神魔万象



皇魔どもめ…、今は大人しくしておいてあげる。だが、決してこのままでは済まさない…

中央都市宮殿の地下深くにある牢獄に、女性が一人、正座を組んだままじっと動かずに座っていた。
もし、牢屋の中を見ることが出来る人間がいたら、きっと仰天したことだろう。
中にいる女性は、混血が進んですでに各部族の特徴が失われて等しい中、頭部にこれ以上ない立派な角を抱いておりかつての聖龍族そのまんまの容姿をしていた。
それもそのはず。彼女、征嵐剣の二つ名をもつシオンはかつて4部族がちゃんと別れていたころの1000年前より命を永らえている、所謂仙人なのだ。
では、なぜそのシオンが中央都市宮殿の牢屋に入れられているのか。
それを知るには、少し時間を遡らなければならない。





その日、シオンは世界に跳梁する皇魔族への対抗策を吟味するため、神羅連和国皇帝テラスに師匠であるライセンと共に招聘され、中央都市宮殿に赴いてきた。
皇魔族や凶暴化した原生モンスターの襲撃に明け暮れている4大地域に比べ、中央大陸はありえないくらいの平穏さを保っていた。
市民は各々の営みを続け、混乱を極めている世界の中でここだけがまるで別世界のような印象すら与えていた。
「お師匠様…、ここまで何もないと、かえって不気味ですね…」
「確かに…。1000年前に比べて幹部級の皇魔族が現れてないから統制が取れていないのはわかるが、これほど中央大陸を無視されると、なにか思惑が隠されているような感じがしてならないな。
思い過ごしならばいよいのだが…」
「お師匠様、今の中央都市の状況…、私は何か、薄ら寒いものを感じてしまいます。みせかけの、 形だけの虚ろな平穏に、中央都市…いいえ、大陸全体が包まれているような気がしてなりません」
本来なら何も無いのは良いことなのに、その状態が不自然すぎることが却って二人を不安にさせていた。
「ライセン様、シオン様、そろそろ宮殿へ参りませんと…。あまり時間がありませんよ」
二人を先導している巫女服姿の女性…、藤華仙アオイの促しに、シオンとライセンは重い足取りで 中央都市宮殿に歩を進めていった。
アオイのことをシオンはアオイが小さい頃から知っていた。
先祖還りというのか、アオイは霊力が 人並みはずれて高く、特に占星術に関して非凡な才能を見せ、シオンもよく指導についてはその才能を高く昇華させていったものだった。
そして、その才をテラスに見込まれて中央都市宮殿に招かれ、魔界へと旅立った光の戦士の軌跡をたどる役割を担ったと聞いている。
「ねえ、アオイ…」
「なんでしょうか?シオン様」
「最近、宮殿とかで変わったことは、なかった?」
「宮殿で、ですか?」
アオイは、きょとんとした表情を見せた後、少し考え込んでからぽそりと呟いた。
「ええ、ありましたよ」

「「!!」」

アオイの返答にシオンとライセンはサッと顔色を変えた。

「「な、なにが?!」」

「この間なんですけれど、テラス様が水晶玉に映るオウキ様を見て『なんでこやつはこうも容易く敵に操られるのじゃド戯けが!!』って喚き散らして、一緒にいた皆さんが大笑いしたんですよ。
私も無礼とは思いましたが、つい吹き出してしまいまして…」
思い出したのか、アオイは袖を口に当てクスクスと笑みを零す。
自分達が考えた懸念の斜め上を突っ走ったアオイの回答に、シオンもライセンもふぅっと毒気を抜かれてしまい、思わず苦笑するしかなかった。
こんな牧歌的な話が零れ落ちてくるならそれほど心配することは無いのだろう。皇魔族の襲撃が無いのも、偶然と幸運が重なっただけかもしれない。
シオンは、まだ肌に言い様の知れない違和感を感じていたが、薄れた緊張感に打ち消されてしまいこれ以上その違和感を詮索することをやめてしまった。
「ほらアオイ、いつまでも笑っていないで宮殿に急がないと」
肩を震わせて笑い続けるアオイに、シオンは苦笑いを浮かべながら諭すと、アオイは
「そ、それはないですよシオン様!元々はシオン様が振った話なんですよ。私は先にお二方に急ぐようにと言いましたのに、それはあんまりですよ…」
確かに、先に急ぐように言ったのはアオイだ。
「あ、そうだったわね。ゴメン、確かに悪かったのは私だったわね」
「知りません!」
両手を合わせて謝るシオンに、アオイはプイとむくれてそっぽを向いてしまった。
「まだまだ修行が足りないなシオン。もう1000年修行しなおすか?」
「お師匠様!それはないですよ!!」
長い付き合いのなせる業か、絶妙の息遣いで掛け合い漫才をする二人。が、それ故に踵を返したアオイの瞳が一瞬金色に煌いたことに、二人は気づくことが無かった。


4章〜畜生ノ宴


宮殿内で行われた会議に参加した各位からは、深刻さを増してゆく現状の報告がなされていた。
来襲する皇魔族は日ごとのその数を勢いを増し、各地に派遣した魔道官や魔法戦士を以ってしても 手に余るような状態になっており、抜本的な対策を行う事が急務という結論に達していた。
が、その策が浮かんでこない。
「ライセン様、このままではオウキ達が聖龍石を取り戻す前に地上が破滅してしまいます」
「シオン様、現状を打開できる策がなにかないものでしょうか…」
高級官史が結論の出ない堂々巡りの議論を交わす中、シオンはその光景を苦々しく眺めていた。
先ほどから彼らはライセンやシオンに意見を振るばかりで、自分では何の考えも示そうとしていない。
この1000年の間、国政にはなるべくかかわらないようにしてきたのだが、その間に人間はこれほどまでに劣化してしまったのだろうか。
少なくとも1000年前は自分の意見をはっきりと主張できる人間が沢山いたはずだ。
確かにシオン達はその豊富な知識を以って現状を打開するためにこの場にはせ参じてきている。しかし一事が万事自分達の意見のままに物事を進めては、現在の神羅連和国の立場がないではないか。
そう考えているからこそ、ライセンもシオンも現状必要な知識や意見を彼らに披露し、それを踏まえての対策は彼らに出させるようにしようとしていた。
が、気位と地位だけは高い連中は思考を放棄してしまったかのようにシオン達に結論を導かせようとしている。
そんな光景を、テラスは無言で見続けていた。
「皇帝陛下、陛下はどのようなお考えをお持ちなのでしょうか?」
「………、うむ、わらわは………」
完全に煮詰まってしまった現状を動かすためか、一人の官史がテラスに意見を求めてきた。それを踏まえてテラスが自分の意見を述べようとした時、

ガシャーン!!

ガラスの割れる音と共に複数の黒い影が会議室になだれ込んできて、その中の一つがテラスの後ろ手を取り、首に手をかけてきた。
「な、何者じゃ!!」
苦しそうに顔を歪めるテラスの後ろに立っていたのは、赤黒い肌に6本の腕を持つ異形の男だった。
「始めまして、テラス様。ボクの名前はアナンシ・マシュラ。マステリオン陛下の使いっていえば、分かり易いかな〜」

(アナンシですって!!)

アナンシ、この名前を聞いてシオンは驚愕した。1000年前、この世界を荒らしたマステリオン の側近で今回聖龍石を持ち去ったボーンマスターの傍についていた小男。
以前、一度だけだが対峙したことのある『それ』の名前がアナンシだったことを思い出したからだ。
「あなた…、まさかあのアナンシなの?!」
声を張り上げるシオンを見たアナンシは、これは面白いものを見つけたとばかりに顔を不敵に歪めた。
「そうだよー。久しぶりだね〜征嵐剣シオンさん。イヤホント、1000年ぶりくらいかな?
どう?見違えたでしょこの体。今まで、ずっと鍛え上げてきたからね。
それに比べるとシオンさん、あんた全然変わってないね〜〜。素直に驚いたよ」 この人を食った態度、間違いなくアナンシ・マシュラと名乗るこの皇魔族は以前自分が対峙したアナンシだ。
「さあ人間ども、大人しくしな!たった今、この中央都市宮殿は我ら皇魔族、闇の六人衆が乗っ取ったからねぇ!!」
アナンシの後ろに控えている6人の闖入者の中で、リーダーと思われる女性の皇魔、カルディアが妙に気風のいい声で占領宣言を出してきた。
そのあまりの唐突ぶりに、部屋にいる衛兵はおろかライセン、シオンも指一本動かすどころか声も出ない。
「今更抵抗なんて考えない方がいいわよぉ。下手に逆らったって…」
不意に、カルディアの肩に抱えた毒々しい赤い鱗を持つをした蛇がシュルっと動いたかと思うと、固まって動けない衛兵に向って一足飛びに向い、その喉笛にガブリと牙を突きたてた。

「あがっ…」

哀れな衛兵は蛇の毒が廻ったのか一瞬で全身を紫色に変色し、絶命してしまった。
「こういう風に何の抵抗もできなくおっ死んぢまうだけだよ」
「な、なんてことを!!」
討ち伏した衛兵を睥睨しケタケタ笑うカルディアを見て、シオンの怒りが爆発した。
「おおっとシオンさん、こっちに手を出すのはやめてくれませんか?」
「ふざけるな!勝手に宮殿に侵入してきた挙句の無礼三昧!私たちが許すと思っているのか!」
シオンが腰にかけていた件をすらりと引き抜いた。その切っ先にはシオンの怒りが伝わっているのかバチバチと紫電が発している。
「闇の六人衆だかなんだか知らないが、貴様ら如き私一人で充分!さあ、そこへ直れ!」
「やめるんだシオン!!」
今にも飛び掛らんとするシオンを抑えたのは、なんとシオンのすぐ横にいたライセンだった。
「な、なぜですか師匠!あいつらなど、ほんの一撫でで…」
「馬鹿者!お前は、陛下のお命がどうなってもいいというのか!!」
「!!」
怒りで熱くなった顔に冷水を浴びせられたかのように、シオンの顔は一瞬で青く染まった。
「そぉ〜〜いうこと、こっちは皇帝陛下の身を預かっているんだもんね。変にボクたちに手なんか出したら…」
アナンシがテラスの細い首周りをがっしと握り、そのまま前に突き出してきた。手にギュウッと力を込めたのか、テラスの顔がうっすらと赤みを帯びてきている。
「ぐぅっ………」
「このまま陛下の首、握り切っちゃうよ?いいの??」
苦しげに顔を歪めるテラス。それを見てシオンも抵抗を諦めざるを得なかった。
が、次の瞬間、テラスの口から思わぬ言葉が発せられた。
「皆の者…かまわぬ。わらわはどうなってもいいから、この狼藉者どもを討ち滅ぼすのじゃ…
地上をこやつらの手に、渡しては、ならぬぅ………」
「へ、陛下…」
まだ幼い身でありながら、自分の身を案じることなく世界のことを第一に考える。人より永く時を歩んでいるシオンだが、自分の刻の1割も過ごしていないこの少女皇帝の覚悟に、少なからぬ感動を抱いていた。
(この方を、絶対に殺させてはならない!)
「へ〜〜ぇ。そうなの、どうなってもいいの。じゃあ、その首と胴体、別々に分けてもいいんだね?」
アナンシが腕の力をさらに強く込めてきた。
「ぐあぁ………」
テラスの顔色は赤を通り越して紫に指しかかろうとしており、腕はだらんと垂れ下がって抵抗のそぶりも見せない。
「もうすこしでブチンだね〜〜。じゃあ、そろそろ………」

「やめろ!!」

部屋全体に響く声。その発信源はシオンだった。
「もうやめろ。陛下から手を離せ………。私たちは、抵抗、しない………」
シオンの右手から剣がガランという音と共に床に投げ捨てられる。他のものも得物を降ろし、恭順の意を示した。
「ふっふ〜〜ん。そうそう。最初から大人しくしてくれていればいいんだよ」
満足そうな笑みを浮かべ、アナンシがテラスの首から手を離した。テラスは暫くの間ゲホゲホと咽ていたが、落ち着いたところで後ろにいた闇の六人衆に再び囚われの身となった。
「じゃあ、とりあえず君たちには地下の牢屋にでも入っていて貰おうかね。処分は順を追って決めるから」
喜色満面であれやこれや喋り捲るアナンシを尻目に、シオンとライセンは互いに顔を見合わせていた。
「お師匠様…、すみません。私は自分の怒りのあまり、周りを全く見ることが出来ませんでした…」
「…すんでしまったことは仕方が無い。それよりも、何とかしてこの事態を打開する方策を練らないと…」
「まず、中央都市宮殿で起こった顛末をなんとしても外に知らせないといけませんね…」
「ああ。だが、それをどうやって………、む?!」
渋い顔をしているライセンの瞳にキラリと光が宿った。
「お師匠様、どうしたのです?!」
「シッ、静かに………。シオン、あの窓の外を見ろ」
そっとライセンが指差した先の窓に、何か動く影が見える。
「あれは………、ゲッシン?!」
そこにいたのは、中央都市宮殿の警護番であり、現在『絶影』の名を継承している朧衆筆頭の忍者マスター、ゲッシンだった。
ゲッシンはライセンに向ってこっくりと頷くと、窓枠から姿を消した。
「これで、ここで起こったことが外に伝わる目処がついたな」
「後は、なんとしてでも命を落とすことなく、機会を待って……」

