「これで、一先ず安心だ」
日本。深夜の海鳴市。そこでは今、一つの異常が起きていた。そう、町の中に『誰も存在しない』という異常が。今この町には、立ち並ぶビル、道路、コンビニ、どこを見ても人一人いやしなかった。だが、それは前述した通り異常だ。夜遅くだとはいえ、海鳴市は地方都市としてはそれなりの規模がある、栄えた町だ。それゆえに普段なら、例え夜でも町を出歩く人間が一人もいない事など、ありえない。
だが、事実としてそれは実際に起きていた。そして、その現状を作り出した一人の少年は、小さなビルの屋上に立っていた。
「レイジングハートのお陰で結界が構築できたから、町の人が傷つく心配はしなくていい。けど、このままじゃ奴が……」
屋上の風は強い。異世界から訪れた魔導師「ユーノ・スクライア」は、自身の金髪を風に煽られながら、焦りを滲ませた声でそう言った。
ユーノの視線の先。ビル街の中心部。そこにいるのは、卵から触手が生えたかのような外見をした、黒色の異形だった。その身体はまるで、黒い霧で構成されているように輪郭が揺らめいており、とてもじゃないが、進化の過程で生まれた『正しい生物』であるとは思えず。しかもサイズは極めて大きくて、現在ユーノがいる十階建てのビルよりも、数十メートルは巨大に見える。
異形の正体とは、ジュエルシード。『誰かの願いを叶える』という、強大にして曖昧な機能を持つ、ユーノが発見した古代の遺産(ロストロギア)。その暴走した状態だった。
ユーノは考える。自身が観察したところ、あの異形はまだ誰も取り込んでいない。つまり、誰の願いを叶えた訳でもないのだ。だが、それでもあんな暴走状態になっているのは『あれ』が原因だろう、と。
――ユーノは幼いながらも優秀な魔導師であり、代々遺跡調査などを生業としている一族。スクライアの民だった。そんな彼は、ある日。遺跡の発掘調査中に件のロストロギア「ジュエルシード」を発見した。
だが、発見したからといって、ロストロギアは危険な代物。それが自分の物になる事はない。何せ、物によっては星どころか、世界さえ破滅させる機能を持った異常な技術の塊なのだから。
だからジュエルシードは、異世界の多くで警察のような権限を持つ巨大な管理組織「時空管理局」へと移送される事になった。
そして、その発見者という事もあり、ユーノが移送に付き添う事になったのが先日の話。移送用の時空間移動船が大破し、トランクケースに詰め込まれたジュエルシードがこの世界へとばら撒かれたのが、数時間前。
周囲の制止を振り切って、単身ジュエルシードを追ってきたユーノが見たのは、今まさに暴走しようとしているジュエルシード。21個ある内の一つだった。
「多分、事故の所為でジュエルシードの封印処理が解けたんだ。その影響で、今まで抑えられていた魔力が暴走。周囲の思念を無秩序に取り込んで、あんな禍々しい姿になった……」
ユーノは適当に脳裏に浮かんだ推測を呟いた。暴走したのジュエルシードが一つだけというのは、行幸なのだろうか。いや、そんな事で状況が好転する筈もない。
「なんて魔力だ……」
離れていても感じてしまう強大な魔力に、ユーノの声も思わず震える。
「全く、無謀だとは分かっていたけど、ここまで戦力差があるなんて」
ユーノはペンダントの先につけている、赤い宝玉「レイジングハート」を弄りながら呟いた。
レイジングハートはデバイス、つまり魔法使いの杖であり、魔法の行使に必要な演算を補佐する機能を持った、特殊な機械だ。今は待機状態の為このような宝玉の姿を取っているが、その真の姿は『General purpose Utility Non-Discontinuity Augmentation Maneuvering weapon system』。
――つまり、全領域汎用連続増強機動兵器。通称『ガンダムシステム』と呼ばれる機能を持った、戦闘用の人型兵器だった。
中でも、このレイジングハートは高性能AI『ハロ』が搭載された、高性能デバイス。持つべき者が持つならば、あのような異形が相手でも十分善戦できるだけの性能を持ったデバイスなのだが。如何せん、ユーノの魔力はA相当。魔導師としては優秀な方であるといえるが、レイジングハートの所有者としては、相応しいとは決していえない。
「だけど、諦める訳には行かないっ」
ユーノは敵の強大さを知りながらも、決して引こうとはしなかった。
だって、自分には責任がある。ジュエルシードを見つけてしまった責任が。ならば、ジュエルシードによって誰かが傷つく事など、絶対に許されはしないのだ。
「行くよ、レイジングハート」
『Yes sir.stand by ready.set up』
決意を滲ませたユーノの声に、レイジングハートの女性的な機械音声がそう答える。
残った魔力をレイジングハートに注ぎ込んで、ユーノはジュエルシードへと襲い掛かった。
――少女は夢を見ていた。それは単なる夢のようでいて、まるで覚醒時に映画を見せられているような、不思議な夢だった。
