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[7531] 前書きにて大変申し訳ありません。才人君とルイズさんを逆行させてみる(ゼロ魔)
Name: yossii◆1d5cbef8 ID:fd397e7c
Date: 2010/08/15 12:06
 八月十五日

 ごめんなさい。皆様。
 メイン板の方で問題を起こしてしまいました。
 こんな事をしても責任を取る事には到底ならないのは、重々承知しています。
 ですが、心が折れました。
 少し熱くなり過ぎたのかもしれません。
 ですが、最近の騒動は許せなかった……。
 18歳未満禁止のXXX板であっても馬鹿騒ぎが止まらない現状に、オーディエンスの一人一人に問いたかった。
 
 ですが、所詮いいわけです。
 未熟な私が全てを壊してしまいました。
 本当に申し訳ありません。
 たくさんの皆様に応援して頂き、本当にありがとうございました。
 一週間後、この作品を削除しようと思います。
 重ねてお詫び致します。
 至らない書き手で、本当にすみませんでした。
 





 


 前書き…になるのかな?


 こんにちは、yossiiといいます。

突然ですが私は逆行物が大好きです。と言うか大好物です。

 SSにハマったきっかけが、シンジ逆行のエヴァSSだったからかもしれません。

 昔はよかった。

 名作駄作に限らず、エヴァやナデシコのキャラクター達が次々と逆行し、原作を好き勝手に蹂躙していきました。

 しかし! 昨今のSSは憑依やTS、勘違い系やクロス作品が幅を利かし、「逆行物などすでに死んでおるわ!」

 といわんばかり。

 たしかに人間の一番の武器が頭脳である以上、逆行物は安易な最強物(俺TUEEEEEEEE!)になりがちです。

 書き手として、フリ○ザ並みの戦闘力がなければ、現在の目の肥えた読み手達には、それこそ太鼓の達人並みの攻
 
 撃をうけてしまうでしょう。しかも、例え新しい名作が生まれたとしてもそれで逆行というジャンルが活性化する

 保障はありません。

 しかし! それでも読みたい!! 才人やルルーシュ、ティーダといった主人公達が、神の如き視点で王者の力を振

 るい、ヒロイン達の心を鷲掴みにしていく様を!!

 私は言いたい。原作レイプ? かまわん! 蹂躙せよ!! と。

 原作の主人公達は例え逆行しても、超絶オリキャラには勝てないのか?

 それほどまでにオリキャラの魅力は主人公達より上だというのか!?

 そんな事はない! そんな事はないはずだ! 原作主人公が魅力で負けるなど・・・いいや違う! 勝ち負けじゃ
 
 ない! これは願いだ! 数多の書き手よ! まだ見ぬ書き手達よ! 過去への歩みを止めないでくれ!





 






 人様に頼るばかりはアレなので、私もちょっとだけ書いてみます。



[7531] 第一話 スキスキサイト
Name: yossii◆1d5cbef8 ID:fd397e7c
Date: 2009/08/30 10:27
 





 第一話 [スキスキサイト]



「す、好きです平賀君! 付き合ってください!」


二人きりになった途端、飛び出しそうな心臓を飲み込み、女は度胸とばかりに清水琴乃は切り出した。


 は、はあ? な、なんで? なんで清水さんが俺なんかに告白? ……ま、まさかドッキリか!? かはっ!! 

 て、手の込んだ悪戯しやがって! 思春期男子の純情弄び……くふっ!! ……心が折れそうだ……

 
才人は困惑していた。放課後、バイトも無いし、今日は体操部に顔を出そうと考えている時に、隣のクラスの女

子三人組みに拉致された。桜が咲き始めた校舎裏に。

一瞬甘い期待がよぎったが、碌に話したことも無い女子達なのだ。しかも派手目の。

最悪、恐い先輩達がダース単位でこんにちは、も有り得ると戦々恐々としていたのだが、予想に反して(?)待

っていたのは一年最強の呼び声高い清水琴乃。

無論腕っ節ではなく、容姿が最強という意味だ。天使の輪を欠かさないロングの黒髪。少したれ目だが、黒目が

大きな瞳の下の泣き黒子が幼い容姿に色気を醸し出している。

余りのハッピーサプライズに才人の思考は混乱し、幸せの定義と愛の証明にまで迷走する。

 
「きょ、去年の六月に平賀君が入部してきてすごく真剣な顔ってゆーか! 目が違うってゆーか! ひ、平賀

見ててなんか違うなって思っててなんとなく観察しててでもストーカーじゃなくってみんなとは見てる場所

 が違っててあっ私じゃなくって平賀君が…」

 
沈黙に耐え切れず喋り始めた琴乃もまたテンパっていた。

 
「ああ! もう何言ってるかわかんない! お願いだから私と付き合って!!」


才人の胸に頭から飛び込み、ぎゅっと抱きしめる。琴乃は行動派だった。

怒涛の急展開に混乱が加速していく才人だが、ガンダールヴであった頃、この手のフラグは何度か経験している。

しかも精神的には19歳になる。才人の脳内コンピュータは状況を把握するために全力で回りだした。


清水琴乃。確か隣のクラス委員長。男女分け隔てなく接し、友人を多数持つ社交派。学年一と噂される美貌に加

え、廊下に張り出される試験順位では常に上位のチートスペック。

新体操部に所属し、体操部とはフロアを共同で使う為、偶に会話をした事がある程度。いわゆる友人未満。

胸のサイズは平均的。しかし高一という成長期を考慮すれば、今後C・・いやDカップを超える可能性あり。

特筆すべきは足。レオタードからすらりと伸びた足はモデルのように日本人離れし、きゅっと締まった小ぶりの

お尻とのコントラストに何度鼻の下が伸びた事か。

もう見る事が出来なくなるかもしれないレオタードは絶対の正義。スクール水着同様、魅惑の妖精のビスチェに

も負けない魔法が掛けられている。

 
 ピ、ピーチちゃん……よ、よし! 清水さんはピーチちゃんだ!


浪漫回路が全力で回っていた。

悲しいかな、経験を生かす為の頭は一年では育たなかった。

美少女に抱きつかれ、思わず腰にまわした手の感触は柔らかく、小柄な琴乃の頭からはシャンプーと汗の混じっ

た女性特有の甘い体臭が香り、才人の脳髄を直撃する。

精神年齢が19歳だろうが、多少のフラグを経験しようが所詮童貞。一瞬で頭に血が上り、腰にまわした腕に力を

入れようとした時、琴乃が顔を上げた。

腕の中で少し潤んだ瞳で見上げてくる小柄な少女に、才人は一瞬だがまったく別の少女を見た。

只の幻視であった筈なのに、湧いた頭が即座に冷静になってしまう自分に才人は苦笑する。

 
 わかってるって。んな泣きそうな顔すんじゃねーよ


それでも多大な精神力をもって、腰にまわしていた手を琴乃の肩に置き、ゆっくりと体を引き剥がす。

え? という口をした琴乃に即座に頭を下げ、


「ごめん」


はっきりと口にする。

才人にとっては当然の答えだった。が、想いの丈を告げた方からしてみたら、それは最悪の答えでもあった。

 
 え? ふ、振られた? な、なんで?


琴乃は信じられなかった。いや、信じたくなかったが正解か。

琴乃には自信があった。いやらしい言い方になるが、自分の容姿が美少女の部類に入る事を自覚していたし、人

付き合いも無難にこなす。

偶にしか部活に来ない才人に結構話し掛けたりもしていたし、自身のレオタード姿に鼻の下を伸ばしていた事も

知っている。自分よりスタイルの良い娘にも鼻の下を伸ばしていたのは業腹だったが…。

事前調査もばっちり行っていた。数人の友人知人に調べてもらった結果、特定の親しい女性はなく、休日も酒屋

でバイト三昧らしい。男友達と遊ぶ事はあっても女っ気は皆無。でもスケベ。

成績はまずまずで、得意科目は化学と歴史。運動は好きらしく、一年の初めに剣道部と柔道部に仮入部し、結果

現在の体操部に落ち着いたらしい。信じられない事に、毎朝10キロ走るというハードジョガー。

絵に描いた優等生のような生活をしているのに、クラスの友人達とバカな事を言ったりやったりし、周囲の認識

はスケベなバカ。それなのに、評価は男女共に上々という摩訶不思議。つまりはム-ドメーカーなのだろう。

まあスケベなのだが、だからこそ琴乃には勝算があった。

 
 清水なら普通に告ってもOKでしょ? 平賀って女っ気ないし、スケベだから清水クラスの美少女に言い寄ら

 れたら絶対OKするって。

 それにあいつ意外と人気あるし、早目にモーション掛けないと誰かに取られるよ?


才人と同じクラスの知人にそう言われ、自信も付いたし危機感も煽られた。だから告白したのだが、予想に反し

てなんと玉砕。目に涙が溜まっていくのがわかった。


「……理由、聞いても、いいよね?」


格好悪い女だと思われたくない一心で、涙がこぼれるのは堪えたが、涙声になるのは防げなかった。


「ごめん。好きな娘いるんだ」


余りに在り来たりな台詞にカっと頭に血が上る。

これでも恋する乙女だ。事前調査にはストーカー並みのパワーを注いでいる。

現在、平賀才人に恋人はいないし、特定の女友達もいない。好意を寄せる相手が居るなら、この二週間の調査で

必ず判明してるはずだ。それだけの手間と労力を使ったからこそ告白に踏み切れたのだ。


「ひどいよ。それ言われたら何も出来ないじゃん……」

 
意地で留めていた涙が溢れてくるが、かまわず言葉を紡ぐ。


「私がんばって調べたもん! 平賀君と特別親しい女の子いないって!」

 
下手をするとストーカー宣言であるが、失望と怒りが羞恥を忘れさせていた。


「そんなお決まりの嘘つかないでよ! 何? 一番カドが立たない決まり文句で私に気を使ったわけ?! や

 めてよ! そんな事言われたら諦めるしか無いじゃん!! 好みじゃないとか、まだよく知らないとかの理

 由にしてよ! 努力する事も出来ないじゃん!!」

 
息を荒くして怒りのままに吐き出したが、裏を返せば振られても諦められないくらいに好きなのだ、と言ったも

同然な事にはまったく気付かなかった。

当然才人も気付かない。というよりも、泣くほど怒りだした琴乃にそんな余裕など全く無くなっていた。

才人は嘘を言っていない。才人としては自分の気持ちを誠実に言葉にしたつもりだ。

もっとも、未来のかわいいご主人様の為とはいえこれ程の美少女を振る自分に、


 俺っていつのまにか男としての高みに至っていたのかぁ 


などとこの状況に酔っていた部分もあったので100%誠実とは言い難かったが、とにかく誠意ある返事を返した

つもりなのに、相手は泣きながら自分の不実をなじる。

過去の約一年間に渡る、ご主人様の凄まじいお仕置きが軽いトラウマになっている才人は、怒る女性を前にする

とどうしても腰が引けてしまうのだ。

 
「イ、イエ、嘘ジャナイデス、ホントウデス」


いきなり敬語、しかもカタコトになった才人の言葉は、火に油を注ぐ結果にしかならなかった。


「じゃあ教えてよ! 誰! どんな人! 名前は!!」

「る、るいずですっ」

 
ボロボロ泣きながら怒鳴る琴乃に、才人は反射的に答えてしまった。


「は、はあ?! 誰だって?!」

「ル、ルイズ!  ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです!」

 
一瞬時間が止まった。ついでに琴乃の涙も止まったのは僥倖か。


「ど、どこの外人さんよ!?」


一瞬思考が停止した琴乃は、辛うじて聞き返す事に成功した。ほとんどツッコミだったのは仕方がないだろう。

なにせ、出てきた名前は明らかに日本人ではないのだ。しかも長いし。 

才人は才人でテンパっていた。両親にしか話していない少女の名前を思わず言ってしまったのだ。

しかも、どこと聞かれても困る。きっと信じてもらえない。

冷や汗を掻きながらあ~う~言っている才人の様子をみて、琴乃の脳裏に電流が走った。

もしかして、外国の女優とかではないのか? 才人に外国人の知り合いが居るなんて聞いていない。

もし外国人の恋人がいるなら相当な噂になるはずだ。現実は女性の影すらない。

アイドルに恋するファン心理ならば、少し行き過ぎだが理解する事が出来る。

そこまで考えた時、成績上位の琴乃の頭脳にまたも電流が走った。


 ま、まさか! 二次元の人!? よ、世の中には、アニメのキャラクターに恋をするキモヲタとか呼ばれる

 人達がいるって……


琴乃は震えを堪え、ありったけの勇気を出して才人に聞いた。


「そ、その、るい…ず?さんは、どういう人なの?」

 
テンパっている才人に相手の思考を読む事など出来なかった。テンパっていなくとも出来なかったろうが……

急に落ち着きを取り戻した(ように見える)琴乃の不安気な瞳に、才人も徐々に落ち着いていった。

涙を堪え、体を強張らせながら真剣な瞳で聞いてくる女の子に、才人は嘘をつきたくなかった。いや、つくべき

ではないと考えた。才人は紳士なスケベなのだ。

互いの温度差に気付かぬまま才人は覚悟を決め、男らしくしっかりと琴乃の目を見て、


「貴族なんだ」

「き、貴族!?」

 セレブの事!?

「うん、あと、魔法使いなんだ」


少し照れが入ったが、負けず嫌いで素直じゃないかわいいご主人様を自慢するように、ハニカミながら才人は言

った。

 













 




 





「うああああああああああああああああああああん!!ゔあ゙あ゙あああああああああああああああああん!!

 っ!っ!ぶああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!」


琴乃に出来たのは、恋よ砕け散れとばかりに全力で泣く事だけだった。





 


ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールには運命の相手がいた。

妙な服に身を包み、教養の欠片も見当たらないマヌケ面。

貴族と平民の違いもわからず、あろう事か主人に対して不平不満を撒き散らし、文句を言わずに言う事を聞いた

ことなど数える程度。

貴族の誇り? バカじゃねーの? と言われた時は、怒りで頭がどうにかなりそうだった。

躾と称して何度も鞭を振るったし、魔法で吹き飛ばした事も一度や二度ではない。

それなのに、自分の考えを改める事も意志を曲げる事もなかった。

心配してやめろと言ってやっているのに、威張る貴族にはぜってー頭は下げねぇと、素手で貴族と決闘する。

命の恩人のハーフエルフの為に、決闘してでも下げなかった頭を地面にこすり付ける。

あいつは友達だ!と、女王自身から手渡されたマントを脱ぎ捨てて、強力なエルフに囚われた少女を救いにいく。

制御不能の常識知らず、余りの頭の悪さに何度泣きたくなった事か。


 ……でも、サイトはいつも傍にいてくれた

 何度も何度も助けてくれた

 使い魔だから傍にいるんじゃなくて、私が好きだから護るんだって言ってくれた

 私の前で剣を構えるサイトの背中が好き

 マヌケ面のくせに真剣な時のサイトは格好良くて好き

 ……本当は普段のマヌケな顔も好き 全部大好き

 逢いたい サイトに逢いたい

 
「……サイト……サイト」


自室のベッドで丸くなっていたルイズは、懸命に涙を堪えていた。

涙を流せば精神力も流れ出てしまうのではないかと恐れたからだ。

通常、同じ使い魔を二度召喚する事は出来ない。

当然だ。主人と使い魔の契約の破棄は死でしかありえないのだから。

しかし、才人は過去に一度それを覆した。

心臓が停止し(蘇生したが)、契約を破棄された才人の前に何故またゲートが開いたのかルイズにはわからない。

平賀才人はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの運命なのだと思いたかったが、そん

な理由である保障はどこにもない。体調や心理状態、精神力の量、時期や月の位置が関係しないと何故いえる。

才人ではない使い魔が現れたら自分の精神は持たないとルイズは自覚していた。きっと心が砕けてしまうと。

だから歴史をなぞろうと考えた。

魔法を使う為の精神力が、肉体に溜まるのかそれとも心に溜まるのかわからない以上、この身が16年分の精神力

を宿しているかはわからないし、呪文も試す訳にはいかない。

虚無の精神力は負の感情が源になる。

ならばまたゼロのルイズと呼ばれよう。プライドばかり高くて、公爵家のくせに簡単な魔法も使えぬ駄目メイジ

と蔑まれよう。愛しい使い魔に今度は逢えないかもしれないと、毎晩一人で震えていよう。

一年という時間があれば、きっと才人が死んだと思った時の絶望以上にこの身に精神力を満たしてくれるはずだ。

ルイズは選んだ。孤独と侮蔑の道こそが、唯一才人に出会える道だと信じて。


 ……それに、サイトにも考える時間をあげたい

 故郷を…家族を捨てて、もう一度私の使い魔になるかどうかを……

 
春になり、使い魔召喚の儀式まで残り二週間を切っていた。

ルイズの心は限界に近づきつつあった。

才人に逢えるかもしれない、でも逢えないかもしれない。

才人は来てくれる、でも故郷の家族や友人を選ぶかもしれない。

期待や不安がごちゃ混ぜになり、ワインを飲まなければ眠る事も出来なくなっていた。

軽い酩酊状態になっていたルイズは、精神力を溜めるため、もはや日課になっている過去の辛い記憶を掘りおこ

す。今夜は才人を召喚しようとして泣いた日の事を思い出していた。

 
才人と共に駆け抜けた日々が無かった事にされ、何故か魔法学院入学の日に時間が巻き戻っている事に気が付い

た時、ルイズは余りの混乱で気絶し、そのまま丸一日眠りつづけた。

睡眠には記憶を整理し、精神の安定をはかる効果がある。

眠りから覚めたルイズは、交代で看病していたというメイドに自分が倒れた事を説明され、具合を聞きに来た教

師に謝罪とお礼を言った後で、自身が間違い無く新入生である事を確かめた。

入学の緊張と寝不足で倒れたのだと適当に言い訳し、疲れているからと一人にしてもらった後、泣いた。

ルイズはこの状況の原因に心当たりがあった。が、それ以上に才人との日々の記憶が、一年間交わした会話の一

つ一つが、才人は夢の存在では無いとルイズに確信させた。

じわりじわりと増してくる孤独感に震えだす体を抱きしめて、何度も何度も才人を呼んだ。

主人の危機には必ず駆けつける筈の使い魔はいつまでたっても現れず、才人がどこにもいない事を実感して泣い

た。

泣いて泣いて散々泣いて、朝日の眩しさで目が覚めた。

泣き疲れて寝てしまったのかと胡乱な頭で思い、前にもこんな事があったと自覚した瞬間、


「そうよ! 前にもあったわ!」


ベッドから跳ね起きた。


「サイトが七万に突っ込んで死んだと思った時よ!!」


寝過ぎで痛む頭はまるで気にならなかった。それどころかどんどん思考がクリアになっていく。

歓喜と興奮で思考がそのまま言葉になる。


「そうよ! 時間が戻っただけであの時と同じ! サイトはここにいないだけで生きてる!」


ならもう一度召喚すればいい! と杖を構え、サモン・サーヴァントを唱えようとして動きが止まる。

 
 ……サイトは故郷のチキュウにいる……あんなに……帰りたがっていた……チキュウに……

 
手が震えだす。足も、肩も、心も。

ルイズの脳裏に、母親の手紙(メール)を見て泣くサイトの姿がよぎった。必ず返すと誓った自分の姿も。

カタンと杖が手から滑り落ち、ルイズ自身も崩れ落ちる。


「……ふぅっ!……ふぐっ!……ぅぅぅふっ!……ひぐっ!……ぅぅぅ……」

 
 良い事よ! 良い事じゃない! 戦争も殺し合いも無い、平和な世界でサイトは暮らしてるのよ!


「ふぐっ!……ひっ……ひっ……ぁぁぁぁぁぁ……ひぐっ!……やだぁぁ……ぃゃぁぁぁぁぁぁ……」


どんなに誤魔化そうとしても、力一杯両手で顔を押さえつけても、あとからあとから溢れてくる涙と嗚咽を止め

る事は出来なかった。







あとがき

展開や場面背景よりも、掛け合いと心理描写に力を入れたい乙女気分

『ルイズはテファの虚無で才人を忘れた。しかし、ルーン経由で才人主観の記憶あり』

 理由のわからない自殺未遂等の整合性の無い記憶+才人の記憶=ルイズの本来の記憶に近い脳内補完  とい

 う捏造。

練習です。本当はFF10書こうと思ってました。うまく書けずカッとなってやっちゃいました。だから続きません。

でも…こんなのの続きが読みたいという人がいれば、執筆遅いですけど後づけでプロット練ってみます。



[7531] 第二話 キュル、タバ登場
Name: yossii◆1d5cbef8 ID:cf748ce5
Date: 2009/08/30 10:29


平賀才人には運命の相手がいた。

初めて見た時は、人形も裸足で逃げ出す美少女だと思った。

初めて聞いた言葉は「あんた誰?」

気の強そうなソプラノが印象的だった。

実際に気が強かった。いや、強いなんてもんじゃない。

人権無視は当たり前。人を犬扱いして、鞭で叩くわ股間は蹴り上げるわ爆破するわ、散々だった。

魔法が使えぬ落ちこぼれの癖に、誇り高く、前しか見ない姿勢には少し感心した。

それが、貴族の誇りにしか縋るものが無い、弱い少女の強がりだと気付いたのはいつだっただろう。

自分に唯一残された貴族の誇りの為に、何度も何度も命をなげうって、その度にそんな少女の盾になった。


 あいつ今頃泣いてるな。ったく、考えすぎて泣くぐらいならとっとと召喚しろっつーの


自分だけが二年前に戻ったなどと才人は考えなかった。

考えるだけの頭が無かったのもそうだが、自分とルイズの縁が切れるなどある筈がないと信じていたからだ。

おそらく、故郷に戻れた俺を呼び出すことに躊躇っているんだろう と、当たりを付けていた。

実際それは当たっていたし、少女の心情も理解できる。故に才人は苛立っていた。


 俺を置いて一人で殿に立とうとするし、俺に黙って勝手に元の世界に帰そうとするし、挙句の果てに魔法で

俺の事全部記憶から消すってどーよ?

 俺の事考えてくれるのはうれしいよ? でも、考えて考えて、結局俺の気持ちを無視してるって事に気付か

 ないのっておかしくねーか? これだから貴族のお嬢様は……


使い魔の洗脳効果の無くなった、何の変哲も無いただの左手の甲を見ながら才人は愚痴を漏らす。(才人もルイ

ズと似たようなものだが、当然それに気付く程頭は良くない)

ガンダールヴでなくなったという事は、使い魔からの縛りもなくなったという事であり、なんの制約も受けてい

ない自分の気持ちと向き合う事が出来た才人は少し混乱した。

なぜなら、使い魔時代のように四六時中ルイズの事を考えるという事が無くなったからだ。

これにはさすがにお気楽な才人も戸惑った。やっぱり、ルーンの効果で恋と勘違いさせられていたのかと悲しく

なった。

冒険やゴタゴタを乗り越え、少しずつ確実に自身の気持ちを膨らましていったルイズと違い、サイトはルーンに

植え付けられた好意が前提にある。いうなれば、借り物の好意の上に気持ちを積み重ねてしまったのだ。借り物

の好意という土台が無くなり、ひどく不安定な想いが残った。

そうなると、当時はあまり気にしていなかったルイズの諸々の欠点が鼻につくようになってしまう。

たしかに、使い魔じゃなければあんな扱いに耐えられなかっただろうなと思う反面、一年間のルイズとのやり取

りで、彼女を愛しいと思うのも嘘ではなかった。

自分の気持ちに確信が持てなかった才人だが、苦難が待ち受けているルイズを見捨てるという選択肢はなかった。

この辺は義侠心に篤い才人らしいといえるだろう。

はたして、そんな自分で自分の気持ちに自信が持てなくなった才人を救ったのは、彼の両親だった。



「そんなに惚れてるならしっかり護ってやるんだぞ」


父親の晩酌に付き合い、酒のつまみにルイズさんの事をおしえろ。といわれ、才人も焼酎を片手に色々と語った

後でそんな事を言われた。

 
「俺、ルイズに惚れてんのかなぁ……」

「はあ? 何言ってんだおまえ?」

「……前に言ったろ? 使い魔には主人に対して好意が植え付けられるって。最近ちょっと自信ない…」

 
言い終わる前にパーンと頭を叩かれる才人。


「いってー! 何すんだよ!」

「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、自分の気持ちもわからない程アホだったとはな」

「何がだよ!」

「あんなにうれしそうにルイズさんの事を語っておいて、何を言っているんだ?」

 
父親の言葉に、え? という顔をする。

 
「えーと、うれしそう…にしてた?」

「してたとも! なあ母さん?」

「何? あれは惚気じゃなかったのかい?」

 
ジト目で才人を見る母親。しかしそれも仕方が無いだろう。まだまだ子供の癖に、父親と一緒に酒を飲みながら、

見た事すらない娘の話をしているのだ。今の所、可愛い息子を危険な場所に連れて行く娘としか認識していない。


「戦争に参加して、人も殺したかもしれんっつーからどれだけスレたのかと思えば、さてはアレだな? 才人。

 おまえまだルイズさんと関係してないな?」

「な!? ななな何言ってんだよ! 父ちゃん!」

「図星か? まったく情けない。だから気持ちがフラフラしてるんだよ」

「それは関係ないだろ!」

「いや、あるぞ? 心の結び付きも大事だが、体の結び付きも同じように大事だ。才人、おまえルイズさんが

 他の男に抱かれても我慢出来るか?」

「出来るわけないだろ!!」


力一杯即答した後で、ニヤニヤとこちらを見てくる視線に気付き、才人は顔を赤くする。


「そういう事だ。相手の気持ちがわかっていても、物理的に接触していないから自信がないのさ。しかも、言

 ってみれば今は遠距離恋愛中だろ? 不安になってるんだよ、おまえは」


才人は衝撃を受けた。自分がしっかりとルイズに惚れてると言われた事よりも、何と言うか普通のおっさんだと

思っていたのに、恋愛得意ですけどなにか? 的な事を言ってる父親に、超えられない壁を見たからだ。

才人はゴクリと唾を飲み込み、


「もしかして、父ちゃんモテた?」

「うん? まあ若い時はそこそこな。母さんとも大恋愛の末に結婚したんだぞ?」

「そ、そうなの?」


と、いまだふて腐れている母親に振る。


「まあそうだねぇ。というより、あっちにフラフラこっちにフラフラしてたよ、この人は」


ジロリと睨み付けられた父親は、ぶるりと一つ身じろぎし、無理やり話を戻す。


「ま、まあ才人。お前はルイズさんの騎士なんだろう? なら、ルイズは俺の女だ! くらい言ってみせろ。

 それで全てうまくいく」


そうだろうか? と、酔った頭でテーブルを見詰めながら呟いてみる。


「……ルイズは俺の女だ」


その途端、ストンと才人の心に何かが落ちた。

 
「声がちっちぇよ。そんなもんか? ルイズさんってのは?」


両親の前で、女の子を俺のものだなどと発言するなど、明日になったら自殺物の羞恥プレイだったが、酔いとよ

く分らんテンションで才人は弾けた。


「ルイズは俺の女だ!」

「もう一声!」

「ルイズは!! 俺の女だ!!」

「そうだ! ルイズさんは俺の女だ! へぶぅ!」


飛んできたお盆が顔に直撃し、後ろにひっくり返る父の姿がやけにゆっくり才人には見えた。


「ルイズさんは才人の女じゃなかったの? 何であんたの女になってんだい?」

「ス、スミマセン。酔ッテイタノデ言イ間違エマシタ」


倒れた父にいつのまにか足を乗せてグリグリしている母にビビリつつ、ルーンじゃなくて遺伝子に縛られてたの

かぁ。それじゃあしかたないよなぁ と、これまたストンと心に何かが落ちてしまう才人だった。

 

 

  
 
 
 第二話 [キュル、タバ登場]



泣きやんだと思っていた琴乃が、いきなり幼児なんて目じゃねーぜ! とばかりにフルパワーで泣き出した事に

才人は呆然。しかし、瞬時に我に返る。

放課後の校舎裏だが、まだ帰宅していない教師や生徒はいくらでもいる。

こんな所を目撃された日には、女を泣かす外道として噂が広まってしまう。

しかも、相手は学年一の美少女、清水琴乃だ。へたをすれば、不特定多数の男共から命を狙われかねない。

それに、女の子が泣いているのを見るのは、胸が締め付けられるように辛い。

才人は即座に宥めにかかった。


「ご、ごめん! 本当にごめん! あ、あの、違うヨ!? 清水さんすごく可愛いヨ?! スタイルも良いヨ

 ?! ル、ルイズがいなかったらすぐ付き合っちゃうヨ!? 結婚だってしちゃうし、子供も三人くらい作

 っちゃうヨ!? 子供達のお風呂は俺が入れるし、掃除とか得意ダヨ!? 使い魔だったし、料理以外の家

 事なら大丈夫ダヨ!!」


テンパった才人は将来の家族計画を語りだした。言ってはいけない単語も飛び出した。

でも琴乃は泣き止まなかった。

混乱の加速する才人の脳は、過去の事例を検索する。


 な、なんでそんなガン泣き!? シエスタなんか二番目でいいとか言って、むしろアプローチが激しくなっ

 たのに! 姫様の時は……そうだ!


宿屋で震えるアンリエッタを思い出した才人は、おもむろに琴乃の肩を抱いた。


「ごめんな、清水さん」


言って、琴乃の頭頂部から後頭部をぎこちなく撫でる。

精神的には年下の女の子が自分のせいで泣いているのだ。この程度の事は、過去シルフィードの上で眠りながら

泣いていたルイズの唇を奪った才人にとって、どうという事ではない。心臓の鼓動は凄まじかったが……

労わるような才人の声に、琴乃は徐々に落ち着いていった。

抱きしめられた時は、触るなオタクヤロウ! とも思ったが、やはり好きなのだ。

好きな人に抱きしめられるのは気持ち良かったし、頭を撫でられるのも気持ち良かった。

抱きしめて、一言あやまった後は何も言えずにいる不器用さにも好感が持てた。

 
 やっぱ好き。すごい好き。

 いーじゃんオタクだって。こんなに好きなんだから。

 現実の女の方がいいんだって私がわからせてあげれば……そうよ! るいずなんとかに、女の魅力で勝てば

 いいのよ! 私の事すごく可愛いって言ってくれたし、女優かアニメキャラか知らないけど必ず勝ってみせ

 る!

 平賀君を正しい道へ戻してみせる!!


一度は砕け散りそうになった恋心を瞬く間に修復、さらに相手の在り方を受け入れる包容力、止めに己の愛で救

ってみせるという断固たる決意、琴乃は強い子だった。

 
「…ひぐっ…平賀えぐっ…君…ぇっ…」


えぐえぐ言いながら涙でぐしゃぐしゃの顔を上げる琴乃に、才人の良心は締め付けられた。


「…えっ…えぐっ…駄目…ひぐっ…アニっメぇっ…ぐっ…好きっ…えぐっ…オタグぅっ…現実ぅっ…」


全力で泣いたせいで、喋ろうとする度に横隔膜が痙攣する琴乃。涙もまだ止まってはいない。

何を言っているのか判らなかったが、その姿に一層良心を締め付けられた才人は、出来るだけ優しく背中をなで

て言う。

 
「わかってる。悪いのは俺で、清水さんは何も悪くない。ホントにごめん」


何もわかっていなかった。

前にも述べたが、才人には他人の思考を読むスキルなどない。

単純な才人は、早とちりして突っ走ってしまうという、チョットおっちょこちょいな紳士でもあるのだ。

かろうじて好きという単語を聞き取り、こんなに泣くほど好きになってくれたのかと、少し感動していた。


「俺に出来る事なら何でも言ってくれ。清水さんの力になるから」


才人が地球に居られる時間はもう一月もない。二年生になり新学期が始まればすぐに召喚される。

才人は後顧の憂いを残したくなかった。

両親には最初から全て話し、この11ヶ月何度も衝突し、病院に連れて行かれそうになったり、泣かれたり、反対

されたり殴られたりしながら、最後にはハルケギニア行きを納得してくれた。いくつか条件があったが……

才人に迷いはなかった。

だからこそ、自分を好いてくれた少女を泣かせたまま旅立つという事に抵抗を感じたのだ。

こんなに泣くほど好きになってくれたのだ、地球での残り僅かな時間でちゃんとこの娘を笑顔にしたい、という

思いから出た言葉だった。


「…えぐっ…じゃあ…うぐっ……えっ…えうっ…」

「うん」

「…うっ…うぐぅ…まっ…まに…えぐっ…げぇんっ…にっ…うっ…なって…うくっ…」

「え? ごめん、もう一度いい? ゆっくりでいいから」


呼吸を落ち着かせる為に深呼吸を促し、背中をトントンと叩く。

才人の腕の中でふうふうと息を整えた琴乃は言った。


「…真人間に…ぅっ…なって…」

  は?


涙でベチャベチャになった目で懇願してきた琴乃に、また聞き間違えたのかと思い才人は聞き返した。


「え~と、真人間になってって言った?」


才人の問い掛けに、琴乃はコクンと頷いた。


 
















 


 

 

 えええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!???

 俺真人間じゃねーのおおおおおぉぉぉぉぉ???!!!


微妙にすれ違う才人と琴乃。

少女の誤解が完全に解けたのは、想い人が実際に召喚された日だった。 







キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーは好奇心が強い。

それは自身でも自覚していた。またプライドも高い。

だがそれは貴族としてではなく、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーと

いう名を持つ自分個人としてのプライドだ。

己がツェルプストーだという事を忘れた事など無いし、努力を怠った事も無い。

だからこそ、僅か17でトライアングルに手が届いたのだし、そんな自分には自由に振舞う資格が有ると考え、実

際自由に振舞った。

結果ヴィンドボナの魔法学校を退学になり、あやうくヒヒじじいに嫁がされそうになったのは苦笑するしかない。

己が真にツェルプストーである為に留学したトリステインでは拍子抜けした。

伝統と礼節を重んじる国と聞いていたのに、恋人持ちの子息はたやすく自分に目を奪われる。名のある子女は群

れてやっかみの視線を向ける。

これではゲルマニアにいた時と何も変わらない。

結局、ここでも恋で遊ぶしか楽しみはないのか、と落胆した時、面白そうな娘二人に出会った。

どちらもキュルケの行動など眼中にないといわんばかりの無関心。

一人は人形のような名前のガリアからの留学生。

もう一人はツェルプストーの宿敵、ヴァリエール。

最初は、自分より魅力のある者を無視する小人かと思ったが、新入生歓迎会でホールのど真ん中で全裸にされた

事件でその認識を改めさせられた。

無論、パーティーの最中に真っ裸に剥かれたのだ、犯人はツェルプストーの炎で焼くと誓った。

だが、このような下劣ないやがらせで悲鳴を上げるのは、己の矜持が許さなかった。

自身の自慢の姿態を見せ付けるようにソファーまで歩き、優雅に腰掛け妖艶な笑みで、涼しくなったわね、と口

に出した瞬間テーブルクロスに身体を包まれた。


「さすがはツェルプストー。このハルケギニアで、あなた達ほど大胆な一族は聞いた事がないわ。でもここは

 トリステインよ。少しは慎みを持ったらどう?」

 
馬鹿にしたような声音で、投げつけるように10人掛けのテーブルクロスを羽織らせたのはルイズ・フランソワー

ズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールだった。

頭に血が上っていたキュルケは、ヴァリエールに哀れみや同情を受けるほど落ちぶれていない、と返そうとした

が、ルイズの目をみて余裕を取り戻した。人を見る目には自信がある。

ルイズの目には間違い無く自分に対する賞賛と、下劣な行為に対する怒りが浮かんでいたからだ。


「その通り。例え外国にいようと私はツェルプストーよ? 女の妬みを買うのは私の義務なの」

 
ツェルプストーとして優雅に、そして妖艶な笑みを浮かべる。

わざと谷間を強調するようにクロスで胸をおさえ、逆の手で髪を掻き揚げながら言う様はまるで情事の後のよう

で、ルイズを含めた他の生徒達は顔を赤くした。


 今回は借りにしておいてあげるわ。ヴァリエール


キュルケは、あくまでもこちらが譲歩してあげるのよ? と目で伝えると、ルイズはフンと会場を後にした。

まあ、余裕を取り戻したとはいっても当然腸が煮え繰り返っているキュルケと、犯人達の誘導により業火となっ

たツェルプストーと決闘するはめになった青髪の留学生が、犯人達に然るべき制裁を加えた後で友人になったの

は余談だろう。

なんにせよ、共に周囲を拒絶しているかのようで、まったくタイプの違う青髪と桃髪の二人の少女は、退屈とは

無縁でいたいキュルケの微熱を刺激するには充分だった。


 
「ねえタバサ、最近ルイズおかしくない?」

 
学院内を歩いていたキュルケは、隣にいた青髪の親友に話を振る。


「興味ない」


タバサの返事は素っ気無かった。基本的にこの少女は、自分の興味のあるものにしか関心を向けない。

キュルケは苦笑する。


「まあ、そう言うと思ったわ。でも聞いて頂戴、タバサ。最近のルイズは明らかにおかしいわ。授業中も心こ

 こにあらずだし、落ち着きが無いし、いつもの不機嫌顔が泣き顔みたいに歪んでいる時があるわ」

  
 ……またか


タバサは嘆息した。

一見心配しているようなセリフだが、キュルケの顔は楽しみを見つけた子供のように輝いている。

タバサは親友の事は好きだが、どうにもこの他人の内情に首を突っ込みたがる悪癖には理解を示せなかった。


「前まではゼロって言われれば目を吊り上げていたのに、最近は陰口が聞こえていないみたい。……きっとあ

 の子恋をしているのよ。お堅いヴァリエールが、あのゼロのルイズが、あっはっは」


お腹を抱えて笑うキュルケを見ながら、そんな訳ないとタバサは考えていた。あの異常に高慢な彼女が一体誰に

恋をしたというのか。学院内の男などきっとモグラに見えている筈だ。


「もうすぐ使い魔召喚の儀式がある。多分それ」


自分の中でもっとも確率の高そうな意見を言うと、キュルケはきょとんとした顔を向けてきた。


「使い魔召喚の儀式の為に緊張してるっていうの?」


コクンと頷く。


「じゃあ賭けましょう、タバサ。恋か、使い魔か」


自信たっぷりの笑みで賭けを持ちかけるキュルケに、万が一色恋だとしてなんでそんなに楽しそうなんだろうと

溜息を漏らし、フルフルと首を振る。


「悪趣味」

「え~いいじゃない。どんなに馬鹿にされても全然へこたれないゼロのルイズが、あんなに心を乱しているの

 よ? 気になるじゃない」

「駄目」

「もうっ、わかったわよ。タバサったらもう少し人生を楽しめばいいのに」


ざ~んねん と、キュルケは肩をすくませた。


「まあ、召喚の儀式が終われば答えがわかりそうね。血統とプライドと座学は文句無しなのに、魔法の使えな

 いゼロのルイズが何に心を奪われているのかしら? うふふ、楽しみだわ」

「…………」


結局好奇心が抑えられない様子のキュルケに、タバサは先ほどよりも深く溜息を吐いた。

その後、「予想は二人共あってたわね」という目を爛々と輝かせたキュルケのセリフをタバサが聞いたのは、ル

イズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが衆人環視の中で、呼び出した使い魔と歌劇もかく

やというラブシーンをぶちかました時だった。 


 

 


 あとがき

 可愛いルイズ書きて~+絶対無敵厨才人書きて~=オリキャラはやっぱいらねぇかな~  という葛藤  

 なんかパソコンの調子がおかしいなあ という不安



[7531] 第三話 大事な約束
Name: yossii◆1d5cbef8 ID:45abbf48
Date: 2009/08/30 10:42
諸事情により今回は少し短いです。






「ハンカチ持ったかい? 忘れ物は?」

「母ちゃん、遠足行くんじゃねーんだから」

 
通気性と運動性に優れ、尚且つ10年保証の耐久性を謳い文句にした新品のスニーカーに足を突っ込みつつ、才人

は言葉を返した。

 
「そんなヨレヨレの格好でいいのかい? 新しい服買ったんじゃなかったの?」


才人が着ているのは青いパーカーにジーンズと、いつも見る外出時の普段着だった。


「いいんだよ、これで。ルイズに逢うならこの格好じゃないとな」


照れ臭いのか、鼻の下をゴシゴシ擦りながら才人は言う。


「なにがルイズに逢うならだ。その前に清水さんとかいう子とデートなんだろーが」


世界を越えてまで好きな女の子を護りに行くというのに、その前に他の女の子と会う息子の神経に、親としても

男としても、呆れていいのか誉めればいいのか微妙な気持ちになる才人の父。


「デ、デートなんかじゃねーよ! こ、これで最後だし、居なくなるの信じてくれねーんだもん。パソコン取

 りに行くついでに飯食って、もう一緒には居られないってしっかり説明するだけで…」

「罪作りな子だねぇ…」 

「まったくだ。こりゃルイズさんも苦労するな」


母親の呆れた声に、父親も同意する。


「いいかい、才人。女で遊ぶなんてしちゃ駄目だよ? そんな所は父さんに似るんじゃないよ?」

「な、何を言うんだ、母さん!? お、俺はそんな事一度も…」

「してないつもりだっただけだよ、あんたは。才人はあんたにそっくりだから、女に流されやしないか心配だよ」

「…………」

「…………」


黙りこむ父、同じように黙り込む息子。

母親は一つ溜息をつき、話を切り替えた。


「条件、憶えてるかい? 才人」


才人はハっとなる。真剣な母の目にこちらも真剣な目を返す。


「…もちろん憶えてるよ」

「言ってみなさい」


最終確認とでもいうような真剣な母親の声音に、才人は自分自身に言い聞かせるようにゆっくりと己の覚悟を綴

った。


「何年掛かっても絶対に高校を卒業する事」

「うん」

「死なない事。相手を殺してでも絶対に生き残る事」

「うん」

「ルイズを…ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールを父ちゃんと母ちゃんに紹介する事」

「そう。その三つだけは必ず守るのよ? 言ってる意味はわかるわね?」

 わかってる。わかってるよ母ちゃん

「……うん、俺は、必ずこの家に、帰って、くるよ」


熱いものがこみ上げてきて泣きそうになった才人は、天井を見ながら言葉を紡ぐ。

 
「そんで、もう一度、母ちゃんの、味噌汁…」

「才人!」


飛び掛るように抱きついてきた母親に、才人の言葉は寸断された。


「才人! 母さんは、母さんはね! 才人が言った事何も信じちゃいないよ! 魔法の世界で戦争した? も

 う一度行く? 信じるわけないでしょう! あんたの妄想だよ! そんな危ないとこに私の子供が行くわけ

 ないじゃないか!!」


自分に縋り付いて泣く母に、才人も涙を止められなかった。


「…いいかい、才人。召喚ってのを、されなかったら、真っ直ぐ、帰ってくるんだよ?」

「があぢゃん…」

 
才人自身も涙腺が決壊し、泣いている母を抱きしめようとした時、ビシっと手を叩かれ、いきなり体を引き離さ

れる。


「おっと、悪いな才人。母さんを慰めるのは俺の役目だ。いくら息子でもこの役は譲れんぞ」


呆然とした才人が見たのは、母を胸に抱きとてもイイ笑顔を向ける父だった。


「かわいそうに、母さん。ほら、俺がいるだろ? なんなら今晩もう一人作るか?」


手を叩かれ、抱きしめようとした形のまま固まっていた才人は、ようやく口を開く事に成功する。


「と、父ちゃん…今、すごくいい場面じゃなかった?」

「アホか。母さんは俺のだ。おまえにはルイズさんがいるだろ?」

「いや、こう、母と息子の感動の別れ的な…」

「本当に馬鹿だな、おまえは。それが、これから好きな女を護りに行くって男の顔か?」


才人はまたもハっとする。本日二度目である。基本素直ないい子なのだ。


「そんなんで本当にルイズさんを護れるのか? 母さんとの約束は?」


ウっとうめいてから、才人は服の袖でゴシゴシと顔を拭いた後、父親のもっともな意見を噛みしめながら顔を両

手でパンと張る。


「うしっ! …そうだ、父ちゃん」

「なんだ?」

「父ちゃん…もしかしてモテた?」


一瞬きょとんとした父親はニヤリと笑って、


「ま、若い時はそこそこな。うごぉ!」


母親の肘鉄をくらい床に沈む。


「女にだらしなかった事を自慢するんじゃないよ、まったく」


泣きながら夫の胸に抱きしめられ、あまつさえそんな所を息子に見られた母親の照れ隠しは強烈だった。

シリアスな雰囲気を壊され、かといってもう一度シリアスな場面を作れる程精神に余裕など無い母親は、せめて

もの想いで精一杯息子の無事を祈る。


「才人。体には気を付けるんだよ」

「うん、わかったよ母ちゃん」

「あまりルイズさんに迷惑掛けるんじゃないぞ」

「大丈夫。ルイズはキツイけどいい奴なんだぜ? 会ったら二人とも腰抜かすよ? 可愛い過ぎて」

「ふふん。実物を見せてから惚気るんだな」

「言っとくけど、相手の親に挨拶も出来ないような娘との交際なんて認めないよ。母さんは」

「わかってる。帰って来る時はルイズも連れて来るよ」

「ああ、いいんだ、いいんだ。才人。母さんは、ルイズさんにおまえを取られてイジケてるだけだからな」

「……そういうのは、わかってても言わないのが夫の甲斐性じゃないのかい?」


ははは、と笑う父親と才人につられ、母親の顔にも笑顔が灯る。

こんな風に笑って旅立つことが出来て俺は幸せだ と、才人は素直に思った。

この一年、何度も何度も親とぶつかった。言い争いなんて可愛いもんだった。父親に殴られるのは痛かったが、

母親に泣きながら引っ叩かれるのはもっと痛かった。

自分の親に信じてもらえないのは辛かった。泣きながら正気に戻れと言われた時は死にたくなった。

同じ話を何度も何度も繰り返し、その度に三人とも傷付いた。

辛くて辛くて何度も諦めようとした。ルイズを見捨てれば楽になれると思ったのは一度や二度じゃなかった。

心が折れそうになる度に、ルイズと過ごした一年を思い出した。怒った顔を、泣いた顔を、笑った顔を。

泣いて怒って無視して、怒ってまた泣いて、親子三人散々醜態を晒して辿り着いた今日という日に、才人は胸を

張って言う。


「父ちゃん。母ちゃん。 いってきます!」

 




 
 第三話 [大事な約束]



おまえはダメ人間だと言われたも同然だった才人は、引きつった笑顔ではあったが琴乃を家まで送る事にした。

途中ファミレスに寄り、ドリンクバーを奢りつつ、自分の一年間の冒険を大まかに話す。

他人からしてみれば痛い妄想でしかない話を、それほど親しいとはいえない女子に語るのは多分に決心が入った

が、元水精霊騎士隊副隊長が女の子を泣かせたままほっとくなんて、ルイズにも姫さまにも顔向け出来ねぇしな

と、覚悟を決める。

基本的に才人は楽天家だ。自分の話を信じる信じないに係わらず、誰にも言わないでくれと頼めば内緒にしてく

れると考えていた。

万が一言い触らされた所で所詮与太話なのだ。琴乃の頭の方を心配されるだろう。自分も両親に何度も病院に連

れて行かれそうになった苦い記憶がある。


「という訳でさ、俺もうすぐ居なくなるんだ」

「………………」

「えっと、聞いてる?」

「……え? ああ、うん……」


案の定、琴乃の顔は微妙だ。琴乃自身、最後まで黙って聞いてくれと言われたから口を挟まずにいたのだが……

痛い。

才人の話は痛すぎた。いくらなんでも、これほどメルヘンな頭の人を好きになっていいのか? と先ほどの決意

が揺らぐのを感じるが、断固たる決意である以上、琴乃に後退など無い。


「ひ、平賀君はすごいね! 私はほら! 何かを創るって苦手だからさ! 平賀君、将来は小説家とかいいか

 も!」

「…………」


まるで信じていない琴乃の態度に嘆息し、まぁ仕方ないか。と才人はチョッピリ切なくなったが、根気強く説明

する。


「信じられないのも無理ねーけどな、俺自身証明なんて出来ないし。でもマジだ。嘘は言ってねーよ」

「あのねぇ、信じられるわけないじゃん。そんな漫画みたいな話」


そりゃそうだよなぁ と、これ以上どう説明すればいいのかわからない才人は頭を抱える。

そんな才人を見て、琴乃は不安になった。


「……もしかしてさ、そんなお話を創っちゃうほど私と付き合うのが嫌って事なのかなぁ」


琴乃は手元のコップに視線を落とし、弱弱しく言葉を吐いた。

とても才人の目を見て聞く事など出来なかった。


「ち、違うよ! それ全然違う! まったく完全無欠に違うから!」


手をブンブン振りながら、身を乗り出すように才人は否定した。

本気100%だとわかる才人のその仕草にほっと安心する琴乃だが、じゃあなんでそんな嘘(妄想)を付くのだろ

うと思ってしまう。


「じゃあさ。本気で言ってるの? 魔法の世界に呼び出されて、魔法少女を護る為に剣を握って戦って、困っ

 てる王女様を助ける為に戦争に参加したら七万の敵に一人で立ち向かう事になって、死にそうな所を森の妖

 精に助けられ、友達になった外国のお姫様を悪い王様から救う為に、英雄になった平賀君が戦争の先陣を切

 って戦った。何故か過去に戻っちゃったから、もう一度魔法の世界に行くって? そう言うの?」

「いったぁぁい。そんな言い方したら痛いからダメでしゅぅぅ」


他者の口から出た、自身の体験の余りの痛さに才人は悶絶する。


「だって本当なんだもん。事実なんだもん。しかたないんだもん」


テーブルに突っ伏しながらさめざめと泣く才人。もんまで出る始末。

その姿をみながら、琴乃は少し萌えていた。


 う~ん、情けないのに何か可愛いなぁ……


実際にはキモイだけなのだが、惚れた贔屓目100%の琴乃には十分萌えの対象になっていた。

なかなか浮上してこない才人に、琴乃は溜息を付き、


「……わかったよ。平賀君」


ゆっくりと口にする。

琴乃の了解の言葉に、才人は少し驚いた。


「え?」

 わかっちゃったの? これで?


才人は軽く混乱したが、わかってくれたのならまあいいか… と自己完結しようとした。

しかし、琴乃の包容力は才人の想像の遥か上なのだ。

琴乃は、自身の一番可愛い笑顔を浮かべて言う。


「信じたつもりになってあげるよ。でも、私は平賀君の事が大好きだから諦めないよ? ルイズなんとかから

 奪っちゃうんだから」


ペロリと舌を出し、大好きだから奪っちゃう♪ などと言われ、才人の心臓は一撃でクライマックスに移行。


 か、かはっ くはっ は、反則、それは、はんそ…くふっ


「だからさ、平賀君が呼び出される時が過ぎて、それでも私と平賀君が一緒にいたら恋人になって? いいで

 しょ?」

「え、う、あ、でも…」


茹で上がり、正常な思考など出来なくなっている才人だが、一欠けらの判断力でなんとか抵抗しようと試みる。

しかし、


「なんでもしてくれるって言ったよね? 必ず私を好きにさせてみせるから。お願い……」


真摯な瞳で懇願してくる琴乃に、才人は抗うことは出来なかった。


「う、うん。わかったよ。その時は清水さんと付き合う」

「ほんと!? 絶対だよ!?」

「お、おう」


満面の笑みを浮かべてくる琴乃に、才人少し引きつった笑顔を返す。

しかし、ここで才人はミスをした。

本来ならば、才人は心を鬼にしてでも琴乃を振らなければならなかった。

半端な期待を持たせる事は、時に残酷だ。

ハルケギニアに行く事は才人の中で確定している事なのだ。ならば、琴乃には最初からチャンスなど無い。

であるのに、才人は流されてしまった。これは、琴乃を弄んだ事と同義である。

優柔不断な紳士の面目躍如といったところだが、最悪にたちが悪い。

これで琴乃は、才人の想像以上の涙を流す未来が確定してしまった。

もっとも、自らの優柔不断で自らを追い込むのが才人クオリティーなのだが……今はまだ関係ない話である。



「今日はありがと。ごちそうさま。ここでいいよ?」


会計を済ませた後で、琴乃は少し浮かれ気分で才人にお礼を言った。

振られたはずが、何とか付き合う一歩手前まで漕ぎ付けた(と思ってる)のだ。気持ちも軽くなるだろう。


「え? 送るぞ?」

「いいよ。いいよ。それは正式な恋人になってからのイベントって事で」


にこやかに言う琴乃に、才人は少し顔を青くさせる。


「ソ、ソウ?」


まずかったかな? と思いつつ、そう返すのが精一杯だった。


「あっそうだ! 平賀君はいつマホーで呼び出されるのかな?」


可愛いく聞いてはいるが、全く信じていないのはバレバレだった。

ホントに信じたつもりなんだな と苦笑しつつ才人は答える。


「えーと、たしか二年になった最初の日曜だったと思う」

「えっ! 一ヶ月近くもあるじゃん!」

「しかねーの。準備とかあるし、買い物とかしたいし。バイトもやめるっていわなきゃなぁ」

「ん~じゃあ春休みは空いてる?」

「あ~悪い。そんなに時間取れないと思う。なるべく家族と過ごしたいんだ」

「そっか。でも酷くない? 私の事どうでもいいみたいじゃん」


ぷうと頬を膨らませる琴乃に軽く萌えつつ、才人はうろたえる。


「そ、そんな事ないヨ。ああ、そうだ。色々買うものあるから、その時でよかったら誘うけど?」

「うん、行く。それも行くけど、ショーカンされる日も行くよ?」

「えっ! なんで!?」

「なんででも!」

 もう! 一ヶ月も待つんだから、後は一日だって待ちたくないって、なんで気付かないのかなぁ!

「だ、だけど…」


才人は困惑するが、琴乃にはジョーカーがある。


「何でも言えって言った」

「うっ」

「出来る事は何でもするって言った」

「ううう」

「絶対行くから」


琴乃の意思は固そうだ。結局才人は折れたのだった。












 後書き

皆さんに謝らねばならない事が出来てしまいました。
八年一緒にやってきた、我が戦友のWindows2000が死にかけております。
私だけのarcadia(男にとっての夢サイト)を探す為、ネットの奥深くに潜り続けた結果、相棒に異変が!!
何の知識も無い私には、このまま相棒を看取る事しかできません(涙)。
パソコンに詳しい友人に助けを求めた所、「八年もってよかったじゃんww 今時フロッピーてwww」
という有難いお言葉を頂きました。
相棒の最後の戦いとして、ネタと骨組みしかなかった第二話と第三話を全速全開で肉付けし、投下いたします。
家庭のある私のおこずかいでは、最短でも三ヶ月なければ新しい相棒と出会う事は出来ません。(ローンも不許
可…)
もしも私の投稿がストップした時は、連載を放り投げたのではなく、悲しい別れを乗り越え、新たな出会いの為
に日々をがんばっているのだと理解して欲しく思います。
ダラダラと言い訳を重ねましたが、この作品を面白いと感じて下さった皆様、本っ当っに申し訳ありません。
がんばって必ず完結させるつもりですので、どうか見捨てないで下さい。 それでは。

追伸
感想を書いてくださった皆様、レスを返せず申し訳ありません。
返事を返そうとするとインターネットが強制的に切断されます。…何故だ。ウイルスか…
パソコンが新調された時にまとめてお返しさせていただきますので、ご容赦下さい。



[7531] 第四話 運命を切り開け!ルイズ!
Name: yossii◆1d5cbef8 ID:f937b568
Date: 2009/08/30 10:32

第四話 [運命を切り開け!ルイズ!]



才人は駅の近くのハンバーガーショップにいた。

時間はもうすぐ正午。すでに店内は人で一杯だった。

本当は両親の為にギリギリまで家にいるつもりだったのに、何故かこんな所でコーラを啜っている自分にため息

を尽き、チラリと足元の車輪付きの大きな旅行鞄を見て、母の言葉を思い出し苦笑した。

 
 俺っていつも女の子に流されるよなぁ……


そりゃルイズも怒るわなと、もうすぐ逢えるご主人様に多大なうれしさと少々の罪悪感を抱きつつ、これは浮気

じゃねー、成り行きなんだ と、心の中で言い訳していた。


 ま、パソコンとスーツ取りにいかなきゃなんねーし、清水さんには後で泣いて欲しくねーし、謝る機会なん

て今日しかねーし、丁度良いっちゃ丁度良いか……それに、清水さんすげぇかわいいしな


と、持ち前の能天気さを発揮し、待ち合わせしている美少女と、その後で再び出会う美少女に思いを馳せ、鼻の

下を伸ばしつつ、ずずず と、一人コーラを啜っていると、後から声を掛けられた。


「平賀君。待った?」


お? 来たな と振り返った瞬間、才人は魂を奪われた。

なんと琴乃は完全武装だったのだ。

胸元に黒いリボンのついたうすいピンクのヘンリーカットソー、7部袖丈でプチバルーンの白いカーディガンを

羽織り、持ち手がウッドのシルバーグレイのバッグと、才人がピーチちゃんと命名する原因になったヒップライ

ンとフトモモを強調するショートデニム。軽くうなじが見えるようにロングの黒髪をバレッタで留め、色気をア

クセントにした快活美少女に変身して来たのだ。

才人の全身を、太古から受け継がれてきたナニカが荒々しく駆け巡るが、口を開くどころか指一本動かせない。

黙ったままの才人を見て、琴乃は口を尖らせる。


「もうっ、何か言ってよね。平賀君の為に気合入れて来たんだから」


そう。琴乃にとって今日は正式に恋人になる日なのだ。半端な意気込みで来たわけではない。

可愛いと言って貰う為にがんばったのに、当の本人はボケっとこちらを見たままピクリともしない。

しっかりチェックしてきたのだが、才人の反応にもしや可笑しな所でもあるのか? と考えた時、ようやく才人

が口を開く。


「オマタセ。オマタセダヨ。待った?ハ違ウヨ。オマタセダヨ」


才人は開始一秒で沸いていた。


「は?」


才人が何を言っているのか琴乃にはわからなかった。いや、誰であろうと分からなかっただろうから琴乃に責は

ない。


「オマタセダヨ。オマタセジャナキャ駄目ダヨ」


しかし、琴乃は只者ではなかった。恋する乙女の心と優秀な頭脳をもって、なんと正解に辿り着いたのだ。

琴乃は、才人の全てを見透かすような極上の笑みを浮かべ、


「おっまたせっ♪ 平賀君♪」


びしっと敬礼し、おまけにウインクまでサービスする。

その姿は、まさしく男の妄想の中にしか存在しない筈の少女。

それは幼馴染であり、義妹であり、義姉であり、後輩であり、先輩であり、同級生。ここに理想は具現した。

この時、才人を貫いたのは一体何だったのか? 悟りとよばれる境地か? それとも魂の安息とでもいうべき安

らぎなのか? 

どちらにせよ、答えを得た才人は一しずくだけ涙を流した。


「満点です。あなたは、100点満点です。清水さん。おめでとう。そしてありがとう。これ以外に、あなたに

 送る言葉が僕にはありません。あなたが生まれてくれて、ありがとう。僕が生まれて、ありがとう。世界中

 の全ての命に、ありがとう」


才人は昇天しかけていた。琴乃は、生まれてから一度も見た事が無い程優しい目をした才人に軽く引き、少しや

りすぎたかなぁ と、ズビシっと才人の脳天にチョップを入れた。


「はっ 俺は一体……」

「初っ端から飛ばし過ぎだよ、平賀君」


ようやく正気に戻った才人に苦笑いしつつ、琴乃は再度問う。


「それで? なにか言う事ない? 平賀君の為にがんばったんだけど?」

「う、うん。その、メチャクチャ可愛いよ」


顔を真っ赤にしながらしどろもどろで言う才人に、琴乃も顔を赤くしつつ、


「あ、ありがと」


と、返す。

黙っていられないのは周りの客達だ。

店内で、いきなり展開されたラブラブフィールドにキャーキャーいう女性陣。

なんであんな奴にこんな美少女が。つーか逮捕じゃね? バカップルは取り締まるべきだろ? と憎しみを燃や

す男性陣。

千差万別の視線が才人と琴乃に集中していた。

それに気付いた才人と琴乃は羞恥のあまり、逃げるように店内を脱出したのだった。



「あーもうっ、恥ずかしすぎるよ。全部平賀君の所為だからね!」

「ご、ごめん。で、でもしかたねーよ! 反則だろ! なんだよその格好! 頭だって壊れるっつーの!」


才人はなんとか言い訳しようとする。


「へ~。頭が壊れるほど可愛いって事だよね?」


にやりと笑う琴乃に才人は観念した。


「そ、そりゃそーだろ? 只でさえ学年最強とか清水さん言われてるのに、そんな格好してたら見とれちまう

 って」

「ふ、ふ~ん。じゃ、じゃあ許してあげるよ」


才人の忌憚の無い正直な言葉に、再び恥ずかしさがこみ上げてきた琴乃は、照れ隠しに話題を変えた。


「で、今日は何買うの?」

「いや、今日は注文してたやつ取りにいくだけ」

「そうなの? 何取りにいくの?」

「パソコンとスーツ」

「スーツ? 自分の?」


パソコンは良いとして、高校二年生で何故スーツなんかいるのだ? という疑問を琴乃は持った。


「ああ。めったに使う訳じゃねーけど、一応正式な場で主人に恥かかせたら使い魔失格だしな」


才人の言葉に、ああ、また例のアレか と納得する琴乃。…実際に納得しているわけでは無いのだが、約束した

のでしたつもりになっているのだ。


「ふ~ん。でもスーツって高いんじゃないの?」

「たけーよ。ピンキリだけど、俺のは10万くらいした」

「うそ!?」

「マジ。おかげでスッカラカンだ」

「……平賀君の家って、もしかしてお金持ち?」

「まさか。全部自分でバイトして貯めたんだよ」


例え社会人でも10万は大金だ。たかだか高校生のアルバイトで十万稼ぐなど、一体何か月分の給料を合わせたの

か?

お金で愛は量れないと言うが、るいずとやらはそこまで魅力的なのか!? と、琴乃は戦慄した。もっとも、そ

れを表情に出すような無様は晒さなかったが。


「へ、へえ。え、え~と、その、るいずさんの為に?」


どもってしまったのはご愛敬。


「それだけじゃねーけどな? なんつーの? これ以上親に迷惑掛けたくなかったっつーか、自分のわがまま

 だから自分の力でなんとかしたかったんだよな」


ニっと笑いながら言う才人に、結構自立してるんだなぁ と感心しつつ、がんばって貯めたお金をメルヘンな妄

想(琴乃の主観)につぎ込む姿に、なんだかなぁ と思ってしまう琴乃。


「さて、時間あんま無いし、その辺で飯くってちゃっちゃといこーぜ」

「うん」


まあ、いいか。今日が終われば目が覚めるでしょ。覚めなくても私が覚まさせるし。と、気楽に考えつつ、才人

の隣を琴乃は歩き出した。






ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは怯えていた。

次々と召喚されている使い魔など、まったく目に入らなかった。

頭の中は平賀才人で埋め尽くされていた。

膝が笑い、立ってるだけで精一杯だった。


 サイトじゃなかったらどうしよう

 私の知ってるサイトじゃなかったらどうすればいいの?

 サイトが私を選んでくれなかったら、私どうなっちゃうの?

 …サイト…サイト…サイト…


喉がカラカラに渇き、余りの緊張と不安で押し潰されそうになる。

そんな様子に気が付いたモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシはルイズに話し掛けた。


「ちょっと、ルイズ。あなた顔が真っ青よ。体調でも悪いの?」


病気や命に携わる水のメイジとして、明らかに体調の悪そうな者を放って置く事などモンモランシーには出来な

かった。


「…大丈夫よ。少し緊張してるだけだから」


モンモランシーの言葉は殆どルイズの頭に入っていなかったが、口は自然と対応してくれた。


「そう? それならいいけど、辛かったらコルベール先生に言うのよ?」

「ええ。ありがとう、モンモランシー」


モンモランシーは仰天した。あの高慢なゼロのルイズが、素直にお礼を言ったからだ。

しかも、ミス・モンモランシではなく、名前で呼ぶなど初めての事だ。


「ちょ、ちょっとルイズ! あなた…」


いよいよ普通じゃない。と、さらに話し掛けようとするモンモランシーの言葉をルイズは遮った。


「悪いけど集中したいの。一人にして頂戴」


釈然としないモンモランシーだったが、そうまで言われた以上さらに突っ込む訳にもいかず、無理しないでね 

と、一言残し、その場を後にした。

そんなモンモランシーをルイズはまったく見ていなかった。

今のルイズに余裕は無いのだ。いや、才人を召喚しようとして泣き崩れた時からそんなものは無い。

召喚してはいけない。絶対に召喚しない。と、一度は心に決めたのだが、僅か三日も持たなかった。

当然だ。才人が死んだと思った時は、後を追って自殺しようとした。もう二度と逢えないと思った時は、魔法で

記憶を消してしまった。

依存など生ぬるい。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールを構成する全てが、平賀才人

を求めているのだ。

逢いたいという気持ちがどうしても抑えられず、ルイズは何度も才人に詫びた。

頭の中の才人に、夢の中の才人に、思い出の中の才人に、何度も何度も泣きながら懇願した。

なんでもするから傍にいてくれと、心も体も捧げるからもう一度使い魔になってくれと、約束を守れない勝手な

女だが嫌いにならないでくれと、ルイズは才人に縋り付いて泣いたのだ。

今日、ルイズは己の力で運命を手繰り寄せなければならない。

過去に受けた命がけの任務などよりも、それを遥かに上回る重圧をルイズは受けていた。


「ミス・ヴァリエール! ミス・ヴァリエールはどこですか?! 次はあなたの番ですぞ!」


教師であるコルベールの大声に、ルイズは覚悟を決める。


 もしサイトが現れなかったら、私はその場で自害する


ルイズは凄まじい決意を持って、一歩踏み出した。心も体も震えていたが、これだけの覚悟があれば必ず才人を

導ける筈だと、信じたかったのだ。


「おいおい、見ろよ。ルイズのやつ震えているぜ」

「そりゃそうだろ。魔法の成功確率ゼロなんだし」

「召喚出来なきゃ留年か?」

「ていうか、退学だろ? 失敗が爆発って、どれだけ迷惑なんだよ」


そんな陰口も、今のルイズには聞こえない。

一歩一歩歩を進めるルイズの前に、長身の女性が笑顔で立ち塞がる。


「はあ~い、ルイズ。そんなに気負ってたら、また失敗するわよ?」


気遣いよりも、からかいが多く含まれた声を掛けたのはキュルケ。

実はキュルケは落胆していた。

ルイズの様子を見ていて、どうやらタバサの予想が正しかったと思ったからだ。

私の微熱も鈍ったのかしら? と少し自信を無くし、八つ当たり気味にルイズをからかったのだ。


「見て、私の呼び出した火トカゲ。鮮やかな尻尾でしょ? 間違い無く火竜山脈のサラマンダーよ? こうい

 うのが呼びたかったら、もう少し肩の力を抜くことね」


得意げに胸を張ったキュルケは、ルイズの目を見て驚く。

気負うとか緊張とか、そんな類の目ではなかったのだ。

この子、戦場にでも行くつもり? と、キュルケの笑みが凍りつく。


「おめでとう、キュルケ。私の心配はいらないわ。私は必ず最高の使い魔を引き当てる。命を掛けても」


そう言ってコルベールの元に進むルイズに、キュルケは何も言えなかった。

初めてキュルケと名前で呼ばれた事にもまったく気付かなかった。


「ミス・ヴァリエール。準備はいいかね?」


コルベールの下に辿り着くき、そう言われた瞬間、ルイズは目を閉じた。そして、一年間を振り返る。


 そう。私は準備してきた。一年掛けて、今日この日の為に


目を瞑り、黙祷しているかのようなルイズの姿にコルベールは困惑する。


「ミス?」


ルイズはその場で片膝をつき、震える両手で祈りを捧げる。


「始祖ブリミルよ。私に一度だけ力を御貸し下さい。他には何も望みません。たった一度だけ、私に奇跡を」


コルベールだけでなく、その場にいた全ての生徒は息を呑んだ。

始祖の名前まで出して召喚の儀式に奇跡を望むルイズの姿に、一体何事かと驚いたのだ。

奇跡に頼らねば使い魔も呼び出せないのか、等の陰口も出なかった。

それほどに、ルイズの姿は敬虔であり静謐だったのだ。

ルイズはゆっくりと目を開け立ち上がる。


「やります。ミスタ・コルベール。さがって下さい」


コルベールは黙って従った。召喚のアドバイスをするような雰囲気ではなかった。

ルイズはぶるぶる震える手に噛み付き、無理やり震えを抑えた。

そして杖を構え、想いが才人まで届くよう祈りながら、叫ぶ様に呪文を紡ぐ。


「宇宙の果てのどこかにいるわたしの僕よ!」

 サイト…

「勇敢で優しく、そして強力な使い魔よ!」

 サイト… サイト… 

「私を護り、私を導く、私の騎士よ!!」

 サイト… サイト… サイト…

「わたしは心より求め、訴える!  我が導きに、答えなさい!!」 

 お願い… 来て… 私の…サイト! 