「ほら次は貴様だ!!さっさと立つのだ!!」

闇の六人衆の一人、テツマルクがシオンの腕を鷲掴みにし、強引に起立させる。その態度にシオンの怒りがまた燃え上がるが、これからのことを考え懸命に打ち消した。

「シオン………、死ぬな」
「お師匠様こそ」

「ほら!とっとと来るのだ!!」

互いが見えなくなるまで、シオンとライセンはじっと、相手の顔を見続けていた。



それから3日、シオンは牢獄の中で無為な日々を送らざるを得なかった。
もちろんここから脱獄するなど造作も無いことではあるのだが、現在の情勢も来襲した皇魔族の規模も全く分からない状況ではのこのこ と出ていったところで無謀に過ぎる。
最悪、最初のときのようにテラスを盾にされたら手も足も出ない。
(ここは我慢するしかない…。しかし………)
何も手を打てないのがこんなにもどかしいものだとは思わなかった。1000年生きてきた英知も経験も全く役に立ちはしない。
「私は、これほど役に立たない人間だったの…。征嵐剣の名が聞いて呆れるわ…」
唯一の頼みは宮殿を脱出したゲッシンだ。彼が現在の状況を各地域に散らばる騎士団や公爵連中に知らせれば、間違いなく中央大陸に向ってくるだろう。
そうすれば、宮殿内も蜂の巣を突付いた騒ぎになるのは間違いなく、その隙にテラスを救出する目算も立てられる。

「皇魔どもめ……、今のうちに浮かれていなさい。陛下をこの手に取り戻した時には、必ず……
八つ裂きにしてあげるわ………」

目に尋常ならぬ光を灯らせ、シオンはぼそりと呟いた。





さらに2日たち、牢獄の中で微動だにしないシオンの耳にコツコツとこちらに向う足音が聞こえてきた。
足音はシオンの牢獄の扉の前で止まり、ガチャリと鍵が開いた音がしたと思うと何者かが中に入って来た。

「随分としおらしくしておいでじゃないかい、征嵐剣シオン」

中に入ってきたのは闇の六人衆の一人、カルディアだった。手枷をはめられ座り込んでいるシオンを、勝ち誇ったような顔つきで見下している。
「いい様だね。地上世界でも名の知れた仙人様が、薄暗い地下の牢屋で横たわっているなんざぁね。
とても他の連中には見せられやしないんじゃないかい?」
「…何の用?首でも刎ねに来たのかしら。随分時間がかかったみたいだけれど」
軽口で挑発しても全く表情を変えないシオンに、カルディアはいささか拍子抜けしたような表情を 浮かべたが、すぐに余裕の表情を取り戻しシオンに語りかけてきた。
「そうさ。
と言いたいところだけれど、こっちにも都合ってもんがあってね。ちょっと顔、貸してもらうよ」
カルディアはシオンの手枷の冴姫についている縄を握ると、ぐいっと引っ張ってシオンに立つように促した。
「なに?どこへ連れて行く気なの?」
「…いいところ、さね」
抵抗することなく立ち上がったシオンに、カルディアはニヤリと笑みを浮かべた。


コツリ、コツリと石畳を進む音が通路に響いている。シオンはカルディアに導かれるままに先に進んでいた。
「このまま行くと、宮殿の大広間に辿り着くわね」
「まぁ、そうだぁね。そこに、あんたを待っている人がいるってことさ」
(待っている人?皇魔族で私を知っている奴がいるって事?)
シオンはすぐさま1000年前に刃を交えた一人の皇魔族を思い出した。
魔将軍アスタロット。自分と互角に戦える強大な力を持ちつつも、どこか人を食った態度でかかってきて、結局は決着をつけられなかった因縁の相手。
「………誰よ、それって」
「行けば、わかるって。行けばね…」
カルディアはシオンがその『待っている』当人と対面したときの様を想像しているのか、口元をいびつに歪めて微笑んでいた。
「そうか…、行けばわかるのね。じゃあついでに聞くけれど…、陛下は無事なの?」
「陛下…………?」
陛下という言葉を聞き、堪えきれなくなったのかカルディアは口を大きく開けて笑い出した。

「陛下ぁ………ククッ、クククッ!ア〜〜〜ハッハッハ!!!
そりゃ陛下は無事だよ!あんたがこれからいくところにちゃんといるんだから!!」

「………陛下が、いる?!この先に!?」
カルディアの言葉にシオンは呆然とした。人質であるテラスの居場所を、こうもあっさりと吐露したからだ。
「そうとも!!第一、あんたを待っているのはその………」

「それさえ聞けば、もうお前に用は無い!」

バキン!

「なにっ?!」
顔に凄絶な笑みを浮かべたシオンは、自らにはめられていた手枷をあっさりと引きちぎると、カルディアの胸に向けて『霊力』を込めた掌を捻りを加えて捻じ込んだ。

ぐはぁっ!!
シオン対カルディア
はあぁっ!!



胸に与えられた衝撃にカルディアは体を『く』の字に折らせて吹っ飛び、石造りの通路に背中から激突し、そのまま気を失ってズルズルと崩れ落ちた。
「余裕かなんだか分からないけれど、もっとも大事な人質の場所をあっさり教えてくれるなんて…悪いわね」
倒れ伏しているカルディアに形ばかりの礼を述べると、シオンは大広間に向けて脱兎の如く走り始めた。
闇の六人衆だかなんだか知らないが、少なくとも自分の敵ではない。連中の隙を突いて陛下を奪還できれば、外からの援軍を待つまでもなく自分ひとりで全員を倒す自身はある。
本当なら先にライセンを救出しておきたかったが、千載一遇の機会を手に入れたと思ったシオンはまずテラスの救助を優先させていた。


結果、この決断が後のシオンの運命を決めた。



テラスの居場所が大広間とわかったのはいいが、もちろん正面切って大広間から入るわけにはいかない。
そんな目立つことをしてもテラスを人質にされておしまいだ。
だからシオンは、敵の目から逃れるために天井裏から侵入する手段をとった。視界は利かなくなるが天井越しでも大体の気配を察することは出来る。そう思っていた。
が、天井裏に侵入したとき、下から感じてくる気配は異様なものだった。
いや、気配どころではない。重苦しい空気が下から湧きあがり、悲鳴とも嬌声とも取れぬ声、なにかを破壊する音、切り裂く音、租借する音。その全てが、とても現世のものとは思えないようなもの。
「………いったい何が、起こっているの………?!」
顔を真っ青にしたシオンは、わずかに木漏れ日のあるところに近づき、目を当てて下を覗いて見た。

「な……………っ?!」


そこは、地獄だった。


あるところでは触手を生やした皇魔が何人もの女性を嬲っている。
あるところでは皇魔同士がたがいの肉を切り裂きあっている。
あるところでは悲鳴をあげて逃げる人間を後ろから串刺しにしている。
あるところではうず高く積まれた食料を際限なく貪り食っている。
あるところでは意味もなく調度品を叩き割っている。
あるところではお互いの肌を重ねあっている。

喰らい、壊し、殺し、犯す。

大広間にいるありとあらゆる存在が、各々勝手気ままに本能と衝動のままに繰り広げられる光景は………
まさに地獄の畜生道そのものであった。
「なんなの、これ…………」
目の前に広がる惨状と湧き上がってくる淫気に当てられたのか、シオンは眩暈を感じ額に手を当て軽く俯いた。
その時天井の隙間から目に入ってきたもの。それは麗若い女性が、屈強な皇魔に組みしだかれ犯されている光景だった。
「くっ……、外道め!!」
目の前に広がる陵辱劇に堪忍袋の緒が切れたシオンが天井を蹴破って降りようとしたとき、犯されている女性の顔が視界に飛び込んできた。
甘い悲鳴をあげむせび泣くその顔は、何とはなしにシオンの顔立ちを連想させるものだった。

「っ………?!」

それを見た瞬間、図らずもシオンの瞳はその様に釘付けになってしまった。
ライセンの門下に入り、永き時を共に過ごしてきたシオンだったが、ライセンとの肉体関係は築かれることは無かった。
修行時代はそのようなことを考える余裕も無かったし、独り立ちをした後はあまり積極的に会合する機会もなかったからだ。
そもそもシオンはライセンに対し敬慕の念は強く持っていたが、それが恋慕まで行きつくまでには至っていなかった。純粋にライセンのことを慕い、敬ってきた

とはいえ、全く意識しなかったかといわれるとそうでもない。
悠久の時を生きた仙人とはいえ、シオンとて女である。色事に全く関心がないわけではなく、一番身近に居た男性に惹かれるのはある程度必然かもしれない。
が、厳しい修行の日々とライセンがシオンに対し全く手をつけようとしなかったことから、いつしかそういう気持ちも雲散していってしまった。
しかし、目の前に広がる光景が、遥か昔に置いて来てしまったその感情を呼び覚ましてしまっていた。
目尻を大きく開き、魅入られたように眼下に広がる光景に見入ってしまう。
いつしかシオンは女性をシオン、皇魔をライセンに置換していた。
力強く突き上げられる自分、甘い悲鳴をあげる自分、快感で身を捩る自分…
「あ………、あんなところ、まで……」
いつしかシオンの顔は赤く染まり、熱い吐息が口から漏れ出でていた。
無意識に自分の股間に指を這わしてみる。そこはすでに、熱く濡れていた。
「お、お師匠様、お師匠様ぁ………」
いったい何年ぶりになるのか、久しく忘れていた自慰行為だが右指はそのやり方を覚えていたのか的確にシオンの性感を責め、高みへと上らせていく。
湧き上がってくるジンジンとした痛痒間に、瞳は霞がかかり口元からはつぅと涎が糸を引いていた。
(ああ……、気持ちいい…。力が、抜けてっちゃう………)
快感に全身が甘く痺れ、膝立ちも億劫になってきたシオンは、顔と肩を天井に付し、両手を股間に這わし、より深く快感を得ようと指を動かし始めた。
が、その時、天井がメリっという音とともに肩に当たっている部分から割れ、次の瞬間真っ二つに裂けてしまった。

「えっ………?!」

しまった、と思う間もなくシオンは大広間の中空に投げ出されてしまった。
何とか体制を整え着地するも、シオンは畜生界の真っ只中に送り込まれてしまっていた。
そんなシオンを真っ先に襲ったのは、天井に居たときとは比べ物にならないほどの濃密な空気だった。
熱気と湿気を多量に含み、臭気と淫気を混ぜ捏ねたそれは、纏わり付くだけで脱力感を伴い、一息吸い込むだけで正気をかき消してしまうほどの力を持っていた。
そして、今の今まで自慰に耽っていたシオンにとって、その空気の効果は強烈過ぎた。
慌てて立ち上がろうとしたが、下半身に力が入らない。腰が抜けてしまったかのようにぺたりと床に張り付いてしまい、胸の鼓動が一息ごとに高くなっていく。
(こ、このままじゃまずい……。でも、力が入らない……)
何とか心を落ち着け気持ちの昂ぶりを抑えようとするが、突然天井から落ちてきた女性を見逃してくれるはずがなく、複数の皇魔がシオン目掛けて襲い掛かってきた。

「このぉ………、寄るなぁ!!」

自由の利かない体を必死に動かし、なんとか皇魔の手にかかることを逃れはするが、体を動かすことでより多くの空気を吸い込むことになり、疲労も併せて体の昂ぶりは一息ごとに高まっていく。
「ハア、ハア、ハア………くうぅ………」
このままではいつか限界に達してしまう。悔しいが、ここは一刻も早くこの淫獄から脱出しないと取り返しのつかないことになってしまう。
今更ながらシオンは、ライセンを伴ってここに来なかったことを悔いた。ライセンが傍にいたならばこのような無様なことになる前に、的確な判断を下してくれただろう。
(とにかく、ここから脱出しないと!)
シオンは一番近くにある天窓に向って一直線に向っていった。胸の高まりと下半身の疼きはもう抑えの利かない所まで達しつつある。一旦立ち止まってしまったら、もうここから脱出できる保障は無い。
「邪魔だぁ………っ!」
目の前に立ちはだかる皇魔を蹴散らし、あとは天窓に向って跳躍するだけ。
その瞬間、シオンの太腿にざわっと触れるものがあった。