夢の中では、一人の少年がロボットに乗って戦っていた。敵対するのは、黒色の異形。少年はコクピットの中で、歯を食いしばりながら異形と戦っていた。が、幾本もの触手を振り回し、禍々しさをも感じさせる異形が相手では、少年の駆る「素体」という印象を与えるシンプルなロボットは、あまりにも頼りない。
だが、少女「高町なのは」は、決してその少年を格好悪いとは思えなかった。だって、聞こえるのだ。
『……僕が守らなくちゃ』
少年の想いが。
『この町の人々を、傷つける訳にはいかないんだっ』
優しさが。
『守らなくちゃ、いけないのにっ!』
そして、悔しさが。
自分の周りに、こんな表情をする男の子はいなかった。だから、その表情はなのはの心に何かを芽生えさせる。
なのはは思う。何かがしたい、と。
なのはは思う。彼を助けたい、と。
だから。
『……悔しいけど、僕じゃ勝てない。誰か、誰かお願いです。僕の代わりに、この町を救ってくださいっ!』
――その声が聞こえた瞬間、なのはの意識は覚醒する。
彼が守ってくれているのは、この海鳴市だった。そして、戦地となっているのはオフィス街。
何が出来るのかは分からなかった。だけど、そんな事は動かない理由にはならない。
なのはパジャマ姿だというのも忘れて駆け出した。家族が起きる事も気にせず、どたばたと階段を下りると、一秒すらも無駄に出来ないと言うように靴を履いて、玄関を飛び出す。今まで、こんな深夜に外出した事はない。この無断外出がもしばれたなら、それだけで家族に怒られるだろう。
だけど、その時なのはの頭には、そんな考えが入る余地は無かった。なのはの脳裏に描かれるのは、金色の髪と、前を睨む美しい碧眼。少年の姿だ。
月明かりの下。運命に導かれるように、少女は夜の街を掛けていく。
善戦はした。けれど、届かなかった。それだけの話だ。
ユーノはオフィス街の道路、そこに傷ついた姿で倒れていた。魔力も付きかけている為、レイジングハートも待機状態に戻っている。
スクライア一族の衣装は殆どが破れ、擦り傷を始めとした血で汚れていた。満身創痍。そんな言葉がよく似合う状態だ。
「……本当、情けないな。勝手に飛び出しておいて、誰も守れないなんて」
ユーノはふふふ、と自虐の混じった笑みを浮かべた。それでいて、手は震え、きつく握り締められている。
それは、自分のプライドが傷つけられた、何よりも身体が痛い、そんな理由もある。だが、それよりも町の人々を守れない自分の不甲斐なさを悔いる感情からくる震えだ。
頭を上げて、前を見る。そこには暴走したジュエルシードが、嘲るようにゆっくりとこちらに向かってきていた。ユーノとの距離は、もう数百メートルもない。絶望的な光景だ。
だが、どんなに辛くても。ユーノはやはり負けられないのだ。ここは結界の中、だから、中で何が起きていても誰も気づかない。だけど。それでもユーノは知っている。
自分が諦めたら、彼らの平穏は終わりを告げるのだと。
だからユーノは、傷ついた身体に鞭をうち、無理やりに立ち上がろうと腕を道路に強く押し付けた所で。
「もう大丈夫。あとは私に任せて!」
――パジャマ姿の天使によって、その身体を抱きかかえられた。
「……君は、誰?」
「私の名前は高町なのは。聖祥小学校の三年生だよ。……貴方の声が、聞こえたの。だから、力を貸すよ。名前を教えて?」
急に暖かさに包まれたにも関わらず、ユーノは自分でも驚く程に落ち着いていた。
暖かさの中に、優しさを感じたからだろうか。少女の笑みに、純真さを見つけたからだろうか。それは分からない。だけど、三つほど理解した事がある。
それは、少女が信頼に足る人物であるという事。少女に名前を教えなくてはならない、という事。そして、彼女が強大な魔力の持ち主だという事だ。
「……ユーノ。僕の名前は、ユーノだよ。……お願い。力を貸してっ、なのは!!!」
「もちろん!」
花も綻ぶような笑顔で、なのはが答える。ユーノはそれを見て少し頬を赤らめながらも、なのはにレイジングハートを差し出した。
「なのは、これを!」
「……なぁに、これ?」
後ろから怪獣が迫る中、突然宝石のようなものを渡されたなのはは疑問を浮かべる。だが、ユーノはなのはの肩に手を置くと、全ての不安を拭い去るように、力強い声でこう告げた。
「戦う力。魔法の力を具現化する、君の相棒『レイジングハート』だよ。さぁ、僕の後に続いて、魔法の言葉を唱えるんだ!」
「うん、分かったよ!」
「行くよ! 風は空に、星は天に、輝く光はこの腕に、不屈の心はこの胸に」
「風は空に、星は天に、輝く光はこの腕に、不屈の心はこの胸にっ」
「レイジングハートガンダム、セットアップ!」
「レイジングハートガンダム、セットアーップ!!!」
『stand by ready.set up!』
ユーノの後に続くなのはの声に、レイジングハートが答える。瞬間、桃色の光が溢れ。
――白い装甲に金色のカラーリング。左右の腕に砲門、胸元に赤い宝玉の付いた、重厚感のあるガンダムが顕現する。
そして、気が付くとコクピットの中にいたなのはは、その余りの展開に驚き、声を上げていた。