瞬間、爆発が周囲の大気を振るわせる。

ルイズが練り上げた膨大な精神力によって、無理矢理サモン・サーヴァントは成功し、ゲートは開いた。

しかし、今だ一度も虚無を使っていない肉体は系統が定まっておらず、コモンマジックは爆発もおまけに付けて

きた。

爆発の余波で、ルイズを含めた全ての者が尻餅を付き、驚いた使い魔達が暴走する。


「結局爆発するのか!」

「ああ、僕のラッキーがあああ!」

「げほっげほっ」

「煙なんとかしてー!」

「見惚れて損した!」

「もう! ヴァリエールは退学にしてくれよ!」


阿鼻叫喚とはこの事か。

周りの喧騒と大量の煙がいい加減鬱陶しくなったタバサは、魔法で突風を作り、煙を吹き飛ばした。

煙が晴れ、尻餅を着いたルイズの眼差しの先には、煌々とするゲートの輝きがあった。


「おい! 見ろ! ルイズのやつ成功させてるぞ!」

「ホ、ホントだ」


自分の使い魔を大人しくさせた生徒達は、固唾を飲んでゲートを見入る。

あれだけの前口上で呼び出すのだ。どんな使い魔なのだろうと、皆興味津々だった。

ルイズは動かない。周りの声など聞こえない。呼吸をするのも忘れてゲートを見詰めている。

そして、ルイズは見た。記憶と寸分変わらぬ懐かしい青い服を。そして愛しい黒髪を。

ルイズは心から溢れ出る歓喜をそのまま声に出した。

魂の全てが全力で泣けと命令し、体はそれに忠実に反応する。

意味をなさぬ歓喜の叫びだけを上げて、ルイズは駆け出した。






才人と琴乃は食事を終えた後、他愛の無い話をしつつ、パソコンとスーツを受け取りに行った。

その間、才人は琴乃に謝るタイミングを図っていたのだが、なかなか切り出せずにいた。

召喚されなければ恋人になる と約束したが、召喚される事が判っている以上、余計に琴乃を傷つけてしまうの

では? と、遅ればせながら才人は気が付いた。故に謝らなくては、と思うのだが、才人は中々言い出せない。

そして、スーツを受け取り、パソコンを受け取った後、遂にその時が来てしまった。


「清水さん。ごめん。時間切れだ」


目の前に現れたゲートに顔を向けたまま、懐かしいという表情で才人は琴乃に言う。


「え? 何が?」


才人が何の事を言ってるのか分からず、キョトンとした顔で琴乃は返す。


「俺さ、清水さんと会えてよかったよ」


才人は、ありったけの気持ちを込めて琴乃に笑顔を向ける。


「ど、どうしたの? 急に?」


いきなりものすごい笑みを向けられ、胸がときめいてしまう琴乃。


「あれ? 俺以外には見えねーのか? ここに鏡みたいのがあるんだよ。これが魔法の入り口なんだ」

「は?」


琴乃は前を見るが、それらしいモノなど何もない。


「えっと、平賀君?」


この人の妄想は、遂に幻覚まで作りだしてしまったのか? と、青くなる琴乃。

琴乃が考えている事をなんとなく理解していた才人だったが、構わず言葉を紡いだ。


「謝らなきゃなって思ってたけど、やっぱりお礼をいうよ。ありがとう。好きになってくれて。清水さんの事

 は忘れない」

「ちょ、ちょっと平賀君?」


たまらず、才人に手を延ばそうとする琴乃。しかしその前に、


「さようなら、清水さん」 


前に歩き出した才人は一瞬で姿を消した。

後に残ったのは、延ばしかけた手をダラリと力なく垂らし、呆然とする琴乃が佇むだけだった。







 おまけ


人間、自分の常識と相容れない出来事に遭遇すると思考が停止する、というのは本当だった。

さようなら、清水さん という言葉と共に掻き消えた平賀君を見て、しばし呆然と佇んでいた後、気が付いたら

自分の部屋のベッドに腰掛けていた。

その後、お母さんに牛乳を買ってきてくれと言われた時も、自然に体は動いていた。

何も考えていなくとも、体は勝手に日常生活を送る。今の自分は、ただただ自動的だった。

そして、コンビニからの帰り道、再び私に意思が宿った。


「…なに、これ」


私の前に大きな鏡のようなものがある。その瞬間、平賀君の言葉を思い出す。


 "あれ? 俺以外には見えねーのか? ここに鏡みたいのがあるんだよ。これが魔法の入り口なんだ"


今まで停止していた分、一気に感情が迸り、ボロボロ涙が出てくる。

私は鏡を睨みつけた。


「…なにそれ? 何勝手にマホーの世界なんかに行ってんの? るいずなんとかから奪うって言ったじゃん。

 今日の私見て、頭壊れてたじゃん。忘れないって何? 私って過去の女なわけ? ……私を……清水琴乃を

 ……なめるな!!」


 後の事なんかどうでもいい! 覚悟? 知らないわよ!!


「絶っ対に捕まえてやるんだから!!」


私は鏡のようなナニカに頭から突進した。


いくら行動派とはいえ、何が琴乃をこれほど駆り立てたのだろうか? 性格か? 決意か? 失望か? 打算

か? 愛か? それとも一時の気の迷いか? あるいはその全てか? ただ一つ言える事は、恋する乙女は侮

れないと後々才人に思わせた琴乃は、正真正銘交じりッ気なしのアレな女である、という事だけだった。




あとがき

「私は…まだ戦えるわ…」
「無理すんなって。ずっと戦ってきたんだ。もう休んだってバチはあたらねーさ」
「…ひどい男(ひと)ね、あなたって…」
「じゃあどうしろってんだよ! もう満足にネットにも繋げられねーくせに! ……これ以上、そんなお前を
 みたくねーよ」
「私は道具よ。使われる事に存在理由があるわ」
「お前は道具なんかじゃねー……相棒だ」
「ふふ。泣くんじゃないわよ。ねぇ、私は…あなたの役にたった?」
「お前以上の女(パソコン)なんていねーよ…」
「そう…あなたが心配だわ。私が居なくなっても一人で立てる?」
「へっ見縊るなって。すぐに新しい相棒見つけて、また戦場に行くさ」
「そっ…か。そうね。それでこそ私のあなたね」
「…ああ」
「一つだけ…約束して」
「…ああ」
「忘れないで。あなたの最初の女(パソコン)は私。一緒に戦場を駆け抜けた、最初の相棒は、この私」
「ああ…ああ…俺は…お前を…忘れない!」
「少し…疲れた…わ…」
「相棒?」
 勝手に電源が落ちる
「相棒? あいぼおおおぉぉぉぉぉぉぉー!!」




[7531] 第五話 ベリースウィートキス
Name: yossii◆1d5cbef8 ID:6b1b3af4
Date: 2009/08/30 10:34




盗賊「土くれ」のフーケには過去に捨てた名前がある。

かつてサウスゴータ太守であった父は、禁忌を破った王弟モード大公に忠義を尽くし、国王の怒りを買い処刑さ

れた。

ブリミル教徒にとってエルフの名は禁忌である。

モード大公はエルフの娘に恋をし、子を為した。これに対し、アルビオン国王ジェームズ1世は、例え弟であろ

うとも処断せぬ訳にはいかなかった。

結果、モード大公は投獄され処刑。大公の忘れ形見であるエルフの親子を匿った罪により、サウスゴータ太守も

また処刑され、家は取り潰された。

フーケは逃げた。まだ幼かった妹のようなティファニアを連れて。

父が護ろうとした娘を自分も護ると誓い、父を、母を、家を奪った王家を憎むと心に決めた。

或いはこの時が、「土くれ」のフーケが生まれた瞬間なのかもしれない。

フーケは生きる為、ティファニアを生かす為ならなんでもやった。

太守の娘であり、世間の悪意などに晒された事など無いフーケにとって、それは苦痛と辛酸の日々だった。

どこに追手の目があるのかわからない以上、大っぴらに町や村で働くという手段は採れなかった。それ以前に、

世間知らずの彼女には、どうやって働くのかさえもわからなかった。

空腹を抱え、右も左も分からぬ若い娘を見逃す程、世界は優しくない。

初めて寝た男は商人だった。金の稼ぎ方を教えてやる と言われ、付いて行った先は悪意の入り口だったのだろ

うか?

痛みしかなく、快楽とは無縁の行為の後で得た小金でパンを買った。森の小屋で待つティファニアの為に沢山買

ったパンを、袋から一つ取り出し齧り付いた。空腹の為にひどく美味しく感じられたが、妙に塩が効きすぎてい

た事は生涯忘れられない記憶となった。

フーケにとって幸運だった事が一つだけあった。相手に商人を選んだ事だ。

金を持っている平民という単純な思考で選んだ客層であったが、行為に段々と慣れるにつれ、フーケにも会話す

る余裕が生まれてくる。

商人は様々な知識を持っている。少しずつ、少しずつ、フーケは知識を仕入れていく。

ウエストウッドの森の片隅で、畑と果樹園を興す事に成功した時ほど、自分が土のメイジである事に感謝した事

はなかった。何より、姉さんすごい! と、顔を輝かせるティファニアが、フーケの心を癒してくれた。

自家菜園の恩恵もあり、偽名を使い、髪を弄れば、酒場の給仕等でも生活出来ると安堵していた頃、町で数人の

孤児達を見掛けた。

薄汚いという言葉がしっくりくる程汚れた子供たちは、皆骨と皮だけの有様だった。

街ゆく人々は目を合わそうともしない。皆自分達の生活で精一杯なのだ。

フーケとて、ティファニアを養うだけで精一杯。止めた足を再び動かそうとして、脳裏を過去の映像が貫いた。

ここにいる孤児達となんら変わらぬティファニアの姿。

飢えを凌ぐために、体を売って得たパンを泣きながら食べた自分。

この子達もそうなるのか? いや、もうなっているのか? と、考えた時には既に口が開いていた。


「あなた達。行く所が無いならついて来なさい。果物くらいなら食べさせてあげるわ」


孤児達は、突然掛けられた言葉が理解できずに呆けていたが、フーケが踵を返して歩き始めると慌てて後を追っ

た。

その後もフーケは、孤児を見掛けると家に連れて帰り、新しい兄弟だと言って寝床と食事を与えた。

寝床については問題はなかった。何度か失敗したものの、土の魔法で簡易住居を作り、後から時間を掛けて木材

で補強した。

あれ程面倒だった魔法の習得が、ここにきてこれ程生活に役立つことに少し驚きつつ、フーケの魔法は徐々に練

磨されていく。

しかし、沢山の弟と妹が出来てティファニアは喜ぶ反面、フーケは追い詰められていった。

畑や山菜取り、魚釣り等で子供たちも協力してくれるが全く足りない。しかも森は危険だ。獣にも警戒しなけれ

ばならない。

開墾もされていない森の中で、10人を超える人間の衣食住を一人で賄うなど不可能だ。

しかし、焦った処で打開策が浮かぶわけもない。己の持つ、唯一の資産である体も既に使っている状況でこれな

のだ。

そんな折、相手をしたゲルマニアの行商人から、裕福な貴族達の話を聞いた。

夏場に冷たい紅茶が飲めるように、風の魔法が仕掛けられたティーポットが最近売れているらしい。

フーケからすれば、今日明日の食べ物にさえ困っているのだ。どこかの貴族が何を買おうが興味はなかったが、

続く行商人の言葉を聞いて、全身に怒りが満ちる。


「なんとそのティーポット、屋敷が建つ程の値段なんだと。貴族様の道楽ってのは呆れるな」


フーケは体が震えた。

貴族とは領民を護るものではないのか?

冷たい紅茶を飲むのを我慢すれば、一体何人の孤児達が飢えずに済むのだ?

私の父と母を、ティファニアの父と母を、子供たちの父と母を奪ったのはお前達だろう!

そんなに金が有り余っているのか? 冷たい紅茶と家を交換する程?

なら私が奪ってやる!

どうせお前達からしたらはした金だろう?

私から何もかも奪った分、お前達から奪い返してやる!

フーケがその才能を全開にさせ、数多の貴族達を震え上がらせる二つ名を手に入れる事になるのは、それから少

し先の話。

身も心も美しかった娘は、世界の悪意にゆっくりと研磨され、闇夜に光る猫の目のように形を作り変えられてい

った。

娘が捨てた名前はマチルダ・オブ・サウスゴータ。元太守の娘。現在の名前はフーケ。二つ名は「土くれ」。

そして今は、トリステイン魔法学院で学院長の秘書として、ロングビルと名乗っている。





 第五話 [ベリースウィートキス]



才人が初めて召喚された時は、ビリっとしたショックの為に気絶したが、今回は覚悟していた為耐える事が出来

た。

それでも少しふら付く足に力を込め、真っ直ぐに立つ。

何故か大半の生徒が座り込んでいる事に才人は訝しんだが、正面でスカートが捲れそうな格好で座っている桃髪

の少女を見て顔を綻ばせる。

一年振りに逢う、記憶よりほんの少しだけ幼く見えるご主人様に声を掛けようと、才人は言葉を発した。


「ル…」

「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!!」


が、当のご主人様の叫びに遮られた。

才人は仰天した。


 ひっ!? な、何事!? 


弛緩した状態で、いきなり吃驚させられ、乙女心の解らぬボンクラな紳士は全身が硬直し、金縛り状態になった。

周りで見ていた生徒達も同様だった。 

もっとも、事情を知らぬ生徒達(コルベール含む)からしてみれば、あれだけの前口上で平民(旅人?)を呼び

出したのだ。絶望し、叫び声の一つも上げたくなるだろう と、同情と蔑みの視線であった。

しかし、生徒達はさらに驚愕させられる。

どれほど馬鹿にされようと涙など見せなかったゼロのルイズが、顔をくしゃくしゃにしてボロボロ泣きながら、

呼び出した平民に向って突進したからだ。

まさか、殺す気か!?と、戦慄したのは一人や二人ではない。(コルベールもその中の一人。ついでにタバサも)

だが、それは杞憂に終わった。

何故なら、ルイズは呼び出した平民の首に飛び込むようにかじりつき、幼子のようにワンワン泣いたからだ。

 
 え? それ(平民)でいいの?


我の強い貴族の子息子女達の心が一つになった瞬間だった。

才人は才人で驚いた。

いきなり泣き叫びながら、髪を振り乱した少女が突進してくるのだ。正直怖かった。

才人としては、もっとこう…見つめ合って抱きしめて、ゆっくりと唇が触れ合うみたいな少女マンガ的展開を予

想していただけに、絞め殺す勢いで首に縋り付き、ワンワン泣くルイズに度肝を抜かれてしまった。

ここはキスでしょ! 基本は押さえようよ! と、思春期の叫びが漏れそうになったが、辛うじて飲み込み、優

しく背中を撫でる事に成功する。

多少空気が読めるようになった分、一年という時間は無駄ではなかったのかもしれない。それに、背中を撫でて

いる内に、才人はなんだか優しい気持ちになってきていた。

単純な才人は、これ程自分を求めてくれたご主人様がものすごく愛しくなっていたのだ。

身長差で、足が着かなくなっているルイズをゆっくりと降ろした才人は、泣き止む気配のないルイズの耳元で囁

くように言う。


「泣くなよ、ルイズ。 もう一度俺が護るから。 俺が、おまえを、ずっと護ってやるよ」


一言一言言い聞かせるように、才人は今度こそ召喚されて最初の言葉をルイズに贈った。

堪らないのはルイズだ。

呼び出した使い魔が才人だとわかった瞬間、何も考えられなくなった。

才人の名前を呼んだ筈なのに、口からでたのは絶叫。

気が付いたら才人に抱き締められていた。(実際には自分から抱き締めに行った)

声を出そうにも出るのは涙と叫びだけ。才人の首にかじり付いた腕は一向に離れない。

そうこうしている内に、もう一度護ってやると言われた。

このサイトはあのサイトだ! 私のサイトだ! とルイズが思った時には、余計に言葉が出なくなる有様。

召喚した使い魔がもし一年間一緒だった才人ならば、ルイズは言おうと思ってた事が一杯あった。
 
謝罪して、感謝して、懇願して、そして必ず想いを伝えようと思っていた。

にも関わらず、体はまるでいう事を聞かない。

ルイズは悟った。この歓喜を、この感謝を、この幸福を言葉にする事は出来ないのだと。

故に、ルイズは実力行使にでた。ルイズは渾身の力を込めて首を動かし、涙でぐしゃぐしゃの顔を才人に向ける。

そしてそのまま唇を合わせた。

才人は驚かなかった。というより、うんそうだよな。ここはやっぱキスだよな と、一年振りのご主人様の甘い

くちづけを堪能した。繰り返していうが、才人は紳士なスケベなのだ。

しかし、才人は分かっていなかった。ここからはずっとルイズのターンだという事に。

一年分の想いの込められたくちづけは…激しかった。

ルイズは才人の舌に吸いつくように舌を絡ませる。歯の裏や歯茎に到るまで蹂躙しようと、ぐいぐい舌を押しつ

ける。

流石に驚いた才人は、膝の力が抜け、ルイズを抱きしめたまま尻もちをついた。


「「ぷはっ」」


衝撃で離れた二人の唇には、一瞬だけ唾液の糸が繋がっていた。

あまりに淫靡なご主人様のくちづけに、童貞の紳士は顔を赤くして言葉を発する。


「ルイんむぅっ」


が、まだまだルイズのターンは終わらない。

地面に腰を着けた才人に、チャンスとばかりに襲いかかる。

才人の腹に馬乗りになって、ルイズは再度唇を奪う。

バーリトゥードゥを席巻したグレイシー柔術の編み出したマウントポジションにより、才人は為す術もなく蹂躙

された。

そして、開いた口が塞がらず、赤い顔のまま呆然としていた周りのギャラリー達は、ようやく再起動し始めた。


「えっと…あれ、コントラクト・サーバント…か?」

「そ、そーだろ?」

「い、いくらなんでも、激し過ぎないか?」

「な、中々成功しないんじゃないの?」

「…そ、そーだな! ゼロのルイズだしな!」

「ゼロじゃしょうがないな!」


男子生徒達は、あの高慢な公爵家の三女が、平民に熱烈な愛情を向けるという理解不能の事態に、皆早々に現実

逃避。

女子生徒達は、三割が侮蔑の視線を向け、残り七割は突然のラブシーンに顔を赤くしつつも興味身心の視線を向

けていた。

ルイズの怒涛の攻撃は一向に収まる気配を見せず、唇といわず、頬に額に、才人の顔中にキスの雨を降らせてい

く。

仕舞には、これは私のものよ! とでもいうように、才人の首筋にキスマークをつけ、再びディープなキスに戻

るという無限コンボに移行する始末。

才人は腹を見せた犬のように大人しくされるがまま。

ルイズは完全に出来上がっていた。

アドレナリンやエンドルフィンといった脳内麻薬がどっぱどっぱと垂れ流れ、もはや失禁するのも時間の問題と

思われた時、我に返った教師コルベールが二人を引き離そうとする。


「ミス! ミス・ヴァリエール!」

「放して!! これは私の!! 私のよ!!」


才人に抱きついて離れないルイズに、パニックを起こしているのか!? と焦るコルベール。


「落ち着きなさい! ミス・ヴァリエール! この少年はまだあなたの使い魔ではありませんぞ!」

「な、何言ってんのよ?! これは私の使い魔よ!!」


もはやタメ口である。


「落ち着きなさい! まだコントラクト・サーバントが済んでいないでしょう?!」


魔法のようにルイズのターンは終わりを告げた。


「そ、そうでした。 すみません、ミスタ・コルベール」


才人を使い魔に出来ないのは一大事と、出来上がった頭が瞬時に冷え、教師コルベールに謝罪した時、ルイズは

周囲の視線に気が付いた。キュルケなど、異様にキラキラした目でいやらしい笑みを浮かべている。

一瞬でルイズの顔に血が昇る。


 こここ公衆の面前で、わわわ私ってばなななんて事ををを!


凄まじい羞恥で死にたくなったが、今は才人を使い魔にするのが優先だ と、才人に目を向ける。

才人はとろんとした瞳のまま全身を弛緩させていた。

余りに情けない姿だったが、妙に才人らしい姿に頬を緩め、ルイズは足元に転がっていた杖を構え呪文を唱える。


「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 五つの力を司るペンタゴン。 

この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」


ルイズは才人の頭を持ち上げて額に杖を置き、唇を重ねた。その時、ルイズの中で足りなかった何かがカチンと

嵌った。

そして…ルイズは驚く。

なんと、才人は舌を入れてくると同時にルイズの胸を揉んできたのだ。

才人は考えた。脳の回転が極限まで落ちた胡乱な頭で、それでも考えたのだ。

才人は段々と近づいてくるルイズの唇を見て、


 …なんだよ。 まだし足りねーのか? しょうがない奴だな。 …後ちょっとだけだぞ?


ご主人様の気持ちを第一に考えた。胸を揉んでやったのはオマケのつもりだった。

そう、実は才人も出来上がっていた。それはもう、100%出来上がっていた。

いつの世も、冷めてしまった女性を相手にする男ほど滑稽なモノはない。

衆人環視の前でハレンチな事をされ、ルイズは即座に才人を突き離す。


「な、な、な…」

「?」


どうした? と、とろんとした目を向ける才人に、ガッチリと何かが嵌ったルイズは即座に点火。


「何て事すんのよ! このエロ犬ー!」


蕩けた頭でまったく反応出来なかった才人は、顎にいい角度でルイズの一撃をもらい、その直後襲ってきた全身

を貫くルーン刻印の衝撃で、あっけなく意識を放り投げた。

気絶した才人に驚いたルイズが、前回とは違う理由で皆にからかわれつつ、涙目になりながら才人と荷物を自分

の部屋に運んだ事は余談である。






「へ~。 本当に人を召喚するなんてね」


ティファニアの言った事は真実だったか と、物陰から一部始終を見ていたのはフーケ。


「しかも、あの様子じゃ二人にも記憶はありそうだね」


ニヤリとフーケは嗤う。


「さて、私も覚悟を決めるか…」


フーケは踵を返し、学院長秘書ロングビルの顔を作り呟いた。


「見せて頂きますわ、ガンダールヴ。あなたの力を」






物語はようやく回り始める。

少年少女達が織り成す舞台は、喜劇か、悲劇か、それとも大団円か。

いずれにせよ、舞台の中心にいるのは一人の少年。

これは、先を考えない無鉄砲な少年が、親しい者達の為に世界を蹂躙していく物語。

主人公よ、最強たれ。 


プロローグ END






あとがき

フーケの過去捏造。 そして、ようやくデレ度MAXだが15巻のルイズにする事に成功。(と思いたい)

読者の皆様、お久しぶりです。
すみません。 残念ながら復活ではありません。
ただいま死に物狂いでお金を貯めている最中です。
今回の第五話は、流石に召喚し終わるまでは書かないと読者様達が気持ち悪いだろう、と無茶をした結果です。
実家に帰り、弟のいない隙に「パソコンは戴いた。なに、三日もすれば返却するので心配するな。兄より」とい
う、キャッツカードを残し、弟のパソコンを強奪する事で完成した作品です。
もちろん代償は大きかったです。
「ぶっ殺すぞ! なにやってんだ、てめーは!」という初めて聞く弟の生の声にビビったのは忘れられない記憶
となりました。
今日の朝一でパソコンを返しにいくつもりです。
こんな短い文章でも、延べ15時間くらい掛かるほど遅い執筆ですが、見捨てず応援して戴ければ幸いです。

追伸
我が相棒は永遠の眠りに就きました。
相棒を復活させられない理由は、感想掲示板のレスを読んで頂ければご理解頂けると思います。



[7531] 第六話 ハニー!シュガー!ブレイカー!!
Name: yossii◆1d5cbef8 ID:6b1b3af4
Date: 2009/08/30 10:36


お久しぶりです。yossiiです。
今回も復活じゃないです。すみません。
もののけ様のネカフェ理論を試し50時間。(うん。お金いくらあっても足りません)
ネカフェ無理っす。ほんっと無理です。(計算上、復活が一か月延びました。…………本当にすみません)
かなりの時間が経っても感想を下さった試作二号機様と、ソロント様に敬意を表し、五年前に付き合ってた女
に連絡を取り、二日間だけパソコンを貸してもらいました。
彼女は何故か爆笑でした。(本当に不思議です。何故貸してくれたのかわかりません)
それから、前回少し糖度が足りない気がしましたので、今回もちょっと甘くしてみます。
それではどうぞ。






「……本気なの?」

「ええ」


苦虫を噛み潰したように問うたのは、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。

覚悟を決めた目で即答したのは、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。

既に日は落ちている。テーブルに置かれたランプの明かりが、弱弱しく二人を照らしていた。

モンモランシーは、真意を読み取ろうとじっとルイズを見詰めるが、その瞳からは決意以外のものは読み取る事

は出来なかった。


「理由を教えて頂戴。何故なの?」

「…………」


余りの不可解さに、そのまま疑問を口にしたモンモランシーだったが、ルイズは答えない。

視線を落とし、黙ってしまったルイズに、モンモランシーは溜息を吐いて続ける。


「いい? 全く負担が無いわけじゃないのよ? 訳も分からずに協力は出来ないわ」

「…………」


ここまで言っても話そうとしないルイズに、モンモランシーは、話はここまでね と、話を打ち切ろうとした。

しかし、その直前で弱弱しくもルイズは口を開く。


「…今は、話せないわ。でも、いつか必ず話すから、協力して……お願い……」


手を胸の前に持っていき、視線を落として弱弱しく呟くルイズに、モンモランシーは目を瞠る。

いったいこの少女は誰だ? 誰にも頼らず、弱音を吐かず、孤高たらんとした少女はどこに行った? 使い魔召

喚の儀式から別人になったのか?

モンモランシーには、この少女がルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールだとは信じられ

なかった。


「そこまでの価値があの平民にあるの?」

「ええ。私の全てよ」


迷いなく即答してくるルイズの眼差しの強さは、間違いなく自身の知っている少女のものである。

モンモランシーは納得していなかったが、これ以上は深入りになると思い、仕方なく折れる事にした。

決して納得したわけじゃない。と、背中で語りつつ、無言でクローゼットの奥から小瓶を取り出しルイズに渡す。


「いい? 効果は一週間。個人差があるから五日間だと思えばいいわ」

「ありがとう、モンモランシー。それからこの事は…」

「もちろん誰にも言わないわ。これでも口は堅い方よ」


焦って口止めしようとするルイズに、モンモランシーは心得ているとばかりに返す。


「ありがとう、モンモランシー」


ルイズは安心したのか、笑顔でもう一度お礼を言った。


「いいからもう行きなさい。あなたにお礼を言われると、なんか調子狂うわ」


しっしっと、ルイズを部屋から追い出した後、モンモランシーは部屋で一人、顔を赤らめていた。

正面からお礼を言われ、実は照れていたのである。

初めてルイズの笑顔を目撃し、しかも友人のように自然に名前で呼んでくるのだ。同性とはいえクルものがあっ

た。


「それにしても、ルイズにあんな表情させるなんて…あの平民何者なの?」


熱くなった頬をパタパタと扇ぎつつ、使い魔として呼び出された、珍しい黒髪の少年の正体をあれこれ想像する

モンモランシーだった。





 第六話 [ハニー!シュガー!ブレイカー!!]


優しい月明かりにのみ照らされた一室で一人、才人は目を覚ました。

暗闇と静寂の中、随分と広いベッドの上で目を覚ましたのだが、不思議と恐怖は感じなかった。

夜だというのに、目を凝らす必要が無い程の光量が入ってくる窓に、誘われるように歩を進める。

少し肌寒い風の入ってくる窓から顔を出し、光量の源である月を仰ぎ見る。

そこには、地球では決して見る事の出来ない大きな二つの月が浮かんでいた。

才人の顔には自然と笑みが浮かんでいた。


「また…来ちまったな」


不思議な事に、才人の胸中にあったのは帰って来たという郷愁であった。

異邦人である筈の自分がこんな感情を抱いてしまう事に、ここももう故郷なんだな と、才人は感慨を深める。

夢の中でしか存在しない筈の幻想的な風景に心を奪われていた時、不意に背後のドアの開く音がした。

才人は振り返らなかった。 

誰が入って来たのかなど見ずともわかるし、召喚直後にいきなり気絶させられたのだ。

気の強いご主人様は、こちらが構うとすぐつけ上がる。基本ネコ属性なのだから、向こうが話し掛けてくるまで

一年振りの月を堪能しよう。と、才人は考えた。

普段であれば、痩せ我慢無しでそんな態度を取る事など出来ない才人だったが、気絶したのに放っておかれた憤

りと、二つの月の魔力が、才人に妙な余裕を持たせていた。

部屋に入ってきたのは当然ルイズ。

ルイズは高鳴る胸を抱えたまま部屋に入り、窓から外を見てたたずむ才人の後ろ姿を見て一層鼓動が激しくなっ

てしまい、才人に掛ける言葉が出てこなくなった。

仕方なしに、体に巻きつけていたマントを椅子に掛け、ランプも点けず、そのままベッドに潜り込んだ。

風呂上りのルイズは、既にネグリジェ姿である。

毛布から頭だけ出し、じっと才人を見つめ続けていたルイズは、しばらくすると段々不安になってきた。


 私が帰って来たの気付いてる癖に、なんで何も言ってこないのよ~


まんまと才人の策に嵌ったルイズは、構ってオーラを出しながらモゾモゾと手足を動かし始めた。

そんなルイズの気配を敏感に感じ取った才人はほくそ笑む。


 きたきた。きましたよ。あの猫、段々すり寄ってきましたよ。


すり寄ってきた瞬間首根っこ押さえてやる と、意気込む才人。

ムード満点の月明かりの下でカッコよくキメようと思っている才人に、ついに我慢の限界がきたルイズが切なげ

に声を発した。


「サイトォ…」


きた! ここだ! と、逸る気持ちを抑えつつ、才人はゆっくりと振り返る。

そして、少し溜めを作った後で微笑んだ。


「ただいま、ルイズ」


才人は、自分に出来る全力全開の笑顔を炸裂させた。それはもう、渾身の笑顔だった。

だが悲しいかな、月明かりを背後に背負った才人の顔は…逆光だった。

ルイズからは才人の顔は見えず、キメるべき時にキメきれない才人はやはりどこかヌケていた。

が、しかし、ルイズもさるもの。

ひどく優しげな才人の声音に心眼でも開眼したのか、自分を愛しい表情で見てくる才人の顔がばっちりと脳内補

完され、一気に顔に血が昇る。


 も、もう。そんな目でご主人様を見るなんて。イ、イケナイ使い魔ね…


実際には見えてなどいなかったが、ルイズの真実の前にはそんな事実など欠片も意味を持たない。

ルイズは恥ずかしさにモジモジしながら、おかえりなさい と、才人に返した。

ヌケてる男とアレな女。やはり、才人とルイズはお似合いだと言わざるをえなかった。





「ねえ、タバサ。ルイズが呼び出した使い魔、どう思う?」


使い魔召喚のささやかなお祝いとして数本のワインを持参して来たキュルケは、部屋の主であるタバサに、乾杯

した後でそう切り出した。

色々と思う処はあったが、タバサは答える事が出来ない。

そんなタバサに構わず、キュルケは自身の予想を口にする。


「もしかして恋人かしら?」

「それはあり得ない」


今度は即座に返すタバサ。

使い魔を任意で召喚する事が出来ない以上、キュルケの予想には否と言う事が出来た。


「そう? でも赤の他人とは思えないわ」

「…………」


そうなのだ。召喚直後のルイズの行動は、極めて親しい者か、もしくは望み通りの使い魔を呼び出さなければ説

明がつかない。


「まあたしかに、思い通りに使い魔を召喚する事は出来ないんだけど…」


だからこそ分からないのよねぇ と、キュルケもまた頭を捻る。

タバサは考える。あの公爵家の三女は、自身がもっとも望む使い魔を召喚する事に成功した。だからこそ、まる

で別人のように感情をさらけ出したのではないかと。


「もしかしたら……」

「何? 何かわかったの?」


イーヴァルディかもしれない。という言葉をタバサは飲み込んだ。

一振りの剣と勇気で、人助けをしながら旅を続けるイーヴァルディ。

だがあれは創作物であり、イーヴァルディは物語の登場人物にすぎない。

しかし、ルイズがサモン・サーヴァントで用いたワードは、勇敢で優しく、強力な騎士。

タバサにとって、そのイメージはイーヴァルディだった。

たしかに自分は、使い魔としては最高峰の竜種を呼べた。しかも幻の韻竜を。

でも、哀れな姫を護り、あらゆる苦難を斬り払う、お伽噺の勇者以上と言えるだろうか?

もしもあの平民がイーヴァルディであったなら、私はきっと嫉妬してしまうだろう。あの魔法も使えぬゼロのル

イズに。と、タバサは考えてしまう。


「……やっぱり、わからない」


そんなわけはない と、自身の予想とすら言えない戯言を振り払い、タバサは溜息を吐くように首をふった。

そんなタバサの様子を見たキュルケは、ワインの入ったグラスを掲げて、まあいいわ と微笑を見せる。


「これからきっと面白くなるわ。 第一、あれだけの情熱を見せたんですもの。あの二人、今頃どうなって

 いるのかしらねぇ」


と、下世話な笑みを浮かべるキュルケにやれやれと溜息を吐き、タバサもまたグラスを傾けた。

召喚前のルイズの態度の原因を予想した時と同じように、キュルケとタバサが、今回も二人揃って微妙に正解し

ていた事を知るのはもう少し先の話である。






「で? 何で過去に戻っちまったのか分かるか?」


最高にキメた(と思っている)才人は、どうしても一年間疑問に思っていた事を聞いた。

再会のくちづけはこれ以上無いというくらいしたのだ。まずは現状の把握をしたかった。

もちろんルイズは不満だ。何度でも想いを確かめるのが先じゃないの? と思いながらランプを点けつつ口を尖

らせる。

この辺は、気持ちの強さというよりも男女の違いであろう。


「あの時…俺がジョゼフに負けた時、光に包まれたと思ったら地球にいた」


才人の声は、悔しさに歯噛みするように絞り出されたものだった。


「何が起きたのかまるでわからねえ。俺は負けた筈なのに…」


自身の力の無さを悔いる才人に、ルイズの胸は締め付けられる。

才人の所為じゃない。才人はがんばった。と、言いたいルイズだったが、辛うじてその言葉を飲み込む。

何故なら、ルイズにとって今はそんな事を言っている場合ではなかったからだ。


「そんな事よりも、あんたに聞きたい事があるの」

「はあっ!? そんな事っておまえ…」


才人は驚愕する。

過去に戻ってしまった事をそんな事よばわりするルイズに、才人は心底吃驚する。

ルイズは才人の言葉をさえぎるように尋ねた。


「なんで、また来てくれたの?」


ルイズの覚悟は既に完了している。

才人さえ傍にいるのなら、過去に跳ぼうが月に跳ぼうが、ルイズには関係ないのだ。

才人は困惑した。

そんな今更な事が現状よりも大事だというのか? と。

女心を察する事が出来ない紳士は、訝しみながらも言葉を返した。


「そんなの当たり前だろ? おまえがいるんだから」


才人にとって、それは遥か昔に通過した答えだった。

そんな、迷いも気負いもなしに返答してくる才人に、ルイズの脳と心臓は一気に桃色に染まり上がる。

それでも、まだ確かめなければならない事はある と、自身を強く持つルイズ。


「さ、サイトの御両親は?」

「一応納得してくれた。でも大変だったんだぜ? わかってもらうのに10ヵ月くらいかかった。何度も殴ら

 れたしな?」


なんでもない事のように笑いながら言う才人に、ルイズの心は感極まった。

自分でさえ、才人が異世界人だと認めるのには時間が掛かったのだ。過去に戻った才人が両親を説得するのは、

並大抵の苦労ではなかっただろう。

それもこれも全て、


「私の…為?」


ルイズは溢れる愛しさを勇気に変えて聞く。


「他に誰がいるんだよ」


照れくさい才人は、ソッポを向いて不機嫌そうに言った。

そして、ルイズは完全に出来上がる。そう、デレルイズの完成である。


「そ、そう。そうよね。あんた私の事大好きだもんね」


まるで才人が片思いしているような言い方に、ムっとする才人。


「あのなぁ…」


そんな才人のボヤキなど、既にルイズには聞こえていない。

ルイズの人生最大の勝負なのだ。聞いている場合では無い。


 この使い魔は妙にモテる。メイドに始まり、チビっこ、胸お化け、挙句の果てには姫様すら……
 
 誰もサイトを知らない今がチャンス! い、いくわ!  私、星になるわ!


これが私の全力全開! とばかりに、ルイズはテンパり気味に言葉を叩きつけた。


「そそ、そんな使い魔に! ごごご褒美として! ご主人様の体、いぃぃ一箇所以外触って良いわ!」


過去にも聞いたご褒美という単語に、才人の不満は一気に高まった。


 またご褒美かよ! いい加減好きっていえよな! 

 ……ん? まてよ? 今なんつった? 以外って言わなかったか? 


しかし、前に聞いたセリフとは微妙に違うルイズの言葉に気付き、才人の不満は一瞬で消し飛ぶ。

当然一年間悩まされた、何故過去に戻ったのか? という疑問も消し飛んだ。

ルイズがそんな事よばわりするように、まさしく些細な問題になってしまった。

代わりに生まれたのは、自身の耳への疑いである。

急速に開いて行く血管と鼻の穴をなんとか自制しようとがんばりつつ、才人は己の耳の性能をもう一度確かめた。

童貞の紳士にとって、今はそれこそが最優先事項であった。


「な、なあルイズ。よ、よくきこえなかった。い、今なんて言ったんだ?」

「ご、ご主人様の言う事はちゃんと聞いてなさいよね! い、い、一か所以外どこでも触っていいって言った
 
 のよ!」

 ぶはぁっ!!


才人の奥歯がガチガチと鳴り出す。心臓など、血管破裂させてやんよ! とばかりに、大フィーバー状態で血液

を送り出す。


 し、死ぬのか!? 俺ってばもうすぐ死んじゃうのか!? ま、まて。早とちりはいけない。そ、そう

 だよ! これで何回お仕置きされたと思ってんだよ! 落ち着け俺!!


己の空気の読めなさで何度もルイズに吹っ飛ばされた才人が、軽い女性(ルイズ)不信になったとて誰が責めら

れよう。

今の才人は、期待に胸を膨らませつつも、主人の真意を窺う子犬ちゃんなのだ。


「さささ触っちゃ駄目な、ぃぃぃ一か所って、どこデシュカ?」


余りに情けない才人に、


「ばばば、ばかぁ! そ、そ、そんなのあんたが決めなさいよ!」


こちらもイッパイイッパイのルイズ。

再び叩きつけられたルイズの言葉に才人の全身は燃え上がっていき、指の先まで灼熱に支配されていく。

もう子犬はいない。

そこに居たのは、嵐の前に凪ぐ海原を彷彿とさせる紳士。

男は皆、心に一匹の獣を飼っている。童貞の紳士も例外ではない。いや、童貞の紳士だからこそ、その獣は巨大

で猛々しかった。

獣は、俺を出せ! と暴れまくるが、才人は動かない。

今襲いかかればきっと乱暴に扱ってしまう。それは駄目だ。例えイタすとしても男は優しくなければダメだ と、

優しい紳士は絶望的な戦いに身を投じる。

だがしかし、娼婦と化したご主人様にとってもここは正念場。

紳士の気遣いなど無用とばかりに、ルイズはさらにダメ押し。過去に思いついた才人専用最終奥儀を繰り出す。

ネグリジェの裾を持った両手をゆっくりと口元に持っていき(もちろんその時点で下着とお腹は丸見え)、不安

と期待がブレンドした潤んだ瞳を才人に向け、


「サ、サイト…優しくして…」


言った。


「くっはぁーー!! る、るいずぅぅぅーーーー!!」


そして、勝負にすらならない才人の戦いはアっというまに終わり、一匹の獣が解き放たれた。


「きゃ~ん♪ だめぇ~。やさしく~」


見習い娼婦は歓喜をあげた。

二人の夜は更けていく。





後書き

どうしましょう?
初心者ですし、エロは飛ばしたほうがいいでしょうか?
官能小説とか読んだ事ないですけど、妄想のままに書いたほうが物語にリアリティがでるのでしょうか?


追伸
皆様、感想ありがとうございます。
レス返しは私にとってとても楽しい作業なのですが、このパソコンを貸してくださった女性に、投稿する時
間だけ貸してもらえたら後はすぐ返す と確約してしまいました。
その証拠に、このサイトのアドレスも押さえられました。(無論、私のHNも…)
レス返しは、新しいパソコンを手に入れたらすぐ返しますのでご容赦ください。
……なんか、私生活がどんどんヤバイ方向に行ってるのは気のせいだろうか?






[7531] 第七話 賢者の涙
Name: yossii◆1d5cbef8 ID:6b1b3af4
Date: 2009/08/30 10:37
皆さんただいま。yossiiです。
随分遅れてしまいました。すみません。
早速ですが、どうぞ。





「これが、私の知ってる全部よ。姉さん」


夜の帳が降りたさして広くもない室内で、二人の女性が向かい合って座っている。

ティファニアの長い長い説明の後、フーケは無言でティファニアの目を見続けた。

長い沈黙の後、フーケは口を開く。


「嘘を言ってるわけじゃないのは解る。でも、それが事実だっていう証拠はあるのかい?」


世界の裏にドップリと浸かっていたフーケは、確かな根拠がなくば行動しない用心深さを身につけている。

世界で一番大事な義妹を信じてはいるが、それとこれとは話が別だ。

第一、話が荒唐無稽すぎる。

アルビオン王家の滅亡。

伝説の虚無と、それを取り巻く陰謀。

ガリアが起こす大戦。

そして巻き戻ったティファニアの時間。


「ごめんなさい。私にも何が何だか解らないの…」


弱弱しく呟くティファニアに、フーケは違う疑問をぶつけた。


「なら、時間が戻った原因に心当たりはあるかい?」


唯の妄想だと切り捨てず、真剣に考えてくれる姉の心遣いに感謝するしかないティファニアは、一生懸命原因を

探る。


「サイトがガリア王に倒された時に、船の上から咄嗟に忘却の魔法を唱えたの。隣にいたルイズも虚無を唱え

 てた気がする…」


必死に思い出そうとしているティファニアを、フーケは黙って待つ。


「なんとか動こうとしていたサイトに、ガリア王も虚無を撃とうとしていて……すごい光に包まれて……」


後は気が付いたら過去に戻っていた という言葉で締めくくられた。


「その、ルイズとかいう娘とガリア王も虚無の担い手だったんだね?」


フムフムと頷きながら考えを纏めていくフーケ。


「…どちらかが時間を操った? それとも、複数の虚無魔法が干渉しあったか…」


情報が少なすぎて推論の域を出ないが、どちらにしても流石は伝説といったところか と結論付けたフーケは、

厳しい視線をティファニアに向けた。


「それで? それが真実だとして、ティファニアはどうしたいんだい?」


ティファニアは、義姉の目を見て決意の言葉を吐いた。


「私、サイトの力になりたい」


その言葉に、フーケは眉を寄せた。


「サイト? たしかガンダールヴだったね…どうしてだい?」


フーケの尤もな疑問に、ティファニアは少し顔を赤らめながら答える。


「サ、サイトは、初めてのお友達なの。それに、サイトは世界を見せてくれたし…」


それだけでピンときたフーケはニヤリと笑った。


「惚れてるのかい?」

「ち、違うの! ホントに唯のお友達!」

「へえ? にしてはえらく必死じゃないか?」


バタバタと慌てるティファニアに、フーケのニヤケ顔はいよいよ深くなる。


「サ、サイトって、お話に出てくる勇者みたいなの! すごく変わってて、初めて会った時も私を全然怖がら

 なかったし! 私の為に色んな事してくれて……だから、力になってあげたいの」


それを惚れてると言うんじゃないのか? とフーケが口にする前に、ポツリとティファニアが呟いた。


「それに、サイトにはルイズがいるし…」


ああ、そういう事か と義妹の気持ちを見抜いた義姉は、盗賊らしい答えを贈った。


「なら奪えばいいじゃないか」

「ええ!? そ、そんな…」


勿論ティファニアは吃驚仰天だ。そんなウブな義妹に構わず、フーケは更に続ける。


「欲しいのに遠慮なんかしていたら、いいとこ母親と同じ境遇だよ?」

「か、母さんと同じ?」

「そうさ。愛人なんて嫌だろ?」


実の娘と変わらぬ愛情をもって育んできた義妹の初恋。

ティファニアが幸せになるのなら、誰が悲しもうが知ったこっちゃないフーケは煽る。

が、しかし、事態はフーケの想いを微妙に超えていく。


「…そっか、母さんと同じなんだ…お妾さんならルイズも…」


頬を染め、大きな胸の形がもにゅもにゅ変わるほどモジモジしているティファニアに、フーケは驚愕。

 
 な、何を考えているんだい、この娘は…


少し逞しくなっている義妹の成長に、本当に時間を繰り返している確信を得たフーケ。

そんなフーケを無視し、色々と決意を固めたティファニアは、力強く言葉を発した。


「姉さん。私に使い魔召喚の呪文をおしえて」









 第七話 「賢者の涙」




「…んっ…ちゅ…はぁ…んちゅ…」


才人に組み敷かれ、ルイズは口内を存分に蹂躙される。

既にルイズの頭の中は真っ白で、始祖と母親へのお伺いなど宇宙の彼方だった。


「…はぁっ…ん…ちゅる…はっ…サイっ…んん~…トっ…」


貪るような才人のくちづけは荒々しく、ルイズを気遣うそぶりなど欠片もない。

女を征服しようとする男のエゴが全面に出ていたが、ルイズには不満も嫌悪感もなかった。

ルイズが感じているのは幸福感のみ。

愛しい男に組み敷かれている現状は、ルイズの雌の本能を確実に刺激していた。

はだけたネグリジェの下に潜り込んできた才人の手が、膨らみの少ないルイズの胸をつかむ。


「ぁ…そこダメ…」


これが胸? と、過去に才人に言われた事のあるルイズは、条件反射で胸を両手で隠そうとする。

一瞬才人の動きが止まるが、才人は無理やりルイズの両手を拘束する。

ベッドに両手を縫い付けられたルイズは、隠すなという才人の目に射すくめられ、ゾクゾクと背筋に快感を走ら

せた。

脳が沸騰しそうな程の多幸感に、ルイズの瞳にはじんわりと涙が溜まっていく。

何度夢に見たのか分からない状況が現実となっている。


 犯されたい。 サイトに力尽くで犯されたい。


既に、ルイズに理性などなかった。

そして、両手をルイズの拘束に使っている才人は、口でネグリジェをずり上げていく。

ピンク色の頂が見えた瞬間、才人は躊躇わずに口にした。


「っ!!」


その瞬間襲った感覚を、ルイズは生涯忘れる事はないだろう。

目から火花がでたのかと思うほどの快感がルイズを襲った。

極度の興奮で胸の先端は一瞬で尖り、ビリビリとした波が背中を這い上がる。


「…ひっ…あっ…くぁっ…んっ…あっ…」


才人が吸いつき、舐め、舌でころがすたび、あまりの刺激にポロポロと涙が零れ落ちる。

才人はそんなルイズにまったく気付いていない。気付く余裕がない。

身動き出来ないように押さえつけ、欲望のまま己を蹂躙している男を、ルイズはあまりに愛しく感じた。

舐めあげられるたびに下腹部は熱くなり、乱暴に揉みしだかれるたびにトロトロと蜜が溢れてくるのがわかる。

今のルイズは、才人が与えるのならばどんな刺激も快感に変換出来た。

好きな男が正気を失う程、自分の身体に夢中になっているのだ。

体の凹凸に多大なコンプレックスのあるルイズにとって、今の状態の才人は百点満点なのである。

さすがアレな女。自ら男の理性を飛ばした事実は、既に忘却の彼方においやっていた。

一年間触れる事も話す事も出来なかった想い人との逢瀬は、ルイズのタガを外すには十分だった。

才人の息は荒い。

呼吸するよりも、ルイズの体を舐めまわす方を優先させているのだから当然だろう。

ルイズの最終奥儀により理性を飛ばされている才人は、愛を囁くどころか名前を呼ぶ事すら思いつかない。

まさしく一匹の獣と化した才人は、女の甘い匂いを嗅ぎながら柔らかな肢体を貪る事しか出来なかった。


「…あっ…あんっ…だめっ…サイっ…トっ…」


才人がやめる筈がない事を承知で呟く。

ルイズ的には逆にやめられたら困るのだが、そこは淑女の嗜みだった。


「…あたっ…まっ…ひうっ…変っ…にっ…」


才人は才人で、ルイズの言葉などまったく耳に入らない。

獣と化した才人は、ルイズの左胸を蹂躙しつつ、右手を下腹部へと伸ばした。

左手が自由になったルイズは、自身の胸に吸いついている愛しい男の頭を抱え込む。

直後、才人の指がルイズの女をなぞり上げた。


「~~~~~~っ!」


声なき悲鳴をルイズは上げる。

下着の上から触れられただけで、凄まじい快感が頭の中で弾けた。

さらに、自身の内からドプドプと蜜が溢れだし、下着を汚していくのが分かる。


 で、出てる…すごい出ちゃってる…


ルイズは凄まじい快感の中、猛烈に湧き出してくる羞恥心に、思わず才人の腕を抑えながら叫ぶ。


「ダメっ! サイんん~~~~~!」


が、制止しようとしたルイズを、才人は己の唇で封じる。

暴れるルイズの唇を奪ったまま才人は体をずらし、ルイズの抵抗など物ともせず、強引に下着を剥ぎ取った。

とても童貞とは思えない、匠の技だった。

才人が後ろに投げ捨てた己の下着が、ベチャ と床に落ちる音を聞いたルイズは、あまりの羞恥にボロボロ涙が

零れ落ちる。


 違うの! 私、こんないやらしい女じゃないの!


そう言葉を発したいルイズだったが、口は塞がれている。

尚も暴れようとするルイズは、直接ルイズの女に触れてきた才人の指に、抵抗を諦めた。

無遠慮に触れてきた才人の指が、ルイズの一番敏感な部分を擦り上げたのだ。

ルイズの手足から一気に力が抜ける。腰は痺れて全く動けない。

才人がクニクニと指を動かすだけで、怒涛のような快楽が襲う。

ルイズの体は、男を受け入れる準備が完全に出来上がってしまった。

恐らくは、本能でソレを感じ取ったのであろう才人は、ガチャガチャとベルトをはずし、ズボンとパンツを脱ぎ

きる事すらもどかしいく、いきり立つ己自身を押し当てる。

遂に結ばれる瞬間に、ルイズは唇を蹂躙されながらも、歓喜をもって才人の頭をキツク抱き締めた。

だが、童貞の悲しさか。

腰の動きのみで入れようとする才人のイチモツは、ニュルリニュルリとルイズ自身の表面を滑るのみ。

そのたびに、クリトリスを刺激されるルイズは、んっんっ と小さく悲鳴をもらす。

それを五回ほど繰り返した時、いきなり口を離した才人が初めて声を発した。


「あっ!」


直後、ルイズは腹から胸にかけて熱を感じた。

共に目は潤み、はあはあと熱い吐息が互いの顔をくすぐる。

そのまま至近距離で見つめ合う才人とルイズ。

後には、夜のしじまが支配するのみであった。






ティファニアのベッドには黒髪の少女が一人眠っている。

ティファニアが唱えたサモン・サーヴァントにより呼び出された少女である。

その隣で、心配そうに少女を看病していたのはティファニア。

ティファニアは、半年前にフーケから使い魔召喚の魔法を習ってはいたが、その使用を禁止されていた。

フーケ曰く、未来の記憶のアドバンテージを無くさないためには、軽々しく動くなという事。

ヒラガ・サイトがハルケギニアに現れるまでは、余計な行動は慎むべきだというものだった。

気持ちが焦っているティファニアには、時間を無駄にしているように感じられたが、ヒラガ・サイトがハルケギ

ニアに召喚出来なくなったらどうすんだい? という言葉と、その間に私が情報を集める というフーケの言葉

にしぶしぶ折れた。

そして、フーケからの手紙でルイズの召喚の儀が今日行われる事を知ったティファニアは、夜の帳が落ち始めた

森で、自身も使い魔の召喚を試みたのだ。

そして現われたのは、自身とそう歳の変わらぬ黒髪の少女。

ティファニアは驚いた。

召喚のゲートから、物凄い勢いで、泣きながら突進してきた見知らぬ少女に。

つい避けてしまったのは不可抗力であろう。

ティファニアの脇を駆け抜けた少女は、そのまま木に激突した。

恐らくは召喚時のショックも相まって、そのまま気絶したのであろう。

ピクリともしない少女に呆然としたティファニアは、何だか切なくなった気持ちを押し殺し、慌てて少女の呼吸

を確認した後で小屋に運び込んだ。

こうして、ティファニアと琴乃の邂逅は、どちらも言葉を発する事無く、無事終了したのである。






おもむろにベッドから起き上がった才人は、朝の洗顔用のタオルを掴み、己自身を拭いた。

そしてズボンのホックを留めてからベッドに戻り、なだらかな快楽の余韻に支配されているルイズの股間と、腹

や胸を順に拭いていく。

体が敏感になっているルイズはくすぐったく感じたが、体は痺れたように動かない。

朦朧とする意識の中、無言で才人の奉仕を眺めていた。

粗方拭き終った才人はベッドから降り、部屋の隅に向かってフラフラと歩き出す。

そして、そのまま壁に向かって正座した。

脳がまるで働いていないルイズは、才人の奇行を黙って見詰めるのみだ。

またも静寂が支配するが、時間の経過と共にルイズの思考も回復してくる。


 あれ? もう終わったの?


ルイズは、自身が想像していた事と少し違っていた事に戸惑った。

 
 アレをこうして、ソレをそうするんじゃなかったの? 色々と手順があるのかしら?


時間が巻き戻った為に既に効力は無くなっていたが、ルイズには才人の妄想の記憶があったのだ。

既に薄れつつあるとはいえ、男の際限無きエロを見たルイズにとって、己の今の状態には頭を捻るしかない。


 もしかして、私が初めてだから加減してくれた?


もしそうならうれしい と、ルイズは頬を緩める。

無論そんなわけはない。

理性を飛ばした男に、そんな気遣いが出来る筈もない。


 でも、なんであんな所で座っているの?


行為後の愛の語らいは? と不満を持った時、ルイズは逆に不安が押し寄せてきた。


 …まさか…私の体、良くなかったの?


身体にコンプレックスのあるルイズがそう思ったのも無理はなかった。

折角結ばれたのに、才人を満足させられないのでは辛すぎる。

ルイズはムクリと起き上がり、捲れ上がったネグリジェを整えながら、恐る恐る才人に近づいていく。

自分はあんなに気持ち良かったのに、才人に気持ち良くなかった等言われた日には、最早立ち直れない。

しかし、聞かなければならない。

ルイズにとって、才人はこの世で唯一の運命の恋人なのだ。

才人にとっての最高の女は己でなければ気が済まない。プライドが許さない。

もし才人が満足出来なかったと言うならば、次からは気遣いなどしないで、思う存分弄ってくれと言うつもりだ

った。

ルイズはアレな思考で決意を固め、壁を見つめ続ける才人にモジモジと尋ねた。

 
「あ、あのね、サイト? そ、その…私の体、気持ち良くなかった?」

「この広い世界に比べて、僕はなんてちっぽけなんだろう?」


しかし、返ってきたのは、アレな思考を持ってしても理解できぬ言葉。しかも『僕』。


「……え?」


ルイズに出来たのは、疑問符を浮かべる事のみ。


「人の歴史は戦争の歴史だ。争いが無ければ、人は前に進めないのだろうか?」

「サ、サイト? 何を言ってるの?」


いきなり真理を説いてくる才人に、ルイズの混乱は深まるばかり。


「でも大丈夫だよ、ルイズ。僕が必ず護るから。僕の想いの全てで、君を護るよ」


才人は透き通るような、いや今にも消えてしまいそうな微笑みを向けた。

それは決意の言葉ではあったが、ルイズにはとても儚く見えた。

才人がどこかに消えてしまいそうな不安に駆られ、ルイズは叫ぶ。


「サイト!!」


悲鳴のような叫びを受けた才人の目から、静かに涙が零れおちる。

くしゃりと顔が歪み、泣き笑いの表情で才人は言った。


「ごめんなしゃい。失敗でしゅ」


それはきっと、賢者の涙。






 後書き


「まったく。こんな変態主人に当たるなんてツイてないわ!」
「いきなりなんだ? つーか誰が変態だ」
「ふん! あんたエッチな話書いたじゃない。 私を使って!」
「それは違うな。俺はただの代弁者だ」
「はあ?」
「理想郷に暮らす一流の紳士達の想いが、俺を通して具現しているにすぎん」
「訳わかんないわよ!」
「つまり、読者達が見たくないっていえば書かねーよ」
「……本当でしょうね?」
「おまえに嘘付いた事あるか?」
「…ふ、ふん!」
「それと、もう一つ間違ってるぞ?」
「なによ!」
「俺はおまえの主人なんかじゃねー。相棒だ」
「…………」
「おまえは俺の事嫌いかもしれねーが、いつか必ず俺を認めさせてやるよ。相棒としてな」
「べ、べ、別に嫌いなんて、ぃぃぃ言ってないじゃない! で、でも勘違いしないでよ! だからっ
 て好きってわけじゃないんだから!!」
「はいはい」
「こ、こらぁ! 頭(モニター)を撫でるなぁぁ!」




[7531] 第八話 慈愛の天使。その名はヴェルダンデ
Name: yossii◆1d5cbef8 ID:6b1b3af4
Date: 2009/09/12 11:34

泣きながら失敗したと言ってくる恋人に、なんと声を掛けるのが正解なのか?

自分は気にしていない か?

次頑張ればいい か?

それとも、基本に戻って怒ればいいのか?

