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[20756] ヒョウリバース (元:殺人鬼の日常)
Name: 真宵◆86d51036 ID:94c95cf9
Date: 2010/08/05 21:28
前書き。

こんにちは、元aoiです。

ころころ題名変えてすみません(汗

よく考えると、ちょっと違うなーって思い、こちらにしました。

随分、色々と考えて、何が書きたいのか分らなくなってきて原点回帰。

とりあえず何だろうと書いて、感想貰って、それを糧にしないと自身の成長はないなぁ、とテスト期間中に反省。

中ほどが曖昧なので、自分の定めている最終地点に辿り着けるのだろうか? なんて疑問もわいてくるけど、それも一興かなと開き直って再度書きなおしてみました。

きっと蛇行して、脱線して、はみ出して、また戻ってきてを繰り返して、凄く遠回りしたとしても、進もうと決意。

どうぞよろしくお願いします。


*大変な事に気づきました(汗

第三話、現実? で見直したはずなのですけど、後半部分がすっぽり抜けてました orz

第五話、日常生活 のお話の序盤の意味が分らないじゃないか……。

半分寝ながら見直していたせいで、見逃した? っぽいです。

それって見直していたと言えるのかと自問自答、否見直したと言えない!

やっぱり人間は寝ないとダメだなぁと思うこの頃でした。


~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

何とか逃げ切れたようだ、追手はいない。

ふらつきながらも俺は路地裏を更に奥へと進む。

ついに発砲許可が下りてしまったようだ……それにしてもボディに二発とは殺す気満々じゃないか、洒落にならん。

「ははっ……失言だったな」

腹部からとめどなく流れる血に目をやりながら苦笑する。

今まで散々人を殺してきた俺が、今さら撃たれることに文句を垂れている姿が妙に滑稽だった。

ここまで逃げてくることはできたけど、どうやら体が限界のようだ、壁にもたれたまま、その場にずるずると崩れ落ちる。

始まって早々悪いのだが、俺は死にかけている。

俺も終わりかな……そう思った時、目の前に一人の女性が立っている事に気づく。

もはや動く事はできない俺はどうすることもできない。

「よう、待ってたぜ」

逆光で表情は見えないが、大体予想はついている。

女性が何か言っているようだけど、ちょっと血が足りない。

目の前も霞む、音もどんどんと遠ざかっていくように感じる。

「ぐはっ、て、てめぇ何しやがる!?」

あら、まだ元気だった。

腹部を走る鈍い痛みに意識が覚醒する、まだ意外と大丈夫なのかもしれない。

そんな俺の反応が気に入らなかったのか、もう一度蹴りが腹部を襲う。

「ち、ちょ、てめぇ! 撃たれたところ蹴るな、死ぬだろうが!? まぁ俺は構わないけどよ!」

「……死んで楽にさせると思う?」

そんな俺を冷やかに見下ろしながら女が言う。

「あ? 別に生きてもいいけどよ、無期(懲役) なんかになったら暇で暇で憤死すると思うぜ? 俺にとっては死刑も無期も変わらんな」

「贖罪を暇と言うか、この下衆め」

「笑わせてくれる、贖罪って何だ、罪って何だよ? 所詮人間が決めた事だろうが、道徳も然り。何故人が人の決め事に縛られなければならないんだ?」

「貴方の常識を疑うわ」

「常識ねぇ……おおよそ成人までに身に付けた独断と偏見の事だろ? どっかの天才が言ってたぜ? 俺も激しく同意だ」

と軽口を叩いていると、追撃をかけられた。

この女容赦ないな!

一時的に痛みで意識が覚醒したけど、そろそろヤバいらしい。

また少しずつ音が遠ざかり、目の前がかすむ。

我が人生二十四年……短かったなぁ。

「……おい、死ぬなよ? 救急車も手配しているんだ、もう少しぐらい踏ん張れ」

何か女が言っている気がする、と言うか体を揺さぶるな、傷に響く。

そんな痛みも少しずつ鈍くなっていく。

ゆっくり眠らせてくれよ……そして俺の意識は途切れた。



[20756] 走馬灯?
Name: 真宵◆86d51036 ID:94c95cf9
Date: 2010/07/31 15:58
目が覚めると白い天井が俺を出迎えると言うお決まりの展開はなく、目の前は真っ暗だった。

ここで真っ白の天井が見えたなら、知らない天井だ、なんて呟いてやったのに。

ごめんなさい、某ネタでごめんなさい。

とりあえず重力の向きと体勢を確認する。

何かに腰かけた状態で何かに上半身を預けてうつ伏せになっている状態、高校までよくお世話になった居眠りのフォームに近いようだ。

特に拘束具があるようにも思えない、全くのフリーだ。

独房だったり警察病院だったとしても、仰向けで寝かされている状況なら理解できるのだが、この状況は今ひとつ理解に苦しむ。

仕方なく恐る恐る顔をあげてみる。

「……はぁ?」

妙に騒がしいな、と思ってはいたが、俺の周りにはたくさんの学生がいる。

中学校だろうか? まだ幼さ顔に残した学生が多い。

彼らは自由に行き通い、楽しそうに会話している。

学校の休み時間、そんな光景だった。

独房や取調室や警察病院だったら納得できたのだが、俺が何故こんなところにいるのか全くもって意味が分らなかった。

遠い昔に卒業したはずの場所に何故俺がいるのかなんて分かるはずもない。

周りの観察を一通り終えて自身の身体の無事を確認……しようとしたのだが自身の服装を見て絶句する。

何と俺まで学生服を着ていたのだ。

何のイジメだ? 羞恥で俺を殺す気か? 残念だが俺は羞恥で死ねるほど誇り高い人間じゃないぜ? なんてったって殺人鬼って呼ばれた男だからな!

……取り乱していたようだ、少し落ち着こう。

ここはどこなのだろう?

無暗に動くのも怖いが周囲に危険な気配はない。

情報収集を試みようと俺は立ちあがる。

……? 何だか凄い違和感がある。

不意に声掛けられて声の主を探す。

「お、起きた?」

俺が立ちあがった事に気付いた、前の席の奴が振り返ってくる。

丁度いい、コイツから情報を聞き出そう。

「なぁ、ここはどこ?」

「はぁ? 学校やけど」

やはりそうかと確信を持つけど、俺の知りたい事はそんなことじゃない。

「……何で俺がここにいる?」

彼は俺の質問に怪訝そうな顔で首をかしげる。

「南雲、何言ってるん?」

その名で呼ばれるのは久しぶりだった。

それと同時にその名で呼ばれた事に対して瞬間的に頭が沸騰する。

次の瞬間には前の男の胸倉をつかみ、懐に手を伸ばしナイフを……。

って無い、ナイフがない!

体中探すけど、どこにもない、一本も。

「痛いなぁ……何するねん」

そう言ってあっさり俺の手を振りほどかれる。

そんな馬鹿な、この俺の手を振りほどくとは……このガキ、只者じゃない!?

混乱していたが、周りの視線も少々気になる。

ここは穏便に済まそうと、表面的に謝罪する。

「悪い、寝ぼけていた」

そう言ってとりあえず俺は席についた。

よく見ると、この男に見覚えがあった。

俺の中で一つの仮説が浮かび上がる。

まさかと思うけど……俺の仮説を確かめるなら、この質問が適任だ。

「今日って何年の何月何日?」

「え、え? えっと……二〇〇一年の四月一日やけど……大丈夫か、お前?」

「寝ぼけているのさ、ありがとう。少し顔を洗ってくるよ」

そう言って俺は席をたった。

なるほど、そう言う事か席を立った時の違和感……。

妙に視線が低かったんだ。

そして俺が撃たれた時は二〇一〇年の四月。

どうやら俺は走馬灯の中にいるらしい。



[20756] 現実?
Name: 真宵◆86d51036 ID:94c95cf9
Date: 2010/08/05 21:23
懐かしい校舎。

見知っている顔も随分と幼い。

ここは俺が昔、通っていた中学校だ。

なるほど、俺の本体は今頃、集中治療室あたりで瀕死なのだろう。

撃たれたはずの腹部に痛みはなく、傷もない。

そんなことを考えていると、不意にボディに衝撃が走る。

何者かによる襲撃を受けた、警戒を怠りすぎた。

殺傷系の武器ではなく、素手だったので助かった。

距離を取ろうとするが、体が上手くついてこない。

追い打ちの二発目を間抜けにも喰らってしまう。

「ぐぅ……」

撃たれたり、蹴られたり、殴られたり……ボディ日和ってか?

何とか距離を取り、襲撃者を見据える。

こいつも見知った顔だった。

「上村……?」

だったと思う。

「デンプシーロールは効くやろ?」

彼はノロマなウィービングを繰り返して言う。

そう言えば中学時代の俺は凄くひ弱でコイツにいじめられていた覚えがある。

走馬灯だし……憂さ晴らしも悪くない。

何か言おうとしていた上村の顔面を問答無用で殴り飛ばす。

「くぅーッ! 気持ちいいなぁ!」

右手はビリビリと痛むけど、それ以上の積年の恨みを晴らした爽快感に俺は満足していた。

それにしても走馬灯なのに右手が痛むとは、どういうことだ?

ここまでリアルに再現しなくても……俺の脳は少々、自身に厳しすぎやしないか? なんて思ってしまう。

ふと上村に視線を戻すと、鼻血を流してうずくまっている。

「ざまぁ」

そんな彼に俺はそんな一言を浴びせて一瞥し、その場を去った。

まだこの時、『ざまぁ』が通じない事を考えもせずに。

それにしても不思議だ、これ本当に走馬灯なのか?

どう考えても現実味がありすぎじゃないか?

この蛇口をひねって出てきた水も然り、俺の肌に触れる水の感触と冷たさは、まさに本物だった。

あの時の右手の痛みもそうだ。

もうひとつの仮定が思い浮かんだが、それを否定する。

馬鹿馬鹿しい、時間が巻き戻ったなんてありえない。

結局、何一つとして現状を理解できる情報などなかった。

「困ったねぇ……」

気づけば、一人呟いていた。

「何が?」

まさか反応が帰ってくるとは思ってもみなかったので、体が跳ね上がる。

後ろを振り返ると少女がこちらを怪訝そうに見つめていた。

この子も見覚えあるな……しかし名前までは出て来なかった。

「いじめられない方法について考えていたんだけど、どうも行き詰ってさ」

取り乱した俺は意味の分らんことを口走っていた。

「困っているように見えないけど……南雲くんは大丈夫でしょ」

そう言って少女は極上の笑顔を向けてくる。

ヤバい、惚れそう。

それにしてもこんな可愛い子の名前が思い出せない自分の脳を少し恨んだ。

「だと良いけど。実のところ、そこまで気にしてないし、困ったが口癖なのさ」

それに、よく考えると俺をいじめた主犯格は先ほど撃退してしまった。

「口癖が困った? 良くない気がするよー」

「もはや『困った』は俺の体の八割を構築している重要な要素だ」

「八割って多ッ、人間じゃないやん」

そう言ってケタケタと少女は笑う。

「あれ、後ろ呼んでるんじゃないか?」

俺の視線の先には、何人かの女の子がこちらを向いて彼女を呼んでいるように見える。

「かなみー、ホームルーム始まるよー」

「あ、うん。すぐ行くー」

かなみ、と呼ばれた少女はそう言って、俺にぐいっと寄ってきて屈託のない笑顔を向ける。

「じゃまたね!」

彼女の背中を見送り俺は苦笑する。

俺には出来ない笑顔だな、と思ったのだ。

そんな皮肉な俺もそろそろ自覚する。

どうやら中学生に戻ってしまったようだ。



教室に戻ると殺人鬼と呼ばれた俺が怯んでしまうほど、一斉に視線が向けられる。

何だか冷やかな視線、何か悪い事したか?

俺を責め立てるような視線に、冷や汗が吹き出してくる。

周囲を見回すと、濡れタオルで顔を冷やしている上村が視界に入った。

ああ、なるほどね。

俺を睨む上村に、肩をすくめる。

「大丈夫かい?」

まったく反省してないし、気遣うつもりもない。

そんな俺を上村は睨み続ける。

「前より男前になったじゃないか」

「うるせえ」

俺の軽口に、ようやく反応を見せる上村。

俺はそんな彼を冷やかに見下ろしていた。

「因果応報、目には目を、情けは人の為ならず。最後は少し意味が違うけど、人にやったことは自分に返ってくるんだよ。何か原因があるから、先ほどお前が受けたような結果が現れるんだ、殴るから殴られんだよ」

こいつとは小学校からの付き合いで、よく遊んだ。

しかし中学に入ってから、何故かよく殴られた。

当時は意味が分らなかったけど、彼は一人っ子で兄弟がいない。

昔、遊んでいた時も俺が帰るのをよく止められたのを覚えている。

きっと寂しかったのだろうな、なんて今の俺だから分るのだけども。

それでも同情より殴られ続けた中学時代の恨みの方が大きかった。

大人気ないよなぁ……。

そんな自分が情けなくなって上村から背を向けて、先ほどいた俺の席だと思われるところについた。

……そっか、俺一人大人なんだよなぁ。

大人気ない大人だけど。

見た目は子供、頭脳は大人、ってフレーズが頭の中をよぎったのは、きっと気のせいだ。

相変わらず周りからの視線は痛いけど、俺は無視し続ける。

何だか可笑しかった。

周りは皆見た目相応の年齢なのに、俺は中学の時点で二十四年生きてきたのだ。

そんな彼らの視線に怯えるほど俺も軟弱じゃない。

今までどれだけの視線に追われてきたと思っているんだ?

