、服装は俺が直すからいいとして……」

 隼人は、ゆっくりと千雨たちに近寄っていく。

「長谷川。後で俺たちのところに来い。無断欠勤の説教が待ってるからな」
「……分かったよ」
「綾瀬、お前も今日は学校サボったことには変わりないからな。おとなしく俺たちに怒られろ」
「……確かに言い訳は出来そうにないですね」
「宮崎たちにも謝っておけよ。お前を心配してたんだからな」
「……はい」
「通達は以上だ。……行くぞ、椿」

 隼人は二人の脇を通り過ぎた。ぼろぼろの服が、見る見るうちにきれいになっていく。椿はその背中を見送る二人に、そっと声をかける。

「今日は大変だったわね、二人とも。まあ、今日のことは感心しないけど」
「……すみません」
「まあ、反省してるならいいわ。それより、長谷川さんのこれからのことだけど……」

 椿は一度言葉を切った。

「まずは一度、簡単な検査を行うわ。レネゲイドが安定しているかどうかとか、色々ね。それと正式なレネゲイドのコントロールの訓練を受けてもらう。これはあなたの今後に関るから、きっちりと受けて頂戴」
「……分かった」
「それと…… 長谷川さんに、とても大事なことを言わないといけないわね」
「大事なこと?」
「友達を多く作りなさい。それがきっと、あなたを人間へと引き戻す唯一の方法だから」
「……あのクラスに馴染むのは苦手なんだけどなあ」
「なら、まずは綾瀬さんから始めてみたらどうかしら?」
「へっ?」
「……はい、わたしは全然いいですよ」
「決まりね。じゃあ、適当なところで隼人に服を直してもらいましょう」

 椿はそう言って、千雨たちの背中をトン、と軽く叩いた。



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン10
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:6197a4e3
Date: 2010/01/19 16:13
 翌日。タカミチと隼人の説教を終えて、憔悴しきった千雨に、同じく説教を受けて、疲れきった顔をした夕映が、話しかけてきた。

「こんなに怒られたのは、久しぶりでした……」
「あたしもだ……」
「高畑先生はやっぱり怒らせてはいけませんね……」
「ああ……」

 不思議と共通の話題があるのか、二人の会話が弾む。もっとも、その内容はタカミチ怖い、に集約されていたが。

「長谷川さん、今日の放課後、どうしますか?」
「どうって……」
「いかがでしょう? わたし達と一緒に、図書館島に行ってみませんか?」
「…………」
「きっと、のどかやパルもオーケーしてくれますよ?」

 夕映の提案に、千雨は顎に手を当て、たっぷり30秒は考える。昨日の椿の言葉を思い出す。友達を多く作れと。これは一つのきっかけなのだろう。もしかしたら、自分も椿のような強い人間になれるかもしれない。

「……面白い本、あるか?」
「はい。きっと長谷川さんの気に入る本が見つかるかもしれませんよ?」
「分かった。今日だけは付き合ってやる」
「ありがとうございます。長谷川さん」
「……千雨でいい」
「あ……」

 ぶっきらぼうな言い方だった。だが、それでも彼女は嬉しかった。

「はい、千雨さん」

 夕映は満面の笑顔で、千雨の名前を、呼んだ。



「あー…… 昨日の仕事のサボり分がこんなに大量に……」
「自業自得でしょ? これをきっかけに、ちょっとは真面目になったら?」
「お前も昨日仕事抜け出しただろうが!」
「私はきっちり、少しずつだけどやってるもの。誰かさんと違ってね」

 にべもない椿の物言いに、隼人はたまった書類の中に顔を突っ込んだ。

「畜生……」
「これはまた、溜め込んだねえ、高崎先生」
「あ、高畑先生……」

 苦笑しながら、タカミチは隼人の机にためられた書類を、一枚無造作に手に取った。

「さすがにこれはきついだろ。少し僕も手伝ってあげるよ」
「マジっすか! ラッキー!」
「高畑先生、隼人を余り甘やかさないでください!」
「いやいや、さすがにこれ一回きりだよ。余りこれを繰り返すと、癖になるからね」
「それでも助かります先生! ありがとうございます!」
「まあ、これをきっかけに少しは仕事をして欲しいと思うけどね」

 じゃあ、これだけもらってくよ、とタカミチは書類の一束を取って、自分の机に載せる。

「……高畑先生に足向けて眠れないわね」
「全くだ。あーあ、面倒くせーなーなあ……」

 ぼやきつつ、隼人は書類にペンを走らせる。やっとやる気になったか、と椿は心の中でつぶやいた。
 と、職員室に、隼人のよく知る生徒が入室してくる。

「桜咲……」

 隼人のつぶやき通り、それは、昨日“スネークハンド”に操られて、隼人を攻撃してきた刹那だった。

「高崎先生、ちょっとお話が……」

 そして、大方の予想通り、刹那は隼人を指名した。

「……分かった。椿、お前も来てくれ」
「何?」
「すみません。ここでは話しにくいので、人気のない場所が好ましいのですが……」
「……わけありのようね。分かったわ」

 椿もそれに同意する。隼人たちは職員室を後にし、今の時間、人気のない場所を刹那に尋ねてみる。

「今の時間なら、屋上にはまず人はいません。そこでなら、ゆっくり話が出来ますね」
「分かった。じゃあ、屋上だな」

 刹那の案内で隼人は屋上へ行くことを決定する。屋上へと続く階段は、刹那の言うとおり、人気はほとんどなく、屋上へと着いたころには、人気はぱったりと途絶える。念のため、隼人は屋上の鍵を閉める。これで三人以外、誰も屋上には入ってくることはない。

「……昨日の答えを聞きに来ました」
「……もう少し待って欲しかったんだがな、俺は」
「すみません。あなたの答えが気になって、眠れなかったもので」
「それは悪かった」

 隼人は自体を飲み込めてない椿に、簡単に説明する。昨日の刹那の襲撃。そしてそのときの会話を。

「……話しちゃったの?」
「ああ。こいつなら問題ないと判断した。霧谷さんの特例事項に乗っ取ったまでだ」
「では、玉野先生も……?」
「ああ。俺たち二人は、オーヴァードだ」
「…………」
「驚いたか?」
「少なからず。では聞かせてください。オーヴァードとは、一体なんですか?」
「分かった……」

 そう言って、隼人は長い話を始める。オーヴァードの源、レネゲイドウィルスのこと、それに感染、発症したものがオーヴァードと呼ばれること、そして、自分たちがオーヴァードと人間の共存を掲げる組織、UGNに所属していることを包み隠さず。刹那は真剣にその話を聞き終え、ポツリとつぶやいた。

「にわかには信じられません。この世界が、その…… もう既に変貌しているだなんて」
「だがこれは紛れもない真実だ」
「あの、先生。そのウィルスって、もしかして、わたしも感染しているのでしょうか?」
「……多分な。発症していないだけで」
「…………」
「どうした?」
「ごめんなさい。私事です。話の腰を折ってしまいましたね」
「いいわ。これで私たちオーヴァードのことはおしまいよ。ほかに聞きたいことは?」
「では、ふたつ目の質問。あなた方の目的はなんですか?」

 これには椿が答える。自分たちの真の目的、UGNと関東魔法協会の共闘、その橋渡しの交渉人であることを明かした。これはさすがに刹那も驚いたのか、目を丸くする。

「……本気ですか? あなたたちと魔法使いの共闘などと」
「少なくとも霧谷さん――俺たちの上司は本気のつもりだ。ジャーム化の治療に違う力を持った人間がいれば、別のアプローチが出来るかもしれない。そう考えているのは事実だ」
「……随分と理想主義者のようですね。あなた方の上司は」
「それは否定しないわ。でも理想なくして現実を動かせはしない」
「……そうですね」
「桜咲、できればお前からも交渉に臨んでもらえると助かる。俺たちだけでは交渉は出来ないからな」
「…………」
「そのために俺たちは、全てを話した」

 隼人は真摯な目で刹那を見る。だが、刹那は小さく頭を振った。

「……おそらくわたしでは交渉の手助けは難しいかもしれません」
「……なぜだ?」
「お二人はご存じないかもしれませんが、わたしの関東魔法協会の立場は、かなり微妙な立ち位置になるんです。とてもではありませんが、ほかの皆さんの意見を覆せるほどの影響力は……」
「……そうか」
「すみません。お役に立てなくて……」
「いや、いい。駄目もとのつもりだったからな。余りその辺に関しては期待していない」
「…………」
「せめて、誰か協力してくれる人間を教えてもらえると助かるんだがな」
「……それも、無理ですね。おそらく、ほとんどの魔法使いたちは協力してくれないと思います。彼らは自分の力に誇りを持っています。失礼な言い方ですが、今さらオーヴァードとか言うわけのわからないものが共闘と言う甘い言葉を呼びかけても、耳を貸したりはしないと思います」
「……分かった。アドバイスありがとうな」
「いえ、このくらいしかお役に立てず、すみません」
「十分だ。なあ、椿、この任務、予想以上に困難らしいぞ」
「そうね……」

 隼人は、自分たちの任務に立ちはだかる厚い壁を、改めて実感した。



 闇と静寂が満たされた部屋に、一つだけぽつんと揺れる椅子。そこに、一人の男性が腰掛けていた。方眼鏡をかけた、若々しい理知的な顔とは裏腹に、その表情は冷徹なものを感じさせる。男の名は、アルフレッド・J・コードウェル。UGNの創立者でもあり、だが、同時にそれを裏切った“反逆の聖人”とも呼ばれる。
 コードウェルの背後から、足音が響く。誰かが近づいてきているようだ。その足音がやみ、そこには一人の男が恭しく膝を付いて、礼を整える。

「“悪魔の吐息”、お呼ばれに預かりました」
「よく来てくれた」

 厳かな声。それに緊張の面持ちを隠せない“悪魔の吐息”と呼ばれた男。自分がこの場にいるということは、彼直々に、新たな任務を授かるということでもある。その名誉に、歓喜で胸を躍らせる“悪魔の吐息”に、彼は言葉を続けた。

「君は、麻帆良と言う街を知っているか?」
「……いいえ、存じません」
「かの地には私も前々から興味を持っていたのだよ。何しろあの街には、数々の神秘と魔法使いがいるのだからな」
「魔法使い、ですか?」

 コードウェルから思わぬ言葉が飛び出し、戸惑いを隠せない“悪魔の吐息”。

「そうだ。われわれオーヴァードとも異なる神秘の力を使いこなす人間たち。興味深いとは思わないかね?」
「はあ……」
「私はね、なんとしても彼らの力や神秘が欲しい。もしもそれらが我らが使いこなせたというならば、それは我々に新たな進化をもたらすに違いない。そうは思わないかね?」
「……わたしには、あなた様のお考えは理解に及びません」
「それは残念だ。だが、私の言わんとすることは、理解してくれるかな?」
「魔法使いどもと接触を図れ、ということですか?」
「そうだ、方法は君の好きにして構わん。どんな手を使ってでも魔法使いを我らの手中に収めるのだ」
「……その任務、承りました」

 “悪魔の吐息”はすっと立ち上がり、一礼をする。

「魔法使い確保の任務。わたしにお任せを」

 それだけ告げると、彼は暗闇の中へと姿を消していった。
 残されたコードウェルは、静かに目を閉じ、瞑想にふけった。



あとがき
 ちょっと思うところがありまして、シーン7~9を大幅改定いたしました。改めてご覧ください。
 ようやく、ここに来てスタートラインに立ったような感じがします。ここから、魔法使いとオーヴァードが少しずつ交わっていきます。そして、あの組織もようやく動き出してきます。というか、ようやく動かせたw長かったー、と本気で思いますね。
 では、ご感想、ご意見お待ちしています。



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆 幕間01
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:6197a4e3
Date: 2010/02/13 20:01
「千雨さん、この後ちょっといいですか?」

 ある日の放課後。寮に帰ろうとした千雨を、夕映が呼び止める。今日は図書館探検部の活動日ではないはずだ。では、彼女の用事とは何なのだろうか。

「何だよ、一体」
「ちょっと、紹介したい人がいるです。出来れば早いほうがよさそうでしたので」
「……ふーん」
「何かこの後用事が?」

 千雨は考える。この後やることと言ったら、せいぜいブログの更新ぐらいだろうか。まあ、急ぎの用事でもないし、夕映に付き合ってみるのもいいかもしれない。なら、答えは一つだ。

「まあ、付き合ってやるよ」
「ありがとうございます」



 千雨は夕映に連れられて、人気のない教室の一室へと連れて行かれる。いきなり不安に駆られるが、今さら後にも引けない。妙な覚悟を決めると、夕映がある空き教室を前にして立ち止まる。ノックをすると、中から声がした。

「入ってるネ」
(あれ? この声って……)
「失礼します」

 夕映がドアを開く。そこには、千雨の知った顔が並んでいた。

「え? お前ら……」
「待ってたネ。ゆえっち」
「…………」
「紹介したい人とは、千雨殿でござったか」
「長瀬に古、それからザジ?」

 千雨は思わず中にいた人物の名を呼んでいた。そう、それは千雨のクラスメイト、長瀬楓、古菲、ザジ・レイニーデイの三人だった。まったくつながりのなさそうな組み合わせに、千雨の頭は混乱する。楓たちは、驚きを隠せない千雨に、にこやかに手を振ったりしながら、歓迎の意を表していた。

「はい、そうです。紹介します。この学園でわたしが知ってる、そしてわたしに協力してくれるオーヴァードの皆さんです」

 夕映は、手を広げ、先に中にいた三人を指した。

「はあ!? 何だそりゃ、聞いてねーぞ!? つか、またあたしのクラスの連中が、え? オーヴァード!?」
「そうでござるよ~。拙者もオーヴァードでござるよ」

 長身の糸目の女生徒、長瀬楓は、一枚のプリントを取り出し、軽く念を込める。プリントは、瞬く間に一本のクナイへと早変わりし、楓はそれを机に深々と突き刺した。

「それ……!?」
「これが拙者の力でござるよ。物を変化させる、モルフェウスという力でござる」
「高崎先生と同じ……」
「おや? 高崎とは隼人殿のことでござるか? まさかあの御仁もオーヴァードとは思わなかったでござるな~」
「あ…… やべ……」

 千雨は思わず口をつぐむ。だが、夕映たちは特に気にする様子もない。むしろ納得がいったという顔だ。

「つーか、いつから……?」
「そうでござるな…… 少なくとも、千雨殿が目覚めるよりずっと前からオーヴァードでござったな~」
「そうなのか……」
「楓さんの能力にはいつも助けられているです。千雨さんの眼鏡を直したのも、楓さんなんですよ」
「待て、それって……!」
「知ってたでござるよ。千雨殿が死んだことも、オーヴァードに覚醒したのも。夕映殿に頼まれて、千雨殿の制服や眼鏡を直したりするのは骨が折れたでござる」

 にこにこと笑いながら、こともなげに楓は答える。唖然とする千雨。

「黙っていたのは申し訳ないでござるよ。しかし、千雨殿が覚醒するまでは、絶対に自分の正体を明かさないのが、拙者たちが決めた決まりでござるからな」
「…………」

 こくん、とザジが頷いた。呆然とする千雨の脇を夕映は通り過ぎ、楓たちの元に歩き出して、千雨のほうに振り向いた。そして、恭しく一礼する。

「改めて自己紹介するです。綾瀬夕映。シンドロームはバロール/ノイマン。この四人のリーダーで、主に戦闘指揮と情報収集を得意とします」
「長瀬楓でござる。シンドロームはモルフェウス/エンジェルハイロゥ。戦闘を得意とするでござるよ」
「古菲ネ! シンドロームはサラマンダー/バロールアル! 敵を殴ってぶっ飛ばす! ワタシの得意分野はこれだけアルヨ!」
「…………」
「ザジさんはソラリス/オルクス/ハヌマーンです。戦闘には参加せず、情報収集や情報操作のほうを担当してもらっています」

 夕映に代わって自己紹介されたザジは、無表情のまま、Vサインをする。千雨の口はぽかんと開いたまま、塞がることはない。

「…………」
「わたし達は話し合った結果、千雨さんをわたし達の仲間に加えようという結論になりました」
「あたしも? いや待て、あたしは……」
「拒むのならそれでも構いません。ただ、千雨さんのそばにはわたし達がいる。それを知っておいて欲しかっただけですから。あなたは一人じゃない。それだけは分かってください」
「……あー」

 千雨は目をそらし、ぽりぽりと頬をかいた。彼女たちの情が、なんともこそばゆい気分であった。

「……なあ、しんどろーむとか、ばろーるとか、何なんだ?」

 千雨はごまかすように、三人の会話に出てきた単語に対する疑問を投げかける。夕映はその質問を予想していたのか、気を悪くすることなくはきはきと答えた。

「わたし達オーヴァードの力は、全部で12種の特性で分類されます。これらの総称をシンドロームと言います。バロールも、サラマンダーも、全てシンドロームの名前のことです」

 順に説明していきます、と夕映は続け、指を一本立てて、一気にまくし立てた。

「エンジェルハイロゥ。光を自在に操る力を得ます。また、五感を強化する特性もあるため、優れた射撃能力を得るのも特徴の一つです」
「拙者のシンドロームでもあるでござる。拙者の場合は光を操る力より、五感の強化が主でござる」
「次に、わたしと古さんのバロール。“魔眼”と呼ばれる球体を生み出し、重力や時間を操るシンドロームです」

 夕映は小さなブローチを取り出し、それを回転させて、宙にほうる。それは回転数を速め、徐々に一つの球体を生み出した。

「これが“魔眼”です。千雨さんも見ていますよね?」
「……ああ。確かにな」
「この数が多ければ多いほど、より強い力を持っていると言われますが、まあ、今はおいておきましょう。次はブラックドッグ。生体電流をコントロールし、電気を操るシンドロームです。おそらく千雨さんのシンドロームは、これでしょうね」
「…………」
「四つ目、ブラム=ストーカー。自分の血を自在に操ることで、武器や防具、自分の意のままに動く従者を作り出せるシンドロームです」

 夕映の説明は止まらない。それどころか熱を帯びてくる。

「キュマイラ。自分の体の一部、もしくは全身を獣のそれへと変化させるシンドロームです。こと攻撃力に関しては、右に出るものはいないはずです」
「ワタシもそのシンドロームになりたかったネ。残念だヨ」
「そしてエグザイル。椿先生や、先日倒した“スネークハンド”のシンドロームです。キュマイラとは違い、自分の肉体を直接変形させるシンドロームです。腕を伸ばしたり、体組織の一部を“糸”に変えたりできるのは、千雨さんが見たとおりです」
「玉野先生も、あの野郎と同類かよ……」
「それだけオーヴァードの変化と言うのは千差万別なんです。次にハヌマーン。反射神経を極限まで強化し、ありえない“速さ”を得るシンドロームです。また、体の一部を振動させて、“波”を操ることも出来ます」
「高崎先生の動きが尋常じゃないのはそれのせいか」
「そうですね。それから隼人先生のシンドロームなら、モルフェウスも説明しないといけませんね。これは物体を変化させ、望んだものを生み出すシンドロームです。先ほど楓さんが見せたのも、これです」
「拙者の得意技でござる」

 楓が胸を反らし、誇らしげな顔をする。

「それ以外にも、ものを生み出す過程で生まれる“砂”を操ることも出来ます。モルフェウスの説明はこれくらいでいいでしょうか。次はノイマン。発症した人間を超高速の思考、並列思考を可能とする、要するにあらゆる分野の天才になれるシンドロームです」
「……天才って、綾瀬お前、めちゃくちゃ頭よかったのかよ!?」
「はい、それが?」
「何で、そこの二人と一緒にバカレンジャーなんてやってんだよ!?」
「ひどい言われようでござる……」
「そのほうが、色々都合がいいからですよ。私の話は置いておきましょう。オルクスの話をします。自分の因子を周囲の空間にばら撒き、空間内の物体や動物を自在に操る“領域”と呼ばれる力の使い手です」
「…………」

 ザジがまた、無言でVサインをする。自分の力の一つであることを誇示したいのだろう。

「次はサラマンダー。古さんのシンドロームです。熱エネルギーをコントロールし、超高温、極低温を生み出します」
「ワタシのシンドロームネ! ワタシはどっちかと言えば、熱くするほうが得意アルヨ!」
「最後になります。ソラリス。体内でさまざまな薬物を生成、放出もしくは自身の体内で作用させるシンドロームです。ザジさんのシンドロームですね。これら12種類の組み合わせで、わたし達オーヴァードの能力を表現するです。大抵の場合、オーヴァードは2種類のシンドロームを発現します。これをクロスブリード、まれに一つのシンドロームだけを発現するオーヴァードをピュアブリードと呼んでいます」
「ちょっと待った」

 ブリードの説明に、千雨は待ったをかける。

「ザジのやつはシンドロームが3種類だったぞ。これは何だ?」
「最近になり、クロスブリードの中から、または新たに発症したオーヴァードの中に、三つ目のシンドロームが発現することがあります。これをトライブリードと言います。ザジさんの場合、クロスブリードから、ある日突然三つ目のシンドロームが発現したケースですね」
「はーん…… なるほどね……」
「これで全部です。ほかに聞きたいことは?」
「いや、いい。なんかそれだけ聞いておなかいっぱいだよ」

 さすがに聞き疲れたのか、千雨はややうんざりした感じで言った。その態度に気を悪くする様子もなく、夕映は改めて千雨の顔を見る。

「では、もう一度お聞きします。わたし達の仲間になりませんか?」
「歓迎するでござるよ」
「千雨が仲間になってくれれば、とても心強いネ!」
「…………」

 ザジは小さく頷く。夕映は、そっと右手を千雨に差し出した。仲間になるつもりなら、この手を取れ、ということだろう。千雨は迷う。その手を取る資格があるのかどうか、自分に問いかける。

(あたしは……)

 迷う千雨の脳裏に、椿の言葉が思い浮かぶ。友達を多く作れと。それが自分を人間へと繋ぎ止めると。ならば……
 千雨は、ゆっくりと夕映に歩み寄り、ためらいながらも自分の右手を差し出す。夕映は微笑み、その右手を握り締めた。

「歓迎します、千雨さん。わたし達の仲間へようこそ」



あとがき
 すみません。超駆け足な感じな話ですが、どうしてもこのエピソードを入れておかないと、この後に続かなくなりそうなのと、いい加減ネギまから入った人に、ダブクロ特有のシンドロームの解説話を盛り込む必要があったため、急遽この話を挟ませていただきました。皆大好き、春日恭二とのバトルは次回更新に持ち越しですが、期待を裏切らないと思いますw
 それから、キャラクターデータを更新します。新規の三人のデータと、千雨たちの成長をご覧ください。



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン11
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:6197a4e3
Date: 2009/12/22 12:36
「ここが麻帆良か……」

 髪をオールバックにした中年の男性が、小さくつぶやいた。眼鏡の奥に見える神経質そうな瞳が、麻帆良の街を映す。しかし、感慨深そうな感じは、欠片も感じさせない。ただ、つまらないものを見ているかのような目をして、周囲の人々を見つめていた。

「そうですね。われわれの任務はあくまで魔法使いどもの確保。その手段については何一つ問われていませんでした」

 もう一人は、黒のスーツにサングラス、髪をきれいに切りそろえた中肉中背の男。特徴らしいものもなく、普通に立っていれば、どこかのSPと間違えられても仕方がない。だがここは麻帆良である。その姿はある種異様ともいえよう。

「で? 俺をここに呼んだのはそれなりに理由があるんだろうな? “悪魔の吐息”」
「もちろん。魔法使いとやらがどの程度のものか分かりませんからね。万が一のためのボディーガードをお願いしたのですよ。私一人ではいささか不安でしたので」
「ふん、馬鹿なことを。魔法使いだかなんだか知らんが、俺たちオーヴァードに比類する存在など、あるはずなかろう」

 鼻を鳴らし、オールバックの男は小ばかにした目つきで“悪魔の吐息”と呼ばれた男を見る。だが、“悪魔の吐息”はさして気にする様子さえも見せなかった。ただ、オールバックの冷ややかな視線を受け流しているだけだ。

「ですから、保険ですよ。あいにく私は、肉弾戦は苦手ですからね。からめ手を使うほうが得意なんですよ」
「……なるほどな、理解した」
「事前の情報では、既にUGNが高畑・T・タカミチと言う男と接触済みのようです。まずはこの男を抑えましょう。おそらく彼は魔法使いになんらかの関係性があると、私は睨んでいます」
「ならばその役目は俺がやろう。何、所詮は魔法使いといえども人間。俺の敵じゃない」
「頼もしい言葉です。では、第一次接触はあなたに任せましたよ、“ディアボロス”」



 誰も使っていない教室で、二人の人影が、何事かをしている。一人は、先日オーヴァードに目覚めたばかりの長谷川千雨。もう一人は、この学園の教師であり、UGNエージェントの玉野椿。千雨はいすに座り、目を閉じて、胸に構えた両手に精神を集中させる。その様子をじっと見守る椿。千雨の額にうっすらと汗が浮かぶ。千雨の手のひらから、パチパチと紫の電光が爆ぜる。

「そう。精神を集中して、コントロールするの。次は、それを押さえ込む。ゆっくりとそれを鎮めてみて」

 千雨は小さく頷くと、手の間に生まれた電光を、徐々に小さくしていく。汗が頬を伝うが、千雨はそれを気にする様子はない。手の中の電光が完全に治まると、千雨は目を開いて、大きく息を吐き出した。

「上出来よ、長谷川さん。まだまだコントロールの余地はあるけど、一通りのレネゲイドのコントロールは大丈夫そうね」
「……ありがとう。先生」
「後はそれを意識せずに出来るようになれば、日常生活を送る分には問題なしね」
「……出来るかな?」
「出来るわ。あなた自身を信じてみなさい」

 椿は千雨の肩をぽんと叩いて、優しく微笑んだ。その笑顔に癒されたのか、千雨の顔が少しだけ緩んだ。この訓練を始めて、一週間になる。最初は暴走を繰り返していた千雨だったが、段々コントロールも板に付き、今ではこうして、自在にレネゲイドをコントロールできるようになった。椿も飲み込みの速い彼女に、内心舌を巻いていた。

「それじゃ、この訓練は今日で終了ね。今日までよくがんばったわ」
「…………」
「どうしたの?」
「なあ、先生…… その、たまにでいいからさ、何かあったら、また、話を聞きに行ってもいいかな?」
「もちろんよ、どうしてそんなことを聞くの?」
「……いや、なんかさ、これっきりって言うのも、その……」
「……寂しい、かしら?」

 千雨は恥ずかしげに頷く。この一週間で、千雨はすっかり椿に懐いていた。先日見せた椿の凛々しさに心打たれたというのもあるが、何よりオーヴァードになった自分に、変わらず親身になってなってくれる彼女に惹かれていったのだ。椿はうつむく彼女の頭をそっとなでる。正直、いつまでも自分はここにはいられない。本来の彼女の任務はUGNと関東魔法協会の交渉人である。交渉が完了すれば、椿も隼人も、この地には留まることはないだろう。二人には、ほかの使命がある。こうして椿を慕ってくれる人間が出来ても、必ず別れのときがやってくることを、椿は予感していた。

「……長谷川さん、一つだけ約束して欲しいの」
「……何だよ」
「その力、誰かを守るために使って。あなたのその力は、誰かを守れる力なの。自分の私利私欲に使わないって、約束してくれる?」
「当たり前だろう! 何でそんなこと言うんだよ!?」
「……そうね。ごめんなさい。変な事言って」

 せめて自分の教えを受け継いでくれる人間が、こうして一人でも多くいること。今の彼女が望むことはそれだけだった。



「ふー……」

 隼人は学園の屋上で、自由なひと時を満喫していた。幸い椿は千雨の訓練中だ。こうしてサボっても、自分を咎めるものは誰もいない。久々にのんびりとした時間が送れる。そう思っていた。
 だが。

「おい」

 突如背後から、尊大な物言いがかけられる。隼人が顔をしかめて振り返ると、そこには小柄な金髪の少女が立っていた。制服から、麻帆良の生徒であることは分かる。

「そこは私の場所だ。どけ」
「はあ……?」

 隼人は、カチンと来た。何が悲しくて生徒にそんな舐めた態度を取られなければならないのか。むかっ腹を立てる隼人を気にする様子もなく、金髪の生徒は、さらにまくし立てた。

「もう一度言うぞ。そこは私のお気に入りの場所なんだ。どけ」
「おい、ちょっと待てお前」
「なんだ? 聞こえなかったのか? なら何度でも繰り返すぞ」
「違う! お前、自分の立場分かってんのか!? お前生徒、俺は一応教師! その口の利き方は一体なんだ!?」
「それがどうした。お前が誰であろうと関係ない。どけ」
「こ、このガキ……」

 完全に頭に来た隼人は、金髪の生徒の腰を掴み上げる。突然のことに一瞬ぽかんとなる金髪の生徒だったが、すぐに自分の置かれた立場を認識し、隼人の腕の中で暴れだした。

「き、貴様、何をする!? 離せ! 離さんかー!?」
「うるさい! お前のようなやつは、いっぺん自分の立場を理解させんと気が済まん!」

 隼人は腕を振り上げ、金髪の生徒の尻めがけ、思いっきり振り下ろした。ぱちん、と小気味いい音とともに、かわいらしい悲鳴が上がる。もう一度腕を振り上げ、また尻を叩く。それを繰り返す。いわゆる百叩きである。

「や、止めろ! 貴様、自分が何をしてるのか分かってるのか!?」

 金髪の生徒が目じりに涙を浮かべながら猛抗議する。だが、それに隼人は耳を貸すつもりはない。

「分かってるさ! これは! 俺流の! 教育の! 一環だ!」
「みぎゃ! はう! あだ! や、止めろー!」

 隼人の尻叩きは、彼女のしりが真っ赤に腫れ上がるまで続けられた。気が済んだ隼人は彼女を解放する。尻を両手で押さえ、涙を浮かべながら、金髪の生徒は隼人を怒りの目でにらみつけた。

「これぐらいで勘弁してやる」
「……覚えてろ」
「……もう少し仕置きが必要か?」
「く……」

 隼人に気おされる金髪の生徒。さすがに百叩きはこりごりらしい。無言で隼人を睨み続けると、後ろから誰かから声がかけられる。

「ここにいましたか、マスター」
「ん? お前は……」
「茶々丸か……」

 金髪の生徒の背後から現れたのは、本来耳のある場所に、奇怪なアンテナのようなものを取り付けた生徒、絡繰茶々丸であった。さすがに隼人も彼女のことは覚えている。どう見てもロボットのそれなのに誰一人気にしない生徒たちを見て、ああ、麻帆良はこういう場所なのかと妙に悟ったことを隼人は思い出す。もっとも、隼人の所属するUGNにも、彼女のような人間、正確には、体の一部、もしくは全身を機械化したオーヴァードは存在する。隼人としてもそれは珍しいとも思わなかった。

「こんにちは、高崎先生。マスターをお連れしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ああ…… マスターってのは、こいつのことか?」
「はい。エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。わたしのマスターで、高崎先生の生徒です」
「俺の? だが、俺はこいつの顔を見たことは一度もないぞ」
「マスターはよく屋上で学校をサボっていますから」
「……まあ、交友関係についてはこの際問わない。だが絡繰、せめて友達の態度をいさめることぐらいはしてやれ。こいつが大人になったらきっとろくなやつにならない」
「……はい。分かりました、先生」
「ふん……」
「エヴァンジェリンとか言ったな。これに懲りたら、目上の人間への口の聞き方ぐらい覚えたほうがいい」
「余計なお世話だ。行くぞ、茶々丸」
「はい。では先生、また教室で」

 茶々丸は隼人に一礼すると、エヴァを引き連れて屋上を後にした。一人残った隼人は、サボりのひと時をゆったりと満喫する。直後、訓練を終えた椿に発見され、隼人は職員室に引き戻されたが、このときの隼人は知る由もなかった。
 この、一時の邂逅が、後々にまで因縁を残すことになろうとは。



「高畑先生、さようならー!」
「さよなら、先生~」
「ああ、さよなら」

 元気よく走り去る明日菜と木乃香に手を振るタカミチ。この後の予定は、街の見回りである。タカミチはポケットに手を入れ、学園を後にする。すれ違う生徒たちに気軽に挨拶し、街に異変がないか確認する。いつもの巡回コースの範囲では、ふざけたことをする生徒も、奇妙な異変も見当たらない。問題ないと認識し、報告のために、学園へ戻ろうとする。
 だが。
 ふと気がつく。先ほどまで感じていた喧騒が、なぜか突然ぱたりと途絶えたことに。そして、タカミチを取り巻くあの不愉快な感じ。以前、この街で奇怪な怪物が暴れまわったときと同じ感覚が、タカミチを苛む。警戒を強める。全身から気を放出し、何が起こってもいいように備える。そして、それは意外にもあっさりとやってきた。

「……ほう、《ワーディング》の中でも自由に動けるのか」

 中年の男性の声が正面から聞こえてきた。路地裏の通りから、髪をオールバックにした、神経質そうな目つきを眼鏡の奥に隠したスーツ姿の男が、ゆっくりとした足取りで、タカミチの前に現れた。男は眼鏡を直すと、タカミチをじっとにらみつけた。

「……誰だい、君は?」
「お前を拘束に来た」
「……穏やかじゃないなあ。何の目的で?」
「お前の背後にある魔法使いどもに用がある。そこに案内してもらおう」
「……へえ。出来ないといったらどうするかな?」
「お前に拒否権はない」

 男は腕に力を込める。スーツが破れ、膨れ上がった腕が、鱗に包まれ、手から鋭い鈎爪が生える。目を丸くするタカミチ。

「それは……!?」
「驚いたか? オーヴァードと戦うのは初めてのようだな」
「オーヴァード……!? 高崎先生たちと同じか!?」
「ほう? やはりUGNが接触していたというのは本当のようだな。ならば、なおさらお前を連れて行かせてもらう」
「君は一体何者だ……!?」
「覚えておけ、お前を連れて行く男の名だ」

 男はもう片方の腕で眼鏡をかけ直すと、朗々と宣言した。

「俺の名は、“ディアボロス”春日恭二だ」



あとがき
 やっとです。やっと奴を出せました。ネギまキャラVS春日恭二! ようやく実現できました。
 結果? ああ、たぶん想像通りですw



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン12
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:6197a4e3
Date: 2010/07/31 20:33
「しゃあっ!!」

 恭二の異形の腕が伸び、タカミチを引き裂かんとその爪を振るう。タカミチはそれを間一髪でかわす。風に舞ったネクタイが、鋭利な刃物で切り裂かれたように、きれいに切り落とさされた。

「……僕を捕まえるんじゃなかったのかい?」
「捕まえるとは言ったが、無傷で、とは言ってはいない」
「なるほど」

 タカミチは様子を伺うように間合いを取り、恭二の次の出方を待つ。それを察した恭二は、腕を伸ばし、手を肥大化させ、その爪を次々とタカミチに伸ばしていく。その指一本一本を、タカミチは優れた体術でさばいていく。

「なかなかの動きだな。褒めてやる」
「それはどうも」

 タカミチは恭二が腕を戻す一瞬の隙を付いて、恭二に接近し、渾身の蹴りを放つ。十分な力の乗ったその一撃は、しかし恭二の異形の腕によって阻まれる。ふん、と小ばかにしたように鼻を鳴らす恭二。

「魔法とやらを見せてみたらどうだ? それなら、俺を倒せるかも知れんぞ?」
「あいにく、僕はこっちのほうが得意で、ね!」

 軽口をたたきながらも、タカミチはパンチと蹴りを繰り出していく。だが、そのことごとくを、恭二は異形の腕で全て防いでいく。

「ふん、ならば貴様に勝ち目はない! オーヴァードの力、その身に刻め!」

 恭二は勝ち誇ったようにつげ、異形の腕を肥大化し、タカミチを押しつぶさんと振り上げ、一気に振り下ろした。

「!!」

 その一撃を避け、右のストレートを放つタカミチ。それは狙い違わず、恭二の顔面に突き刺さった。

「がっ……」

 悲鳴を上げ、吹き飛ぶ恭二。口の中が切れたらしく、唇から血が漏れる。それをぐい、と袖でぬぐい、にやりと笑う。

「ほう、俺の顔に一撃をくれてやるとはな。だが、貴様の反撃もここまでだ!」

 恭二はもう片方の腕を伸ばし、タカミチの足を掴む。

「何!?」
「俺の腕が片腕しか伸ばせないと思ったことが、貴様の敗因だ!」

 恭二の異形化した腕が、タカミチの胴を切り裂く。浅く切られたので深いダメージこそないが、鮮血が、ぱっとタカミチの体から吹き出した。それが恭二の腕に降りかかり、その色を赤へと染めていく。だが、その赤色が、すう、と恭二の腕に浸透し、消えていった。そして、恭二の切れた口が、徐々に塞がっていく。驚愕の表情を浮かべるタカミチ。

「な……!? 僕の血を吸収したのか!?」
「ふ…… これこそが俺の新たな力だ! この力さえあれば、俺は負けたりせん!」

 流れる血を片手で押さえながら、タカミチは恭二の腕を引き離し、距離をとる。だが、恭二はその腕をさらに伸ばし、タカミチを追撃する。

「逃げても無駄だ! 俺の腕からは逃れられん!」
「く……」

 臍をかむタカミチを、恭二の腕が攻め続ける。その攻撃は苛烈さを増していき、タカミチはそれらを捌ききることが困難を極めていく。

「さあ、もっと貴様の血をよこせ!」
「が……」

 またしても恭二の腕が、タカミチの胸を切り裂いた。膝を付き、姿勢が崩れる。その姿を見て、恭二は愉快そうにそれを見下ろした。

「ふん、所詮は魔法使いと言えども人間か。我々オーヴァードの敵ではなかったということか」
「…………」
「どうした? 悔しさで声も出ないか?」
「確かに少々、君を侮っていたようだ……」
「ほう?」
「僕も、少しばかり本気を出そう」

 タカミチはゆっくりと立ち上がり、眼鏡をかけなおして、スーツのポケットに手を入れる。その姿に、恭二は観念したのかと鼻で笑う。だが、すぐに気がつく。その体制に、一片の隙も感じられないことに。
 そして次の瞬間、タカミチの姿が搔き消える。

「何!?」

 次の驚愕の声を上げたのは恭二のほうだった。姿を消したタカミチを捉えようとせわしなく首が左右を見渡す。だが、その姿は見つけられない。

「ハヌマーン並みのスピードだと……!」

 予想を超えた力に、恭二はうめきに近い言葉が漏れる。そして、それと同時に、タカミチが恭二の眼前にその姿を現した。一瞬、その動きが硬直する。
 そして、次の瞬間、恭二は見えない衝撃によって顔面を弾かれ、後方へと吹き飛ばされる。

「ぐは……」

 足を踏ん張ってブレーキをかける恭二。鼻からぽたぽたと血が垂れる。それを手で押さえながら、自分の身に起こった現象を、脳内で必死に検証する恭二。

(なんだ? 一体何が起こった!? 俺は一体何で攻撃された!? 攻撃がまったく見えないだと!?)

 混乱する恭二に構うことなく、タカミチはさらに追撃する。相変わらず手をポケットに突っ込んだまま、一足で恭二に接近し、見えない攻撃を繰り出す。かわすことすら敵わず、攻撃にさらされる恭二。顔面を見えない一撃が連打する。

「が! ぐは! こ、この……! いつまでも調子に乗るな!」

 苦し紛れの一撃を、タカミチに繰り出す恭二。だが、その間合いを呼んだのか、タカミチは難なくそれを避ける。

「君の攻撃はもう通用しない。全て見切った!」

 さらに強力なラッシュを繰り出す。

「ぐおおおお!!」

 無様な悲鳴を上げながら、後退する恭二。その顔は腫れ上がり、表情には、混乱と屈辱が刻まれる。渾身の一撃を受け、軽く宙に浮いて吹っ飛ばされる。土煙を上げて、地面を滑りながら、恭二は地に伏せった。

「ば、馬鹿な! 俺は“ディアボロス”だぞ! ただの人間ごときに、こうも易々と攻撃を受けるなど、ありえん!!」

 怒りに身を任せて、異形の拳で地を叩く。今度はそれを悠々と見下ろすタカミチ。先ほどと、立場が完全に逆転した。

「君の敗因は僕らのことを侮りすぎたことだ。魔法使いが君たちに敵わないとは、君の勝手な思い込みだ」
「……殺す! もう任務など関係ない! 貴様だけはこの手でくびり殺してくれる!」

 殺気を纏い、恭二が立ち上がる。タカミチも、彼の雰囲気が変わったことにいち早く気づき、独特の構えを崩すことなく攻撃に備える。数合のにらみ合いが続く。そして、先に動いたのは、恭二のほうだった。

「うおおおおおおっ!!」

 先ほどとは違う、殺気のこもった一撃がタカミチを襲う。

「……むんっ」

 タカミチはそれを見切り、恭二の懐にもぐりこんで、見えない攻撃を撃ちだす。それを避けようともせず、顔面にクリーンヒットさせる恭二。その表情には、不気味な笑みが浮かんでいた。

「かかったな!」
「何!?」

 次の瞬間、恭二の体が、光を放ち、大爆発を引き起こす。避けることもできず、タカミチは光に包まれ、爆風に呑みこまれた。

「く、くくく…… これで貴様は木っ端微塵だな…… ざまを見ろ」

 爆発の中心で、ぼろぼろになったスーツを直し、恭二はひびの入った眼鏡を直す。今の自爆技で身体は粉々になったが、それを修復するだけの生命力も備えているからこそ出来る荒業である。多少のダメージを負ったものの、おそらく巻き込まれたタカミチは、生きてはいまい。もうもうと上がる煙の中、恭二は一人、勝ち誇った笑い声を上げる。
 だが、その表情は、すぐに困惑に変わる。

「な、に……」

 顔が引きつる。煙が晴れるにつれ、そこには、無傷とまではいかないが、いまだにしっかりと立っているタカミチの姿が、徐々に浮かび上がってきた。タカミチは腕を交差し、焦げたスーツと割れた眼鏡という状態であり、火傷こそ負ったが、身体に大きなダメージはない。

「とっさに気を張り巡らせなければ、危ないところだったよ……」
「ば、馬鹿な……」

 首を振り、混乱する恭二の顔に、あの見えない一撃が浴びせられる。避けることさえできず、無様に吹き飛ばされる。背中から地面に倒れ、立ち上がれない恭二。

「……もう終わりにしよう」

 タカミチはそう宣言すると、手に力を込める。右手に魔力、左手に気。それを絶妙なバランスで合成し、彼の最大の一撃の準備を整える。未知の攻撃を目前にし、恐怖に表情をゆがめる恭二。一瞬の間の後、タカミチの腕が、ぐっと、脇に固められ、そして、ためた力を、一気に解放し、全てを恭二にぶつける。閃光が、恭二の視界を包んでいく。

「ば、馬鹿な! この俺が! この“ディアボロス”がああああああああああああああ!!」

 絶叫を残しながら。
 春日恭二は閃光の中へ消えていった。
 その日、麻帆良の一角で白い閃光が昇ったのを、多数の人間が目撃するが、その現象は不思議と噂に上ることはなかった。



「ふう……」

 構えを解いたタカミチは、安堵のため息を漏らした。街はひどい有様になってしまったが、おそらく春日恭二はそれ以上のことをしてきただろう。被害が拡大しないうちに済んでよかったと思うと同時に、彼は一体何者なのかという疑念がわく。彼はUGNのことを知っているそぶりがあったが、少なくともそこには所属してはいないようだ。ならば、彼は一体……?

「オーヴァードのことは、オーヴァードに聞くべき、かな。やっぱり……」

 明日、隼人たちに彼のことを聞いてみよう。そうすれば何かが分かるかもしれない。タカミチは、明日にでも学園長の前で隼人たちに事情を聞くことにした。



「くそ……!」

 痛む身体を引きずりながら、春日恭二は薄暗い路地裏で、壁に拳をぶつけた。

「あれが、魔法使いか……!」

 不覚だった。人間の中にもオーヴァードに匹敵する力を持ったものがいるなど、恭二の脳内には存在していなかった。彼の言うとおり、油断がこの結果を招いたのだと、無理やり自分を納得させる。恭二がずるずると身体を引きずっていくと、目の前に人影が現れる。“悪魔の吐息”だった。

「ひどい有様ですね……」
「黙れ! 少し油断しただけだ!」
「分かってます。一部始終を見させていただきましたから」

 “悪魔の吐息”は、しれっと、言い放った。怒りに顔をゆがめる恭二。

「ならば、何故! 俺を見殺しにした!?」
「言ったはずです。私は絡め手のほうが得意なのですよ。彼のように、肉弾戦を挑まれては、少々私に分が悪い」
「…………」
「それに、私も何もただ手をこまねいていたわけではありませんよ。少々手間がかかりましたが、ある魔法使いの情報を入手しました」
「……ほう?」
「次は私の番ですね。まずはその魔法使いと接触しましょう」



あとがき
 はい、皆さんのご期待通りの結末でしたw
 とりあえず、このSSの位置づけとしては「相性の関係はあるけれど、魔法使いはオーヴァードやジャームと十分に渡り合うことが出来る」という設定です。逆もまた然り、です。その例を出したいがために、やられ役としてふさわしいのが、やっぱりこいつなわけでwまあ、その相手がタカミチという時点でバランス的に釣り合うかどうかとは思いますけどねw



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン13(リテイク)
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:6197a4e3
Date: 2010/02/28 18:48
 翌朝。
 隼人たちはタカミチに学園長室まで呼び出される。あからさまに眠たそうにする隼人と、姿勢をただし、礼を守って入室する椿と、その態度は対照的だったが。

「ふぁ~…… 何の用っすか、高畑先生~、ぐっ」

 欠伸をする隼人の鳩尾に、椿の肘がめり込んだ。うめき声を上げてうずくまる隼人を無視して、椿が一礼し、挨拶する。

「すみません。私たちに何か重大なお話でも?」
「うむ…… まずは高畑君の話を聞いてくれんかの」

 近右衛門は、顎をしゃくってタカミチに合図する。タカミチは頷き、隼人たちに話を始めた。

「……昨日の放課後、君たちと同じオーヴァードと戦った」
「な……!?」
「……それは本当ですか!?」
「うん。彼は突然現れて僕を拉致しようとしたらしい。必死に抵抗して、何とか追い払ったけどね」
「……そいつは何者ですか?」
「確か…… 春日恭二と名乗ってたね」
「かす……!?」
「何であいつがこんなところに!?」

 椿と隼人が、目を丸くする。隼人も眠気が吹っ飛び、いつの間にかタカミチの話に耳を傾けていた。

「知っているのかい?」
「はい。私たちUGNと何度も交戦している、FHのエージェントです」
「む…… すまんのう、そのふぁるすはーつとは何なんじゃ?」
「一言で言えば…… オーヴァードたちによって結成されたテロ組織と考えていただいて構いません」
「なんと……!?」
「彼らはオーヴァードの力を最大限に利用し、自らの欲望を叶えようとする連中です。そこに人間の法や倫理は通用しません。ただ自分が欲することのためには何人もの犠牲もものともしない。そんな連中の集まりです」

 むう、と近右衛門は渋い顔をする。よりによってそんな人物が麻帆良に潜り込んでいるのだという情報がもたらされたのだ。その顔色は暗い。それはタカミチも同じなようで、昨日の相手がそこまで危険な相手だったとは思わなかったようだ。

「学園長。いいえ、関東魔法協会長。これは由々しき事態と見るべきです。FHがこの麻帆良に潜り込んでいる以上、何を企んでいるか分かりません。警戒態勢を強化するべきかと」
「……うむ。玉野君の言うとおりじゃな。高畑君、この件について麻帆良の魔法使いたちに至急連絡を。FHには十分に注意し、警戒を怠るな、とな」
「了解です。それと学園長、例の件も前倒しにするべきでしょう」
「そうじゃな。全魔法教師に通達じゃ。定例会議を前倒しし、本日放課後に執り行う、とも伝えてくれんかのう?」
「はい。玉野先生、高崎先生。君たちの案件についてだが、急遽今日、会議で議題として提案させてもらうよ。ついては放課後までに、そちら側の意見書もまとめておいて欲しい」
「げっ」
「了解しました。今日の放課後までに間に合えばいいですね?」
「うむ。そちらの意見を出来るだけはっきりと伝えてもらえると有難いのう」
「まじかよ……」

 隼人はげっそりとした顔でつぶやいた。



「先生、わたしをこんなところに呼び出して、何の用ですか?」

 隼人に屋上へと呼び出された刹那は、困惑気味に尋ねた。隼人は刹那の顔を見るなり、気まずそうに頭をかき、どう切り出していいのか分からず、「あー……」と困り果てた声を上げていた。その態度を見て、なおさらわけが分からないと刹那は戸惑いを隠せない。

「……用がないなら、失礼します」
「ちょっと待った! お前に聞きたいことがある!」

 きびすを返そうとする刹那を、隼人は慌てて呼び止める。

「……何でしょう?」
「魔法使いってやつと、俺たちが共闘すると仮定してだ…… どんなメリットがあると思う?」
「……はあ」
「実は今日の放課後までに魔法使いたちにUGNからの意見書を提出しなきゃならなくなった。とはいえ、俺たちには魔法使いに対する知識なんてない。魔法使いに詳しそうな知り合いと言ったら、お前しか思いつかなかった」
「なるほど……」
「何かないか? 俺たちオーヴァードと魔法使いが協力できそうな何かが」

 隼人の質問に、刹那は腕を組み、じっくりと考えて、一つの結論を出した。

「……パートナー、と言うのはどうでしょうか?」
「パートナー? それは何だ?」
「魔法使いには、呪文を唱えている間、完全な無防備状態になります。その間に攻撃されれば呪文は完成しません。その弱点を補うのが“魔法使いの従者(ミニステル・マギ)”と呼ばれる魔法使いのパートナーです」
「……続けてくれ」
「パートナーには、契約中は魔力によって身体能力が向上し、アーティファクトと呼ばれる固有のアイテムを与えられます。オーヴァードのパートナーと言うのは、当然のことながら今まで例がありません。もしも、先生が魔法使いを説得したいのならば、この意見が一番いいのではないかと」
「なるほどな…… パートナーか、それはいけるかもしれないな。助かったぞ桜咲」
「いえ、お役に立てて、何よりです」
「それじゃ俺は行く。早めに意見書をまとめないといけないからな。この礼は必ずする」
「……待ってください」

 足早に屋上から立ち去ろうとする隼人を、刹那が呼び止める。

「……なんだ?」
「お礼というのは、今もらってもいいでしょうか?」
「……手短にしてくれ」
「先生、オーヴァードというのは、簡単に調べられるものですか?」
「それなりに精密な検査が必要だが、やって出来ないことはない。それがどうかしたか?」
「……では、わたしの身体を、調べてもらえないでしょうか?」

 突然の申し出に、隼人は首をかしげる。少なくとも隼人が知る限り、刹那は人間である。彼女自身が何か気になることがあるのならばともかく、オーヴァードの検査が必要な身体や問題があるとは思えない。

「どういうことだ? さすがに事情を説明してもらえないと、俺にもどうすることも出来ない」
「……分かりました。先生には教えます」

 刹那は目を閉じ、背に力を集中させる。そして、次の瞬間、隼人は目を大きく見開いた。刹那の背には、美しい純白の翼が、羽を撒き散らして広げられていた。キュマイラの発症者が生やす翼とは一味違う、見るものを惹きつける翼だ。その翼に、隼人の目は釘付けになった。だが、刹那の顔は羞恥と苦悶にあふれている。

「……これが理由です。見てのとおりわたしは人間ではないのです」
「…………」
「わたしは人間と妖怪のハーフ。それゆえにどちらの側にもいられない……」
「…………」
「ですがもしも! わたしがオーヴァードだったら! わたしも人間なんだと胸を晴れるかもしれない! あなたたちの話を聞いたとき、もしかしたら自分もそうなのかもしれないと淡い期待を持ちました。浅ましい考えかもしれませんが、わたしだって誰かと繋がっていたいんです。ですが! この血がそれを拒絶する……」
「桜咲……」
「お願いします…… わたしに、希望をください」
「……絶望かもしれないぞ? それでもいいのか?」
「……覚悟は出来てます」
「分かった、そこまで言うのなら何も言わない。サンプルがいる。お前の血を少しもらうぞ」
「分かりました……」

 刹那は刀を抜き、自分の手のひらに切っ先を当て、すう、と刀を引く。手のひらから赤い玉が浮き出、それが一つの流れとなって刹那の手からこぼれる。そのしずくにハンカチを当て、ジワリと赤い染みが付いたのを確認すると、それを隼人に手渡した。

「これでいいですか?」
「……ああ、これは預かる。検査の結果は数日か数週間かかるかもしれないが、結果が出たら、お前の寮のポストに入れる」
「ありがとうございます」
「じゃあ、俺は行くぞ」

 そう言い残し、隼人は屋上を後にした。



 椿は自分の机でPCとにらめっこしていた。開いているソフトはワードソフト。しかし、その画面には一文字さえも書き込まれていない。椿は自分なりに、魔法使いとオーヴァードが共闘する利点を考え続けていた。だが、魔法使いの知識に乏しい椿には、いい意見が思いつかない。既に隼人が刹那に何事かを聞いてきたようで、彼にしては珍しく、自分のPCの前で熱心にキーボードを叩いている。それはそれで悔しい。

「何かないかしら……」

 椿はうなる。だが、一向にいい考えが浮かばない。
 ならば、と椿はより大きな方向から検討してみることにする。すなわち、関東魔法協会とUGNが共闘した場合、どんなメリットがあるか。椿はUGNの活動の一つ一つを吟味する。あれこれと悩んだとき、椿の脳裏に先日の一件が思い浮かぶ。千雨がオーヴァードになったとき、迅速に椿たちが行動できたため、千雨はFHの手に落ちることはなかった。だが、麻帆良では、もっと大勢のオーヴァードが苦悩を抱えているかもしれない。FHが麻帆良に目をつけている以上、彼らも標的になる可能性は大だ。ならば、麻帆良の市民がFHによって被害が持たされる前に、迅速な対応が求められる。UGNには一通りのFHに関するデータベースがある。それは関東魔法協会にも大きなプラスになるはずだ。

「よし、後は当たって砕けろ、ね」

 椿はキーボードを軽快に叩いていく。
 ちらり、と隼人を見る。隼人も集中してPCと格闘していた。ならば自分も負けていられない。椿は書き上がっていく文章を目で追いながら、誤字脱字がないか、厳しくチェックしていく。この意見書が、UGNと関東魔法協会の架け橋になるかもしれないのだ。椿は持てる熱意を、全てPCの前につぎ込んだ。



 放課後。
 一般の教師や生徒は誰も知らない秘密の会議室に、ずらりと小中高大の教師が鎮座する。「議長」と書かれた札を立てられた席には、近右衛門、「副議長」にはタカミチが。これが普通の会議ではないことは、この席に座っている人間ならば簡単に理解できる。ここにいる全ての教師が、魔法にゆかりのある教師だけだからだ。近右衛門は、全員の顔を見渡すと、大きな咳払いをした。

「では、全員揃ったところで、魔法教師による定例会議を始めるぞい」
「学園長」

 一人の教師が挙手する。

「何じゃ?」
「伊藤先生の姿が見えません」

 伊藤先生とは、中等部でもそれなりに人気のある教師で、困ったことがあると、チワワのように震えながら周囲に助けを求める目を向けることから「チワワ先生」の愛称で親しまれる。だが、その本当の姿を知るものは、ごく限られている。

「むう、誰か伊藤君のことは聞いているかの?」

 近右衛門の問いかけに、誰もが首を振る。

「……仕方がないのう、では、今回伊藤君は欠席とする。高畑君、今回の議題を」
「はい」

 タカミチは手にした書類を、命じられるまま、読み上げる。

「先日、我ら関東魔法協会に、UGNと呼ばれる組織が接触してきた件についてご存じない方はいらっしゃいますか」

 誰も首を横に振る。さすがにこの一件に関しては関心が高いらしい。タカミチはそれを確認すると、話を続ける。

「UGNは関東魔法協会に3つの要求を求めてきました。内容に関しては、配布したプリントをご覧ください」
「今回の議題は、これに関連し、先日高畑君と接触があったFHと言う組織に対する対処法を検討していこうと思う。まずはUGNの要求について意見があるものは?」
「では、私から」

 すっと、手が挙がる。褐色の肌にたらこ唇が特徴的なすらりとした長身の教師、名はガンドルフィーニという。

「この件に関して、私は反対させていただきます。オーヴァードの存在は、我ら魔法使いの存在意義を脅かします。そのような存在を認めるわけにはいきません」
「ガンドルフィーニ君、君はいったい何を言っている?」

 タカミチが険しい顔でガンドルフィーニを睨みつけた。だが、ガンドルフィーニは拳を握り締めて、タカミチの顔を睨み返す。

「考えてもみて下さい。呪文も使わずに我らと同等、もしくはそれ以上の力を振るい、力を使えば使うほど理性すら侵蝕していく力など、ただの脅威でしかない。そのような存在は断固、排除するべきです!」

 だん、とガンドルフィーニはテーブルを叩きつける。

「待ちたまえ、ガンドルフィーニ君。君は単に私情でものを言っていないかね? 仮に君の言うとおりだとしても、少なくともオーヴァードがすべからく我々に敵対しているわけではないだろう?」
「しかし……!」
「僕は高崎君たちを間近で見てきたが、彼らはむやみに力を振るって僕らを脅かしたりはしてはこなかった。むしろ僕らにも好意的だよ。そんな人間さえも君は排除しようと言うのかね?」
「しかし高畑君、考えてもみたまえ」

 一人の老年の教師が手を挙げる。

「彼らは常々ジャーム化とかいう化け物になる可能性を秘めておる。いつ何時彼らがジャームになるかなど、誰にも分からんのではないかね?」
「よく彼らを知りもしないで、そんなことが言えますね。僕は彼らオーヴァードのことをよく理解する必要性を論じています。それさえも怠っている貴方に、彼らのことをとやかく言う資格があるとは到底思えない」
「しかし高畑先生、彼の言うことにも一理あると思います」

 眼鏡をかけた美女、葛葉刀子が挙手し、タカミチに意見を述べる。

「この麻帆良にはオーヴァード化していない人間が多数いますわ。もしも彼らがジャーム化して、その脅威にさらされるのは、真っ先に何の力もない生徒たちであることを鑑みると、ガンドルフィーニ先生の言うとおり、オーヴァードはなるべく隔離するのが得策では?」
「彼らを人間たらしめるのは、周囲の人間との絆であると聞き及んでおります。それを否定した場合、かえってジャーム化を促進させる危険性すらある。むしろ葛葉先生のおっしゃることを実行するのは危険な行為ではないでしょうか?」
「私は魔法云々とか言う以前に、一人の教師です。大多数の生徒を預かる人間として、あらゆる脅威から生徒を守る義務を負うのは当然のことです」

 きっぱりと刀子が言い切る。

「葛葉先生はいいことを言いますなあ」
「そうですとも、我らは魔法使いであると同時に、教師ですぞ。生徒の身の安全こそが、第一でありますからなあ」

 他の魔法教師たちも賛同する。だが、タカミチはそんな彼らを冷ややかな目で見ていた。

(あなた方が守りたいのは自分の身でしょうが)

 おくびにも出さないが、タカミチは刀子の尻馬に乗ってきた教師たちを軽蔑しきっていた。教師たちの意見が刀子に賛同する中、一人の若い教師が手を挙げる。名を瀬流彦という。

「あの…… 僕は高畑先生のいうことに賛成です」
「瀬流彦君!?」
「その、やっぱり何も知らない相手をいきなり拒絶するのはさすがにどうかと思いますし、ジャームの脅威に対抗できるオーヴァードの力は、やはり必要ではないかと……」
「馬鹿を言うな、瀬流彦君!」
「魔法使いが、彼らに劣っているとでも言うのかね、君は!」
「ひ、ひいっ」

 壮年、高年の教師たちに恫喝され、瀬流彦は萎縮して、それ以上の意見を言えなくなってしまった。

「まあ、彼をあんまり苛めないであげてください」

 中年の白衣を着た教師、明石教授が彼をかばうように場を制した。

「実を言うと、僕も高畑君や瀬流彦君の言うとおり、オーヴァードとの共闘関係については賛成でして」
「なんだと!?」
「まあまあ、実際興味深いではありませんか。未知のウィルス、それに変貌した人間、うまく付き合えば、我々は強力な隣人を手に入れられるんですよ? これは大いに魅力的ですよ」
「しかし君、ジャーム化の脅威はどうするのかね!?」
「そうさせないように僕らが付き合っていけばいいだけの話でしょう? 高畑君の話では、彼らは絆とやらで、自身の理性を保っているというではありませんか。でしたら、僕らが彼らを理解してあげれば、それはジャーム化の抑制に繋がりますし、僕らも強い味方を得られる。互いに理にかなっていますよ」

 明石の言うことは最もである。ぐ、と反論の意見が止められる。

「……僕はそれが上手くいくとは思えません」

 しかし、固い表情でガンドルフィーニが挙手する。

「明石先生のように、楽観的に考えられるなら、それは可能かもしれませんが、僕はそうではない。少なくとも、いつ自分が彼らに食い殺されるかと思うと、僕は怖くて仕方がない」
「そ、そうだとも、君は自分がそんな考えだからそういう楽観的な考えが言えるんだ!」
「我々は人間だ! そのような可能性を秘めたものたちと付き合えるなど、不可能だ!」
(自分の保身しか考えてないくせに、よく言うね)

 明石は内心を隠しながら、ひょい、と肩をすくめた。

「意見、よろしいですか?」

 修道服姿の妙齢の女性、シスター・シャークティが明石に対する口撃の中、静かに手を挙げた。

「わたくしはこのお話を聞いてから常々、自分の受け持つ生徒たちの中からオーヴァードが現れた場合、どう対処するべきか考えておりました」
「……続きを」
「思うに、そのような子を排除するより、わたくしは受け入れて差し上げるのが、その子にとって、最良の決断ではないかと思うのです。望まぬ力を与えられて苦しむ子を見捨てるのは、道義に反しますわ」
「……いかにも神職者の意見ですな」
「そのためにはUGNという組織の力は大きいですわ。ちっぽけな個人よりも、より大きな力を持った組織の力に後押しされたほうが、できることの選択肢も増えます」
「実を言いますと、同様の意見書をUGNエージェントの玉野君からも頂いております」

 タカミチは椿の意見書を読み上げる。

「その前に一つ言わなければならないことが」
「なんだね、はっきりと言いたまえ」
「この麻帆良の生徒の中に、既に複数のオーヴァードの存在が確認されています」
「な、なんだと!?」
「だ、誰だ、一体誰がオーヴァードなんだ!?」
「残念ですが、ここでは玉野君の強い希望もあり、匿名ということにさせていただきます。そしてここからが玉野君の意見です。UGNではオーヴァードを一般社会で活動できるように、さまざまな活動を行っております。UGN麻帆良支部の設立は、それらの活動を、より迅速に行える可能性を示唆しています」
「…………」

 椿の意見書は、魔法教師の顔を曇らせる。それだけ説得力は十分な効果があるようだった。と、タカミチも考えていた。
 だが。

「……すまんが、その活動にはどれだけの予算が動くんじゃ?」
「は?」
「そうですな、それだけ大々的な活動をするということは、余程の予算が必要になるに違いありませんぞ!」
「……残念ですが、予算の要求については一切の言及がありませんでした」
「それは我らに法外な予算を無心する算段かもしれませんな。そのような組織では、活動の内容も杜撰なものに違いない!」
「全くですな!」
(屁理屈こねてでも彼らの意見は認めるつもりはないということか……)

 タカミチは苦々しくはやし立てる教師たちを見る。自分の想像しているよりもずっと、関東魔法協会というものは根腐れを起こしていたらしい。舌打ちしそうな衝動を、ぐっとのどの下で嚥下する。ちらり、と近右衛門を見る。その顔は暗い。彼も、この協会の現状を苦く思っているのだろう。だが、彼が意見することは許されない。この場はあくまで会議の場である、議長自ら意見を講じることは出来ない。議長はあくまで、議会の案をまとめるだけだ。

「で、ではいったん玉野君の意見に関しては保留ということで。他に意見はありますか? なければ、次は高崎君の意見に移りたいと思います」
「いや、次はどんな意見を聞かせてくれるのか、楽しみでなりませんぞ!」
「全くですな!」

 むかっ腹を立てるタカミチの気など知らず、皮肉たっぷりに、教師たちが言う。

「高崎君は我ら魔法使いとオーヴァードが共闘する場合の利点について追求してくれました」
「ほほう、生意気にも我らのことを調べてきたということですな?」
「彼はオーヴァードを従者に添えてみることを提案してきました。オーヴァードの能力を最大限に生かして、魔法使いを守護する。先ほど僕が言ったとおり、オーヴァードは絆によってその理性を保つと聞きます。これはお互いの弱点を補完しあう理想の形ではないかと僕個人は思うのですが」
「それこそありえませんな」

 中年の魔法教師がせせら笑う。

「考えてもみてくださいよ、絆とかいう不確かなもので、オーヴァードが理性を保つとはいいますが、いつジャーム化するかなど誰にも分かりませんぞ。万が一ジャーム化して、その被害を被るのが誰なのか、少し考えれば分かるでしょうに」
「所詮は付け焼刃の知識といったところですな。話にすらなりませんぞ」

 どっと会議室に笑いが起こる。

「……ひとつあなた方に伺いたい。あなた方はFHの脅威について、どうお考えですかな?」

 怒気をはらんだ声で、孝道が、未だに笑いを上げる教師たちに問いかける。

「どう、とは?」
「彼らもまた、我らにとって未知の組織であります。それどころか、その性質ははるかに性質が悪い。この組織が今後我らにどう関るか、それを念頭に置いた上でUGNとの関係について、考慮なさったほうがよろしいのでは」
「そ、そうです! それも僕が言いたかったことです!」

 瀬流彦が挙手して、タカミチの意見を助長する。

「僕らはFHとかいう組織に狙われていることは、昨日の高畑先生の一件で理解できているはずです。高畑先生だからこそ対処が出来たものの、僕らの身にFHの脅威がやってきたら、どう対処するつもりですか!?」
「瀬流彦君、我らがこれまでどれだけの脅威から麻帆良を守ってきたと思っている。馬鹿にしないでいただこう」
「そうですとも、この程度の脅威など、今まで我らは自力で跳ね除けてきたのだぞ?」
「FHとやらが何をしてこようとも、それを撥ね退ける力が我らに備えられていることを、逆に彼らにも思い知らせてやりましょうぞ!」
「おお、素晴らしい気概ですな。高畑先生には負けていられませんぞ!」
「ううう……」

 瀬流彦の意見に聞く耳すら貸さず、古参の魔法教師は自分たちの力でFHを一蹴するつもりらしい。

「随分と楽観的ですな。相手の力量も知らずによくそれだけの大言壮語が言えますね」

 明石はそんな教師たちに水をかぶせるような言葉を投げかける。

「はっはっは、明石先生は怖気づいておるようだ」
「僕は相手の強さも理解せずにそんなことをいえるあなた方の気が知れませんよ。もしも僕らでも対処が出来ないような敵が出てきた場合はどうするおつもりですか?」
「確かにそうですわね…… わたくしも皆さんの意見を聞いていますと、空恐ろしくて仕方ありませんわ」
「……シスター・シャークティの意見には私も賛成せざるを得ませんね。FHの脅威は、我らにとっても由々しい問題かと」
「……むう」
「ではどうする? 葛葉先生がそちらに意見をまわすのならば、何かいい意見がおありですかな?」
「それは……」

 刀子は返答に詰まる。FHの脅威は実感してはいるが、それに対して、有効な手段を思いつくはずもない。少なくとも刀子はオーヴァードについては否定的だ。しかし彼らの力なくしてFHと対峙することなど不可能だということも、理屈では理解している。己の中で抱える矛盾に、刀子は頭を抱えていた。無言の刀子を見て、意見なしとみるや否や、古参の魔法教師はほっと胸をなでおろす。

「……まあ、それについてはこれから議論していけばいいだけのことです。何、我らとて高畑先生よりは劣りますが、少なくともFHとかいう組織に遅れをとったりはしませんぞ!」
(……駄目だな、この老人たちは)

 タカミチは心底あきれたように、内心大きなため息をついた。こんな老人たちが自分の所属する組織の中枢を担っているのかと思うと、タカミチはやるせなくなる。だが、この組織には自分を慕ってくる人間も数多い。そんな人間を裏切れないし、かといって、慕ってくれる仲間を集ってこの老人たちを打倒するには日が浅すぎる。自分は、この世界ではまだまだ新参でしかない。なにより、近右衛門を裏切るわけにはいかない。タカミチは、自分の無力さに嫌気が差していた。

「……では、最終決議に移りたいと思います」
「UGNの要望について、賛成のものは、挙手を」

 近右衛門の声によって手を挙げられたのは、瀬流彦やタカミチのような若い教師、明石やシャークティのように、オーヴァードに好意的な人間、しかし、その数は余りにも少なすぎた。

「く……」
「続いて、反対のもの、挙手」

 壮年や高年、老年の教師たちが一斉に挙手をする。ガンドルフィーニや刀子も、手を挙げていた。その数は、圧倒的で、簡単には覆すことは不可能であった。

「……決まりですな。UGNの要望は完全拒否。この街にはUGNやオーヴァードとかの出る幕などありませんよ」
「全くですな!」
「……それがお主らの意見というならば、止むを得んな」

 近右衛門は小さく息を吐いた。

「関東魔法協会は、UGNの要望から完全撤退する」




あとがき
 超大幅改訂とさせていただきました。少しは魔法使いの反応もましになる、はず。
 というより、へのへのもへじの方々に悪い部分の全てを押し付けたとも言うw



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン14(リテイク)
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:6197a4e3
Date: 2010/02/24 13:49
 翌朝、近右衛門に呼び出された隼人たちに告げられたのは、UGNの要望の完全撤退と、FHへの厳重体制強化及び徹底排除だった。

「完全撤退って、どういうことですか!?」

 隼人がむきになって飛びかからんばかりの勢いでがなりたてるが、それを椿が制する。

「……すまぬ」
「……僕もがんばっては見たが、老人どもの意見が覆せなかった」
「……理由を聞かせてもらえますか?」
「うむ。まず大きな理由としては予想以上に古参の魔法使いたちが、お主らオーヴァードとの交流を拒んでいることじゃ。彼らは関東魔法協会でもかなりの力を持っていてな、彼らの意見を覆さんことには、若手の意見はまず通すことが難しい。わしもこの状況に関しては以前より問題視しておったんじゃが、それがより表面化した結果になってしもうた……」
「……あの老人どもには、僕も手を焼いていてね。僕もいくつもの意見が握りつぶされてしまってる」
「改革派の教師たちもがんばってはいるんじゃがな、この協会では未だに保守派の意見が強くてなあ」
「……学園長自身の意見は?」
「わし個人としてはUGNとの協力は不可欠じゃと思うちょる。じゃがなあ、わしが意見を言うわけにはいかんのじゃ。この協会はあくまで関東一帯の魔法使い全体で成り立っておる。それらの意見を無視するわけにはいかんのじゃ」
「…………学園長が俺たちの味方というだけも、十分心強いです」
「うむ…… 力になれんですまん。わしはあくまで関東魔法協会の会長なんじゃ。彼らの意見を無視してまで、自分の意見を通すわけにはいかん」
「僕らも改革派としてがんばっていたんだけどね、まだまだ発言力が足りなすぎる。せめてあと五年、今回の要望が遅かったら話は違っていたかもしれない。そのための工作とかも、色々としてきたんだけどね……」
「…………」
「既に霧谷君には話を通した。後々にお主らに正式な辞令が下るはずじゃ。それまではしばらく麻帆良に留まり、教師として活動してもらうぞい」
「……了解」
「……了解です」
「重ね重ねすまんのう、こんなことになって」
「……いいえ、そちらが決定したのでしたら、こちらからは何も言えません」
「……いいえ」

 椿はあくまで事務的に、隼人は悔しげに近右衛門の謝罪を受け止めた。

「通達は以上じゃ。二人とも業務に戻るんじゃ」



「ちくしょう!」

 廊下を歩きながら、隼人は足を蹴り上げ、苛立ちを床にぶつけた。椿はそれを黙認する。内心、彼と同じ気持ちなのだろう。

「仕方ないわ。彼らが私たちを恐れていると言う理由も頷けなくはないもの」
「だからってよう!」
「決まってしまったものは仕方ないわ。後どれだけこの学園にいられるか分からないけど、今は教師の仕事を全うしましょう」
「……ああ」
「まずはあなたのたまった書類の整理からね。手伝わないわよ」
「うげっ」

 二人は雑談しながら職員室へと戻っていく。だが彼らは気がついていなかった。二人の会話を、こっそり盗み聞きしていた人物がいたことに。

(ちょっとちょっと…… 今のどういうことよ!? 隼人先生たち、もうすぐこの学校からいなくなっちゃうってこと!?)

