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[21114] 【習作】千雨の世界(千雨魔改造・ネギま・多重クロス)
Name: 弁蛇眠◆8f640188 ID:67228ed1
Date: 2010/08/15 13:48
はじめまして、弁蛇眠と申します。
数々の素晴らしい千雨改造ものに触発され、妄想のおもむくまま書き連ねました。
初投稿なので、至らない点があったら申し訳ありません。

この作品には

・主人公チート、最強?
・多重クロス。設定改変。
・厨二展開
・百合要素……もあるかも
・アンチ……かもしれない


などの地雷要素があります。嫌いな方はお気をつけください。
それでは、よろしくお願いします。

更新履歴
2010/08/14 プロローグ、1話投稿。
2010/08/15 2話投稿。誤字修正。



[21114] プロローグ
Name: 弁蛇眠◆8f640188 ID:67228ed1
Date: 2010/08/15 13:52
 教室中からの好奇の視線で顔が引きつるのを堪えつつ、千雨は転校の挨拶をした。

「えー……長谷川千雨と言います。よろしくお願いします」

 適当すぎる挨拶に棒読み極まりない口調だが、その内容に関係なく、そこかしこからハイテンションな歓迎の野次が飛んだ。

「おぉ! やっぱり長谷川じゃん!」
「千雨ちゃんだー、おかえりー!」

 初等部時代に何度か同じクラスになった明石裕奈や佐々木まき絵の言葉に、我慢していた千雨の顔の筋肉が崩壊した。

(うぜぇ……)

 千雨は顔を隠すように俯きつつ、伊達メガネのブリッジをくいっと上げ、感情の落ち着きを取り戻そうとした。
 横から苦笑いをしていた担任の高畑も、その機微を察したのか、助け舟とばかりにホームルームを進行させた。

「あぁ~、みんなとりあえず落ち着いて。長谷川君は以前はここの初等部に在籍してたが、この度ご家庭の事情でこの学園に戻ってきたとの事だ、みんな仲良くしてあげるように」

 は~~い、とクラス中から上がる元気な返事がまた千雨のモチベーションを下げていた。

「それじゃ長谷川君、廊下側から三番目列の一番後ろが君の席だ。これから授業だから長谷川君への質問は休み時間にやるように」

 高畑は言うだけ言って教室を後にした。
 担任の声を半分聞き流しつつ、千雨はトボトボと自分の席へ歩き出した。相変わらず好奇の視線は衰えることを知らない。

(わたし、やっていけるだろうか……)

 千雨にとってこの麻帆良の地にいい印象は無い。この場所に戻ってきたのだって、己の意思では無かった。この土地に来ると、昔感じた何とも言えない孤独感を思い出す。だが、昔はなかったが、今はあるものはある。

<大丈夫だ千雨。私がついている>

 千雨は左腕に巻いた腕時計を見た。アナログの文字盤には金色のネズミが描かれている。そのネズミがウィンクをしたのを見て千雨は思わず顔が綻んだ。
 席に着くなり、右隣の裕奈が挨拶をしてきたので、千雨は適当に流した。丁度一時間目の予鈴が鳴り、担当の教師が入ってきた。
 千雨は大慌てでカバンを漁り、筆記用具とノートを出した。

「あっ……」

 転校が急だった事もあり、まだ教科書を貰っていなかった。確か昼休みに取りに来てくれと言われたのを思い出した。

(まぁいいか)

 千雨にとって手元に教科書が有るか無いかなどは関係なかった。視界を広げるように……
 ごつん、と机と机がぶつかった。
 左隣の生徒が席を寄せてきた。

「長谷川さん、まだ教科書がないのですね。とりあえず授業中は私のを一緒に見ましょう」
「あぁ、ありがとう。今日の昼には貰う予定なんだけどな。えーと……」
「綾瀬です。綾瀬夕映と言います」
「そ、そうか。綾瀬、ありがと」
「いえいえ~」

 表情をピクリとも動かさず、ひょうひょうと少女――綾瀬夕映――はのたまった。
 教師が黒板に板書をし始めた。真横に夕映がいる状況ではノートを取らないわけにもいかず、千雨は真新しいキャンパスノートに細々と書き写し始めた。
 漏れそうなため息を飲み込み、突きそうな頬杖を我慢しながら、千雨の三年ぶりの麻帆良学園での生活が始まった。





「ふぅ……」

 昼休み、千雨は人影の少ない屋上の片隅で菓子パンをかじっていた。
 休み時間の度に教室中の生徒に囲まれ、トイレにすら自由に行けず、千雨は辟易としていた。
 特に朝倉和美とかいう女の執拗な質問攻めにはまいったとしか言い様がなく、意趣返しの一つでもしてやろうか、というのが千雨の本心である。
 昼休みには逃げるように教室を後にし、売店まで直行し飲み物とパンを調達したのだ。初めての場所だろうと、今の千雨にとって”売店への道筋”など造作も無いことだった。
 コロッケパンをもぐもぐとリスのように頬張りつつ、頭の中にうずまくグチが口からこぼれた。

「なぁ、今回のさぁ……」

 軋むような音と共に、屋上のドアが開かれ、二つの人影が視界を横切った。

「ん……ング、ング」

 ごまかす様に咳き込みつつ、千雨は牛乳を喉に流し込んだ。

(クソ……気付かなかった。調子狂うぜ)

 この半年間の慣れきった”感覚”を切っているせいで、二人が近づくのを見過ごしていた。
 千雨は二人を視線で追いかけた。金髪の見るからに幼い少女と、その後ろを一歩引いて歩く緑髪の長身の少女。

「あ、お前らは確か……」
「こんにちわ、長谷川千雨さん。私は同じクラスの絡繰茶々丸と申します」

 長身の少女が答え、一礼した。幼女の方はは千雨を一瞥するも、興味ないと言った風だ。

「茶々丸、早くしろ」
「了解です、マスター」

 千雨の前で、茶々丸は淡々を昼食の準備をした。シートを引き、重箱を並べ始めた。
 幼女はシートの中央にドカッと座り込み、昼食の準備が整うのを待った。

「準備ができました」
「うむ、では頂くぞ」

 日本人らしからぬ容姿の幼女が、箸を上手に使い、和食をどんどん消化していく様をぼーっと見つつ、千雨はふと茶々丸に質問を投げかけた。

「なぁ、絡繰さん……だっけ。その、絡繰さんはロボットなのか? 」
「はい。正確にはガイノイドと言います。この麻帆良学園で作られ、中等部に編入しました」
(やっぱりコスプレじゃないのか……)

 ジト目になりつつ千雨は呆れていた。茶々丸の容姿はパッと見人間と変わらないが、耳にはメカメカしいアンテナが立ってるし、脚は球体関節がむき出しだった。これでは疑うなという方が難しい。

「相変わらず、非常識な所だぜ……」

 千雨の呟きに、幼女の箸が止まった。先ほど千雨の存在を素通りした視線が、再び千雨に向いた。

「おい、貴様。名前は何と言う」
「は……? いや、いきなり初対面でどんな口調だよ。大体教室で自己紹介したし、さっきだって隣の絡繰さんが言ってただろ。それに名前を聞くならそれなりの……」
「いいから答えろ」

 年齢不相応の威圧感のある瞳に見つめられ、千雨は言葉が詰まった。この半年ほど、何度か味わった感覚を思い出す。そう、明確な死の予感だ。

「ぐ……」

 ジトリと首筋に冷や汗が流れる。幼女は視線をそらさず、千雨を射すくめている。幼女の口に愉悦が浮かんだ。

「は……長谷川だ。長谷川千雨だ」
「ふむ、千雨か」
(いきなり呼び捨てかよ!)