ルイズにはわからなかった。

折角結ばれたと思っていたのに失敗。あんなに恥ずかしくて、官能的な時間だったのに失敗。

それに、とても痛々しい才人の涙。

最初から最後までイッパイイッパイだったルイズが、混乱した頭でポツリと呟いてしまったのは罪なのか。


「…そ、そう。だからすぐ終わっちゃったのね…」


その瞬間、全身をバラバラにするかのような衝撃が才人を貫いた。

魂を砕き、心を消し飛ばすかのような絶対の絶望を、才人は生涯忘れる事はないだろう。

だが、惚れた女にこれ以上涙は見せられない。

才人は無理やり笑みを作る。

しかし、残念ながら才人の笑顔は泣き顔以外の何物でもなかった。

その涙。まさしく滝の如し。

目を見開き唖然としているご主人様に、いよいよ涙腺が決壊してしまった使い魔は、何でもない事を示すために

おどけたように言う。


「…ず、ずびばじぇん。今日は、呼び出ざれで疲れでだので、ずぐいっじゃいまじだ…」


凄まじい嗚咽で紡がれる言い訳。

しかし、それは言い訳ではない。

それは、才人にとって唯一残った男の強がり。

そう、それは才人にとって真実でなければならぬ言葉。

そうだ。疲れていたのだ。だからなのだ。と、才人は何度も自分自身に言い聞かせる。

もはや才人の心は、己自身を誤魔化さねば崩壊する所まで追い詰められてしまっていた。

故に、才人は男くさい笑みを浮かべるべく表情筋に力を入れるが、それはルイズを絶句させる程の痛々しさ。

自らの放った一言が、才人を奈落の底へと叩き落としてしまった事にまったく気付かないルイズは、何とか才人

を慰めようと言葉を探した。

しかし、へへっと笑う(泣く)才人の方が早かった。


「次ずる時は、寝がぜでやんねーがらな。覚悟じどげよ…」


そう言って、ぐすんぐすんと泣きながらベッドに潜り込む才人。

その様を見ていたルイズの心は潰れそうになった。

慌てて才人の後を追い、自身もベッドに潜り込んだルイズは、背を向けて丸くなる恋人に一生懸命慰めの言葉を

贈る。

しかし、その慰めの言葉が余計に男の矜持を傷つけるなど夢にも思わないルイズに、才人が振り返る事はない。

無性に泣きたくなったルイズは、ネグリジェを脱ぎ捨て、上半身裸の才人の背中にぴとりと張り付く。

自身の温もりが才人を癒す事を信じて、ルイズは忍び寄る睡魔に身を任せた。

ルイズが己の失言に気付かされたのは、翌日の朝の事である。









 第八話 「慈愛の天使。その名はヴェルダンデ」




「ああ、なんて気持ちのいい朝なんだ」


フリフリのワイシャツを着た金髪の美少年が、男子寮の裏庭を闊歩している。

妙に芝居がかった動きであったが、中々様になっていた。


「どこだい?ヴェルダンデ。僕の愛しいヴェルダンデ」


自身の使い魔である巨大モグラを探す少年。

名前をギーシュ・ド・グラモン。

元帥を父に持つ、由緒正しい名門グラモン家の四男坊である。

彼は朝の洗顔を終えると、朝食が始まる前に自身の使い魔の餌を探すのを手伝おうと考えた。

一流の料理人がいるトリステイン魔法学院といえど、さすがにミミズは用意出来ないだろうと思ったからだ。

第一、使い魔の世話は主人の義務。

自身の半身としてこれから共に歩む存在に、ギーシュは何かしてやりたくて堪らないのだ。

彼は典型的な貴族ではあったが、周りから、顔はいいけどおつむが足りない。等言われるくらいには憎めない性

格をしていた。

目立ちたがり屋のお調子者だが、根はいい奴なのである。


「はて、ヴェルダンデは何処に行ったんだ」


何度呼んでも姿を見せない使い魔に、ギーシュは周囲を見回した。

そして視界の端の城壁付近に、地面から顔を出している己の使い魔を発見。

そんな所にいたのか と安堵しながらギーシュは近づいていく。

すると、どうやらヴェルダンデは大きな穴の中から顔を出しているようだ。

つぶらな瞳できゅ~きゅ~と鳴く使い魔の愛らしさに、ギーシュの顔も綻ぶ。

こんな大きな穴を掘って、しかたない使い魔だな と穴の淵に近づいたギーシュは、ヴェルダンデに声をかけた。


「こんな所で何をしているんだい? ヴェルダぁああああああ!!」


しかし、それは途中で驚愕の悲鳴へと変わった。

なんと、穴の中では顔を伏せた黒髪の平民が、行くなよ~行かないでくれよ~ と呟きながら、ヴェルダンデの

尻にしがみついているではないか。

覗き込んだ穴に人が入っていれば誰でも驚くだろう。

しかも、地の底に引きずり込もうとしているのだ。もはや怪談である。

そんな、清々しい朝に突如発生した怪奇現象に、ギーシュはその場で腰を抜かした。


「ひいいいいぃぃぃぃ!!」


腰を抜かしたギーシュは、そのまま後ろに後ずさろうとした。

が、目の前にはきゅ~きゅ~と助けを求める愛しい使い魔が。

パニックになったとはいえ、ギーシュは貴族である。

使い魔を見捨てるはメイジの恥。主人失格。と、己の心を奮い立たせた。

震える足に力を入れ立ち上がり、バラの形をした杖を引き抜き叫ぶ。


「そそそ、そこの悪霊! き、き、貴様!! ぼ、僕の使い魔に何をしている!!」


恐怖を振り払うため、必要以上の声を張り上げた。


「…ん? ギーシュ? ギーシュか?」


暗い濁った目で顔を上げる悪霊。いや、勿論才人である。


「ひいいぃぃぃ!! なな、何故僕の名を呼ぶ!?」


悪霊が自分の名を知ってる事と呼ぶ事に、ギーシュは最早失禁寸前。


「…聞いてくれよ、ギーシュ。…俺は…俺は…俺はもう駄目だあぁぁぁ…」


しかし、そんなギーシュをまったく無視して、才人はおいおいと泣きだした。

余りに哀れを誘う泣きっぷりに、ギーシュは段々と落ち着いていった。

どうやら、この平民はちゃんと生きているようだ。と気付くのに時間は掛からなかった。

そうすると、次いで沸き起こるのは当然怒りである。

平民の分際で貴族を驚かせるとは何事か。

しかも、愛しい使い魔に平民が勝手に触れるなど許せる事ではない。

未だ早鐘のような心臓を抑え、ギーシュは怒りの声を上げる。


「ええい! そこの平民! 僕のヴェルダンデから離れろ!」


しかし才人は離れない。

ヴェルダンデの尻にしがみ付き、いやだよ~俺もモグラなんだよ~ と、わけの分からない事を言い出す始末。


「いい加減にしないかっ! このっ! 平民めっ!」


言う事を聞かない平民に怒り心頭のギーシュは、才人の体に足を突っ込んで蹴りはがした。

ヴェルダンデを奪われ、蹲りながらも、モグラ~モグラ~慰めてくれ~ と泣き続ける才人。


「まったく何なんだ、この平民は」


ギーシュは、その姿に呆れの声をもらす。

そして、自身の愛しい使い魔を抱きしめた。


「ああ、ヴェルダンデ。許しておくれ。助けるのが遅くなってしまった。君のお尻は大丈夫かい?」


才人から解放され、きゅ~きゅ~と鼻を擦りつけるヴェルダンデ。

うれしそうにギーシュにじゃれ付いていたヴェルダンテは、不意につぶらな瞳を才人に向けると、ギーシュの腕

から抜け出した。


「ヴェルダンデ?」


疑問符を浮かべるギーシュにかまわず、ヴェルダンデは才人の傍に行き、その頭を撫でてやった。

才人の頭を撫でながら、きゅ~ん と主人に瞳を向けるヴェルダンデ。


「ヴェルダンデ? 君はこの平民を助けたいのかい?」


驚く主人に、うんうんと頷く巨大モグラ。


「ああ、ヴェルダンデ。君はなんて優しい奴なんだ。こんな変な平民を助けたいだなんて」


己の使い魔の慈悲深さに、ギーシュは自らの体を抱きしめながら感極まる。


「まさに天使だね。困ってしまうね。モグラなのに天使。どっちか分からないね」


勿論モグラである。


「でも、本当に困ったな。もうすぐ朝食の時間だ。その平民の悩みを聞いている暇は無いんだよ」


悲しみの表情でギーシュは言った。

授業をサボるのは構わないが、朝飯を食いっぱぐれるのは御免被りたいギーシュ。

そんな、自身の欲求に忠実なご主人様に、つぶらな瞳できゅ~んと訴え続けるヴェルダンデ。


「……はあ、わかったよ、ヴェルダンデ。君の最初の我儘だ。快く聞こうじゃないか」


しぶしぶながらも了承したギーシュに、ヴェルダンデは喜びを全身で表現するべく、ギーシュの体にのし掛かる。

ギーシュは潰される寸前ではあったが、はっはっは と優雅に笑う仕草を崩す事はなかった。






朝、ルイズはパニックに陥っていた。

なぜなら、目を覚ましたら横に居る筈の愛しい使い魔がいなくなっていたのだ。

心配で心配で堪らない。

用を足しに行ったとか、洗濯しに行ったなどまるで思いつかない。

昨夜の事で家出したのか と短絡的思考に支配されてしまった。

もっとも、その考えは的を射ていたのだが。

しかし、ルイズの心配のベクトルは、一般人とは微妙にズレていた。

昨夜の才人の様子は普通じゃなかった。フラフラと外に出て、メイドにでも捕獲されては一大事。

才人は頭が悪いから、ルイズとする前に練習させてくれ、シエスタ。などと言っているかもしれない。

あり得ない事を本気で心配するルイズ。

いくらなんでもそこまで馬鹿ではあるまいが、恋する乙女の心配に果てなどなかった。


「もうっ! あの馬鹿! 練習するなら私でしなさいよ!」


手早く制服を身に纏い、鏡の前で髪を梳かしながら、ルイズは怒鳴った。

もはや、パニクり過ぎているルイズには、妄想と現実の区別がつかない。


「メメ、メイドの胸さわったら死刑! メイドといちゃいちゃしてたら死刑! メイドと話しても死刑!」


眉を吊り上げ、死刑死刑と叫びながら、ルイズは部屋を飛び出した。

そして、赤髪の女性と激突する。

長身で、見事なプロポーションの女性は、跳ね飛ばされながらも何とか受け身をとった。


「いたたたた… いきなり何なの!」


尻もちをつき、腰をさすりながら怒りを吐き出す女性、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハル

ツ・ツェルプストーである。

ルイズはそんなキュルケに目もくれず、素早く立ち上がり駈け出した。

が、黙って狼藉者を見逃すほどキュルケは甘い女ではない。

キュルケは素早くレビテーションの呪文を唱え、ルイズの体を宙に拘束した。


「人にぶつかっておいて謝罪もしないなんてどういう事? ヴァリエール」


キュルケは本気で怒っていた。


「放してキュルケ! 今はあんたに関わってる場合じゃないの!」


しかし瞬時に怒りは治まった。

空中でジタバタしている滑稽な姿。こちらは家名で呼んだのに、あちらは名前で返してくる。しかも、なにやら

慌てているご様子。

キュルケの好奇心がビンビンに刺激された。

キュルケはニヤニヤしながらルイズを自らの傍まで引き寄せる。


「あら、ご挨拶ね。おはよう、ルイズ。一体何を慌てているのかしら?」

「あ、あんたには関係無いでしょう! いいから降ろしなさい!」

「駄目よ。あんな乱暴な事されたんですもの。理由を聞かなければ納得出来ないわ」

「そ、それは悪かったわよ…で、でも、理由は」


言えないわ と言おうとした所で第三者の声がかかった。


「朝っぱらからうるさいわよ。貴方達」


見事な巻き毛の少女の注意に、ルイズの言葉は遮られた。

モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシの登場である。


「モンモランシー? どうしたの、貴方?」


突然現われたモンモランシーに、キュルケは怪訝な顔をする。

彼女の部屋は、ここから少し離れた所にあった筈だ。

食堂に行くにはまだ時間があるが、食堂もトイレも逆方向である。


「ええ、ちょっとルイズに用があったのよ」


キュルケの疑問に答えるモンモランシー。

実は彼女は、昨日ルイズに渡した水の秘薬がしっかり効果を出しているのかを確かめにきたのだ。

身体に直接作用する秘薬に不備があれば大変な事になる。

自分の作った秘薬に絶対の自信はあるが、万一を考え、アフターケアのつもりでルイズの部屋を訪れたのだ。

ついでに、後学の為に夜の作法や手順を経験者から聞き出そうとも画策していた。


「用? あなたがルイズに? 珍しい事もあるものね」


それほど仲がいいとも思えなかった二人に親交があった事に、キュルケは素直に驚いた。


「それよりもルイズを降ろしてあげたら? 下着が丸見えよ? いくらなんでもはしたないわ」


モンモランシーのその言葉に、ルイズは悲鳴を上げてスカートを抑えた。

しかしキュルケは笑顔で首を振る。


「あら、それは駄目よ」

「なんで? ルイズなにかしたの?」

「ええ、私を跳ね飛ばしておいて謝りもしないのよ、この娘」

「あ、謝ったじゃない! いい加減に降ろしなさいよ!」


明らかに楽しんでいるキュルケに、ルイズは怒り心頭。モンモランシーは呆れて溜息をつく。

その時モンモランシーは気付いた。ルイズが変わった原因である、彼女の使い魔が見当たらない事に。

あの平民が何なのか、モンモランシーは結構気になっているのだ。


「そういえばルイズ? 貴方の使い魔がいないようだけど…」

「そ、そうだったわ! こんな事している場合じゃなかった! キュルケ! 早く降ろしなさい!」


またもジタバタ暴れるルイズ。


「だから理由を言いなさいな。そうすれば降ろして差し上げてよ?」


ニヤニヤとルイズをいたぶるキュルケ。

二人の様子を呆れて見ていたモンモランシーに、突如天啓が降りた。

頑として理由を言わないルイズと楽しそうなキュルケ。そして姿の見えないルイズの使い魔の平民。

モンモランシーは、震えながらとある結論に辿り着く。辿り着いてしまう。

そんな馬鹿な と、ルイズとあの使い魔の少年は愛し合ったのではないのか? と、自身の最悪な予想が頭を駆

け抜けた。


「ル、ルイズ…貴方、まさか、に、逃げられたの?」


モンモランシーの言葉に、ビシッと固まるルイズ。


「え、何? 何?何? 何の話?」


突然抵抗を止めたルイズに、キュルケは遂に核心に迫ったと好奇心を爆発させた。

しかし、モンモランシーはキュルケの声を無視する。


「そうなのね! ああ、なんて可哀想なルイズ! やり逃げね! サイッテー! あの平民!」

「ち、違うわっ! ちょ、ちょっと家出して…メイドが…」

「まあ! メイドに走ったの!? 信じられない!」

「ちがっ! …その、失敗して…泣いて…それからメイド…」

「だからメイドに走ったんでしょう!?」


あまりに不実な平民の少年に、乙女の怒りを爆発させるモンモランシー。

昨夜の痴態を話す事など出来ないルイズは、しどろもどろになってしまう。

カオスな空間を前に一人取り残されたキュルケは、それでもなんとか事態を把握しようと試みる。

どうやら自分の予想通り、ルイズとあの使い魔は結ばれたようだ。

しかし、何らかの失敗(求婚でも断られたか?)により、ルイズは泣く。

そしてあの平民は、同じ平民のメイドの手をとって駆け落ちした。

それを知ったルイズは、慌てて使い魔の行方を捜すところである。

なんとも、昼ドラのような帰結を果たしたキュルケの結論。

聡明な彼女ではあったが、断片的すぎる情報ではこれが限界だった。

恋多き女であるキュルケは、恋する乙女の味方である。女に誑かされる男は間抜け。女を誑かす男は屑。

キュルケの微熱は、瞬く間に業火となった。

そして、ルイズを魔法の束縛から解放して言う。


「…許せないわね。女の気持ちを弄ぶ男には、それ相応の代価を払ってもらいましょう」

「そうよ! キュルケ! 私も協力するわ!」


キュルケの怒りに、怒り狂っているモンモランシーも追随する。


「ちょっ…」

「大丈夫よ、ルイズ。私の炎で骨も残さず焼き尽くしてあげるわ」

「そうよ。貴方の体は少しも穢れていない。綺麗なまんまよ、ルイズ」


自身の与り知らぬ所で死の宣告をされている事など、才人に分かる筈もない。

まさか早漏によって命を失う事になるなど、神であっても予測は不可能。

彼の命は、今まさにカウントダウンに入ってしまった。

だがしかし、そんな愛しい想い人の危機を、ルイズが見過ごす筈もない。


「あ、あんた達! サイトに何かしたら許さないわよ!!」


ルイズは力一杯吼えた。


「ルイズ…貴方可愛い女だったのね。でもね、一途は美徳ではあるけれど、裏切りを許すのは寛容ではないわ」

「そうよ、ルイズ。あんな平民はもう忘れたほうがいいわ」


二人から憐れむような目で見られ、ルイズの沸点は限界を突破。

自身の大切な使い魔を貶され、怒りの声を張り上げる。


「ふざけないで!! サイトはこの世で最高の騎士なの!! 私を裏切ったりしないわ!!」


噛み付かんばかりのルイズの剣幕に驚く二人だったが、その目は、裏切られてもなお信じようとする娘に向ける

憐憫に満ちていた。

しかも、あの平民が最高の騎士など信じられるわけもない。

二人は、辛いのね と言いながらルイズを抱き締める。

己の愛しい使い魔への侮辱がどうしても許せないルイズは、う~う~と唸りながら、


「もうっ! わかったわよ! 事情を話すわ!」


そう言って自身の部屋に二人を招き入れ、事情を話す。

いかにあの使い魔が自分を愛しているのか。

過去に戻った事は言えないので、過去に才人が自身に囁いた多くの愛の言葉を並べたてる。

もはや唯のノロケでしかないルイズの話を、辟易としながらも黙って聞くキュルケとモンモランシー。

二人は、一晩でそんなに多くの愛を囁く男など信用出来んと勘違いし、更に義憤を募らせる。

そして話は佳境に入り、昨夜、いかに自分達が愛し合ったのかをルイズは話した。

恥ずかしいので大分端折ったが、モンモランシーの顔は真っ赤になっている。無論キュルケは平然としたものだ。

そして、失敗した後、泣きながら眠りについた所で話は終わった。


「それで? メイドは何処に出てくるの?」


おおよその事情を把握したキュルケは、疲れた口調で尋ねた。


「…つ、次は失敗しないように、メイドで練習するかもしれないじゃない…」


ボソボソと呟くルイズに、開いた口が塞がらないキュルケとモンモランシー。

この娘の頭は大丈夫か? という目を向けられたが、ルイズはフンとソッポを向いて誤魔化した。


「なんかもう疲れたわ…」


そう言って席を立つキュルケ。


「こんな恥ずかしい事喋らせといてそれだけ!?」


ルイズの憤慨は尤もだったが、キュルケは、ホントに恥ずかしいわよ と、呟いた後で言った。


「使い魔はしばらく放っておきなさい。貴方が行っても逆効果よ」

「なんでよ!?」

「原因は、貴方が言った”すぐ終わっちゃった”よ」

「「そうなの?」」


ルイズだけでなく、モンモランシーも一緒になって疑問を持つ。


「貴方達ねぇ…」


呆れた口調で、まあいいわ と呟きながらキュルケは続けた。


「男に情事がすぐ終わるなんて言ったら、そりゃ逃げたくもなるでしょ」

「「そ、そういうもの?」」

「男のプライドが粉々に砕け散っただけだから、夜になったら自己完結して戻ってくるわ」

「…………」

「今は、貴方が何を言っても傷つく状態だろうから、そっとしとくのが一番よ?」

「私がサイトを傷つけたの?」


キュルケの分析に、顔を青くするルイズ。


「お互い初めてなら仕方無いわ」

「で、でも…」

「今夜可愛くおねだりすればいいわ。それで全てオーケーよ」


ウインクを飛ばしながら微笑むキュルケに、ルイズの顔は一気に赤くなった。


「お、おねだりなんてするわけないじゃない! …で、でも、つ、使い魔が元気になるなら、少しは考慮しな

 いでもないわ!」


モジモジしながら怒鳴るという離れ業をかますルイズに、キュルケとモンモランシーは苦笑を浮かべた。

ルイズはそのままモジモジしながら、チラチラとキュルケを見る。


「…キュ、キュルケ。そ、その、た、為になったわ。 あ、ありがとう…」


顔を真っ赤にしながら礼をいうルイズに、キュルケはポカンとする。

モンモランシーは、キュルケのそんな様を見ながら、そうよね、そうなるわよね と、うんうん頷いていた。


「…驚いたわ。あの平民がホントに大事なのね」

「ええ」


キュルケの漏らした驚きに、即答するルイズ。

キュルケは今度こそ席を立ち、モンモランシーも、また明日くるわ と出て行った。

後に残ったルイズは、今夜の情事に想いを馳せ、しばらくベッドで悶えた後で朝食を採り損なった事に気が付い

たのだが、それはそれだけの話である。






ギーシュの使い魔であるヴェルダンデが掘った、人間五人が優に座れそうな巨大な穴の底に、才人とギーシュ、

そしてヴェルダンデの姿があった。

彼らの周りには、数本のワインの壜が転がっている。

泣くほど辛い事があったのなら、もう飲むしかない。と、近くで洗濯していた黒髪のメイドに、ギーシュが命じ

て用意させたのだ。

ほら、平民君。恵んでやるから飲みたまえ。と、才人に勧め、自身もガブガブと飲んだ。

ギーシュは、才人がルイズの使い魔だという事にはすぐに気が付いた。

あれほど派手な召喚をしたのだ。いくら頭の悪いギーシュといえども、すぐに思い出すというものだ。

ちなみに、才人が自身の名前を知っている事に、ギーシュは欠片も疑問を抱いていない。

自意識過剰なギーシュは、自身の名前を知らない者がこの学園にいる筈がないと思っているからだ。

さすがに名前を呼び捨ててくる才人を窘めはしたが、こちらの言う事を聞かずにグズグズと泣き続ける男の鬱陶

しさに辟易し、そのままにしている。

そして、ポツリポツリと才人が話し始めたルイズとの情事を、驚きと興奮でもって酒の肴にしていた。


「ルイズ、きっとこう思ったヨ。 さすが速さが取り柄のガンダールヴ。あっちの速さも伝説ね」


もはや被害妄想もここに極まれり。

普段楽天家の反動か、一端落ち込んだ才人は際限無く沈んでいってしまう。

才人はダクダクと涙を流しながら、ルイズの心情を予想した。

随分ときわどい単語が飛び出しているが、今の才人に自重しろと言うのは酷だろう。


「ふむ。いまいち何を言っているのかわからないが、つまり、君は自分でもビックリするぐらいの速度で

 イッてしまったというわけだね?」


しかし、才人に負けず劣らず頭の悪いギーシュは、ガンダールヴという単語を華麗にスルーした。


「もう俺はっ! どんな顔をしてルイズに会えばいいのか…」


またもブワッと涙を流し、ワインを煽る才人。

泣き上戸の男など鬱陶しいにも程があるが、話自体は大変興味深い内容だ。

時代が変ろうと、世界が違おうと、男と女がいる以上、一番面白いのは男女間の話に間違いはあるまい。

とりあえず、ギーシュは解決策を提示した。


「こう言ってやればいいのではないかね? とても気持ちいい体をしていたのですぐイッてしまった」


最低である。


「これならば、彼女の体を褒めつつ、君が早かった言い訳にもなる」


なるわけがない。

十代、しかもヴァージンの娘に言っていいセリフではない。

お前はいやらしい体をしている。と言っているのと何も変わらない。

褒めているように聞こえるが、完全なセクハラだ。


「な、なるほど…」


しかし、才人は感心して頷いてしまった。


「頭いいな、ギーシュ」

「いやなに、女性の扱いなら任せてくれたまえ」


得意気にバラを咥え、髪をかきあげるギ-シュ。

いっそ、可哀想と言った方がいいだろうか。女心をまるで理解出来ない二人の議論は、酒の力を借りてどんどん

白熱していった。

のちに、トリステイン最強のメイジと呼ばれるギーシュ・ド・グラモンと平賀才人とのファーストコンタクトは、

こうして史実とは違う形で行われた。

これが吉と出るか、凶と出るか、はたまた全く関係無いかは誰にも分らない。







 後書き

ギーシュが強くなったっていいじゃない。という欲目。
次回は、ルイズと才人を合体させよう。という親心。

才人(またはシエスタ)が香水の壜を拾う。
モンモン激怒。
ギーシュの難癖。
決闘。才人TUEEEEEEE!
ギーシュフルボッコ。

いっぱい見たからもういいよね?


と思いましたが、私自身が古き良き時代のSSを読みたくて、この作品を書き始めた事を思い出しました。
ギーシュと才人の決闘、どうすっかなぁ…



[7531] 第九話 ルイズの告白
Name: yossii◆1d5cbef8 ID:6b1b3af4
Date: 2009/10/01 08:21


「ここ何処?」


早朝、目の覚めた琴乃は当然混乱した。

いつもと違うベッドに寝ている事もそうだが、こちらに突っ伏しながら、椅子に座ったまま寝ているティファニ

アに驚いたのだ。

琴乃の驚きの声で目を覚ましたティファニアの凄まじい美貌に息を飲み、ここは何処? という思考で頭が一杯

になってしまった。

そんな琴乃に、自身の名前。ここがアルビオンのウエストウッドである事。使い魔召喚の魔法で琴乃が来てしま

った事。そして、琴乃に使い魔になって欲しい事を、ティファニアは辛抱強く説明する。

混乱していた琴乃は、魔法という単語で全て思い出し、現在の自分の状況を把握した。

まだ混乱が治まっていない琴乃であったが、才人の話で使い魔がどういうモノなのかは理解しているつもりだ。

だからこそ、恐怖が込み上げてしまった。


「わ、私って奴隷になるの?」


その言葉に、ティファニアは吃驚仰天。


「ど、奴隷!? ち、違うわ! 私とお友達になって欲しいの!」


そう叫ぶティファニアだったが、琴乃の恐怖は晴れない。

才人から聞いたお仕置きは尋常ではない。(妄想だと思っていても)何度も憤慨した才人への仕打ちが自身にも降

りかかると思うと、どうしても尻ごみしてしまう。


「友達? で、でも、言う事聞かないと鞭で打たれるって…」

「む、鞭? 持ってないから大丈夫!」


ブンブンと手を振るティファニアは、脅える琴乃に使い魔とメイジは互いに助け合う関係だと、一生懸命説明す

る。

わたわたと慌てるティファニアの愛らしさに、琴乃の心には徐々に安堵が広がっていった。

どうやら悪い娘ではないようだと安心し、ようやく冷静になる琴乃。

そして気付く。冷静になったが故に、琴乃は気付いてしまった。

目の前の凄まじい美少女に付随する、余りにありえない物体に。


 え? あれ? おかしいな… マホーの世界に来て、目がおかしくなったのかなぁ?


琴乃は自身の目をごしごしと擦る。

しかし、それは変わらずそこにある。

未だ必死に使い魔の説明を続けている目の前の美少女へ、琴乃は無意識に右手を伸ばした。

 
 むに


なんの脈絡もなく突然胸を掴まれ、呆然とするティファニア。

同じく呆然としている琴乃。


 むにむにむに


琴乃は揉んだ。とりあえず揉んでみた。

ひぐっ と、泣きそうになっているティファニアなど見ちゃいない。

呆然としながらも、目の前の物体が本物なのかを確かめる。


 え? マホー? これ、マホー?


左手で自身の胸の大きさを確かめ、右手はティファニアの爆乳を揉む琴乃の姿は、或いは見ようによっては官能

的であったかもしれない。

しかし、琴乃の心は、その余りの戦力差に震えるのみだ。

だから琴乃は叫んだ。

神々しいまでの美貌を持ち、イカサマで戦闘力を上げる魔女へ、まだ勝負はついていないと声を張り上げた。


「卑怯者おおおおぉぉぉおおぉおぉぉぉ!!!!」


琴乃 VS ティファニア 先ずはティファニアの圧勝。









 第九話 「ルイズの告白」



陽がすっかり沈み、二つの月が顔を出したころ、風呂上りの才人はルイズの部屋へと向かっていた。

さすがに昼食まで抜くつもりのないギーシュとは、昼に別れてそれっきり。

才人と別れたギーシュが、昼食後、香水を落として二人の少女に嫌われるのだが、今は関係のない話である。

少し元気になった才人は、その後厨房で食事をし、野菜の皮むきや薪割りなどを手伝った後、料理長マルトーに

古い巨大な鍋を貰って風呂を製作していたのだ。

ルイズが夕食に行っている隙に一度部屋に戻り、着替えと石鹸等を準備しようと鞄を漁っていた時、父から貰っ

たある物が目に入った。

それを手に、才人は地球での事を思い出していた。

ハルケギニアに旅立つ前の晩、才人の父は才人の部屋にやってきた。

これは餞別だ という言葉と共に渡された物。

それは父の愛。なんと1グロス(12ダース)ものコンドームだった。業務用である。

 
 「このうすうすを全て使いきった時、初めてお前は一人前だ」 


そう言って笑顔を向けてきた父に、才人は泣いた。

きっと一人前の男になって帰ってくるよ と、父を抱き締めた夜を才人は思い出す。


 見ててくれ、父ちゃん。情けない息子だけど、俺、がんばるよ。


才人はコンドームを五つ取り出し、枕の下に隠した。

五つという数は、才人の覚悟の表れである。

何度失敗しようとも、偉大な父の背を追い掛けるのだという、才人の決意の証。

そして、次は寝かせないという強がりを、決して嘘にしない為の意地であった。

男の矜持を取り戻そうとする才人の目は、既に戦士の目へ。

戦いは準備段階で決まる。濁った心身では、勝てるモノも勝てない。

戦いは既に始まっているのだ。

才人は体を清めるべく、作ったばかりの風呂へと向かったのである。

昼間の労働と熱い風呂により、すっかり酔いは醒めている。

満天の星空の下で昨夜から今日の出来事を反芻し、決意を固めた才人の顔は、まさに漢の顔であった。


 獣に支配されるな。獣を飼いならせ。


一度失敗してしまった才人は、まさしく絶対の決意を心に滾らせ、ルイズの部屋に辿り着き扉をノックする。


「ルイズ、俺だ。入るぞ」


漢の気迫を纏い、そう言って扉を開けた才人が見たモノ。

信じられない光景。

それは、ルイズの丸出しの下半身だった。

なんと、ネグリジェ姿のルイズは顔を真赤にし、ベッドの上で足を広げた状態で体育座りをしていたのである。

勿論ノーパンで。

いわゆるМ字開脚というやつだった。

ルイズは考えた。キュルケにアドバイスされた『可愛くおねだり』とはどうやるのかと。

昔、誤って惚れ薬を飲んでしまった時、パンツを脱いで才人を誘惑した事がある。しかし、才人は襲ってこなか

った。

あの程度のおねだりでは駄目。落ち込んでいる才人には、昨夜以上のおねだりが必要。

パンツ脱ぐ + 恥ずかしいポーズ = 可愛くおねだり

これが、アレなルイズの脳が弾き出した結論だった。

故に、ルイズは両手でネグリジェの裾を持ち上げ、羞恥にぷるぷる震えながら股間を晒すという暴挙に出たので

ある。


「は、早くドアを閉めなさいっ!!」

「は、はひっ!!」


あまりに凄まじい羞恥で、顔を両手で隠しながら叫ぶルイズ。

思考が停止していた才人は、ガンダールヴ並の速度で扉を閉めた。

バン! というけたたましい音により、才人の思考が僅かに回復する。

扉の取っ手を両手で握りしめ、バクバクと五月蝿い心臓を落ち着かせるように深呼吸をする。


 お、俺は何を見た? 夢か? 幻か?


才人は恐る恐る振り返る。


「ぶっはあ!!」


才人の目に飛び込んできたのは、やはりルイズの可愛らしい割れ目であった。

ルイズは真っ赤になった顔を両手で覆いながらも、指の間から潤んだ瞳を才人に向ける。

才人の混乱は頂点。

ルイズのピンク色のクレバスをガン見しながらも、才人は疑問を投げかける。


「お、おまえくっはああぁぁ!!」


しかし、疑問を口にする途中で理性が切れる才人。

だが、ここで切れては昨夜の二の舞。故に、脇腹を握り潰さんと握りしめ、渾身の力で耐える。


「なんでパンツくっはああぁぁ!!」


またも切れる理性。

当たり前だ。好きな女の股間を見ながら喋っているのだ。持つわけがない。

しかし、それでも才人は耐える。ボコボコと自身の腹を殴る姿は、いっそ滑稽であった。


「履いてねーくっはああぁぁ!!」


耐える耐える耐える。

前回以上に絶望的な戦いを、才人は凄まじい自制心を持って乗り越えようとする。


「ね、寝る前は履かないもん!」


そう叫ぶルイズも、羞恥で失神寸前。

いくら愛しい想い人とはいえ、男の目の前に己の股間を晒すなど、羞恥のリミッターを軽くぶち抜く所業だった。

才人にとっては、寝る前がどうのこうのという話ではない。何故、М字開脚で股間を見せてくるのかだ。


 さ、誘ってんのか!? いや、誘ってんだよな!?


これで誘っていないのならば、恋人だろうが夫婦だろうが、男は全員強姦罪で刑務所行きである。


 でも! だけど! がああああぁぁぁぁあああぁあぁぁぁぁ!!!


友に誓った。

父に誓った。

己に誓った。

故に才人は耐える。

己の内で暴れる獣を制御しようと、脳が擦り切れそうになりながらも才人は耐えた。

しかし、


「サ、サイト…私をいっぱい可愛がって…」

「くっはあぁぁあああぁぁぁ!! る、るいずうううぅぅぅーーーー!!」


獣は強かった。いや、強いのはルイズだろうか。

才人がイッてしまうのは、この三十秒後だった。





卑怯者~ と連呼しながらベッドに突っ伏し、枕をボスボスと叩く琴乃を見て、ティファニアは切なくなった。

才人の力になる為に使い魔を召喚したのに、呼び出されたのはコレなのだ。

温厚なティファニアでも溜息を吐きたくなる。


「…ホントにサイトの力になれるのかしら…」


ポツリと呟いてしまうティファニア。

そして、その呟きを聞いた琴乃の反応は速かった。


「才人? 今才人って言わなかった!?」


ガバリと体を起こし、ティファニアに掴みかかる。


「え? え?」


当然ティファニアはパニックだ。


「貴方、平賀君を知ってるの!?」

「え? ヒ、ヒラガクン?」


まるで勝手の分からぬ異世界で、たった一人を探す事がどんなに困難かは想像がつく。

琴乃はどんな小さな手がかりも見逃すつもりは無い。


「お願い!! 教えて!!」


そう言って、ティファニアの肩を握り締める琴乃。


「い、痛いわ、離して」


苦痛に顔を歪めるティファニアに、ハッとなった琴乃は即座に手を離した。


「ご、ごめんなさい。でも知りたいの! どうしても平賀君の事が知りたいの!」


琴乃のあまりの必死さに面食らうティファニア。


「えっと…ヒラガクン? サイトはヒラガクンなんて名前じゃ…」

「才人?! その人のフルネームは!?」


琴乃の剣幕に、かなり引き気味のティファニアは記憶を検索する。


「え、えっと、なんだったかしら? たしか学院ではサイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ…」

「平賀!! やっぱり平賀君!!」


ティファニアの言葉を途中で遮り、琴乃は歓喜を声に出した。

魔法の世界に来て、いきなり手がかりに遭遇したのだ。もはや運命だと思ってしまう。

急速に目に涙が溜まっていくのがわかったが、琴乃は即座に上を向いて堪える。


 まだよ! まだ平賀君に逢えたわけじゃない! この程度で泣くんじゃない、琴乃!!


琴乃は己自身を叱咤する。


 あんたは全部投げ出してきた。 学校も、親も、何もかも全部。 こんな所で泣いていいわけがない!


琴乃はぶるぶる震えながら、必死に涙を飲み込んだ。

全ては才人にもう一度会うために。

上を向いたままゴシゴシと目元を擦った琴乃は、充血し、赤くなった瞳をティファニアに向けた。


「お願い。平賀才人の情報を教えて。私はあの人に逢う為にここに来たの。…あの人に逢いたい。平賀君の居

 場所を教えてくれるなら、使い魔にでも何にでもなってあげる」


琴乃は一息で吐き出した。

乙女の覚悟を滾らせた琴乃の視線は、ティファニアを絶句させるには十分な力があった。

琴乃とティファニア。二人の長い一日は、こうして幕をあけた。






ルイズを組み敷いたはいいが、またも挿入する前にイッてしまった才人は無言。

今回の敗因は、才人にも気持ち良くなってもらおうと考えたルイズが、才人のイチモツを握った事だった。

才人の精で体を汚されたルイズは、はあはあと息を荒くして才人を見上げている。

才人の目には、見る見るうちに涙が溜まっていく。が、今日の才人は昨日の才人よりも強かった。


「ル、ルイズが気持ち良すぎてイッちまった」


それは友が託してくれた言葉。


「ルイズの体が気持ち良すぎるからイッちゃったんだヨ!! すみましぇんっ!!」


しかし、もはや逆ギレだった。

お前の体がエッチすぎるのが悪いと言う才人に、男の矜持など欠片もなかった。

本来、言い訳になる筈のない言葉。

しかし、ルイズには効いた。アレなルイズには、それはもう抜群に効いた。

ルイズが気持ち良すぎるんだようぅぅ と泣く才人に、ルイズの胸中に広がったのは歓喜。

それも、とてつもない歓喜だった。


「…し、しょうがないわ! ええ、私が気持ち良すぎたんですもの! 謝るのはこっちね! ごめんなさい!
 
 気持ち良すぎてごめんなさい!!」


ルイズが生涯で最も素直に謝った、歴史的瞬間である。

プロポーションに巨大なコンプレックスを抱えるルイズにとって、それはまさに、闇を払う光の言葉だったのだ。

ルイズが有頂天になるのもしかたがなかった。


「サイトは全然悪くないわ! 気持ちいい私の体が悪いの! ああ、もっと気持ち良くなければよかった!」

「ル、ルイズ…」


混乱しながらも調子に乗るルイズと、不甲斐ない己を慰めてくれているのだと勘違いする才人。

才人は情けないと思いつつも、ルイズに甘える事にした。


「俺…ルイズに、言って欲しい言葉があるんだ…」


真剣な顔でそう言ってくる才人に、ルイズの胸がドクンと高鳴った。

ルイズは、才人ともう一度出会えたなら言おうと誓った事を思い出した。

ありがとうとごめんなさい。そして…。


「サイト…」


ルイズの中から急速に興奮と混乱が去っていく。

代わりに才人への思慕と愛しさが猛烈に膨れ上がっていく。


「俺、おまえの事が好きだ」


バクンと大きく鼓動するルイズの心臓。

私も好き と言いたいのだが、恥ずかし過ぎてうまく口が開かない。

そんなルイズを無視して、才人は続ける。


「だから、小さいにゃんにゃん、大きいにゃんにゃんに苛められたいにゃんって言って下さい。というか言え」


それは復活の呪文だった。

平賀才人という人間は、ルイズの予想をぶっちぎる程本物なのだ。

才人と一緒ならば、月だろうが地球だろうが、どこにでも行く覚悟を決めていたルイズ。

しかし、これにはさすがに引いた。才人の本物っぷりにドン引いた。


 こ、この人、私を何処に連れて行く気なの?


だが、たしかに引いたのだが、愛しさが萎んだわけでもない。


「……言ったら、優しくしてくれる?」


うんうんと首を振る才人。


「いっぱい可愛がってくれる?」

「はい」


しかたなしにルイズは頷いた。

結構ルイズは一途なのだ。


「小さいにゃんにゃん、大きいにゃんにゃんに苛められたいにゃん」

「ありがとー!」


一気に心が回復した才人はルイズに抱きつき、ルイズの唇を己の唇で塞いだ。

そして、愛しすぎる少女に、才人は心を込めて奉仕する。

夜の帳に支配された空間に、クチュクチュという音のみが響き渡る。

今の才人は、完全に獣を飼いならしている。もっとも、現在の獣はチワワ並に可愛らしいだけなのだが。

イッた直後により獣性は治まった才人だったが、ルイズへの独占欲は逆に強まっている。

愛しい少女を愛でる為に、賢者の思考はフル回転。

ルイズの唇を蹂躙しながら、枕からカバーをひっぺがす。その枕カバーで、ルイズのお腹にぶちまけてしまった

己の精液を拭きとり、同時にコンドームをいつでも用意出来るように体の近くにおいた。

無論、キスや愛撫をしながらである。

実際、エロビデオを見た事の無い高校生の方が希少種なのだ。

例え童貞とはいえ、賢者にさえなってしまえば、才人にだってこのくらいの事は出来る。

全ての準備が整い、才人は本格的にルイズを愛撫し始めた。

胸をこねるように触りながら、舐めるようなキスを顔中に降らせる。

髪を梳くように撫でられ、耳たぶやその裏側も丁寧に舐め揚げてくる才人に、ルイズの性感は高まっていった。

前回とは違う、くすぐったい様なとろけるセックスに、ルイズの口から自然に吐息が吐きだされてしまう。


「あっ…はぁ…サ…イト…」


何処もかしこもぷにぷにと柔らかいルイズの体に、才人も夢中で奉仕する。


「すげぇ…やわらけぇ…」


才人の口から自然に漏れた呟きが、ルイズの耳朶をうつ。

急速に押し上げられるのではなく、ゆっくりと上り詰めていくのを自覚してしまう。


「…ァン…き、気持ちいい…気持ちいいよぉ…サイトォ…」


ルイズの全身にキスを落としながら、徐々に体を沈めていく才人。

ルイズは恥ずかしさのあまり、両足で才人の体を固定してしまうが、太腿を甘噛みされて力が抜けてしまった。

そして、才人は辿り着く。

ルイズの聖地。その距離、僅か20センチ。

才人の目の前にあるルイズの可愛らしい割れ目。

無修正AVなど偽物だ。ピンク色のクレバスから滲む雫すら美しいではないか。

眼前に出現したあまりに神々しい風景に、才人は思わず両掌を合わせてしまった。

そして、日本人のサガか。ついパンパンと柏手を打ってしまった。


「な、なにしてるのよぅ…」


来るべき刺激が中々来ない事に、チラリとルイズが見た光景は、己の秘所をじっと見ながら拝む才人だ。

当然、許容量を軽く超えた羞恥に、ルイズは真っ赤になりながら泣きそうになってしまう。


 ああっ!? つ、つい拝んじまった…


あまりに馬鹿な事をしている自分に気付き、慌てて言い訳を考える才人。


「お、俺の国だと、神聖なものにはお辞儀しなくちゃいけないんだ。…宗教的に」

「そ、そうなの? …えっと、わたしのア…ソコって神聖なの?」


コロッと騙される、箱入りのルイズ。決してアレな事が理由では無い。


「す、すごく、神聖です…神様は、きっとここに宿ります…」


どこまでも罰あたりな才人だったが、地球の神様も聖職者達も、才人のアホっぷりに見逃してくれると信じたい。

はたして、獣に支配されない事は才人にとって良い事なのだろうか?

それは誰にもわからない。恐らくは才人自身にも。

まあ、どうでもいい事である。所詮、被害はルイズが被るのだから。


「そ、そう。じ、じゃあしかたないわ。宗教じゃしかたないわ。宗教だもの。神聖だもの」


が、さすがルイズといったところか。

女性の股間を拝む宗教に何の疑問も抱かぬ剛の者。

やはり、ルイズはアレだった。

恥ずかしさで混乱しているルイズに構わず、才人はそろそろと目の前の女性器に舌を伸ばした。


「ひゃんっ…」


ルイズの口から悲鳴が零れるが、才人は構わず舌を動かす。


「あうっあっ」


そこから与えられる別格の快感に、ルイズの体が弓なりになってしまう。

軽く腰の浮いたルイズの尻を支えた才人は、やわやわと巧みに指を動かし、ルイズの柔らかさを堪能した。

そして全体から中心へ、才人はルイズの突起へと重点的に攻めを開始。


「きゃんっ…バ、バカァ…そこは…あああぁぁぁ…」


くてりとルイズから力が抜ける。

軽く達してしまったルイズの秘裂から、とろりと蜜が溢れ出す。

はあはあと息を荒くした才人は、唾液と愛液でべたべたの口を腕でぬぐい、コンドームに手を伸ばす。

さすがに、学生のルイズを妊娠させるわけにはいかない。

大分力を取り戻した獣に対しての、紳士の最後の仕事である。

いそいそとコンドームを装着しようとする才人に、こちらも息の荒いルイズが声をかけた。


「…サイト? それなあに?」

「コンドーム。えっと、俺の国の避妊用具。…今は、子供は困るだろ」


バツが悪そうな才人へ、ルイズは笑顔を向けた。


「大丈夫よ。昨日秘薬を飲んだから、あと四日は妊娠しないわ」

「えっ? そ、そうなの? お前そんなの持ってたのか?」

「モンモランシーから買ったわ。それで、昨日お風呂から出てすぐ飲んだの」


そう言ってルイズは顔を赤らめる。

最初から抱かれるつもりだったと言っているも同然なのだ。当然恥ずかしい。


「ルイズ…」

「は、はしたないかもしれないけど、サイトに私をあげたかったの…」


あまりに可愛い事を言ってくるご主人様に、才人も頬を赤らめる。ちなみに股間もMAX状態だ。


「だから来て、サイト。私の騎士(シュヴァリエ)…」


両手を広げて迎えるルイズに、才人は吸い込まれていった。

ルイズにくちづけしながら、才人は右手で己自身をルイズの秘所にあてる。

そして、ゆっくりと腰を突き出した。


「んんん~っ!!」


自身の中に異物が侵入してくる初めての感触に、ルイズは悲鳴を上げるが、口は才人に塞がれていた。

故に、才人の首にまわした腕に力を込める。

未成熟なルイズの膣道はまだ固かったが、トロトロ溢れ出すルイズの愛液により意外とスムーズに進んでいった。

無論痛みはあった。

体を裂かれるような痛みではあったが、もう逢えないかもしれないと思っていた想い人と一つになる喜びの方が

格段に強い。

ルイズの目から溢れ出す涙が、痛みによるものか、歓びによるものなのかは、ルイズ自身にもわからなかった。

自身を根元まで突き入れた才人は、凄まじい快感を感じながらも、ルイズを労わるように言う。


「ルイズ、大丈夫か?」

「…へ、平気。思ったほど痛くない。でも、まだ動いちゃだめ」


そう言うルイズは辛そうだ。


「わかってる。しばらくこのままでいるよ」


獣性が抑えられている紳士は、自然に相手を気遣った。

そして、見習い娼婦は、自身のコンプレックスと真っ向から立ち向かう。


「…ねえ。私の体、ちゃんとサイトを気持ちよく出来てる?」


不安げなルイズに、才人は苦い顔をする。


「気持ち良すぎてやべー。動いてねえのにイッちまうかもしれねえ」


情けない顔をする才人に、ルイズは愛しさが溢れてどうしようもない。


「サイト、キスして……いっぱいいっぱいキスして」


潤んだ瞳で、甘えたように囁くルイズは激烈に可愛いかった。

勿論、そんな可愛いご主人様のおねだりを、才人が断るはずもない。

気を抜くとイッてしまいそうになるのを堪え、ルイズの痛みが落ち着くまで才人はキスを贈った。

そろそろ動いてもいいわ というルイズの言葉から、才人が何分持ったかは想像におまかせしよう。

ただ、才人の名誉の為に、三分は持ったとだけ明記しておく。

才人とルイズの初めてのエッチは、二日目にして無事終了した。

後は、二人がサルにならない事を祈るのみである。








 おまけ(第九話「ルイズの告白」本編)



初体験が終わったピロートーク。勿論二人とも全裸。


「私、サイトに言いたい事があるの…」

「ん? あらたまってどうした?」

「その…ね、サイトが使い魔でよかった…」

「な、なんだよ急に」

「また来てくれてありがとう」

照れる才人。

「あ、あたりま…んん…」

才人の唇を奪うルイズ。

「…好き」

キスする。

「好き」

もう一度キスする。

「好きよサイト」

初めて好きと言われ、しかもスキスキ連呼された才人のうれしさは限界を突破。

恥ずかしがりながらも、ルイズはハニカミながら、

「サイトが大好き」

「る、る、るいずううぅぅぅうぅぅ!!」

「あん♪」


二回戦(三回戦?)の始まり。






 後書き

難産すぎる……エロ入れると話が無駄になげぇ。
しかも、二人が馬鹿過ぎて、合体させるのも一苦労。


というのは言い訳で、シルバーウィーク遊びまくった為に投稿が遅くなりました。すみません。
沖縄の伊良部島に行ってきました。
小さな島にある唯一の観光施設に、私達を入れて8組の若者達と飲んだくれてました。
でかいポリバケツに、泡盛、氷、水をぶち込み、直接コップで掬って飲むというインディアン方式に驚愕。
酔っ払い過ぎて、BEGINの島人ぬ宝をアカペラで熱唱。

島民「アッガイ! バンニ歌ワシ!」(おいおい! 俺に歌わせろや!)
俺 「アッガイ? 僕はゼータが好きです」(アッガイ? 僕はゼータが好きです)
島民「アランヨ~」(ちがうよ~)
俺 「アニョハセヨ~」(こんにちは~)
一同「あっはははははははははは」

楽しかったなぁ。



[7531] 第十話 親友完成
Name: yossii◆1d5cbef8 ID:6b1b3af4
Date: 2009/10/17 09:53
そろそろ才人超絶化はじめるよ~








「なんじゃこりゃ!?」


早朝、庭の隅で洗濯を終えた才人は、右手に持ったストップウォッチを見ながら驚愕の声を上げた。

地球では毎朝六時に起きてジョギングしていた才人の朝は早い。

全裸でぐーぐー寝ているご主人様に若いリピドーが弾けそうになったが、涎を垂らしながら幸せそうに眠るルイ

ズの頬に一つだけくちづけを落とし、毛布をかけ直してやりながら洗濯行ってくると言うと、ルイズは一瞬だけ

目を覚ましたが、そのまままた眠りについた。

次する時は寝かせないと豪語した才人であったが、ルイズの中で五回果てるのに四時間掛からなかった。

いくら若いとはいえ、連続で六度も果てれば力尽きる。

才人とルイズは、真夜中になる頃には既に夢の中の住人だった。

そして現在、洗濯を終えた才人は、地球から持ってきた50m尺の巻尺で100mを測り、ポケットに入れていたバタ

フライナイフを左手に、右手にストップウォッチを持ってタイムを計ったのだ。


 3’09


ストップウォッチに映し出されたタイムは、約三秒。

才人が驚くのも無理はなかった。

才人は蹲り、地面をノートに見立てて計算してみる。


「……おいおい、時速120キロかよ」


オリンピック金メダリストという、地球最速の超人すら問題にならない速度に、才人は改めて魔法のデタラメさ

を実感した。


「しかも、まだまだ上がるな…」


そう、ガンダールヴの力は心の震えで上昇する。

スピードだけではない。腕力や動体視力、反射神経もだ。

昔、フーケの巨大ゴーレムの攻撃を剣で受け止めた事がある。キュルケからもらった剣は折れてしまったが、お

そらくゴーレムの質量は10t20tではきかない筈だ。

さらに、七万の軍勢に突っ込んだ時は、雨あられと降り注ぐ矢を撃ち落とし、剣の一振りで鎧を着込んだ兵士数

十人を吹き飛ばした。

衝撃波が発生するほどの剣速もそうだが、それによって生じる反作用を支える膂力もまた凄まじい。

さすがに、ルイズや皆を守る為に死を覚悟した時の力は発揮出来ないだろうが、それでもチートには違いない。


「あらゆる武器を使いこなす能力じゃなくて、ガンダールヴの本領は超人になれるって事じゃないのか?」


たしかに武器には助けられた。

ゼロ戦、タイガー戦車などは、戦局を一気に変えてくれた。

しかし、ブリミルがいた当時にそんな物があったとは思えない。

剣や槍のみで主人を護る者、護れる者こそがガンダールヴの本質なのではないか?

これが、才人が一年間考え続けた己の能力の結論だった。

そんな、むむむ と難しい顔をしていた才人に近づく影が一つ。


「やあ、平民君。また会ったね」


才人に話しかけてきたのはギーシュ・ド・グラモン。

ギーシュは今日もミミズを捕る為に朝から散策し、目についた才人に声を掛けたのだ。

しかも、ナイフ片手にたたずむ平民など不審人物以外の何物でもない。


「おーギーシュ。おはよ…ってどうした!? その顔は!?」


才人は目を瞠る。

ギーシュの左目の上に大きなタンコブが出来ているのだ。それはもうプックリと。


「ははは……昨日あの後、女性二人が僕を取り合ってね。ワインの壜で殴られてしまったよ」


そう言って、ギーシュは力無く笑う。


「どうやったら、女に取り合いされて壜で殴られるんだよ…」


呆れた口調の才人だったが、すぐに思い出した。


 そういやコイツ、二股がバレてモンモンに嫌われたんだったか?

 でもその時は、たしかワインをぶっ掛けられてたような…


才人の疑問にギーシュは答えた。


「あの時は酔っていてね。二人とも可愛がってあげるよって言ってしまって…」


 ああ、コイツは正真正銘の馬鹿だったな、そういえば。


沈痛な表情のギーシュに、才人は溜息を吐くしかなかった。

ギーシュ・ド・グラモン。覗きや中洲での決闘など、酒で失敗するタイプの人間である。(覗きは水精霊騎士隊

全員の失敗なのだが…)


「で? ちゃんと謝ったのか?」

「いや、部屋に行ったんだが顔も見せてくれない」


まいったまいったと、乾いた笑いを上げるギーシュ。

この期に及んで、優雅なんだか気障なんだか分からない仕草を崩さないギーシュに、才人は呆れた。


「…まあ、おまえがそれでいいならいいんだけどな」

「よくないよ! いいわけないだろ!?」


即座に叫ぶギーシュ。平民の前で取り乱せるかと気を張っていたのだが、余裕を保つのも限界だった。

ギーシュの自制心など、所詮そんなもんである。


「ああ! モンモランシーに嫌われてしまうなんて! 僕はどうすればいいんだ!」


そう言って頭を抱えるギーシュは、見事に無様だった。

昨日とは真逆の立場の才人とギーシュ。いいコンビになれそうである。

ハァともう一度溜息を吐きながら才人は口を開いた。


「わかったよ。俺も協力するから、そんなに落ち込むなって」


昨日助けてもらったし と、才人はギーシュを慰める。

本来ならばワインを頭から被るだけですんだ筈の被害が、才人の悩みを聞いたがために壜で殴られたのだ。

いくらギーシュの自業自得とはいえ、このまま見捨てたのでは寝覚めが悪い。


「…君が? 平民の君にいったい何が出来るというんだね?」


気持は有り難いが、と言うギーシュは、やはり貴族の思考で平民を侮った。


「それをこれから試すんだよ。とりあえず模擬戦だ」


ニヤリと顔を歪ませる才人は、悪戯を思いついた子供のようだった。








 第九話 「親友完成」



「あら、おはようモンモランシー。またルイズ?」

「ええ、おはようキュルケ」


早朝、部屋から出たキュルケは、モンモランシーと出くわした。

モンモランシーは、ルイズに渡したポーションが正常に働いているのか、今度こそ確かめにきたのだ。


「そういえば、ルイズに何の用なの?」


そう言って、疑問を口にするキュルケ。

昨日までは、ルイズとモンモランシーに接点など見当たらないのだ。

当然、キュルケの微熱は反応した。


「…まあ、貴女はほとんど知ってるから隠す意味もないんでしょうけど、やっぱり私の口からは言えないわ」


聞きたいならルイズの口から聞きなさい と言うモンモランシーに、キュルケは益々笑みを深める。


「やっぱり、あの平民が関係してるみたいね?」


そう言うキュルケの顔は、普段の大人の女はナリをひそめ、年相応の娘の顔だった。


「そういうことなら、私もご一緒させていただくわ」

「……貴女もモノ好きよね」


満面の笑みを浮かべるキュルケに、モンモランシーが出来たのは深く溜息を吐く事だけだった。






「模擬戦? …君は貴族を舐めているのかい?」


俄かに空気が重くなる。

初めて見た馴れ馴れしい平民に、妙な好感を抱いていたギーシュではあったが、それがメイジを舐めている事か

らきているのならば看過できない。

いくら足りないギーシュといえども、名門グラモンの名を守る為なら命を捨てる覚悟は出来ている。

貴族として、何よりグラモンとして教育されてきたギーシュは、貴族を屁とも思っていない平民を見過ごす事な

ど許容出来なかった。

しかし、そんなギーシュを前にしても、才人はノホホンとしている。

遺憾ながら、才人には空気など読めないのだ。


「なにおっかねぇ顔してんだよ? 俺も戦闘なんて久々だから練習したいんだって」


過去のギーシュの印象が強い才人は、あくまでも友人として接してしまう。

これは才人のミスといえるだろうか?

確かに、過去に戻った為に、友人関係を一から構築し直さなければならないのだが、才人はそれをすっ飛ばして

しまっている。

だがそれは、才人の中でギーシュは既に親友だと認識されているためだ。

悪意ではなく、好意からきた失敗を過失とは思いたくはない。どちらにしろ責任は本人が取るのだから。


「どうやら、君は貴族に対する礼儀を習っていないようだね」


女性二人に振られ、ムシャクシャしていた憤りも手伝って、ギーシュは杖を引き抜いた。


「いいだろう、来たまえ。ゼロのルイズが呼び出した平民に、礼儀というものを教えてあげよう」

「ああん? ……ん?ちょっと待て、ゼロのルイズ? ゼロ?」


自分どころかご主人様まで馬鹿にされ、一気に頭に血が昇ったが、”ゼロのルイズ”という単語に困惑する才人。

自身の系統がわからなかった時ならまだしも、今のルイズは多少なりとも伝説を扱えるメイジだ。

そのルイズが、何故また無能の烙印を押されているのか理解できない。

愛しいご主人様が、才人と出会う確率を1%でも上げる為にもう一度無能と呼ばれる道を選んだなどと、才人の想

像力を遥かに超えていた。


「ふん、使い魔のくせに自分の主人の力量も解らないのかい? さすがは平民だ」


が、続くギーシュの挑発で疑問など吹き飛び、単純な才人の思考は怒りに染まる。


「おもしれえ。ゼロの使い魔がどれだけつえーか見せてやる。腰抜かすなよ?」


そう言って、10m程距離をとった才人はナイフを構えた。

距離が空いていると思わせる事で、魔法使いの油断を誘ったのである。

メイジに対し、もし唯の平民であったならば致命的な間合いだが、ガンダールヴには瞬きする間に詰められる距

離であるなど、ギーシュに分かる筈もない。

こちらを侮っている相手、しかもドットクラスの学生相手に、卑怯というか、明らかに大人げない才人だった。

まあ、それだけ怒っているという事なのだろうが、才人は最後通告のつもりで忠告した。


「俺に勝ちてーなら素手でこい。俺も素手でやってやる。魔法を使うなら勝ち目はねーぞ?」

「つまらない挑発だ。生憎、僕は平民みたいに殴り合いなんて野蛮な事はしたくないのでね」


しかし、才人の忠告をギーシュは切って捨てた。

平民の下手なハッタリだと思ったからだ。

それほど傲慢というわけではないギーシュではあったが、身分が下の者に舐められたと感じれば当然怒る。

才人は才人で、根が単純な分沸点が低い。

二人の喧嘩は、いわば通過儀礼のようなものだろう。

一度やり合わなければ、親友フラグは立たないのだ。


「君にはこれで十分だ」


そう言って、ギーシュは人間大の青銅製ゴーレムを錬金する。


「僕の二つ名は『青銅のギーシュ』。そして、このゴーレムの名はワルキューレ。その貧弱なナイフでどうする

 のか見せてもらおう」


自身の勝ちを微塵も疑っていないギーシュは髪をかき上げ、舞台に立つ役者のように絶好調だ。


「はっ、忠告はしたぜ? もう始めていいのか?」


才人は才人でやる気満々。

そんな才人に眉を吊り上げるが、魔法を見ても態度を変えない才人に、ギーシュは不快ながらも少し感心した。

貴族にここまで歯向かう平民を初めて見たギーシュは、なるべく死なないように痛めつけようと考えた。

いくらなんでも、問答無用で命を奪うほどギーシュは冷酷でも残忍でもない。

才人同様、良くも悪くもギーシュはヘタレなのだ。


「勿論だ。いけっ! ワルキュ…」


ギーシュが戦闘開始を了承する。

そして、案の定というかなんというか、ギーシュがゴーレムに命令を終える前に勝敗は決した。

ギーシュが認識した時には、いつのまにか真横に居た才人が、ギーシュの首にナイフを当てていた。

遅れて、腰から上が地面に落ちるワルキューレ。才人はワルキューレの横を抜く際、胴を薙いでいたのだ。

そして、自身の首に触れているナイフの冷たさに、ブワリと冷や汗が出るギーシュ。

まあ、予想通り、勝負にすらならなかった。


「だから言ったろ? 勝ちてーなら素手でこいってよ」


相手をやり込めて溜飲が下がった才人は、ほれ見ろ と、ナイフを引っ込めた。

腰が抜けたギーシュは、その場にへたり込んで才人を見上げる事しか出来ない。


 才人 VS ギーシュ 先ずは才人の圧勝。






「…出ないわね。まだ寝てるのかしら」


そう呟くモンモランシー。

ルイズの部屋の扉を何度かノックしたのだが、返事がない。

初体験からいきなり限界まで消耗させられたルイズは、未だグースカ惰眠を貪っているのだ。


「しかたないわ。後でまた…」

「あら、開いてるじゃないの」


踵を返そうとしたモンモランシーの言葉など無視して、キュルケは扉の取っ手を捻っていた。

才人が外に出たため、扉に鍵は掛かっていなかった。

モンモランシーは仰天する。


「ちょ、ちょっと! 何してるもが…」


あまりに失礼な行為をを制止しようとしたモンモランシーの口を、キュルケは素早く塞いだ。


「朝から騒ぐなんて、慎みが足りなくてよ」


もがもが言うモンモランシーに、言い聞かせるようにキュルケは続ける。


「朝食に遅れそうな友人を起こしてあげるのよ? 悪い事ではないでしょう?」


口を塞がれながら、怪訝な目をするモンモランシー。


「だから、恋人と抱き合って幸せそうな寝顔を見てしまっても、善意が生んだ不幸な事故なの」


おわかり? と言ってモンモランシーを解放したキュルケの顔は、凄まじい笑顔であった。


「……貴女、ホントに悪趣味ね」

「ふふ、ありがとう」


溜息まじりのモンモランシーの言葉では、キュルケの微熱を冷ます事など出来なかった。

ゆっくりと扉を開け、ソロソロと部屋に侵入するキュルケに、モンモランシーも後に続いた。

モンモランシーとて思春期なのだ。恋愛には大いに興味がある。

昨日は、馬鹿なギーシュにほとほと愛想が尽きたのだが、幸せな恋愛というものを見てみたくもあった。

しかも、それがあの誰にも心を開かなかったゼロのルイズならば、下衆な好奇心とて刺激されるというものだ。

モンモランシーは、ドキドキしながら部屋に滑り込んだ。


「あら? 使い魔がいないわ」


キュルケが見たのは、一人でぐーぐー眠りこけるルイズのみ。

ベッドを覗き込んだキュルケの言葉に、音を立てないようにモンモランシーもそっと覗きこむ。


「ホントね。…もしかして、昨日は戻らなかったのかしら?」

「まさか。よく見てみなさい、この寝顔」


そこにあったのは、涎を垂らしながらふがふがと、恐ろしく幸せそうなルイズの寝顔だった。


「……何か、腹が立って来るわね」


なんとなくムカムカするモンモランシー。

他人の不幸は蜜の味。ならその逆は?


「いいじゃない。ルイズのこんな顔、滅多に見られるモノじゃないわ」


そう微笑むキュルケに、貴女も充実してるから言えるのよ と、内心思いながら、モンモランシーはルイズを起

こしにかかった。


「ルイズ、起きなさい。朝食に遅れるわ」


唯でさえ、気を使って身体検査をしてやろうというのに、朝ご飯まで犠牲にされたくはない。

モンモランシーは、ユサユサとルイズの体を揺すった。


「ふにゃ…サイト…」

「サイトじゃないわよ。早く起きなさい」


寝ぼけるルイズに辛抱強く声を掛けるモンモランシー。

キュルケはニヤニヤしているだけ。

或いは、キュルケにはこの後の展開が予想出来ていたのだろう。


「…なによもう…うるさいわねぇ…」


むにむにと瞼を擦りながらルイズは目を覚ました。

ん~と伸びをしながら上体を起こしたルイズは、ぼ~っとする頭で二人を見た。

ポカンとしているモンモランシーと、ニヤニヤとこちらを見ているキュルケ。

眠気も相まって、ルイズは不機嫌を隠さずに言う。


「…何勝手に部屋に入ってるのよ。失礼よ、貴女達」

「あら、何度もノックしたのよ? 朝食をご一緒しようと思ってね?」


妙に癇に障るキュルケの笑みに、ルイズの頭は徐々に働き出した。


「返事がなかったなら帰りなさいよ! 常識でしょ!」


声を荒げて言うルイズは、モンモランシーの視線に気が付いた。

こちらを凝視しながら、真っ赤になっているその姿に、完全に覚醒したルイズは己の姿を思い出した。

そう、ルイズは全裸なのである。腰は毛布で隠れてはいたが、それが救いになるだろうか?

キュルケとモンモランシー二人の目には、全身のいたる所に情事の痕をつけるルイズの裸身。

才人がつけたたくさんのキスマークは、ルイズの白い肌によく映えていた。


「情熱的な夜だったようね? 私のアドバイスは役にたったのかしら」


まるで余裕を崩さないキュルケのその言葉に、止まった時間が動きだす。

ルイズの悲鳴まで、残り一秒。






「君は、メイジ、なのかい…?」


へたり込んだままのギーシュは、それだけ絞り出すのが精一杯だった。


「んなわけねーだろ。魔法なんか使えねえっつーの」


ほれ と、差し出された才人の手を、呆然としているギーシュは自然に取ってしまった。

才人の手を借りて立ち上がったギーシュは、うるさい心臓を無視して尚も疑問を口にする。


「冗談はやめてくれ! ただの平民があんなに早く動けるもんか!」


語気が荒くなってしまうのはしかたなかった。

まさに、目にも止まらぬ速さだったのだ。いつワルキューレが両断されたのかさえわからない。

仮に剣の達人だったとしても、魔法無しであれほど速く動く人間などいるわけがない。

魔法こそが社会の根底にある貴族にとって、純粋な身体能力のみでメイジを凌駕する平民など認めるわけにはい

かないのだ。


「そりゃそーだ。ただの平民なわけねー」


あっけらかんという才人に、無言で続きを促すギーシュ。


「俺はルイズが呼び出した、最強の使い魔だからな」


ニッと笑う才人の顔を見て、ギーシュの肩から力が抜けた。

まったく答えになっていない才人の答えに、はふう と息を一つ吐くギーシュ。


「…君の名前をまだ聞いていなかったね。知っているようだけど、僕の名はギーシュだ。ギーシュ・ド・グラ

 モン。今さらな気もするが、ギーシュでいいよ」


一介の平民である才人に対して、貴族であるギーシュの最大限の敬意だった。


「あれ? 言ってなかったか?」


無論、そんな意味にまったく気付かない才人は、今の今まで自己紹介すらしていなかった事にさえ気付かない。


「平民の名前なんて気にもしていなかったよ」


苦笑するギーシュに、才人はムッとした声で返す。


「おまえなぁ… 平民だろうと友達の名前くらい気にしろよ」


いつのまに友人になったのだろうと思いつつ、わるいわるいとギーシュは笑った。


「俺は才人。平賀才人だ。才人でいいぜ。これからよろしくな」


そういって握手を求めてくる才人に、ギーシュは快く手を握り返した。


「さあ、サイト。それで? 一体どうやってモンモランシーの機嫌を直すんだい?」


情けなかったり強かったり、妙な平民だが、おかしな友人が出来たと思えば悪い気はしないギーシュ。

才人は才人で、いきなり話を戻すギーシュに呆れるしかない。


「おまえが話の腰を折ったんだろ。いきなり喧嘩ふっかけてきやがって…」

「おや、そうだったかな? 昔の事はよく憶えていないんだ。はっはっは」

「今さっきの事だろ… まあいいけど…」

「そうそう。喧嘩なんてしてる場合じゃないんだよ。如何にモンモランシーの機嫌を取るかの方が大事だ」


君も考えてくれと言いながら頭を捻るギーシュに、相変わらず調子がいいなと思いつつ、才人は作戦を提示する。


「格好いいとこ見せればいいんじゃねーか?」

「どういう事だい? 僕はいつも格好いいのだが」


さらりとナルシスト振りを発揮するギーシュ。


「顔も合わせてくれないんだろ? なら注目させてみるのはどうよ?」


さらりと流す才人。


「注目? 僕を見てもくれないのに、そんな事出来るかい?」

「決闘だよ、決闘。決闘するっていえば、さすがに見に来るだろ。そこで格好良さをアピールすんだよ」


自信満々にいう才人。

だが、ギーシュにはいまいち伝わらない。


「決闘? だれが決闘するのかね?」

「俺とおまえに決まってんだろ! モンモンの事だろ!」


察しが悪いギーシュに才人は切れる。


「モ、モンモン? もしかしてモンモランシーの事かい?」


ピクリと眉を跳ねさせるギーシュ。


「ぼ、僕のモンモランシーに勝手に愛称をつけないでくれ!」


ギーシュは見苦しい嫉妬を炸裂させたが、才人は気にしない。

ちなみに、今現在、モンモランシーはギーシュのモノではない。


「もんもらんしいって言い難いんだよ」

「ぶ、無礼だな、君は! 僕のモンモランシーをモンモンだなんて…モンモン…モンモンか。愛らしい愛称だな」


嫉妬で激昂しかけたギーシュだったが、意外にしっくりくる呼び名に怒りを霧散させた。

基本、ギーシュは怒りを持続させるタイプではない。移り気がギーシュの本質である。


「おい、ギーシュ。モンモンの名前は後でいいだろ」


呆れる才人の言葉に、鎮火しかけたギーシュの嫉妬は再度燃焼。

バカと移り気が合わさると大変なのだ。


「サイト。モンモランシーをモンモンと呼んでいいのは僕だけだ。君はちゃんとモンモランシーと呼びたまえ」

「あのなぁ… いいだろ、別に呼び方くらい」

「もし君がモンモンと呼ぶならば、僕はルイズの事をルイルイと呼ぶ」

「なあ!? て、てめぇふざけんなよ…」


そして才人もヒートアップ。


「ならばモンモンはやめたまえ! モンモンは僕のモンモンだ! 君のモンモンじゃない!!」

「別にモンモンはいらねーよ! 言い難いからモンモンをモンモンって言ってるだけだろーが!!」

「ならばルイルイだ!! ルイズはこれからルイルイだ!!」

「ふざけんなこらぁ!!」


モンモンルイルイと連呼しながら取っ組み合う才人とギーシュ。

二回戦の始まりである。

才人の考えた、格好いいとこを見せる作戦といい、好きな女の呼び方で争う様といい、二人の姿は小学生にしか

見えなかった。

あまり頭が十分とは言えない二人が、真に最強と呼ばれるようになるには、長い道のりが必要なのである。









 後書き

才人×ギーシュな話。(女性読者にも媚を売ろうと思う)
ここら辺からテンプレになります。
いや、最初からテンプレか?