「いひいぃっ!!」

その感触は我慢に我慢を重ねていた昂ぶりに一気に火を付け、背筋に電流がビリビリ走ったような感触が襲い、足が縺れたシオンはもんどりうって倒れこんでしまった。
「しまった………!」
慌てて立ち上がろうにも、腰が抜けてしまったのか下半身に全く力が入らないうえに、今自分の太腿に触れてきた黒い管のようなものがしゅるしゅると撒きついてきて動きがとれなくなっている。
「くそっ!なんだこれは!!」
必死にもがくシオンの周りには皇魔の群れが一歩、また一歩と包囲を狭めてくる。
(くっ………、ここまでなの………)
悔しさに唇をかみ締めているシオンの前で、皇魔の包囲が不意に割れた。
真っ二つに割れた皇魔の間には、シオンの太腿に撒きついた黒い管が奥へと伸びている。その管がピクピクと蠢き、スッと物影から一人の皇魔が姿を現した。
その皇魔の腰から件の黒い管は伸びている。すなわち、これはこの皇魔の尻尾だと言うことだ。
その皇魔は手に杖を持っている。先端は鋭い切っ先になっており、儀礼的な使用よりも武器として使うべく作られたものだろう。
その皇魔の頭には王冠が乗っかっている。暗い金色に彩られ、所々に毒々しい宝石や目玉をモチーフにした装飾が施されたそれは見ただけで嫌悪感をもたらしてくる。
そして、その皇魔はシオンに向けてわざとらしいほどの華美な微笑を向けてきた。

シオンとテラス

くすくす………。シオン様、随分面白いご登場の仕方でしたわね

そう。そこにいたのはシオンが探していた者であり、決してシオンが予想しえなかったモノ。
王冠と杖以外何も纏わずその幼い肢体を曝け出した、皇魔の姿形をしたテラスだった。

「皇帝……、陛下………?!」

シオンは最初、目の前に広がる光景を受け入れることが出来なかった。
自分は、皇魔族により囚われの身となっている陛下を救出するために、この場に足を踏み入れてきた。
が、そこにいたのは陛下の姿形をした皇魔だった。
陛下の肌はあのように青くない。陛下の瞳はあのように金色に輝いてはいない。陛下に羽は生えていない。
陛下に尻尾は生えていない。何より陛下は、あのように欲望に酔った笑みを浮かべたりはしない。
では、陛下はどこへ?!ここにはいないのか?どこへ消えてしまったのか?!
「どうやら、現実が受け入れられないみたいね。
私は正真正銘、神羅連和国の皇帝『だった』テラス。そして今は、偉大なる皇帝マステリオン陛下の忠実な下僕として、皇魔族としての新しい生と力を授かった魔の下僕、魔隷帝テラス…」
テラスは胸に手を当て、体を震わせて誇らしげに自らの境遇を語った。自分の吐く言葉に興奮しているのか頬は青く染まり、脚は内股気味に曲がっている。
「うふふふっ、シオン様ぁ、どうでした?私がアナンシに取り押さえられたときの演技。
私、国を思う立派な皇帝に見えました?見えたでしょ?」
「なっ?!陛下………、それって………」
テラスの言葉にシオンはギョッとした。自分を感動させたテラスの態度、あれが全て演技だったというのか。

「やっぱり見えたんだ!アハハハハ!!ほんっと人間てバカよね。あんなクサい芝居にコロッと騙されるんだから!
シオン様ったら私のこと目を潤ませて見ているんだもの。噴き出さないよう堪えるのに必死だったのよ!!」

テラスは本当に愉快そうに腹を抱えて笑い転げた。その姿に、シオンは目の前が真っ暗になった。
「そして見て!この大広間に広がる世界。これこそ私が望み、創り上げたい世界そのもの。
誰もがみんな、自分がやりたいことをやりたいまま行う世界。一番自分が自分らしく振舞うことが出来る世界。
シオン様、ここにいる者はみんな思い思いの自分を曝け出しているのですよ。それって、実に素敵なことでしょう?」
個人が、個人の思うことを臆面無しに執り行う。
理性も、羞恥も、遠慮も、加減もなく、食欲、征服欲、性欲、破壊欲剥き出しに我をぶつけ合う。
「バカな………、そのようなものは人間の営みではありません。ケダモノの交じり合いと、どう違うのですか……?!」
ケダモノ。この言葉が心に引っかかったのか、テラスの顔にみるみる狂気が浮かび上がる。
「ケダモノ?!バカ言うんじゃないわよ!!私は人が、人としてありのままに生きる世界を作りたいの!
見なさい!ここにいるみんなを。みんながみんな、実に溌剌と、生き生きとしているじゃない!
たった一度の自分の命を、精一杯謳歌しているじゃないの!!
人が人らしく生きることが、なんでケダモノと同じなの?!」
テラスが言いたいことはシオンには理解できる。やり直しの利かない人生、悔いの無いように自分がしたいことを求め続けることは決して悪ではない。
が、そこから理性が抜ければ単に自分の我侭を個人個人が求め続ける畜生の世界と成り果ててしまう。
「テラス様!仰りたい事は分かります。しかし、そこには各々の理性が…」
「うるさいっ!!1000年近くの永い間歳も取らずに綺麗な姿のまま生きてきたお前なんかに、説教なんかされたくはないわ!自分だけが特別と思っているから、そんな取り澄ました態度ができるんでしょ!!
奇麗事ばかり並べるんじゃないわよ、この偽善者!!」
シオンの言うことに耳も貸さず、悪態を並べ立てるテラスを見て、シオンは深い絶望に心を囚われた。

(もうダメだ。テラス様は、完全に皇魔に堕ちてしまわれた。もはや、元に戻すことは出来はしない)

今のやり取りに費やした時間で、わずかながら体の昂ぶった熱も引き、ある程度なら霊力を使う事も出来る。
ぐっと握られたシオンの右手に、少しづつだが霊力により生み出された雷が帯電しつつある。

(こうなっては…、テラス様をお救いするには、テラス様の命を絶つしか、ない)

いかにその姿を皇魔に変じたとはいえ、肉体がそれほど強化されたとは思えない。自分が放つ雷をその身にまともに受ければ、絶命させることは可能であろう。
(私はテラス様をお救いに来たのに……、このような形でしか、救うことが出来ないのか………)
無念さを噛み締めながら、テラスや周りに気づかれないように溜め込んだ雷を次第に大きくしていく。
「どうしたの?!悔しさから何も言うことが出来ないのかしら?!いい様ね、シオン!!」
蔑みを込めた瞳で見下しながらケタケタと笑うテラス。完全に油断しきっているその時、シオンは不意にガバッと立ち上がったかと思うと、溜めに溜めた雷が篭った手をテラスに向けて突き出した。
「皇帝陛下、お許しを!!」
余裕の笑みを浮かべていたテラスの表情が瞬間的に凍りつき、今まさに雷がテラスに向けて放たれようとした、その時

「いけませんよぉ、シオン様ぁ」

シオンの背後から、スッと何者かが近づいたと思うと、シオンの両手をガシッと掴み上げた。
「な、何者だ。離せ………」

ガッ!

掴まれた手を振り解こうと、シオンがもがこうとした刹那、シオンの首筋に二本の熱い針のようなものが打ち込まれた。
「うあぁっ!!」
不意に首に襲い掛かった激痛に、シオンは苦悶の悲鳴を張り上げた。
首筋に刺さった何かは皮下に走る血管にまで達したあと、プツリという感触と共に容易くそれを突き破った。
「あ、あああああぁっ!!」
首筋の周辺がカァッと急激に熱くなってくる。破られた血管から体内の血液が噴出しようと集まってきているのが感じられる。いや、集められてきている。

ズズッ、ズズッ…

耳元で、何かを吸い取り、嚥下する音が響いている。燃えるように熱い首筋の二点の孔の周りに、冷たく、柔らかいものが強く吸い付いてきている。
(何かが、私の血を吸い取っている?!)
違う。吸い取られているのは血だけではない。シオンの体の中に溜められた霊力、精気といったものが、血とともにみるみる吸い取られていくのが感じられる。
その証拠に、右手に込められた霊力で作られた雷が、どんどんその輝き失っていっている。
(ああ…ダメ。力が、どんどん吸い取られていく……。頭が、ボーっと、して……)
そして、吸い取られていく霊力は同時にシオンの精神力も吸い取っていった。抵抗することはおろか立っているのも億劫に感じられ、振りほどこうとしていた手に支えられていたりする。
全身を柔らかな倦怠感に包み込まれ、自然と表情が緩んできはじめてきている。
(もう、なんにも、かんがえられ、な………)
やがて、手の輝きは完全に消え失せ、首筋に打ち込まれていたものがズズッと抜け、拘束していた腕が放たれると、シオンは疲労感と貧血で腰からくたっと崩れ落ちた後、軽く体を震わせながら荒い息を吐いた。
「ハアッ、ハアッ……ああ………」

「フフフッ、そんなに気持ちよかったですか?シオン様」

近くにいるはずなのに、まるで遥か遠くから聞こえてくるような気がする。
自分のものではないようなほど重く感じる頭をゆっくりと捩って声のする方向に向けると、その視界に驚くべきものが飛び込んできた。

「!」

そこにいたのは自分を拘束していたもの。青い肌、金の瞳、角と尻尾。どこから見ても皇魔のそれ。
が、その顔形はどうみても、シオンの良く知る藤華仙アオイのものだった。
「ア、アオイ?!」
全身の倦怠感も一瞬で吹き飛び、目を見開いてアオイを見るシオン。
自分のすぐ前にあるその姿は確かにアオイのものだ。しかし、そこから発せられる雰囲気はシオンが知るアオイとは全く異なっている。
シオンの血に濡れる口元には鋭く延びる2対の牙。邪な欲望に濡れる金色に輝く瞳。捻じ曲がった心を象徴するような歪んだ造形の角。妖しく黒光りする尻尾。
もしアオイを知らない者が見たら、10人中10人が魔界より現れた皇魔族と認識するであろう。
「アオイ………、その、姿は………?!」
「これですか?私、人間やめて皇魔に生まれ変わったんですよ。
どうですかシオン様?素晴らしいでしょ、この体………」
アオイはうっとりと熱に当てられたような表情を浮かべ、口元に付いていた血をぺロリと舐め取った。
「ああぁ……シオン様の血、霊力がたっぷり含まれていて、とぉっても美味しい………。
ひと舐めしただけで、こんなに、感じちゃう……」
アオイはゾクゾクと肢体を震わせ、両手で自分の双丘をこねくり回した。その先っぽは痛いほどに高く膨らんでいる。
「あ、あ、あ………」
あまりのことにシオンは声も出ない。自分が知るアオイは、慎ましやかで清楚で生真面目な人間だった。
今の世の中には不釣合いなほど、古風なイメージを纏っていた。
これほどまでに欲望を剥き出しにするアオイを、シオンは見たことも聞いたこともない。
「シオン様、私、シオン様のこと羨ましかったんですよぉ…」
自身の胸をいじりながら、アオイがシオンに向けてぽそりと呟いた。
「子供の頃からシオン様を見てきましたけれど、こんなに綺麗で、こんなに強くて、こんなに優しい人が傍にいるなんて思うと、嬉しくて、憧れて…。でも」
そこまで言ってから、初めてアオイの瞳に嫉妬と憎悪の感情が走った。

「でも、私が大きくなってもシオン様はずっとそのお姿のまま。長い時をずっと若いまま過ごしてきてこの先も過ごしていけるなんて………
多分、私が歳を取って死んだときも、この人は今のまま若く瑞々しい体のままなんて、なんて不公平なのかしらって、ちょっと思いました。
シオン様はお気づきになられていなかったでしょうね。私がどれだけあなたのことを羨ましく、疎ましく、恨めしく思っていたかなんてね!!」

最後のほうは殆ど怒鳴り声のような口調に変わって、アオイは下に横たわるシオンの背に思い切り右の踵を叩き付けた。
「ぐはっ!」
強烈な痛みと共に、シオンは今更ながらアオイが自分に持っていた感情を理解した。
アオイがシオンに向けていた羨望の瞳、それがシオンの力に対するものではなく、いつまでも歳を取らないシオンの容姿に向けていたものだったことを。
(私は…、自分の教え子の心すらも理解できないでいたのか……)
シオンは自分の不甲斐なさに拳をぎゅっと握り締め、悔しさに肩を震わせた。
その様を見て、アオイは勝ち誇った笑みを浮かべ、シオンの背中に圧し掛かってきた。
「でもぉ…、今の私はこうやって…」

ガッ!

