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この本の中で、竹田恒泰さんは最近の雅子さま批判についても語っていました
竹田さんは「雅子さまに対する最近のマスコミの風潮は目に余る」と述べ、「皇室を大切にするはずの保守系の識者ですら雅子さまには心ない非難を浴びせることがあるが、これはまったくおかしなことである」と述べています
皇室に対する感じ方を私なりに分類してみると、保守派は皇室全般のことを大切に思っている完全保守派と、皇室全体のことを大切に思っているけど東宮のことは批判している保守東宮批判派とがいると思います
その他は、皇室全般のことを快く思っていない人、皇室に対して強い思いはないけどいろいろ思うことのある人、皇室に対してほとんど興味関心のない人などなどでしょうか
私は「皇室に対して強い思いはないけどいろいろ思うことのある人」に自分が分類されると思っています
でも、これだけのブログを書いているのですから、強い思いがないわけじゃなくなっているのかも知れません
でも、このことで怒りを覚えるとか、許せない!だとか、そこまでの思いはなく、「こうだと思う」という感じで、極めて冷静のつもりです
これからすると、竹田さんは「皇室全般のことを大切に思っている完全保守派」だと言えると思います

竹田さんは天皇の公務は憲法第7条に国事行為として十項目が定められているものの、一般皇族の公務は皇室典範にも憲法にも記載がなく、公務は自発的にやっているものだと述べ、「心ない人が「税金で食べているのだから公務をやれ」と言う」のはおかしいと述べていました
そして、皇族の最大の役目は「存在すること」なのだと述べています
総理大臣のように代わりのきくものであれば、総理を交代させればいいけれど、皇太子妃という立場には絶対に代わりがきかないので、雅子さまには回復していただく以外に選択肢がないこと、そのために静養にかかるお金が宮内庁の予算から出るのは当然であること、代わりがきかないのに静養も治療ができないのなら地獄だということ、雅子さまは公務をする中で心労を宿され、体調を崩したのだから、例えば遊びすぎて体を壊したわけではないわけで、「税金を使って何を休んでいるのだ」という冷たい視点で見るのはかわいそうだとということ、もし今の雅子さまに公務があるとすれば、それはまさに「ご静養」ではないかということ、雅子さまはどの女性も引き受けなかった大役を一身に背負い、自ら皇室に入ってきたというその決意のありがたみを国民は忘れてしまっているのではないかということ、雅子さまがいなければ皇太子さまは未だにおひとりの可能性もあったということなどを指摘し、それを考えると、よいときだけ喝采し、何かあったら掌を返すように非難を浴びせるという今のマスコミの論調はあまりにも手厳しいと述べています
一見雅子さまを擁護する発言ばかりですけど、私は逆にこれこそが雅子さまを追いつめたように思いました
竹田さんの言う、皇族の最大の役目が「存在すること」であるならば、自身が存在すればいいだけではなく、次の存在…つまり世継ぎを設けろということになるからです
天皇制が世襲制である以上、これは当然のことですが、雅子さまにとって「存在すること」が最大の役目だということは大きな負担になったのだと私は思います
竹田さんは一見雅子さまの立場に立ってものを言っているようにも聞こえますが、言い換えれば「公務などしなくてもいいからとにかくお世継ぎを設けてほしい」と言っているように私には思えます
私は、皇太子妃の大きな役割のひとつは世継ぎとなる男子を設けることである、というのは、今の皇室典範から行くと当然のことだと思いますが、子どもを望んでいてもなかなか授からなかったり、頑張って治療をしていても思うように成果が上がらなかったり、やっと授かっても女の子だったり…ということを考えると、この問題は雅子さまにとってとても大きな責任となって押しかかってきたのではないかと思います

