余録

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余録:古本屋の看板を気を付けて見てみなさい…

 「古本屋の看板を気を付けて見てみなさい。『高価買い入れ』とあっても、『古本売ります』とは書いていないでしょ。買い取りこそ腕のみせどころですから」。ある古書店主にそう教わった。言われてみると確かに「売ります」は少数派だ▲「せどり」という商いがあることも聞いた。見知らぬ土地の古書店に飛び込む。書棚に並んだ背表紙をざっと見回すと、結構な値打ち本がほこりをかぶっている。それを安く買い、転売するのである。目利きを競う古本屋の他流試合みたいなものか▲だがこの手だれの古書店主にしても、近ごろ書物の“自炊”がはやっていると聞けば驚くだろう。自分で本を裁断し、1ページずつスキャナーで読み込んで電子書籍にすることを指す隠語だ。iPadなどの登場で注目され、高価な裁断機が売れているという▲本の悲鳴が聞こえてきそうな蛮行である。いや、「陶板や木簡から紙に変わったのが、今度は電子データになっただけ」とドライな考え方もある。引っ越しのたびに本の山と格闘し、腰を痛めた身には心が動くのも確かである▲お盆に京都の下鴨神社・糺(ただす)の森で開かれている「納涼古本まつり」(16日まで)をのぞいた。関西の約40店が木陰に80万冊を並べ、リュック持参の熱心なファンもいた。一冊一冊の手触りまで確かめる愛書家にとって“自炊”など言語道断であろう▲会場を出て如意ケ岳(大文字山)を仰ぐと、今夜の送り火に向け火床の準備が進んでいた。ご先祖様の精霊は彼岸に戻るが、裁断された本たちの魂はさてどこに帰るのか。インターネットのクラウド(雲)とやらのかなただろうか。

毎日新聞 2010年8月16日 東京朝刊

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