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< 著者インタビュー >

もう一つの大阪が明らかに

万城目学(まきめまなぶ 作家)    聞き手「本の話」編集部
万城目学さん

――万城目学さんの新刊『プリンセス・トヨトミ』は大阪を舞台にした奇想天外な小説です。これまでの作品では、オニや喋(しゃべ)る鹿などが登場しましたが、新刊では意外にも(?)会計検査院の調査官という、実にリアルなお堅い人たちが活躍します。この調査官を登場させるきっかけのようなものはあったのでしょうか。

万城目  お金の流れを追っているうちに、何かとんでもないところにたどり着くという物語の進め方をしています。会計検査院は国の決算のチェックをするのが仕事なので、そこから出てきました。もし、調査の過程でおかしなことがあったときに、警察の場合、違法性があると即犯罪になってしまい、話を展開していく上で広がりがなくなってしまいます。警察や検察といった捜査機関でもなく、弁護士、新聞記者といった正義を追求する人種でもない、会計検査院の調査官は税金の使い道を調べて無駄かどうかを判断する、特殊な価値基準の中で働いている人たちなので、相応(ふさわ)しいのではないかと思いました。

――きわめて特殊な官庁ですから、取材も大変だったのではないでしょうか。

万城目  資料を読み込んで、実際に会ってお話も聞きましたが、調査の詳しい内容まではなかなか教えてもらえませんでしたね。ただ、キツキツの杓子定規というのでなく、「いやいや、僕らなんか」という感じの気さくな方もいらして、おっちょこちょいだが偽造書類発見などには異能を発揮する鳥居など、調査官の人物造形に幅ができました。

――小説の中で骨のある調査官、副長・松平が役人の税金の無駄遣い、いい加減さに、憤りをもつ表現がありますが、これは万城目さんの心情の吐露でしょうか。

万城目  税金の使い道に対してですか? いえ、そういうわけではないです。会計検査院の調査官の人たちの気持になって、少し大げさに書いてみました。


徳川にお灸を据える

――デビュー作が京都、二作目が奈良、『プリンセス・トヨトミ』が、大阪。まとめて「関西三部作」と呼ぶ声もあります。この大阪を舞台にした作品の着想はどんなものだったのでしょうか。

万城目  最初の最初は日本の歴史に謎解きを絡めたいというのと、人情味溢れる物語を書きたいというのがあって、それらを組み合わせて考えることができたのが大阪だったんです。一般市民が実はとんでもないことを、超人的なやりかたでなく、毎日の生活の中で昔から綿々と守り続けていることがあるんじゃないかと。そこにピンチが起きたとき、Aが何かをしたらBがそれを見てあることをする。誰もが声には出さないんだけれど、連鎖的にものごとが運んでいって「守る」行動が連鎖的に発生する、というイメージだけは初めからありましたね。

――その連鎖的な行動を起こす上で、重要な要素となるのが大阪人の気質ですね。それが歴史に絡めるかたちで実に見事に語られています。大坂夏の陣で西軍を破った徳川家が、市井に逃れた豊臣家の嫡子を探し出して殺した上に秀吉の墓を暴(あば)いて破壊したり、秀吉の大阪城を解体して、徳川家光がその上に別の大阪城を築き、豊臣家を跡形もなく抹殺しようとしたりしました。そこで、これでは豊臣家が「あまりにかわいそうじゃないか」「勝者としてあまりに品位に欠ける行いに終始する徳川家に、何か一つお灸を据えなければいけない」となるわけですね。

万城目  大阪の人のいわゆる「東京嫌い」のもとはそこだと思います。

――やっぱり、大阪の人は東京が嫌いなんですね。

万城目  徳川に関しては、僕は子供のころ、悪いイメージを持っていましたけれど、人とそんなに話したことはありません。だけど、大阪人の東京嫌いの根底には少なからずそれがあると思いますよ。

――豊臣家の象徴として「五七桐紋(ごしちのきりもん)」が出てきます。テレビドラマ「水戸黄門」のおかげで「葵(あおい)の御紋」は皆知っていますが、関西では「五七桐紋」は周知のものなのですか。

万城目  そんなにわかる人がいるとは思いませんね。あのマークを見たことはあると思いますが。あれが、桐の葉だとはわからないでしょう。

――日本国のパスポートにこの「五七桐紋」が印されているという指摘には驚きました。

万城目  明治政府が大礼服など公式着の紋章に使用すると決めて以来、使ってますね。僕も今回初めて「五七桐紋」の呼び名を知りました。花の数による五七の意味もですね。

――結束力のある大阪人の舞台に選んだのは、「空堀(からほり)商店街」。文中の大阪の「“坂道を抱いた”商店街」という表現が、いかにも大阪の人たちが町を大事にしていて、人情味豊かな雰囲気で好きなのですが、この商店街は本当にあるのでしょうか。

万城目  ありますよ。地名はほとんど実在のものです。長浜ビルと空堀中学、お好み焼き屋「太閤」は架空ですが。

――主要登場人物の一人、中学二年生の真田大輔の両親が営むお好み焼き屋のことですね。大阪でお好み焼きは、はずせないアイテムだと思いました。

万城目  たこ焼き屋とか、お好み焼き屋とかを出すのはどうかなとは思ったんです。あまりに「大阪」すぎて。でも、まあ、これくらいはいいかなと。

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