 搾り出すように名前を言ったら、先ほどまでの威圧感は霧散した。

「ところで千雨、お前何者だ?」
「……は?」
「千雨は何者だと聞いている。おかしいのだよ。いいか、茶々丸がロボットだと初見で気付く。千雨はこれが普通だと思っているのだろう。それがおかしいのだ」
「マスター、私はガイノイドです」
「ええい! うるさいぞポンコツ! 横槍を入れるな」

 なんだかなー、と目の前の光景を眺めつつ、千雨は並列思考で自分の言動を洗っていた。

(何かおかしいところあったか?)
<いや、ないはずだ。少なくとも私には確認できない>

 目の前では幼女がグリグリと茶々丸の頭をイジっていた。一段落し、落ち着いたのか幼女は言葉を続けた。

「はぁはぁ……で、だ。長谷川千雨。お前の言動や疑問は一般的には正しい。極めて正しい。場所がこの”麻帆良”で無ければな」

 千雨の脳内に衝撃が走った。

(え……いや、そうか。なんとなく判った。それで、……そうなのか。ここでは”疑問を持つ事”が異質なのか)

 幼い頃の情景が頭をよぎる。何を言っても取り合ってもらえず、友達も離れ孤立していった自分。
 ここに戻ってくる時に貰った情報のピースがカチリと頭に入る。
 ギチリと歯が軋んだ。

<落ち着け千雨。まだ初日だぞ>

 千雨の一瞬硬くなった態度に、目の前の幼女は得心がいった様に微笑んだ。

「は、はぁ? だからどういう事なんだ。わたしにはさっぱ」
「白々しい演技はいいぞ。興がそがれる。まぁ、どういった目的であろうと構わん。千雨は面白そうなので老婆心ながら忠告をしただけだ」

 千雨はカァーと顔が赤くなるのを感じた。それを見て幼女はクックと笑いをかみ殺した。
 千雨がコチラ側に来て半年、目の前の”怪物”相手に腹芸は無理か……と時計盤のネズミが目を瞑った。

「クッ……なかなか正直な奴のようだな千雨。気に入ったぞ。お前にも茶々丸の作った食事を分けてやろう。あと茶々丸、茶のお代わりをよこせ」

 幼女は自分の隣をぽんぽんと叩きつつ、ニヤニヤと笑っている。
 千雨はなにか無性に腹が立ち、おもむろに立ち上がり二人に背を向け、無言で出口に向かった。

「悪いな! わたしはこれから職員室まで教科書をとりにいかにゃならん」
「なんだ食わんのか、めったに無いことだぞ」
「どうぞマスター、お茶です」
「うむ。あ、そうだ千雨。一つ忘れていたな」

 その言葉に千雨は足を止め、顔だけ振り向いた。

「私の名だ。私はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ。特別だ、エヴァと呼んで良いぞ」
「そうか……」

 千雨は小さく呟き、ついでエヴァに対して言葉を発した。


「エヴァ、私は長谷川千雨。たんなる! ただの! 一女子中学生だっっ!」


 その瞬間、茶々丸のセンサーが一斉にエラーを起こし、視界が真っ白に染まる。
 エヴァは口を浸けた緑茶からビリリとしびれが発したのを感じ、口を離した。

「なっ!」

 熱ではない”何か”により、エヴァの舌先は火傷をしていた。

「え……」

 また、茶々丸の視界も正常に戻っていた。この間一秒にも満たず。
 一人と一体が気付いた時には、屋上に千雨の姿は無かった。




[21114] 第1話
Name: 弁蛇眠◆8f640188 ID:67228ed1
Date: 2010/08/15 13:53
 学園長室にて、麻帆良学園の学園長を務める近衛近右衛門は革張りのイスの背もたれを揺らしていた。

「ふぅむ、長谷川千雨君のぉ……」

 机の上には千雨の経歴が書かれた書類が数枚並べられている。その出自から始まり、親族、学歴、趣味や嗜好、さらには半年ほど前に起きたアノ事件に至るまで。
 その経歴には、なんら隠すことも無い、と言った体で堂々とある文字が書かれていた。

「『学園都市』からとは、いやはや露骨すぎじゃあないかの」

 半年前のアノ事件で大怪我を負った千雨は、東京の三分の一を占める学園都市に運び込まれ”治療”された、と書類にはおおまかに記載されていた。
 日本国内では間違いなく断トツ、世界的にも類を見ないほどの科学力を持つ『学園都市』。特に人間開発なる分野の研究成果は世界中から注目を集めていた。フィクションの中だけだと思われた超能力を科学の面から発現させてしまったのだ。そんな学園都市で施された”治療”とやらを真っ当に信じる程、近右衛門の脳はもうろくしていない。
 千雨は治療後、学園都市内の常盤台に転校し、さらにそこから麻帆良へ戻ってきたという学歴になっている。刺客としては間抜けだが、相手方の警戒感をあおるには十分である。

「アレイスターめ。まぁ目と鼻の先じゃ、お互い鞘当も必要かの」

 東京の三分の一を占める『学園都市』と、埼玉の一都市をそのまま学園にした『麻帆良学園都市』。お互い対立する理由はないが、だからといって手を取り合うには隔たりが大きすぎる。

「長谷川君も難儀じゃのう……」

 その呟きには、茶番劇の主役にも等しい立場に追い込まれた少女への同情がこもっていた。





 屋上を飛び出した千雨は階段で身悶えをしていた。

(あぁ~~~、恥ずかしいっ!)

 エヴァに会って数分で見透かされた自分の薄っぺらさであったり、その後の言動であったり、秘匿すべき力を意趣返しに使ってしまった幼稚さであったり、様々な至らなさに千雨の脳内は後悔のリフレインをしていた。

(部屋に帰ってベッドに潜りたい。帰ってネットがしたい)
 千雨の心の呟きは、皮膚の上をピリピリと通し、周囲に微かに伝播している。

<千雨! 落ち着け! 出てるぞ>
「うぇっ! 」

 脳内に響く声に驚き、思わず素っ頓狂な声が出た。通りがかった生徒達も、唐突に奇声を上げた千雨をジロジロと見ている。

(あう~、く、クソ。なんなんだよ、もう)

 千雨は深呼吸を二度し、心を落ち着かせた。半年前に千雨が得た力は、その心の機微に非常に敏感だった。千雨にとっては瞬きなどの肉体の反射に等しい行動なのだ、意識を常にしておかないとすぐにこうなる。
 思考の分割をし、マルチタスクを行い、力の制御の意識を常駐させた。最大二千以上もの思考分割が出来る千雨にとっては造作もない事だが、いくら分割しても千雨自身の精神が成長するわけではない。
 羞恥や後悔により、分割された思考はそれ一色に染まってしまっていたのだ。

(……ふぅ。すまない先生。これからは気をつけるよ)
<気にするな、それが私の役目だ>

 出会って半年。相変わらずの物言いに千雨の口の端が上がる。視線を変えないまま、左手首の腕時計をトントンと二回小突く。
 千雨は職員室へ向かい歩き始めた。





 自室のベッドにうつ伏せのまま、千雨は今日の出来事を思い出していた。
 元来人付き合いの苦手な千雨にとって、無駄に注目を浴びる転校生としての立ち位置は辛さが先走っていた。
 昼休みに教科書を職員室で貰った後、午後の授業はスムーズに進んだものの、放課後のチャイムが鳴るや、裕奈やまき絵さらに大河内アキラや和泉亜子といった面子に引きずられ、部活見学なるものへ連れて行かれた。
 終始テンションが高いメンバーながら、アキラだけは千雨の心情を察し、色々フォローしてくれたのが不幸中の幸いだった。
 気付けば夕方。やっと開放されると思い、自室で私服に着替えたのもつかの間、激しくノックされるドアを開けた途端、また引きずられ、寮内での歓迎会の主賓として参加させられた。
 寮内の規則ギリギリの時間までドンチャン騒ぎが続き、ついさっき本当に開放され、ベッドへダイブした所だった。
 そんなこんなで、受身のままズルズルとアッチコッチへ引っ張られた千雨は肉体的にも精神的にも疲労でいっぱいだった。