アオイはクワッと口を開き、先程噛んだ方とは反対側の首に牙を埋めた。

「あうぅっ!」

さっきシオンを襲った蕩けるような倦怠感が再び体中に伝播していく。首筋から血と共に体の中にある力の根源が奪い取られていく感じがしていっている。
「うあ、あ…、あ……」
ぬるま湯につかっているような心地よさが全身を支配し、心身ともにゆるゆると弛緩していく。
だからアオイが牙を抜き取ったとき、一瞬だけだがシオンは軽い不満を心に覚えた。
「あ…」
「人間の体から、霊力を血とともに抜き出すことが出来るんです。こうやって霊力を体に入れることで私の体はいつまでも若々しく綺麗なままでいられるんですよ。どうです?すごいでしょ。
この体、全てテラス様が下さったんです。テラス様が、私の願いをかなえてくださったんですよぉ…」

この体、テラス様が下さった。

それはつまり、アオイが皇魔になったのはテラスの仕業だというのか。
「テ、テラス様……、アオイをこのように変えたのは、テラス様なのですか………?!」
「ええ、そうよ。アオイを皇魔に生まれ変わらせたのは、私。
でも、勘違いしないでね。私はアオイの願いをかなえてあげただけ。別に私はアオイを無理やり皇魔族にしたわけではないわ。アオイを変えたのは全て、アオイ自身の意志よ」
シオンの問いに、テラスは臆面もなく答えかける。
「バカな…」
「そもそも、人間は全て心の中に『こうありたい』っていう願望を持っているわ。でも、人間としての頚木、常識、理性なんてものがあるからその願望を叶える事はまずはできない。
それらを全て捨て去り、個人が自分の思うままの生を謳歌するために、人は人間を辞め皇魔として生まれ変わるのよ!

見なさいシオン!この大広間に集う各々が自分の思いのままに振舞う様を!!

この部屋に集った皇魔、そのほぼ全てが人間を捨て皇魔へと成った者たちという事実を!!」


「なっ!!」


テラスの言葉に、流石にシオンはギョッとなった。この場にいる百では下らない皇魔の群れ、これが全て元々は人間であったということが。
「人間なんて弱い生き物よ。ちょっと心の隙を突けば誰であろうと簡単に屈し、自ら皇魔へと堕ちてくれる。
誇り高き騎士も、素質ある巫女も、そして、彼女であろうと!」
「彼女………っ?!」
「ほぉらシオン様、その美しい目を見開いて、よぉ〜〜〜っく見てくださいませ」
アオイがシオンの後頭部を鷲掴みにし、無理やり立たせてある方向に向けた。
「……………?!」

「も、もう勘弁してくらさい……。これ以上ぉ……、ひああぁっ!!」
「バカを、いうな。ンッ、私はまだ、クッ、全然、満足、してい、ないぞ!」

そこには、一体の女皇魔が男に馬乗りになり、いつ果てるともなく犯し抜いている光景があった。
互いが結合している所は漏れ出てくる女の愛液と男の精液で溢れんばかりに濡れ光り、幾重にも生えている女皇魔の尻尾が男の全身をまさぐっていた。
「えっ………、あれって………」
シオンは犯されている男の顔に見覚えがあった。まだ少年といっても通用する容姿、流れるような銀髪、鷹を思わせる鋭い目。
間違いなく、それは皇魔族が宮殿を占拠した際脱出に成功したゲッシンだった。
だが、そこにいるゲッシンは限界まで達した疲労のためか肌は土気色に変色し、げっそりと痩せこけている。
もう出るものも出なさそうなのだが、上にいる女皇魔に無理やり絶頂に導かれ、もはや命そのものを吸い出されているように見える。
「ぐああぅ、あああっ!!も、もう、出ませ………」
「なんだ、この程度で、もう降参なのか?『絶影』の質も、落ちた、ものだな!」
そして、ゲッシンの上に騎乗位で跨っている女皇魔にはもっと見覚えがあった。
体を構成する部位は確かに皇魔のそれだが、大きな獣耳、九尾の尻尾、一対の角。それは、紛れもなく……


「ク、クオン殿?!」


この場に囚われてから何度も驚愕に包まれているシオンだが、今度ばかりはその規模が桁違いだった。
自分やライセンと共に1000年前の戦いの生き証人であり、現在においてなお比類なき力を持っている四代目絶影クオン。
それが今、皇魔へと姿を変じシオンの目の前にいる。
「これ以上私を悦ばせられないのならもういい。とっとと堕してしまうがいい」
クオンの腰から生える九尾の尻尾の先が鮮やかなほど黒い光を放った。黒光りする尻尾はゲッシンの四肢に絡みつくと、その先端を皮下にずぶりと埋めてゆく。

「あ、あがああぁっ!!」

ゲッシンの全身は一瞬黒く鈍く光り全身を激しく痙攣させた後、たちまちの内に噴き出してきた瘴気に全身を覆い尽くされ、光沢を帯びた一個の卵に包まれてしまった。
「フン、とんだ期待はずれだ………。んっ」
軽く腰をゆすって埋められていたゲッシンのモノを引き抜くと、乱れていた髪をばさりと払って、クオンはシオンの方に向き直った。
「すまないなシオン殿、詰まらないものを見せてしまって。
あの男、のこのこと宮殿から逃げようとするから、散々いたぶった後で捕まえて相手をしてもらっていたんだ。
そうしたら、ほんの5日間ほど繋がっていただけであっけなく降参してしまったよ。
絶影を名乗っているからどれほどの手合いかと思っていたが、腕の方も下の方もとんだ期待はずれだ。まったく」
ではゲッシンは、シオンとライセンに顔を見せて姿を消したその後すぐに、クオンに捕らえられてしまったのだろうか。
今目の前にいる皇魔。その面立ち、口調は間違いなくシオンが知っているクオンのそれだ。
が、その金の瞳にはアオイと同じく邪悪な黒い欲望が張り付いている。
クオンが皇魔に堕した。目の前に突きつけられた現実をシオンはどうしても受け入れることが出来なかった。
「あ、ああ…。クオン殿、どうして貴方まで………」
「ん?ああ、この体のことか。
単純なことだ。私は人間もこの世界も嫌悪している。だから、それと真逆の体を貰い受けた。それだけのことだ」
「人間も、この世界も………?!なんで?あなたはサイガ様から………」
そこまで言ったとき、シオンの体にぞっとするような戦慄が走った。目の前のクオンが目に見えそうなほどの殺気を放ってきたのだ。

「お前如きがサイガ様の名前を語るな。
あの方は私のものだ。髪の毛から爪先まで、
名前に至るまで全て私のものだ。
それ以上私のサイガ様を汚すなら、この場ですぐさま、お前を殺す」

本当に今にも殺されそうな殺気を叩きつけられ、シオンは先の言葉を紡ぐことが出来ない。
その光景を、テラスはケラケラ笑いながら見ていた。
「どう?長い時を生きた伝説の忍者マスターって言っても、ちょっと心の奥底の欲望を開放させてあげたらこんなもの。
理性とか下らない枷を持つ人間など、堕とすのは容易いものなのよ」
「そうですよ、シオン様。私、皇魔になって世界を見る目ががらりと変わりましたもの。
世界がこんなにも面白いもので満ちているなんて、以前は思いもしませんでしたもの」
「ただ無為に過ごしてきた時と違い、今、私はとても充実しているよ。生きる意味を初めて知った思いだ」
アオイとクオンが同時にシオンに語りかけてくる。そして、同時に顔に歪んだ笑みを浮かべた。

「人間を嬲り、いたぶり尽くすのがこれほど面白いなんて、以前は考えもしませんでしたわ」

「下らぬ人間をこの手にかけることの悦楽。これほどの悦びが他にあろうか」


「な、なんてことを………」


アオイとクオンの堕ちた笑みに、シオンは心が凍りついた。
アオイもクオンも、人間を手にかけることに何の躊躇いも持っていない。いや、むしろ悦びを見出している。
二人ともテラスと同じく人の心を完全に捨て去り、身も心も皇魔となっているに他ならなかった。
「フフフッ、シオン様ぁ…、シオン様も私たちの仲間になりましょう…
自分の心の思うままに生きるのって、とっても素晴らしいことですよぉ」
シオンを拘束しているアオイが、後ろでにシオンの胸を抱え上げ、上下に強く揉みしだいてくる。
「あぁっ、や、やめ………」
「こうやって改めて見ると…、シオン殿、あなたは随分美味そうな体をしているな………」
金色に輝く瞳を喜悦に歪めたクオンがシオンの前に立ち、舌なめずりをしながら右手をシオンの腰下に埋めて薄布の上からシオンの秘部を柔々とまさぐってくる。
「ひぃっ!そこ、そこは!」
濡れて敏感になっているところを触られ、シオンは電気が走ったみたいに背中を仰け反らせた。
「なんだ、もう随分と濡らしているではないか。『こっち側』に来る素質は充分ってところかな…」
「ずいぶん溜まっていらしたんですね。でも、安心して私たちに任せてください……
存分によがり狂わせて、人間の心なんかぶっ壊してさしあげますわ!」
「い、いやあああぁぁっ!!」
恐怖に引きつる悲鳴をかき消すかのように、二匹の飢えた毒蜘蛛が網にかかった蝶に覆い被さってきた。
「さあ、その邪魔なお召し物は外して差し上げます」
両手を胸にかけたアオイがグッと力を込めて下に手を引くと、シオンの上着は紙を破くようにあっさりと切り裂かれ、1000年生きたとは思えない瑞々しい裸体を外気に晒した。
「では、下もだな」
下のほうへはクオンの触手のような尻尾が2本、腰の脇へと潜り込み、下着をぐいと外側に引っ張るとぶちりと悲鳴をあげてあっさりと引きちぎれ、たちまちのうちにシオンはシオンは全裸の状態にされてしまった。
染み一つなく、透き通るように白い肌。小振りだが、形良く引き締まった胸。少しの贅肉もなさそうな腹回り。
白日の下に晒された生まれたままのシオンの姿に、アオイもクオンもしばし言葉を忘れ見惚れていた。
「凄い…。シオン様ったら、なんていやらしい体をしているのかしら」
「この穢れ無き肢体を思うままに蹂躙し、欲望で穢し堕すことを考えると……、フフッ、こっちも濡れてきそうだ…」
目の前に極上の得物を突きつけられた捕食者は、それをいかにして喰らうかを想像し、湧き上がる淫らな妄想に瞳を爛々と輝かせ、興奮からか全身からじっとりと汗が吹き出ている。
「ああ…、や、やめてぇ…」
アオイによって霊力を大量に抜かれた上に、襲い来る恐怖と羞恥と屈辱から、シオンは最早涙を流しながら弱弱しく首を振る位しか出来ることはなかった。
「その泣き顔…、ますますそそるよ」
シオンの怯えきった顔を眼前にして嗜虐心がそそられたのか、顔を青く上気させたクオンはその顔をシオンへと近づけ、長く伸ばした舌をシオンの頬へと這わせて流れ落ちる涙をべろりと舐め取った。
その舌の先から伝わる全く血が通っていないかのような冷たさに、シオンの背筋がぞくぞくと震えた。
「クク…、いい味だ。絶望と恐怖が程よく混ぜ込められて、極上の神酒(みき)となっているよ」
「クオン殿…、お願いですから止めてください…。正気に、戻ってください……」
無駄とは分かっているが、僅かな希望を託してシオンはクオンに懇願する。
が、勿論クオンはシオンの言葉に耳を貸す気配すらなくシオンの涙をひと掬い、ひと掬いと舐め取っていく。
自身の眼前のすぐ下で行われている行為のあまりのおぞましさに、シオンの表情は引きつりきり、口からはかすかな悲鳴しか上げられなくなっていた。
「ふぅ……。十分堪能させて貰ったよ。それでは次は、こちらの味を愉しませて貰おうか」
こちら…、飛びかけている意識で微かに判読できた単語の意味を反芻しようとしていたその時、シオンの股間にちょんと何かが触れる感触がした。
「ひゃぁっ!な、なに?!」

