先日のbewaad氏や高橋洋一氏の議論に共通の欠陥は、景気循環を安定化する短期の問題と、成長率を引き上げる長期の問題の区別がついていないことだ。長期的に維持可能な自然水準を考えないで、がむしゃらに金融緩和すれば無限に景気はよくなると考えるのは、大昔の素朴ケインズ主義である。
特に長期と短期をつなぐ自然利子率を理解することが不可欠である。これはヴィクセルが100年前に提唱した概念で、ケインズが(誤解して)否定したため忘れられたが、1990年代以降、新しいマクロ経済学の中心的な概念になっている。その意味では、これを「ニューケインジアン」と呼ぶよりも「ネオヴィクセリアン」と呼ぶほうが正しい。
これは産出量が有効需要で決まると考えるケインズ派と、生産性で決まると考える新しい古典派(特にRBC)の中間の考え方で、短期では需要によって、長期では生産性によってGDPが決まると考える。超簡単モデルで示すと、短期ではcを消費、aを労働生産性とすると、雇用nは
n=c/a
で決まるので、マイナスの需要ショック(cの減少)が発生したときは雇用が減る。しかし長期では雇用は賃金で調整され、μを利潤率とすると、自然失業率n*は、μを最大化するような水準
n*=1/(1+μ)
で決まる。ここでは雇用は需要と無関係に、利潤率の減少関数になる。この概念をフリードマンが提唱したときも批判を浴びたように、経済に「自然」な水準というのはありえないが、これは「長期均衡」という意味である。これを2期モデルに拡張して、gを成長率とし、第t期の消費や生産をそれぞれサブスクリプトで書くと、金利rは次のように決まる:
1+r=(1+g)a1/(1+μ)c1
つまり金利は、人々の将来の見通しを調整して実体経済を均衡させる役割を果たしているわけだ。ここでgが長期的に維持可能な自然成長率g*に等しいとすると(*)、消費c1と生産a1の均衡を実現する金利水準r*を自然利子率と呼ぶ。実際に自然利子率を計測するのはむずかしいので、簡単のためにa1/c1=1+μとすると、
r*=g*
すわなち自然利子率は自然成長率に等しい(これを中立利子率と呼ぶことがある)。したがって自然成長率が下がると自然利子率も下がり、これがGDPギャップとデフレの原因になる。ゼロ金利でもデフレが残っているということは、r*がマイナスになっている可能性が高く、これは自然成長率もマイナスになっていることを示唆する。
自然成長率を決める最大のファクターは生産性(TFP)上昇率だから、生産性を上げないかぎり自然利子率がマイナスになる「デフレの罠」は脱却できない。したがってバーナンキも指摘するように、デフレ脱却のためには生産性の向上が必要なのである。「生産性を上げたら供給が増えてGDPギャップが拡大する」などというのは、長期と短期を混同した議論だ。
現在の急速な円高局面では、量的緩和で長期金利を下げる政策の余地は残っているが、それは金融政策というより(産業金融を支援する)財政政策である。流動性の罠のもとでは財政政策が有効だというのは正しいが、その効果も限定的だろう。
(*)これは潜在成長率と呼ばれるのが普通だが、ここではMankiwにならった。自然成長率というのはハロッドの提唱した概念だが、これも一定の条件のもとでは潜在成長率と一致する。これは内閣府の算出する生産関数ベースの潜在成長率とは別の概念である。
これは産出量が有効需要で決まると考えるケインズ派と、生産性で決まると考える新しい古典派(特にRBC)の中間の考え方で、短期では需要によって、長期では生産性によってGDPが決まると考える。超簡単モデルで示すと、短期ではcを消費、aを労働生産性とすると、雇用nは
n=c/a
で決まるので、マイナスの需要ショック(cの減少)が発生したときは雇用が減る。しかし長期では雇用は賃金で調整され、μを利潤率とすると、自然失業率n*は、μを最大化するような水準
n*=1/(1+μ)
で決まる。ここでは雇用は需要と無関係に、利潤率の減少関数になる。この概念をフリードマンが提唱したときも批判を浴びたように、経済に「自然」な水準というのはありえないが、これは「長期均衡」という意味である。これを2期モデルに拡張して、gを成長率とし、第t期の消費や生産をそれぞれサブスクリプトで書くと、金利rは次のように決まる:
1+r=(1+g)a1/(1+μ)c1
つまり金利は、人々の将来の見通しを調整して実体経済を均衡させる役割を果たしているわけだ。ここでgが長期的に維持可能な自然成長率g*に等しいとすると(*)、消費c1と生産a1の均衡を実現する金利水準r*を自然利子率と呼ぶ。実際に自然利子率を計測するのはむずかしいので、簡単のためにa1/c1=1+μとすると、