「づがれ゛だ~~」

 ふと、千雨の左腕に巻かれた腕時計がクルリと反転(ターン)し、黄金色のネズミが現れる。ネズミは千雨の顔近くまで移動し口を開いた。

「だが、いい子達じゃないか。あの子達は千雨を心から歓迎していると思うぞ」

 ネズミとは思えない、バリトンの聞いた低い声だ。

「まぁ……それはそうかもな」

 表情を悟られないよう、枕に顔をうずめたまま千雨は答える。
 そのまま言葉を交わし続けることなく十分、二十分と時間は過ぎていく。今部屋には千雨とネズミしかいない。引越しの荷物は大半がダンボールの中のままで、テレビやパソコンといったものは音をならすものはまったく無く、静寂が支配していた。
 ときおり聞こえるのは隣室のオーディオ音楽やら、テレビの微かな音。千雨も目を瞑ったまま、何かしらを考えていた。
 その静寂を破ったのは黄金色のネズミ――ウフコック――の声だった。

「千雨」
「あぁ。わかってるよ、先生」

 千雨はベッドからガバッと立ち上がると、バスルームに向けて歩きながら衣服を脱ぎ始めた。全裸になるや、頭からシャワーを浴びた。千雨の肌は滑らかな曲線を描き、染み一つ無い美しさを持っている。
 ”その体には傷跡の一つも無かった”。
 千雨は体を拭くこともせず、シャワー室を出たが、足元には水溜りの一つも出来ない。髪もキューティクルを輝かせながらも、余分な水気は消えている。

「先生、たのむ」

 ウフコックを両の手のひらで大事そうにすくうように持ち上げる。

<まかせろ>

 低いバリトンの声が、直接千雨の脳内に響く。
 黄金色の毛の塊が反転(ターン)すると、千雨の体はは真っ黒い、肌に張り付くようなボディスーツに覆われていた。
 手のひらを合わせていたため、両手を覆う生地が手のひらを境にしてくっ付いてるのをペリペリと剥がす。剥がした手のひらの上にはまたウフコックが載っている。

<もう一度だ>

 ウフコックが再び反転(ターン)すると、今度はボディスーツの上にダブダブのコートが羽織られた。五月という季節を考えると厚着だが、コートの中はひんやりと涼しかった。
 フードをかぶり口元まであるコートのボタンをはめれば顔が見えず、さらに左右に張った肩幅のあるコートのデザインが性別や体型を悟られないようになっていた。

<千雨、感度はどうだ。阻害されていないか>
(問題ない。むしろボディスーツのおかげで好調だ。さすが先生)

 ひとまず千雨は感覚を広げた。たった一日とはいえ、離れていた感覚が戻るのは気持ちが良かった。だが、ここでトチるわけにはいかない。範囲は最小限、とりあえず自室までにした。
 ピリリと肌の上にあったホコリのツブが焼けた。千雨の知覚が鮮明になり、自室全てに広がる。いまや百四十にまで膨れ上がった千雨のマルチタスクが、集められる情報を緻密に精査し、脳内にはワイヤーフレームにも似た線で構成された部屋の見取り図が浮かび上がる。
 ダンボール内に入ったデスクトップパソコンのCPUプロセッサの回路の本数の一本一本だって数えられる。

「部屋の中はどうだ?」
「とりあえずは問題なさそうだ、先生。監視や盗聴といったものは見つけられない。だが相手が相手だからな、さすがに未知のものに対しては万全とは言えないけどな」
「それはしょうがあるまい。どっちにしろ見られてるとしたらもうこの時点でお終いだ。せいぜいオフダとやらの効果に期待しよう」

 お札とは千雨が麻帆良に来る際に支給された物品の一つである。オカルトに対しての阻害効果があるとかナントカ。千雨は眉唾モノだと思ってるが、すがるしか無いのだからしょうがないと、部屋の四隅にしっかり貼っておいた。
 相手側から見ても元から警戒すべき人間なのだ、今更この程度で状況はたいして変わらないだろう。疑いが確信に変わったところで、それは元から想定の範囲内、むしろ力の秘匿こそが優先すべき課題だ。

「じゃあさらに広げるぞ」

 部屋の中から外へ繋がる、ありとあらゆるものがバイパスとなり、千雨の知覚を広げていった。電子干渉を旨とする千雨の能力は、絶縁体以外のものを通して感覚を広げていく。

「おぉ、ここのセキュリティすごいぞ。どうなってやがる、本当にただの女子寮なのか? 」

 千雨の知覚はあっという間に寮内を覆い、残るは警備システムの掌握だけだった。だがそのシステムのセキュリティの強固さに驚いていた。学園都市でも滅多にお目にかかれない……いやむしろそれ以上かもしれない技術力により警備システムは守られていた。

 だが千雨としてさるもの。彼女の演算能力は現在、間違いなく世界最高である。彼女は電子干渉により空気中に自らを補助する演算装置を作り、さらにその余剰の演算能力で演算装置を作る、という芋づる式とでも言うような事ができるのだ。足りなくなったエネルギーにしろ、そこら中の電源からかっぱらってくる荒業を容易になす。
 そんな彼女の演算能力は、後に学園都市内で産まれた一万余の並列演算から作られる有機ネットワーク「シスターズ」を単身で追い抜き、その身一つで世界中のシステムに干渉できる数値を叩き出した。
 もちろんそれは数値上のものであり、実際は不可能であるし、千雨自身にもリミッターが掛けられていた。必要以上の知覚の広がりは、千雨と他者……いやこの場合”内”と”外”の境界を無くし、千雨自身を廃人としてしまう。
 千雨自身とてそれは嫌だし、学園都市側としても自分達では制御できない輩を野放しにしたくなく、お互いの了解の下リミッターは付けられた。
 だがそのリミッターとて完全ではなく、強固な錠をつけたところで、その付けられた本人が超一流の開錠師なのだ。当てになるはずがなく、そこでさらに付けられたのがウフコックなのだ。
 千雨はウフコックを信頼している。そこには愛情もある。またウフコック自身もそれに似た感情らしきものがあった。二十年前の大戦のおりに壊滅した『楽園』の遺産であるウフコックは、自らが友愛を感じているのかを自分では判別できない。だが『ナニか』はあるのだ。
 つまり、ウフコックは千雨にとっての師であり、親であり、相棒であり、そして首輪なのだ。千雨自身の力の濫用はウフコックを傷つけるようになっている。
 それは千雨にとって何よりも重い枷になっていた。

 そしてリミッターがあろうと、元が能力過剰な千雨なのだ、どんなにセキュリティが強固だろうと、造作なく破ることができる。千雨にとって既存のセキュリティなど薄紙程度のものであり、この半年の経験と修練で、その薄紙を破るばかりでなく、切れ目をそっと入れ、継ぎ目無く修復もするという事もできるようになった。
 この寮のセキュリティだって、千雨から見れば薄紙三枚重ね程度のものなのだ。開錠も修復も容易い。
 瞬き一つで警備システムを掌握した千雨は、堂々と自室のドアを開け廊下に出た。先ほどまで裸足だった足元にはいつの間にか靴が履かれていた。また、一歩一歩踏み出す度に靴の形が変わった。またサイズや靴裏の形や向きまでランダムに変わっていた。淡々とまっすぐ歩いているのに、そこに残るかすかな足跡はおおよそ一貫性が無いように残る。