辛うじて自由になる頭を懸命に下に向けると…、シオンの股下にある黒い一本の縄のようなものが目に飛び込んできた。
それはクオンの腰下から生えてきており、細かくうねうねと蠢いている。
つまり、九本あるクオンの尻尾のうちの一つがシオンの股下へと伸び、その先端が股間を刺激していたのだ。
「ほら、こんなことはライセンとしたことはないのかい?」
クオンの尻尾がシオンの股下に潜り込み、所謂素股のような感じでちゅるっ、ちゅるっと前後へ移動している。
尻尾の表面にある細かい鱗がシオンの秘部を刺激し、そこから溢れる愛液が潤滑油のように尻尾にぬめりを与えている。
久しく忘れていた肉の感触に、シオンの体は本人の意識とは関係なくそれを貪ろうとし始めている。
「くああぁっ!だ、だめぇっ…。そんなところ、ぬるぬるしないでぇ…」
「何を言っているんだ。ぬるぬるさせているのはおまえ自身から出てきたものではないか。そんなに嫌なのなら止めてみろ」
「無理ですよねぇ。シオン様ったらこんなに気持ちよさそうな顔していらっしゃるんですもの」
確かに、シオンは気づいていないと思うがその顔は全体がピンク色に染まり、熱に浮かされたような瞳は輝きを失い始め、半開きになった口からは一筋の涎が流れ出でている。
周りの淫気の影響もあるのだろうが、シオンは確実に快楽に屈しつつあった。
「あ…、そういえばシオン様はこうされるのがお好きだったですわよね」
ニタリと微笑んだアオイがシオンの首筋に牙を埋めた。

「あっ!………ぁぁ…」

首に走る微かな痛みとそれに倍する心地よさ。その顔には自然と微笑が浮かび、アオイの頭に手をかけ、より深く牙の感触を味わいたいのか自身の首の方へぐい、と押し込む。
腰がガタガタと震え始め、秘部から溢れてくる蜜もその量と粘度をいや増していった。
「お…、なんか急に滑りがよくなってきたぞ…。ハハッ、良く見たらポタポタと雫が零れ落ちているではないか」
クオンは股間を弄っていた尻尾を引き抜き、その先端を自分の顔へ近づけてぺロリ、と味わった。
「ふふ、いい濡れ具合だ。仕上げも上々…。いい具合になったものだ」
シオンは目をとろんと潤ませ、心が飛んでしまったかのように全身をだらりと弛緩させている。
その様を見たアオイがシオンの首から口を離したとき、シオンの顔には今度は明らかな不満の色が宿った。
「あっ…、だめ。もっと…」
「ウフフ、本当に私の牙が気に入ってしまったんですね。でも、こんなに簡単に屈しちゃったら面白くないです」
荒い息を吐いて懇願するシオンに、アオイは意地悪く呟いた。
「こんなものより、もっともっと凄い快感を刻み込んであげますよ。決して後戻りすることの出来ない、皇魔の快感を!」
「ああ。ではさっそく、味あわせて貰おうかな!」
堪えきれないといった表情を浮かべたアオイとクオンは、それぞれの尻尾をシオンの秘部へと目掛け勢いよく突き刺した。

「あがっ、いっ痛ああぁっ!!」

それまで擦るだけでムズ痒い愛撫しか与えられていなかった部分に突如暴力的な刺激を与えられ、強烈な圧迫感と激痛に襲われたシオンは喉の奥から悲鳴を絞り上げた。
「なんだアオイ、お前も前の方に入れたかったのか?私が前でお前が後ろだから、普通お前は後ろの穴だろう」
「だってぇ、シオン様のココ、1000年も生きているのにすっごく綺麗なんですもの。我慢できなくて…」
「私だって、これほどのものを見せられたら…、おう、これはなかなかの締め付け。これほどの名器は滅多に…
お、おいこらアオイ!勝手に動き出すな!私の、尻尾が、苦しい……」
「クオン様こそ、尻尾をもう少し私のから離してくださいませ!こんなの、感じすぎてしまいます!」
シオンの中で、アオイとクオンの尻尾が互いの場所を得るため蠢き、絡み、ぶつかり合う。
時には子宮口の上まで貫き、肉を削いでまで現在地を確保しようとする。
決して広いといえない空間で行われる縄張り争いに、シオンの体は翻弄されていた。
「だ、だめえぇっ!そんなにずんずんしたら、私、壊れちゃうぅ!!」
もう激痛か快感か判断する余裕もなく、二人の淫魔に挟まれたシオンは下腹部から湧き上がる衝撃に惑乱し続けていた。


しかし、惑乱していたのはシオンだけではなかった。
「ク、クオン様!そ、そんなところで絡めないで、ください!」
「バカを、い、言え!私のを擦っているのは、お前だ、ろうが!」
「ああ〜〜っ!もう、もう尻尾が勝手に、勝手に動いて止まらない〜〜!!」
アオイもクオンも、予想外の事態からひき起こされる快楽に完全にのめり込んでいた。もう自分の精神で制御できる次元を超えてしまい、欲望の為すがままに快楽を貪っている。


「いやあぁっ!私、くる、くる…きちゃうのっ!!」
絶頂が近いのか、シオンの全身が小刻みに震え、大きく開いた口からは涎に濡れ光る舌が突き出している。
その気配を察したアオイとクオンが、動きの速度を増してシオンを早く絶頂へ導こうとする。
「ハアッ、ハアッ…どうだ、シオン!こんな快楽、人間では、決して味わえないぞ!」
「堕ちましょうシオン様!いっしょに堕ちて、永遠にこの肉の悦びを愉しみましょう!!」
「いやぁ!そんなの、いやあぁっ!!」
首をぶんぶん振って抵抗の意思を見せるシオンに、クオンは苛立ったような表情を見せ、残りの尻尾をざわざわと動かした。
「しぶといな…。なら、これでどうだ!」
シオンを包み込むように展開した八本の尻尾は、先端を黒く光らせたかと思うと、それぞれが口、両耳、両乳首、脊髄、臍、尻目掛けて襲い掛かり、ずぶりと突き刺さった。

「んんん〜〜〜〜っ!!」

全身に襲い掛かった突き刺される衝撃に、口を塞がれたシオンはくぐもった呻き声をあげた。
口腔を蹂躙し、内耳を刺激され、乳腺を拡張され、脊髄を侵し、臍を貫かれ、直腸を圧迫される。
「んぐっ、ぐぅうっ!んぐうぅっ!!」
普通ではとても考えられない全身の責めに、シオンは全身を小魚のようにビクンビクンと蠢かせている。
「あははははっ!凄い、凄いぞシオン!お前は、膣だけではなく全身あらゆる所がこれ名器だな!
こんなものを味わってしまっては、私も、すぐに気をやってしまいそうだよ!!」
「シオン様!私も、私ももう我慢出来ません!もう、もうイってしまいます!!」
獣欲に顔を歪めるクオン。切なげに顔を歪めるアオイ。そして、悲しみに顔を歪めるシオン。

(ああ…、このままでは私も快楽に屈し皇魔へと身を堕としてしまう…。いやだけれど、いやだけれど…
気持ちよくて抵抗することが出来ない…。もっと貫かれたい。もっといじくられたい。もっと、気持ちよくなりたい…)

繰り返された陵辱に、もうシオンは自分を抑えることが出来なくなっていた。苦しさに細められた瞳から、悔し涙とも嬉し涙ともつかないものが流れ落ちる。

(御免なさいテラス様、お救いすることが出来なくて…。御免なさいお師匠様…。自分が未熟なばかりに……
お師匠様………?!)


お師匠様


この単語が心に浮かんだとき、堕ちかけていたシオンの心に再び光が灯ってきた。
(そうだ…、お師匠様が近くにいるんだ!こんなことで屈してたまるものか!征嵐剣の名は飾りではない!
なんとしても逃げ出す機会を見つけて、ここから脱出してみせる!必ず!)


「さあシオン、堕ちてしまえ!人間の身を打ち捨て、皇魔へと生まれ変わってしまえ!!」
「あああシオン様!もうっ、ダメ〜〜ッ!!」

「んんんんん〜〜〜〜っ!!」


シオンが上り詰めたその時、放出の快楽に支配されたアオイとクオンの尻尾から黒い光が迸り、ビクビクと刎ねる尻尾を伝ってシオンの胎内へどくん、どくんと注ぎ込まれていった。
完全に注ぎ込んだ後、シオンの体が一瞬黒く輝いたのを見てから、アオイとクオンは満足したかのように尻尾をシオンの胎内から引きずり出す。
絶頂と光の流入により完全に放心してしまったのか、支えを失ったシオンはズルズルと崩れるようにその場に突っ伏してしまった。
「ふふふ…。シオン、お前の心の闇は何だ?黒き光に導かれ、秘められた欲望を開放しろ。
そしてお前も、真に世に生きるべき姿になるんだ…」
「これでシオン様も私たちの仲間になるのですね。とっても楽しみ…」
清楚なシオンが皇魔に堕した時、どのような様を見せるのか。アオイとクオンは邪悪な期待を込めて横たわるシオンを眺めていた。




(………お師匠様…) どこを見渡しても何も無い、真っ暗なシオンの心。
その中でシオンは、ライセンのことを思い浮かべていた。
ライセンは偉大な師匠であり、目指すべき目標であり、敬愛している人間だ。
自分は師匠の力になるために厳しい修行をこなし、気の遠くなるような時間を共にし、ついには師匠の手助けが出来るほどの力を手にすることが出来た。
しかし、そんなこんないつも師匠のそばにいたというのに一つ腑に落ちないことがあった。
師匠は自分の修行に付き合っているとき、どこか心ここにあらずといった雰囲気を醸し出している時があった。
いや、それは別に修行の時だけではない。
注意して見ていたのだが、師匠は常に、何か別の考え事をしていた節が見受けられた。
いつも自分を見ていてくれていたようで、その実自分のことをまるで見ていなかった。
それこそ何百年に渡り、寝食を共にしておきながら、自分のほうだけを見ることは決してなかった。

くやしい

そんな気持ちがある日、ほんのわずかではあるが自分の中に宿っているのを感じた。
自分以上に気になる存在を師匠が持っているのがなぜか許せなかった。
そんな独善的な自分を恥じて何とかこの気持ちを消そうと努力してみた。
が、この思いは心の奥底にまるで餅の様にへばりつき、決して消えることは無かった。

何故師匠は自分を見てくれないのか。何故師匠は自分を想ってくれないのか。何故師匠は自分を…
こんな鬱屈した思いをしたことも一回や二回ではないと思う。
弟子である手前、自分から師匠へ向けて想いを述べようなんて思い上がったことは出来ない。でも、こんな思いを続けるくらいならば…

『奪っちゃえばいいじゃない。お師匠様の心を』

「!!」

誰もいない自分の心の中で声がする。しかも、その声は聞きなれた自分の声だ。
自分はここにいるのに、自分以外のところから自分の声が聞こえてくる。
「こんにちは、私」
ハッと振り返ったシオンの前にボゥッと現れたのは、当然のようだがシオン自身だった。
だがそれは姿形こそシオンと全く同じではあるが、その体から放たれる気配はシオンとは全く異なる、黒い魔力に満ち溢れているものだった。
「あなたは……誰?」
警戒して身構えたシオンに、もう一人のシオンはケラケラと笑いながら答えてきた。
「私もシオンよ。あなたが認めまいとして心の中に封じ込めてきた、もう一人のシオン。
自分の幸せだけしか考えない、自分さえよければそれでいい人でなしのシオン」
その人でなしのシオンが笑いながらシオンの顔をジッと覗き込む。酷く邪悪に歪んでいるものの、それは紛れも無くシオンの笑みだ。
「ねえシオン、あなたそんなに自分を縛って苦しくないの?なんで自分の思い通りにならないことを放っておくの?」
「うっ……」
人でなしのシオンの言葉がシオンにズシリと響き渡る。仙術の修行をしてきた故、禁欲と節制は自身の生活の基本事項であった。
だがその生活が、シオンに人間としての潤いのある生活を奪っていったことも事実だ。
そのため、シオンは人でなしのシオンの言っていることに咄嗟に反論が出来なかった。
「かわいそうな私。女としての悦びも教えられずに、ずっと想い人と同じ屋根の下で暮らしているなんて私には耐えられない…」
そうだ。師匠は自分の気持ちを察していたかもしれないのに、私にそのことを何も言いはしなかった。
「そんな師匠をこの手に入れる。それが間違っているはずがない…」
そうだ。師匠が振り向いてくれないならこっちから無理矢理手をかけて振り向かせるんだ。
「今なら私が力を貸してあげる。私を受けいれれば、師匠はシオンのものになるわ」
「あなたを、受け入れる……」
人でなしのシオンを見るシオンの眼は光を失って濁った輝きを放っている。心の奥底に閉じ込め、封じてきた欲望の心に自制心が屈しようとしていた。
「さあ、私の手を取りなさい。そうすれば私は貴方、貴方は私になって一つになり、素晴らしい力を手にすることが出来るわ!」
「………」
シオンは虚ろな瞳を輝かせたまま、ゆっくりと人でなしのシオンへ手を差し出した。それを見た人でなしのシオンはニィッと唇を歪ませながらシオンの手を取りに自らの手を伸ばした。
「そう、それでいいのよ私ぃ……ククク」
このまま手を握ってその純粋な心を汚し尽くし、身も心も闇に落としてあげる…。人でなしのシオンが邪悪な期待に胸を高鳴らせてシオンの手を取ろうとしたその時、

ジュウウゥッ!