r*=g*
すわなち自然利子率は自然成長率に等しい(これを中立利子率と呼ぶことがある)。したがって自然成長率が下がると自然利子率も下がり、これがGDPギャップとデフレの原因になる。ゼロ金利でもデフレが残っているということは、r*がマイナスになっている可能性が高く、これは自然成長率もマイナスになっていることを示唆する。
自然成長率を決める最大のファクターは生産性(TFP)上昇率だから、生産性を上げないかぎり自然利子率がマイナスになる「デフレの罠」は脱却できない。したがってバーナンキも指摘するように、デフレ脱却のためには生産性の向上が必要なのである。「生産性を上げたら供給が増えてGDPギャップが拡大する」などというのは、長期と短期を混同した議論だ。
現在の急速な円高局面では、量的緩和で長期金利を下げる政策の余地は残っているが、それは金融政策というより(産業金融を支援する)財政政策である。流動性の罠のもとでは財政政策が有効だというのは正しいが、その効果も限定的だろう。
(*)これは潜在成長率と呼ばれるのが普通だが、ここではMankiwにならった。自然成長率というのはハロッドの提唱した概念だが、これも一定の条件のもとでは潜在成長率と一致する。これは内閣府の算出する生産関数ベースの潜在成長率とは別の概念である。
コメント一覧
リフレ論は基本的に円安誘導の方便なのでどんなに否定しようと本当の論点を明かすことができない(人民元と同じ対応するわけですし)のでずっと議論はかみ合わないでしょうね。
ただ、通貨の水増しだけだといつかバブルが起きてしまうのなら、日銀の資産を具体的に毀損させた方が良さそうなんですよね。日銀に貯めてある金塊を盗み出して火山の火口に放り込むみたいなことしては。が、今は個人の資産価値を紙幣に換えたものが圧倒的に多いでしょうから、その程度じゃ焼け石に水なんでしょうね・・・。だとしたら預貯金課税と現金課税はいい円安誘導になると思うんですが・・・
とりあえずわたしの認識が大きく間違っていたわけでないのには安心しました(笑)
しかしあおきさんが指摘されているように本当にリフレ派の目的が円安誘導だとしたら、正直ガッカリです。
彼らは日本だけの事情で円安に誘導出来ると本気で思っているのだろうか?
彼らは優秀な方々ばかりだと(偏差値的に)思っていたのに。
小泉政権の時円安誘導に成功したのはアメリカの黙認を事前に取り付けてあったからです。
いくら日本が円安を望んでもアメリカが「ドル高は望まない」とアナウンスすればおわりです。
小泉ーブッシュだったから円安誘導は可能だったんです。
この辺りのいきさつはミスター円、榊原英資氏の著書『間違いだらけの経済政策』に書いてあります。
日本の製造業が健在な現状で輸出倍増で雇用創出と言ってるオバマ政権が円安を許す筈はありません。
日本がアメリカの意向に逆らうなど政治的にあり得ません。
日本に出来る事は潜在成長率を高める事だけです。労働人口(しつこくてスイマセン)と生産性の問題は避けて通れない筈です。
たとえ円安に誘導出来ても潜在成長率を上回る経済成長は長期的には期待出来ない(自然利子率=潜在成長率に収束しようと圧力がかかる)
榊原氏が言うところの円安バブルが起きるだけでしょう。
ども。
経済学の素養のない者にも用語について、もう少し詳しくご教授いただけたら幸いです。
1つ目
「潜在成長率」について試算している団体は内閣府・日銀・OECDなどがあると思うのですが、これらは皆"生産関数ベースの潜在成長率"なのでしょうか?
又、池田教授がエントリ上で「潜在成長率」の用語を使って特に説明のない場合、
「自然成長率」と近似した「潜在成長率」
"生産関数ベースの潜在成長率"
のどちらを念頭に置いて読んだほうがよろしいでしょうか。
2つ目
直近の「自然利子率」「自然成長率」を知りたい場合は どうすれば良いでしょうか?
1982-2002年の「自然利子率」は日銀(http://www.boj.or.jp/type/ronbun/ron/wps/wp03j05.htm)のPDF文書で調べる事ができたのですが、そこからはサッパリでした。
是非、お時間があればお教え頂きたく。
ではでは。
この記事は自然水準の話なので、あえて「自然成長率」と訳しましたが、普通はこう訳しません。それはハロッドの概念との混同のおそれがあるからです。「潜在成長率」と置き換えて考えてください。
ただし理論的な自然成長率は需要ショックを含んでいるのに対して、内閣府の推計は需要を不変と仮定しているので、景気後退期には潜在成長率が高めに出るバイアスがあります。理論的な潜在成長率(自然成長率)はマイナスになっている疑いがあり、GDPギャップもそれほど大きくないかもしれない。