と自慢にならない自慢をして、一人苦笑する。

二度目の人生、この先どうなることやら。



[20756] 凄いよ、優季さん
Name: 真宵◆86d51036 ID:94c95cf9
Date: 2010/08/01 15:34
その後は居心地も悪かったので、出来る限り周りとの接触を断って、そそくさと家路についた。

本来なら放課後は、俺が春休みから既に参加していたはずのサッカー部に行っていたはずけど、そんな気になれなかった。

大体の現状は把握できたが、それでも分らない事が多すぎる。

情報が少ないので、いくら結局考えても無駄だと結論を出し、俺は別の思考を開始する。

「ナイフが……一本もないんだよな」

俺を不安にさせたのは武器がないことだった。

よく考えれば今の俺には必要ないのだけど、数年に渡って警察に追われ続けていた俺は武器がないと、落ち着けない体質になっていた。

だからと言って中学生の経済力で武器を揃えるのは難しかった。

当時、俺が持っていたナイフは全部で十八本、日本刀などの刃物も使った事があるけど、持ち運ぶときに目立つと言う事で隠し持つ事のできるナイフを大量に扱っていた。

一本数千円の安物から何十万とする業物まで色々と取り揃えていた。

せめて二本は欲しいと考えたが、そうなるとその二本は妥協できない。

「……って俺、何考えているんだ?」

そう言って苦笑するけど、この急展開にすぐ馴染めと言われても無理がある。

本当に何故、俺は過去に戻ったのだろう?

再び思考がここに戻ってきたが、最初に言った通り情報が少なすぎるのに結論を出すのは軽率だと判断して思考を止める。

正直に言うと考えたって無駄なんじゃないかとも思うし。

神のみぞ知る、とはこのことだろうか?

そんなことに思考を馳せている間に俺は実家に着いていた。

懐かしくもあり、そして非常に気まずくもあった。

警察に指名手配されて追われていた数年、俺は家に帰っていない。

家族からすると、今朝学校に行って帰ってきただけだ、気にすることはないのかもしれない。

そう思うが、やはり緊張は隠しきれない。

俺は覚悟を決めて鍵を開け、ドアを開いた。

すると母親が鍵の音に反応し、リビングから出てくる。

「あら、おかえり。今日は部活ないの?」

おかえりと言われた事にただならぬ感動を覚える。

おかえりがここまで心に染み渡る一言だったなんて思いもしなかった。

「た、ただいま……今日は休み」

実際のところ、部活はあったのだけど、言い訳するのも面倒だったので誤魔化す。

「学校はどう?」

「無難だったよ」

「無難って……」

「ああ、良かったよ、素晴らしかった! もうこの世の物とは思えないぐらいに!」

「ふ、ふぅん……」

母親は顔を引きつらせて適当に相槌を打つ、ちょっと言い過ぎたか。

「ああ、普通、何ともなかったよ……あ、上村は殴ったけど」

「あんた何してるのよ!?」

「日ごろの鬱憤を晴らした」

本来、これから溜まる鬱憤だけども。

「ああ、もう! 今度謝りに行かないと……」

あれ、俺の言葉スルーですか?

「ああ、行ってらっしゃい」

「あんたも連れて行くからね!」

「断固拒否」

「お、お前!」

「ごめん、冗談」

真っ赤になって震える母親を見て、これ以上からかったらマズイと思い、とりあえず謝っておく。

そんな俺に嘆息し、背を向けぶつぶつ言いながら、母親はリビングに戻っていく。

数年帰ってなかったため、非常に懐かしい。

そして母親も非常に若々しくて元気だった。

やっぱり実家っていいなぁ、と中学生にあるまじき感想を述べる。

とりあえず荷物を置くために自室へ向う。

階段を上って突きあたりの部屋だ。

ドアを開き、自室を見回す。

しかし見慣れない光景だった。

そう言えば高校まで妹と相部屋だったことを思い出す。

部屋には机もイスも二つずつ、それに二段ベッドまで置いてある。

懐かしいレイアウトだった。

奥に目をやると小学校の時に貰ったサッカーのトロフィーが飾られている。

高校に入って部屋を分けた時に、全部押し入れにしまったので、非常に懐かしかった。

机の上には真新しい財布、入学祝におばさんから貰った物だ。

大学入る前に壊れてしまったのだが、使い勝手の良い財布で重宝した。

その頃にはおばさんは癌で亡くなってしまったのだけど。

そこでふと思う。

俺は未来が分るのだ。

ふつふつと後悔が沸いてくる。

た、宝くじの当選番号ぐらい覚えておけば良かった! タイムスリップしてきて一番言っちゃダメな失言だと思うけどよ!!

「……おにーちゃん、何してるの?」

無駄に暴れ回っている俺に冷やかな視線を向ける少女がいた。

我が妹、優季がそこにいた。

彼女は年子で小学校六年生、来年には俺と同じ中学校に入学してきて色々と面倒な事になる。

「……優季ちゃん、とりあえずお兄ちゃんをそんな蔑んだ目で見るのは止めてくれないかい? 死んでしまいそうだ」

「一回死んできたぐらいで丁度ええんちゃう?」

これはまさか……ツンデレなのか!?

もしかすると俺がツンデレの創造主なのかもしれない、とか妹時代を築いたのは俺かも、なんて意味の分らない妄想が加速する。

「おにーちゃん、鼻息荒いよ? 変態さんなの? 変態さんなんやね……」

妄想が加速して止まらなくなっていた俺を更に冷たい視線で見下ろす妹。

「聞いておきながら断定するとは何事だ! お兄ちゃんが許さないぞ!?」

そう言って妹に襲いかかろうかと考えたけど、流石に止めておいた。

二十四歳の俺の脳内に『近ピー相ピー(自主規制)』という単語が思い浮かんでしまったからだ。

多分……押し倒したりしちゃったら自制する自信がなかった。

何てダメなおにいちゃんだろう……。

「何言ってるの……とりあえずどいてよ」

そう言ってローキックを打ち込まれる。

可愛い仕草に似合わず、的確に急所を突いてきて地味にダメージを負う。

足癖の悪い妹だ。

「ぐっ……暴力反対だ!」

「どの口が言ったのかしら?」

俺を見る目が、より一層冷たくなったように感じる。

凍死寸前の冷たさだ。

「上村さん……殴ったんですって?」

聞いていたのか、こいつ……。

冷や汗が吹き出してくる。

「今度殴ったら殺すわよ」

こ、こいつ本気だ、目が本気だと言っている。

洒落にならん、俺にYES以外の返答は不可能のようだ。

「……は、はい」

「おにーちゃんの分際で上村さん殴るとは、どういう事?」

分際でって……何か凄く理不尽な扱いのような気がする。

これは全お兄ちゃんの威厳にかかわる。

ここは負けてはならない一線な気がして俺は反撃を試みる!

「そこまで言われちゃ仕方がない、すべてのお兄ちゃんの為に俺は妹に宣戦布告する!」

「……はい、負けました、降伏です。そちらの勝ちですよーおめでとー」

「相手にすらされてねえ……流石に涙目だぜ!」

「本当に騒がしいね、私一階に戻るけど騒がないでね?」

「そんな元気、お前に全部持って行かれたよ……」

「あら、そう、良かった」

そう言って満面の笑みを浮かべて部屋から出て行く妹。

こんなに性格の悪い妹だっただろうか?

俺は苦笑する。

「大変な姫君だ」

そう一人呟いて俺は椅子にもたれかかった。

しばらくぼんやりと考え事をしていると一階の母親から夕食ができたと呼ばれ、俺はそれに向かう。

それにしても他人と食事をとるのが、こんなに暖かく感動的だったとは思いもしなかった。

母親の作る懐かしい味と二重の意味で感動して涙が出そうになった。

しかし、そんな雰囲気も長続きしなかった。

気づけば俺が今日、上村を殴った話題になり、母親と妹の二人に責められ出したのだ。

俺は耐えかねて、さっさと食事を終えて二階へと避難する。

本当に食事前の就寝前にしたかったのだけど、そんな贅沢は言っていられない。

今日、確認できたのは時間が戻った事による、著しいほどの運動能力の低下と、まだ視力が悪くなってない自分の眼、そして武器の調達は不可能に近い、と言うことだった。

ならば、せめて体ぐらいは鍛えておきたい、そう考えて腕立て伏せを取り組む。

しかし十回を超えたあたりで腕が震えて支えきれなくなり、床に伏せる。

何とも情けない、苦笑しながらやむを得ず腹筋の体勢に移る。

そこで廊下に茫然と立ち尽くす妹が視界に入る。

「そんなところで何してるんだ?」

「いや……別に」

筋トレをしていた俺に気を遣ってくれたのだろうか?

そんな気遣い無用なのに……。

「気にすんなよ、ここはお前の部屋でもあるんだから」

「……うん」

そうは言うものの先ほどの威勢は無かった、どうしたのだろう?

「どうかしたのか?」

「何かおにーちゃん変わった……?」

予想外と言うか、あまりにも鋭い指摘に固まってしまう。

「そ、そうか?」

声が若干震えてしまう。

「うん、お母さんも気にしてたよ?」

そりゃそうだ、俺だって本当の十三歳の頃は、こんなに皮肉じゃなかったし、もっと純粋に色々と楽しめていた。

やはり家族だからだろうか? 隠しているつもりではあったのだけど、一発で見抜かれていたらしい。

「そうか……気にするな、中学生になって舞い上がっているんだよ、きっと」

「そう……かな、でも気付いてる? 話し方おかしいよ?」

そう言えばそうだった。

当時は先ほども言った通り純粋な少年だったので、地の関西弁で話していた。

それから俺の暗黒期の高校時代を迎えて、皮肉な標準語使いもどきへと少しずつ変貌していき、それが今の俺の話し方に影響を与えていた。

「中学生になったんだ、少しぐらい真面目に話すのも悪くないだろう?」

そう言って誤魔化すけど、納得いってない様子だ。

鋭い奴だ、と内心で呟き、苦笑する。

「……そう」

「ああ、気にするな」

「じゃあ、どいて」

「ぐえっ」

と言い、俺がどく前に妹は腹を踏んで行きやがる。

……まだボディの呪いが解けてないらしい。

妹は涼しい顔で俺を踏み越え、ベッドに潜り込む。

「もう寝るのか?」

「うん」

「そうか、おやすみ」

「……おやすみなさい」

素直な時は可愛いんだけどなぁ。

俺は再び腹筋を開始した。

……二十回に辿り着くことなく、ダウンしたけども。



[20756] 日常生活
Name: 真宵◆86d51036 ID:94c95cf9
Date: 2010/08/02 23:55
「上村クン、昨日ハゴメンナサイ、取リ乱シテマシタ」

何とかギリギリ伝わるレベルで俺の声帯が言葉をつなぐ。

上村は、そんな俺を怪訝そうに見つめながらも突然の謝罪に驚いている

「は、はぁ? ま、まぁいいけど……俺こそごめん」

俺が昨日言った事を、こいつも反省しているようだった。

そんなこいつを見ると少々やりすぎたかな、という感じもする。

朝から一仕事終えた俺は上村に見えないように嘆息した。

何故こういうことになったのかと言うと、時を遡る事二時間前の事である。



朝目覚めると知らない……すみません、自重します。

妙に近い天井に一瞬、理解が追いつかなかった。

そして昨日の事をゆっくりと思いだして、徐々に嬉しさがこみ上げてくる。

昨晩は寝たら夢オチでしたーってオチを恐れて中々眠れなかったが、目覚めても時間は戻ったままだった。

その嬉しさに、勢い任せで跳ね起きようとするが失敗し、二段ベッドの上から落ちそうになる。

何とか足を引っ掛けて落下を免れたが、昨日の筋トレの疲れが残っていて、力を込めても腹筋も背筋もプルプルと震えるだけだ。

「……朝から楽しそうだね」

そう言って妹は俺を冷やかかつ楽しそうに眺めている。

「優季ちゃん、助……」

「ヤぁよ」

言い終わる前に、即答された。

「もう朝ごはん出来てるよ。うふふ、頑張ってね」

そう言って妹は姿を消す。

クソ、何て妹だ! 鬼め! ……あ、鬼は俺か。

そんな至極どうでもいい事を考えているうちに、足が限界に達し俺の体が落下し始める。

「あ、よっと」

上手く両手をついて体を捻り、肘、肩、背中、腰と順番に接地して衝撃を緩和する。

どうやらこういった技術や知性の類は活きているようだ。

朝から何しているんだ、本当に……。

冷静に考えてみると朝からはしゃいでいる自分が凄く悲しかった。

時計に目をやるとそんな悲しみに暮れている間もない事を知り、一階に降りる。

妹の言った通り、朝食は既に準備されており、いい匂いが俺の食欲を刺激する。

「おはよう」

「うふ……どこか痛めた?」

「お前は開口一番それか!?」

こいつSだ、きっと。

朝からいきなり突っ込みを入れるとは思いもしなかった。

俺の家族ってこんなにユニークだったのか?