シオンの掌から真っ白な光が放たれ、人でなしのシオンの右腕は肘から先が完全に消えてなくなってしまった。

「ギッ!ギャアアアアアァァァッ!!!」

突然の不意打ちに、人でなしのシオンは獣のような悲鳴を上げながら後ろに飛び退った。
「な、なんでぇ……シオン……?!」
恨みがましくシオンを睨んだ人でなしのシオンに飛び込んできたシオンの顔は、さっきまでの虚ろな顔を這うって変わった、覇気のある凛々しい笑みで引き締まっていた。
「残念だったわね、もう一人の私……。いえ、私に注ぎ込まれた皇魔の光で形作られた私の闇!!」
「ぐっ!!」
自身の正体を看破され、人でなしのシオン…シオンの闇が唇を噛み締めた。
「私は、お前なんかに屈しはしない!私は大魔導ライセンの一番弟子、征嵐剣のシオン!
消え失せろ!邪悪な皇魔の光め!!」
シオンの掌から裂帛の気合と共に放たれた白い光は、たちまちの内にもう一人のシオンを包んでいく。
「グアアアアアァァァァァァァアアアアァッ!!!」

その光に包まれたシオンは次第に体の色を失い、やがては真っ黒はシルエットだけになり、それすら眩いまでの光の中へ溶け込んでいき、ついには何もなくなってしまった。
「どうだ………。私は自分の心の闇などに、そうそう簡単に屈しはしない!」
皇魔の黒い光を退けたシオンは、心の中で満面の笑みを浮かべていた。




「シオン様………、全然変わりませんね」
「おかしいな……、あれだけ黒い光を注ぎ込んだのだから転生しないはずは……」
あれ以降、いつまで待っても黒い卵に包まれないシオンに二人とも怪訝そうな表情を浮かべていた。

「う………」

シオンが微かにうめき声を上げたのを見て、アオイとクオンはパッと目を輝かせた。
が、期待に反しシオンの体が卵に包まれることは無かった。やがて、意識を取り戻したシオンは二人の方へ視線を向けると、苦しげではあるがニヤリと微笑んだ。
「こんなことで…、私をどうにかできると思わないことね、アオイ。そしてクオン…」
「ふ、ふふふ…。なかなか愉しませてくれるではないかシオン…。まさか、私の責めを受けて堕ちないとはたいした精神力だ。やはり、そこらの雑魚とは一味違うな…」
並外れたシオンの意志の強さに、クオンは多少ではあるが感嘆の笑みを浮かべた。
しかし、アオイはその表情をみるみる曇らせ、憎悪の視線をシオンへ向けた。
「な、なんで?!なんで堕ちないんですか!!あんなに嬲ってさしあげたのに!!
だらしないアヘ顔浮かべて、前も後ろもグチャグチャになって、散々よがりまくっていたのに!!」

怒りが収まらないのか、拳をわなわなと震わせ髪はざわざわと逆立っている。
「認めませんわ…。許しませんわ!シオン!こうなったらあなたの大好きな口付けで、魂まで吸い取って差し上げますわ!!」
悪鬼のような形相でシオンに覆い被さったアオイは、口を目一杯大きく開くとその牙を喉笛に埋めようと頭を降ろしてきた。
が、牙の先が首に触れる瞬間シオンの手がアオイの頭をがっしりと捉えた。

「な!」

「アオイ……、あなたはやる事為す事単純すぎるのよ。もう少し、修行しなおしてきなさい!」
呆然としているアオイに、シオンが発した膝蹴りがアオイの腹部に深々と突き刺さった。
「ぐふぅっ!」
腹部を襲った激痛に、たまらずアオイはずるずると崩れ落ちその場に気絶する。上に覆い被さっているアオイを跳ね除け、シオンはスッと立ち上がった。
「さあクオン、残るはあなた。私とあなたが正面から向かい合ったら、あなただって無事では済まないと思うけれど?」
シオンのあからさまな挑発に、クオンも苦笑を浮かべて向き合う。
「確かに、我々二人は共に悠久の時を生き続けた者同士。本気でやり合えばそうもなろう。だが、そうはならないよ」
「どういう意味…?」
クオンに問い掛けるシオンに、クオンは皇魔らしい邪悪な笑みを浮かべた。
「単純なことだ。この場所は我ら皇魔の領域。だから、アオイの代わりになるものも…、吐いて捨てるほどいる!」

ガシッ!

「な?!」
突如、シオンの前に一塵の影が走り、シオンの体を羽交い絞めにした。驚いたシオンが目の前にしたものは先程までクオンに犯されぬいていたゲッシンだった。
「ゲッシン?!あなた…」
「うう…、女、おんなぁ………」
クオンを抱き寄せるゲッシンは、今まさに皇魔へ身を変じようとしている。こめかみから漆黒の角がメリメリと伸び始め肌は青く染まってきていり、瞳は淫欲で金色に爛々と輝き、股間の怒張は張り裂けんばかりに膨らんでいる。
「女……抱きたい……犯りたいぃ………」
「や、止めなさいゲッシン!このぉ…」
「くくく…、シオン。お前を求めているのは別にゲッシンだけではないぞ」
「え………」
よく見ると、シオンの周りにはどんどん他の皇魔が集まりつつある。男女を問わず全員肉に飢え、その飢餓をシオンで満たそうと考えている輩達が。

「お前の心はそう簡単に折れそうもないようだからな。その下らん自我を徹底的に崩壊させてやる…
さあ下衆ども、目の前の肉を存分に貪るがいい!!」

飢えた餓鬼達は、喜色満面の体でシオンに襲い掛かってきた。ゲッシンを振り払う間もなく、シオンは肉の海にたちまち覆い尽くされていき、群がる皇魔の欲望の捌け口にされていく。
(くそぅ……負けるものか!お師匠様のいる近くで、易々と屈してたまるか!!
いくら体を汚されようと、この心まで汚されは、しない!)
全身を皇魔の汚液で汚され、穴という穴を貫かれていく中でも、シオンの瞳は光を失わず、その心は決して折れず湧き上がる欲望に抗い続けた。





あれから何日経ったのだろうか。記憶ももう曖昧になってきている。
入れ替わり立ち代り、休むことなく繰り返される姦淫の連鎖。全身を青臭い汚液で汚されながらもなお終わること無い欲望の渦。
「しかし、本当にしぶといな。普通ここまで輪姦されたら、堕ちるまでもなく壊れるぞ」
後背位から前と後ろの穴を貫きながら、クオンはほとほと感心したかのように呟いた。
「いいかげん諦めたらどうだ?諦めてしまえば、楽になれるぞ」
「うる…さいわねぇ…。こんな程度じゃ、びくとも、しないんだから…」
発する声こそ弱弱しいが、その中にはまだ芯の通った意思がはっきりと感じられる。
「クオンこそ…、諦めなさいよ。私を堕とすなんて、出来はしないわよ…」
確かに、幾重にも輪姦されようがクオンが黒い光を注ぎ込もうがシオンはその身を皇魔に変えることなく人間の姿のままでいる。
「まったく大した奴だよ、お前は。なにをどうしたらそんなに頑張ることが出来るんだ?
ほらっ、また出してやるよ」
クオンの尻尾が黒く光り、光がシオンの胎内に潜り込んでいく。
「うはああぁぁ……」
シオンは注ぎ込まれる快楽に背筋をキュウッと反り返して反応するが、やはり身体が変わることはなかった。
「ハアッ、ハアッ……。どうしたの?もうおしまい…?」
クオンのほうを振り向き微かに微笑むシオンを見て、さすがにクオンも呆れるしかなかった。
「いや全く……。お前強いよ。ライセンにべったりで独りでは何もできないお嬢と思っていたが、ここまでやるとはな…。敬意を表してここから開放してやりたいぐらいだ」
「あら…、本当?そうしてくれたら、とても嬉しいんだけれど……」
本気とも冗談とも取れそうなシオンの言葉に、クオンは少しだけ困ったような表情を見せ、左手で頬を掻きながら呟いた。
「私は正直、本気でそう思ったのだが…、あの方がそうはしてくれないだろうよ…」
「あの方…?」
クオンが視線を向けている方向へシオンが顔を上げると、こちらに近づいてくる小さな影が見えた。

「あ〜〜らシオン様、まだ人間の姿のままでお楽しみでしたのね」

「テ、テラス様……!」
シオンの前に現れたのは、シオンがこの魔獄に捕らえられた日以来姿を見せていなかったテラスだった。
以前と変わらず顔に酷薄そうな笑みを浮かべてシオンを見下している。
「もうとっくに堕ちてしまっていたと思いましたのに…、顔に似合わずお強い意志をお持ちですのね」
「当然です…。伊達に、永い時を生きてきてはおりませんから…」
シオンの言葉に、後ろにいたクオンは僅かだが顔を曇らせた。
「絶対、ここから逃げ出してみせます…。これぐらいで、諦めたりは、しません…」
その時まで、例えどんな責めがあろうと耐えてみせる。シオンの表情には、そういった意志が感じ取られた。
が、テラスはシオンの言葉に意外な返答を返してきた。

「あら?シオン様はここから逃げ出したくないから、ずっと留まっているんだと思いましたのに…」

「??」
今、なんて言った?
「私が………、逃げ出したく、ない?!」
「ええそうですわ。ずっと私、見ていましたもの。私たちとまぐわう時のシオン様のお顔。
とぉっても気持ちよさそうにだらしなく顔を崩して、大声で吠えながらよがっているお姿を。
ですから私、てっきりシオン様がここを気に入ってくださったとばかり思っていましたのよ」
ちょっとはにかんだような表情でテラスはシオンに話し掛けてくる。が、テラスに今までの痴態を見られていたという屈辱よりも、自分がここを気に入っているという言葉にシオンは思わずむっと来た。
「バカなことを……。こんなところ、気に入るわけないではありませんか!こんな、人の皮を被ったケダモノが跋扈する畜生界など、一刻も早く…」
顔を真っ赤にして反論するシオンに、テラスは口を挟んできた。
「じゃあ……、なんで逃げなかったのかしら?」
「なんでって…、アオイに霊力を奪われて体の自由が利かなかったですから、ある程度回復してから…」
「私が聞きたいのはそんなことじゃないわ。なんで、あらゆる手段を使って逃げようと思わなかったの?」
「え……?」
シオンにはテラスの意図がわからなかった。いったいテラス様は何が言いたいのだろうか?
「貴方がここに囚われてからもう幾日も経っているわ。霊力だっていくらかは回復しているのではなくて?
ここにいる皇魔はクオンのような一部を除けば、吐いて捨てるような雑魚ばかりよ。貴方の敵なんかじゃない。
その気になれば私を捕らえて盾にしてもいいわ。逃げ出す手段なんて、いくらでもあるものよ」
「そ、それは………」
テラスの言うことは確かに一理ある。この数日はアオイのような力を吸い取る皇魔は現れず、シオンの霊力は幾許か回復していた。
が、万全を期そうとしたシオンは、自分でもう大丈夫だと思うまで脱出を思いとどまっていた。
答えに詰まるシオンに、テラスは言い放った。
「それでも逃げなかったのは、シオン様がここをいたく気に入ってくれた、ということ。
そして、もう一つ………。それは………」
ここまで言ってから、テラスはニヤリと口を歪ませた。
「それは、シオン様が自分の無様な姿をライセン様に見せたくなかった。
ということではないかしら?!」

「!!」

「毎日毎日挿されてガバガバになったゆるマ○コ!全身に塗りたくられ、カピカピに乾いた精液!
汗と涎と涙でグチャグチャになった顔!噛まれ、吸われ、真っ赤に腫れ上がったオッパイ!!
とても、尊敬する師匠の前で見せられた様じゃないわね!!え、シオン様!!」
テラスが放つ今のシオンの身体の状態は、確かに傍目から見てもとても人前に出るには卑猥に過ぎる。
ましてやライセンには死んでも見られたくない、と心のどこかでは思ってはいる。
「で、でも、大事に比べれば、私の恥なんか一瞬のこと。たとえ、どのような姿であっても…」
「ふ〜〜〜ん。そうなの、一瞬のことなの。まあ、確かに恥をかくのは一瞬ですよね………
あ、ライセン様。そんなところでなにをしているんですか?」