 和美だった。最初の会話が何を言っているのかは分からなかったが、少なくとも「後どれぐらいこの学園にいられるか分からない」と言う会話だけは、きっちりと和美の耳朶に残っていた。

「……スクープだわ!」

 和美は言うが早いか、教室にUターンし、廊下を走り出した。



「おーい、席に着け、授業始めるぞ~」

 いつものようにやる気なさげに、隼人が教室に入ってくる。ふと、いつもより視線が集中していることに気がついた。その目にはどこか悲しげな感じさえ漂う。何事か、と思うと、突如、亜子が手を挙げてきた。

「先生、ちょっとええ?」
「なんだ、和泉」
「……先生、もうすぐこの学校からいなくなるって、ほんま?」

 ぎょっとする。どこからこの話が漏れたのか。教室を見回すと、和美が「ごめーん」とあまり反省するそぶりもなく、両手を手にして謝罪の意を表した。犯人が分かったところで、この状況を打破できるわけもなく、生徒たちは隼人の言葉を待っていた。はあ、と小さくため息を吐いて隼人は観念する。

「……おそらくな。数日中に、俺と椿に正式な辞令が出るはずだ」
「「「えーーーーーーーーーーーーーーーー!!!?」」」

 不満の大音響が、隼人の耳を叩く。慌てて耳をふさぐ。

「静かにしろ! いつまでいられるかは分からないが、そう遠くないうちに俺たちはこの学園を去ることになるかもしれない」
「なんで!? 先生、何かやっちゃったの!? そりゃ普段授業やる気ないけどさ!」
「椿先生まで行っちゃうのって、なんで!? 隼人先生だけならともかく!」
「せっかく仲良く慣れると思ったのに、ちょっと早すぎない!?」
(……お前らが俺のことをどう思ってるか、よーく分かったよ)

 それからも生徒からの追求は止まらない。さすがに収拾つかないと感じたのか、隼人はタカミチのまねをして、手を鳴らし、場を制する。

「静かにしろ! この件については後できっちりと説明する! とりあえず、今は授業を始める! 教科書開け! 今日は148ページから……」

 教科書を読み上げながら、隼人はどう言い訳をしようか、必死で頭をめぐらせる。椿と相談してみるのも手かと思った。そんな中、刹那だけは二人の事情をなんとなく理解した。やはり駄目だったのか、と。



 学園長室で業務をこなす近右衛門。そんな時、誰かが学園長室のドアをノックする。

「なんじゃ?」
「学園長、学園長宛に、郵便物が」
「わしに? 差出人は?」
「それが…… 書いてないんです。ただ、変なマークが書いてあるだけで」
「ふむ……」

 不審な郵便物ではあるが、念のために確認する義務はあるだろう。近右衛門は、教師を通すと、郵便物を受け取り、教師を戻らせる。郵便物は、宛名こそ近右衛門になっているが、差出人は書いておらず、代わりに雷に打たれた塔を図式化した、見たこともないマークが描かれていた。触れてみると、何か硬いものが入っているようである。それを恐る恐る取り出すと、それは一枚のDVDビデオであった。

「これは……?」

 不審に思いながらも、近右衛門は、それをデッキに入れ、再生する。
 そこには、近右衛門の予想だにしなかった光景が飛び込んできた。

「い、伊藤君!?」

 画面には、どこかの廃墟に、昨日会議に出席しなかった伊藤が、目隠しと猿轡をされ、手足をいすに固定された姿。それを事務的に眺めるスーツ姿の男。何事か、と近右衛門が困惑する中、画面の中の男がカメラ目線から話を始める。

『このような形で失礼します。我らはFH。今回は、あなた方と交渉させていただきたく、このようなものを送らせていただきました』
「FH、じゃと!?」
『我々の要求は一つ、関東魔法協会全ての魔法使いが、我らFHに降ること。この一点のみです。もし要求が受け入れられなった場合……』

 男はつかつかと伊藤に歩み寄り、ゆっくりと手をかざす。恐怖に震え、首を振る伊藤。だが、次の瞬間、伊藤の身体が、突如痙攣し、苦しげにがたがたといすを揺らし始める。いす毎倒れこみ、悶絶し、身体をくねらせて苦しみから逃れようとする。やがて、伊藤の身体が異変を見せ始める。のぞく皮膚から変色して鱗が生え、身体が肥大化し、服を破る。拘束していた縄や猿轡が、盛り上がった筋肉によってはちきれ、拘束から解放された伊藤は、

『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 もはや人のそれとは思えない咆哮を上げた。

「こ、これは!?」
『ご覧のとおり、麻帆良の市民全てに、我々の仲間となっていただきます』
「な……!?」

 近右衛門は絶句した。

『……今、私の時計が午前8時。今から48時間以内に要求が受け入れられなければ、私は麻帆良市民全てをオーヴァード化します。これは脅しではありません』
「…………」
『よい返事をお待ちしていますよ。では』

 それだけ告げると、画面は砂嵐となる。呆然とする近右衛門に、電話のベルが鳴る。びくり、と身体を震わせ、それを恐る恐る手に取る。

「もしもし……」
『ビデオは見ていただきましたかな?』
「お、お主は……!?」

 その声の主は、紛れもなく画面の中にいたあの男のものだった。緊迫の空気が漂う。

「何を企んでおる!? お主はこの街を、地獄に変えたいのか!?」
『その辺に関しては、興味はありません。我々の要求は、あくまで魔法使いの確保、ですからね』
「な……!?」
『もう一度言います。48時間以内に我々の要求が受け入れられなかった場合、この麻帆良全市民をオーヴァード化します。今が午後1時。あと43時間程度ですね』
「ま、待て!?」
『もしこちらに来るつもりならば、今から言う電話番号までその旨を伝えてください。090……』
「待てと言っておる!」
『では、よい返事をお待ちしていますよ』
「ま……」

 ぶつり、と一方的電話が切れる。震える手で受話器を戻し、近右衛門は大慌てで内線を通じて、タカミチに連絡を入れる。

「高畑君!? わしじゃ! 緊急事態が発生した! 大至急学園長室まで来てくれ!」



 タカミチは送られて来たビデオを見て、仰天した。

「これは一体……!?」
「……うむ、見てのとおりじゃ。伊藤君は…… やつらの手によって、既にジャーム化しているじゃろう」

 頭を抱えながら、近右衛門は苦悶に満ちた説明をした。タカミチも、その目はビデオに釘付けとなっている。

「最悪の展開じゃ…… まさか、UGNの要求を突っぱねた直後に、この事件とは……」
「しかし、このビデオで一つ分かったことがあります…… 我ら魔法使いも、例外なくオーヴァード化する可能性がある、と」
「うむ…… 緊急会議じゃ。このビデオを踏まえたうえで、今後の対抗策を練ることにするぞい」
「了解です。そのように通達します」
「それとじゃ」
「はい?」
「高崎君たちもこの会議に参加させるんじゃ。アドヴァイザーとして、今回の件について意見をもらうんじゃ」
「……了解しました」



 昨日に続いて、連続の会議に、魔法教師たちのテンションはこの上なく低かった。それに、見慣れない顔が一人いる。隼人たちのことだ。本来、魔法教師しか参加できないはずの会議に、彼のような人間がいることが不思議でならなかった。

「……まずは会議の前に、紹介しよう、今回の件でアドヴァイザーとして参加してもらうことになった。高崎隼人くんと玉野椿君じゃ。表向きは教師となっているが、本来はUGNのエージェントを務めておる」
「よろしくお願いします」
「よろしく」

 隼人と椿は立ち上がり、一礼する。ほかの教師の間で、ひそひそと話し声が始まる。余り歓迎はされていないらしい。隼人はぶすっとした顔で、椿は務めて無感情に着席した。

「今回、緊急会議を開くに当たり、まずはこの会議を開くきっかけとなったあるビデオをご覧いただく。高畑君」

 タカミチは命じられるまま、プロジェクターに、FHから送られてきたビデオを投影する。

「な……!?」
「FH!?」

 椿と隼人が、驚愕の声を上げる。同時に理解する。この会議に、何故自分たちが呼ばれたのかを。FHから送られてきたビデオレターは、ほかの魔法教師にも衝撃をもたらした。ざわめきが会議室を支配する。

「静粛に、静粛に!」
「学園長、これは一体どういうことですか!? 伊藤先生は!? 伊藤先生は一体……!?」
「落ち着くんじゃ、ガンドルフィーニ君。見てのとおりじゃ、伊藤君は…… ジャーム化した。FHの手によって、な」
「そんな……」

 ガンドルフィーニはがっくりとうなだれる。よほどビデオのことが衝撃的だったのだろう。汲んだ腕の中で、首を振り、焼き付けた映像を少しでも忘れようとしているようだ。

「今回の議題は、今後の対応じゃ。FHに降るか、それとも徹底抗戦するべきか、のな」
「……それで学園長、俺たちを呼んだ理由は?」
「うむ。まずは高崎君たちに聞こう。彼の言うとおり、オーヴァード一人で街全ての人間をオーヴァード化するのは可能かのう?」
「……おそらく、可能だと思います」
「なんと……!?」
「そんなことが出来るのか……!?」

 隼人の発言が、再び会議室を騒然とさせる。

「ええい、静かにせんか! 玉野君も同じ見解かのう?」
「はい。おそらくはったりの可能性は低いかと思います」
「……意見ありがとう。では次の質問じゃ。映像の通り、伊藤君がジャーム化したわけじゃが、我ら魔法使いがオーヴァード化、ジャーム化する可能性はありえると思うかのう?」
「……この世界にいる以上、レネゲイドに感染している可能性は非常に高いかと思われます。何らかの原因で発症する可能性は十分にあるかと」

 ざわざわざわ。三度騒然となる。

「あ、ありえない! 僕らがオーヴァード化するかもしれないだなんて!」

 ガンドルフィーニが立ち上がって、必死になって隼人たちの意見を否定しようとする。だが、その言葉に根拠など何一つないことは、誰の目にも明らかだった。

「ガンドルフィーニ君、落ち着くんじゃ!」
「ですが……!」
「現実を受け入れるしかあるまい。わしらとてオーヴァード化する。その可能性は十分にあることを二人は示しただけじゃ」
「…………」

 今度こそ、ガンドルフィーニは力なく座り込み、がっくりとした表情を浮かべる。余程ショックなのか、口を利く気力さえも無くなったらしい。

「しかし、これは由々しき事態ですぞ! こ、こんな事態、経験したことなどない」

 壮年の魔法教師が、狼狽を隠そうともせずに、近右衛門に詰め寄った。

「それをこれからどうするかという会議じゃろう! 落ち着かんか!」
「ですが……!」
「学園長の言うとおりですね」

 凛とした面持ちで、刀子が挙手する。

「見苦しくわめき散らすのはなしにしましょう。今はこの事態をどうするべきか、それを考えていかなければなりません」
「む、むむ……」
「さしあたって、私はこの事態に対して徹底抗戦と提案します。何の罪もない生徒たちを巻き込む彼らを許すことなど、断じて出来ません」
「だがどうする? 私たちでは伊藤君のようにジャーム化するのが関の山だぞ?」
「でしたら、ここに適任者がいるではありませんか」

 刀子は、隼人たちを指差して言う。それに驚愕の表情を浮かべる教師たち。

「私の私情は抜きにします。この状況を打破できるのは、おそらく彼らしかありえません。これは私なりに考えた意見です。他によりよい意見があるというなら、どうぞおっしゃってください」
「いいのかい、葛葉先生? 君はオーヴァードに否定的じゃなかったのかい?」

 明石がおどけたように聞き返す。

「確かにそうですね。ですが、大勢の生徒たちを守るためです。自分が否定しているものであろうと、それに守れる力があるのならば、その力は認めるしかないでしょう?」
「葛葉君!」

 予想外の方向からそんな意見が出るのを見て、高年の魔法教師が声を荒げる。

「私は別に貴方たちの味方というわけでもありませんよ? 私は自分の生徒を守る立場から、物を言わせてもらっているだけです」
「な……」

 言葉をなくす高年の教師。

「ははは、これは痛快だね! 自分の生徒を守るために、あえて自分が否定してきた存在と手を結ぶ! 老人たちには真似できそうにはありませんな!」

 明石が手を叩いて刀子の英断を褒め称える。その笑いに、かっとなったのか、一人の老年の教師が明石を指差して怒鳴りつける。

「く、口を慎め、若造が!」
「今口を慎むべきなのは、あなたがたでしょう? 今のあなたがたは見苦しいですよ。自分の保身に走った結果、この状況を招いたことに、まだ気がつきませんか?」
「ぐ……」
「まあ、それでも自分たちの力でこの状況をどうにかすると言うなら、ご自由にどうぞ? そうなったら僕は娘を連れて、麻帆良から逃げますから」
「き、貴様……!」
「いい加減に黙りませんか、貴方たち」

 だん、とテーブルを叩きつけて、タカミチがその場を制した。その瞳には怒気が宿り、見るものを萎縮させる。

「それがあなたがたの目指す“立派な魔法使い”とやらの姿だとしたら、僕は幻滅だ」
「何い!?」
「誰かのために人知れず力を貸す。それが本来、あるべき“立派な魔法使い”というものでしょう? それが何ですか、あなたがたは保身に走り、自分の立場を危うくするものを排除してきたツケを、今、僕らに払わせている最中であることに、まだ気がつかないのか!?」

 タカミチの怒号が、会議室をびりびりと揺らす。その圧倒的な迫力に、古参の魔法教師たちも気おされる。

「僕は、魔法は使えないが、それでも“立派な魔法使い”の理念は貫き通しているつもりです。幸いにも、そういう機会にも恵まれた。しかし! あなたがたはどうだ!? 自分の地位に胡坐をかいて、平和な世界で安穏とした人生を送っているだけ! それがあなたがたの言う“立派な魔法使い”か!?」

 誰もがタカミチの演説に口を挟めない。

「残念だがこの状況には僕らにも太刀打ちが出来ない。だが幸いにも、僕らには高崎先生たちがいてくれた。僕はこの場を借りて、彼らに頼むよ。どうかこの街を救って欲しい。ふがいない僕らに代わって、どうかお願いする」
「あ、いや、その……」

 いきなり頭を下げてきたタカミチに、隼人はどう答えていいのか分からず、うろたえてしまう。

「……さて、ここで一つ案が出たわけじゃが、この事件をUGNエージェントである高崎君たちに依頼する。これ以外の案が他にあるかの?」

 改めて近右衛門が全員に尋ねる。だが、誰も答えない。もうこの場にいる全員が分かっていた。それが最上の決断であると。

「……審議の必要はなさそうじゃな。では決定じゃ! この一件は、高崎君たちに一任する。わしらは全力で彼らをサポートする! まずはできるだけ情報を集めるんじゃ! 手段は問わん! どんな方法を使ってでも情報を集めてくるんじゃ!」
「「「は、はい!」」」
「こんな形で頼ることになってすまないね、改めてこの街を頼む」
「……高畑先生…… 了解、この街は俺たちが守ります」



あとがき
 既に感想のほうでも言われていましたが、そうです、このSSでは、魔法使いたちも例外なくオーヴァード化する可能性があります。そして同時に、人間をオーヴァード化する一部のエフェクトに対しては、彼らはあまりにも無力なのです。それゆえに、今回の敵との相性は最悪です。例えるならば、じゃんけんのグーは、パーに絶対に勝てない、と言うところでしょうか。もちろん、魔法使いたちもオーヴァードに勝るところ、というのもしっかりと考えていますので、そこらへんはこっちの見せ方次第ですね。



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン15
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:6197a4e3
Date: 2010/01/08 19:23
 映像から推定された廃墟は、しかしもぬけの殻だった。惨劇の痕こそ残されてはいるが、肝心の、やつらの居場所までは分からない。悔しげな表情を隠そうともせず、隼人は舌打ちした。

「……さすがにそう簡単に尻尾はつかませてはくれないか」
「予想はしてたけどね。私は端末からUGNのデータベースにアクセスして、映像の男の情報を入手してみるわ」
「頼む。俺はこの場所に何か手がかりがないか、探ってみる」

 隼人は地べたを這い、何か見つからないか探りを入れる。椿は携帯を取り出し、UGNのデータベースの検索を始める。それぞれが血眼になって作業に集中しているせいもあって、彼らは気づかなかった。その様子を、一羽の鳩が、じっと見つめていることに。



 女子寮のある一室。夕映とのどか、そしてハルナは三人で談話していた。もちろん今日の突然の通達、強力な薬品の空中散布による外出禁止令についてだ。

「はあ、困ったなあ、今日と明日にかけて、寮からの外出禁止令が出るなんて。急な空中散布があるなんて聞いてないよね?」
「そうですね。おかげで買い物にも行けないで困りものです」
「まあ、いいじゃん。その代わり、明日一日授業もないみたいだしさ。ゆっくりしようよ」
「パルは気楽ですねえ。冷蔵庫の中身がそろそろピンチなことに気がついてないですか?」
「え!? マジ!?」

 ハルナの顔が急に焦りの表情を浮かべる。慌てて、冷蔵庫の中身を確認すると、確かにおかずになりそうな食材は、ほとんど残っていなかった。「ぎゃー!」と絶叫を上げるハルナ。

「……まあ、最悪木乃香たちに頼みにいきましょう。事情を話せば、食材を分けてもらえるかもしれません」
「それしかないかあ」

 頭をがりがり毟りながら、ハルナはぼやく。だが、夕映はそれを眺めながら、別の思考をめぐらせていた。

(いきなりの空中散布…… 普通に考えればおかしな話ですね。となると、何かこちら側に知られたくないような厄介なトラブルが学園側に起きた? となるとそれは一体……)

 のどか達と話をしながら、今回の不可解な空中散布の真相を推理していると、何かがこんこん、と窓を叩く。窓を見やると、そこは一羽の鳩が、器用に、くちばしで窓を叩いている姿だった。思いがけず、鳩が取るかわいらしい行動に、のどか達の目は釘付けになった。

「かわいー! 見て見て、ゆえ! 鳩が窓ノックしてるよー!」
「ほんとだ! おもしろーい! 写真撮らなきゃ!」

 ハルナは携帯のカメラで、鳩の姿を撮る。だが、夕映は、

(あの鳩は…… ザジさんの鳩? ということは……)

 夕映はその鳩が、普通の鳩ではないことに、いち早く見抜いた。それゆえに次の行動に移るのも、素早かった。

「そうでした。のどか、ちょっと席をはずします。ザジさんに借りたものを返さないといけません」
「あれ? そうなの? すぐに戻ってくるよね、ゆえゆえ?」
「もちろんですよ。すぐに戻ります」

 いつもの嘘。そして、部屋を出ると一目散にザジの部屋を目指した。誰もが気づかない異変に、気づいてしまった者の義務として。



「ふぁ~……」

 欠伸をかみ殺しながら、千雨はPCの前で、目をこすりながら、自身のブログの更新を行っていた。新作のコスプレ写真を掲載し、それについての簡単なコメントを載せる。ぼろい作業だ、と思いながら、千雨はキーボードを無心で叩く。
 と。

「ちゅう」
「!!?」

 今まで聞いたことがないような鳴き声が耳に飛び込んできた。振り返ると、一匹のネズミが、ちょこん、と千雨をじっと見つめていた。目が思わず合う。

「うわあっ!? ど、どこから入ってきた!?」

 千雨は大慌てで、武器になりそうな棒を取り、ネズミに向かって振り下ろした。ねずみはすばしっこく動いてそれをかわし、玄関まで器用に逃げていく。わずかに空いた隙間を潜り、外へと逃げたネズミを追って、千雨は廊下を駆けだした。千雨の攻撃をひょいひょい避けながら、ネズミはひたすらに疾走する。頭に血が上っている千雨は気がついていない。ネズミの動きは、どこか作為的なものであるということに。

「こんにゃろう!」

 渾身の力を込めて、振りかぶった棒を勢いよく振り下ろす。
 ところが。
 ばし、とそれが、突然何者かによって受け止められる。

「あんまり動物をいじめては可愛そうアルよ」

 にこやかに笑う古の声。ようやく、千雨ははっと我に返った。見渡すと、そこには楓と夕映の姿もある。それどころか、さっきまで追いかけていたネズミが、いつの間にかザジの肩の上に止まっていることに、ようやく千雨は気がついた。

「すみません、こんな形でお呼び立てしてしまいまして」
「綾瀬、どういうことだ?」
「ザジさんにお願いしたんです。千雨さんを呼んできて欲しい、と」
「…………」

 ザジは無言でVサインをしてみせる。あっけに取られる千雨に、楓はそっとその背を叩いた。

「さて、ちょっとザジ殿の部屋にお邪魔させてもらうでござるよ」
「はあ? 何でだよ?」
「……おそらく緊急事態です」
「……緊急事態?」
「詳しい話はザジさんがしてくれます」

 楓に促されるまま、ザジの部屋に案内される千雨。その後に夕映、ザジと続いて、最後に古が入り、鍵をかける。

「おい、そこまでしなくても……」
「念のために《ワーディング》も展開します」

 言うより早く、夕映は《ワーディング》を展開する。ようやく千雨は気がつく。これがただ事ではないと。

「……何があった」
「まずはザジさんが、何か情報を掴んだようです」
「つったってなあ、こいつがしゃべってるところなんて見たこと……」

 言いかけてた千雨の脳裏に、突如奇妙なヴィジョンが浮かび上がる。学園全域に出された空中散布による外出禁止令によって、閑散とした街並み。それを疾走する隼人と椿。郊外の廃墟に侵入する二人と、その中で何かを探っている様子。何のことか分からないまま、ヴィジョンはすう、と薄らいでいく。

「……今のは?」
「感じましたか? これがザジさんの能力です。動物を操り、それに見聞きさせた情報をわたしたちに直接脳内に伝える力。おかげで情報を素早く察知できる。この力には、いつも助けられています。」
「は~…… オーヴァードって色んなことが出来るんだな、ホントに……」
「しかし、不可解でござるな。何ゆえ隼人殿たちはあのような辺鄙な場所で探し物をしているでござるか?」
「確かにそうネ。何かあったとしか、思えないアルよ」
「不可解と言えば、この空中散布だっておかしいよな。いきなり今日から明日にかけて外出禁止だろ? 急すぎるとしか思えねーよ」
「それに関しては一つ考えられることが」

 夕映はぴっと指を立てる。

「おそらく、学園全体に大きなトラブルが起こったのではないかと」
「……それは?」
「……例えば、テロ予告とか」
「「「テロ!?」」」
「それも麻帆良全体を標的にしたテロ。テロの目的まではさすがに分かりませんが、これが一番ありえる可能性かと」
「ちょっと待てよ! この街に、テロを起こす動機は何だよ!? ここはただの…… ただの、じゃねーか……」

 言いかけて千雨は気がつく。普通にロボットが闊歩するこの麻帆良が、ただの学園都市ではないことに。今さらながらのことに、思わずため息を吐きたくなった。

「テロの動機までは分かりませんが、ここに隼人先生たちが関ってくるとなると話は少し変わってきます」
「……となると、オーヴァード絡みでござるな?」

 楓は顎に手を当てて、自分の推理を述べる。それに対して、夕映はこくん、と小さく頷いた。

「ほぼ確定かと。そしてさっきのヴィジョンを見る限り、捜査は難航している様子です」
「……手助けするネ?」
「……そこで皆さんに相談したいです。皆さんは、隼人先生に協力したいと思いますか?」
「「「「…………」」」」

 沈黙。
 ややあって、楓がその口を開いた。

「……拙者はあの二人をよく知らないでござる。だが、先日、夕映殿や千雨殿を助けてくれたその礼は果たすべきでござるな」
「楓さん……」
「ワタシも同じ気持ちネ! それに夕映の言うとおりなら、この街に悪いやつらが何か企んでるいると言うことアルよ! それは許せないアル!」
「…………」

 ザジは何も言わない。だが、言いたいことは夕映たちに伝わる。隼人たちに協力したい、と。

「…………」

 千雨は考えていた。またしても、自分は非日常に関ることになるかもしれない。ようやく手に入れた“日常”を脅かされたくはない。だが、椿の恩義には応えたい……
 悩む千雨を、夕映は無言で見守っていた。楓たちも、同じように。
 そして、千雨は一つの答えを出す。

「……なあ、綾瀬の言うとおりなら、玉野先生はまた危ない目にあう、ってことだよな?」
「……そうですね。最悪、テロリストと戦う可能性は十分あります」
「……あたしは、あの人を守りたい。あの人には、返したくても返しきれない恩があるんだ。それを少しでも返したい……」
「はい……」
「だから。あたしも協力させてくれないか……?」
「……もちろんです!」

 夕映は千雨の手を取る。千雨も、それに応えるかのように、夕映の手を握り返す。握られた手に、楓の手が、そして古の、ザジの手が重ねられる。決意は、固まった。

「行きましょう! ザジさん、いつものをお願いします!」

 こくん、とザジは小さく頷くと、夕映たちは部屋を後にする。そして、誰にも見つからないように、そっと寮を抜け出した。残されたザジは、じっと目を閉じ、体内のレネゲイドを、激しく活性化させる。そして……



「……あれ?」
「どーしたの、のどか?」
「うーん、何か大事なことを思い出さないといけないような気がしたけど…… なんだか忘れちゃった」
「じゃあ、大したことじゃないんじゃない?」
「そっかな。パルが言うなら、そうなんだろうね」
「そうそう! そういうのってさ、案外大したことないもんだって!」

 けらけらと、ハルナは陽気に笑う。のどかも、それにつられて笑った。



 無人となった街を、四人の少女がひた走る。一刻も早く、隼人たちの元へとたどり着くために。走る四人の脇を、すう、と一羽の鳩が先行する。それは、あたかも四人を道案内しているかのように。

「ザジさんが道案内してくれています。付いていきましょう!」
「「「了解!」」」



あとがき
 まあ、軽めの合流シーン、と言ったところでしょうか。ちなみに最後、ザジが何をしたかと言いますと、ジェネシフトで侵蝕率を上昇させて、《神速の鼓動》+《人形使い》その他で、「夕映たちがいないことを、気にしない」と言う命令を寮全体に浸透させました。ちなみにこれまでも、ザジはこのコンボで夕映たちの情報操作を行っていたと言う設定でもあります。



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン16
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:6197a4e3
Date: 2010/02/02 20:52
 隼人たちが決死で、情報を収集しているころ、新たな潜伏場所で、元伊藤のジャーム、春日恭二、そして、“悪魔の吐息”が、ぼそぼそと密談を交わしていた。

「貴様の作戦、上手くいっているのか?」
「何事も順調に進む作戦などありませんよ。予想以上にUGNの捜査が早いようです。いずれここもかぎ分けられるかと」
「ならば近いうちにここも離れよう。しかし、やつらを放置するわけにも行くまい?」
「もちろんですよ。任務遂行には、彼らの存在は邪魔以外の何者でもありません。出来ればさっさと始末したいところですが……」
「ならば、今度こそ俺がやろう。汚名返上のチャンスといかせてもらう」
「では、そちらのほうは頼みましたよ。“ディアボロス”。私は少ししたらここを後にします。合流場所は打ち合わせの通りに」
「心得た」



 廃墟の捜査は、結局空振りに終わった。隼人はくまなく内部を捜索したが、手がかりどころか、毛一本すら発見できなかった。

「くそっ」

 隼人は壊れたいすを蹴り飛ばし、苛立ちを紛らわせる。蹴り飛ばされたいすは、ガツンと大きな音を立てて、壁に衝突し、粉々に砕け散った。

「どこに行ったんだ!?」
「落ち着きなさい隼人。焦っても仕方ないわ」
「けどよお!?」
「まだ時間はある。別の手がかりを探しましょう」
「……ああ。椿、何か分かったか?」
「何とかね。といっても最低限の情報だけど」

 見て、と言って、椿は隼人に携帯のディスプレイを見せる。早血がそれを覗き込むと、そこには、あのFHエージェントの顔写真と、詳細なデータがびっしりと書き込まれていた。

「コードネーム“悪魔の吐息”。シンドロームはソラリス/ハヌマーン。過去にも各地で出没し、街に多大な被害をもたらしてるわ。そしてこのエージェント最大の特徴は……」

 椿は携帯を操作して、画面をスライドする。

「人間をオーヴァード化する能力。それも個人はおろか、場合によっては街一つの住民全てをオーヴァード化したこともあったそうよ」
「……これでやつの言ったことがはったりでないことは証明されちまったわけか」
「ええ。ただ、それ以外の能力については分からなかったけど」
「十分だ椿。これ以上ここにいても埒が明かないな。街を手分けしてやつの居所を探るぞ」
「ええ」

 二人は手がかりのつかめなかった廃墟を後にし、別々に街中で手がかりを探そうとした。
 その時。

「隼人先生! 椿先生!」
「!?」

 突如、聞き覚えのある声で、二人は呼び止められる。声のしたほうに目を向ける。そこには、隼人の予想したとおりの顔と、予想しなかった顔ぶれが、交互にいた。

「綾瀬!? それから……」
「長谷川さんに、長瀬さん! それに古さんも! 一体どうしたの!? 今日から明日にかけて、寮からの外出禁止令が……!」
「嘘ですよね? それ」

 夕映の鋭い指摘に、ぐ、とのどを詰まらせる二人。そして、その態度から夕映は確信する。自分の推理が正しいことに。出来れば当たって欲しくはなかったが。

「本当のことを教えてください、先生。少なくとも、わたし達は聞く権利があるです」
「……達? ちょっと待て、まさか……」

 ようやく気がついた。どうして楓と古がここにいるのかを。

「……話すつもりはなかったでござるが、こういう状況であれば、やむをえないでござる…… そうでござるよ、拙者たちも、オーヴァードでござる」
「……なるほど」
「先生、教えて欲しいネ! この麻帆良に、何が起こったアルか?」
「……どうする、椿?」

 隼人は椿に助けを求める。さすがに一人では決めきれないらしい。椿も四人をじっくり見据えて、考え込む。少なくとも、四人を巻き込むわけには行かない。だが、ここで突っぱねても、おそらく無駄だ。夕映たちの目は、たとえ何を言われても食い下がるであろうことを物語っている。ならば……

「……仕方ないわ。ただし、これはあなたたちの胸のうちにしまっておいて頂戴」
「分かりました」
「ん……」
「私たちは……」

 椿は話した。FHのこととその目的、伊藤がジャーム化したこと、そして、その全件を近右衛門直々に一任されたこと、そして、魔法使いのことを……

「オーヴァードの次はテロリストに魔法使いかよ……」

 うんざりした口調で千雨がつぶやく。

「信じられないかしら?」
「……いや、ここまで来たら信じるしかねーだろ…… あたしたちオーヴァード以外にも、魔法使いってやつも、この世のどっかにいるってことでいいんだよな?」
「ええ。そしてこの麻帆良が日本に置ける魔法使いたちの重要な拠点でもあるの。FHは、その中枢に、全魔法使いがFHに降るように要請した。拒否すれば、この街の人間全てがオーヴァード化する、と言ってね」
「全……!? 本気ですか!? この街に、どれだけの人間がいると思っているんですか!?」
「さすがにこれは…… 見過ごせないでござるな……!」

 楓の目がかっと見開く。余程FHの所業が腹に据えかねたのだろう。

「センセ、お願いネ! ワタシたちも仲間に加えて欲しいアルよ! そんなヒドイこと、ワタシ、許せないアル!」
「駄目だ」

 だが、古の懇願を隼人はにべもなく断った。それに猛抗議する古。

「何でアルか!? ワタシ、真剣だヨ! 麻帆良を守りたい気持ちはセンセと同じアル! どうして駄目アルか!?」
「だからだ。仮にも、お前たちは俺たちの生徒だ。生徒を守るのが教師の義務ってやつだろ」
「隼人殿、そう言ってくれるのは嬉しいでござる。だが、この街は拙者たちの暮らす街でござる」
「長瀬……?」
「それを守れる力がありながら、何もしないというのは、拙者たちの道義に反するでござるよ」
「…………」
「無茶を言っているのは先刻承知でござる。だが、それでも拙者たちにも、この街を守らせて欲しいでござる…… 後生でござるよ……」

 楓はそう言い、深々と頭を下げる。古も、それに倣って頭を下に下げる。

「先生、わたし達を守ると言いましたね? ですが、わたし達にも、先生を守れる力があると、わたしは自負しています。そしてこの街を守る力もあることも。少なくとも、足手まといにはなりません。どうか、わたしもこの街を守る手助けをさせてください」

 続いて、夕映も同じように頭を下げる。

「玉野先生、お願いだ。あたしも連れて行ってくれ。あたしは、先生を守りたいんだ…… “日常”は確かに欲しい。でも、そこには先生がいないと駄目なんだ。あたしの“日常”には…… 先生が必要なんだよ……」
「長谷川さん……」
「頼む先生、あたしにも、先生を守らせてくれ……」

 千雨は椿に対して、深く頭を下げて懇願する。そんな四人の姿を見て、隼人と椿は互いに目を合わせる。そして、二人同時に、小さく息を吐いた。

「……どうする?」
「仕方ないか……」

 隼人は、四人の頭を上げさせる。

「……後で罰は受けてもらうぞ。それでもいいならついて来い」
「……ありがとうございます!」
「謝謝! ワタシ、頑張るアル!」
「隼人殿、感謝するでござるよ!」
「……ありがとう、高崎先生!」

 四人はもう一度、深く頭を下げる。

「椿、これからの方針はどうする?」
「そうね…… 二手に分かれましょう。私と隼人、それともう二人で分かれて、やつらが隠れられそうな場所をしらみつぶしに探す。もちろん、連絡は密に取り合って。ついていった二人は、私たちのサポートをお願いするわ」
「分かった。俺には長瀬と綾瀬、椿は長谷川と古をつける。異論はないか?」
「それは隼人先生にお任せしますが、それが一番妥当かと」
「よし、じゃあ、方針が決まったところで行動開始だ。綾瀬、すまないが道案内がてら、この辺で身を隠せそうな場所を教えてくれ」
「了解です」
「よろしくね、長谷川さん。サポートはお願いするわ」
「ああ、あたしに任せてくれ!」

 隼人と椿は、頷きあうと、お互い別々の方向へと走り出した。その後に、夕映と楓、千雨と古が、それぞれつき従う。互いを信じあいながら。



「情報を少しでも多く集めるんじゃ! 高崎君たちにばかり任せていては、わしらの面子が立たん!」
「了解です!」

 近右衛門の指示に、魔法教師が力強く頷いた。近右衛門たちが持ちうる全ての麻帆良の情報網を駆使し、FHの居場所を探ろうとする。最初はUGNに非協力的だった魔法教師たちも、自分たちの街の危機に、一丸となって全力で行動を進めていた。学園長室で待機している近右衛門の元に、新たな魔法教師が飛び込んでくる。

「学園長! 私の生徒から、数日前に東地区で怪しい人影を見たと言う情報を入手しました!」
「うむ、それの信憑性は?」
「他にも複数の生徒たちからも同じような情報が寄せられました。かなり信頼できるかと」
「了解じゃ。高崎君たちに連絡じゃ! 東地区で怪人物の目撃情報あり、とな!」
「了解です!」

 魔法教師は一礼すると、学園長室を駆け足で後にした。一人になった近右衛門は、ふう、と大きなため息を吐く。

「自分が無力だと思い知ったのは、何十年ぶりじゃろうか……」

 近右衛門は、天を仰ぎ、この場にいない隼人たちに思いをはせる。

「せめてわしらに代わって、この街を救ってくれ、高崎君、玉野君。わしらに出来ることは、その手助けだけじゃ……」



あとがき
 完全な合流シーンですね。後、ついでに魔法使いの皆さんの印象を少しでも上げようとw
 千雨の動機に関してはほぼこれで完全固定ですね。椿のため。苦労してるんです、彼女の動機付けにはw



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン17
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:6197a4e3
Date: 2010/01/16 20:56
 近右衛門から託された情報を頼りに、東地区に焦点を絞った隼人たちは、まずやつらが隠れられそうな場所を捜索する。

「目撃情報が多く寄せられたのはこの辺りらしいが……」
「この辺でしたら…… そうです、確かのどかが、最近お気に入りのブティックがつぶれたことを言ってました! こっちです!」

 夕映の案内で、隼人たちはもはや主がいなくなり、空っぽになったショーウィンドウをさらす建物の前まで走る。恐る恐る中に入ると、かつては主人がいたであろうカウンターは、すっかり埃を被り、陳列棚はがらんとし、誰も手をつけていない状態であることは明らかであった。カウンターの奥には、ちらりと階段が見える。

「二階があるようですね」
「隠れるならそこだな。警戒しろ」
「了解でござる」

 三人は、足音を立てないように、細心の注意を払いながら、階段を上がっていく。細い廊下には、左右二つづつに扉があり、それらを一つ一つ、静かに開けながら、中を確かめる。一つ目、二つ目の扉には何もなく、三つ目の扉を、そっと開けると、やはり無人の部屋ではあったが、

「先生」
「どうした、綾瀬?」
「これを」

 夕映が手のひらを開くと、そこには、何かのかすが乗せられていた。

「それは……」
「何かの食べかすです。しかも比較的新しいものですね」
「ということは…… やはりここには誰かがつい最近まで出入りしていたと言うことでござるな」
「手分けして、残りの部屋に何かないか調べてみよう」

 隼人の提案に、二人は頷き、虱潰しに残った部屋を調べつくす。そして、

「先生、裏口から、誰か出て行った形跡があります!」
「痕跡はあるか!?」
「はい。ただ、どうやらマンホールでその形跡が途絶えています」
「く! 下水道を使われたか! 探すのは難しそうだな」
「あきらめるでござるか?」
「ここは捨てよう。椿のほうで何か動きがあればいいんだが……」

 一応、こちらで得た情報を伝えよう、と隼人は携帯を捜査し、椿に報告する。

「……椿への報告は完了した。ここを引き上げて、次の場所を探そう」

 隼人がそう言い、その場を後にしようとしたとき。
 また隼人の携帯が鳴った。
 着信者は…… 近右衛門。

「もしもし、学園長?」
『高崎君! すぐにその場を離れるんじゃ!』
「学園長?」
『先ほど、その場所に何か不吉なものが来るとの予言があった! 急いで逃げるんじゃ!』
「わ、分かりました!」

 隼人は慌てて携帯を切り、楓たちにここを離れるように促した。
 だが。
 隼人がマンホールから背を向けた瞬間、突然マンホールのふたが勢いよく弾け飛んだ。

「何だ!?」
「何か来ます!」

 夕映の警告と同時に、周囲に《ワーディング》が展開される。冷たい敵意のこもったそれは、容易に隼人たちの中の衝動を突き動かす。

「ぐ……」

 唇をかみ締めて、衝動を押さえ込み、マンホールから現れた敵を睨みつける。それは、かつては人であったのだろうか、人間のフォルムこそ保っていたが、あちこちに大きなこぶが出来、その形を大きく崩している。どす黒く変色した皮膚からは、黒い血のような液体が絶えず滴り落ちていた。完全に異形化したジャーム。三人はそう結論付けた。

「“悪魔の吐息”の置き土産ってことか……」

 隼人は小さくした打ちする。いつものように胸ポケットの写真を刀へと変化させ、臨戦態勢を整える。夕映も“魔眼”を、楓も懐から紙を変化させたクナイを取り出し、戦いへと身を投じる。

「気をつけてください、二人とも! まずは相手の出方を伺いましょう!」
「「了解!」」

 夕映の指示通り、距離を置いて相手の出方を待つ。それを察知したのか、ジャームが大きな咆哮を上げる。それに呼応するかのように、彼の周囲の空間が大きく歪み、漆黒へと染め上がっていった。

「バロールか!」

 同時に、めきめきと彼の腕が変化し、歪に伸びる鈎爪を生やしていく。

「おそらくバロール/エグザイルです! きっと鈎爪を自在に変化させて攻撃してくるはずです!」
「厄介だな、それは……!」

 夕映の読みどおり、ジャームは伸ばした鈎爪を、変幻自在に操って、隼人たちを攻撃する。だが、夕映の警告によって、その動きをある程度警戒していた隼人たちにとっては、攻撃を受け流すのはたやすい。しかし、夕映自身はそうはいかなかった。もともと体術の心得のない夕映に、ジャーム攻撃を避けることは困難であった。撃ち落しきれなかった攻撃を、かわすことなどできるわけがない。
 だが。その攻撃に対して、即座に楓が体を張って受け止めた。胸に、深々と鈎爪が突き刺さる。

「楓さん!」
「へいき…… で、ござるよ……」

 うめきながらも、楓はゆっくりと鈎爪を引き抜く。抜き取った胸には、痛々しい傷跡が残されたが、すぐにそれが修復される。ふー、と大きく息を吐いて、楓は、ジャームをぎっと、睨みつけた。

「お返しでござるよ!」

 楓が叫ぶと同時に。
 楓の姿が、陽炎のようにすう、と消えうせる。一瞬、ジャームは楓の姿を探そうとするが、そのときには既に遅かった。次の瞬間には、ジャームの予想しなかった方角から、幾つものクナイが、深々と突き刺さる。

「喝!」

 楓が印を結ぶ。同時に、突き刺さったクナイが、いっせいに大爆発を引き起こす。爆風が、隼人たちを叩く。

「今のは……!?」
「拙者の得意技でござる。刺したクナイを、一斉に爆弾に変えたでござるよ」

 なるほど、と隼人は合点がいく。爆風が治まり、姿を現したジャームは、左腕と胴の半ばが吹き飛び、辛うじて生きているという状態である。それを見た隼人は刀を構え、高速移動でジャームの間合いに飛び込み、見ることも困難な太刀筋で、ジャームの首をきれいに切り落とした。苦痛から開放された胴体は、ゆっくりと後ろに倒れこみ、汚らしい液体となって、地面に染みこんでいった。

「安らかに眠れ…… 俺がお前にしてやれることはこれだけだ……」

 それを静かに眺めながら、隼人は小さくつぶやいた。

「隼人先生、ジャームを弔うのは後にしましょう。それより、この内部のことが気になります」

 夕映は開いたままのマンホールを指差した。その奥からは、水の音が聞こえることから、おそらくこのマンホールは下水道に繋がるのだろう。

「そうだな。学園長に調べてもらおう。この下水道がどこに通じているか調べれば、ほかの潜伏場所が分かるかもしれない」

 隼人は携帯をかけ、近右衛門に繋ぐ。そして、下水道が繋がるマンホールを、全て調べてもらうように依頼した。

『あい分かった。大至急調べさせてみるぞい。そちらも怪我がないようにな』
「了解。調べがついたら、椿にも連絡を」
『うむ』



「……了解。隼人も気をつけて」

 椿は、隼人からの報告を受けて、改めて調査を再開した。
 椿たちは、闇雲に歩き回ろうとせず、地道な調査を経て、活動を進めていた。特に、千雨の持ってきたノートPCが、大いに役立ってくれた。麻帆良の情報が集まるサイト、“まほネット”に寄せられた情報から、有力な情報を集め、そこを重点的に調べて回る。このサイクルが、彼女たちのスタイル。

「……先生、大学部の使われてない校舎で、黒服の不審人物が目撃されてる。噂の時期的に、かなり信憑性が高そうだ」
「ありがとう。そこに行ってみましょう」
「案内なら任せるネ! こっちだヨ!」

 古の案内で、大学部の校舎へと向かう三人。本来なら人であふれかえるはずのキャンパスは、しんと静まり返っている。問題の使われていない三階建ての校舎は、そんな大学部の端にある。老朽化が進んでおり、近々取り壊しも決定しているらしく、看板に、「近日取り壊し予定」の文字が刻まれている。にもかかわらず……

「……足跡があるわね。しかもかなり新しい」
「最近まで誰かが使ってたってことか……」
「中に入ってみるネ!」
「慎重にね。私が先行するわ」

 椿が先頭に立ち、そっと中に入る。埃っぽい空気が、鼻腔をくすぐる。開け放たれた教室に備えられた机は、しばらく使っていないせいもあり、埃を被っている。一つ一つの教室を、そっと覗き込んで、敵がいないか確認する。二階に上がり、同じように教室をチェックする椿たち。そして、

(……この教室の机、埃が落ちていない……?)

 不審な教室を発見し、静かに中に入る。合図をして、千雨たちを招き寄せる。共同作業で、教室の中をくまなく調べ上げていく。やがて、

「……これは?」

 椿は机の下から、丸められた紙切れを発見する。広げてみると、何かの直線の組み合わせと、四箇所のバツ印が付けられたメモ用紙のようであった。何のことか意味が分からず、首をかしげていると、携帯の音が鳴り響く。椿の携帯のようであった。

「……もしもし?」

 警戒したように電話に出る。だが、声を聞いたとたん、ほっと安堵する。近右衛門の声であった。

『玉野君、進展はあったかのう?』
「学園長、実はさっき、奇妙なメモを発見しました。もしかしたら、これは何かの関連性が……」
『まことか? すまんがその写真をこちらに送ってもらえんかのう?』
「了解です」

 椿はいったん電話を切り、メモを出来る限り鮮明な画像で、携帯のカメラで写真を撮り、それをメールに添付する。ややあって、すぐに携帯が鳴る。電話の主は先ほどと同じ近右衛門であった。

『……写真は見たぞい。おそらく、このメモは下水道の地図と、出入り口に相当するマンホールの位置を示したもののようじゃな』
「では、このバツ印は……」
『うむ、おそらくアジトのある場所に違いない。こちらも急いで麻帆良の地図と、これまでの情報を総合して、大体のアジトの場所を割り出してみるわい』
「よろしくお願いします、学園長」
『任されたぞい。では、気をつけるんじゃぞ』
「はい」

 椿は電話を切る。

「学園長が、アジトの場所を割り出してくれるわ。こちらも情報を収集してみるけど、なるべく急いでここを離れましょう」
「……だな。もし連中が戻ってきたら、目も当てられないもんな」
「……そうアルね。ここ以外の場所も探してみるネ!」
「その必要はない」
「「「!!?」」」

 突然、教室の出入り口から、声がした。振り返ると。そこには髪をオールバックにした、いかにも神経質そうな眼を、眼鏡の奥に隠した中年の男性が立っていた。その顔に、椿は見覚えがある。

「春日恭二……!」
「ふん、UGNのエージェントに小娘が二人か。こそこそ俺たちのことを嗅ぎまわっているようだが、いい加減目障りだ……」

 恭二の片腕が盛り上がり、異形の腕と化す。初めてそれを見る千雨は、思わず眉をしかめた。

「消えろ」

 恭二の腕が、椿たちに伸ばされた。



あとがき
 やっぱり便利だ春日恭二。二戦目の開始です。
 まあ、結果はいつもどおりですけどw
 次辺り、千雨の変異種としての力が…… 書けるといいなあw



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン18
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:6197a4e3
Date: 2010/01/19 18:26
 恭二の鈎爪が、椿の胸を引き裂く。ぱっと赤い鮮血が舞う。

「玉野先生!?」

 千雨の悲痛な叫びが、教室に木霊した。それに応えるかのように、椿は、ゆっくりと千雨のほうを振り向き、にこりと微笑んだ。

「平気よ、これぐらい……」
「けどよお!?」
「ふん、いつまでやせ我慢が続くか、見ものだな」
「……の野郎! 先生に指一本触れるんじゃねー!」

 千雨の電撃が、恭二を直撃する。だが、それにもかかわらず、恭二はまるで堪えてないかのように、しっかりとした足取りで立っている。

「覚醒したてのようだな…… この程度の攻撃で、俺を倒せると思ったら大間違いだ」
「くそ!」
「いい気でいられるのも、今の内ネ!」

 古はそう叫ぶと、拳を前に突き出し、膝を落として、静かに目を閉じる。

「破っ!」

 気合の声と同時、古の両の拳が、激しい炎に包まれる。それを見た恭二は、興味深そうに、燃える拳を眺めていた。

「そこの小娘とは違うな。それなりに場数を踏んでいるようだが…… それでも俺の敵じゃない」
「そんな余裕かましていられるのも、今のうちだけネ! 行くアルよ!」

 古は恭二に突進し、燃える拳を恭二の腹にめり込ませる。苦痛に顔が歪む恭二。

「……っ、く、くくく、この程度の攻撃、なんてことないさ……」
「しぶといアルネ! なら、もう一発お見舞いするだけアルよ!」

 ぐっと、拳を脇に構え、いつでも最高の一撃を繰り出せる準備を整える古。それを察したか、恭二は油断なく、古の顔をじっと睨みつけて、攻撃の隙を与えない。
 だが、そこに。

「お前を、切り裂いてやるっ!」

 椿の“糸”が、恭二を絡めとり、ぎりぎりと締め上げる。締め上げられた箇所から、皮膚が裂け、血が吹き出す。

「貴様の力は一度見ているぞ、“シルク・スパイダー”。俺に同じ手が通じるとでも思っているのか?」
「そんなことは…… やってみなければ分からない!」

 “糸”がさらに恭二を締め上げ、肉を引き裂いていく。だが、恭二は、

「ふん!」

 力を込め、椿の“糸”を無理やり引きちぎった。込めた力が突如抜けて、思わずつんのめる椿。その隙を、恭二は逃さず、伸ばした爪で椿をさらに引き裂いた。

「ああっ!」
「先生!」

 椿の悲鳴と、千雨の叫びが重なる。

「これ以上センセを傷つけさせないヨ!」

 古の炎がいっそう強く燃え上がる。古は溜めに溜めた力を一気に解放し、高速の拳を恭二の腹にぶち込んだ。

「ぐは……」

 思わずのけぞって、たたらを踏む恭二。かなり重い一撃だったようで、苦しげにうめきながら、古を憎悪の視線でにらみつけた。

「小娘…… やってくれたな…… “シルク・スパイダー”の前に、貴様から殺してくれる!」
「やれるものなら、やってみるアルよ!」

 恭二の宣告を、挑発を交えて受け流す古。恭二の怒りの一撃が、古を掴まえようと文字通りその腕を伸ばす。
 だが。

「破ぁっ!」

 強い気合と共に、古の全身からすさまじい爆風が吹き荒れる。その風の勢いは、恭二の攻撃を完全に打ち殺した。
 攻撃が通じなかったことに対して、恭二は一瞬呆然と、しかし強い憎悪をさらにみなぎらせていく。それゆえに彼は気づかなかった。攻撃の手は、古だけに留まることがないことを。

「食らえ!」
「はっ!」

 千雨の電撃、椿の“糸”が、恭二を焼き、引き裂いていく。文字通りずたずたになり、常人ならばとっくに死んでもおかしくないくらいのダメージを負いながら、それでも恭二は立っていた。

「く、くくく…… その程度なのか? ならば、さっさと死ね!」

 恭二の腕が、教室中を一気になぎ払う。その爪に、引き裂かれ、椿、千雨、古はその衝撃で激しく吹き飛ばされ、壁や柱に激突、陥没させた。

「くっ…… 死ぬほど痛ぇ……」
「みんな…… 大丈夫……?」
「ま、まだまだこの程度…… 全然平気ネ……」

 ふらふらと立ち上がっていく。かなりのダメージを受けたらしく、全員膝が笑っている。

「ほう? まだ立つか、おとなしく寝ていれば、苦しまずに殺してやったものを」
「あいにく…… 私たちはまだ死ぬわけには行かないのよ……」
「そうネ…… 麻帆良を…… この街を、ワタシたちが守るアルよ……」
「だから、この位で、楽になるつもりなんかねーんだよ……」

 強い意志の瞳が、三人に宿る。何が何でも生き残る。自分の中にある大切なものを守るために。

「……二人とも、私に力を貸して」
「センセ?」
「なんだよ?」

 椿が、小声で千雨たちに話しかける。

「このままではジリ貧よ。一人ひとりで攻撃しても、春日恭二は倒せない。だから……」
「合体攻撃ネ!? それは燃えるアルよ!」
「そうね…… それには長谷川さん、あなたが攻撃の要よ」
「あたし!? 何で!?」
「あなたの攻撃であいつの動きを止める。そこを私と古さんの二人で、一気にしとめる。最初になんとしても、あいつに攻撃を当てて」
「……分かった。ちょっとおっかねーけど、やってみる」
「何を相談しているか知らんが、俺を倒す相談なら、無駄な時間を使うだけだぞ?」
「……それはやってみないと分からないわ。いくわよ、みんな」
「おう!」
「はいネ!」

 千雨と古は力強く返事する。そして、千雨は右手を恭二に掲げ、教えられたレネゲイドのコントロール法を実践する。静かに右手に力を集中させる。これまでとは比べ物にならない強い電光が、千雨の手のひらに宿っていく。いや、それだけには収まらない。教室の机が、いすが、あらゆる物体が、千雨の集中に呼応するかのように、カタカタと、やがてがたがたと揺れ始め、勝手に踊りだす。

「これは……!?」
「オルクス!?」

 千雨の身体が、紫色の光を放ち、それが教室を侵蝕していく。それを見て、嘲笑を浮かべていた恭二の顔色が、まともにこわばる。

「な…… 馬鹿な! オルクスの“領域”がここまで強いだと…… ありえん!」

 恭二の同様など気にする様子もなく、千雨はさらに集中を深める。それに応えるかのように、教室にあるあらゆる物体が、電光を放ち、教室中を荒れまわしていく。だが、不思議なことに、雷の嵐が椿達を撃つことはなかった。それどころか、雷はまるで意志を持っているかのように椿達をすり抜けていく。

「アイヤー、これは凄いアルね! 千雨の力がここまで凄いとは思わなかったアルよ!」

 古が驚きと好奇心の入り混じった賛美を投げかける。千雨は一呼吸して、右手に溜めた電撃を、一気に解き放つ。それに続き、場を跳ね回っていた雷が、いっせいに恭二に降り注いだ。

「ぐわああああああああああああああああ!!」

 絶叫を上げる恭二。そこに、椿の“糸”が絡めとり、その動きを完全に封じ込める。そして、腰を落とし、十分に力を蓄えた古が爆発的なスピードで、恭二の懐に飛び込んでいく。

「うおおおおおおお!! またか! また俺はこんなところでえええええええええ!!」

 古の燃える拳が。
 恭二の腹に突き刺さり。恭二を吹き飛ばす。吹き飛ばされた恭二は壁を突き破り、二階から落ちていった。



「なかなかきれいに飛んでったアルね」

 古が愉快そうに笑う。千雨も、戦いがようやく終わったのだと言うことを悟ると、ふー、と大きな息を吐いた。

「……教室、ぼろぼろになってしまったアルな」
「これについては学園長に相談するわ。だからあなたたちは余り気にしなくていいわ」
「そう言ってもらえると嬉しいアルよ」
「……なあ、先生。あいつ、先生のこと“シルク・スパイダー”って言ってたけど……」
「……ああ。私のコードネームよ。UGNでは、もっぱらそう呼ばれているわ」

 ああ、と千雨は思う。やっぱりこの人は自分とは違う存在なんだと改めて痛感する。だけどそれでも、千雨にとって椿は大事な絆だ。それは変わらないんだ、と千雨は言い聞かせる。

「それにしても……」
「?」

 椿は、じっと古を見た。何アルか? と古は首をかしげる。

「古さんの戦い方、ちょっと意外ね。中国拳法の型というよりは、むしろ空手の型に近い。私はてっきり……」
「ああ、これアルか。確かに、ワタシはもともとは中国拳法使ってたアルよ。でも、ある人と戦って、ワタシコテンパンに負けたアル。それでその人に空手のことを教わったネ」
「へー…… その人、強かったのね」
「強いなんてものじゃなかったアルよ! ワタシの今の目標ネ!」
「……なあ、お前を負かすほどのやつって、誰だったんだ?」
「確か…… 辰巳狛江とか言ったアルよ」
「ぶっ」

 思わぬ名前に出くわし、椿は吹き出してしまった。その反応に、一瞬いぶかしげな顔を見せる二人。

「センセ、どうしたアルか?」
「ご、ごめんなさい…… こんなところで知ってる名前を聞いてしまったから……」
「何と! センセはワタシの空手の師匠を知ってるアルか!?」
「ええ、かつての、戦友よ……」
「凄いアル! こんなところでワタシの師匠のお知り合いにあえるとは思ってなかったアルよ! センセ、師匠のこと、よく教えて欲しいアル!」
「い、いいわよ。でも、今は……」

 椿は、真面目な顔になって二人を見回した。

「私たちで、麻帆良の街を守りましょう。とりあえず、隼人に合流するわ。そして得た情報を交換し合いましょう」
「「了解!」」



あとがき
 古と狛江の関係は、結構前から考えていて、ちょうどいいタイミングだったので、ここで明かしてみました。
 今後も、ダブルクロスのキャラと、ネギまのキャラが思わぬ形でリンクするサプライズを考えていますので、そちらもお楽しみに。



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン19
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:6197a4e3
Date: 2010/01/19 19:48
「派手に負けましたね……」
「黙れ!」

 苛立ちを隠すことなく、恭二は“悪魔の吐息”に、そう怒鳴り返した。“悪魔の吐息”は、ひょいと肩を上げる。

「噂には聞いていましたが、ここまでとは……」
「黙れと言っている!!」

 怒りの収まらない恭二は、ついに“悪魔の吐息”の胸ぐらを掴みあげる。

「落ち着きましょう、ここで仲間割れを起こしていては、任務に支障が出ます」
「く……」

 “悪魔の吐息”のもっともな意見に、恭二は怒りを静め、彼を解放した。

「しかし弱りましたね。予想以上に魔法使いどもがしぶといみたいです。UGNとも協力体制を整えたらしく、このままでは全てのアジトの場所を突き止められるのも時間の問題かと」
「……貴様はどうするつもりだ?」
「そうですね…… 仕方ありません、少々計画を早めるとしましょう。さもないと、UGNに計画を阻止される可能性があります」

 そう言うと、“悪魔の吐息”は、携帯を取り出す。そして、ボタンをプッシュし、相手が出るのを静かに待った……



「椿!」
「遅いわよ、隼人」

 合流予定地には、既に椿たちが待機していた。戦闘があった様で、スーツや制服が、ところどころ破れているのが、一目で分かる。隼人はそれを察知し、椿たちの服を修復する。

「怪我は…… 聞くまでもないな」
「見ての通りよ」
「どこかで応急手当が必要だな…… 長瀬、包帯か何か持ってないか?」
「すまないでござるな、そういうものは持ち合わせがないでござるよ」
「あいにくわたしもです」

 楓と夕映は、すまなそうに頭を下げた。隼人は小さく息を吐く。

「仕方ないな…… しばらくこのままで行くぞ。椿、何か情報は得られたか?」
「ええ」

 椿はポケットから、あの下水道の地図を取り出した。

「学園長に確認を取ったんだけど、これが下水道の地図。バツ印は、おそらく大体のアジトの在り処になると思うわ」
「場所は割り出せそうか?」
「学園長に照合してもらっているところ」
「学園長待ちというところか……」

 隼人が腕を組む。待つ時間が惜しいのだろう。そこに。

「それ、ちょっと見せてもらっていいですか?」

 夕映が、小さな体を隼人に寄せ、椿の持つメモを指差した。

「ええ、どうぞ?」

 椿からメモを受け取ると、夕映はそれを、穴が開くほどに凝視する。その瞳の奥で、これまでの情報と、自分の知識が目まぐるしく回転しているのだろう。どれだけの時間、メモを見続けていただろうか。不意に、夕映が顔を上げた。

「大体のアジトの位置が分かりました」
「本当か!?」
「はい、ここが、さっきわたしたちが向かったブティック跡地。この下のバッテンが、椿先生が行った大学部校舎だとすると、残りのバッテンと、わたしの中にある麻帆良の地図の情報から、おそらくこの上のバッテンが、食品街のど真ん中にあるつぶれたカフェあたり、この左端のは、初等部の旧校舎あたりと見ました」
「……助かったぜ! 行ってみよう!」
「ええ!」

 隼人たちが、意気込んだそのとき。不意に、隼人の携帯が鳴り響いた。

「もしもし?」
『高崎君か!? 今どこにいるんじゃ!?』
「学園長? 随分慌てているんですが、何かあったんですか?」
『さっき、FHのやつらから連絡があったんじゃ! 今から3時間後に、麻帆良市民のオーヴァード化を決行すると!』
「な……!? 馬鹿な、何を考えているんだやつらは!? まだ十分に時間はあったはずだ!」