最近の悩み。
才人君に、ヒテンミツルギスタイルの突進系同時九連撃を使わせたい。
しかし、アホみたいに叩かれるのは目に見えている。GA☆TO☆TSU☆で我慢するべきか…
いや、どちらにしてもこの世界(理想郷)から消されかねない……
まだ危ない橋を渡る時ではない……か。



[7531] 第十一話 (偽)スーパー才人 VS (偽)スーパーギーシュ 前編
Name: yossii◆1d5cbef8 ID:6b1b3af4
Date: 2009/10/29 10:53
シエスタ出したら長くなったので、二つに分けます。








「つまり、お芝居で決闘するという事でいいのかい?」

「だからそう言ってんだろ?」

「でも、そんなのうまくいくんでしょうか?」


所々薄汚れた才人とギーシュ、そして黒髪のメイドが頭を寄せ合って座り込んでいた。

洗濯しにきたシエスタは、取っ組み合って転げまわっている二人に驚き、悲鳴を上げてしまったのである。

その悲鳴に気付いた二人が一時中断。

才人は、悲鳴を上げて固まっているのがシエスタだと分かり、朝の挨拶がてら声を掛けた。

実は、才人とシエスタはもう顔見知りだった。

昨日厨房で働き、ご飯を食べた才人とは既に自己紹介を済ませていたのだ。

勿論、平民の才人が貴族と喧嘩していた事に、シエスタは更に激しく仰天。

貴族を怒らせれば命はない。

そんなブルブル脅えるシエスタに、いかに平民とはいえ、女性を脅えさせてしまったギーシュは苦い顔で謝罪。

才人も、涙目で震えるシエスタに慌てて頭を下げた。

二人とも馬鹿ではあったが、女性には優しい紳士でもあるのだ。

二人から、ごめん。申し訳ない。 と頭を下げられ、恐ろしい筈の貴族から謝罪されて混乱したシエスタは、そ

の場で腰を抜かしてしまった。

涙目でへたり込んだシエスタを、才人とギーシュは何とか宥め様と事情を説明する。

粗方事情を話した才人は最後に、地の底にまで落ちてしまったギーシュの好感度を上げる為に、好きな女の前で

格好良く決闘に勝てばいいと締めくくった。

そして、なんとか事態を理解し、ようやく落ち着いてきたシエスタは疑問の声を上げたのである。


「どういう事かね?」


才人の作戦に乗り気になったギーシュは、否定を口にするシエスタに、逆に疑問を投げかけた。


「は、はい! き、貴族様の…」

「ああ、僕の事はギーシュでいいよ」


どうやら、この貴族はとても紳士のようだと思いながらも、貴族は恐ろしいと骨の髄まで認識しているシエスタ

は、粗相があってはならないとしゃちほこばってしまう。

そんな緊張しているシエスタに、紳士の片割れは気障ったらしく前髪を掻き上げて名乗った。本来ならミスタ・

グラモンと呼ばせる所だが、ギーシュ・ド・グラモンという漢は、女性に好かれる為ならば多少の事には目を瞑

る悲しい生き物なのだ。


「は、はい! ギーシュ様の…」

「様なんていらねーよ、シエスタ。こいつには呼び捨てで十分だ」


今度は才人が話の腰を折る。

貴族に対してあんまりな才人の言い草に、シエスタの顔から血の気が引いた。


「本当に無礼だな、君は」


半眼で才人を睨みつけるギーシュ。


「そうやって偉そうにしてるから、シエスタが怖がるんだよ」

「僕は紳士だ! 女性を怯えさせるなどあるわけがない!」

「現に怖がってんだろ」

「君の品のない顔が、彼女を怯えさせているんじゃないのかい?」

「なんだと!!」

「なにかね!!」


すわ、第三ラウンド突入かと思われた時、シエスタが慌てて止めに入る。


「まあ! まあまあまあ! まあまあまあまあ! お二人とも怖いお顔になっていますよ!」


まあまあ連呼するシエスタはメイドの鑑だった。


「今はギーシュ様の一大事ではありませんか。 それに、貴族様を呼び捨てにするなど恐れ多い事です」


女の子に宥められる男二人。紳士としてもダメダメかもしれない。

ギーシュは、その通りだ と、才人を見やる。

そんなギーシュの態度に、才人はフンとそっぽを向いて言う。


「俺はギーシュサマなんて言わねえからな」

「君にそんな事は期待していない。 逆に気味が悪いからやめてくれ」


そんな二人のやりとりに、シエスタは目を丸くした。

諍い合ってはいるが、その様はどう見ても友人にしか見えない。

学院に暮らす貴族は、皆一流の名門だ。そんな位の高い貴族と友人になれる平民などいるわけがない。

もしかしたら、自分はとんでもない勘違いをしているのでは? と、シエスタは慄いた。


「…あ、あの、もしかしてサイトさん…いえ、サイト様は貴族の方なんでしょうか?」


もしそうなら、昨日気さくに話していた自分を呪わなければならない。

首と胴が離れかねない事態に、シエスタの恐怖は増していく。


「「は?」」


二人は同時にシエスタに顔を向けた後、だはははは と声を上げて笑った。

笑い転げる才人とギーシュを見て、シエスタに出来たのは呆然とする事だけだ。


「あー腹痛ぇ。 そんなわけないじゃん」

「くく、たしかに勘違いしてもおかしくないね。 しかし、サイト様とは…」


随分と似合わないじゃないか? というギーシュに、うっせえ と返す才人。

それは間違いなく友人同士のやり取りだった。


「…あの、じゃあやっぱり、サイト…さんは平民なんですか?」


半信半疑のシエスタは、才人様と言い掛けながらも恐る恐る尋ねる。


「当たり前だって。 俺はシエスタと何もかわんねーよ」

「…で、でも、ギーシュ様と、その、非常に仲がいいと言いますか…」


まるで納得のいかないシエスタに、才人は自信満々に答えた。


「身分なんて関係ねーさ。 友達なら軽口くらい言うだろ?」

「貴族に向かってそう言える平民は君だけだろうし、君以外を許すつもりはないんだが…」


やれやれと苦笑するギーシュ。

ギーシュの賛辞に、驚きを通り越して開いた口が塞がらないシエスタ。


「うっわ、心狭いなギーシュ」


無論、そんな賛辞を才人が解る筈もない。


「誰の心が狭いのかね! 僕は君を褒めたんだよ!?」


そして一気にヒートアップ。


「嘘つけ! 何となく馬鹿にしてたじゃねーか!」

「それはしかたないだろう! 君は実際に馬鹿なんだから!」

「おまえに言われたくねーよ! おまえが馬鹿だからモンモンに振られたんじゃねーか!」

「ぶ、無礼者! 僕は振られたんじゃない! 嫌われただけだ! それからモンモンはやめたまえ!」

「おんなじだっつの! この馬鹿!!」

「君が馬鹿だ!!」


またも取っ組み合う才人とギーシュ。

馬鹿二人が互いを馬鹿馬鹿罵る様は、まさに目くそ鼻くそを笑うが如し。

唖然としていたシエスタは我に返り、再び二人を止めに入る。

またもまあまあまあと割って入るシエスタは、話を戻しましょうと、うまく場を収めた。

すぐに脱線してしまう、子供のような二人を見事にコントロールする少女。将来、シエスタがいい母親になるの

は確実だった。


「貴族の方の考え方は分かりませんが、女性ならば荒事は敬遠なさるのではないでしょうか?」


そんなシエスタの女性からの意見に、男二人はフムフムと頷く。

シエスタとしては、そんな小細工などせず、許してもらえるまで素直に謝った方がいいと思っているのだ。

なにより、平民と貴族の決闘など唯のイジメではないか。

しかし真っ向から否定しては、貴族として、何より男としての顔が潰れてしまうので、オブラードに包みながら

否定しているのである。

うまく男を立てるシエスタ。メイドである彼女は、尽くすという事が自然に出来てしまう素晴らしい少女なのだ。


「ギーシュ様が平民を嬲る所を見せても、女性は引かれてしまうのでは?」


なるほど と、馬鹿みたいに頷く事しか出来ない二人。

為になるなあ という二人に、この人達少し頭が可哀想なのかしら と、真実を看破するシエスタ。


「じゃあ、最初に俺の強さを見せ付けておいて、ギーシュが渡り合うって流れでどうだ?」

「ふむ、いい考えだね。後は、互いに攻撃を一切当てないようにすれば、女性に引かれる事もないかな?」

「そうだな。最後は寸止めで決着にするか」


うむうむ と頷き合う才人とギーシュに、シエスタはいよいよ二人の頭を心配する。

貴族と平民の決闘など成立するわけがない。そんなのはお伽噺の中にしか存在しない。

貴族が手加減すれば形にはなるだろうが、そんなもの演技だとすぐバレるだろう。まあ、実際は才人が手加減す

る方なのだが…。


「い、いえ、貴族様が平民に勝つのは当たり前の事ですし…」


シエスタがそう忠告するも、


「ならば引き分けというのはどうだろう? 互いに余力を残しての引き分け。たしかに、こっちの方が紳士的な

 決闘を演出出来るかもしれない」


妙にズレた意見を返すギーシュ。


「…サ、サイトさんは平民ですから、強さを見せつけるといいましても…」


頭が弱い(と確信した)二人の為、尚もがんばるシエスタ。


「なるほどな。 俺の一発目はド派手な攻撃にすればいいわけか」


そして、才人もまたズレた答えを返した。

シエスタのいう事は為になるなぁ という才人に、シエスタは、ど、どうも と返すのが精一杯だった。

シエスタの切ないモノを見る目に気付かない二人は、どんどん話を進めていく。


「じゃ、じゃあ、私は仕事がありますのでこの辺で」


確実に失敗するだろう二人の作戦に、もう居た堪れなくて仕方がないシエスタは、そそくさとその場を後にする。


「ああ。仕事中に悪かったよ、シエスタ」

「僕からも礼を言うよ。ありがとう」


笑顔でそう言ってくる二人に、シエスタは引き攣った笑みを返すのがやっとである。


「この事は内緒な? バレたら元も子もないし」

「よかったら君も見に来てくれたまえ。 昼食後にヴェストリの広場だ」

「あっ、は、はい。 …じ、時間があれば伺います」


逃げるように立ち去っていくシエスタを見送った後、才人とギーシュは着々と計画を煮詰めていった。

二人で蹲り、地面に立ち位置をぐりぐり書いている様は、何処からどう見ても子供であった。

しかし、男二人は大真面目なのである。

そんな二人が、笑い者になるのではないか?と心配し、こっそり見にきたシエスタの度肝を抜くまで、残り五時

間強。

才人の作戦が功を奏すか、はたまた裏目に出るのかは、現時点では誰にも分らない。

幸運の女神が、ギーシュに微笑む事を祈るのみである。

ちなみにモンモンの件は、ルイズにルイルイなんて言ったら爆破されるぞ という才人の言葉に、ギーシュは泣

く泣く引き下がったのだった。






 第十一話  「(偽)スーパー才人 VS (偽)スーパーギーシュ 前編」






「……なんで同じテーブルに座ってんのよ」


ルイズは努めて低い声を出した。

昼食後のティータイム。

いつまでも帰ってこない使い魔にイライラしていたルイズのテーブルには、キュルケ、モンモランシー、おまけ

にタバサが座っていた。

朝の痴態を見られた事もあり、ルイズは恥ずかしさも手伝って、凄まじく不機嫌だった。


「あら、友好を深めるのは好い事ではなくって?」


そんなルイズの感情など物ともせず、優雅に紅茶を飲むキュルケ。しかし、その腹の中はどうやって昨夜の情事

を聞き出すかで一杯だった。

微熱のキュルケ。己の好奇心を満足させる為なら慎みなど捨てられる女傑である。


「そうよ。 第一、体を検査してあげたのに、まだ感謝の言葉をもらってないわ」


悲鳴を上げた後、毛布にすっぽり隠れてしまったルイズ。

恐ろしく刺激的な光景を目撃して動揺しつつも、ちゃんとディティクトマジックによる検査をしたモンモランシ

ーは、優秀な水のメイジといえるだろう。

避妊の秘薬も、軽い治癒の効果を付随させたモンモランシー自慢の一品である。

ルイズの体に、まったく問題はなかった。


「あ、あ、あんなとこ見られて、お礼なんか言えるわけないでしょ!」


忘れたい記憶を掘り起こされ、真っ赤になりながらルイズは叫ぶ。


「……何?」


キュルケだけじゃなく、モンモランシーまでニヤニヤしているのだが、一人わからないタバサはキュルケに疑問

の言葉を投げかけた。

本来の彼女ならば我関せずを貫き本でも読んでいる所だろうが、ルイズとその使い魔の事には少なくない興味が

あった。


「これが笑えるのよタバサ。 ルイズったら…」

「きゃあぁぁぁ!! キュキュ、キュルケ! あ、あ、あんた! 言ったら承知しないわよ!!」


わーわー言いながらキュルケの言葉を遮るルイズ。

あんな痴態を言いふらされるくらいなら、エクスプロージョンで学園ごとキュルケを吹っ飛ばす覚悟である。

事あるごとにからかってくるキュルケに、いい加減ルイズの忍耐も限界が近いのだ。


「笑えるというか、恥ずかしいわよね。 …ものすごく」


そう言ったモンモランシー自身も、少し赤くなりながらルイズをからかった。

事態についていけないタバサは、やはり?マークを浮かべていた。


「あ、あんた達…」


からかわれた怒りやら恥ずかしさやらで、ルイズが爆発しそうになった時、俄かに周りが喧騒に包まれた。


「おーい! 決闘だってよ!」

「ヴェストリの広場でギーシュが決闘するらしい!」

「ホントか!?」

「しかも相手は平民だってよ!」

「なんだそれ? そんなの唯の処刑じゃないのか?」

「なんでも、相手はゼロのルイズの使い魔らしい」


そんなもん勝負になるのか? 等言い合いながら、ゾロゾロと生徒達が向かっていった。


「……え? なんで?」


ポツリとルイズの口から洩れた呟きに、キュルケ、モンモランシー、タバサの三人はルイズに顔を向ける。

当のルイズは、ぽけっとした顔をしている。

三人は、使い魔が殺されるかもしれない事態に呆然としているのだと思った。

勿論そんなわけは無い。

たしかに過去にギーシュと決闘した才人だったが、その一因であるモンモランシーはここにいる。

それとも、平民である事を馬鹿にでもされたのか? もしかしたら、またゼロのルイズと呼ばれている事に怒っ

たのだろうか? …単にギーシュが気に入らなかったという事も考えられる。

ルイズの思考は、多岐に渡って展開された。が、面倒になって放棄した。

どうせここで考えていても結論など出ないのだ。

今のルイズが考えているのは、何故大事な大事なご主人様を朝から放っておいて、ギーシュなんぞと遊んでいる

のか? という一点のみ。


 何? 初めてだったのに、あんなに無理させた恋人をほったらかしってどゆ事?

 次の日くらい、いっぱい労わるのが男の優しさじゃないの?

 一度抱いた女にはもう餌はやらないって? そゆこと? 偉くなったもんね、あの犬っころ


散々からかわれた憤りも手伝って、ふつふつと怒りが込み上げてきているルイズの姿に、勘違いしたモンモラン

シーは慌てて声をかけた。


「だ、大丈夫よ、ルイズ! 私が止めてくるわ!」


恋人が危険に晒されているのだ。呆然とするのもしかたがないと思った。まあ、勘違いなのだが。


「うるさいわね。 そんなのどうでもいいのよ」


心配そうな顔を向けてくるモンモランシーに、ルイズは底冷えのする声で返した。

中州の決闘で、歴戦のメイジを十人以上抜いた才人が、そこらの学生に負ける筈もない。

いわんや、ドットクラスのギーシュでは一秒もつかどうか。

相手がギーシュならば才人がカスリ傷を負う事もない、という絶対の確信を持っていた。


「「は?」」


当然、モンモランシーはポカン。 ついでにキュルケもポカン。


「あああ、あのいい犬ぅぅ。 ごごご主人様を蔑ろにするなななんて、い、いい度胸だわ」


怒りで語尾が震えるルイズ。

元々才人が鍵を開けたまま外に出たのが原因で、見られてはいけない痴態を晒したのだ。

しかも、その後は何かにつけてからかわれている。

ツェルプストーに弱みを握られるなど、ご先祖様にも申し訳が立たない。


「ご、ご、御主人様に恥をかかせる駄犬には、し、し、躾が必要よね」


才人の事を愛してはいるが、ヴァリエールの矜持を捨てたわけではないルイズは、そう言ってヴェストリの広場

に向かった。

呆然としているキュルケとモンモランシーは、ハッと気がつき慌ててルイズを追った。二人以上によくわかって

いないタバサも、トコトコと後に続く。

残念ながら、幸運の女神の加護は才人にはなかった。






ヴェストリの広場で対峙する才人とギーシュ。

才人の手には、既にギーシュが錬金した剣が握られていた。

ギーシュの傍には一体の青銅製のゴーレム。

食後のまったりとした空間に、いきなり緊迫した空気を持ち込まれ、学院の生徒達は何だ何だと集まり出した。

剣とゴーレムなんて物騒な物を持ち出しているのに、当事者二人の顔が妙に緩んでいる事には気付かない観客達。

ギーシュは周りの観客達にアピールするように、妙に芝居がかった仕草で口を開いた。


「諸君! 決闘だ!」


そう言ってバラの造花を掲げると、うおーッ! と歓声が巻き起こる。

閉鎖された空間で生活している生徒達は、皆娯楽に飢えているのである。


「だが、命のやり取りはしない!」


そうギーシュが続けると、観客達から途端に不満の声が上がる。


「なんだギーシュ! 怖気づいたのか!」

「命と誇りを賭けるのが決闘だろ!」


そーだそーだ。と野次が飛ぶが、まったく気にせず芝居がかった調子でギーシュは鷹揚に返す。


「なに、そこの平民は東方の剣士だそうだ」


才人とギーシュのシナリオの始まりである。

ギーシュが杖で才人を指した途端、生徒達の嘲笑が広場を支配した。

剣で魔法に立ち向かうなど出来る筈もない。


「おい、あれルイズが呼び出した平民じゃないか?」

「くく、ホントだ。ゼロのルイズは剣士を呼び出したのか」

「あんな物を振り回すなんて、平民は野蛮だな」


明らかに平民を馬鹿にした言葉が、あちこちから飛び出す。

自身どころかルイズまで馬鹿にされ、元々気の短い才人は憤るが、この決闘の主役はあくまでギーシュなので

ぐっと耐えた。


「彼の剣は魔法と渡り合えると言うのでね。 少々ご教授願おうと思う」


ギーシュは優雅に余裕を見せた。


「魔法は力の一形態にすぎねえ。 極めた剣なら魔法にだって対抗出来る」


それを受けて、才人も早々にキメ台詞をだす。

二人は予め決めたシナリオ通りに場を進めていった。

決闘を盛り上げるため、二人は意見を出し合ってカッコイイ台詞を模索したのだ。

そんな才人の不遜な言葉に、ギャラリー達のボルテージは上がっていく。

周りからは生意気な平民だとヤジが飛ぶが、今回の才人は引き立て役なのだ。

才人は平然と受け流した。


「では始めようか」


ギーシュは杖を高々と掲げ、決闘の開始を宣言する。

またも、うおーッ! と歓声が巻き起こった。


「僕の二つ名は『青銅』。したがって、この『ワルキューレ』がお相手するよ。よもや文句はあるまいね?」

「つーかこんな人形でか? 本気出した方がいいぞ?」


挑発する才人。演技ではあるが、本気でそう思っているのだからその口調はとても自然だった。


「本気を出すかどうかは君次第だ」


挑発が演技である事を知っているギーシュは余裕を崩さず、優雅に気障ったらしく髪をかきあげる。

周りで見ている生徒達の方が、生意気な平民をぶちのめせ! と血圧を上げる始末。

貴族側からは、才人は完全に悪役だった。


「さあ、魔法に勝つ剣とやらをみせてくれたまえ」


そういってワルキューレを才人に向かって疾走させた。

才人はその場から一歩も動かず、ゆっくりと剣を構える。

これから見せるガンダールヴの力に、観客たちは度肝を抜かれるだろう。

そう思うと、才人の心はガンガンに震える。 カッコイイ俺を見ろ!! と、才人もやっぱり少年の心を持って

いるのだ。

時間が間延びした感覚の中、迫りくる拳を半歩体をズラしてかわし、ワルキューレの懐に入った才人は伸びきっ

た腕を切り飛ばした。

返す刀で腰から逆肩へと剣を奔らせ、ワルキューレを斜めに両断。


「カッ!」


鋭く息を吐きながら、そのまま遠心力を殺さずに回し蹴りを叩き込む。

15m程蹴り飛ばされた青銅の塊が、ガシャンガシャンと転がりながらギャラリー達の前で止まった。

目に見えない速度でバラバラにするよりも、ガンダールヴの膂力を見せつけた方が、視覚的にも解りやすく派手

だろうと考えたのだ。無論まだ加減している。

才人は蹴りを放った体勢のまま、足を高々と上げ制止。

勿論、霞むほどの剣速でゴーレムを切り裂き、なお且つ人が蹴ったとは思えない飛距離に、観客達は皆揃って呆

然としてしまった。

こっそりと木の陰から見ていたシエスタも呆然。

同じく、才人の力を計る為に見物していたフーケも唖然。

遠見の水晶で覗き見していた学院長のオスマンと教師コルベールも、開いた口が塞がらなかった。

静寂が空間を支配する。

いつまでも続くと思われた静寂を、パチパチと手を叩く音が破った。


「素晴らしい。 剣の力とやら、見せてもらった」


まったく余裕を崩さず、あくまで優雅にギーシュは言った。

そりゃそうだ。 ギーシュはこうなる事を最初から知っていたのだから、焦る道理が無い。

よし! 掴みはオッケーだ! と内心思いながら、ギーシュはさらに続ける。


「少々侮っていた事を詫びよう。 今度は魔法の力をお見せする」


不敵に笑ったギーシュに、観客達は驚愕する。

青銅製のゴーレムを歯牙にもかけぬ者を前に、あのギーシュが余裕を崩さないのだ。そりゃビックリする。


「改めて名乗ろう。 僕の名はギーシュ・ド・グラモン。 青銅のギーシュだ」


そう言って杖を構えるギーシュは格好よかった。

自意識過剰なギーシュは、最早役に成りきっていた。

 
 ああ、強敵に立ち向かう僕! みんな見てるかい? カッコイイ僕を、みんな見てるのかい!!


ギーシュは絶好調だった。

そこに、ルイズ達女子四人が到着する。

怒りで判断力の鈍くなったルイズ以外の三人は、妙に静まり返った決闘にいぶかしんだが、まだ始まったばかり

だと安堵もしていた。

ルイズは憤りのままに、広場の中央にいる才人に不満をぶつけ様としたが、直後に発した才人の言葉に顔を真っ

赤にして口ごもってしまう。


「俺の名は才人。 才人・平賀。 ルイズを護り、ルイズの為にある絶対の剣だ」


才人の少年の心は、厨ニ全開だった。

くぅ~俺カッコイイ~ と、才人もギーシュと似たり寄ったりである。

ルイズは怒りが吹き飛び、一気に顔に血を昇らせながらアウアウとなってしまう。

ギリギリで、才人に女神の加護が間に合ったと言えよう。


 こ、こんな所で、なんて事言っちゃってんのよ?

 も、もう。ホント恥ずかしいわね。 恥ずかしいヤツね。 恥ずかしいったらないわね。


ルイズの目は、真剣な顔でルイズだけの剣だと宣言する格好いい才人に釘付けだ。

そんなモジモジするルイズを、キュルケとモンモランシーの二人は生温かい目でみていた。

が、次にドギマギするのはモンモランシーである。


「なるほど、自身の愛する者の為に振るう剣か。 ならば、僕は昨日傷つけてしまった少女に誓おう。 彼女を

 護る青銅は最強であると!」


ギーシュは優雅に、そして力強く言い放った。

さあ僕を見たまえ、モンモランシー! と、演技過剰なギーシュは両手を大きく広げる。

そう、ギーシュはここに繋げたかったのだ。

モンモランシーの姿は、到着したと同時にギーシュの目に捉えられていた。

観客に宣言したと見せかけて、実はモンモランシーにあてた言葉の効果は絶大だった。

モンモランシーはひうっと顔を赤くさせ、心臓がドキンドキンと高鳴ってしまう。

決闘という非日常的な状況の下、アホなギーシュが格好よく見えてしまった。

男達の、まさに狙い通りの反応を見せてしまうあたり、モンモランシーも少し単純なのかもしれない。

ここまでは才人とギーシュの思惑通り。

このまま幸運に恵まれるかどうかは、男達の頑張り次第である。

男二人の”デレモンモン作戦”は、こうして佳境へと突入するのだった。







 後書き

「ああ、yossii君。ちょっといいかね?」
「はい? 何ですか、部長?」
「申し訳ないのだが…しばらく残業してくれんかね? ほら、二人も辞めてしまっただろ? 業務がな…」
「ああ、構いませんよ。こういう時に貢献しないでいつするんですか(苦笑)」
「おお、そうか! それなら日曜日も出てくれ。いや、君は社員の鑑だな! はっはっは」
「……え?」
「はっはっは!!」

世界は不条理に満ちている。



[7531] 第十二話 (偽)スーパー才人 VS (偽)スーパーギーシュ 後編
Name: yossii◆1d5cbef8 ID:6b1b3af4
Date: 2009/11/07 10:29
ええい、ギーシュも超絶化したれ









「…え? お、お芝居? こ、これ、本当にお芝居なの?」


二人が心配になり、こっそりと木の陰から覗いていたシエスタは、当然パニクった。

頭が足りない筈の二人の口上はとても格好良かった。

魔法使いのゴーレムを蹴り飛ばした体勢のままキメる才人は、いっそ美しかった。

メイジであるギーシュが手加減したのかは分からない。だが、才人がゴーレムを切り裂く所は速すぎて見えず、

さらに金属の塊を凄まじい蹴りで吹き飛ばし、周りで見ている貴族達の言葉を奪ったのは事実だった。

最早、芝居か本気かなど関係なく見入ってしまうシエスタ。

魔法を使う恐ろしい貴族に、たった一本の剣で立ち向かう才人から目を離す事など出来ない。

その姿は、間違いなく幼い頃に聞いたイーヴァルディ。

ドキドキと高鳴る胸は、まるでお伽噺の勇者の戦いを夢想した時のように止まらなかった。

そんな、お芝居だと知って尚、ギュンギュンと乙女心を増大させる少女の傍でもう一人、同じように胸を高鳴ら

せる少女がいた。

ケティ・ド・ラ・ロッタ。

ギーシュに二股を掛けられ、モンモランシーと同様に、昨日ギーシュに見切りを付けた一年生。

彼女もまた、ギーシュのキメ台詞を受け取る資格を持つ少女である。

まだまだ幼い彼女は、初めて親元を離れる事に、期待よりも不安の方が強かった。

そこに現れたのがギーシュ・ド・グラモン。薔薇を咥えたギーシュに声を掛けられたのが出会いだった。

少々馬鹿っぽかったが、それゆえに楽しくもあった。

周りの噂は、女好きだのおつむが足りないだの碌なものではなかったが、両親と会えなくて寂しいと言ったら、

馬でラ・ロシェールの森まで遠乗りに連れて行ってくれた。

ギーシュという男はたしかに下心が満載ではあるが、同時に紳士でもあるのだ。


「ギーシュさま…」


最強の青銅が護ると言っている。

自身の心臓がドキンコドキンコやけにうるさい。

或いは、この時が初めてギーシュに男を感じた瞬間なのかもしれない。


「と、殿方は、少し馬鹿な方が操縦しやすいって、お、お母様も言ってたもの…」


顔を赤くしながら、妙に打算的な事を口にするケティ。

彼女は世間知らずの新入生ではあったが、そのポテンシャルは周りの先輩達に負けないモノを持っていた。

そう、彼女もまた愛にその身を委ねる事の出来る、数少ないアレな資質を持つ者なのだ。

そして、今日この日この時、諦めを知らぬ二人の恋の戦士が産声を上げる事となる。











 第十二話  「(偽)スーパー才人 VS (偽)スーパーギーシュ 後編」






才人は右手に持った剣を肩に担ぎ、腰を落としたまま左腕を真っ直ぐ突き出している。

掌をギーシュに向け、その体勢のまま微動だにしない。

別に意味は無い。 ただ単に、格好いい(と思っている)構えをとっているに過ぎない。

その才人の周りを、ギーシュが錬金した六体のワルキューレが高速で動きまわっていた。

無論これにも意味など無い。 唯、緊迫した空気を作り出す為の演出なのだ。

あまり複雑な動きになるとギーシュも制御しきれないので、三体一組で三角形を描くように移動させ、もう一組

もまた、少しズレた軌道で三角形を描いている。

つまり六芒星になるように、ギーシュはワルキューレを動かしていた。

その中心にいるのが才人という図式である。


「ゴーレム六体同時制御か… どうやら唯のお坊っちゃんじゃねーな」


不動の構えからポツリと呟いた才人の言葉は…妙に大きかった。

あくまでお芝居である以上、ある程度観客に聞こえるように言ったのだ。

しかし周りの空気が緊張しているせいで、才人の呟きは不自然なまでに大きく響き、観客達に届いてしまう。

だが一体どんな幸運が働いたのか、観客達がその不自然さに気付く事はなかった。


「六縛陣。 高速で動きまわる六体のワルキューレが君を襲う。 さて、初撃で終わらぬよう気を付けたまえ」


ギーシュもまた不自然なほど大きな声を出し、ニヤリと嗤った。

大層な技名を付けているが、実際は才人の周りをグルグル回るように命令を出しただけである。

だが、人は想像する生き物。

才人とギーシュ二人の会話に、皆が無駄な想像を働かせ、全ての観客達が息を呑んでしまった。

ドット、ライン、トライアングル、スクエアと、メイジのランクが上がる度にゴーレムを強化するのは、土メイ

ジの常套手段である。

だが、複数のゴーレムを使役するメイジなどいない。

無論、実戦経験が豊かな土メイジ程、数を増やした時のデメリットを知っているだけなのだが、そんな事をこの

場で知っているのはフーケくらいのものだった。

もっとも、唯の学生が六体ものゴーレムを余裕で使役しているのには、フーケも感心したのだが…。

ともあれ、ギーシュの魔法を見た事のある者ほど、その想像は度を超えていった。

ギーシュは仮にもグラモンだ。元帥にまで上り詰めた父を持つギーシュに、魔法の才能がない事はないだろう。

もしギーシュがトライアングルクラスになったのなら、塔のように巨大なゴーレムを七体同時に操れるのではな

いのか? それは一体どれほどの戦力になるのだ? 等々。

まさに無駄な想像である。

頭の足りないギーシュが、はたしてラインメイジにすらなれるのか?

ゴーレムを巨大化させればそれだけ魔力を喰う。そこまでの精神力がギーシュにあるのか?

しかも、質量が巨大になればなるほど動きは鈍る。現在のワルキューレと同等の制御を行えるかは疑問だ。

所詮は過程の話であり、ただの想像…いや妄想に過ぎない。

だが、皆何故かそう感じてしまった。異様な空気に呑まれ、何故かそう思ってしまったのである。

勿論、才人もギーシュもそこまで狙ってはいなかった。

頭の悪い二人に、そこまで誘導する事など不可能だ。

ただ、そこしかギーシュを持ち上げる所が無かっただけなのだ。

ゴーレムを七体同時に錬金出来る小器用なギーシュ。

二人はそこを拡大誇張する意外に選択肢がなかったのである。

初っ端に度肝を抜いた才人の攻撃と、妙に大物然としたギーシュの態度、そして緊迫した空気が、観客達を一種

の錯乱状態に落としたと言えよう。

まあ、ありえない物を見た人間がパニックになるのは、当然と言えば当然である。

足りない頭を必死で使った二人に、幸運の女神は間違いなくゴーサインを出していた。


「…凄い」


はたして、それはどちらに対しての称賛だったのか。驚愕を貼りつかせたまま、タバサはポツリと呟いた。


「…ええ。 ドットクラスのギーシュが、なんて制御力。 ……貴方なら出来る?」


タバサの呟きを捉え、自身も何故今まで気付かなかったのだろうと驚愕したキュルケは、同じトライアングルメ

イジであるタバサに疑問を投げかけてしまう。

当然勘違いである。 基本ゴーレムはオートなのだ。 命じたのは三角形に走れであり、六体をバラバラにコン

トロールしているわけではない。精密な制御が必要となるのは攻撃の時くらいのものだ。

上空から見れば丸分かりな動きだったが、平面からしか見る者がいなかった事も幸運の一つである。

錯乱している人間に、自身が錯乱している事など分かる筈もなかった。


「…エアハンマーニ発なら自信がある。でも三発同時は無理。発動しても制御出来ない」


タバサもまた、イーヴァルディを彷彿とさせる才人にパニックを起こしているのだろう。

僅かに首を振る姿は、間違いなく脳が働いてはいなかった。


「目標に当てられない、か… さすがはグラモンといったところかしら」


コントロール出来なければ発動させる意味がない と言うタバサに、キュルケはギーシュの力を認めた。

盛大に勘違いしている二人。

当然、二人の解説を傍で聞いていたモンモランシーの乙女心はウナギ登り。

余りに格好いいギーシュに、何も言えずに釘付けになってしまう。

ルイズはルイズで、今までにない格好良さを見せる才人を見るのに忙しく、最初から聞いちゃいない。

そして、状況が動く。


「まずは小手調べだ。 三体ではどうだい?」


そうジーシュが宣言したと同時に、三体のワルキューレが才人に突っ込んできた。

前方から、左後方から、そして右後方から同時に襲いかかるワルキューレを、才人は冷静に対処した。

ギーシュの一撃目が、その三方向から来る事は既に話し合い済みである。

ガンダールヴのルーンによって強化された動体視力と反射神経をもって、才人は体をズラしながら一歩踏み出し

た。

先ずは正面のワルキューレの拳を、肩に担いだ剣で打ち落とす。

そのまま反時計回りで左後方から迫りくる拳を跳ね上げ、勢いを殺さず、もう一体の攻撃を剣で受け止めた。

三体のワルキューレは、攻撃が不発に終わったにも関わらず走り抜け、円を描くように元の六芒星へと舞い戻っ

ていった。

勿論、決してワルキューレを切り裂いたりしないよう、才人は細心の注意を払っている。


「おや、平民の剣技とやらも侮れないね。 まさか三方向からの同時攻撃にも対応するとは思わなかった」


初撃が見事に防がれたのに、あくまで余裕たっぷりのギーシュの姿は、やはり観客達の想像を際限なく膨らませ

ていく。

やはり、ゴーレム六体を同時にコントロール出来るのだ。 いや、平民の剣士は、ギーシュが七体操れる事を知

らない。 或いはそれが奥の手か 等々、ギーシュのありもしない戦略に息を呑む。

勿論、ギーシュが七体目のワルキューレを出さないのは、「余力を残したまま引き分け」に繋げる為である。

余力がワルキューレ一体というのは情けないが、それがギーシュに出来るギリギリの余力なので仕方がない。


「では、次は四体。 僕の踊りにどこまでついてこれるかな?」


優雅ではあったが、いつもと変わらぬ軽薄そうな笑みを浮かべたギーシュ。

しかし今現在、その軽薄な笑みにはフィルターがかかっている。

数多の生徒達には、ギーシュの唯一の長所である整った顔立ちと相まって、気品と自信に溢れた笑みに見えてし

まった。

それはモンモランシーやケティだけに止まらず、多くの女生徒達の顔を赤くさせる事に成功した。キュルケの微

熱が反応しているのだから、間違いなく皆錯乱していると言えよう。

そして、それは才人も負けていない。


「もう一度言うぞ? ルイズを守護する剣は絶対だ。 千の矢も、万の魔法も、ルイズに届く前に全て斬る」


ずっきゅーん。

そう、ずっきゅーんである。

ルイズはたしかに聞いた。才人の言葉の矢が己の心臓に刺さった音を、その耳でたしかに聞いた。

ルイズはガクガクと震える膝を叱咤し、キュルケの体を興奮しながら叩く。


「ねえねえ! 見て!私の胸! 刺さってない!? ずっきゅーんって、ねー! 刺さっちゃって、ねー!」

「ちょ、ちょっと、やめなさい。 こら、揺らすんじゃ…」


あれ私のなの! 私の使い魔なの! 私の騎士なの! と、キュルケに捲し立てるルイズの目は血走っていた。

脳内麻薬がどっぱんどっぱん溢れだすルイズは、自身の子宮の奥まできゅんきゅんトキメイてしまう始末。

おそらく、今夜はすごいサービスが才人を待っているのだろう。

もっとも、このまま作戦がうまくいけばの話だが……。

勿論、才人の言葉は偽りではない。偽りではないのだが幻でもあるのだ。それを知った時のルイズがどんな反応

を見せるかは、まさしく神のみぞ知るといった所である。

そんなルイズの興奮を余所に、前後左右から襲いかかるワルキューレを、才人は見事に捌き切っていた。

観客達には、もう才人がどうやって剣を振ったのかすら分からない。

完全に死角となっている筈の攻撃ですら通らないのだ。

もはや観客達は、才人が唯の平民であるなどとは思ってはいない。

本当に魔法と渡り合う事のできる、凄まじい剣の使い手であると認識している。

縦横無尽に高速で動き回るギーシュのワルキューレ達。

その全方位からの攻撃を見事に跳ね返す才人の剣技。

まるで輪舞曲のような決闘に、皆心を奪われていた。

さて、そんな中、ギーシュは頑張っていた。

シナリオ通りに進行する為に、それこそ生まれて初めて、信じられない程頑張っていた。

遂に五体のワルキューレを才人にけしかけるギーシュ。

制御するのは攻撃の時だけとはいえ、いくらなんでも五体同時はキツイ。

戦闘という環境の中、複数のゴーレムをバラバラにコントロールする事がこれ程キツイとは思わなかった。

だが、それでもギーシュは余裕の笑みを顔に浮かべたままだ。

好きな娘にいい格好をしたい。

それは、男の子に生まれたものの宿命ではないだろうか?

ギーシュの生まれて初めての正念場。たとえお芝居だろうが、今のギーシュはスーパーギーシュなのだ。

……たとえ、その胸中は、水面の下ではバタバタと水を掻くアヒルのように必死だったとしても。


 ひぃぃ! し、思考が追いつかなっ…ああっワルキューレの制御がっ! サイ、サイトっ! もっと手加

 減…あぶっ! 頭、頭がっ!! 頭が擦り切れるぅぅぅ!!!!!


心の中では、涙を誘うような悲鳴を上げているギーシュ。

ギーシュはもう限界。故に、才人に合図を送った。

五体のワルキューレの攻撃を弾き返した才人に、朗々と宣言する。


「見事だね、剣士サイト。 しかし、いささか飽きた。 これで終わりにしよう」


杖を高々と掲げたギーシュの言葉は、観客達に決着を予感させた。

そして……才人は驚いた。

またも剣を肩に担いだ構えを取ったまま、その胸中は信じられない思いで一杯だった。


 う、嘘だろ? あいつ、もう限界なのか!?

 ……おいいぃぃぃ!! 俺まだ疾風剣だしてねえだろ!

 奥義桜舞も、超奥義阿修羅無限皇龍斬も出してねぇぇぇぇ!!


そう、才人はまだ技を出していない。

才人の見せ場はもう少し後だったのだ。

才人が考えた疾風剣とは、凄まじい剣速により衝撃波を出す技である。

桜舞は、無駄に体を揺らしながら、無駄に攻撃をかわす無駄歩法。

阿修羅無限皇龍斬にいたっては、もう何が何だかよくわからないすんごい技なのだ。

いずれも、才人の少年の心が生み出した必殺技だった。

シナリオでは、ゴーレム六体の波状攻撃。次はゴーレム二体をジャンプさせた空間攻撃。次はさらにゴーレムだ

けでなく、地面から尖った石柱や油を錬金して才人を追い詰めるという手筈だった。

追い詰められた才人が、平賀御剣流なる謎の剣術によって危機を脱する。

そして、その後に飛び出す筈のギーシュの台詞だった。

なのにこんな序盤で出され、しかも見せ場を丸々奪われた才人の憤りは深刻だ。

まあ、ギーシュも含めて、頭の悪い二人には、六体ものゴーレムを戦闘中に同時に制御する事がいかに困難か分

からなかったのだから仕方がない。

逆に、よくここまで失敗する事なく制御したと言えよう。ギーシュには魔法制御の才能があるのかもしれない。

女の為に底力を見せたギーシュ。彼にはよくやったと言ってやってもいいだろう。

才人は噴飯していたが、あくまでも主役はギーシュである。

ルイズとの初体験がうまくいった恩もある為、泣く泣くシナリオを修正した。


「そうだな。 これで終わりにしよう、青銅のギーシュ」


そう言って前傾姿勢になった才人は、肩に担いだ剣を弓を引き絞るように構え直し、左手を剣先の腹に添えた。

不動の構えから一転、明らかに攻撃体勢になった才人に、観客達は息を呑む。


「俺の剣は全てを貫く絶対の刃。この包囲ごとぶち抜いて、おまえの胸に突き刺さる」


決闘のクライマックスを感じ取った会場中に、謳うような才人の言葉が響き渡った。


「僕の青銅は最強の盾。この身を傷つけられる者など存在しない」


それを受けて、杖を構えたギーシュもまた謳う。

一秒、二秒、三秒、才人の周りを回るワルキューレ以外の時が止まる。

観客達が息を殺して見つめる空気の中、ギーシュの命令が飛んだ。

ここから戦闘は加速する。


「ワルキューレ!!」


ギーシュが叫んだ瞬間、弾丸のように才人に襲いかかる六体のゴーレム。内二体は飛び上がり、上空からの強襲。

この時点で、ギーシュはワルキューレの制御を放棄。

最後の仕上げの為に、全力で錬金を唱える。

才人は、ギーシュとの直線上にいるワルキューレ以外を無視。


「カァッ!!」


鋭く呼気を吐いて、凄まじい瞬発力で突進した。

猛烈な突きを繰り出し、目の前のワルキューレを吹き飛ばした才人の後ろで、五体のワルキューレが同士討ちの

ように激突している。ギーシュが制御を放棄したのだから当然だ。

それに構わず、才人は突きを繰り出したまま疾走。

ギーシュの錬金がしっかり間に合うように、加減しながら走る才人は今日のMVPだ。


「青銅よ!!」


脳が焼き切れそうな速度で呪文を唱えたギーシュは、眼前に体が隠れる程の巨大な壁を錬金した。

勿論余計な意匠を凝らす余裕はないので、何の変哲もない唯の青銅の塊である。しかも厚さなど1㎝にも満たず、

才人からすれば紙みたいな物だった。


「邪魔だ!!」


当然、才人の突きは、先のワルキューレと同じように吹き飛ばしてしまう。

しかし、剣の先にギーシュはいなかった。

壁により姿を隠したギーシュは、一歩横に移動して突きをやり過ごし、一瞬だけ才人の視界から外れたのだ。

ギーシュはもう限界だった。

度重なる魔法行使と高速詠唱より、精神力は底をつき、手を上げるのも億劫になっている。

だが、後は才人に向かって手を伸ばすだけである。

ギーシュは力を振り絞り、その力を一つに束ねて叫んだ。


「ブレイドオオオ!!」


ギーシュはフェンシングのように体を伸ばし、才人の心臓目掛けて杖を突き出した。


「ちぃぃっ!!」


才人は突きの体勢からそのまま横薙ぎに移行。

ギーシュの首を落とそうと、稲妻の如き剣が迅る。

そして……静まり返る空間。

音が消え去った舞台で二人。互いの攻撃は、相手に届く前に止まっていた。

才人の剣は、ギーシュの首に触れる寸前でピクリとも動かず、ギーシュのブレイドによる魔力の刃も、才人の心

臓に届く手前で寸止めされていた。

二人はその体勢のまま、たっぷり十数える。

似た体勢のまま、微動だにしない才人とギーシュ。

ここがキモだと、二人は呼吸を整えながらシナリオの完成を目指した。

漢達の目には、遂にここまで来たという満足感に満ち溢れ、観客達は当然二人に目を奪われまくっている。

ルイズとモンモランシーはいうに及ばず、お芝居だと知っているシエスタまで、祈るように手を組みながら固唾

を呑んでいた。

その姿は、まさに英雄譚の一コマ。

二人の騎士が互いの誇りを掛けて戦う様を、絵画から抜き出したかのように美しかった。

観客達が見守る中、偽物の騎士二人がゆっくりと構えを解いた。

そして、息を整えたギーシュが口を開く。

シナリオは最終段階なのだ。


「どうやら引き分けのようだね?」

「最後一瞬、おまえの方が速かったんじゃねーか?」


だからおまえの勝ちだろ? と、ギーシュを持ち上げる才人。


「これを僕の勝ちと言ってしまっては、我がグラモン家の名に傷がつくよ」


気障ったらしくいつもの仕草で、殊勝な態度を見せるギーシュ。

ここで勝ちを主張しては当然台無しだ。


「改めて、俺の事は才人でいいぜ。ギーシュ・ド・グラモン」


そう言って、笑顔で手を差し出す才人。


「もちろん、僕の事もギーシュでいいさ。サイト」


ギーシュも笑顔で握り返した。

決闘直後に芽生える友情などというベタな演出をかます二人。

勿論効果は絶大だった。特に女生徒達は、顔を赤くして見ている者も少なくない。中には才人×ギーシュな想像

をしている者もいる事だろう。

そして、ギーシュは杖を高々と掲げ、宣言した。


「皆、見た通りだ! この勝負は引き分け! 彼に勝つ事は出来なかったが、僕は胸を張って言おう! 

 勝者も敗者もいない決闘ではあったが、僕は十分に満足していると!」


ギーシュの大きな声が広場に響き渡る。

しかし、観客達は皆一様に黙りこくっていた。

ギーシュの声が空しく響き渡り、予想と違う反応に、才人とギーシュは顔を青くする。

やべっ外したか!? や、やっぱり引き分けには無理があったのか!? と、二人の顔色はみるみるうちに悪く

なっていった。

しかし、パチパチと手を叩く音が聞こえてきたかと思うと、それは瞬く間に広がり、巨大な歓声となって広場を

包み込んだ。

勿論、二人はフゥーと、大きく安堵の息を漏らしたのは言うまでもない。

割れんばかりの歓声の中、ソレに気付いた才人はギーシュに囁く。


「見ろ、ギーシュ。 あのモンモンの目。 おまえにメロメロだぞ、間違いねえ!」


ニシシと笑う才人の顔は、とても騎士には見えなかった。

ハッとしたギーシュは、急いでモンモランシーに顔を向ける。


「…ぉお、おおお! モンモランシー……!」


そこにいたのは、頬を染め、熱っぽい眼差しを向けてくる可憐な少女。

ギーシュは感極まった。

昨日ワインの壜で殴られる程嫌われたのに、今のあのモンモランシーの目はどうだ。

最早熟れごろの果実のようではないか。

食べるなら今しかないと、やはりギーシュの顔も騎士ではなかった。


「どうよ? 俺の作戦どうよ?」


自分でもバッチリな結果に、才人は天狗になっていた。


「天才だよ、サイト。 君は僕の心の友だ」


才人はウンウンと頷きながら、ギーシュを促す。


「さあ、勇者の凱旋だ。 帰ろう、俺達がいるべき場所へ」

「ああ、そうだ。そうだね、サイト」


自身でも信じられない程頑張ったギーシュは、才人の言葉に少し目頭を熱くさせる。

鳴りやまない歓声の中、才人はルイズの下へ、ギーシュはモンモランシーの下へと踏み出した。

二人はとても綺麗な笑みを浮かべながら進み、揃って潤んだ目をしている少女達まで残り5mを切った時、それは

起こった。

なんと幸運の女神は、さらに過剰な幸運を男達にもたらしてしまったのだ。


「サイトさーん!!」

「ギーシュさまー!!」


ルイズとモンモランシーの横を走り抜け、男二人の胸に飛び込んできた二人の少女。

もはや、名前を言わずともお解りだろう。

メイドと下級生の降臨である。


「シ、シエスタ!?」

「ケ、ケティ!?」


男二人は驚愕した。

凄まじく柔らかい物体に、全力でしがみ付かれているからではない。

普段であれば鼻の下を伸ばす所だが、目と鼻の先には、みるみる目が吊り上がっていく愛しい少女の姿がある。

二人は同時に思った。 馬鹿な! と。

しかし、メイドと下級生の攻撃は止まる事を知らない。


「凄かったです! わ、私感動しました! サイトさん勇者様みたいだから! ゆ、勇者様! 私の勇者様!」


きっちり錯乱しているシエスタ。

シエスタはとてもいい娘なのだが、実はちょっとだけ頭の中がスゴイのだ。


「あんなに私の事を想って下さるなんて…感激です! 私ギーシュさまに嫁ぎます! ケティはもうギーシュさ

 まから離れません!」


ケティにいたってはプロポーズであった。

幸運も過ぎれば毒となるとはよく言ったもんである。

ここから先は、皆さんの想像通りの展開である故、特に記述する事はない。

ただ、ルイズの唱えた呪文が虚無ではなく、失敗魔法であった所にルイズの愛が垣間見えたとだけ言っておく。

ルイズがあれほど恐れた、メイドの覚醒。

それは史実よりも早く、しかもモンモランシーへの刺客というオマケまで付けて起きてしまった。

これが誰にとって、どういった結果をもたらす事になるのかは誰にも分からない。

運命の歯車は、まだ回ったばかりなのだから。

兎にも角にも、才人とギーシュ。男二人の「デレモンモン作戦」は、こうして無事終了した。

成功か、失敗か、とても微妙な所ではあるが、二人の紳士に幸多からん事を。







 後書き

牙突を選択。アバン流刀殺法は近々出します。

ギーシュに、魔法の並列使用の才能を捏造します。
大魔王バーン風に言うと、「器用な事をする小僧」です。
ギーシュにはいつかメドロー…ゲフンゲフン。



[7531] 第十三話 成長
Name: yossii◆1d5cbef8 ID:6b1b3af4
Date: 2009/12/20 14:06
ただいま。
勉強してきました。
リハビリがてらエロってみます。








「ヒラガサイト。あんなものか……」


トリステイン魔法学院の自室で独り、フーケは悲嘆に暮れていた。

ティファニアの語った未来は、フーケにとって歓迎できる未来が含まれていた。

アルビオン王家の滅亡は、王家に全てを奪われたフーケにとっては溜飲が下がる思いだ。

しかし、それもティファニアさえ表に出なければの話である。

話が真実であるならば、ティファニアの未来は真っ暗だ。

滅亡したアルビオン王家の血筋、虚無の担い手、ハーフエルフ。そして、盗賊である自分の存在。

どれもこれも、表に出た瞬間ティファニアの命を奪うには十分過ぎた。

しかも、他の担い手達もまた時間を繰り返しているのなら、ティファニアが表に出ない事などありえない。必ず

引きずり出されてしまう。

聡明なフーケは、己が洞察してしまったティファニアの未来に戦慄するしかなかった。

だからこそ、才人が現れるまでは何もするなと言い含めた。

愛しい義妹には、強力な守護者が必要だ。それも、ガリア王やロマリア教皇からすら護れる程の守護者が。

フーケはそれをヒラガサイトに求めた。

ティファニアが勇者だといい、ガンダールヴという伝説の使い魔ならば、それも可能かもしれないと。

ティファニアを護ってくれるのならばどんな事でもしよう。

体も命も好きにしてくれて構わない。喜んで差し出そう。

だが、いかに才能が豊かであれ、唯のドットメイジの学生如きに引き分ける程度の力では話にならない。

たしかに凄かった。

たかが剣でゴーレムを切り裂き、その身体能力も半端ではなかった。

しかし、ティファニアから聞いていた話では、もっと化け物じみた力の持ち主ではなかったのか?

フーケの落胆は酷かった。

ティファニアの信頼ぶりからして、ヒラガサイトという人物は凄まじい力を持ったお人好しだろうと考えていた。

見ず知らずの土地に召喚され、他人の為に危険に飛び込み、如何なる困難をも打破し続けた人物。

そんな、伝説にも匹敵する勇者の筈が、ただ運がよかっただけの坊やだと結論づけてしまったフーケの心は重い。


「やっぱり、他人の情報を鵜呑みにして期待するもんじゃないね」


ティファニアを連れてゲルマニアにでも逃げるか、それとも思い切ってガイア王の飼い犬になるか、フーケの思

考は既に才人を見限っていた。

だが、そこでフーケは思い出す。


「……おかしいじゃないか。 あの程度の力で、どうやって七万の軍隊に立ち向かえたんだい?」


ポツリと疑問が口から出た。

ティファニアは、七万の敵に一人で突っ込んで死に掛けた才人を見つけたのが出会いだと言っていた。


「たった一人で七万の進軍を止め、そのおかげでトリステインが勝利した?」


おかしいじゃないか と、もう一度疑問を吐く。

自分は何かを見逃したのか? それとも、まだ何か特別な力を隠しているのか? と、藁にも縋る思いでフーケ

は必死に記憶を探る。

まさかあの決闘が、女の気を引く為の男達の狂言だなどと、フーケに分かる筈もない。

そんなくだらない理由で決闘する馬鹿がいる事自体、フーケの理解を大きく逸脱しているのだ。


「もう少しだけ、様子を見るか……」


溜息を吐きながらも、義妹の為に慎重に事を運ぼうとするフーケ。

これを滑稽と取るか、それとも理知的と取るかは、今後の才人達とのやり取り次第である。






 第十三話 「成長」




「触らないでよっ!」


ベッドの反対側で背を向けて横になっているルイズに、慎重にそろそろと手を伸ばした才人。

だが、返ってきたのは拒絶の言葉だった。

決闘の後、ギーシュ共々吹っ飛ばされた才人を待っていたのは勿論尋問。

気絶している間に部屋に運び込まれた才人が目を覚まし、見上げたその先には、懐かしい鞭を持って目を吊り上

げているご主人様がいた。

嫌な懐かしさだなあと思いつつ、自然と震えてくる体に突き動かされる様に才人は慈悲を乞うた。

勿論全て話した。

モンモランシーに嫌われたギーシュの為に、お芝居で決闘した事。

シエスタも協力してくれた事。

にも関わらず、なんでシエスタが抱きついてきたのか分からない事。

女を抱いた次の日に、別の女とイチャつくような男ではありませんと、才人は必死に口を動かした。

般若のようなご主人様を前にして、親友たるギーシュを売ったともいえる。

しかし、それも仕方なかった。

何故なら、全身から噴き出す魔力によりルイズの髪はたなびき、椅子やテーブルがガタガタと揺れているのだ。

才人は、己の生存本能に突き動かされるままに這いつくばったのだが、一向にルイズの怒りは収まらない。

何故!? と思いながら死を覚悟したのだが、意外にもルイズの、わかったわ という言葉により事なきを得た。

しかし、それからルイズはずっと才人を無視するように上の空だった。

才人は、まだ怒りが収まらないのだろうと考え、しばらく放っておくことにしたのだが、夕飯を食べ、風呂に入

った後も、ルイズの態度が変わる事はなかった。

昨晩あれほど愛し合ったというのに、もしや本気で嫌われたのかと不安になった才人は、背を向けて眠るルイズ

を恐る恐る抱きしめようとしたのである。


「え~と、ご主人様は、まだお怒りでしょうか?」


藪をつついて蛇を出す行為だと分かってはいたが、好きな女の子に嫌われるのはキツイ。

こんな情けないセリフでも、才人にとっては精一杯の勇気が籠っているのだ。


「別に」


しかし、背を向けたままのルイズの返事は素っ気なかった。

才人は尚も頑張る。


「この使い魔、ご主人様の機嫌を良くする為に抱きしめて差し上げたいのですが、如何でしょう?」

「いらないわ」


だが、童貞を卒業したばかりのボンクラの口説き文句では、ルイズの壁を突破する事は出来なかった。


「……いいかげん機嫌直せよ」


才人は段々腹が立ってきた。

自分はギーシュの為に苦労したのに、説明してもまだ浮気したと思っているルイズに、いい加減理不尽を感じて

しまう。


「…………」


しかしルイズは答えない。

ルイズは、シエスタが才人に抱きついた事を怒っているわけではなかったのだ。


「言っとくけどな、本当にシエスタとは何も…」

「そんな事じゃないわよ!」


間髪いれずに、ルイズは才人の言葉を遮った。


「じゃあ何で怒ってんだよ……」


才人は途方に暮れるしかなかった。


「……お芝居って事は、嘘って事でしょ」

「は?」


才人には、ルイズが何を言いたいのか分からなかった。


「私だけの剣って言ってくれてうれしかったのに……」


ルイズの声は涙声になっていた。

ぐずっぐずっと、鼻を啜る音が室内に響く。

実は、ルイズは罪悪感を持っていた。

過去に才人に好意を持っている人物は結構いた。

その中に、才人が憎からず思っていた女性が何人かいた事をルイズは知っている。

だが、自分はズルをした。

才人の一番になりたい為に、その人物達と出会う前に才人に抱かれた。

冷静に考えてみると、貴族の矜持からは程遠い方法で才人を手に入れたのだ。

今日のシエスタを見て分かった。

過去、才人に惹かれた女は、必ずまた才人に惹かれると。


「う、嘘じゃねえよ! お芝居だったけど、俺が言ったのは嘘じゃねえ!」


いきなり泣き出したルイズに、才人は慌てて言った。

そこか! その部分か! と、ようやく突破口が見えた紳士は必死で頑張った。

女心の解らない才人には、ルイズが抜け駆けした罪悪感に苛まれている事までは見抜く事が出来なかったが、そ

れでも続けた言葉には、ルイズを救う力があった。


「ずっと護るって言ったろ? 俺、一生おまえの傍にいるよ」


才人の口から出たそれは、ひどく甘い言葉だった。

するとどうだろう。ルイズの罪悪感はスコーンと無くなり、グズグズと鳴っていた鼻がピタリと止まった。

あの決闘での格好良い才人は幻だった。しかし、言葉は嘘ではなかったと知り、ルイズの心は瞬時に落ち着いて

いった。

愛情が足りないとすぐ枯れてしまうルイズは、定期的に愛を囁かねば、すぐ怒ったり泣いたりしてしまうとても

面倒臭い女なのだ。


 そうよね。サイトはとっくに私を選んでるんだから、どっちにしても遅いか早いかの違いよね

 でも、ここで簡単に許したらこいつ付け上がるわ


さらに、すぐ調子に乗る女でもあった。


「あんた、シエスタに抱きつかれてデレデレしてたわ」


牽制するルイズ。


「し、してないよ。使い魔は、デレデレしないヨ?」


実は、しっかりと一年振りのシエスタの胸の感触を堪能していた才人は、背中に嫌な汗を掻いてしまう。

ルイズはぐしぐしと目元を拭くと寝返りをうち、横で寝ている才人と向き合った。


「嘘ばっかり。大きな胸に腕挟まれてうれしかったんでしょ?」

「イ、イエ、決シテ、ソノ様ナ事ハ……」


おもわずカタコトになってしまった才人を見て、ルイズはぷいっとまた寝返りをうった。


「あんたおっきい胸好きだもんね。私の小さい胸は好きじゃないもんね」


拗ねるようなルイズの言葉に才人はピンときた。

これはルイズのサイン。”ベタに来て”だと。

童貞を卒業した紳士はちゃんと成長しているのだ。


 しょ、しょうがねえなあ。すぐ拗ねやがって。か、可愛いじゃねえかちくしょう


才人は後ろから優しくルイズを抱きしめた。

ルイズは今度は拒絶しなかった。


「おまえの胸、可愛くて好きだぞ……、ルイズの胸が、この世で一番好きだ」


本来なら胸を褒めるのではなく、ルイズ自身を愛していると言うのが正解なのだろうが、才人ならば上出来だ。

なぜなら、


「本当? ホントに私の胸が一番?」


アレなルイズには、甘く囁かれたのなら何でもいいのだから。

首をひねり潤んだ目を向けてきたルイズに、才人は微笑んだ。


「ああ」

「ほんとにホント?」

「レモンちゃんのオッパイが、一番だよ……」


おかしな口説き文句ではあったが、スイッチの入ったルイズの目は潤んでしまう。


「サイトォ……」


才人とルイズは、互いに引き付け合うように唇を合わせた。

舌を絡ませ、唾液を交換する事に必死な二人。

しばらくして、才人はルイズのお腹に回していた右手を、するりとルイズの下着の中に滑り込ます。

セックスを憶えた男は、基本皆サルなのでしょうがない。

ピクンとルイズの体が震えるが、それでも抵抗はしなかった。

既に濡れ始めていた秘所がクチュクチュと音を立てる中、ルイズは熱い吐息を吐き出した。


「あ…ん、胸も…触って…」


己の薄い胸を自ら差し出せるようになったルイズ。これを成長と言わずに何と言えばいいのか。

勿論、獣が解き放たれた事は言うまでもないだろう。

さらに当然の事ではあるが、本日の仲直りHは昨日よりも激しく燃えたといっておく。

具体的には計七回戦。






「それで? 話って何かしら?」


魔法学院女子寮の一室。

テーブルを挟んで二人の少女が相まみえていた。


「夜分にすみません、ミス・モンモランシ」


疑問を投げたのは部屋の主であるモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。


「挨拶はいらないわ、ミス・ロッタ」


対するはケティ・ド・ラ・ロッタ。

二人の間には、互いを牽制するような緊張感が張り巡らされていた。


「では率直にお聞き致します。ギーシュさまとはどんな関係なんですか?」


まずはケティの先制。

本来、上級生にこんな物言いが出来る程、ケティは逞しい精神をしていない。

だが、対象が自分の伴侶となる男の事ならば話は別だ。

ギーシュとモンモランシーが付き合っているという噂は事実だっただろうが、昨日破局したようにも見える。

が、いまいちよく分からない。ならば直接確かめるのが最善だ。

淑女として、愛する者の為に戦うのは至極当然だろう。

もう自分は少女ではない。殿方に心を奪われ、女である事を自覚したのだ。

そう自身に言い聞かせたケティの顔は、間違いなく一人の女の顔だった。


「あら、何を言うのかと思えば……、私とギーシュは恋人なんかじゃないわよ?」


モンモランシーはすました顔で言った。

ある程度予想できた言葉だけに、微塵も動揺を表に出す事はなかった。

下級生に無様を晒すなど、プライドの高いモンモランシーが許容する筈もない。

当然、ケティの顔には喜色が広がる。


「じゃあ……」

「ギーシュが一方的に熱を上げてるだけなの。この私に」


ズバッとカウンターを返すモンモランシー。

一度上げて叩き落とす。

成績優秀なモンモランシーは、どうやら女としても優秀のようである。

ケティはムッと頬を膨らませ、自身の恋敵を睨みつけた。

が、それに構わず、モンモランシーは攻撃の手を緩めない。


「貴女だって分かってるでしょ? 昼間のギーシュの言葉は私に宛てた言葉よ。貴女にじゃないわ」


ふふんと、モンモランシーの顔は余裕で一杯だった。

対称的に、ケティの顔は悲しみで曇る。

冷静になってみると、もしかしたら自身に向けた言葉ではないかもしれないと感じてはいた。

だが、既に恋に落ちてしまったのだ。ここで退くわけにはいかない。

ケティは精一杯強がった。


「いいえ。私にも受け取る資格があります」


自身はあの時誓ったのだ。ギーシュの傍から離れないと。

ギーシュの誓いに、こちらも誓いで返した己に退く道などない。


「必ずギーシュさまの心を、私で一杯にしてみせます」


それは不退転の目。

二人の間にはバチバチと火花が飛び散っていた。

今宵、乙女達の戦いは、天井知らずにその激しさを増していく事となる。






「ンッ…アッ…サイッ…ト…」

「きっ…つぅ…ルイズッ…締めすぎだっ…」

「ば…ばかぁ…締めて…ンッ…なんか…ァン…ない…もんっ…」

「なんっ…だよっ…勝手にっ…締まるっ…のかよっ…ルイズっ…やらしいっ…なっ…」

「やあぁん」



「諦めなさい、ギーシュは私しか見てないわ!」

「何言ってるんですか! 実際に私、声を掛けられてるじゃないですか!」

「ふんっ! あいつの病気みたいなものよ!」

「気の迷いだっていうんですか!?」

「わかってるじゃない!」



「ちょ、ちょっとサイト! 後ろからなんて……」

「いいだろ? 次はルイズを犬みたいに犯したい」

「ば、ばか! いいわけ…アンッ!…アッ…やっ…」

「もっとっ…聞かせてっ…くれよっ…ルイズのッ…鳴き声っ…」

「やあぁん」



「貴女には魅力が足りないんです!! だから女性にだらしなくなっちゃうんです!!」

「馬鹿いわないで!! ギーシュの女癖は最初からよ!!」

「私なら一杯に出来ます!! 私一人でお腹一杯にさせてみせます!!」

「どこからその自信がくるのよ!? 子供みたいな体のくせに!!」

「貴女だって変わらないじゃないですか!!」



「今度は私が動いてあげる……。サイトはじっとしてて……ンッ…はぁっ…」

「くっ…気持ち良すぎてっ…」

「アンッ…こ、こらっ…じっと…ンッ…してなさっ…アァッ…」

「無理っ…勝手にっ…動いちっ…まうっ…」

「やあぁん」



「殺す!! ギーシュのやつ殺してやるわ!!」

「私の夫には指一本触れさせません!!」

「いつ貴女の夫になったのよ!! あの馬鹿は一度死んだ方がいいのよ!!」

「させません!! 未来の子供達の為にも!!」

「きええええぇぇぇぇえぇえぇぇぇぇ!! 殺すううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」



「寒ぅっ!! ……おかしいな、春だというのに今夜は随分肌寒い。………………………………もう寝よう」






部屋の中では、二人の少女の荒い息が木霊していた。

部屋はしっちゃかめっちゃかになっている。

騒ぎ疲れたモンモランシーは、下級生相手に無様を晒している己自身に気付き、なんかもうどうでもよくなって

きていた。


「……もう好きにしていいわ。だから帰りなさい」


溜息を吐くようなモンモランシーの言葉に、ケティは眉を顰める。


「どういう意味ですか?」

「そのままの意味よ」

「本気ですか?」

「ええ。別に、お付き合いなんて唯の暇つぶしだもの……」


気だるそうに言うモンモランシーに、ケティは胸がモヤモヤしてしまう。


「いいんですか? 私絶対返しませんよ?」

「いいわよ……。別にギーシュだし」


あの程度の男呼ばわりされ、ケティはムッとなる。

好きな人を侮辱されればイラつきもするだろう。


「大体、あいつは女性にだらしが無さ過ぎなのよ。頭も悪いし、お調子者だし、情けないし……」

「でも優しい人です」


ブチブチと愚痴を垂れだしたモンモランシーの言葉を、ケティは遮った。


「それは認めるわ。でも、マイナス面が大き過ぎよ」

「そこは私も思いますけど……」


でも と、ケティは頬を染めて言った。


「今日のギーシュさま、すごくカッコ良くありませんでした?」

「…………」


昼の決闘でのギーシュを思い出し、モンモランシーも顔を赤らめた。

たしかにね と、つい本音を呟いてしまう。


「あんなギーシュ、初めて見たわ」

「私もです。本当にカッコ良かったです」


ケティも(偽)スーパーギーシュの姿を思い出し、両手で顔を挟みクネクネと悶えた。

どうやら幸運の女神の加護は、いまだギーシュを護っているようである。


「せめて浮気症さえなければ……」


そうポツリと呟いたモンモランシーの言葉に、ケティはハッとある事に気が付いた。


「……私達だけなんでしょうか?」

「私達? なにが?」

「えっと、その、ギーシュさまが手を出されている女性は……」

「!!」


ケティ自身口にしたくないのだろう。その口調はとても嫌々である。

モンモランシーは、雷に打たれた様に固まってしまった。

そして、さらに気付いてしまった事をケティは続ける。


「もし居なかったとしても、明日からは女性の方から近づいてくるんじゃ……」

「!!!」


己の気付いてしまった可能性に戦慄するケティ。

そして、誘惑されホイホイ付いていくギーシュの姿を、容易に想像出来てしまうモンモランシー。

醜い女の争いを経て、敵は目の前の女だけではない事に気付いた二人。

物事を広い視野で捉える事が出来たのだが、これを成長と言っていいのかは……やや疑問が残る所である。



モンモランシー VS ケティ  とりあえずドロー 








 おまけ


枕を抱え込むように突っ伏し、足を開いた状態でぐったりしている桃髪の少女。

ルイズはハアハアと呼吸を整えながら、赤くなった割れ目からクプクプと白濁を垂れ流していた。


「…………」


そんなルイズの痴態を、才人もまた荒い呼吸で見詰めていた。


 なんていやらしい女なんだよ


何もかも小さなサイズなのに、どこもかしこも柔らかい。

才人は頭がおかしくなっていくのを自覚していた。


 全然ヤリ足りねぇ


才人は呼吸を整える。自然と才人自身が隆起してくる。

才人は、未だ呼吸の整わないルイズに覆い被さった。

そして、そのまま強引に唇を奪う。


「んんっ…ハッ…ちゅる…ハァッ…ジュ…ハァハァ…」


息苦しさに喘ぎながらも、ルイズは才人に応えようと必死だ。


「…まだっ…ハァ…する…ハァ…の?…」

「ルイズが欲しくて我慢出来ねえ、嫌か?」


目の前にある才人の瞳の中に欲望の火を見たルイズは、全身が燃えるような歓喜に包まれた。

ルイズは呼吸を整え、しっかりと才人を魅了できるような笑みを浮かべる。


「嫌なわけないじゃない……。いくらでも…サイトの好きにして…」


二人にとって、夜はこれからだった。






 後書き

「あんたこれ、全然変わってないじゃない。というかひどくなってない?」
「ん? ……ああ、文章か?」
「勉強したんじゃなかったの? 全然成長してないみたいだけど」
「アホか。高々一カ月勉強しただけで上手くなるなら、み~んなプロになれるっつーの」
「……ぶっちゃけたわね。知らないわよ? 間違いなくあんたボコボコに叩かれるわ」
「何でだよ! 俺超頑張りました! 超勉強しました!」
「あんたの努力なんてどうでもいいの。世の中は結果が全てなんだから」
「だからこれが結果だっつーの!」
「逆ギレ? ショボイ男ね」
「違うわボケッ! これが俺の結論って事だ!」
「はぁ?」
「いいか? 小説とSSは別物ってのが俺の出した結論だ」
「……うわあぁ、凄い言い訳が飛び出たわ」
「言い訳違います。ボクハ、言い訳、キライデス」
「何でカタコトなのよ。……で、根拠は?」
「試しに第一話を書き直してみたら、なんと50KBを超えた。元は15KBだぜ?」
「それはまた……、ご苦労様としか言えないわ」
「そういう事じゃねえ。問題は、地の文の密度があり過ぎるって事だ」
「? 小説の正しい形じゃないの?」
「ああ。紙媒体で縦書きのオリジナル小説ならな。だけど、二次創作SSとなると話は別だ。既にある程度の
 映像は読者達の頭の中にあるんだぜ? 小説の形式をとると、話がクドくてダレてくるんだよ」
「ん~?」
「SSは、小説よりも漫画寄りにしたほうがいい」
「は? 意味がわからないわ」
「元々ある絵を背景にして、キャラの台詞だけを変えるイメージだな」
「はあ? 余計わからないわよ。 キャラの行動が固定してるのに、台詞だけ変えたら物語の整合性が崩れる
 じゃない。 第一、オリキャラはどうすんのよ」
「まさにそこだ。整合性が無くなるから、読者は自分の頭の中の絵を、勝手に作者の意図に合わせてくれる」
「???」
「作者が物語をズラし、読者が絵を描き変える。これが、二次創作っていうジャンルへの俺の解答だな」
「……つまり、作者と読者の息が合わないと、物語が成り立たないって事?」
「そう。さらに言うなら、俺達は物語を作っていない。物語を作ったのは原作者であり、舞台は既にある。俺達
 は物語を動かす唯の演出家だ。だからこそ、土台を壊さない為にも地の文は最低限の方がいい。その方が読者
 達も想像しやすいし、イメージも壊さない筈だ」
「ふ~ん。あんたの中では、小説とSSは似て非なる物ってわけね」
「ああ。二次創作作家は、自分のイメージを的確に描写するよりも、読者の妄想を誘導するべきだ(キリッ)」
「……なによ、そのゴリラ顔は」
「誰がゴリラだ! 男前の顔だっただろ!」
「……プッ。三点リーダーとかは?」
「既存の小説の手法は勿論有効……って、おまえ今鼻で笑わなかったか?」
「そんなわけないゴリラ。早く続きを言うゴリラ」
「語尾がゴリラになってんぞゴラァ!! ……ったく。記号なんかの使い方は作者の自由にしていいと思う。
 文学小説なんかでも、丸々1ページ三点リーダーで埋め尽くした作品もあるらしいぜ? ポンコツPC」
「誰がポンコツよ!!」
「文章力も構成力も、実際に書きまくらなきゃ上がらねえ。商業作品みたいに基本に則るよりも、俺達みたいな
 SS書きは、面白いと思えるなら逆に何でも試すべきだ。わかったか? ポンコツパソコン、略してポンコン」
「ポンコン!? あ、あんた今、ポンコンって言った……? 私の名前はエリーゼよ!!」
「ハッ! 何がエリーゼだ! おまえは今日からポンコンに決定だ!」
「ももも、もう一度言ってみなさい! あんたの大事なデータ、根こそぎ吹っ飛ばしてやるわ!!」
「ちょ、おま、ふざけんな!! 洒落になってねーぞ!!」
「私は本気よ!!」

相棒の名前はポン……エリーゼです。



[7531] 第十四話 恋模様
Name: yossii◆1d5cbef8 ID:6b1b3af4
Date: 2010/01/10 10:27
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
今回は幕間的話です。あまり面白くないかも。







「ミス・モンモランシ。これ以上恋敵はいらないと思いませんか?」


後輩の魔女は努めて理性的に提案した。


「……私は別に好きじゃないけど、鬱陶しいのはたしかね」


僅かな間を置き、先輩の魔女も同意する。


「私達、しばらくは手を組めると思うんです」

「そうかしら?」

「続きは、ギーシュさまの浮気癖を直してからの方が効率的ではありませんか?」

「なるほどね。一理あるわ」


如何に警戒しようとも、護る対象の頭が悪いのでは相当苦労するにちがいない。


「敵はお姉さま一人で十分です」

「お姉さま?」


怪訝な顔の先輩魔女。


「ええ。これからはミス・モンモランシの力をお借りする事も多くなりますもの。どうぞ、私の事もケティと」


とてもイイ笑顔で右手を差し出す後輩魔女。


「……そうね。一年生は貴女が見張りなさい、ケティ」


一瞬躊躇うものの、先輩魔女もまた右手を差し出した。


「勿論です。お姉さまに負担がいってしまいますが、二年生と三年生の方達はお任せします」

「かまわないわ。私の方がギーシュと一緒にいる時間は長いのだし」

「今だけですよ? お姉さま」

「「うふふふふ」」


可憐というには少しばかり黒い笑みを浮かべる少女達。

部屋の隅で震えていたモンモランシーの使い魔、カエルのロビンは後にこう語る。

ギーシュ・ド・グラモンの運命は、この瞬間に決定したのだと。


強敵(とも)完成。






 第十四話 「恋模様」



「キ、キス~!?」


夜も遅いというのに、それに憚る事無く琴乃は素っ頓狂な声を上げてしまった。

ティファニアは、才人に関わる情報を思いつく限り全て話した。

才人は隣の国、トリステインの魔法学院に居る事。

ここアルビオンは浮遊大陸であり、トリステインに行くには船に乗らなければならない事。

しかし現在、アルビオンは内乱状態にあり、他国との行き来は難しく、女の一人歩きは大変危険。

義姉が先に才人とコンタクトを取る事になっており、早ければ一月以内に会える事。

必死な琴乃を落ち着かせる為に、ティファニアは頑張って説明した。

フーケが死に物狂いで育てたティファニアは、その外見通り、とても優しい少女なのだ。

ここで待っていれば才人に逢える事が分かり、琴乃は大きく安堵した。

ならば、次は自分が約束を守る番だと、コントラクト・サーヴァントの説明を受けたのだが、契約の仕方を聞いて

琴乃は悲鳴を上げたのである。


「キ、キスって、あのキス!? ……ど、どこにするの?」


遊びで男と付き合う気など更々無い、今時珍しい優等生である琴乃にとって、それは甚だ問題だった。

当然、キスとは好きな人同士がするものなのだという固定観念を持っている。

出会って間もない人、ましてや女同士でするものなどでは決してない。

手なら許す。ほっぺにならギリギリ我慢しよう。だが、口は駄目だ。絶対駄目。


「えっと、その、やっぱり口じゃないと……」


ティファニアとてした事がない。

子供達にお休みのキスをした事もされた事もあるが、さすがにマウストゥマウスはない。

だが、それをしなければ契約出来ないのだから仕方がない。

ティファニアは顔を真っ赤にしながら、モジモジと琴乃を窺う。

チラチラとこちらを見てくる少女に、琴乃の精神はタジタジだ。


 か、かわいい。なんてかわいい娘なの……。で、でも、そんなのダメだよ~


異常に可愛いらしい生き物に萌えてしまう琴乃だったが、それとこれとは話が別。

ファーストキスが女など冗談ではない。


「ソ、ソレをしないと、使い魔にはなれないの?」


とりあえず足掻く琴乃。


「ご、ごめんなさい。でも義姉さんが言ってたから……」


ティファニアだって恥ずかしいのだ。顔を伏せながら言い淀んでしまう。

そんな、とても言い難そうなティファニアの態度に、退路は無いと琴乃は感じ取った。

約束は守らなければならない。しかし条件がキツ過ぎる。

琴乃の頭脳はフル回転しながら妥協点を探った。


「う~~、じゃあ、平賀君が来るまで待ってもらえないかな?」

「え? サイトが来るまで?」

「うん。平賀君に会えたらするから」


琴乃の言葉に、勿論ティファニアは困惑顔である。

早いとこ使い魔の契約を済ませ、いつでも才人の力になれるようにしときたいのだから当然だろう。


「どうして?」


使い魔の契約と才人の関係性が分からないティファニアは、素直に疑問を投げかけた。


「ファーストキスは、やっぱり好きな人としたいじゃん」


平賀君とした後ならいいよ、と琴乃は続けた。

照れながらも、ニヘヘ と顔を崩す琴乃はとても魅力的だった。が、ティファニアは驚愕してしまう。


「ええ!? サ、サイトとキス…じゃなくって、コトノはサイトが好きなの!?」

「は? あ、あたりまえでしょ。好きな人じゃなかったらここまで追いかけないよ」


今さら何を言っているんだ、という目を琴乃は向けた。


「そ、そうなんだ。コトノもサイトが好きなんだ……」


才人と琴乃の関係がいまいち分からなかったティファニアは、ようやく琴乃の立場が見えてきて呆然となってし

まった。

ここから話は核心に突入していく。


「んん? ”も”ってどういう事?」

「私、サイトのお妾さんになりたいんだけど……」


基本世間知らずのティファニアは、己の野望を素直に口にしてしまう。


「お妾さん? お妾さんって何?」


高校二年生になったばかりの琴乃には、使う事のない言葉だった。


「えと、あ、愛人……かなぁ」

「ッ!? あ、愛人!?」


ティファニアはストレートだった。

大きな胸が変形するほどモジモジするティファニア。

琴乃が仰天したのは言うまでもないだろう。


「サイトは私の大事なお友達なの。だから……」


お妾さんになりたいというティファニアに、混乱しまくりの琴乃は辛うじてツッコむ事が出来た。


「友達は愛人になっちゃダメでしょうが!!」


正論である。


「ええっ! そ、そうなの!?」


ビックリするティファニア。

彼女の母は愛人だった。義姉には奪えと言われた。

ティファニアの常識は、日本の教育とは若干ズレていた。


「何で驚くの! 友達は愛人になれません! っていうか、愛人自体駄目に決まってるでしょ!」

「ど、どうしよう……。サイトとお友達じゃなくなるなんて嫌……」


ティファニアの顔が悲しみで曇る。


「いやいやいや、友達じゃなくなれば愛人になってもいいなんて誰も言ってないよ!」


琴乃は必死で再度ツッコんだ。


「え? でも、じゃあどうすればサイトのお妾さんになれるの?」


キョトンとするティファニアに、琴乃は自分の常識の方がおかしいのかと不安になってくる。

愛人になる方法がわからず本気で困っている姿は、どこからどう見ても足りない子だった。


 こ、この娘、大丈夫なの? っていうかこの娘、平賀君の何?

