八朔祭
私がいる寺院では古くから7月31日、8月1日の両日、三十番神堂に於いて「八朔祭」が行われます。
近年は町内の夏祭りも兼ねており、8月1日付近の土曜日、日曜日に行われております。
また「八朔祭」の本当の意味も薄れかけていて、夏祭りがメインになってしまっているようです。
八朔とは、旧暦8月1日(朔日)の事で、このころ台風や病害虫の被害をこうむる事が多いため、風雨を避け、順調な五穀豊穣、家内安全等を祈ることを目的としています。
この「八朔祭」の起源は、古来からの習わしで、いわゆる「八朔」または「怙恃(たのみ)の節」、「たのみの節」といわれてきた人 々の年中行事に遡るとも言われています。 この「八朔」には、ひとつには「田の実りをお供えする」と言う意味と、「稲穂の豊穣を祈願する」という二つの意味合いがあり、室 町時代の一條兼良の「公事根源」、江戸時代の黒川道祐の「日次紀事」などによると、旧暦の8月頃になると早稲の穂が豊かに実るので、農民の間にはその初穂 を貴人、恩人に送る風習が古くからあったと言われています。 この「八朔」の紀元について、一条兼良は「公事根源」の中で、鎌倉時代の後深草天皇の建長の頃か、後嵯峨天皇の頃か定かではない がと紹介しておりますが、民間儀礼の一部として農民の農耕儀礼にその源を発し、次第に武家から公家へと浸透していった模様です。
近年は町内の夏祭りも兼ねており、8月1日付近の土曜日、日曜日に行われております。
また「八朔祭」の本当の意味も薄れかけていて、夏祭りがメインになってしまっているようです。
八朔とは、旧暦8月1日(朔日)の事で、このころ台風や病害虫の被害をこうむる事が多いため、風雨を避け、順調な五穀豊穣、家内安全等を祈ることを目的としています。
この「八朔祭」の起源は、古来からの習わしで、いわゆる「八朔」または「怙恃(たのみ)の節」、「たのみの節」といわれてきた人 々の年中行事に遡るとも言われています。 この「八朔」には、ひとつには「田の実りをお供えする」と言う意味と、「稲穂の豊穣を祈願する」という二つの意味合いがあり、室 町時代の一條兼良の「公事根源」、江戸時代の黒川道祐の「日次紀事」などによると、旧暦の8月頃になると早稲の穂が豊かに実るので、農民の間にはその初穂 を貴人、恩人に送る風習が古くからあったと言われています。 この「八朔」の紀元について、一条兼良は「公事根源」の中で、鎌倉時代の後深草天皇の建長の頃か、後嵯峨天皇の頃か定かではない がと紹介しておりますが、民間儀礼の一部として農民の農耕儀礼にその源を発し、次第に武家から公家へと浸透していった模様です。
今年の八朔祭のイベントとして、7月31日の午後7時より、まちかど歴史浪漫コンサートがあり、「LSM-Project」(レディソウルマジック‐プロジェクト)のライブがあります。
楽しみにしていますが、リア住は焼き鳥を焼いていますので、その時間帯は忙しくて近くでは聞けないのが残念です。ノリノリで焼き鳥焼いているおんちゃんがいたら、それは私です(^^ゞ
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毎月1日の読経会は2日に変更しますので、ご参加くださいますようお願いします。
2010年07月30日
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