 隼人の叫びから、夕映たちも緊急事態ということを察したのか、いっせいに隼人の携帯に耳を近づけた。

『やつらは君たちの妨害に対する報復行為と言うとった! わしら全員が降伏せん限り、作戦を決行するともな! 高崎君、こうなったらわしらも猶予はない! 3時間以内にお主らと連絡がつかない場合、わしらは最悪、FHに投降する! 麻帆良の市民を守るためじゃ、分かってもらえんか!?』
「……逆に言えば、3時間以内にやつらを見つけ出して排除しろと言うことですね?」
『……出来るかの?』
「やって見せます。いや、もうやるしかない」
『……すまん。わしらもぎりぎりまでサポートする。FHのことは、何としても頼む』
「了解です。では、学園長、3時間後に、必ず連絡します」
『う、うむ。頼むぞ』

 隼人はゆっくりと携帯を切る。だが、その顔には、焦りが浮かぶ。椿たちも、それを察し、顔が固い。隼人は思い切って口を開いた。

「FHが、今から3時間後に作戦を決行すると連絡があった」
「……何ですって!?」
「綾瀬、3時間以内に全部のアジトを回ることは可能だと思うか?」
「……無理です。捜索時間まで考慮したら、とてもではないですが、時間が足りません」
「くそ! ここに来て、万事休すか!?」

 隼人が地面を蹴り上げる。椿も顔を下げ、悔しさを隠し切れない。だが、夕映は違う。必死に頭をめぐらせ、何か先手を取る手段を模索している。

「……先生、敵のシンドロームは、確かソラリス/ハヌマーンでしたね?」
「……ああ、それが何だ?」
「となるとですね…… 一つ、どうやっても必要になる場所があるんです」
「それは……?」
「麻帆良全域を見渡せる場所」
「……!?」
「それも化学物質を気流に乗せられる場所がどうしても必要になります。おそらくどこかの屋上。それもかなり高い場所が必要になります。やつらはきっと、この街全域を見渡せるような場所のどこかにいるはずです!」

 夕映は断言するかのように告げる。だが、隼人の顔は暗い。

「……それが分かったところでどうする? やつらの位置が完全に割り出せない限り、俺たちでどうにかできる状況じゃ……」
「……待って」
「椿?」
「こんな状況、いいえ、綾瀬さんの言う状況だからこそ、頼れる人がいるわ」
「……誰だ?」
「ヒカルさん。忘れちゃった? あの人なら、きっと敵の位置を特定してくれるはず!」
「……ああ!」

 ようやく事態が好転したことに、隼人の表情が輝く。

「そうか! こういう状況なら、あの人が一番頼れる!」
「ええ! 早速連絡してみましょう!」
「連絡先は?」
「大丈夫、私が知っているわ」

 椿は携帯で、かつての上司、大宙ヒカルの番号を入力し、彼女が出るのを今か今かと待つ。そして。

『……こちら、UGN双枝支部。ご用件をどうぞ』
「お久しぶりですヒカルさん、玉野椿です」
『椿ちゃん? 椿ちゃんなの!? 久しぶりね、元気にやっているかしら!? 隼人君も一緒かしら?』
「はい。隼人も一緒です。ですが、積もる話はまた後で。ヒカルさん、いいえ、ヒカル支部長、協力をお願いします」
『……何があったの?』

 椿は、麻帆良の一件全てを包み隠さず、ヒカルに伝える。電話越しのヒカルは、それに驚きつつも、真剣に椿の話を聞いていた。

「……以上が、今の状況です」
『なるほど…… 分かったわ。急ぎ麻帆良の上空から、敵の位置を捕捉するわ。少し時間がかかるけど、特定次第、メールを送るわ。大丈夫、プロテクトをかけるから、そう簡単にハッキングされたりしないわ』
「……相変わらず、頼もしくて嬉しいです」
『止して頂戴。それから一言、あなたたち二人なら、どんな困難があってもきっと大丈夫。頑張ってね』
「……はい!」

 椿は元気よく返事をして、携帯を切る。椿は、夕映たちに顔を向けて言った。

「心配しないで。私のかつての上司が、敵の位置を特定してくれるそうよ。それまで待機していて」
「……なあ、先生。その上司って、どんな奴だったんだ?」

千雨が好奇心から、椿に聞いてみる。

「安心して、とても信頼できる人よ。私たちがUGNから除名されたことがあっても、あの人が嘆願書を書いてくれたおかげで、私たちは今ここにいられるの」
「へー…… って、除名って、何やったんだよ!?」
「……昔の話よ。今は教えられないわ」

 椿は遠い目をして言う。その仕草に、千雨は、それは触れてはいけないものなんだということを痛感させる。

「……分かったよ、聞かない」
「ありがとう……」

 椿の礼と同時に、椿の携帯が鳴る。メールの送信があったようだ。おそらく送信者は、想像がついている。椿はメールを開き、添付された情報を、じっと眺めた。

「……赤い点が敵の位置よ。ここがどこだか分かるかしら?」

 椿が、携帯を夕映たちに見せる。それをじっと覗き込む夕映たち。

「……ここ、もしかして時計塔じゃないか?」
「そうですね。間違いないです」
「時計塔って…… あそこか!?」

 隼人は上を見上げ、聳え立つ時計塔を見上げる。確かにあそこなら、夕映の情報どおり、麻帆良全域を見渡すことはたやすいだろう。

「……行くしかないでござるな?」
「ああ! ……手を貸してくれるか?」
「そういってもらえると嬉しいでござる。及ばずながら、お力添えさせてもらうでござるよ」
「ここまで来て、置いてけぼりは嫌アルよ! 足にしがみついてでもついていくアル!」
「今さら聞くまでもないことです。麻帆良はわたし達の街です」
「……正直、怖えけど…… それでもあたしも守りたいものがあるんだ!」

 四人は、それぞれの言葉で頷いてみせる。隼人も、それに大きく頷き返した。

「さすがにいちいちあんな高い塔を上っていたら間に合わない。空から行くぞ」
「はあ? 空からって、どうやって」
「こうする」

 隼人は懐から、写真を取り出すと、それを地面に置いた。やがて、写真は、ばきばきと大きな音を立て、盛り上がっていく。それは段々と形を成し、一台の小型ヘリコプターへと姿を変えた。唖然とする千雨。軽く笑いが漏れる。

「はは、ホントに何でもありだな。オーヴァードって奴は……」
「乗れ。ちょっと狭いかもしれないが、我慢しろ」

 隼人は操縦席に乗り込み、椿達に、座席に乗るように促す。最初に椿が、続いて夕映、古、楓と乗り込んでいき、最後に、ためらいながらも千雨が乗り込んだ。

「だ、大丈夫だよな?」
「多分な、行くぞ」

 隼人が操縦パネルを操作すると、プロペラが勢いよく回転をはじめ、ヘリの機体が、ふわりと浮かび上がる。

「揺れるかもしれないが、落ちるなよ?」
「……っ」

 千雨は、恐怖で目をつぶった。浮遊感とプロペラの激しい回転音が、嫌でも自分が空を飛んでいるのだと言うことを思い知らされる。そして、これから自分が負けられない戦いに、自らの意志で赴くのだというとことも。千雨は目を閉じながら、覚悟のため息を吐いた。



あとがき
 ヒカル支部長登場! そして、次回でこのエピソードのクライマックスになります。これが終われば、いよいよネギ登場です。あまりにも遅すぎる登場ですがw 



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン20
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:6197a4e3
Date: 2010/01/24 09:32
 時計塔の屋根の眺めから見下ろす麻帆良の街並みは、精巧なジオラマのようにも見える。吹き抜ける風が、心地よく頬をなでる。“悪魔の吐息”は、時計に目を落とす。計画の遂行までもう少しあるが、ここまで来れば、UGNの妨害も、ここまでくれば、もう不可能なはずだ。

「さて、暇つぶしの一環として、“ディアボロス”、一つ賭けでもしませんか?」
「ほう? 何を賭ける?」
「そうですね…… 任務が終わった後の一杯でも」
「面白い。それで、賭けの対象は何だ?」
「魔法使いどもが私達に降るかどうか、と言うのはどうでしょう?」
「いいだろう。俺は降るに賭けさせてもらうぞ」
「ならば私は必然的に降らない、になりますね。まあ、まだ時間だけはあります。気長に電話がかかってくるのを待つとしましょうか」

 “悪魔の吐息”がそう言ったそのとき。どこからか、ヘリのプロペラ音が、こちらに近づいてくるかのように、徐々に大きくなっていく。それに気がついたのか、恭二も、周囲を警戒するかのように辺りを見回す。近づいてくるプロペラ音。そして、不意に彼らの視界に、一台のヘリが飛び込んでくる。

「そこまでよ、FH!」
「UGN!? くっ、ここまで来て、邪魔はさせませんよ!」

 “悪魔の吐息”は、力を解放し、麻帆良の人間をオーヴァード化させようとする。
 しかし。

「させません!」

 夕映の“魔眼”が、激しく回転速度を上げる。それに呼応するかのように、“悪魔の吐息”の周囲の重力が、急激にずしんとのしかかってきた。

「ぐ……」

 たまらず膝を折る“悪魔の吐息”。同時に、蓄えた力も、一気に霧散する。恭二がすばやく、くずおれた“悪魔の吐息”に駆け寄り、彼を守るように立ちふさがる。隼人の操作するヘリは、時計塔の縁すれすれに付き、乗り込んでいた椿たちが、いっせいに飛び降りる。最後に隼人が操縦席から飛び降りる。主のいなくなったヘリは、墜落するより早く塵に還る。ごう、と一瞬だけ強い風が吹き、夕映たちの長く伸びた髪がばさばさと揺れる。

「……やってくれましたね。おかげで私の計画は台無しですよ。まさかそんな小娘が、バロールの力が使えたなんて……」

 憎憎しげに、“悪魔の吐息”は夕映を睨みつける。その視線を、毅然と受け止める代わりに、びしっと、指を突きつける。

「あなたの計画もこれまでです! 一刻も早く、この麻帆良から出て行ってください! さもなくば……」
「だから何だと? まさか小娘ごときが、私を倒すとでも言うつもりですか?」
「そう言っています!」
「ふ、ふはははははははは! これは愉快! 今まで聞いてきたジョークの中でもことさらに愉快だ! ですが……」

 すうっと、“悪魔の吐息”の目が細められる。

「少々鼻につきますね」
「……だが、どうするつもりでござるか? その力、連続で使うことなど不可能でござろう?」
「確かに。この力を解放するには、少々時間が必要になりますね…… ですが……」

 ゆっくりと、“悪魔の吐息”は立ち上がる。そして、隼人たちを嘗め回すように見つめる。

「あなた方数人程度なら、内に秘めたレネゲイドの活性化を促すくらいは出来ますよ」
「…………!」

 ざざっ、と。隼人たちは、一歩後ずさる。

「麻帆良全てをオーヴァード化こそは出来ませんでしたが、あなた方をジャーム化して、飼いならすと言うのも一興でしょうか」
「そんなことはさせない。お前たちはここで終わりだ」
「言いますね、ならば…… やってもらいましょうか」
「さっきの借り、ここで返させてもらうぞ、“シルク・スパイダー”」
「出来るものなら!」

 隼人は写真を刀に変え、椿は“糸”を伸ばす。それを見た恭二も、腕を異形のそれへと変貌させる。既にお互い、戦いでのみ、決着が付くことを心得ているようだ。

(殺気が…… 違う…… 死ぬほど怖い…… でも、逃げたら駄目なんだ…… 先生を、守るんだ……!)

 千雨は、手のひらに電撃を生みながら、そんなことを考える。体の震えを無理やりにでも押しとどめる。ここで逃げてしまったら、一生椿に顔向けが出来ない。そう自分の体に言い聞かせる。ふと、背中を叩かれる。振り返ると、楓が、いつものように細い目で笑いかける。一人じゃない、そう言いたいのだろう。だが、その思いは十分に伝わる。決して逃げない覚悟が…… 決まった。

(行くぜ!)

 千雨は、《ワーディング》を展開する要領で、自分の“因子”をいっせいにばら撒く。その影響で、世界が紫色に侵蝕されていく。これにはさすがに、隼人も、夕映も、“悪魔の吐息”も驚愕した。

「これは……!」
「オルクスの“領域”……! でも、これは……!」
「馬鹿な…… こんな小娘に、これほどの力があるとは……!」

 塗りつぶされた紫の世界に、電撃が爆ぜる。だが、決して隼人たちを傷つけようとはしない。千雨は額に汗をかきながら、己の展開した“領域”を制御する。この力が暴走すれば、椿を傷つける。それだけは何としても避けたかった。

「く…… ならば!」

 “悪魔の吐息”は、腕を上げる。それが合図なのか、隼人たちの脇から、獣のような唸り声が響いてくる。夕映がそちらを向くと、人間の体格こそしているものの、その体格は二回り以上大きく、何かの液体でてかっている全身は、灰色の鱗で覆われ、手からは鋭い鈎爪、辛うじて残された布地から、元人間であることが伺える。しかし、その目には人間らしい理性など、欠片も残されてはいなかった。

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 それが吼える。それは怒りとも、苦痛とも、快楽とも取れる、おぞましい咆哮であった。

「ジャーム…… でも、あの服、見覚えが……」
「……まさか、あの御仁、チワワ先生でござるか!?」
「何てことするアル! それが人間のすることアルか!」
「そういうことには興味はありませんよ。私は自分の使命が果たされればそれでいいのです」
「こいつ…… マジで最悪だぜ……」

 千雨も、激しい憤りを覚える。伊藤には、そんなにいい思い出こそないが、それなりに気に入ってはいた。まさか、こんな怪物にされようとは、かつての千雨には思いもよらなかったが。

「……拙者少し、いや、かなり本気で怒ったでござるよ。その怒り、その身で受けるでござる!」

 楓はそう叫ぶと、懐から巻物を取り出して、それを口にくわえる。そして、印を組むと、虚空から、無数のクナイが出現する。地に落ちる直前でそれを手に取ると同時、楓の姿が揺らめき、搔き消える。

「何!? 消えただと!?」
「どこだ、どこに消えた!?」
「ここでござる!」

 楓の声は上空から聞こえてきた。恭二が上を見上げるのと、楓がクナイを投げつけるのは、ほぼ同時であった。恭二と“悪魔の吐息”に、無数に分裂したクナイが、雨のように降り注いだ。

「ちいっ!」

 恭二が舌打ちすると、その身を盾にして、“悪魔の吐息”を守る。全身にクナイが突き刺さり、ハリネズミのような姿になる。

「忍!!」

 空中で、楓が再び印を切ると、突き刺さったクナイが、いっせいに小さな爆発を引き起こす。

「ぐおおおおおおおおおお!!」

 絶叫を上げる恭二。体の半分をえぐる勢いのダメージだが、それでもなお、恭二の体は再生を始める。この程度では終わらない、と言わんばかりに。きれいに着地した楓に、ぎろり、と鋭い視線を浴びせかける。

「小娘の力と侮っていたが…… 予想以上にやるな!」
「そのようで。ならば私も少々全力を出しましょうか」

 “悪魔の吐息”端数、と息を吸い込み、そしてただ、言った。

「さあ、私の力を」

 “悪魔の吐息”の声が、奇妙な反響をし、隼人たちの耳をびりびりと叩く。だが、恭二達は違う。内側から湧き上がる何かに震え、活力を得たかのように、顔色が紅潮する。

「おおおおおおおお!! この力は! 素晴らしい、素晴らしいぞ! この力さえあれば、今度こそ……!」
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 歓喜の雄たけびを上げる元伊藤と恭二。それを見た隼人たちはいっせいに固唾を呑む。

「あいつ、支援タイプか!」
「厄介ですね、わたしと同じタイプですか」
「ど、どういうことだよ!?」
「敵の力が…… 強化されたということです……」

 苦々しく夕映は説明する。ようやく、敵のしたことに気がつき、千雨の顔がこわばる。

「ふははははは、いいぞその顔! その顔を、もっと俺に見せてみろ!」

 恭二の異形の腕が、ぶうん、と振るわれると同時に伸びあがり、隼人たちをいっせいに切り裂かんと振るわれる。
 だが。

「おっと、みんなはワタシが守るアルよ!」

 古が一歩前に踊り出て、恭二の腕をその身一つで受け止める。ぎりぎりと足が滑り、弾き飛ばされそうになるのをこらえ、渾身の力でそれを食い止める。

「貴様…… 一度ならず二度までも……!」
「そんなへなちょこな攻撃、何度でも受け止めてやるネ!」

 笑みを浮かべて、恭二を挑発する。

「ふむ、ならば、こういうのはいかがでしょうか。やれ」

 “悪魔の吐息”は、元伊藤を指差して、指令を出す。元伊藤は咆哮を上げると、その身体をさらに変化させる。体格がさらに一回り大きくなり、腕からは刃のように鋭い鰭、トカゲのごとく口が裂け、完全に人の姿を捨てる。そして、屋根を蹴ると同時に、隼人たちに肉薄し、その腕を振り上げると、腕から炎が舞い上がり、隼人たちの周囲を囲む。

「何!?」
「サラマンダーアルか!?」
「くそ、この炎、うかつに近づけねえ!」
「わたし達を、閉じ込めるつもりですか!?」

 隼人たちの動揺を気にも留めず、元伊藤は燃え盛る腕をめちゃくちゃに振るい、隼人たちを引き裂かんとする。その行為に理性は、ない。固まった隼人たちに避けることは難しく、各々の武器で受け止め、かわすが、武器を持たない千雨には、その攻撃を受け止めることすら出来ない。身が硬直して避けられない千雨に、その爪が振り下ろされる直前、椿の身体が、千雨の眼前に立ちはだかる。

「私の生徒は…… 私が守る!」

 鋭い爪が、椿の身体を引き裂く。悲鳴を上げて、くずおれる身体を必死に支え、椿は立ち上がり、元伊藤を睨みつける。

「先生……」
「だい、じょうぶ……」
「くっそ、先生に……近づくんじゃねえ!!」

 千雨が攻撃しようとしたとき、はっと気がつく。自分の攻撃では、椿はおろか、隼人たちさえも巻き込むことになる。怒りに任せて、目の前の敵を攻撃することは、すなわち、味方も被害を受けるということだ。歯噛みする千雨。自分では…… この敵をどうにかすることは出来ない。

「千雨さん、敵の親玉を狙ってください!」
「綾瀬?」
「チワワ先生のことは隼人先生たちに任せます! あなたには、無傷の親玉を狙ってもらいます!」
「……分かった。高崎先生、伊藤先生を…… 頼む」
「ああ、任された」

 隼人が頷くと同時に、千雨は手に生んだ電撃を解放する。それは千雨の意志でコントロールされ、狙い違わず“悪魔の吐息”を撃ち抜く、はずだった。

「ふん、そんな見え見えの攻撃!」

 だが、恭二が再び身体を張って“悪魔の吐息”をかばう。

「貴様の力、貰い受けるぞ、小娘!」
「はあ? 何言ってるアルか!?」

 恭二が古に視線を向けるとにやり、といやらしい笑みを浮かべた。

「ふん!!」

 恭二の体から、熱風があふれ、気流のバリアが生じる。それを見て、古は驚愕した。

「ワタシの技!?」
「しまった! あいつ、古さんの力をコピーしたのね!?」
「何と!? そんな力を持ってたアルか!」

 古は二度驚愕する。威力を殺された電撃は。

「はっ!」

 “悪魔の吐息”の放った突風のバリアでさらに勢いを殺され、完全に霧散する。

「マジかよ……」
「く…… あいつをどうにかしないと本気でまずい!」
「おやおや、もう少しあがいてくれないと困りますよ。さあ、もう一仕事お願いしますよ、“ディアボロス”」
「了解だ!」

 恭二の腕が再び振るわれ、今度は古だけをむんず、と掴みあげる。

「うわ! 離すアルよ!」
「ふっ、貴様の能力は少々厄介だからな! 俺のそばに来てもらう。これで邪魔な壁は一つ減ったわけだな」

 恭二が腕を引き戻すと、古は恭二の目前で解放される。

「それに、貴様はこの手で殺さんと気が済まん!」
「ふん、さっきも言ったヨ! やれるもんなら、やってみるアルよ!」

 古がそう言うと、その手のひらから炎が舞い上がり、古の拳を包み込む。それを見た恭二は、サディスティックな笑みを浮かべて、古をどういたぶろうか思案していた。
 そんな中。

(この状況を打破するには…… まず、伊藤先生と、あの“ディアボロス”をどうにかしないとまずいですね。しかし、私自身の攻撃力では、おそらく彼らを倒すことなんて不可能。となるとおのずと行動のパターンは絞られる。わたしが推察する内で最も火力の高い隼人先生の攻撃支援。わたしに出来るのは、この一点のみ!)

 夕映の脳は高速で思考を巡らせ、自分の役目を結論付ける。そして、行動の結論を見つけた後の夕映の行動はすばやかった。“魔眼”の回転速度が急上昇し、夕映の手に、漆黒の球体が生み出される。それは敵を縛る絶対の枷となるもの。これが命中さえすれば、戦局はかなり好転するはず。

「行くです!」

 夕映が球体を元伊藤に投げつける。しかしその瞬間、夕映の視界が急激に曇りを見せる。

「う……! これは……!?」

 だが、夕映の身体は、既に球体を発射していた。狙いの甘くなった球体は、元伊藤に届かず、屋根にぶつかり、弾け飛ぶ。
 しくじった。そう確信した夕映は、一瞬目をつぶり、自身のレネゲイドに語りかける。

(お願いです…… ここは失敗できないです…… ですからあの力を。あの力を、今だけわたしに……!)

 瞬間、夕映の身体のレネゲイドが、にわかに活性化する。そして、次に目を開けると、今まさに、先ほど見た、漆黒の球体が、屋根に突き刺さろうとする瞬間。また出来た。これが夕映の隠された力。レネゲイドに共振し、ほんの一瞬だけ時を遡る力。屋根にぶつかりかける漆黒の球体を、自身のコントロールで捌き、すばやく軌道を変化させて、元伊藤に、命中させる。超重力の枷が、元伊藤の動きを封じ込める。

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 苦悶の絶叫を上げる元伊藤。だが、その枷を抜け出すことは出来ない。隼人はその瞬間を狙い、漆黒の刀を構えて、元伊藤を斬りつける。夕映の支援によって、恐ろしい加速が付いたその刀は、元伊藤の硬い鱗さえも、やすやすと切り裂いていく。

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 苦痛の叫びが、隼人の耳に木霊する。隼人はそれに、憐れみさえ感じる。

「あんたのことはもう少しよく知りたかったよ…… 悪く思うなよ、伊藤先生」

 隼人の斬撃は止まらない。少しでも苦痛を残すことなく、伊藤を弔うかのごとく、その刀を振るい続ける。元伊藤の身体に、無数の刀傷が付けられていく。そして、その傷跡が徐々に結晶化し、それが全身に広がっていく。

「GWAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 結晶化は全身に及び、ついには元伊藤を、完全に結晶へと変える。これで終わった。隼人がそう思うと同時に。
 結晶が内側から弾け飛んだ。そして、そこには傷一つない元伊藤の姿。

「何い!?」
「し、しぶといです!」
「GRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 声にならない怒りをぶつけるかのように、元伊藤は隼人に向かって咆哮を上げる。

「もう、人としての姿も、心も忘れてしまったでござるな……」

 哀愁に満ちた楓の顔。

「ならばせめて、拙者がその身に引導を渡してやるでござるよ!」

 楓は再びクナイを錬成し、その手に収める。苦痛に満ちた伊藤の人生を、自分が終わらせようとするために。

「ふん、貴様がそれを言うか、同じ化け物の癖に」
「お前、少し黙るアルよ!」

 怒りに満ちた古の拳が、恭二の腹に炸裂する。

「ぐは…… こ、小娘が俺の身体に気安く触れるな!」

 恭二の腕が伸び、古の腹に突き刺さる。それは古の腹を突き破り、その背に恭二の腕が生える。

「あ……」

 ごふ、と古の口から大量の血が吐き出される。

「古!」
「平気、アルよ……」
「ふん、そのやせ我慢がいつまで続くか、見ものだな!」

 さらに、深く古の腹に自らの腕をめり込ませる。滴るその血は、全て恭二に流れ落ちる。

「くくく、貴様の血、さぞやうまいのだろうな…… もっと飲ませてもらうぞ」
「あいにく、そんな趣味はないアルよ!」

 古は蹴りを入れて、恭二を無理やり引き剥がす。腹に空いた穴は、徐々に塞がっていくが、それでも古のダメージは相当なものだ。立っているのがやっとのはずだが、それでも気力で古は立ち続けていた。

「この下には、ワタシの大好きな麻帆良の街があるアルよ! この街は、絶対にワタシが守るアル!」
「くだらん! そんなことのために命をかけるのか、貴様は!?」
「その価値があるネ!」
「ふん……」

 堂々と言い切った古を、恭二は鼻で嘲笑する。その仕草に、古の怒りがさらに強くなる。ぎゅっと握り締めた拳の炎が、さらに激しく燃え上がった。

「覚悟するヨロシ!」

 古の拳が、再び恭二の腹に埋没した。だが、同時に恭二の腕も、古の胸を貫通する。お互い、決して譲ろうとはしない。

「ふん……」
「ぐう……」

 苦痛にうめく古を、冷ややかな視線で見下し、恭二はその腕を引き抜いた。たたらを踏む古の足。それをぐっと踏ん張り、構えを崩さない。

「まだやるつもりか?」
「当然ネ!」

 古と恭二は、お互いに距離を離し、次の攻撃の機会をうかがう。

「く……」

 火の檻に閉じ込められた椿は、いかにしてこれを脱するかを考えていた。このまま行けば確実にやつの言うとおり、勝ったとしても、最悪ジャーム化だ。それだけは免れたい……

「椿先生」
「綾瀬さん?」
「わたしに作戦があります。椿先生の力を借りたいのですが、よろしいですか?」
「……分かったわ、綾瀬さんを信じる」
「はい、椿先生には、“ディアボロス”を、何としてもあの黒スーツから引き離してもらいたいです」
「なるほど、壁を引き剥がすのね」
「そうです、それが出来るのは、椿先生だけです。お願いできますか?」
「……やってみるわ」

 椿は“糸”を引き伸ばし、それを、炎を越えて、恭二に絡みつかせる。今にも燃えてしまいそうな“糸”を、必死で繋ぎとめる。

「く、邪魔をするな、“シルク・スパイダー”!」
「お前は私たちのところに来てもらう!」

 “糸”を縮め、抵抗する恭二を引きずりながら、腕を引く。

「うわああああああああああああ!!」

 ふわりと恭二の体が浮き、火の檻を潜って、椿たちの元へと引き寄せられる。

「アイヤー、センセ、何するアルか!?」

 さすがに古も猛抗議する。

「すみません! 古さんはそのままそっちの黒スーツをお願いします!」

 だが、それに作戦立案者の夕映が、古に謝罪する。古は不満な顔を隠せない。だが、夕映の言うとおり、こいつの相手を誰かがする必要もあるのは事実だ。

「むー、ちょっと欲求不満アルが、仕方ないネ! 覚悟するよ!」
「く……」

 “悪魔の吐息”はここに来て、初めて焦りの表情を浮かべた。



あとがき
 うーん、我ながら戦闘描写は苦手だ……
 どうしてもゲームっぽくなっちゃいますねえ。経験しているからなおさらそういう風に考えがちで……
 昔はスレイヤーズとか読んでたから、戦闘描写には慣れ親しんでるはずなのにこのていたらく。はー……



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン21(リテイク)
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:6197a4e3
Date: 2010/02/24 13:50
 “悪魔の吐息”が孤立し、焦りの表情を見せた瞬間を狙い、クナイの錬成を完了させた楓が動きを見せる。

「また姿を消すつもりか! だが、そうはいかんぞ、今度は俺の目を掻い潜れるものか!」
「それはどうでござろうな!」

 恭二の言葉を無視し、楓は再び姿をかき消した。また上だ。恭二は素早く上空を警戒する。
 だが。恭二の予想に反し、楓が姿を現したのは、元伊藤の真後ろ。そして、完全に“悪魔の吐息”がその射程圏内に納められている絶好のポイント。

「しま……」
「さらに奥の手でござる!」

 次の瞬間、楓の体が何人にも分身する。その全ての手にはクナイが握られ、その射線には“悪魔の吐息”。“悪魔の吐息”の顔がまともにこわばる。

「喰らうでござるよ!」

 クナイが投げ放たれた。

「うおおおおおおお!?」

 絶叫を上げながらも、避けることさえできず、全身にクナイが突き刺さる。そして、爆発。爆発が収まると、その姿は凄惨なものになる。サングラスは粉々に砕け散り、スーツはぼろぼろ。辛うじて、身体は再生したようだが。まだ回復が追いついていないのか、全身にえぐれたような傷跡が痛々しい。かなり深手を負ったようだ。

「く…… 小娘が、やってくれますね……」
「おっと、それだけじゃ終わらないアルよ!」

 古がその隙を突いて飛び掛る。
 だが。

「おっと、あなたは『動かないでもらいましょう』」
「!!?」

 古が動くより早く“悪魔の吐息”がそう言った瞬間。古の身体が硬直し、頭を両手で押さえ、のた打ち回る。

「うあああああああ! 頭が割れそうアル!!」

 古は、脳に直接焼き鏝を押し付けられたような激しい頭痛に見舞われる。激痛で消え入りそうな意識を必死で歯を食いしばって耐え切り、苦痛を強制的に和らげて立ち上がるも、頭痛は治まることなく、古の身体を苛む。

「うう、死ぬほど頭が痛いアルよ…… けど! ここで倒れたらお前を殴れないアル!」
「物好きですね、そのまま倒れていればいいものを」
「そうはいかないアルよ、お前だけはこの手でぶん殴らないと気が済まないネ!」

 古は構えを取り、“悪魔の吐息”の隙をうかがう。

「“悪魔の吐息”! 貴様ばかりに見せ場は作らせんぞ! そいつは俺が殺さないと気が済まん!」

 恭二は炎の檻の中から、わざわざ腕を伸ばし、古を引き裂かんと、鋭い爪を振るう。

「ふん、そんな攻撃!」

 だが、古は熱風のバリアでそれを撥ね退ける。

「効かないアルよ!」
「く……」
「“ディアボロス”。すみませんが、そっちを頼みます。この小娘は私が引き受けましょう」
「……分かった」

 不承不承という感じで、恭二は“悪魔の吐息”提案を受け入れる。ぎっと、隼人たちに鋭い視線を向けると、恭二の腕が大きく肥大化する。

「そういうわけだ! 貴様らにこの攻撃、かわせるものか!」
「…………!」

 恭二の渾身の一撃が来る。そう確信し、素早く陣形を整える隼人たち。火の檻の中、まともに避けることは不可能。

「喰らえ!」

 恭二の腕が猛スピードで振るわれた。その攻撃を楓と椿で受け止めようとするも、その鋭さの前に、防御が間に合わない。

「ふん!」
「む……!」
「ああ……!」

 楓と椿が引き裂かれ、吹き飛ばされ、その勢いを殺すことなく千雨をもその爪の餌食となる。胸から鮮血を吹き出しながら、がくり、と膝を落とす。

「長谷川! 大丈夫か!?」
「……ちっくしょう、ホントに死なねーんだな、オーヴァードって……」

 苦しげにうめきながらも、千雨は身体を起こす。それを見ながら、恭二は嘲笑を浮かべる。

「ふん、ならばそのまま寝ていればいい。俺が楽にしてやるぞ?」
「冗談だろ…… あたしは、また死ぬつもりはねーよ……」

 千雨は負けじと、恭二の顔を睨み返す。

「あたしは…… まだあの人の背中にすら追いついていない! その背中に追いつけるまで、何が何でも立ち上がるんだよ!」
「ならば、地に伏すまで、何度でもねじ伏せるだけだ!」
「やってみろよ!」

 千雨は身体から、紫色の電撃を放ち、構えた。

「おやおや、もう一人いることを忘れていませんか? いけ」
「GWAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 元伊藤が吼える。全身が炎に包まれ、強烈な熱が隼人たちの身体を痛めつける。その怒りの視線は、自分を攻撃した隼人に向けられ、燃え盛る爪を、むちゃくちゃな角度から振り下ろす。避けられない。

「く……」
「隼人殿!」
「長瀬!?」

 すかさず楓が、その身を挺して、隼人を守る。爪に引き裂かれ、楓の身体から、鮮血が吹き出る。

「美しい絆だ。だが、そんなものが何になると言うのです? 無駄に命を散らすだけではありませんか」
「どうで…… ござろうな……?」
「何?」

 “悪魔の吐息”が、いぶかしげな表情を浮かべる。だが、すぐに気づく。先ほどから、元伊藤の身体が、爪を振り下ろした体制から、ピクリとも動いていないことに。

「ただでは、やられないでござる……」

 楓がゆっくりと前に倒れる。元伊藤の眉間には、楓の投げたクナイが、深々と突き刺さっていた。元伊藤の身体が、自分を燃やす炎の熱に耐え切れなくなり、ごうごうと燃え上がる。そして、その身体が完全に灰となったとき、隼人たちを囲んでいた炎の檻も消え去った。

「よくやった、長瀬。後は任せろ!」

 隼人がそう言うと、一瞬でその姿をかき消し、“悪魔の吐息”の眼前まで飛び掛る。

「く……」
「よそ見すんじゃねー!」

 二度目の焦りの顔を浮かべる“悪魔の吐息”に、電撃が頭上から降り注ぐ。

「ぐああああああ!!」

 苦痛の絶叫を上げる“悪魔の吐息”。

「へへ、あたしのとびっきりの一発だ…… ざまーみろ……」

 千雨は、荒い息を整えながらそうつぶやく。だが、それが限界のようだった。千雨が構築していた紫の世界が、スーッと元の色を取り戻す。放電も、風に霧散し、千雨は膝を折った。

「……どうやら、今ので限界のようですね…… ですが、今のはかなり痛かったですよ……」

 憎悪の視線で千雨を見る“悪魔の吐息”。だが、雷の一撃で、身体が思うように動いてくれないのか、身体がよろけている。
 そこに。

「ならば、これはどうです!」

 夕映の超重力の球体が、“悪魔の吐息”をすっぽりと捕らえる。

「うぐ……これ、は……」

 身動きを封じられた“悪魔の吐息”。そこに隼人は飛び込む。重力の球体は、しかし隼人には更なる力をもたらす。

「終わりだ!」

 隼人の漆黒の刀が、加速し、より鋭い一撃となって“悪魔の吐息”の胴体を薙ぐ。普通だったら、その一撃で一瞬にして真っ二つになる、はずだった。
 だが。
 手ごたえがない。

「何い!?」

 隼人は驚愕の表情を浮かべる。“悪魔の吐息”の姿がゆらりと消え、重力の檻が消えると同時に、隼人から一歩離れた場所に出現した“悪魔の吐息”が、荒い息をしながら、隼人を睨みつける。

「く…… これほどの力とは思いませんでしたよ、“ファルコン・ブレード”。後一歩力を解放するのが遅かったら、やられていましたね」
「……言いたいことは終わったか?」
「何?」
「これで終わりだと思うな!」

 再び隼人の姿がぶれ、“悪魔の吐息”の真横に出現する。振るわれた刀は、常人のそれのスピードをはるかに凌駕する。もともと肉体的には劣る“悪魔の吐息”に、これをかわす術は、ない。

「うおおおおおおお!!」

 隼人の雄たけびと共に刀が一閃する。“悪魔の吐息”から、血は吹き出ない。代わりに、斬られた箇所から徐々に結晶化し、それが全身へと回っていく。それが回りきれば、全て終わる、はずだった。
 だが。

「……まだ!」

 “悪魔の吐息”の驚異的な執念が、身体の結晶化を食い止め、その身体を強制的に再生させていく。オーヴァードだからこそ成せる再生力。
 仕留め切れなかった。歯噛みして悔しさを顔で表す隼人。

「くそ……!」
「残念でしたね…… まだ、終わりはしませんよ……」
「なら、次はワタシの一撃を喰らってみるヨ!」

 燃え上がる古の拳が、“悪魔の吐息”に向けられる。古の額には汗が浮き出て、足もがたがたと震えている。顔色も悪い。“悪魔の吐息”がもたらした頭痛の影響が抜けていないのは明らかである。

「ふ…… そんな身体で、どれだけの力が出せると……」
「その台詞、ワタシの師匠直伝の一撃を見ても言えるアルか!?」

 古が深呼吸して、腰を落とし、その拳を硬く握り締める。この一撃にかける。その気概がびりびりと伝わってくる。

「破っ!!」

 古の身体が、弾丸のように“悪魔の吐息”の身体にもぐりこむ。十分な力を蓄えた拳が、“悪魔の吐息”の顔面に突き刺さる。

「がは……!」

 その一撃に耐え切れず、“悪魔の吐息”の身体が、ふわっと、宙に浮かび上がり、はるか後方に吹き飛んでいく。そして、その先には…… 奈落。

「うわああああああああああああああああああ……」

 絶叫を残しながら。
 “悪魔の吐息”は大地へと落ちていった。

「は、はは…… やった、ヨ……」

 力尽きたのか、古の膝が折れる。拳の炎が消え去り、そのまま前に倒れ伏す。

「“悪魔の吐息”! く…… 貴様ら、よくも……!」
「残るは、お前だけだ、春日恭二……」

 恭二に刀を突きつけ、隼人は言う。

「く……」
「どうする? このまま逃げるか? それとも最後まで戦うか?」
「く、くくく…… 逃げるだと? ふざけるな! 俺は“ディアボロス”だ! 撤退など、ありえん!」

 恭二の腕が、隼人の胸を引き裂こうとした瞬間、その腕が、“糸”に絡め取られる。

「私を忘れないでもらいましょうか!」
「“シルク・スパイダー”! く、一度ならず、二度までも、貴様に攻撃を止められるだと……!」

 椿の“糸”は、次々と恭二の身体に絡みつき、決して恭二を逃そうとはしないという意思表示の表れでもあった。

「春日恭二、お前の力、私が使わせてもらう!」
「何!?」

 “糸”が次々と恭二の身体に潜り込んでいく。そして、その“糸”が、スーッと赤く染め上げられていく。それを見た恭二はぎょっとする。この“糸”は…… 自分の血を吸収しているのだと!

「貴様、俺の力を……!」
「他人の力をコピーできるのは…… お前だけの専売特許じゃない!」

 椿の“糸”は容赦なく恭二の血を吸い取り、活力を根こそぎ奪い去っていく。

「うおおおおお!?」

 残された力で、恭二は“糸”を断ち切り、椿の胸を爪で引き裂く。だが、それがただの悪あがきであることは明白であった。

「ぐ……」

 急激に血を失ったせいで、膝を屈しかけるも、必死で踏ん張る。意識こそ保っているが、これ以上戦い続けるのが困難なのは、もう明らかであった。それを逃さず、隼人の漆黒の刀が、恭二の身体を袈裟斬りになぎ払った。

「ぐあ……」

 よろよろと縁までよろけていく恭二。もう膝が笑っている。斬られた傷も塞がることはなく、もう身体の限界を迎えているのは明白だった。

「く、くくく…… これで終わりだと、思うなよ…… 俺は、いつかまた…… 貴様らの前に立ち塞がる! 必ずだ!」

 指を突きつけ、恭二が宣告する。
 そして。
 恭二の身体は、ゆっくりと後ろに倒れこみ、時計塔の屋根からダイブした。



「終わった、な……」
「そうね……」

 時計塔から下を見下ろしながら、隼人と椿はそう言った。ポケットの携帯が鳴る。早とはおもむろに電話に出る。

「もしもし……」
『高崎君か!? もう時間になるが、FHはどうなったんじゃ!?』
「学園長…… たった今、終わりました。FHは全滅。俺たちも無事です」
『そ、そうか…… ようやってくれた! 此度のことは、わしらは心からお主らに礼を言わねばならんな、本当に、本当にありがとう……』
「いいえ、礼を言われることはしてません。俺たちのするべきことをした。ただそれだけです」
『いや、そう謙遜せんでくれ、わしらの街を救ってくれたお主らは、この街の恩人じゃよ……』

 そうじゃ、と思いついたように近右衛門は提案する。

『実はさっきな、若い魔法使いの連中から大量の要望書が寄せられての』
「はい?」
『内容は今回の一件を踏まえて、UGNの要望に関する再審議。もちろんわしは受理したぞい』
「マジですか!?」
『うむ、今回の一件でさすがにジジイどもも黙っているじゃろう。いい様じゃ』

 ふぉふぉふぉ、と愉快そうに近右衛門は電話の奥で笑った。

『霧谷君には話は通した。おそらく今度はUGNの要望も通るじゃろうて』
「……はい」
『ではの。戻ったら顛末書を書いてもらうぞ。提出は3日後じゃ』
「げ……」

 それだけ言うと、電話は切れた。電話を切ると、隼人がうんざりとした表情を浮かべる。

「どうしたの?」
「顛末書…… 3日後までに提出だと……」
「そう、手伝わないわよ」
「畜生……」

 隼人はこの後に待っている仕事のことを考えて、憂鬱な気分になる。倒れた古と楓は、いつの間にか、小さな寝息を立てている。千雨も夕映も、ジャーム化はしていない様子だ。それだけはほっとする。

「はー…… 面倒くせーなー……」

 隼人は一人、ぼやいた。




あとがき
 ここまで長かった……
 あと1~2エピソード挟んだら、いよいよネギが本編に合流します。
 というか、ここまで連載が続くなんて思いもしなかったw



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン22(リテイク)
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:6197a4e3
Date: 2010/02/24 13:51
「……以上、今回の一件を踏まえて、先日否決したUGNの要望に対する再審議の必要性の説明を終了します」

 タカミチが、書類に要項全てを読み終えると、しんと会議室は静まり返った。誰も口を挟もうとするものはいない。瀬流彦をはじめとする若き魔法使いたちは、したり顔で会議の成り行きを見守っていた。

「では、審議に移らせていただきます。賛成のものは挙手を」

 タカミチの掛け声に、一斉に手が挙げられる。驚くことに、その中には、これまで反対の姿勢を崩さなかったガンドルフィーニの姿もあった。

「……続いて、反対のもの、挙手をお願いします」

 誰も手を挙げない。古参の魔法使いたちは、せめて無投票の立場を取ることで、せめてもの反抗を示しているつもりだが、そんなのは無駄な抵抗でしかないことは、この会議室の中の誰もが思っていた。

「では学園長」
「うむ。この一件の全件を承諾する。以上じゃ」

 わあ、と歓声が上がる。これは改革派の意見が初めて勝利した瞬間でもあった。近右衛門は、咳払いをして場を鎮める。

「この決定については、わしが責任を持ってUGNに伝えよう。以上、解散じゃ!」



 今回の決定を、タカミチ越しに伝えられた隼人たちは、ほっと一息をついた。これでようやく任務は完了である。そうなれば、必然的にこの学園を後にしなければならない。

「僕としては、君たちのことをもう少し知りたかったんだけどね」

 タカミチが苦笑を交えながら言う。屋上の風はやけに冷たい。もうそろそろ冬も本番である。

「……仕方ありません。私たちは、あくまでこの学園に任務として来ているに過ぎませんから」
「任務が終われば俺たちは別の任務に赴く。俺たちはこれまでもそうやって生きてきました」
「はは、改めて君たちがそういう存在だったんだってことを思い知ったよ」

 それじゃ、僕は行くよ、と言い残してタカミチはその場を去る。残された隼人と椿は、屋上のフェンスから、学園を見下ろす。この光景が見られるのももうじき終わるのだろうと思うと、妙に感慨深かった。
 と。
 携帯が鳴り響いた。

「……はい、玉野です」
『椿さんですか? 今回の任務、お疲れ様でした。先ほど、近衛翁から要望の受諾の連絡を受けました』

 電話の主は、久しく聞いていなかった霧谷の声。

「いえ、大したことはしていません。私たちに出来ることをした、それだけです」
『謙遜しなくてもいいですよ。全て近衛翁から聞きました。麻帆良で起こったFHの陰謀を阻止したそうですね』
「……はい」
『きっかけこそなんであれ、こうして魔法使いたちと協力体制が整ったのです。まずはよくやってくれました』
「ありがとうございます」
『さて、話は変わりますが、今後のあなた方の任務についてです』

 来たか。椿は覚悟する。

『お二人には、UGN麻帆良支部の暫定支部長と副部長を務めていただきます』
「え……!?」

 予想外の任務に、椿はぎょっとする。その驚きに、隼人も嫌な予感を禁じえなかった。

「どういうことですか!? 私たちに、麻帆良に留まれと言うことですか!?」
「何い!?」

 隼人も椿の言葉に、驚きを隠せない。まさか麻帆良に留まるというのは予想もしていなかったからだ。隼人は椿の携帯をひったくる。

「霧谷さん、何考えてるんですか!? 俺たちに麻帆良に留まれだなんて!」
『あ、ああ、隼人君、落ち着いてください。これにはちゃんとした理由があるのですよ』

 霧谷は隼人が落ち着くまで、しばし無言を貫く。一時の興奮も冷め、話を聞く体制が出来た隼人は、これから語る霧谷の話を一語一句聞き逃さないように集中する。

『まず、我々には、麻帆良に人をよこすだけの人材が足りていないと言う点です。知っての通り、コードウェル博士の宣告以降、多くのエージェントがUGNを離反しました。こちらの人手不足は深刻なのです。現状では、麻帆良を一任できるほどの人材をそろえる余裕がありません』
「…………」
『次に、あなた方が最も多く魔法使いたちとコンタクトを取っていると言う点です。少なくとも、現段階で最も魔法使いの信頼を勝ち得ている人材と言うのはあなた方を置いてほかにありません』

 隼人は霧谷の話を黙って聞いている。確かに霧谷の言うことはいちいちもっともであった。反論をはさむべきところはない。

『最後になりますが、私が評議会に対する根回しの時間稼ぎをして欲しい、と言う理由です』
「時間稼ぎ?」
『そうです。評議会は魔法使いたちをどう扱うべきか、現段階で評価が真っ二つに割れています。私としては、何としても評議会側にも魔法使いと協力体制を結ぶメリットを訴えていく必要があります。そのための根回しの時間稼ぎをお願いしたいのです』
「……なるほど」
『まずは麻帆良支部を維持し続けてください。その上で魔法使い側の協力には極力応じること。この二点を厳守していただきます。詳しい任務の説明については、追って知らせます』
「……りょーかい」

 げっそりした顔を浮かべて、隼人は了承する。仕事が増えた。そう思うと、ずんと気分が重たくなった。

『では、また連絡します。お二人とも、新しい任務をよろしくお願いします』

 それだけ言うと、霧谷は電話を切った。隼人は椿に携帯を返すと、はー、と深いため息をついた。

「畜生、面倒くせーな……」
「はいはい、分かったから任務の内容を詳しく教えて。その上で霧谷さんに詳細を質問するから」
「分かった分かった」



 隼人と椿の続投のニュースは、瞬く間に2-Aの間で広まる。黄色い声を上げて、喜びを露にする生徒たち。それは、楓たちも同じ気持ちだった。

「いやー、よかったアル。ワタシ、まだセンセに師匠の話を聞いてないアル。いなくなられたら話が聞けなくなるところだったアルよ」
「そうでござるなー。今の2-Aにあの二人は欠くことが出来ないでござるからな」
「そうだね、楓姉! 僕、まだまだ先生に仕掛けたい悪戯がいっぱいあるんだから!」
「お、お姉ちゃん~、程ほどにね……」

 風香がうきうきした顔で言う。それを弱気な声でたしなめる史伽。いつもの構図である。だが、一歩間違えれば、この光景が見られなくなっていたかもしれないという事実を知っているのは、楓と古、そして夕映と千雨、ザジだけだ。それゆえに楓は、この騒がしい双子を微笑ましく思う。

「ねえねえ、楓姉、また新しい忍術教えてよ~」
「む、またでござるか? 仕方ないでござるな~。とはいえ、簡単なものしか教えられないでござるよ。拙者のようになるには……」
「なるには?」
「人間を止める、その覚悟が二人にはあるでござるか?」

 いつもの脅し文句。だが、二人には効果覿面である。だがこれでいい。自分のようになってはいけない。この二人は、いつまでも人間のままでいて欲しいと楓は強く願うのだった。



 頬杖をつきながら、隼人たちの続投を喜ぶ生徒たちを眺める千雨だったが、内心では少しだけほっとしている。自分には椿にもっといろいろなことを教わっていきたい、そんな欲求が泉のように湧き上がってくる。

「どうしました?」
「綾瀬か……」

 夕映が後ろから声をかけてきた。

「……いや、ちょっと前のあたしだったら、こんな馬鹿騒ぎにも、冷めた目を向けていたんだろうなと思ってな……」
「そうですね、わたしから見ても、千雨さんは変わったと思いますよ?」
「……変わった?」
「はいです。前に比べて、表情が柔らかくなりました」

 夕映に指摘され、千雨は思わず自分の顔をぺたぺたと触ってみる。余り自覚こそしていなかったが、そんなに自分は変わったのだろうか……?

「まあ、変化なんてそんなものだと思います。自分で自覚しているものではありませんから」
「…………」
「長谷川さーん!」

 明日菜と木乃香が駆け寄る。その表情は、何かとても面白そうなことが起こるのを待っているという感じだろうか。

「さっきみんなと話してたらね、隼人先生たちの続投おめでとうパーティーを寮で、開かないかって話になってね」
「長谷川さんも一緒にどうやろ?」
「…………」

 しばし無言の千雨だったが、やがておもむろに口を開いた。

「……何時からだ?」
「え? ええと、明日の夜7時からね。準備はその前にして、明日は先生たちと盛大に盛り上がらないか、ってさ」
「分かった。で、今日は準備があるんだろ? 何すればいいんだ?」
「…………」

 明日菜は千雨の顔をまじまじと見つめていた。それがこそばゆかったのか、やや強い口調で千雨が問いかける。

「何だよ、人の顔じろじろ見て」
「あ? ごめんごめん、なんか最近、長谷川さん変わったなー、って思ってさ」
「……そうか?」
「そうやね~、いつもやったらうちらが楽しそうにしてても、興味なさそうな感じやったけど、最近はちょっと違うかんじがするえ~」
「最近はさ、少しずつだけど、あたしたちの輪の中に入ってきたりするじゃない」
「…………」

 明日菜に指摘されて気がつく。言われてみれば、昔ほどこのクラスの馬鹿騒ぎに馴染んできている感じがする。これも一つの変化なのだろうか?

「でもさ、あたし、長谷川さんが、あたしたちと一緒になってくれるの、すごく嬉しいよ」
「うちもやで~。前はなんかとっつきにくかったけど、最近はやわらかくなってきた感じがするわ~」

 まあ、この二人は気がついていない。そのきっかけが、自分がオーヴァードになったことなのだということを。だがそれでもいい。自分が変わったというのならば、それを受け入れてみよう。きっと、今までの自分が知らなかった世界が、もっと見えてくるはずだから。




あとがき
 これでFH関連の全エピソードが終了となります。
 あと少し残したエピソードを消化して、いよいよこっからが本番です。
 あー、緊張するなー……



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン23
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:6197a4e3
Date: 2010/01/31 11:38
 埃っぽい部室を片付けながら、隼人と椿は、任されたUGN麻帆良支部の準備を整えている。その表向きの顔は……

「まさか、部活動とはな……」
「まあ、麻帆良らしくていいでしょう?」

 この部室は、椿が顧問を担当する写真部の部室として使用されることになった。もちろん本当の姿はUGN麻帆良支部のミーティングルームとしての場であるのだが。

「しっかし、まさか椿の特技がこんな形で活用されるとは、夢にも思わなかったな」
「私もよ。何が役に立つかなんて、本当に分からないものね」

 話し合いながら、二人の手は止まる事はない。珍しく隼人もサボろうとはせず、真面目に仕事をこなしている。最初こそぼやいていた隼人だったが、なんだかんだ言いながら協力的ではある。

「椿、機材の類はこれで終わりか?」
「そうね、後は軽く掃除をして終わりにしましょう?」
「へーへー」

 気のない返事ながらも、隼人の手は掃除用具に手が伸ばされていた。
 と。
 誰かが、部室の扉をノックする。

「どうぞ?」

 椿が許可を出すと、扉がゆっくりと開かれた。顔を出したのは……

「桜咲……?」
「…………」

 刹那だった。その顔には深い哀愁が漂い、明らかに彼女に何かが起こったのではないかという予測が立てられた。

「……先生、今、大丈夫でしょうか?」
「……二人一緒か?」
「いいえ、できれば高崎先生だけで……」
「……椿」
「行ってあげなさい」

 椿は迷いなく隼人を促した。隼人も、それに頷き、刹那に言う。

「場所を変えたほうがいいか?」
「……はい、できれば人気のいないところで」
「分かった」



 この時間の屋上には人がいない。二人は無言。吹きすさぶ風の冷たさが、本格的な冬の到来を感じさせる。

「……先生にお願いした検査の結果が来ました」
「……そうか、結果は?」

 刹那は無言でポケットの中にある検査結果の紙を取り出し、隼人に手渡した。専門家ではない隼人には、細かい数値のことまではよく分からなかったが、最後の結果報告だけは、隼人にも理解できた。

『被験者のオーヴァード発症確率――0.0002%』

「……わたしはやっぱり、人間でもオーヴァードでもなかったんです」

 震える声で刹那はそうつぶやいた。その目には、大粒の涙。この結果を見たとき、彼女の絶望の深さはどれほどのものだったのか、隼人には想像もつかなかった。

「正真正銘の化け物なんです、わたしは……」
「…………」
「先生、一体わたしは、どこに行けばいいんでしょうか……?」
「どこ、というのは……」
「わたしには、居場所がないんです……! 人間の場所にも、妖怪の場所にも! どっちでもないわたしは、どこにも行くことができない……! 先生、教えてください、わたしはどこに行けばいいんですか……!」

 それは彼女の心からの苦悩。それを吐き出した刹那は、ぼろぼろと涙を流しながら、隼人に訴える。自分の居場所はどこなのだ、と。

「……桜咲」

 しばし、彼女の叫びを聞いていた隼人が、ポツリと刹那の名を呼んだ。

「お前は自分が化け物だと言ったな?」
「はい……」
「俺から言わせれば、お前が化け物だとはとても思えない……」
「え……!?」

 刹那は目を白黒させた。彼は何を言っているのだろう。刹那は目の前で見せたはずだ。本来の人にはない人外のものを。

「俺は数多くのジャームを見てきたから分かる。本当の化け物というのはな、痛む心さえも持ち合わせていないものだ」
「…………」
「お前はそうやって、自分のことを苦悩できる。立派な心があるんだ。それ以上何を望む? 居場所がないなら…… 自分から作っていけばいいんだ」
「ですが……!」
「俺から見ればお前は…… 人の心を持った立派な人間だ」

 人間。今までそんな風に面と向かって言われたことなど今までなかった。刹那の目から、さっきまでとは違う、別の種類の涙が浮かぶ。

「お前には人間の心があるんだ。誇りに思っていい。俺から言えるのはそれだけだ」
「…………」

 隼人は刹那の検査結果をびりびりと破き、風に流していく。

「検査の結果なんて忘れてしまえばいい。お前には…… 2-Aという居場所があるんだからな」

 隼人は頭をかく。余り慣れないことを言うので妙に気恥ずかしい。だが、刹那は隼人の言葉を神妙に聞いていた。

「……もういいか? 俺は行くぞ。風邪引くなよ」
「先生……」

 屋上を後にしようとする隼人を、刹那は呼び止める。振り返ると、刹那は深く頭を下げていた。

「ありがとう、ございました。 ……少し、救われた気がします」
「止めてくれ。柄じゃないんだ」

 隼人は頬をかきながら、屋上から姿を消す。刹那は、その後姿に、いつまでも頭を下げていた。



「戻ったぞー」
「おや、隼人殿、遅かったでござるな」
「は……?」

 戻った隼人を出迎えたのは、椿に加え、先日のFHの事件で協力した楓たちだった。その場には姿を見せていなかったザジの顔もある。狭い部室が、一気に狭くなった。

「何でお前らがここにいるんだよ……?」
「私が呼んだのよ。大事な話をするためにね」
「隼人センセ、これから椿センセがお茶をご馳走してくれるアルよ。センセも一緒に飲むネ」
「はあ? まあ、いいけどな……」
「じゃあ、隼人。お茶請け買ってきて」
「何い!? 何で俺が……!」
「一番ドアに近いのが貴方だからよ。はい、お金」

 椿は1万円札を隼人に手渡した。

「おつりは返してね」
「…………」
「わたしはクッキーを所望するです」
「では、拙者は煎餅がいいでござるな」
「ゴマ饅頭がいいアルよ!」
「…………」
「ザジさんは何でもいいそうです」
「じゃあ、あたしもせっかくだからチョコ系のお菓子を頼もうかな」
「それじゃあ、よろしくね、隼人。私も何でも構わないから」
「……分かったよ!」

 隼人は1万円札を握り締め、踵を返して買出しに走った。

「畜生、情けねえ……」

 道中、そんなふうにぼやきながら。



「……買ってきたぞ」

 隼人が息を切らし、買い物袋を手に提げながら、部室に戻ってきた。

「お疲れ様、隼人」

 椿は買い物袋を受け取ると、テーブルにそれを広げる。夕映たちは、自分の希望通りのお菓子があることを確認すると、遠慮することなくそれらを手に取った。

「じゃあ、お茶にしましょう」

 椿が、ポットにお湯を注ぎ、それぞれのカップに注いでいく。琥珀色の液体が、いい香りを放ちながら、湯気を立てる。

「……さて、貴方たちを呼んだ理由だけど」

 紅茶を飲む前に、椿が言った。

「今後、貴方たちは私たちの管理下におかれることになるわ。といっても、別にUGNに入れとは言わないわ。ただ、貴方たちの行動には私たちも同行させてもらう。それだけよ」
「……それだけでいいですか?」
「ええ。貴方たちも、ある程度自由に行動できたほうがいいでしょう? まあ、貴方たちのデータは、UGNのデータベースに登録させてもらうことになると思うけど」
「……皆さんはどう思いますか?」
「拙者は、ある程度は仕方ないと思うでござる。所詮拙者たちだけでは、できる限界があるでござるからな」
「ワタシもそれで構わないヨ。センセがワタシたちと同じ目的なら、お互い協力したほうがいいに決まってるネ」
「…………」

 ザジは無言だが、その目は反抗的ではなく、むしろ協力的だ。了承した、と言いたいのだろう。

「あたしは…… 別に構わない。新参だからな、どうしていいのか分からないというのが本音だけどな」
「……分かりました。皆さんの意見を尊重しましょう。椿先生の指示に従います」
「ありがとう。基本的には今までと変わらないわ。ただ、何か事件があったら、私たちにも知らせること。それだけでいいわ」
「了解です」
「……さあ、私からの話は終わりよ。お茶にしましょうか」

 椿が紅茶に口をつける。霧谷から教えられた紅茶の入れ方は、思わぬ形で役立つことになる。

「……おいしいです」
「これはなかなか……」

 夕映たちも絶賛する。もっとも、椿自身はまだまだだと思っている。霧谷が入れてくれた紅茶の味に比べれば、まだまだ及ばない。隼人も渇いたのどを潤すように、一気に紅茶を流し込む。

「隼人先生、お茶の飲み方がなっていません」
「そんなに一気に飲んでしまったら、お茶の味など分からないでござる」
「い、いいんだよ、飲めれば」
「はあ……」

 椿はしょうもない、と言わんばかりに目を伏せて、ため息をついた。

「では、これを試してみますか?」

 夕映はかばんから、パックジュースを隼人に手渡した。パッケージには、「濃厚ゲルミルクピーチ」と書かれた怪しい煽り文句。隼人はなんとも嫌な予感がした。

(これは…… 美味いのか? どうにも怪しい予感が…… いや、綾瀬は普通に飲んでいるんだ。それなりに、飲める代物ではあるはず……!)

