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これはもう、おめでたい国というほかない。「最高齢記録」がずんずん更新されている。神戸市が「125歳の女性」なら大阪市は「127歳の男性」だという。長生き関西、130歳も夢じゃない。おいおい▼日ごと広がる高齢者の所在不明問題。次々と出てくる長寿者は住民登録上の話で、実際には長らく行方知れずの人ばかりだ。125歳の住所は公園、127歳は別の区で死亡届が出ていたが、一部台帳に消し忘れがあった。確かな最高齢は佐賀県のおばあちゃんで、113歳8カ月である▼経緯は様々だろう。家出を知られたくない、帰ってきた時のため住民票は削らない、やがて家族も齢(よわい)を重ね……。紙に寿命はないから、死亡届が出ないと書類の中で延々と生き続ける▼東京の「111歳の男性」が死後32年で見つかったのが始まりだった。関西の名誉のためにつけ加えれば、行政の怠慢を認め、実態調査を精力的に進めるほど、妙な長生きがいち早く表に出ることになる。全国の現実を思うと空恐ろしい▼日本では毎年、8万件の捜索願が出され、身元不明の遺体が千以上も見つかるそうだ。「ふらりと出たまま」から、「どこの誰やら」へ。漂泊のうちに、肉親の記憶は色あせ、実名は無名に漂白される。長寿大国の名が泣く怪事である▼子や孫に囲まれて暮らすお年寄りばかりではない。独居はつらい。さりとて弔いもないまま、役所の書類棚で生かされ続ける高齢者は悲しすぎる。お盆に帰るに帰れず、あの世でぼやいている人も多かろう。なんでやねん、と。