香港で、ベトナムからの密入境者が増えて問題になっている。いったん中国の広東省に潜入し、さらにコンテナトラックの荷台の底に隠れて香港に入ってくるのである▲普通の密境者はトラックを出るとすぐに街に姿を消すが、ベトナム人密境者はコンテナヤードをうろついて、警備員に見つかるのを待つ。警官に引き渡されると素直に密境を認め、「私は伝染病にかかっている。医療刑務所に収容してもらいたい」と申告する▲警察もよく心得ていて、パトカーではなく救急車で移送するそうだ。ほとんどが重症のエイズ患者なのだ。高額な医療費を払えない貧しい人の窮余の策だが、観光と医療を組み合わせたメディカルツーリズムの変形といえないこともない▲香港政府の統計によると、今年4月までに摘発された密入境のベトナム人は105人。昨年は年間447人だった。評判を聞いてアフリカ系の患者もやってくるようになったというから、政府の負担もばかにならない▲密境者は蛇頭と呼ばれるブローカーに日本円で数万円の代金を支払う。蛇頭といえば、かつては日本へ出稼ぎに来る中国人を密航させてもうけていた。いまはベトナムの貧しい病人がお客だ。ますます商売があこぎになった▲もっとも、ちゃんとしたメディカルツーリズムは観光業の世界的な流れ。とりわけシンガポールなどアジアの国々は、中国人の富裕層をねらった戦略だ。ホテルのような病室の豪華さを競うだけでなく、言葉の壁や生活習慣の違いによる文化摩擦を取り除くことが成功のカギらしい。この点、日本はまだメディカルツーリズムは後発国だ。
毎日新聞 2010年8月17日 東京朝刊
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