席につき朝食を取りながら、そんなことを考えると、優季がじーっとこちらを見ている。

「どうかしたか?」

「おにーちゃん忘れてないでしょうね?」

「ん、何を?」

何か凄く冷たい目で見られている。

はて、何のことだろう? 真剣に考えても思い出せない。

「上村さん、ちゃんと謝ってよね?」

ああ、それか。

俺の結論は決まっている。

「断る」

「もう二度と、おにーちゃんなんかに口きいてあげないんだから……」

先に言っておこう、演技なのは分っている。

しかし涙目でプルプルと震えながら妹にそんなこと言われたら、どんな兄だって、いや世界中の兄が折れると断言できる。

……多分。

……きっと。

と言うか、それって断言出来てねーじゃねーか。

「……なんて言うわけがないじゃないか、軽率な判断はよせ。絶対に謝る、ジャンピング土下座してでも謝ってみせるぜ!」

俺がシスコンなだけなのかもしれない、きっと俺はシスコンなのだ。

大事なことなので二回言ってみました。

「うふ、よろしい」

先ほどまでの表情はどうしたと突っ込みたい。

そう言って満足げにほほ笑む優季さんだった。



そうして今に至るわけだ。

結局ジャンピング土下座はしなかったけども。

謝り終えて、俺は席に戻る。

前の席の奴がニヤニヤとこちらを見ている。

「結局謝るんだなー」

「うるさい、黙れ、壊すぞ」

空気が凍りついた。

「あ、悪い。つい本音が……」

「本音かよ!?」

「ああ、俺の心は紙一重で耐えたが、下手すると体が勝手にお前を壊すかもしれん」

「洒落になんねえよ!」

洒落じゃないんだけどね、と苦笑する俺。

その後すぐに始業のチャイムが鳴り、会話は中断された。

俺はどうも落ち着かなかった。

ほんの数日前まで警察に追われて、撃たれて、蹴られ、そして戻ってきても殴られ蹴られ……って俺、酷い扱われ方じゃないか?

何とか警察を無力化しつつ逃げていたのだが……俺を蹴りつけたあの女、あいつと対峙した時、すべてが台無しになった

それにしても、あの女えげつなかったなぁ……撃たれたところを蹴り飛ばすんだぜ?

「南雲!!」

授業中にふさわしくない怒声で先生に呼ばれていた事に、俺はようやく気付く。

「あ、はい?」

そう言えば授業中だった。

「すみません、意識が未来の方向に逝っていました」

ウソではない。

「ったく、いつまでも小学生と違うんやぞ?」

「はい、申し訳ない。気をつけます」

そして何事も無かったかのように授業を再開する教師。

周りは注意された俺を見てクスクスと笑いを殺している。

こんなありふれた日常。

俺にはまぶしすぎる日常。

今は、そんな生活を送ることのできる幸せをただただ噛みしめていたかった。



[20756] 映画鑑賞・前
Name: 真宵◆86d51036 ID:94c95cf9
Date: 2010/08/05 20:42
あれから幾度となく部活の催促がやってきたけど、入る気はなかった。

「お前、本気で部活せんの?」

そう言って上村が嘆息する。

ちなみに小学校の時の付き合いとは同じサッカーチームでの事だ。

だから、こいつもサッカー部に所属している。

「ああ、何だ、ごm……上村か、入るつもりはないぜ?」

「……今何て言おうとした? 俺の扱い酷くなってないか?」

そう言ってきっぱりと断る俺を、上村はどこか悲しげに見ている。

ちなみに扱いで言うと俺の方が酷いだろう? ボディの呪いは解けたようだけど。

「それより部活、遅れるんじゃないか?」

周りを見回すと教室に残っている生徒は少ない。

ほとんどが既に部活に向かったり帰ったりしている。

「ああ、別にええよ。うちの顧問、滅多に来んし」

そう言えばそうだった、やる気のない顧問だったなと思いだす。

「……で? 何か用か?」

「ん、察しがいいな」

そう言って上村はニヤっと笑う、他の奴がそんな表情すると下品に見えるが、こいつはそうは見えない。

こいつは甘いマスクをしているので女にはモテる、羨ましい事だぜ。

「『アリサッサと路肩の石』の前売り券が四枚手に入ったんやけどさ……」

「嫌だ」

最後まで聞くことなく、俺は拒否する。

「……と、とりあえず最後まで聞いてくれないか?」

「断固拒否る」

……思い出した。

そういえばこんなこともあったな。

「俺は『ついで』なんだろう?」

そう言うと上村はバレたか、と苦笑する。

つまり優季を連れてきてほしいって事だった。

「分ったよ、伝えておこう」

「ありがとう、助かる!」

あまり良い記憶ではないが、俺は四人で行った映画の事を思い出す。

俺の前で優季と上村はくっついて映画を楽しんでいた中、俺はもう一人と……あれ? もう一人誰だっけ?

それにしても、あまり良い記憶でない事は確かなのに、俺は何故に承諾したのだろうか?

…嗜虐思考? 俺ってMなのか?

それは断固として否定しておきたい、実際のところ違うし。

きっとやり直したいんだろうな……。

俺自身、何がやり直したくて何に後悔しているのか分っていない、けど来週まで時間は一杯ある、ゆっくり考えようじゃないか。

そう思って俺は帰って、とりあえず妹にその件を話す。

「映画? 上村さんが? 行くー!」

このリアクションも覚えている。

珍しく、はしゃぐ妹を見ながら、いつもこれぐらい健気で素直だったら可愛いのに……なんて思ってしまう。

それと反対に兄としての俺は少々複雑な気分だ。

同級生の友達と妹が相思相愛なんて……壊してしまいたい。

俺はシスコンなのかもしれない、否きっとシスコンだ。

それにしても楽しい時間が過ぎるのは早いものだと、再認識させられる。

結局、後悔についてはあまり考えることができなかった。

気づけば当日、確かに忙しかったけど俺は部活もしていないし、上村たちに比べると随分、暇だったはずなのだけど。

行き当たりばったりな性格がここで露見したと言えよう。

朝、早くから妹に起こされたのだけど、約束は昼からなので二度寝を試みる。

俺にとっては暇でしかない土日の休日。

正直に言うと、土日にはこれぐらいの幸せしか求めていない。

しかし、そんな幸せも次の瞬間には粉々に砕かれることになる。

「誰に断って、二度寝しているのかしら?」

背筋が凍りつく。

素早く寝がえりを打つと、殺気丸出しの優季さんが何かを振りかぶっている。

それをコンパクトに俺の頭に向かって振り下ろす。

バットが目前に迫ってきていた。

きっと生命の危機を脳が感じ取ったのだろう、スローモーションでバットが俺の頭に向かってくるのを見てとれる。

「うわああああああああああああ!?」

先ほどまで俺の頭があったところに、大きな破壊音と共にバットが振り下ろされていた。

「……おはよ、おにーちゃん」

なんて満面の笑みで言ってきやがる。

「ちょっとね、ヤンデレ……」

「待て、優季ちゃん。それ以上言うな」

俺はシリアスに妹を制止する。

何かこれ以上言わせると漠然とだけどヤバい気がした。

しかもよく考えると、この時代にヤンデレなど存在しない!

きっとヤンデレの伝道師も俺に違いない。

「分った、お兄ちゃんは起きた、だからその手の物を離すんだ」

ちなみに、俺の頭の隣には未だバットがある。

「また三度寝するかもしれないじゃない?」

「しない、誓う。宣誓、俺は今日三度寝しない事をここに誓います」

「信じられない」

実の兄の誠実な宣誓を信じないとは、どういった教育を受けてきたんだ? 親の顔が見たいぜ。

俺の親でもあるけど。

バットの位置はいつの間にか俺の鼻先に移動して、突き付けられている形になる。

休日の朝から妹に生殺与奪権を握られている、このシリアスな情景は一体何なのだろう。

「……分った、起きるよ」

やむを得ず俺は起き上る、むしろそれ以外の選択肢ないし。

よし、と言って満面の笑みを浮かべた妹は楽しそうにベッドの階段から降りて俺を待っている。

大体、二段ベッドの二階で寝ている俺にバットを振り下ろせるものなのか?

まぁ実際に振り下ろされたし。

こいつの振りは確かに鋭く、機能的に振り下ろされていた。

我が妹ながら、こいつ何者だ? と疑問視せざるを得ない。

あまりにも待たせると、またヒステリーを起こしかねないので俺はさっさとベッドから降りる。

「もう朝食出来てるよ」

そう言って優季は俺が来るのを待っている。

時計に目をやると、まだ午前九時だ。

まだ約束の時間まで四時間もある。

朝食取って準備しても、余りある時間だ。

嘆息しながらも、ニコニコとこちらを見つめる妹の前で布団に潜り込むわけにもいかず、仕方なく一階に降りて顔を洗い、朝食をのんびりと取る。

そして着替えてくると言う名目で、俺はもう一度自室に戻る。

もう少し寝ようかとも考えたけど、バレたら今度こそ確実に殺される気がして、それを想像すると完全に目が覚めてしまった。

殺人鬼と呼ばれた俺を震撼させる妹、確かに妹キャラは最高かつ最強なのかもしれない。

コイツの場合、少々度が過ぎているけども。

そんな事を考えながら、タンスを漁って服を物色する。

……ん、あれ? 何だ、これ? 酷い私服しかないではないか。

らちが明かず俺はタンスをすべてひっくり返して、マシな物とヤバい物を分けていくが、何故か大半がヤバい方へと飛んでいく。

お恥ずかしい話だが、自分で真面目に服を買いだしたのって大学に入ってからだった。

それを思い出して俺は冷や汗が吹き出してくる。

これはヤバい、時間が巻き戻って早々、俺はまた人生における取り返しのつかない失敗を犯そうとしている気がした。

ちょっと大げさだけども。

上半身、裸なのも厭わず俺は一階に駆けおりる。

「母さん! ピンチだ!」

取り乱しまくった俺は何を言っているのだろう?

落ち着け、俺。

母親も妹も上半身裸で降りてきた俺に冷たい視線を向けている。

そんな視線にひるみながらも、ここで負けたらお終いだと自身を奮い立たせる。

今、俺は将来を決定づける大きな岐路に立たされていると言っても過言ではない

過言だけども。

「服を買わせてくれ」

「……服ならいくらでもあるやないの?」

「あれ、服と呼べるのか……!? あ、いや失言だった」

「おにーちゃんが私服に興味を持つなんて……」

何故か妹が驚愕の表情を浮かべている。

「……おかーさん、ここはおにーちゃんの味方をするよ、服買ってあげて?」

おお、妹よ、ナイス! ……でも何故だろう、少し腹立たしい感じもした。

俺は当時、一体どんな目で妹から見られていたのだろう?

「うーん、そこまで言うのなら……もう少ししたら買い物いくから、ついてらっしゃい」

よし、内心ガッツポーズ、と言うか一安心。

とりあえず危機は去ったように思われる。

俺は再び二階に戻る。

服を買うからって上半身裸で買い物に出ようとしたら、それこそ妹に抹殺されそうだ。

それに流石に俺に露出趣味はない、人並みの羞恥心は持ち合わせているつもりだ。

マシな服を選んで俺はそれを身につけ、母親の買い物に一緒するために、先に出て車で待つ二人の元へと向かった。

本当は衣料専門店も覗きたかったけど、母親の買い物のついでと言う事で大型量販店の衣料売り場と言う限られた空間でコストパフォーマンスを重視した無難な選択を迫られる、ハードル高いなぁ。

母親と妹は食品売り場へ、俺は一人別れて衣料売り場へと急いだ。

しかし、そこについてまたもや愕然とする。

時間が戻る前の俺サイズで服を選んだところ、サイズが凄く大きい事に気づく。

戻る前の俺は身長百七十五センチだったが、今の俺はそれより三十センチも小さい百四十五センチだったのだ。

限られた空間でコストパフォーマンスを気にしつつ、無難かつ自分のサイズに合った服を選べ、だと……? これならメタルギアソリッドの完全ステルスミッションをリアルでやれ、と言われた方が幾分か簡単な気がした。

いや、それはスネークさんに失礼か?

必死にぐるぐると徘徊したところ、本当に無難なパーカーにジーンズという組み合わせになった。

シャツは家にある無難な物を合わせればいいだろう。

それを母親に渡して会計を済ませてもらい、俺たちは帰宅した。

二度目の人生における最初の危機を何とか回避できて、満足感でいっぱいだった。

もう映画の話、しなくても良くね? なんて思ってしまったほどだ。

いやいや失言だけどさ。



[20756] 映画鑑賞・後
Name: 真宵◆86d51036 ID:94c95cf9
Date: 2010/08/05 20:41
二度目の人生で最初の難題を攻略できた俺は気分良く、優季と家を出て駅に向かった。

「ねぇ、おにーちゃん。私とおにーちゃんと上村さんと……あとひとり来るんだよね?」

優季の質問で今さら思い出す、そう言えばそうだった。

一体、誰が来るのだろうか?