(ここまでやる必要あるのかよ)
<一応の保険だ。用心するにこした事はない>

 これを人の少ない場所ででもやったら異質だが、雑多な人間が住む寮内ではさして違和感なく足跡はまぎれた。
 顔をフードとマスクで隠した不審者極まりない姿ながら、それに気付くものがないまま千雨は寮を堂々と出て行った。





(さて、と。どうしたものかな)

 こちらはあくまで調査で来ている。某所からの依頼により、魔法というオカルト染みたものの詳細なデータを求められていた。現在の千雨は”治療”と言う名の人体改造により、とんでもない負債を抱えている。それは一命を取り留めるための最新医療の費用であったり、二十年前を境に違法とされた『楽園』の技術であったりと様々だ。
 正直、勝手に改造しておいて負債もクソもないだろ、というのが千雨の本音だが、権力もコネもない千雨はとりあえずしぶしぶ従って返済を着実にこなしていた。
 何よりウフコックの存在が千雨を後押しした。自分が壊れかけたあの時を救ってくれたかけがいのない存在。依存している自覚もあるが、だからと言って自立するには千雨の精神は若すぎる。
 ウフコック自身も負債に囚われているらしく、千雨の当面の目標は自分とウフコックの負債の返済だった。そのためには多少のトラウマなんかへっちゃらだ! と麻帆良にやってきたのだ。
 そんなわけで千雨にとって交戦は望むべきものではなく、魔法を使っている所のひっそりとした観察を望んでいた。
 その気になればありとあらゆる電子情報を掌握し、根こそぎ調べることも出来るのだが、リミッターの手前出来るはずもなく、また手近なネットワークではほとんど魔法に関する情報が無かったのだ。
 どうしたもんだと首を傾げていた千雨の元に、麻帆良への転入手続きをした旨が書かれたメールが送られたのが二日前。制服が届いたのが昨日なのである。
 そんな千雨が事前に仕入れられた魔法の情報は少ない。
 どうやら魔法は秘匿すべきものであるらしく、人目に触れる事がとても少ない。
 魔法というと万能性を持ったものを想像しがちだが、実際は戦闘技術の延長としての進化が著しいこと。
 そしてこの麻帆良学園こそが、アジアでも有数の魔法使いの本拠地であること。
 そんな場所だから麻帆良への侵入者が後を絶たないらしく、夜になると熾烈な戦いがあるとの事だ。
 千雨自身も侵入者なわけだが、侵入者が侵入者が撃退される図を観察しようとしているのだ。

(まぁボチボチ適当に行きますかね)

 どうせ相手はわけのわからない技術を使っているのだ。多少姿を見られるのは想定しつつ、千雨は夜の闇にそっと消えた。






「刹那、気を付けろ! 何かがおかしい!」

 龍宮真名は焦っていた。長い戦場経験を持ちながらも、こんな状況は初めてだった。
 先ほどまでは学園への侵入者とおぼしき式神の群れを、桜咲刹那と共に撃退していた。だが途中から違った。残り数匹。今日の仕事も終了か……と思った時、周囲一帯をナニかが覆ったのだ。どうやら刹那は感じないらしいが、真名はその異質さをしっかりと感じていた。魔眼持ちである真名に見えないナニかが、意思のあるようにうねっている。多くの意思有るものを魔眼で見通してきた真名だからこそ感じた違和感である。
 魔眼では見えない。だが、かわりにソレの流れは感じられる。大元となる方向には微かにだが人影が見える。森の中という事もあり、木々が邪魔をするのだが、魔眼持ちの真名には関係のない事である。

(アレか)

 真名としては牽制のつもりでライフルの引き金を引いた。同じくして式神を始末し終えた刹那は、真名が放った銃弾の方向へ全力で走り始めている。
 体中で練った気が爆発的に身体能力を増加させ、常人には消えたと錯覚させる程のスピードで走った。
 真名も撃ちつくした弾倉を取り替えつつ、遮蔽物を利用しながら高速で近づく。

(異質すぎる……学園都市の超能力者とやらでも来たのか?)

 超能力者の名前は聞くが、真名自身はその手の輩と戦ったことは無い。世界中にいる魔法使いの数が約七千万人に対し、超能力者は二百万にも満たず、またそのほとんどは戦闘に耐えられる代物ではないらしい。それを考えれば戦闘経験が無いのは仕方の無いことだ。
 この麻帆良では感じなれた魔法。それとは違う異質なナニかが周囲にある。真名の推論は未知の超能力の可能性を考えていた。

「刹那! 奴は超能力者かもしれん、注意してくれ」
「判った! 」

 刹那の判断も速かった。その言葉を聞くなり人間相手への手加減の一切をやめ、自らが込められる最大の一撃を放とうと大きく振りかぶった。
 走りながら見た人影は黒いコートを着た人間。口元まで覆うコートと頭を隠すフードで顔は見えないが、おそらく肩幅から察すれば男だろう……と見える。

「何者だ、答えろ! さもないと……斬る!」

 刹那の誰何には無言。コート男は右足を引き、迎撃の態勢をとる。

「御免!」

 心にも無いことをコート男に叫びつつ、刀に気を込める。刀身に紫電が走る。

「神鳴流奥義、雷……」

 ガァン、という一つの銃声の後、握っていたはずの刀の感触が消える。
 いつ手にしたのか、コート男は拳銃を持っている。
 刹那の視界の端には宙を舞う刀が見える、また刀の柄尻にはくぼみがいくつかあった。

(まさか、今の一瞬で)

 神鳴流に飛び道具は効かない、という言葉がある。それはまったくの間違いではなく、飛び道具を使う際の体の動きを見て、かわすなり、飛び道具を切るなりしてるからだ。
 だが、今の攻撃には起点が一切なく、刹那はコート男のモーションがさっぱりわからなかった。
 刀を失いはしても、相手とは指呼の間。無手であろうと神鳴流は扱える、と切り替え、刹那は体を低くしつつ敵の懐に入ろうとした。
 そんな刹那の目先には縦長の缶が浮いていた。

「な……まさか」

 その正体に気付いた刹那は急いで目をつぶり、耳を手で覆った。それは閃光弾。
 爆音とともに周囲に閃光が指した。マグネシウムの放つ光が三秒程、こうこうと森を照らした。
 刹那は至近距離での衝撃を緩和させるため、地に伏せ、頭を地面にこすりつけ、口を開けた状態で衝撃に耐えた。
 遠くから見ていた真名も対処はしたものの、魔眼を切り替えそこない、すくなからず目を焼かれた。
 先ほどのコート男が手をかざした途端、手の中に拳銃が現れ反動も何も無いかの用に連射をしたのだ。銃身には射撃後の跳ね上りが一切なかった。単発式のはずのリボルバーを、銃声が一回しか聞こえない速度で引き金を引くという、自分でも出来ない芸当を目に呆けてしまったのだ。
 二人が戦闘へ復帰できるまでにかかった時間はおよそ数秒。だがその時には周囲に人影があらず、さらに真名の魔眼が回復した時にはその痕跡すら終えなくなっていた。





(な、な、な、何なんだよ、あれは!!)