 隼人は意を決して、それのストローを吸い。
 思いっきりむせこんだ。



あとがき
 これでやりたかったことは全て終了しました。
 そして、いよいよネギの来日のエピソード……
 もう後には引けないな……
 それから、各キャラクターのデータが更新されました。
 そちらも参照してください。



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン24
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:6197a4e3
Date: 2010/02/07 15:15
 電車を降りた少年は、身体に似合わぬ長い杖を握り締めながら歩き出す。成長しきっていないその体は、先を歩く生徒たちよりも頭一つ分小さい。その顔には、まだあどけなさが残るも、瞳に宿した知性は、どう見ても従来のそれに比べても、はるかに深く感じられる。

「うわー……」

 改札口を潜った少年が見たものは、それぞれの手段で登校していく、よく似た制服姿の生徒たち。彼には初めて見る光景であった。緊張が高まる。これから自分は、ここで教師になるのだという不安と、自分の夢に前進するのだという期待が入り混じった顔で、駅を出る。
 と。

「断片に曰く、“偉人には三種ある。生まれたときから偉大な人、努力して偉大になった人、偉大になることを強いられた人”」
「え……?」

 彼に、少女の声がかけられる。その声をしたほうを見ると、彼よりも幾分か年上であろう少女。短く切り揃えた髪を風に揺らしながら、年にふさわしくない深い知性の宿るその瞳を、少年に向けていた。誰だろう、と少年は思う。制服は歩く生徒たちとは異なるようだから、おそらくこの学園の生徒ではないはずだ、と推測される。

「あの、あなたは……」
「君はどんな偉人になるのかな?」

 そんな言葉を少女から投げかけられる。その真意を問いただそうと少年がさらに少女に話しかけようとしたそのとき。
 更なる生徒たちの波が二人を分かつ。少年はそれに飲まれまいと、小さな体を必死に踏ん張って耐えるのに精一杯で、少女の姿を追う余裕はなかった。生徒の波が去ったとき、もはや少女の姿は跡形もなかった。

「…………」

 ぽかんとした顔で、少女が今まで立っていたところを見つめる。

「不思議な…… 人だったな……」

 少年にはそれだけしか言うことが出来なかった。



 少し話は遡る。
 早朝、近右衛門に呼び出された隼人と椿は、学園長室に鎮座する近右衛門の前で並んでいた。

「ふぁ~…… 何ですか学園長、こんな朝早く、ぐっ」

 いつもの椿の肘鉄砲が、隼人のわき腹に突き刺さり、隼人は膝を折る。

「いつもすみません、学園長」
「ふぉふぉふぉ、構わん構わん。さて、お主らを呼び出したのは他でもない。頼みたいことがあるんじゃよ」
「頼みたいこと?」

 椿は鸚鵡返しに聞き直す。隼人は未だに立ち直れないでいた。

「うむ。先日、わしの知人から連絡が入ってのう。新しい魔法使いの少年を教師として雇ってもらえんか、という依頼が入ったんじゃ」
「少年?」
「うむ、今年で10歳と聞いておるの」
「はあ!?」

 さすがにそれには隼人も立ち直り、近右衛門に思いっきり詰め寄った。

「学園長、労働基準法というものはどこに行ったんですか?」
「何、問題にならなければどうということはないわい」

 ふぉふぉふぉ、と近右衛門は高笑いを浮かべる。改めて隼人は思う、ああ、麻帆良ってこういう場所なのか、と。

「ただのう、その少年、ちと特殊な人材でのう」
「特殊、とは?」
「彼の父親はわしら魔法使いの英雄、ナギ・スプリングフィールドと言うてのう、それはそれは偉大な英雄だったんじゃ。それゆえに多くの魔法使いたちは期待している。彼が次代の“立派な魔法使い”になってくれるということをな」
「……つまり、その少年を護衛せよ、と?」
「察しが早くて助かるわい。特にレネゲイド事件の脅威から彼を守って欲しいんじゃよ。大事な預かり物じゃからのう」
「……それで俺たちを呼んだわけですか。うげ……」

 抱える仕事が増えることに、露骨に面倒そうな顔をして、隼人はうめいた。そこに、再び椿の肘鉄砲が炸裂する。再度、腹を抱えてうずくまる隼人。

「……了解しました。その依頼、謹んで受理させていただきます」
「すまんのう、何度もお主らに頼ってばかりで。無論、わしらも全力でサポートするつもりじゃ」
「ありがとうございます。それで聞きたいのですが」
「なんじゃね?」
「その少年の名前は?」
「おお、すまん、忘れておった。ネギ・スプリングフィールド。それが彼の名じゃよ」



「ったく、面倒くせーなー……」

 腹を押さえながら、隼人がぼやいた。もうじきネギが到着しているだろう時間であり、駅まで迎えに駆けつけているところである。

「はいはい、愚痴なら後で聞いてあげるから、さっさと駅まで行くわよ」
「へーへー」

 相変わらずやる気を感じさせない隼人だった。ぼやきながら駅まで行くと、そこには見慣れない少年が、困ったように右往左往しながら誰かを待っているようだ。近右衛門から借り受けた写真を見てみると、写真の顔と、少年の顔の特徴は、完全に一致した。

「あれがネギ君ね」
「そうみたいだな」

 顔を確認した二人は、つかつかとネギと思しき少年まで歩み寄っていく。それに気がついたのか、少年がこちらを見る。一瞬だけ、萎縮する様子を見せるが、すぐに迎えの人間なのだろうということに気が付き、警戒心を解く。

「ネギ・スプリングフィールド君かしら?」
「は、はい! あの、あなた達は……?」
「私は玉野椿。貴方がこれから勤める麻帆良学園中等部の講師を勤めているわ」
「俺は高崎隼人。こいつの同期に当たる」
「隼人さんに、椿さんですね。よろしくお願いします!」
「ええ、よろしくね、ネギ君。学園まで案内してあげるわ。付いて来て」

 椿はネギを先導するように前を歩く。ネギはそれを見失わないように、一生懸命、その後を追う。

「……俺たちがこの学園に赴任してきたときを思い出すな」
「そうね、あの時案内してくれたのは高畑先生だっけ?」
「そうだったな……」

 隼人と椿は、つい数ヶ月前のことを懐かしむ。

「あの、麻帆良って、どんな所ですか?」

 後ろのネギが、そんなことを尋ねてくる。

「いい所よ、私たちが今まで行ったことがある街の中では、一番かしら?」
「へー…… お二人はまだ若いのに、色んなところを回って来られたんですね」
「ふふ、そうね…… あら?」

 ふと、椿の脇を疾走する影。その影に二人は見覚えがあった。

「よう、神楽坂、近衛!」
「あ! 隼人先生に椿先生! おはよー!」
「おはようさん~」

 明日菜は元気よく、木乃香はのんびりとした声で二人に挨拶する。

「……ねえ、そのちっこいのは、何?」
「こいつか? ああ、こいつなんだが……」

 隼人が言いよどんでいると、ネギは明日菜の顔を、まじまじと覗き込んで。

「……な、何よ、このガキ、人の顔を見て……」
「あの…… 貴方、失恋の相が出ていますよ?」

 そんなとんでもないことを言い出した。ピシリと凍りつく時間。だがそれは一瞬のことで、わなわなと明日菜の肩が怒りに震えだす。

「な、何を言ってくれるのこのガキー!?」
「あわわわわ……」

 明日菜はネギの胸倉を掴み上げる。余程今の言葉は腹に据えかねたのだろう。ネギは、どうして自分が怒られているのか、よく分かっていないようで、おたおたしながら、明日菜を恐怖の目で見ていた。

「だ、だって、そういうのが見えてしまいましたから……」
「何わけの分かんないこと言ってんのよこのガキ! 大体この学園にあんたみたいなのが何の用なわけ!?」
「あぶぶぶぶ…… ぼ、僕はこの学園に先生として……」
「はあ!? 寝ぼけた事言ってんじゃないわよ!」
「落ち着け、神楽坂」

 隼人は収拾がつきそうにないので、明日菜の頭を軽くはたいた。それでようやく我に返ったのか、明日菜はネギの襟を放した。がくがくと震えるネギを、そっと椿が肩を寄せる。

「ネギ君、今のは貴方が悪いわ。神楽坂さんに謝りなさい」
「え? でも、僕は……」
「ネギ君は親切で言ってあげたつもりかもしれないけど、時にそれが人を傷つける事があるの。よく覚えておきなさい」
「……はい、ごめんなさい」
「……む」
「神楽坂さんも許してあげて? この子、外国から単身日本に来たから、日本の常識が疎いところがあるの」
「……分かりました。その…… 暴力ふるって、悪かったわね」
「いえ、こちらこそ、ごめんなさい……」

 二人は素直に謝りあう。しかし、それと同時に、明日菜の脳裏に一つの疑問がわきあがる。

「そ、そうだ! 先生、このガキがうちの先生になるって本当ですか!?」
「……まあ、信じられないのも無理もないけど、間違いなく事実よ」
「はああああああ!?」

 明日菜は信じられないと言わんばかりにネギを凝視する。さっきの恐怖もあり、ネギは、びくりと身体を震わせた。

「てゆーか! 先生たちはそれで納得してるんですか!?」
「……宮仕えってのは大変なんだよ」

 隼人が疲れたように言い返す。そんな事を言われて、明日菜は口をパクパクさせて、二の句が告げずにいた。

「へ~、こんな小さい子が先生になるんや~。がんばってや~」

 木乃香はネギの頭をいとおしそうに撫で回す。そんな親友の様子を、明日菜はあんぐりと口を開けて見ていた。

「……もういいわ、先生たちじゃ駄目ね、学園長に直接駆け込んでやるわ!」

 明日菜はそう言い捨てると、学園まで猛ダッシュで走り出した。

「ああん、アスナ、待ってや~」

 その後に木乃香も続く。残された隼人たちは、ひょいと肩をすくめてみせる。

「……学校、行くか」
「そうね…… 一波乱ありそうだけど」
「ぼ、僕、この学園でやっていけるんでしょうか……?」



 学園長室へ挨拶に向かったネギたちを待っていたのは、誰かの怒鳴る声と、それを受け流す老人と思しき人物の声。間違いない。明日菜がその足で近右衛門に直談判に向かったのだろう。意を決して学園長室のドアを開けると、そこには予想通りの光景が広がっていた。

「だから、あんなガキンチョに先生なんて勤まる訳ないじゃないですか!」
「その辺は問題ないぞ、何しろネギ君は天才じゃからな」
「そういう問題じゃないでしょーが!」
「……おい、神楽坂、その辺にしておけ」
「隼人先生は黙っててよ!」
「……はあ」

 聞く耳を貸さない明日菜に、隼人は困ったように息を吐いた。そこに、付き添いで来ていた木乃香が、そっと隼人に耳打ちする。

(あんな、アスナ、ネギ君がうちのクラスの担任になるっちゅうことで怒ってるんよ)
(……何い? 聞いてないぞそんな事)
(アスナ、高畑先生が担任からはずされるのが嫌なんよ)
(……ああ、なるほどな)
「木乃香! 何隼人先生に人の事しゃべってんの!?」
「あやや、聞こえてたみたいやな」
「ったく、地獄耳だな」
「ともかく、これは決定事項じゃ、今さら変更は効かん。納得できないのは分かるが、明日菜君も従ってもらうぞい」
「く……」
「分かったら自分の教室に戻りなさい」

 それだけ言うと、近右衛門は木乃香に目配せし、明日菜を教室へ連れて行くように命じる。木乃香もそれに応じ、明日菜の肩を抱きながら、学園長質を後にする。木乃香に押される形で学園長室を追い出されていく明日菜は、出て行く間際に、ネギの顔をぎっと睨みつけていた。

「……さて、色々あったが、初めて会うな、ネギ君。わしがこの学園の学園長、近衛近右衛門じゃよ」
「よ、よろしくお願いします!」

 緊張した顔つきで、ネギが頭を下げる。

「ふぉふぉふぉ、楽にしてよい。挨拶はこれぐらいにしてネギ君の担任の話をさせてもらうかの」
「学園長、さっき近衛から聞きましたが、俺たちのクラスの担任を任せるというのは本気ですか?」
「うむ、高畑君に代わって、ネギ君が新しい2-Aの担任になる。高崎君たちはその補佐と言う形で、引き続き2-Aの副担任をしてもらうぞい」
「……了解しました」
(……ネギ君を護衛するには丁度いい構図ってわけね)
(確かにな……)
「質問事項はあるかの?」
「ネギ君の担当科目は?」
「英語をお願いしておる。高崎君は引き続き英語補佐としてネギ君をサポートしてもらえんかのう?」
「……りょーかい」

 隼人はため息交じりに返事を返す。しかし、これは授業中もネギから目を離さずにすむので、それはそれで好都合ではあった。

「ネギ君もそこの二人には遠慮なく相談を持ちかけるといい。彼らもネギ君の事情を話してある。きっといい相談相手になってくれるはずじゃからな」
「え? それじゃあ、お二人は……」
「ええ、貴方のことは全部聞いているわ。貴方の本当の正体も、ね」
「あうう……」
「そんなにかしこまらなくてもいいわ、私なんかでよければ、いつでも相談に乗ってあげるから」
「……はい! そのときはお願いします!」
「ふぉふぉふぉ、では通達は以上じゃ。それでは、ネギ君のお披露目と行こうかのう。今からびっくりする生徒たちの姿が目に浮かぶわい」

 ふぉふぉふぉ、といたずらっ子のような笑みを浮かべながら、近右衛門はネギたちに退室を促した。



「あれが教室だ」
「うう…… 緊張するなあ……」

 顔をこわばらせながら、ネギは教室の前で立ちすくんでいた。隼人はネギの背中を軽く叩き、教室へ入るように催促する。

「ここまで来たんだ、覚悟を決めろ」
「は、はい」

 ネギは深呼吸をして、勢いよく教室のドアを開く。
 と。
 ドアに仕掛けられた黒板けしが、ネギの頭上に、まっさかさまに落下する。それに気がついたネギは、それを思わず魔法で静止させる。

(馬鹿、ネギ! 何やってんだ!)
(はっ……)

 小声で隼人が叱咤する。うっかり自分が魔法を使ってしまったことを自覚し、慌てて魔法を解除する。ぽふん、とチョークの粉でネギの顔が真っ白になった。

「あ、あはは、引っかかっちゃったなあ、これが日本流の挨拶かな……」
「ネギ」

 教室に入ろうとするネギを、隼人は襟足を掴んで制止する。

「わっ、何するんですか隼人さん!」
「足元見ろ」
「えっ……?」

 ネギは隼人に言われるまま、自分の足元に目を向ける。そこには、かつて隼人がされたように、足元すれすれに張られたロープが待ち構えられていた。

「あ、あわわ……」
「ったく、また鳴滝の仕業か。気をつけろよ、鳴滝の悪戯はこのくらい序の口だからな」
「は、はい……」

 ネギは軽く頷いて、足元のロープを避け、教壇に立ち、右脇に、隼人が立つ。

「鳴滝、トラップしまえ」
「はーい……」

 自慢のトラップが不発に終わったことに不満がりながらも、風香は言われたとおりにトラップの撤収作業に入る。

「先生、その子、誰なんですか……?」

 千雨が手を挙げて、もっともな質問をする。

「ああ、こいつか……」

 隼人は頭をかきながらチョークを取り、黒板に大きく「ネギ・スプリングフィールド」と書き込んでいく。

「紹介するぞ、今日からお前たちの担任になるネギ・スプリングフィールド。今年で10歳になる」
「「「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!?」」」

 予想通りの驚愕の悲鳴が2-Aの教室を揺るがした。

「せ、先生、本当なんですか!? てゆーか、それで納得してるんですか!?」
「……さっき神楽坂も同じことを言っていたが…… 宮仕えってのは大変なんだよ……」
(ああ、あんたはそういう人だったよな)

 千雨はこのやる気のない副担任に毒づいた。しかし千雨にも予想外だったのが、クラスの生徒たちには、概ねネギに好意的な視線を向けているということだ。いや、普段の彼女たちからすれば、これほど面白い刺激などないのだろう。千雨は改めてこのクラスの特異性に頭を悩ませられることになった。まあ、自分も言えた義理ではないのだが。そして、千雨の考えなどお構いなしに向けられる、ネギへの好奇の視線と質問の嵐。

「ねーねー、授業は何を教えるの!?」
「え、英語を……」
「授業、ちゃんと教えられる!?」
「い、一応大学卒業レベルの語学力なら……」
「すごーい! 外国から来たみたいだけど、どこから来たの!?」
「い、イギリスから……」
「日本語上手だねー!」
「あ、ありがとうございます……」

 それらに一つ一つ丁寧に答えていくネギ。
 だが。

「ちょっとあんた、さっき何かしなかった!?」

 その質問の流れを止めたのは、明日菜のこんな質問だった。明日菜はネギに近づき、その胸倉を掴み上げる。

「あぶぶぶ…… な、何のことだか分かりませんよ……!」
「嘘おっしゃい! あたし見たんだから! 一瞬黒板けしがふわって空中に止まったの! ねえ、隼人先生も見たでしょう!?」

 やっぱりそう来るか。明日菜は隼人の予想通り、彼にまで追及の手を伸ばした。

「いや、俺は何も見なかった。お前の見間違いだろう?」
「んな……」

 しかし、あっさりとその追及をかわされ、明日菜も次の手を失う。襟首を掴んだ手が、プルプルと震える。

「と、とにかく、あんた、一体何者よ! 正体現しなさいよ!?」
「いい加減になさい、アスナさん!」

 ネギを掴み上げ、なおも追及の手を緩めようとしない明日菜を、あやかの声が制止させる。あやかはネギを明日菜から解放すると、その頭をいとおしそうに撫で回した。

「怖かったでしょう、ネギ先生。あんな怖いお姉さんに責められて……」
「ちょっと、誰が怖いお姉さんよ!」
「こんないたいけな子供の胸倉を掴み上げる暴力女に言われたくありませんわ!」
「むがー! 言ったわね、このショタコン女!」
「なんですって! オヤジ趣味!」

 ついには明日菜とあやかの取っ組み合いにまで発展してしまう。止めようとするも、どうやって止めていいのか分からず、おたおたするネギ。隼人もこれ以上は収拾がつかなくなりそうだと判断したのか、明日菜とあやかの頭を引っぱたいて、無理やり喧嘩を止めさせる。

「いい加減にしろ、二人とも。HRが始められないだろう?」
「だってこの女が!」
「いいえ、貴方が!」
「……神楽坂、雪広」

 隼人が目を細めて、二人を威圧する。その迫力に圧倒されたのか、二人はしゅんと萎縮する。

「……あー、ようやく静かになったか。お前ら席に着け、これからHR始めるぞー。ネギ、連絡事項」
「あ、はい! では、今日の授業ですが……」

 ネギはすらすらと連絡事項を話し始める。その様子を見ながら隼人は、彼の前途の多難さを感じずにはいられなかった。



あとがき
 ついにネギの登場になります。
 後、さりげなくあのキャラも登場させてみました。
 イギリス人の彼とはさぞ話が合うことでしょうw



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン25
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:6197a4e3
Date: 2010/02/07 15:15
 明日菜は教壇に立つネギをじっと睨み続けていた。あの時見た光景は幻ではない。間違いなく現実だったはずだ。そもそも最初からおかしいのだ。こんな10歳の子供が教師になんてなれるはずがない。労働基準法とやらはどこに行ったんだ。考えられるのは、この英文を読み上げている自称このクラスの担任は、何か特別な存在なのであろう。

(あんたの正体、暴いてやるんだから!)

 明日菜は消しゴムを小さくちぎり、ネギの頭めがけて投げつける。
 さあ、何かしてみろ。今度は見逃すものか。明日菜は消しゴムの行方をじっと凝視する。だが、予想に反し、消しゴムは狙い通りにネギの頭に命中した。

「いたっ」

 小さな悲鳴を上げるネギ。不審に思い、もう一度明日菜は消しゴムをちぎって投げつける。また頭に命中。もう一度。また命中。もう一回。また命中。いらだった明日菜は、さらに大きく消しゴムをちぎって投げつけようとした。
 そのとき。

「神楽坂」

 すぐ脇から、自分の名を呼ばれる。目を向けると、半目になって明日菜を睨みつける隼人の姿。すっと明日菜の顔から血の気が引く。

「授業妨害とはいい度胸だな?」
「え? いや、これは…… その……」

 しどろもどろになって言い訳を考えるが、いい言葉など思い浮かぶわけもない。

「……授業は特別に聞かせてやる。後ろに立ってろ」

 そっけなく隼人が命じる。

「……はい」

 すっかりしょげ返りながら、明日菜は命じられるまま、教室の後ろで立ち尽くした。クスクスという笑い声。羞恥で顔が赤く染まる。しかし次の瞬間には怒りに転じる。なんで自分がこんな目にあわなければならないのか。それというのも全部あのガキが悪いんだ。やり場のない怒りをネギにぶつける。だが、明日菜は気がついていない。人はそれを逆恨みだと言うのを。



(まずい傾向だな……)

 隼人は明日菜の執拗さに、焦りを抱いていた。まさかあそこまで食い下がってくるというのは予想外だった。このままではいずれ、ネギの正体に感づくのも時間の問題だろう。

(今のうちに手は打っておくか……)

 まずは授業を消化してからだ。隼人は授業が一刻も早く終わらないか、祈っていた。



「ふぁーあ、終わったー……」
「は、隼人さん、だらしないですよ~」

 欠伸をして、伸びをする隼人を、ネギがたしなめる。

「別にいいだろ、誰も見てないし」
(日本人は真面目な人だって聞いたことがあるけど…… この人はそんなイメージは全然ないな……)

 ネギは、首を鳴らしながら愚痴をこぼす隼人を眺めながら、そんなことを考えていた。

「それにしても、あの明日菜って人、意地悪です」
「ああ、あいつか」
「授業中、ずーっと僕に消しゴムぶつけてきて。ひどいです」
「まあ、原因はお前にあるんだけどな」
「あう」
「あいつはお前がぼろを出してくれることを望んでる。言っとくが今回なんて序の口だと思うぞ。またあいつは授業中に何か物を投げつけてきたりする可能性大だ」
「うう……」
「……まあ、俺がある程度あいつをマークしておいてやるから、お前は授業に集中していろ」
「すみません、隼人さん……」
「ったく、何で俺がこんなことを……」

 ぶつぶつ言いながらも、協力的な隼人を、ネギは少しだけ好ましいと感じた。
 と。

「あれ? あれは……?」
「宮崎だな」

 隼人たちの視線の先には、今まさに階段から降りてくるのどかの姿が見えた。その両手には大量の本。前が見えていないらしく、危なっかしくて仕方がない。

「おいおい、あれは危なすぎるだろ」
「ですよね……」
「仕方ないな…… おい、宮崎」
「え……?」

 下から隼人の声がかけられ、のどかは思わず身体を震わせる。そして次の瞬間、彼女は足元を滑らせる。

「きゃあっ」
「やべえ!」

 隼人は、大慌てで駆け出そうとするが、一歩間に合わない。ネギは迷うことなく、杖を取り、呪文を唱える。杖をのどかに向けて、紡いだ魔法を解放すると、のどかの身体が、一瞬だけ宙に浮く。その一瞬の隙に、隼人はのどかの身体を抱きかかえ、自分がクッションになってのどかをかばう。

「はー……」

 一瞬ひやりとしたが、何とか間に合った。のどかを見れば、彼女は気絶こそしているが、外傷はなく、ひとまずは無事なようだ。

「助かったぜ、ネギ」
「いえ、お役に立てて何よりです」

 ネギは隼人に微笑みかける。駆け寄ってのどかの無事を確認する。寝息を立てるのどかを見て、ネギはほっと安堵のため息をついた。

「とりあえず保健室に運ぶ。お前もついてきてくれ」
「はい」

 ネギが頷いたそのとき。

「……見たわよ」

 隼人とネギがかけられた声に背筋を震わせる。振り返れば、そこにいたのは。

「か、神楽坂……」
「あ、明日菜さん……」

 明日菜がすさまじい形相で立ち尽くしていた。

「……今のは何?」

 うろたえる二人に、明日菜は詰め寄り、そう問いかける。

「い、今のは……」
(まずい、完全に現場を押さえられた。言い逃れは難しいな。くそ、こいつの存在を見逃していたのは致命的だな……)

 おたおたするネギに対し、隼人は冷静に状況を分析し、今の状況を打破する方法を考える。

「先生も一緒に見たんだもの、今度は見てないなんて言わないわよね……?」
「く……」
「さーて、説明してもらいましょうか。あんたは一体何なわけ?」
「ぼ、僕は……」
「……ふう」

 隼人は一息ついて、ある覚悟を決めた。

「……仕方ないな。俺が説明してやる」
「は、隼人さん」
「へ~え、やっぱ隼人先生も知ってたんだ……」
「……まあな。人がいない場所がいい。案内してくれ」



 明日菜が案内した裏口の一角は、確かにめったに人が立ち寄らず、秘密の話をするにはもってこいの場所だった。

「ここならいいでしょ」
「確かにな」
「じゃあ、説明してよ! こいつ、一体何なの!?」
「その前に一つ前提がある。神楽坂、お前は魔法が存在するとしたら信じるか?」
「はあ?」
「そしてこいつが魔法使いだと言ったら、お前は信じるか?」
「何それ、まさかこいつが魔法使いだ、とか言わないでしょうね!?」
「そう言っている」

 隼人の真面目な物言いに、明日菜は口を挟む余地がなかった。

「はは……」

 そして次に漏れるのはあきれたような笑い。

「魔法使いって…… もうちょっとましな話はなかったの?」
「事実だからな」
「はあ……」

 次はため息。認めざるを得ないという諦めのため息。

「……まあいいわよ。で? こいつは何しにこの学園に来たわけ?」
「そこまでは知らん」
「何よそれ!?」
「俺だって全部をこいつから聞かされてるわけじゃないんだ。後のことはネギ本人から聞くんだな」

 隼人はネギの背中を叩く。

「……ぼ、僕は“立派な魔法使い”になるために、日本に修行に来たんです!」
「……まぎ、何ですって?」
「“立派な魔法使い”です。誰かの役に立つために人知れず魔法を使う、僕ら魔法使いの憧れです」
「……つまりあんたはそれになるために、日本まで来たってわけ?」
「はい…… あっちの魔法学校で、『日本で教師をすること』という修行を命じられまして……」
「ふーん……」

 ネギの話に、興味なさそうに相槌を打つ明日菜。

「お願いです! 魔法のことはみんなに黙っていてください! もし魔法のことがばれたら、僕、日本にいられなくなって、オコジョにされてしまいます! 魔法のことは、誰にも言わないで下さい!」

 ネギは涙さえ浮かべて、明日菜に懇願する。

「神楽坂、俺からも頼む。こいつのことは黙っていてもらえないか?」
「隼人さん……?」
「少なくともこいつは魔法を悪用して、お前たちに迷惑をかけることはしたりしない。それは俺が保障する。だから頼む、こいつのことを黙っててやってくれないか?」

 隼人は頭を下げる。それに倣い、ネギも隼人のように頭を下げた。

「このとおりだ」
「お願いします!」
「はあ……」

 明日菜は一つため息をついた。

「隼人先生にまでそんなことされたら、黙ってるしかないじゃない……」
「明日菜さん……!」

 ぱあ、とネギの顔が輝く。

「すまないな、神楽坂」
「いいわよ、その代わり、何か困ったことがあったら、あんたに相談するわ」
「はい! 任せてください!」

 ネギは胸板をぽんと叩いて、揚々と頷いた。

「じゃあ、あたしはもう行くわね」
「はい! ありがとうございます、明日菜さん!」
「もういいわよ、これぐらい」

 それだけ言うと、明日菜は背を向けて、その場を後にする。残されたネギはその背をいつまでも見送っていた。

「いい人でしたね、明日菜さん……」
「…………」
「いつか明日菜さんが困ったときには、僕の魔法で……」
「いや、その必要はない」

 隼人は冷徹に言った。

「え……!?」
「あいつには今のことを全て忘れてもらう」

 隼人はポケットから携帯を取り出して、電話をかける。

「……俺だ。頼みたいことがある」



 明日菜は寮への帰途を走っていた。今日は色々あった。新任のネギ、そして、ネギの見せたあの魔法の力。

「ふふ……」

 明日菜は少しだけ頬がにやける。少しだけ今の“日常”が面白くなるかもしれない予感をひしひしと感じながら。
 と。
 明日菜の脇を、小さな影が横切った。

「わっ……」

 明日菜の一瞬だけ足が止まった。何事かと思えば、一匹の鳩が明日菜の目の前に止まっていた。首を振る鳩。一瞬だけ、明日菜と目が交錯する。

「……?」

 明日菜は首をかしげる。鳩はしばし後に飛び去っていく。なんだったんだろうと思いながらも、明日菜は今日のことを、また反芻していた。



あとがき
 ちょっと謎めいた終わり方にしてみました。
 あの鳩が何なのかは、以前のSSを読み返していれば、おのずと正体が分かるはずです。
 では一体何なのか。それは次回で説明します。



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン26
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:6197a4e3
Date: 2010/03/26 20:24
「ひどいですよ、隼人さん!」

 ネギの非難に満ちた目が隼人に向けられる。

「明日菜さんは、魔法のことはばらさないって、僕に約束してくれたんですよ!? それなのにどうして記憶を消すなんてことをするんですか!?」
「……それがあいつのためだからだ」
「え……?」
「神楽坂に“非日常”は必要ない。あいつは今のまま、“日常”に生きていればいい。そのためにだったら、俺はどんな手でも使う」
「…………」
「軽蔑するならすればいい。俺は俺のやり方を貫くだけだ」
「……分かりません」
「?」
「僕にとっての“日常”は…… 魔法の世界だけです。明日菜さんの“日常”というのは、隼人さんがそこまでして守らないといけないものなんですか?」
「ああ」

 隼人は迷うことなく答えた。

「平穏に満ちたこの“日常”を守ること…… それが俺たちの使命だからな」
「使命……?」
「後で教えてやる。お前にこの世界の本当の姿というやつを」

 それだけ言うと、隼人はネギに背を向けてすたすたと去っていった。取り残されたネギは、隼人の言葉を反芻しながら、その意味を考え続けていた。



「隼人先生!」
「神楽坂?」

 ネギと別れた隼人は、ばったりと明日菜と出くわす。明日菜は息を切らしながら、誰かを探しているようだった。

「どうした、そんなに息切らして」
「はあ、はあ、ネギのやつ、知らない?」
「ネギ? あいつがどうしたんだ?」
「決まってるでしょ」

 明日菜は姿勢を正し、ピッと指を立てる。

「ネギのやつに、高畑先生との仲を取り持ってもらうのよ!」
「はあ?」

 隼人は素っ頓狂な声を張り上げていた。明日菜がタカミチをどう思っているかは、ある程度知ってはいたが、少なくともネギがそこに絡むわけはないはずだ。

「何のつもりだ、お前は?」
「だから、ネギの魔法でちょちょい、っとあたしの魅力をさ……」
「何……!?」

 隼人は明日菜の言葉に、耳を疑った。

(馬鹿な…… なんで神楽坂が魔法のことを覚えている!?)
「…………」
「は、隼人先生、怖い顔してどうしたの? それよりさ、ネギのやつ、どこだか分からない?」

 隼人の動揺など気づくはずもなく、明日菜はしつこくネギの居場所を問いただした。それに隼人は答えない。

「…………」
「ねえ、先生!」
「……ああ、知ってる」
「ホント!?」

 明日菜が花のような笑顔を浮かべる。

「ついてこい」
「うん!」

 隼人の言うことを信じ、背を向ける隼人の後ろにくっついていく。それゆえに浮かれ気分の明日菜は気づいていなかった。隼人の顔が、未だに能面のごとく表情を消していることに。そして、隼人が携帯で、誰かに頼みごとをしていると言うことに。



「ここだ」
「屋上? ねえ、先生、ほんとにネギがこんなところにいるの?」

 屋上には誰もいない。明日菜は少しだけ隼人の行動に疑問を覚える。そして、隼人がようやく明日菜に向き直ったときに気がつく。隼人の顔が、誰かを案内するような穏やかな表情をしていないことを。そして、それは明日菜が一度たりとも見たことのない隼人の顔だということを。

「せ、先生?」
「神楽坂、お前がどうしてネギのことを覚えているのかは分からないが……」

 隼人は一歩明日菜に詰め寄る。びくり、と身体を震わせる明日菜。

(だ、誰、この人!? こんなの、あたしの知ってる隼人先生じゃない!)
「お前には今日あったことはすべて忘れてもらう」
「え……!?」
「それがお前のためだ」

 隼人がそう言うと、一羽の鳩が隼人の肩に留まる。

「な、何言ってんの!? 意味分かんないわよ!」
「お前が“非日常”の世界に足を踏み入れる必要はない。お前は平穏な“日常”で生きていればいいんだ」
「何よ、それ…… 勝手なこと言わないでよ!」

 明日菜は怒気をはらんで隼人に向かって言い返す。

「勝手で構わない。お前は何もかも忘れてしまえばいい。そうすれば“日常”に生きられるんだ。それが不満か?」
「……っ」

 だが隼人はあくまで明日菜の“日常”を謳う。

「話は終わりだ。安心しろ、お前はこの会話さえも覚えていない」

 隼人は鳩の首を撫でる。鳩の目が明日菜の顔を覗き込んだ。その瞬間、明日菜の身体から、とたんに気力が失われていく。

「あ…… あれ……?」

 身体から力が抜け、明日菜はぺたん、と膝をアスファルトに着ける。

「さっきは失敗したみたいだったからな、今度は悪いが、念入りにやらせてもらうぞ」

 隼人の冷徹な声。明日菜はそれに恐怖する。何をされるのか分からず、恐怖の感情が胸に渦巻く。

「怖がらなくていい。お前の記憶を消す、それだけだ」

 隼人は再び鳩の首を撫でると、鳩はまた明日菜の顔をじっと見る。

「あ……」

 明日菜の脳裏から、次々と今日の記憶が失われていく。ネギの最初の会話、学園長室に乗り込み近右衛門に直談判したこと、ネギのあの一瞬、朝の一幕、そして、ネギが魔法を使った瞬間に出くわしたこと……

(いや…… 消えないで、お願い……!)

 明日菜は懇願するも、どんどん記憶が失われていく。明日菜は必死でそれらを組み上げていくが、それよりも早く崩れていく。

(……いや! 忘れたくない!)

 明日菜の目に、ぎゅっと輝きが蘇る。明日菜は目の前の隼人を睨みつけ、消えていく記憶を必死に繋ぎとめていく。必死に抵抗する明日菜を見た隼人は、鳩の首を三度撫でる。鳩の目が明日菜を映すと、また砂の城のように、もろく記憶が崩れていく。

(負ける、ものか……!)

 明日菜は記憶を必死で繋ぎとめる。見えない攻防がしばし繰り広げられ、やがて明日菜の記憶への攻撃が、しんと止む。

「……これで、終わり?」
「何……!?」
「守りきってやったわよ…… 今日の記憶……!」

 明日菜は、勝ち誇ったように立ち上がる。隼人の顔が、初めて崩れる。無表情な顔が、動揺で。

「何故抵抗する……! お前は、“日常”で生きていたくはないのか!」
「……あたしって、バカだからさ…… 先生の言うこと、よく分からないのよ」
「……それがどうした」
「だから! 勝手に人の記憶いじくって! それで勝手に“日常”に生きていけって言われても、意味分かんないのよね!」

 明日菜はびしり、と指を隼人に突きつける。

「それに! あたしはネギのやつと約束したのよ! あいつの魔法を黙っててあげるって!」
「……それだけか?」
「そうよ! あたしは約束を忘れて、のうのうと生きていけるほど、薄情な女じゃないのよ!」
「……あきれたバカだな」

 隼人が頭を抱える。余程今の理屈にあきれたのだろう。

「……お前、自分がどんな世界に関ったのか、ちゃんと理解しているのか?」
「……何よ、世界に魔法があるっていうのが、そんなに大事なの?」
「違う。“非日常”に関るということがどういうことかという意味だ」

 隼人は首を振って明日菜を見る。

「“非日常”の世界は、お前が思っているよりもずっと、お前の身近にあるんだ。それこそ、お前の席の隣にあるくらいに、な」
「……え?」
「そしてそれは時に、突然お前に牙を向く。想像できるか? 昨日まで楽しそうに笑って話していたクラスメイトが、今日の放課後にいきなり化け物になって、お前ののど笛を食いちぎるかもしれないような世界に、お前は踏み込んだんだぞ」
「……お、脅かさないでよ」
「いや、これは純然たる事実だ」

 隼人の真剣な顔に、明日菜はごくり、とつばを飲み込んだ。

「そしてお前はそれを知ってしまった。そうすればお前は明日から、クラスメイトと笑い合うことは出来なくなる。いつ隣にいるやつが自分を食い殺すかもしれないと言う恐怖に、これからお前は怯え続けなければならないんだぞ?」
「…………」
「分かるだろう? これは全部お前のためだ。お前が平穏な“日常”で生きていくために」

 隼人は最後に優しく諭す。

「……それでも」
「神楽坂?」
「それでもあたしは、そんな“日常”は欲しくない」
「いい加減にしろ! 俺はお前のために……!」
「だって! それって、ひょっとしたら、あたしのクラスメイトが化け物になって苦しんでるかもしれないってことでもあるんでしょ!?」
「……!?」
「あたしはそんな人を放っておけない! あたしに出来ることなんて何もないかもしれないけど、それでも、最後までそいつの隣で笑ってあげることはできる! 殺されたって、そいつのことを最後まで信じていてあげないと、そいつが可愛そうでしょう!?」
「…………」

 明日菜の言葉に偽りはない。ただ自分の思うことを感情的に言っているだけだ。

「それに! 先生の言う“非日常”って、あのガキンチョもいるんでしょ!?」
「…………」
「あんなガキンチョ一人が、もしかしたらそんな化け物の目に怯えて暮らしているかもしれないって知っちゃったら、あたしはさすがに寝覚めが悪いわよ!」
「……お前」
「だから今日のことは忘れたくない! これはあたしがあたしでいるために必要な記憶なのよ!」

 明日菜は毅然とした目で隼人を見つめていた。隼人はしばし無言だったが、やがて、はあ、と大きなため息をついた。

「……心底あきれたバカだよ、お前は」
「……何よ」
「……でも、もし世界がお前のようなバカばかりだったら…… どんなに救われるだろうな……」

 隼人は遠い目をする。その目には、明日菜は映っておらず、ただ、どこか遠い場所を眺めていた。

「……今日のことはとりあえず保留にしておいてやる」
「先生……!」
「ただし、少しでも俺が危ないと判断したら、容赦なくお前の記憶を消しに来るからな」
「ありがとう、先生……!」
「それから、今日のことは誰にも言うな。誰にもだ」
「分かってるわよ。あたしは口が堅いのよ」

 明日菜はぐっと、親指を立てる。信じろ、と言いたいらしい。

「じゃあ、俺は行く。だまして悪かった」
「いいわよ、その代わり……」
「ああ、言い忘れた」
「な、何?」
「“非日常”に安易に頼るな。お前がそういうところを見せるようなら、俺は問答無用で今日のことを忘れさせる」

 隼人はきつい目をして、明日菜に警告する。う、とのどを詰まらせて、明日菜はうめいた。

「じゃあな」

 隼人は明日菜に手を振って屋上を後にする。階段を下りていくと、そこに見知った小さな人影が立っていた。

「ザジか」
「…………」
「見ての通りだ、今日の件はいったん保留する。まあ、俺が危ないと思ったらお前にまた頼むから、そのときは今度こそ念入りに頼む」

 ザジは小さく頷く。隼人はザジに手を振り、大きく伸びをして階段を下りていく。ザジはその背中を、見えなくなるまでじっと見送っていた。



あとがき
 今回のSS、一応ゲーム的に解釈させていただきます。
 実は明日菜は【精神】こそ1しかありませんが、<意志>の技能レベルはなんと50あります。この数字を突破するのは至難の業のはずです。そのため、明日菜の記憶を消すためには《抗いがたき言葉》を用いて、判定値を0にしないと、ザジは明日菜の記憶を操作できなかったのです。
 しかし、今回どうして明日菜が耐え切ることが出来たのか。
 簡単なことです。明日菜はタイタスを昇華することで、ダイスの不利な修正を打ち消し、結果として判定に成功したわけです。
 ついでにどうして隼人が明日菜の記憶を消すことを諦めたのか。それも簡単な理由で、ザジが《人形使い》の使用回数を使い切ってしまったからです。まあ、侵蝕率100%を突破すればもう1回使えますが、そこまで無茶をさせるつもりはなかったのです。
 すごい反則的な理屈ですが、ゲーム的には納得していただけるはず、だといいなあw



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン27
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:6197a4e3
Date: 2010/02/10 20:25
「何いいいいいいいいいい!?」

 朝の職員室。その日の朝は、隼人の絶叫で始まった。その足で学園長室に駆け込む隼人。ばん、と机を叩き、職員室からひったくってきた用紙を見せ付ける。

「学園長! これは何のギャグですか!?」

 隼人が近右衛門の顔面に突きつけた用紙には、こう書き記されていた。

「以下の者を麻帆良中等部女子寮に管理人に任命する。

 高崎隼人 玉野椿               以上」

「見ての通りじゃよ。本日付けで二人は中等部の女子寮の管理人に任命する」
「……俺、男です」
「そうじゃな」
「男が女子寮の管理人なんて、何考えてるんですか!?」
「安心せい、前の管理人も男じゃったぞ」
「……年齢は?」
「確か、去年70になったと聞いておる」
「全然年齢差が違うでしょうが!?」
「まあ、落ち着くんじゃ、これにはちゃんと理由があるんじゃ」
「聞くだけ聞きましょう……」
「ネギ君のこれからの住居なんじゃが、女子寮の一室で同居させることになったんじゃ」
「……はあ?」
「つまりじゃな、お主らには24時間体制でネギ君の護衛を頼みたいんじゃ。そのためにはなるべく近しい場所で固まってもらったほうが、都合がいいからのう」
「……なるほど」

 むすっとした顔で隼人が頷く。一応近右衛門の言い分も、筋は通っている。ならば、余計なことに口を挟むこともない。

「それにじゃ、さっき言ったが前の管理人が引退したいと前からぼやいておってのう、丁度いい機会じゃし、二人を管理人に据えてみたというわけじゃ」
「うげげ……」
「まあ、高崎君がどうしようもない助平男だったらこんな人事にしたりはせん。お主の人格を見て判断したまでじゃ」

 隼人はうなる。そこまで言われてしまったら、これ以上口を挟むことなど出来ない。

「二人には、現在の住居を引き払って、早めに寮の部屋に入居してもらうぞい。これは決定事項じゃから覆らんぞ」
「……はー」

 隼人は肩を落として、大きくため息をついた。

「……りょーかい」

 最近、ため息をつく機会が多くなったな。隼人はそんなことを考えていた。



「ねーねー! 今度寮の管理人が変わるらしいよ!」
「マジ! 誰々!?」
「なんでもさ、隼人先生と椿先生なんだって!」
「うっそー! てゆーか、あの二人っていつもコンビだよね? ホントにただの同期なのかな?」
「実は付き合ってたりとか!?」
「うわー、ありそー!」
「いやいやいや、それはないと思うわよ」

 円と美砂の会話に、ハルナが割り込んできた。

「あの二人のことはずーっと観察してきたけどさ、ラブ臭が微塵も感じられないのよねー。なんていうかさ、男女の間柄というのを超越したような、そんな関係じゃないかと、あたしは睨んでるわけよ」
「えー? パル、それあんたのセンサー壊れてるんだって」
「そーそー、絶対あの二人怪しいって」
「ちょ、それ酷くない!? あたしのセンサーはバリバリ絶賛稼働中なんだってばー!?」

 やいのやいのと騒ぎ立てる三人を、明日菜はぼーっと眺めていた。

「はあ……」

 昨日のことを思い出す。隼人は言っていた。“非日常”は彼女の身近にあると。そして、それは時に突然牙をむくと。談笑する三人を見ながら、明日菜はあの三人のうちの誰かが、突然怪物になって自分に襲い掛かる姿を想像する。血まみれの自分の姿を思い浮かべて、身震いする。

(や、やめよう、こんな怖い想像するの。そのときはそのとき! あたしはそんなことになっても、最後までそいつを信じてあげないと)

 むん、と気合を込める。

「アスナー、どないしたん? 今日は随分やる気あるみたいやけど?」

 木乃香が、そんな明日菜に声をかけてくる。

「え? ああ、大したことじゃないのよ。今日も一日がんばろうってさ」
「そうなん?」

 木乃香はそれで納得したようだ。
 それと同時に。

「おーい、席に着け、HR始めるぞー」

 隼人が欠伸をしながら教室に入ってきた。



「では、この文を、明日菜さんに訳してもらいましょうか」
「……え?」

 ネギに指名された明日菜は、一瞬で顔が青ざめる。

「明日菜さん?」
「…………」

 ネギの呼びかけに、ふい、と顔をそらす。

「……もしかして。明日菜さん、分からないんですか?」
「…………」

 明日菜は何も答えないが、かえってそれが答えになっていた。

「明日菜さんって、実はバカだったんですね」

 ネギの無神経な一言が、胸に突き刺さる。どっと教室に笑い声が上がった。その中心にいた明日菜は、羞恥に身体を震わせる。

(何でこんな目にあわなきゃいけないのよ!)

 明日菜は拳を震わせながら、ネギを睨みつけた。

(いっそここでこいつの秘密、ここでばらしてやろうかしら……!)

 明日菜はそんなことを一瞬だけ考える。
 だが。

「…………」

 不意に、隼人と目が合った。その目は、少しでもおかしな真似をしたら、ただでは置かないと物語っている。それを見た明日菜は、ぐっと己に沸きあがった衝動を押さえ込む。

「く~~~~~~~~~」

 明日菜は、やり場のない怒りに、悶絶した。



 失笑する生徒たちを見ながら、ネギは自分の発言で、明日菜をまた傷つけてしまったことに気が付き、激しい後悔に見舞われた。

(どうしよう……)

 ネギは悩む。自分が彼女にしてあげられることは何なのか、ネギは自分の胸に問いかける。
 そして。

(……そうだ、僕にできることと言ったら)

 妙案が浮かぶ。

(きっとこれなら、明日菜さんも喜んでくれるはず……!)

 授業が終わったら、早速実行してみよう。ネギは、はやる気持ちを抑えきれず、終業のチャイムが鳴ることを今か今かと待ち望んだ。



「ふぁーあ……」

 大きな欠伸をしながら、隼人は廊下を歩いていた。面倒な仕事はすべて後回しにして、今はとりあえず、適当な暇つぶしでもしていようかと思案していた。

「そう言えば、ネギのやつもどっかに行ったきりだな、あいつも何やってんだか……」

 ちょっと隼人は気になったが、すぐに、まあいっか、と開き直り、屋上でのんびりとした時間を過ごしてみようかと思う。
 と。

「うわっ」
「おわあっ」

 前を走ってきたネギとぶつかり、隼人は思いっきり尻餅をついた。

「いってー…… ネギ、気をつけろ!」
「ご、ごめんなさい、隼人さん。ちょっと急いでいて……」

 ぶつけた鼻をさすりながら、ネギは隼人に謝罪する。そして、手のひらに握り締めたフラスコが無事なのを確認すると、ほっと安堵する。その中には、ピンク色の液体が満たされていた。

「……おい、ネギ。それは何だ?」

 その中身が気になった隼人は、フラスコを指差してネギに問いかける。

「ああ、これですか? これはですね、僕が調合した魔法のほれ薬なんですよ。これがあれば、きっと明日菜さんも喜んで……」

 皆まで言わせるより早く。
 隼人の手が、フラスコを奪い取っていた。

「あっ!」

 突然の出来事に、ネギは戸惑う。隼人はフラスコを高く掲げ、絶対にネギの手に渡らないように仕向ける。

「何をするんですか隼人さん! それを返してください!」
「これは俺が責任を持って処分させてもらう」
「なっ……」

 隼人の宣告に、ネギは絶句する。

「こんなものは神楽坂にはいらない」
「そ、そんなことありません! これがあれば、タカミチと仲良くなることだって簡単に……!」
「そんなまがい物の気持ちが、本当の愛だと思うか?」
「……!」
「あいにく俺は恋とかしたことはないけどな、それぐらいのことは俺にだって分かる」

 隼人の言うことに、ネギはうつむきながら耳を貸している。

「昨日あいつにも言ったんだがな、安易に“非日常”を持ち込むな。それは今の“日常”ではただの異端に過ぎない」
「…………」
「言おうと思っていたんだが、お前、もしかしたら魔法を使う機会をどこかでうかがってたんじゃないか? 初めて会ったときから、俺にはそんな気がしてならなかった」
「そ、そんなこと……!」

 違う、とネギは言おうとしたが、言い返せない。その一瞬の躊躇が、ことさら隼人を苛立たせた。

「俺から見たら、俺にはお前が新しいおもちゃを手にしてはしゃいでいる子供にしか見えない」
「!!?」

 がん、とネギの頭に衝撃が走る。そして、次の瞬間には、ネギの体は隼人に背を向けて、だっと廊下を走り去っていた。

「…………あー」

 隼人は小さくなっていくネギの背中を眺めながら、頭をかく。少し言い過ぎたか、と今さらながら後悔した。

「……まあ、後はあいつの問題だろうな」

 そう結論付けた隼人は、予定通り屋上へと向かうことにした。
 と。
 誰かがすさまじい勢いで廊下を走って、こちらへ向かってくるのが見える。近づいてくるにしたがって、その顔立ちが明らかになる。血相を変えたあやかだった。

「高崎先生! ネギ先生はどうなさったんですか!?」

 あやかは隼人の襟首を掴みあげて、そう問い詰める。手から込められた力は万力のように、隼人の首を締め上げる。

「ちょ、ちょっと待て…… 何があった…… 雪広……」

 息苦しさに詰まりながら、隼人は冷静にあやかに聞いてみる。

「何があったじゃありませんわ! 先ほど廊下でネギ先生とすれ違ったとき、ネギ先生が泣きながら走っていったんですのよ!? きっとどなたかがネギ先生のことをいじめて、泣かしたに違いありませんわ!」
「お、落ち着け、雪広…… マジで、苦しい……」
「これが落ち着いていられますか!」

 隼人の顔は蒼白から紫色へと変色していた。そんな様子の隼人に構うことなく、あやかは隼人の襟首を揺らしながら、激しく隼人に詰問する。

「何があったんですの! 高崎先生! 正直にお話ください!」
「わ、分かった…… 話す…… 話すから、手を離せ……」

 隼人は手であやかの腕をタップしながら訴えかける。ようやく隼人の状態に気がついたあやかも、その手を緩めて、隼人を解放する。ぜーぜーと肩で息をする隼人。

「……ちょっと、ネギと揉めたんだよ」
「なんですって!?」
「落ち着け、雪広! まあ、ちょっと俺も言い過ぎたと思ってるんだがな。とりあえずあいつの気持ちの整理がつくまで、少し様子を見るつもりだ」
「……何をおっしゃったんですの?」
「それは言えない」

 隼人はきっぱりとネギとのやり取りは拒否する。この内容はあやかに教えることは出来ない。

「む……」
「そういうわけだ。次にネギと会ったら、俺もちゃんと謝る。だから、今はあいつをそっとしておいてやれ」
「……まだ納得できかねますが、分かりましたわ」

 あやかはこれ以上追求しようとはせず、隼人に背を向けて、教室へと戻ろうとする。

「その代わり、ネギ先生とちゃんと仲直りしてくださいませ」
「ああ、もちろんだ」
「ではわたくしはこれで。それから……」
「何だよ?」
「サボタージュもほどほどになさってくださいね」
「ぐ」

 あやかのきつい目が、隼人の胸に突き刺さった。



あとがき
 原作1巻の2話目に当たる話ですね。
 見事に原作イベントのフラグをへし折ってくれた隼人くん。
 我ながらちょっとやり過ぎかもw



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン28
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:6197a4e3
Date: 2010/02/14 14:40
「馬鹿ね」
「ぐっ」

 屋上。
 事の顛末を聞き終えた椿の冷ややかな一言が、隼人の胸をえぐった。

「まだ10歳にもなってない子供に、力の区別なんて付くはずがないでしょう」
「だがなあ……」
「自分のよりどころを否定されちゃったら、ネギ君だって傷つくに決まってるじゃない」

 椿の説教に、隼人は食い下がるが、椿はにべもない。

「はあ…… 仕方ないわね、私もネギ君と仲直りするための協力はしてあげるから、しばらく待ってて頂戴。私がネギ君を探している間、貴方は自分の仕事でもやってなさい。サボらないでよ?」
「へーへー」

 気のない返事を返す隼人に、椿は一抹の不安を感じた。その顔はサボる気満々だ。

「ところで椿」
「何?」
「このほれ薬はどうする?」

 隼人は未だに手にしているほれ薬入りのフラスコを掲げながら、椿に尋ねた。

「そうね…… FHに悪用されては敵わないわね。UGNで厳重保管しましょう」
「それがベストだな…… んじゃ、もろもろの手続きは椿に任せる」
「馬鹿を言わないで、貴方がやるのよ」
「うげっ」

 隼人は露骨に顔をしかめた。



 椿はネギの行方を求め、麻帆良のあちこちをくまなく捜し歩いた。寄せられた情報を頼りに、椿はネギがいるだろうと推測される公園へと赴いてみる。広い公園の一角にあるベンチ。そこにネギが、一人泣いているのを発見する。

「うっ…… ひっく、ひっく……」
「ネギ君」

 椿は未だ泣き続けるネギに、優しい声で話しかける。ネギは顔を上げて椿の顔を見る。ずっと泣き続けていたのか、目が赤く染まっていた。

「椿、さん……」
「隣、座るわね」

 椿はネギの右隣のスペースに腰掛ける。ネギはそれを見届けると、また下を向いてしまう。

「隼人から全部聞いたわ」
「…………そうですか」
「あれはネギ君なりに、神楽坂さんのために何かしてあげようとがんばった結果だったのよね」
「……はい」
「それをいきなり否定されたのはつらかったかしら?」

 ネギはしばらく躊躇したが、やがて、正直に首を縦に振った。

「でもね、隼人の言うことが今回は正しいと思うわ。ほれ薬による偽りの愛は、いつか破綻する。ネギ君は良かれと思ってやったのかもしれないけど、もしそれが実現しても、きっと余計に神楽坂さんを傷つけることになると思うの」
「…………」
「もちろん、ネギ君の気持ちも分かる。誰かのために力を使いたい気持ちは分かるけど、闇雲に力を振るうのは、ただ無意味な混乱を招くだけよ」
「……違うんです」
「……え?」
「僕が泣いていたのは、確かに最初は、単純に隼人さんの言うことが悔しかっただけでした……」

 ネギはぽつりぽつりと呟いていく。

「でも、時間が経つにつれて、段々隼人さんの言うことが間違っていないことに気がついて…… そしたら今度は…… 自分が情けなくなってきて……」

 またネギの目から、ぽろぽろと涙がこぼれ出した。

「“立派な魔法使い”になるために、日本に来たはずなのに…… ただ魔法を使う瞬間をずっと待っていた自分がいることに気がつくと…… すごく、格好悪く思えてきて……」
(なるほど……)

 椿はネギへの考えを改めかけていく。

(聞いていたよりは見込みがあるかもしれないわね)

 少なくとも、椿はそう感じる。

「今日だって…… 僕のせいで明日菜さんを笑いものにしてしまって…… 僕が酷いこと言ったから…… そう思うと…… 全部原因が僕にあることに気がついて…… それが無性に悔しくて…… 情けなくて…… 僕、隼人さんや明日菜さんに合わせる顔がなくて……」
「うん、もう十分よ、ネギ君」

 椿は自分を責め続けるネギの頭を、そっと撫でる。

「そんなふうに自分を見つめ直せるだけ、貴方は立派だわ」
「…………椿さん」
「貴方は少しだけ、やることを間違えてしまっただけ。また同じことが怒ったら、ちゃんと違う道を選ぶことが出来るなら、きっと今日のことは貴方の血肉になるわ」
「……はい」
「そして私は、貴方にはそれが出来ると信じてる」
「はい…… はい……!」

 椿に慰められながら、ネギは、大きく頷きながら、またぼろぼろと大粒の涙をこぼした。

「それじゃあ、今度はどうするか分かるわね?」
「はい…… 隼人さんや明日菜さんに謝らないと……」
「ええ、そうね。ちょっと待っててね、今、隼人を呼ぶわ」

 そう言い、椿は携帯のメールを打つ。その間、ネギはどんな顔をして、二人と向き合えばいいのか自問していた。



「椿!」

 連絡を受けた隼人が到着したのは、それからおよそ30分後のことだった。ネギは隼人の顔を確認すると、その顔を見難いのか、また下を見てしまう。

「遅かったわね」
「ちょっとな。おい」

 隼人は後ろにいる人物に呼びかける。その呼びかけに応え、隼人の背中から、もう一人の顔が、ひょっこりと現れる。

「明日菜、さん……?」
「…………」

 予想だにしなかった顔が現れて、ネギの顔が驚きで硬直する。明日菜も、なんとなくネギと顔を合わせづらいのか、そっぽを向いていた。

「丁度ばったり居合わせたからな。連れてきた」
「あうう……」

 ネギはしどろもどろになってしまう。まさか、明日菜と鉢合わせになるとは思ってもいなかったからだ。

「さあ、ネギ君、するべきことは、分かってるわね?」
「うう……」

 ネギは緊張で身体が強張っているのを実感する。その背中を、椿は軽く叩いて、次の行動に移れるように、そっと促す。ネギは勇気を出して一歩ずつ隼人の前に歩き、隼人の眼前に立つと、深く頭を下げた。

「隼人さん、ごめんなさい! 僕、隼人さんの言うことを受け入れられなくて、逃げてしまいました! 隼人さんは、とても正しいことを言ってくれたのに!」
「……あー」

 隼人も頬をかきながらネギに頭を下げる。

「俺も悪かった。ちょっとむきになって言い過ぎた。許してくれ」
「そんな、とんでもないです! むしろ許して欲しいのは、僕のほうなのに……」

 ネギはぶんぶんと首を横に振って、隼人の非を許す。そして、次は未だネギと目をあわせようとしない明日菜に駆け寄り、また頭を下げる。

「明日菜さんも、ごめんなさい! 授業中に酷いことを言ってしまって!」
「……はあ」

 明日菜は、必死になって謝るネギを見て、小さくため息をついた。

「いいわよ…… いちいちガキのいうことを真に受けてたら、格好悪いもの」
「明日菜さん……!」

 ネギの顔が綻ぶ。椿は、そんなネギの頭をくしゃりと撫でまわした。

「うん、よく出来たわ、ネギ君」
「ありがとうございます、椿さん……」
「それじゃあ、戻りましょう。隼人、仕事、サボってないわよね?」

 椿の問いに、隼人は視線を反らす。

「またサボったの!?」
「いいだろ、あんな仕事後回しでも」
「よくないわよ!」
「そうです隼人さん! サボりはよくないです!」
「うげ、優等生が一人増えやがった……」

 隼人は舌を出してうめく。

「隼人、さっさと戻るわよ。今度は仕事をサボらないよう、私が見張るわ」
「僕もご一緒しますよ。椿さん」
「ありがとうネギ君、貴方とは話が合いそうね」
「勘弁してくれ……」

 隼人は頭を抱えて、この後に待っている地獄を思い憂鬱な気分になった。
 しかし、そのとき。
 隼人の感覚が、慣れ親しんだあの感じを捉えた。それは椿も同じで、その目には、さっきまでの雰囲気は残っていない。

「うわ! 何ですか、この嫌な感じ!?」
「な、何だか冷たい感じが…… 何なの、これ!?」
「何……!?」

 隼人は驚愕する。ネギの《ワーディング》の耐性は予想していたが、まさか明日菜も《ワーディング》の耐性があるとは思っていなかった。

(昨日のことといい、こいつには驚かされっぱなしだな……)

 一瞬そんなことを頭がよぎるが、すぐに戦闘体制に頭を切り替える。周囲360度を警戒し、いつでもネギを守れるように足を滑らせる。

「ネギ、俺たちのそばを離れるな」
「え? え?」
「神楽坂、お前もだ」
「な、何それ、何が起こるっていうのよ?」
「前に教えたな、身近にある“非日常”の世界の話を……」

 隼人は明日菜の顔を見ることなく、話を続ける。

「それが牙をむいた、ということだ」
「え……!?」

 明日菜はどきりとする。隼人の言うことが、余りにも恐ろしいことだったからだ。明日菜の様子を見ることなく、隼人はネギと明日菜を、自分の背中に隠す。やがて、低い足音が、ゆっくりとこちらに近づいてくる。ネギと明日菜は、つばを飲み、緊張の汗を流す。段々と近づいてくる足音。そして、それに伴い、人影がゆっくりと大きくなってきたのを隼人の背中から見て取った。

「ネギ・スプリングフィールドだな?」
「……あ、貴方は……」

 男性の声で、その人影はネギに問いかける。それは、いかにも怪しげな風貌をしていた。黒いつば広の帽子を目深に被っているせいで、顔をうかがい知ることは出来ない。がっしりとした体格に長い黒のコートをまとい、手をポケットにしまいこんでいる。隼人はその男と思われる人物から、決して目を離そうとはしなかった。

「い、一体僕に何のようなんですか……?」
「お前を理解したい」
「え……?」
「下がれ、ネギ!」

 隼人がそう警告したのと同時に、その黒コートは、一瞬で隼人の間合いに飛び込んだ。

「うわっ」
「な、何今のスピード!?」

 驚愕の叫びを上げるネギたち。黒コートは手からポケットを抜くのと同時に、隼人の胸から、血が舞った。

「は、隼人さん!?」
「隼人先生!?」

 ネギと明日菜の悲鳴が同時に響く。黒コートの両手には、一振りのナイフが握られていた。

「な、何するのよ!? この人殺し!」
「私は人間を理解したい。特にネギ・スプリングフィールド、今、もっとも私が理解したいのはお前だ」
「何それ!? 意味分かんないわよ!」
「お前も、理解したい……」

 黒コートの顔が、明日菜に向けられる。ぞくり、と背筋に氷柱を差し込まれたような怖気が襲う。

「させ、るか……」

 隼人は、片手を上げて、ネギたちをかばう。その脇に、椿も並んで立つ。

「ネギたちは…… 俺たちが守る……」
「お前を、切り裂いてやる!」

 椿はネギたちの目前で、“糸”を垂らす。隼人も、手にした写真を握り締め、刀へと変化させる。

「な、何それ!? まさか先生も魔法使いってやつ!?」
「ち、違います! あんな魔法、見たことありません!」
「よく見ておけ、二人とも」

 隼人は刀を両の手で、しっかりと握り締めた。

「これが俺たちの世界…… もう一つの“非日常”だ!」



あとがき
 というわけで、ネギもまた、オーヴァードの世界を知るきっかけでした。
 彼らとの関りは、今後ますます深いものになっていきます。
 あと、ちょろっと出てきたあいつもねw



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン29
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:6197a4e3
Date: 2010/02/17 18:37
 椿の“糸”が、黒コートの動きを封じ込め、隼人の刀が黒コートの胴をなぎ払う。その一連のコンビネーションは、明日菜たちの目を釘付けにする。

「す、凄い……」
「嘘!? 何、あの強さ!? ホントに何なの、あの二人!?」

 感嘆の声しか出せない二人。

「ネギ! 俺たちのそばから余り離れるな!」
「は、はい!」

 ネギは慌てて返事を返す。隼人はネギの返事を聞き、刀をもう一度振るう。黒コートのコートがばっさりと裂け、その中の姿をさらけ出す。そのコートの中は…… あるべきはずの胴体がなく、黒いコートをはためかせていた。

「な、何あいつ!? 化け物!?」
「モンスター!?」
「……やっぱりか」

 隼人が苦い顔を黒コートに向ける。

「レネゲイドビーイングだな?」
「その通りだ」

 隼人の問いかけを、あっさりと肯定する黒コート。隼人の攻撃を、二本のナイフで器用に受け止める。

「お前たちならば、私の欲求が理解できるだろう。私はただ、人間を理解したいだけだ」
「その方法を間違えていなければ、な!」

 隼人は刀を引いて別の角度から黒コートを攻める。しかし、まるでその攻撃を予測していたかのように、黒コートはナイフを滑らせ、隼人の攻撃をガードする。

「その攻撃は既に予測済みだ」
「ちっ、ハヌマーン/ノイマンか。厄介な」
「隼人! いったん下がって! 私がそいつの動きを封じる!」
「頼む!」

 椿の“糸”が、黒コートを絡め取らんとするも、全ての“糸”を、ナイフが切り裂いて、あるいは絡め取って、椿の攻撃を捌き切る。臍をかむ椿。当てが完全に外されたのショックがかなり大きい。隼人も破れかぶれの一撃を繰り出すも、あっけなく受けられてしまう。

「理解できん。何故私の欲求の邪魔をする?」
「お前はその方法を間違えた! だから俺たちがお前を止める!」
「つまりお前たちは私の敵ということか。ならば容赦はせんぞ!」

 黒コートの動きが加速する。一瞬、その動きについていけず、黒コートの姿を見失う二人に、瞬時に無数の切り傷が生じる。

「ぐあ……」
「う……」
「隼人さん、椿さん!」

 ネギの悲痛な声が木霊する。その声と同時に、再び黒コートが姿を現した。ネギの真後ろに。

「しまった! ネギ、神楽坂!」
「え……?」

 ネギが後ろを振り向いたと同時に、黒コートの掲げたナイフがネギに向かって振り下ろされる。

「ネギ君!」

 椿が“糸”でネギを引き寄せて、間一髪でその攻撃を回避する。鼻先をかすったナイフの感触に、がたがたと震えだすネギ。

「あ、あああ……」
「ネギ! 大丈夫か!?」

 隼人の呼びかけに応えられない。恐怖で心が凍り付いてしまっている。舌打ちして、ネギをかばえるよう、隼人はネギの前に立ちはだかる。椿は明日菜を守るように“糸”を伸ばしながら、その前にポジションを取る。

「隼人、もう一度行くわよ!」
「了解だ!」

 椿の“糸”が、三度黒コートの身体を絡め取ろうとするも、その攻撃をナイフによって防がれる。だが、その一瞬の隙を突いて、隼人は黒コートの懐に飛び込んだ。

「しま……」
「はあっ!」

 隼人の斬撃が、黒コートを唐竹割にする。避けきれず、真っ二つに切り裂かれる黒コート。だが、その身体は瞬時にまた一つとなり、ナイフを油断なく構えて、隼人たちを睨み続けていた。

「お前ら…… どうあっても私の邪魔をするつもりか」

 憎悪の声で黒コートが問いかける。

「ネギは…… 殺させない!」
「お前はここで私たちが止めてみせる!」
「させん! どうあっても、私は彼を理解する!」

 再び黒コートが隼人の脇をすり抜ける。残像を残しながら、黒コートはネギに接近し二本のナイフでネギを切り裂かんとする。

「ネギ君!」

 椿が身を挺して、ネギをかばい立てる。ナイフが交差し、椿の胸から、赤い鮮血が飛び散った。

「椿さん!」
「椿先生!」

 ネギと明日菜の叫びが、重なった。ぐらり、と椿の体が傾くも、足はぐっと地を踏みしめ、まだ椿を立たせている。

「だい、じょうぶ…… 二人は、私たちが守るから……」
「……!!?」

 椿は二人に微笑みかけて、安心させようとする。だが、その顔は、かえってネギの胸を締め付ける。

(僕は…… 僕はなんて無力なんだろう……)

 ネギは心底悔しい思いでいっぱいだった。だが、自分が出来ることは、ただ守ってもらうことだけ。そうなのだろうか。自分は目前の恐ろしい敵に怯えているだけなのか。自分は何のために日本に来たのか。そんな感情が渦巻きだす。それは段々と形を成し、目の前で苦戦する二人を見て、さらにその決意が強くなっていく。

(僕は…… “立派な魔法使い”になるために日本に来たんだ!)