結局、誰だったのか思い出す事はできなかった。

そうしている間に俺たちは駅周辺の駐輪場に自転車を止めて、徒歩で向かう。

駅前のロータリーに差し掛かったところで、上村ともう一人、誰かが談笑しているのが見えた。

「あ、上村さぁん!」

優季が上村に向かって走り出す。

ちょっとぐらい我慢だ、と思っていた矢先、優季が上村に抱きつく。

優季に気を取られている隙に俺はバレないように上村に忍び寄り、ボディに一撃喰らわせた。

唸りながら涙目で上村はこちらを睨む。

しかし俺はそれをかき消すような冷たい視線で上村を見下ろす。

冷凍ビームだ。

「おにーちゃん……」

そんな俺の冷凍ビームを相殺するほどの熱量のこもった熱線……いや、もはや目が燃えている、大リーグボールを花形に投げる時の星飛馬みたいに。

まずい、本気で怒らせたようだ。

視線だけで殺されそうな勢いに、全身から冷や汗が吹き出してくる。

「ま、待て、優季。俺とこいつの間柄だぜ? ボディブローぐらい挨拶代りさ!」

それに過去編(?)では、こいつが無抵抗の俺をどれほど殴りやがったことか。

少しぐらい、仕返ししても良くないか?

とてつもなく大人気ない二十四歳の意見だった。

そんな俺の言い訳に今度は熱量を落とした。

落としすぎて、こちらを凍死させそうな勢いの視線で、丸で路肩に落ちているゴミを見るような目で優季さんが……何か、これ以上描写したくない。

「……すみません、俺が悪かった」

結局、謝るハメになる。

まぁ今回は先に手を出した俺が悪いのだけども。

そんな珍劇を見ながらクスクスと笑う第三者に、俺はやっと気付く。

「西浦……かなみさん?」

時間が巻き戻った日、入学式の日にトイレ前で出会った、あの少女だった。

成績優秀、運動神経抜群、容姿端麗の三拍子を揃え、尚且つ性格も良く、嫉妬せざるを得ないのに嫉妬できないと言われる人気者の完璧少女。

それが西浦かなみという少女だった、こんな人間有りなのか? 神様は不公平だ。

「こんにちは、南雲くん」

そう言ってあの極上の笑顔を向けてくる。

「こ、こんにちは」

白い肩ひものワンピースの上に可愛らしいパーカーを羽織った、そんな彼女は本当に可愛くて見惚れてしまった。

「こちらは南雲くんの妹さんかな?」

西浦が優季を見つけて笑顔を向ける。

「あ、南雲 優季です、幼い兄がいつもお世話になっております」

「なってねえよ」

それに幼いって何だ?

「あ、欠陥品の兄が……」

「突っ込んだのはそこじゃねえ! それに実の兄を欠陥品呼ばわりするな!」

我が妹は、俺をどこまで貶める気だ?

「よろしくね、優季ちゃん」

そんなやり取りを西浦はクスクスと笑いながら、楽しそうにそう言った。

「……そろそろ行こうぜ」

話題を変えるべく、俺は率先して駅へと向かった。

休日のせいかホームは、それなりに混んでいた。

電車に乗り込み、何とか補助シートを確保、優季と西浦を座らせて、俺と上村は手すりに掴る。

今年で二十五を迎える俺だから女性に席を譲る配慮なんて当然のように思うけど、当時の俺はこんな事を考えた覚えはなかった。

それを当然のように上村は行う。

甘いマスクに女性の扱いまで上手となれば、こいつがモテるのも理解できる。

しかし、優季は許さないぜ!

一駅、二駅と気づけば過ぎ去り、気づけば目的地だった。

雑談に興じていたため、あっという間に着いていた。

駅から直通の陸橋が大きく華やかなショッピングモールへとつながっている。

それに併設されたアミューズメントパークにはゲームセンターやボーリング、最上階に映画館もあり、大いに家族連れで賑わっていた。

「あー……さっき始まったばっかりやなぁ。次の上映まで時間あるけど、どうする?」

上映時間を確認しながら上村が言う。

「せっかく、こんなところまで来たんだし何かしたいことないか?」

と言われても俺には特に意見無しである。

元々、優季と上村の監視のためにやってきたようなものだ。

それに、この映画も時間が巻き戻る前に何度も見ている。

金曜ロードショーとかで。

「うーん、私は服とか見たいかなー」

「あ、私もかなみさんに賛成ですー」

と女性陣のご意見により俺たちは一度アミューズメントパークを出て、ショッピングモールへと向かった。

西浦と優季は楽しそうに色々な服を試着して、俺たちに見せてくれた。

実に二人とも可愛くて、ヤバい。

俺の中でロリが芽生えそうだった。

「二人とも何着ても似合うな、驚きだぜ」

「えー、それって何か適当じゃない?」

俺は本心で言ったのだけど、西浦はそう言って口をとがらす。

「おにーちゃんはデリカシー無いですから」

おい、妹よ。どこまで兄を貶める気だ? 俺は本心で言っただけだぜ?

上村まで向こうに加担して完全アウェーな状態だった。

これがアウェーのプレッシャーか、なるほど、これは確かに辛い。

美少女二人に美男子一人に非難されるのに耐えかねて、俺は一人逃亡する。

と言っても三人の見える範囲にあったベンチに座っただけなんだけど。

「ふぅ……」

遠くにいる三人にバレないように一人深くため息をつく。

正直に言うと、こういった人の多い場所はあまり好きではない。

木の葉を隠すなら森の中、だっけ? 確かに人ごみに隠れるにはもってこいだけど、尾行に気づけなければならない。

どうやらクセが抜けきっていないようで、極自然に周りに気を遣いすぎていた。

あまりにも多い視線、そりゃあ美男子一人の美少女二人を連れた状態だから仕方ないと思う。

実際にあの三人から離れた途端に、こちらに対する視線が随分と減った。

……自分は? と思うと、少々悲しいけども。

「大丈夫か?」

真っ青な空を仰ぎ見ながらベンチにもたれかかっていると、上村がすぐそこにいた。

近づいてくるのに気づいてはいたけど、あえて無視していた。

「大丈夫、少し人に酔っただけ」

「ほら」

そう言って上村は俺に缶ジュースを投げた。

「お、サンキュー」

「これで今日の貸し借り無しな」

優季を連れてきた事だろうか? ならば、このまま貸しを作っておいた方がいいかな、と俺は財布を取り出す。

「こんなことで借りを返してくれるな」

「……今、本気でお前に貸しを作る事が恐ろしい事だと分った気がするよ」

「冗談だよ」

上村は苦笑しながら、俺の隣に腰掛けてくる。

「……お前、変わったよな」

「優季にも言われたよ」

「そうなのか?」

「……人間は変わらねえよ、これがきっと俺の本質だったんだ」

俺はひとり言のように空に向かって呟いた。

「小学校のときも、中学校のときも、俺はずっと自分を偽ってきたんだ。周りと一緒のように、って……でもそれも高校までが限界だった」

「……はぁ?」

「あー、失言さ。気にしないでくれ」

こいつに未来の話をしても仕方ない、というか都合が悪い。

俺はもう少し時間を戻ってきた自覚を持つべきだと、自身に言い聞かせた。

「そろそろ時間だろ? 行こうぜ」

何か言いたげな上村を制止して俺は立ちあがる。

我ながら話題を変えるの下手だなと苦笑せざるを得ないけど、これ以上この話はしたくなった。

せっかく今は少なからず楽しいというのに、先の事を考えると憂鬱になる。

今は、これ以上考えたくなかった。

夢中になって服を選んでいる女性陣を呼んで、俺たちは先ほどの映画館へと向かった。

前売り券をまとめて渡して、映画館へと向かう。

「何か欲しい物あるか? 売店で買ってくるけど」

入る前に、と俺が三人に問う。

「あ、私も行くよ」

西浦がそう言って俺の方にやってくる。

「先に入ってろよ、買ってくるから」

「一人じゃ大変でしょ?」

確かに四人分は大変かもしれないな。

「そうだな……ありがとう、二人はどうする?」

「俺たち先に場所取ってくるよ」

「じゃなくて欲しい物はないか?」

「ああ、ありがとう。俺はコーラで」

「私、百パーセントのオレンジジュース」

「……百パーかどうかはさて置き、分った」

上村と優季は席取り、俺と西浦は売店へと向かった。

映画が始まる前だったので、売店には人が結構並んでいた。

「悪いな、つき合わせて」

「ううん、何があるのか見たかったし」

そう言っていつもの屈託のない笑顔をこちらに向ける。

あーヤバい、コイツ見ていると心臓がドキドキしてくる。

俺の中でついにロリが芽生えた。

でも肉体的にはセーフだろう、犯罪にはならん!

そんな事を考えている間に俺たちは売店で買い物を済ませて映画館へと向かう。

「早く行こ」

西浦が俺の方を振り返って、そう言った。

前を歩く人に気づきもせず。

ぶつかる、そう思った時には勝手に体が動いていた。

何とか二人の間に体を滑り込ませて西浦を庇おうとしたのだけど、体重の軽い俺では庇いきれず、結局西浦にもぶつかってしまう。

何とか俺はバランスを取るけど、西浦はきゃっと尻餅をついてしまい、両手に持ったジュースがこぼれ、白いワンピースをオレンジ色に染めた。

「あ? 気をつけろ」

柄の悪い男がそう言って俺たちを睨みつけて、そのまま去っていった。

何かの決壊音。

腹の底から湧いてくる感情に俺は一気に呑まれる。

目の前が闇に染まっていく。

壊したい。

せっかくきっかけをくれたんだ、壊そうよ?

きっかけなんて無くても壊すけど。

壊したいだろう?

壊しタイ。

壊シタイ。

壊したい、壊したい、壊したい、壊したい、壊したい、壊したい、壊したい、壊したい、壊したい、壊したい、壊したい、壊したい、壊したい、壊したい、壊したい、壊したい、壊したい、壊したい、壊したい、壊したい、壊したい、壊したい、壊したい、壊したい、壊したい、壊したい、壊したい、壊したい、壊したい、壊したい……。

壊そうよ? ねぇ何で我慢するの? なぁ、壊せよ、壊せ。

「南雲くん!!」

はっと意識が戻る。

西浦が心配そうに俺を窺っている。

気がつくと全身から汗が噴き出し、息をするのさえ忘れていた。

「大丈夫……?」

ようやく大きく息を吸い、酸素不足を解消する。

「だ、大丈夫……すまない、それより服……」

「ううん……大丈夫」

そう言って西浦はぎこちなく笑う。

せっかくの屈託のない笑顔を曇らせた自分に、一瞬とは言え破壊衝動に呑まれた自分に腹が立った。

「……ごめん」

「ううん、行こ?」

俺は俯きながら西浦の後に続く。

人を散々殺してきた俺がやり直そうったって、そう簡単に行くはずがない事は分っていたのに。

けど……やり直せるものなら、やり直したかった。

親の仇、と俺に向かって涙を流しながら銃を構えた、あの女の事を思い出す。

高校に入って俺は色々なことがあり、成績を諦め、友人関係を諦め、将来を諦め、自身を諦め、それまで必死に抑えつけてきた破壊衝動に身をゆだねた。

そして俺は殺人鬼と呼ばれるようになる。

たくさんの人を壊して、殺して。

人の目から光が消える時、絶望の闇色に目が染まる時、俺は狂喜した。

人を壊す、それだけが俺に残ったのだった。

それが今、確かに俺の中で目覚めてしまった。

もはや、呑気に映画なんて見る事はできなかった。

今さらだけど本当に大変な事だ、と思い知るのだった。



[20756] テスト勉強会
Name: 真宵◆86d51036 ID:94c95cf9
Date: 2010/08/08 02:26
目の前の人が音もなく崩れ去っていく。

首に出来た大きな真っ赤な口から鮮血を吐き出しながら。

周りの人は、その光景を目の当たりにして固まっている。

近くの一人にゆらりと俺が近づく、それを見下ろしている自分。

あっと言う間もなく二人目の首にも新しい口が開き、とめどなく鮮血が溢れだす。

しかし、斬りつけた本人はまったく返り血を浴びずに、ゆらりと三人目に向かっていた。

「……っは」

近い天井が目の前にあった。

呼吸が荒かった、眠っていたと言うのに。

全身から汗が噴き出して、シャツが体にまとわりつくのが何とも不快だった。

今さら人を殺す夢にうなされる、そんな自分に苦笑を禁じ得なかった。

本当に今さらだよな……。

日に日に抑えが利かなくなってきている。

また、あの頃に戻ってしまうのだろうか?