「ライセン………さま?」
ありえない単語を今、耳にした。こんなところに、お師匠様がいるわけが無い。こんなところに…
そう確信しているシオンだが、テラスが視線を向けているほうへ恐る恐る顔を向けると………
「……………」

そこには、無表情のライセンが立っていた。

「 」
シオンは、何も考えられなかった。精神が思考を働かせるのを拒否していた。ありえないところにありえない存在がいる。
「ライセン様、ライセン様のいない間にシオン様に手を出して申し訳ありません。
どうでしょうか?使い古しでよければライセン様も一回味わってみては…」

「あ、あ、あ、あ…」

「……………」
ライセンは変わらず無表情でシオンを見ている。普段のシオンならこのライセンがまやかしかもしれないと思い至ったかもしれない。
が、連日の陵辱で精神力が弱っている上に、現在一番会いたくない人物が目の前に出てきたことで、シオンの精神は完全に麻痺してしまっていた。

「い、いやあああぁぁぁぁっ!!師匠、見ないでください!見ないで!!
こんな無様な姿を、後生ですから見ないでくださぁぁぁいっ!!」

顔を真っ青にしたシオンは、この世の終わりかのように喉の奥から声を絞り上げた。クオンといまだ繋がっていることも関係なく、頭を抱えて蹲り全身をガクガクと震わせ、背中を丸めて縮こまってしまった。
「やめて……、師匠、見ないで……。いやぁ………」
「ほらほらライセン様、シオン様のお姿よく見てくださいよ。体中を精液で汚したあの様、なんて嫌らしいのかしら」
「……………」
顔を伏せ、目を閉じていても、自分の後ろからちくちくとした視線を感じる。最初に目にした爬虫類のような感情の無いライセンの眼が、何も見ていないはずのシオンの目にはっきりと焼きついている。
(師匠、そんな目で私を見ないで!必死になって辱めに堪えてきたのに、その私を、否定しないで!)
「いやぁ……、いゃ……、ぃ………」
丸くなっているシオンの声がだんだんと小さくなっていく。
それにつれて体の震えも次第に次第に収まっていっていき、やがて完全に固まってしまった。
「シオン……?」
クオンが怪訝な顔を見せたとき、不意にシオンが顔を上げた。

「…………あ、あははっ。お師匠様ぁ、見て見てぇ、私、クオン殿と繋がっちゃっているんですよぉ」

妙に上ずった声で話すシオンの表情は完全に彼岸の方向を向き、瞳からは光が全く失われていた。
「とぉっても、とぉっても気持ちいひんですよぉ。私ぃ、ハメハメするのがこぉんなにきもちいいなんて知りませんでしたぁ。
どうしてこんなにきもちのいいことをおしえてくれなかったんですかぁぁ?お師匠様の、いじわるぅぅ……きゃは」
完全に理性を失っているシオンはライセンにクオンとの接合部を見せ付けるかのように、自ら腰をぐっちぐっちと揺すっている。
「あひゃああぁあ!くおんどのぉ、きもちいいぃ!!もっと、もっとおくまでほじってぇぇえ!!」
「あらあら、シオン様ったら壊れちゃったわ。ちょっとあっけなかったわね」
あまりに突然のシオンの自我の崩壊に、テラスはちょっと意外そうに顔をしかめ、クオンのほうは尻尾を動かすのを止めつつ苦虫を噛み潰したような渋い顔をして呟いた。
「この状態で、あんなものを見せられたらこうもなってしまうだろうよ。一番見られたくない光景を一番見られたくない人間に見られたのだからな。
それにしても蜘蛛男、よくもそこまで巧く化けられたものだな」
蜘蛛男と呼ばれたライセンは、ドロンという煙と共にたちまち本当の姿、アナンシ・マシュラに戻った。
「ちぇ〜〜っ、あっさり正体バレてやがんの。あんたも驚くと思ったんだけれどね。でも似ていたでしょ?」
「確かに外見はな。でも、気配も何もライセンとは全然違う。シオンだって冷静に見れば、すぐにわかるぐらいのな」
「ちぇっ、なんだよそりゃ。ボクの化け方が下手だってことかよ」
クオンの言葉にアナンシがぶんむくれていると、テラスが話に割って入ってきた。
「ほらクオン、はやくシオンの相手してあげなさいな。焦らされて可哀相じゃないの」
テラスに言われてクオンがシオンに目を向けると、シオンは何も映していない瞳に媚を込め、じっとクオンを見つめていた。
「ねぇ〜くおんどのぉ、早く突いてぇぇ!わたしとくおんどののせっくす、お師匠様にみせてあげたいのよぉ〜」
腰をゆるゆると動かしておねだりをするシオン。そこには、先程までの凛々しい面影は少しも残ってはいなかった。
「早く、早くぅ…」
「今のシオンならあっさりと堕とすことができるわよ。さあ、さっさと……」

「断る」

テラスの言葉が終わる前に、クオンはズルッと尻尾を引き抜いてすっと立ち上がった。
「こんな壊れた人形を犯しても、面白くも何とも無い。テラス様、貴方にくれてやる」
「あら本当?後でやっぱ貰うってのはなしよ?」
「そんなこと言うか。好きにしてしまえ」
「あらそう。じゃあ、遠慮なく…」
了解を取ったテラスはシオンの方へ向き直り、舌なめずりをしながら尻尾をシオンのほうへ近づけていく。
「クオンはシオンのこと抱きたくないんだって。だから、私が代わりに犯してあげるわ」
「あはっ、ほんとうですかぁ…?うれしいなぁぁ……」
シオンの目の前に、テラスの黒光りする尻尾がニュルニュルと伸びてきた。
「ああぁ!!しっぽ、しっぽぉぉ………」
尻尾を見ただけで待ちきれなくなったのか、シオンは右手で自らの濡れきった股間をぐちゅぐちゅと卑猥な音を立ててまさぐりながら、残った左手で尻尾を掴み、ぬらぬらと光る先端を丹念に舐り始めた。
「んっ、んむっ……!ふあぁ……かたいのぉぉ……。おいひぃ……!」
まるで尻尾を清めるかのようにシオンは丹念に舌を伸ばし、唾液を伸ばして尻尾全体を熱く濡らしていった。
「あははは!1000年も生きた大仙人様も、こうなってしまってはそこらの商売女とおんなじよねぇ!人前で美味しそうに私の尻尾を舐めちゃってさ、恥も何もあったものじゃないわ」
テラスの悪意に塗れた侮辱も今のシオンには聞こえていない。見下し睥睨する視線も感じていない。
今のシオンには、自分を快楽の淵に導くもの以外は見えも聞こえもしていない。
ただただ我欲を満たさんがために尻尾をしゃぶるその顔に張り付いた壊れた笑みは、以前自分の心の中に現れた闇のシオン…人でなしのシオンが浮かべていた笑みと全く同じものだった。

「……ふうぅ…」

尻尾の先端から管、筋まで徹底的にしゃぶられたからか、テラスの顔はほんのりと青く染まり金色の瞳は軽く潤み始めている。
このまま舐められ続けたら自分の方が先に参ってしまいかねない、と感じたテラスはシオンの手から尻尾をちゅるっと引き抜いた。
「あっ……いやぁ……。もっと、しゃぶらせて……」
「シオン様ぁ、ご丁寧に舐めてくださるのは嬉しいのですけれどぉ…、私もそろそろ、シオン様の蜜壷を味わいたいと思いまして…」

「みつ、つぼ……?」

すでに自我が崩壊し難しい言葉の意味が理解できないシオンは子供のように首をかしげたが、テラスの尻尾が股下に伸びていくのを見てへらっと笑うと自ら股を手で押し開いた。
「あはっ、てらすさまぁ♪はやくくださぁい…!しおんのここにぶすーって挿して、いっぱいきもちよくしてくださぁい」
「わかっているわよシオン様。その壊れた心がもっと派手にぶっ壊れるくらい、ガンガンに犯して差し上げますわよ!」
待ちきれないかのようにシオンの上に覆い被さっていくテラスを見ながら、クオンはくるりと後ろを振り向いた。
自分に歯向かい、最後まで抵抗しきった好敵手の堕ちる姿を見たくないといったかのように。





地下牢に放り込まれはしたものの、その後は何をされるわけでもなくただ閉じ込められていたライセンが突然牢屋から出され連れ込まれた部屋。
光があまり差し込んでこない薄暗い部屋の中に、何者かの気配をライセンは感じそれに向って軽く身構えた。
その何者かはゆらりと立ち上がると、ライセンに対してゆっくりと振り向いた。
「な……、お前は!」

「あ………、師匠ぉ……、お師匠さまだぁ………」

部屋の中にいたのは、シオンだった。
しかし、そこにいたシオンは服はあちこちがズタボロに切り裂かれ、体中に赤黒く腫れた傷を負い、下腹部から太腿にかけてはどれほどの陵辱を受けたのか分からないほどの精液で濡れ光っていた。
その表情は虚ろで、壊れた笑みが張り付いている。
「ど、どうしたんだシオン!その姿は!」
ライセンがシオンの肩を掴んでゆさゆさと揺する。シオンの頭ががくがくと前後に揺さぶられるが、顔に張り付いた壊れた笑顔は消えてはいない。
「師匠……、私、テラス様を救おうとして、逆に、捕まって………。いっぱい、いっぱい乱暴されちゃった…
前も、後ろも、いっぱいずぽずぽされて…、口にもたくさん飲まされて……、あ、あはは…」
「………バカ!なんで私を連れて行かなかった!私と一緒なら、こんなことには……」
弟子の軽率な行動と、それを止められなかった自分にライセンは臍をかんだ。
「でも…、私、とぉっても気持ちよかったんです……。最初は抵抗したんですけど…、そのうちどうでもよくなって…
かんがえるのやめたら、気持ちいいがとまらなくなったんです…。いまでも、あの時のこと考えるだけで…」
瞳をスゥッと細め、頬を染めたシオンが右指を股下に這わしていく。そこは、指を当てるか当てないかの時からじっとりと濡れ始め、床に糸を引いている。
「ここが、熱くなってきちゃうんですよ……。あはは、師匠ぉ…見て、私、こんなに濡れてる………」
何も言葉を発せず呆然としているライセンの眼前で、シオンは臆面も無く自慰を始めた。
人差し指と中指を肉壷の奥の奥まで深く埋め、溢れる蜜を掬って口へ運んでいく。
「あっ、あはっ……師匠ぉ…気持ちいいです……。とっても、とぉってもきもちいいのぉ……」
シオンのあまりに終わっている行動を正視に耐えられなくなったライセンは、シオンをぎゅっと抱き寄せて腕でがっしりと包み込んだ。
「もういい、もうやめろシオン!やめてくれ!」
「ああぁ…、師匠ぉ、これじゃ指が動かせません…。あそこ、ぐちゅぐちゅできませんよぉ…」
シオンは体をぐいぐいと揺すって何とかライセンの手から離れようとする。
「離して、師匠ぉ…。わたし、きもちよくなりたいの……」
不満そうにライセンを見つめるシオンの瞳にはなにも映しこまれてはいない。この時点で、ライセンはシオンが心に受けたどうしようもないほどの傷の深さを悟った。
「………すまない、シオン。これほど近くにいたというのに、私はお前を救うことが出来なかった…」
「何言ってるんですか、師匠ぉ…。いいから早く離してください。私…、わたし、気持ちよくなりたいんです!
やああああぁっ!!はなしてえぇぇぇっ!!!」
髪を振り乱し、半狂乱になって暴れるシオンをぎゅっと押さえつけ、ライセンはシオンに泣きそうな声で怒鳴った。
「いいんだ!お前はそんなことしなくていい!お前は…、お前は私が相手をしてやる!
いっぱい、いっぱい気持ちよくしてやる!」
「え………、ほんとぉ?」
ライセンの言葉に、シオンは『にへら』と微笑んだ。
「じゃあ、してして!早く、はやく私を犯してくださぁい…」
「わかった。わかったから……」
完全に壊れてしまった弟子に対し、自分に出来ることはせめてこれぐらいしかない。
喩えようの無い悲しい顔をして、ライセンはシオンをそっと床に降ろした。
「はやく、はやく!」
両指で真っ赤に晴れ上がった秘部を押し広げ、待ちきれないといった表情で急かすシオンに、ライセンはゆっくりと腰をおろしていった。