ところで、辛酸なめ子さんなのですが、竹田さんが「皇室全般のことを大切に思っている完全保守派」である一方、なめ子さんは「皇室全体のことを大切に思っているけど東宮のことは批判している保守東宮批判派」なのだろうなと感じました
直接雅子さまや皇太子さまのことを批判するようなことは言わないのですが、竹田さんが雅子さまをかばうようなことを言うと、「雅子さまが乗馬をしたりイルミネーション見物をするのはタイミングが悪いですよね」などと言ったり、「一般参賀では最初の頃は応援モードだったのが、次第に「雅子さまはまたお出ましにならないの?」というあきらめムードになってきている」と言ったり、「皇后陛下の誕生日に皇太子夫妻が来なかったとか、天皇誕生日に雅子さまが退席してたいへんな無礼をはたらいたということもあった」と言ったり、批判派が批判材料としていることをポツリポツリと言うので、このことからなめ子さんは雅子さまのことをよく思ってはいないのだろうなと感じました

タイミングが悪い云々の質問に対し、竹田さんは、「タイミングでいえばそうかもしれないが、乗馬をするのは趣味ではなく回復のために必要だという医師団の決定に従ったものであり、誤解を受けないようにもうちょっと側近が配慮するべきであったのではないか」と述べ、また「雅子さまが乗馬の日程を決めているわけではないのだし、回復していただくしか選択肢がないのだから、乗馬が何の行事と重なろうが本質的にはどうでもいい話で、静養と治療自体が公務だ」と言い、「雅子さまに対しては「税金を使っている」などの穿った見方をするのではなく、嫁いでいった決心に敬意を示して、国民があたたかく応援するべきだ」と語っていました
私もこの竹田さんの見解と似たような感じ方だとは思います
雅子さまの意向でさまざまな日程が決められているわけではないと思うんですよね…雅子さまの体調や精神状態を考慮しつつ、医師団と側近が日程を調整しているのではないかと思います
思うのですが…雅子さまに批判的な人たちがいろいろ調べ上げては公務をせずに乗馬をしていたなどと指摘するわけで、問題視しなければどうってことないことまで側近が気をまわさなければならないというのもずいぶん気の毒だなあと思います

皇后陛下の誕生日に皇太子夫妻が来なかったとか、天皇誕生日に雅子さまが退席したとかいう件については、竹田さんは「それらは運が悪いというかボタンのかけ違いだ」とし、「天皇誕生日のときの退席の件は、側近がフォローしないといけない部分で、周囲のものが連絡を怠っていなければあのような事態にはならないはずだ」と述べていました
私はどう思うか…ですけど、これらは週刊誌の記事になった事柄ですよね
週刊誌はどこまで詳細を知ってこの記事を書いたのか…それが疑問ですね
実際に皇后陛下の誕生日に皇太子夫妻が来なかったのも事実でしょうし、天皇誕生日に雅子さまが退席したことも事実だとしても、どうしてそうなったのか…そのへんがきちんと語られていない気がします
私自身の経験ですが、私のしたこと・述べたことの前後関係を語らずに、間違ったことや落ちのあったそのことだけを取り上げて責め立てる…ということをされたことがあります
前後関係を見ればそれほど糾弾されることではないのに、そのことだけを取り上げて「ああした」「こうした」「許せない」「考えられない」と批判します
週刊誌なんかもそういう部分は多いのではないかなあと思います
なぜ皇太子夫妻が皇后陛下の誕生日に来なかったのか、なぜ雅子さまが退席しなければならなかったのか…そちらにもっと目を向けて、それではそれを回避することはできなかったのか、その原因は何だったのか…という方向に考えて行くべきではないかなと思います

竹田さんは「記者会見を見る限り、両陛下は皇太子一家の幸せを願っていることは間違いない」と述べていました
正直私はこれにはちょっと疑問…特に天皇陛下はどうなのかなあ…と思います
以前会見で「私的に外国訪問をしたことはない」と述べたときには、皇太子一家がオランダに静養に出かけたのをあまりよく思っていないのではないかなあと私は思いました
他の意味で言いたかったのならもっと他の言い方をするのではないかなと思います
天皇陛下たるもの、自分の発言の影響の大きさは十分わかっているでしょうし、皇太子一家がオランダ静養に赴いたあとにこういった発言をすれば、なんやかやと憶測されてしまうのも仕方がないと思います
でも憶測は憶測…想像にすぎませんから、本当はあまりよく思っていないわけではないのかもしれません
私としては両陛下が理解してくれることが皇太子夫妻にとってはいちばんだと思いますから…
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コメント
こんばんは
東宮家に関しては、本当に難しい問題ですね。
きっと、殿下も妃殿下もネットで、どのような事が書かれているのか拝見しているとは思いませんが少なからず気付いているでしょうね。
私だったら、きっとノイローゼになっていると思います。
雅子さまは、私が思う以上に強くて努力家だと思います。

