葬儀は、主宰の第16回「花祥会」が観世能楽堂で予定されていた3日、東京の護国寺で行われ、約1300人が列席した。弔辞で狂言方和泉流の野村萬・能楽協会理事長は「観世流においても能楽界においても明日を担うべき支え」と、早すぎる死を惜しみ、父で観世流シテ方の重鎮、祥六さんは「子供のころから何事も一生懸命にやりました」と、その生き方を表現した。
学習院高等科時代はサッカー部に所属し、国体の高校選抜にも選ばれるほどの高い身体能力は、能舞台でも発揮された。能楽評論家の西哲生さんは「力強さと華やかさを保ち、曲趣を生かした演技が抜群でした。とりわけ昨年7月の『花祥会』で上演し、観世流すべての小書をつけた『道成寺』の鮮烈な演技は格別でした」と称賛する。
「花祥会」では祥六さんと長男の祥丸さんの3代による「石橋」を舞うはずだった。親獅子が子獅子を鍛える姿が関根家の修業に重なると、昨年の初演で好評を博した作品だ。同会では「景清」のシテも予定されていた。盲目の武者で「体はほとんど動きませんが心は激しく動く。そういう曲に、内面のおもしろさを感じるようになりました」と取材で語っていた。言葉からは、いつも能への強い愛と能楽師たる誇りが感じられた。
6月12日には上海の万博関連公演で「船弁慶(ふなべんけい)」の後シテを、同16日には観世能楽堂の「研究会」で「歌占(うたうら)」のシテをつとめた。急逝するその日まで、元気に弟子にけいこを付けていたという。
その姿は、祥人さんを中心に、能の家である関根家を追ったドキュメンタリー映画「能楽師」(田中千世子監督)と、写真集「能楽師 関根祥六・祥人・祥丸 芸三代」(小学館スクウェア)でしのぶことができる。【小玉祥子】
毎日新聞 2010年7月18日 東京朝刊