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天声人語

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2010年8月12日(木)付

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 流星観測といえば、赤いセロハンをかぶせた懐中電灯を思い出す。校舎の屋上に寝転んで、紅の微光を頼りに経路を星図にかき入れた。台風が心配だが、夏の圧巻は今夜が盛りのペルセウス座流星群である▼「星が一つ流れると、魂が一つ神様に召されるの」。童話「マッチ売りの少女」のおばあさんはそう教えた。一夜に520の命が流れた日航ジャンボ機墜落事故から、25年になる▼諸説くすぶる真相がどうであれ、事故が空の安全に帰さねば死者は浮かばれない。乗客が絶望の底で残した遺書に劣らぬほど、胸を打つ文字列がある。犠牲者ながら、つらい制服に身を包んだ客室乗務員のメモである▼新婚だった対馬祐三子さん(享年29)は、重要な機内放送を任される最後部左側に乗務していた。不時着時の脱出に備え、彼女は乱れる字で乗客への指示を復習する。〈おちついて下さい ベルトをはずし 身のまわりを用意して下さい 荷物は持たない……〉▼使われることのなかった走り書きは、倒産し、再建にもがく日航に欠かせないものを伝えている。どんな状況でも乗客の安全と利便に尽くすプロ意識である。御巣鷹こそ、語り継ぐべき負の遺産だ。以後、日本の航空大手は一人の乗客も死なせていない▼あの夜、本社のヘリは羽田から現場を目ざした。樹林に炎が揺れる尾根に達したのは、報道では一番早く墜落の2時間10分後。再度の上空取材を終えて日付が変わった帰途、同乗の整備士はたくさんの流れ星を見た。一瞬の輝きに託された、最期の叫びを忘れまい。

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