これでも努力しているのだ、人を壊さないために。

昨日は三匹の鳩を壊した。

一匹は両羽を折り、飛べなくして放置してやった、しばらくすると猫に襲われて呆気なく殺された。

一匹は生きたまま埋めてみた。

一匹は首を捥ぎ、脊髄を抜き出して学校に放置してきた。

でも、これらが無駄なのは分っていた。

人の目から光が消える瞬間。

希望が消え、絶望の闇色に染まる、その瞬間を俺は欲していた。

俺にとっての殺す、は『ついで』で、ただの口封じ。

俺は壊したかった。

人を。

部屋に日が差し込んできて、一日の始まりを告げる。

今日も学校に行かなければならない。

あんなにたくさん人のいるところに……。



あの日、上村と西浦さんと妹の四人で映画を見に行った日以来、俺は自身の破壊衝動をコントロールするので必死だった。

人と接するのを出来るだけ避け続けた。

今、自分に近づいてきた人を傷つけない自信がなかった。

それほどにまで俺の中の破壊衝動は大きくなりつつあった。

嫌いだから、気に入らないから、面倒だから、邪魔だから壊す。

好きでも、気に入っても、楽でも、楽しくても壊す。

壊す事に理由など要らない。

俺にとって壊すことは当然であって、何故当然なのかと言われると、それが当り前だからとしか答えようがない。

「南雲」

ぼーっと考え事をしていて、周辺の警戒が疎かになっていた。

気がつくと目の前に上村が立っていた。

「何?」

「もうすぐテストだし、俺ん家で一緒に勉強でもしねえか?」

ちなみに来週から中間テスト、中学生に入り立ての俺たちにとっては初めてのテストらしいテストだった。

俺からすると人生二度目の中学初の中間テストだけど。

「いや、一人で……」

「西浦も来るんだけど」

断ろうとする俺の言葉を遮った、上村の言葉に体が少し跳ねる。

出来る限り人との接触を避けようとしていた俺が、わずかに揺れる。

あの子が来るから、どうしたと言うのだ?

俺には関係ないだろう。

「……分った」

あれ? 俺は何を言っている?

「サンキュー、そしたら四時ぐらいに俺ん家で」

え、ちょっと待て、本気で行くのか?

不安で仕方がなかったけど、了承してしまった以上は仕方ないと俺は覚悟を決めた。



やはりギリギリまで、どうしようか迷った。

本当は行くべきではない、彼らの事を思うならば。

俺は破壊衝動を紙一重で耐えている。

人といる事が自分にとってどれだけの毒か。

そして相手にとっては、どれほどのリスクを背負う事になるのか。

お互いに利益などないのに。

俺は上村の自宅へと向かっていた。

人を壊せそうな物は出来る限り、家に置いてきた。

その昔、シャーペンでも人を殺した事があるのだけど流石に筆記用具は必要だろうと、やむを得ず持参した。

インターホンを押すと中から足音が近づいてくる。

「よう、入れよ。西浦も来てるぜ」

「ああ」

まったく、これからどれほどの生き地獄を味わうのだろうか? 人を壊してきた自分への罰だろうか?

上村の後に続いて彼の部屋に向かう。

突き当りの部屋のドアを開けると、そこには既に西浦がちょこんと座って勉強していた。

「あ、やっと来たね、遅いよー」

「悪いな、準備に少々手間取った」

主に心の準備にね。

一応、約束の四時には間に合わせたんだけど、と思ったけど俺は肩をすくめて苦笑するだけだった。

雑談もほどほどに俺たちはそれぞれのノートと教科書を開き、勉強に集中していく。

何かに集中している間は、少しの間とはいえ破壊衝動を抑える事が出来たので助かった。

でも決して忘れているわけではない、無くなったわけでもない。

あれは俺が油断した時に、いつでも呑みこもうと待ちかまえている。

「ノート貸してくれん?」

不意に声掛けられて、俺は顔を上げる。

「構わない、コピー取ってくるか?」

「ああ、俺が行ってくる、二人はここで勉強してくれ」

そう言って上村は俺のノートを受け取って出ていく。

この時代、一家にコピー機が一台あるところなんて珍しかった。

上村の家にも、もちろん無かったので近くのコンビニまで出かけることになる。

室内には俺が教科書をめくる紙のすれる音と、西浦の鉛筆を走らせる音だけが静かに響く。

今さらだけど、ヤバい。

俺は出来る限り西浦から意識を外す。

女性と二人きりだから、ではなく。

俺以外の誰かが無防備に目の前にいるこの状況が非常にヤバかった。

沸き上がる衝動を必死に抑えつける。

「ねぇ?」

まさか呼びかけられるとは思ってみなくて、体がびくりと跳ねる。

「ん?」

出来る限り感情を殺して、俺は返事する。

隠しきれた自信はないけど。

「あの日、ごめんね」

「……何が?」

「私のせいで不快な思いしたでしょ?」

「いいや、全然」

そっけなく答える俺に、西浦はますます悲しそうな顔をする。

「気にするような事じゃないよ」

何とかフォローを試みるけど、その声が震えている。

ヤバい。

真剣に耐えきる自信が無くなってきた。

今にもこの部屋を飛び出したい。

いや、もう壊しちゃうか?

気づいたら俺の右手は西浦の首へと向かっていた。

「……え?」

目を見開いて俺を見つめる彼女を押し倒し、俺は右手一つで頸動脈を圧迫する。

「っかは……」

もがけ、あがけ、苦しめ、お前の絶望を見せろ。

彼女を見下ろしながら、右手に込める力がじわじわと強めていく。

でも彼女は抵抗しない。

苦しそうにしながらも、じっと俺を見据えている。

俺は……俺は?

「あ、あああああ……」

俺は自分のやっている事をやっと認識して、手を離し飛び退く。

謝る事も出来ず、俺はただじっと固まっていた。

このまま心臓も止めてしまいたい、そう思ってしまった。

「けほっ……ごめんね」

西浦は涙目で首筋をさすりながら、俺に謝った。

何故……何故、謝る?

違う、謝るのは俺の方じゃないか!

凍りついたんじゃないかと思うほど自由の利かなかった体に、その一言で感覚が戻ってくる。

「す、すまない、俺は何てことを……」

俺は謝り続けることしかできなかった。

例え許してもらえなかったとしても……。

許してもらえない?

だったら彼女は知ってしまったんだ、壊すべきじゃないか?

一瞬で沸き上がった闇を俺は抑え込み、俺は謝り続ける。

「……すまない」

「もう、いいよ」

そんな俺の頭を彼女は撫でる。

不思議な感触だった。

抑えるのに必死だった破壊衝動も何もかもが消えていった。

代わりに何か別の物で心が満たされていくのを感じた。

これは何なのだろう……?

先ほどまでの荒れ果てた俺の心に染み渡るような何か。

気づけば視界が歪み、目からはとめどなく涙が流れていた。

結局、俺の心を埋めた何か、それが何なのか分らなかった。

今までの二十四年間で、それを諦め続けてきたから。

俺に欠けていた大切な物、それを取り戻した瞬間だった。

それが無いが故に、俺は人の道を踏み外すことになる。



その日、俺は上村が帰ってくる前に家を出た。

丸で彼女から逃げ出すかのように、いや実際に逃げ出した。

それ以上に俺は困惑していた。

罪悪感を覚えるほどにまで、人間に戻っていた自分に。

抑えつけるのに必死だった破壊衝動が消えてしまった事に。



[20756] 何か
Name: 真宵◆86d51036 ID:94c95cf9
Date: 2010/08/09 23:50
僕は普通の人、そういう自負はあった。

どこで狂ってしまったのだろう?

実のところ、すべて分っていた。

自己保身のために狂った自分の事を苦笑しながら冷たく見下ろす自分を自覚していたから。

人の生きる理由が理解できなかった。

いや理解したくなかった。

自分が愛され、必要とされ、また己が人を愛し、必要とする事を諦めてきたから。

いや諦めたふりをしていたから。

本当は幸せそうな人が憎かった。

人に必要としてもらえるということが羨ましかった。

憎悪、嫉妬、羨望。

俺はそれらを認めたくなかった。

諦めたモノを自身が望む矛盾を認めたくなかった。

だから、俺はそれに気づかないふりをして、諦めたふりをして、人が生きる理由が分らないふりをしていた。

その生への無関心と相反する生への関心、憎悪、嫉妬、羨望。

それらが長い時間をかけて、ゆっくりと俺の中でまったく別の形を成した。

俺は自身のコントロールを失わないために狂ったのだろう。

壊す、すべてを壊しつくす。

意味も理由も感情もなく、ただ壊せ。

憎いから、羨ましいから、妬ましいから壊すはずなのに、自尊心がその感情を認めたくないがために、俺は都合よく壊す理由を捨てたのだ。

狂った俺の出した一つの結論だった。



驚くほど穏やかな朝。

いつもよりは遅く目覚めたが、ベッドの下ではまだ妹が寝息を立てている。

穏やかと言ったが自身の心情が、という意味。

時は梅雨に入り、湿気の高い暑さが非常に気持ち悪かった。

珍しく雨は降ってないようだけど。

妹を起こさぬように、静かにベッドから降りる。

俺は筋トレと同時に早朝に走ることを日課に組み込んでいた。

普段は家族にバレないように、もう少し早い時間に家を出ているのだけども。

水分を補給し、ゆっくりと全身をストレッチしてから俺は外に出る。

時間は六時過ぎ、一日の始まりをどんよりとした空が俺を迎える。

ゆっくりとしたペースで走り始める。

余計なことを考えたくなかった。

汗をかき、すっきりすることで自身の中にある欲求不満を取り払う。

それで解消できる程度の破壊衝動なら、まだまだ俺も人間なのかもな、と思う。

そんなことを考えながら走るペースを少しずつ上げていく。

頭の中が徐々に真っ白になっていき、酸素不足から少しずつ苦しさが俺の胸を締め付けてくる。

町内を一周すると、俺は荒れた息を整えてクールダウンに入る。

はじめと同じようにストレッチをして体をほぐす。

あの日から驚くほど俺の心境は穏やかになっているのを感じる。

学校でも無理をせずとも、人と接することができる程度にまで。

俺は分らなかった。

いや本当は分っているのかもしれない。

また分りたくなくて、目を逸らしているだけなのかもしれない。

散々、人を殺してきた自分が今さら人の生活に戻るなんてことが許されると思っているのか?

俺は誰もいないリビングで一人嘆息しながら、コップに注いだ牛乳を飲み干す。

運動後の牛乳は喉にまとわりついて気持ちが悪いけど、重要なタンパク源なので最後まで飲み干す。

その後にすぐ水を流し込んで、一息ついた。

明かりもつけず、俺は一人リビングのイスに腰かけていた。

これから俺はどうするべきなのだろう?

俺がいたって害にしかならないのに、俺はこれからも生きていくつもりなのだろうか?

根本的な解決策が目の前にあることにも気付かずに、俺は苦悩する。

「珍しいね」

誰かが近づいてくる気配を感じてはいたが、あえて無視をしていた。

軽い足音、その気配から妹が起きたことは察していた。

自分より早く起きている俺を見て、丸で奇跡を見たかのように目を見開いている。

「ああ、ちょっと早く目覚めてな」

「……今日は雨だね」

「梅雨だしな」

「じゃあ雪かな?」

何が言いたいのかは分るけど、日本では夏に雪が降るようなことはまずあり得ない。

つまり、俺が先に起きているシーンがそれほどまでに珍しいと言いたいのだろう。

普段はバレてないことが、偶然にも分って俺は少し安心した。

「西浦さんと最近どう?」

あまりにも突飛な質問に呑みかけの水を思わず噴き出し、むせる。

当然、あの日の一件を思い出してしまう。

「うわ、汚いなぁ」

そんな俺を見ながら優季はドン引きする。

「げほっ、お前こそいきなり何なんだよ」

むせるのを堪えながら口元を拭い、妹を睨むが迫力に欠けるだろう、涙目だし。

「んー……特に絡みもないけど」

俺の答えに、優季は不機嫌そうに嘆息する。

何か俺、悪いことしただろうか?

「どうしたんだよ?」

「何でもない」

そう言ってやはり不機嫌そうに優季は二階へと戻っていってしまった。



学校についても今朝、優季に言われたことが気になり、つい視線が西浦を探してしまう。

大体見つけたところで、意味もないのに。

あんなことをしておいて、どの面下げて会うんだ?

俺は上げていた視線で西浦を探すのをやめ、教室へと向かった。

しかし俺は階段を上ったところで、この場に居合わせてしまったことに後悔する。

目の前には廊下で西浦と上村が談笑していた。

ふつと心の底から湧いてくる黒い感情。

最近は感情の起伏も穏やかだったので、コントロールに多少手間がかかってしまう。

それでも何とか押し込めて、俺は二人に見つからないように教室へと入ろうとする。

「あ、南雲くん! おはよっ」

「よう」

呼ばれた方を見ると二人がこちらを見て、手を振っている。

手を振るような距離でもないんだけどなと呟き、ぎこちない笑顔を二人に向ける。

おはよう、と返す声は何とか取り繕えた。

「無視して行くとは冷たいな、お前」

そう言って上村が嘆息する。

お前らのためなんだけどな、と思って俺は苦笑を禁じ得ない。

「悪い、気づかなかったんだ」

「普通、気づくでしょ。この距離で」

そう言って西浦は頬を膨らませて言う。

俺は表情よりも、首に目が行ってしまう。

俺の掴んだ首、絞めた首……。

傷跡らしきものは残ってなくて少し安心した。

だからといって、やってしまった事実が消えるのかというと、そうではない。

先ほどの破壊衝動よりも罪悪感に苛まれる。

「すまない……」

俺はそれ以上言えなかった。

気まずさと罪悪感のせいで。

俺のあまりにも深刻な謝罪に上村は怪訝そうに俺を見る。

「気にしないで」

そんな雰囲気を打破するかの如く、西浦が言う。

あの時のことも気にしてないよ、と言いたげな優しげな目で。

俺の好都合な解釈なのかもしれない、けど少し気が楽になった。

何か言いたかったけど、チャイムが始業五分前を告げ、西浦はクラスへと帰ってゆく。

逃げ続けてばかりじゃいけない、俺はそう思った。



放課後、ホームルームが終わると俺はすぐに教室を出て、西浦のクラスへと向かう。

西浦のクラスもホームルームが終わったばかりのようで、まだ人が多い。

そんなことも気にせず、俺は教室に入り、西浦へと向かっていく。

周りの視線を痛いほどに感じるけど、俺は何かに突き動かされていた。

「ちょっといいか?」

突然の来訪者に最初は驚いた顔をしていた西浦だったけど、それを笑顔で了承してくれた。

俺は視線から逃げるかのように、さっさと教室から出る。

その後を西浦がついてきてくれている。

「どうしたの?」

「ここではちょっとな」

俺は振り返らずに西浦に答える。

どこか嬉しそうな声色な気もするけど、気のせいだろう。

俺は西浦のことをそこまで知っていない。

それにしても、廊下に出ても随分と視線を感じる。

やはり、学年全体で有名な西浦を引きつれて歩く俺は目立つらしい。

「ち、ちょっと速いよ」

そう言って小走りで俺の横に並ぶ西浦。

どうやら視線から逃れたい気持ちが勝手に体に働きかけていたようで、気づかずに速足になっていたようだ。

「どこ行くの?」

俺の顔を覗きこみながら西浦が笑顔で言う。

あんなことをされたと言うのに。

俺は答えず、視線を感じないところまでやってきて足を止める。

「あの時はすまなかった」

俺は西浦に向き合って頭を下げる。

だけど、彼女からの反応はない。

それからどれぐらい時間が経ったのだろう?