 ネギは手にした杖を黒コートに掲げる。

「隼人さん、椿さん! しばらく時間を稼いでください!」
「ネギ君!?」
「僕の魔法で、支援します!」
「出来るの!?」
「……やってみないと分かりませんが」
「……分かったわ。貴方の勇気に賭けてみる!」
「はい! ラス・テル・マ・スキル・マギステル……」
「む…… させんぞ!」

 黒コートがネギの呪文を察知し、妨害しようとするも、それを椿の手によって阻まれる。

「お前は、絶対に私が通さない!」
「く…… ならば、お前の屍を踏み越えていくだけだ!」

 黒コートが椿にナイフを振りかざし、その胸に突き立てる。

「つ、椿先生!?」
「がは……」

 吐血する椿。明日菜は思わず目を覆う。だが、その瞬間が網膜に焼き付いて消えてくれない。恐る恐る、もう一度目を開ける明日菜だが、次の瞬間、もっと驚くべき光景が目に飛び込んできた。

「嘘、椿先生!?」

 心臓を刺されたはずの椿が、未だに生きているどころか、その傷も塞がりかけ、なおも黒コートと対峙している。余りの異質さに、明日菜は心を鷲掴みにされる。そして思い知る。自分はとんでもない世界に足を踏み入れてしまったんだということに。

「はっ」

 椿の“糸”が黒コートの腕を絡め取っていく。だが、黒コートも腕を引き、椿の体制を崩さんとする。それを全体重を足に乗せて耐える椿。一方で、隼人も椿を支援するために斬りかかっていくが、空いたもう片方の腕は、休みなくナイフを動かして、隼人の攻撃をしのいでいる。お互いに決め手を欠く状態が続く中、ついにネギの呪文が完成する。

「風花・武装解除!」

 一陣の烈風が舞い、それが黒コートを容赦なく叩く。

「むう……!」

 気おされる黒コート。そして、手にしたナイフが風に飛ばされる。

「な、何……!?」
「隼人!」
「おう!」

 動揺する黒コートの隙を逃さず、隼人は袈裟懸けに黒コートを切り裂いた。ずるり、とずれていく黒コートの身体。

「おお…… 私の身体が……」

 嘆くようにつぶやく黒コートの身体が、足元から徐々に砂のように崩れていく。

「もっと…… 人間を理解、したかった……」

 それが、名もなき黒コートの最期だった。



「ふう、助かったぜ、ネギ」
「いいえ、お役に立てたなら何よりです」

 親指を立てて激励する隼人に、ネギは一礼することで返した。既に隼人の刀は、元の写真へと戻っており、それを胸ポケットにしまいこむ。椿も無事だ。

「さて、ネギ」

 改めて隼人はネギを真面目な顔で見つめる。そのかおに、一瞬だけどきりとするが、すぐに顔を引き締めて、ネギは隼人の顔を覗き込んだ。

「聞きたいことがあるだろう?」
「はい……」
「そ、そうよ! 先生たちって、一体何なの!?」

 だが、割り込んできた明日菜が、ネギの質問を奪い取る。眉をひそめる隼人だったが、すぐにまあいいか、と思いなおす。

「椿先生って、もしかして、クモ女!?」
「く、クモ女……」

 つぼにはまったのか、隼人は吹き出して、腹を抱えて笑い出す。

「隼人、どういう意味かしら?」
「す、すまん…… くくく」

 憮然とした椿の問いかけに、隼人は手を挙げて謝罪するも、未だにおかしいのか、笑いを止める様子はない。

「……隼人がこんな状態だから、私が答えてあげるわ」

 そうして、椿は語る。レネゲイドウィルスのこと、オーヴァードのこと。そして、自分たちの本当の姿、UGNのエージェントとしての姿を。

「…………」
「…………」

 全てを聞き終えたネギたちは、固まった顔をしてしまう。余程今の話が衝撃的だったのだろう。明日菜はこめかみを揉み解しながら、椿に聞き返した。

「……ええっと、つまり先生たちって、あたしたちの“日常”を守るためにずーっと戦ってきた…… 正義の味方ってこと?」
「……そこまで立派なものじゃないけどね。でもそうよ、私たちはずっと貴方たちの“日常”を守るために戦ってきたの」
「……すごいじゃない! そんなすごいこと、どうして秘密にするのよ!?」
「秘密にしなければいけないの。神楽坂さん、貴方、もしも身近にいる人がいつか怪物になるかもしれませんよと言われたら、それに耐えられるから? よしんば貴方はそれを我慢できたとしても、他のみんなは違う。それが連鎖したら、世界はどうなると思う?」
「ど、どうって……?」
「きっと世界規模で恐ろしい暴動や魔女狩りが発生し、大きな混乱を招くことになる。そんなことにならないために、私たちはレネゲイドのことを秘密にしていかなければならないの」
「…………」

 ごくり、と明日菜はその光景を想像し、つばを飲み込んだ。

「あ、あのさ、そのれねげいどってウィルスってさ、あたしも感染してるの、かな?」
「おそらくね。例外ではないはずよ」
「ちょっ」

 明日菜は顔を蒼白に変える。だが、椿は優しくそれをなだめた。

「大丈夫よ、感染するだけなら問題ないわ。何かしらの原因で発症してしまったら、オーヴァードになる可能性はあるけどね」
「原因って……」
「さあね。ただ、何らかの強い心因的な衝撃が、レネゲイドを発症させると言われているわ。レネゲイド発症のメカニズムは、未だ解明されていないのが現状よ」
「…………」
「怖がらなくていいわ。ほとんどの人は発症することなく、一生を終えるから」
「……あ、あの」

 ネギが手を挙げて、椿に尋ねる。

「さっきの人、一体何なんですか? 僕を理解するって言って、突然僕を殺そうとしたりして…… それにさっき、隼人さんがれねげいどびーいんぐって、言ってましたけど……」
「そ、そうよ! それ! さっき聞こうと思って忘れてたの!」
「……あれは私たちにも、まだよく分かっていないけど、あれが何なのかは、説明は出来る」

 椿は一度間を置いた。

「あれはレネゲイドビーイング。レネゲイドが知性を持った存在よ」
「はあ!?」

 明日菜は意味が分からず、素っ頓狂な叫びを上げた。

「ちょっと待ってよ! レネゲイドってウィルスでしょ!? 知性を持つなんて、ありえないでしょ!?」
「でも現に、彼らは近年になって、知性を持って人間と接触を始めたわ。彼らは一つの本能に則って行動する。すなわち、『人間を理解したい』と」
「人間を……」
「理解する……?」
「そう、その本能に従い、多くのレネゲイドビーイングは人間社会に溶け込んでいった。人間の隣人として、ね」
「で、でも、あいつはあたしたちを殺そうとしたわ! 人間を理解するのに、どうして人間を殺すのよ!?」
「その理解の仕方は個体によってさまざまよ。単純に人間とコミュニケーションをとって人間を理解しようとするものもいれば、人間を監禁して観察するもの、人間を捕食して理解しようとするものもいる。さっきの黒コートのように、人間を殺すことで理解しようとするものも、ね」

 あっけに取られて、どう言えばいいか分からない、という表情を浮かべる明日菜とネギ。

「彼らは種としては発展途上なの。だから人間を理解することで、更なる高みへと進化することを望んでいる」
「……なんだか、どっかのSF映画みたいな話だわ」
「でも、これは全て真実。あなた方の“日常”の本当の姿よ」
「…………」
「それを全て踏まえたうえで聞くわ。神楽坂さん、貴方はこれからどうする?」
「え……!?」

 椿の問いかけに、一瞬どきりとする。

「俺のお勧めとしては、今日までのことは全て忘れて、今までどおりに“日常”の中で生きていくことだ」
「……いつの間に復活したの、隼人」
「いつまでも笑ってるわけにいくか」

 憮然とした顔で隼人は言った。

「…………」
「……いいですよ、明日菜さん」
「ネギ!?」
「全部忘れてください。今なら分かります。どうして隼人さんたちが、ああまで明日菜さんたちを僕らの世界に関らせないようにしたのか」
「……あんた」
「僕は、隼人さんの言うとおり“非日常”の人間なんです。本当なら、最初に魔法を見られたときに、全部忘れてもらうのが当たり前のことなのに……」
「……ネギもこう言っているが、もう一度聞くぞ、神楽坂。全てを忘れて“日常”に還るか、全てを知ったまま“非日常”の世界に足を踏み込むか」
「…………」

 隼人に問いかけられ、明日菜は言葉を失う。しばらく無言の時間が過ぎていくが、やがて、明日菜は隼人の顔を見据えて、はっきりと言った。

「あたしは…… 忘れたくない」
「明日菜さん!?」
「まだ言うのかお前は!?」
「昨日も言ったけど、あたしは世界がそんなことになってるって知って、知らん顔できるほど頭がよくないのよ! あたしの身近なやつがオーヴァードってやつになって苦しんでたら、何とかしたい! 何も出来ないかもしれないけど、少しでもそいつの近くにいてあげることは出来るわ!」
「……身近な人間がジャーム化してもか?」
「そうさせないためにあたしがいる! あたしがそいつを絶対にジャームになんてさせないわ!」

 明日菜は自分を指差して、きっぱりと言い放つ。余りにも無鉄砲すぎる明日菜の発言に、隼人は半ばあきれ、そして、半ば感心した。

「昨日も言ったが…… 心底バカだよお前は……」
「何よ、またそれを言うの!?」
「……でもまあ、いつかお前みたいなバカばっかりになったら、きっと世界はどれだけ幸せなんだろうな……」
「そうね……」

 隼人と椿は顔を見合わせて苦笑する。
 そして。

「……どうなっても知らないからな」
「先生……」
「その代わり、俺たちのスタンスは変わらないぞ。俺たちはお前を監視している。お前がおかしな動きをするようなら、容赦なくお前の記憶を消しにかかる」
「分かってるわよ。そんなことしないわ」
「それがわかっていれば十分だ。さて……」

 今度は、隼人はネギに向き直る。

「ネギ、次はお前の番だ」
「は、はい……!」
「お前はどうする? 俺たちを徹底して排除したいか、それとも隣人として受け入れるか」
「…………」
「お前が決断するんだ、ネギ」

 隼人はネギの決断を促す。ネギはこれまでの話を反芻する。レネゲイドによって覚醒したオーヴァード、そして力に呑まれて、暴走するジャームのこと。それを隠蔽して“日常”を守る組織、UGN。全てがネギの知らない世界であった。そして、目前にいる未知の世界の住人だった人間。たった一日しか、彼らと過ごした時間はない。それゆえに、彼らのことをもっと知りたいとも思う。未知の世界の恐怖と、目の前にいる人間への好奇心。それらがネギの中でせめぎ合う。

「…………」
「…………」

 沈黙。
 そして。

「僕は…… まずはお二人のことをもっと知ることから始めたいと思います」
「……ああ。それがお前の決断か」
「はい…… 正直、オーヴァードも、ジャームも怖いです…… ですが、まずは隼人さんたちから、オーヴァードのことを知っていきたいと思います。そうすれば、きっとオーヴァードがどんなものなのか、きっと理解できると思うから……」
「そう…… がんばってね、ネギ君」
「はい。さしあたっては、隼人さんがお仕事をサボらないように見張ることから始めたいと思います」
「げっ」

 突然のネギの発言に、隼人の顔色がまともに変わった。

「そう言えばそうだったわね。隼人、仕事をサボった分、きっちりと取り戻させるわよ」
「僕も一緒に見張りますよ。サボりはいけません」

 ずい、と二人に詰め寄られ、隼人はたじろぐ。やがて、踵を返して逃げようとするが、それより早く、襟首を椿に掴まれてしまう。

「逃がさないわよ」
「さあ、行きましょうか、隼人さん」
「か、神楽坂、助けてくれ!」
「がんばってねー、隼人先生ー」
「うおおおおお! 裏切り者ー!?」

 隼人は椿に引きずられ、公園から学園へと引き戻され、椿とネギという二重の見張りの元、溜め込んだ仕事を延々と片付けさせられる羽目になった。
 合掌。



 隼人たちが去り、明日菜もその後に続いて去った無人の公園に、小さな人影が姿を現した。肩まで切りそろえた黒髪、それに合わせたような黒のワンピース、その体格は少女のそれだが、その瞳からは、何百年も前から蓄えられたような深い知性が灯されている。風の舞う公園に、髪をはためかせながら、少女は微笑を浮かべてつぶやいた。

「まずは、第一接触は成功といったところでしょうか」

 少女は地面に落ちたナイフを拾い上げる。それは瞬時に塵となり、風が運んでいく。

「ネギ・スプリングフィールド。彼は必ず、われらを更なる高みへと進化させてくれるはず」

 少女は愉快そうにそんな独り言を漏らす。ポケットから一枚の写真を取り出す。そこには、ネギの顔が写しだされいる。その顔をいとおしそうに眺めながら、少女はぽつりと言った。

「さあ、次の“プラン”を始めましょうか」



あとがき
 本当は、ここにあいつも登場させるつもりでしたが、それは泣く泣くカット。
 奴の出番はもっと後になります。
 そして、最後のほうにちょろっと出た彼女も、今後ネギに大きく関りますよ。



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン30
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:6197a4e3
Date: 2010/02/23 20:21
 夜。
 誰もいるはずのない屋上に、一つの人影が現れる。ふらふらとした足取りで、まっすぐにフェンスまで歩き、何のためらいもなく、人影はそれを乗り越えた。屋上の縁に立ち、何事かをつぶやくが、それを聞くものは誰もいない。人影は腕を広げ、ゆっくりと前へと身体を投げ出し…… 屋上からダイブした。



 朝の2-Aの教室で、今日も少女たちは寄り集まって、さまざまな噂を語り合いながら、交流を深めていく。いつもの光景のはずだったが、今日は少しだけ趣が違う。よく耳を傾けてみれば、その内容は、どれも等しく同じ話題である。

「集団自殺だってさ……」
「嫌な話よね…… ウルスラの2年でしょ?」
「そーそー、トイレで全員一斉に! 普通じゃないわよねー?」
「てゆーか、原因不明っていうのもマジ?」
「そうらしいわね。いくら調べても自殺する動機が見当たらないんだって」
「やだ、怖! ちょっとした怪談じゃん、それ!」

 わいわい、騒ぐ生徒たちを、千雨はじっと眺めていた。

(集団自殺ねえ……)

 気味のいい話ではない。というより、そんな話題で朝ののどかな雰囲気をぶち壊しにしないで欲しい。千雨は正直に言えば、こんな話などどうでもいいとさえ思っている。ウルスラの人間に親しい人などいないし、そもそも特に自分と関りがないことに、無理に首を突っ込むのは、千雨の性分ではなかった。

(ま、こんな話なんて、みんなすぐに忘れちまうだろ)

 千雨は楽観的に考えていた。
 だが。
 後に、千雨はこの事件に、深く首を突っ込むことになろうなど、このときは思いもよらなかった。



 学園長室。またしても、朝早くから近右衛門に呼び出された隼人は、不機嫌な顔を隠そうともしなかった。そんな様子の相棒に、またしても椿の肘鉄砲が炸裂する。

「お呼びした理由は何でしょうか、学園長」
「うむ……」

 近右衛門は、渋い顔を隠すことなく、隼人たちの顔を見る。

「お主ら、今回起こった集団自殺事件の話は聞いておるか?」
「集団自殺? 確かウルスラで起こった事件でしたっけ?」
「うむ、わしらもこのような事件が起こって、わしらなりに調査しておったのじゃが、どうにも不可解でのう……」
「不可解、とは?」
「まず一つ。自殺した生徒たちには。自殺をほのめかすような言動や行動が一切見受けられなかったこと。これはわしらも深いところまで調べてみたんじゃが、どうしてもそれらしいものは見つけられなんだ」
「…………続きを」
「第二に、その死に方じゃよ。自殺の現場を見せてもらったが、目を覆いたくなるような光景じゃった」
「具体的には?」
「現場は一面が血の海。自殺した凶器なんじゃが、トイレのガラスやカッターナイフが用いられて、それで全身を滅多刺しにしていたらしく、死体は損壊が激しくて、しばらく肉が食えんようになりそうじゃったわい」
「滅多刺しですか…… 余り一般的な自殺の方法とは思えませんね」
「最初に見たときには彼女たちが殺し合いを始めたのではないかと疑いもした位じゃ。じゃが、その後の調べで凶器に付着した血液は所有者本人のものと断定された。つまり、生徒たちは自殺したということが明らかになっておる」
「……確かにちょっと不可解ですね」
「うむ…… わしらも全力で調査しておるが、ひょっとするとこれは……」
「……なるほど」

 皆まで近右衛門が言う前に、椿は、彼が何を言いたいのか察する。

「ジャーム絡みではないか、そうおっしゃりたいんですね?」
「そうじゃ…… 相手がどんなやつかははっきりとはせんが、その可能性は否定できん。万が一のことを考え、お主らにも調査の協力を依頼したい。場合によってはお主らにはその先もお願いすることになるかもしれん」

 すなわちジャームの処理。椿はそれを理解して、大きく頷いた。

「分かりました。その調査、私たちも協力します」
「お、おい、椿、俺の意志はどうなる?」
「やらないの?」
「……やるさ」
「分かってるならいいわ。では、学園長。資料を何点か拝借したいのですが」
「分かっておる。至急玉野君に、こちらが得た資料を回すように手配しよう」



 夕映は噂の集団自殺に、何か引っかかりを感じずにはいられなかった。不可解な動機なき自殺。これは、もしかすると、何かよからぬことの前触れではないのかという、嫌な予感が頭から離れなかった。

(場合によっては、この事件、少し調べてみる必要がありますね)

 もし時間が合ったら椿達に相談してみよう。夕映はそう思った。

「ゆえ、難しい顔してるよ。どうしたの?」
「え?」

 いつの間にか、のどかが自分の顔を覗き込んでいた。慌てて夕映は取り繕う。

「すみません、どうしても今日の授業で分からないところがあって……」
「ああ、そういえば今日は、ゆえから指名される番なんだっけ」
「はいです。だからどうしても答える必要があります」
「仕方ないなあ。わたしが教えてあげるから、今日はがんばってね?」
「ありがとうございます、のどか」

 のどかはノートを開いて、今日の授業で使用するであろうページを指差しながら、丁寧に夕映に教えてあげた。夕映はそれを聞きながら思う。もしも今回の事件がのどかにまで及んだら…… それはいつも彼女が抱える不安。だが、それを慌てて消去する。そうならないためにも、自分がここにいるのだから。

(のどかだけは、絶対にわたしが守るです)

 夕映の誓いは誰にも気づかれることはなかった。



 昼休み。
 ネギと椿の監視の目を掻い潜り、至福のひと時を屋上で過ごす隼人。

「ふー……」

 まどろんだ顔で手にしたコーヒーを飲み、もう一つの手でサンドイッチも口にほおばる。こうして屋上で過ごす時間が、最近頓に減った。それと言うのもネギが隼人の監視に回ったせいである。おかげで隼人はずっとネギや椿の監視の元、仕事を延々とこなすはめになってしまった。まあ、自業自得とも言える。

「ああ、この一瞬がたまらん…… ん?」

 校庭を眺めていた隼人に、一つの集団が目に入った。正確には二つ。どうやら、両方とも生徒のようだが、片方は中等部の制服のようである。

「何だ? なんかもめてるように見えるが……」
「隼人さん!」

 背後からネギの声がした。ぎょっとなって振り返ると、血相を変えたネギが、隼人の元に飛び込んできた。

「な、何だ、ネギ! もう見つけてきたのか!?」
「それどころじゃないですよ、隼人さん! 大変なんです!」
「大変?」
「校庭でうちの生徒とウルスラの人たちがもめてまして…… もう収拾がつきそうにないんです!」
「……それで俺のところまで来たと?」
「椿さんが見つからなくて……!」
「……ちっ、仕方ないな……」

 隼人は面倒くさそうに頭をかいて、ネギに従い、揉め事の中心である校庭まで走り出す。現場に到着してみれば、既に取っ組み合いの喧嘩にまで発展していて、誰も止めることが出来る状態ではないようだ。よく見れば、その中心は、明日菜とあやかのようであった。

「あっ、ネギ君! それと隼人先生!」
「佐々木か、どういう状況だ?」
「それが、最初は場所取りのことでもめだして…… 明日菜たちが止めに入ったんだけど、そのうち言い争いになって、みんなで止めようとしたけど、どんどんエスカレートしていって……」
「はー…… 仕方ないな、止めるぞ、ネギ」
「は、はい!」

 隼人は相手の頬を引っ張る明日菜の襟を掴んで引き離し、ネギは二者の間に割って入っていって、喧嘩を仲裁する。

「そこまでだ、二人とも」
「け、喧嘩はいけませーん!」
「ネギ!? 隼人先生!?」
「……誰? あんた?」

 制服の違う女子の一人が、隼人に冷たいまなざしを向けてきた。

「ああ…… こいつらの副担任だ」
「あっそう、じゃあ先生からも言ってくれない? この野蛮なガキに、目上の人間への口の聞き方ってやつをさ」
「誰が野蛮ですってえ!?」
「何よ、やるっての!?」

 また取っ組み合いを始めようとする二人を、隼人は無理やり引き剥がす。

「いい加減にしろ! とりあえず、原因は一体何だ!?」
「そこのガキどもが、あたしたちのお気に入りの場所を取ったのよ! だからちょっと口挟んだだけなのに、こいつが!」
「ふざけんじゃないわよ! 亜子達に酷いことしたくせに! それが上級生のやり方!?」
「……ガキの喧嘩かよ」
「「何ですって!?」」
「おっと」

 ポツリと漏らした隼人の台詞に、二人が噛み付いてきた。

「まあ、ようするに、そっちが自分たちの場所を取られたから、追い出そうとして、それがエスカレートした、と」
「そんなレベルじゃすまないわよ! 亜子達が怪我してるのよ!?」
「ああ、分かった分かった。とりあえず先にこの場所にいたのは、佐々木たちで合っているな?」
「う、うん」
「なら、この場所はそいつらのものだ。それを無理やりにどかそうとするのはお門違いだな」
「な……!」
「隼人先生、ナイス!」
「分かったら、とっとと行け。こっちはこんなくだらない揉め事さっさと解決して、自由なひと時を満喫したいんだ」

 しっし、と追い払うように手を払う隼人。だが、そんなやり取りにカチンと来たのか、ウルスラの女生徒は、今度は隼人に言いがかりをつけてきた。

「何それ!? こっちの言い分もろくに聞きもしないで、勝手な理屈で決めないで!」
「おいおい、聞いてないのかよ……」
「それに何よそのやる気のない態度! それが教育者としての正しい姿!?」
「関係ないだろ……」
「まあ、それについては同意ですわね」
「おい、雪広!?」

 ウルスラの口撃は、より苛烈になっていき、今度は隼人にも収拾が付けられなくなってしまった。まずったな、と隼人は内心臍をかむが、ウルスラは、ますます隼人に詰め寄っていき、そのうち取っ組み合いにまで発展しかねない勢いになってきた。
 そこに。

「だ、駄目です! ここは隼人さんの言うことが正しいです! 皆さんはここじゃない場所に行ってください!」

 ネギが両手を広げて立ちふさがる。一瞬、目を点にするウルスラの女子たちだったが、すぐに目を輝かせて、ネギに好奇の視線を向けてきた。

「きゃー、可愛いー!」
「何でこんな小さな子が先生の格好してるのー!?」
「この子、うちに欲しいー!」

 あっという間にもみくちゃにされるネギ。それをあっけに取られてみていた隼人たちだったが、あやかがはっとなって、ネギをウルスラの手から引き離す。

「ネギ先生はわたくしたちの担任ですのよ! 勝手に触らないでくださいまし!」
「何よ、そんなのあたしたちの自由でしょ!? こんな可愛い子があんたたちの担任だなんて、もったいないわ!」
「な、なんですってー!?」

 あやかが逆上し、掴みかかってくる。再び始まる取っ組み合いに、最早隼人には収拾をつけることが出来なくなってしまった。

「もう知らん……」
「何を言ってるの?」
「!!?」

 背中から、聞きなれた女性の声。
 振り返ってみると、そこには、隼人の予想通りの顔があった。

「つ、椿……」
「職員室に二人ともいないからどこにいるかと思ったら…… これは何の騒ぎかしら?」
「ああ、それがだな……」

 隼人はここに至るまでの経緯を椿に説明する。説明を聞いていくに連れ、段々と剣呑な表情になっていく椿に、隼人は冷や汗が止まらなかった。

「なるほど」

 それだけ椿は言った。その一言が、なおさら隼人に嫌な予感をさせる。

「とりあえず、私が彼女たちを止めるわ。雪広さんたちが取り返しのつかない怪我をしたら大変だもの」
「あ、ああ、頼む」

 椿は喧嘩を続けるあやかたちの中に割って入り、無理やりに喧嘩を中断させる。

「そこまでよ。話は隼人から全部聞いたわ」
「た、玉野先生……」
「何、また新しい先生? 今度は何よ?」
「まずは雪広さん、神楽坂さん、みんなを守るためとはいえ、相手に手を上げるのはまずいわ。もう少し自重して」
「う……」
「は、はい、申し訳ありません……」
「次に貴方たち。仮にも下級生を導く立場にありながら、自分のお気に入りの場所を取られたからといって、強引にその場所を奪い取るというのは何事かしら。恥を知りなさい」

 ぴしゃりと言い放つ椿に、今度こそウルスラの女子たちは肩を小さくして、すごすごとその場を引き下がっていった。

「さ、これでいいかしら?」
「凄い、椿先生、やっぱかっこいい!」
「椿先生、ありがとー!」

 椿はまき絵たちに囲まれて、感謝の言葉を次々と投げかけられる。それに微笑みながら、椿はその輪を抜け出し、こそこそと逃げようとする隼人の襟首を掴み上げた。

「逃がさないわよ。さあ、帰って仕事よ、仕事」
「うおおおおおお! やっぱりこうなるのかー!?」



「せ、先生、大変!」

 午後の時間。今の時間は、2-Aは体育だったはずだ。そのせいもあってか、職員室に息を切らして飛び込んできたまき絵は体操服の格好をしていた。

「どうした、佐々木。今は体育の時間だろう?」
「それが…… ウルスラの連中が屋上を占領してて……」
「はあ? 何だそりゃ?」
「そしたら今度は止めに入ったネギ君を賭けて、決闘ってことになっちゃったの!」
「……わけが分からなくなってきたぞ」
「隼人。何でもいいから止めに入るわよ」
「ったく、仕方ないな……」

 隼人は椿と一緒に屋上へ上がり、そこで対峙しているウルスラと2-Aの姿を目撃する。そして、ウルスラたちの腕の中にすっぽりと納められたネギの姿も。

「は、隼人さん、椿さん!」
「……何してるんだ、お前たち」

 もうあきれた声しかでなかった。隼人のそんな問いに、明日菜は顔を向けて怒鳴り返す。

「邪魔しないで、隼人先生! これはもう、あたしたちの意地の問題なのよ!」
「そうですわ! ネギ先生を連れて行くなんて、そんなこと許しませんわ!」

 いつもはストッパーであるはずのあやかまで、頭に血が上っている。これはもう誰もこの状況を止める人間はここにはいないということだ。

「お前らいい加減に……」
「いいじゃない、隼人」
「おい、椿!?」
「もうこうなったら、彼女たちの納得する方法でやらせてあげましょう」

 椿は一歩ずつ前に出て、二者の間に割って入っていく。

「ネギ君を賭けて決闘ということでいいのね、貴方たち」
「もちろんよ!」
「では、その決闘方法を決めて頂戴。もちろん、血の流れない方法で」
「だったらいいのがあるわ」

 ウルスラの女子の一人から、手が挙がる。

「ドッヂボールってのは、どう?」
「望むところよ!」
「……分かったわ。決闘方法はドッヂボール。審判は私がやるわ」
「ハンデをあげるわ。あたしたちはこの人数でいい。そっちはクラス全員でかかってらっしゃい」
「……後悔しないでよね!」
「おいおい……」

 隼人はとんとん拍子に進んでいくこの事態に、目を覆いたくなってきた。



あとがき
 ドッヂ対決の話と並行して、新しいエピソードを挟んでみました。
 今のところ、無関係っぽいお話ですが、後々にクロスしていきます…… うけけ。



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン31
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:6197a4e3
Date: 2010/02/27 20:13
 ずらりと並んだ2-Aの面子と、ウルスラの女子たち。ドッヂに参加しない他の生徒たちは、隼人と並んで観戦モードである。チアリーダー部がわざわざ応援するなどして、2-Aの士気は異様に高い。

「綾瀬は参加しないのか?」
「運動は苦手です」
「なるほど」
「それに……」
「それに? なんだ?」
「……いえ、今はいいでしょう。そのうち分かるです」
「そうか。それにしても長瀬も参加しないのは意外だな」
「運動は苦手でござるよ」
「……お前、忍者じゃないのか?」
「仕方ないでござるよ、苦手なものは苦手でござる」

 ああそうか、と隼人はこれ以上追及しなかった。コートに目を向けると、明日菜とウルスラのリーダー格である女子が、睨みあいを続けていた。その様子を、2-Aチームに組みこまれたネギは、おろおろしながら見ていた。

「ほえ面かくんじゃないわよ」
「それはこっちの台詞!」
「両者、いいわね? 行くわよ、はいっ」

 椿がボールを高く上空へと放り投げる。高くジャンプする二者だが、わずかな差でウルスラのほうに分があった。

「もらい!」
「しまった!」

 ウルスラがボールをキャッチして、それを内野に放り投げる。しっかりとボールを受け取った女子が、勢いをつけてターゲットである亜子に投げつける。とっさなことで、反応が遅れる亜子。
 そして。

「きゃんっ」
「やりい、まず一人目!」
「そうはいかないわ!」

 明日菜がこぼれ球をノーバウンドでキャッチ。これで亜子はとりあえずセーフである。

「このう!」

 明日菜はお返しといわんばかりに、ボールを力任せに放り投げ、亜子にボールをぶつけてきた女子にぶつけ返す。見事に顔面にボールが直撃する。

「よっしゃあ!」

 拳を組んで、喜びを表現する。
 しかし。それもつかの間のことであった。

「甘いわね! こっちにパス!」
「はい!」

 パスを受け取ったウルスラの女子は、素人とは思えないフォームで、華麗にボールを投げ、千雨の身体へとぶつけられる。

「いってー……」
「まだまだ!」

 こぼれたボールを拾い上げて、追撃をかけるウルスラ。それを察知した2-Aたちはコートから散り散りになろうとするが、ここであることに気がつく。

「はっ、こんなに大勢内野がいたらよけにくい!」
「ええー!?」
「何で勝負を受ける前に気がつかないんですの、明日菜さん!」
「何言ってんのよ、いいんちょだって気づかなかったじゃない!」

 時文体の致命的なミスに気が付き、慌てふためいた挙句に、口論を始めるあやかと明日菜。

「まあ、そうなりますよね」
「気づいてたのか」
「何となく」

 ちゅー、とストローからジュースを飲む夕映。そのパッケージは「特濃砂糖入り十六茶」と書かれている。それを見て、露骨にしかめっ面をする隼人。前回、これで痛い目にあったのは忘れられない。見なかったことにして、コートに目を向けると、まともに避けられない2-Aたちに、容赦のない攻撃を仕掛けるウルスラの面々。次々と外野に送られていき、いよいよ後がなくなっていく。

「はあ…… 予想通りというか、何というか」
「どうするつもりだ? このままだと、ネギがウルスラに連れて行かれるぞ?」
「……仕方ありませんね」

 夕映は飲み終えたパックジュースをゴミ箱に捨てると、とことこと2-A陣に歩み寄っていく。

「皆さん、勝ちたいですか?」
「当然よ、ここまでコケにされて、負けられるものですか!」
「ふふふ、そんなおちびさんが今さら仲間に加わったところで、何が出来るって言うの」

 せせら笑うウルスラに、むっとする夕映。

「でしたら、私に指揮を任せてもらえませんか?」
「ゆえっち……?」
「このままではネギ先生がウルスラに取られます。それは少々好ましくありません。ちょっと本気で行かせてもらいます。そちらもいいですね?」
「ええ、どーぞどーぞ。何が出来るか分からないけどね」

 夕映はコートの外から観戦して、指示を出すということを許可され、勝負の邪魔にならない程度の距離まで近づいてもいいことを許される。

「では、皆さん指示通りにお願いします」
「だ、だいじょーぶ? ゆえゆえ……」
「心配要りませんよ、のどか。ネギ先生は絶対ウルスラなんかにはあげません」
「ふん、どうかしらね、まだボールはこっちのもの、覚悟なさい!」

 ウルスラが投球フォームに入った瞬間、

「明日菜さん、右に一歩動いてください」
「へっ?」

 明日菜は夕映に言われるまま、右に一歩だけ動く。すると、絶妙なポイントでボールが飛んできて、それは明日菜の手の中にすっぽりと収められた。

「んなっ……!?」
「え? え? 嘘……」
「今です、明日菜さん、左の外野にパスです」
「あっ……」

 夕映の指示にはっとなる。ウスルラ側のコートは、左ががら空きであることに。

「い、急いで左に集中!」
「遅いです、右にパスを変更」
「りょ、了解」

 明日菜は右の外野にパスを回す。投げられたボールが、外野のあやかに託される。

「か、回避!」
「いいんちょ、左から二番目の人を狙ってください。一番動きが鈍ってます」
「分かりましたわ!」

 渾身の力で夕映の指示通りの相手にボールをぶつける。夕映のアドヴァイスどおり、避けることもできず、ボールが命中する。

「こぼれ球!」

 コートに転がってきたボールを素早く拾い上げ、亜子が投球する直前、

「和泉さん、やや左に」
「う、うん!」

 亜子は気持ち左にボールを投げると、そこに丁度避けようと左に動いた女子が、絶妙のタイミングで滑り込んでくる。とっさのことに反応できず、なす術もなくボールがクリーンヒット。

「やった、逆転!」
「な、何で……?」
「軸足が避けようとする方向に向きなおす癖は直したほうがいいですね」
「う、嘘!? 何でこのガキ、あたしの癖を知ってるの!?」

 ぶつけられた女子は、自分の知らない癖を見抜かれて、狼狽を隠せない。もう誰が見ても明らかだった。夕映が指示を出してから、ペースは2-Aに完全に掌握されてしまった。まさか夕映に監督の才能があるとは、誰も思わなかった。

「ったく、あいつは……」

 隼人は一人、目を覆った。まさか夕映がここまで本気の頭脳を出してくるとは思わなかった。

「まあまあ、ここは大目に見てあげるでござるよ、隼人殿」
「……まあ、俺も鬼じゃない。このくらいならたまにはいいだろう」

 予言じみた夕映のアドヴァイスは、確実にウルスラたちを追い詰めていく。

「く……」

 歯噛みするウルスラのリーダー格。気が付けば、2-Aの内野は、夕映が指揮に入って以降、誰一人欠けることなく現状を維持していた。焦りが顔に出るが、自分には、まだ秘策がある。

「ビビ、しぃ子! トライアングルアタック・フォーメーション!」
「「了解!」」

 ボールを豪快に投げ、それはビビと呼ばれた女子の手に収められる。続いてしぃ子とパスが回り、そのパスの流れは、確かに大きな三角形をしていた。目まぐるしく回されるパスに、困惑する2-A内野陣。

「それっ!」

 その混乱に乗じた一撃が、裕奈に命中する。夕映の指揮の下で勝ちムード一色だった2-Aに、動揺が走る。

「もう一度行くわよ! トライアングルアタック・フォーメーション!」

 またもやパスが次々と三角形に回され、その中に閉じ込められてしまう内野陣。ピンチを迎える2-Aに。

「見切りました」

 夕映の頼もしい一言が響いた。

「ふ、ふん、はったりよ! このフォーメーションがそう簡単に……!」
「左から来ます、注意してください」
「いっ……!?」

 ビビと呼ばれた少女はぎょっとする。今まさに投げようとしたボールが、それを物語る。夕映に突然指摘され、体が硬直したせいで、すっぽ抜けたボールが、てんてんと、2-Aのコートに転がってきた。

「今です、狙い打ちです」
「了解!」

 明日菜がボールを拾い上げ、指示を出していたウルスラに、見事に命中させる。

「やったー!」
「トライアングルアタック・フォーメーション、破れたりー!」
「ば、馬鹿な……」

 愕然とした顔で、ウルスラたちははしゃぐ2-Aを見ていた。
 この時点で、勝負はほぼ、決定した。



「……2-A、10。ウルスラ、3。勝者、2-A!」

 椿の宣言に、きゃあきゃあと喜びを分かち合う明日菜たち。反対に、地面に膝を落として、敗北をかみ締めるウルスラの面々。自分たちの敗北が、余程ショックだったのか、その顔はどんよりと沈んでいた。
 いや、ただ一人、リーダー格である少女の目には、怒りが宿っている。その標的は、自分にこんな屈辱を与えた明日菜に、向けられていた。喜び合う2-Aたちに。

「まだロスタイムよ!」

 そんな鋭い叫びが木霊し、ボールが投げられる。そのターゲットは、明日菜。飛んでくるボールに気が付きながらも、体が反応せず、避けられない。せめて苦痛に耐えるよう、目をつぶる明日菜。
 だが。
 ばしっ、という乾いた音を立て、誰かがボールを受け止めてくれたようだ。そっと目を開けると、その眼前には、椿の背中が映っていた。

「……どういうつもりかしら」

 椿からは、今まで聞いたことのないような、冷ややかな声が発せられた。ぞくり、と背中に悪寒が走る。見れば、ウルスラの連中が、怯えの表情を浮かべている。

「策略を講じて自分たちに有利な勝負を持ちかけるばかりか、その敗北をよしとせず、あまつさえその八つ当たりをしようとは」
「ひ……」
「それが貴方たち上級生のすることなの?」

 椿は淡々と問いかける。だが、その一言一言に迫力があり、誰もが口を挟めない。

「それが貴方たちの性根だというのならば…… 恥と知りなさい!」

 椿の一喝が、びりびりとその場を揺らす。ウルスラたちはすくみ上がって、一目散にその場から逃げ出していった。

「……さあ、みんな、これでこのコートは自由よ?」

 振り返ると、椿はにこりと微笑みを浮かべていた。

 この日、一つの教訓が2-Aに生まれた。
 曰く、「椿先生を怒らせるべからず」。

 この教訓は、彼女たちの卒業の日まで、堅く守られることになったという。



 夕暮れ時の帰り道。悔しげな顔を浮かべながら、負けたウルスラの三人組が、今日のことを振り返っていた。

「悔しい~~~~~! なんなのよ、あいつら!」
「で、でも栄子、もうあそこに関るのはやめようよ。あの先生、キレたらやばいって」
「何よビビ! あんた、悔しくないの!?」
「く、悔しいけどさ、相手が悪すぎるって~」
「うんうん、あの椿って先生、絶対怒らせないほうがいいよ~」
「う~~~~~」

 不満を顔にしながらも、彼女たちの言うことに正当性を見出したのか、歯軋りを浮かべて内心のもやもやを吐き出そうとする栄子と呼ばれた少女。

「ネギって先生は…… ちょっと惜しい事したけどさ」
「そだね、あの先生、うちに欲しかったな~」
「……いいわよ、いつかまたリベンジしてやるわ。ビビ、しぃ子。そのときが来たら、また協力しなさいよ?」
「え~……」
「何よ、不満?」
「い、いいけどさ、あの先生を怒らせるような事は止めてよね……」
「わ、分かってるわよ」

 三人はそれから、たわいの無い話をしながら、何気ない帰りの時間を過ごしていく。
 だが、それゆえに彼女たちは気が付いていなかった。
 彼女たちの背後に近づくおぞましい影の存在に。



「ただいま…… おや、二人はまだ帰っていないみたいでござるな」

 無人の部屋に帰宅した楓は、靴を脱ぎ、かばんを置いて部屋の電気をつける。今日の食事の当番は楓である。冷蔵庫の食材を確認しながら、今日の献立を考える。
 と。
 ばん、と勢いよくドアが開き、血相を変えた風香と史伽が帰ってきた。楓の姿を捉えると、その胸に二人仲良く飛び込んでいく。

「か、楓姉~」

 風香が楓の胸で泣き出した。史伽もその後で泣き出す。

「ど、どうしたでござるか、二人とも」

 様子のおかしい二人に、おろおろしながら、何とかなだめていく楓。

「ぼ、ボク、見たの……」
「わたしも……」
「見た? 何をでござるか?」
「死神……」
「死神?」
「赤い、赤い死神……」



あとがき
 ドッヂ編はこれで終わりですが、それに絡んで本格的に事件が始まります。
 既に死亡フラグが立っているお方、申し訳ないが、君たちの命は早い段階からその運命は決定しておったのじゃよw



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン32
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:6197a4e3
Date: 2010/03/03 19:07
 翌朝の学校。風香と史伽は、昨日の出来事をクラスメイトたちにも話しまわっていた。だが、それに耳を貸そうとするものは未だ誰もいない。

「ホントだって! ボク見たんだもん! 赤い格好をした死神みたいなやつ!」
「風香、それ絶対何かのみ間違いだって~」
「そ、そんなことないです! わたしだってこの目で見たんです!」
「昨日は夕焼けがきれいだったからね~、それが原因の一つじゃない?」
「そんなことないって!」

 むきになった二人は、あくまで見間違いと決め付けるハルナに詰め寄っていく。余程昨日見た“赤い死神”とやらが恐ろしかったのだろう。

「あーはいはい、赤い死神はいる。これでいいんでしょ?」
「あー、その顔は全然信じてないなー!」

 ハルナは両手を上げて抗議する二人を尻目に、そそくさとのどかと夕映の会話に混じっていく。

「……いいんですか、パル」
「いーのいーの、どーせいつもの悪戯じゃないの?」
「……そうですか」

 未だにわめき散らす双子は、今度は別の生徒に“赤い死神”の話を聞いてもらおうとするが、誰も関ろうとはしない。誰もが思っているのだろう。双子の話は、いつものいた図他の一環なのではないか、と。
 と。

「た、大変大変大変!」

 和美が血相を変えて、教室に飛び込んできた。いつものスクープに違いないのだろうが、それにしては様子が違う。何事かとみんなの注目が集まる中、和美は信じられない話を始める。

「昨日のウルスラの三人組、いたじゃん?」
「三人組? ああ、トライアングルアターック、とか言ってたやつらのこと?」
「そうそう、その三人組なんだけど……」

 和美が一呼吸置いて、続きを言う。

「……昨日の夜に、遺体となって見つかったって」
「「「えーーーーーーーーーー!!?」」」

 クラス中が騒然となる。それもそうだ。昨日、あれだけ自分たちと激しい戦いを繰り広げた相手が、昨日の夜には死んでいたと知れば、それは衝撃的な話であろう。

「ちょっと朝倉、その話本当なの!?」
「ほ、ホントだって! まほネットやニュースとかでもでかく取り上げられてるって!」

 ほら、と和美は自分の携帯からネットに繋ぎ、件のニュースのページを見せる。

「ウルスラドッヂ部エース、遺体で発見」

 見出しにはしっかりとそう記されていた。

「嘘……」

 明日菜は真っ青になってその記事に目を通していく。内容はこうだ。昨夜から行方が分からなくなっていた三人の安否を心配したクラスメイトが捜索願を出したところ、今朝未明になって、冷たくなった三人を発見した。三人は激しい損傷を受けており、事件性の高いものとして警察は捜査していたが……

「鑑識の結果、三人は自殺と判明……?」
「そうなのよ! これでウルスラの集団自殺は二件目になるのよ! これって。ちょっとおかしくない!?」
「ちょっと…… それって、ウルスラ、呪われてるとか……?」
「ば、ばっかねえ! いまどき呪いなんて……」
「赤い死神の仕業だよ!」

 風香が身を乗り出してそう叫んだ。

「きっと赤い死神があの三人を殺したんだよ! そうに違いないって!」
「風香、そんなはずないでしょうが。赤い死神はあんたの見間違いだって~」
「違うもん! 赤い死神は…… 絶対にいたんだもん!」

 風香はついには目じりに涙さえ浮かべてわめきだした。そこまでして必死になって“赤い死神”の存在を語る風香が、少しだけ哀れに思えてきた。

「…………」

 そんな様子の風香を、楓はじっと見つめながら、考えていた。

(むう、赤い死神の話を風香が話し出したのが昨日、そしてウルスラ三人組の自殺もおそらく昨日…… 何か関連性があるのでござろうか……?)

 顎に手を当てて、自分なりの推理を検討する。

(……いかん、拙者一人では限界が見えるでござる。夕映殿にも相談を持ちかけてみるでござるよ)

 自分の頭の悪さを嘆きながら、今日にでも夕映と相談しよう。そう楓は結論付けた。



 近右衛門に緊急招集をかけられた隼人と椿は、考えられる限り可能な速度で学園長室へ駆け込んだ。そして、近右衛門の口から、二件目の集団自殺の顛末を聞かされる。

「ウルスラの生徒が連続で集団自殺……」
「うむ、どう考えてもこれは普通の事件ではない。いよいよもってわしらも本格的に動き出さないといかん」
「……分かっています。私たちも全力で調査させていただきます」
「頼む。これ以上犠牲者を増やすわけにはいかんのじゃ。もし犯人がいるとするなら、何としても阻止しなければならん」
「とはいえ、情報が少なすぎるのも事実ですが……」
「うむ、そこでじゃ、二人にはアドヴァイザーを用意させてもらったぞい」
「アドヴァイザー?」
「そうじゃ」

 そう言うと、近右衛門はメモ帳にペンを走らせ、ある人物の名前を書き込んでいく。

「この子に調査を依頼しておる。情報交換するなら、彼女を頼るとええじゃろ」

 近右衛門は、椿に名前を記したメモを渡す。椿はそのメモに目を通すと、「聖ウルスラ女子高等学校2年 高音・D・グッドマン」という名前が記されていた。

「……ありがとうございます、学園長」
「うむ、彼女ならきっとおぬしたちに協力してくれるはずじゃろう。もしかしたら、わしらの知らない情報も持っているかもしれんのう」
「はい、早速コンタクトを取ってみたいと思います」

 椿は、メモを自然にぎゅっと握り締めていた。



 放課後の時間、千雨は夕映に呼び出される。ということは、いつもの連中も一緒なのだろう。考えられるとすれば、昨日と今日の集団自殺の件だろう。やれやれと思いながら、夕映は無人の教室のドアを、無造作に開く。そこには、予想したとおり、夕映だけでなく、楓や古たちの姿もあった。

「待ってましたよ」
「用って何だよ?」
「大したことではないんですが、皆さんに警告を」

 夕映はそう言って、人差し指を一本立てる。

「今回起こった連続集団自殺事件、皆さんはどう思いますか?」
「どうって……」

 普通に考えれば、誰がどう考えても異常な事件だ。千雨はそう考える。千雨の表情から、言おうとしていることは理解できたのか、夕映は話を続けた。

「まあ、大体みんなが考えている通りだと思います。これはどう考えてもただの事件ではないでしょう」
「ということは、ジャームの仕業アルか?」
「たぶん間違いないかと。情報が少なすぎて、100%の結論を出すのは難しいですが」
「……まあ、そうだよな。そう考えれば納得は出来るな。ああ畜生、こんな納得の仕方、したくなかったけどよ」
「……それで、夕映殿は、この事件をどうするつもりでござるか?」
「わたし個人は調査したいと思います。もしこの事件をほうっておいたら、いつかはのどかにまでこの事件が及びかねません。それだけはなんとしても避けたいです」

 夕映の決意は固い。それを言葉で覆すのは、やすやすとできることではないだろう。やれやれと思いながらも、千雨は頭を横に振った。

「……ああくそ、お前が関るんだったら、あたしも関らないわけにはいかねーな……」
「千雨さん……」
「お前一人で突っ走ったら、何が起こるか分からねーからな」
「おやおや、千雨殿だけカッコはつけさせないでござるよ。拙者も手伝うでござる。それに風香のいうことも気になるでござるからな」
「もちろん、ワタシも手伝うネ! みんなを守るのは、ワタシの役目アルよ!」
「…………」

 いつもの通り、ザジは無言ではあるが、夕映のそばにそっと寄り添うことで、「協力する」と言う意志を表す。

「すみません、みなさん…… では、一つわたし達が知っている情報を一つ一つ確認しましょう」

 夕映はノートとペンを取り出して、白紙のページに題名「連続集団自殺事件」と記す。

「まず、昨日起こった集団自殺事件の噂のことは、みなさんはどれだけ知ってますか?」
「あー…… 悪い、あんまり興味がなかったのでよく分からん」
「むー…… ワタシも同じネ。あんまりよくは知らないアルよ」
「知っていることと言えば、せいぜいが、犠牲者がウルスラの2年であるということぐらいでござる。それ以上のことはよく分からないでござる」
「……まあ、わたしもほとんど同じです。犠牲者の共通点とかは、これから本腰を入れて捜査することにしましょう。次に今朝の事件についてですが、これも同じですね」
「まあ、そうだな。昨日のウルスラのやつらだってことぐらいしか知らない。あえて無理やり共通点を作るとするなら、二件とも犠牲になったやつらがウルスラのやつらだってことぐらいだろ?」
「そうでござるな、今のところ、共通項といえばそれぐらいでござる」
「その通りです、ですが、ここで一つキーワードを追加します」
「……赤い死神、でござるな?」
「はい。風香さんが赤い死神の話を始めたのが昨日になって。そして二件目の集団自殺も昨日。偶然にしては出来すぎかと」
「待てよ、あれは鳴滝姉妹の与太話じゃなくて、マジで見たってことか!?」
「……可能性はゼロではないかと」
「ということは…… 赤い死神が犯人ということアルか!?」
「そこまで結論付けるには、いささか根拠が薄いのですが…… でも、何らかの関連性は否定できません。最初の話に戻りますが、みなさんも、なるべく周囲には警戒しておいてくださいね」
「……うへー」

 千雨は露骨に顔をしかめた。

「まあ、危険が迫っていることを知っていれば、対処のしようはいくらでもあると思いますし」
「確かにそうだけどな……」
「とにかく、まずは情報を集めたいと思います。みなさんも出来る限り情報を入手してください。後で隼人先生たちとも連絡をして、わたし達が集めた情報を元に、協力を仰ぎたいと思ってます」
「玉野先生も絡めるのか?」
「おそらくあの二人も、この事件の異常性に気づいているはずです。この事件を追うならば、協力は不可欠かと。まあ、先生たちとの約束もありますが」
「そうでござるな。あの御仁の協力が得られるならば、心強いでござる」

 楓は大きく頷いた。彼女も隼人たちとの協力関係は歓迎なのだろう。

「以上でよろしいですか?」
「…………」

 誰も無言だ。夕映はそれを、肯定と受け取った。

「では、今日は解散としましょう。みなさん、くれぐれも警戒を怠らないでくださいね」



 夕焼けに染まった帰り道。千雨は寮への帰り道を歩く。今日の夕映の話を反芻しながら、千雨は視線を険しくして歩いていく。自分の脇を通り過ぎる人間が、いつ襲い掛かるかもしれないと思いながら歩く羽目になるとは、これまでの千雨には、思いもよらなかった。

「……ったく」

 千雨は頭をかく。のどかな帰り道が、こんなに緊張するとは。

「……あー、何で普通の帰り道で、こんなに緊迫した気持ちになんなきゃいけねーんだ! ……ん?」

 大声を張り上げる千雨の前に、奇怪な人影が現れる。その人影を、じっくりと目を凝らしてみる千雨だが、段々とその顔が険しくなっていく。

「……おい」

 千雨は、無意識に《ワーディング》を展開していた。目の前の人影が、明らかに“非日常”の存在だと気づいてしまったからだ。その姿は、正しく死神のそれだった。真っ赤なフードの付いたローブを身にまとい、その袖の下や被ったフードから覗くのは、やはり、真っ赤な色をした――人骨。

「マジでいたのかよ…… 赤い死神」



あとがき
 まあ、予定通り、彼女たちには死んでいただきましたw
 ひょっとしたら、もう敵のシンドロームは想像付くかもしれないかな?
 この敵のシンドロームはギリギリまで悩みましたねえ。



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン33
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:6197a4e3
Date: 2010/03/07 19:48
 千雨の手のひらが電撃を生むのと同時に、赤い死神が動いた。赤い死神の手が、めきめきと異形の鎌と化し、それがぐんと千雨のいる距離にまで伸び上がって、千雨の胸に突き立てられる。

「がっ……」

 血を吐き、膝を折る千雨。しかし、致命傷は確実なはずである千雨の胸の傷は、見る見るうちに塞がり、出血も止まる。活力を取り戻し、ゆっくりと千雨は立ち上がった。

「ちっくしょう、よくもやって……!?」

 ざわりと。千雨の中で何かが蠢く。がたがたと震えが走る。自分がこの世界にいることに対する激しい嫌悪感が、千雨の胸を掻き毟る。この世から自分を消したい。そんなどうしようもない衝動が、後から後から押し寄せる。そして、千雨はそれに耐えられるほどの強い精神力を持ってはいなかった。

「うわあああああああああああああああああああああっ」

 頭を抱え、絶叫する。消えたい。この世から。沸きあがる衝動にのたうちながら、千雨は激しく地面に頭を叩きつける。この頭蓋が割れれば、自分は消える。そう考えながら、何度も何度も頭を叩きつける。やがて、額の皮膚が裂け、血がこぼれだすも、求める一撃には届かない。さらに頭を大きく振って、もう一度。これまでとは違う強烈な衝撃が、脳天を突き抜ける。その痛みに、一瞬だけ千雨は我に返る。ずきずきと痛む額が、かえって思考をクリアにさせていく。

(あたし、今、何をしようとした……?)

 そして恐怖する。自分のしでかそうとしたことに。だが、その恐怖はすぐに払拭される。赤い死神の鎌が、今度は正確に千雨の首をはねようと狙ってきたからだ。

「うおおお!?」

 間一髪でしゃがんで回避し、千雨は手のひらに電撃を生み出す。十分な威力になるまで蓄えられた雷を、一気に解放し、赤い死神に浴びせかける。バックステップでかわそうとする赤い死神だが、それ以上に、千雨の雷は伸びてくる。全身を雷に打たれ、ぶすぶすとこげた匂いを撒き散らす。

「効いてる…… なら、いける!」

 千雨は第二の電撃を手に蓄える。しかし、それより早く赤い死神が、異形の鎌を千雨の胴を切り裂く。鮮血が吹き出した。吹き出した血の一滴一滴が、赤い死神の身体に振りかかると、こげた身体が、徐々に修復されていく。

「んだとぉ!? こいつ、あたしの血を吸ったのか……!」

 こんな敵だとは予想していなかった。手に蓄えられた電撃は、暴発寸前。千雨は舌打ちを一つすると、手の電撃を、赤い死神に思いっきり解き放つ。耳を劈くような轟音と共に、赤い死神の身体が、ごうごうと燃え上がる。その炎を無理やり消し、三度目の鎌の一撃。千雨はそれをぎりぎりでかわすと、とどめの一撃をお見舞いする。その一発で力尽きたのか、赤い死神は、前のめりに倒れ付し、赤い血だまりとなって大地に染み込んで行った。

「はあ、はあ、はあ…… くそ……」

 息を切らしながら、真っ赤になった制服を見る。既に傷は塞がっているが、この真っ赤に染まった制服だけはどうしようもない。

「後で長瀬にでも頼むか……」

 ポツリとつぶやきながら、千雨は、さっきの赤い死神のことを考える。あいつは自分を殺そうとしたことは間違いない。だが、最初の一発を喰らったときの、あのどうしようもない黒い衝動、あれは一体なんだったのか。もしも、あの衝動に負けていたら、自分は…… 想像するのが怖くなって、千雨は首を横に勢いよく振って、それを振り払う。

「今日のことは、綾瀬にでも報告するか……」

 自己完結した千雨は、ぼやきながら帰路に着く。今日のことに、強い引っ掛かりを感じながら。



「貴方がたが、その、オーヴァードという方々ですか?」

 金髪の女子は、困惑を隠そうとせずに、そう尋ねる。

「ええ、そうよ、高音・D・グッドマンさん」

 椿は微笑みながら、高音に握手を求める。その手を戸惑いながらも、握り返す高音と呼ばれた生徒。

「……どうした?」
「その…… 正直、もっと怖い方かと思っていました…… お会いしてみれば、普通の方にしか見えないので、少々戸惑っていまして……」
「もちろんそういう人たちもいるけど、私たちは違うわ。こうしてあなたとコミュニケートを取ることもできる」
「そう、ですわね……」
「高音と言ったな。俺たちの用件は聞いているか?」
「はい、一応伺っておりますわ。今回の連続集団自殺について、でしたわね。余りおおっぴらに話せる内容ではないので、できれば人がいない場所がいいのですが……」

 高音は周囲をうかがいながら、そう言った。隼人たちからしても、できれば人目は避けたいところであったし、その要望は願ってもいないことだった。

「そうだな、案内してくれないか」
「はい、ではこちらへ」

 高音はこの時間では誰も使わない教室まで二人を案内し、念を押してドアに鍵をかけ、誰も入ってこれないようにする。

「これでいいはずです」
「ありがとう。じゃあ、早速だけど、話して頂戴。貴方の見解を」
「はい……」

 高音は一瞬言いよどんだが、意を決してぽつりぽつりと話し始める。

「最初の集団自殺についてですが、わたくし達の間では、一つの噂がありましたの」
「噂?」
「天罰が下ったんだって」
「天罰? 何をしていたのかしら?」
「……イジメです」
「イジメ?」
「それもかなり苛烈なイジメをしていたらしいのです。わたくしは彼女たちとはクラスが違うので、誰をイジメていたかまではわたくしは存じませんが」
「そんなことが…… ちょっと待って。次の三人は?」
「そちらに関してはそういう噂はありませんでした」
「なるほどな…… だが、最初の自殺に関しては大きな共通点があった。この収穫は大きいな」
「そうね。イジメを受けていた生徒を突き詰めれば、何か分かるかもしれないわ」
「今度はそっちの方向で調べを進めよう。ひょっとしたら、そのまま犯人に結びつくかもしれない」
「他に何か聞いていないか、最近聞いた奇妙な噂の話を」
「噂、ですか……?」

 隼人に問いかけられ、高音は頭を叩きながら、自分の記憶を探り出す。そして、一つの記憶に結びついた。

「そうですわ。関係あるかどうか分かりませんが、赤い死神の目撃談というのがありますわ」
「赤い死神?」
「はい、何でも昨日、下校中に真っ赤なローブを羽織った骸骨が歩いているのを見たという話を、何人かの生徒がしていましたの。特に事件と関連性がないと思って気にしてはいませんでしたけど……」
「そういえば、鳴滝の奴もそんな話をしていたな…… もしかして、集団自殺と関連性があるかもしれないな」
「確証はないかもしれないけど、その目撃談も要注意ね」
「ああ、他には?」
「……すみません、特には」
「そうか…… とりあえず今日のところはこんなところだな。また何か分かったら教えてくれ」

 隼人は携帯を取り出すと、高音と電話番号の交換をする。これで何か情報があれば、即座に連絡が付く寸法だ。隼人の番号交換が終わった直後、椿の携帯が、鳴った。

「もしもし…… 綾瀬さん、一体どうしたの…… 分かったわ、すぐに行く」

 椿は携帯を閉じると、隼人に険しい顔を向ける。

「長谷川さんが赤い死神に襲われたそうよ」
「何だと?」
「とりあえず長谷川さんは無事。今は応急手当を受けているところよ」
「……分かった、すぐに駆けつけよう。場所は聞いているか?」
「もちろん」

 椿は隼人より一歩先に駆け出した。その後に隼人が続く。一瞬だけ隼人は振り返り、高音に言った。

「今日は助かった。また力になってくれ」
「は、はい」



 隼人たちが千雨の部屋に駆け込むと、既に治療を終えたのか、千雨の身体には包帯が巻かれ、シップのにおいが部屋に漂っていた。部屋には夕映たちの姿もある。

「よう、先生」
「大丈夫なのか、長谷川」
「ああ、ちょっとやばいと思ったけどな…… いてて」

 千雨は立ち上がろうとして、全身を蝕む苦痛に顔をゆがめる。それを察知して、椿は千雨をいすに座らせた。

「無理しなくていいわ」
「悪い、先生……」
「お茶はわたしが用意します」
「頼む、右の三番目の棚に一通り入ってる」

 分かりました、と一言言って、夕映はお茶の準備をする。その間に、隼人は千雨の身に起こったことを聞くことにした。

「……何があったんだ?」
「分からない…… いきなり目の前に赤い死神みてーなやつが現れて…… あたしを殺そうとした…… ただ、なんて言うのかな…… 最初の攻撃を喰らったとき、嫌な気持ちになったのはよく覚えてる」
「嫌な気持ち?」
「なんて言うんだ…… 自分を消してしまいたいって、どうしようもない気持ち。気が付いたら…… 自分の頭を叩き割ろうとしてた……」
「…………」

 千雨の額には絆創膏が貼ってある。おそらくはそのときの怪我が完治していないのだろう。

「能力は分かるか?」
「ああ、腕を鎌みたいに変えて…… それを伸ばしてきた。それから、あたしの血を吸収してたことは覚えてる」
「……考えられるのは、ブラム=ストーカー/エグザイルといったところか」
「おそらく長谷川さんを襲ったのは、従者じゃないかしら」
「多分な」
「従者?」
「ブラム=ストーカーの能力の一つだ。自分の血を媒介にして、自分の意志のままに動く操り人形を作り出す。それが従者と呼ばれてる」
「あれが、誰かの血……?」
「そうだ」
「となると、どこかに本体がいるはずでござるな」
「そうだな、本体の目的は未だに不明だが、少なくとも人間を襲う意志があるのは分かる」
「じゃあ、戦うアルか?」
「そうだな、そのためには情報が必要だ。どんな些細なことでもいい。お前たちも情報を集めてくれ」
「むー、情報集めは苦手アルよ……」
「まあ、できる限りのことはしてみるでござる。期待されると困るでござるが」
「あたしも、ネットで何か情報がないか探ってみる。役に立つか分からないけどな」
「頼む」
「それでは隼人殿、そちらの情報も教えてもらうでござるよ」
「……分かった」

 隼人は、高音から伝えられた情報を正確に伝えた。

「イジメ、でござるか。余り気持ちのいい話ではないでござるな……」

 楓は露骨に顔をしかめる。

「けどよ、そのイジメられてたやつ、ちょっと怪しくないか?」
「そうアルね。イジメてたやつらが突然自殺するなんて、ちょっと変アルよ」
「やっぱりみんなもそう思う?」
「……待てよ」

 千雨は自分の机に向きなおすと、PCを立ち上げて、ネットに接続を始める。

「千雨殿?」
「……いや、そういや、そういうサイトがあったような……」

 マウスとキーボードを操作しながら、どこかのサイトのページを開く。どこかくらい雰囲気を漂わせるそれは、なんとも言えない不気味さをかもし出していた。

「……あった。麻帆良の闇サイト」
「闇サイト?」
「ああ、誰かから聞いたんだけど、麻帆良の裏の話を聞くには、ここが一番かと思ってな」

 千雨は掲示板の書き込みを丹念に調べ上げていく。じっくりと目を通し、気になる情報を探っていく。

「……これだ」

 しばらくして、千雨は有力な書き込みを発見する。

「由良のやつがまた学校に来てた。マジウザい」
「今日も由良と目が合った。陰気臭い顔を見てると気が滅入ってくる。死ねばいいのに」
「由良が怯えた目で自分を見てくる。その目がたまらなく気持ちいい」

 見ていて気分が悪くなる。匿名だけに、よりダイレクトに悪意が伝わってくる。千雨は顔をしかめながらも、「由良」という名前について、より詳しく調べてみる。
 すると。

「最近由良が変わった。今まではただの陰気なやつだったのに、今は不気味な感じがする」
「由良をいじめてたやつらが自殺してから、由良をいじめようとするやつはいなくなった。今は誰よりも由良が怖い」
「由良がこっちを見るとき嫌な笑いを浮かべてくることがある。その目が怖くて近寄れない」

「……なんだこれ? この『由良』ってやつの印象が変わったのが…… 書き込みの日付からして、最初の集団自殺から三日前だって?」
「どういうことでござるか?」
「分からねー。ただ、集団自殺の三日前を境にして、急に『由良』の印象が変わったのは確かっぽい」
「……次はその『由良』について調べ上げてみるか」
「そうね」
「みなさん、お茶が入りましたよ」

 夕映がトレーに人数分のカップとお菓子を乗せて歩いてきた。

「……それじゃあ、お茶をご馳走してもらったら、今日は解散にしましょう。明日から、調査の協力、よろしく頼むわ」
「了解です」
「まあ、どこまで力になれるか分からないけど、やってみる」
「拙者も何とかツテを当たってみるでござる」
「ワタシも友達から情報を集めてみるネ!」
「ありがとう。じゃあ、お茶を頂きましょうか」

 椿はカップを一つ取り、中身の紅茶をじっくりと味わった。



あとがき
 本当はもう少し高音を暴れさせるつもりでしたが、今回は割とおとなしめ。
 次に登場する辺りは、思う存分高音らしさが、書けるといいなあw



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン34
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:a01954ca
Date: 2010/03/21 20:09
 情報収集は、思ったよりも難航していた。正確には目新しい情報が入手できていない。「由良」という名前の人物を探ってみても、なぜか気味悪がって、誰も答えようとはしてくれない。無理もないだろう。イジメていた生徒が一斉に自殺したのだ。何らかの関与を疑うのも自然なことだ。

「まいったな……」

 隼人は頭を抱えてつぶやいた。その視線の先には、そそくさと逃げるように去っていく女生徒の姿。「由良」の名前を持ち出したとたん、顔色を変えて逃げ出していったのだ。

「予想以上に『由良』の名前はタブー視されているみたいだな……」

 隼人が独り言を漏らしたと同時に。
 携帯が鳴り響く。躊躇なく隼人は電話に出る。

「もしもし」
『隼人、調査のほうはどう?』

 電話の主は、大方の予想通り、椿だった。

「さっぱりだ。予想以上に『由良』ってやつはあいつらにとっては聞きたくない名前なんだろう。そっちのほうはどうだ?」
『同じような感じね。こっちも予想以上にみんなが怯えてるわ』
「そうか…… もう少し情報を引き出す方法を考え直してみる必要がありそうだな」
『そうね……』
「とりあえず、いったん合流しよう。それから、今後の方針を相談する。それでいいか?」
『了解。じゃあ、落ち合う場所は、表通りのオープンカフェでいいかしら?』
「オーケーだ。じゃあ、また」

 それだけ確認しあうと、隼人は電話を切る。携帯をポケットにしまうと、はあ、と大きなため息をついた。

「さて、どうしたものかな……」



 オープンカフェテラスの末端の席に、椿は腰掛けていた。既に注文を取っていたのか、テーブルにはコーヒーが一杯並べられていた。

「遅れたか?」
「問題ないわ。それより早く座って。今後の方針を話し合いましょう」
「ああ」

 隼人はいすに腰掛けると、ウェイトレスに、軽食と紅茶を注文する。それから、椿に向き直り、真面目な顔をする。

「とりあえず、ウルスラ以外の生徒から情報を得られないか、検討してみないか?」
「そうね、これまではウルスラの人間だけをターゲットにしてきたけど、他の生徒に聞いてみるのも手かもしれないわね」
「ああ。綾瀬たちは何を調べさせている?」
「赤い死神の頒布情報を調べさせているわ。また赤い死神が出現しても、即座に対処が出来たほうがいいでしょう?」
「確かにな……」
「念のため、長瀬さんや古さんには周辺のパトロールをお願いしているわ」
「分かった。残った長谷川と綾瀬、それからザジで情報収集を続行させよう」
「了解」
「失礼します」

 ウェイトレスが注文を運んできた。隼人が軽く礼をすると、テーブルには入れたての紅茶とサンドイッチが、静かに置かれる。

「言っておくけど、会計は割り勘よ」
「……分かってるよ」

 椿の指摘に、隼人は嫌そうな顔を浮かべて頷いた。
 と。

「あれ~? 隼人せんせーに椿せんせー?」
「こんなところで何してるんですか?」

 知った声が隼人たちの耳に届いた。声のした方向へと顔を向ける。

「近衛に神楽坂、それにネギ。お前ら、何してるんだ?」

 そこには、買い物袋を両手一杯に抱えた明日菜と木乃香、その間に挟まれたネギの姿があった。

「ああ、ネギの私物の買出しよ。で、そのついでにお茶でもしてこようかなと思ってね」
「そしたらせんせーたちがいるから、びっくりしてもうたんよ~」
「なるほどな……」
「せんせー、一緒してもええ?」
「……椿、どうする?」
「構わないわよ。席、今から用意するわ」

 椿は立ち上がると、空いたテーブルのいすを引っ張って来て、三人の席を用意する。明日菜たちはめいめいの席に座り、注文を頼んだ。

「ここは私が奢ってあげるわ」
「ホント!? 椿先生ありがとー!」
「ありがとうございます、椿さん」
「ああ……」
「あなたは割り勘」
「…………」

 がっくりとうなだれる隼人。

「せんせー、こんなところで何してたん?」
「ああ、ちょっと隼人と相談事をね……」
「へー、椿せんせー、よう隼人せんせーと一緒にいてはるけど、ほんまに付き合い長いんやね~」
「ふふ、そうね、もう腐れ縁といっていいかもね」
「ねえ、先生の相談事って、何なの?」

 明日菜が唐突にそんなことを聞いてきた。一瞬、言葉に詰まる椿だったが、隼人と顔を見合わせ、思い切って話を切り出してみることにした。

「実はね…… ウルスラのイジメの件で、隼人と相談事をしていたの」
「イジメ?」
「……ええ、余り気持ちのいい話題じゃないでしょう?」
「うん……」
「それでね、私たちも色々と調べているんだけど、誰がイジメを受けているのか、ウルスラの人に聞いても、誰も教えてくれなかったの。それで途方にくれちゃって…… ねえ、もしかしたら、貴方たち、そんな先輩の話のことを聞いたことはないかしら?」

 椿の質問に、明日菜たちは、互いに顔を見合わせる。きゅっと口が一瞬だけ結ばれたが、やがて、木乃香が静かに口を開いた。

「……それって久保田先輩のことちゃうかなあ?」
「久保田?」
「うん、聞いた話やけど、凄い酷いイジメを受けている先輩がおるって、誰かが言うとった……」
「あー、なんかあたしも聞いたことあるかも。ウルスラの図書委員の人だっけ?」
「そーそー。一度見たことあるけど、地味ぃーな感じの人やったよ」