 ドクンドクンと脈打つ鼓動が耳に響きながらも、千雨は走るのをやめなかった。できるだけ暗闇を走りながら、周囲を無造作に電子攪拌(スナーク)し、自分の痕跡をできるだけ消していく。

(魔法ってのはあんなにスゴイのか? 超人万博でも始める気かよ)



 寮を出た千雨は、自分の痕跡を消しつつ、できるだけ慎重に学園内を探索していった。自分の持つ電子干渉を知られるわけにはいかないし、もしかしたら相手はそれを探知できるかもしれないと思い、慎重に事を進めたのだった。
 ウフコックに暗視スコープに反転(ターン)してもらい、学園都市で見せられたスニーキングのビデオの動きを自分にシュミレートさせながら進む。
 今のウフコックは感情の匂いを嗅ぎわける事はできないが、硝煙程度の匂いを追うのはたやすい。
 そんな折に真名と刹那を見つけたのだ。
 最初は鬼の形をした式神にビックリしていた。

(すげぇな。倒すと紙に戻るとか漫画みてぇだ)
<おおよそ不可解極まりものだな>

 スコープの倍率を上げて見える映像には、バッサバッサと切られる鬼の姿が映る。
 しかも、切っている刀の方からは、何やら光やらビームやらが出ており、そのド派手な殺陣シーンに千雨は関心していた。

(それにしても……まさかクラスメイトが魔法使いとはなぁ)

 真名と刹那の名前までは思い出せなかったが、見覚えのある容姿に驚く千雨だった。
 その後、鬼達の数が少なくなると、このままでは魔法の情報が集まらない、と業を煮やした千雨が知覚領域を限定的に伸ばした所で相手に気付かれたのだ。
 一キロも離れた場所から見ていたはずなのに、伸ばした領域をあっという間に見破られただけではなく、胴元である自分までもあっさり見つけ、追撃の体制に入ったのだ。
 その時の千雨はパニックの連続だった。顔がスッポリと隠れ、その姿が見えないだけはるかにマシだったが、コートの中では奇声を上げる千雨と、その千雨の奇声の振動を吸収しつつも落ち着かせようとするウフコックの戦いが早くもはじまっていた。
 空を飛ぶような速さで走りよってくる刹那の姿は、千雨にとって恐怖の対象にしかならず、ときおり聞こえる銃声もパニックを助長させていた。
 この数ヶ月血なまぐさい思いもしたし、自らの手も汚した千雨だが、ロジカルな性質なせいか想定外の斜め上をいく状況に容易く混乱したのだ。
 頭に直接流れるウフコックの指示に従い、万能兵器たる彼自身を電子干渉し、すばやく反転(ターン)させる。
 潤む肉眼の視界を切り捨て、広げた知覚領域の中で相手の位置を確認した。頭に響くウフコックの指示を正確にこなし続けた。
 涙を流しつつも追撃を退けられたのは奇跡に近かった。ほとんどがウフコックのお手柄だったりするのだが……。


(もう嫌だ。帰りたい。帰って風呂入って寝たい)

 滲む涙をコートの裾で拭いつつ、千雨は走り続ける。
 千雨にとっての魔法使いのイメージは、学園都市にいた超能力者達が基準だった。
 だが、蓋を開いたらどうだろう。刀からビームは出るわ、すごい速さで走るわ、学園都市内でも一部の能力者しか感知できなかった自分の知覚領域を感知するわ。転校初日の疲労と、カルチャーショックが交じり合い、千雨の心はほぼ折れていた。
 涙を流しつつ、鼻水ダラダラの千雨にかける言葉が見つからず、ウフコックは黙って千雨のグチを効き続けるのだった。

 こうして長谷川千雨の麻帆良学園の転校初日は過ぎていった。






あとがき

ここまで読んでいただきありがとうございます。
わからない人のために補足すると、千雨の魔改造クロス元は「マルドゥック・スクランブル」という作品です。
他にも「とある魔術の禁書目録」も今のところクロスしています。
後者に関しては、千雨魔改造の有名サイトにて掲載されてるんで、なんとか差別化できたら……とビクビクしています。
ご感想、お待ちしています。

追記 8/14
いくつかの誤字や、不自然なシーンを修正。



[21114] 第2話
Name: 弁蛇眠◆8f640188 ID:67228ed1
Date: 2010/08/15 15:57
 いつの頃だったろう。
 幼い千雨は泣いていた。
 あれは何? どうしてこうなるの? なぜ?
 子供が物事に疑問を持つことは必然で、千雨も決して例外では無い。
 それに両親は真摯に答え続けた。だが大人とてその疑問全てに解が持てるわけではない。

「どうして空は青いの?」「青いからだよ」

 何気ない受け答え。あるがままをあるがままにしておく事に、幼い千雨は我慢ができない。

「おかしいよね?」

 千雨の一言に同い年の子供達は首を横に振る。

「おかしいのは千雨ちゃんだよ」

 そうなのか……おかしいのは自分なのか……。千雨の心に小さなトゲが刺さった瞬間だった。
 目の前にある異常に対し、驚くことが変だと言われた。
 子供は残酷だ。思ったことを素直に口に出す。
 千雨の疑問は他者にとっての必然であり、千雨の常識は他者にとっては異質であった。
 麻帆良においてそれは顕著であった。
 千雨が泣いていても、何故泣いているのか周りは判らないのだ。
 世界樹は少女に対し呪いを振りまいていた。
 涙が視界を滲ませ、頬を伝う雫は一緒に色をも失わせる。
 千雨にとって麻帆良は灰色で、孤独で、寂しい場所だった。
 モノクロの世界が千雨を待っていた。


 そんな千雨に少女が手がさし伸ばす。

「何で泣いてるのか、私にはわからないよ」
「う……うあぁぁ、うぁぁぁぁ」

 少女の言葉に千雨の嗚咽は一層酷くなる。

「だから、一緒に考えてあげる。わたしがんばるよ、ね」
「え……」

 首をかしげながらニコリと笑う少女。差し出された手はまだ千雨の目の前にあった。

「ほら、立ってちーちゃん。そのままじゃ汚れちゃうよ」

 少女は千雨の手を強引に握る。

「う、うん。……ちゃん」

 少女の顔は逆光でおぼろげにしか見えない。短い黒髪に、柔らかな瞳。
 グイ、と腕を引っ張られ千雨は立ち上がる。
 気付いた時、千雨は木漏れ日の中に立っていた。鮮やかな緑が視界を覆う。

「ちーちゃん、早く、早く!」
「ちょっと待ってよ……ちゃんっ!」

 少女は走り出す。繋がれた手はそのまま。色が流れる。赤い花、黄色い花、ピンクの花。土と草の匂い。息を弾ませ千雨は走る。色の奔流が網膜を貫いた。
 雲ひとつ無い快晴。
 空はどこまでも青く、それは千雨にとっての救いだった。





  千雨の世界






 千雨が転校して五日が経った。
 熱しやすく冷めやすい……そんなクラスかと思っていたが、どうやらそれは千雨の勘違いなようだ。
 『熱しやすい』のではなく元々『熱かった』。ただそれだけだった。
 クラスの中での外様状態はなんとか脱しつつあるが、気を使ってるのか使ってないのか、放課後になる度に千雨は様々なクラスメイトに引きずられていった。

「いい加減にしてくれ! 」

 と言うのが千雨の本来のリアクションなのだが、いかんせん初日の事を引きずり、言うがまま為すがまま状態でホイホイと付いて行ってしまう。
 そのおかげで、三年前には縁の無かった女子中等部の施設やら地理やらを実地で知ることができたのは僥倖だった。
 なぜなら、千雨は初日以降いまだ能力を使っていなかったからだ。本来であれば校舎内に落ちているシャーペン芯の数すら平然と数えられる千雨だったが、能力無しとなるとマンモス校舎内では容易に迷子になる事ができた。
 ビビリにビビった千雨は、「学園をさぐるため」という自分を納得させるための取って付けた理由で能力を封印している。
 現実逃避をしながらも、内心は焦燥にかられていた。
 千雨の当初のスケジュールとしては、今回の依頼をさっさとこなし、一週間程度で麻帆良を去るつもりだった。自分の力と、先生ことウフコックの力があれば楽勝……という算段はあながち間違いではなかったが、なまじ凄すぎる知覚能力と、対象の情報の少なさが当初の最適解を見失わせた。一番の原因は千雨のビビリ加減だったりするのだが……。




