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< 著者インタビュー >

もう一つの大阪が明らかに

――「大川」という川が出てきます。東京だったら大川は隅田川ですが、大阪では淀川のことですか。

万城目  いえ、淀川が都島区のあたりで南に分かれて、中之島にさしかかるまでのあたりをそう呼ぶんですね。河川名としてあるんです。さらに西に向かう途中で土佐堀川とか堂島川に名前が変わっていきます。

――水系が張り巡らされているんですね。

万城目  自分たちで大阪のことを「水の都」と呼んでいます。

――今回、この小説を書かれるにあたり、何か大阪再発見のようなことはありましたか。

万城目  近代建築、例えば明治の代表的な建築家・辰野金吾が設計した中央公会堂や浜寺公園駅などがたくさん残っているのには驚きました。知らない一面でしたね。

――ひとつ特徴的だと思ったのが大阪弁の使い方です。笑いを誘うシーンはもっぱら会計検査院のパートで、大阪が舞台の橋場茶子と大輔の部分には、大阪弁で会話をしながらもいわゆるベタなボケと突っ込みのシーンはありません。

万城目  大阪を書くに当たっては、なるべく、いわゆる「吉本」が築き上げたイメージに乗っからない方向にしようと努力したんです。マスコミや、テレビのバラエティで強く出されている大阪色に染まらないように。それでうまく大阪の雰囲気が伝わるかなって心配しながら書いていました。空堀商店街とか有名でない場所が主要な舞台の一つですし、阪神タイガースの熱狂的なファンが出てくるというわけでもないですしね。
   大阪弁は、字にして読むと読みづらいので、セリフはなるべく短めにしました。「大阪弁は面白い」という刷込みはテレビなどの影響による、作られたイメージの部分が多いのではないでしょうか。茶子や大輔のパートはシリアスな展開も多かったですし、大阪弁を使うことで、逆に物悲しい雰囲気が出たなあと思います。最初は通天閣の一帯を、彼らの住む場所にしようかと考えたんですが、いざ書こうとしたときになって変更しました。今回は意識して、あまり誰も使わなかった大阪を選んで書いているんです。

――浜寺公園の駅とかもそうですね。

万城目  辰野金吾が設計してますが、本当に小さな駅です。だけど浜寺公園自体は昔は東洋一の大きな海水浴場だったんです。金持ちが軒並み別荘を建てていたそうですよ。今は砂浜自体がなくなっていますね。ある意味で「吉本」とは違う、もう一つの大阪です。


人間が継承していくもの

――ところで、この作品を含めて万城目さんの小説は親子であったり世代間を扱っていますが、伝統や、平和を維持する精神といったものを継承する大切さを感じさせます。これは意図して書かれているのでしょうか。

万城目  まさにそうです。『鹿男あをによし』(幻冬舎)の中で鹿に「人間は文字で書かないとなんでもかんでも忘れてしまう」ということを言わせていますが、鹿は人間が文字に残さないがため忘れてしまったことを代々伝える生き物として登場させているんです。今度の作品では逆に、人間自身が文字にするのを自ら禁止して、人と人の間で口承で伝え続けていたらどうだろうと思いました。関係者以外、誰にも言わない、これを厳格に守る。それだと、まわりからは絶対にわからず、世の中に知られずに継承されると考えたんです。何を伝えるのかというときに、そこを大阪という土地に当てはめて小説を組み立てました。

――橋場、松平、宇喜多、蜂須賀……登場人物の名前も歴史を知っていると面白いですね。

万城目  好きな歴史上の人物の名前には、どうしてもいい役柄を与えてしまいますね。真田幸村が大好きなんです。だから真田はいの一番につけましたし、島左近も好きなので、茶子や大輔の身近に島君を登場させたり。

――ひとり、ゲーンズブールというフランス系の女性の名前が登場します。シャンソン歌手から取ったんでしょうか。

万城目  そうですね。でも、僕は親父さんのセルジュじゃなくて、女優の娘のシャルロットの方です。むしろ旭という名前に意味があるんです。秀吉の妹の旭姫に由来します。

―――登場人物が本当に個性的で魅力的です。彼らのキャラクターでシリーズものにできるのではないでしょうか。

万城目  それはまだ考えられないですね。ある編集者の方が最後の場面、会計検査院が次の仕事でベトナムにODA(政府開発援助)の検査に行くところを読んで、豊臣の次は織田ですかと言ったんですが、ベトナムまで織田信長の話を持っていくつもりはありませんね(笑)。これで完結です。

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