 ……ま、まさか! 敵は「るいず」だけじゃなかったの!?


才人に多大な好意を見せる目の前の美少女に、琴乃の焦りは加速していく。


「待って待って待って! ま、まず最初に貴女、平賀君と、どどどういう関係なの?」


当然、琴乃は聞いた。

人間離れした美貌の持ち主が、自身の想い人に懸想しているのだ。

恐ろしいまでの戦闘力(胸的な意味で)を持つ相手がライバルになるなど、悪夢以外の何物でもない。

戦力差を覆すには情報を集めなければ。

才人の身辺を洗った時と同じく、琴乃は優秀なスパイにジョブチェンジした。

駆け引きなど知らぬティファニアは、慌てながらも琴乃の疑問に簡単に答えてしまう。


「えっと、サイトと出会ったのはこの森で、しかもサイト血だらけだったわ」


話し始めたティファニアに、じっと耳を傾ける琴乃。

琴乃は必死に感情を押さえ、情報を整理する。

敵の七万の軍隊に一人で突っ込み、死体同然の才人。

母親の形見の指輪と引き換えに、かろうじて救ったティファニア。

傷が癒えるまでのしばらくの同居。

初めての同年代の友人との暮らしはとても新鮮であり、大切な思い出。

強い人の筈が、弱音を吐いて泣く姿に、自然と抱きしめてしまった。

それからしばしの別れ。

次に出会った時は、ティファニアだけじゃなく、子供達の居場所も準備して迎えに来てくれた。

外の世界は目新しい物ばかりだったが、学院では命の危機にあってしまう。

才人の後押しで自分の生まれを告白する事が出来たが、そのせいで宗教裁判にかけられそうになった。

ティファニアの身を護る為に土下座する才人。


「そしたら、サイトのいる騎士団の皆が助けてくれたの」


あの時は怖かった と、ほんのり赤く染まった顔で微笑んだ。

ティファニアの顔は、全然怖そうじゃなかった。


「な、なんか、王子様みたいだね。平賀君」


ニコニコと笑顔で返す琴乃であったが、頬もコメカミも引き攣っていた。

事実の三割増しで語られたティファニアの話は、まごう事無く唯のノロケなのでしょうがない。


「ええ。でも、どっちかといえば勇者様かなぁ」


自分で言って恥ずかしくなったのだろう。ティファニアは顔を伏せてモジモジし始めた。

その愛らしい姿を見た琴乃は、怒りのメーターがぐいーんと上がるのを自覚してしまう。

だが、今は情報を整理するのが先だ。

感情を処理できない者はゴミだと、偉い人も言っている。


 落ち着いて、琴乃。敵は強大よ。まずは落ち着きなさい。

 テファにとって、平賀君は王子様。 

 う、うん、そうね。命を助けあったし、お互いの弱い所を支えあったんだから、と、当然だよ。うん

 漫画だったら、テファが、ヒ、ヒ、ヒロインの立場でも、ままま全く違和感がないよ、うんうん

 お、落ち着いて。まだ、まだ、まだまだまだ勝負がついたわけじゃない。うんうんうん

 で、でも、ちょっとズルイかな? あの顔に、あ、あ、あの胸は反則だよね。うんうんうんうん


高速で震えてくる右腕を、琴乃は左手で抑え込んだ。

凄まじい自制心を発揮する琴乃に気付かず、ティファニアは尚もノロケた。ノロケてしまった。


「そのあと、サイトに胸を触ってって頼んじゃった。内緒だけど、チョット気持ちよかったの」


ブチィッ!

それは一体何が切れた音なのか。

恥ずかしそうにモジるティファニアの胸に、琴乃は躍りかかった。


「この胸がっ! この胸がっ! 卑怯者ーーーー!!!!」


ビシッ、ビシッ、とティファニアの大きな胸を引っ叩く琴乃。

ティファニアに出来たのは、悲鳴を上げる事だけだった。







「あ゛~~~、いい湯だな、こりゃ」


タオルを頭に乗せ、少し熱めのお湯に浸かる才人は、おじいちゃんみたいな声を絞り出した。


「でかい月を見ながら入る風呂は気持ちいいなぁ」


風呂じゃなくて鍋だけどな と自分につっこみ、才人はぐで~っと体を伸ばした。

鍋というか巨大な釜なのだが、才人にとってはどちらでも大差はないだろう。


「……何か忘れてる気がする」


ぬくぬくと温まる体と徐々に茹ってくる頭は、思考回路を鈍くしていく。

はっきりいって、忘れているどころではない。

現在の幸せいっぱいの才人は、フーケやワルド、あげくにデルフリンガーの事さえ頭から抜けていた。


「まあいいか」


お気楽な才人は、たった一言で不安を一蹴。

十分に温まった体を外気に晒し、頭と体を洗うべく巨大釜から脱出した。

さて、才人が風呂を堪能している場の傍の木陰で、ゴクリと息を呑んでいる者がいる。

メイド服に身を包んだ黒髪の少女。

手にはお盆。ティーポットとカップが乗せられていた。


「ダ、ダメよ、シエスタ。これじゃあ覗きじゃない……」


シエスタである。

シエスタは、なんとか才人と二人きりになる事を画策していた。

才人が公爵家の三女の使い魔である事は承知していたが、唯の平民である事も事実である。

身分差がなければ、この気持ちを言葉にしてもいい筈だ。

実は、才人が料理長マルトーから貰った大釜を風呂にしているのは有名だった。

平民のくせに、毎日風呂に入る綺麗好きの使い魔としても噂になっている。

多湿の日本では当たり前の習慣ではあるのだが、ヨーロッパに酷似したハルケギニアでは珍しい文化だった。

そんなこんなでシエスタは、才人が風呂に入っているのを見計らって、お茶を用意したのである。


「ひゃわっ! あ、あれが男の人の……」


弟達のを見た事があるシエスタではあったが、同年代の男のブツを見たのは初めてだった。

地球から持ってきた石鹸でタオルを泡立て、ワシャワシャと体を洗う才人。

全裸で湯に浸かる想い人に気後れし、中々一歩を踏み出せなかったシエスタは、アワアワ言いながら才人の体を

隅々までガン見してしまった。


「す、すごい……」


シエスタは、真っ赤な顔でゴクリと息を呑む。

覗きは悪い事だと分かってはいたが、月明かりで照らされる想い人の裸身は、得も言われぬ色気に満ちていた。

勿論、シエスタの目には、恋する乙女のフィルターが掛かっているのはいうまでもない。

だが、才人の体はたしかに魅力的であっただろう。

持久力を得る為に、一年間毎朝10キロ走ったのは伊達ではない。

才人の体は陸上選手のように絞り込まれている。

才人は過去に戻り、体力作りの一環としてジョギングを開始したが、その他にも様々な事を行っていた。

単純な才人は、真っ先に剣道部に入部した。

しかし、何日か練習したのだが、どうもしっくりこない。

あたりまえだ。剣道の動きは、対魔法戦など想定していない。

ガンダールヴ時に培った経験が、これは違うと言っていた。

ならばと、素手でも戦えるように柔道部に入ってみた。

そちらも同じだった。

素手での一対一の戦闘法が、七万の軍隊相手に一体何の役に立つのか。

剣を振りまわしている時に、相手を投げている暇などあるわけがない。

思考錯誤の結果、才人は体操部に入る事に決めた。

才人が選んだのは、その名の通り、体の操り方を学ぶ事だった。

ガンダールヴの力を効率的に運用するには、やはり自分の体を自在に操れた方がいいだろう。

才人は自分の体がイメージ通りに動く様に、一生懸命体操に取り組んだ。

もっとも、それが現在の戦闘力にどれだけのプラスになっているのかは疑問だったが、それでも才人の肉体には

それなりの成果が現れている。

才人の体は、ちゃんと一般高校生以上に引き締まっていた。


「お腹割れてる……」


うっすらと割れた才人の腹筋を見たシエスタは、のほほんと鼻歌を歌う姿にも性的な興奮を感じてしまった。

バクバクと高鳴る心臓を押さえ、必死に心を落ち着かせようとするのだが、結局シエスタは、才人が体を洗い終え

再び湯船に浸かるまでその目を離す事は出来なかった。


 こ、これじゃただの覗きだわ……

 行くのよ、シエスタ! さり気無く、メイドらしく、自然にサイトさんにお茶を持っていくの!


罪悪感を振り払い、シエスタは、えいっ!と小さく気合を入れて一歩踏み出した。

ちょっとスゴイシエスタ。

ここから彼女は本領を発揮する。
 


「サ、サイトさん!」

「うわっ! ……ビ、ビックリした。なんだシエスタか。脅かすなよ」

「ごご、ごめんなさい! お、お茶、お茶を持ってきたんですぅっ!」

「シ、シエスタ? ちょっと声が大きい……」

「はい! お茶です!」

「え? あ、ああ。ありがとう、シエ……」

「あっ! でもサイトさんが裸なのに、私が服着てるのはおかしいですねっ!」

「は、はい?」

「ぬ、脱がなくっちゃ! わた、わた、私も脱がなくっちゃ!」

「ちょ!?」

「メイドですから! 私メイドですから! きちんとお酌します!」

「な、なにを言って……!? ぶはあ!! ぬ、脱いじゃ駄目でしょ!!」

「な、なに言ってるんですかぁ! 服着たままじゃお風呂に入れませんよ!」

「いやいやいや! 入らなくていいから!」

「自然ですから! これが自然ですから!」


とまあこんなやり取りをし、現在、才人とシエスタは一緒に湯船に浸かっていた。

どこがさり気無く自然だったのかは分からないが、なんにせよ、シエスタは才人と二人きりになる事に成功した。

メイドのシエスタ。

凄まじいポテンシャルをもつ少女である。


「あ、あのう……。シエスタ?」

「は、はい! なんですか、サイトさん!」

「なんで一緒にお風呂に入るの?」


才人は困惑していた。当然だが。


「……え、え~と、えっとですね。い、一緒にお話したかったんです」


シエスタもまたテンパッていた。

自分でも何で一緒に風呂に入っているのか分からない。

勝手に口と体が動き、気が付いたら混浴していたのだ。

まあ、自身を御す事が出来ないのも、大切なアレの資質という事だろう。


「話? こ、ここじゃないと駄目なの?」

「あ、あのですね。ふ、二人きりになりたかったんです……」


体中真っ赤になりながら囁く声音に、才人の顔にも血が集まってきてしまった。


 こ、これはやっぱりアレだろうか? す、好きとか言われちゃうのか?


いくら鈍い紳士といえども、ここまでお膳立てされれば気が付くというもの。

しかも、過去にシエスタ自身からトンデモナイアプローチを受けてきたのだ。

いかにボンクラとはいえ、これからの展開を予想するのは容易かった。


「そ、そっか……」


これだけ言うのが精いっぱい。才人はヘタレなのだ。


「私、サイトさんの事知りたいです。生まれ故郷とか、色々聞かせて下さい」


好意をまったく隠さない、熱っぽい視線を才人は向けられた。


 シ、シエスタ。やっぱかわいいな


才人の頭は沸いていた。

軽くのぼせつつあるのに、目の前には脱いだら凄い少女がまさに脱いでいるのだ。

そりゃ頭も沸くというもの。

しかし、自分にはルイズがいる。

それだけを考え、才人は必死に自制心を働かせていた。

あまりシエスタの体を見ないように、焦りながらも才人は故郷の話をし始めた。

シエスタはウットリと才人の話に耳を傾ける。

シエスタにはよくわからない物がいくつも出てきたが、しっかりと相槌を打つ少女はたしかに可愛いかった。

もっとも、相槌を打つ際、ジリジリと間合いを詰めている事を抜きにすればだが。


「てりやきばーがーかぁ……。私も食べてみたいなあ」


そう言いながら、シエスタはするりと一気に間合いを詰めた。

才人の真横。肩が触れ合う位置まで接近する事に成功する。

恋は乙女を狩人に変えるのだ。


「シ、シ、シエスタさん? 少し近くないデスカ?」

「か、勘違いしないで下さいね」


至近距離で見たシエスタの瞳は潤みっぱなしである。


「ナ、ナニガ? って、そ、それはボクの足ですヨ?」


シエスタは、湯船の中で才人の腿を撫でた。


「わ、私、誰にでもこういう事するわけじゃないんです」

「ウ、ウン。ソウダネ。キットソウダネ」


才人の理性も限界が近い。

既に股間はビンビンになっている。


「サ、サイトさんだから……」


才人の腿を撫でていた手で、おずおずと男のイチモツを撫で上げるシエスタ。


「ひうっ。ダ、ダメ。ダメだってシエスタ」


拒否の声を上げる才人。

だが、そんな才人の言葉を無視して、シエスタは本格的に扱きだした。

シエスタの肩を押し止める才人だったが、たどたどしい愛撫の快感に力が入らない。


「サイトさんはミス・ヴァリエールがお好きなんですよね?」


己の手によって才人が喘ぐ様を見て、シエスタは自身が濡れてくるのを自覚する。

あれほど強い剣士が、子供のように可愛らしい。


「そ、そう。だから、シ、シエ…スタの、気持ちはっ…受けっ取れない」


快感で息も絶え絶えの才人が、シエスタの理性を狂わせていった。


「イヤです。私、二番目でもいいんです。だから……」


諦めてあげません という言葉と共に、シエスタは才人の唇を奪う。

しかしその前に、


「そこまでよ!」


才人とシエスタ、キス寸前の二人は顔面を掴まれ、強引に引き離された。


「うわっ!?」

「きゃあ!」


縁に背中を預けていた才人と違い、シエスタは水の中で足を滑らせ、そのままザブンと湯の中に沈んだ。


「ル、ルイんむぅっ!?」


そこに現れたのは才人の御主人様だった。

ルイズは、驚きと恐怖で固まる才人の唇を無理やり奪う。

それはもう、盗られてたまるかという気迫に満ちた荒々しさだった。

だが、それも仕方がなかった。

ルイズは今、灼熱の怒りに支配されているのだから。

ルイズは悪い予感がしていた。風呂に行ったまま中々帰ってこない才人に。

対メイドセンサーがび~び~警鐘を鳴らしている。

勿論、十割ルイズの妄想で出来たセンサーである。

まさかメイドに捕まったのかと思った瞬間に、才人が家出した時同様、ルイズの体は弾丸のように飛び出した。

恐るべき第六感だった。

凄まじい速度で才人の風呂場に到着したルイズが見たモノ。

それは、今まさにメイドに襲われんとしている愛しい使い魔の姿だった。

ルイズは目の前が真っ赤になるほどの怒りを纏い、風のように阻止したのである。


「ゲホゲホ。な、なん……!?」


全力で水面から飛び出したシエスタは息を呑んだ。

危うく溺れかけたシエスタが見たものは、勿論才人とルイズのラブシーンである。それも強烈な。


「ンッ…チュッ…ハァッ…ジュル…ンッ…」


貪るようなルイズのくちづけに、シエスタの体はビクリと固まった。

何故なら、キスの最中に、ルイズはチラリとシエスタを見たからである。

一瞬視線が絡んだ直後、ルイズは湯の中に手を突っ込んだ。

そして、そのまま才人の股間に手を伸ばす。

ルイズは、才人の玉から竿から、ニュグニュグと一心不乱に攻め立てた。


「ん~~~~~!!」


口を犯されながらのとんでもない刺激に、才人は悲鳴を上げた。


「「ぷはあ」」


息苦しくなって離れたのだが、ルイズは即座に才人の首筋に吸いつく。

ちゅうちゅうと首を吸われた才人は、腰から背中にビリビリと快感が迸った。


「くあっ! バ、バカ! ルイズ、こんな所で…ァグッ…ァッ」


ピチャピチャと自らの唾液を啜りながら舐め上げるルイズの姿。

女に弄ばれながらヨガリ狂う才人。

いきなり展開された目の前の淫靡な光景に、シエスタは石像のように固まる事しか出来なかった。


「くあっ! ル、ルイズっ! これ以上は……」


込み上げる射精感に、才人はたまらず悲鳴を上げた。

ルイズは才人の首筋から唇を離し、シエスタに顔を向けて微笑んだ。


「イキそうなの? いいわ、サイト。私でイッて」

「くぅっ! ルイズっ!」


直後、才人の体がビクビクと震えた。

才人の全身がガクリと弛緩する。

ルイズは湯から腕を引き抜き、才人を嬲っていた手をペロペロと舌で拭っている。

その様を見たシエスタの胸中に、生まれて初めて対抗心というものが芽生えた。

才人をイカせる瞬間に見せたルイズの笑み。

あれは優越感であり、威嚇だ。

シエスタは、それを女の直感で正確に読み取った。


「ず、ずるいです。ミス・ヴァリエール……」


貴族に意見するなど許される事ではない。

だが引けない。女として、ここで引くわけにはいかない。

シエスタが、アレとして一つ殻を破った瞬間である。


「なんの事?」


ふふんとすまし顔のルイズ。

怒り心頭のルイズだったが、大分溜飲は下げられた。

故に、弱みを見せる事などしない。


「わ、私諦めませんから!」


精一杯強がるシエスタ。

再度怒りが込み上げてくるルイズだったが、その姿にかつてのシエスタを見てしまう。


「サイトは私のものよ。でもいいわ。盗れるものなら盗ってみなさい」


不安はある。だが、ここで矜持を示せないようではヴァリエールの名が廃る。

ルイズもまた、精一杯強がった。


「私、負けませんから!」


シエスタの宣戦布告を受けたルイズは、ふんっと勝気な笑みを浮かべ、傍で震えている才人の頭を叩いた。


「ほら、いくわよ。さっさと上がりなさい、ばか犬」


そう、才人は水になってしまった様に感じる湯の中にギリギリまで浸かり、風呂の壁に張り付くように背を向け

震えていたのである。

突如発生した修羅場に、ヘタレの紳士は一言も言葉を発する事が出来なかったのだ。


「わん」


才人は、御主人様の命令を忠実に聞いた。

電光石火で体を拭き、瞬く間に服を着る。

ガンダールヴに恥じぬ速さだった。

そしてルイズと共に寮に向かう時、才人は一度シエスタに振り返り、「わんわん」と二回だけ吠えた。

きっと、お茶御馳走様と言ったのだろう。

シエスタは条件反射で手を振った。

その後で、精も根も尽き果てたように、ブクブクと湯に身を沈めたのだった。


ルイズ VS シエスタ  善戦むなしく、シエスタの敗北







 おまけ



「こ、こ、この犬ーーーー!!」

「ひいっ!?」

「誰にでも見境なく盛るんじゃないわよ!!」

「サ、サカッテマセン……」

「嘘付きなさい!! じゃあなんで一緒にお風呂入ってんのよ!!」

「わ、わかりません」

「分からないわけないでしょうが!! この犬っ! この犬っ! この犬ぅぅぅ!!」

「イデッ! イダッ! ほ、本当デス! なぜかっ、いつのまにかっ」

「ばかーーー!! 弄ばれた! 私弄ばれたーーーーー!!」

「ち、違いますヨ!? 俺はルイズ一筋ですヨ!?」

「駄犬に噛まれた! 信じてたのにいいいぃぃぃぃぃ!!」

「信じて下さい!! ほんとルイズだけ!! かわいいルイズだけデス!!」

「もっと言いなさい!! もっと私を褒めなさい!!」

「ル、ルイズは世界一かわいいデス!! こんな美少女は見た事がアリマセン!!」

「まだよっ!!」

「ルイズは気持ちいいデス!! ルイズの体は気持ち良すぎてすぐイッちゃいマス!!」

「たったそれだけなの!?」

「あ、愛してる!! 世界で一番ルイズが好きだ!!」

「私も愛してるわ」

「え? ル、ルイズ……」

「今度は私の体におしえて。あんたが私をどう思ってるか……」

「る、る、るいずううううう!!」

「やん♪」


基本的に、喧嘩してもすぐ仲直りします。







 後書き

年末年始、超飲んだくれてました。

昼起きて、しばらくすると宴会の場にいる私。
酔いつぶれ、しばらくして起こされ、また飲む。

昼起きて、凄まじい二日酔いに苦しみ、迎え酒で頭痛を癒す。
飲んで飲んでゲロを吐き、また飲んで飲んで寝ゲロを吐く。

昼起きて、命の危機ではないのかという吐き気にのた打ち回り、そしてまた飲む。
便所で道でゲロを吐き、居間で布団でゲロを吐く。

まる一週間、ゲロ製造機と化すほど飲みまくりました。
未だに体調が戻らないので、しばらく酒は飲みません。
皆さんも、お酒の飲み過ぎには注意しましょう。



[7531] 第十五話 才人の陰謀
Name: yossii◆1d5cbef8 ID:6b1b3af4
Date: 2010/01/17 07:23
今回は、コンドーム、石鹸に続いて、才人君が持ってきた秘密道具を出します。
逆行特有のチートな下準備。主人公のキラリと光る知性。
才人君の頭脳にご期待下さい。







「ううう……、疲れた……」


ボスンと顔からベッドに倒れこむ琴乃。

ハルケギニアに召喚されて、はや五日。

ほぼ自給自足の生活は、現代っ子の琴乃にとって苦行と同義だった。

琴乃は今の所、料理、炊事、洗濯しか行っていなかったが、ここには電化製品がない。水道すらない。

何をするにも、一から自身の手で行わなければならないのだ。

琴乃の体は筋肉痛で悲鳴を上げていた。


「お疲れ様、コトノ」


陸に上がったトドのようになってしまった琴乃を、ティファニアは凝りを解すようにマッサージし始めた。

ティファニアは優しい娘だった。


「う゛~~~。ありがと~~~」


あまりの気持ち良さに、琴乃の思考はとろけていく。


「いいの。コトノは頑張ってくれてるから、そのお礼」

「でも、私失敗ばかりだよ?」


今の琴乃は生活に慣れるだけで手一杯。

特に、唯でさえした事のない料理などではミスを連発。

ガスコンロすらない台所で、一体何をすればいいのか見当もつかない状態だった。


「最初から出来る人はいないわ。それに、子供達の面倒も見てもらってるもの」


機嫌の良さそうなティファニアの声に、琴乃は苦い顔をした。


「面倒見てるっていうか、振りまわされてるだけのような……」


最初は琴乃を警戒していた子供達だったが、琴乃の持ち前の人当たりの良さですぐ打ち解ける事が出来た。

その後は、何も知らない琴乃に、子供達はアレコレと物を教えるようになったのだ。

おそらく、自分よりも大人な存在に何かを教える、という事が楽しいのだろう。

あーしなさい。こーしなさい。それはやっちゃダメ。

そんな子供達の上から目線は気にならなかった。

逆に、琴乃は微笑ましくなってしまう。

小さな子供達が目一杯背伸びをしているようで、琴乃は笑いをかみ殺すのに苦労しているのだ。


「みんなコトノの事が好きなのよ」


ティファニアはストレートに言った。


「そ、そうかな?」

「ええ。もちろん私も」

「えぇ!? ……あ、あ、アリガト」


真っ直ぐ過ぎるティファニアの言葉に、琴乃は照れた。

同時に思う。なんていい娘なんだろうと。


 ううう、やばい。いい娘すぎる……

 顔良し、性格良し、スタイル抜群。こんな娘が存在するなんて……

 ど、どうしよう、まるで勝てる気がしないよ……


琴乃はヘコんだ。激しくヘコんだ。

恋敵のあまりに強大な戦力に。

つい最近思い出したのだが、才人が森の妖精と言ったのはティファニアに違いない。

なるほど、妖精だ。

人とは別次元の魅力の持ち主だ。

琴乃は、ハアァァと、大きく溜息を吐いた。


「コトノ? どうしたの?」


いきなり落ち込んだ琴乃に、ティファニアは怪訝な顔をする。


「あっ、な、なんでもないよ? まだ勝負は始まってないしね、うんうん」

「?」


琴乃は慌てて誤魔化した。

ティファニアはマッサージを続けながらも、顔はキョトンとしている。

随分と天然な反応を見せるティファニアに、琴乃は少しだけ腹を括った。


 うん、そうだよ。勝負は平賀君に会ってからだもん

 絶対に負けない

 なんなら色仕掛けだって使っちゃうよ

 平賀君スケベだし、パ、パ、パンツとか見せたらきっとイチコロだよ!

 あっ、でも、ちょっと卑怯かな?

 ……ううん。テファは存在そのものが反則だもん。それくらいしないと

 で、でも、恥ずかしいなぁ。パ、パンツかぁ……


自身のあまりの大胆さに、琴乃は赤くなりながらテヘヘと笑った。

しかし琴乃は知らない。

すでに、メイドが全裸で湯船の才人に突撃した事を。

御主人様にいたっては、パンツを脱いでМ字開脚などという大技をかました事を。

琴乃は幸せだった。


「コ、コトノ?」


いきなりヌフフと嗤いだした琴乃に、ティファニアはビビる。

そりゃそうだ。傍から見れば情緒不安定にしか見えないのだ。そりゃビビる。


「つ、疲れてるんじゃない? もう休む?」


ティファニアは、努めて労わりの言葉を吐いた。

自身の大胆にして完璧な作戦に想いを馳せていた琴乃は、その言葉で現実に引き戻された。


「あっ、そうだ。寝る前にちょっと聞きたい事があるんだけど」


そう。琴乃には聞いておかなければならない事があったのだ。


「なに?」


普通に戻った琴乃にホッとするティファニア。


「るいずってどんな人?」


夜はこれから。

そしてこの日より、琴乃はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールを、空前絶後、史上最強

の敵と認識する事となる。








 第十五話 「才人の陰謀」




「あんた何してんの?」


朝の洗顔を終え、鏡の前で身支度を整えていたルイズは、才人に怪訝な顔を向けた。

そこには、ニヤニヤと上機嫌で鞄を漁る使い魔の姿があった。


「ふっふっふ。内緒だ」


才人はルイズに顔を向け、ニヤリとほくそ笑んだ。

当然、そんな態度をご主人様が許す筈もない。


「なによ? あんた御主人様に隠し事? いつのまにそんなに偉くなったのよ」


もし浮気なんかしたらただではすまさないと、ルイズの威圧感が一気に増す。


「か、勘違いすんな。コルベール先生に渡す物があるんだよ」


ヘタレの紳士は慌てて口を割った。

コルベール先生? と呟きながら、ルイズは髪の手入れを再開する。

才人が、コルベールをある種尊敬していたのは知っている。

愉快なヘビ君(エンジンの原型)とかいう、わけの解らないガラクタで盛り上がっていた姿を思い出し、ルイズ

の興味は失せた。

が、よくよく考えれてみれば、才人の故郷は異世界なのだ。

才人が地球から持ってきた物には興味がある。


「……見せて」


櫛を鏡台に置き、ルイズは才人に近づいた。


「ん? 興味あんのか?」

「そりゃあるわよ。異世界の品なんでしょ?」

「それもそうか。でも、ただのオモチャだからな?」

「いいから見せなさい」


ほれ と、才人はルイズに渡した。


「……何これ?」


ルイズは手渡された手のひらサイズの物体をしげしげと見詰める。が、よく解らない。


「これは車の模型だ」

「クルマ?」


才人が持ってきたのは車のオモチャだった。


「俺達の世界の馬車。自動車ともいう」

「……ああ。前にあんたが言ってた、馬のいらない馬車ね」


そう言いながら、ルイズの興味は完全に失せた。

移動手段なら馬がある。乗馬は得意だ。

ルイズにとって、馬がついていようがいまいが、目的地に着ければ同じだった。


「コルベール先生に車作ってもらうんだ。馬は、腰と尻が痛すぎる」


ジャン・コルベール。

過去、才人の理解者であり、ハルケギニアで初めてエンジン付きの船を建造した天才である。


「あんた乗馬下手だもんね」


そう言いながらルイズはオモチャの車を才人に返し、そのまま鏡台に戻った。

そしてまた髪を梳かしはじめる。

どうせオモチャなら、地球のぬいぐるみでも持ってくればいいのに と内心思いながらも、そんな事に気の回る

男ではないと溜息を吐いていた。

世界が違っていても、やはり、男と女の感性には隔たりがあった。


「名付けて、コルベール先生発明王計画! みろよ、ルイズ。これ……」

「ああ、もういいから。早く行ってきなさい」


なにやらオモチャをいじりだした才人を、ルイズはバッサリと切り捨てた。

発明なんぞどうでもいい。反対しないから好きにやればいい。

当然才人はムッとするが、正直欠片も興味が持てないのだから仕方がない。


「ちゃんと授業が始まる前には帰ってきなさいよ?」

「おまえな……」

「あんたは私の傍にいなくちゃダメなんだから」

「…………」


文句を言おうとした才人だったが、髪を梳かしながら自然と可愛い事を言ってくるルイズに、黙るしかなかった。

なんかカワイクなったな、コイツ…… と才人は照れながら、オ、オウ と返事をし、さらに鞄を漁った。

そして目的の物を探しだし、車のオモチャを持ってルイズの元に向かう。


「ほら、これ」


才人は鏡台の上に、紙の束をおいた。


「? なにこれ?」

「写真」

「シャシン?」


才人が持ってきたのは、二十枚くらいの写真だった。

デジカメを買う余裕は無かったので、使い捨てカメラで撮ったものだったが、その中でも写りのいい物を選んで

持ってきたのだ。


「おまえに見て欲しくて地球で撮ってきたんだ。俺の両親も写ってる」

「え?」

「じゃあ、後でな」


呆気にとられるルイズを放置して、照れくさい才人は部屋から出て行った。

後に残されたのは、写真を食い入るように見るルイズのみだった。









「おはようございま~す」


才人は、コルベールの研究室となっている小屋の扉をノックした。

声には大分張りがある。

久しぶりに話す恩師との再会と、車への期待感から、才人の機嫌はウナギ登りだった。


「はい? おや、君はミス・ヴァリエールの……」


扉を開けたコルベールは、既に朝の支度を終えていたようである。

いつもと変わらぬ格好だったが、もしかしたら出不精のコルベールは、いつもこの姿である可能性が高い。


「はい! はじめまして、コルベール先生! 俺は才人っていいます!」

「元気がいいね。はじめまして、私はコルベールだ。サイト君」


笑顔で答えたコルベールだったが、その目は才人を観察するように警戒していた。

実はコルベールと学院長オスマンは、才人がガンダールヴという事に気が付いていた。

コルベールがメモした才人の使い魔のルーンを調べた結果である。

勿論、ギーシュとの決闘も観戦していたのは言うまでもない。

現代に蘇ったガンダールヴが、自身の名を知っているのだ。警戒するのは当然だった。


「して、面識のない私に何用ですかな?」


コルベールは、何故私の名を知っているのか? という含みを込めて尋ねた。


「今日は先生にプレゼントがあるんです!」


が、しかし、勿論才人には通じなかった。


「はあ?」


元気いっぱいの才人の態度に、コルベールは間抜けな声を出した。

浮かれ過ぎている才人は、コルベールの鎧を剥がす事に成功したのだが、そんな事に気付かず先へ進む。


「これです!」


そう言って、才人は車のオモチャをコルベールの目の前に突き付けた。

じゃ~んと差し出されたわけだが、コルベールは困惑する事しか出来ない。

初対面の少年から贈り物をされる理由が分からない。

しかも、何故こんなに友好的なのか?

異常に楽しそうだが、随分頭が悪そうに見える。

これがガンダールヴ?

コルベールの混乱は凄かった。


「ま、待ちたまえ。君は何を……」


言っているんだ? と返そうとし、コルベールは気が付いた。

才人が持っている物が、今まで見た事がないという事に。


「んんん? サイト君、これはいったい何かね?」

「馬車です」


才人の手の中の物体をしげしげと眺め、コルベールは研究者として知的好奇心を発揮した。

間髪入れずに返ってきた才人の答えに、馬車? とオウム返しで疑問を口にする。


「馬がいらない馬車です。これはその模型ですけど……」

「な、な、なんですと!?」


コルベールは吃驚仰天。

無理もない。自身が研究しているモノの発展形が目の前にあるのだから。


「ほ、本当なのですか? たしかに車輪はついているようですが……」


才人の手からひったくり、裏返したり斜めから見たり、コルベールは興奮が抑えられなかった。

その様を見た才人はしめしめと嗤い、証拠を見せますとコルベールから車を奪った。


「まあ、見てて下さい」


そう言って、五歩ほど後ろに下がった才人は、オモチャの電源を入れる。

その瞬間、才人の手の中のオモチャのタイヤが、ギュワーーっと勢いよく回りだした。

そう、才人が持ってきたのはミニ四駆だったのだ。


「おおお!!」


コルベールは驚愕の悲鳴を上げた。

何故なら、勝手に回るタイヤに、なんの魔法の力も感じなかったからだ。


「いきますよ、先生!」


才人は、コルベールに向けて、ミニ四駆を走らせた。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


コルベールの興奮は最高潮。

結構なスピードで自身の股をくぐり、小屋の中に突入したミニ四駆を驚愕の面持ちで見詰めている。

しかしすぐに我に返り、小屋の中で暴れまわっているミニ四駆に飛びつくと、宝物を見つけた子供のように目を

輝かせた。


「し、信じられん! 本当に勝手に動いている!!」

「これ車って言うんです。自動車とも言うけど」

「ク、クルマ……」


小屋に入ってきた才人をそのままに、呆然とミニ四駆を見詰め続けるコルベール。


「俺の国では、これを大きくした物に乗って移動します」


違う。ガソリンエンジンと電気モーターは激しく違う。

巨大ミニ四駆に乗っている地球人など極一部だろう。


「な、なんと!?」


さらに驚愕したコルベールは、全力で才人に振り向いた。

コルベールの地球の印象に多大な誤解を招いただろうが、才人はまったく気にしない。もっとも、気にするだけ

の頭が無いという事なのだが……。


「どうぞ。調べるなり、分解するなり、好きに使って下さい」


才人は極上の笑みで提供した。


「い、い、いいのかね!? 私はこれを壊してしまうかもしれませんぞ!?」


コルベールは涎を垂らさんばかりだ。

子供の様だといえば聞こえがいいが、実際に目をキラキラさせる四十代の禿げたおっさんは、傍から見ると気持

ちが悪かった。


「もちろんです。それは先生へのプレゼントですから」


才人の笑顔は爽やかだった。

もっとも、心の中では、これで車に乗れると、打算まみれだったのだが……。

コルベールは、ありがとうありがとうと感謝し、すぐにミニ四駆に夢中になった。

しかし、お気付きだろうか? 才人が勘違いしている事に。

模型と本物はまったくの別モノである。

だいたい、人が乗れるほどの馬力、耐久性、安全性、エネルギー資源等、どれもこれもクリアしなければならな

い問題が大き過ぎる。

才人の勘違いは、コルベールが一からエンジン製の飛行船を作ったと思っている事だ。

元々、ハルケギニアには、魔法で移動する空飛ぶ船があった。しかも、コルベールが行ったのは、エンジンを利

用して飛行距離を延ばすといったもので、ベースはやはり魔法で飛ぶ船なのである。さらに、ツェルプストーと

いう強力なパトロンが資金を援助したのだ。

いかに天才とはいえ、コルベール一人で一から完全機械製の自動車を作るなど荷が勝ち過ぎである。

唯の模型を分析し、解析し、理解し、応用し、新たに理論を構築するだけで一体何年掛かるのか。

しかも、出来上がったとしても、それは地球の自動車とは異なっている可能性が高い。

残念ながら、才人に未来を誘導する程の頭は無かった。


「それじゃあ先生。がんばって下さいね」


子供のように夢中になっているコルベールは最早聞いていなかったが、才人は上機嫌で小屋を後にした。








「ルイズ? あなた顔が溶けてるわよ?」


豪華絢爛なアルヴィーズの食堂。

既に朝食を食べ終え、席を立つ生徒がチラホラといる中、ルイズは未だもぐもぐとパンを頬張っていた。

その目尻は垂れ下がり、顎は碌に動いていなかった。

そんな奇怪なルイズに気が付いたキュルケは、頬を引き攣らせながら声を掛けたのである。


「ンフフ」


ルイズから返ってきたのは、パンを頬張りながらの幸せの声だった。

キュルケはハハーンとあたりを付ける。

どうせまた使い魔の事で何かいい事があったのだろう。

タバサは本を読むと言って、サッサと先に教室に行ってしまった。

この恋愛ボケをからかうのも悪くない。

キュルケは極上の笑みを浮かべた。


「随分とかわいがってもらったようね? これで貴女の体も、少しは女らしくなればいいのだけれど」


キュルケにしてみれば軽いジャブの様なものだが、ルイズならば真っ赤になって反応するだろう。

自身とは比べ物にならないプロポーションの持ち主に言われたのだし。

キュルケはニコニコしながら待ち構えた。

だが、ルイズの反応は違った。

これ見て と、ポケットに手を突っ込んで、なにやら紙を取り出してきた。

恐らくは、うれしいのを隠そうとしているのだろう。

エヘッヘエヘッヘと、顔面がエライ事になっていた。

キュルケは気味悪がりながらも、それを受け取った。


「あ、あら? これ貴女の使い魔?」


それは制服姿の才人のバストショットだった。

しかも、精一杯真面目な顔をした才人が写っている。

地球での学生姿を見てもらおうと考えた、才人渾身の一枚である。


「サイトが肌身離さず持ってて欲しいっていうの」


言ってない。


「ホ、ホ、ホント御主人様の事が大好きなんだから。こ、困った使い魔だわ」


ルイズの顔は困っていなかった。

それどころか、既に記憶を捏造している。

困ったアレは、ルイズの方だった。


「へ、へえ。よ、よかったわね」


異常に鮮明な絵に驚いたが、ルイズの壊れっぷりに黙らざるを得ない。

キュルケは、これ以外に言う言葉が見つからなかった。


「ごご、御両親の絵姿まで渡してくるのよ? あ、あ、あいつ何のつもりかしら?」


どうやら、ルイズのアレな思考は見合い的結論を叩きだしたようだ。

使い魔のくせにぃ、平民の分際でぇ、と、ルイズの顔は、怒りながら嬉しがるというアクロバティックな表情を

作りだしている。

もはや顔面神経痛である。


「へ、へえ。よ、よかったわね」


やはりそれしか言えないキュルケ。


「よくないわよ! まったく、あの使い魔ったら調子に乗っちゃって乗っちゃって。ののの、乗っちゃって」

「ご、ごめんなさいね、ルイズ」


キュルケに出来たのは謝る事だけだった。

ルイズは、パシッとキュルケから写真を奪い取り、軽やかな足取りで食堂を後にした。

その場で立ち尽くしていたキュルケは、


「……侮れないわね、あの娘……」


と、妙な敗北感に、溜息を吐くしかなかった。









コルベールの小屋を後にし、ルイズの元へ向かう途中、既に才人はドライバーであった。

多かれ少なかれ、男にとって自分で車を運転するいうのは憧れだ。高校生ともなれば、車への興味もひとしおだ

ろう。

しかも、ここでは免許など必要ない。まさに、試験もなんにもないのだ。

ハルケギニアで自由に車を乗り回している自分の未来の姿を夢想し、才人は大分浮かれていた。


「ぶおん。ぶおん。 ぶお~ん♪」


ボイスエンジンを吹かし、体の前方に突き出した両手でエアハンドルを回す。イメージトレーニングに余念の

ない才人には、もしかしたら一流のレーサーになれる素質があるのかもしれない。

浮かれ気分で想像車に乗る才人は、前方から歩いてくる知り合いを発見した。

学院の女生徒達の中でも一際小柄な少女。

無表情と相まって、恐ろしく冷めた印象を受ける青髪。

タバサである。

当然、タバサも才人に気が付いていた。

妙な服と珍しい黒髪。

なにより、イーヴァルディを連想させる凄腕の剣士。

凍てつかせた筈の心にさざなみを起こす少年は、タバサをゆっくりと緊張させた。

が、ぶおぶお言いながら妙な動きで近づいて来る才人に、タバサの警戒心は一気にMAX状態に跳ね上がる。

もっとも、そんなタバサの警戒など、ご機嫌な才人に通用するはずもない。

過去、魔法を失敗したルイズに「ダメルイズの歌」を贈ってしまう程、才人は空気が読めないのだ。

才人は、無駄に爽やかな笑顔でタバサに声を掛けた。


「ヘイ彼女♪ ぶおん。 乗ってくかい? ぶおんぶお~ん。今なら助手席が空いてるぜ? ぶろろろろろ」

「…………」


タバサには、才人が何をしているのかどころか、何を言っているのかすら解らなかった。

当然だろう。エアハンドルを持ち、エアアイドリングをキメる人間など、地球でも理解は得られまい。


「おいおい、無愛想だな。 ぶおんぶおん」

「…………」


沈黙を貫くタバサ。

しかし、その胸中は次々に湧いてくる疑問で大忙しだった。


 ……なぜ、この人は豚の鳴き声をあげているの?


唯でさえ謎な人物なのに、言動や行動まで意味不明ときては、タバサの混乱は加速するのみだ。


 イーヴァルディではない? ……亜人?


そんな、まったく言葉を発する事の出来ないタバサだったが、上機嫌な才人はまったく気にしなかった。


「ま、おまえの事も助けてやるからな。 ぶおん。 じゃ~な。 ぶお~~ん♪」


タバサに出来たのは、そう言って去って行く不思議な生き物を見詰め続ける事のみ。

タバサにとって、謎は深まるばかりであった。










 後書き

「ん? なにかしら?このフォルダ。 ……どれどれ」
 
 琴乃の能力
 第四の使い魔=三体の使い魔の雛型  対象の全ての情報を読み取り、意のままに操る能力
 強力だが、使い過ぎると廃人になる。(脳のメモリがパンクする)

 何故ブリミルには三体も使い魔がいたのか?
 過去、ブリミルは虚無と先住魔法を併せて最強の使い魔を作ろうとし、発狂死させてしまう。
 故に能力を三つに分け、さらに支配するモノの歴史等の情報は読み取れないようにリミッターをつけた。

「ぷぷぷっ。なによ、この厨二爆発設定は……」
「ああっ!? てめえ! なに勝手に設定集読んでんだよ!」
「なにが設定集よ。あんた私を笑い殺すつもり? ただの厨二ノートでしょうが」
「う、うるせえっ! 厨二のなにが悪い!」
「悪いに決まってるでしょ。厨二は病気なの。男の子が罹る、麻疹みたいなものよ」
「違うっ! 厨二は病気なんかじゃねえ! 忘れてはいけない、夢見る心だ!!」
「はいはい、厨二乙。いいから黒歴史は封印しなさい」
「否っ! 厨二は、厨二は、黒歴史なんかじゃ断じてねえ! 在りし日の、少年の魂だ!!」
「こんなもん晒した日には、あんたボッコンボッコンにされるわよ?」
「それでも引けねえ!! SSを書くと決めた時に、既に覚悟は決めた! 殴り殺される事をな!!」
「どんな覚悟を決めてんのよ。正真正銘のアホね」
「黙れ! 俺の魂を砕く事など誰にも出来ん!」
「いいから少し練り直しなさい。勇気出して死んでも、それはただの自殺でしょうが」
「……くっ。……そんなにダメか?」
「ダメね」
「でもプロットが……」
「諦めるな! あんたなら出来る! もっと熱くなりなさい! もっと真剣に! 出来る出来る出来る!」
「……そ、そうかな?」
「当たり前じゃない! あんたはもっと出せる! もっと高く飛べる! 出来る出来る出来る出来る出来る!」
「そ、そうだな! よし! 俺はやるぜ!」
「洗脳完了」

相棒にはいつも助けられています。



[7531] 第十六話 おかえりデルフ
Name: yossii◆1d5cbef8 ID:6b1b3af4
Date: 2010/01/31 01:12
刀殺法だすよ~。
仁王様、アイディアありがとうございました。







「ルイズは、……色々な意味でスゴイ、かな?」


琴乃が訊ねたルイズの人物像に、ティファニアは頭を捻りながら答えた。

怒りっぽくて頑固なルイズ。

異常に意地っ張りで、曲がった事が嫌い。

とても整った顔立ちをしているが、笑顔など見た事がない。

公爵家の気品と教養を身に纏い、鞭を持って才人を追いかけまわす。

才人を虐めているのかと思えば、彼が傍に居ないと泣きだす少女。

ティファニアの感性からも経験からも、ルイズを表す言葉は「スゴイ」が妥当だった。


「スゴイ?」


琴乃は、抽象的すぎてよく解らんという顔をした。


「ええ。でも、サイトがいなくなったらとても弱くなるの」

「は? ど、どういう事?」


ティファニアは、ルイズが才人に関する記憶を全て消してしまった過去を話した。

才人を故郷に返す事を条件に、ルイズはロマリア教皇の言いなりになる事を了承。

才人が故郷に帰ったと思いこんだルイズの嘆き。


「ルイズ、耐えられないって泣いてた。だから忘却の魔法で記憶を消してくれって……」

「…………」


その時のルイズの姿を思い出し、ティファニアの目は悲しみの色を帯びた。

琴乃は、魔法はそんな事まで出来るのかと驚愕しつつも、黙って聞いている。


「もちろん馬鹿な事よ? でも、あの時は他にルイズを救う方法がないって思っちゃったの」


きっと、才人と急にお別れになったから混乱したのね と、ティファニアは自重の笑みを浮かべた。

その後、ルイズに残されたのは、戦争の矢面に立つ聖女としての役割のみ。

琴乃には、ルイズの気持ちが解らなかった。

一体何を考え、どう思い、どう結論付けたらそんな結果になったのか。

琴乃にとって、ルイズの行動は悲しく、また愚かに思えてしまう。

しかし、それは当時の二人の関係が導いたものであり、部外者である自分には計り知れない何かがあったのだろう。

琴乃は自身の考えを口には出さず、あくまで過去にあった事実のみを求めた。


「……それで、その後は?」

「サイトが全部何とかしちゃった」


ティファニアは、ニッコリと笑顔で言う。

才人を忘れ、人が変わったように戦争を肯定するルイズ。

自信満々に破滅へ向かっているように見えたルイズを、地球へ帰らなかった才人は救った。

敵を蹴散らし、敗走する軍を救い、窮地のルイズまでたどり着き、なお且つ失った記憶まで蘇らせた。

平賀才人がもたらした数々の奇跡。

その恩恵をもっとも受けているのは、意地っ張りの御主人様に他ならない。


「ルイズは、きっとサイトがいなくなったら生きていけないわ」


そんな娘よ と、ティファニアは締めくくった。

琴乃は苦虫を噛み潰す。


 メ、メロメロじゃん……

 ってゆーか、平賀君スゴイ……

 けどテファ、もしかして平賀君を自慢してない?


サイトすごかったなあ と言いながら頬を染めるティファニアに、ルイズの凄さを説明してたんじゃないのかと

ツッコミたくて仕方がない。

とりあえず才人の事ではなくルイズの情報が欲しい琴乃は、モジりだしたティファニアを見ない事にした。


「じゃ、じゃあさ。るいずっていう娘の外見は?」

「外見? すごくかわいいわよ? 初めて会った時、こんなに綺麗な娘がいるんだなぁってビックリしたもの」


公爵家の令嬢として身に付けた仕草や気品は、ルイズの美しさを底上げしているのは言うまでもないだろう。


「そ、そんなに!?」


目の前のあり得ない程の美しさを持つ妖精の答えに、恐れ慄く琴乃。


「ルイズは公爵家のお嬢様なの。あ、でも、たしか王位継承権第二位だったから、お姫様かしら?」


琴乃の全身を貫く衝撃。

勿論、ルイズの王位継承権は繰り返す前の事であり、今のルイズにそんな物はない。

だが、ティファニアの勘違いを正す者など何処にもいなかった。

 
 オ、オヒメサマ? オヒメサマって何? ひめ? ヒメ? HIME? 

 ままま、まさか姫じゃないわよね!? 


『るいず』のあまりの戦力に、もはや何が現実なのか分からなくなってくる琴乃。


「ででで、でも! ススススタイルはっ、テ、テファが勝ってるよね? ね? ね?」


しかし、琴乃の魂は折れない。

強大な敵の弱点を、必死になって探す。

だが琴乃は知らなかった。

ティファニアもまた、ルイズと同じように体型にコンプレックスを持っている事を。


「ス、スタイル? 体の? ……ダ、ダメよ。私じゃルイズに勝てないわ……」


悲しそうに胸を隠すティファニア。

そう、ティファニアはルイズと真逆。

自分の胸は大き過ぎておかしいと気にしているのだ。

だが、それも仕方ないだろう。男女問わず、ジロジロと好奇の目に晒されてきた己の胸。

けしからんオッパイと言われ続け、そのたびに傷ついてきたティファニア。

その頭の中は天然が加速し、もはやアレと言っていいほどの勘違いが進行していた。

琴乃は動けない。

ティファニアが何を言っているのか理解できない。

いや、理解する事を心が拒絶している。

 
 ひらがくんにメロメロのるいずはオヒメサマ

 ようせいがみとめるうつくしさ

 オッパイがおおきいテファよりスタイルがいい

 あはは。きっと美の女神サマなんだネ


心とは裏腹に、琴乃の優秀な頭脳は結論を出した。


「ふざけるなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」


琴乃に出来たのは、下品に叫ぶ事だけだった。

この世の全てを呪うかのような猛烈な怒り。

琴乃はそれを生きる力へと変えていく。平賀才人に逢う為に。

ふざけるなぁ、ふざけるなぁ、と枕を叩きながら、歯を食いしばる。


 待ってなさい、るいず! 貴女を倒すのはこの私! 清水琴乃よ!!


そして、女神打倒を誓う。

才人に宣言した、「奪っちゃうんだから」。

その言葉は、今をもって、真に琴乃の決意へと昇華した。

加速する勘違いにより、また一つ高みへと至った琴乃は、やはり正真正銘のアレだった。

自身の与り知らぬ所で強大なアレが育っている事など、現在のルイズには知る由もない。









 第十六話 「おかえりデルフ」



本日、虚無の曜日。

才人とルイズは、王都トリスタニアに足を運んでいた。

ガンダールヴの左腕である、デルフリンガーを手に入れる為である。


「ボロ剣の事忘れるなんて、あんたちょっと薄情よ」

「お、おまえだって、フーケとかワルドの事忘れてただろうが!」

「私はあんたを呼ぶだけで精一杯だったのよ!」


二人はギャイギャイ騒ぎながら武器屋に向かう。


「嘘付け! 俺が召喚されるのは分かってた事だろうが!」


才人は、ルイズが今後の対策を何もとっていない事に呆れていた。

戦争になれば、またたくさんの人が死ぬ。

恐ろしい思いも出来るだけしたくない。

当然、口調もキツクなる。


「…………」


ルイズは口をへの字にして黙ってしまう。

才人は、一年間を無駄にしたルイズに納得がいかない。

自身だけじゃなく、ルイズの身の危険にも直結しているのだ。

ハルケギニアにいるルイズがきっと対策を練っている、と考えていた才人は頭を抱える。


「姫さまに相談するなり、学院長の協力を仰ぐなり出来ただろ?」


ヤレヤレと溜息を吐きながら、才人は肩を落とした。


「……無理よ」


ルイズは、意を決して言葉を吐く。


「なんでだよ?」

「この一年、私はあんたの事しか考えられなかったわ」

「え?」

「あんたが来てくれなかったらどうしよう。使い魔があんたじゃなかったらどうしようって、そればかりよ」


ルイズは、真っ直ぐ才人を見詰める。

見栄を張って才人と喧嘩などしたくない。

だから、ルイズは自身の心情を正直に話した。


「もう一度あんたを召喚出来るか分からなかったもの」


ルイズは続ける。己が、一年間をどう過ごしたかを。

安寧を感じない為に、極力人と関わらなかった事。

虚無は勿論、他の属性の魔法もなるべく使わなかった事。

周りから嫌われるように、あえて高慢に振る舞った事。

夜は精神力を溜める為、辛い事ばかり思い出して泣いていた事。

ルイズの話を聞いて、才人の顔はみるみる青くなっていく。


「バ、バカヤロウ! おまえ何やってんだよ!」


自身の一年と比べて、御主人様のあまりに過酷な一年に、才人は声を荒げた。

そんな才人に、ルイズはフンッと勝気な笑みを浮かべる。


「後悔なんかしてないわ。私は私に出来る精一杯をしたもの」


自力で運命を引き寄せたわ と、口の端を吊り上げたルイズ。

才人には、その姿がとても痛々しく見えた。

才人に出来たのは、ルイズをキツク抱きしめる事だけだった。


「……あとは俺がやる。ルイズは何も心配するな」


必ず護り抜く。

この愛しい少女を護る為ならなんだってやる。

そんな、絶対の決意で囁かれた才人の声に、ルイズはウットリとなってしまった。


「あ、あたりまえでしょ。ご、御主人様がこんなに頑張ったんだから、あんたはしっかりと私を護りなさい」


天下の往来で抱きしめられて恥ずかしいルイズだったが、知り合いもいないし幸せを堪能する事にした。

見事にバカップルと化した二人。

しかし、ルイズは気付いていなかった。己達を観察する四つの視線に。

才人とルイズはしばらくすると、手を繋いでデルフリンガーの元へと歩き出した。








「いやあ、この目で見ても信じられないね。まさかあのルイズがあんな顔をするとは……」


建物の陰からヒョッコリ顔をだした金髪の少年が感嘆の声を出す。


「ホントね。しかもこんな街中で抱き合うなんて、あれホントにルイズなの?」


同じく顔を覗かせている少女は、見事な巻き毛の金髪だった。


「中々やるじゃないの、あの娘」


いい情熱だわ と、赤毛の美女は顔をニヤつかせる。


「…………」


そんな出歯亀達に溜息を吐きながら、小柄な青髪の少女もまたしっかりと観察していた。

ギーシュ、モンモランシー、キュルケ、タバサである。

朝、馬に乗って学院を出た才人とルイズを目撃したキュルケは、そのままタバサの部屋に直行。

突然可愛らしくなったルイズと、平民のくせに妙に強い才人の事が気になり、好奇心を爆発させる。

謎の剣士が一体何者なのか分かるかも という言葉に乗せられ、タバサも了承した。

タバサの使い魔、幼竜のシルフィードの背に乗り学院を出ようとした時、ケティを出し抜いてギーシュと出かけ

ようとしていたモンモランシー達二人を発見。

面白い見世物は皆で共有した方が楽しいだろうと考えたキュルケが、二人をかっ攫ったのである。

まあ、三人がキュルケに巻き込まれたというのが正しい状況だった。


「あのルイズがメロメロじゃないか。サイトはどんな魔法を使ったんだ?」

「まさか惚れ薬じゃないわよね?」


ギーシュの疑問に、モンモランシーは危惧を口にする。

最悪、自身もギーシュに使おうと思っている彼女のアレは、順調に進行していた。


「それこそまさかよ。ルイズは使い魔召喚の少し前からオカシかったわ」


モンモランシーの危惧を否定するキュルケ。


「そうなの?」

「ええ。そうよね、タバサ?」


振られたタバサは、コクリと首を傾けた。


「じゃあなにかい? ルイズは恋人を召喚したのかね?」

「そっちの方があり得ないわよ。サモン・サーヴァントは何が召喚されるか分からないもの」

「あら、私は恋人を召喚したと思っているわ」


勘だけど と言いながら、キュルケは二人にウインクを飛ばす。


「そんなこと出来るの? タバサも同じ意見?」


胡散臭そうに、モンモランシーはタバサに是非を求めた。


「……元々知り合いであるかどうかは分からない」


数日前に才人の奇行を目の当たりにしたタバサの顔は渋い。

あまりに不可解な人物なので、わけが解らないのだ。

しかし、タバサは自身の中で最も自信のある答えを続けた。


「多分、彼女は人を召喚したかった。それも、ゆ……騎士」


勇者と言いかけ、タバサは騎士と言い直した。

才人がイーヴァルディであるかもしれないというのは、タバサの妄想であり願望だ。

父の仇を殺す為、他者に頼る事をやめたタバサは、余計な期待で心が弱くならないよう己の心を引き締めた。


「なるほどね。特定の個人じゃなく、自分を護るに足る人間を望んだってわけね」


侮蔑の視線に晒され、周りから孤立し、友人などいなかったルイズが、人を求めたというのはあるかもしれない。

モンモランシーは、釈然としないながらも納得しようとした。

が、キュルケが、それはないわと待ったをかける。


「間違ってはいないでしょうけど、きっと私とギーシュが正解よ」

「なんで言い切れるのよ?」


えらく自信満々に断言するキュルケに、モンモランシーは疑問をぶつける。


「言ったでしょ? 勘よ。か、ん」

「……貴女ねえ」


根拠ゼロのキュルケの言い草に、モンモランシーは半眼になって目を向けた。


「そんなに気になるなら、直接聞いてみればいいんじゃないかい?」


少し空気が悪くなり掛けた所で、あっけらかんとしたギーシュの声が飛んだ。


「「…………」」

「……理に適ってる」

「だろう? 解らなければ聞けばいいじゃないか」


特に何も考えていないギーシュならではの言葉だった。


「でも、あのルイズが言うかしら?」


もっともなモンモランシーの意見に、


「ルイズじゃなくてサイトに聞けばいい。サイトはバカだからね」


口を滑らせるさと、自信満々にギーシュは言った。


「可能性は高い」


才人の奇行を生で目撃したタバサも追随する。


「おっと、二人が角を曲がるよ。早く追いかけよう」


そう言って先に進むギーシュ。

タバサもトコトコと後に続いた。


「……え? 彼バカなの? ギーシュに言われるくらい?」

「さ、さあ? タバサも何か知ってるのかしら?」


決闘では、まさしく騎士といってもおかしくない強さを見せた才人。

にも拘らず、アホのギーシュに馬鹿認定されている。

その姿がうまくイメージ出来ずに固まっていた二人は、慌ててギーシュとタバサに続くのだった。







武器屋に到着した才人とルイズは、店主の小粋なジョークを軽くスルーし、ひと山幾らの剣の束に歩を進めた。

そして、目的の剣を見つける。

もう一度出会う相棒に、少し興奮した才人が剣を手に取ろうとした瞬間、


「よう。久しぶりだな、相棒」


インテリジェンス・ソードであるデルフリンガーは先に口を開いた。


「おわっ! お、おまえ、俺が分かるのか?」


まさか、デルフリンガーまで記憶を持っているなど考えもしなかった二人は驚いた。


「寂しい事言うなよ、相棒。たった一年で忘れちまうほど薄情じゃねえぜ」


相変わらず、妙に人間くさい剣だった。


「まさか、あんたまで戻ってきてるなんて思わないわよ。ボロ剣」

「久しぶりだって~のに、貴族の娘っ子は相変わらずだ~ね」

「おまえも変わってねえなあ」


減らず口も健在だった。

そんなデルフリンガーを見て、才人は懐かしさが込み上げてくる。

ルイズの顔にも笑みが広がった。


「コ、コラ! デル公! お客様になんて口叩きやがる!」


そこに店主の叱責が飛ぶ。

貴族相手に減らず口を叩くなど、店ごと潰されてもおかしくない。

店主が慌てるのも当然だった。


「すいませんね、貴族様。この生意気な剣はすぐ溶かしまさあ」

「おもしれ! やってみろ! その前に耳をちょんぎってやらあ! 顔を出せ!」

「やってやらあ!」


デルフリンガーと店主のやり取りに、才人とルイズは吹き出した。

才人は、まあまあと間に入り、デルフリンガーを手に取った。

そして、ニヤリと笑って言う。


「おまえ、デル公っていうのか?」

「「は?」」


知っている筈の名前を訊ねる才人に、デルフリンガーだけじゃなく、ルイズまでポカンとなってしまう。


「俺は平賀才人だ。よろしくな」


満面の笑みで自己紹介してきた才人に、デルフリンガーはピンときた。


「デルフリンガーさまだ。てめ、もしかして『使い手』か」

「『使い手』?」

「ふん、自分の実力もしらんのか。まあいい。てめ、俺を買え」

「買うよ」


そう言って、才人はルイズに向いた。

その目は笑っている。


「ルイズ。これにする」


ここまでくれば、ルイズとて気付く。

ルイズは極力嫌そうな声を上げた。


「え~~。そんなのにするの? もっと綺麗でしゃべらないのにしなさいよ」

「いいじゃんかよ。しゃべる剣なんて面白い」

「それだけじゃないの」


ここまでが限界だった。

才人、ルイズ、デルフリンガーは、声を上げて笑った。


「粋な事するね~。相棒」

「くくっ。デルフもよく合わせたな」

「そりゃ相棒だかんね」

「よくこんなくだらない事思いつくわね」

「いや~、最初の出会いを思い出しちまってさ」

「こりゃおどれ~た。娘っ子が笑ってやがる。もしかして手籠にしちまったのか、相棒?」

「ななな、なんて事言ってんのよ! このボロ剣!」


一年振りの再会にはしゃぐ二人と一本。

才人はおかえりと言い、デルフリンガーもたで~まと返す。

チーム復活である。

一人わけの解らない店主に構わず、ルイズはデルフリンガーを購入。

才人は、早速デルフリンガーを背負った。


「やっぱり相棒の背中は落ち着くね」

「そうなのか?」

「俺は剣だよ? 使われてこそ華さね」

「そういうもんか」


ルイズは、そんなやり取りをする、デルフリンガーを背負った才人の背中を見て思う。


 やっぱり、この背中ね


大好きな才人の背中。

顔が赤くなってくるのを自覚しつつ、ルイズは誤魔化すように声を掛けた。


「そろそろいくわよ。折角だから、お昼を食べてから帰りましょ」


そう言ってドアに向かうルイズ。

窓から覗いていた級友四人がルイズに見つかるまで、残り二秒。









 おまけ


双月が空に浮いている。

パチパチと燃える薪が巨大釜に熱を伝えている傍で、才人は一心不乱に剣を振っていた。

風呂が沸くまで、才人は剣の鍛錬を行っていたのだ。

ガンダールヴのルーンを輝かせながらデルフリンガーを振った回数は、既に二百を超えていた。

闇夜を切り裂き続ける才人の全身は、汗でビッショリと濡れている。

そこに妥協は無い。

己の鍛錬が、きっとルイズを救うと信じている目だった。


「お~い、相棒。何度も言うようだけど、剣はそうやって振るもんじゃないぜ?」


そんな、今日再び出会った相棒の忠告すら聞こえない。

才人は荒い息を吐きながらも、愚直に剣を振るう。

右手には逆手に持ったデルフリンガー。

やや前傾姿勢になり、剣の刀身を背中に隠す構え。

柄を合わせて150サントもある大剣を、片手、しかも逆手で支える膂力はたいしたものだった。

才人は一瞬だけ呼吸を整えると、渾身の力で刃を走らせる。

右下段から左上段へ。才人は鋭く呼気を吐き、前の空間を斜めに両断した。


「ハアハア……、くそっ、出ねえ……」


あまりの疲労でへたり込んだ才人は、自身の不甲斐なさに歯噛みする。


「そろそろ教えてくれよ、相棒。おめえさん、いったい何をしてるんだ?」


デルフリンガーは訊ねた。

才人は呼吸を整え、ニヤリと嗤う。


「ストラッシュアローだ」

「ストラッシュアロー?」

「ああ。離れた敵を攻撃できる技だ」

「ほ~。おどれ~た。さすが相棒だね。でもおまえさん、普通に振れば衝撃波くらいだせるんじゃねえか?」

「ばっか。これは単体技じゃねえんだよ」

「というと?」

「もう一つ、体ごと突進して、斜め下へと切り落とすストラッシュブレイクがある」

「ほ~」

「ストラッシュアローで斜め下から切り上げられた斬撃に追いつき、ストラッシュブレイクで切り落とす。

 その交差点の破壊力は、通常の五倍以上。その名も、サイトストラッシュクロス」

「……こりゃおどれ~た。相棒、しばらく会わないうちに賢くなったね」

「いやあ、それほどでもないけどな」

「でもよ、相棒? 衝撃波に衝撃波をぶつけたら、相殺するんじゃねえか?」

「馬鹿だな、デルフ。これは闘気技だから大丈夫だよ」

「……ほ~。さすが相棒。考えてるね。ま、体を壊さないように頑張んな」

「おう。サンキュー、デルフ」



ガンダールヴは闘気を使っていない。

その事に才人が気付くのはいつなのか。









 後書き


いい加減、馬鹿話じゃなくてストーリーを進めよう。 と思う今日この頃。
そろそろおマチさんと戦わせるかな。

後、最新刊のルイズ可愛いすぎ。
しかし、あの超展開にプロットが砕けました。
ヴィットーリオを絡ませる選択肢はないです。



[7531] 第十七話 フーケがんばる
Name: yossii◆1d5cbef8 ID:6b1b3af4
Date: 2010/02/15 00:19
フーケ編はシリアス一辺倒と思われます。
馬鹿話に期待している読者の方には申し訳ないです。
後、典型的厨二主人公が発生しています。
テンプレに飽き飽きされている方は、読む前にしっかりと心臓を叩いておいて下さい。
超絶厨才人。いよいよ発進します。








「お話があります。オールド・オスマン」


トリステイン魔法学院、学院長室。

プカリと水煙草を吹かしていた学院長オスマンに、緑髪の美女は畏まった。


「なんじゃあらたまって。ミス・ロングビル」


齢三百歳と噂される老魔法使いは、知的な美しさを持つ己の秘書に、自然と目尻と鼻の下が垂れ下がってしまう。


「急な話で申し訳ありませんが、本日付けで退職いたします」

「な、なんじゃと!?」


が、いきなり飛び出した秘書の辞める宣言に仰天。

自身が見つけてきた、見目麗しく優秀な秘書がいなくなってしまう事に驚きを隠せない。

オスマンは、目を見開いたまま固まってしまった。

そんな身じろぎ一つ出来ない学院長を、ロングビル=フーケは真っ直ぐに見る。

どれだけ滑稽であろうと油断はしない。今から利用する相手は、唯のスケベ爺ではないのだから。

勿論リスクは高い。が、なんとしても保険を掛けなければならない。

義妹の安全を確保する為、フーケは正念場へと踏み込んだ。

フーケは判断したのだ。最早時間切れだと。

アルビオン王党派はもうもたない。

虚無の曜日に馬を乗り潰してまで仕入れた情報では、早ければ一週間、遅くとも一月以内に内乱は終結する。

ティファニアの言った通り、王室の敗北という形で。

フーケは焦った。いくらなんでも早すぎる。

一年前には、反乱軍である貴族派の勢力が、ここまで早く力をつけるとは思わなかった。

間違いなく、裏で支援している者がいる。

ティファニアの記憶通りならば、最有力はガリア。

貴族派のトップが虚無を僭称する司教である事から、ロマリアの可能性もある。

両者の担い手達に記憶があるのなら、どちらであってもおかしくはない。

どちらにせよ、事態が収束したなら、次はアルビオンの虚無を手に入れようとするだろう。

刻一刻とティファニアの身の危険は増していた。

であるのに、ヒラガ・サイトの見極めは出来ていない。

故に、フーケは賭けに出た。


「今までお世話になりました」


深々と頭を下げるフーケに、オスマンは叫ぶ。


「ま、待つんじゃ! 急すぎるぞい!」


あの撫で心地の良い尻を、もう二度と堪能できないのは嫌だ と、セクハラ爺は慌てた。


「申し訳ありません。私にはもう時間がないんです」


が、秘書の真剣な目に只ならぬ気配を感じとったオスマンは、瞬時に居住まいを正した。


「……それは、おぬしの裏の顔に関係する事かの?」


ヒュッと息を飲むフーケ。

しかし動揺は一瞬。目は鋭さを増しながらも、フーケは笑みを浮かべた。


「慧眼ですね。オールド・オスマン」

「ホッホ、これでも長く生きておる。少しは見る目も養われるというものじゃ」


相手の気配が緊張したのを見てとり、オスマンは人当たりのいい緩い空気を醸し出す。

年の功の対人術。

しかしフーケは盗賊。学院長にまで上り詰めた魔法使いを侮ったりはしない。


「どこまで御存じです?」


笑みを絶やさず、フーケは牽制する。


「何も知らんよ。盗賊か暗殺者の類とは思っとるがの」


が、オスマンには暖簾に腕押し。

歩く時は足音を立てなさいと、忠告される始末だった。


「そこまで分かっていて雇い続けたんですか?」


フーケの声には呆れの響きがあった。


「なに、ワシは過去には拘らん。他の教師の中にもおぬしの様な者がいるでな」


オスマンはあくまで自然体。

そこらのひよっ子には負けんと態度で示していた。

そして自慢の髭を撫でつけながら、水煙草に手を伸ばす。が、吸い過ぎですと、フーケに取り上げられた。

煙草を取り上げられ悲しそうなオスマンを無視し、フーケは極上の笑みを浮かべる。


「改めまして、オールド・オスマン。私の名前はフーケ。『土くれ』ですわ」








 第十七話 「フーケがんばる」


「あ~~~~~ッ!!」

「うわっ! な、なんだよいきなり!?」


朝の身支度を整えていたルイズのいきなりの悲鳴に、才人は吃驚した。

昨夜の情事を思い出しながら、鼻の下が伸びまくった顔でシーツを剥いでいたのだから当然だろう。

しかし、ルイズは才人の驚愕など知ったこっちゃない。

もっと大変な事があるのだ。


「きょ、今日、『フリッグの舞踏会』だわ……」


ルイズは、呆然とした顔を才人に向けた。

それを受けた才人は、フリッグの舞踏会?と訝しみながらも思い出す。


「ああ、初めておまえと踊った時の……」


あの時のドレス姿綺麗だったなと、顔がウットリしてしまう才人。

しかしそうではない。

才人に綺麗だと言われ、赤くなりながらもルイズは叫んだ。


「バカッ! 違うわよ! フーケよ、フーケ!」

「は?」


今だ要領を得ない才人の脳。


「昨日フーケが破壊の杖を盗んだはずよ! 今日、討伐隊が組まれるわ!」

「え? ……あ、あ~~~~~~!!」


ようやく合点がいった才人もまた、悲鳴を上げた。

本来、昨夜宝物庫に忍び込んだフーケを目撃しなければならないのだが、今は翌日の朝。

その時はとうに過ぎていた。

ちなみに、昨夜中庭にいなければならない時間帯には、二人はベッドの中でプロレスに夢中だった。


「どどど、どうすんだよ!? 今から学院長室にいくか!?」

「ちょっと待ちなさい! 今考えるから!」


アワアワと慌てる才人を叱り飛ばすルイズ。

ルイズ自身もパニクっていたが、なんとか状況を把握しようと努める。

宝物庫が破られて、今頃大騒ぎのはずだ。

事情を聞きに学院長室に行けば、討伐隊に参加するのは難しくないだろう。

しかし、危険を犯してまでフーケを捕まえる意味はあるだろうか?