 そんなこんなで、金曜の最後の授業。転校後、最初の一週間をなんとかこなした千雨だった。
 今週最後の授業が終わり、このまま土日の休日が待つだけとなった二年A組のクラスはいつも以上の活気に溢れている。

(いい加減、覚悟を決めないとな)

 初日の状況から物事を判断するのは早計すぎる。これは千雨自身が繰り返し考えた結果だった。
 本当に魔法使いは自分の知覚領域を察知できるのか。魔法使いはあのような超人達ばかりなのか。
 少ない情報から得られる結果は不安要素が多すぎた。
 それとて判りながらも、実行に移せないのが千雨である。
 夜になる度、『明日やろう』『明日こそ』と呟きつつ、トラックボールを転がしネットの海を遊覧し続けた五日間。ウフコックとて慰めたり、叱咤したりと様々な行動を起こすものの、千雨の心底怯えた瞳を見ると矛を収めてしまう。
 荒事に向かない千雨を引っ張り込んだのは自分とドクターだ、という負い目がウフコックの切れ味を鈍くさせていた。





 高畑がホームルームを終えて教室を出た途端、室内の喧騒は一気に爆発する。
 ワイワイガヤガヤと土日の予定を話し合ったり、部活の予定を確認したりしている。
 そんな中、千雨は無言でそそくさと帰宅の準備をしていた。カバンを持ってさぁ行くぞ、という時に制服の裾が引っ張られた。
 振り向けば、隣の席の綾瀬夕映がじっと千雨を見ている。手には『すき焼きプリン』なる常軌を逸した飲料が握られていた。

「長谷川さん、これから予定はありますか?」

 またか……、とここ数日のお決まり展開をかみ締めつつ、千雨は正直に首を横に振る。

「そうですか、それは良かったです」

 ニタリと笑う夕映に、千雨はちょっと怯える。二人の話を聞いていたのか、千雨の前の席の近衛木乃香も話に加わってくる。

「ゆえ~、千雨ちゃんも誘うの?」
「えぇ、そのつもりです。長谷川さんは以前麻帆良に住んでいたんですよね? 図書館島はご存知ですか」
「あぁ。あのバカでかい図書館だろ。昔は本に興味なかったからな、行った事ないけど覚えてるぜ」

 図書館島。フランスのモン・サン・ミッシェルを彷彿とさせる巨大な建築物で、島がまるごと図書館になっているトンデモ施設だ。国会図書館をも越え、世界一の蔵書量を誇る……という名目にも関わらず、それ目当ての観光客がほとんど来ない所でもあったりする。最近になりやっとその意味が理解できた千雨としては、あまり関わりたくない場所だ。

「私達は今日、そこへ探検に行こうと思うです。ぜひ長谷川さんにも参加してほしいのですが、どうでしょうか?」
「は? 図書館で探検?」
「そうです。ぜひ」

 千雨としては今日はさっさと家に帰り、夜の調査行動のため、心身ともにコンディションを整えたかった。(もちろん調査に中止はありえる。)
 そんな逃げの論理は、後ろにいる天然にはお構いなしである。

「それはえぇなぁ~。なぁ、千雨ちゃん一緒に行こう、行こう~」
「ちょ、あ、おい!」

 問いかけつつも、有無を聞かずに千雨の腕を抱え引っ張り始める木乃香。木乃香にズルズルと引っ張られる際、首の後ろがチリチリした。

(先生、なんかおかしくないか)
<ん……、これは……怒りの臭い? 嫉妬か? すまん、以前のようにはいかないようだ>
(あぁ、いいって別に。そこまで気にしてるわけじゃないし)

 木乃香に引きずられる千雨。その後ろからトコトコと付いて来る夕映、さらには同じ部活であるらしい宮崎のどかと早乙女ハルナを加え、千雨一行は図書館島に向かった。








「刹那落ち着け」
「なんだ真名。私は落ちついてるぞ」
「……そうか」

 刹那のその答えに、真名は内心ため息を突いた。
 千雨と木乃香がピッタリとくっ付く様を見た刹那は、持っていたカバンの取っ手を粉々に潰していた。
 殺気と羨望……と殺気と殺気と殺気が混ざった目線で千雨を見つめる刹那。近衛木乃香の幼馴染であり、本来その警護をも受け持つ刹那は、なぜか木乃香と距離を置いていた。その上、他人が木乃香と仲良くする度にこの状態になるのだから困る。
 その上先日の侵入者の件もある。コート男を取り逃がしてから、刹那の機嫌が治る兆しは無い。奴の行方は未だに判らず、潜伏しているのか、逃げ出したのかも判然としないらしい。だが、真名自身としては厄介そうなヤツから生き延びた上で、報酬も貰えて文句無しだ。妙な好奇心が命を擦り減らすのは戦場で幾度も学んだ。

(それにしても……さっさと正直になればいいのだがな)

 直接話して貰ったことはないが、魔眼持ちである真名には刹那の悩みを正確に見抜いていた。個人的には「この程度の問題」という気持ちだが、本人自身にしてみれば大きい問題なんだろう。わざわざそこを抉ってけし掛ける程、お人好しでも幼稚でもない。
 とりあえず友人として、刹那の再起動に手を貸すべく、少し強めに刹那の背中を叩いた。

「ほら刹那。今日は部活に顔を出すのだろう、こんな所で呆けてて良いのか?」
「あ、あぁ。そうだった。すまない真名」

 取っての壊れたカバンを小脇に抱え、竹刀袋を背負った刹那は部活に向かう。

「さっさと解決してもらいたいものだな」

 ルームメイトとしても、仕事仲間としても、また友人としても切実な問題だと思う真名だった。







 部活先へ向かう際、大河内アキラは背後の喧騒に振り返った。

(千雨ちゃん……と木乃香と夕映達。珍しい組み合わせだな)

 先ほど自分が出てきた教室の出入り口でギャーギャー騒いでる集団の中に、最近かなり見知った相手を見つけた。
 アキラはここ数日、千雨を引っ張りまわす裕奈達と放課後は行動をともにしていた。
 大きなメガネに地味な風貌。そして他者を寄せ付けまいと言わんばかりのぶっきら棒な千雨の態度に、当初アキラは一線を引いていた。名前を呼ぶときも「長谷川さん」と呼んでいた。
 だが、一歩引いて見ていたら意外な事を知ったのだ。千雨はぶつぶつと文句を言いつつも、本来自分がやるはずの裕奈やまき絵のフォローをしていた。転びそうなら腕を引き、落としたりぶつけた物はそっと元の場所に置く。何気ないながらも、さも当たり前のようにこなすのだ。
 そんな千雨にアキラは親近感を持っていた。そして、何度か千雨と行動を共にするうち、いつしか裕奈やまき絵の気さくな呼びかけに便乗し、アキラは千雨を「千雨ちゃん」と呼ぶようにもなっている。
 木乃香やハルナに押されて階段へ消えた千雨を見つつ、アキラはあっと思い出す。カバンを開け、新品のハンカチを出した。
「渡しそびれちゃったな……」




 それは昨日。普段なら寄りつきもしない、学園内の展示室や資料館などを千雨に案内していた時だった。面子的にも元来まったく興味がない場所なのだが、変なハイテンションを維持したまま、その勢いで来てしまったのだ。

「うおおお、なんだこれ! はにわか、はにわなのか! まき絵見てごらんよ!」
「キャハハハ! 面白ーい! 絶対これ笑い顔だよ!」

 裕奈とまき絵は『お静かに』の表示に目もくれず、ガラスケースを縫うように走り、その度に笑い転げている。後ろでは監視員が厳しい目を向けていた。さすがに放っておけず、おろおろとしながらアキラは口を開く。