「ああ……、お師匠様〜〜。もっと、もっとくださいよ〜〜」
「はあっ…、はあっ……、ち、ちょっと待てシオン。そんなに…」
あれからどれほどシオンと肌を重ね合わせているのだろうか。無邪気にライセンを求めてくるシオンは、ライセンの精気と霊力をまるで底の無いバケツに水を入れるかのように無尽蔵に吸い取り続けている。
当初はこれでシオンが満足するなら…といった気持ちで行為に及んだのだが、これではシオンが満足する前にライセンのほうが力尽きてしまう。
「少し、休憩させてくれ…。これでは、こっちの身がもたない………」
疲労困憊といった感じでシオンの肌の上に荒い息を吐きながら沈み込むライセンに、シオンは両腕を絡めながらなおも腰を動かし続けた。
「うあぁっ!やめろシオン。そんなに急かしても、もう出ない……」
「だめですよぉお師匠様〜〜。もっともっと、お師匠様のくださぁ〜〜〜い」
鼻を膨らませ、媚を売るような甘い声でシオンはライセンに更なる放出を要求してくる。さすがにライセンは自らの危険を感じ、一旦シオンから身を離そうとした。が、
「ダメですよぉ、離しませぇん」
シオンの両足がライセンの腰を捉え、強引にシオンの奥の奥へライセンを導こうと押し込んだ。
「や、やめてくれシオン!本当にもう出ないんだ。もうお前にやれるものが、ないんだ……」
「なに言ってるんですか師匠〜〜。まだ師匠が私にくれるものがあるじゃないですか〜〜〜」
ライセンに腰をギュッ、ギュッ!と押し込みながら、シオンは妙に明るい声で呟いた。
「ま、まだお前に、私が、あげられるものが、ある、だと?!」
「ええ、そうですよ〜〜。私、師匠の〜〜〜」
そこまで言ってから、シオンの顔にそれまでの壊れきった笑顔ではなく、明らかに意志のある、この上なく邪悪な笑顔が浮かんだ。


私、
師匠の心が
欲しいんです。

堕ちたシオン『私たち』の
邪魔になる
師匠の、心が


今まで演じていた白痴の仮面をかなぐり捨て、シオンの全身から黒い瘴気が噴き出してくる。
ライセンを見つめるその瞳は、金色をしていた。
「シ、シオン!お前は!!」
驚きに目をひん剥くライセンを見て、シオンは愉しげに目を細めた。
「うふふふ…、逃がしませんよ師匠。そのために、さっきから師匠の霊力をたっぷりと奪い取ってきたんですから。もう、師匠の力はすっからかんのはず…」
シオンの肌の色が見る見るうちに血色の悪い皇魔の青い肌に変わっていき、山吹色をした角は黒く染まると共に歪な形にビシビシ音を立てて伸びてきた。
ライセンを包む暖かな肉壷もサッと体温が下がったかと思うと、それまでにない締め付けと動きでより強烈な搾精を行うべく蠢き始めた。
足を絡められて動きが取れないライセンの下半身の腰に冷たく鋭い錐のようなものがつん、と触れた瞬間ずぐぐぐっ!と痛みを伴わずにライセンの皮膚を突き破って体内に侵入してきた。
もしライセンが後ろを振り向けたら、それがシオンの腰から延びた黒い尻尾というのがわかっただろう。

「さあ師匠。私にください。師匠の精液も、知識も、霊力も、魂も、全部呑み尽くしてあげますからぁ!」

シオンの口からぎりぎりと延びた二本の牙が無防備に晒されているライセンの喉笛にガブリと喰らいついた。
溢れ出る血と霊力を牙から吸い取り、下腹部に刺さっている肉棒からは精液と共に英知を注ぎ込ませ、腰に突き刺した尻尾はライセンの体の奥へと伸びライセンの根元を吸い取っていく。

「シ、シオ……、ぐわああああぁっ!!」

あらゆるものが吸い取られていくことによってもたらされる、まるで魂ごと吹き飛ばされそうな強烈な快感にライセンは断末魔の悲鳴を上げた…





「…で、ライセン様はどうしたのかしら?」
中央宮殿の玉座に、テラスが皇魔の姿のまま鎮座している。それはすなわち、中央都市宮殿全体が完全に皇魔の手に落ちたことを意味していた。
「はい。そのあと私が師匠の全てを吸い尽くしてあげました。もう大魔導ライセンはこの世に存在しません。
あるのは、私がハメたいときにハメる肉人形だけ……。あふぅ……」
テラスの前に畏まっているシオンは、ライセンを呑み尽くしたときを思い出したのか右胸をギュッと掴んで軽く悶え声を上げている。
皇魔の甲冑に身を包み、青肌、黒い角、尻尾と皇魔の特徴を兼ね備えたシオンの姿は傍目に見たら皇魔の女将軍にしか見えない。
「あの強くて凛々しかった師匠が、今じゃ赤ちゃんのように呆けた顔をしながらいっつもおちんちんをおっ起たせて私に入れられるのを待つばかり。
うふふっ、なんて可愛いのかしら……。思い出しただけで濡れちゃう……」
心の中が昂ぶってきたのか、シオンは顔を青く火照らせて残っていた左手を股間に宛がい、太腿を滴り落ち始めた蜜を指に絡めながらぐちぐちと音を立てて攪拌し始めていた。
一旦テラスの姦計でぐちゃぐちゃに壊れたシオンの心はテラスに黒い光を注がれて皇魔に変じた時に再構成されたが、それに伴い非常に欲望に忠実な面が表に出てきてしまったようだ。
たとえテラスの前であろうと慎むことをせずに平気で肉体を弄り、我欲を満たさんとする様は1000年以上に渡る時を生きた仙人とはとても思えない。
「あぁ……ダメぇ……手が止まらない!気持ちいい!!こんな気持ちいいことがあったなんて、思いもしなかったわ!」
「フフッ、すっかり自分の心に忠実になりましたねシオン様。下らない自制心なんかとっぱらって生きることがどれほど幸せなことか、よくわかったんじゃありませんかぁ?」
すっかり堕ちたシオンにテラスが皮肉めいた笑みをぶつけてくる。が、シオンは別段気にすることも無く欲望に潤んだ瞳を向けた。
「えぇ…。あの時テラス様が仰った、『自分が自分のやりたいことを行う世界』の素晴らしさが、今となってはよくわかりますぅ…
私ったら、何をバカみたいに自制してきたのかしら。自分の人生なんだから、自分の思い通りに生きることが当たり前なのに…!」
そう言いながら、指では満足できなくなったのかシオンは腰の尻尾を前へと伸ばし、光るほどに濡れた股下を擦るように前後に動かしていた。
「うふふ……、尻尾でアソコ擦るの気持ちいい……。これ、皇魔の体になっていないと絶対に得られない快感ですよねぇ……」
「そうね。普通の人間に尻尾はないわよねぇ。どうかしらシオン様、皇魔の体は気に入ったのかしら?」
「…もちろんです。皇魔になったからこそ師匠を自分のものに出来ましたしこんな気持ちいいことを知ることも出来たのです。
もし1000年前に皇魔の素晴らしさを知っていたらと思うと、残念でなりませんよ……」
シオンの頭の中に、1000年前の激戦が蘇ってくる。
あの時シオンは、サイガたち4部族王を中心部へ突入させるために、夥しい数の皇魔を斬って捨てていた。
その際、奥から発せられていた圧倒的な圧迫感を持つ邪悪な気配のことは今でも決して忘れることは出来ない。
だが、昨日までのシオンはそれに対して強烈な嫌悪感を抱いていたが、今のシオンは真逆の猛烈な敬愛心を抱いていた。
「あぁ……あの時の気配。皇帝陛下マステリオン様が発せられる偉大なお力……。あの時、皇魔の素晴らしさを知っていたらいの一番に馳せ参じて、陛下に逆らう輩を殲滅させて差し上げたのに……」
本当に、心底悔しそうにシオンは腰に差した剣を抜き放ちながら唇を噛み締めた。 「あらら、そんなこと言っていいの?陛下を封じたのはかつての4部族王。私のご先祖様のサイガも含まれるわ。
クオン様がこのことを聞いたら、シオン様も無事では済まないですよぉ」
「でも、これは嘘偽りのない私の本心ですもの。今さら取り繕う必要などありはしません。
ですから私は、過去の過ちを償うためにも皇帝陛下の御再臨を成し遂げなければいけないのです……」
剣を持つシオンの瞳が暗い金色にキラリと光った。そこには、強烈な殺意が燃え広がっている。
「そのためにも、陛下がお住みになりやすいようこの地上世界を私たち皇魔族のものへとしなければいけません…」
「そうね。邪魔な人間を排除し、力ある人間を皇魔に堕し、私たちの素晴らしい世界を創造するために。
まだまだこの地上には、皇魔族に対抗しうる力を持つ人間が残っているわ。それを狩るのが貴方の役目よ……シオン」
そう言うとテラスは玉座から立ち上がってシオンのもとへと降り立ち、尻尾で擦り続けてぐちゅぐちゅに濡れた股間につぷっと人差し指を突っ込んだ。
「ふわぁう!!」
それだけで、すでに興奮で発情状態にあるシオンは甘い悲鳴を上げてしまった。
「期待しているわよシオン様。そのお力で、逆らう人間どもを皆殺しにしてしまいなさいな」
「は……はぁい……!頑張ります……。テラス様と、陛下のためにバカな人間を皆殺しにしますぅ……!
で、ですからもっと、もっと奥まで弄ってください……っ!!」
それまでの自慰と異なり、他人の手で弄られるのはやはり感じる快楽の度合いが桁違いなのだろう。あっという間に全身が蕩けたシオンは、1000歳以上年下の幼女皇帝にはしたなくもおねだりを要求してしまった。
「うふふ、本当にシオン様は淫乱ですのね。突っ込んだ私の指に媚肉が絡み付いてきて、びくともしなくなりましたよ。
でも、そんないやらしいシオン様はとってもステキですよ。人間のころよりずっと、ね……」
気の遠くなるほどの長い時を生き、仙人とも称される人間が自分に体を委ねているというシチュエーションにテラスはゾクゾクするような興奮を覚え、指だけでなく尻尾を動かしシオンの蜜口にずぶりと突き刺した。
「うぁーっ!!しっぽぉ、尻尾が奥に、奥にぃぃぃ!!すごっ、これ気持ちいい――――っ!!」
「シオン様のご活躍を期待しての前祝です。腰が抜けるまで気をやってくれますわ!!」
底なしの淫魔と化した二人は、自分たち以外誰もいない部屋の中で獣のような咆哮をあげて快楽を貪り続けた。
その声は、部屋中を響かせて城全体に行き渡りそうなほどのものだった。
そして、その声は中央都市宮殿中に屯する人間上がりの皇魔にとっては、自分たちの官能を刺激する実にいい塩梅のスパイスだった。
宮殿のあちらこちらで皇魔同士の乱交が始まり、かつて神羅連和国で一番の聖地だったこの地は今や欲望が全てを支配する暗黒地帯と化していた。


「あら…、クオン」
テラスとの情事を済ませたシオンが廊下に出ると、廊下の壁にクオンが腰を掛けて立っていた。
「シオン………、今の自分に、後悔はしていないのか?」
神妙な面持ちで尋ねかけるクオンに、先程の熱がまだ醒めていないシオンは青く染めた顔をだらしなく歪めて答えた。

魔に堕ちた二人
後悔?するわけないじゃない。
テラス様のおかげで、私は素晴らしい体と悦びを手に入れることが出来たわ。
この素晴らしさも知らずにあれだけ抵抗していた私も、今となってはバカみたい。
もっと早く受け入れていたら…
って、今更ながらに思うわ

そうか………
シオンの嬉々とした言葉に、クオンは悲しみとも微笑ともつかない、なんとも苦い表情を浮かべた。
「でもね…」
が、さらにシオンは話を続けた。その顔には少し黄昏たような笑みが形作られている。
「でもね、もしあの時先に師匠を助けて一緒にあの部屋に入っていたら…、その時は今とはまた違った未来が……
やめたわ。過ぎたことを言ってもしょうがない。今の私は、テラス様と皇帝陛下の忠実な下僕…。それ以上でも、以下でもない」
「そうだな……。時計の針は進みこそすれ戻ることは無い。お前も私も、人を捨て魔として生きる道を採った。それだけだ」
クオンはスッとシオンの横を通り過ぎ、廊下の奥へ消えていった。シオンもそれを振り返ることなく、反対側の廊下を進んでいった。



その日、中央大陸から真っ黒な瘴気が世界全体に広がっていき、それと同時に夥しい数の皇魔族が世界中に氾濫し、人類を蹂躙し始めた。
圧倒的な数に人類は対抗する術を持てず、皇魔の版図は広がり続け…
やがて地上は、魔界とさして変わらないような様相を呈し始めた。
それは光の戦士が地上に戻る、ほんのちょっと前の出来事であった。


4章終




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