「わわっ、なにこれ!?」
「なのは、落ち着いて! ……これが、レイジングハートガンダム。レイジングハートの、真の姿だよ!!」
なのはの前には自分の視界に近いような形のスクリーンが広がっていて、なのはが座るコクピットの後ろには、気が付くとユーノが座っている。
なのは自身もいつの間にか、白を基調としたタイトなボディスーツに着替えられていて、なのはは平凡な日常とかけ離れた展開に、目をぱちくりとさせた。
だが、例えこちらの準備が整っていなくても、敵はいつまでも待ってはくれない。
「きゃぁぁあぁぁっ!!!」
『Round shield』
隙を見せるのが悪い、とでもいうのだろうか。もう間近まで迫っていたジュエルシードの触手が、槍のように鋭く、なのはの駆るレイジングハートへと襲い掛かった。
一撃、二撃、三撃と、触手の槍は何度もなのはを襲った。
咄嗟にレイジングハートが盾の魔法を展開してくれるが、全てを防ぎきることは出来ない。衝撃がなのはを苦しめ、レイジングハートの装甲を薄く傷つけた。
「うぅ、大丈夫ユーノ君?」
「……僕は大丈夫だよ、なのは。巻き込んですまないと思ってる。けど、行くよ。戦うんだ!」
なのはを心配させないように、ユーノは微笑んでそう言った。
実を言えば、もう今にも倒れそうなのだが……。そんな事実は、全てが終わった後に告げればいい。
今自分がすべきことは、なのはに助言を与えることだ。
「わかった。どうすればいいの?」
「レイジングハートガンダムは、ハロ機能。つまり高性能AIが戦闘を補助してくれるんだ。だから、動くにも特別な操作はいらないし、なのはが思いを敵にぶつけるイメージ。身を守るイメージを強く思えば、後はレイジングハートが形にしてくれる! 先ずは利き腕をジュエルシード、……あの黒いのに向けて、こう叫ぶんだ『ディバインバスター』!」
「うん、『ディバインバスター』!」
機械仕掛けとは思えない動きで、左腕がジュエルシードに照準を合わせる。
同時に、その手に付いた砲門から、桃色の閃光が解き放たれた。
「Gyayayyyayyyaaaaaaaaaa!!!」
「効いてる!?」
自身の身体を食い破った閃光に、ジュエルシードは生き物のように悶えている。
「凄いよなのは! その調子で続けてっ、ディバインバスター!」
「よーしっ、『ディバインバスター』!」
今度は両腕がジュエルシードに向けられ、連続して閃光が放たれる。それはもはや、桃色の奔流。恐ろしいまでの破壊の嵐だった。現に、結界内の建物はその半分がこの砲撃によって崩壊している。
ジュエルシードは圧倒的な破壊を前にしてシールドを張り、稼いだ数秒の時間を使って逃げようとする。だが、それは叶わなかった。
『Chain Bind』
ジュエルシードは理解していなかったのだ。確かになのはは戦闘の素人だが、彼女にはユーノ以外にも、優秀な相棒がいるという事を。
「わぁ。ありがとっ、レイジングハート!」
『No problem』
レイジングハートの判断により、拘束用の魔法。チェーンバインドがジュエルシードを縛り上げた。
――これで、もう敵は逃げられない。
ジュエルシードは触手を振り乱しながら逃げようとするが、そんな足掻きは無駄なこと。
ただ鎖が絡まるだけで、ジュエルシードは一歩たりとも、その場を離れること叶わない。
「――行くよ、レイジングハート。全力全開!」
『Yes,ser.Shooting Mode, acceleration.』
なのはの言葉にレイジングハートが答え、レイジングハートは自身に登録された現状最高の魔法を展開する。
両手の砲門が、胸元の宝玉が桃色に輝き、生まれた輝きがまた胸元で収束されていく。
「……凄い、これがなのはの本当の力」
ユーノは驚きの声を漏らす。眼前に広がるのは、圧倒的な力。
ユーノ自身、なのはの才能がここまでだとは思っていなかった。だが、既に自身のアドバイスすら必要としていないなのはを見て、ユーノはただ驚くことしか出来なかった。
『Let''''''''s shoot it, Divine Buster Extension』
「ディバインバスタァー・エクステンションっ!!!」
機械音声に続き、なのはの声が轟く。幾重にも束ねられ巨大化した桃色の閃光が、黒色の異形を飲み込んだ。
あとに残るものは、封印されたジュエルシード、ただ一つ。
――こうして、人知れず平和は守られ、一つ目のジュエルシードは封印された。
けれど、残るジュエルシードはまだ数多く。
二人の戦いは、始まったばかり。
………………………………………………………………………………………
なのは「次回。魔導戦士リリカルなのは『魔法の呪文はリリカルなの?』。始まりません!」
………………………………………………………………………………………
主演:高町なのは。ユーノ・スクライア。
撮影場所:海鳴市
撮影協力:高町家一同。時空管理局。次元航行艦アースラ。
主題歌:JUST COMMUNICATION