婚約会見の時に、雅子さまが仰った「自分の人生を振り返った時に、いい人生だったと思いたい」という言葉が雅子さまの事を思うときに浮かんできます。

人の幸せの値は他人が決める事ではないので、雅子さまがしあわせだと感じている事を願うだけです。

つらい思いをしたぶん、しあわせになってほしいです。
ひなさんへ
コメントありがとうございます
たしかに難しいですね…
私も今の雅子さまの状態はあまりいいとは思っていません
どんな理由があるにしろ、公務や祭祀をほとんど行なえない状態ですし、このまま皇后になるのはあまりにも心配です
雅子さまがネットなどの情報を見ているかどうかは疑問ですが、雅子さまについて書かれているサイトは閲覧できないようなパソコンは使っているかもしれないなあと思います
そういう設定は簡単にできますから(子どもにアダルトサイトを見せないように設定するのと同じですし)

私も、自分が雅子さまの立場で、ネットに書かれているようなことを読んだらノイローゼになると思います
とてもじゃないけど、笑顔で手なんて振れません
きっと家に閉じこもってしまうと思います

雅子さまが婚約会見で言った「自分の人生を振り返った時に、いい人生だったと思いたい」には、私もとても感慨を覚えました
この言葉を聞いて、雅子さまは皇室では辛いことや悲しいこと、たいへんなことがたくさんあるであろうことはわかっていたのだと思います
それでも、最終的に自分の人生を振り返ったとき、たいへんなことはいろいろあったけど、いい人生だったなと思いたい…そう思ったのではないかと思います
今の雅子さまは、自分の人生を振り返って心から「いい人生だった」と思えないかも知れません
これから先、どのようになれば雅子さまがいい人生だったと思えるような人生になるのか、私にはわかりませんが、そう思えるような人生を送ってほしいですよね
何か困難や辛いこと、悲しいことがあったとき、それを忘れずに同じような思いを抱いている人を理解したり、そのことから多くのことを学んだりするものだと思います
ありがとうございました。
私も天皇陛下のお言葉「私的に外国を訪問した事は一度もない」がかなり厳しいご発言だったと思っています。
私が天皇陛下に発言するのは、恐れ多いのですが皇太子殿下がイギリスに留学された時に天皇、皇后両陛下は、皇太子さまに会いに行かれましたよね?その事は、私的に訪問された事にはならないのでしょうか?
皇太子さまに会う為だけに海外に行かれたとは思いませんが一番の楽しみは皇太子さまに会いたいとのお気持ちだったと思います。

他に考えられるならば、オランダの国に対して借りを作ったという意味だったのでしょうか?

自分の意志とは、違うように解釈されたと申されるのなら、どのような意味で仰られたのか、きちんと教えてほしかったです。

ひなさんへ
コメントありがとうございます
皇太子さまの留学中に天皇皇后両陛下が会いに行ったとは知りませんでした
たぶん、他に何か予定があって、そのついでに…というくらいだったのかも知れませんが、皇太子さまがイギリスに留学しているということも含めてその予定が立てられたということも考えられますよね
私の想像ですけど、皇太子一家のようにまったくの私的で外国を訪問したわけではなかったのでしょうね

天皇陛下の「私的に外国を訪問した事は一度もない」という発言の本当の意味を私も知りたいです
間違って解釈されているのなら、どういう意図があっての発言なのか…知りたいですよね
皇太子ご一家のオランダ私的訪問が問題になった後でのこの発言がどういう意味に捉えられるのか、天皇陛下なら予測できてもいいんじゃないかと思います
国民が天皇陛下に対し、芸能人が報道陣に囲まれるみたいにあれこれ聞くのはどうかと思いますが、憶測や想像をかきたてるような抽象的な発言は控えてまったく語らないか、もしくはきちんと語るかのどちらかにしたほうがいいように思います

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