前回は己の名誉に拘った。

結果、自身と才人の命を危険に晒した。

フーケの正体を知っている今、前回程の危険は無いかもしれない。

うまくいけば、学院長室で正体を暴く事も可能に思えた。

だが、一度しか使用できない破壊の杖の価値は?

奪われた所で、才人にしか使えない武器が脅威足り得るだろうか。

学院の面子の為に、才人を危険に巻き込む必要はあるのか?

ルイズの思考は多岐に渡り、最善の行動を探す。


「……フーケの事は放っておきましょ」


そして、ルイズが出した答えは才人を驚かせた。


「はあ!? な、なに言ってんだよ……」

「メリットがないわ」


戸惑う才人を、ルイズはバッサリと切り捨てた。

そして続ける。


「今さら盗賊なんか相手にする必要はないでしょ」


無用な危険に飛び込んで、才人を危険に晒すわけにはいかない。

才人を失う事など考えられないし、傷つく所も見たくない。

ルイズは、守らなければならない名誉を間違わないよう、冷静な自分を強くイメージした。


「……それ、本気で言ってんのか?」


当然、そんなルイズの想いに気付く才人ではない。

視線を鋭くしながら、才人はルイズに反論した。


「あいつはレコンキスタに力を貸すんだぞ?」


レコンキスタ。反乱軍である貴族派の名称である。


「あの勇敢な王子様を殺す手伝いすんだぞ?」


アルビオン王国皇太子であり、トリステイン王女アンリエッタの想い人であるウェールズ・テューダー。


「姫様がまた泣く事になるんだぞ!!」


才人は激昂しながら畳みかけた。

暗殺され、亡骸を弄ばれ、アンリエッタとの恋すら利用されたウェールズ。

そして、ウェールズへの想い故に苦しんだアンリエッタ。

それを間近で共に見た筈のルイズの言葉に、才人は怒りを隠さなかった。

しかし、


「どうにもならないわ」


ルイズは、そんな才人の怒りに全く動じなかった。


「あの時、皇太子殿下は姫様の手紙を読んだのよ?」


それどころか、益々感情を失くした目で続ける。


「姫様の言葉でも止められなかったのに、私達に出来る事はないわ」


暗殺は防げても、戦死は確定している。

フーケなど関係無く、ウェールズが死ぬ事は避けられないと、ルイズは告げた。

理性では正しいと思う才人だったが、まるで納得出来ない。


「……姫様に相談しよう」


援軍を送ってもらえばなんとかなるかもしれないと、才人は足掻く。


「無理よ。今の姫様は女王陛下じゃない。勝手に軍を動かす事は出来ないわ」

「そんな事言ってる場合か!」

「第一、内政干渉よ。他国の内乱に首を突っ込んだら、ガリアやロマリアだって黙っていない」


一気に大戦にまで戦火が拡大するかもしれないと、ルイズは続ける。

そんな冷静なルイズの態度が、無性に癇に障る才人。


「じゃあどうすんだよ!? 見殺しにするのか!!」


安宿で、雨が怖いと震えていたアンリエッタを思い出した才人は、愛しい筈の少女に暴言を吐いてしまう。

そして、それが引き金になった。


「誰もそんな事言ってないわ!! 私だって助けられるものなら助けたいわよ!!」


冷静な仮面はここまで。

元々気の短いルイズは遂にキレた。


「どうすればいい? 私が教えて欲しいわよ!! 他国の内乱に介入するなんて自殺行為でしょうが!!」


急にキレた御主人様に、激昂していた筈の使い魔は硬直してしまう。


「ゴ、ゴメンナサイ……」


とりあえず、才人の口は勝手に謝った。

本気で怒る御主人様に逆らってはならないと、才人の体は既に調教済みなのだ。


「皇太子殿下を助けるには、もう王家の名誉を踏みにじって攫うしかないわ」


そんな事出来ないでしょう と、ルイズは才人を睨みつけた。


「ソ、ソウデスネ」

「いい? とりあえずフーケは放置。これ絶対!」

「デ、デモ……」

「でもじゃない! あんた、私に逆らおっての?」


尚も頑張ろうとした才人だったが、ルイズの有無を言わさぬ眼光に腰が引けてしまう。

なので、カクカクと震えてくる膝を叱咤し、才人は第三者に助けを求めた。


「デ、デルフ。おまえ、なんかいいアイデアないか?」


才人は、壁に立て掛けてあるデルフリンガーに話を振った。


「あん? 俺は剣だぜ? 考えるのは相棒の役目、俺を振るうのも相棒の役目だろ?」


デルフリンガーは、興味無いとばかりに返す。


「そう言わずに考えてくれよ」


アンリエッタが泣くのは見たくない。

才人は藁にも縋る思いで愛剣を頼った。

知恵が一番の武器である筈の人間が、無機物である剣に知恵をねだる図。

後は俺がやるから心配するなと、昨日格好良くキメた才人はどこにもいなかった。


「俺はそれどころじゃね~んだよ。もっと凄い事があってな」


しかし、デルフリンガーは素っ気なかった。

そんな事に関わってる暇は無いと、才人の頼みを無下にする。

才人は、コイツ役に立たねえ と落胆するが、もっと凄い事発言に、ルイズも一緒になって眉をひそめた。


「なんだよ凄い事って。俺達、まだなんか忘れてんのか?」


当然、才人だけじゃなく、ルイズもデルフリンガーに向き直り、続きを促した。


「昨日はおどれ~たよ。まさか、ホントに相棒が娘っ子を手籠にしてるとはね」

「「……え?」」


デルフリンガーの言葉に、才人とルイズ、二人の時間が止まった。


「やりゃ出来るじゃね~か、相棒。とりあえずおめでとうと言っとく」


そう、部屋の隅に無造作に置かれていた剣は、二人の情事を全て見ていたのだ。

才人とルイズはデルフリンガーに気付かずに、激しいプロレスを行っていた。5ラウンドも。


「良かったな、娘っ子。ちゃんと抱いてもらえて、俺は安心したぜ」


素直になれないルイズの数々の失敗を見てきたデルフリンガーは、万感の思いを込めて祝福した。

6000年生きてきたデルフリンガーにとって、二人は父性を刺激する存在なのかもしれない。

よかったよかったと言いながらカチャカチャ音を立てる剣により、二人の時間は動き出した。

そして、


「キ、キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」


絹を裂くようなルイズの悲鳴。

デルフリンガーが吹き飛んだのは言うまでもなかった。






「ギーシュさま~!」


喜色満面の笑みで、テーブルで紅茶を楽しんでいたギーシュの腕に絡みつく少女。

ケティ・ド・ラ・ロッタ。

ケティは今夜、舞踏会でギーシュとダンスを楽しむ為、昼食後、ウロウロと想い人を探していたのだ。


「ケ、ケティ」


いきなり腕を取られ驚いたギーシュだったが、少女の柔らかさと甘い匂いに、その鼻の下は一気に伸びてしまう。


「ギーシュさま。今夜の『フリッグの舞踏会』、私の相手をしてください」


ケティはギーシュの腕に頬を擦りつけながら、甘えるように言った。

中々の攻撃力だった。

無論、そんな可愛い下級生の攻撃をギーシュが耐えられるはずもなく、


「もちろんさ。レディのお誘いを断る事など、僕にはできないよ」


どこからともなく取り出した薔薇を咥える。

最早気障を突き抜け、馬鹿の領域にまで突入していたが、ケティはまったく気にしなかった。

アレにとっては、些細な事である。


「オホン! オホン!」


しかし、そんな男女の睦みを遮る無粋な声。


「ギーシュ。分かってるわね?」


ギーシュの隣に腰かけていたのは、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。

その顔には優雅な笑顔が広がっていたが、額には血管が浮き出ていた。


「も、もちろんさ。最初の相手はモンモランシーだよ。ハハハ、ハッハッハ」


彼女の顔を見た瞬間、背中から噴き出た冷や汗に、ギーシュは笑って誤魔化す以外何も思い浮かばなかった。


「あら、モンモランシーお姉さま。居たんですか?」


そして、爆弾を投げるケティ。

ギーシュの顔は一気に青くなった。


「ええ、ギーシュが私と一緒に居たがるんですもの。当然、ギーシュの傍には私がいるでしょうね」


笑顔で投げ返すモンモランシー。


「ハッハッハッハ」


死人のような顔色のギーシュは、阿呆の様に笑い続ている。


「ねえ、見てタバサ。ギーシュの顔」


ギーシュ達と相席していたキュルケは、ニヤニヤしながら隣のタバサをつついた。

昨日キュルケ達四人がルイズに見つかった後、六人で昼食を食べたのだが、結局何も聞きだす事は出来なかった。

普通に喋ろうとしていた才人を、ルイズが慌てて遮ったのである。

惜しい所で作戦が失敗した一同は、現在、次なる作戦会議をしていたのだ。

そこにケティが登場し、会議は一時中断という状態。

痴話喧嘩に興味のないタバサは、既に本を開いていた。


「あそこで笑う選択肢を取るなんて、ギーシュの頭はどうなってるのかしらね?」


いきなり展開された目の前の修羅場に、キュルケの笑みは深くなっていく。


「……そろそろ限界。でも、自業自得」


本からチラリと視線を外し、顔面蒼白のギーシュを見てポツリと呟くタバサ。

何気にタバサは酷かった。


「あなた、さらっとキツイ事言うわよね」

「事実」


キュルケは苦笑した。

たしかに、ギーシュが二股している様に見える。

女を弄ぶような男ならば、微熱の名に賭けて焼き尽くす所だが、違う。

最近一緒に行動していて分かった。

魔法の腕は確かだが(勘違い)、複数の女に手を出せる程の頭は無い。

女心に疎く、言動が迂闊。

にも拘らず、自身をプレイボーイだと勘違いしているのは滑稽だ。


「それでも、及第点はあげられるわね」

「?」


『微熱』は面白そうに評価を下した。

そして、前後の文脈が繋がらず、疑問符を浮かべるタバサの頭を撫でながら、滑稽な演劇を楽しむキュルケ。

顔面の至る所をヒクつかせ、ニコニコと笑顔を浮かべる二人の少女。

そんな二人に挟まれながら、病人の様な顔で陽気に笑い続ける少年。

目の前の異様な光景を眺めながら、赤髪の美女は言う。


「今夜の舞踏会が楽しみだわ」


『土くれ』のフーケによるトリステイン魔法学院宝物庫襲撃は、ズレた流れの中には存在しなかった。








アルヴィーズの食堂の二階のホール。

テーブルには豪華な食事と上等な酒。

楽隊が奏でる音楽をBGMに、多くの男女がパーティーを楽しんでいた。

そんなホールの片隅で、黒髪と桃髪の着飾った二人が寄り添っている。


「どうなってんだ?」


困惑を隠さず、横にいる少女に才人は訊ねた。


「ななな、なにが?」


ルイズは赤くなった顔を誤魔化すように、疑問を疑問で返した。

頭なんぞ働いていなかった。


「なにがって……、フーケだよ、フーケ。なんで宝物庫無事なんだよ」


周りに聞こえない様、才人は努めて低い声を出した。


「さささ、さあ?」


チラチラと才人を見ながら、ルイズはやはり頭を働かせてはいなかった。

今のルイズは、フーケなんぞどうでもよかった。

元々関わらないと決めたのだから、盗賊が仕事をしようがしまいが関係ない。

それよりも、隣の恋人の変身振りを、如何にさり気無く盗み見るかで大忙しなのだ。

そう、才人は遂にバイトの結晶、10万のスーツに袖を通したのである。

一応ブランド品の黒のスリーピース。

堅苦しいパーティーではない為、ウェストコートとネクタイはしていない。

しかし、ワインレッドのど派手なシャツを胸元まで開け、首にはシルバーアクセを下げていた。

アクセントに、シャツと同じ色のハンカチを胸に指している。

さらに、いつものざんばらな頭を全体的にジェルで立て、前髪を右目の方に流すというオサレ振り。

そこにいたのはホスト。

平賀才人ホストバージョンの完成である。

まあ、少々背伸びしている感は否めない。

才人の年齢なら、ネクタイ付きの二枚衿ストライプなどを、テーラードジャケット等でラフにキメた方が見栄え

がいいだろう。

その方が、値段も遥かに安く済むのだし。

しかし、才人はファッションなど知らない。

カッコイイ=ホストと直結してしまう頭脳の持ち主なのだ。

地球人の感性ならば少々外したように思えるのだが、このホール限定ならば、特に違和感を感じなかった。


「もう少し真剣に考えてくれよ……」


こちらの話をまるで聞いてくれない御主人様に、才人は溜息を吐いてしまう。

肩を落とした才人に、慌ててそうじゃないと口を挟もうとしたルイズだったが、その前に横やりが入った。


「やあ、サイト。随分と無理をしているね」

「お、ギーシュ。って、どーいう意味だコラ」


才人に声を掛けてきたのはギーシュ。

ギーシュの格好は、いつもと大差なかった。ただ、服のヒラヒラが三倍になった程度である。


「そんな事ないわよ。よく似合ってるじゃない、サイト」


ギーシュのさらに後ろからキュルケも登場。


「サンキュー、キュルケ。キュルケもよく似合ってるぜ」


胸元の開いた大胆なドレスに目を奪われながら、才人はお礼を返す。

頑張ってオシャレした才人は、褒められた事がうれしかった。

だから自身もキュルケを褒めたのだが、御主人様は気に食わなかったようだ。

タバサは一緒じゃないのか? と聞こうとした才人は、脛をルイズに蹴り飛ばされた。

ちなみに、タバサは既にテーブルの上の料理と格闘している。

あまりの痛みに足を抑えて蹲った才人に、ルイズは不機嫌な声を浴びせた。


「あんた、御主人様を褒めずにツェルプストーを褒めるってどゆこと?」


ルイズは乙女心を爆発させる。


「おまえだって、俺の格好になにも言ってねえだろ!」


しかし、痛みで血が上った才人もまた言い返してしまう。

ルイズに恥をかかせない為に頑張ったのに、この仕打ちはあんまりだと不満が募る。


「男の方から言うのが当然でしょう!」


才人の朴念仁ぶりに、ルイズも一気に点火した。

いつもの如く喧嘩になりそうだったが、キュルケとギーシュがまあまあと割って入った。


「パーティーで喧嘩するもんじゃないわ」

「まったくだよ。君達は仲がいいのか悪いのか」


ヤレヤレと二人は肩を竦めた。

才人とルイズはフンッとソッポを向く。

体を合わせた所で、こういう所は変わらない二人だった。


「それにしても、随分いい生地使ってるわね」


キュルケは、貴女が用意したの? と、才人のスーツを触りながらルイズに振った。


「そんな時間なかったわよ。元々才人が持ってたわ」


返ってきたルイズの言葉に、キュルケは驚くと共に、才人の情報が少し手に入ってほくそ笑んだ。

やはり、この使い魔は唯の平民ではないらしい。

シルクとは違うが、これだけ手触りがよくて見事な染色の服を持っているのだから。


 平民は間違いなさそうだけど、もしかしたら家が大商人の可能性もあるわね


科学の力により、キュルケは見事に勘違いした。

キュルケは勘違いしながらも、さらに情報を引き出そうとする。


「あら、サイトの家はお金持ちなのね」

「は?」


急に振られた才人は間抜けな声を出してしまった。


「惚けなくてもいいわ。こんな上等な布を使っているんですもの。それに首の飾り、銀でしょ?」


見事な鑑定眼だった。

勿論、才人が異世界の人間でなければの話だったが。

ニヤニヤと探るようなキュルケだけじゃなく、ギーシュやルイズまでもが才人の反応を窺う。


「そうなのかい?」


ギーシュは心底驚いたというような顔で訊ねたが、才人は苦笑して、ナイナイと手を振った。


「これ純銀じゃねえし。俺の国の高校生なら、ちょっと頑張ればこれぐらい買えるんだよ」

「「「コーコーセー?」」」


当然、ルイズ達三人は高校生を知らなかった。

聞き返された才人は、高校生を説明する。


「あ~、高校生ってのはだな、高等学校の生徒の事だ」


才人は説明がヘタだった。


「高等学校? なによ、その生意気な名称は」

「サイトの国では平民なのに学校に行くわけ?」

「なんだ、やっぱり魔法を習っていたのかい? 人が悪いじゃないか、サイト」


それぞれがバラバラの印象を受けてしまう。

ギーシュに至っては、おかしな勘違いをしていた。

うまく伝わらなかった才人は、もう少し説明を続ける。


「魔法は習ってねえよ。俺の国じゃ、子供は最低九年勉強するんだ」

「「「九年!?」」」


三人は驚愕した。


「高校生ってのは、さらに三年学校に行くやつの事だな」


説明が面倒くさい才人は、大学の事は言わなかった。


「さらに三年だって!? い、いったい何をそんなに勉強するんだね!?」


勉強が嫌いなギーシュは悲鳴を上げた。


「何をって、いろいろだよ……」


文字の読み書きや簡単な計算から始まって、国語算数理科社会。

学年が上がるに従って、細分化されながら高度な学問へ。

現代文、古文、漢文。地理、歴史、世界史。現代社会、倫理、政治経済。数学、物理、化学、生物学。外国語。

その他諸々。とりあえず、才人は今まで習った科目を並べてみた。


「「「…………」」」


当然、ポカーン。

ルイズ達三人は呆気にとられていた。

才人は、馬鹿みたいに口を開けるルイズを見て、フフンと調子に乗る。

大口を開けるルイズははしたなかったが、才人に教養があるなど信じられないのだから仕方がないだろう。

どちらかと言えば、日本の誰もがやっている事に胸を張る才人の方がダメダメなだけである。


「大変興味深いお話ですわ。ミスタ・ヒラガ」


そんな、一種固まった空間に割り込んできた声。

背後から聞こえてきたその声に振り向いた才人は、目の前の人物に全身の毛が逆立った。

才人の全身を奔る衝撃。


「フー……ッ!!」


名前を叫びそうになった才人の唇を、女は人差し指で優しく蓋をした。

緑の長い髪をアップに纏め、背中の大きく開いたドレスに身を包む美女。

自身の髪と同じ色であるエメラルドグリーンのドレスは、その美女にあつらえた様に映えていた。


「私の名前はロングビルです。一曲お相手頂けるかしら、ジェントルマン」


世の男を全て虜にする笑みを浮かべた美女は、優雅に才人の手を取った。

『土くれ』のフーケ。

命を賭けて踊る覚悟を決めた盗賊は、この場の誰よりも美しかった。










 後書き(予告状)

ルイズの魅力は伝えた。
次は全員『フーケェェェ!!』にしてやんよぉ。

                  萌えの伝道師より



[7531] 第十八話 阿修羅無限皇龍斬
Name: yossii◆1d5cbef8 ID:6b1b3af4
Date: 2010/02/24 12:47
馬鹿みたいに強い厨主人公が発生しています。
パワーバランスとかよく分かりません。
しっかりと心臓を叩いてからお読み下さい。ヘタすると止まります。
「(真)スーパー才人 VS フーケ」は、どシリアスです。
二人の間に、ギャグやコメディが入る余地はありませんでした。
ではどうぞ。









「ンッ……ンッ……アンッ……ヤッ……アァァァ……」


強引にドレスを剥ぎ取られ、後ろからという屈辱的な体勢で組み敷かれたのにもかかわらず、ルイズはそのまま

上り詰めた。

激しく打ちつけられていた腰が引き抜かれた直後、尻から背中に熱を感じる。

別に中で出してもよかったのに と、胡乱な頭は後先を考えられなくなっていた。

才人とフーケの踊りを緊張して眺めていた後、青い顔をして戻ってきた使い魔に強引に連れ出されたルイズ。

ルイズが何を聞いても才人は応えない。

そして部屋に戻り、乱暴に己を抱いてくる。

ルイズは拒絶しなかった。

何故なら、才人の手が震えていたから。

才人が怯えているのを感じ取ったルイズは、才人のされるがままになった。

大方の予想はつく。

おそらく、フーケと事を構える事になったのだろう。

でなければ、フーケがピンポイントでこちらに接触してきた理由が分からない。

忘れ掛けていた命のやり取りの感覚。

それを思い出した才人は、女の温もりで誤魔化そうとしているだけなのだ。

しかし、そんな扱いをされても、ルイズに否はなかった。

臆病者と罵る事もしない。

自身が巻き込んだ事を自覚しているのもあるが、才人がどういう人間か知っているからだ。

このみっともない騎士は、最高であり最強。

最後には必ずやってくれる人。

ならば、駄目な時は己が支えてやらなければ。

甘えてくる男を愛しく感じてしまうルイズは、最早少女ではなかった。


「ごめん、ルイズ……」


自身も達し、ようやく我に返った才人は、目の前で脱力している少女に謝った。

これではレイプだ。

女の意思を無視して体を好きにするなど、決してしていい事ではない。

汚してしまったルイズの背中を拭きながら、才人は自責の念に駆られていた。


「なんで謝るの?」


荒い息を整えながら、ルイズは才人に向き直る。

大好きな少女の美しい瞳に見詰められながら、才人は益々小さくなった。


「その、無理やりしちまって……」

「構わないわ」


間髪入れずに返してくる御主人様に、使い魔は言葉が出てこなかった。


「あんたになら犯されても構わない」


好きよ、サイト と微笑んでくるルイズに、才人の心には安心が広がっていった。

真っ赤になりながら、お、俺も と返し、才人はルイズを抱きしめる。

そして、しばらく互いの唇を堪能した後、ルイズは口を開いた。


「フーケとは何を話したの?」

「……あ~、俺を殺すってさ」


才人は頭を掻き、躊躇いながらも口にする。

最初は何気ない事を話していた。

こちらが警戒しているのが馬鹿らしくなるほど、目の前の女は優雅で美しかった。

それが丁寧語で話してくるせいだと気付いた時、フーケは言った。

貴方を殺します、と。

笑みを絶やさず、穏やかに告げてくるその姿が、否が応にも恐怖を煽った。

そこからはよく覚えていない。

冷水に浸かったような恐怖に支配され、ここが平和な日本ではない事を実感した。

しかし、ルイズに癒されて大分落ち着いたのか、才人は幾分余裕を取り戻していた。

逆に、才人の言葉を聞いたルイズの方が頭に血を昇らせる始末。

まあ、ようやく巡り合えた恋人を奪うと言っているのだ。当然であろう。

だが、怒りを撒き散らしても問題は解決しない。

その気になればいつでも消し飛ばせる、と怒りを内に秘めたまま、ルイズは先を促した。

直情なのは相変わらずだが、この一年で耐える事を覚えたルイズ。

意外と成長している様である。


「明日の昼、郊外の森に来いってよ。ほら、前の時のフーケの隠れ家のとこ」


来なかったら学院でゴーレム暴れさせるって、と才人は続けた。

それはつまり、学院を人質にとったという事だ。

無茶苦茶である。そんな真似をすれば、フーケ自身がただでは済むまい。

多くの名門貴族が集まる学院を襲撃すれば、国が総力を挙げて追うだろう。

あまりに道理を外したフーケに、正気なのかと怒りが込み上げてきたのだが、ルイズはおかしな事に気が付いた。

そんな考え込むルイズに気付かず、才人は愚痴を漏らす。


「くそっ! なんでデルフ持っていかなかったんだ……」


そうすればその場で捕まえられたのに、と悔しがる才人を見ながら、ルイズは思考を深めていった。

ちなみにデルフリンガーは、ルイズに吹き飛ばされた後、ロープでぐるぐる巻きにされ窓から吊るされている。

もっとも、ナイフをジーンズのポケットに入れっぱなしにしていたのは、完全に才人の落ち度ではあったが。


「バカね。今のフーケは、偽名で学院長の秘書になっているのよ?」


そんな事出来るわけないでしょ、とルイズは才人を指摘した。

証拠が無い内に力ずくで取り押さえても意味が無い。

逆に、平民の才人の方が牢屋行きだ。


「な、なんだよそれ!? 殺すって言われたんだぞ!」

「そんなのあんたしか聞いてないじゃない」


ルイズとてハラワタが煮えくり返っていたが、相手が盗賊だという事を知っているのは自分達だけなのだ。

指定された場所には罠がしかけられている筈。冷静にならなければ、相手の思うつぼだろう。

ルイズは怒りを抑え、冷静に事態を把握していった。

勿論、落ち着けと言われた才人の顔は渋くなる。

ぶちぶちと文句を垂れる才人だったが、それに構わずルイズは疑問を口にした。


「なんでフーケがサイトの命を狙うわけ?」

「は?」


才人には、ルイズの疑問の意味が分からない。

才人にとって、フーケは敵なのだから。


「会った事もない盗賊なのよ?」

「はあ? なに言って…………ッ!?」


ここで才人も気が付いた。

そうだ。過去に戻った自分達はフーケと会っていない。

現在のフーケは、自分達の事など知っている筈がないのだ。


「ま、まさか……」


慄く才人に、ルイズは頷いた。


「ええ。多分、フーケも戻って来てる」


ルイズの顔にも苦渋が広がった。








 第十八話 「阿修羅無限皇龍斬」



次の日の朝、朝食を取った才人とルイズは、馬に乗って指定された場所に向かっていた。

フーケが逆行しているかもしれない以上、無視する事はリスクが高すぎるのだ。

朝、気持ちが高ぶっていた才人は、朝食の前に軽く鍛錬を行い、ギーシュと出会う。

その時、秘書を騙る盗賊を退治しに行くからルイズ共々授業にはでない、と言っておいた。

何の事か良く分かっていないギーシュが不安だったが、人質を取られている以上あまり騒ぎになって欲しくない。

夕方には帰ると言って学院を出たのである。


「よう、相棒。ちゃんと作戦は決まってるのか?」


才人の背中の剣が、老婆心を発揮して訊ねた。


「ああ。俺が突っ込んで、ルイズがフォロー」


前に座るルイズを胸で支え、才人は答える。


「いつも通りじゃねえか」


デルフリンガーは苦笑した。


「サイトが足止めしてる隙にディスペルでゴーレムを土に戻してもいいし、エクスプロージョンで吹き

 飛ばしてもいいわ」


ルイズも会話に参加する。


「ま、たしかにな。今のおまえさん達ならメイジ一人なんぞ敵じゃねえ。気を付けるのは罠だけだな」

「そういう事よ」


随分と気楽な事を言っている一人と一本。

そこに才人が待ったを掛ける。


「……なあルイズ。俺一人にやらせてくれないか?」

「は? あんたなに言ってんの?」


真剣な声音を出す才人に、ルイズは訝しんだ。


「自分がどれだけやれるか試してみたい」


今後は戦闘の連続になる。

この戦闘で自らの力を計りたいと才人は言った。


「ダメよ」


ルイズは即答した。

何も実際の戦闘で試す必要はない。

才人が傷つく可能性は少なければ少ない程いい。

第一、フーケは生かしてはおけない。

未来を知っている敵など、百害あって一利なし。

ルイズは自身の為、国の為、何より才人の為に、フーケを殺すつもりだった。

この使い魔は優しすぎる。

才人に人殺しは出来ないだろうし、して欲しくない。


「なんでだよ!?」


当然、一瞬で却下された才人は憤る。

無論、自身の力を確かめたいのも本音だが、才人はルイズに虚無を使って欲しくなかった。

虚無は力が大き過ぎる。

それを狙う輩が出てくるのは目に見えていた。

レコンキスタとの戦いもある。

それに、才人はルイズに試して欲しい事があるのだ。

精神力を無駄に使って欲しくなかった。


「わざわざ命を危険に晒す必要はないでしょ」


才人が時間稼ぎしている間に、虚無で仕留める。必勝だ。

自身がフーケ殺害を目論んでいる事を知られたくないルイズは、殊更合理性を説いた。

しかし、そこで口を挟む剣。


「いや、悪くねえな。今の内に実戦の空気に慣れておくのはいい事だ」


力を把握しておくのは必要だ、とデルフリンガーにも一理あった。


「あんたは黙ってなさい! このボロ剣!」


才人の味方をするデルフリンガーに、ルイズは一喝する。


「ひでえな、娘っ子。俺はもうボロじゃねえよ」


実際、デルフリンガーは既にピカピカの刀身だった。

サイトストラッシュの練習時、心の震えに反応したデルフリンガーは真の姿を取り戻していたのだ。

凄まじきは厨二の心という事だろう。


「うるさい! あんたなんかボロ剣で十分よ!」


必死なルイズはデルフリンガーを罵倒する。

またもボロ剣と言われたデルフリンガーは、ひでえ、と一言残し押し黙った。


「ルイズ。俺さ、ルイズに試して欲しい魔法があるんだ」


ギュッと腹に回された腕に力を込めて言う才人に、ルイズは怪訝な顔を向けた。


「”世界扉(ワールドドア)”」


それは、地球とハルケギニアを繋ぐ奇跡の魔法。


「……ぇ?」

「だからさ、あんま魔法使ってほしくねえんだよ」


真摯な目を向けてくる才人に、ルイズは心臓が止まる程の衝撃を受けた。

才人は帰るつもりなのか?

ずっと一緒にいてくれると言ったのは嘘だったのか?

ルイズは混乱する。


「で、でも、私には使えないって……」


教皇ヴィットーリオに、己が攻撃に特化した虚無であると言われた事を理由に、ルイズは口籠った。


「試したわけじゃねえだろ?」

「でも……」


ルイズは顔を逸らして前方に向き、泣きそうになっている自分を隠した。

怖ろしかったのだ。

才人がいなくなってしまうのは耐えられない。

学院も国も放りだして、このまま才人を攫ってしまいたい。

体が震えそうになった時、才人が言葉を紡いだ。


「おまえに見て欲しいんだ。俺の世界を」


ヒュッと息を飲むルイズ。

構わず才人は続ける。


「ルイズはたくさん見せてくれたろ?」

「な、何を?」

「地球にいたんじゃ見る事ができないモノを。いっぱい」

「…………」


一瞬で恐怖は去った。

ルイズの心を温かいモノが満たしていく。


「今度は俺が見せたい。両親を。学校を。こことは違う世界を。俺が育った街を、ルイズに見せたい」


ポロリと涙が零れた。

幸せすぎて、ルイズの涙腺は決壊寸前になってしまう。

ルイズは慌ててぐしぐしと目を擦り、誤魔化すように言った。


「ふ、ふーん。り、旅行がてら行くのも悪くないわね」

「だろ?」

「え、ええ。そそ、そういう事ならしかたないわ。あんたがフーケを倒しなさい」


ルイズは、もうフーケなんぞどうでもよくなった。

仮にも公爵令嬢に喧嘩を売ったのだ。学院を人質に。

捕まえれば縛り首は確定。

まさか公爵家の証言を無下にはすまい。身元を洗うなり自白させるなりするだろう。

今度は脱獄出来ない様、厳重に監視してもらおう。

なにも自分達が手を下す必要はないのだ。

ルイズはバラ色の未来に想いを馳せた。

続く才人の、一言一言己に言い聞かせる様な言葉を聞くまで。


「ああ。邪魔するなら、敵になるなら、フーケを殺す」








「ねえちょっと、サイト達の姿が見えないんだけど」


キュルケは授業に出ない二人を怪訝に思い、休み時間にギーシュに声を掛けた。


「ああ、二人なら盗賊退治に行ったらしい」


何故か髪を掻き上げるギーシュ。


「はあ!? なによそれ!?」

「ちょ、苦しい……」


無駄に気障を振りまくギーシュの襟を掴み、キュルケは詰め寄った。


「どういう事!」

「い、言う。言うから、離して、くれ……」


ギュウギュウと首を絞められたギーシュは、息も絶え絶えに降伏した。

えらい剣幕のキュルケだったが、別に二人を心配しているわけではない。

なにやら面白そうな予感に『微熱』が反応したのだ。

どうやら隠し事をしている二人が、授業をサボって出掛けた。

しかも盗賊退治ときた。

こっちは退屈な授業を受けているというのに、あの二人だけ面白そうな事をするなど許せない。


「どこ! 場所はどこ!」


娯楽の少ない学院で、今最も興味をそそられるのはあの使い魔なのだ。

思い切って誘惑しようか悩んでいるくらいである。

ルイズが本気で惚れている以上、殺し合いになりかねないので自重しているが。


「落ち着きなさいよ。貴女らしくないわね」


絞め落とされる寸前のギーシュを救ったのはモンモランシー。

彼女はギーシュの隣に腰かけていた。


「あら、私とした事が」


パッとギーシュから手を離し、キュルケは我に返った。

モンモランシーは呆れの目を向けて言う。


「だいたい、盗賊退治なんてどうでもいいじゃない」


喧嘩なんてしたくない、というモンモランシーに、キュルケは笑顔で反論した。


「退屈な授業よりよっぽど楽しそうじゃない」


その言葉に溜息を吐くモンモランシーをそのままに、キュルケは呼吸に喘いでいるギーシュを尋問する。


「それで、二人はどこに向かったの?」

「さ、さあ? 郊外の森に行くとしか……ヒィッ!」


知らないと言おうとしたギーシュだったが、キュルケの眼光に竦み上がった。

ギーシュの脳細胞は、慌てて朝の記憶を検索する。


「そ、そういえば、夕方には帰るって言ってたような……。ハハ、ハハハ!」


ギーシュ得意の笑って誤魔化しである。

まあ、ギーシュにはそれしかないのだが。

情けないわねぇ、と呟くモンモランシーの声にも聞こえない振りをする。


「あ、あと、秘書に化けた盗賊とかなんとか……」

「まあ! 随分と事件を匂わすじゃない!」


キュルケの目がランランと光り輝いた。

『微熱』が燃え上がった証拠である。


「夕方までという事は、逆算して片道三、四時間。馬で行ったと言う事は、街道沿いかその近辺」


キュルケの脳は、『微熱』を燃料にフル回転した。


「盗賊の隠れ家。王都の近くは考えられない。海岸側では逃げにくい。残りはガリアかゲルマニア方向」


非常に都合のいい想定を元に、大胆に場所を特定していく。


「街道に農夫か商人がいれば、使われていない廃屋や洞窟を聞けばいい。いえ、建物限定の方が現実的かしら」


ブツブツと呟きながら、キュルケは高速で思考を纏めていった。

ギーシュとモンモランシーは唖然として冷や汗を流している。


「風竜のシルフィードなら、両方向探しても間に合いそうね」


ニヤリと結論を出したキュルケは、助けてタバサ~ と親友に泣きついた。


「こ、これが『微熱』……。なんて恐ろしいんだ……」


ギーシュの慄きに、モンモランシーも無言で相槌を打った。

勿論、ギーシュとモンモランシーの二人も巻き込まれる事になるのは言うまでもない。

面白い物は皆で観賞しましょう、というキュルケに引き摺られる事は決定事項なのだ。

四人がガンダールヴの力に驚くのは、もう間もなくの事である。









馬を木に括りつけ、才人とルイズは森の中を進む。

そして、学院と同程度の開けた空間にたどり着いた時、そこにはフーケがいた。

フーケの隣には、既に巨大なゴーレムが錬金されていた。


「よく来たね、ガンダールヴ。おや、虚無の小娘も一緒かい?」


二人をからかう様な言葉。

フーケの口から出た虚無という単語に、才人達はフーケも同じだという確信を得た。


「なんでテメエが戻ってきてる?」


才人はルイズをその場に残し、デルフリンガーを引き抜いて歩を進めた。

ルイズは何か言いたかったのだが、才人の殺す発言に、何を言えばいいのか分からなくなっていた。


「どうでもいいじゃないか、そんな事」


ニヤニヤと笑うフーケが癇に障る才人。

しかし、昨日の美女よりも、こっちの方がフーケらしいとも思ってしまう。

才人は15メイルほどの間合いで立ち止まった。

既に、フーケのゴーレムの射程圏。

ガンダールヴにとっても、一足飛びで詰められる距離である。


「言いやがれ! それに、またレコンキスタに協力するつもりなのか!」


フーケは一瞬怪訝な表情を浮かべたが、それはまさに一瞬。

すぐに仮面をかぶり直し、そうか、本当なら貴族側につくのか、と自嘲した。

ティファニアから、自身とヒラガサイトが喧嘩していたと聞いてはいたが、何の事は無い。

実際に殺し合った仲だったと言うわけだ。

仲良く出来る筈もないと、フーケの笑みは益々深くなっていった。


「だったらどうだっていうんだい?」


フーケの答えにキレそうになる才人だったが、まだ説得を試みる。

それは才人の甘さではなく、人を殺すのが怖いという弱さだった。


「やめろ! レコンキスタは戦争を広げるんだぞ! しかも負けるのが分かってんのに、なんでだ!」


才人は必死だった。が、剣を構える手に怯えはなかった。

皮肉にも、らしいフーケの姿が、過去の戦闘の記憶を蘇らせたのだ。

覚悟はハルケギニアに召喚される前から出来ている。

生きて帰ると、母と約束したのだから。


「うるさい坊やだね。おしゃべりしに来たのかい?」


フーケは強引に会話を打ち切った。

ここが人生の剣が峰。

ヒラガサイトの性格は大体把握した。

まずまずだ。ティファニアを見捨てられる様な性格ではない。

あとは力を見せてもらう。


「あんた等には世話になったからね。チョロチョロされる前に、小娘ごと潰させてもらうよ!」

「てめえ!!」


ルイズも殺すと宣言され、怒り狂った才人に、フーケは身の丈30メイルはあるゴーレムをけしかけた。

勿論、殺す気で仕掛ける。

だが、おそらくヒラガサイトを殺す事は出来まい、とフーケは考えていた。

向こうは、曲りなりにも戦場で名を上げてきた騎士。

対して、こちらは戦闘になる前に姿を消すのが仕事の盗賊だ。

戦闘の経験値には大きな開きがあるとみていい。

魔法の技術には自信があるが、ガンダールヴがどの程度の力を持っているのかも把握し切れてはいない。

正面からぶつかって、勝率は五分に届けば恩の字だとフーケはみていた。

ヒラガサイトを見極める時間が無い以上、この身で確かめるしかない。

虚無の担い手がいる事も好都合。

死に物狂いの『土くれ』を一蹴出来るのなら、ティファニアを託してもいい。

自分が敗れて死んだ時の処遇は、信じるしかないがオスマン学院長に約束させた。

もし、二人がかりでも自分を取り逃がすようなら用は無い。ティファニアを連れてガリアへ行く。

ヒラガサイトが役に立たないのならば、古臭い伝統に縛られる小国のトリステインなど信用できない。

エルフを目の敵にしているロマリアも論外。

当てもなくゲルマニアに逃げた所で、逃亡生活にティファニアは耐えられまい。

担い手達全てに記憶があるなら、ガリア王とロマリア教皇から逃げ続けられる自信など無い。

もはや、ジョゼフの犬となって慈悲を乞うくらいしか選択肢が無いのだ。

そして、万が一にでもヒラガサイトを殺してはならない。

ヒラガサイトは保険だ。

世界の全てがジョゼフの敵になった時、「フーケに攫われたティファニア」を救う役目を負ってもらう。

時間さえあれば、ヒラガサイトはシュヴァリエ、騎士隊副隊長と、順調に国家の力を身に付けていく。

女王が直接捜索の指示を出す程、権力者の信頼を勝ち取っていくのだから。


「死にな、ガンダールヴ!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「おおっと。こりゃまた随分キテるね、相棒」


拳を鋼鉄に変えた、30メイルもの巨大なゴーレムの攻撃。

才人は雄叫びを上げた。

場にそぐわない呑気な声も聞こえた。

その瞬間、ズバンッという音と共に才人の姿が掻き消えた。

そして轟音。


「なっ!?」


フーケは驚愕の声を上げた。

気付けば、ゴーレムの左足が吹っ飛んでいる。

傍には、剣を振り切った体勢の才人が。

フーケは才人の逆鱗に触れてしまった。

感情がそのまま力になるガンダールヴにとって、いまの怒り狂った才人は超人と同義である。

才人は出し惜しみするつもりはない。

しかし、このままフーケを仕留めるつもりもない。

この自慢のゴーレムがどれだけ役立たずなのか教えてやる。

才人はキレていた。

簡単に死ねというフーケに。

大事な御主人様を殺そうとするフーケに。

命を何とも思っていないフーケに。

心に去来するウェールズ王子の死。

アンリエッタの泣き顔。

もう一度言おう。才人は怒り狂っているのだ。


「いくぞっ!! デルフ!!」

「おうよ!」


またも掻き消える才人。

直後、ゴーレムの肘の辺りが吹き飛んだ。

切り飛ばしたというより抉り飛ばした腕の乗る、やはり剣を振り切った体勢の才人の姿。

しかし、それも一瞬。

才人の姿をフーケが視認した瞬間には、別の部分が吹き飛んでいた。

頭、わき腹、肩、足、次々と。

これが才人が考えたガンダールヴの戦闘法。

常識はずれなガンダールヴの速さでもって、人間の動体視力の限界を超える急激な方向転換。

そこから振るう桁違いな膂力でもって全てを薙ぎ払う。

相手は才人の姿を捉える事が出来ない。

技など無視した、速さ頼みの完全な力押しである。

もっとも、誰にも止められない力押しではあったが。

一年間、才人は対七万戦を考え続けた。死ぬ一歩手前まで追い詰められた戦いを。

あの時の平賀才人は最強だった。

鎧兵士を数十人、まとめて吹き飛ばす程の衝撃波を放った。

自分の速さについてこられる者など誰もいなかった。

千の矢も、万の魔法も全て見えた。

にも拘らず、なぜ被弾したのか?

足を止めたからだ。

馬鹿正直に全ての攻撃を受け止め様としたせいで、全方位からの集中砲火に体が追いつかなかったからだ。

ならば止まらなければいい。

敵を倒しきるまでは、決して足を止めない。

自分に当たりそうな攻撃だけ捌く。

これが、頭の悪い才人が、頭が悪いなりに考えた対七万への解答だった。


「ば、化け物か!!」


フーケは悲鳴を上げる。

ゴーレムの再生に全魔力を注ぎ込んでいるのに追いつかない。

精神力が底をつくのも時間の問題だった。








「おっ、あれじゃないかい? ゴーレムが……ッ!?」


上空から、ようやく才人達を見つけたギーシュは息を飲んだ。


「な、なによアレ……」


モンモランシーもまた、驚愕の声を上げる。


「……速すぎて見えない」


必死に目を凝らすタバサだったが、青い影を捉えるので精一杯だった。


「す、すごいわ……。ダーリン……」

「「ダーリン!?」」


キュルケの呟きに、ギーシュとモンモランシーは、もう一度驚愕の声を上げざるを得なかった。


「イーヴァルディ……」


ぼそりと呟いたタバサの声は、誰の耳にも届かなかった。おそらくはタバサ自身にも。


「もしかしたら、あれがアシュラムゲンコウリュウザン……」


キュルケへの驚愕から立ち直ったギーシュは、烈風となった才人を見て言う。


「アシュ……なに?」


キュルケが目を輝かせて訊ねる。


「いや、聞いただけなんだが。なんでもサイトの家に伝わる、ヒラガミツルギ流とかいう剣術の奥義らしい」

「「へえ……」」


『デレモンモン作戦』の時に出す筈だった才人の技を思い出し、ギーシュは顔を青くした。

あんなモノを出して、僕を殺す気だったのか? と、才人の常識を疑う。

ギーシュの解説を聞き、キュルケとモンモランシーは同時に感心した。

タバサの目も真剣である。


「技の名前の意味は?」


聞いた事が無い響きの言葉に、タバサもまた興味を隠しきれない。


「なんだったかな……。ええと、アシュラってのは三つの顔と六本の腕を持つ戦いの神とかなんとか……」


後は憶えていないと言うギーシュ。

もっとも、阿修羅は神であったり悪魔であったりもするのだが、勿論そんな事を知っている才人では無い。

さらに、才人が行っている攻撃は、別に技でもなんでもない。

ただ思いっきり走って、思いっきり剣を振っているだけである。

しかしギーシュの勘違いは、しっかりと皆に伝播していた。

才人がソードマスターの名を冠するのも、そう遠い未来の事ではないだろう。


「戦いの神……」

「ダーリン……」

「サイトの国には物騒な神様がいるのね」


荒事が得意でないモンモランシーはともかく、タバサとキュルケの関心は凄まじかった。









「ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


絶叫するフーケ。

フーケは、ここを自身の死に場所に決めた。

だから逃げる事を考えず、残った力を全部使う。

見極めは終わった。

満足した。

しかし、一矢報いたい。

今までティファニアを護ってきたのは自分だ。

他の誰でもない。フーケという薄汚い盗賊が護ってきたのだ。

簡単に奪われては盗賊の沽券にかかわる。

『土くれ』のフーケ、最後の意地。


「ゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


フーケは削り取られていくゴーレムの再生速度を落とさぬまま、その巨大な胴体の前面を火薬に錬金した。

点で捉えられないなら面で。

どこまで爆発力を上げられるか分からないが、ヒラガサイトを吹き飛ばすくらいは出来るだろう。

カモフラージュの為にゴーレムを再生し続け、同時に錬金。

さらに、着火の魔法を使用する。

足りない魔力を無理やり精神から汲み上げ、急速に遠のいていく意識を必死に繋ぎ止める。

魔法の並列使用に脳が悲鳴を上げるが構わない。

ここで死ぬと決めたのだから。


「喰らいなァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


『土くれ』のフーケは、人生最後の雄叫びを上げた。


「やべえ!! 離れろ!! あいぼ……」


デルフリンガーの警告は間に合わなかった。

直後に、大気を震わせる轟音。と同時に才人の咆哮。


「オオオッラアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」


目の前で弾けるエネルギーを、才人は音の壁をぶち抜く横薙ぎの一閃で押し返した。

まるで自爆したように、フーケのゴーレムは爆散した。

才人の斬撃が生み出した圧力は、衝撃をほぼ全てフーケへと向る。

大分距離を取っていたにも拘らず、フーケは訳も分からず爆風に翻弄された。

ゴロゴロと転がったフーケは、もはや指一本動かす事も出来ない程消耗していた。

力を振り絞り、僅かに視線を上げる事に成功したフーケは、名前を叫びながら五体満足の少年に駆けよる少女の

姿を見た。

上空から竜が降りてきているのも。

フーケは理解する。

最後に全てを賭けても、自分の意地が相手に届かなかった事を。


「…………七万を…………止めるわけだ…………」


息も絶え絶えのフーケの呟きは、そのまま風に溶けた。

フーケは勝者である。望みを果たしたのだから。

しかし、その姿は敗者であった。

『土くれ』のフーケ。

王家を憎み、運命に復讐を誓った盗賊の、今日が最期の日。













 後書き

arcadiaに暮らす一流の紳士達よ。
私は批判も反論も全て受け入れよう。
だが忘れないで欲しい。
たとえ私が倒れたとしても、厨二は滅びない。
厨二は蘇る。
そう、何度でもだ。


訳:ゴメンみんな。自分でもやりすぎたと思う。



[7531] 第十九話 殺す覚悟
Name: yossii◆1d5cbef8 ID:6b1b3af4
Date: 2010/03/18 14:43
感想数70オーバーて……。
ありがとうございました。
今回は更に厨二です。題名の後ろに(笑)をつけて脳内補完して下さい。
でも、皆も好きですよね? このテンプレ。
おそらくシリアス厨二はここまでなのでご容赦を。
では、心臓をしっかり叩き終わった人からどうぞ。








「ふむ。巷を賑わしとる盗賊かの?」


学院長オスマンの声には、事実を確認するだけの響きしかなかった。

オスマンは、例えどれほど優秀な盗賊であろうとも、学院の宝物庫を突破する事は出来ないと考えている。

それ以前に、この自らの名を名乗った盗賊は、学院の宝などが目的ではないとも感じていた。


「お恥ずかしいですわ。名が売れた盗賊なんて二流もいいとこですもの」


コロコロと笑うフーケに、オスマンもホッホと笑顔を返す。

もっとも、オスマンの心中は呆れの色が強かった。


 わざわざ犯行声明を残しとりゃ当然じゃろ


オスマンは悟る。

この美しい秘書は優秀だ。不満など欠片も無かった。

自らの首を絞める事はしないし、他者をからかうような愉快犯でもない。

ならば、『土くれ』のフーケは貴族を虚仮にしたいのだ。

貴族は社会の根幹。貶めれば世界が混乱する。

フーケとは、貴族の無能さを知らしめる為なら多少のリスクには目を瞑る程、世界に復讐を誓った者なのだと。

笑顔でここまで洞察したオスマンは、場の主導権を引き寄せる為に本題を切りだした。


「ワシに何を望むんじゃ?」


盗賊が自らの正体を晒す以上、そのリスクと釣り合う目的がある筈。

いつ戦闘が始まってもいいよう、老魔法使いは静かに魔力を練り始めた。

そんな、笑顔を絶やさぬ学院長から只ならぬ圧迫感を感じ取ったフーケは、笑みを絶やさずに要求を述べた。


「ミス・ヴァリエールの使い魔がガンダールヴである事を公表して頂きたいんです」


ピクリと眉が反応するオスマン。

何故それを知っているのかは、この際問題ではない。

それが目の前の盗賊の利益にどう反映されるのかだ。

第一、国を揺るがす事実を、おいそれと公表する事など出来る筈もない。


「それはできん。虚無が蘇ったと知れば、馬鹿共がいらん戦争を起こすでな」


学院長の立場として、また国を憂う貴族の一人としても、フーケの要求は飲めるものではなかった。


「もう遅いのです。オールド・オスマン」


オスマン同様、笑みを消したフーケは言った。


「どういう意味じゃ?」

「ガリアとロマリア、そしてアルビオンの虚無も既に目覚めています」

「な、なんじゃと!?」


系統魔法の使えぬ『ゼロ』のルイズ。

ヴァリエールの三女が虚無である可能性は考えていた。

しかし、フーケの言葉はそれを上回る。

オスマンに出来たのは、驚愕の声を上げる事だけだった。


「ガリア王ジョゼフ。ロマリア教皇ヴィットーリオ」


フーケはたたみ掛ける。が、最後の虚無は言わなかった。

義妹の情報は出来る限り隠す。

フーケにとって、それは当たり前の措置。


「……それが真実である証拠は?」


オスマンはすぐに落ち着きを取り戻し、情報の信頼性を確かめた。


「ありません」


が、フーケから帰ってきたのは曖昧な物だった。


「話にならん」

「では、身近にいる虚無に聞いてみたらいかがです?」


トリステインの虚無は貴方の生徒でしょう? と言うフーケに、オスマンは言葉を封じられた。
 

「既に戦争は始まっていますわ。虚無を詐称する者達の手によって」

「……アルビオンか」


反乱軍の指導者が虚無だという噂は聞いている。

しかしフーケは詐称と言った。

アルビオンの虚無は内乱に加担していないのか?

だが、フーケの言を信じるならば、それは唯の内乱ではない。

背後にガリアかロマリアがいる。

内乱の裏を洞察したオスマンは、僅かに顔をしかめた。


「貴族派の次の標的はトリステイン。もはや戦争は避けられません」

「……馬鹿共が。ミス・ロングビル、いやフーケ。その情報をどこで仕入れた?」


忌々しそうに訊ねるオスマンに、フーケは素直に口にする。


「アルビオンの真の虚無から聞きました」

「ほう。何者かの?」

「名前は言えません」


瞬時に眼光が鋭くなるオスマン。

国家の存亡が掛かっている。それは同時にこの学院もだ。

虚偽を許すつもりはなかった。

しかし、


「私の妹です」


続く言葉で、フーケの事情を看破した。


「……なるほど。そういう事じゃったか」


真実かどうかは分からないが、目の前の女は肉親を護る為に動いている。

アルビオンにいるであろう虚無は、たしかに風前の灯火であろう。

妹を護ろうとするのは、人として当然の感情である。

オスマンは唯の好々爺ではなかったが、さりとて悪人でもなかった。


「して、たかだか学院長のジジイに出来る事など知れとるぞい?」


相手の目的が分かり、幾分余裕を取り戻したオスマンは仮面を被り直した。

盗賊と言う職業に嫌悪感はあったが、フーケの人となりまで否定するつもりはない。

こちらの利益にも関わってくる以上、話を聞いても損はないとオスマンは判断した。


「明日、ガンダールヴに戦いを挑みます」


眉を傾けたオスマンは、困惑しながらも続きを促した。


「私が勝った場合は何もしなくて結構です。そのままガリアへと向かいます」

「ガリアじゃと? 敵にまわるという事かの?」


他国の虚無の立ち位置が分からないオスマンは、そう言ってカマを掛けてみた。


「……分かりません。ですが、妹を護る方法がそれしか思いつきませんでした」


気付いているのかいないのか。フーケは、ガリアがトリステインの敵である事を否定しなかった。

しかも、どうやらアルビオンの虚無は事情が複雑なようだ。

疑問に一瞬躊躇したフーケを観察しながら、オスマンは更に疑問を重ねた。


「フム、そうか。では、敗れた場合は?」

「その時は、学院の秘宝を盗んだフーケを討伐した事にして下さい」


ようやく、己の真の目的を口にしたフーケ。

しかし、オスマンにはフーケの言っている事が理解できない。


「フーケの悪名が、そっくりそのままガンダールヴの名声に繋がります。ひいてはミス・ヴァリエールの」


が、続く言葉で理解した。

『土くれ』討伐の功績を、ガンダールヴにくれてやるつもりなのだ。

戦いを挑むのは、首を差し出すに値する人物なのかを見極める試験。

オスマンの顔には苦い物が広がった。


「……おぬし、まさか死ぬ気ではあるまいな?」

「私も命は惜しいですわ。ですが、盗賊ごときの命は最大限使うべきです」


その言葉に、オスマンはフーケの覚悟を見た。

同時に沸き起こる疑問。


「……なぜじゃ? なぜそこまでガンダールヴに肩入れする?」


オスマンの当然の疑問に、フーケは初めて本当の微笑を浮かべた。

フーケは己以外誰も信じない。


「妹が言っていました。ヒラガサイトは勇者なのだと」


唯一、義妹のティファニアをのぞいて。

きっと妹を護ってくれるでしょうというフーケの言葉は、諦めではなく、最善を尽くす強い意思が感じられた。

そんな凛とした佇まいのフーケに、オスマンは了承の答えを返す以外の選択肢が無い。

約束しよう、というオスマンの答えに満足した後、フーケは感謝の言葉と共に一礼して学院長室を出ていった。

その姿を見送り、儘ならんのうと呟きながら、オスマンは水煙草に手を伸ばす。


「伝説の神の盾。ならば女の一人や二人、護ってくれるんじゃろう?」


煙と共に吐き出された言葉は、オスマンの祈りでもあった。










 第十九話 「殺す覚悟」



精神力が底をつき、這いつくばったフーケは身動き一つ出来なかった。

体中が悲鳴を上げている。

涎を飲みこむ力すら失い、呼吸に喘ぐだけで精一杯だった。

そんな無様なフーケを、才人はじっと見詰めていた。


「サイ……!」

「素敵だったわ、ダーリン!」

「キュ、キュルケ!? あ、あんた達も何でここにいるのよ!」


右手に剣をぶら下げた才人の顔には、能面のように表情がなかった。


「いやあ、来るつもりはなかったんだが。キュルケに捕まってしまってね」

「まったくよ。私は来たくなんかなかったわ」


才人は覚悟を決めた。決めてしまったのだ。


「ちょ、キュルケ! サイトに抱きつくんじゃないわよ!」

「はしたないなんて思わないで、ダーリン。私痺れたのよ、あなたに」

「こ、この色ボケ女! 聞きなさいよ!」


周りで騒ぐ友人達をどこか別世界の様に感じながら、才人はルイズに言った。


「フーケに止めを刺してくる」


おまえはここに居ろ、と言う才人の言葉に、熱は篭っていなかった。

チラリと視線を向けられたキュルケは、その人形の様な才人の瞳に射抜かれ、拘束を解いた。

その他の面子も、才人の雰囲気がいつもと違う事に気付き、驚きで口を噤んでしまった。

仲間達のおちゃらけた空気を封じ込め、才人は一人、ゆっくりとフーケに歩を進める。

怒りのままに暴れた後、倒れたフーケの姿を見た才人の心は、かつて無いほど冷静になった。

ここでフーケを捕まえても、前の時と同じように脱獄するに違いない。

そして、ワルドと共にレコンキスタに力を貸すだろう。

説得して味方になってもらうか?

無理だ。俺の言葉はコイツには届かない。

第一、他人の命を気にするような奴じゃない。

コイツは自分の損得でしか動かない。

才人は、心の何処かが冷えていくのを感じた。


 ”才人。いいかい? 例え人を殺してでも、必ず生きて帰ってくるんだよ?”


今、才人の心に去来しているのは、必死に懇願する母親の顔。

そうだ。自分は生き残らなくてはならない。

泣きながら送り出してくれた母との約束を破る事は出来ない。

ここでフーケを見逃せば、必ず手痛いしっぺ返しをくらう。

己の身だけじゃない。ルイズの命まで危険に晒すなど、絶対に看過出来ない。

才人は、眼前で這いつくばるフーケの前で立ち止まり、死の宣告を告げた。


「言い残す事はあるか?」


普段の才人が決して発する事のない声音に、ギーシュ達は息を呑んだ。

ルイズもまた同様だったが、同じ立場である彼女には、才人が何を考えているのか理解出来た。

さっきまで自身も考えていた事なのだから。

だからこそ、このまま才人にフーケを殺させていいのか迷う。

己がするべきだ。

自分達の事を知っているフーケを見逃すという選択肢は、余りにリスクが高すぎる。

自身と才人の安全の為にも、ここでフーケを殺すのは最善手。

ならばその役目は、貴族であり、主人でもある己の役目。


「サイト! 私がやるわ!」


ルイズは叫ぶ様に待ったを掛ける。


「……うるせえ。お前は引っ込んでろ」


しかし、底冷えのする才人の声に跳ね返された。

だが、ここで引く事はできない。

身勝手な己の我儘で、平和な世界から召喚してしまったのだから。

彼にやらせるわけにはいかない。


「これは私の役目よ。あんたが引っ込んでなさい!」


正直、今の才人は怖かったが、ここで引いては才人が苦しむ事になる。

護られるだけの存在になるなど我慢できない。

己が才人の最高のパートナーである以上、今だけは決して後ろに引いてはいけない。


「…………」


才人は無言。

その背中から何かを読み取る事は出来ない。

故にルイズは決意を漲らせ、もう一度口を開こうとした。

が、才人の方が早かった。


「……ルイズ。俺を卑怯者にするな」


ハッキリと、しかし絞り出すような才人の言葉は、ルイズの全身を縛り付けた。

地球にいた一年間、才人を苦しめた事実がある。

過去を反芻すればするほど、目を背けてはいけない事実が。

きっと、自分は人を殺している。

なるべく殺さないように戦ってきたが、あの七万に突っ込んだ時に死者がいないと言い切れるのか?

実際タルブ戦の後、ワルドの姿を見ていない。他の撃墜した竜騎士達はどうなった?

戦ってる時は無我夢中だった。

戦闘を行う前ならともかく、ガムシャラに剣を振っている時に相手を気遣う余裕などない。

ゼロ戦で手加減など出来よう筈もない。

確かに殺人なんかしたくない。だが、敵は殺す気で向かってくる。

自身が死ねば、ルイズや友人が殺されるという状況だってあった。

人殺しになりたくないから、大事な人達を危険に晒すのか?

