これは、前例のない会議スタイルであり、「マーケティング」という言葉だけが先行して、当初は「本当に機能するのか」すら危ぶまれた状況でした。しかし、その心配をよそに会議は順調に行われ、次第に“一番誌戦略”を各部門共通の目標として認識できるようになっていきました。
やはり、編集は「人気のページをどれだけ作っていけるか」を重要視していますし、広告は「広告売上を増やしたい」、営業は「実売率を高めるためのアクションに注力したい」といったように、どうしても部門ごとに「目標のズレ」があります。
出版社に限らず、必ず存在する部門間の「対立」。放置すれば、営業は「自分たちは精一杯頑張っているが、雑誌そのものが面白くなければ売れないよ」と言うでしょうし、編集は「雑誌自体は競合と比べても大きく劣っている訳ではないから、営業の力が不足しているのでは」と他部門への不満を言うようになります。
それに対して宝島社は、社長も出席する「マーケティング会議」という場をつくって、放っておくとどうしてもズレてしまう目標を、“一番誌戦略”という共通の目標に集中させました。
また、具体的なアクションとして、広告営業に編集が同行して、ともに広告営業に取り組むといった方策を実行するなどしていきました。こうした議論の中で「必要だ」と合意したものを次々に行っていく雰囲気は、社長の決断力によって後押しされ、それが売上回復への重要な要因になったと考えられます。
「付録は本物志向」「ターゲットは絞らない」…
“本当に実行に移す風土”から湧き出るアイディア
今でこそ多くの雑誌に取り入れられている「上段12センチメートルの法則」。コンビニエンスストア等の本棚では表紙の上部しか見えていないことから、表紙を飾るモデル、雑誌の価格、付録等の大切な情報は、たとえ雑誌名が隠れてしまおうとも「上段12センチメートル」でしっかりと訴求することを意味しています。
また、従来の業界常識からはなかなか出てこないと思われる「値下げ」。業界としては、原価を積み上げ、必要な利益を上乗せすることが常識であり、結果として販売部数が出ない方が価格は高くなるのが当然だと思われていました。
創刊時に980円だった同社の「InRed」。当時、約12万部売れていたのですが、一番誌ではないことから広告営業は苦戦していました。そこで、マーケティング会議で、一番誌になるために価格引下げが決定。2007年9月号で700円を切る価格まで下げて勝負したところ、一気に部数は3倍になり、さらに現在では70万部を発行する雑誌にまで成長しました。