2010年8月17日
新藤兼人監督、98歳。自らの体験を基に、戦争の非人間性を追及した映画「一枚のハガキ」を製作している。監督として「裸の島」「午後の遺言状」など数々の問題作を発表してきた。「監督はこれが最後」という意気込みで、現在、編集作業に没頭している。公開は来年の予定だ。
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6月下旬。群馬県の富岡製糸場。兵舎の寝室という設定で2段ベッドが並ぶ。主人公の啓太を演じる豊川悦司さんのほか、約30人のスタッフが控える中、孫の風さんに車イスを押され、新藤監督が登場した。空気が張りつめる。
兵舎の寝室で、六平(むさか)直政さん演じる定造が、妻からのはがきを啓太に託す。「今日はお祭りですが、あなたがいらっしゃらないので、何の風情もありません」。短い文面に万感の想(おも)いがこもる。
定造は前線に出撃して戦死する。映画は、生き残った啓太が戦後、はがきを出した妻を訪ね、彼女がその後、どんな生活を送ったかを知るという展開になっていく。
新藤監督は電球の明るさを気にする。「もっと暗い中で寝転がっていた」。監督の実体験だけに細かく注文がつく。映画の鍵を握る大事なシーンでは「多少セリフを間違えてもいい」と言う監督に、「いや、一言一句きちんと」と六平さん。3分15秒の長いカットは一発でOKが出た。
この日、俳優の芝居があるシーンは撮り終えた。新藤監督が豊川さんと六平さんに花束を贈る。六平さんは「監督、来年も撮って下さい。我々、また出ますから」。新藤監督が深々と頭を下げた。(石飛徳樹)
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■新藤監督「戦争の悲劇 主人公は僕」
これが最後の監督作になると思い、前々から考えていた戦争の悲劇をやることにしました。戦時中、戦友が妻から来たはがきを見せてくれた。彼は戦死しました。主人公の啓太は、生き残った僕自身のことなんです。
この映画は、資金の都合で45日間で撮影しなければなりませんでした。朝8時に自宅に車が迎えに来て、2時間半かけて撮影現場に行く。帰るのは夜の10時。倒れるかと思った時もありました。でも、皆、僕を待っているんだと思い、勇気を奮い起こしました。
兵舎のシーンでは、兵士の役で100人のボランティアが集まった。「戦争反対の映画」だというので参加してくれたんです。プロには出せない緊張感がありました。身が引き締まる思いで、一人ひとりに「お世話になります」と頭を下げました。
いま、本当に満足しています。映画にあこがれて映画界に入った時は、こんな風に締めくくれるなんて思ってもみなかった。独立プロを立ち上げて60年、倒産の危機もあったが、ここまでやってこられた。映画人としてやるべきことはすべてやった。これ以上望むことはありません。