「……みんなそろ」
「おい、お前ら。もう少し静かにしないと怒られるぞ」

 アキラのつぶやく様な言葉ににかぶさり、千雨の稟とした声が耳朶を打つ。

「「うぅ、ごめーん」」

 へこむまき絵と裕奈。後ろでは亜子が苦笑いをしている。
 アキラはそっと千雨に近づいた。

「その、ありがと……」
「はぁ? 何言ってるんだ」

 顔を赤くしつつプイとそっぽを向く千雨に、アキラはちょっと嬉しくなった。
 そんな折、アキラの視界に何か光るものが見えたのだ。声のトーンを落としつつも、キャイキャイ騒ぐ友人達からそっと抜け出し、”ソレ”に近づく。
 室内の中央に置かれた小休憩用のベンチ。背もたれも何もない革張りのイスの中央に、照明を反射し、ときおりチラチラと光る物体があった。

(なんだろ、これ)

 手のひらに丁度乗るようなサイズの三角形の石。つた模様の装飾も施されている。

(さっき似たようなものを見たような……)

 先ほど通りがかりに見たガラスケースの中身を思い出す。

(そうだ、これは鏃(やじり)だ)

 鏃をそっと持ち上げ、マジマジと見るアキラ。なんかの手違いでここに置かれたのだろうか。係員に渡そう、と思った時アキラに丁度声がかかった。

「おーい、アキラどったの?」
「あ、裕奈。今そこにこれが落ちてて……痛っ!」

 かけれた声に振り向き、鏃を見せようとした所で手のひらに熱が走った。痛みのあまり鏃を落としてしまう。
 見れば手のひらがざっくり切れて、血がしたたり落ちていた。

「にゃにゃにゃっっ!」
「あわわわ、たたたた大変だ~~~!」
「ちょっとどけ!」

 慌てる裕奈とまき絵を押しのけ、千雨はアキラの腕を握った。

「うわ、こいつは深いな。とりあえずコレでも巻いておけ」

 血で汚れるのも構わず、千雨はハンカチを取り出すとアキラの手のひらをそれで縛った。そのままアキラを引っ張り、係員に聞いた水場まで連れて行かれる。

「とりあえず軽く洗い落としたら保健室まで行こう」
「う、うん。ありがとう……」

 千雨の迅速な対応に呆けながらもなんとか返事は返した。ハンカチを取り、ジャブジャブと水で洗い流すと不思議な事が起きる。

「あれ?」
「どうなってやがるんだ」

 傷口が無かった。水場まで滴った血の跡はあるし、千雨に巻いてもらったハンカチにもベッタリと血がついている。なのに傷が見つからないのだ。

「もう止まっちまったのか。まぁとりあえず一通り洗ったら保健室にいこうぜ」
「うん……」

 後ろからは追いかけてきた三人の心配する声が聞こえる。
 その後、アキラ達は保健室に行き治療を受けた。保険医も傷がないのを不思議に思ったが、巻かれたハンカチを見て、とりあえず消毒だけでも……ときれいに消毒をし包帯を巻いた。
 アキラの右手に包帯が巻き終わるのを見て、血だらけになったハンカチを無造作にポケットに突っ込もうとする千雨に声がかかる。

「あ、待って」
「あん、どうした」
「そ、そのハンカチ。洗って返すよ」
「いや別にいいよ。安物だし」
「ううん! 洗う! 洗いたい!」

 アキラの剣幕に、千雨は一歩引く。その隙にハンカチを強奪するアキラ。

「いや~、なんかラブコメみたいだねぇ」
「女同士じゃなきゃ完全に少女漫画だよねーーっ」
「アキラ、大胆……」

 裕奈やまき絵、亜子の野次にアキラの顔が沸騰する。

「あ、いや、その……あぁぁぁぁぁ~~~~~」

 アキラの悲鳴が保健室に木霊した。






 自室に帰ったアキラはハンカチを洗うも、血はなかなか落ちず、いくらやっても綺麗にはならなかった。

「ど、どうしよ……」

 時間は七時半。頑張ればまだ閉店まで間に合う。
 麻帆良は巨大な学園都市のため、様々な店舗があるが、学生中心のため閉店は早かった。
 寮監に見つからないよう、同室の裕奈に協力してもらいつつ、夜の街を走り、閉店準備中の店に滑り込みハンカチを買いに行った。
 同じ寮内なら今渡せばいいじゃない。との裕奈の声もあったのだが、なんだか夜にわざわざハンカチを渡しに行くのも迷惑な気がしてやめたのだった。
 明日学校で渡せばいいや、と思ったものの、気付いたら放課後。裕奈達に付き合いすぎて今週は部活に顔出せずにいたので、さすがに追いかけるわけにもいかない。

「寮に帰ってから渡せばいいか……」

 ハンカチをカバンに仕舞いなおし、アキラは部活へと向かった。






「うげ、マジかよ……」

 『探検』なんておおげさな……なんて言葉はあわくも崩れ去った。
 図書館探検部なる四人に連れられ、千雨は図書館島に来ている。
 小さい頃から遠めに建物を見ていたが、興味も少なく面倒で、ついぞ麻帆良に住んでた時は来る機会が無かったのだ。実際どれだけの蔵書量を誇ろうと、初等部の校舎内の図書室はかなりのラインナップを誇ってたし、家の近場に書店も多かった。ついぞ千雨には無縁の場所だったのだ。
 図書館島へ続く長い橋を渡り終え、巨大すぎる正面ゲートを進んで見た光景は、まさにファンタジーそのものである。
 書架、書架、書架。空中を縦横無尽に走る手すりの付いた回廊には本棚が並び、壁一面に本が並んでるような錯覚を思わせる。本の森の中には木々が立ち並び、マンションの十階分ぐらいに達しようとしてる巨大すぎる天井、そのガラス窓からの光が周囲を照らし出していた。図書館には似つかわしくない水音まで聞こえる。
 目の前にある広場の隅から、手すり越しに下を見てみると、これまた深い。本棚が立体的に配置され、その隙間を水が流れていた。ふと千雨の脳内に某天空の城なアニメ映画が浮かぶ。

「つか、本に水気は厳禁だろ!」

 千雨の突っ込みに合いの手を入れる者は居らず、図書館四人組は笑いながら千雨をさらに奥へ奥へと引っ張っていった。

(先生、どう思う?)
<言わずもがな、だな。真っ当な技術力と感性じゃ作れない施設だろう>

 奥へと進みつつ、その幻想的の光景の数々に千雨は目を白黒させる。それを図書館四人組はニヤニヤしなが見続けた。

「良いリアクションですね。誘ったかいがありましたです」
「いや~~、千雨ちゃんがこんなに面白い……ゲフゲフ、かわいい子だとは思わなかったよ」「パル、本音が出てますよ」

 だが、千雨の耳にはそれが入らない。目の前の光景に見惚れているのだ。
 光と自然の美しい風景の隙間から縫うように人工物が突き出ている、それが千雨の感想だった。
 欧風の装飾は行った事もないヨーロッパのフィレンツェを思い出す。テーマパークで使われるスカスカとしたハリボテと違い、そこには重みがあった。
 だが、ふと慣れてしまうと、別のものが見えてくる。その”異常さ”。ここに来てさんざん再認識した事が思い出される。千雨にかけられた呪いは心を重く縛った。
 千雨はあえて異常さを指摘せず、ただ疑問を投げかけた。