無言の時間が俺をじわじわと責め立てる。

許してもらえるなんて都合のいい事は考えていなかったけど、やはり苦しかった。

不意に西浦が動く。

俺はただ床の一点を見つめ、その姿勢のままずっと凝固したかのように動かない。

俺の後頭部にふわっと西浦の手のひらが乗る。

あの日のように。

「別にいいよ、気にしてないから」

そう言って俺の頭をやんわりと撫でる彼女。

まただ、あの時と同じ。

何か分らないけど、じんわりと暖かいものが心に染み渡っていくように感じる。

「もういいよ」

そう言って彼女は俺の顔を上げさせる。

優しげな目の微笑みが俺を安心させてくれた。

「すまない……」

そんな彼女にやってしまった事を後悔して俺は再び謝る。

「もういいってば、気にしないで」

相変わらず彼女は俺を優しげに見つめる。

心の中がしんと静まり、今までの自分から考えることのできないほど安らかな心情になっていくのを感じた。

その時、俺の心は憎しみも妬みも羨みもなく、別の何かに満たされていた。



[20756] 課外授業
Name: 真宵◆86d51036 ID:94c95cf9
Date: 2010/08/12 18:04
真っ赤に燃え盛る海。

いや正確に言うと海に浮いた船がすべて燃えている。

船は小規模な爆発を繰り返している。

「危ない! 早くこちらへ来い!」

後ろから誰かに呼ばれているけど、俺は顔を引きつらせたまま、そこから動けなかった。

幾度か爆発を繰り返した後、ぞくりと背筋に何かが伝う。

やばい。

反転して一気に船から距離をとる。

その直後、後ろで船が一際大きく爆ぜる。

火をまとったまま船が沈んでいく。

「……冗談じゃない」

もはや俺は苦笑を禁じえなかった。





遡ること半日ほど前。

「……ツッコミどころ満載すぎだろう?」

俺は嬉しそうな奇声を上げている同級生たちの中、一人嘆息した。

確かに、こんな行事はあったけど。

一年生の課外行事として水上スポーツを楽しむ、ということで俺たちはとある島へと向かっていた。

当時は俺も子供だったのだろう、こうやって同級生とはしゃいで、楽しく過ごした……と思う。

俺たちのクラスは大きな船に乗っている。

正面にはきれいな浜が見えるのだけど、反対側は断崖絶壁。

何を考えてこんな島をセレクトしたのか、教師陣の頭を疑ったけど、それを補って余りある利点は認める。

たくさんの水上スポーツの機材を取り揃え、インストタクターも多く、指示が的確で皆凄かった。

確かに悪くないのだけども……。

断崖絶壁の孤島って、何か起こりそうだと思ってしまう。

例えば船が爆破されたり、電話線が切られたり……テレビの見すぎかな、俺はそこまでトラブル体質じゃないし。

視線を上げると梅雨明けしきってないどんよりとした曇り空が広がっている。

「でも何か嫌な予感がするんだよなぁ……」

当時は無事に行事を終えたはずだ、と自身に言い聞かせて、不安を振り払った。

島に着くと、ささやかなセレモニーとインストラクーの紹介を終えて、割り当てられたコテージへと向かう。

そこに荷物を置いて着替えて、それぞれが決めた種目へと向かっていく。

俺は二度目だったので、どれでも良かったのだけど。

初日はカヤックという一人乗りの小船に乗ることになっていたので、ライフジャケットをまとって俺たちはインストラクーの指示で海へと出た。

相変わらず嫌な予感が脳裏を掠めて、集中できず、周りの人にぶつかって転覆する。

「何やってるねん」

そういって俺にぶつかった一人がげらげらと笑って、俺を見下していた。

「……悪い」

不思議なことに、あの日から無意味な破壊衝動はめったに沸いてこなかったのだけど、このときだけは多少沸いてきた、しかし問題のないレベル。

裏返ったカヤックを戻して、再度乗り込む。

以前も経験しているので難なく陸地まで戻ってくることはできたけど、楽しむことはできなかった。

相変わらず嫌な予感が俺から離れようとしなかったからだ。

一人足早にカヤックを所定の位置に戻して、俺はシャワーを浴び、コテージに戻る。

まだ誰も戻っていない。

俺は周囲の気配を探って、誰もいないことを確認してからカバンの奥の底板を取り出してくる。

それを裏返すと、そこにセロハンテープで引っ付けられていた裁縫の裁ちバサミが露見する。

俺はそれを強引に引きはがして、刃にだけテープが残らないようにして、こっそりとポケットに忍ばせた。

家にあった裁ちバサミを少し改良して、俺は護身用として携帯していた。

できれば使うようなことになってほしくないけど、前の中学時代のころとは何かが違う。

所詮、勘だけども俺はそれを無視することができなかった。

そして事は起こってしまう。

食堂に皆揃って夕食を取っている最中に、突然の轟音。

教師やインストラクターが唖然としている中、俺は一人迅速に行動を起こす。

「あ、こら! 待たんかい!」

ドアを開いたところで教師の制止の声が聞こえたけど、無視し音の方角へと向かう。

忍ばせたハサミに片手を添えながら。

外に出ると港の方で騒ぎが聞こえる。

曇り空で日が沈んで、暗いはずなのに港は赤々と何かが照らしていた。

たどり着くと船がすべて燃え盛っていた。

「……ウソだろ」

嫌な予感だけで、何事も起こらなければ良かったのに。

俺は顔を引きつらせて、呟いた。

歴史が変わっていることを認識する。

俺はそれが恐ろしかった。





これから一体何が起こるのだろうか?

あの後、全生徒は広間へと集められた。

好奇と恐怖の入り混じったざわめきが広間を埋める。

先生もインストラクターも顔を見合わせて、困惑している。

「一体、何があったんだ?」

後ろから声をかけられて振り向くと上村がそこまで来ていた。

「船が爆破されていた」

「やっぱり本当なのか!?」

もうウワサが広まっているようだ。

俺の周辺でまたざわめきが強くなる。

周りでは目を輝かせて俺の話に耳を傾ける者もいれば、恐怖に顔を引きつらせて聞きたくないと耳をふさぐ者もいたので、それ以上は何も言わなかった。

無駄に不安を煽ってどうする、自分の軽率な発言を恥じた。

まもなくして一人の先生が息を切らして駆け込んでくる。

「で、電話線が……」

それを聞いただけで大半は察しがついただろう。

きっと電話線が切られていたのだ。

困惑の表情を浮かべていた大人たちも、さすがに表情がこわばって険しくなっていく。

断崖絶壁の孤島に閉じ込められた、もうここからは何が起きても驚かない自信があった。

ここまで嫌な予感が当たってしまうと、後々起こることが非常に恐ろしかった。





大人たちは生徒をコテージに分散して帰すのは危険と判断し、広間で待機することとなった。

失礼だけど、そこまで大きな広間ではないので三百人を超える生徒がここに押し込められていると多少苦しい、酸欠に陥りそうだった。

そんな空気から逃げるようにして俺は先生にトイレに行きたいと申し出た。

俺の申し出に便乗して、何人かが申し出る。

するとインストラクターの男の人が二人、付き添いで来てくれた。

蛍光灯が不気味に照らす廊下をインストラクターの男性を先頭に俺たちは進む。

何故か心臓が高鳴る。

一時たりとも得物から手を離せなかった。

トイレの標識が見えたところで、不意に蛍光灯の電気が消える。

「な、なんだ!?」

先頭の男性が声を荒げ、生徒たちは悲鳴を上げる。

俺はもはや戸惑っている場合ではないと判断してハサミを取り出し、中心の金具を外して二本に分解して両手に構える。

この闇では視認されまい。

俺は心静かに闇の奥を見つめる。

何かが動いた。

俺も一気に距離をつめる。

右手の横薙ぎの一閃を右側に避けられる。

視認できないのが辛い、けど何となく気配で動きは読める。

そのまま回転して左手を振るが空気を裂くだけだった。

少し距離を取られたようで、二人の動きが止まる。

心臓は今にも爆発しそうな勢いで暴れ続けている。

壊せることに歓喜しているのだろうか?

その一瞬の思考の隙をつかれ、相手は一気に距離をつめてくる。

背筋が凍る。

この一撃は受けてはいけない!

殺気が上部に集中している、狙いは首から上だ。

二本の刃で守りつつもスウェーで出来る限り、距離をとる。

と、その瞬間蛍光灯が光を取り戻す。

突然の光に眩みつつも目に映ったのは、鉈を横に薙ぐ覆面をした一人の男だった。

「……っ!?」

リーチはないので、その一閃をスウェーで避けきって距離を取る。

明かりがついてしまっては仕方がない、俺は相手の動きから目を離さず、一時的に獲物を隠す。

このまま動くな、去ってくれ。

そう願わずにはいられなかった。

対峙している間、背を冷たい汗が伝う。

「い、いやあああああああああああ!?」

後ろからの絶叫、しかし振り返ることはできない。

前に敵がいるかぎり。

しばらく経って、覆面は軽く息を吐き、反転して廊下の奥へと消え去っていく。

俺もやっと息を吐き、後ろを確認する。

頭が割られ脳漿が飛び出している先頭にいたインストラクター、肩口から袈裟のように斬られた生徒、首から上が無い生徒……あの一瞬でこれだけ殺したというのか?

生き残っていた数名が、その場にへたり込んで震えていた。

来た道からは悲鳴を聞きつけた先生たちが、その惨状を目の当たりにする。

俺は、それをどこか冷めた視線で見つめることしかできなかった。




広間に戻った俺は俯いて、ずっと考えていた。

相手に俺の顔はバレてしまった。

それにあの覆面、どう考えても俺たちと同じ体格、まだ成熟していない骨格。

まさか同級生の中にいるのか? 俺は頭を抱える。

「大丈夫?」

声に反応し、ゆっくりと顔を上げると青い顔の西浦が心配そうに見つめていた。

「大丈夫」

虚勢でも意地でもない、普通の笑みを西浦に向ける。

それに少々安心したのか、彼女も顔を緩める。

「良かった、無事で」

目の端には涙がたまっている。

そこまで心配してくれていたのだろう、嬉しいことだ。

こんなときでも自身の安否ではなく、人の心配ができる彼女を尊敬する。

もし奴が彼女を傷つけようとしたなら、俺は今度こそ躊躇なく壊す。

もう認めざるを得なかった。

俺は彼女に好意を抱いていた。




度々、トイレに行きたいという生徒が申し出るので、それに付き添っていく大人を増やして警護に当たった。

俺が広間にいる間は誰も不振な動きを見せなかったし、皆無事に帰ってきた。

敵は、そう遠くにいない。

相手も警戒している、そんな雰囲気を感じ取っていた。

俺がここから動かなければ、相手も迂闊に動けない。

きっとこれ以上は被害も増えない、そう思っていた矢先だった。

またトイレに向かう一グループが広間を出て行く。

その間、怪しい動きをする者はいない。

しかし、油断していたと言わざるを得ない。

奴がそのグループに紛れて出て行くということを考えていなかったわけではない。

でも、そんなことをしたら出て行った人の中に犯人がいると、自ら首を絞める結果になると思っていたからだ。

そんな大胆な行動に出ると思ってもみなかった。

廊下が悲鳴で満ちる。

広間の空気が凍りつく。

「……く、そ、があああああああああああああ!!」

俺は冷静さを失っていた。

何故なら、先ほど行ったグループの中には彼女がいたから。

西浦が。

俺は扉を蹴破り廊下を疾走する。

壊す、壊す、壊す、壊す、壊ス、コワス、コワス!!