 口々に言う明日菜と木乃香だが、二人にとっては、思わぬ朗報だった。椿は、より深く話を突っ込んでみる。

「ねえ、その久保田って先輩って、何年生なの?」
「確か…… 二年やったかなあ……」
「なるほど……」

 二年ならば、高音がそうだったはずだ。彼女なら、より詳しい詳細が聞けるだろう、と椿は思案する。もう一度高音に会ってみよう、そう決意する椿。

「ありがとう、とても参考になったわ」
「えーと、こんなことでええの?」
「ええ、十分よ」
「いい話を聞かせてくれた礼だ、お前らの荷物を半分持って行ってやる」

 隼人が、珍しくそんなことを提案してきた。明日菜も木乃香も、目を丸くするも、すぐにぱあっと顔が輝いた。

「マジで!? 隼人先生ありがとー!」
「ほんまに助かったわ~」

 素直に喜ぶ明日菜と木乃香。そのかわいらしい笑顔を一身に受ける隼人だったが、内心の思惑は別にあった。だが、そのことをおくびも出すことはない。

「じゃあ、ご飯も食べたし、帰ろっか?」
「せやな。それじゃ隼人せんせー、荷物、お願いするわ~」
「おう、任せろ」

 隼人が木乃香たちと一緒に立ち上がろうとしたそのとき、椿が隼人の腕を掴んだ。

「な、何だよ、椿」
「お金、置いていきなさい」
「……ちっ」

 目論見を見抜かれた隼人は、悔しそうに舌打ちをした。



 千雨の部屋では、二つの影が、付いたディスプレイをじっと見つめていた。その一つは、せわしなくキーボードとマウスを操作して、画面を次々と切り替えていく。

「ふー……」

 千雨は眼鏡をはずして、目をほぐす。さっきからずっとPCと格闘中である。いい加減に目も疲れてくるというものだ。

「しっかし、赤い死神の情報、結構あちこちであるもんだな」
「そうですね……」

 千雨の横に立つ夕映が、相槌を打った。

「けどよ、綾瀬。正直なところ、この情報って役に立つのか?」
「ええ、かなり」
「ホントかよ……」

 疑わしそうに見る千雨の視線を受け流しながら、夕映はバツ印を付けた麻帆良の白地図を、千雨の横に広げてみる。

「千雨さんがネットで検索してきた目撃情報から、できる限り正確に記してあります」
「…………」
「これに、目撃した日にちを書き込んでいきますと……」

 夕映は、バツ印の脇に、丁寧に日付を書き記していく。最初はいぶかしがっていた千雨だったが、日付を目で追っていくうちに、あることに気が付いた。

「……おい、これ」
「ええ、赤い死神の活動範囲が、徐々に拡大しつつあります」

 日付は古い順から、徐々に輪郭のように範囲を広くしていくのが、ありありと分かる。そして、その中心点は……

「ウルスラ、か……」
「やはりあの中の誰かがオーヴァードであることは間違いないでしょう」

 夕映が渋い顔で言う。

「やっぱ、あの『由良』ってやつか?」
「おそらくそうでしょうが…… ここから先は隼人先生たちにお願いしましょう」
「これからどうする?」
「楓さんたちと合流するです。戦力は少しでも多いに越したことはありません」
「……分かった」

 それだけつぶやくと、千雨はPCを消し、夕映と共に、静かに部屋を後にした。



 翌日の放課後。
 ウルスラの校舎で、二度目の高音との邂逅を果たす二人だが、高音の顔は、余り優れた様子は見られない。連続集団自殺事件のストレスは、日に日に増していっているのだろう。顔にクマが浮かんでさえいる。

「……お話って、何ですの?」
「高音に聞きたいんだが、久保田由良ってやつは、この学園に今いるのか?」
「はい? 久保田さんなら、今朝挨拶いたしましたけど……」

 当惑する高音に、隼人と椿は、互いに顔を見合わせて、頷いた。

「どこにいる?」
「……彼女がどうかしたんですの?」
「久保田由良は、オーヴァードの可能性がある」
「な……!?」

 高音は絶句した。今朝、普通に挨拶を交わした間柄の知人が、オーヴァードになっているかもしれないという事実は、少なからず高音に大きな衝撃をもたらした。高音の顔色が変わったことも気にせず、隼人は言葉を続ける。

「そして、最悪ジャーム化している。これ以上被害が拡大する前に、俺たちは最善の手を打たなければならない」
「ちょ、ちょっとお待ちください! それはどういうことですの!? まさか……!」
「…………」

 隼人は何も答えない。だが、それだけで高音は分かってしまった。彼らが、由良をどうするつもりなのかを。

「ふざけないでくださいまし! 人の命を一体なんだと……!」
「だが現に、久保田由良は大勢の人間の命を死に至らしめている可能性がある。それを未然に防ぐためには、これ以外最善の手はない」
「ですが、彼女はまだ理性を持っていますわ! 説得するという方法もあるのでは……!」
「言っておくが、ジャームは説得に耳を貸したりはしない。自分の内に秘めた衝動を最優先して行動する。理性を保っているように見えても、それはただの見せ掛けだけだ」
「…………!」
「分かってもらいたい。俺たちだって救える命があるなら救いたい。だが、ジャームを救う手立ては、今のところ、存在しない」

 隼人の説明に、高音はしばしうなだれて聞いていたが、やがて、きっ、と隼人を強い目線で睨みつける。

「……分かりましたわ」
「……そうか、分かってくれたか」
「いいえ、もしも久保田さんがジャームだというのならば、わたくしがまず確かめてきますわ!」
「な、何い!?」

 予想外の展開に、隼人は驚愕した。椿も顔を真っ青にしている。

「待って、早まっては駄目よ! もし彼女が本当にジャームだったら、あなたの命は……!」
「止めないでくださいまし! 私は信じますわ! 彼女の中の理性を! ですから、お二人の手出しは要りませんわ!」
「おい、ちょっと待て!」
「ごきげんよう! わたくしはもう行かせてもらいますわ!」

 隼人の制止を振り切って、高音は隼人の脇を通り過ぎ、足早に駆け出していった。取り残された隼人たちは、一瞬だけ呆然となりながらも、すぐに我を取り戻す。

「い、急いであいつの後を追うぞ!」
「りょ、了解!」

 間に合ってくれ。
 二人はそう祈ることしか出来なかった。



あとがき
 えらい間が開いてしまいました……
 お待たせして申し訳ないです。ちょっと、色々とばたついてまして……
 まあ、言い訳はこの辺にして、高音が危険な暴走を始めました。
 正直な話、彼女は春日恭二に通じるものを感じていますw
 最も、かたや美少女、かたやしょぼくれたオッサンですけどねw



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン35
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:a01954ca
Date: 2010/03/24 18:17
 図書館へとまっしぐらとやってきた高音は、由良の姿を探す。今の時間は図書委員の仕事をしているはずだ。この図書館のどこかにいるはず。丁寧に一箇所一箇所探していき、ようやく高音は、目当ての人間の顔を見つけることが出来た。

「久保田さん!」
「はい?」

 手に高く積み上げた本を抱えながら、由良は高音に顔を向ける。眼鏡の奥の瞳は、どこか陰鬱そうで、髪型も三つ編みお下げと、地味な印象がぬぐえない少女である。

「なんですか? 図書館では静かにしていただかないと……」
「お話がありますの」
「はあ……」
「少々お付き合いくださいますか?」

 高音は険しい顔をしながら、由良に言う。由良はその顔をじっと見、ふう、と一息ついた。

「じゃあ、この仕事を片付けたら」
「分かりましたわ…… 屋上で待ってますわ」

 高音はそれだけ告げると、図書館を後にした。



「おい、いたか!?」
「ううん、こっちには……」

 椿は困ったように報告する。高音が先走って、どこかへと行ってしまい、その行方を捜す隼人たちだったが、慣れない校舎ということもあり、その捜索は難航していた。

「くそ、早くしないと、取り返しの付かないことに……」

 隼人は焦りを隠すことなくつぶやいた。だが、それで現状が好転するわけもない。苛立ちを、壁にぶつけるように、隼人は壁を強く叩いた。
 と。

「あの……」

 不意に、隼人の背後から、女生徒らしき声がかけられる。振り返ると、小柄な少女が一人、何かを訴えたそうな目でこちらを見ていた。

「うちに何か用ですか?」
「……悪い、今、お前の相手している暇はない」
「……何かあったんですか?」

 それだけで何かを察したのか、女生徒は身を乗り出して、さらに深く突っ込んできた。

「人を探している。なかなか見つけられなくて難儀してるんだが……」
「でしたら、わたしでよかったら協力しますよ?」
「……いいのか?」
「はい、困っている人を助けるのは当然です」

 女生徒は屈託ない笑顔でそう言った。困惑する隼人と椿だが、背に腹は変えられないのか、彼女の力を借りることを決断する。

「すまない、ここは頼む」
「はい。それでどなたを探しているんですか?」
「高音って生徒を探しているんだが……」
「お姉さま? お姉さまに何かご用ですか?」

 首をかしげる女生徒だったが、その言動から、隼人は、彼女が高音の関係者であることを予測する。さすがにどんな関係であるかを想像することはできなかったが。

「ああ、見かけなかったか?」
「いいえ、見ていないですけど…… お姉さまがどうかしたんですか?」
「一刻も早く見つけてくれ。ことは一秒を争う」
「……分かりました。何か分かったときのために、連絡先を交換しましょう」
「ああ」

 その短いやり取りで、隼人と女生徒は、携帯の連絡先を交換し合う。

「わたし、佐倉愛衣って言います」
「俺は高崎隼人だ。じゃあ佐倉、何か分かったら連絡頼む」
「はい!」

 三者は散会し、それぞれの場所の捜索を開始した。



 寒風の吹く屋上には、高音だけしかいない。白く吐き出される息が、外の寒さを実感させる。どれだけの時間が経っていただろうか。ようやく一つしかない屋上のドアが開き、高音の待ち人が到着した。

「ごめんなさい、高音さん。仕事が長引いてしまって」
「いいですわ。そのくらいのこと」
「それで、高音さんのご用って何なんですか?」

 由良は自分が呼び出される理由が分からないようで、困惑しながら高音に尋ねてきた。その仕草を見て、高音も一瞬だが躊躇する。その行動も、会話できる理性も、どう見ても人間のそれだ。とても隼人の言うような怪物だとは、どうしても思えなかった。だが、いや、だからこそ、彼女は確かめたかった。久保田由良の本当の姿を。

「久保田さん、うちの連続集団自殺事件はご存知ですわね?」
「はい? まあ、もちろん知っていますけど……」
「あれは…… あなたの仕業なんですの?」
「……はあ?」
「答えてください」

 高音の追求に、一瞬だけ困惑を浮かべる由良だったが、高音はそれに構わず話を続ける。

「ある人からの情報なんですの。あなた、最初に死んだ人たちから、激しいイジメを受けていたそうですわね。まさかとは思いますが、その復讐のためにあの人たちを自殺に追いやったんですの?」
「…………」
「おかしなことを言っているのは重々承知ですわ。ですが、わたくしはこれ以上自殺者を増やすわけには行きません。もし、その通りなら、正直にお答えしてくださいまし」
「…………」

 由良は無言を貫いていた。高音は、そんな由良を真剣なまなざしで見つめる。一瞬、冷たい風が二人の間をすり抜ける。風が止むと同時に、由良の顔に変化が浮かぶ。唇には、悪戯っぽい笑みが、浮かんでいた。

「ふふ、ふふふ、あははははははははははははははははははははは!」

 突然、爆笑する由良に、高音は困惑する。

「く、久保田さん……?」
「あはは、あははははははは! おかしい、おかしいですよ高音さん! わたしがあの人たちに復讐をするために殺しただなんて! あはははは!」
「笑わないでください! わたくしだって、おかしなことを言っていると……!」
「だって、高音さんの考えって、全然的外れなんですもの」
「…………え?」

 一瞬、耳を疑う高音。ふと見れば、由良の雰囲気が明らかに変わっている。全身からにじみ出るのは、紛れもない狂気。

「わたしはただ、分かち合いたいだけ」
「分かち…… 合う?」
「そう! あの天にも昇るような快楽を!」

 由良は両手を広げて、大声でそう告げる。

「快楽……? 何をおっしゃっているのですか!?」
「わたしね…… あの日、この屋上から飛び降りたの」

 こともなげに言う由良。背筋が、凍る。

「な……!?」
「地面が近づいて…… 全身の骨が砕けるような音と一緒に…… すうっと、身体がどこか昇っていくようなあの感じ…… ああ、今思い出すだけでもぞくぞくするわ……」

 紅潮しながら、両手で身体を抱きしめ悶える、由良。耳を塞ぎたくなるような内容に、全身の毛がぞわぞわと立っていくのを、高音は実感する。

「そしてわたしはまた生き返った! これはきっと、神様がわたしに、あの快楽をもう一度与えてくださったのだと心から感謝したわ! そしてわたしはこの快楽をみんなにも伝えたい! だからあの人たちには感謝しているのよ! こんな素晴らしい快感を教えてくれたんだから! それからしばらくして、あの人たちがわたしをまた呼び出したの! そのときにわたしはただ、この快楽の素晴らしさを伝えたの! そしたらみんな、分かってもらえたわ…… みんな全身を滅多刺しにしながら、わたしと同じ快楽に酔いしれる顔を浮かべて…… そのときわたし、思ったの! これはわたしの使命なの! この快楽を、みんなと分かち合うために、わたしは生き返ったんだって!」

 つらつらと語る由良を、今にも吐きそうな気分で見る。高音は、自分の認識が余りにも甘かったことを実感する。これが、ジャーム。直視することさえも出来ないその狂気に、飲み込まれそうなるのを、必死で繋ぎとめる。

「それにね、神様はわたしにこんなに素敵な力を下さったの!」

 由良は人差し指の肉を口に含むと、それを何のためらいもなく噛み千切った。ぼたぼたと零れ落ちる血。だが、突如その血が盛り上がり、何かの形をかたどっていく。

「な、これは……!?」

 高音は驚愕する。由良の血から生み落とされたのは、紛れもなく全身を赤く染めた死神。

「赤い死神……!」
「違うわ。これは神様の使い。わたしの代わりに、あの快感を与えるために、きっと神様が遣わしてくださったのよ」

 無邪気な笑顔で言う由良。違う、と声高く叫びたかったが、声が出ない。

「……高音さん、あなたもきっと気に入るはずよ」
「…………!」
「一緒に分かち合いましょう、死の快楽を!」
「冗談じゃありませんわ!」

 高音はすくみ上がりそうになる身体を奮い立たせ、後方に跳んで、由良と距離を離す。高速で呪文を唱えると、高音の影が盛り上がり、剣を携えた人影を形作る。

「あなたは…… 私が止めて見せますわ!」



 隼人のポケットの携帯が鳴り響く。

「……もしもし」
『隼人さん、お姉さまを見かけたって方がいらっしゃいました!』

 愛衣のかわいらしい声が切羽詰った様子で報告してきた。

「本当か!」
『はい! 屋上のほうへ行ったという話です!』
「分かった!」

 愛衣との短いやり取りを終えると、隼人は一目散に階段を駆け上がる。一秒でも早く、高音の元へ駆けつけるために。

(頼む! 間に合ってくれ!)



あとがき
 ジャームのイカレ具合はこんな感じでいいはず。
 どうも自分は極端な敵役を描写するのが得意みたいで……
 そして、どう考えても高音に立つ敗北フラグw
 魔法使い対オーヴァードはこれで二回目ですが、どう見せるかは、腕の見せ所ですね。



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン36
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:a01954ca
Date: 2010/04/17 18:42
 高音の作り出した人影は、黒を基調とした全身を包む奇抜な衣装と、顔に当たるところに、白いのっぺりとした仮面を取り付けた長身の姿をしていた。はじめて見る異質な光景ではあるが、由良は驚き半分、興味半分といった視線を浴びせてくる。

(説得は無意味…… せめて、意識を奪って拘束さえ出来れば……!)

 高音はあくまで命を奪うことなく、由良を止めるつもりでいた。高音はさらに呪文を唱えると、影がさらに高音の身体にまとわりつき、黒をベースとした戦闘衣装となす。これが彼女のもてる最終戦闘体制。

「凄いわ、高音さん…… 貴方もわたしと同じだったのね……」

 うっとりとした顔で由良は言う。その表情が、たまらなく不快に感じた高音は、思わず声を荒げる。

「ふざけないでくださいまし! わたくしの力は、貴方なんかとは違う! この力は、誰かを守るためにこそ、あるのですわ!」

 再度、高音は呪文を唱える。高音の影が、むくむくと盛り上がると、先ほどとよく似た衣装と仮面を纏った人影が、次々と現れ、高音を守るようにその周囲を取り囲む。その数8体。そのうち、特に大きな人影は、高音の背後に立ち、絶対に離れまいとする。

「貴方はわたくしが止める! これ以上、この学園で人を死なせませんわ!」

 高音が腕を振り上げると、影は一斉に踊りかかり、由良と、その従者を攻撃する。影は絶妙なワンツーコンビネーションで、由良に拳と蹴りを浴びせかけていく。それを、身を挺して由良の従者が、主を守る。

「死神さん!」

 由良の悲痛な声が響く。従者は血を撒き散らしながら、だがしかし、さほどダメージを受けていないように立ちふさがっている。だが、高音の影の攻撃は終わらない。今度は頭上から、そして、両脇から、違う角度による攻撃が繰り出される。それらを、腕の鎌で切り裂き、あるいはガードすることで、攻撃を次々といなしていく。

「まだですわ!」

 今度は高音自身が飛び掛っていく。その背後にはぴったりと影がくっついていく。まずは影が衣装の帯を伸ばし、従者を絡め取っていく。そして、高音自身がぎゅっと固めた拳が、従者の身体を深々と突き破った。従者は一瞬にして、元の血へと還り、屋上のコンクリートのしみとなる。

「残るは貴方ですわ!」
「……うふ、うふふ」
「何がおかしいんですの!?」
「だって、わたしの死神さんが一体だけだなんて、どうしてそう言いきれるのかしら?」

 由良は、噛み切った指を下に向け、血を垂らす。そして、再び血で作られた死神が、再び高音の前に姿を現す。しかも、今度は3体同時に。

「な……!」

 高音の顔に戦慄が走る。それを察知してか、従者は一斉に自身の腕を鎌へと変えて、一糸乱れぬ動きで高音に斬りかかっていった。

「はっ……」

 一瞬、対応が遅れて、回避は不可能と悟ったのか、高音は影に念じて、自分の盾となるように命じる。高音と従者の間に、数体の影が割って入り、その身体に、従者の鎌が深々と突き刺さる。その一撃で、3体の影が、霞のごとく霧散した。残された影は、あと五つ。高音は歯噛みして、由良を睨みつけた。その視線を、狂気の笑みを浮かべながら、余裕の顔で受け流す。

「うふふ…… 高音さん、本当に凄い…… 憧れるわ…… だから、余計に分かち合いたいわ……」
「御免ですわ!」
「あらつれない」

 由良は自分の腕を地面と平行に伸ばすと、その腕を徐々に変化させていく。めきめきと嫌な音を立て、それはどくどくと脈打つ、肌色をした肉の鎌へと形状を変化させる。直視した高音は、口の中に酸っぱいものがこみ上げてくるのが分かる。露骨に嫌悪感を誘うその肉の武器は、由良の腕の動きに合わせてぐんと伸び、高音めがけて振り落とされる。

「!!」

 高音はすばやく背後の影の帯に包まれ、迫り来る肉の鎌を完全に防ぎきる。予想外の防御力に、由良の顔に驚愕の表情が浮かぶ。

「今ですわ!」

 高音は影に命じ、隙のできた由良に両脇から攻撃を仕掛ける。戦闘経験のない由良に、この連携攻撃を回避する術はない。そう高音は確信していた。
 だが。
 影の拳が、由良の胴に深く突き刺さる。これで由良の意識を刈り取るつもりでいたはずだった高音だった。しかし、手ごたえがない。由良の身体は、まるでゴムのように柔軟に歪み、影の攻撃を最小限に抑える。

「これ、は……」
「うふふふふ…… あれ以来、わたし、何度ももう一度死のうと思ったけど、死ねないの。こんな身体になってね。だから、あなたには少しだけ期待してたのに…… わたしを、あの快楽の高みに昇らせてくれるかもしれないって……」
「…………」
「期待はずれだったわ」

 冷ややかな視線と声を、高音に浴びせかける由良。由良はもう片方の腕で、従者に合図を送ると、従者は高音の影の首をきれいに刈り落とした。

「……っ!」

 悔しげな顔を浮かべながら、高音はバックステップで由良と距離を離す。

「逃がさないわ!」

 由良の腕がぐんと伸び、再び鎌を高音めがけて振り下ろす。それを影の帯で絡め取ってガードする。

「っ!」
「今度こそ!」

 高音の影が躍りかかる。今度は3体同時攻撃。両脇と背後からの攻撃を避けようともせず、全身で受け止める由良。拳が手ごたえのない身体に命中するも、ダメージは軽微なようだ。

「駄目よ、駄目駄目! こんな攻撃程度じゃ、あの高みには昇れないの! もっと、もっと!」

 狂乱めいたことを言いながら、由良は自身の鎌をふるって、影を一斉になぎ払う。高音に残された影は、残り1体。

「く……!」
(駄目! もうわたくし一人ではどうにもならないですわ…… こうなったら、高畑先生を……!)

 助けを呼ぼうと、高音は携帯を取り出して…… 絶望する。ここは開けきった屋上のはずである。にもかかわらず、携帯の表示には、「圏外」の文字が爛々と灯されていた。

「助けなんて来ないわよ? それに、誰かに助けてもらおうなんて、ちょっとずるいわよ? 高音さん?」

 不愉快な笑みを浮かべて、由良は高音を嘲る。

(なんて情けない…… 大見得切って飛び出して、結末がこんななんですの……? もう、彼女を止めるには……)

 高音は今さらながらにそう思う。だが、それを実行するには、覚悟を決めなくてはならない。激しく脈打つ心臓。一歩だけ前に出て、すーっと、深呼吸。

(これからわたくしは一つの命を奪う…… “立派な魔法使い”にあるまじき行為ですが…… 多くの命を救う道がこれしかないのであれば!)

 高音はだっと由良に向かって全速で駆け出し自らの拳をぎゅっと構える。先ほどとは違う、殺気のこもった攻撃に、由良の顔は恍惚となる。高音はそんな由良などお構いなしに、残された影に命令を下す。影は忠実にその動きを再現してみせる。まずは影の帯が従者たちの動きを封じ、由良に続く道を作る。そして、十分な力を蓄えた高音と、影の攻撃が、同時に由良に突き刺さる。

「…………」
「…………」

 沈黙が、屋上を支配する。拳を振り切ったまま、高音はピクリとも、由良も動く気配はない。どれだけの時間が過ぎただろうか。由良の口が動いた。

「ざーんねん」
「…………!」

 由良が鎌を振るった。素早く帯でガードする。しかし、ガードされた鎌は、次の瞬間、突如形状を変化させて、帯の隙間を縫って高音に小さな傷をつける。しかし、それだけで十分であった。

「さあ、これであなたもわたしと同じ。一緒に分かち合いましょう? 死の快楽を」

 由良が嬉しそうに言うと同時に。
 高音が、両手で頭を抱え込みながら、悶えだした。

「あ、あああああああああああああああああああああ!!」

 高音の脳には、激しい自殺衝動が駆け巡っていた。コンクリートをのたうちながら、高音は死にたくないという本能と、死にたいという衝動のせめぎあいに、悶え苦しむ。影は、力を貸すことなく、悶える主を無言で見下ろしていた。
 そして。
 高音は従者にある命令を下していた。



 隼人たちは愛衣と合流し、高音の目撃証言を元に、屋上へと上がる階段を駆け上がっていた。愛衣の仕入れてきた情報によると、高音は由良と一緒に屋上へ向かったらしい。

(頼む、無事でいてくれよ、高音!)

 隼人は切にそう願いながら、屋上へとたどり着く。閉められた唯一の屋上のドアを乱暴に開く。
 そこには。

「…………」
「……っ!」

 愛衣の息を呑む声が、隼人の耳に届いた。ちらり、と脇に目を向けると、愛衣が顔を青くしながら、目前に広がる光景に、釘付けになっていた。

「あら? 今度は佐倉さん?」

 由良が不気味な笑みを浮かべながらこちらを振り向いた。その足元には…… 腹からどくどくと血を流している高音の姿。

「お、お姉さま!?」

 愛衣は、由良には目もくれず、高音に駆け寄り、その身体を揺さぶる。だが、高音に返事はなく、とめどなく流れる血が、その惨状を物語る。

「……お前が、久保田由良か?」
「ええ、そうだけど? あなたは誰?」
「お前を止める者だ」

 それだけ告げると、隼人は写真から刀を錬成する。その脇の椿も、無言で“糸”を垂らした。

「あはは、あなたもわたしを殺してくれる人?」
「……そうなるな」
「あら、嬉しい。そうなることを望んでいるの」

 屈託なく笑う由良に、隼人は超高速の剣撃を繰り出した。避ける暇もなく、両断される由良。
 しかし。
 次の瞬間、由良の身体が液状となって地面に染みて消えていく。

「でも今日は駄目。また次に会ったら、わたしを殺してみせて? うふふふふふふ……」
「くそ! 逃げられたか!」

 刀を乱暴に地面に叩きつける隼人。隼人の手から離れた刀は、瞬時に元の写真へと戻る。椿は倒れた高音の元に駆け寄り、その容態を確かめる。高音の腹には、大きな穴が開けられており、血がとめどなく流れ出ていく。愛衣は椿に気づく様子もなく、目に涙を浮かべながら、自身の両手を高音にかざし、呪文を唱える。暖かな光が愛衣の手から溢れると、高音の出血が止まり、傷口がわずかだが塞がりかけていく。

「佐倉さん、貴方……!」
「…………!」

 椿の驚愕に気づく様子もなく、愛衣は一心不乱に高音に治癒魔法をかけ続けていた。椿は、携帯を取り出し、救急車の手配を勧める。

「はい、場所はウルスラの…… はい…… 10分後? 緊急なんです、もっと早く…… 分かりました、では、それでお願いします」

 椿は沈痛な面持ちで携帯を切る。

「救急車が来るわ。それまで、何とかその状態を維持して頂戴」
「はい……!」

 愛衣は自分の魔法が見られていることなどお構いなしに、高音に魔法をかけ続けていた。



あとがき
 今回、どうやって由良が高音に自殺させたか。回答を言いましょう。
 《ブレインハック》です。これを組み合わせて高音を攻撃することで、高音を自殺に追いやったのです。千雨を自殺させようとしたのもこれです。
 ちなみに、高音の防御をすり抜けたあの攻撃ですが、《貫きの腕》を組み合わせています。高音の超硬いガードを潜り抜けられたのも、このエフェクトによるものです。
 それにしても、きれいに高音には負けていただきましたw
 まあ、全裸描写はさすがにきついものが……



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン37
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:a01954ca
Date: 2010/04/21 19:23
 緊急手術室の前に、三人の影が並んでいた。
 隼人、椿、愛衣。
 愛衣は顔を真っ青に染めながら、じっと手を組み、祈るように目を閉じて、開こうともしない。隼人と椿は、じっと手術室の扉を見つめながら、扉が開くのをじっと待ち構えている。その扉の奥には、高音が死の瀬戸際に立っている。救急隊員が駆けつけてきて、その容態を見たときの、絶望的な表情は、今なお二人の脳裏にこびりついている。ちらり、と愛衣の様子を伺う。組んだ両手は、かたかたと震えていた。椿はそんな様子の愛衣に、背中から、そっと手を乗せた。

「大丈夫よ、貴方の力があったおかげで、高音さんはあそこまで持ってくれたの。後はあの子次第よ」
「……でも」
「貴方はやれるだけのことはしたわ。自信を持っていいの。今は信じましょう」
「……はい、ありがとうございます」

 愛衣は椿に振り返り、力なく微笑み返した。椿も微笑を返すも、内心では自らの無力さを嘆いていた。隼人もそれは同じで、椿たちから顔を背けながら、今の落胆した表情を、決して見られないようにしていた。
 と。
 誰かが駆け足でこちらに近づいてきている。振り向くと、血相を変えたタカミチとガンドルフィーニが、一刻も早く駆けつけようとこちらに向かっている。

「高崎先生、玉野先生!」
「高畑先生、どうしてここに……?」
「佐倉くんから連絡を受けてね。彼女が大変な目にあったというから、急いで駆けつけてきたんだけど……」
「高音くんの容態は!?」

 ガンドルフィーニが、真っ青な顔で詰め寄ってくる。

「……今は集中治療を受けていますが…… かなり難しいそうです」
「くそっ」

 だん、とガンドルフィーニが拳を壁に叩きつける。

「……いったい何があったんだい?」

 反対に、努めて冷静に、タカミチが事情を尋ねてきた。隼人と椿は顔を突き合わせ、全てを話す決意をする。

「……高音はジャームに単身挑んで…… 返り討ちに遭いました」
「何……!?」
「ジャームだと…… 一体誰が!?」

 ガンドルフィーニは、椿の胸倉を掴み、顔を近づけて声を荒げる。激昂した彼を、タカミチは腕を掴んで制止させる。

「落ち着くんだ、ガンドルフィーニくん」
「しかし……!」
「詳しく聞かせてくれないか……」
「はい……」

 椿は順を追って、今日の出来事を話し出す。ウルスラ生徒、久保田由良にジャームの疑いを持ったこと、それを高音に尋ねたところ、彼女が単身で由良に向かっていったこと、そして、駆けつけたときには、既に重体の状態だったこと。

「……なるほど、高音くんは、勇敢に戦って、返り討ちに遭ってしまったというわけだね」
「これは僕にも責任がある…… もっと彼女に、ジャームの危険性を話していたら、こんなことには……」

 ガンドルフィーニは顔を手で覆い、自分の不手際を嘆く。

「高畑先生、これは緊急事態です。一刻も早く、久保田由良の居場所を探ってくれませんか? 彼女を野放しにしていたら、また新たな自殺者が現れます」
「うん。至急学園長に掛け合って、緊急包囲網を敷くことにするよ。久保田さんが麻帆良の外へ逃げられないよう、僕らがガードする。だから内部のほうは君たちにお願いするよ」
「了解しました」
「あ、あの……」

 愛衣が、背後からおずおずと手を挙げる。何か言いたそうにしている彼女を察したのか、タカミチが一つ頷いて、愛衣を促す。

「先ほどから、皆さんのお話を聞いていますと、久保田さんが今回の真犯人なんですよね……」
「……そうだね。それがどうしたのかい?」
「だって! この間まで久保田さんは普通の生徒だったんですよ! どうしてそんな恐ろしい力に……」
「……佐倉、お前も魔法使いなら、聞いているだろう? あれが、オーヴァードだ」
「え……!?」

 驚愕に目を見開いて、愛衣が隼人の顔をまじまじと見る。

「オーヴァードって…… え、だって、あれ……?」
「困惑するのも分かるが、オーヴァードというのは何かのきっかけで突然覚醒する。彼女のきっかけは不明だが、あの力は、間違いなくオーヴァードのものだ」
「そんな……」

 愛衣はうつむいてしまった。余程ショックが大きかったようだ。しばらく無言で下を向いていた愛衣だったが、あることに気が付き、ぱっと顔を上げた。

「ま、待ってください。どうして隼人さんはそんなにオーヴァードに詳しいんですか? ……まさか」
「……ああ、俺も椿もオーヴァードだ」
「…………」

 信じられないという顔で、隼人と椿を、交互に見る。恐怖か、嫌悪感か、愛衣は気が付くと、隼人たちから一歩後ずさりしていた。

「……やっぱり、怖いか?」

 隼人の問いかけに、愛衣は小さく頷いた。少しだけさびしげな顔を浮かべ、隼人は話を続ける。

「……まあ、お前が俺たちをどう思っているかはこの際、置いておくとしようか。問題は、久保田由良もオーヴァード、しかもジャーム化しているということだ。このまま放置していたら、確実に犠牲者は増えることになる。そこでだ、佐倉、お前も協力して欲しい」
「わ、わたしですか?」
「そうだ、お前が知っている久保田由良の情報を、全て俺たちに話して欲しい」
「…………」
「……返事はどうだ?」

 隼人の再度の問いかけ。迷った顔を浮かべるも、愛衣はもう一度小さく頷いた。

「……今だけは、隼人さんたちに協力します。正直に言えば、お二人のことは怖いです…… けど、もしわたしにお姉さまの仇が取れるなら…… わたしに出来ることなら、お二人に協力します」
「すまない」

 隼人が小さく頭を下げたとき。
 愛衣の背にある手術室のドアがおもむろに開いた。中から、疲れた顔をした医師や看護師が、ぞろぞろと出てくる。

「先生、高音くんの容態は……?」

 タカミチの問いかけに、医師はなんともいえない表情を浮かべながら、下を向いた。

「……手は尽くしたつもりです。しかし、内蔵の損傷が著しく、本人の体力もピークに達しています。今は意識が戻っていませんが、正直、今後助かる確率は……」
「そんな……」

 愛衣の顔が青ざめる。ふらりと体が傾き、壁に寄りかかると、そのままずるずるとへたり込んでしまった。

「…………」
「今は彼女の傍にいてあげてください」

 医師はそれだけ告げると、看護師を引き連れて、自分の持ち場へと戻っていく。残された隼人たちは、何も話すことなく、じっと空いたままの手術室を眺めていた。



 治療室に担ぎ込まれた高音は、呼吸器をつけて昏々と眠りについていた。呼吸こそしているも、その呼吸は荒々しく、いつ途切れるかも分からない。そんな様子の高音を、今にも泣き出しそうな顔で愛衣がずっと見つめていた。

「お姉さま……」
「…………」

 隼人はそんな二人のことを、黙ってみているしかない。自分では…… 彼女を助けられない。歯がゆさが胸を締め付ける。

「椿、何か方法はないか?」
「…………」

 隼人の呼びかけには応えず、椿は必死で高音を救う手段を模索する。自分に出来る方法で、彼女を救う手立てを、一つ一つ吟味していく。いくつもの案が頭をよぎっては消えていく。自分の持つ手段で、彼女を救う方法は……

「……あ!」

 一つだけ思い浮かんだ。素早く携帯から、情報を入手する。情報を確認していくうちに、この手段が現実的なものであることを確信していく。

「……おい、椿、何をしてるんだ?」
「ちょっと外にでるわ」
「外? こんなときに何を……」
「彼女を救える人間に心当たりがあるの」



「……ふむ、そういう事情か。了解した。車を走らせるから、何とか2時間、いや1時間でいい、彼女の命を保たせてくれ。 ……了解。では早速車を走らせる」

 携帯を切ると、その人物はおもむろに立ち上がる。ハンガーに引っ掛けてあったスーツに袖を通すと、近くにいた少女に話しかける。

「君の力が借りたい。一緒に来てくれるね?」



 治療室に戻ってきた椿は、愛衣に突然話しかける。

「佐倉さん! 治癒魔法で、何とか1時間、高音さんの命を保たせられないかしら!?」
「え!? ええ!? い、一体何を言ってるんですか!?」
「お願い、何としても彼女を助けたいの。ありったけの力で彼女の命を保たせて。重ねて言うわ、お願いよ」

 椿は小さく頭を下げる。どうやら彼女が、本気で高音を救うつもりのようだ。愛衣は椿の目をじっと覗き込むと、やがて小さく頷いた。

「分かりました…… やってみます!」

 愛衣は高音に向き直ると、小さく呪文を唱える。治癒魔法の暖かな光が手に灯り、わずかではあるが、高音の呼吸が和らぐ。

「くう……」

 しかし反対に、愛衣の表情は苦悶に満ちている。どれほどの魔力をつぎ込んでいるのか、隼人たちにはうかがい知れないが、それでも相当な負担がかかっていることは確実なようだ。ここからは時間との戦いだ。

「……椿、どんな手を使うつもりだ?」
「一人心当たりがあったの。麻帆良に程近くて、彼女の身体を癒せる人間が、ただ一人」
「……本当か?」
「ええ。後は彼が到着するのをじっと待つだけよ」

 椿はそれだけ言うと、ただじっと愛衣の姿を見守る。高音を救いたい気持ちは、椿も愛衣も一緒なはずだ。オーヴァードと魔法使い、異なる異能力を持つ二人が、一人の少女を救いたいという気持ちが、この瞬間だけ、確かに重なり合っていた。



 カーナビの指示に従いながら、その人物はまっすぐに麻帆良へと向かっていた。
 だが、トラブルというのは常に付き従うものだ。予想外の工事による渋滞に巻き込まれ、余計な時間を食う羽目になってしまった。このままでは、約束の時間に間に合いそうにない……

「先生、ちょっといい?」
「……なんだい?」

 焦りを隠そうともせずに、その人物は、助手席に乗っていた小柄な人影に話しかけた。

「近道を今から作るよ。あたしの指示通りに車を進めてくれる?」
「……ふむ、ではお願いできるかな? 事は一刻を争うんだ」
「オッケー。じゃ、いくよー」



 そろそろ1時間が近づいてくる。愛衣の額には玉のような汗がびっしりと張り付き、もうじき限界が近いことを示している。心なしか、高音の呼吸がまた荒くなってきた。この魔法が途切れたら、おそらく高音の命は失われる。そう予感させる。

「……おい、まだなのか? もう1時間は経つぞ」
「……待つしかないわ」

 椿は冷静さを装っているが、内心の焦りは隼人以上である。これ以上時間が経てば、愛衣の力が尽きるのは明白だ。時計の針が進むにつれて、絶望の色が徐々に濃くなっていくのが分かる。
 まだか。椿がそう心で叫んだとき。
 誰かがこちらへ駆けてくる足音が二つ響いてくる。隼人もそれに気が付き、ばっと後ろを振り返る。

「高音くんとやらの病室はここか!?」

 一つは男性の声。

「待たせてごめん!」

 もう一つは可憐な少女の声。男性は、髪をオールバックにし、ブランド物のスーツを着こなした長身。眼鏡の下からのぞく顔つきは、知的なハンサムであり、胸には弁護士の資格を示すバッジが取り付けられている。もう一人の少女は、ポニーテールの小柄な少女で、ネギと同じくらいの年頃だろうか。可愛らしい服を着た年頃の少女と言う印象だが、その瞳には、年には似つかわしくない大人の雰囲気が漂う。

「神月先生! 待っていましたよ!」

 ようやく到着した安堵の表情で椿が二人を出迎えた。

「挨拶は後だ。高音くんは、ベッドで寝ている彼女で間違いないな?」
「はい、先生、後はお願いします」
「任された」

 神月と呼ばれた男性は、つかつかと高音に歩み寄り、愛衣の肩に手を添える。

「よく頑張った。後のことは私に任せてもらおう」

 神月は、眼鏡を直すと、高音に手をかざした。一瞬、高音の身体が震える。呼吸が一瞬、激しくなる。

「あ、貴方、何を……!?」

 愛衣の非難が跳ぶが、神月はお構いなしで、高音に手をかざし続ける。高音の呼吸が、さらに激しくなるが、しばらくすると、段々規則正しい呼吸へと変化し、顔色も若干血色がよくなっている。

「……もう大丈夫なはずだ」
「……え?」
「彼女は持ち直した。それも君が頑張ってくれたおかげだ」
「え? え? ええ?」

 愛衣は混乱しながらも、高音の様子をじっと観察する。確かに、意識こそ戻ってはいないが、呼吸は規則正しく、顔色も、土気色から血の通った肌色へと変化している。どうやら峠は越えたらしい。

「あ、あの! どうして……!?」
「何、私の力を使ったまでだ。玉野くんに頼まれてね、私の力で彼女を救って欲しいとな。救える命を見殺しにするのは、私の正義に反する」

 それだけ言うと、神月は内側のポケットから、名刺を取り出して、愛衣に見せる。

「自己紹介が遅れた。私は神月正義。綾間市で弁護士をしている。まあ、副業でレストランも経営しているので、そちらのほうもよろしく頼むよ」
「神月……? ま、まさか、神月弁護士ですか!?」
「ほう? 私のことを知ってくれているのか?」
「はい! 週刊誌で読みました! 今をときめくイケメン弁護士って! 一部でよくないことも書かれていますけど……」
「ははは、まあ、マスコミというものはそんなものさ。そんなことをいちいち気にしていたら、弁護士なんて務まらない」

 神月は笑いながら、名刺を愛衣に手渡した。

「あの、それからあちらの女の子は、神月先生のお子さんですか?」
「いや、前に関ったとある事件で知り合った子でね、陸原瞳くんと言う」
「はじめまして~」

 瞳と呼ばれた少女は、屈託なく笑って、愛衣に手を振った。

「まあ、時折私の仕事の手伝いをしてくれる、出来た子だよ」
「はあ…… あの、もしかして、先生は魔法使いなんですか?」
「魔法使い? ……玉野くん、もしかして彼女は……」
「……はい、彼女も魔法使いです」
「なるほど…… では、ある程度こちらの事情は話しても構わんな。残念だが私は魔法使いではない。オーヴァードだ」
「ええ~!?」
「静かに頼むよ。ここは病院だ」
「す、すみません……」

 愛衣は肩を小さくして謝った。

「まあ、そんな関係もあってUGNとは協力関係にある。今回玉野くんの要請に応じたのも、それに通じてだ」
「じゃ、じゃあお姉さまは……!?」
「安心したまえ。彼女はオーヴァードにはなっていない。私の力には致命傷であってもその傷を癒す力がある。彼女にもそれを使っただけだ」
「そ、そうですか…… よかった……」

 心底安堵したように、愛衣は息を吐いた。神月はそんな彼女の様子を見届けると、自分の使命は終わったといわんばかりに、病室を後にする。

「……もう行かれるんですか?」
「ゆっくりしていたいのは山々だがね。あいにく、厄介な一件を抱えているんでね。綾間にこれからとんぼ返りで戻らねばならん」
「そうですか…… 神月先生、ありがとうございました」
「何、この程度でよければいつでも力を貸そう。では、またいずれ」

 神月は片手を振ると、決して振り返らず、ゆっくりと病院の廊下を歩き出した。瞳はそんな神月の横にぴったりとくっついて離れることなく、病院を後にした。

「……よかった」

 神月たちを見送った椿がそれだけぽつりとつぶやいた。

「……ああ、そうだな」

 隼人も、穏やかな顔を浮かべて、高音が救われたことを素直に喜んだ。だが、次の瞬間には、すぐに顔を引き締める。

「俺たちの仕事は終わらない。久保田由良の行方を追いかけるぞ、椿」
「ええ」



あとがき
 どてっ腹に穴を開けた高音を救うために四苦八苦し、超強引な手段で彼女を救うために作り上げましたw
 神月の登場は完全に想定外ですが、他に彼女を救う手立てが思いつかず、この手段を使わせていただきました。今回使った《奇跡の雫》と《猫の道》に関しては、超拡大解釈をさせていただいてますのでご了承ください。
 あと、シーン36に追加分です。ぶっちゃけ、どうして高音が助けを呼ばなかったのかという答えについて、シーンを少し挿みました。まあ、理由としてはEロイス《悪意の伝染》によるものですが。



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン38
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:a01954ca
Date: 2010/05/01 20:37
 久保田由良の行方を捜すために、隼人たちは一度合流し、互いの情報を交換し合うことにする。集合場所に到着した隼人を、夕映と楓が出迎えてくれた。

「進展があったようですね」
「ああ。そっちはどうだ?」
「残念ながら空振りでござるよ。あれ以来赤い死神が姿を見せてこないでござる」
「そうか……」
「まあ、出現しないに越したことはないでござる。このまま周囲の警戒を続けるでござるよ」
「了解だ。綾瀬たちはどうだ?」
「赤い死神の出現範囲が徐々に広がっていくのが分かりましたね。ウルスラを中心に、現在は半径20km四方まで勢力を拡大しているようです。この調子では、数日以内に半径50km、麻帆良一体に活動範囲を拡大していくことでしょう」
「対処は急いだほうがいいな…… 分かった。次からはこっちに合流してくれ。こちらが入手した情報を元に、敵の情報を割り出す」
「了解しました」
「そ、そうだよ、結局敵は誰なんだ? 先生はもう調べたんだろ?」

 千雨がもっともなことを隼人に尋ねてきた。隼人はそれに小さく頷くと、はっきりとその名前を口にした。

「ウルスラ2年久保田由良。既にジャーム化している。俺たちが駆けつけたところで、逃がしてしまった」
「…………」
「魔法使いの一人が交戦したが、返り討ちに遭っている。気をつけろよ、かなり手ごわい相手だ」
「う…… わ、分かってるよ……」

 千雨が顔をしかめる。

「これからの方針を伝える。俺と長瀬、それから古は赤い死神の排除と同時に、久保田由良の潜伏場所を探る。綾瀬と長谷川は椿に付いて、久保田由良の身辺から情報を集めてくれ。ザジは適宜俺たちのフォローを頼む。異論があるやつは手を挙げろ」

 隼人の問いかけに、誰も挙手をしない。

「では、明日から久保田由良を見つけ出す。一日でも早く事件を解決するぞ」
「「「了解」」」



 由良は人気のない道を、鼻歌を歌いながらスキップする。軽い足取りで宙に舞い、来る瑠璃と一回転。上機嫌な彼女。その心境は、どろどろに腐っているが。死の快楽をもっともっと多くの人間と分かち合いたい。高音も自らの腹を影にぶち抜かせた。苦痛は最初だけだ。その次に待っているのは心地よい快楽。

「うふふ……」

 由良は両手を広げ、月の昇る夜空を眺めながら、恍惚の顔を見せる。

「もっともっと、みんなと分かち合いたいわ…… あの快楽を……」

 その呟きは、誰の耳にも残ることなく、風に消えていった。



 翌日の放課後。
 隼人は楓たちを引き連れて、麻帆良中を走り回り、由良の目撃情報を集めていく。だが、有力な情報には至らない。足に少しずつ疲労がたまっていくのを感じながら、隼人はじりじりと焦りを感じ始めていた。

「くそ……」
「なかなか尻尾を掴ませないアルね……」
「せめて敵の目的が分かればいいのでござるが……」

 三者は腕を組み、難しい顔をしながらうなる。
 と。
 隼人の携帯が鳴った。着信者はタカミチ。

「高畑先生ですか? どうしました?」
『高崎先生、そっちはどうだい?』
「駄目ですね、有力な情報は何一つ得られませんでしたよ。久保田の目撃情報はおろか、学校にすら、今日は来ていないようですし、途方に暮れてます」
『そうか…… こっちは何人かの魔法教師を麻帆良の外円に派遣して、久保田くんの包囲網を完成させたところだ。現状、麻帆良の外には久保田くんが出て行ったという報告がない以上、麻帆良のどこかに潜伏しているのは間違いないと思うよ』
「そうですか、では、そちらはそのまま包囲の継続をお願いします。俺たちはもうちょっと粘って見ますよ」
『了解、頑張ってくれたまえ。こちらも猫の子一匹見逃さないように警戒を強めるよ』
「了解」

 通信を終了し、隼人は一息ついた。得られた情報といえば、由良は麻帆良の外には出ていないということだけだが、少なくとも隼人には僥倖であった。これで麻帆良の外にまで被害が及ぶことはないだろうし、何より捜索の範囲が大幅に狭まったからだ。

「もうしばらく麻帆良一体を調べるぞ。5分休憩したら捜索再開だ」
「了解でござる」
「じゃ、飲み物買ってくるアルよ!」

 古は足早く自販機に駆け出した。



 無人となった久保田由良の部屋に、椿達は足を踏み入れた。寮長の話によると、機能から由良は寮に戻ってきていないらしい。さすがに正体を見抜かれた状態でのうのうと帰宅するほど愚かではないようだ。しかし、逆に言えば好都合だ。椿たちが堂々と由良の部屋を調査しても、由良とばったり出くわす心配もない。

「とりあえず、一通り部屋のものを調べていくわよ。手を貸して」

 椿はまず、机の本棚を調べていく。これまで由良が使っていたノートや教科書、参考書などが並べられているが、どれもよく見ると、水を含んだようにしわくちゃだったり、破かれたり、見るに絶えない落書きで埋め尽くされていた。どうやら、余程苛烈なイジメを受けていたのだろう。椿が物思いにふけっている中、千雨は由良の小さな本棚を調べる。主に、お気に入りの作家の小説や漫画ばかりだったが、一つ毛色の違う本があった。鍵付きの日記のようだが、肝心の鍵がどこにあるのか分からない。

「先生、この日記の鍵、どっかにないかな……?」
「日記の鍵? なるほど、こっちも探してみるわ」
「頼む。あたしはもう少し本棚を調べてみる」

 千雨が本棚の調査を再開しようとしたそのとき、

「せ、先生! こっちへ!」

 浴室を調査していた夕映が、鋭い叫びで椿を呼ぶ。ただ事ではないことを察知すると、椿は夕映のいる浴室へと足を運ぶ。椿が浴室のドアを開けると――

「う……」

 椿は口を押さえる。浴室は、一面黒く固まった血で満たされており、風呂の水も、血によって真っ赤に染まっていた。夕映もハンカチで口を押さえ、真っ青な顔をしている。

「これは、もしかして……」
「詳しく調べてみないと分かりませんが、おそらく久保田由良本人の血ではないかと……」
「自殺しようとしていたのかしら。何のために……?」
「さあ、それは本人に聞いてみないと…… それにこの血の量、ひょっとするとここ数日のうちに、彼女は何回もここで自殺を繰り返しているかもしれませんね」
「理性のあるうちに?」
「いえ、おそらくこれが彼女の衝動かと」
「なるほど、ということは、久保田由良は道連れを求めているということかしら?」
「そう思います、とすると、これまでの事件の理由も説明できますね。道連れを欲して次々とウルスラの生徒たちを自殺させていった、そんなところでしょうか」
「はた迷惑な話ね」
「全くです」

 夕映と椿は、もうバスタブには見るものはないと判断したのか、そっとドアを閉めて、捜索を再開する。日記の鍵を探して、部屋中を探すが、それらしいものは見つからない。

「これはひょっとすると、久保田由良が鍵を持っている?」
「ありえますね。となると、困りましたね、この日記が手がかりなのに、肝心の鍵がないかもしれないなんて……」
「くそ、ここまで来て、調査は振り出しかよ!」

 千雨が悔しそうに、手近にあったクッションを壁に投げつける。

「とりあえず、この日記は押収しましょう。何かの手がかりになるかもしれないし」
「…………」
「これ以上ここを調べても何も出てきそうにないわね。みんな、引き上げましょう」
「……ああ」
「了解です」



 隼人と合流し、情報の交換をしあう椿たち。全員の注目は、やはり鍵のかかった日記だった。隼人はそれを手に取り、ためしに力任せに鍵を引きちぎってみようとしたが、革製のハードカバーは、そう簡単には引きちぎることは出来ない。

「こいつの中身に、ヒントが書いてあればいいんだがな……」
「無理やりこじ開けてみるアルか?」
「それも手だがな。一つ試してみたいことがある。何か細いものはないか?」
「何でもいいですか?」
「ああ」

 隼人が頷くと、夕映はティッシュを取り出して、それを細く束ねていった。丁度子よりのようになったティッシュは、鍵の隙間に入り込むには、十分な細さだった。

「これくらいでいいですか?」
「ああ、十分だ」

 隼人はそのティッシュをおもむろに鍵穴に突っ込むと、指先に軽く念を送り込む。すると、ティッシュが徐々に鍵の形を成していき、それを軽く回転させる。カチリ、と鍵の開いた音が鳴る。

「よし、上手くいったか」
「おー、さすがアル、隼人センセ」

 感心するように、鍵の開いた日記をまじまじと見る古。椿たちも、開いた日記に、関心が寄せられる。隼人はそっとページを開く。日記の最初の1ページは、今から半年前のものだった。

「X月X日

 今日も藤村さんたちに呼び出される。意味の分からない因縁をつけられると、わたしの頭を掴んでトイレの水を頭からかぶせてきた。
 どうしてわたしばかり、こんな目に遭わなくちゃいけないの?」

「…………」

 いきなりきつい書き込みに閉口する。その後もページを開いていくと、どれも似たような内容のものばかりが、次々と読み取れる。うんざりするような思いで日記を読み勧めていくと、一つだけ、気になる内容のものを見つけた。

「X月Y日

 最近あの場所に行くと気分が落ち着く。空き家になってるから誰もこの場所に立ち入らないし、それにここの窓から見える麻帆良の景色はきれいだ。世界樹も間近で見られるから迫力もある。この場所はわたしが見つけたお気に入りの場所。藤村さんたちもここのことは知らないし、知らせるつもりもない。ここはわたしだけの秘密の場所なんだ」

「麻帆良を見渡せて、世界樹も近くにある空き家だって? んな場所あるか?」

 千雨が首をひねってみるが、そんな場所に心当たりはない。楓たちもそろって首を傾げるばかりだ。キーワードは分かっても、そこにたどり着けなければどうしようもない。

「ここまで来て、壁にぶつかるとはな……」
「参ったわね……」

 隼人も椿も困り果てる。
 そこに。
 一羽の鳩が彼らの中心に舞い込んでくる。隼人たちは、それがザジの鳩であることに、即座に気が付いた。

「ザジか? 何か見つけてきたのか?」

 隼人がつぶやくより早く。
 鳩は空高く舞い上がっていった。

「……追いかけてみよう」

 隼人は鳩を追って走り出す。椿たちも、その後に続いていく。鳩は麻帆良の中央、世界樹目がけて飛んでいく。どうやら日記の内容と合致するようだ。

「あれ……?」
「どうしたでござるか? 夕映殿」
「いえ、ちょっと引っかかるところがありまして…… 確かこの方角は……」

 夕映が考え込んでいる中、鳩は付かず離れず、隼人たちの前を飛んでいく。どんどんと郊外へと飛んでいくと、やがて、鳩がある建物の上を旋回しだした。どうやらここが目的の場所だと言いたいらしい。そこは、かつてはどこかの学生の寮だったのだろうか、それなりに立派な門構えをしていた。しかし、今は酷く老朽化しているせいか、あちこちにシミが浮き出、屋根もところどころ痛んでいる。正門には、はっきりと「立ち入り禁止」の看板が取り付けられていた。

「……なるほど、中等部の昔の寮ですか。確かにここの最上階ならそれなりに麻帆良を見渡せますし、何より世界樹も近いですね。日記の内容とも合致します」
「てことは、この中にいるってことか……?」
「おそらく」

 隼人は慎重に、《ワーディング》を展開して、手に刀を作り上げていく。椿も“糸”を伸ばして、いつでも戦えるように準備する。二人は率先して先陣を切り、「立ち入り禁止」の看板など見えないかのように、閉ざされた正門を飛び越える。夕映たちもその後に続いていく。隼人たちは足音を殺し、由良のいる痕跡を探る。

「先生」

 夕映が静かに隼人を呼ぶ。うっすらと開いた寮のドアの内部、誇りの積もった床には、確かに誰かがこの中を出入りしている足跡が、ありありと残されていた。

「ここ数日のうちに、誰かが何度も出入りしているようですね」
「ああ……」

 隼人は静かにドアを開く。

「……行くぞ」

 隼人が先導し、椿が殿を、千雨たちがその間。周囲を警戒しながら、一階一階、慎重に調べていく。そして、3階に差し掛かったそのとき。
 突然の頭上からの攻撃を、隼人の刀が受け止める。

「ちいっ!」
「隼人!」
「大丈夫だ椿! 後ろを!」
「了解!」

 椿が背後からの攻撃を警戒して、振り返る。夕映たちも、素早く臨戦態勢を整える。早との眼前にいるのは、千雨の話に聞いていた赤い死神。その正体は、間違いなく由良の従者。ただし、問題はその数。一体ではなく、視認できただけでも5体。まだ見て回っていない部屋を考えれば、もっといるはずだ。これらの敵をいちいち倒していったら、確実に消耗し、最悪ジャーム化は免れない。隼人は深呼吸して、意を決する。

「……突っ切るぞ、俺に続け!」

 隼人はそう叫ぶと、刀を振るって従者の1体を切り伏せ、さらにもう1体を逆袈裟に切り裂く。それに呼応するかのように、3階の部屋のドアが一斉に開き、真っ赤な従者が次々と出現する。

「無視しろ! 走れ!」

 隼人は攻撃を掻い潜りながら、刀で従者を切り伏せていきながら、夕映たちの通り道を作っていく。夕映も開かれた道を駆け抜け、隼人の後に続いていく。

「休むな! 急げ!」

 隼人が後ろを振り返ることなく、叫ぶ。従者は次々と立ちふさがっていくが、隼人はそれらを全て切り捨てていく。

「もうすぐ最上階です!」
「よし、もう少しだ!」

 従者の猛攻に、傷を負いながら、隼人は夕映たちを先導していく。最上階の階段を上りきり、一箇所だけ、不自然に開かれた部屋。隼人は乱暴に、ドアを蹴破った。もともとそこは何かのホールなのだろうか。ガラス張りの窓からは、確かに麻帆良が見下ろせる。今はがらんと何もおかれていないが、もともとは机やいす、機材などが置かれていたのかもしれない。赤いカーペットは、埃にまみれ、黄ばみが目立ち始めている。

「あー、どうしてわたしの居場所が分かったのかしら?」

 その人物は不機嫌そうに口を尖らせる。悠々と窓を見下ろしていたのだろう、振り返ると、少しすねたような顔をしている。久保田由良。この空間の主にして、連続自殺事件の真犯人。

「もう少しだったのに」
「もう少しだと?」
「そう」

 由良はにっこりと微笑む。しかし、その笑みには、どこか狂気を孕む。

「麻帆良のみんなと一緒に、わたしの死の快楽を分かち合うの」
「「「な……!」」」
「素敵よ…… みんながあの快楽に酔いしれるの…… きっとみんな、幸せな気分になれるわよ……」
「ふざけんな!」
「その通りでござる! 独りよがりもそこまでにするでござるよ!」
「ううん、違う! 貴方たちは知らないだけよ! この快楽を!」

 髪を振り乱し、楓たちの言葉を否定する。

「知りたくもないアルよ!」

 吐き捨てるように古が言う。

「……ふう」

 やれやれと言わんばかりに、由良は首を振った。

「だったら、一緒に味わいましょう?」
「……!!」
「この、死の快楽を!!」

 隼人の《ワーディング》が、冷たく、黒い何かに塗りつぶされる。それと同時に、彼女の衝動が心を激しく揺さぶっていく。

「ぐ……」
「みんな、気をしっかり持って……!」
「分かってる、けどよお!」
「これは……!」

 歯を食いしばって、衝動に打ち克とうとする。
 だが。

「あ、あああああああああ!!」
「う、うああああああ!!」

 楓と古が、声にならない叫びを上げる。目が血走り、頬を無意味に掻き毟る。まるで、何かに取り憑かれたかのように奇行に走る二人。衝動に呑まれたようだ。

「うふ、うふふふふ…… さあみんなで分かち合いましょう、みんなで!」

 由良は親指を噛み切り、血を滴らせると、床の血が盛り上がり、一気に3体の従者が現れる。

「…………!」

 衝動をぎりぎりのところで押さえ込んだ隼人は、刀に、いつものネームプレートを融合させて、その刀身を黒に染める。

「お前を…… 切り裂いてやるっ!」

 椿が、指から伸ばした“糸”を由良に振るうのと同時に。
 従者たちの腕が、一斉に動いた。



あとがき
 ちょっとどころか、かなりの駆け足気味にw
 情報収集はだらだらとやるもんじゃないですね。もう少ししっかりとメリハリをつけないといけないですね。
 この辺が凄い難しいなあw



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン39
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:a01954ca
Date: 2010/05/14 18:27
 椿の“糸”を掻い潜って、由良の従者が一斉に動き出した。左腕を鎌に変化させ、それぞれが、それをぐんと隼人たちにまで伸ばし、真横になぎ払う。

「くっ……」

 椿がとっさに千雨を庇い、“糸”を盾にして弾き返そうとするも、その威力は“糸”をやすやすと切り裂いて、椿の胴に、大きな傷をつける。

「先生!」
「大丈夫、これぐ、らい……? あ、ああああああああ!!」

 椿が突如、頭を抱えて絶叫する。千雨はこれを知っている。自分を消したいどうしようもない衝動。それに椿は苛まれているんだということを。

「椿! おい、お前たち、正気に戻れ!」

 隼人が必死に呼びかけるが、既に衝動に呑み込まれた二人はもとより、椿もそれに耳を貸そうとはしない。楓は練成したクナイを自分の胸に突き立て、真っ赤になった胸を眺めて、歪んだ笑みを浮かべている。古の放つ炎が、じりじりと己を焦がし、肉の焦げた嫌な臭いを放ちだす。

「くそ、こいつら、いい加減正気に戻れって!」

 千雨も、目の前に行われる異常な光景に、目を覆いたくなるのを必死で押しとどめ、電撃を限界までチャージする。目の前の敵が倒れれば、すべて解決すると信じて。

「みなさんはわたしたちが正気に戻します! 隼人先生は、あの従者を!」
「心得た!」

 夕映の指示に、隼人は素直に頷き、刀の切っ先を由良に向けて、腰を落とす。

「援護します!」

 隼人が駆け出すと同時に、夕映の手に、“魔眼”が生まれ、それは徐々に夕映の身長を超えた大きさになる。それを振りかぶって、従者たちを包むように、投げつける。それは超重力の楔となって、従者たちの足を止める。

「はああっ!」

 剣閃は一つ。だが、従者には、無数の傷。これが高崎隼人のコードネーム、“ファルコンブレード”の由来。

「……ちっ」

 だが、隼人は苦い顔で舌打ちをする。今の攻撃に、手ごたえを感じない。いや、ダメージはゼロではない。だが、クリーンヒットともいかない。まるで豆腐を斬っているかのような手ごたえが、隼人の手の感覚に残っていた。従者を見る。その傷は、既に塞がりかけ、まるで問題ないかのように振舞っている。

「あはは、あなた凄いのね! わたしびっくりしたわ! ……その力なら、わたしをあの快楽にまで誘ってくれるのかしら?」
「黙れ!」

 隼人は吐き捨てるように叫ぶと、従者の壁を抜けて、由良に切りかからんとする。だが、それより早く従者たちが、改めて隼人の壁となって立ち塞がる。決して由良には近寄らせまいと。従者に囲まれ、身動きの取れなくなってしまう隼人。刀を突きつけながら、攻撃をけん制する。

「高崎先生! くっそ、おい長瀬! 古! 正気に戻れ!」

 千雨は狂ったように自分の胸を刺し続ける楓や、自らを燃やし尽くそうとする古に叫ぶも、まるで千雨なんか目に入っていないかのように、二人は自分の行動に没頭し続ける。それに。

「玉野先生! おい、正気に戻ってくれよ!」

 椿も自らの“糸”を首に巻きつけ、不気味な笑みを浮かべながら、力いっぱい締め上げている。

(んだよ、これ…… あたしにどうしろって…… いや、ここはあたしがどうにかこいつらを正気に戻すかないのか……?)