「なぁ、さっきから水がそこらかしこに見えるんだが、本の状態は大丈夫なのか」
「はわ! えーとですね、大丈夫なんですっ」

 目元を前髪で隠した宮崎のどかは、しどろもどろながらもハッキリと言い切る。

「丁度良かったです。この通路を抜けると良いものが見えますよ」

 先頭をいく夕映の声に、千雨はアーチがかかった通路の先を見る。
 涼しい風が顔にかかる。ふと伊達メガネに雫が付いた。

「これが図書館島の人気スポット! 北端大絶壁ですぅ!」

 どどどどど、と激しい水音が耳朶を打つ。綺麗に一列にならんだ書架の山。その上から大量の水が落ち、壮言な大瀑布を作り出していた。

「うわぁ」

 思わず吐息が漏れる。

「でわでわ、千雨さんの疑問にお答えしましょうか」
「え!?」

 自分から質問しておきながら、美しすぎる光景のおかげですっかり忘れてた千雨だった。
 夕映はトコトコと滝に近づく。書架の壁に沿うように作られた回廊だが、一部はそこに近づけるように出来ていた。手すりにしっかりと掴まりながら、夕映は手を伸ばし、水しぶきを浴び続ける本棚から一冊の本を取り出した。

「見てください、千雨さん」

 そっと差し出されたハードカバーの本はズブ濡れだ。だが夕映が軽く本を振ると、綺麗に水が飛び、ピカピカの本が現れる。

「はぁぁぁぁぁ????」

 出来の良い手品のようだが、そんな素振りは一切無かった。

「中も良く見てみるといいですよ」

 渡された本をペラペラとめくるが、そこに水の染みは一切無い。肌触りを見る限り、普通の本とも一切変わりが無かった。

<千雨!>
(あぁ、判ってる)

 ビビリの千雨と言えど、これを見せられてはそのまま帰れない。五日ぶりに能力を発動させた。知覚領域を手元の本のみに移し、解析を行う。
 熱や成分、ありとあらゆる数値が正常をあらわした。ただ電磁波に多少のゆらぎが合った。それ以外はなんら代わりの無い、ただの本だ。

(おそらくビンゴだぜ先生っ! これが『魔法』だ!)
<そうだろうな。むしろ魔法じゃ無ければ、無理がありすぎる>

 目を見開く千雨。そのあまりの驚きように、夕映の目はキュピーンと輝いていた。

「そりゃ驚くよね~。だって普通の本にしか見えないもんね」
「ウチも最初見たときはビックリしたもんな~」
「はうはう。ただこの本の加工技術に関しては秘匿されてて、施設側も明かしてくれないんですよ」

 千雨の驚きように満足しつつ、図書館組は補足した。

「うちの部活では麻帆良工大が開発した新技術って説が一番有力かな。ほら、あそこって何でもありだし」
「これだけの水量を誇りながらも、図書館内ではコケすら生えないのがいい例ですね。定期的に清掃するにしろ時間がかかりすぎです。おそらく何かしらの新技術が使われてるのでしょう」

 ハルナと夕映が推論を語るも、千雨は耳から耳へきれいにスルーだ。

「千雨さん、聞いているですか?」
「ん、あぁ。聞いてるぜ、聞いてる」
「ふっふっふ。大丈夫です。そんな驚く千雨さんに朗報があります。見て貰った通り、この図書館は謎につつまれているのです。ですが! ですがっ!」

 トークに熱くなり、夕映は飲み終えたであろう紙パックを握りつぶした。ちなみに飲み物の名前は「あんみつ餃子」だ。

「その未知! 未解明! の謎を解くのが我ら『図書館探検部』なのです! 千雨さんに案内したのは表層の表層。この程度の場所で借りれるのはそこらへんの品揃えのいい本屋で売っています。」
「え? え?」

 夕映は千雨にズズイと顔を近づき語り続ける。

「私達は千雨さんを面白い逸材であると思っているです。ぜひに図書館探検部に入部をっ!」
「おっと、まだ返事はしなくていいよ~。探検はこれからだからねぇ」

 パルの声に、千雨は答えた。

「いや入部するもしないも、わたしは……」
「いいフォローですパル」

 ズビシッ!とサムズアップで返す夕映とパル。

「まだ千雨さんはここの魅力に取り付かれてないようですね。安心してください。明日は学校がお休みです。今夜は思う存分図書館島の魅力をお見せしましょう」
「こ、今夜?」
「えぇ、そうです。夕食後にお迎えに行くので準備をしていてくださいね。あ、準備と言っても装備はこちらで用意しておきますからご安心を!」
「そ、装備?」

 相変わらずのテンションの高さについていけない千雨。そんな千雨に関係なく、話はどんどん進んでいく。

「夕映、部屋に戻ったら大忙しだね!」
「ゴールデンウィークは帰省してたし、久しぶりやな~」
「むふふー、こんなこともあろうかと、この前新品のライト、買っておいたんだよね~」

 目の前の喧騒に辟易する。

(こっちに戻ってきてからこんなんばっかだ……)
<だが、悪くは無いだろ。少しくらいはかまわんじゃないか>
(少しくらいは……か)

 相棒の言葉を反すうする。千雨にはやらねばならない事がある。だがそれに反して千雨の口元が僅かに上がる。
 少し、楽しみになってきた……。

























 麻帆良大学前駅に一人の男が降り立った。
 五月も半ばとなり、強い日差しもあいまって、半そでの者もちらほらと見える。
 なのに男はビッシリと厚着を着込んでいる。学ランにも見える裾長襟詰めのコートに、アクセサリーをジャラジャラと付け、古き学帽にも似た円筒形の帽子を目深にかぶっている。そんなナリをしながらも、服の色は頭から下まで真っ白だ。
 百九十を越すであろう長身。筋肉質な体をしているのに、その実スリムな体型だ。

「人が多すぎる都市だ」

 活気に満ち溢れ、そこらかしこから喧騒が聞こえる。まるで祭りを見ている気分だが、ここではそれが日常なのだな、と資料を思い出しながら結論づけた。
 彫りの深い顔立ち、そこにあるのは強い意志を潜める瞳だ。その瞳が周囲を一望した後、伏せられる。

「ジジイめ、やっかいなものを持ち込んでくれたもんだ」

 帽子のつばで顔を隠しつつ、片手にぶら下がっていたトランクを地面に下ろす。
 懐を探り、取り出したのは幾枚かの書類や地図、そして写真だった。
 今は懐かしいポラロイド写真。そこにはおぼろげな輪郭を持つある物体と、大樹が写っていた。
 男は顔を再び上げ、視線を遠くに放った。
 遠くにそびえながらも、その巨大さが視界を覆う。
 通称『世界樹」。正式名称を「神木・蟠桃」と言う。写真に写っていた大樹に違いなかった。
 男は空を仰ぎ、ため息を吐いた。

「やれやれだぜ」

 片手に持った写真。その中の世界樹と一緒に写っているものは、矢に見えなくも無かった……。


TO BE CONTINUED...





あとがき

 というわけで続きを投稿して見ました。
 なんか冒頭がポエミーですが……。

 実は小説をしっかりと書くのが初めてで、色々間違った書式なんかもあると思いますが、やんわり指摘してくれたらありがたいです。
 一応他作品様を参考にして、投稿前にセリフ周りに一行スペースを開ける様に修正してるんですが、見辛かったりしたらご報告お願いします。

 そしてタイトルの方ですが、色々考えたのですが、従来どおり「千雨の世界」でいこうかと思います。
 第2話と銘打ってますが、ここからが実質のスタート。本当に終わらせられるかなぁ……。
 一応個人的な縛りとして、ネギまの原作沿い展開はしない、というのを目標に掲げています。そのため、おそらくですがネギは登場しません。ネギが出ない事こそがネギアンチじゃないかと思ったり。
 そんなわけで前書きのほうにも幾つか注意書きを書き足しました。


 あと、ラストの方はそっと流すと吉かもしれません。(ビクビク……
 多重クロスって書いたよね?

 ストック無しのまったり進行。頑張って続き書くので、できれば応援お願いします。





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