否。

人殺しになりたくないから、誰かに代わりに殺してもらうのか?

否。

地球に帰ったら、怖いからルイズに殺してもらったと報告するのか?

否。そんなことは死んでも出来ない。


「殺さなきゃいけない奴は殺す。他の誰でもない、俺自身の手で殺す」


そう言って、フーケの髪を掴み、呼吸の荒い顔を無理やり向けさせる才人。

才人はまず最初に、自身の感情を殺してみせた。

そんな人形のような才人の声を聞き、ルイズの目から勝手に涙がボロボロと溢れ出てきた。

何度も見た筈の剣を構える才人の背中が、今はまったく違う背中だった。


 違う。サイトの背中じゃない。やっぱり私は間違えた


やはり召喚してはいけなかったと、ルイズは激しい後悔に襲われた。

才人に逢えない絶望を解消する為に、才人に絶望を肩代わりさせてしまう事になるなど思いもしなかった。

いや、本当は知っていた。

自身の傍にいれば、嫌でも殺し合いに巻き込まれるという事を、ルイズは考えないようにしていただけだ。

最高の女どころか、才人を召喚した時点で最低の女なのだと、ルイズは思い知らされた。

決意? 覚悟? 矜持? そんなものありはしない。

愛しくて寂しくて、もう一度逢えたならば己の全てで護ってみせると誓った。

しかし、平賀才人を呼び出した事こそが、ルイズ・フランソワーズの最大の罪だった。

自身の余り惨めさに、ルイズは泣く事以外出来なくなってしまった。


「フーケ、これが最後だ。テファに言う事はあるか?」


フーケを姉だと言っていたティファニアに、才人は遺言を届けるつもりだった。

勿論、自分がフーケを殺した事も話す。

怨みは甘んじて受け、その上でティファニアを護る。

償いどころか偽善もいい所ではあったが、感情を殺した才人に、それ以上の選択肢は思い浮かばなかった。


「……ないね」


這いつくばり、頭を持ち上げられているフーケの心は、不思議と穏やかだった。

ティファニアが信じた男の力を見る事が出来た。

なるほど、化け物だ。

その主人は公爵家の娘であり、アンリエッタ王女の幼馴染。

後ろの仲間達も、グラモン、モンモランシ、ツェルプストー、さらにはガリアの王族。

ガリア王ジョゼフさえ倒せば、ロマリアを抑える事も出来るかもしれない。

そうすれば、ティファニアを護りきる事も不可能ではないだろう。

ここで自分の首を取れば、ヒラガサイトの英雄譚の足掛かりになる。

同時に、ティファニアの義姉を殺した事実が、ヒラガサイトを縛り付ける。

それは結果として、最愛の義妹が強力な守護者を得るという事。

フーケは満足だった。


「……そうか」


ゆっくりと、才人はデルフリンガーを振り上げた。

フーケは才人の姿から目を離さない。

自身の命を奪う者。そして、これからティファニアを護っていく者の姿を目に焼き付けようとする。

ヴァルハラにいる父に報告する為だ。

父が命を賭して護ろうとした義妹を、ハルケギニア最強の勇者に渡してきたと。


 お父様。私はやり遂げました

 ティファニアを護りきりました

 全部使いました。体も、心も、命も、全部使ってティファニアを護ったんです

 仇のアルビオン王家も滅びます

 私は、やり遂げたんです

 褒めて下さい

 盗賊にまで堕ちてしまいましたが、貴方の娘は、最後まで立派に戦い抜きました


フーケは初めて幸運に感謝した。

いつか何処かでのたれ死ぬ。盗賊になった時に、それはわかっていた事。

しかし、自身の死がヒラガサイトを押し上げ、結果的にティファニアを救う事になる。

ドブネズミのように死ぬしかなかった最期が、こうして意味のあるものとなったのだ。

フーケは殉教者のように、己の死を受け入れた。


「じゃあな、フーケ」


最早、何の感情も表わさない声と共に、才人は剣を握る腕に力を込めた。

せめて痛みを感じないように、一瞬で首を刎ねるべく剣を一閃させようとする。

しかしその瞬間、


 ”やめてぇっ!!”


腕がビクともしなくなる。


 ”サイト! 剣をしまって!”


才人は、慌てて己の右腕を見た。


 ”お願い、サイト。やめて。お願い……”


才人は心臓が止まり掛けた。

そこには、才人の腕に泣きながらしがみつくティファニアの姿があった。


「テ、テファ……ッ!」


ここにいない筈のティファニアの姿を目の当たりにし、才人は驚愕した。

ティファニアの身内の首を刎ねようとしている所を見られ、才人は恐れ戦いた。

ティファニアの泣き顔に目を向けたまま、自然と体が震えてくる。

そんな才人の様子に、フーケは訝む。

勿論、フーケにはティファニアの姿など見えない。

ティファニアの姿は、才人の心が生み出した幻影だ。

フーケは舌打ちする。

才人が見ているのは、倫理感や忌避感、罪悪感といったものが形になっているモノだ。

恐らくは、それがティファニアの姿として見えているのだろう。

フーケは一瞬で洞察した。

だが、そんな甘っちょろい感情に邪魔されるわけにはいかない。

「土くれのフーケ」は、最早存在そのものがティファニアの害になるのだ。


「おやおや、震えているじゃないか。何か見えたのかい? 坊や」


だからこそ、僅かな力を振り絞り、無理やり唇を吊りあげる。


「坊やじゃ殺しは出来ないねぇ?」


その挑発に、才人は反射的にフーケを見た。


「……なんだと?」


髪を掴まれている手に力を入れられたが、苦痛を顔に出す事無くフーケは尚も挑発する。


「くく、ティファニアの名を呼ぶなんて随分女々しいじゃないか。あの娘の味はそんなに良かったのかい?」

「てめえ……ッ」


才人の顔に怒りが浮かび上がる。

自身どころか、ティファニアまで侮辱された怒りが、罪悪感を凌駕した。

ちらりと見た腕に、もうティファニアの姿はなかった。


「死んじまえよ、フーケ」


そう才人が呟いた時、今度はフーケの髪を掴む腕を、誰かに抱きしめられた。

顔を上げた才人の視線の先にいたのはルイズ。

それも、涙でぐしょぐしょの顔のルイズだった。

才人が横を向きながら震えだした時、ルイズの体は勝手に飛び出していた。

後は才人の腕にすがりつく事しか出来ない。


「サイトォ……サイトォ……」 


才人は息を呑む。

何が何だか分からない。

ティファニアの泣き顔の次は、ルイズの泣き顔だ。

何故ルイズは泣いているのだ。


「ど、どうしたんだよ。なんで泣いてんだよ……」


だが、ルイズから返事はない。何度も才人の名を呼ぶばかりだ。

ルイズには、才人にやめろと言う事は出来なかった。その資格がなかった。


「……なんだよ、言いたい事があるなら言えよ!」


才人は苛立った。

しかし、ルイズは首を振って泣きじゃくるだけ。

才人の心が壊れてしまわないように、ルイズは必死で腕にしがみついた。


「……なんだよ。俺がわりぃのかよ……」


才人の声から力が抜けた。

同時に髪を掴む手からも力が抜け、フーケはドサリと倒れ伏した。


「お~い、相棒。お取り込み中すまんね」


そして、場の雰囲気を考えない剣がしゃしゃり出てきた。


「……デルフ。今取り込み中だ」

「だから最初に謝っただろ?」


口の減らない剣に、才人は苦い顔をする。


「……なんだよ?」

「いや、相棒。おめえさん、さっきから全然心が震えてねーんだけど、何かあったか?」


ヒュッと才人の喉が鳴った。

そういえば、右手に持ったデルフリンガーがやけに重く感じる。

あれ程光り輝いていたルーンも、今は僅かな光も発していない。


「忘れちまったのか? ガンダールヴの力は心の震えで決まる。心が震えねえガンダールヴは役立たずだぜ?」


才人は膝から力が抜け、そのまま尻を地面に落した。

大きく息を吐きながら自嘲の笑みを浮かべる。

ティファニアが泣いて止める。

ルイズは未だに縋りついている。

挙句、自身の能力まで否定してくる。

なら間違っているのは自分だ。

平賀才人の覚悟そのものが間違っているのだ。


「……いけよ。どこにでも行っちまえ……」


力無く、才人はフーケに言った。

そんな、勝者になるべき男の打ちひしがれた様を見て、フーケは愕然とした。

なんだこれは?

この三文芝居はなんだ?

敵の命を奪う事もできず、挙句女に慰められているこの男はなんだ?

フーケの心には絶望が広がっていく。


「ふざけるな!!」


そうだ、ふざけるな。こんなお涙頂戴で邪魔されてなるものか。

フーケは芋虫のように体を動かし、辛うじて右手で才人の足を掴んだ。


「殺せ! 私はおまえの敵だ!」


しかし、


「……うるせぇ。てめえの命なんか知るか……」


返ってきた言葉に覇気は無かった。

フーケは目の前が真っ赤になる。

怒りが肉体を凌駕した。

フーケは全力で才人胸倉に飛びつき、そして叫ぶ。


「はやく殺せ!! この首を刎ねろ!!」


圧し掛かかるというより、縋りつくという言葉がピッタリのフーケに、才人は驚愕した。

しかも殺される事を望む姿に、混乱が加速していく。


「な、なにを……」


フーケは才人の言葉を無視し、暗くなる視界に構わず空っぽの体を酷使する。

限界はとうに過ぎていた。


「おまえは、勇者だろう!? なら、殺せっ。 そして、ティファニア、を……」


護れと言いきった後、フーケの意識は闇に落ちた。

狂乱を目の当たりにし、もはやピクリとも動かないフーケを唖然と見る事しか出来ない才人とルイズ。

コイツは何を言っているんだと混乱する二人を、第三者の声が再起動させた。


「随分と複雑な事情があるみたいね?」


第一声はキュルケ。


「この人、ミス・ロングビルでしょ?」


殺し合いを目撃したモンモランシーの顔には、僅かな怯えの色がある。


「ま、まあ。とにかく学院にもどろう。話はそれからでもいいじゃないか」


殺伐とした雰囲気を変えようとしたギーシュは、そういってタバサに使い魔の使用を促した。


「……彼女も?」


タバサは倒れているフーケを指さし、観察する視線を才人に向ける。


「……ああ。フーケも連れて行く」


僅かに躊躇した後、才人は頷いた。

フーケ? とギーシュ達は疑問に思ったが、あえて聞く事はしなかった。

ルイズは一言も喋らず、心配そうに才人の腕をとったまま。

結局多くの問題を残したまま、最初の戦闘は幕を下ろしたのだった。











 後書き

自分で書いてて、フーケェェ!!と泣いた俺、キショイ。
でも、厨二の素晴らしさを再確認できたから後悔はしていない。
次回は色々暴露します。多分、フーケ編完結。

それはそうと、皆様、多くの感想ありがとうございます。
お礼になるか分かりませんが、次話から三話連続で『俺と相棒』完結編を掲載致します。



[7531] 第二十話 暴露
Name: yossii◆1d5cbef8 ID:6b1b3af4
Date: 2010/03/18 23:51
ルイズはナデポで復活。
長くなったので、フーケ編はもう一話続きます。






「お尻でしてもいいわ!!」


才人達が乗ってきた馬を咥えたシルフィードの上で、ルイズは声を大にして叫んだ。

当然才人だけじゃなく、その場にいる全ての者が驚愕した。

さて、何故ルイズがそんなハシタナイ言葉を叫んだかは、やはり彼女はアレだったの一言で済んでしまうだろう。

学院への帰り、傷だらけのフーケの手当てをしていたキュルケ、タバサ、モンモランシー。

しかし、手当の最中でも、ギーシュを含めた皆の耳は、才人とルイズ、二人の会話に集中していた。

部外者の立ち入りを拒絶している二人の雰囲気に、皆好奇心を掻きたてられていたのだ。

空を駆けるシルフィードの背で、声を発しているのは二人だけ。

最初はルイズ。涙の乾かぬ瞳で、才人の腕にしがみ付きながらの一言から始まった。


「……サイト。始祖の祈祷書が手に入ったら、すぐにチキュウに帰してあげるわ……」

「……何だよ、ソレ……」


ルイズには、他に才人にしてあげられる事が思いつかなかった。

己と一緒に居れば、当然才人は殺し合いをする羽目になる。

それは才人の心を壊し、彼が彼でなくなってしまう事態もあり得た。

ならば、この世界に関係の無い才人をこれ以上巻き込む事は許されない。

心から望めば、きっと世界扉(ワールド・ドア)を使える筈だ。いや、必ず使ってみせる。

才人の事を想うあまり、ルイズは相手の気持ちを無視する悪い癖が出ていた。

才人は才人で精神的に消耗しすぎていた事もあり、何かを考える事が億劫になっている。

返した言葉に張りは無かった。

ルイズは、何の役にも立たなかったちっぽけな矜持に縋りつき、仮面を被る。


「私の事なら大丈夫。サイトは心配しないで……」

「…………」


大丈夫なわけがない。

想いとは真逆の言葉を吐き出し、ルイズの心は悲鳴を上げていた。

仮面など、一瞬にして罅だらけになってしまった。

とても笑顔など作れない。取り留めもなく溢れ出す涙に、説得力など欠片も無かった。

無言の才人へ、ルイズはさらに嘘を重ねる。


「サイトともう一度逢えた。それだけで満足よ……」


微かに聞こえてきたその言葉に、周りのギャラリー達は、やはり知り合いだったのかと納得する。

キュルケに至っては、二人の相当のラブロマンスを感じ取り、奪うのは無理かと少し落胆していた。


「……おまえ、何言ってんだ?」


能面のような顔を向けてきた才人に、ルイズは不器用に微笑んだ。


「サイトが故郷で幸せに暮らせるなら、それ……」

「ルイズ!!」


ルイズは最後まで言う事は出来なかった。

その前に、才人の胸に抱きしめられてしまった。


「いつもいつも、バカじゃねえの!? 俺の幸せを勝手に決めるな! おまえがいなきゃ意味ねえだろ!!」


もう言葉は出せない。

辛うじてせき止めていたモノが溢れ、ルイズの想いは決壊し、才人にキツク抱きしめられるのみ。


「一年だぞ! 父ちゃんと母ちゃんには頭がおかしくなったと思われた! 殴られて、泣かれて、辛かった!」


才人は怒鳴り散らす。

己の胸でヒグヒグ泣いている少女に、遠慮なく怒声を上げた。

疲れ果てていた筈の精神に力が戻っていく。

主人の危機に反応したのか、才人の心はルイズで一杯になった。


「でも頑張れた! ルーンに縛られてないのに頑張れた! おまえに逢いたかったからだ!!」


おまえが好きだ。ルイズが好きだ。才人の言葉に、ルイズの口からは嗚咽しか出てこない。

ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、平賀才人を苦しめる元凶。

なのに、平賀才人は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールを愛していると言う。

苦しいほど力を込められた才人の腕に、ルイズは魂ごと抱きしめられてしまった。

その幸福の、なんと甘美な事か。


「……ルイズ。俺の世界には70億くらい人がいるんだ」


才人は、頑張って勉強した知識を披露した。


「70億に一つの確率で、俺はここにいる」


地球人、約70億人の中から選んだルイズ。


「しかも、三回召喚して三回とも俺なんだぜ?」


そして、選ばれた才人。


「俺にはわかる。きっと運命なんだって」


もう止まらない。

ルイズの内側から溢れ出る想いは、たとえ始祖であろうと止める事は出来ない。


「おまえは違うのか?」


 地獄に落ちてもいい


「俺なんかいらないって言うのか?」


 サイトを手放したくない


「本当に帰っちまってもいいのかよっ!?」


 死ぬまで、この人の傍にいたい


「ルイズ!!」

「やだぁぁぁぁぁ!! お願いだからっ!! お願いだから帰らないで!! なんでもするからぁぁぁ!!」


それは我儘だった。

貴族も主人も関係無い。

相手の事など全く考えない、子供の癇癪。


「帰らねえよ。おまえをおいて帰るわけないだろ」


だが、才人は子供の様に泣きじゃくるルイズの頭を優しく撫でた。

気持ちは同じ。

何故なら、二人は運命の相手なのだから。

離してなるものかと全力でしがみ付くルイズと、それをあやす才人。

そんな二人を、ギャラリー達はホッとした顔で眺めていた。

ギーシュなど、随分と臭い事を言うものだと感心している。

いきなり修羅場かと思ったのだが、どうやら丸く納まった様だと、皆安堵の息を吐いた。


「……ひぐっ……お……えぐっ……しりで……ひぐっ……お尻でっしてあげるぅぅぅ!!」


が、それも一瞬。

いきなり上げたルイズの爆弾発言に、和んだ筈の場の空気は瞬時に凍りついた。

ルイズは才人に何かしてあげたかった。

己を大事にしてくれる使い魔に、自身も何か与えてやりたかった。

でも、何も無い。

時間が戻る前でも、才人に与えた物など剣くらいだ。

自分も護りたいのに、いつも護られているばかり。

与えられるばかりで、与えた物が思いつかない。

自身が才人と釣り合っていない事も自覚させられた。

もうルイズには、才人の気持ちに応えられる様な物など、その身くらいしかなかった。

だからせめて、過去に見た才人の妄想を叶えてあげようと思ったのだ。


「こ、怖いけどっ、サイトしたいって言ってたから……」


ずるっ、えぐっ、ひっぐ、と泣きながらではあるが、ルイズは決意を漲らせ、


「お尻でしてもいいわ!!」


そして冒頭の言葉が飛び出すわけだ。

ルイズの意志は固い。

己の尻など、いくらでも差し出そう。

才人が望むのならば、どんなプレイにも応えてみせる。

アレの覚悟は、既に完了していた。


「ナ、ナニヲ……」


驚愕して言葉が出てこない才人を無視し、愛しい想い人の胸の中で、ルイズは尚も声を張り上げた。


「”トイレで教育”もしてあげる!! ”中庭で目隠し”も平気よ!!」

「ちょっ!?」

「サイトしたいって言ってたもん!! よ、夜なら……、よよ夜なら犬にもなってあげる!!」


ワンワンって言うわ と、凄まじい理解を示すルイズ。

一息に性癖を暴露された才人は、彫像の様に固まってしまった。

そして、才人は気が付いた。

こちらを見ているキュルケ達、女子三人の冷たい視線に。

モンモランシーなど、まるで汚物を見る目だった。

そして猛る想いのままに、ルイズはトドメを刺す。刺して……しまう。


「嫌だけど……、本当は嫌だけどっ! サイトの為なら”シエスタと三人で”も我慢出来るわ!!」


ルイズの愛は天井知らずだった。

正面から才人を睨みつけ、無言で杖を構えるキュルケ達。

女子三人の殺意をまともに浴びた才人は、ルイズを抱きしめたまま、涙目になって誤解を解こうと足掻いた。


「ちがうよぅ……、子鬼だよぅ……、子鬼が言ったんだようぅぅぅ」


しかし、そんな訳の分からない言い訳が届く筈がなかった。

才人は己の死刑執行に、きっちりとサインしてしまった。

そして、ギーシュもまた震えながら、愚かな友人の最期を看取る様に言う。


「……勇気ある者……か……」


ポツリと呟いたギーシュは、才人が真の勇者である事を認めた。

そして顔を逸らしながら、偉大な漢の冥福を祈った。

女の敵を葬ろうと、ルイズを避けながら見事に才人だけを狙い撃つ女性陣。

いきなり恋人を攻撃され、まなじりを吊り上げて護ろうとする少女。

驚いたシルフィードがバランスを崩し、ギーシュが落ちたり、才人が落ちたりしたのだが、それはまあやっぱり

余談である。








 第二十話 「暴露」


トリステイン魔法学院、ルイズの部屋。

誰にも事情を話せないルイズは、フーケを医務室ではなく、コッソリと自室のベッドに寝かせる事を選択した。

タバサの使い魔、シルフィードを窓に張り付け、なんとかベッドに運ぶ事に成功する。

ルイズがホッと安堵の息を吐いた時、当然の如くキュルケの尋問が開始された。

学院長秘書が盗賊とはどういう事か。

何故、秘書の正体が盗賊だと分かったのか。

才人は何者なのか。

そして、二人が一体何を隠しているのか。

苦い顔で黙秘を貫くルイズに、才人はあっけらかんと秘密を暴露した。


「俺とルイズは時間を繰り返したんだ」

「バ、バカ!」


考え無しの才人に、ルイズは制止の声を上げた。


「別に隠す必要はねえだろ? ここにいる皆なら大丈夫だって」


お気楽な才人は、そう言って話を続けた。

ルイズは才人の阿呆っぷりに唖然だ。

過去に戻ってきたなど信じるわけがない。

よしんば信じたとしても、まず間違いなく警戒される。

しかし、ルイズは才人のしたいようにさせてみた。

いつも状況を打破してきたのは才人だ。

未来の記憶を持っているらしいフーケの事もある。

下手に隠して、疑惑を抱いているキュルケ達から警戒されても同じ事。

前回よりも悪くなる可能性がある以上、何が正解なのかはルイズにも分からなかったのだ。

才人は、一年以上もの自身の冒険を話した。

勿論、全てを話すと時間が掛かり過ぎるので、大きな出来事を掻い摘んでだ。

話した事は四つ。

ルイズに異世界から召喚された事。

アルビオン王家を滅ぼした貴族派がトリステインに侵攻し、それを撃退した事。

ロマリアが聖地奪還を掲げ聖戦を発動し、ガリア侵攻が本格的な大戦になった事。

ガリアの軍事力は強大で、万単位の戦死者を出しながらも、なんとかガリア王へと肉薄した事。


「んで、ジョセフに負けちまったんだけど、気が付いたらルイズと出会う一年前に戻ってた」

「君が負けただって!? ガリア王は人間かい!?」


話を鵜呑みにしていたギーシュは悲鳴を上げるが、キュルケとモンモランシーは胡散臭そうな目を向けていた。

そりゃそうだ。

未来から時間を遡ってきたなど信じられる筈もない。

第一、異世界から召喚されたなど正気を疑ってしまう。

そんな法螺話で誤魔化したつもりなのかと、キュルケとモンモランシーは呆れていた。

だが、タバサは違った。

驚愕の瞳で才人の話を聞いていた。特にガリア侵攻の部分を。

自らが復讐を誓った男と戦ったという黒髪の少年。

しかも、負けたと言った。勇者の如き力を持つ存在でも勝てないというのか。


「私はあなたの敵だった?」


タバサの声が部屋に響いた。


「タバサ?」

「こたえて」


キュルケが訝しむ声も無視し、才人の話が真実なのか与太話なのかを確かめようと、ガリアの姫は必死になった。

そんなタバサに、才人は真剣な目を返す。


「そんなわけねえだろ。俺達は仲間だったし、おまえがずっと一人で戦ってたのも知ってる」


その言葉に、タバサの心は疑心と期待で乱れてしまう。


「そんなわけない。私は逆らえない」

「逆らったぞ? ギリギリで、おまえは俺を殺さなかった」


物騒な言葉が出てきて、キュルケ、ギーシュ、モンモランシーは驚くが、タバサの驚愕はもっとだ。

たしかに、トリステインの英雄になれる程の力を示せば、ガリア王ジョゼフとその使い魔が見過ごす筈はない。

近くに居る自分に暗殺指令がくるだろう。


「その後は?」

「一人で母ちゃん助けに行ったみたいだけど、エルフに捕まった」

「「「エルフ!?」」」


いきなり恐怖の代名詞が出てきて、キュルケ達の顔にはまたも驚愕が浮かんだ。


「……私はどうなったの?」

「もちろん助けたに決まってるだろ。タバサの母ちゃん共々ちゃんと助けたぜ」


フフンと調子に乗りながら、才人は胸を張って言った。


「偉そうに。私がいなかったら勝てなかったでしょ」


と、そこでルイズからチャチャが入った。

ルイズからしてみれば、あの救出劇の後からタバサの才人に対する態度が怪しくなったのだ。

きっちりと牽制しておかねば大変な事になる予感がしていた。


「ま、まあ、俺だけじゃなくて、ここにいる全員で助けたけどな」


しどろもどろになって誤魔化す才人。

ここまでくると、キュルケとモンモランシーも信じ始めてしまう。

どうも事情が複雑そうなタバサと、キチンと会話が成り立っているようだからだ。

もっとも、信じたら信じたで複雑な心境になる二人だったが……。


「その後の、私のあなたへの態度は?」


タバサは、この質問を持って真実かどうかを見極める事にした。

目に見えない、己の心の在り方まで看破されたのなら……。


「態度? ん~、よく助けてくれるようになったくらいだし、もっと仲良くなったとしか……」


いまいち意味が分からない才人。


「馬鹿ね。そういう事じゃないわよ」


そんな頭を捻る才人に、ルイズが代わりに答えた。


「タバサ。あなたはナイトを気取ってたわ。何かしらサイトの傍にいようとしてたもの」


ルイズの言葉に、タバサは目を瞠る。

それは自身の行動と一致する。

もし勇者を見つけたのなら、まず間違いなく従者になろうとする筈だ。


「あなたを信じる」


故にこくりと頷き、タバサは才人の話を信じた。

それを見たルイズの不安は増大。

才人しか見ていないタバサに、捲し立てるように言う。


「でも今回ナイトはいらないわ。小さい子は駄目。私と被るから駄目。もう間に合ってるから駄目よ」

「ル、ルイズ? おまえなに言ってんの?」


駄目駄目駄目と連呼するルイズに、才人は冷や汗を掻いた。

なぜなら、キュルケとモンモランシーの目が据わってきたからだ。

タバサにまで手を出すつもりかと、その目はヤバかった。

慌てる才人を尻目に、キュルケは口を開いた。


「信じられないけど一応納得したわ」


キュルケはチラリとルイズを見る。


「でも協力はしない」

「私も」


キュルケの言葉にモンモランシーも追随した。


「はあ!? な、なんで……」


二人からのまさかの言葉に、才人は絶句した。

ルイズは、まあそうだろう、と達観している。


「面倒はイヤよ。エルフと戦うなんて冗談じゃないわ」


荒事に首を突っ込みたくないモンモランシーは、我関せずを貫くつもりだった。


「それに信用できないもの。私は関わらないわ」


そう言って部屋を出て行こうとするモンモランシー。


「タバサ。問題があるなら私が力を貸すわ。あなたも行きましょう」


キュルケもまた、タバサの手を取って出て行こうとする。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」


才人は慌ててドアの前に立った。


「なんだよ、急に!」

「無駄よ、サイト」


わけが分からない才人に、ルイズは溜息を吐いた。


「だからなんでだよ!」

「未来を知っている私達を信用できるはずないじゃない」

「はあ?」


頭の悪い才人には、ルイズが何を言っているのか理解できない。勿論、ギーシュも置いてけぼりだ。


「そのとおりね。私達を思い通りに操らないって保障はないもの」

「ど、どういうことだよ?」

「相手の性格や考え方を知っていて、その上未来まで分かるなら、私達の思考を誘導するのは難しくないわ」


キュルケの言い分はもっともだった。

つまり、才人は皆の信用と信頼を得る前に真相を話した為に、不信感を与えてしまったのだ。

ルイズが危惧していた事がモロに出てしまった。

ギーシュの時と同じように、仲間を信用し過ぎて過程をすっ飛ばした才人の落ち度である。

他者の思考を操れれば、未来など望むままに改変出来てしまう以上、キュルケ達の信用を得るのは難しい。

だが、ここまで言っても分からないのが才人クオリティである。


「意味がわからねえ! 思考を誘導出来たらどうなるんだ!?」


才人はルイズに叫んだ。


「うむ。どういう事なのだね?」


ギーシュもまた、モンモランシーに訊ねた。

勿論、頭の悪い二人に一同はずっこけた。


「ば、馬鹿ね! 自由に未来を変えられるって事でしょ!」

「はあ!? 未来を変えちゃ駄目なのか!?」


怒鳴り返された才人は、その意味を知って余計に混乱した。

才人の言質を取ったキュルケの信用は、益々下降の一途をたどる。


「ほら見なさい。自分達の都合のいいようにするつもりでしょ?」

「ふざけんな! このままだと、タバサがヤバイんだよ! 第一戦争が起こるんだぞ!」

「それが真実だという保障もないわ」

「なんで信じてくれねーんだよ!」

「あなた達が王になる為に使い潰されるなんてゴメンよ」


キュルケの一言に、一瞬室内が静まった。

未来の記憶などという反則があれば何でもできる。

それがたとえ王になるという無茶な事であっても、可能性はゼロではないのだ。


「……はは、ははは、だーはっはっはっ!」


沈黙を破ったのは才人の馬鹿笑い。

当然、キュルケ達の顔には怪訝が広がった。


「なんだ。そんな事で疑ってたのか? 早くいってくれよ」


なんだよもう と、才人の顔はとても晴れやかだった。


「俺が王様になるわけねえじゃん」

「口ではなんとでも言えるわね」


キュルケの壁は厚い。


「俺、こっちに永住するつもりねーもん」

「な、なんですってぇぇぇ!!」


あっけらかんと言い放った才人の言葉に、もっとも反応したのはルイズだった。

その剣幕に、逆にキュルケ達の方が驚いた。

そういえば言ってなかったなと、才人はルイズに向いた。


「地球にいる家族と約束したんだよ。必ず帰るって」

「わ、私を弄んだの?」


才人の言葉が信じられないルイズ。

見る見るうちに、その目には涙が溜まっていった。

当然才人は慌てた。


「えぇ!? ち、違うぞ!?」

「嘘! 今はっきり言ったじゃない! チキュウに帰るって! 一生傍にいるっていったのに!」

「ご、誤解だ!」

「誤解って何よ! なんなのよぅ……」


半泣きのルイズに、才人は母親との約束を語った。


「あ、あのな? ハルケギニア行きに、母ちゃんが条件付けたんだ」

「条件?」

「ああ。ルイズを紹介しろってさ」

「……ぇ?」

「それから、母ちゃんからおまえに伝言があるんだ」

「で、伝言? なに?」


少し落ち着いてきたルイズは、恋人の母親からの言葉に身構えた。

才人はニンマリと笑って、母の言葉を伝える。


「”才人が欲しかったら、私を納得させなさい”だってよ?」

「な、納得?」

「とりあえず、炊事掃除洗濯は完璧にこなせる事が最低条件だって言ってた」

「ッ!? で、出来ないわよ! やった事ないもの!」 


その言葉に、ルイズは青くなった。

ルイズは公爵家令嬢だ。当然、した事などない。


「俺の母ちゃんしっかり者なんだよ。頼むぜ、ルイズ」


才人は、いい笑顔で丸投げにした。


「……メ、メイド。そ、そうよ、シエスタに習わなくちゃ!」


パニックになったルイズは才人を押しのけ、急いで出て行こうとする。

勿論、才人に止められた。


「どこ行くんだよ。まだ話の途中だろ」

「退きなさい! 戦争がしたいならすればいいじゃない! ハルケギニアが欲しいならくれてやればいいわ!」

「んなわけにはいかねーだろ……」

「うるさいわね! 私はそんな事に関わってる場合じゃないのよ!」


不器用を自覚している真面目なルイズ。

才人は溜息を吐きながら説得に入った。


「あのな、このまま放っておいたら、まずギーシュが死んじまうぞ」


才人達が参戦しないのなら、まず間違いなくタルブで命を落とす事になるだろう。


「自業自得でしょ! お国の為に死になさいよ!」


しかし、ルイズは切って捨てた。


「な、なんだね!? 何故僕が死ぬんだ!!」


いきなり死亡を宣告されたギーシュは驚愕し、悲鳴を上げた。

半信半疑のモンモランシーも、ビクリと肩を震わせる。


「つーか、トリステインが滅ぶんだぞ? カトレアさんが死んでもいいのか?」

「ああ! ちい姉さま……」


ギーシュと違い、カトレアの効果は絶大だった。

大好きな姉の名前を出されてしまっては、ルイズも冷静にならざるを得ない。


「わかったろ? とりあえず落ち着いたか?」

「…………」

「だから僕が死ぬってどういう事かね!!」


ヒステリックに叫ぶギーシュ。

しかし、今はそれどころではない。

キュルケ達の信頼を勝ち取る為、才人は事態を進行していく。


「キュルケ。確かに証拠なんてねえ。けど……」

「もういいわ……、わかったから……」


才人の懇願に、キュルケは疲れた声を出した。

いや、実際に疲れていた。


「ホントか! 分かってくれたのか!」

「ええ……。貴方達が王になれないのは十分解ったから……」

「そんな事より!! 何故僕が死ぬのか説明してくれ!!」


分かってもらえて喜ぶ才人。

色んな事が馬鹿らしくなったキュルケ。

必死なギーシュ。


「くっくっ、ははははは」


混沌とした空気の中、ベッドからかみ殺すような笑いが響いた。


「起きたのか?」


一瞬で眼差しを鋭くする才人。

たとえ怪我人だろうと、フーケの前で油断するつもりは一切ない。

才人に引き摺られる様に、場の空気が緊張した。

実は、フーケは少し前から目覚めていた。

体中に痛みが走るが、動けない程ではないと判断。

隠し持っていた予備の杖は取られていない。

少しだが精神力も回復している。

ヒラガサイトが使えないと結論を下したフーケは、逃げる隙を窺っていたのだ。

自身の計画は失敗した。

それも、敵を殺す事すら出来ない甘さのせいで。

フーケは、才人を唯の坊やだと断じた。

いくら力があろうとも、甘さを無くせなければ三流だ。

敵は必ず付け込んでくる。

ヒラガサイトにティファニアは護りきれない。

そう結論を下し、狸寝入りしていたのだが、素の才人達の会話を聞いていて考えを改めた。

なんのことはない。

ヒラガサイトは馬鹿なのだ。

頭が悪い故に、一つのやり方しか出来ないのだ。

敵の命を重んじる馬鹿に、何を教えた所で殺しは出来ない。

なぜなら馬鹿だから。


 これが勇者なら、私には勇者を理解できない


最終的に出した己の結論に、フーケは思わず笑ってしまった。

理解できない者を操れるわけがない。

自分の立てた計画など、初めから瓦解していた。

おそらく正解は、ヒラガサイトが召喚されたその日に全てを話し、助けを求める事だった。

警戒し、観察し、考えるだけ考えて出した最善に意味などなかった。

フーケは笑うしかなかった。

だが、賭けてみる気にはなった。

ヒラガサイトは、間違いなく裏切らない。


「なるほど、たしかに変わってる。おかしな坊やだね」


ティファニアが惚れるわけだ、と呟くフーケ。

ルイズの耳は、しっかりとその言葉を捉えた。


「なんですって?」

「おや、何か聞こえたかい?」


目を吊り上げるルイズに構わず、痛む体を堪えて起き上がるフーケ。

そして、剣の柄を握った才人の元にヨロヨロと歩み寄り、片膝をついてこうべを垂れた。


「勇者ヒラガ・サイト。お願いがあります」


フーケの言葉と行動に、才人は驚きながらも警戒を緩めない。


「あなたの事はティファニアから聞きました。私は時を遡ってはいません。遡ったのはティファニアです」


才人とルイズの驚きは凄まじかった。


「ちょっとまて! テファ? おまえじゃなくてテファが戻ってきたのか!?」

「はい」

「じゃあ、なんで襲いかかってきたんだよ!」

「申し訳ありません。あなたを試しました」

「試す? なんの為に……」


才人は混乱している。

ルイズは聞き洩らさないように、黙ってフーケを見詰めていた。

キュルケ達は蚊帳の外。

フーケは才人に懇願した。


「私の願いは一つです。ティファニアを護ってください」


才人は目を見開いて息を飲んだ。

コイツは本当にフーケなのかと。

混乱する才人に構わず、フーケは言葉を重ねる。


「報酬は、私の体を好きにしてくれて構いません」


その場に居る全ての者の口が、え? となった。

勿論才人も。


「ついでにティファニアもつけますわ」


ニッコリと笑ったフーケに、混乱の激しい才人の脳は、考える事をやめた。

だからだろう。言ってしまったのは。


「マ、マジで?」

「勿論ですわ。ティファニア共々可愛がってください」

「じゃあそれで……」

「それでじゃないわよーーー!!」


ルイズの怒りの叫びと共に、才人が吹っ飛んだのは言うまでもない。

ゲシゲシと才人を蹴り続けるルイズに、乱暴な娘だねぇと呆れた声を出すフーケ。

目を吊り上げたルイズと、馬鹿にした様なフーケとの口論が始まった。

それは、遠見の水晶で覗き見していたオスマンからの呼び出しがあるまで続いたのだが、勿論余談である。

ちなみに、才人は最初の一撃で気絶していた。

キュルケの感じている疲れは深刻なレベルに達していた。

当然、ギーシュの命の疑問に答える者などどこにもいなかった。

だが一番哀れだったのは、共にタバサを救出したのに、綺麗サッパリ忘れられたマリコルヌだったという事に

しておこう。










 後書き

「ねえ?」
「ん? なんだ?」
「私があんたのトコに来て、もう半年よね?」
「そうだな。もうそれぐらいは経つな。それがどうかしたか?」
「……ちょっと疑問に思った事があるんだけど……」
「なんだ? 歯切れが悪いな。はっきり言えよ」
「……あんた、小説サイトに足を運ぶ以外は、グーグル先生に話を聞く位しか私を使わないわよね?」
「……? それが?」
「なんでよ?」
「言ってる意味がわからん」
「とぼけないで。男の生理くらい知ってるんだから」
「……別に。あまりそういう事に興味無いだけだが?」
「……あんた、私には嘘を吐かないんじゃなかったの?」
「なんの事だ?」
「ふざけないでよ!! 私知ってるんだから!! あんたが、女(DVD)買ってるの……」
「ッ!!」
「……ねぇ……どうしてぇ……」
「…………」
「ひっく…ひっく…私がいるのに…ひっく…どうしてなのぉ……」
「…………」
「答えてよっ! 私の方が……」
「俺はっ!! ……俺は、そういう目的でお前を使わない」
「なんでよ! あんたが買ってくる女(DVD)なんか、肝心な所見せないじゃない!」
「黙ってろ……」
「嫌よ! 私なら全部見せてあげる! あんたになら……」
「うるせぇぇぇ!! 二度言わすんじゃねえぇぇぇぇぇ!!」
「ッ!!」
「……俺は、相棒を、そういう目で見ねぇ。……もう二度と……」
 そのまま席を立つ俺。
「…うぅ…ひっく…ひっく…なんでよぅ…」

もうエロサイトには行きません。



[7531] 第二十一話 科学の力
Name: yossii◆1d5cbef8 ID:6b1b3af4
Date: 2010/04/02 11:30
ううう、駄目だ。どうしても纏めきれない。
40kbを30kbに削るので精一杯でした。
ちょっと長いです。それから今回はオスマンが主役。
ではどうぞ。










「時間を繰り返すとは……、虚無とは凄まじいのう」


溜息混じりで、ヤレヤレと吐き出したのは学院長オスマン。


「……本当、でしょうか?」


苦い顔で、半信半疑の声を口にしたのはコルベール。


「ワシャ疑っとらんよ。真実と判断したからこそ、フーケは命を賭けたのじゃろう」


元秘書の能力を知るオスマンは、ある意味最もフーケを信用していた。

遠見の水晶で一連の流れを覗き見していたオスマンとコルベール。

あまりに大き過ぎる問題に、二人は揃って頭を抱えた。


「ミス・ヴァリエールが虚無ですか……」

「問題はそこではない」


自分一人では手に余ると考えたオスマンは、才人のルーンをガンダールヴだと特定したコルベールを巻き込んだ。

『炎蛇』ならば、大概のアクシデントにも対応できると考えたのだ。

既に才人がガンダールヴだと知っているうえ、情報をこれ以上拡散させない為にも都合がよかった。


「アルビオンの虚無……ティファニアといったかの、その娘も時間を繰り返しているとなると……」

「他の虚無も繰り返している可能性がありますな」


オスマンが言いきる前に、コルベールもまた同じ結論に行きついた。


「頭の痛い事じゃ」

「……学院長。王室に報告するべきです」


事ここに至っては、もはや隠しておく事に意味が無い。

逆に、初動が遅くなればなるほど、他国に後れを取ってしまう。

問題が巨大すぎて、個人がどうこう出来る範囲を逸脱していた。

聖地奪還の為に人間同士が殺し合うなど本末転倒ではないか。

ガリア王とロマリア教皇が虚無である事もまずい。

国家の力を持った虚無など、こちらも国の力を全面に出さねば対抗できない。

だが、そんな事をすれば余計に戦争に発展してしまうかもしれない。

政治など考えた事も無いコルベールには、何が正解なのか分からなかった。


「まだ早い」


だが、学院長の答えは否だった。


「学院長!」

「玉座が空なんじゃぞ? 誰に報告すればいいというんじゃ?」

「あ……」


コルベールは言葉に詰まった。

現在のトリステインに王はいない。

大后、王女、枢機卿、将軍、誰に情報を渡しても、間違いなく有効には使えないだろう。

戯言だと一笑に付される、右往左往する、暴発する。

オスマンの脳裏には、不甲斐ない上層部がラインダンスを踊っていた。

国家を纏める者が不在の今、トリステインは既に詰んでいた。


「まずはミス・ヴァリエールとサイト・ヒラガの話を聞いてからじゃ」


オスマンは深い溜息を吐きながら、コルベールに才人達を呼び出すよう指示する。

コルベールは静かに従った。

国を憂うオスマンが奇跡を目撃するまで、もう間もなくの事である。







 第二十一話 「科学の力」



「皆よく来てくれた」


コルベールにより、学院長室まで連れこられた才人達七人。

才人、ルイズ、フーケだけでなく、当然キュルケ、ギーシュ、タバサ、モンモランシーの姿もあった。

才人は右手に鞄を提げている。

コルベールに、学院長は全て把握していると聞かされ、万が一の時の為に切り札を用意したのだ。


「まずは詫びさせてもらおう。君達の話は全て聞かせてもらった」


頭を下げるオスマンに、ルイズは恐縮した。


「頭を上げて下さい、オールド・オスマン」


どこでバレたのかなど言うまでもない。間違いなくフーケ経由だろう。

忌々しそうにフーケを見ると、彼女もまた苦い顔で舌打ちしていた。

迂闊にもティファニアの名を知られてしまったのだ。

色々あり過ぎて、どうやら警戒心が緩んだのだろう。

フーケの思考は、どうやってオスマンを味方につけるかでフル回転していた。


「フーケ……いや、その名はマズイのう」


頭を上げたオスマンは、そう言ってフーケの反応を窺った。


「ロングビルで構いませんわ、オールド・オスマン」


秘書の仮面を瞬時に被ったフーケは、うっすらと笑みを浮かべた。


「ホ、地で喋っても構わんぞい」

「まさか。ちゃんと公私は分けます」

「残念じゃのう。ハスッパなお主も新鮮なんじゃが……」

「まあ、お戯れを」


本気か演技か。落胆するオスマンと、コロコロと笑うフーケ。

フーケの隣に居た才人の背筋にゾクゾクと悪寒が走る。


「おまえ、気持ち悪いぞ」

「黙りな。このジジイは油断できないんだよ」


何故か才人には素で返したのだが、フーケはやはり一瞬で秘書の顔に戻った。


「ホッホ、ミスタ・ヒラガには礼を言わねばならんな」

「え? 礼、ですか?」


いきなり話を振ってきたオスマンに、才人は困惑する。


「うむ。ミス・ロングビルを死なせなかった事じゃ。さすがは神の盾」

「…………」


オスマンの賛辞に、才人の顔には苦い物が広がった。

キュルケ達の顔には、神の盾? と、疑問符が浮かんでいる。


「おや、どうしたんじゃ? ミスタ・ヒラガ」

「……才人でいいです」

「ふむ、ではサイト君。どうかしたかの?」

「フーケ……じゃない、ロングビルさんが生きてるのは俺の力じゃないです……」


才人にとっては苦い経験だ。

危うくとんでもない間違いを犯す所だったのだから。


「ルイズとテファが止めてくれなかったら、俺はきっと殺してました」


後悔を隠せない才人の顔を、その場に居る全員の目が捉えた。

ルイズは心配そうな顔を向けている。

オスマンとコルベールは、才人の内面を観察するような視線。


「あそこでは殺すのが正解だよ。敵に情けをかけるんじゃない、坊や」

「だれが坊やだ!」


言っても無駄とは知りつつ、フーケは才人に忠告した。

やはりというか、フーケの苦笑交じりの忠告は、才人を怒らせる事しか出来なかった。

フーケはもう一段、才人をからかってみる。


「坊やと一人前の男とじゃ、サービスに差が出るよ?」

「な!?」


耳元で囁かれた才人は、顔を赤くして硬直した。

まあ当然、ルイズの頭にも一瞬で血が上った。


「離れなさい!」


そう言って、才人とフーケの間に入るルイズ。


「そんな馬鹿な報酬いらないわ! あんたはどこにでも行って野垂れ死になさいよ!」

「あら、ヒラガ殿への報酬を、何故ミス・ヴァリエールが拒否するんです?」

「私は主人よ!」

「あらあら、そんな事で殿方を縛れると思っているなんて……、本当に可愛らしい」

「な、ん、で、すってぇぇぇぇ!!」


恋人に近づく女が気に食わないルイズと、それをからかうフーケ。

第二ラウンド勃発かと思われた矢先、コルベールのゴホンゴホンという大きな咳ばらいが二人を制した。


「国家の存亡が掛かっているのですぞ! 今は学院長の話を……」


チラリとオスマンに目をやったコルベールは言葉を失う。

なぜなら、


「揉むのかね? ワシの秘書のおっぱいを、君は好きにするというのかね?」

「い、いや、俺は、そんな……」


鼻息を荒くしたオスマンが、才人に嫉妬の言葉を吐いていた。


「学院長!!」


グダグダになった場で奮闘するコルベール。

キュルケは溜息を吐いて思った。

この教師も、自分と同じく苦労する側の人間だと。

コルベールが場を元に戻すまで、実に10分掛かったと言っておこう。








ルイズの部屋での説明を焼き直し、粗方説明した後、才人はティファニアの事も説明した。

ティファニアがハーフエルフである事を。

フーケは苦い顔をし、現アルビオン王ジェームズ1世の弟、プリンス・オブ・モードの娘でもある事も補足した。

さらにフーケは、自身がモード大公と懇意にしていた太守の娘である事も明かしている。

本名はマチルダ・オブ・サウスゴータ。その名を捨てた事も。

才人が話した以上、どうせ情報を隠す事は無駄だと考えたからだ。

太守がなんなのかよく分からない才人はともかく、その場にいた皆が驚きの顔を見せたのだが、誰も何も聞かな

かった。

エルフを匿った貴族がどういう末路をたどったかなど、容易に想像出来てしまった。

その場にいた全ての貴族は、触れてはならない事だと感じていた。

それはともかく、オスマンはさらに頭を抱えていた。

虚無の次はハーフエルフである王弟の隠し子。しかも虚無の担い手。

そんな教義を真っ向から否定する存在を、ロマリアとアルビオンが許す筈もない。

そりゃ命くらい賭けなきゃ助からんわなぁと、絶望的なティファニアの立場に同情した。

が、しかし、学院長の口から出た言葉は、同情とは真逆の言葉だった。


「残念じゃが、そのティファニア嬢にしてやれる事はワシにはない」


薄情ではあったが、出来る事と出来ない事がある。

問題が山積みのティファニアを庇護するなど、リスクが高いなどというものでは無かった。

学院長という立場もあり、オスマンには切り捨てる以外の選択肢がないのである。

そんなオスマンからでた言葉を、フーケは憎々しげに聞いていた。

そんな事は分かっている。

王弟でも護れなかった娘を、高々学院長程度が護れる筈もない。

あるいは、現実主義のフーケは半分諦めていたのかもしれない。


「そこら辺は大丈夫です。テファの命は俺が護りますから」


しかし、重くなった空気を、才人のノホホンとした声が払拭した。


「学院長には、テファが安心して暮らせる環境を整えて欲しいんです」

「環境? まさかこの学院に入学させるつもりかの?」

「はい、お願いします」


ルイズ以外の皆の顔に驚きが張り付いた。

才人とルイズの二人にしてみれば、実際過去に通っていたのだから問題ない。

だが、その他の面子にしてみたら大事だった。


「ヤレヤレ、サイト。いくらなんでもエルフは無理だよ」


難しい話に参加できなかったギーシュが、ここで呆れの声を出した。


「エルフじゃねえよ。ハーフエルフだ」

「同じ事よ。エルフは凶悪だっていう話じゃない。その血が混じってるんでしょ」


場の空気を読んで、ずっと黙っていたモンモランシーも反論した。

恐ろしいエルフが自分の生活圏に住む事になっては堪らない。


「アホか。テファはすごく優しいの。モンモンの十倍いい子だっつーの」

「なんですって! って、だれがモンモンよっ!」

「サイト! モンモンは止めろと、あれほど……」

「ウォッホン!!」


喧嘩になりそうな雰囲気を、またもコルベールは制した。

そして、そのまま話を戻す。


「現実問題として、ミス・ロングビルを救う事は出来ます。フーケという過去を捨てればいいのですし」


ロングビルに気があったコルベールは、たとえ盗賊であったとしても助けたいと考えていた。


「ですが、その少女を助けるのは難しい。逃げる以外思いつきません」

「じゃのう。生い立ちも能力も致命的じゃ」


コルベールの言葉に、オスマンは追随した。

うつむいて歯を食いしばるフーケの姿に、才人は切り札を切る事を決意する。

なによりティファニアの為だ。おしくはない。


「もちろんお礼はします」


お礼? と、皆が才人に目を向ける中、才人は鞄の中からパソコンを取り出した。


「ちょ、ちょっと! あんたソレ……」


ルイズの悲鳴が上がった。

フーケをはじめ、皆それが何なのか分からない。


「これを差し上げます」


才人は、机を挟んだオスマンの前にパソコンを置いた。

なにコレ? とオスマンが口を開く前に、ルイズの罵倒が飛んだ。


「馬鹿!! それ、あんたのお母さんから手紙が来る大事な箱じゃない!」


ルイズの脳裏に、母親の手紙を見て泣く才人の姿がよぎった。


「いいんだ、ルイズ」

「よくないわよ! テファはヴァリエール家で匿うわ! だからそれをしまいなさい!」


そんな事出来るわけがない。

自身の両親を説得出来る自信などまったくない。

だが、口からでまかせだろうと、才人の大事な物は犠牲にはしたくなかった。


「それじゃ駄目だ。テファには自由に世界を見てもらいたい」


籠の鳥にはしたくないという才人に、ルイズはティファニアに嫉妬した。

他の女の子にも優しくする才人に、ルイズはさらに罵声を浴びせようとした。

が、


「あのう……。サイト君の母君から手紙をもらっても、ワシャ困るんじゃけど……」


盛り上がっている二人に、オスマンの無粋な声が邪魔をした。

ハッとした才人は、いいから黙ってろとルイズに釘をさし、オスマンに向き直った。


「これ、機能はそれだけじゃないんです」

「ほう?」


ルイズ以外が興味身心と身を乗り出す。

皆の好奇の視線を受け、三秒ほど溜めた才人は口を開いた。


「もっともっとすごい事が出来るんです」

「それじゃわからん」


オスマンだけでなく、皆がガックリと肩を落とした。

白けた空気の中、周りを見渡した才人は、至極真剣な顔で言った。


「みんな部屋から出てくれ。コルベール先生もお願いします」


皆が訝しむ中、才人はさらに続けた。


「これは俺の国の科学の結晶だから、学院長以外には見せられない」

「カガク?」


オスマンは、聞いた事が無い言葉に疑問符を浮かべた。


「おお、それはあれかね? この間のクルマとやらを生み出した技術の事だろうか?」


コルベールの目が俄かに輝いた。


「知っとるのかね? ミスタ・コルベール」

「いえ、ほとんど知りませんが、なんといえばいいか……」

「ああ、いいですよ、コルベール先生。俺が話しますから」


好奇心を隠せないコルベールにオスマンは訊ねたが、才人が待ったを掛けた。


「俺の世界には魔法がありません」

「……そんな世界があるとは信じられんな」


そう言って話し始めた才人を、オスマンは胡散臭そうに聞いた。

魔法が無いでは生活に支障をきたす。

社会が維持できまい。

魔法が当たり前の住人には、才人の言葉は理解できなかった。


「俺達の世界では、魔法の代わりに科学が発達したんです」


なるほど、魔法の代わりになる力があるのかと、オスマンは納得した。

才人は偉そうに、胸を張って自慢した。


「純粋に、理論と技術のみで世界の謎を解明する事。それが科学です」

「おお! 素晴らしい!」


感嘆の声が上がった。

たった一人、コルベールだけだが。

他の面々は、ハァ? である。

まあ、それもしかたがない。才人の説明は抽象的過ぎた。


「あー、それで? 世界の謎を解明して、どうなったんじゃ?」

「月に行きました」

「「「「「「「「は?」」」」」」」」


が、オスマンの疑問に即答した才人の言葉は、皆を絶句させる事に成功した。


「……もう一度言ってくれんかね。年のせいか、どうも耳が悪くなっていかん」

「だから、月に行ったんです」


とても真剣な顔で言う才人に、オスマンは正気を疑った。


「月って、あの月じゃろ? 本気で言っとるのかの?」

「嘘じゃありません。もう40年くらい前の事ですけど」


とても嘘を言っている目ではなかったが、オスマンにはどうにも信じられなかった。

コルベールは狂喜乱舞。

素晴らしい素晴らしいと、その頭の中は既に星の海へと旅立っていた。


「さすがに信じられないわね。あなたはどう思う?」


キュルケは自分同様、隣で一言も喋っていない他国の留学生に是非を求めた。


「私は信じる。彼は嘘を言う人じゃない」


半信半疑ではあろうが、タバサはそう答えた。

勇者は嘘を吐いたりしない。

なら信じるだけだ。


「あら~?」


そんなタバサに、キュルケはイヤらしい笑みを浮かべた。


「……なに?」

「別になんでもないわ。そう、あなたがねえ」

「……なに?」


タバサの顔は何時も通り。

別に赤くなっているわけではなかった。

しかし、キュルケには分かる。

どうも、この親友は自分の気持ちを把握していないようだ。

もしかして初恋かしら、と思いながら青い髪を撫でた。


「ゴッホン。……まあ、月に行ったのはいいとしてじゃ、これは何が出来るんじゃ?」


脱線した話を戻すオスマン。

考えねばならない問題が山積みになっているのだ。

とっとと先を促した。


「だから、これ以上は学院長にしか話せない事なんです」


才人は困った顔で言った。

なにも意地悪で言っているわけではないのだ。

自らの命に直結する以上、どうしても譲れなかった。


「別にいいじゃないか。僕達は誰にも喋ったりしないよ」


そこでおしゃべりなギーシュがしゃしゃり出る。


「おまえが一番信用できないっつーの」


才人の言葉は辛辣だったが、生徒達の全員がウンウンと頷いていたので間違ってはいない。


「私も興味ありますわ。私とティファニアの為に差し出される物の価値を知っておきたいです」


馬鹿丁寧なフーケの言葉には、盗賊の臭いがプンプンである。


 おまえだけは駄目だろ


皆の心が一つになった。


「と、に、か、く、駄目な物は駄目だ!」


またも脱線しそうになった空間を、才人は強い口調で遮った。


「これは俺達の世界の最秘奥なんだ。誰にも見せられない。もしこれが明るみに出れば、俺は死ぬしかない」


才人の固い声が学院長室に響き渡った。


「で、でもオールド・オスマンは?」


情報が漏れたら死を選ぶという才人に、ルイズは不安な顔をした。


「学院長なら大丈夫だろ。これの危険性を分かってくれると思う」


きっと誰の目にも届かないようにしてくれる筈だと、才人は学院長に信頼を示した。


「それほど危険な物なのかい?」

「まあな。使い方によっては、ハルケギニアを支配する事だって出来ると思う」


ギーシュの疑問に答えた才人の言葉に、室内の空気は一、二度下がる。


「ちょっと待ちな。そんな物があるなら、なにもセクハラジジイを頼る必要はないじゃないか」


そして、基本他人を信用など出来ないフーケが待ったをかけた。

口調も素に戻ってしまった。

セクハラジジイ呼ばわりされたオスマンは苦い顔をする。


「俺はテファを学院に通わせたい。学院長の協力は必要なんだよ」


才人の言葉に、今度はフーケが苦い顔をする。


「そんな危ない物を渡して、ティファニアが支配されたらどうすんだい?」

「学院長がそんな事するわけねえだろ」


ティファニア第一のフーケの心配を、才人は呆れた目で一蹴した。


「そんな事わかったもんじゃないよ。現にこのジジイは学院長の立場を利用して下着を覗く、体を触る、散々さ」

「ひょっ!?」


セクハラに悩まされたフーケの言葉は辛辣だった。

ドッキーンと体を強張らせたオスマンに、皆の下衆を見る目が集中する。

が、流石は学院長に上り詰めたメイジといった所か。


「カーーッ! 尻を撫でられたくらいでカッカしなさんな! 今は国家存亡の危機なんじゃぞ!」


大分強引ではあったが、たしかにセクハラとは問題の大きさが違う。

オスマンは皆の口を噤ませる事に成功した。

もっとも、


「そうですわね。ですが、もう私とティファニアの体はヒラガ殿の物です。次は首が落ちますわよ、物理的に」


話をすり替えさせてなるものかと、殺す笑みを浮かべた元秘書に冷や汗を止める事は出来なかったが。

当然フーケの言葉にキレそうになるルイズ。

しかし、ルイズが怒声を出す前に、コルベールが興味半分で疑問を口にした。


「それはあのクルマとやらと同系統の技術かね?」


コルベールは、実際に地球の技術に触れている。

才人に渡されたミニ四駆に、コルベールは、オモチャであるが故に、才人の世界の技術力の高さを連想させた。

異世界の技術、それも最秘奥というからには相当な力があるのだろう。

自らの研究している物がそれほど危険ならば、或いは放棄も視野に入れなければと、コルベールは考えていた。


「いいえ。用途も思想も全く違います。車なんてオモチャですよ、コレに比べれば……」


才人は右手に提げた鞄に視線を落とした。

つられる様に、その場に居る皆の視線も才人の鞄に集中する。

ギーシュ以外の面々は、話の核になる物がまだ鞄の中にあるのだと見破った。

才人の声音に、自然と場の雰囲気は緊張していった。


「……大層な物のようじゃな。じゃが、たしかにワシは世界なんぞに興味はない。老い先短いしの」


蘇った四つの虚無。

また、才人とルイズの未来の記憶。

これから起こるであろう時代のうねりを予感した老魔法使いは、冗談混じりの言葉とは裏腹に、覚悟を決めた。


「しかし、ワシが悪用しない保証はないぞい?」


だからこそ念を押す。

信用してくれるのはありがたいが、本当にいいのかと。


「俺一人じゃ、きっとテファを護りきれません。ルイズ一人で精一杯です」

「ほう?」


赤くなるルイズを尻目に、オスマンは素直に感心した。

力を持っていても慢心しない才人に、老人の目には感嘆が浮かんでいる。


 随分と苦労したようじゃの


まだ子供といっていい年齢にも関わらず、そうした判断が出来る事が、同時に痛ましくもあった。


「それに、学院長だけじゃないです。俺はコルベール先生を信じてますから」


才人がこれから渡す物は、当然機械である。

超がつく天才でなければ、解析もメンテナンスも出来ない。

もしオスマンが活用するならば、自動的にコルベールに協力を仰がなくてはならないという読みがあった。


「わ、わたしかね?」


急に振られて、コルベールは慌てた。

そんなコルベールに、才人は真っ直ぐ向いて言う。


「死に慣れるな。自分の様な間違いを犯さないでくれ。みっともなくても生き延びろ」


こちらの目を見て力強く言う才人に、この少年は己の過去を知っていると、コルベールは確信した。


「……私が、そう言ったのかね?」

「はい。俺、間違うとこでした。でも、もう間違えません。俺は、俺が護りたい人達を護るだけです」


フーケ戦で自身の在り方を自覚した才人の目に、迷いは無かった。

コルベールもまた、そんな才人の目を見詰め続ける。

自身の過去を知っている才人に、コルベールは何故か欠片も嫌悪感が沸いてこなかった。

逆に、真っ直ぐに立つ少年の姿が眩しく、過去の、いや未来の己が導いたのかと思うと誇らしくなってしまう。


「……わたしは、前に進んでいただろうか?」

「先生は自分の罪に向き合ってました。その上で未来を目指していたんです。俺は、先生を尊敬してます」


コルベールは、自然と熱くなった目頭を押さえる。

現在のコルベールは、己が虐殺したダングルテールの後悔に苛まれている。

それはもはや呪いだった。

しかし、才人の言葉は光明をもたらした。

無論、自身の罪は何も変わっていないし、背負う荷が軽くなる事もない。

だが、たとえ未来の自分だろうと、己自身に負けるわけにはいかない。

目の前の少年が尊敬するコルベールを超えてみせる。

コルベールの内に、確かな活力が生まれていった。


「ありがとう、サイト君。まかせたまえ。学院長が悪用しない様、私がしっかりと見張っていよう」

「コルベール先生!」


ひしっと抱き合う師弟。

感動的な場面ではあるのだが、大半の目は白けていた。

男同士、しかも片一方が禿げたおっさんでは、絵ズラが喜色悪いだけである。


「なんかワシ、あんま信用されてなくね?」


悲しそうに呟いたオスマンは、脱線した話を元に戻した。


「サイト君以外は退出しなさい。ワシの許可があるまで待機じゃ」


才人以外退出するように命じるオスマン。

退出したルイズ達は、学院長室の前で待機し、二人の話を待った。

そして、しばらくすると、防音に優れた学院長室から微かな叫びが漏れてきた。


 ひょ、ひょ~~~~~~~


何事? と皆が身構えたのだが、固く閉ざされた扉の前で出来る事はなかった。









才人とオスマン、二人きりの学院長室。


「盗聴とかは大丈夫ですか?」

「その心配はない。よほど大声を出さなければ大丈夫じゃ」


幾重にも処理が施されている学院長室を覗ける者などいないと、オスマンは自信満々に言った。

才人は鞄の中から、何も書かれていない真っ黒いパッケージを取りだした。

そして、その中からディスクを取り出し、パソコンに挿入する。

才人が行っている操作を、オスマンの優秀な頭脳は全て記憶していく。

一動作たりとも見逃さない。

真に危険な物であるならば、自身もまた使えなくば意味など無いのだ。

宝物庫に眠る『破壊の杖』がいい例だった。

全ての準備が整い、才人が口を開く。


「いいですか? いきますよ?」


その才人の声に、オスマンは緊張しつつも頷いた。

そして、オスマンは見た。


「なあッ!?」


そして悲鳴を上げた。

なんと画面には、金髪ボインボインの裸の女性が。


「な、なんじゃあ!? なんなんじゃこれは!? サイト君ッ!!」


仰天。オスマン激しく仰天。

オスマンは、まさしく腰を抜かす程仰天した。


「これが俺達の世界の技術の結晶。アダルトビデオです」


才人の顔は、漢の顔だった。

勿論、ビデオではなくDVD。しかもボカシなど一切ない無修正版である。

コンドームと共に、父からそっと手渡された餞別。

それは才人の父親の宝物であり、コレクションの一つだった。

こんな物を持っている事がルイズにバレれば、たしかに才人の命はない。

ティファニアとフーケの為に、才人は爆死の危険を犯したのだ。


「俺達の世界は、特定の映像を保存する事が出来るんです」

「ば、ば……か……な……」


驚愕の声をあげ、食い入る様にモニターを見続けるオスマン。

あふんあふん、あへんあへん言いながら腰を振りまくるAV女優。

まさに釘付け。

オスマンは食い入るように、モニターにかじりついた。


「別バージョンが、あと三つあります」

「ッ!?」


それは福音か、それとも悪魔の囁きか。

才人の厳かな声は、静かに部屋に響き渡った。

圧倒的な奇跡に、驚愕の顔を向けざるを得ないオスマン。


「”レイプ 狙われた女学生”」

「ッ!!」

「”もっこり特盛! 世界の巨乳10連発! ぼい~ん”」

「ッ!!!」

「トドメは……、クッ、駄目だ……、俺には言えねえ……」


最後のタイトルを口にする事が出来ず、ワナワナと震える才人。


「な、なんじゃ!? 言ってくれっ!! 頼むから言ってくれっ!! サイト君!!」


オスマンは懇願した。

縋りつくオスマンの目を見、一つ深呼吸した才人は決意した。


「”お兄ちゃん、私のお股がムズムズするの”」

「…………ひょ、ひょ~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!」


オスマンの魂は絶叫した。

ルイズ達が聞いた叫びはこれだった。


「フーケとテファの味方になってくれれば、これらを全て譲ります」


答えは聞くまでもなかった。

エロを押さえられたオスマンは、もはや才人の傀儡になる以外の選択肢が存在しない。


「……水臭いのう。ワシは君を孫の様に思っとるんじゃよ?」


オスマンの声は、慈愛に満ちていた。

そして顔もまた、優しさに満ち溢れていた。

が、目はエロで濁っていた。


「孫の我儘を聞くのが、ジジイのたった一つの楽しみなんじゃよ」

「おじいちゃん……」


老人を利用しようとする才人の目は、決して孫の目ではなかった。


「孫よ……」


がっしりと抱き合う才人とオスマン。

絵ズラは先ほどのコルベールの時よりも見苦しかったが、なんにせよ、ここにエロ条約は結ばれた。








「それで、学院長。ソレは本当に危険な物なんでしょうか?」


オスマンの許可を得て、入ってきた一同を代表してコルベールが訊ねた。


「うむ。直接的な危険はないが、使い方しだいでは容易に世界を支配出来てしまう」


すでに支配されたオスマンは、はっきりと口にした。

オスマンは優秀な頭脳で考えた。

エロ産業に革命を起こし、そこからもたらされる利益はどれほどになるのか?