 千雨は気が付く。ここで彼女たちを正気に戻さない限り、この戦いに、勝機は見えてこない。既に包囲された隼人では、由良の元に到達することは困難。夕映では火力不足。自分一人では、由良に攻撃が届かない。ならばここは……

(いちかばちか、やってみっか……)

 千雨は自身の“領域”を展開する。周囲の色が紫に染まり、パチパチと電流が爆ぜる。千雨は周囲の電流をコントロールし、楓たちに、微弱な電気を浴びせかける。弱いとはいえ、仮にも電流である、そのショックは大きい。

「…………!!」

 電流を受け、楓たちは一瞬、激しく痙攣する。

「……これで正気に戻らなかったら、次はもっときついの行くぜ?」

 千雨は、次の一発の準備を始める。

「い、いや! 十分でござる! 正気に戻ったから、これ以上は勘弁するでござるよ!」

 楓は振り返り、慌てたように、千雨を制した。その目には理性が灯っている。どうやら、今ので本当に正気に戻ったらしい。

「め、面目ないネ…… 迷惑かけたヨ……」

 古がすまなそうに、頭を下げる。

「そう思うんだったら、高崎先生を頼むぜ!」
「了解アルよ!」

 古は燃える腕を振り回すと、隼人の元へと一足飛びで駆け込んでいく。

「拙者も援護するでござる!」

 楓も無数のクナイを錬成し、従者たちへと次々と投げつける。

「喝!」

 印を切ると、クナイは瞬時に爆弾へと変化し、爆風を撒き散らす。一瞬だが、隼人を囲む従者の包囲に、穴が生じる。そこに、颯爽と古は飛び込んでいった。

「古、お前、正気に戻ったのか!?」
「千雨のおかげネ! ここから挽回するアルよ!」
「よし、俺は正面をやる。古、お前は後ろを頼む!」
「おー、任せるアルよ!」

 古は嬉しそうに隼人と背中を合わせる。まるで負けるつもりのないかのようにその声は朗々としていた。

「あらら、わたしの趣向はお気に召さなかったのかしら? じゃあ、こんなのはどう?」

 由良は手を高く掲げると、従者は一斉に取り囲んだ隼人たちを攻撃する。
 しかし。

「おっと、ワタシの前では攻撃は通さないアルよ!」
「させません!」

 夕映の黒の障壁と、古の放つ炎の盾の前に、全ての攻撃は無効化される。

「何ですって!?」

 驚愕の声を上げる由良。しかし、更なる驚愕が、彼女を襲った。

「さっきはよくも!」

 正気に戻った椿の無数の“糸”が、次々と従者を絡め取る。動きを封じられた従者たちを、隼人の刀が、古の燃える拳が、次々と打ち倒していく。

「な……!?」
「これで終わりだ!」

 隼人が最後の一体を切り伏せる。従者は倒れると、瞬く間に血のシミとなってカーペットに吸い取られていった。

「残ったのは、お前だけだ」

 隼人は由良に刀を突きつける。由良は、その刀の切っ先をじっと見つめていると、やがて、うつむいて、肩を震わせる。

「なんだ、今さら命乞いとかじゃねーだろーな?」

 千雨が怪訝そうな顔をしながら言う。だが、それが甘い考えだと気づくのに、数秒ともかからなかった。由良は狂ったように笑い出すと、嬉しそうに両手を広げる。

「ああ、最高よ、最高だわ! 貴方たちが、わたしにあの快楽を味わわせてくれるのね! ふふふ、今日はなんて最高なの!?」

 吐き気を催したくなるような強い衝動。千雨は改めて思う。ああはなりたくない、と。

「その笑い声を止めやがれ!」

 千雨の生んだ激しい電撃が、由良を直撃する。かわすことも出来ずに、いや、かわそうともせずに、由良はその電撃をまともに浴びる。

「……お、おいおい、避けもしねーのかよ……?」

 千雨は、敵の行動に、妙にうろたえてしまう。しかし、次の瞬間には、その表情が強張る。由良の服はところどころ焦げこそしたものの、由良の体そのものは、ぴんぴんしている。

「うーん、いまいちって感じかしら?」
「き、効いてねーのか!? 今のは結構手応えあったぞ!?」
「あはは、この程度ではだーめ。もっともっとわたしを殺そうとしてみせなさいよ」

 由良は千雨に手招きをする。もちろん、それに答えるような勇気は千雨にはない。

「では、これならどうです!?」

 夕映の“魔眼”が手のひらから解放され、由良の枷となる。身動きの取れなくなった由良に、隼人の刀が閃いた。袈裟懸けにばっさりと切られる由良の身体。激しく血がしぶく。
 だが。

「が……」
「あはは、この痛み、貴方にも分けてあげるわ」

 吹き出した由良の血が、剣山のように、無数の槍となり、隼人の身体を貫いた。身体に無数の穴を開けて、がくりと膝を付く隼人。

「隼人!」
「だい、じょうぶだ……」

 苦しげに呟きながら、隼人はゆっくりと立ち上がる。服を、赤く染め上げながら、刀を正眼に構える。

「なら、これならどうアルか!?」

 隼人の真横から飛び込んだ古の燃える拳が、由良の顔面に突き刺さる。だが、やはりその手応えに、違和感を感じる。まるで、豆腐を殴ったように全く手応えを感じない。

「うふふ、貴方のパンチもなかなかだわ。でもこれくらいじゃ、あの高みにはいけないの!」

 由良の腕が鎌へと変化し古の胴体を横に薙ぐ。とっさに古は炎の盾で防御しなければ、今頃古の身体は真っ二つだっただろう。ぞっと背筋に冷たいものを感じる古。

「あ、危なかったアルね、もう少し防御が遅かったら、ワタシでも死んでたヨ」
「あら、素敵じゃない。死ぬって、とっても気持ちいいのよ?」
「冗談じゃないアルね! ワタシまだ死にたくないヨ!」

 古はそう吐き捨てると、もう一度燃える拳を、今度は由良の腹にめり込ませる。だが、やはり手ごたえが余りない。歯噛みする古。

「古殿、隼人殿、一旦下がるでござる!」

 楓の鋭い指示が飛び、瞬時に古と隼人は、バックステップで一歩由良から離れる。それと同時に、楓のクナイが次々と由良に突き刺さり、

「むん!」

 楓の気合の掛け声と共に、大爆発を引き起こす。

「これなら……!?」

 楓はもうもうと立ち上がる爆風を浴びながら、舞い上がった煙の中を見抜く。
 だが。

「これも素敵…… ねえ、今のもっともっと頂戴」

 爆炎が収まると、そこには軽く傷ついただけの由良が、そこに立っていた。

「ホントに、不死身でござるな……」

 苦い顔をしながら、由良を睨みつける。

「不死身な存在なんていないわ! 攻撃を繰り返していけば、絶対に限界は見えるはずよ!」

 椿はそう言いながら“糸”を巧みに操って、由良の動きを封じ込める。

「っ!?」
「今よ、みんな!」
「おう!」

 千雨の身体から、今までにない激しい電撃が迸る。いや、電撃の激しさはまだ増すばかりだ。千雨は自らのレネゲイドを激しく活性化させて、今時分の持てる最大火力の一撃を生み出そうとする。

「貴方のじゃ…… 私は死ねないのよ!」

 うざったそうな声を上げて、由良は異形の鎌を千雨にまで伸ばし、その脳天に振り下ろそうとする。

「させない!」

 椿がその一撃を“糸”で受け止め、がんじがらめにして、動きを封じ込める。

「サンキュー、先生!」

 その隙を逃さずに、千雨は溜めに溜めた電撃を、一気に解放する。激しい轟音と共に、由良の全身を電撃が包む。

「きゃああああああああああ!!」

 甲高い悲鳴を上げる由良に、今度は隼人の姿が搔き消えた。誰もが隼人の姿を見失った、その一瞬の空白が生じた後、隼人は由良の背後に刀を振り下ろした姿勢で現れる。きょとん、とした空気が生まれた瞬間、由良の胴体から、X字の傷痕が残され、激しい血しぶきが、辺りに舞い散らされる。

「あ……」

 間抜けな声を上げて、由良の身体が傾いた。瞳から、輝きが、消える。

「…………」

 隼人の刀が、すうっと漆黒から鉄の色へと変化する。“ダインスレイフ”の力を使い果たしたのだ。終わった。誰もがそう思った。
 しかし。

「うふ、うふふふふ、あははははははははははは!」

 由良の哄笑が、隼人たちの耳朶を叩く。由良はがばあっ、と起き上がると髪を振り乱して、悶えだした。

「ああ、いいわ、いいわ! 貴方たち、最高よ! もっと、もっとわたしをあの高みにまで連れて行って!」
「……こいつ、マジで狂ってやがる……」

 千雨が口からこみ上げる酸っぱいものをこらえながら、露骨な嫌悪感を露にした。

「さあ、もっと、もっとよ! わたしと一緒に登り詰めましょう! あの快楽まで!」

 由良が滅茶苦茶に鎌を振り回す。伸び上がった腕が固まっている夕映や千雨、椿目がけて鎌を薙ぎ払う。

「くっ……」

 歯を食いしばって、椿は二人の盾となろうとする。“糸”を盾として張り巡らせ、攻撃に備える。
 しかし。
 “糸”の盾はあっけなく切り裂かれ、椿の胸に深々と突き刺さった。

「がは……」

 血を吐き、悶絶する椿に、容赦なく二撃目が襲い掛かる。今度は縦の一撃。椿はたまらずバックステップでかわそうするも、その身体を鎌の切っ先が切り裂き、椿の真っ赤な血が撒き散らされる。

「玉野先生!」

 千雨の悲痛な叫び声。椿はゆっくりと前に倒れこみ、起き上がれない。どうやら身体の限界が来たようだ。椿の血で赤く染まった鎌は、邪魔な椿が倒れこんだのと同時に、今度は千雨の首目がけてくる。

「うわ……!」

 千雨は足が動かない。スローモーションのように、ゆっくり鎌が自分の首を刈ろうとするのを、黙って千雨は眺めているしか出来ない。鎌が千雨の首まで数センチにまで迫ったそのとき、その間に、突如割って入る影。

「な……」

 千雨が影の正体に気づいたのと同時に。
 胸に鎌を突き立てられ、血を吐きながら、がくりと膝を付く夕映。

「おい、綾瀬、何してるんだ!?」
「…………っ」

 鎌が抜きとられる直前。
 夕映がその鎌をぐっと掴み取る。

「っ!?」
「い、今です! 隼人先生!」

 口から血を吐きながら、夕映は精一杯の声で、隼人に呼びかける。隼人はその声に反応し、鉄色の刀を構えて、超高速の突きを、背後から由良の胸に突き立てる。

「かは……」

 ぱっと、由良の口から血が吐き出される。胸から血は流れない。その代わりに、傷口から、ゆっくりと結晶へと変化していく。

「ああ…… わたし、また死ねるのね……」

 幸せそうな笑顔を浮かべながら、由良の身体は徐々に結晶へと変わっていく。既に首から下は、全て結晶と化していた。夕映を突き刺した異形の鎌も、もろくも崩れ去っていく。

「かい…… かん……」

 恍惚とした表情のまま、由良はその全身を結晶へと変え、乾いた音を立てて、砕け散った。
 終わった。そう思うと、千雨の身体から力が抜ける。ぺたんと、膝から床にしゃがみこむ。

「……終わり、ましたね」

 苦痛をこらえながら、夕映はゆっくりと息を吐いた。胸の傷は、もう塞がっていた。

「……そうだ、玉野先生!」

 千雨は、倒れた椿のことを思い出し、慌てて立ち上がって椿の元へと駆け寄る。千雨は椿を抱きかかえ、その容態を確かめる。傷は塞がっている。自発的な呼吸もしている。生きている、そう確信すると、千雨は安堵のため息を漏らした。

「しかし、今回の一件は久保田由良の勝ちでござるな……」

 そんな中、楓は苦い顔をして、さっきまで由良の立っていた床を眺めていた。

「おい、長瀬、そりゃどういう意味だよ?」
「彼女は自分の死を望んでいたでござる。拙者たちは結果的に、久保田由良の望みを叶えたということでござるよ」
「あ……」
「……まあ、これ以上被害を拡大させなかったと考えれば、結果は上々と言えるでしょう。後は隼人先生たちの仕事ですね」
「げ……」

 露骨に嫌そうな顔を浮かべる隼人。そうだ、この後には事件の後始末が待っているのだ。それらの処理を行うのは自分たちだ。おそらく、近右衛門にも事件の詳細を報告しないといけないだろう。そう思うと、隼人は気が滅入りそうな思いになる。いっそのこと、面倒ごとは、全て椿に押し付けてしまおうかと思ったが、それは後になって恐ろしいことになりそうなのでやめた。

「差し当たりまして、事件解決に協力したということで、一つ隼人先生に、ご飯を奢ってもらうというのはどうでしょうか?」
「な、何いぃぃぃっ!?」

 夕映のとんでもない提案に、隼人は素っ頓狂な悲鳴を上げた。

「当然でしょう? 今回わたし達は、先生に力を貸す形になっているんですよ。報酬の一つくらい要求してもいいはずです」
「ま、待て、こういうことは椿と相談して……」
「それはいいでござるな。最近、麻帆良の商店街に、美味いと評判の焼肉屋が出来たでござるよ」
「おお、それはいいアルね! 是非そこにするアルよ!」
「おい、人の話を……!」
「それともなんでしょうか、隼人先生はご飯を生徒に奢れないような甲斐性のない人だとでも?」
「ぐ……」

 夕映の冷たい一言に、隼人は言葉を詰まらせる。一瞬下を向き、やややけ気味になって隼人は叫ぶように言った。

「ああもう、分かったよ! 好きなとこに連れてってやるから、好きなだけ食べればいいだろう!?」
「やったアルよ! それじゃ日時はいつがいいアルか!?」
「出来れば早いうちにするでござる。出来れば今日とか」
「そうですね、隼人先生のことですから、油断すると、約束をすっぽかすかもしれません」

 快哉を挙げる夕映たちを尻目に、隼人はこれからの財布のやりくりを考え始める。今月は無駄な買い物は出来ないだろうな、と思いながら。



あとがき
 色々と戦闘シーンは工夫を凝らそうとするんですけどね。やっぱり苦手です。どちらかと言えば日常の光景を書くほうが得意なんですけどね。
 一番苦労したのは由良の性格というか行動理念。
 こういうのを自縄自縛というんでしょうねw



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン40
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:a01954ca
Date: 2010/07/31 20:33
「おはようございます、千雨さん」
「…………ああ」

 事件が解決した翌朝の登校風景。
 行き交う人々の中、夕映は先を歩いていた千雨を発見し、挨拶をする。しかし、なぜか千雨の顔が優れない。怪訝に思った夕映は、千雨に何事か聞いてみる。

「……どうしたんですか?」
「……いや、昨日のあいつのことを思い出してな」

 千雨は顔をうつむきながら、小さな声で、ぽつりぽつりと呟くように言う。

「……人間って、あんな風になっちまうものなのか?」
「…………」
「あんなに醜く変わっちまうもんなのかよ?」
「…………」
「あたしもいつか…… あんな風になっちまうのか?」
「大丈夫ですよ」

 千雨の不安を、夕映はたった一言で一蹴する。

「貴方がそんな風に思っているうちは、きっと大丈夫です」
「けど……!」
「それに、もし貴方がジャームになった時には、わたしが貴方を殺してあげます」
「…………」

 強い語気を孕みながら、夕映はそう宣言する。その、ある種の頼もしさを感じさせる口調に、千雨の表情は、少しだけ和らいだように見えた。夕映は強い視線で、千雨の目を覗き込んだ。

「だから、もし逆の立場になったら、千雨さんがわたしを殺してください」
「…………わかった。そうならなきゃいいけどな」
「ええ、もちろんですね」
「おっはよー! ゆえっちー! 長谷川さーん!」
「おはようさ~ん」

 背後から挨拶が飛んできた。同時に、夕映と千雨の脇を二つの影がすれ違う。明日菜と木乃香だった。

「学校、急ぎましょうか」
「そうだな……」

 夕映と千雨は、少しだけ、足を速めた。



 近右衛門は、隼人から手渡された報告書を、一文字一文字、食い入るように読んでいた。その様子を、隼人は大きな欠伸を一つしてじっと彼の次の行動を待っていた。昨日のうちに、徹夜で仕上げた報告書だ。添削もしたし、問題はないはずだ、と隼人は考える。

「……うむ、報告書、確かに預かったぞい」
「……ありがとうございます、学園長」

 隼人はまた大きな欠伸をしながら、近右衛門に礼を言う。その横に並んだ椿は、隼人の態度を、彼の太ももを思いっきりつねって諌める。声にならない悲鳴を上げながら、隼人は悶絶した。

「……しかし、これはまたオーヴァードに対しての風当たりが強くなりそうな事件じゃったな」
「……そうですね」
「まあ、しばらくはこちら側の風除けはわしに任せておきなさい。今回の件、ご苦労じゃった」

 労いの言葉を投げかける近右衛門に、隼人と椿は、深く頭を下げた。

「久保田君の件は、表向きは事故死とさせてもらおう。さすがに魔法使いの連中には真相を話さんといかんかもしれんがの」
「……はい、それでお願いします」
「それとじゃ、今日、お主らに一つ報告があってのう」
「報告、ですか?」
「うむ、意識不明じゃった高音君じゃが、今日未明に、意識を回復したそうじゃ」
「本当ですか!?」

 椿は顔を近づけて、近右衛門に聞き返す。

「う、うむ、まだベッドからは起き上がれんが、とりあえず話すことは出来るようじゃ。折を見て、見舞いに行ってやりなさい」
「はい! ありがとうございます!」
「ふぉふぉふぉ、構わん構わん。さ、以上じゃ。今日も一日、しっかりと頼むぞい」
「はい」
「はいはい」

 やる気のない隼人の返事に、椿の肘打ちが炸裂した。



 HR前の教室は、いつも生徒たちの話し声で賑わう。ここ数日は暗いニュースや不安なニュースが飛び交っていたのだが、最近は、そんなことなど始めからなかったかのように、今日の放課後の話や、今日の授業についての話題で生徒たちは楽しそうに会話している。

「楓姉、今日の放課後、一緒に散歩しないー?」
「しないー?」
「む、構わないでござるよ。どこで待ち合わせるでござるか?」
「やったー! じゃ、公園の噴水前にしようよ!」
「了解でござる」

 楓が了承すると、史伽と風香は嬉しそうに、「約束だよ!」と言い、楓から離れていった。その元気さは、ついこの前まで「赤い死神」に怯えていたのが嘘のような明るさである。はしゃぐ二人を、楓はまぶしそうに見つめていた。

「これでよかったでござるな……」
「何の話?」

 突如、背後から誰かの声がした。自分が気取られない不覚さを自分で叱咤しながら、背後の人物に振り返る。そこには、楓の呟きに興味を示したまき絵が、首をかしげていた。

「ねえ、長瀬さん、何がよかったの?」
「あ、いや、ついこの間まで連続集団自殺の話で教室の雰囲気が暗かったでござろう?」
「あー、そうだったねえ…… あの事件って、結局なんだったのかな?」
「たぶん偶然が重なっただけだと思うでござるよ。それだけの話でござる」
「うーん、そうだったのかなあ…… そう言えば、あれから『赤い死神』の話もみんなしないし……」
「まあ、都市伝説なんて、得てしてそんなものでござるよ」
「そっかなあ……」

 まだ納得はしていないと言う表情だが、それ以外に説明も付けられないのか、まき絵は、無理やり自分を納得させることにした。楓はそれでいいのだ、と心で頷いた。彼女が真相を知る必要はない。それを知ったところで、彼女の心に、余計な重みがのしかかるだけだ。真実を知るのは、自分のような化け物で十分なのだ。そう言い聞かせる楓の耳に、始業のチャイムが響いてきた。

「おーい、席に着け。HRの時間だー」
「みなさん、席についてくださーい」

 隼人とネギが、交互に教室に入ってきた。そして今日もいつもの授業が始まる。何も変わらない、かけがえのない“日常”が。



「高音、入るぞ」
「お邪魔するわ」

 隼人と椿が、殺風景な病室に乗り込んできた。高音はゆっくりと上体を起こして、二人を出迎える。

「おい、あまり動くな、身体に障るぞ」
「お気遣いなく。このぐらいでしたら平気ですわ」
「そうか……」
「高音さん、これ、見舞いの品よ」

 椿は手にしたフルーツの盛り合わせを詰めたバスケットを掲げて、高音に見せる。高音は微笑んで、それを受け取った。

「頂きますわ」
「身体の具合はどうだ?」
「おかげさまで、大分よくなりましたわ。まだしばらく入院は必要らしいですが、直に退院できるそうですわ」
「そう、よかったわね」
「……正直に言えば、少々複雑な心境ですわ」

 高音は少しうつむいて、隼人たちに表情を見せないようにしながら、そう言った。

「わたくしを殺そうとしたのもオーヴァード、そして私を救ってくださったのも、オーヴァードだと聞きましたわ」
「……そうだな。佐倉の協力もあったんだがな」
「その点については、あとで愛衣にもお礼を言わなくてはなりませんわね。ですが、正直、わたくしは分からなくなってしまったのですわ」
「分からない? 何がだ?」
「……オーヴァードというのは、一体何なんでしょう?」
「…………」
「…………」

 高音の突然の問いかけに、隼人も、椿もとっさに答えることは出来なかった。高音は真剣なまなざしで二人に同じ問いかけをする。

「貴方方の今回のお話も聞きました。久保田さんのことは…… 残念ですが…… 高崎先生、玉野先生、お二人は自らが怪物になる危険性も顧みずに力を振るって、わたくし達の“日常”をお守りしているのですよね……?」
「……そういうことになるな」
「何故ですの? 怖くありませんの? 自分が怪物になるのが」
「怖いさ」

 きっぱりと隼人は、その問いかけに答えた。

「ジャームになる。それは俺たちが最も恐れる事態だ。俺たちはその恐怖と常に戦っている」
「なら、なおさらですわ! そんな恐ろしい力を振るってまで、何故……!?」
「最初はそうしろと教えられたからだ。俺たちUGNチルドレンはそういう風に教育を受けている」
「…………」
「けど今の俺は…… 少なくとも自分の意思でこの“日常”を守りたいと思っている」
「私も同じよ。かつての私はそれが当然と思ってきた。それ故に守るべき“日常”に強く反発していたときもあった。けれど今は違うわ。私は守りたいから守るの」
「……自らを犠牲にしても、ですか?」
「それだけこの“日常”がかけがえのないものであることを、俺は知っている」
「…………」

 今度は高音が黙る番だった。こんなにも力強く、よどみなく答える二人の姿が、高音にはどこか神々しいように思えた。

「お二人は…… 後悔はしていませんの?」
「……ある人が同じようなことを聞いてきたよ。お前と同じようなことを。だから、あの時と同じ返事をしてやる」

 隼人は高音の目をまっすぐに見る。
 そして。

「未練はある。だが後悔はない」

 かつての椿の師に対して言った言葉そのままを、高音に投げかける。

「…………」

 高音は無言で、その言葉を自分の胸に受け止める。その力強い一言は、じっくりと高音の胸にしみこんでいく。しばらく、病室には静寂が訪れる。どれだけの時間が過ぎただろうか。高音は、ふう、と大きなため息を漏らした。

「そんなことを言われてしまったら…… 認めるしかないではありませんか……」
「高音……」
「貴重なお話を聞かせていただきまして、ありがとうございます。少しだけ、お二人のことが分かったような気がします」
「とんでもないわ、この程度のことで」
「いえ、ずっと思っていましたの。魔法使いとオーヴァードは、決して相容れないであろうと。でもお二人のお話を聞いて思いましたわ。貴方がたの思いは、まるで“立派な魔法使い”のようだ、と」
「よしてくれ、そこまで高尚なものじゃない」

 隼人は照れくさいのか、頭を掻きながらそう漏らす。

「そろそろ遅い時間みたいだし、貴方も余りベッドに身体を起こしていては、休めないでしょう? 私たちは、もう失礼するわ」

 ちらり、と時計を見ながら、椿は優しく言った。

「そうですか、今日はありがとうございました」
「大したことじゃない。お前が元気そうで何よりだった」
「じゃあ、もう行くわね、高音さん、お大事に」

 二人は踵を返して、病室をあとにしようと、高音に背を向けた。

「先生」

 その背中に、高音は呼びかける。

「何だ?」
「先生のお話、いつかまた伺ってもよろしいですか?」
「やめておけ、こんな不良教師の話なんか」

 それだけ言い残して、隼人たちは、病室を後にした。残された高音は、ベッドに横たわり、隼人の残した言葉を、今一度だけ反芻していた。



あとがき
 本当のところ、高音は由良に殺されかけたことがきっかけで、オーヴァード完全否定派に回って、今回の話に少し暗い影を落とすというのが、思い描いていたプロットでした。
 しかし、神月登場によって命を救われたことがきっかけで、「やべー、これでもしも高音がオーヴァード否定派に回ったらまたネギまキャラの心象悪くなるよ」と思い直し、急遽このように変更しました。
 まあ、その分あの台詞を使えたので、ちょっと満足w



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン41
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:a01954ca
Date: 2010/06/03 20:49
「3年、A組、ネギ先生~~~~~~~~~~!!」

 4月。
 3-Aたちの黄色い歓声が、壇上に立つネギに浴びせかけられた。隼人は照れくさそうに笑うネギを、どこか微笑ましく眺めていた。

(しかし、ネギが正式に教師になるとはな……)

 隼人はこれまでのことを思い出す。ある日、椿と一緒に近右衛門に呼び出され、ネギについてあれこれと尋ねられた。思うとおりに答えていくと、近右衛門は満足そうに頷き、思いがけないことを口にした。

「ふむ、ならば今度から正式にネギ君を教師として迎えてもいいかもしれんのう」

 耳を疑いもしたが、この老人が冗談を言うような人間でないことを、短い時間ながらも、隼人たちはよく心得ていた。そして、ネギに一つ試練を与えると称して、隼人に一通の封書を手渡してきた。事の詳細をネギに報告すると、ネギはびくびくと怯えながらも、ゆっくりと封書を開いていったことを、よく覚えている。
 そこには。

「ネギ君へ 2-Aが期末試験で学年最下位を脱出できたら、先生にしてあげる by近右衛門」

 と、おおよそ試練とは思えないような軽い感じのする内容が飛び込んできた。ほっとするネギだったが、仮にもネギより長く麻帆良に勤めている隼人たちである。彼女たちのやる気のなさは、よく身に染みていた。特に2-Aには学年全体の平均点を大きく下げているバカレンジャーがいるのだ。彼女たちが大きく足を引っ張っていることを、隼人は詳しく説明してやった。落胆を隠せないネギだったが、これも試練だと自分に言い聞かせて、生徒たちに、

「みなさん、もし今度の期末試験で最下位になったら、大変なことになりますから!」

 と発破をかけてみたのだが、生徒たちにはぬかに釘と言う感じであった。だから隼人はそれに少しだけ便乗してやったのだ。

「お前たち、ひとついいことを教えてやろうじゃないか」
「何々? 隼人先生、面白いこと?」
「ああ、とても面白い話だ。椿がな、怒っていたぞ」

 次の瞬間。
 クラス全体がシーンと静まり返ったのが印象的だった。

「何についてかは言わなくてもわかると思うが…… 余りにお前たちがふがいないと、間違いなくお前たちの頭上に、椿の雷が落ちてくるぞ」

 それからの彼女たちは必死だった。普段勉強しない彼女たちが、それはもう真剣にノートにペンを走らせていた。余程椿の怒りが恐ろしかったに違いない。バカレンジャーもいつも以上に真剣なまなざしで教科書とにらめっこをしていた。特に明日菜は顔を真っ赤にしながらも、目には恐怖をたたえ、必死になって勉強していたのは、今となっては微笑ましい話だった。その頑張りもあって、2-Aは、無事に最下位を脱出することに成功した。後で隼人の言ったことが嘘だとばれたとき、明日菜の鉄拳が隼人の顔面にめり込んだのだが、それはまあ余談だ。

(まあ、ネギも先生らしくなってきたよな……)

 隼人ははきはきと教壇に立って話をするネギを年の離れたの兄のように、優しく見守る。出会ってまだそんなに長くはないが、ネギともすっかりと打ち解けた。ネギも隼人のことを、だらしがないが頼れる兄のように思っていると、本人から言われた。そんなことを思いながら、隼人はネギの話をわくわくとしながら聞いている生徒たちに目を向ける。
 と。

(なんだ……?)

 不意に、興味や好意といったものとは違う、鋭い視線が混じっていることに気が付く。隼人はその視線の主に注目する。

(ん……? あいつは確か……)

 その顔は覚えている。以前、隼人に生意気な口を叩き、百叩きを受けたエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと言っただろうか。滅多に教室に姿を現さない彼女だったが、今日は珍しくHRに顔を出している。だが、その険しい視線は、依然ネギに注がれている。

(この鋭さは…… 殺意、とまでは言わないが、敵意といったところか……)

 隼人はその視線の意味をそう理解した。隼人が注目していることに気が付いたのか、エヴァは隼人と目を合わせる。しかし、今度はどぎつい殺気を乗せて、隼人を凝視する。

(む……)

 ピクリと身体が強張る。その小さい身体から、これほどの殺気が漂うとは、隼人も予想していなかった。

(何者だ、あいつは…… 警戒しておいたほうがいいな……)



(あの男、気づいたのか……)

 エヴァは隼人がこちらを見ているのに気が付き、その目に殺気を込める。一瞬だが、隼人の身体が引き締まったのを、エヴァは決して見逃さなかった。

(なるほど、じじいの言っていたことは本当の事のようだな……)

 今度は、エヴァは口元を、笑みの形に吊り上げる。

(今から楽しみだよ、高崎先生、そしてネギ・スプリングフィールド)



 突如、誰かが教室へと入ってくる。椿だった。

「ネギ君、身体測定、私たちの番が回ってきたわ」
「分かりました、みなさん、今から身体測定が始まります! 教室を移動してください!」
「「「は~い!!」」」

 一斉に立ち上がって、生徒たちは教室を並んで出て行く。無論、エヴァも一緒である。椿は引率で、隼人たちより先に出て行く。残された隼人とネギは、その後ろを横に並んで歩き出した。

「……ネギ、気づいたか?」
「……えっと、もしかして、エヴァンジェリンさんのことですか?」
「気づいていたか、さすがだな」
「はい、何だか、ずっと僕を怖い目で見ていましたけど……」
「ああ、一応あいつには気をつけたほうがいい」
「は、隼人さん、あまり僕らの生徒を疑うのはよくないかと……」
「悪いな、俺たちの場合はそういう風に周囲の人間を見ないといけないことが多かったものでな」
「あうう……」

 しゅんとなるネギ。隼人はネギの頭に、自分の手のひらを乗せる。

「まあ、俺たちみたいに考えろとまでは言わない。お前は今のままでいい」
「隼人さん……」
「俺たちのようになるには、お前はまだ早すぎる」
「はい……」
「ネギ先生~、隼人先生、早く~!」

 ハルナが振り返り、隼人たちを急かす。

「ああ、分かった、今行く」
「隼人先生、覗いたら酷いからね~!」
「覗くか、馬鹿!」

 隼人が怒鳴り返すと、ハルナはおどけるように、逃げていった。



 身体測定を前に、生徒たちは一喜一憂していた。やれ朝に朝食を抜いてくるのを忘れただの、今年こそ身長が伸びていますようにだのと、年頃の女子が気にしそうな話題ばかりである。

「ねえ、アスナ、こんな話知ってる?」

 そんな中、唐突に明日菜は美砂から話しかけられる。明日菜が興味を示したのか美砂の話に耳を傾ける。

「最近出るらしいのよ」
「出る? 何がよ?」
「桜通りの吸血鬼」
「はあ?」

 明日菜は怪訝な顔をする。

「何でも、夜に桜通りを一人で歩いてると、桜通りの吸血鬼に血を吸われちゃうらしいのよ」
「あー、知ってる。でもさ、この間……」
「うん、あそこの近くで変死体が見つかったらしいのよ。それが……」
「ちょ、ちょっとやめてよ、冗談でしょ?」
「冗談じゃないわよ、その変死体、血がほとんど抜き取られていたらしいのよ」
「うわー、なんか怖っ。最近、なんかうちで事件多くない? てゆーかそれって、桜通りの吸血鬼の仕業じゃ……」
「ふん……」

 いつの間にかその話に混じっていたのか、エヴァは面白くもなさそうに鼻を鳴らした。

「……エヴァちゃん?」
「何を話しているかと思えば…… 下らん話をしているな」
「く、下らないって……」
「どうせなら、もっと身になる話でもしていたらどうだ?」

 それ以上言うことはないと、エヴァは背を向けて明日菜たちから離れる。しかし、何かを思い出したかのように、エヴァは足を止めて、明日菜たちに振り返る。そして、からかうような笑みを浮かべて、こう言った。

「ああ、そうだ、面白いことを思い出したぞ」
「な、何よ?」
「桜通りの吸血鬼とやらは、お前たちのような若い女子の血が大好きだそうだ。あの辺を夜中に通るときには、一人で歩くのは止めておくことだな」



「ふぁ~あ……」

 隼人は退屈そうに欠伸をしながら、壁に寄りかかって待機する。ネギも隼人の傍に立って、生徒たちの声で賑わう教室の前で待ちぼうけだ。

「…………」
「…………」

 しばし無言の時間が流れる。ネギはじっと生徒たちが出てくるまで待ち構えるつもりのようだが、あいにくと隼人にはそこまでの堪え性がなかった。隼人は背を壁から離して、突然教室から離れようとする。

「ちょ、ちょっと隼人さん、どこへ行くんですか?」
「屋上」
「だ、駄目です! またサボるつもりですね!?」
「いいだろ、どうせ暇なんだから」
「駄目です! 僕らはここで待ってないと!」

 ネギは隼人の腕を掴んで、この場へと繋ぎ止めようとする。隼人は煩わしそうにその手を振りほどこうとしたとき。

「キャーーーーーーーーー!!」
「ま、まき絵、ちょっと大丈夫!?」
「「!!?」」

 教室の内部から、突然の叫び声が響き渡る。いち早く隼人が異変をかぎつけ、教室のドアを開く。

「どうした、お前た…… ち……」

 そして硬直する。とっさの事態でうっかりと忘れていた。今は身体測定中。つまり、大半の生徒たちは下着姿であり。

「キャーーーーーーーーーーー!!」

 さっきとは違う悲鳴が隼人の耳朶を叩き、次の瞬間には隼人の全身にいすやら何やらが一斉に投げつけられた。

「ぐはあっ!?」

 避けるのも忘れ、まともにそれらを身体に浴びて、隼人は後ろに倒れ伏した。倒れた隼人に、椿が歩み寄り、侮蔑を込めた視線を向けてきた。

「馬鹿ね」

 冷ややかに椿はそう言った。



 倒れたまき絵は、保健室のベッドで安らかに眠っている。幸い、命に別状はなく、ただの貧血ではないかと保険の教師は説明した。ほっとした空気が流れた。

「いてて……」
「自業自得でしょ」

 対して、隼人は自分の手で手際よく包帯を巻いて応急手当をする。誰も彼を心配しようとはしない。

「仕方ないだろ、突然悲鳴を聞いたら、身体が勝手に動いたんだ」
「TPOってものを考えなさい。私も中にいたんだから、何かあっても対処が出来たことぐらい分かるでしょ?」
「へーへー」

 椿の説教を聞き流す。

「それにしても、大したことがなくてよかったわ」
「ああ」

 二人は安らかに眠るまき絵に目を向けた。その傍にはネギや他の生徒が寄り添っている。
 だが。

(あれ……?)

 ネギは一人、険しい顔をする。まき絵の身体から漂う異変に、一人気が付いたからだ。

(どうしてまき絵さんの身体から、魔力の残り香が漂うんだろ……?)

 魔法使いのネギは魔力の流れに敏感だ。例えそれがどんなにかすかなものでも、ネギの感覚は、確実にそれに気が付いた。

(まき絵さんに、何かあったのかな……?)

 胸騒ぎを感じる。何かが起こっている。そうネギは予感していた。



 夜。委員会の仕事や部活動で遅くなったのどかは、親友の夕映とハルナと共に、寮へと帰宅する途中、

「あ……」
「どうしました、のどか?」
「忘れ物、しちゃった……」
「マジで? 一緒にとりに戻る?」
「ううん、いいよ。二人は先に帰ってて」
「……大丈夫ですか?」
「うん、平気だよ」

 のどかは二人に手を振ると、元来た道を一人駆け出した。そこではたと気が付く。

(そう言えば…… 桜通り……)

 のどかは桜通りの吸血鬼の噂を思い出し、身震いする。暗い夜道が、いっそう恐ろしく感じるが、のどかは勇気を振り絞って桜通りを走り出す。
 と。
 突然、からだが金縛りに遭ったように硬直する。

「え…… あれ……?」

 身動き一つ取れない身体に、恐怖する。一体自分に何が起こっているのか分からずに、困惑だけが頭を支配する。

「あ…… あ……」

 そして、のどかの目の前に、一つの人影が姿を現す。年は20代後半だろうか、どこにでもいるような服装をした、ごく普通の男性のように見える。だが、その瞳には血走ったような危険な光を放ち、口からはだらしなく涎を垂らして、のどかを餓えた眼で睨みつける。

「ひ、ひひ……」

 引きつったような笑みを浮かべて、男はのどかににじり寄る。

「ひ……」

 のどかは直感した。彼こそが桜通りの吸血鬼なのだと。

「い、いや…… こないで……」

 辛うじて動く口でそう呟くが、男はそれに耳を貸したりはしない。じりじりと距離を詰めていく男に、のどかは恐怖する。この距離がゼロになったとき、自分は死ぬ。そうのどかは理解した。男は一気に駆け出して、のどかに食いつこうとしたその瞬間。
 男の背後から何かの攻撃が飛んできた。

「がはっ」

 突然の出来事にどうすることも出来ず、男は前のめりに倒れ伏す。むくりと起き上がると、最早のどかには目も暮れず、背後からの襲撃者に憎悪をぶつける。

「誰だ!?」

 その叫びには応えず、再び攻撃が飛び交う。攻撃の正体は、無数の氷柱であった。男はその攻撃を、手に炎を宿して受け止める。

「ほう……?」

 今度は面白そうな声。その人影が、ゆっくりと近づいてくる。

「なかなか器用な真似をするな…… それが貴様の能力か」
「誰だ…… 誰だてめえは!?」

 男が唾を飛ばしながら、そう叫ぶ。やがて人影に電灯の光が当てられる。

「え……?」

 のどかはその人影の正体に心当たりがあった。

「桜通りの吸血鬼だよ、本物の」

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは酷薄な笑みを浮かべながらそう告げた。



あとがき
 というわけでエヴァ編になります。
 最初の展開的には偽者、つまりジャームが登場して、本物がそれを追い詰める的な、ありがちな展開ですw
 このエヴァ編ではあれやこれやとネタを仕込んでいくつもりですので、そっちお楽しみにしてください。



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン42
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:a01954ca
Date: 2010/06/03 20:43
「があっ!!」

 男は手に炎を纏わり付かせながら、エヴァに突進する。食事の邪魔をされた怒りで我を忘れたその一撃を、エヴァは冷やかな視線で見る。

「ふん、品の欠片もありはしない……」

 エヴァは懐から、小さなフラスコを数本取り出す。その中には、淡く光る液体が満たされていた。

「氷楯」

 そう小さく呟いて、フラスコを放ると、フラスコの中身が弾け、氷の楯が男の前に突如出現し、男の攻撃を阻む。

「が……」

 いきなり現れた氷の楯に反応できずに、男はしたたかに顔面を強打し、鼻からぽたぽたと血が滴り落ちる。

「て、てめえ、よくも……」
「吼えるな、醜いぞ」

 もう一度、フラスコを放り投げると、また小さく呟いた。

「氷爆」

 今度は爆発的な冷気が吹き荒れて、男の体温を奪っていく。手に灯した炎も、瞬時に消え去り、肌に氷が張り付いていく。

「うおおおおおおっ!?」

 男は獣のような咆哮を上げると、全身に炎に包み、氷の束縛から逃れる。

「ほう……?」

 それにはエヴァも、半ば感心したような顔を見せる。ぶすぶすと黒い煙を上げて、しかし無傷の男は、先ほど以上の憎悪の視線を、エヴァにぶつける。

「なんでだ、なんで俺の邪魔をする!? 俺はこの渇きを埋めたいだけだ!」
「ふん、人の狩場を荒らされれば怒りもする」

 それ以上言うことはないと、エヴァはまたしてもいくつものフラスコを投げつけ、男を氷に閉じ込める。
 だが。

「があああああああああ!!」

 咆哮を上げながら、男は内側から氷を粉砕する。そして、全身から炎を上げる。その中心にいながら、男の身体は燃え尽きるどころか、火傷一つ負わない。燃え盛る炎を手で掬い、それをおもむろにエヴァに投げつける。

「ふん、原始的だが、有効な攻撃だな」

 エヴァはそれらを体術で、あるいは魔法によって捌いていく。反れた炎の弾丸は、アスファルトを溶かし、桜通りには、もうもうと黒煙が立ち上っていた。

「あ…… あ……」

 そんな人外の戦いの一部始終を見ていたのどかは、言い知れぬ恐怖に襲われる。自分はどんな世界に迷い込んでしまったのだろう。男が身体から炎を出し、クラスメイトはフラスコから氷を生んで、攻撃を弾き、あるいは男を凍らせる。これは夢だ。そう思い込もうとする。そうでなければ心が壊れてしまう。のどかの見守る中、戦いはより苛烈さを増していく。エヴァの投げたフラスコから、無数の氷柱が男を串刺しにしようとし、男の白い炎が、エヴァを呑みこまんとする。

「ぐあああああっ!!」
「ふん」

 氷柱は男の元にまで届くことなく蒸発し、炎はエヴァの体術によってあさっての方向へと飛んでいく。

「いい加減飽きてきたぞ」

 エヴァはそうぼやく。

「だったら…… さっさとくたばりやがれ!」
「御免被る」

 突進してきた男の振るう炎の爪をかわし、鼻で笑う。

「死ぬのは、貴様のほうだ!」

 そして、カウンターでフラスコを投げつけ、男の至近距離で氷柱を出現させる。それは、やすやすと男の胴体を突き抜けて、鮮血を撒き散らす。

「いやああああああああああっ」
「……ちっ」

 のどかの絶叫を、エヴァはうるさそうに舌打ちする。

「少し静かにしてもらうか」

 そう言うと、のどかに手のひらを差し出す。その瞬間、のどかの視界が暗転し、その身体は、くたりと地に倒れ伏す。どうせ後で記憶操作をするのだが、いちいち騒がれては面倒だ。

「……さて、邪魔な観客はいなくなったな」

 エヴァはそう言うと、串刺しになっている男に目を向けた。

「貴様もいつまでそうしている? まだ死んでもいないだろう?」
「く、くくく……」

 串刺しになったはずの男は、だが壮絶な笑みを浮かべて、氷を炎の熱で溶かしていく。穴だらけになった身体からは出血が止まり、その傷さえも、熱によって塞がれる。

「まだだ…… まだ……」
「ふん、見苦しいぞ」
「黙れ!」

 男の腕がエヴァの身体に伸び、その胴体に爪あとを刻み込む。

「……っ」

 苦痛に顔をゆがめる。だが、浅い。傷は瞬時に再生し、その傷痕を一瞬にして塞いでいく。

「その程度か?」
「いや、それで十分だ」
「何……? がはっ」

 突如エヴァの内部から激しい苦痛が巻き上がり、エヴァの口から吐瀉物交じりの血が吐き出される。

「き、貴様、味な真似を……」
「くくく、てめえを内側から食い破ってやるぜ!」

 膝を付いたエヴァに、更なる男の追撃が迫る。まともに動けないエヴァに、男の爪が、その身体を引き裂いていく。あえて浅く。しかし、なぶるように。その頬に、腕に、胴体に。次々と平行線の傷痕が残されていく。

「ぐ……」
「くくく…… いいざまだな!」

 男の振るう腕が、さらにエヴァに傷をつける。

「がは……」

 吹き飛ばされ、地に伏せる。起き上がろうにも、中からの激痛で思うように立ち上がれない。それでも気合で立ち上がるが、膝が笑い、今にも倒れてしまいそうなほど、その足取りは弱々しかった。

「はあ、はあ……」
「もう終わりだ。先にてめえの血を飲みつくしてやる。桜通りの吸血鬼の血…… さぞや美味いんだろうな……」
「…………」
「何だあ、その眼は? ぼろぼろの癖に、まだ何かしようってのか?」
「……ちっ、まさかぼうやのために取っておくつもりだった切り札を、いきなり使う羽目になるとはな……」
「あん?」
「茶々丸!」

 エヴァはそう叫ぶと同時に、一つの影が男を吹き飛ばす。突然の出来事に、何が起こったのかも分からず、なすがままに吹き飛ばされる男。痛む身体を起こして、自分のみに起こったことを確認する。
 そして見た。

「何いっ!?」
「…………」

 男は驚愕の声を上げていた。エヴァの傍らには、もう一人の少女がいつの間にか立ちはだかっていた。少女は無言で男を睨みつけている。

「マスター、ご無事ですか?」
「ああ、すまんな茶々丸。少し油断した」

 茶々丸と呼ばれた少女は、そっとエヴァを気遣うと、男に腰を落とし、構えを取った。

「ちょっと時間を稼げ。大技でけりを着ける」
「イエス、マスター」

 茶々丸は頷くと、ダッシュで男に迫り、格闘戦に持ち込む。正確な攻撃に、男は翻弄されて、防戦に徹する。

「く、この! どこまでも俺の邪魔をしやがって!」
「…………」

 男の罵倒に、茶々丸は答えない。ただ無心に攻撃を繰り出す。その攻撃は確実に、男の足をとどめる。

「いいぞ茶々丸、そのまま圧せ!」
「イエス」

 より激しいラッシュが繰り出され、男は徐々に後退していく。

「ち、調子に乗るなよ!?」

 一瞬の攻撃の隙を突いて、茶々丸の攻撃を掻い潜り、男は爪を振るった。だが、その手ごたえに違和感を感じる。まるで鉄の塊を攻撃したような、そんな違和感。

「何……!?」

 男は絶句する。茶々丸の身体から覗くのは…… 生暖かい肉ではなく、冷たい機械とコードの束。

「な、なんだてめえは!? 一体何なんだ!?」
「…………」

 それに答えることもなく、淡々と正確無比な攻撃を繰り出す茶々丸。放ったストレートが、男を地面に這い蹲らせる。
 そこに。

「茶々丸、もういいぞ!」

 エヴァの指示が飛ぶ。ぴたりと、茶々丸は攻撃の手を止め、男が攻撃をする直前にバックステップで後方に下がる。

「終わりだ! 凍る大地!」

 エヴァが呪文を解放すると同時に。
 男の立っている足元から、これまでとは比較にならない冷気が押し寄せてくる。瞬時に男の足元が凍りつき、それは徐々に全身へと広がっていく。

「うおおおおっ!?」

 男は炎を纏って冷気から逃れようとするが、冷気は男の炎すら飲み込み、凍らせていく。やがて、氷は男の全身を包み、一つの氷の彫像へと変えてしまう。エヴァはそれを見届けると、ふん、と鼻を鳴らして、指を弾く。パチン、という小気味いい音と同時に。
 男の体は氷と共に、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。

「マスター、身体のほうはいかがですか?」
「ああ、問題ない。ちょっと時間が経てば、このくらいどうにでもなる」

 エヴァは懐に残されているフラスコの数を確認する。先ほどの戦闘でかなりの数を消費したが、これからの戦いに使う分くらいには残っていることを確認すると、安堵の息を吐いた。

「さて、そろそろ仕込みと行くか。少し時間がかかったが、そろそろぼうやが嗅ぎ付けてくるはずだ」

 エヴァは、意識を失っているのどかに近づき、その身体を持ち上げる。自発的に呼吸をしているところから、命に別状はないらしい。

「ふ…… お前に恨みはないが、私のために少々役立ってもらうぞ……」

 そう言うと、エヴァは口を開き、その異様に伸びた犬歯を、のどかの首元に突きつけようとした瞬間。
 黒い物体が、したたかにエヴァの顔面を叩き、のどかから身を引き離された。

「ぐ……」

 いきなりの攻撃に、鼻血をぽたぽたとたらしながら、怒りを露にして、怒鳴り返した。

「だ、誰だ!? この私に向かって、舐めた真似をしてくれるのは!?」

 その怒声に応えるかのように、無数の黒いつぶてが、一斉にエヴァに投げつけられる。

「む……!?」

 油断なく、そのつぶてを魔法で弾き返し、弾ききれなかった残りの攻撃を、あるいはかわし、あるいは手で振り払う。

「ちっ、新手か、面倒な……」

 エヴァはそうぼやくと、襲撃者の来訪を待ち構える。エヴァが警戒を強めたのを理解したのか、襲撃者は、空からゆっくりと舞い降りる。

「……貴様は……」
「…………」

 その顔には見覚えがあった。確か出席番号4番の綾瀬夕映だったか。夕映は収支怒りの表情でエヴァを睨みつけながら、気を失ったのどかを抱きかかえる。命に別状がないことを確認すると、ほっと安堵のため息をついた。

「のどかの帰りが遅いから気になって来てみれば…… エヴァンジェリンさん、これは貴方の仕業ですか?」
「む……」
「そして、のどかに何をするつもりだったのですか?」

 怒気混じりのエヴァへの質問は、ふとエヴァにちょっとした好奇心を刺激させる。彼女の力を見てみたい。そんな感情がエヴァの心に、首をもたげた。

「ふん、桜通りの吸血鬼が、女子の血を求めて何が悪い?」
「……それが答えですか」
「そうだと言ったら?」

 エヴァの挑発的な問いかけに、夕映は無言でつぶてを投げつけた。エヴァは飛来するつぶてを、腕で弾き飛ばす。

「貴方が何者かなどどうでもいいです…… ですが貴方がのどかを狙うのでしたら…… わたしは貴方の敵です!」



あとがき
 偽者には早々に退場していただき、今度はゆえっちVSエヴァという対決です。
 本来、この話は予定にはなかったのですが、エヴァがのどかを狙う以上、それを察知できる夕映との対決は避けられないだろうと判断して、これを挟むことにしました。
 でもなあ、ゆえっち攻撃力ないからなあ……



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン43
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:a01954ca
Date: 2010/06/20 07:14
「はあっ!」

 夕映が腕を振るうと、無数のつぶてがエヴァたちに一斉に降り注ぐ。

「ちいっ」

 エヴァは舌打ちをすると、バク転でつぶての軌道から逃れ、避け切れなかったものは茶々丸が、身体を張って叩き落していく。

「……茶々丸さん、貴方もグルだったんですか?」
「……すみません」

 それだけ言うと、茶々丸は、エヴァを庇うように夕映とエヴァの間に立ちはだかった。しばし無言の時間が過ぎる。じっと三者は睨みあいを続けるが、不意に、夕映が口を開いた。

「……何故です? 何故今頃になってのどかを襲いますか?」
「ほう?」
「桜通りの吸血鬼の噂はここ数年の間、麻帆良の噂にも上ってもいません。しかし、ほんの数ヶ月の間に、急にまた噂が流れ出しました。ということは、その前後に貴方はまた活動を再開したということになる」
「……なかなか見事な推理だな」
「そうなると腑に落ちません。つまり、貴方はわたし達よりずっと前から桜通りの吸血鬼として活動していたことになる…… どういうことですか? 貴方はいったい何者ですか? そして、何が目的なんですか?」
「知りたいか?」
「…………」

 エヴァはからかうように夕映に視線を投げかける。夕映はその視線をじっと受け止めながら、思考をめぐらせる。

「ネギ先生、ですか?」

 突然ポツリと呟いた夕映の一言に、エヴァの顔色が一瞬だけ強張った。そして、その一瞬の表情の崩れから、夕映は自分の推理が正しいのであると言うことを確信する。

「この数ヶ月間でわたし達の身の周りで起こった事件を踏まえれば、おのずと答えは導き出されます。貴方とネギ先生の間には、おそらく何かしらの因縁があった。そして貴方はそれに基づいてまた活動を始めた。 ……いったい何があるのですか? 貴方とネギ先生の間に」
「答える義務はない。今私たちがすることは、すなわち戦いだ。私は貴様の敵、今はその関係で十分だ」
「そうですか」

 夕映はそれ以上聞くことはないと、再びつぶてを“魔眼”から錬成する。エヴァは小瓶を取り出して詠唱に入り、それをカバーするかのように茶々丸がエヴァの前に立つ。

(茶々丸さんはエヴァンジェリンさんのガードが目的…… ならば!)

 夕映は茶々丸にターゲットを絞り、“魔眼”から漆黒の球体を生成する。

「気をつけろ茶々丸! やつは何か仕掛けてくる!」
「イエス」

 茶々丸は腕を顔面の前で交差し、防御の姿勢を取る。それに構わず、夕映は球体を茶々丸に投げつける。

「…………!」

 茶々丸はぐっと身体を固めて、来るべき衝撃に備える。しかし、想像に反して、球体は茶々丸の身体をすっぽりと包みこんで、その身体に、強烈な負荷をかける。交差した腕が、だらりと下がった。

「どうした、茶々丸!?」
「肉体的損傷はありません…… ですが、強烈な重力フィールドによって、防御行動が取れそうにありません」
「ちっ…… 重力操作か、厄介な真似を! 行けるか、茶々丸!?」
「行動に支障はありません」
「よし…… やつを足止めしろ!」
「イエス、マスター」

 茶々丸は頷くと、一足で夕映との距離をゼロに縮める。今度は夕映の顔に緊張が走る。茶々丸は高速の拳を振るい、夕映の行動を阻害する。防戦に持ち込まれると、夕映の形勢は一気に不利になる。もともと体術には自信がない。こうして防御に回るだけで、反撃することは困難であり、ましてや相手が優れた攻撃能力を持っていれば、なおさらである。茶々丸のラッシュは、確実に夕映の攻撃の手を止めるのには十分すぎた。何とかして隙をうかがおうとするも、隙が見つけられない。

「下がれ、茶々丸!」

 エヴァの指示に従って、茶々丸はサイドステップで夕映から距離を離す。夕映は茶々丸を逃がすまいと、けん制のつぶてを投げつけるが、それを意に介そうとはせずに、茶々丸はその攻撃から逃れる。エヴァは茶々丸が無事に夕映から離れたのを見ると同時に、ストックしていた小瓶を一気に放り投げる。

「魔法の射手・氷の17矢!」

 小瓶が中から爆ぜ、一瞬にして氷の矢と変化する。それは宣言どおりに17本、射線は、正確に夕映を捉えていた。一斉に放たれる氷の矢を、夕映はつぶてで打ち払う。しかし、相殺には至らず、3本の矢が夕映目がけてくる。その軌道を正確に計算し、夕映は最も適した体勢で、それを受け止める。鈍い音。だがダメージは最小限に抑えた。苦痛をこらえ、突き刺さった氷を静かに抜き取り、それを放り投げる。地面に叩きつけられた氷は乾いた音を立てて砕け散った。

「なかなか素早い判断だ。随分と戦い慣れているな」
「…………」
「今度はこちらからの質問だ…… 貴様、もしやオーヴァードとやらか?」
「っ!」

 今度は夕映の目が見開かれる。エヴァはそれで得心がいったとばかりに頷く。

「なるほどな…… 話に聞いていたが、貴様がそうなのか…… ということはさっきの男もそうか……」
「さっき、とは?」
「ああ、ひとついいことを教えてやろう。私の前に不届きな先客がいてな、最初はそいつが宮崎を襲おうとしていた。私はそいつを粉々に砕いてやったがな」
「……それは本当ですか?」
「信じるかどうかはそっちの自由だ。それにまだ私の質問は終わっていない」

 エヴァは意地の悪そうな笑みを浮かべて、夕映の眼を覗き込んだ。

「貴様は何故、そちら側にいる?」
「……そちら側、とは?」
「とぼけるな。貴様はいわば私と同じ化け物…… 人間ではない。何が貴様を人間へと繋ぎ止める。貴様を人間たらしめるものは何だ?」

 エヴァの問いかけは純粋な疑問。夕映はエヴァの顔をまっすぐと見据えて、即答する。

「聞くまでもないでしょう。宮崎のどかこそ、わたしの人間の証、わたしが守るべき絆です」
「……それだけか?」
「それ以外に何があると? 守りたいもののために、わたしは人間を続ける。守りたいもののために力を振るう。それだけのことです」

 しばらくあっけに取られていたエヴァだったが、その答えに、面白そうに口を歪めた。

「ふふ、本当に愉快だよ、お前たちは。怪物になる恐怖に怯えながらも、己の“日常”のために力を振るうもの、“日常”を手離し、内なる衝動のままに己の“欲望”を満たそうとするもの。本当に興味が尽きないよ、貴様らオーヴァードは!」

 エヴァはフラスコを一つ夕映に放り投げ、割れたフラスコから氷の剣山が出現する。間一髪でそれをかわし、かわしざま、つぶてをエヴァに投げつける。エヴァはもう一つのフラスコを叩き割ると、氷の楯がエヴァの目前に出現し、つぶてを残らず受け止める。

「くくく、いいぞ、こんな楽しい戦いをしたのは本当に久しぶりだ!」
「生憎、わたしは楽しくありません」
「それは残念だ。だが私はますます興が乗ってきたぞ!」

 エヴァは愉快そうに言うと、またしても長い詠唱に入り、それをカバーするかのように、茶々丸が夕映を足止めする。

(埒が明きませんね…… 茶々丸さんがいる限り、詠唱中のエヴァンジェリンさんの妨害も難しい……)

 茶々丸の攻撃を捌きながら、現状の危機をどう乗り切るか、必死に模索する。

(余り戦いが長引くのは好ましくないですね…… 短期決戦に持ち込みたいのですが…… そうはさせてくれませんよね……)

 試しに、夕映は、エヴァに向かってつぶてを投げつけてみるが、やはりそれより早く、茶々丸が射線に割って入り、その身体でつぶてを食い止める。ある程度威力を増幅してあるが、効果は薄い。

「無事か、茶々丸!?」
「戦闘行動に支障はありません」
「よし、もう少し粘れ、あと少しで完成する!」
「イエス」

 茶々丸は頷くと、鋭い回し蹴りを夕映の側頭部に食い込ませる。脳を揺さぶられ、膝を付く。

「く……」
「もういいぞ、茶々丸!」
「しま……」

 夕映が悔恨の声を上げると同時に、エヴァの呪文が完成する。
 だが。

「凍るせか…… ぐっ」

 急にのしかかってくる重力に耐え切れず、エヴァは魔力を霧散させて地面に這い蹲る。夕映の“魔眼”が激しく回転し、エヴァを重力で縛り付ける。だが。それは同時に、夕映のレネゲイドを激しく活性化させた。湧き上がる衝動を、強い精神で押さえ込む。額にうっすらと汗が浮かぶ。

「はあ、はあ……」
「や、やってくれたな…… 今の私の全力をつぎ込んだ魔力だったんだがな……」

 憎憎しげにエヴァは呟く。夕映は負けじとエヴァを睨み返す。

「…………」
「だが、貴様も相当無理をしたようだな…… もう、理性を保つだけで精一杯だろう……?」

 エヴァの指摘どおりだった。これ以上の戦いは、確実に夕映をジャーム化させる。だからこそ、夕映もエヴァも、双方睨みあいを続けるだけだ。どれだけ睨みあいを続けただろう。ふと、夕映の感覚がこちらに近づいてくる気配を察知する。

(移動してくる物体が三つ…… 敵か味方か…… いずれにせよ、これ以上ここにいるのは危険ですね)

 夕映はそう判断すると、“魔眼”に働きかける。そして夕映の背後に、ぽっかりと大きな黒い空間が生じ、夕映は無造作にその空間に手を突っ込んだ。

「……逃げるのか?」
「この場はそうさせてもらいます」
「ふん、せっかくもう少し楽しめると思ったのだがな。まあいい、次の来客で楽しませてもらうことにしよう」
「……逃がしてくれるのですか?」
「ふん、一応クラスメイトのよしみだ」
「そうですか……」
「ああ、そうそう、忘れ物だ」

 エヴァは茶々丸に、顎で指し示す。茶々丸は、それだけで全てを理解したのか、気を失っているのどかを抱きかかえ、夕映にその身を預けた。夕映はのどかの片腕を背に回して、がっしりとその身体を支える。

「大事な絆なんだろう?」
「……感謝はしません」
「ふん、別にそんなものは要らん」

 エヴァはそれ以上興味がないのか、夕映に手を振って、さっさと行けと命じる。夕映は黒の空間に一歩下がると、そのまま空間に飲み込まれて、その姿が完全に黒に沈むと同時に、空間は縮小し、やがて何事もなかったような光景だけが残った。

「さて」

 エヴァはにやり、と意味ありげな笑みを浮かべて、次の来訪者の存在を、今か今かと待ち焦がれる。

「メインディッシュといこうじゃないか」



あとがき
 エヴァの封印に関しての質問を受け3巻をもう一度読み返してみました。
 結果は…… 分からない……
 実際に、エヴァの魔力がどの程度まで封じられているとか、凍る大地の威力(わずか1コマ)とか、呪文のコーナーとか、読み返してみましたが、微塵もその辺のことが描かれてない……
 はっきり言って困りました。どの程度までやっていいのか、判別不能になってしまい…… 仕方がなく、もうこのまま突っ走る方向で行くことにしました。ああ、この暴走特急はどうやったら止まるんだろうw



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン44
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:a01954ca
Date: 2010/06/23 12:05
 話は少しだけ時を遡る。



 近右衛門にあてがわれた自室でごろごろとしていた隼人の元に、血相を変えたハルナが飛び込んできたのが、事の発端だった。

「隼人先生、ゆえっちとのどかが帰ってこないの!」
「はあ?」

 横になっていたソファから身体を起こし、真っ青になったハルナをなだめようと、買い置きのジュースを投げ渡す。最初はぽかんとしていたハルナだったが、おもむろにプルタブを起こすと、ジュースを一息で飲み干した。

「落ち着いたか?」
「う、うん……」
「早乙女、二人が帰ってこないでどれ位経つ?」
「えと…… 1時間。そんなに遠くに行ってないはずなのに、随分時間がかかるから……」
「大体の状況は?」
「最初にのどかが忘れ物を取りに行こうとして…… で、しばらくしてから、帰りが遅いのを心配して、ゆえっちがその後に……」
「綾瀬が寮を出て1時間といったところか?」
「うん……」

 なるほど、確かに何かあったのかもしれないという不安に駆られるのも当然か。隼人は面倒そうだという感情を抑えつつ、上着を羽織り、外出の準備を整えた。

「少し様子を見てくる。宮崎は学校へ戻ろうとしていたんだったな? とりあえず学校のほうまで調べてくる」
「ありがと! ゆえっち達をお願いね」
「分かった分かった」

 隼人はハルナに手を振ると、部屋を出る。出る直前に、ハルナに自室で待機するように命じるのを忘れない。寮の階段を下りながら、隼人は夕映たちに何が起こったのかを推理する。

(まあ、忘れ物を捜すのに手間を取ったか、二人で寄り道をしているか…… 最悪なのは、やっぱり何かのトラブルに巻き込まれたか、だな……)

 そう言えば、最近生徒たちの間で桜通りの吸血鬼とかいう噂が流行りだしたのを思い出す。そして、数日前に変死体が発見されたという情報を総合すると、嫌な予感が入道雲のように大きくなっていく。

(まさかな……)

 隼人は自らの考えを振り払おうとする。しかし、足は自然と駆け足になっていくのが分かる。

(思い過ごしであってくれよ……!)

