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〈戦死やあわれ/兵隊の死ぬるや あわれ……〉で知られる竹内浩三の詩「骨のうたう」は前半と後半で調子が変わる。後半では、白木の箱で戻った「遺骨」が、戦後の故国を眺めて覚える深い嘆きがつづられる▼無言の帰国をしてみると、人々はよそよそしく、戦争のことなど忘れたかのような変貌(へんぼう)ぶりだ。そして〈がらがらどんどんと事務と常識が流れ/故国は発展にいそがしかった/女は 化粧にいそがしかった〉と続く。浩三はルソン島で戦死している。切ない言葉は、戦後を予言したかのような一兵卒の心の慟哭(どうこく)である▼忘れがたい浩三の詩句を、倉本聰さんが書き、演出した劇「歸國(きこく)」の舞台に重ね合わせた。南洋に果てた英霊たちが現代日本に立ち戻り、繁栄を垣間見る筋書きだ。テレビのドラマを見た方もおられよう▼舞台の劇は、英霊賛美に傾かず、説教臭さに染まず、重い投げかけがあった。豊かさと交換するように人の世の絆(きずな)は細り、家族が崩れていく。故国を見た英霊たちの悲嘆は、多くの人の胸中に潜む感慨でもあろう▼きょう終戦の日。この日が盆と重なるのは、戦没者の思いが働いたかのようだ。迎え火、送り火、精霊(しょうりょう)流し。戦争の記憶と相まって列島の情念が一番深まるときである。得たものと失ったものを省みるに相応(ふさわ)しい日でもあろう▼「戦争に負けるということは白いことなのだ」と故・吉村昭さんの近刊『白い道』にあった。その「白」は今、どんな色に染まったのだろう。めいめいが描いてきた「戦後」を問うように、65年目の夏がゆく。