また一人の悲鳴が聞こえてくる。

何人かが逃亡に成功したようで、こちらに向かってくる。

その中に西浦はいない。

頼む、無事でいてくれ。

角を曲がったところで視認する。

西浦が誰かをかばって覆面の前に立ちはだかっている姿を。

覆面が西浦に向かって鉈を振り上げている姿を。

「やめろおおおおおおおおお!!」

俺はありったけの力を込めて刃の片方を投擲する。

覆面はそれを避けて、二人から距離を取る。

刃は壁に突き刺さる。

「な、南雲くん!?」

西浦の呼びかけには反応せずに、そのまま一気に覆面との距離を詰めに入るが、鉈でタイミングを合わされて右手の刃は届かなかった。

よくみれば、素人のような刃捌きに俺は顔を歪める。

俺はこいつに負けない。

例えこの刃一本でも負けない自信が沸いてきた。

今度は明かりで相手の動きがよく見える。

それを紙一重で避けて、左の拳で頬に一撃を打ち込む。

覆面はよろけつつも振り下ろした鉈の遠心力を利用して回転攻撃を加えてくるが、それも避ける。

もう一撃加えることができる。

そう思ったとき、急に相手の鉈の振りが鋭さを増す。

「ぐっ!?」

何とか右手の刃で受けるが重みが違う。

右手の感覚がなくなり、俺は刃を取り落としかけた。

「くすくす、油断した?」

そういって覆面が笑う。

鉈を振り下ろしながら。

何とかバックステップで避けるが、後手に回ってしまい追い詰められていく。

一撃の重みが違いすぎるため、受けるより避けたかった。

しかし、じわじわと追い詰められていく。

相手を壊さずに止めようなんて甘い考えを捨てなければならなかった。

でも彼女の目の前で、それはしたくなかった。

「……ここまでかな」

そう覆面は呟いて連撃をやめ、反転し廊下の奥へと逃げ去っていく。

俺は理解が追いつかず、その後姿を見送りそうになった。

後ろには数名の教師とインストラクターが駆けつけていた。

反応が遅れたが、俺は壁に刺さった刃を抜いて覆面を追う。

右手の感覚はまだ完全じゃないけど、今は二本あるし両手で戦える。

それにここで何とかしなければ被害が増えるばかりだ。

逃すわけにはいかない。

俺は必死に追った。

建物から出て、港の方向へと逃げていく覆面。

自ら逃げ場のないところへと俺を導く彼。

彼がペースを落としたので、俺もゆっくりと彼を追う。

息を切らせた彼が俺と向かい合う。

「ふふっ、やっぱり追ってくるんだ」

覆面からくぐもった笑い声が漏れてくる。

「ここで決着をつけよう」

俺は二本の刃を構える。

もう躊躇いはない、ここで壊す。

俺の瞳が暗く鈍い色に染まる。

「二人なら、もう覆面は要らないよね」

そういって彼は覆面を外す。

見慣れたクラスメイトの顔だった。

「裄杉……なんでお前が?」

裄杉 進(ゆきすぎ すすむ)、クラスでもあまり目立ちたがらない彼が、似合わない笑顔で俺を見つめている。

「ん、別に理由なんてないよ」

濁った瞳で笑顔を向けてくる。

もう正常な精神を持ち合わせているようには見えなかった。

壊すしかない、俺の中でひとつの答えが導き出される。

もはや会話など無駄だった。

彼は鉈を、俺は刃を両手に構え、お互い同時に走り出す。

覚えている限り、この子は普通だったのに。

一体何があれば、ここまでの狂い、ここまで強くなれるのか疑問だった。

鉈から伝わる一撃の重みが俺の腕の感覚をじわじわと奪っていく。

俺も受けから、刃を流して急所を狙うがギリギリで避けられる。

お互いに一撃で終わらせることができるのを彼の攻撃から感じ取っていた。

受け損ねれば俺の体は真っ二つに、避け損ねれば彼の動脈を俺の刃が捉える。

しかし、腕の感覚を奪われていく俺の方が長期戦になると圧倒的に不利だった。

それに大人たちが追ってこないとも限らない。

早期決着をと俺は焦る。

その一瞬、受ける点が僅かにずれて、左手に痛みが走る。

鉈が届くことはなかったが、その重みを無防備な左手一本で受けてしまい、痛めてしまった。

一度、距離を取って落ち着けたかったが彼がそれを許さず追撃を放つ。

何とか右手で捌くが、どんどん手の感覚が鈍くなっていく。

「どうしたのぉ? もしかして左手、痛めたの?」

にやっと嫌みったらしく笑いながらも、彼は追撃の手を緩めない。

受けきるのも精一杯だったので死んだ左手の刃を投擲する。

彼はそれを避けるが一瞬は追撃が緩み、距離をとれた。

「あ、っぶないなぁ……」

そういって距離を取った俺を見据える。

もう戸惑っている場合じゃなかった。

俺は闇に自身を委ねた。

「壊す」

「へ? 今更?」

彼は俺の言葉に唖然としながらも、ゆっくりと距離をつめてくる。

ふと体が軽くなったように感じた。

丸で理性や道徳といった鎖から解放されたかのように。

俺の意識が追いつく前に、彼の首には真っ赤な口が不自然に開いていた。

「え?」

一呼吸おいて口から凄い勢いで血が吐き出されていく。

彼は自らの首から吐き出される鮮血を手に取り、唖然としてすぐに倒れた。

首を抑え、息が荒い彼を見下ろす。

「はっ……はっ……死んでしまう、死んでしまう!」

月明かりしかないのに、彼の顔から血の気が失せているのが分かる。

瞳からは生気が少しずつ消えてゆく。

しかし、俺はもう狂喜することはなかった。

残ったのは後味の悪さ、哀れみだけだった。

「た、助けてよ……き、君だって人殺しになりたくないだろう?」

俺の足にすがりつく彼の目はいつのまにか死への恐怖に染まっていた。

「俺はとっくに人殺しさ」

そういって足をつかむ彼を冷たく蹴り放す。

驚愕の表情を浮かべたまま、彼は少しずつ反応が薄くなっていく。

そして。

反応がなくなった。

「人を殺してきた者が助けを請う姿ほど醜いものはないな」

そのとき、俺はどんな表情をしていたのだろうか?

俺は死体を見下ろしながら呟いて、背を向けた。



[20756] 事後
Name: 真宵◆86d51036 ID:94c95cf9
Date: 2010/08/17 01:39
取調室に未だ残る僕。

そして未だ自身に残る嫌悪感。

南雲 柊栖(なぐも とうす)という少年。

こんな嫌な感じのする少年は初めてだった。

彼は何度も繰り返した。

仕方なかった、と。

今まで数々の取調べに同行させてもらった。

軽いものから重い罪まで、子供から老人まで、男女。

その今までの経験のどれにも当てはまらなかった彼に僕は嫌悪感を抱いてしまった。

嫌悪感? いや違う、と自問自答。

僕はあの子が怖かった。

何か違う。

中学生の皮をかぶった化物という印象を受けた。

彼に対し取り調べを行った者は大抵、同じ感想を述べた。

「あれは本当に子供……いや、人間なのか?」

仕方なかったと呟く彼の目は黒い。

日本人だから彼の瞳が黒いのは当然といえば当然なのだけど。

そういった意味じゃない。

黒、闇、悪、そのすべてを混ぜ合わせてしまったかのような子供にあるまじき瞳。

混沌に染まった瞳、とでも形容すべきか。

僕はそれが恐ろしかった。

「おい、水野。何しているんだ?」

呼ばれて振り向くと、取調室のドアを開いて僕の先輩刑事にあたる藤堂さんが怪訝そうに、こちらを見つめていた。

「い、いえ何でもありません」

そういって僕もやっとパイプイスから腰を上げる。

彼は一体何者なのだろうか?

僕はこの一件が何かの始まりの気がしていた。

これで終わりじゃない。

これから何かが起こる。

彼の周りで。




どうやら刑事たちは俺を疑っているらしい。

当然のことだ。

俺はあの後、素直に彼を殺した得物を警察に渡した。

あれを調べれば中心の金具を故意に外したことや、刃が研いであることは一目瞭然。

そして目撃証言。

裄杉との二回目の戦闘時、二人の目撃者がいる。

西浦と、もう一人は知らないけど。

彼女たちは俺が戦えていたことを証言している。

その二点を深く追求していけば、下手をすると罪になりかねない。

しかし話を聞くと、予想外だが検事は起訴するつもりはないらしい。

裄杉はやりすぎたからだ。

あの日、俺たちの学年から十数人の死人が出た。

狂った彼に襲われた俺はやむを得ず殺した、との見解で正当防衛が成立しそうだった。

正直に言うと、安堵しなかったといえばウソになる。

しかし、俺にとって関心はそこになかった。

だって壊した、殺したという事実は変わらないのだから。

それより俺は本格的に歴史が変わってきていることについて考えていた。

本来、誰一人欠けることなく終えたはずの課外授業。

しかし、そこで十数人という死者を出てしまった。

俺が戻ってきたからだろうか……?

自己嫌悪の念や罪悪感が沸いてくる。

今まで人を壊しても殺しても、そんなもの感じたことなかったのに。

いや感じていたのかもしれない。

無理やり自身を狂わせて感じないように、認めないようにしていたのかもしれない。

結果はどうあれ、俺はあの時は守るために戦った。

彼女を、西浦かなみを守るために。

しかし俺に残ったのは、人を殺したという結果だけだった。




警察での取調べが終わり、昼休みから学校に顔を出すと、あれから一ヶ月経ったというのに、相変わらず好奇の視線を向けられるのが非常に辛かった。

顔を上げると俺に向いていた視線は散る。

そりゃ確かに殺人鬼と呼ばれた時期もあったけど、そう思うと苦笑を禁じえなかった。

授業中も凄い違和感の中で時が過ぎていく。

こんな生ぬるい世界で生きている自分が不思議で気味悪かった。

俺は、もはやこちらの住人ではないのに。

少しでもやり直せる、普通に生きていけると思った自分が馬鹿らしかった。

不意に沸いてくる自己嫌悪の念を押さえ込んで、俺は授業に集中しようと幾度となく試みたけど無駄だった。

無限にいつまでも沸き続ける自己嫌悪の念に俺は辟易していた。

昼休みになったが、いつも一緒に食事を取っていた上村も誘いづらいのか、少々距離を置かれているように感じる。

仕方なく俺は一人で黙々と昼食を取って、さっさと教室から抜け出した。

廊下に出ても相変わらず向けられるのは好奇の視線。

それから逃げるように人気のないところへと向かった。

静かな廊下までやってきて汗を拭い、階段に腰かけて一休みする。

普段は使われない理科室や美術室などのある特殊な教室が並ぶ廊下なので、昼休みにはまったく人気がない。

そのとき、誰かが階段を上ってくる気配がした。

教室を出て、しばらくして誰かにつけられている気配はあった。

しかし、危険な気配ではなかったので無視していた。

「……あ」

階段を上ってきて姿を現したのは、西浦だった。

俺を目視した彼女は固まっていた。

この子が俺をつけてきていたとは意外だった。

「よう」

それ以上、俺は何も言えない。

あの惨事を目の当たりにして、そして俺が戦っていた姿を見ていた彼女が、どう思っているのかが怖かったから。

冷静を装ったけど、脳は正直で心臓の鼓動を速めた。

「え、えっとあの……ごめんね、あの時」

「……」

「それとありがとう、助けてくれて」

そういって彼女は笑った。

ぎこちなく笑う彼女。

けど他意はない、そんな笑顔だった。

「俺は謝られたり、お礼を言われたりするようなことはしていない……」

何かこみ上げてくるものを押さえ込んで、できるかぎり冷静に答える。

声が若干、震えているのを感じた。

「ううん。あの時、守ってくれたじゃない」

確かに彼女を守るために俺は飛び出した。

でも、それでも俺は結果的に人を殺してしまったのだ。

そんな俺にありがとうだと?

「俺は殺してしまった、裄杉を」

「……仕方ないと思う」

「仕方なくなかった。俺は……」

あの時、俺は殺すと決めて追った。

皆を守るためとはいえ、殺す必要などなかったはずだ。

冷静に考えれば他に策だってあったはずだ。

なのに……俺は彼を追った。

どこかで、きっと殺して彼を止めることを選択したのだ。

自分に染み付いてしまった、殺すという行為。

また自己嫌悪の念が沸いてくる。

「でも、あの時は守ってくれた」

彼女の声に強い意志を感じる。

ああ、この子は強い。

あんなことがあったというのに、彼女は普通に学校に登校した。

ちなみに、もう一人の子は精神的にまいってしまい、最近まで自宅療養中だった。

「確かに、守りたかった」

君を。

「でも、殺すことは、なかった……」

「もう自分を責めないで」

目をあわすこともできず、うつむいていた俺の頭をふわりと心地よい感触が撫でる。

ああ、以前も彼女にこうやって助けてもらったな。

視界が歪み、涙が溢れてくる。

彼女を助けたつもりだったけど、俺はきっと彼女に助けられ続けている。

「俺は……殺したくなかった」

「うん」

「あいつ、だって、死にたく、なかった」

「うん」

「でも、俺は、見殺し、にした」

「……」

「あいつは懇願してきたんだ、死にたくないと。俺はそれを無視し、見殺しにした」

少しずつ吐き出すかのように自身の罪を彼女に語る。

少し前よりは落ち着き、冷静に話すことができた。

「最初は守れればよかった。けど俺はあいつを殺さなきゃ被害が増えると思ったんだ」

彼女がどんな表情をしているのかが怖くて顔を上げることはできなかった。

「だから殺した、そして見殺した。俺は二度も彼を殺した。彼を助ける機会は二度あったのに、俺はそれを選ばなかった」

無言で俺の頭をなで続ける彼女。

こんな俺を一体、どのように思っているのだろう。

「俺が……怖いかい?」

その思いは自然と口に出ていた。

「ううん」

まったく迷いなく彼女が答えた。

それに驚いて顔を上げてしまう。

涙で濡れた情けない顔を。

彼女の優しげな眼差し。

「何……で?」

怖れないのか、俺を?