 隼人は駆け出した足を止めることなく、寮を飛び出した。



 ほぼ同時刻。
 ネギは今日のまき絵のことが頭から離れなかった。どうしてあの時、魔力の残り香がまき絵の身体から漂っていたのか、その答えに不吉な予感が拭えない。

「……ちょっとネギ、どうしたのよそんな顔して?」
「……はうっ!?」

 同居人の明日菜は、複雑な顔を浮かべているネギに疑問を投げかける。木乃香も思いつめた表情を見せるネギに、不安を隠せないのか、心配そうな顔をする。

「ほんまや、ネギ君、悩み事なん? なんやったら、お姉さんに相談に乗るえ~?」
「い、いえ! 平気です! ちょっと、考え事していただけで……」
「ふうん、そんな風には見えないけど……」

 取り繕うネギに、明日菜は不審な顔を向ける。その顔を見ることが出来ずに、ネギは下を向いてしまった。

(うう、どうしよう…… 魔法のことは二人に相談できないし…… 僕一人でも不安だし…… 誰か相談に乗ってくれそうな人は……)

 ふとネギの頭に、ある顔がよぎる。

(そうだ、隼人さんなら、何か相談に乗ってくれるかも……)

 考えがまとまったのか、ネギの行動は早かった。

「すみません、ちょっと外に出ます!」
「ちょ、ネギ! 夕飯は!?」

 明日菜の静止よりも早く、ネギは部屋を飛び出し、そのまま隼人の部屋へと駆け出した。ドアをノックする。しかし、返事はない。不安になり、ドアノブを回すが、鍵はかかってない。無用心と思いながらもネギは中の様子を確かめに、そっとドアを開き、隙間から部屋の様子を覗き込む。

「いない……」

 ネギの言うとおり、中は無人だった。靴もないところを見るに、どうやらどこかへ出かけたのだろうが……

「どうしよう……」
「どうしたの?」

 不安に頭を抱えるネギの背後に、女性の声がかけられる。はっとなって振り返ると、椿が怪訝そうな顔でネギを覗き込んでいた。

「つ、椿さん……?」
「隼人に何か用? 余りそうやって人の部屋を覗き込むのは感心しないけど……」
「はい…… でも留守みたいで……」
「また隼人は鍵をかけないで出かけたのね…… 無用心なんだから」

 やれやれと、椿は首を横に振る。

「それで、隼人に何か話でもあったの? よかったら、私が伝えてあげようかしら?」
「え、ええと……」

 椿の提案に、ネギは少し考え込む。しかしそれもほんの少しの間だけで、ネギは椿に精一杯顔を近づけた。

「椿さん、ちょっとお願いがあるんです!」
「え? ええ?」

 ネギの必死な顔に、椿は少しだけ困惑する。

「今日の身体測定のとき、佐々木さんが倒れたこと、覚えてますか?」
「ええ、貧血で倒れたということになっているけど……」
「それなんですけど……」

 ネギは耳を貸してほしいと、椿の耳に顔を近づける。

「あの時、確かに感じたんです。魔力の残り香みたいなものを……」
「……なんですって、どういうこと?」
「分かりません…… けど、佐々木さんが倒れた原因には、何か魔法使いの影が絡んでる可能性が……」
「……そう」

 椿は顔つきを引き締め、ネギの話をよく吟味する。魔法に関しては、自分は素人以下だ、少なくともネギのほうが詳しい。そのネギが、異常を感じたと言う。少なくとも、何かがある、そう予感させるには十分だった。

「分かったわ、私でよければ協力してあげる」
「い、いいんですか?」
「もちろんよ、そのための仕事だもの」
「ありがとうございます」
「それで、私は何をすればいいの?」
「はい、とりあえず、僕と一緒に調べ物を手伝って欲しいんですが……」
「お安い御用よ」

 椿はそれだけ言うと、ネギと共に走り出す。

「どうするの? ネギ君」
「とりあえず、空から探ってみます。椿さんも、僕の杖に乗って、探し物を手伝ってください」
「分かった」

 外へと飛び出したネギは、愛用の杖にまたがり、ふわりと宙に浮かぶ。

(そう言えば、私、杖に乗るのって初めてね)

 今さらながらに思いながらも、椿は空いたスペースに腰掛け、それを確認したネギは、一気に杖を浮上させ、加速させる。それに同乗する椿は、これまでとは違った浮遊感に、戸惑いと高揚感を感じる。

(不思議な感覚…… ヘリで空を飛ぶのとも違う、ダイレクトに風が当たって、気持ちいい……)

 椿は杖で空を飛ぶという初めての体験に、年に似合わぬ感動を覚えていた。



 地上で夕映たちを探していた隼人に、《ワーディング》の感覚が駆け巡った。

「ちっ、当たりか!」

 予想していた中でも、最悪な展開に舌打ちし、隼人は走り出した。



 一方、空を飛んでいた椿も、同じ感覚を捉えていた。

「ネギ君」
「どうしました、椿さん?」
「あっちの方角、飛んでくれないかしら?」
「あっち? 桜通りですか?」
「ええ、《ワーディング》が展開されたわ。おそらくオーヴァードがいるはずよ」
「分かりました!」

 椿の指示に従い、ネギは桜通りまで杖を飛ばした。



 エヴァはようやく待ち続けていた相手が空から飛来してくるのを、愉快そうに眺めていた。よく見れば別の人間も乗っている。確かあれは玉野椿と言ったか。彼女もまた、近右衛門の信頼厚いオーヴァードだとは聞いている。椿の到来は少し予定外だったが、なんら支障はない。やがて、豆粒のような影が段々とくっきりと大きく見えてくるようになる。

「え……!? あなたは…… エヴァンジェリンさん!?」
「これは……!?」

 ネギと椿は、同時に驚愕の声を上げた。周囲はまるで戦争でもあったかのようにずたずたに荒らされ、整備されたアスファルトは、クレーターでぼこぼこになっている。

「やあ、待っていたよネギ先生。それから玉野先生も奇遇だな」
「……エヴァンジェリンさん、これは一体どういうことですか!?」

 ネギは声を荒げて、エヴァに問い詰める。対してエヴァはその問いかけを予想していたのか、つまらなそうに鼻を鳴らす。

「どうもこうも…… 先客と派手に暴れただけさ」
「先客……?」
「ああ、さっさとお引取り願ったがな。まあまあ楽しめたぞ」

 くっくっく、とのどを鳴らして笑う。その脇に、すっと茶々丸が無表情で立ち並ぶ。茶々丸は、ネギと椿を見据えると小さくお辞儀をした。

「……こんばんは、ネギ先生、玉野先生」
「絡繰さんまで……!?」
「……説明してもらおうかしら」

 椿は低い声で二人に問い詰める。

「……まあ、いいだろう。玉野先生は桜通りの吸血鬼の噂を知っているか?」
「……ええ、ただの噂と思っていたけど」
「その吸血鬼が私のことだ」
「な……!?」
「ええええええええ~っ!?」

 椿が眼を見開き、ネギも大きな声を張り上げて、驚きを表現する。

「最も、ふざけた偽者が最近現れ始めたみたいだったからな、そいつには先に退場してもらったよ」
「貴方は一体……!?」
「教えてやりたいのは山々だが、私としては時間が惜しい」

 それだけ言うと、エヴァは懐から小さな小瓶を数本取り出し、ネギたちに放り投げる。

「挨拶代わりだ! 氷爆!」

 呪文を唱えると同時に、小瓶が炸裂し、ネギたちを猛烈な冷気が襲う。

「きゃあっ!?」
「うわっ!」

 全身を凍てつかせながら、椿とネギは5メートルほど吹き飛ばされる。

「サラマンダー!?」
「自分のカテゴリに無理やり当てはめないでもらおうか! これが魔法だよ、玉野先生!」
「!!?」
「貴様のことは聞いている! UGNとかいうところから派遣されてきたオーヴァードなのだろう!?」

 エヴァの指摘に大きく困惑を隠せない椿。どうして彼女が自分のことを……!? だが、すぐさま思考を切り替え、戦闘体勢に入る。指から“糸”を伸ばし、いつでもエヴァに攻撃を出来るようにする。

「ほう、それが貴様の能力か! つくづく面白いな、オーヴァードというものは!」
「つ、椿さん!」
「……分かってる、彼女にはまだ聞きたいことがあるから」

 椿はネギに小さく頷くと、“糸”を精一杯伸ばしてエヴァの身体を拘束する。

「く……! 抜けられん!」
「……答えて、あなたは何者なの?」
「……そう素直に答えると思うか? 茶々丸!」
「イエス」

 エヴァの呼びかけに、茶々丸はエヴァと椿の間に張り巡らせられた“糸”を、手刀で断ち切る。つんのめる椿を、後ろからネギが支えた。

「ごめんね、ネギ君」
「いいえ、僕もエヴァンジェリンさんに聞きたいことがありますから」

 ネギは椿を離すと、ぎゅっと目に力を込めてエヴァに問い詰める。

「エヴァンジェリンさん、貴方はどうして、魔法をこんな風に使うんですか!?」
「ほう……?」
「魔法とは元来、誰かのために使うものです! 私利私欲のために使うなんて、もってのほかのはずです! どうして魔法を誰かのために使おうとしないんですか!?」
「ふん、いかにも優等生の問いかけだな」
「ちゃんと答えてください!」
「まあ、答えてやろうか。魔法使いにだっていい魔法使いと悪い魔法使いがいる。私は後者のほうだった、それだけだ」

 こともなげに言うエヴァに、ネギは絶句した。ショックで口を開いたまま硬直するネギに、エヴァは容赦なく二撃目を差し向ける。しかし、すんでのところで椿が“糸”で食い止める。椿に守られて、ようやくネギは正気を取り戻した。

「しっかりしなさい、ネギ君!」
「す、すみません、気が動転しちゃって……」
「この程度のことで動揺するのか? とてもナギの息子とは思えんな」
「ナギ……!? 父さんのことを知ってるんですか!?」

 さらに衝撃がネギの精神を揺さぶる。激しく動揺するネギを面白そうに眺めながら、エヴァは更なる追撃の準備を始める。

「知りたかったら私を倒してみることだな!」

 三度目の小瓶の投擲。炸裂した小瓶は氷の嵐を生み出し、ネギと椿を痛めつける。

「く……!」
「ネギ君、このままじゃジリ貧よ。私が何とか活路を開くから、貴方は魔法でエヴァンジェリンさんを」
「分かりました…… やってみます」

 ネギは椿の背に隠れると、小さく呪文を唱え始める。

「む……」

 ネギの呪文を察知したのか、エヴァの顔色が変わる。

「茶々丸! 時間を与えるな!」
「イエス、マスター」

 茶々丸はエヴァの命令を忠実にこなそうと、ネギに接近しようとする。
 しかし。

「させない!」

 椿が茶々丸の前に立ちはだかり、“糸”でその身体を絡め取る。身動きを封じられた茶々丸は、何とかもがいて脱出を試みるが、椿はそれをさせまいと、さらに“糸”を食い込ませる。

「すみません、マスター。この状況を打開するのは困難であると判断します」
「ちっ、厄介な能力だな…… 仮契約すら交わしていないのに、なんて洗練されたコンビネーションだ」
「貴方には悪いけど、ネギ君の妨害はさせないわ!」

 椿は腕に力を込めて、茶々丸の動きを全力で封じ込める。そして、その時間稼ぎが功を奏し、ネギの呪文が完成する。

「風花・武装解除!」

 一陣の風が撒き散らされ、エヴァの服が一瞬にして、ずたずたになって、キャミソール姿をさらけ出す。

「くっ……」
「さあ、観念してください! 貴方は何が目的なんですか!?」
「ふん、目的か……」

 エヴァは口元を吊り上げると、ネギを鋭い視線で貫く。

「貴様だよ、ネギ・スプリングフィールド。いや、正確には貴様の血だな」
「え……!?」
「私は自らの身体にかけられた呪いを解きたい。そのためにこの半年、魔力を補うために生徒を襲ったのさ」
「魔力を補う……?」
「ああそうさ! わたしはこの忌々しい呪いのせいで、魔力を極端に抑え込まれている! そしてこの15年間! 私はずーっと中学生としてこの学園に縛られ続けているんだよ!」
「嘘……!?」

 椿も思わず息を呑む。それほどエヴァの告白は衝撃的だった。

「ちょっと待って、それとネギ君がどう絡んでくるの?」
「簡単なことさ! 私に呪いをかけたのは、こいつの父親、ナギ・スプリングフィールドなんだよ!」
「と、父さんが!? 一体どうして……!?」
「答える必要はない! 私にとって今重要なのは、ネギ・スプリングフィールド! 貴様の血を吸い、この忌々しい呪いから解放されることだ!」

 そう叫んで、エヴァはネギに飛びかかろうとする。しかし、それより早く椿のもう一方の手から伸びる“糸”が、エヴァの身体を絡め取る。

「くっ、離せ! 私はこの呪いを解くんだ!」
「だからと言って、離すわけがないでしょう? ネギ君が危険にさらされるかもしれないのに、貴方の言い分を通すわけには行かないの」

 淡々と椿は告げる。それを聞いて、エヴァの興奮した顔が、突如すっと冷静な顔に戻り、下を向いて、黙り込んだ。

「…………」
「落ち着いたかしら?」
「く、くくく……」
「?」
「来い! チャチャゼロ!」

 エヴァがそう叫んだのと同時。
 小さな影が椿とエヴァの間を横切ったと思うと、突如、茶々丸とエヴァを絡め取っていた“糸”が切断される。

「な……!?」
「い、一体何が!?」

 椿とネギが戸惑う中、影は椿に急接近し、手にした銀の光を真横に閃かせる。間一髪でそれを交わすも、服に一筋、鋭い刃物で切り裂かれた跡が残る。

「ケケケ、ヤルジャネーカ」

 機械的な声が、影から発せされる。影は空中で浮かび、椿の顔に高さを合わせる。それは、二頭身の女性型の人形だった。どことなく茶々丸に似ているのは気のせいではないはずだ。だが、その両の手には身の丈を大きく超えるナイフが握り締められ、見た目どおりの存在ではないことを窺わせる。

「まさかこいつまで呼ぶ羽目になるとはな。さて、これで数としては3体2だが…… どうする?」
「…………」

 椿は新たに加勢したチャチャゼロに、油断なく構えを崩さない。

「茶々丸、予備の魔法薬をくれ。さっきの魔法で手持ちのやつが全部吹き飛んだ」
「了解です」

 茶々丸は制服の内ポケットから、さっきまでエヴァが使っていた小瓶を大量に取り出して、エヴァに手渡す。

「…………!」
「ふっ、まさか私の魔法薬があれで全部だと思ったのか? こういうときのためにパートナーに幾つか渡しておくのは当然のことだろう?」

 ネギの顔が蒼白になる。完全に無力化したと思っていたのに。状況の悪化に、ネギの身体が震えだす。

「さて、続きと行くか」

 エヴァがそう宣言したのと同時に。
 何かのエンジン音が、こちらに近づいてくる。それは、椿たちの背後から、徐々に大きくなってくる。エヴァたちが近づいてくる音に注目し、椿たちも背後を振り返る。見れば、一台のバイクが、こちらへと近づいてくる。それに跨っているのは、椿たちのよく知る顔。

「隼人!?」
「何!?」

 椿がその名を呼んだとおり、隼人はバイクを走らせて、こっちへと迫っていた。ライトの光が、エヴァを照らし、その目をくらませる。椿はネギを抱えてサイドステップで隼人の進行を妨げまいとする。茶々丸やチャチャゼロも、慌てて横に避けるが、ほんの一瞬、目がくらんだエヴァは反応できずにいた。隼人はエヴァに到達するぎりぎりのラインで、スライドターンでブレーキをかけようとするが……

「へぶらっ!?」
「あ」

 勢い余り、エヴァの身体を吹き飛ばす。エヴァは数回アスファルトにバウンドしごろごろと地面を転げて、ようやく止まることが出来た。

「ま、マスター、ご無事ですか!?」
「生キテルカ、ゴ主人!?」

 慌てて茶々丸とチャチャゼロが駆け寄ってエヴァを抱き起こす。幸い擦り傷と打撲で済んだようだが、手にした小瓶はほぼ割れてしまった。意識はしっかりとしているようで、擦り傷だらけの顔をして、隼人を涙目で睨みつける。

「く…… 高崎隼人…… 一度ならず、二度も私をこけにするとは……!」
「……案外丈夫だな、お前」

 隼人は呆れたように呟く。バイクから降りると、隼人はそれを砂へと還す。椿とエヴァを交互に見やり、次に周囲を見渡す。

「どういうことだ、これは? 一体何があった?」

 隼人は椿にそう問いかける。

「エヴァンジェリンさんは魔法使いよ。そして私たちを襲った。目的はネギ君の血」
「なるほど……」

 椿の説明で、大体の事情を察したのか、隼人は懐から取り出した写真を刀へと変え、エヴァに突きつける。

「子供のおいたにしては少し度が過ぎるな」
「く……」

 状況は逆転する。今ので手持ちの魔法薬はほぼ尽きた。大技すらも出すことは出来ないだろう。茶々丸やチャチャゼロでしのいでも、おそらく負けるのは確実。エヴァは自分の不利を悟り、観念したようにため息をついた。

「ちっ、仕方ない…… この場は私の負けだ」
「なら事情を話してもらおうか」
「断る。茶々丸!」
「了解です」

 エヴァは茶々丸に命じ、その身体を茶々丸に預ける。茶々丸はしっかりとエヴァを抱きかかえると、背中にジェットパックを出現させ、噴射する。一気にエヴァと茶々丸の身体が空へと舞い上がる。それにチャチャゼロも続く。

「ここはひとまず逃げさせてもらう! だが覚えておけ! 貴様の血は必ずこの私が貰い受けるぞ!」

 捨て台詞を残して、エヴァの姿はどんどんと小さくなっていく。ネギは慌ててエヴァの後を追おうとするが、それより先に椿がそれを制止する。

「深追いは危険よ」
「うう……」

 ネギはしゅんとなり、身体を縮める。

「はあ、なんか俺いらない子みたいだな」
「あら、そんなことないわよ。隼人が来なかったら、今頃負けていたのは私たちのほうだったもの」
「あっそう」

 そっけなく隼人は返す。そして思い出したように椿に本来の目的を問う。

「そうだ、椿、宮崎と綾瀬を見ていないか? さっきから探しているんだが、見つからない」
「さあ、見てないけど……」
「そうか…… 仕方ない、学校まで調べに行くか」

 隼人は頭を掻きながら面倒くさそうにぼやく。
 そのとき。
 隼人の携帯が鳴り響く。手に取ると、元気なハルナの声が届く。

『先生! 今どこにいる?』
「今か? 桜通りだが…… どうした?」
『ごめん先生、あの後のどかとゆえっちが帰ってきたのよ。だからこっちは大丈夫だから!』
「はあ?」
『じゃ、そういうことだから、ちゃんと伝えたよ~』

 そう言うとハルナは一方的に電話を切る。後に残されたのは、げんなりとして、肩を落とす隼人の姿。

「畜生…… くたびれ儲けじゃねーか……」
「そんなときもあるわよ」

 椿はそれだけ言うと隼人に背を向け、ネギを連れて寮への帰り道を歩き出した。その後に、肩を落とした隼人がとぼとぼとついていく。椿の横に立つネギは、何かを言いたそうにしながらも、どう言えばいいのか分からず、下を向いて無言のまま、大人しく椿と歩幅を合わせて歩いている。それを察し、椿は努めて優しくネギに話しかけた。

「エヴァンジェリンさんのことが気がかりかしら?」

 びくりと、ネギの肩が震えた。

「……当たり?」
「はい…… 正直に言えば、怖いというのもあります…… でも、僕の父さんのせいで、15年間も呪いに苦しんでいただなんて……」
「……優しいのね」
「そんなんじゃないです。ただ…… 何と言えばいいのか、罪悪感が……」
「それはちょっと違うと思う」

 椿はぴしゃりとネギの言葉を遮った。

「彼女の呪いのことは専門外だからよくは分からないわ。でもその呪いをかけたのは、貴方のお父さんであって、貴方じゃない。罪悪感というのはちょっとおかしい。でもそれを気にしてあげられるのは、貴方なりの優しさだと私は思うの」
「…………」
「ネギ君は、エヴァンジェリンさんをどうしたいの?」
「……分かりません。僕はエヴァンジェリンさんをどうしたいのか、まだはっきりと答えを出せないんです」
「そう」

 椿は微笑んで、ネギの頭にそっと手のひらを載せた。

「焦って答えを出す必要はないわ。貴方なりにじっくり考えて、答えを出せばいいわ」
「はい……」
「じゃあ、帰ってゆっくり休みましょう。明日も早いし、神楽坂さんも心配しているわ」



「ああくそ! いいところまで行ったというのに、高崎隼人が邪魔立てに入るとは……!」

 茶々丸の腕の中、忌々しそうにエヴァはぼやく。

「ケケケ、ゴ主人、随分不機嫌ダナ?」
「不機嫌にもなるわ! ようやくこの呪いからおさらば出来ると思ったのに、今日のでほとんど魔力を使い果たしたんだぞ! また一から魔力を蓄えんとならんとは……!」

 チャチャゼロの軽口に怒鳴り返しながら、エヴァは茶々丸に抱きかかえられつつ、自分の住処であるログハウスへと向かう。空の上から、ようやく自分の家が見えてきたと思ったとき、ふと異変に気が付く。

「マスター」
「ああ、明かりが点いているな」

 エヴァは消したはずの明かりが点る自宅に、警戒を強める。玄関前まで静かに着地し、忍び足で玄関のドアまで近づく。茶々丸もチャチャゼロも、何が起こってもいいように、臨戦態勢を取る。そっとエヴァはドアを開くと……

「やあ、お帰りウェンディ」

 少年の声がエヴァを出迎える。と同時に、エヴァの顔が引きつる。

「こ、この声は、まさか……」

 だだだ、とエヴァは駆け出して、声の響いてきたほう――ロビーに飛び込む。そこには……

「紅茶、頂いてるよ。相変わらずいい茶葉を使ってるね」
「き、貴様……」

 ふるふると肩を振るわせる。エヴァの目の前には、10歳ほどの、金髪の少年がソファにかけて、優雅に紅茶を飲んでいた。どこか不遜な顔をして、怒りに顔を紅潮させるエヴァを愉快そうに眺める。

「おいおい、ボクと君との仲じゃないか。もっと再会を喜び合わないかい?」
「黙れ! 貴様とそんな仲になった覚えなどないわ!」

 エヴァは少年を指差して、怒鳴り散らす。

「何の用だ! 群墨!!」



あとがき
 結構色々と悩みましたが、こういう感じになりました。
 最後に少しだけ、今回限りのゲストを登場させてますが、かなり実験に近い節があります。正直こいつ、というか田中天キャラを制御する自信はあまりないです……



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン45
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:a01954ca
Date: 2010/07/02 17:32
「はあああああああぁぁぁぁぁ……」

 早朝。
 隼人たちからの報告を聞き終えた近右衛門は、組んだ両手に顔をうずめて、盛大なため息をついた。

「やはりエヴァの仕業じゃったか……」
「知ってたんですか、学園長?」
「うむ…… 恥ずかしい話じゃが、これまでもエヴァはこうやってたびたび生徒を襲っていたのは事実なんじゃよ。そのたびに口をすーっぱくして警告してたんじゃが……」
「……効果はないと」
「あの通りの跳ねっ返りじゃからなあ」

 やれやれ、と近右衛門は首を振って、もう一度ため息をついた。

「ここしばらくは大人しくしていたと思ってたんじゃが…… よりにもよってネギ君が狙いじゃったとはのう……」
「彼女の言っていたことは本当なんですか? その…… ネギ君の父親が呪いをかけたというのは」
「それは事実じゃよ。わしがナギ本人から直接聞いたんじゃ。間違いない」
「なるほど……」
「てゆーか、何であんな危険人物を麻帆良に?」
「むしろ大人しいくらいじゃぞ? かつての彼女はそれはそれは極悪人でのう、魔法界では“闇の福音”の二つ名で知られる賞金首でもあるんじゃ」
「なおさら危険じゃないですか!?」
「それも昔の話じゃよ。本人から聞いとらんか? 今の彼女は極限まで魔力を抑えられておる。そうそう大きな悪さは出来んよ。それに呪いのせいでこの麻帆良からは一歩も外に出ることは出来ん」
「それ、呪いを解いたら麻帆良に復讐してきたりしないですか……?」
「安心せい、復讐するとしたら、おそらくわし個人じゃろ、その位を受け止めるくらいの余裕はあるわい」

 ふぉふぉふぉ、と笑う近右衛門。対して、隼人と椿は互いに顔を見合わせる。魔法の世界の事情は詳しくないが、よりによってそんな危険人物が身近にいることは想定していない。

「まあ、とりあえず報告は受け取ったぞい、エヴァにはまたわしからきつーく灸を添えてやるとするかのう。何、しばらくは言うことを聞くはずじゃ。それまでに対策を練るとしよう」
「ありがとうございます」
「では、戻りなさい。今日も一日、よろしく頼んだぞ」



 学園長室を出、廊下を歩く二人。すれ違う生徒たちに、笑顔で挨拶を交わしながら、HRの準備を整えようと職員室に向かおうと足を運ぶ。
 と。
 二人は足を止める。件の人物が、不機嫌な顔をして、もう一人の人物と寄り添いながら、職員室の前で待ち構えていた。

「…………」
「おはようございます、高崎先生、玉野先生」
「……ああ、おはよう」
「おはよう……」

 エヴァは視線すら合わせようとせず、ずっとそっぽを向いている。茶々丸は相変わらずの無表情。しばらく無言で立ち尽くす隼人たちだったが、不意にエヴァが口を開いた。

「……貴様らに客が来ている」
「客?」
「今日の放課後に、繁華街のオープンカフェで待っているそうだ」
「…………」
「確かに伝えたからな。もう行くぞ、茶々丸」
「はい。では、また後で」

 エヴァは二人を振り返ろうともせず、茶々丸は会釈をして教室へと向かっていった。

「……俺たちに客って、誰のことだ?」
「……さあね」

 二人は揃って首をかしげた。



 授業中、ネギは始終びくびくしながら一つの顔を気にしていた。その顔とは言うまでもなく茶々丸のことだ。

(うう…… どうして茶々丸さんがいるんだろ……)

 ちらり、と茶々丸の顔を盗み見る。茶々丸は、そんなネギの様子を気にする様子もなく、淡々と授業を聞いている。まるで、昨日のことなどなかったかのように。

「ネギ先生、ちょっと様子がおかしいですが…… どうかなさいましたか?」
「はうっ」

 あやかに指摘されて、ネギは身体を震わせる。それが余計に何かがあったのではないかと匂わせるが、あえてしらを切る。

「いえ、なんでもないです。ちょっと体調が悪くて……」
「それはいけませんわ! 保健室へ行きませんと……」
「い、いえ! そこまでじゃないです! 平気ですから……」
「ネギ」

 それまで黙って補佐をしていた隼人が口を開いて、ネギの手にしていた教科書を取り上げる。

「俺が変わる。今日は確か23ページまでだったな?」
「は、隼人さん……?」
「そんな様子じゃ授業なんて無理だろ」

 言い放つ隼人に、ネギは何も言えず、しゅんとなってしまう。隼人はネギをいすに座らせる直前、小声でネギの耳にささやきかける。

(しっかりしろネギ。そんなに絡繰がいることがそんなに気がかりか?)
(だ、だって……)
(俺たちの場合、敵が堂々と授業を受けていることなんて日常茶飯事だった。この程度のことで動揺しても仕方ないだろう?)
(うう……)
(ここには俺もいるんだ、もっと堂々としていればいい)

 隼人は最後にネギの背を叩くと、教壇に立つ。生徒たちからは、なぜか不満の視線が浴びせられる。

「……おい、何だその顔は」
「だって、ねえ……」
「隼人先生の授業ってあんまり面白くないんだもん……」
(ほっとけ)

 生徒から寄せられた不満の声を聞き流し、隼人は教科書を読み上げだした。次第に生徒たちの表情から退屈が浮かび、中にはすっかり夢の中へとダイブする生徒も見られた。そんな教室の様子を眺めながら、自分は誰かを教えるのには向いてないな、と改めて隼人は思うのだった。



 放課後になり、隼人は適当に仕事を切り上げて、正門前で椿と合流する。はやとより先に待っていた椿は開口一番、

「遅い」
「仕方ないだろ、仕事がたまってんだよ」
「普段の行いの積み重ねでしょ。これに懲りたら、少しは真面目に仕事をして」
「へーへー」

 相も変わらず椿の小言に、やる気の感じられない生返事を返す隼人。頭を掻きながら、椿の前を歩き出す。椿もそれに倣って、やや早足で隼人の左を歩く。

「待ち合わせのオープンカフェってどこのことだか分かる?」
「多分な。あそこだと思うが……」

 隼人は自分の記憶を頼りにして、繁華街にあると思われるオープンカフェまで足を運んでいく。麻帆良の繁華街は、放課後ということもあり、多数の生徒で賑わいを見せる。むしろ隼人たちのように、教師が普通に出歩いているほうが目立つくらいである。知っている生徒に声をかけられながら、目当てのオープンカフェと思しき場所まで行くと……

「こっちだよ、隼人、椿」
「え……!?」
「ま、まさか……」

 少年の声が隼人に寄せられる。しかし、二人が眼を丸くしたのは別の理由。その声には聞き覚えがあったからだ。外側に設置されたテーブルのうちの一つに腰掛けた、年にふさわしくないピシリとした服装をした金髪の子供。テーブルには、彼が注文したのか、サンドイッチとコーヒーが並べられ、ご丁寧に、彼の分以外に、隼人と椿の分まで用意されていた。

「ふむ、時間はちょうどいいね。早く座りなよ。コーヒーが冷めてしまう」
「お、お前は……」
「群墨先生……」
「おお、先生! いい響きだねえ、先生! ああ、今なら天にも昇れそうな気分だよ」

 うっとりとした表情で、少年は天を仰ぐ。その光景はどう見ても変人のそれでしかない。

「客ってお前のことかよ……」
「む、ご挨拶だなあ、久しぶりに会ったというのに」

 呆れたように隼人が頭を抱えると、逆に少年は頬を膨らませてふてくされる。だが、確かに彼に会うのも久しぶりだ。群墨応理。隼人たちチルドレンの教官にして、自称不死者のUGNエージェント。見た目は子供だが、本人曰く、かなりの年数を生きているらしい。

「一体何の用があるんだよ? まさか、俺たちの任務に協力するとかじゃないだろうな」
「任務の件は雄吾から聞いてるよ。UGNと魔法使いとの橋渡し役だそうだね。手伝いたいのは山々だが、今回はちょっと別件でね」
「別件?」
「まあ、話は後にしよう。ちょっと別の待ち合わせの人物を待っているんだよ」

 もう来るころだろう、と応理は腕時計を見て時間をチェックする。そういえば隼人と椿以外にも、もう二ついすが用意されているのは、これから来る来客のためだろうか…… と、二人が考えをめぐらせると、応理は流れる人ごみの中から、目当ての人物を発見する。

「おーい、こっちだ」
「はあ……!?」
「え……!?」

 二人は息を呑む。こちらに歩いてくる二人組み――エヴァと茶々丸は、ゆっくりとした足取りで、驚く二人を尻目にして、応理の用意した席に腰をかけた。

「これで話の準備は整ったね」
「ちょ、ちょっと待って! 群墨先生、これは一体どういうことなの!?」
「…………」

 問い詰める椿を、むすっとした顔で見るエヴァ。対称的に、面白そうに詰め寄る椿をなだめる応理。まるで、こうなることを予期していたように。

「まあ、落ち着きなよ椿。君たちの事に関しては、彼女からあらかた聞いている。それを踏まえたうえで、ちょっと君たちに話があるんだ」
「ふん、私はどうでもいいんだがな」
「そうはいかないよ、この一件に関しては彼らの協力は必要になるよ」
「……話というのは彼女に関係するんですか?」
「うん、そう思ってくれればいい」

 まずは落ち着こう、と応理は椿にコーヒーを飲むように勧める。勧められるまま、椿はブラックのコーヒーを一口、胃に流し込んだ。口の中に苦い後味が残り、それが帰って冷静さを取り戻させる。

「どこから話そうかな…… まずは、ボクとエヴァとの関係についてかな」

 応理はエヴァに許可を取るように、視線をエヴァに向けた。エヴァはプイ、とそっぽを向いて、好きにしろと言わんばかりに手を振る。

「ボクとエヴァは君たちよりもずっと前――かれこれ300年くらいかな? そのくらい前に知り合った」
「さん……!?」
「ホントかよ、それ!?」
「言いたくないが、事実だな。私はこの胡散臭いガキにしょっちゅう煮え湯を飲まされてきた」
「それは酷いな、ちょっと不死者同士としての親交を暖めようとしただけじゃないか」
「黙れ。人を散々おちょくっておいて、よくそんなことが言える」

 その二人の短いやり取りで、なんとなく二人は理解する。彼らの関係を。

「当然、彼女が魔法使いであるということも知っていたよ。徒に混乱を呼ぶことになるからずっとUGNには黙ってたけどね。敵対したことももちろんあったが、とりあえず関係は維持している」
「私としてはさっさと縁を切りたいんだがな」
「はっはっは、照れるなよエヴァ」
「照れてなどいないわー!?」

 むがー、とエヴァは顔を真っ赤にして応理に怒鳴り散らした。昨夜に見た威厳に満ちた彼女の姿は微塵も感じられない。

「もっとも、呪いのことについてはつい最近知ったんだけど。しばらく音信が取れていなかったから、調べるのに苦労したよ」
「当然だ! 貴様に弱みを握られてたまるか!」
「……まあ、大体事情は分かりました。それで、私たちに話というのは?」
「うん、そこで本題だ」

 応理は口を潤すようにコーヒーを飲む。苦かったのか、舌を出して、ミルクを大量に注ぎ込み、もう一度飲む。

「話というのは他でもない。しばらくの間でいい、彼女を守ってもらえないか?」
「はあ?」

 応理の依頼に、隼人は怪訝そうな顔をして聞き返した。

「まあ、そう言いたい事も分かるよ。しかしこれは君たちにしか頼めない」
「……何故ですか?」
「簡単なことさ」

 応理はサンドイッチをつまみ、一口それをほおばると、それを嚥下してもう一度口を開いた。

「FHが彼女を暗殺しようと動き出した形跡がある」
「何……!?」
「FH……!?」

 二人の顔色が変わった。

「ボクのコネクションをフルに使って入手した情報だ。ほぼ間違いない。さすがにエージェントの名前までは分からなかったけどね」
「暗殺者…… まさか、“カーネイジ”!?」
「いや、そこまでは大物じゃないよ。組織でも中堅ぐらいに位置するやつらしいが、ボクの情報では、ここまでが限界だった」
「何故FHが……」
「さあね」
「ふん、心当たりがありすぎて、逆に分からないくらいだ」

 まるで他人事のように言うエヴァに、隼人はカチンと来る。

「おい、今はお前の話をしているんだ。もう少し危機感を持ったらどうなんだ?」
「殺されそうになったことなど、それこそ数え切れないくらいあったさ。もう慣れた」

 あっけらかんと自分が殺されかけた過去を暴露するエヴァに、隼人は閉口する。見た目が少女であることで少々侮っていたようだが、彼女は確かに、応理と同じ不死者なのだということを、改めて認識した。

「本人は頑なに嫌がっているんだけどね。しかし相手はFHだ。どんな手を使ってくるか予想も付かない。ある程度やつらの手の内を理解している人材がどうしても必要になるだろう?」
「……それで俺たちに?」
「これはボクからの個人的なお願いだよ。無論断ってくれても構わない」

 そう言って、応理はもう残りが少なくなったコーヒーを一気に飲み干す。その短い時間の中、隼人と椿は互いに顔を見合わせ、お互いの結論を導き出した。

「……了解しました。FHが関わってくるというなら放置することは出来ません。彼女の護衛、引き受けさせていただきます」
「ありがとう、ボクひとりではさすがに荷が重い仕事だからね。引き受けてくれてとても助かるよ」
「その代わりこっちからも条件だ」

 隼人はエヴァに指を一本突きつけると、きつい口調で要求する。

「俺たちが護衛している間、桜通りの吸血鬼としての活動は認めない。それが飲めないと言うなら、俺たちは即座にこの仕事を下りる」
「ほう……?」
「この内容はみだりにネギ君を襲うことも許可しないということも含まれているわ。私たちが護衛している期間中、ネギ君を不必要に刺激した場合、この条件に抵触するものとさせてもらうわ」
「く……」

 隼人と椿の条件にエヴァはのどを鳴らして不満を表す。彼らが護衛中はネギを襲撃するどころか、力を蓄えることも禁じられたのだ、その不満も当然と言えば当然ではある。蹴ってもいいのだが……

「……いいだろう、貴様らの条件、飲んでやる」
「へえ、素直だね、エヴァ。ボクはもっと反発するかと思ったよ」
「ふん、FHとやらのやり方はじじいから聞いた。私たちを手中に収めるためにこの街の人間全てをジャーム化しようとしたらしいな。気に食わん。やつらのやり方には美学がない。悪には悪なりに貫く美学があるべきだ」
「マスター、素直に自分のせいで他の人間を巻き込みたくないと言えばいいのでは?」
「んな……」

 茶々丸の発言に、エヴァは顔を真っ赤にしていすから立ち上がり、茶々丸の背に回って、どこから取り出したのか、大きなゼンマイを茶々丸の首裏に突き刺して、豪快に時計回りに回し続ける。

「そんなことを言うのはこの口か、この口か!? ええい、貴様のような軽口のやつなど、巻いてやる!」
「ああ、マスター、そんなにゼンマイを巻いたら……」
「……なんだあれ」
「さあ……」
「じゃれてるのさ。それと、君たちがエヴァの警護に当たっている間、ボクはFHと接触した人物が何者なのかを調査しておくよ。単純に引っかかってくれれば万事問題ないんだけどね……」
「そうはいかないだろうな……」
「ねえ、気になったんだけど、ネギ君の護衛はどうするの? 私たちがエヴァンジェリンさんを警護することになったら、ネギ君ががら空きになるわ」
「……あー、そうか……」

 隼人は頭を悩ませた。さすがに二人同時に護衛することは不可能に近い。信頼出来る人間に引き継いでもらうしかないが……

「……あまりいい策ではないが、あいつらに頼むか?」
「あいつら…… 彼女たちのこと?」
「背に腹は変えられない。他に信頼できる人間をUGNから引っ張ってくるには時間も人手も足りないからな。最も近くにいてかつ信頼できる人間といったら、あいつらぐらいしかいないだろう」
「そうね……」
「ふむ……」

 隼人と椿の相談を盗み聞きしながら、エヴァは面白そうに口を吊り上げる。

「その口調から察するに、学園内にいるオーヴァードにネギ・スプリングフィールドの護衛を依頼するというところか?」
「…………!?」

 しまった、と思うときにはもう遅い。エヴァは自分の推理が正しかったことに満足げな笑みを浮かべていた。

「まあ、誰かということは聞かないでやるとするか。興味はあるがな。口ぶりからすると、結構な数がいるみたいだが……」
「……ノーコメントだ」
「まあいいさ、いずれ分かることだ。そのときが来るのを楽しみしていよう」

 のどを鳴らして笑うエヴァ。苦い顔をする隼人だが、失態を取り繕うように、あえて強い語気で告げる。

「と、とにかくだ! 俺たちはこれからお前の監視兼護衛の任に就く! その間、ネギには手出しさせないからな!」
「まあ、勝手にしてくれ。ただし、やつから私を襲撃してきた場合、精一杯抵抗はさせてもらうぞ」
「……そんなことにはならないと思いたいがな」

 だが、この不安が現実のものになろうとは、このときの隼人には知る由もなかった。



「ふっ、先んじてやつの仕事を俺が片付けてしまえば、俺のほうが優秀であると証明される。今度こそ…… 今度こそ俺は失敗できんのだ……!」

 ぎらついた眼を眼鏡の奥に隠しながら、中年の男はふらふらと人ごみの中に埋もれていく。野獣のように残酷な笑みを浮かべる彼を恐れ、人は彼の周りから一刻も早く遠ざかろうとする。彼が歩く半径3メートルは、誰も彼に近寄ろうともしない。

「またこの麻帆良に足を踏み入れようとはな…… だが、それも今日までのことだ……!」

 男は誰に言うでもなく、独り言を呟く。

「この“ディアボロス”、もう二度と失敗は許されん……!」



あとがき
 応理のキャラはおとなしめですが、これ以上はっちゃけさせるとさすがにストーリーのバランスがおかしくなるので止めにしましたw
 そして最後にまた“やつ”が…… ぶっちゃけた話をしますと、本当は彼はここで初登場にする予定だったんです。しかし、あれだけ人気のあるキャラをここまで引っ張るなんてもったいないことは出来ない、と急遽繰り上がりで登場させたわけで……



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン46
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:a01954ca
Date: 2010/08/01 05:27
「ネギ、すまないが俺たちはしばらくお前のそばを離れなくちゃいけなくなった」
「え……?」

 突然隼人に呼び出されたネギは、隼人からそんなことを告げられた。一瞬、彼の言っている意味が分からずにぽかんとするネギだったが、その意味を理解すると同時に、懇願するような眼差しで隼人に詰め寄った。

「ど、どうしてですか隼人さん!? 急にそんなこと言い出すなんて……!」
「すまん、友人に断れない依頼を頼まれてな。そっちを優先することになった」
「で、でも僕は今……!」
「分かってる。だからいざというときにはこのメモを読め。きっとお前の力になってくれるはずだ」

 隼人は小さく折りたたんだメモ用紙をネギに握らせる。なお不安を隠せないネギの頭を優しく隼人は撫でる。

「大丈夫だ、俺たちがいない間は、あいつは手を出してきたりしない。それは保障する。それでも何かあったらそこのメモを読め」
「…………」

 何か言いたそうにするネギだったが、これ以上言えば隼人も困ることを熟知しているのか、無言でメモを握り締め、小さく頷いた。

「……分かりました。無理を言って済みませんでした」
「ああ」

 隼人は小さく頷き返すと、ネギの脇をすり抜け、用意した荷物を抱えて部屋を後にした。



「ここがエヴァンジェリンさんの別荘ね」
「随分学園から遠くに建てたんだな」

 ようやくたどり着いたエヴァの別荘に、椿と隼人は一つ息を吐いて疲れを吐き出した。二人の到着を待ち構えていたのか、応理がにこやかな顔で出迎える。

「ご苦労だったね、二人とも。とりあえず、お茶の準備をしてあるよ。遠慮なく飲んでいくといい」
「……何であいつは人んちでああも仕切ってるんだ?」
「さあ……」

 隼人の言葉に椿は首をかしげながらも、別荘の中へと入っていく。ロビーには確かに二人分の紅茶の用意がされており、茶々丸とエヴァが並んでソファに腰をかけている。茶々丸は相も変わらずの無表情だが、エヴァは不機嫌そうに顎を手に乗せていた。

「いらっしゃいませ、玉野先生」
「ふん……」

 丁寧に出迎える茶々丸とは対照的に、エヴァは隼人たちとは眼も合わせようともせず、顔を横に反らしていた。

「こらこらエヴァ、これから君を守ってくれる人に対してその態度はないんじゃないかな?」
「やかましいわ! 貴様に言われると腹が立つ!」

 応理の指摘に、エヴァはがなりたてるが、当の応理は涼しい顔をして、隼人の脇に立ち、当たり前のようにソファに腰掛けた。

「君らも座りなよ」
「あ、ああ……」
「失礼します……」

 最早どちらがこの家の主なのか分からない、そんな印象を持ちながらも、二人は応理の言われるままにソファに腰をかけた。

「……さて、二人が揃ったところで、食事にしよう。茶々丸、今日の夕飯は何かな?」
「はい、和食を用意しております。マスターのご希望で」
「へー、和食は久しく食べていなかったからね。これは楽しみだ」
「ありがとうございます」
「待てい! 茶々丸、いつの間にこいつに懐柔された!?」

 エヴァは当たり前のように応理をもてなす茶々丸に怒鳴り声を張り上げる。しかし茶々丸自身は、どうして自分が怒られているのかわからないのか、こくんと首をかしげていた。

「お客様をおもてなしするのは当然ではないかと」
「こいつはもてなさなくていい! そこらへんの雑草でも食わせてろ!」
「それはひどいな」
「大体! 何故こいつらと一緒に飯を食わねばならん!?」
「彼らにいいものを食べさせて英気を養ってもらうのは当然のことじゃないか。それに食事を通して互いのコミュニケーションを図るのも基本中の基本だよ」
「ぐ……」

 応理の正論に、エヴァは歯軋りして口を閉ざす。エヴァが顔を真っ赤にして黙ったのを確認すると、応理は茶々丸に向かい、

「じゃあ、エヴァの了承も得たことだし、夕食にしよう。茶々丸、仕度をよろしく」
「了解しました」
「だから貴様が仕切るなー!」

 駄々っ子のように叫ぶエヴァの声を聞くものは、この場には誰もいなかった。



 並べられたおいしそうな食事に、隼人も期待を込めた目で食事を見、椿も無意識に唾を飲み込んだ。ただ一人、エヴァだけがずっと不機嫌にしていた。応理は隼人たちを座らせると、箸を手にとって待ちきれないように食事の挨拶を催促する。

「さあ、いただきますの挨拶をしよう! ハリー! ハリー!」
「子供かお前は!?」
「何を言うんだい! こんなにもおいしそうな食事を冷めてから食べてしまうのはもったいないだろう!?」
「く…… いつもいつも無駄に正論を言いおって……!」
「……あの不遜な態度のエヴァンジェリンがああも翻弄されるのは初めて見るな」
「私もです。でも……」

 茶々丸は、口論にまで発展した応理とエヴァをどこか優しげな眼差しで見つめる。

「マスターはとても楽しそうです」
「茶々丸! 何をふざけたことを言っている!?」

 びしいっ、と茶々丸を指差し、エヴァは真っ赤になって反論した。

「ですがマスター、今のマスターはいつも以上に生き生きと……」
「ええい黙れ! そんな口を利くお前など、巻いてやるわ!」

 エヴァはいすから飛び上がって茶々丸の背中に回りこみ、ゼンマイを首筋に突き刺して力任せにぐるぐると回す。一回しするごとに、茶々丸の体が、奇妙に痙攣する。

「ま、マスター、そんなに乱暴にねじを巻かれたら……」
「ふはははは、こうか、こうだろう!?」
「ああ、そんな、そんなに強く……」

 何だか置いてけぼりにされた隼人と椿は、自主的にいただきますと言い、目の前の食事に手をつけだした。

「……美味いな」
「そうね……」

 未だに馬鹿騒ぎを続ける三者を尻目に、隼人たちはもくもくと食事を続けるのだった。



「いやー、久々に楽しい食事だったよ!」
「……私としてはこれほど不愉快な食事は今までになかったんだがな」

 つつがなく(?)食事を終え、空になった茶碗と皿が並んだテーブルに、応理は肘をかけて、

「全く、エヴァも困ったものだね。これじゃ二人と仲良くなる機会なんてないじゃないか」
「何でこいつらと仲良くなる必要がある!?」
「決まってるだろう? 今後魔法使いとオーヴァードの結びつきは今まで以上に深くなる。その過程で彼らチルドレンやエージェントとの交流や交渉が全くないとでも思うかい?」
「く……!」
「彼らのように友好的に接してくる場合はまだいいよ。場合によっては強行的な手段を用いてくる可能性だって否定できない。そのためのコネクション作りを今からでもしておいて損はないはずだと思うけど?」
「ああ分かった分かった! 私の負けだ!」

 観念したのか、エヴァはようやく二人の顔をまっすぐに見るようになった。

「……これから、よろしく頼む」
「あ、ああ……」
「よろしく……」
「これでいいんだろう、群墨!」
「うん、まずは上出来だ。じゃあ、次はお互いのことをもっとよく知ることから始めようか」
「どこのお見合いだ!?」
「何を言う、基本だろう!?」

 エヴァと応理はまたしても口論となる。といってもエヴァのほうが一方的にわめきちらし、応理が涼しい顔でそれを受け流すような形だ。段々とエヴァの口撃が激しさを増して、突如隼人たちに向かって指を突き出した。

「お、おい」
「大体! 何故貴様らはこいつらと知り合いなんだ!?」
「あれ? 説明していなかったっけ?」

 応理は目をぱちくりさせて、意外そうに首をかしげる。

「彼らはボクの教え子なんだよ。ボクはUGNでは教導官メンターだったからね」
「は? それは何の冗談だ?」
「冗談じゃないよ。嘘だと思うなら彼らに聞いてみればいい」
「……おい、こいつの言っていることは本当なのか?」

 エヴァは恐る恐る隼人たちに聞いてみた。嘘であって欲しいとエヴァは思う。しかし現実は非常だった。

「……認めたくないけどな」
「ええ、間違いないわ」

 あっけなく二人は認めてしまった。唖然とするエヴァに、ふふん、と応理は胸を反らした。

「……今初めてこいつらに同情したぞ」
「どういう意味かな? エヴァ」

 問い詰める応理を無視し、憐憫の視線を向けながら、隼人たちに向かってエヴァは口を紡いだ。

「……お前たちも苦労しているんだな」
「分かるか?」
「ああ、初めてお前たちに親近感というものを持ったぞ」
「ねえ、どういう意味かな? ねえ、二人ともそれはどういう意味かな!?」

 応理は二人に詰め寄るが、エヴァと隼人は同時に、疲れたようなため息を一つ吐いただけだった。

「……お前たちに力を借りる上で一つ私から提案がある」
「何だ?」
「以前のお前たちとの戦いで私はほぼ全ての魔力を失った。これではそこら辺にいる一般人と何も変わらん」
「……それで?」
「私としても自衛できる力ぐらいは取り戻したい。しかしお前たちは桜通りの吸血鬼の活動を停止するように求めた。これではまともに力を取り戻すなど出来ない。そこでだ……」

 エヴァは口を笑みの形に吊り上げ、一拍置いて、こんな提案を突きつけてきた。

「お前たちの血を寄越せ。それで手を打とう」
「……おい、俺たちは……」
「オーヴァード、だろう? それがどうした? そもそも私が群墨と接触していく中でこいつの血を吸わなかった時がなかったとでも思うか?」

 確かにそうだ。以前応理は彼女と敵対したこともあったと言っていた。彼の血を飲んだことがあったとしてもなんら不思議はない。

「……まあ、結果として君はオーヴァードを発症しなかったけどね。でも、これからも発症しないとは限らないよ?」
「ふん、そのときはそのときだ。それにもしジャームとやらになっても、お前たちが私を殺してくれるんだろう? 何の憂いがある?」
「覚悟はあるということか……」
「誰かに殺されて死ねるなら、私としては全うな死に方の一つだな」

 さて、どうだ? ともう一度エヴァは問い質した。それに対し、躊躇の表情を見せる隼人。当然だろう、万が一自分の血でエヴァがレネゲイドを発症したら目も当てられない。助けを求めるように椿に視線を向ける。椿も難色を示すように、困ったような顔をしていた。

「……どうする?」
「……正直、賛成しかねるわ。オーヴァードを発症したら取り返しがつかないもの」
「何、化け物がまた化け物に生まれ変わるだけだ。大したことはないだろう?」
「しかし……」
「いいよ、やりなよ。隼人、椿。責任は僕が取ろう。子供がしでかした不始末を取るのは年長者の特権だ」
「…………」
「…………」

 応理は薦める。迷いを見せた二人だったが、ようやく観念したのか、隼人は自分の袖をまくって、腕を露出させ、エヴァに突きつけた。

「どうなっても知らんぞ」
「ふん、望むところだ」

 エヴァは肉食獣のように獰猛な笑みを浮かべると、大きく口を開き、隼人の腕にむしゃぶりつく。苦痛に顔をゆがめる隼人など気にせず、食い込んだ犬歯から滴る血を、のどの奥に流し込んでいく。

(なるほど…… 確かに吸血鬼だな…… まあ、俺たちの知る吸血鬼に比べれば、全然可愛いものだがな)

 隼人の感想など気にする様子もなく、エヴァは無心に隼人の血を嚥下する。血を抜かれすぎたのか、軽いめまいを覚えだした隼人に、椿がそっと肩を支える。どれほどの血をすすっただろうか。ようやくエヴァが隼人の腕から離れる。

「……ふむ、男の血というのもたまには美味いものだな」
「……気が済んだか?」
「まあな。おかげで少しは魔力も回復した。お前には感謝するぞ」
「分かってると思うが……」
「安心しろ、約束を反故にしたりはせん。ネギ・スプリングフィールドには指一本触れないさ」

 エヴァはハンカチで口を拭くと、またよろしく頼むぞ、とだけ言って自室へと戻っていく。それに茶々丸も同行し、残された隼人は、強烈な脱力感に苛まれ、いすに座ったまま立ち上がれなくなってしまった。

「はー……」
「どれだけ血を吸われたのよ?」
「さあな…… ああ、駄目だ、何もしたくない」
「それはいつものことでしょう? それより平気なの?」
「何がだ?」
「知らないの? 吸血鬼にかまれた人間は、その人間も吸血鬼になるって話」
「…………まさか」

 不安に刈られた隼人は、なんとなく自分の体をまさぐって異常がないかを確かめてみる。

「椿、鏡持ってないか?」
「はい」

 椿は手鏡を隼人に手渡し、隼人はそれで自分の顔を覗き込む。口を開けて、自分の犬歯を確かめるが、特に異常は見られない。安堵したように、隼人は天井を仰いだ。

「はー…… よかったー……」
「大丈夫だよ、あの位なら吸血鬼にならないよ。実際ボクは君よりも多くの血を抜かれたことがあるけど、吸血鬼にはなっていないだろう?」
「先に言ってくれ……」

 安心して気が緩んだのか、隼人はそのまま目を閉じ、寝息を立て始めた。

「隼人の代わりはボクがしよう。3時間ごとに交代だ」
「了解です」

 応理と椿は短いやり取りで、見張りの打ち合わせを終わらせる。椿はソファに寝転がり、用意してきた毛布に包まって、体を休める。一人起きている応理は、眠りに付いた二人を見ながら、誰にも聞こえないような呟きを漏らした。

「オーヴァードと魔法使い、これからどうなっていくんだろうね。今から楽しみだよ」

 そんな呟きを聞くものは誰もいなかった。



あとがき
あんまり話が進まない……
次は(個人的に)ネギまキャラ最大のトリックスターを登場させるので、多少は話が動くはずです。
しかしまいったな…… ネギと隼人を分断するということは…… こーなって、あーなるわけで…… それはそれで楽しくなるかもw



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆シーン47
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:a01954ca
Date: 2010/08/18 17:33
 麻帆良外周に存在する、うっそうとした植林地を、木々の間を縫うように、小さな影が疾駆する。前足と後ろ足を器用に走らせ、暗い林を抜け出そうと、全力で駆ける。それが目指すのはもっと別の場所。およそ野生の動物のそれとはかけ離れた思考の中には、思い出の少年の顔が頭をよぎる。彼は自分を覚えていてくれているだろうか。そんな期待を込めながら、誰にも見つからないように、彼は麻帆良中央を目指し、走っていく。



「……む?」

 突如険しい顔を浮かべるエヴァに隼人が気がつき、怪訝そうに問いかける。

「どうした?」
「何者かが結界を突破してきたようだ」
「結界?」
「なんだ、知らなかったのか? 麻帆良には魔法使いが張り巡らせた結界が常時展開されている。その中で何者かが正規外の手段で無理やり侵入しようものなら、たちどころに私が感知する。一応、この麻帆良の警備員の真似事をさせられている身分だからな」
「なるほどな…… ん? その割には、FHはあっさりと侵入できたぞ?」
「やつらはふざけたことに、通常の手段で堂々と麻帆良へと侵入してきたんだ。そんな連中ではさすがにお手上げだ」
「そういうことか……」

 得心がいったという感じで隼人が頷くと、エヴァは応理がロビーにいないことに気が付く。

「おい、群墨のやつはどうした?」
「さあな、ただ、調べたいことがあるって言って、麻帆良で人と待ち合わせをするそうだ」
「相変わらずわけの分からない人脈を持つ男だ……」



 麻帆良も都市である以上、そのどこかには社会のひずみである薄汚い場所というのが確実に存在する。応理はそんな人通りの少ない落書きだらけの路地裏を静かに歩いていた。少なくとも姿は紅顔の少年である応理が歩くような場所とは言いがたい。事実、すれ違う柄の悪い人間は、彼を見るなり好奇の視線を向けて、ちょっかいをかけようとさえした。しかし、すぐに彼の放つ異彩なオーラに気圧され、すごすごと引き下がっていく。

「さて、ここら辺で待ち合わせなんだけど……」

 応理は首を振って辺りを見渡す。少なくとも待っている人物は見つけられない。少々早く来すぎたかな、と思ったが、問題はないだろうと判断し、一人待ち人を待つ。どれだけの時間が経過しただろうか。

「……待たせたな」
「やあ、遅かったね、トケイワニ君」
「……その呼び方はやめてもらおう」

 黒スーツ、黒サングラスの男が、片手に大きな封筒を携えて応理に向かい合う。応理は口をゆがめた。

「それで? 例のブツは?」
「これだ……」

 男は封筒を応理に手渡す。応理は無雑作に封筒を開けて、中身を確かめる。中に入っていたのは写真つきの資料。どうやら物は問題ないようだ。

「どうやら魔法使いの一派が資料の人物と接触を図ったのは間違いないようだ。そいつらはエヴァンジェリンを以前より快く思っていなかったらしい。だが、彼女の能力は封印されてなお強すぎるゆえに自分たちではどうにもならない。それで我々に接触してきたようだ」
「へえ…… それは一体どこの誰かな?」
「それは言えん」
「あっそう、じゃあ、こっちで勝手に調べさせてもらうよ。それで派遣されたのがこいつ?」
「ああ、コードネーム“電導人形” オートマータ。シンドロームはソラリス/ブラックドッグ。人や機械をコントロールして目標を始末するタイプの暗殺者だ」
「なるほど……」
「それともう一つ」
「まだあるのかい?」
「未確認情報だが“ディアボロス”が麻帆良に向かったとの情報があった」
「“ディアボロス”? よくよく懲りないねえ、彼も」

 応理は疲れたようなため息をついた。

「ま、これは受け取っておくよ。また次も頼むね、生きていたら」
「次があってもらいたくはないのだがな……」

 苦々しい口調でそう吐き捨て、男は路地裏へと消えていった。



 さて場面は変わり、ネギは始終不安な顔をしながら、明日菜の部屋で一人考え事を続けていた。もちろん考えることはエヴァのことだ。隼人や椿がどこかへ行ってしまった以上、エヴァとの問題は自分ひとりで解決するしかないが、打開策など何一つ浮かばない。隼人が残してくれたメモにはまだ手をつけていない。これに手をつけるのは本当にどうしようもなくなったときだとネギは決めている。

「ネギ」

 不意に明日菜が顔を近づける。明日菜のことなど目に入っていなかったこともあり、突然アップになった明日菜の顔に、ドキッとする。

「やっぱりあんた、何かあったんでしょ?」
「な、何かって……」
「始業式の後、あんたが出かけてからずっと、思い悩んだ顔しちゃって。最近授業でもそんな顔してるわよ、あんた」
「そ、そんなに顔に出てました……?」
「出てたわよ。いいんちょなんて、あんたがいないときにはしょっちゅう心配そうにしてたんだから」
「あうう……」

 何だかあやかに申し訳が立たなくなったのか、ネギは肩を落とす。

「ねえ、何があったのよ? あたしだって、ちょっとくらいなら相談に乗って上げられなくもないのよ? それとも何? 人には言えないことってわけ?」

 ずばり言い当てられたネギは、体を震わせてしまう。その様子を見て、とっさに明日菜は図星を付いたんだな、ということを確信する。

「……魔法のこと?」
「!!?」

 小声でささやいた明日菜の言葉に、今度こそネギは顔面を蒼白にした。

「……当たりか」
「あわわわわ……」
「で? 何があったの?」
「あ、明日菜さん……?」
「聞いてあげるって言ったんだから最後まで付き合うわよ。なんだかんだで、あたしもあんたの事情知っちゃったんだから、今さらよ」
「…………」
「いい加減にしなさいよネギ。あんたが胸のうちにしまっちゃっても、何も解決できないんでしょ?」
「うう……」

 なおも抵抗を示すネギを見かねたのか、明日菜は問答無用でネギの首根っこを掴みあげて、部屋から引きずり出し、人気のいない公園まで無理やりネギを引き連れていく。空いたベンチに座らせ、また明日菜はネギと真正面に向かい合う。

「ここだったら平気でしょ? さあ、何があったのか言いなさい」
「……分かりました」

 ついに観念し、ネギはこれまでのいきさつを包み隠さず話す。最初こそ驚いた明日菜だったが、これまでのことを思い出すと、やれやれと言わんばかりに首を振り、

「信じらんないわね…… エヴァンジェリンさんも魔法使いだったなんて……」
「はい…… 僕もはじめて知ったときには驚きました」

 うつむきながらぽつぽつと話すネギに相槌を打つ。ここまで聞いて、ちょっとした疑問が明日菜によぎった。

「ねえ、そのこと、隼人先生たちにも相談したの?」
「もちろんしました! でも、何だか急に手伝えなくなったと言って……」
「ふうん、どうしちゃったのかしら、隼人先生」
「困ったときには、このメモを読めとは言われたんですけど…… まだこれを読むほどじゃないと思って……」
「それを先に言いなさい! ちょっとそのメモ見せて!」
「あっ……」

 明日菜は強引にネギのポケットに手を突っ込むと、手のひらに触れたそれらしい紙切れを掴み取り、くしゃくしゃのそれをネギの同意を得ることなく広げて読み上げた。

「『もし何かあったときには綾瀬夕映を頼れ』……? なんでゆえっちの名前が出てくるの?」
「僕にも…… 分かりません……」
「うーん…… ネギ、このメモどおり、一回ゆえっちにも相談してみたら?」
「でも、生徒に相談に乗ってもらうのは、先生としてちょっと恥ずかしいところが……」
「あのねえ」

 明日菜はまたため息を吐いて、ネギに指を突きつける。

「あんたはまだガキンチョ。あたしたちのほうが年上ってこと、忘れてない?」
「あうっ」
「こんなときくらい、あたしたち年長者を頼ることは、かっこ悪いことじゃないわよ。むしろそうやっていつまでもぐだぐだしてる方が、見てるこっちも気分が悪くなるのよ」
「うう……」
「あんたって、意外と悩みを溜め込む性質みたいだし、少しくらいそれを吐き出す場所が必要でしょ?」
「……はい」

 とうとう観念したのか、ネギは小さく頷いた。明日菜も、それに満足そうに胸を張って、ネギの手を握る。

「寮に戻るわよ。そろそろ木乃香も心配してるだろうし」
「わっ、本当ですね。もうこんな時間になってたなんて……」

 腕時計を見れば、随分と遅い時間になっている。結構長い時間、ここでうだうだと話し合っていたらしい。早足で寮まで戻る二人だったが、なにやら寮の中がやけに騒がしい。なにやら黄色い悲鳴が上がっている。

「……何?」
「さあ?」

 首をかしげる二人が寮の玄関を潜ると、半泣きになって上半身裸になり、胸を手で隠しながら何かを追いかけている3-Aの面々の姿が飛び込んできた。ぎょっとする二人に気がついたらしく、まき絵が二人に叫びだした。

「アスナ! ネギくんも手伝ってー!」
「ど、どうしたのよまき絵!?」
「な、なんかの動物が、私たちの下着盗っちゃったのー!」
「なんですって! エロ動物、許すまじ! ネギ、手伝いなさい!」
「は、はい!」

 怒りの剣幕の明日菜に引きずられるように、ネギは頷き返し、その後に続いた。3-Aは各々で何とか疾走する影を捕まえようとするが、どうにも上手くいかない。

「こんのう!」

 明日菜が一歩先んじて手を伸ばし、影を捕まえようとするが、するりと影はその合間を縫って逃げおおせる。いらだった明日菜は、がむしゃらに影を捕まえようとするが、頭に血が上った明日菜に捕まえられるわけもなく…… 影は明日菜をあざ笑うかのように明日菜の手からするすると逃れる。

「むきー!」
「明日菜さん、冷静に」
「……ゆえっち?」
「作戦変更しましょう」

 そう呟いて、夕映は明日菜に耳打ちをする。最初は頭に血が上っていた明日菜だったが、夕映の作戦を聞いているうちに、徐々に冷静さが戻っていき、夕映の作戦の有効性を理解する。

「オッケー! ゆえっち、指示は任せたわよ!」
「了解です」

 明日菜は突如追い掛け回す女子たちの群れから外れて別行動をとり始める。ネギはその様子に違和感を覚えつつも、流されるように目前の影を追いかける。ところが、ふと気がつく。先頭に立っているのが、いつの間にか夕映になっていることを。夕映は気のないように影に手を伸ばして捕まえようとするも、影は夕映の手からするりと抜け出す。しかし影は気がついていない。夕映の捕まえようとする動作が、ある一定の方向へと誘導しつつあることに。
 そして。

「明日菜さん」
「よっしゃあ!」

 影はようやく気がついた。自分がいつの間にか誘導されて、明日菜の真正面に追い詰められていることに。影を逃がさないよう、明日菜は全身を使って壁となり、手には面積の広い風呂桶。影を捕まえようとする万全の構えである。

「観念しなさい!」

 明日菜は影を風呂桶で閉じ込めようと影の頭上からかぶせるように風呂桶を振り下ろした。
 だが。
 一瞬の隙を突いて、明日菜目がけて全速で影は突進し、飛び掛る。予想外の行動に、明日菜の手が止まる。影は器用に明日菜のブラウスのボタンを引きちぎって、明日菜の胸元をはだけさせる。

「きゃ……」

 思わず胸を隠す明日菜の脇を影は素早く抜け出し、まんまとこの場から逃走することに成功した。



「……あーっ、もー! むかつくわね、あいつ! 今度あったら絶対とっちめてやるわ!」

 足を鳴らして自室へと帰っていく明日菜を、どう落ち着かせようか分からずに、黙ってネギはその横をくっついて歩く。結局影の正体までは分からず、盗られた下着は泣く泣く諦めるという事になって、その場はお流れになったが、だからといって頭にくるのは変わるわけではない。

「あ、明日菜さん、落ち着いてください……」
「落ち着けるわけないでしょ!? あんたは何にもとられてないから平気だかも知れないけど!」
「ひゃい! すみません!」

 怒鳴る明日菜に、体を震わせて発言を撤回するネギ。当分、明日菜の怒りは収まらないのが分かり、しばらくはそっとしておいたほうがいいのだろうと結論付ける。

「はあ……」
「浮かない顔してるじゃねえか、兄貴」
「え……!?」

 足元からかけられた声に、ぎょっとする。下を見る。何も見えない。では一体どこから……?

「後ろだよ、後ろ」
「後ろ?」
「……ネギ?」

 後ろを振り返ってネギが見つけたのは、一匹の白いオコジョ。その顔にはどこか不遜な表情。そのオコジョに、ネギは見覚えがある。

「カモくん!?」
「おうよ! アルベール・カモミールよ!」
「…………」
「うわ~! 久しぶり~!」

 ネギはぱあっと顔を輝かせ、反対に明日菜は顔を硬直させる。

「あれ? どうしたんですか、明日菜さん?」
「オコジョが…… しゃべった……?」
「「あ」」

 ネギとカモの目が点になった。



あとがき
随分と間が開いてしまいましたが、ようやくカモを登場させることが出来ました。
彼には思う存分、物語を引っ掻き回してもらいましょうw
今度投稿する時はせめてJGC前に一本上げたいなあ……



[12130] ダブルクロスMAGI 幸福な絆キャラクターデータ
Name: 通りすがりのUGNエージェント◆93a0beed ID:ae24e858
Date: 2010/05/24 18:13
注:オリジンのキャラクター二人は、過去のデータと、3rd上級ルールブックに照らし合わせ、筆者のオリジナル要素を持たせています。なお、ストーリーが進むにつれて、このデータも若干追加されることがありますのでご了承ください。

12/26 新規三人データおよびシーン11時点のデータ更新
1/8 ザジのデータを修正
1/31 シーン23時点のデータ更新
5/18 シーン40時点のデータ更新


高崎 隼人
ワークス:UGNチルドレンA
カヴァー:麻帆良学園教師
シンドローム:モルフェウス/ハヌマーン

能力値
【肉体】9 <白兵>6 <回避>3
【感覚】3
【精神】2 <RC>1 <意志>2
【社会】2 <調達>2 <情報:UGN>2

侵蝕率:34%
Dロイス:生還者

エフェクト:《コンセントレイト:モルフェウス》2 《インフィニティ・ウェポン》3 《サポートデバイス》3 《マシラのごとく》1 《疾風剣》3 《ライトスピード》1 《カスタマイズ》2 《一閃》1 《獅子奮迅》3 《クリスタライズ》3 《レインフォース》2 《ヴィークルモーフィング》1 《浸透撃》3UP 《軽功》1 《万能器具》1 《ペネトレイト》1NEW


玉野 椿
ワークス:UGNチルドレンA
カヴァー:麻帆良学園教師
シンドローム:エグザイル(ピュア)

能力値
【肉体】11 <白兵>7 <回避>2
【感覚】4 <芸術:写真撮影>1
【精神】2 <RC>2 <意志>3
【社会】3 <情報:UGN>2

侵蝕率:32%
Dロイス:実験体

エフェクト:《コンセントレイト:エグザイル》3 《骨の剣》7 《伸縮腕》3 《爪剣》2 《オールレンジ》3 《ジャイアントグロウス》3 《螺旋撃》2 《妖の招き》1 《エンタングル》2 《踊る髪》1 《崩れずの群れ》1 《命のカーテン》2 《十徳指》1 《擬態の仮面》1 《異世界の因子》1 《命の剣》1 《歪みの体》2NEW



綾瀬 夕映
ワークス:中学生
カヴァー:中学生
シンドローム:バロール/ノイマン

能力値
【肉体】1 
【感覚】3 <射撃>2 <知覚>1
【精神】8UP <RC>6 <意志>2
【社会】2 <情報:噂話>1

侵蝕率:31%
Dロイス:時使い

エフェクト:《コンセントレイト:バロール》2 《ダークマター》2 《斥力の矢》1 《コントロールソート:射撃》1 《瞬速の刃》1 《死神の瞳》3 《悪魔の影》1 《停滞空間》2 《時の棺》1 《斥力跳躍》1 《戦術》5 《インスピレーション》1 《勝利の女神》1 《生き字引》1 《天性のひらめき》1 《支援射撃》2 《帝王の時間》1 《偏差把握》1 《完全演技》1 《因果歪曲》1 《ディメンジョンゲート》1NEW 《ポケットディメンジョン》1NEW



長谷川 千雨
ワークス:ハッカー
カヴァー:中学生
シンドローム:ブラックドッグ/オルクス/エンジェルハイロゥ

能力値
【肉体】2 
【感覚】2
【精神】6 <RC>5UP <知識:PC>2
【社会】2 <交渉>1 <調達>1 <情報:ウェブ>2 <情報:裏社会>1

侵蝕率:34%
Dロイス:変異種

エフェクト:《コンセントレイト:ブラックドッグ》2 《雷の槍》3 《大地の牙》1 《絶対の孤独》1 《雷の加護》2 《万色の檻》3 《MAXボルテージ》1 《テレキネシス》1 《ピンポイントレーザー》2NEW 《セキュリティカット》1NEW


長瀬 楓
ワークス:忍者(刑事相当)
カヴァー:中学生
シンドローム:モルフェウス/エンジェルハイロゥ

能力値
【肉体】1 <運転:航空>2
【感覚】8 <射撃>7 <知覚>2
【精神】2 <意志>1
【社会】1 <情報:裏社会>1

侵蝕率:30%
Dロイス:錬金術師

エフェクト:《コンセントレイト:モルフェウス》2 《ハンドレッドガンズ》1 《カスタマイズ》1 《ギガンティックモード》1 《ペネトレイト》1 《小さな塵》4 《ヴィークルモーフィング》1 《マスヴィジョン》1 《砂の結界》1 《陽炎の衣》2 《ガラスの剣》1 《見えざる死神》1 《ギガノトランス》1 《神の眼》1 《リフレックス:エンジェルハイロゥ》2 《鏡の盾》1 《天使の外套》1 《リフレクト・レーザー》1 《サポートデバイス》2NEW 《壁抜け》1NEW 《万能器具》1NEW



古 菲
ワークス:格闘家
カヴァー:中学生
シンドローム:サラマンダー/バロール

能力値
【肉体】6 <白兵>9UP <回避>1
【感覚】1 <知覚>1
【精神】3 
【社会】2 <情報:噂話>1

侵蝕率:30%
Dロイス:伝承者:白兵

エフェクト:《コンセントレイト:サラマンダー》2 《白熱》1 《炎の刃》4 《漆黒の拳》1 《瞬速の刃》2 《孤独の魔眼》1 《炎陣》1 《氷盾》3 《氷雪の守護》2 《魔人の盾》1 《クロスバースト》3 《憎悪の炎》1 《揺るぎなき心》1 《時間凍結》1 《虚無の城壁》2NEW 《不燃体》1NEW



ザジ レイニーデイ
ワークス:アーティスト
カヴァー:中学生
シンドローム:ソラリス/オルクス/ハヌマーン

能力値
【肉体】1 
【感覚】1 <知覚>1 <芸術:サーカス>2
【精神】3 <意志>2
【社会】7 <情報:ウェブ>1 <交渉>4

侵蝕率:35%
Dロイス:生還者

エフェクト:《コンセントレイト:ソラリス》2 《抗いがたき言葉》4 《領域の声》2 《領域調整》2 《ベーシックリサーチ》4 《人形使い》2 《アニマルテイマー》1 《ハンドリング》1 《止まらずの舌》2 《錯覚の香り》2 《神速の鼓動》1 《ポイズンフォッグ》2 《声無き声》1 《不可視の領域》10 《竹馬の友》1 《地獄耳》1 《アクティブソナー》1 《導きの華》3NEW


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