貧しいために余命数年の少女 匿名だった最初の投書

産経新聞2010年8月16日(月)08:00

 【from Editor】

 「貧しいがゆえに死なねばならぬか」。昭和41年初夏、産経新聞社会部に届いた1通の匿名の投書には、生まれつき心臓に難病(心室中隔欠損)を抱えながら高額な手術代ゆえに「余命数年」と宣告された5歳の少女の運命を嘆く言葉が並んでいた。少女の名は伊瀬知(いせち)明美。悲痛な声を世に問うた記事は反響を呼び、集まった浄財を元に始まったのが「明美ちゃん寄金」である。

 この夏、産経新聞横浜総局は県内の2団体から思いもよらぬ寄付(22万余円)を受けた。2団体の意向で全額、明美ちゃん基金へ預けることになり、調べていったのだが、基金設立のきっかけになった投書が匿名だったとは、知らなかった。そして、いろいろと考えさせられた。

 投書の手がかりは「伊瀬知」という珍しい名字と川崎市の「登戸」という消印だけ。少女をふびんに思ったデスクは34歳の記者を呼び、探し出すよう命じた。ほどなく記者は、少女が鹿児島県の南端、頴娃(えい)町(現在の南九州市)に住んでいることを突き止める。投書の主は、川崎市で暮らしながら小さな姪(めい)を思う叔父だった。鹿児島に飛んだ記者は、家の暗い土間で1人遊ぶ明美ちゃんに会う。その顔色は慢性的な酸素不足で変色していた。

 25年後の平成3年3月、看護師になっていた明美さんは、ようやく記者と再会する。「あのとき、娘が生まれたばかりで、どうにかしたかったんだ」。日本工業新聞社長になっていた細谷洋一記者は、そう言って涙を流した。

 7月、スイスの登山鉄道脱線事故で亡くなった日本人乗客の氏名公表を拒んだ旅行会社の判断が物議をかもした。後に公表されたものの個人情報保護法制定後、厚く高くなっていく“匿名の壁”を前に、若い記者を多数抱える地方支局でも、どう指示したものか悩ましい問題になっている。

 もし少女の珍しい名前まで匿名だったら、「明美ちゃん基金」は生まれなかっただろう。一方で、どうにかしたくて明美ちゃんを探し出した細谷記者の粘り強い取材もあった。44年間に100人以上の幼い命を救ってきた基金も、発端は匿名性と取材とのせめぎ合いからだったといえる。壁が高すぎては取材できないが、取材しなければ壁も動かない。

 「記事はな、足で書くんだ」

 今は亡き細谷大先輩は、かつて新人だった私にも、そう教えてくれた。伝えていかねばと思う。(横浜総局長 風間正人)

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