俺は今、言ったんだよ?

偶然、彼は死んだのではない。

俺は殺す気で彼を殺したのだと。

「殺したのも事実、でも守ってくれたのも事実じゃない。君の中に優しさがなければ自分の身を危険にさらしてまで人を守ろうとなんて思えないよ」

そういって彼女はいつもの人懐っこい笑顔ではなく、優しい笑顔を俺に向ける。

優しさ、人としての道を数年に渡り、踏み外してきた自分にとって分からなくなっていた感情だった。

いや、あえて遠ざけていた感情だろうか。

今回も彼女には助けられたなと苦笑してしまう。

「……ありがとう、お前は強いな」

思いが自然と口から出て行く。

裄杉に襲われたときも彼女は、もう一人をかばっていた。

彼女は本当の強さを、優しさと勇気を持ち合わせている。

「ううん、そんなことないよ」

そういって彼女はあの人懐っこい笑顔を向けて、俺をなで続ける。

たとえ、これからも手を汚したとしても彼女だけは絶対に守る、絶対に。

ますます膨れ上がる彼女への好意を胸の奥底にしまい、そう心に誓った。



[20756]
Name: 真宵◆86d51036 ID:94c95cf9
Date: 2010/08/18 17:47
「ねぇ、海に行かない?」

一学期の終業式の日、西浦かなみは笑顔で俺にそう言った。

俺に断る理由は無かった。

「優季ちゃんと上村くんも一緒に、ね」

……一瞬断ろうかと思った。





「いやぁ夏だなぁ」

まぶしい日差し、輝く海辺、浜でははしゃぐ人々を多く見受ける。

夏だ、いやぁ素晴らしい。

暑さのあまり、水着姿の俺の頬を汗が流れていくけど、それすら気にならない。

……それ以上に色々と気になることがあるから。

「で、やっぱりお前もいるんだな」

「何だよ、その凄く不満そうな顔は、俺いちゃダメなのかよ!?」

友にそんなこと思われていたなんて心外だ! と言って膝をつく上村、騒がしくて迷惑この上ない。

「……おにーちゃん?」

俺の背筋を凍らせるほどの冷たい声、わが妹の優季ちゃんが怖い笑顔でこちらを睨んでいる。

彼女には殺害を目論まれた(あの時、目覚めなければ死んでいただろう)過去があるので、どうにも油断できない。

また派手に上村を弄ると、今度こそ殺されかねない。

そう思うと体が震えだし、冷や汗が止まらなくなっていた。

「じ、冗談さ、なぁ上村。俺たちはこうやってスキンシップを取っているんだよな?」

「そんなスキンシップ、俺は嫌だな」

くっ……こいつ優季の前だからといって調子に乗りおって。

二人の視線に耐えかねて、視線で西浦に助けを求めるが、彼女は苦笑するばかり。

この四人になると二(優季と上村)対一(中立の西浦)対一(完全アウェーの俺)の勢力図が出来上がっている、迂闊に上村に手を出すと、一気に潰されかねない……事は慎重に運ばなければならなかった。

別に運ぶ事もないんだけど。

今、俺たちは前の映画館から更に離れた海岸に来ている。

実のところ、同行者はこの四人だけではない。

中学生だけで行かせるのは心もとないということで、西浦のお父さんが同行してくれた。

……俺がお父さんって呼んでいいのかは分からないけど、もちろん彼女にとってのお父さんって意味だ、他意はない!

元が二十台という年齢なので妙なところに気を遣ってしまう、あー馬鹿馬鹿しい。

優しげなお父さんで、後ろから俺たちを見守っている。

そ、れ、に、しても……。

パーカーを羽織ったわが妹、優季さんはいつの間にあんなに成長したのだろうか?

ツーピースの水着で露出が多い、そして胸もいつの間にあれほどまで……と思ったほどだ。

それを見た上村も鼻の下を伸ばしている。

不愉快だけど、これ以上自身の立場を悪くするのも問題だった。

あの姿を拝んでいいのは兄である俺だけだ! なんて言ったら、以後どういった目で見られるのだろう? 想像しただけで全身の毛穴が開いて汗が噴出してきそうなほどの恐怖だった。

そして西浦。

彼女もツーピース型だけど、露出を抑えた健全なデザインだというのに強調しているところが強調していて、健全な中にもエロさをかもし出している。

いつもと違って髪を後ろで結い上げているのも、好印象だ。

たまらんぜ!

こういう風に、いつもより数段、跳ね上がった自身のテンションに少々困ってはいたが、悪い気はしなかった。

西浦は、行こうと俺の手を引いてくれる。

こんな俺の汚れた手を。

……彼女は俺に気を遣っている。

「それにしても……」

上村が俺のほうを振り返って、感嘆の声を上げる。

「お前、そんなに体鍛えてたっけ?」

俺の腹筋は薄く割れつつあり、腕も上腕三頭筋と二頭筋共に随分と太くなった。

大胸筋はあまり大きくはなってないが、鍛えているため全体的に細く引き締まった感じになっている。

毎朝のランニングのおかげで更に無駄な脂肪が削られているのも、引き締まって見える要因の一つだろう。

後に来る細マッチョ万歳の時代。

最先端を行く男、それが俺だった!

「中学デビューしてから、無駄に鍛えてるよね、おにーちゃん」

「人の中学デビューを残念っぽく言うな、無駄にって言うな」

自己防衛のためだ、見せるためのものじゃない。

……と言うとウソになるのかもしれない。

海に行く話を持ちかけられたとき、心ひそかに鍛えていて良かった! なんて思ったりしたのは秘密だ、バレてはならぬ。

それに対し、上村は貧弱そのものだった。

まぁ仕方ない、俺だって以前はこんな体だったし。

それに今、体を鍛えている俺には少し懸念がある。

男性陣にはかなり重要度の高い問題……そう身長だ。

最初は骨格の成長を止めないように自重トレーニングだけにしておこうかと思っていたが、今は結構な負荷のトレーニングを行うようになっていた。

成長期にここまで鍛えていると、元々の百七十五センチまで伸びるかどうか不安だった。

せめて百七十ぐらいまでは行ってほしいものだ。

成長期に過度なトレーニングは禁物だ、良い子の皆は真似しないようにね! と一人心の中で呟く。

……悲しいだけだった。

それにしても海、海ですよ。

最近、いい思い出のない海。

逃亡生活中、警察に橋まで追い詰められて挟み撃ちにあったとき、橋から飛び降りて華麗な着水を決めたかと思いきや、左手の指をすべて骨折とか、船から飛び降りて一人遭難して死にかけたとか色々あったなぁと思いだす。

そんな海で美少女二人と一緒する、男にとってこれほどの幸せはないのではないか?

これから海に関する思い出を少しずつ塗り替えていこう、そう思っていた矢先。

西浦に視線を戻すと、早くも男に絡まれている。

おい、美少女、お前ちょっと無謀すぎ、お前は可愛いんだぞ、少しは自覚しろ。

彼女のお父様(と呼んでいいのかどうか)も見ている手前、放置するわけにもいかない。

まぁ見てなくても放置しないけど。

俺は嘆息しながら、彼女に追いつく。

「すみません、連れがお世話になりました」

出来る限りの笑顔を男に向けて、彼女の手を引いて、さっさと逃げる。

俺の嫌いなチャラ男だったので絡まれなければいいんだけどな、って思っていたけど、予想通りというべきか期待は裏切られる。

「てめぇ、何だよ」

聞くか蹴るかどちらかにしてほしい。

背を向けた俺の右わき腹めがけて蹴りが放たれる。

避けると西浦に被害が及ぶので、腰を落とし、しっかりと左足でバランスを取りながら右肘と右膝で受ける。

つまり蹴り足ハサミ殺し、某ネタですみません。

けど、これほど使える受け技もない。

受けつつ相手の攻撃部位にダメージ与えることができる。

予想通り、男はうめいて足を抱えてうずくまる。

感触的に骨は逝ったかもしれない。

「すみませんね」

薄く笑いながら、そういって彼女の手を引いて、さっさと逃げた。

「い、いつもごめんね」

顔を真っ赤にした彼女がうつむいて、ぼそりと言った。

「気にするな」

相変わらず手を繋いだままだったことに、やっと俺は気づく。

「あ、ごめん」

「え、あ、ううん」

相変わらず真っ赤な彼女は本当に可愛い。

ああ、こんな時間がずっと続けばいいのに。

そんなことを思いながら、俺をずっと監視している嫌な雰囲気に対して、大げさにため息をついた。





双眼鏡から目を離し、男は嘆息した。

今のところ、不審な動きは見られなかった。

警察の友人からの依頼を受け、私立探偵の盃 恵那(さかずき えな)は一人の少年をつけている。

南雲 柊栖という少年、肉体は多少鍛えているように見えるが、まだ中学生。

身長、体重も見た目からすると普通。

まったく退屈な依頼を受けたものだと一人嘆息する。

中学から付き合い続けている友人からの依頼だったので断ることもできずに、やむを得ず仕事をしているのだが、それにしてもあまりにも退屈だった。

そんな時、彼を少し退屈から救う出来事が起きる。

彼の連れの女の子が一人の男に絡まれている。

それを彼が助けに入ったのだ。

男らしいね、と彼の行動に素直に感嘆する。

その直後、男が彼に向かって蹴りを放つ。

何と、それを彼は後ろ向きにも関わらず、右肘と右膝で挟み撃ちにして撃退してしまう。

盃は心の奥底から震え上がった。

「蹴り足ハサミ殺しだと?」

一体何者だ、あの少年。

当初は全く興味のなかった依頼。

しかし、今は違った。

心の底からわいてくる歓喜。

これは面白い、面白いぞ。

スモークガラスを使用した黒い車の中で、彼は嬉しそうに顔を歪ませた。





まったく……監視されている状態でかつ、この子から離れられない状況はそれなりに疲れる。

放っておけば数分もせずに彼女は男に絡まれる。

そのたびに助けに行って目立つのも面倒なので、ずっと付きっ切りになっていた。

彼女と一緒にいる時間が苦痛ではなく、むしろ嬉しいから救われてはいるけど。

それにしても俺のそんな気持ちも知らずに優季と上村は遊びまわっている。

兄としては複雑な心境だ、今すぐにでも邪魔しにいきたい。

「ねぇ私たちも行かない?」

ビーチボールで遊んでいる二人を指差して、西浦が俺を誘う。

ぜひとも、ご一緒したいところだけど。

「いや、ちょっとトイレ行ってくる。先に行ってくれ」

「あ、うん」

また後で、と言い残して彼女は二人の下へかけていく。

これであの子は二人に任せられる。

俺は一人、トイレへと向かった。

案の定、トイレに入ると監視は途切れた。

やはり尾行というより遠目から監視しているようだ。

視線を手繰っていくことは可能だけど、ここで接近することは俺にとって危険になりはしないか?

監視に気づける中学生なんて普通じゃない、とこちらから言っているようなものだ。

一人、個室で考え込む。

しかし、いつまでもここにいるわけにはいかない。

相手だって不審に思うだろうし、それ以前にトイレは結構混んでいる。

あまり長い間、個室を使用しているのも迷惑がかかる。

やむを得ず、思考を中断して流すフリだけして、外に出る。

そのとき、鳥肌が立つ。

いる。

嫌な視線が今までより強く俺に注がれている。

不自然に思われない程度に周辺を観察する。

……。

絶句した。

海といえば水着、お前目立ちすぎだろう。

出口のすぐそこに真っ黒なスーツに、真っ黒なカッターにサングラスをかけた、怪しいですって自ら言っているような人物がこちらを見ていた。

周りの人も、不思議そうにそいつを見ている。

……はっ!? そうじゃない、まさか相手からこんなに早く積極的に動いてくるなんて。

何かミスをしたか? いや、そんなことはない。

表情を崩さずに俺は自然体を装い、男の横を過ぎる。

「ほう……気づいていたか」

その一言で全身が凍りつきそうになるのを無理やり抑えて、俺はそのまま過ぎ去る。

あいつは何だ、何故に気づいた?

答えはひとつ、相手はプロだ。

必死に抑えていた緊張による震えと冷や汗が噴出してくる。

もうプロに目をつけられるとは。

警戒が甘かったか?

あ、そうか……クソ、やられた。

そうだ、俺があえて彼を無視したのが決定的だったんだ。

普通の反応なら、不審なあの男を見てしまうだろう。

あの時、突然の来襲に冷静な判断を下せなかった。

それを悔いるしかなかった。

俺は敗北感に包まれながら、三人の下へと戻った。


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