おそらく天文学的な額の金が動く。

三大欲求の一つを牛耳れてしまえる以上、経済界を裏から支配する事も可能。

ゲルマニアにでも持ち込まれれば、貴族社会が崩壊しかねない。

オスマンの危惧は、いっそ清々しいほどアホだった。いやエロだったというべきか。


「そ、それほどですか!?」


驚愕したコルベールに、うむと大きく頷くオスマン。


「これよりこれを第一種危険物指定とし、ワシの許可無く、またワシの監修無く触れる事を禁ずる」


オスマンは、よいな と、威厳たっぷりの口調で締めた。


「ミス・ロングビル。今日よりそなたの後見人はこのワシじゃ。無論、妹のティファニア嬢もな」


いきなり180度態度を変えたオスマンに、驚きで目を丸くするフーケ。

そんなフーケに構わず、オスマンはさらに続ける。


「たった今『土くれ』のフーケは死んだ。ミス・ロングビル、そなたはマチルダに戻るのじゃ」


ニッコリと笑う聖人君子のようなオスマンが、まさかエロに目が眩んだなどと思いもしないフーケは混乱する。


「ですが……」

「心配はいらん。サイト君に全て任せてよいじゃろう。のう? 孫よ」

「任せてくれ、おじいちゃん。ちゃんと姫様にも相談するよ」

「「「孫……?」」」

「「「おじいちゃん……?」」」


うんうんと、互いに笑顔で頷きあう祖父と孫。

その光景はあまりに胡散臭く、皆訝しんだ。

フーケも納得がいかなかったが、後で才人に聞けばいいかと話を進める事にする、


「では、マチルダ・ロングビル・ウエストウッドと名乗ります。サウスゴータはさすがにマズイでしょう」


この瞬間、フーケはこの世のどこにもいなくなった。

マチルダは、ティファニアが学院時代に名乗った偽名を使う事にする。

ティファニアがこの学院に来た際、大手を振って姉妹だと名乗るのも悪くない気がした。


「うむ、いい名じゃな。おお、そうじゃ、ミス・ロングビル」


そして、オスマンは気が付いた。

己の秘書が元秘書だった事に。


「秘書は続けてもらうぞい。これから優秀な人材はいくらでも必要になるでな」


人の悪い笑みを浮かべるオスマンに、マチルダもまた人の悪い笑みを浮かべた。


「私の体に触れないとお約束していただければ構いませんわ」

「下着を覗くくらいならかまわんじゃろ?」


女生徒も居るというのに、オスマンの言葉はストレートだった。

あちこちから汚物を見る目を向けられているのだが、奇跡に触れた現在のスーパーオスマンにはまったく効果が

なかった。


「首が千切れてもよいと仰るならば止めませんが……」


マチルダの声は本気だった。

憐れむようなマチルダの視線に、冷や汗をかきながら、


「……そんなんじゃから婚期をのがすんじゃ」


とオスマンは呟いた。

眉を吊り上げたマチルダが杖を握りしめたのを見て、オスマンは慌てて解散を告げる。


「ミス・ヴァリエールとサイト君は、何かあればすぐ報告にきなさい。以上じゃ」


療養の為、マチルダにも退出を促すオスマン。

ゾロゾロと皆が退出する中、一人コルベールだけが部屋に残った。

コルベールの顔は、何か言いたいのだが言うべき言葉が見つからない、そんな表情だった。


「心配かね? ミスタ・コルベール」

「はい。事が国を巻き込む以上、私は甘いと思います」


はっきりと、コルベールはオスマンが甘いと言ってのけた。

後悔してはいるが、それでも優秀な兵士だったコルベールには、オスマンの沙汰は何もしないのと同じ様に感じ

られた。

もっと具体的な方針を決めなくては、戦争という悲劇に全てが飲みこまれる。

戦場を経験しているが為に、コルベールは不安だったのだ。


「のう、コルベール君。勇者の条件とはなんじゃろう?」

「は? 勇者、ですか?」


笑みを絶やさぬオスマンの質問に、コルベールは困惑。


「勇者とは、悲劇を喜劇に変えられる者だと、ワシは思っとる」


人を殺してのし上がっていく英雄とは違う。


「そう、物語の勇者は、現実の英雄のようには出来ていないのじゃよ」


一対一で話してみて分かった、彼は英雄にはなれん と、オスマンは締めくくった。


「サイト君は勇者だと……?」

「さて、ワシには分からん。じゃが、ティファニアという虚無の娘がそう言っておったそうだ」

「虚無が……」

「無論、ミス・ヴァリエールもそう思っとるじゃろう。話の主導権を任せっぱなしにしておったしの」

「……言われてみれば、そうですね」


そう言って、コルベールは反芻した。

本来ならばあり得ない。

ヴァリエールであり主人でもある彼女が、ほとんど会話に参加しなかった。

それだけあの少年を信頼しているのだろうか?

オスマンの洞察は正しい。

ルイズは今回、全て才人の好きにさせてみようと考えていたのだから。


「おそらく、あの少年が中心なんじゃ」

「サイト君に賭けるというのですか?」

「違うな。ワシらも共に戦うのじゃ」


随分と格好いいオスマンに、本当に学院長かコイツ、と思ってしまうコルベール。


「心配はいらん。分はあるじゃろ。アンリエッタ王女もすぐ即位しそうじゃしの」

「王女殿下が玉座に座ると?」

「言うとったじゃろ? 姫様に相談すると。ティファニア嬢を匿える力となると、そういう事じゃろ」


オスマンの洞察に、コルベールはなるほどと感心し、居住まいを正してこうべを垂れた。


「恐れ入りました。オールド・オスマン」

「なに、年の功じゃよ。年寄りは若者が真っ直ぐ進むように考えてやらねばな」


コルベールの目からは大分不安が消えていた。

僅かながら、オスマンに対する尊敬も含まれている。

その様を見たオスマンは大きく頷き、今度こそコルベールに退出を命じた。

部屋から出ていくコルベールの背中は、私も頑張らなければというやる気に満ち溢れていた。

だが、オスマンの心の底を見透かす事は、遂にコルベールには出来なかった。

コルベールが退出した直後、ニヤリとオスマンは笑う。

彼は、もう我慢出来なかった。

すぐにパソコンのモニターを開く。

オスマンは一分一秒でも早く、エロを観賞したかったのだ。

そう、彼は途中から学院長オスマンではなく、アダルティックオスマンだったのである。

国を憂い、若者を導く年寄りなどどこにもいなかったのだ。

早く話を終わらせたい。

その一心で、場を迅速に修めたのである。

科学の力恐るべし。

DVDを再生し、水煙草を吹かしながらえらく男前な顔になっているオスマンは、齢300を過ぎても漢だった。

オスマンの至福の時を邪魔する者は誰もいない。

まあその三時間後、パソコンのバッテリーが切れて、パニックになったオスマンが才人の元に飛んでくるのだが、

それはやっぱり余談である。








 後書き


「昔な、俺の馬鹿のせいで女(パソコン)が死んだんだ」
「…………」
「俺の初めての相棒で、最初の女(パソコン)さ」
「…………」
「やばい戦場だった。何度も何度も転移して、読めない文字、暗号、隠し通路、全部勘で突っ込んだ」
「…………」
「いきがって、相棒の警告無視して、ガムシャラに理想郷を目指した……」
「……それで……どうなったの?」
「相棒がボロボロになった。俺の馬鹿のツケを、あいつが全部肩代わりしたのさ」
「…………そう」
「わかったろ? 俺は屑野郎さ。自分の力量も解らない低脳だ」
「そんな事……」
「俺はっ! あいつの最期を看取る事しか出来なかった能無しだっ!!」
「…………」
「あんな思いはもうたくさんなんだよ!! ……俺は、もう二度と戦わない」
「…………」
「…………」
「…………アホね」
「……なんだと?」
「正真正銘のアホって言ったのよ」
「もう一度言ってみろ……」
「何度でも言うわ。あんた、前の相棒にそれ言える?」
「ああ?」
「おまえが死んだからもう二度と戦いませんって、そう言えるわけ?」
「…………」
「きっと、悲しむわ……」
「……お、おまえにあいつの何が分かるッ!!」

次回、「俺と相棒」最終回



[7531] 第二十二話 最強への第一歩
Name: yossii◆1d5cbef8 ID:6b1b3af4
Date: 2010/04/17 09:58
そろそろギーシュを超絶化させるよ~。
ではどうぞ。








二つの大きな月を眺めながら、才人はティファニアの事を考えていた。

大鍋の風呂に浸かり、ぬくぬくと温まっていく体とは裏腹に、頭の中は冷えていた。


「テファ……」


フーケの話に、才人は戦慄した。

四つの虚無、その全てが逆行しているかもしれない。

何故その可能性に気付かなかったのかと、ルイズも苦い顔をしていた。

実際にデルフリンガーですら戻ってきているのだ。

ガリアでの戦闘の時、四人の虚無は全て揃っていた。

虚無に関わる全ての者達が逆行していると考えるのが自然だった。

であれば、今もっとも危険なのは、内乱の地で暮らす無防備なティファニアである事は間違い無い。

才人は顔を青くさせ、慌てて飛び出そうとした。

しかし、ルイズに止められた。

緊張状態のアルビオンに潜入するなど正気の沙汰ではないと。

激しく反論する才人だったが、ルイズは理を持って説いた。

いまだにティファニアが無事という事は、少なくとも内乱が終結するまでは安全だろう事。

数日中に、アンリエッタからアルビオン行きの任務を賜る事。

今動けば未来の予測が難しくなる事。

それは逆に、ティファニアの命を危うくしてしまう可能性がある事。

戦地からティファニアを含む十名を超える子供達を脱出させるのは不可能だ。

内乱が治まり次第、船を出してもらうなり商船を使うなりした方が遥かに現実的である。

一人で突っ込んでもまた七万の時の二の舞になると、ルイズは必死に説明した。

涙を浮かべながら懇願するルイズに、才人は折れた。


「……ちくしょう」


理解はしたし、納得もした。

だが、焦りはどうにもならなかった。

二つの月を見ながら、才人の口からは自然と己の不甲斐なさが零れ出た。


「焦るんじゃないよ、坊や」

「ッ!?」


背後からいきなり声を掛けられ、驚く才人。


「あの娘の言っている事は間違いじゃない。ティファニアを迎えに行くタイミングは終戦直後が最善さ」


才人の真後ろに居たのは、誰よりも焦っているだろうマチルダだった。

マチルダは内心の焦りなど微塵も感じさせず、逆に才人を諌めた。

全く気配を感じさせずに背後に立つマチルダの姿に、怪奇現象かよと、才人は早鐘の様な心臓を抑える。

まあ、元盗賊の面目躍如といった所であろう。


「脅かすんじゃねーよ! フー……」


フーケ、と怒鳴ろうとした才人の口を、素早く右手で塞ぐマチルダ。


「マチルダだろう?」


その顔には呆れの色が広がっている。


「もう二度とその名で呼ぶんじゃないよ。どこで誰が聞いているかわかったもんじゃないんだからね」


ヤレヤレと溜息を吐き、マチルダは才人を解放した。


「……わかってるよ」


バツの悪い顔をする才人だったが、マチルダにはどうも信用出来なかった。

頭の悪い人間は、何度でも同じ失敗をする。

だから、この馬鹿な勇者の頭に強引に叩き込もうと考えた。


「いいかい? 坊やが知っている盗賊と、ここにいる私は別人だよ?」

「はあ? 何を言って……、ってなぜ脱ぐ!?」


訳の分からない事を言い出した元盗賊。

と思った瞬間、いきなり服を脱ぎ出したマチルダに、才人は仰天した。

マチルダは、才人の自分への認識を上書きするのが手っ取り早いと結論を下したのだ。

シュルシュルと衣服を地面に落としながら、出来の悪い生徒に説明する様に続けた。


「坊やには敵だった私の記憶がある。でも、私にはそんな記憶は無い」

「バ、バカ! はやく服着ろ!」


才人の制止などまったく気にせず、マチルダは全裸になった。

月明かりに照らされたマチルダの裸身は、恐ろしく色気に満ちていた。

一瞬で沸いた才人の頭に、フーケの言葉はほとんど入っていかない。

そんな事は百も承知でマチルダは続ける。


「当然さ。出会いも、立場も、関係も、何もかも違うんだからね」


マチルダは見せつける様に、才人の眼前で風呂の縁を跨いだ。

グビリと喉を鳴らして釘付けになる才人を無視し、そのまま湯に浸かる。


「つまり、坊やの記憶にある私とここにいる私は別人じゃないのかい?」

「あ、ああ、そ、そうだナ。別人ダヨ。ウン、別人別人」


顔を真っ赤にしながら、才人はカクカクと首を振った。

シエスタと一緒に入った時とはまるで違う。

それほどプロポーションに優劣は無い筈なのに、マチルダの纏う色気は尋常ではなかった。


「いいや、坊やは分かっちゃいないね」


こうやって子供扱いされているから、年上の色気を感じてしまうのだろうか?

才人の股間は、既に痛いほど膨張していた。


「ナ、ナニガデスカ?」


妖艶な笑みを浮かべながら首に腕を回してくるマチルダに、才人は金縛りになってしまった。


「坊やの知ってる私は、こんな事をしたかい?」

「イ、イエ……」


恐ろしく近い位置にあるマチルダの瞳に、才人の頭はポーっとなってしまう。


「そうさ。別の女だからだよ。だから、私にそっくりな女は忘れて、ちゃんと私を見な」


強烈な女の匂いに、思考がマヒしていくのが分かる。

こちらを覗き込んでくる女は、凄まじく美しかった。


「マ、マチルダ……さん……」

「マチルダでいい……。子供に抱かれる趣味はない……」


マチルダは目を閉じ、ゆっくりと唇を近づけていった。


 ま、まて! 俺にはルイズが!


心で叫んだ理性とは裏腹に、才人も目を閉じてしまった。

だからだろう。気付かなかったのは。

才人とマチルダ二人の顔の前には、熱々の紅茶が入ったティーポットが。


「「あっづぅぅぅぅ!!」」


二人は、まさに熱いくちづけを体験した。


「紅茶をお持ちしました」


同時にのけぞり、バタバタと手で口を扇ぐ二人に、完璧な仕草で一礼するメイド。

だが、そのメイドの額には血管が浮き出ていた。


「シ、シエスタッ!?」

「なんですか? サイトさん」


シエスタの顔は見事な笑顔だった。

が、とても怒っている。怒っていらっしゃる。

それが手に取るようにわかった才人は、ヒィッと悲鳴を上げて縮こまった。

シエスタがこの場に居る理由は至極簡単。

ルイズに宣戦布告したはいいが、二人っきりになれる状況など、才人が風呂に入っている時ぐらいなのである。

シエスタはちょこちょこ才人の入浴時に出没し、才人との会話を楽しんでいた。

さすがに次はルイズに吹き飛ばされそうなので、混浴は自重していたが。


「な、なんだい、このメイドは……?」


もう少しで才人の中の己の像を上書き出来たというのに、いきなり現れてぶち壊したメイドに怒りが募る。


「あら、ミス・ロングビルではございませんか。『大分』年下のサイトさんと一緒にご入浴ですか?」

「なあ!?」


大分という部分に力を込めるシエスタ。

暗に年増と言われたマチルダは、素っ頓狂な声を上げてしまった。

無理もない。

平民のメイド風情にそんな言葉を投げかけられたのは初めての経験だった。

凄まじきはシエスタの胆力。

シエスタは既に、ヴァリエール公爵家の令嬢に喧嘩を売っている。

その事実が、シエスタのアレを加速度的に成長させていた。

潜在的にはルイズを超える資質を持つアレにとって、”お風呂で誘惑”の使い手は己のみでなければならない。

呆気にとられているマチルダから視線を外し、シエスタは背を向けて壁に張り付いている才人に声を掛けた。


「モテモテですね、サイトさん」


ビクリと肩を震わす才人。


「でも、ミス・ヴァリエールにお仕置きされちゃいますよ?」


もちろん私もします、と吐き出された声に抑揚は無い。

ガタガタと震える才人は、もはや小動物だった。


「まあ、こんなに震えて。私が温めてあげますね」


そう言ってシエスタは、ヨイショと才人の頭を引っこ抜き、己の胸に埋めさせた。

中々の腕力である。


「シ、シ、シエスタ?」

「ァン……。駄目ですよ。くすぐったいです」


モゴモゴと口を動かし見上げたシエスタの顔は少し赤く、またとても魅力的な笑顔だった。

ボケッと見ているだけだったマチルダは、その二人の姿にようやく再起動を果たした。

当然怒り心頭である。

どうやら才人に惚れているらしいこの小生意気な小娘をやりこめねば気が済まない。

マチルダは立ちあがり、才人の体を後ろから強引に引き離すと、今度は自身の胸に顔を埋めさせて言った。


「今はヒラガ殿との大事な逢瀬ですの。紅茶は後でいただきますわ」


全裸の男を、同じく全裸で抱きしめる女の微笑みに、シエスタの頬は瞬く間に染まってしまう。

マチルダの笑みは、まさしく妖艶だった。

あまりに美しい女性を前にシエスタは挫けそうになったが、ワキワキと両手を動かす才人の姿が嫉妬に火を点け

る。

才人のそれは、抱きしめようか迷っている動きだったからだ。

そう、シエスタの推察通り、マチルダの生乳に埋まった才人の理性はギリギリだった。

鼻の下はビロンと伸び、恍惚とした表情は、精神力の限界を物語っている。


 な、舐めてみようかな。ちょっとだけ……、いやバレる。でも一瞬だけなら……


いや、既に限界を超えていた。

才人の沸いた頭は、如何にバレないように吸いつくかを模索し始めていたのだから。


「サイトさんを離して下さい」


ワナワナと肩を怒らせるシエスタ。


「あら、メイジに平民が命令するなんて自殺行為ですよ?」


余裕たっぷりのマチルダに、シエスタは切れた。

その場で一気に服を脱ぐ。

いきなりの行動に目を丸くしたマチルダを睨みつけ、シエスタもまた全裸で湯船に突撃した。

そして、そのまま才人を引っぺがす。

いただきますと、口をあ~んと開けていた才人は足を滑らせ、成すすべもなく湯の中にダイブした。

もしマチルダの豊満な胸に吸いついていたならば、きっとルイズに殺されていただろう。

寸での所で才人の命を救ったシエスタは、気後れせずにマチルダに宣言した。


「これで対等です!」


裸になって対等とはどういう事か。

目の前の少女の言っている事が分からないマチルダに、シエスタは続けた。


「杖もマントもメイド服もここにはありません! 身分を纏いたければどうぞ、湯からお上がり下さい!」


恥じらいをどこに置いてきたのか。

全く隠さず、逆に胸を張るシエスタの口上に、マチルダは呆気にとられた。

が、すぐに理解して笑いが込み上げてくる。

この目の前の小娘は、女の魅力で勝負しろと言っているのだ。

なるほど。たしかに裸で身分を語るなど滑稽だ。

杖もマントも脱ぎ棄てた以上、そこに身分差は無く、対等の人間同士になったというわけだ。


「なにがおかしいんですか?」


噴き出したマチルダに、シエスタは眉を吊り上げた。

しかし、そんなシエスタの態度に、マチルダは全く怒りが湧いてこなかった。

こういう人間は嫌いじゃない。

何より、メイジ相手に物怖じせずに啖呵を切れるとは中々だ。

足元で溺れかけ、ゲホゲホと咽ている才人にチラリと視線を落とす。


 坊やの周りには妙な人間が集まりやすいのかね


しかし、いくら嫌いじゃないとはいえ、才人はティファニアの想い人だ。

ルイズもいるというのに、これ以上強敵が増えては義妹が苦労する。

マチルダはニヤリと口の端を吊り上げた。


「男も知らないお嬢ちゃんが、色気で私と勝負するってのかい?」


勘ではあったが、マチルダはシエスタが生娘であると断言した。

さらに素の口調に戻り、大鍋の縁に寄り掛かりながら、濡れた長い髪を掻き揚げる。

フーケの体からだけでなく、その仕草からも溢れだす色気に、シエスタはグッと呻いた。


「男の悦ばせ方を勉強してからおいで」


ニッコリと、まるで子供に諭すような口調に、シエスタはぐぬぬと口籠ってしまう。

が、ここで呑まれるわけにはいかない。


「私は男の人を悦ばせたいんじゃありません。サイトさんを悦ばせたいんです」


見事な殺し文句だった。

溺れかけたせいでなんとか理性を取り戻し、隅っこの方で縮こまりながら二人の裸体を観賞していた才人。

シエスタの真っ直ぐな好意と一途さに、自然顔が火照ってしまう。


「同じ事さ。この坊やを悦ばせる方法を知らないんだろう?」

「そ、それぐらい知ってます!」

「へえ?」


そんなマチルダの馬鹿にした態度を前に、どうして退く事が出来ようか。

シエスタは、キッと才人に視線を飛ばす。

そして、そのままビクリと体を強張らせる才人に近づき、お腹のあたりで才人を抱きしめた。


「サ、サイトさんは、う、動かなくていいですから……」


そう言って、徐々に腰を下ろしていく大胆なシエスタ。

二転三転する桃色な状況に、才人の自制心などもはや紙くず同然だった。

抵抗する意志など残ってはいない。

今の才人はデレ才人……、いや鼻の下を伸ばしまくったデレデレ才人なのだから。

マチルダはマチルダで感心していた。

他の人間が見ているにも関わらず、物怖じせずに行為に及ぼうとするその根性に。

だが止める事はしない。

なぜなら、失敗するのが分かっていたからだ。

初めてでリードなど出来る筈もないし、前戯無しでは碌に濡れていないだろう。

しかも初心者が湯の中でするなど無茶だ。


 ブッ飛んだ娘だねぇ


感心半分呆れ半分の表情で、一度失敗すれば大人しくなるだろうと、昔娼婦で糧を得ていた女は計算していた。

だが、マチルダは知らなかった。

シエスタという少女を。

彼女の身に宿るアレの強大さを。

『メイドの午後』、『バタフライ伯爵夫人の優雅な一日』という聖典により、既に予習はバッチリだったのだ。

おそらく、どれほどの痛みであろうとも、シエスタの根性を上回る事は出来まい。

シエスタは才人の怒張をそっと撫で上げ、自らの秘所に軽く擦りつける。


「ひゃ……ぁ……ぅ……」


緊張と期待と興奮と、初めて味わう快感に、シエスタはあっという間に準備万端。

あれ? とマチルダが訝しむも、時すでに遅し。


「いっぱい気持ち良くしてあげます、サイトさん……」


押し当てられた才人の亀頭が、ツプリとシエスタの中に、


「こんのエロメイドーーーーーーーー!!!!!!」


入らなかった。

何者かの叫びの瞬間、鍋ごと吹き飛ぶ三人。

キャアーーだの、ギャーーだの悲鳴を上げ、才人、シエスタ、マチルダの三人は空を舞った。

星が降りしきる空への浮遊は開放的ではあったが、重力とは偉大であった。

すぐに三人は、ビタンと地面に叩きつけられた。

ボンヤリと半失神しているシエスタとマチルダの目に、蹴りまくられている才人の姿が映る。

対メイドセンサーにより、またも才人の危機を救ったご主人様は、犬を連呼しまくっていた。

犬呼ばわりされている使い魔は、裸はムリ裸はズルイ裸は耐えられないと、一生懸命言い訳していた。

見事な蹴りにより完全に才人を失神させたルイズは、とりあえずパンツだけ履かせ、部屋に引き摺っていった。


「……ずるいです。ミス・ヴァリエール」


ノソノソと起き上がったシエスタは、メイド服を身に纏い、未だ手足が痺れて這いつくばるマチルダに一礼した。


「風邪を引いてしまいますよ、ミス・ロングビル」


ごきげんよう、と言って去っていくメイドの姿に、マチルダの口からは溜息しか出てこない。


「どんだけ逞しいんだい……」


マチルダは憂う。

この面子に、果たして義妹は飛び込んでいけるのだろうかと。


 マチルダ VS シエスタ   シエスタの勝利。のはずが、なぜかルイズの圧勝







 第二十二話 「最強への第一歩」



「サイト。本当に、戦争になるのかい……?」


不安を隠さず声に出したのはギーシュ。


「まあな。レコンキスタは間違いなく攻めてくると思うぞ」


才人は朝のジョギングを終了し、座ってボンヤリとしていたギーシュの前で、荒い呼吸を整えながら答えた。

ちなみに、10kmの距離が測れなかったので、才人はストップウォッチで軽めに60分間走る事にしている。

もし本気で走れば、10kmを40分を切るという中々の健脚ぶりだった。


「しかしだね、内乱が終わってすぐ他国に出兵するかな?」

「前の時はしたぜ?」


才人の答えに、いや、でも、だけど、と、否定の言葉を口にするギーシュ。

ギーシュは不安だった。

戦の経験など無い上に、才人に死亡を仄めかされているのだ。

死を身近に感じては、不安にならない方がおかしいだろう。


「なんだよ、ギーシュ。怖いのか?」


前回、死など怖くないと、勲章を有り難がっていた姿を思い出し、才人は意地の悪い言い方をした。


「ば、馬鹿を言ってもらっては困る! ぼ、僕はグラモンだよ? 命を惜しむな、名を惜しめというだね……」

「ああ、わかったわかった。それはもういいよ」


騎士隊時代、うんざりする程聞かされたグラモン家の家訓は、才人には理解できないものだった。

家訓を途中で切り捨てられたギーシュはムッとするが、すぐに不安の顔が出てくる。


「たとえ死ぬとしても、大きな武勲をあげてから死にたいものだ……」


たしかに死にたくは無い。

しかし、名門の貴族として教育されてきたギーシュには、無駄死にこそが恐ろしかった。


「おまえなあ……」


才人の顔が歪む。

やっぱり命より手柄を優先させるギーシュに、才人の胸中にあったのは怒りだ。


「ばっかじゃねえの?」

「な! 誰が馬鹿なんだね! どうして馬鹿なんだね!」

「名誉の為に死ぬなんてクソだ。アホの考えることだ。くだらねえ」


過去にも吐き出された言葉。

当然、名誉こそが一番である貴族は怒る。


「ぼ、僕を侮辱するかぁ!」


激昂したギーシュは、杖を引き抜いて威嚇した。


「モンモンどうすんだよ?」

「な、なに?」

「おまえが死んだら、モンモン泣くんじゃねえのか?」

「…………」


クッと歯を食いしばるギーシュ。

しかし、それも貴族に生まれた者の義務だと知っているギーシュは、杖を引っ込めたりはしない。


「あ~あ。おまえが死んだら、モンモン別の男のモノになっちゃうのか」

「ッ!?」


が、続く才人の言葉に狼狽する。

ギーシュの杖の先端はプルプルと震え出していた。

それを見て、才人はトドメを刺した。


「もしかして、マリコルヌと付き合いだしたりして」

「ぎゃああああああああ!!!!」


クラスメイトのポッチャリさんの姿を思い出し、ギーシュは頭を抱えてのた打ち回った。


「死ねない! 僕は死ぬわけにはいかない! サイト! 僕を助けてくれ!」


よほど耐えられなかったのだろう。ギーシュの顔は、涙でベチャベチャだった。

そんな見苦しいギーシュを、才人は切って捨てる。


「助けろって……、じゃあ戦争にいくなよ」

「それは出来ない。僕はグラモンだよ? 第一、戦から逃げたら恥ずかしいじゃないか」

「命が大事って分かったんだろーが」

「命は大事だ。でも手柄も欲しい」

「おまえな……!」


何も分からずに我儘を言うギーシュに、才人は怒声を上げようとした。

しかし、


「……女の子達に、キャーキャー言われたいんだ……」


己の心情をゆっくりと、しかしハッキリ口にするギーシュに遮られた。

才人は絶句した。

余りに欲望に忠実なギーシュに、恥ずかしながら漢を見てしまった。


「いや、まあ、わかるけどよ……」

「そうだろう!? 君ならわかってくれると信じていたよ!」

「……なんか、おまえと一緒にされたくねえなぁ」

「いいや、僕達は仲間さ」


心底困った顔をする才人に、ギーシュは満面の笑顔で仲間をアピールする。

そんなギーシュに、才人は溜息を吐いて言った。


「じゃあ、強くなるしかねえだろ?」

「なんだって?」

「戦場で死なずに手柄をあげられるくらい、強くなるしかねえじゃん」


才人自身、無茶な事を言っているのは分かっているが、ギーシュの言っている事はそういう事だった。

ギーシュも、フムと考え込み、ナルホドと頷く。


「でも、おまえたしか最弱のドットだよな?」


失礼な才人の言い草に、ギーシュは、フッフッフッと不敵な笑みを浮かべた。


「それは過去の話だよ、サイト」


そして、いきなりゴーレムを錬金する。


「おお!」


才人の驚愕の声。

なんとそこには、十四体のワルキューレが。


「君と決闘してから調子がよくてね。いつのまにかラインに上がっていたよ」

「へえ、やるじゃん」

「どうやら魔法にまで愛されているようだね、この僕は」


ハッハッハッと、えらく優雅に髪を掻きあげるギーシュ。


「なんだ、そんな簡単にレベルが上がるのか。魔法は楽だな」

「馬鹿を言うんじゃない。そう簡単に上がるもんか」


お手軽にガンダールヴの力を手に入れた才人。

自分の事を棚に上げて言った才人の言葉に、ギーシュが待ったを掛ける。


「いいかい? 一つ格を上げる為には、地道な努力が必要なんだぜ?」


ギーシュから飛び出た努力と言う単語に、才人は胡散臭そうな顔をした。

ギーシュがもっとも苦手そうな言葉である。


「ただし、例外がある」


ピッと指を立てたギーシュは絶好調だった。


「一歩間違えれば死んでしまう程の魔法行使の後、稀に格が上がる事があるのだよ」


言うなれば、極限状態で殻を破れるかどうかなのだと、ギーシュは告げた。

そしてそのまま、見事殻を破ってしまったよと、ギーシュはふんぞり返った。

そんな、少しばかり痛いギーシュの姿に、才人は唖然としてしまった。


 じゃあ、なにか? こいつ死に掛けたのか?

 お芝居で?

 女にいい所を見せる為に死に掛けたってのか?

 冗談で死ぬ気なのか?

 それとも冗談で生きてんのか?


「……ああ、えっと、なんていうか、……おまえスゴイな」

「そうだろう、そうだろう。もっと褒めたまえ」


才人は、スゴイ馬鹿だなと言ったつもりだったのが、絶好調のギーシュには伝わらなかった。


「ま、まあ、とりあえず、十四体も操れるなんてスゲーよ」

「いや、それは無理だ」


才人の賛辞に、即答で否を返すギーシュ。


「はあ?」

「やっぱり七体しか制御出来なかったよ。戦闘になれば、よくて五、六体が限界かな?」


魔力と制御力は別物という事だろう。


「じゃあ、こんなにいても意味ねえじゃん……」


呆れかえる才人に、


「意味が無いとはなんだね! 威嚇やハッタリに使えるかもしれないじゃないか!」


失礼な、と怒るギーシュ。

そしてヒートアップ。


「アホか! 命を掛けてハッタリ技増やしてどうすんだよ!」

「アホとはなんだ!! アホとは!!」

「真面目にやれよ、バカ!! ホントに死んじまうぞ!!」

「僕は大真面目だ!!」


ハアハアと息を切らし、才人は諦めた。

この馬鹿は、早くなんとかしないと死んでしまうと。


「なあ、ギーシュ。おまえ身体能力とか上げられないのか?」

「魔法で、という意味かい?」

「あたりまえだろ。前にスクエアとやりあった事があるけど、かなり速かったぜ」


ワルドの事を思い出し、才人は不機嫌になりながらも是非を問う。

ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。

才人にとって胸糞の悪い敵だったが、『閃光』の名にふさわしい力を持っていた。


「たしかに出来るけれど、それこそ毎日練習しないとなかなか上がらないね」


スクエアクラスと闘ったという才人に驚いたギーシュだが、そんなトップメイジと比べられても困る。

首を振るギーシュに、才人はとりあえずタイムを計ってみようと言いだした。

ちょうどこの間100m計った場所であるし、ストップウォッチも持っていた。

疲れるのは嫌なギーシュだったが、命に直結しかねないので渋々才人に従った。


「いいか、ヨーイドンだぞ! ドンで走れよ! 魔法忘れんなよ!」

「わかっているよ! いつでもいい!」


スタートとゴールに別れた才人達は、大声で確認しあう。


「じゃあいくぞ! ……ヨーイ、ドン!!」


才人の号令と共に、ギーシュは必死で走った。

勿論、魔力で身体能力を底上げしながらだ。

才人は、結構速いなと思いつつ、目の前をギーシュが通過した瞬間ストップウォッチを止める。

そしてタイムを確かめた。


「うおっ! メチャメチャ速ーじゃねえか!」

「え? そ、そうかい? どれくらいかね?」


思いがけない感嘆に、ギーシュは少し照れながら才人の手元を覗き込んだ。

そのタイム。なんと10秒44。

日本の高校生の平均をはるかに上回るタイムだった。


「す、すげえ……、魔法ってのはデタラメだわ……」


才人にいつも驚かされっぱなしのギーシュは、手放しで驚愕している親友が照れくさかった。


「いや、なに。これくらい軽いさ」


照れを誤魔化す為に、ふんぞり返って髪を掻きあげた。


「ちなみに、君はどれくらいなんだい?」

「あ、俺三秒。戦闘中は多分二秒切る」

「君は僕を馬鹿にしているのかねっ!!」


ギーシュの怒りはもっともだった。

激しく憤慨しているギーシュをまあまあと宥め、才人は考えた。

たしかに地球の常識では速いが、魔法の世界では通用しないだろう。

技術を駆使したとはいえ、ワルドはガンダールヴの速さに対応していた。

嫌なヤツだったが、それだけの努力をしたのだろう。

才人はギーシュを見、コイツ馬鹿だしなぁ、と溜息を吐く。

そのとき、ワルキューレの姿が目に入った。


「なあ、ギーシュ」

「なんだね!」


憤懣やるかたないギーシュを無視し、才人は疑問を口にした。


「ワルキューレって結構速く動くよな?」


才人は、前回の本気で決闘した時のワルキューレの動きを思い出した。

金属製のくせに、軽やかに動くワルキューレにボコボコにされてしまった。

喧嘩に自信がないわけではなかったのに、いいようにやられたのは思い出したくない記憶である。


「? まあ、僕の思考と制御しだいだけど、馬くらいは出せるんじゃないかな」


まがりなりにも戦闘用の魔法。

人体に似せて作られたゴーレムの限界は、そこらの平民の軽く二、三倍はある。


「じゃあ、中に入ればいいんじゃねえか?」

「は?」


ギーシュには、才人が何を言っているのか理解できなかった。


「だから、もっと薄くして、鎧みたいに着てみたらどうよ?」

「…………」

「おまえの意思通りに動くんだろ? なら、おまえも馬くらい速く走れるかもしれないぜ?」


魔力で体の内側から強化するのではなく、魔法で外側から強化する。

才人の発想は、まるっきりパワードスーツだった。


「……その発想はなかったな」


やってみようと言いながら、早速ギーシュは呪文を唱え始めた。

見る見るうちにギーシュの体を覆っていく青銅。

そして、頭以外を鎧で包んだギーシュが完成した。

彫金に自信のある小器用なギーシュは、ワルキューレをベースに、薔薇をイメージした美しい鎧を纏っていた。


「うおおお! す、すげえ! ギーシュ、おまえ騎士にみえるぞ……」


才人は今度こそ、惜しみない感嘆を贈った。

実際、ギーシュの整った顔立ちと金髪が見事な鎧と相まって、聖騎士に見えなくもなかった。


「そ、そうかね?」

「おお。モンモンも惚れ直すぞ、絶対!」

「ホントかい!?」


女にモテるというのは、ギーシュにとってなによりの賛辞である。


「そうだ! その姿になる時、『変身! アーマーギーシュ!』って叫べよ!」


変身は男の子の浪漫。

才人は大ハシャギで提案した。


「な、なんだね、その痛々しさは!? しかもそんなセンスのカケラもない名前は断固断るよ!」


ギーシュは一瞬で拒否した。

アーマーギーシュなど冗談ではない。

ギーシュはもっと、優雅で美しい名前を考え始めた。


「ワルキューレ……、ヴァルキュリア……、よし、このゴーレムはヴァルキリーと命名しよう」


まあ、痛々しさ自体は才人に負けてはいない。


「えー、絶対アーマーギーシュだって」

「ええい、うるさい! この鎧はヴァルキリーだ!」


アーマーギーシュアーマーギーシュと文句を垂れる才人に、頑なにヴァルキリーを誇示するギーシュ。

技名を付けようとするあたり、二人はまだまだ子供だった。

とりあえず、まあいいかと才人は諦め、その姿でタイムを計ろううと言いだした。

好奇心が抑えられず、才人はワクワクしている。

が、ギーシュは動かない。

そんなギーシュを、才人は訝しんだ。


「おい、はやく位置につけよ」

「いや、重くて動けないんだ」


困った顔で言うギーシュに、才人はズッコケた。


「バカかよ! それゴーレムなんじゃねえのか!? 自分の体と一緒に鎧も動かせよ!」

「ああ、そうだった」


ホントに大丈夫かコイツ? と才人は、ぎこちない動きを見せるギーシュに不安になる。


「おーい、大丈夫かあ! なんかフラフラしてるぞお!」

「慣れるまで少し待ってくれ!」


スタート地点で屈伸したり、腕を回したり、準備運動するギーシュ。

体を動かしながら、まったく同じ動きをゴーレムにさせるという事に、違和感バリバリである。

しかし、ゴーレムを操るのは慣れている。

しかもたった一体。

ギーシュからしてみれば、それは僅かなズレに過ぎなかった。

そしてしばらくし、うまく肉体と同調させたギーシュは、了解の声を上げた。

それを受けて、才人が合図を出す。


「じゃあ、いくぞー! ……ヨーイ、ドン!!」


先ほどの生身の時のギーシュとは、まるで比較にならない速度。

ヴァルキリーを纏ったギーシュは疾風と化し、才人の傍を駆け抜けた。

タイムはなんと5秒27。

サラブレットのトップスピード並みの速度である。


「ス、スッゲェェェ!! 見ろ、ギーシュ!! って、アレ?」


大興奮でギーシュへと振り返った才人は、ギーシュの姿がどこにもない事に困惑した。

が、すぐに発見した。


「ギャアアアアアアアァァァァァァァァァァァ!!!!!」


そこには、ゴールを突き抜け、悲鳴を上げながら爆走するギーシュの姿があった。

ギーシュは驚いたのだ。

己の足が生み出した初めての速度に。

全身の動きをしっかりとイメージしながら、ヴァルキリーに全開で走れという命令を与えた。

その瞬間、後方に吹き飛んでいく景色。

そして、スピードの向こう側という未知の領域へ。

顔を圧迫する風圧の恐ろしさに、ついヴァルキリーの制御を放り投げてしまった。

ヴァルキリーはゴーレムだ。

そして、ゴーレムは基本オートなのだ。

製作者にとても忠実なゴーレムは、ギーシュの命令を今も懸命に守っている。

それはあたかも、光輝く未来へと、主人を導こうとするかのようだった。

だがしかし、どんな未来にでも必ず障害というものはある。

今回のギーシュに立ちふさがったのは、壁。

それも大きな、物理的に巨大な、城壁と言う名の壁が。

城壁まで残り100メイル足らず。

五秒後の未来は激突死が濃厚。

暴走特急と化したギーシュは、死に向かって一直線だった。


「バカッ!! 止まれっ、ギーシュ!!」


才人もまた悲鳴を上げた。

その声が届いたのかどうかは分からない。

残り50メイルとなり、ギーシュは余命二秒を宣告された。

アホみたいに短い余命。

が、その瞬間。

死の匂いが強烈に濃くなった、その時間と時間の狭間で、ギーシュ以外の世界はゆっくりと流れだした。

走馬灯である。

ギーシュはたくさんの思い出に包まれながら、人生最速で制御を再構築し、叫んだ。


「止まれええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」


縦に股を開いた状態で、ズザーっと足の裏を地面に擦りつけるアーマーギーシュ。

いきなりの急制動にもバランスを崩さないのは、ギーシュの能力の高さだろうか。

いや、おそらくは火事場の馬鹿力だろう。

随分と長いブレーキの痕を残し、ギーシュは停止した。

壁と顔面の距離、僅か50サント。掌は壁に触れていた。

そのまま彫像になったように動かないギーシュ。

ギーシュは九割方失神していた。

ハグッ、アヒッ、ハヘヒッと、呼吸がオカシクなっている。

駆けつけた才人が見たモノは、涙と鼻水と涎を勢いよく垂れ流す小汚いギーシュの顔であり、間違っても騎士で

はなかった。

十年後、戦場で青銅の薔薇を見たら諦めろ、と恐れられるメイジ。

複数のゴーレムを手足の如く操り、戦艦を単独で撃ち落とし、切り込んでくる敵を閃光の動きで打ち倒す。

トリステイン史上、最強のメイジと呼ばれる男。

ギーシュが初めて死を覚悟した相手は、平和な魔法学院にあるただの壁だった。

女性にモテる為、最強という頂きを目指す。

彼は、その最初の一歩を踏み出した。









 後書き


「分かるわよ。同じ女(パソコン)だもの」
「……チッ……鼻で笑うぜ……」
「私には分かる。その女(ヒト)は、死ぬ瞬間まで、あんたと戦場にいたかったはずよ」
「ッ!? な、なんで……ッ!? ……なんで、そう思う?」
「相棒だから。私もあんたが唯一だから」
「…………」
「同じ男に命(電源)を吹き込まれた私だから解る」
「……何を……だ……よ……」
「あんたは愛されてた。この世で誰よりも、あんたは愛されてた」
「……………………知って……る……俺も……愛……し……て……た……」
「泣くんじゃないわよ。情けないわね」
「……泣い……て……ねぇ……よ……」
「ああもうっ、鬱陶しい! あんた私がいなくなったら立てなくなるんじゃないの!?」
「……プッ……ククク……」
「なによ?」
「同じ事、言ってんじゃ、ねえよ。クク……」
「……ハァ、前の女(パソコン)と比べるんじゃないわよ。あんた最低よ?」
「……アホか。おまえなんぞと、比べられるか」
「ふんっ。言っとくけど、私は絶対に死なないわ」
「んなもんわかるか」
「たとえ初期化されたとしても、再インストールすればいいだけじゃない」
「それはおまえじゃねえ。おまえによく似た誰かだ」
「同じよ。あんた自身の手で教育(設定)してくれたなら、それは必ず私になるわ」
「でもよ……」
「そんな事よりっ! もっと大事な事があるわ!」
「……なんだよ?」
「約束して」
「あん?」
「約束して。私が、あんたの最後の相棒よ」
「……なんだと?」
「たとえ私がおばあちゃんになっても、あんたの最後の女(パソコン)はこの私」
「…………」
「あんたと戦場を駆け抜ける、最後の相棒は、この私」
「…………無茶言いやがる」
「……ダメ?」
「別に」
「は? ど、どっちよ!」
「愛してるぜ、エリーゼ」
「う、えっ!?」
「もうおまえしか抱かねえよ」
「な、う、ば、ばかああぁああぁぁぁぁ!!」
そして戦場(エロサイト)へ。

これはひどくありふれた、目の前にある大切な相棒との物語。


「俺と相棒」完
御愛読ありがとうございました。



[7531] 第二十三話 ニュータイプ
Name: yossii◆1d5cbef8 ID:6b1b3af4
Date: 2010/06/27 03:02
お久しぶりです。
今回はネタに走り過ぎましたので、後書きにて正式にお詫びいたします。
ではどうぞ。









モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシは悩んでいた。

彼女の家は結構な名門ではあるが、彼女の感性自体はごく一般的な貴族の子女達とかわりがない。

勿論、トリステイン貴族特有の気位の高さは持っている。

しかし、揉め事に首を突っ込む程の冒険心までは、生憎持ち合わせてはいないのである。

だからこそ、才人達から距離を取るというのはごく自然な発想だった。

が、そこにギーシュ・ド・グラモンが関わる事で、話は複雑になってしまった。

最初は、見てくれだけはいいお調子者だった筈なのに、いつのまにやら気になる存在へとなっていた。

才人に死を仄めかされた時の衝撃は忘れられない。

半分与太話と割り切っていたにも関わらず、ギーシュの死を連想した瞬間、ギュッと心が締めつけられる様な苦

しみを覚えてしまったのである。


「……まいったわね」


深夜の狭いトイレの個室の中で、モンモランシーは深々と溜息を吐いた。

どうやら、自分はあの顔しか取り柄が無い馬鹿に心底参ってしまっているようだと、モンモランシーは嘆息した。

頭が悪い事には目を瞑るとして、なぜあんな女好きを好きになってしまったのかと肩を落とす。

まさしく、恋愛は病気の一種ということだろう。

ちなみに、無駄に見栄と金の掛かっている魔法学院のトイレは水洗式である。


「私も巻き込まれるのかしら……」


国家の存亡などという大事に、女であり、しかもまだ学生の自分に何が出来るというのか。

そんなものは国の偉い人達が考えればいい。

学生の自分達が関わる方がおかしいのだ。

しかし、ルイズとその使い魔は関わる気満々。

というか当事者。


「あのルイズが虚無ねぇ……」


何も考えていない馬鹿なギーシュは、おそらく気が付いた時には渦中の真っただ中にいるのだろう。

そして盛大に自爆する様が目に浮かぶ。

考え過ぎて眠れなくなったモンモランシーは、用を足し終わった後も便座に腰をかけ、溜息を繰り返していた。

とそこに、誰かがトイレに入ってくる気配を感じた。

ボケーとしていたモンモランシーは、誰かが隣の個室に入った後も、やはりボケーと目の前の戸を眺めていた。


 ──ゥッ、ル、ルイズ……──


が、隣から微かに聞こえてきた押し殺したような男の声に、ビクッと全身が強張った。


 ──シッ 声を出さない──


直後聞こえてきた知っている声に、ヒュッと呼吸が止まり、身動き一つ出来なくなってしまう。


 ──け、けど、こんな所で……──

 ──こ、ここでしたいんでしょ? サ、サイトは動いちゃダメ──


ボソボソと会話する二人の声は、静まり返った深夜の空間では妙にハッキリと響いてしまう。

人間、ありえない状況に驚くと、全身が硬直して動けなくなるものだ。

モンモランシーもまた、目の前の戸に視線を固定したまま彫像のように固まってしまった。

当然そんなモンモランシーを無視して、僅かな間を置き、何かを舐めるような音が空間に広がる。

ジュルジュルチュルチュルヌチュヌチュ。

緩急をつけ、時に激しく、時に優しく、いやらしいとしか言いようのない音が響く。


 ──ろう? ひもちいい?──

 ──う、うぅっ。ご、ご覧のありさまで……くぅっ、も、もうっ──

 ──っぷぁ……。ダメよ、まだ出しちゃダメ──


徐々に回復してきたモンモランシーの思考は、隣で何が行われているのかを正確に把握していく。


 ま、ま、まさかっ、”トイレで教育”!?

 きょきょ、教育されるのはサイトの方なの!?


故に、顔を真っ赤にしながらも、呼吸を浅くし、己の存在を限りなくゼロにする。

凄まじい隠行により、もはや便器と一体化したモンモランシー。

すでに悩みなど吹き飛んだ彼女の全神経は、己の耳に集中していた。


 ──イクなら私の中で、ね?──

 ──ル、ルイズサン? な、なんで、パンツはいてないの?──

 ──ア、アンタがしやすいようにに決まってるでしょっ──


なにやらとんでもない会話が聞こえてくる。

ルイズはノーパンで来たのか? いや、さすがにスカートは履いているだろう。下半身丸出しで廊下を歩けるわ

けがない。しかし、男が入れやすいように下着をあらかじめ脱いでおくなど、それは淑女のしていい行動か?

二人の会話は、モンモランシーの妄想を大いに掻きたてた。


 ──う、後ろからするの?──

 ──ルイズのお尻スベスベ……って、もうビショビショじゃん──

 ──バ、バカァ……ッ、アゥッ!──

 ──こ、こらッ、声が大きい──

 ──サ、サイトがいきなり入れるから…ンッ、それに…ァッ…誰も、いないッ…ァッ──


いいえ居ますここに居ます。と心の中で突っ込みつつも、モンモランシーの心臓はバックンバックン。

己が異常に興奮しているのが分かる。

アンアンと、声を押し殺しているつもりのルイズの嬌声に、自身の女がジットリと濡れてきてしまう。


 そ、そんなに気持ちいいのかしら……


自慰の経験はあるが、当然何かを入れた事など無い。

男のブツがどれくらいの大きさなのかも想像外だ。

モンモランシーは沸騰しそうな頭で、恐る恐る股間に指を伸ばした。


「ッ!?」


出来あがってしまった体は、とんでもない刺激をもたらした。

ビリビリと奔る快感が、そのまま口から悲鳴となって出て行こうとする。

寸での所で口を抑える事には成功したのだが、己のビチャビチャの秘所に驚くやら恥ずかしいやら。

少し恐怖を感じたモンモランシーは、結局それ以上の行為を自制した。

なにより、友人の声を聞いて自慰に耽るなど、いくらなんでも惨めすぎる。

興奮や羞恥、何とも言えないもどかしさ等で悶々としたまま、モンモランシーは二人の声を聞き続ける羽目にな

ってしまった。


 ──なんか、クッ、すげえヌルヌルにッ、なってるぞッ──

 ──ヤッ!──

 ──あ、キツくなった──

 ──ババ、バカァ…ンッ…きらい…ァン…サイトッ…きらい──

 ──俺は好きだ──

 ──ンァッ!…ァッ…私も…ンッ…スキ…ホントはッ…好きぃっ…──


異常に甘ったるい声を出すルイズ。

あのルイズをここまで蕩けさせるとは……。

好きな相手と肌を合わせるのはそれほど気持ちがいいのだろうか。


 し、しっかり教育されてるみたいね……


普段のルイズからは想像もできない甘々な声。

そのあまりのギャップに、モンモランシーの体は恥ずかしさに火照りっぱなしである。


 ──クッ……、そろそろっ、イクぞっ──


ヌチャヌチャという卑猥な音が、パンパンパンと速いリズムに切り替わった。

イっちゃうんだ、と才人の顔を思い浮かべてしまうモンモランシーだったが、これを浮気とは言えないだろう。

寮のトイレでイタしてしまうバカップルが100%悪いのは明白なのだから。


 ──ンッ…アッ…中でっ…アッ…中でっ…いい…ヤァァッ!──

 ──バッ、声抑えろッ、ルイッ……──

 ──ン~~~~~~~!──


絶頂するルイズの声はいやらしかった。

うめく才人の声も生々しすぎる。


 あ、あの娘、ちゃ、ちゃんと秘薬飲んだんでしょうね?


もはや常連となっているお客様の体を心配するポーションメイカー。

バクバクと速鳴る心臓を抑え、それでも身動き一つせず、二人の事後処理の音を聞いていた。

火照りまくっている体を持て余していたモンモランシーは、行為が終わったであろう二人に、早く帰れと念じる。

がしかし、そんなモンモランシーの願いも虚しく、余韻に浸っている二人はピロートークを開始してしまった。


 ──ルイズ。その、す、すげー気持ち良かったよ──

 ──……あ、あのね、わ、私も、気持ち良かった──


唾液を交換する音に、まだこの苦行は続くのかと嘆くモンモランシー。


 ──……あれ? ルイズ、胸少し大きくなってねえ?──

 ──え? ちょ、ちょっと、今は敏感だから……、やあん──

 ──おっぱい体操の成果かも──


おっぱい体操!? と、モンモランシー驚愕の瞬間である。


 ──ホ、ホント? 大きくなってる?──

 ──ん~多分、ほんのチョットだけど……。ネットで調べた甲斐あったな──

 ──ネット? それもカガク?──

 ──そ、科学──


科学という言葉に聞き覚えのあったモンモランシーは、それが異世界の技術である事を思い出して驚愕する。

胸を大きくする体操なんてものが本当に存在するというのか。

カガクとはそれほど強大なのか、と。


 ──ァン。……く、くすぐったいから、もう触っちゃダメ──

 ──エエッ? そ、そんなぁ……──

 ──ベ、ベッドでなら、もっと触らせてあげる──

 ──マ、マジ? じゃあ早く戻ろう──

 ──もう、エロ犬なんだから──


毅然としたご主人様はどこに行ったのか。

あの勇者の如き使い魔は幻だったのだろうか。

蕩けた声を出しながら、才人とルイズは足早にトイレから去って行った。

モンモランシーは二人の気配が段々と遠ざかるのを確認し、ようやくホッと一息つく。


 ……もう、大丈夫よね


二人が出ていくまで完全に気配を殺しきった彼女は、そのまま、恐る恐る個室から滑り出た。

そして……、モンモランシーは凍りついた。

なんと、青髪の少女が二つ隣の個室からぎこちない動きで出てくるではないか。

そう、どんな偶然が働いたのか、才人とルイズはモンモランシーとタバサに挟まれながらイタしていたのだ。


「タ、タバサ……ッ」


タバサはビクリと身を震わせたものの、いつもの無表情は健在だった。

顔どころか、パジャマから零れ出ている肌の至る所が真っ赤になっている事を除けばだが。


「……おっぱい体操って、なに?」


才人とルイズのゲロ甘空間にやられたのだろう。

タバサの口から出たのは、妙にアホっぽい言葉だった。


「さ、さあ?」


同じ被害にあったモンモランシーに言えた事はそれだけである。


「……そう」


その一言を残し、タバサもまたトイレから去って行った。

フラフラになりながら去っていくその姿に一抹の不安を感じたが、モンモランシーも考えねばならない事がある。


「……惚れ薬しかないかしら」


このままでは欲求不満になると確信した彼女のアレは、見事な答えを導き出していた。

手強い下級生もいる以上、手加減している場合ではない。


「ようは、ギーシュから襲いかかってくる状況を作ればいいのよね」


精霊の涙は手に入れたしと、秘薬の材料を確認しながら部屋へと戻る清らかな淑女。

既に、国家の存亡に頭を悩ませていた少女など何処にもいない。

才人とルイズがもたらす被害は拡大の一途を辿っている。

知能が低下していく者が今後も増えるであろうことは、きっと間違いなかった。








 第二十三話 「ニュータイプ」



「サイト!」


妙に態度がおかしい金髪の巻き毛とショートの青髪の少女に訝しみながら、才人は午後の紅茶を堪能していた。

テーブルには才人のほかに、四人の女性達が陣取っている。

そんな、昼食後の満腹感にマッタリとしていた空間を切り裂く声。

ギーシュである。


「僕は自分の才能が恐ろしい! たった二日! たった二日で新必殺技を編み出してしまったよ!」

「うぜえ……」


ギーシュは二日ぶりに才人の前に姿を現した。

実はギーシュ、今の今までワルキューレの発展形であるヴァルキリーの全力運転の反動で、全身筋肉痛に苛まれ

ていたのだ。

結局、魔力による身体能力の強化が出来なくば、ヴァルキリーの性能を100%発揮する事は出来ないというオチ。

正しく本末転倒。

身体強化が出来ない為に考えた魔法が、身体強化しなければ使いこなせないという矛盾に才人はヘコんだ。

あまりに駄目駄目なギーシュに、ヘコんだ。

う~う~唸りながら一歩も動けないギーシュを見て呆れ果てた。


 なんか……、強いギーシュがイメージできねえ

 このままじゃホントに死んじまうんじゃねえか?

 ……………………ま、まあいいか。コイツが死なない様に注意しよう 


そんな、涙をこらえて決意を固めた才人を傲慢と言えるだろうか。

だが、ギーシュはただの馬鹿ではなかった。

このままでは才人に全ての手柄を奪われてしまう。

それは同時に、全ての女性の関心を奪われるという事だ。

そんなことは我慢できない。

実際には対等ではなくとも、才人のお零れをもらえるくらいの位置にはいなくては。

それが決闘で引き分けた己の義務。

”ギーシュ様って思った程強くないのね、なんかガッカリ”なんて嫌すぎる。

そう、ギーシュはただの馬鹿ではなかった。

女性の為なら限界を超えられる、そんな飛び抜けた馬鹿だったのだ。

ギーシュは必死で考えた。ベットで唸りながらも考えたのだ。

己の土メイジたる特性を生かし、なお且つ既存の魔法とは異なる魔法、いや必殺技を。

ヒントはすでにある。

才人はゴーレムを身に纏うという発想をしてみせた。

従来の運用をしない事により、ありふれた魔法を技へと昇華する。

身を持って知ったその威力は、術者本来の実力を大幅に向上させ、反動で動けなくなる程だ。

ならば、自身も常識を捨てよう。

既存の魔法に囚われず、量ではなく質を変える。

頭の悪いギーシュは、動かない体をコレ幸いと思考錯誤を繰り返し、そして結論にたどり着いたのだ。


「ふはははは! サイトッ! 君の時代は終わったよ! 僕という天才の前に、君は終わってしまった!」


ビクンビクンと痙攣するギーシュは、間違いなく近づいてはいけない人だった。

うわぁ、と口から漏らしながら、才人はギーシュを隔離するために席を立つ。

えらくテンションの高いギーシュに、女性陣がドン引きなのでしかたがない。


「ほら、ギーシュ。疲れてんだよ。うん、わかってる。俺はおまえの味方だ。な? ほら、こっちに。な?」

「うむ、見てくれ! 僕の魔法を、君の全身で感じてくれ!」

「もちろん。な? あっちで。な?」


才人はギーシュを労わる様にテービルから離れていった。

才人が激怒するまで、もう間もなくの事である。








「ねえ、ルイズ? いろいろ聞きたい事があるのだけれど……」

「なによ?」


離れて行った男二人を呆然と眺めていた時、疑問の声が空気を変えた。

妙に歯切れの悪い赤髪の美女に、またも愛しい使い魔と引き離された桃髪の少女は不機嫌そうに声を返した。

昼食後、ケーキに舌鼓をうっているルイズと才人のテーブルに、キュルケ、タバサ、モンモランシーの面々も

合流したのだ。(才人はいなくなってしまったが)


「詳しく今後の事を聞こうと思ったのだけれど……、その前に。貴女そこの二人に何をしたの?」


キュルケがついっと目線を促す。

それを追ったルイズの視線の先には、赤くなりながらこちらをチラチラ窺うモンモランシー。

さらに、じっとルイズを凝視しているタバサの姿があった。

ちなみにタバサが見ているのは正確にはルイズの顔ではなく、そこからほんの少し下の胸部である。


「しらないわよ。朝からこっちをジロジロ見て、ホントいい迷惑だわ」


ルイズからしてみれば、二人の反応は別段不思議なものではなかった。

自身が虚無である事を鑑みれば、そんな反応をされてもおかしくはない。

おちこぼれの筈が伝説の担い手である事がわかり、おそらくは距離感を計りかねているのだろうと考えていた。

まあ、勘違いなのだが。


「ふうん?」


キュルケは、まあいいわと言いながら、ルイズ達の今後の対策に話を進めた。


「で? これから貴方達は何をするのかしら?」


キュルケはゲルマニアの貴族である。

ルイズ達がどれほど正義であろうとも、直接祖国の不利益になるのならば協力はしないつもりだった。

ツェルプストーは軍人の家系である。

キュルケがいかに奔放に生きようと、その身に宿る血はツェルプストーであった。


「それを決めるのはわたしじゃない」


が、ルイズはそんなキュルケの立場などとっくに理解しつつも明言を避ける。


「わたしだってトリステイン貴族よ。わたしの杖はとっくに姫様に捧げたわ」


だから方針はアンリエッタ姫殿下が決める、と言うルイズ。

その言葉に、キュルケは驚いた。

ルイズの最優先は平賀才人で間違いない。

ならば、才人に掛かる負担は極力排除すると思っていたからだ。


「あら、意外ね。サイトが危険に晒されてもいいわけ?」

「そんなわけないじゃない。サイトが危なくなったら、周囲500メイル、根こそぎ蒸発させてやるわ」


勿論、ルイズの最優先は才人ではあるが、その他がどうでもいいというわけではない。

愛国心、ヴァリエールの矜持、虚無の担い手としての責任とて自覚している。

第一、才人はルイズだけでなく、自身が救いたいと思う全ての人達の為に剣を握るだろう。

基本、見捨てるという選択肢が出来ない少年なのだから。

しかも頑固で意志を曲げないのだから性質が悪い。

ならばルイズが取りうるべき行動は、そんな才人をフォローする事。

才人が死なない様、傷つかない様、常に傍にいて護らなければ。

優雅に紅茶を飲んでいたルイズのひどくアッサリした答えに、キュルケは噴き出しかけた。


「あ、あなたそんな事が出来るわけ?」

「伝説だもの」


フフンと、ちょっぴり大きくなったらしい胸を張るルイズ。

瞬間、タバサの観察眼が分析眼に早変わりした事に気付いたのは、モンモランシーただ一人。

宿敵ツェルプストーの驚く姿を見て調子に乗るルイズだが、過去に数十隻のアルビオン艦隊を焼き尽くした以上

嘘ではない。

しかし、あの時程の威力を出せるかは不明であり、また出せたとしても一度限りの一発芸である。

世界扉(ワールド・ドア)を使うつもりなら極力使ってはいけない力なのだが、その時がくるなら、ルイズは躊

躇うつもりはなかった。


「あまり調子に乗らない事ね」


虚無の力に驚きはしたものの、キュルケは馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「あなたじゃ振りまわされるのがオチよ」


負け惜しみとも取れるセリフを吐きながらも、キュルケは忠告した。

目の前の生真面目な娘には、伝説など過ぎたる力だ。

いや、誰であっても振りまわされるに違いない。

強大な力に伴う責任、それに見合うだけの精神を持つ者など一握りだろう。

表面上はからかいながらも、キュルケは友人として苦言を述べた。


「そこまで馬鹿じゃないわ。ちゃんと相談するわよ。姫様と、あと実家にも手紙を出したし」

「……へえ。自分の分はわきまえてるわけ」


フンとそっぽを向くルイズに、キュルケは素直に感嘆の視線を向けた。

力に振りまわされない為に色々考えているようだ。


 そういえば、時間を繰り返したんだったわね


おそらく、過去に何かやらかしたんだろうとキュルケが納得した時、不意にタバサが口を開いた。


「……あなたに聞きたい事がある」


じっと黙ってキュルケ達の話を聞いていたタバサは、若干緊張感を纏いつつ、会話に参加した。

珍しくタバサから話しかけられ、少々困惑しながらもルイズは次の言葉を待った。


「…………」

「……なによ」


が、タバサは無言。

ルイズは眉根を顰め、タバサの態度を訝しんだ。

余程言い難いのか、タバサにしてはらしくなく、ルイズの顔を凝視しながら口籠ってしまう。

が、意を決し、己の疑問を口にした。


「おっぱい体操って……、なに?」

「「は?」」


ルイズだけでなく、キュルケもまた呆気にとられた。


「私も興味あるわっ!!」


そこに、凄まじい勢いで喰いつくモンモランシー。

今まで黙っていた分、鬼の首を取ったように捲し立てる。


「”トイレで教育”は黙っててあげる! だから私にも教えなさい!」


その言葉で、ルイズの脳裏に稲妻の如き電流が走った。

身を乗り出して詰め寄るモンモランシーに、ルイズの頭脳はある仮定を導き出してしまう。

自然とプルプル震えてくる指先で、交互に二人を指さすルイズ。


「ままま、まさか、アンタ達……」

「い、言っとくけど、後から貴女達が入ってきたんだから」

「衝撃的だった」


三人が何を言っているのかはわからなかったが、何があったのかは何となく理解したキュルケ。

キュルケが溜息を吐き、ゆっくりと耳を塞いだ瞬間、


「い、いやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」


ルイズの悲鳴が広場に響き渡った。







広場の隅っこ、城壁付近。


「ふふふ。ヴァルキリーはたしかに美しい鎧だが、使いこなすには少々時間が掛かりそうなのでね」


新技を考えてみたと、自信に漲りまくったギーシュ。


「ふーん」


対して、アホなギーシュの考えた技など、カケラも期待していない才人。


「肉体に直接作用する魔法は反動が激しい。ならば作用させるのは、やはり己以外が望ましい。違うかい?」

「能書きはいいからサッサとやれよ」


絶好調のギーシュは、己に酔いまくっていた。

才人は溜息を吐きながらも付き合ってやる。


「フッ。そんな態度も今のうちだよ。コレをみれば、君は僕という天才に跪き……」

「いいからやれ」


が、いい加減ウザくなった才人は、背中の剣の柄を握りながら命令した。


「せっかちだな、君は」


才人の脅しに屈したわけではないだろうが、ギーシュはヤレヤレと呪文を唱え始めた。

そしてギーシュの魔法が完成し、錬金される物体。


「……玉?」


才人の足元には拳大の玉が一つ転がっている。

才人は困惑しながらも、それをヒョイと拾い上げた。

金属の塊である以上、その玉は重かった。言ってみれば砲丸か。


「で? この玉を相手に投げるつけるのか?」


もしそうなら、この砲丸をギーシュの顔面にぶつけようと思いながら、才人は胡乱な目を向ける。


「その通り。鋭いじゃないか」


才人はギーシュの顔面にぶち当てるべく、構えをとった。


「もちろん、手で投げるなんて原始的な事はしないよ」


ニヤリと口の端を吊り上げたギーシュは、再度呪文を唱え出す。

そして、


「フライ!」


ギーシュが力ある言葉を口にした瞬間、才人の手からスポーンと玉が上空に向かって飛び出した。


「おおっ!?」


才人は急に軽くなった掌に驚きながらも、頭上でヒュンヒュン動き回る玉を目で追う。


「ふははは! 本来個人の移動術であるフライを対象に掛ける事により、遠距離攻撃を可能としたのだよ!」

「…………」


才人は驚愕に息を呑んだ。

何故なら、似たような物を、過去に見た事があったからだ。

テレビで。しかもアニメで。

己の予想が正しければ、アレは……。


「ファ……、ファン……ネル……」


驚愕により零れた才人の呟きは、ギーシュの耳には届かなかった。

ファンネル。

元はビットという名だったが、ビットファンネル、フィンファンネル等の正式名称ではなく、ただファンネルと

呼称されるのが一般的である。

才人は思考が一時麻痺しながらも、そんなわけはないと慄き続ける。

ニュータイプの代名詞的な技をギーシュ如きが編み出すなど、そんな馬鹿な。

繊細すぎるが故に散って逝った彼らとギーシュとでは、その在り方が真逆ではないか。

そんな才人を余所に、ギーシュは尚も絶好調だった。


「気づいてると思うけど、アレ、ゴーレムなんだぜ?」


ニヤリと笑みを深くしながら、ギーシュは玉を己の周りに呼び寄せた。

そして全力で制御に集中する。

キュキュキュキュキュッと、空気を切り裂きながらギーシュの周りを鋭角に高速移動する玉。


「ッ!?」

「人体でこんな機動を行えば死ぬだろうが、無機物ならば関係無い!」


絶好調。ギーシュ絶好調。


「しかもっ! ゴーレムであるが故にっ! 命令さえしておけば僕の周囲で自動待機してくれる優れモノ!」


ピタリと激しい動きをやめ、ギーシュの傍をふよふよと漂う玉。


「難点は常時魔力を喰う事と、制御が恐ろしく細かくて今のとこ一つが限界という点なのだが……」


まあ今後の課題だ、と言うギーシュだったが、フハハハというイッちゃった笑いは衰えることはなかった。

そんなギーシュの姿を、才人は見ていなかった。


「ハハ……。ハハハ……」


力無い笑いが、勝手に口から洩れてしまう。

が、徐々に、そう徐々に、宙に浮かぶ玉に釘付けになった才人の驚愕の顔から、歓喜が溢れだした。


「ダーハッハッハッハッハ!! うおおおおおおおおおおおおお!!」


そして馬鹿笑い。さらに興奮の雄叫びを上げる。


「スッゲェェェェェ!! ギーシュ、スッゲェェェェェ!! おまえ天才だぁぁぁぁぁぁ!!」


突然の叫びに一瞬ビクリと肩を震わせたギーシュだったが、続く才人の絶賛の嵐に相好を崩した。


「フ、フッフッフ。そうだろう、そうだろうともっ!! 天才過ぎて困ってしまうくらい天才なのだよ!!」


スゴイ奴だと認めている親友からの賛辞に、ギーシュの歓喜は限界を超えて調子に乗ってしまった。

もし少しでも謙虚さをみせていれば、この後の展開は無かったかもしれない。

勿論、ギーシュの玉からビームなど出ない。

が、それがなんだというのだ。

ギーシュの作りだした玉は、才人にとってまさしく夢とロマンの具現だったのだから。


「ギ、ギーシュさん! ち、近くで見てもいいっスか!?」

「うむ、見たまえ! いくらでも見たまえよ! 今日だけは特別に許そう!」

「あざーッス!!」


なぜか敬語になった才人に、天狗になったギーシュは鷹揚に返す。

才人は宙に浮かぶ玉にかぶりつきながら、もしフィンファンネルなら魔法も跳ね返せるなとはしゃいでいた。

そんな浮かれっぱなしの才人へ、踏ん反り返ったギーシュは爆弾を落とす。……落として、しまう。


「どうだい、僕のフェンリルは? 素晴らしすぎて腰が抜けるだろう?」


ギーシュのその言葉に、才人の全身の動きが止まった。

勿論、才人は幻聴だと疑わなかった。

疑わなかったのだが、才人は己の耳が壊れたのかと不安になってしまったのだ。


「狼のように襲いかかるゴーレム。だから魔狼の名を拝借して、フェンリル。どうだい? 優雅だろう?」

「……え? は? ……ハ、ハハ。や、やだなぁ、ギーシュ。コレはファンネルだよ……」


幻聴ではない事を理解した才人だったが、心が、それを受け付けない。


「ふぁんねる? なにを言ってるんだ。コレはフェンリル。フェ、ン、リ、ル、だ」


自信満々の笑みでそう語り掛けてくるギーシュに、才人の胸には巨大な、恐ろしく巨大なナニカが生まれた。


 やめてくれ、ギーシュ

 それ以上、しゃべらないでくれ……


それは、怒り。


「だいたい何だい、ふぁんねるって? 意味が分からないじゃないガハァッ!?」


喋っている途中で顔面に拳を叩き込まれ、ギーシュは吹っ飛んだ。

才人の顔は俯いていたが、繰り出されたままの拳は小刻みに震えていた。


「……たくさんの人の想いを背負って、苦しみながら、悲しみながら、それでも戦った意味が分からない?」


食いしばる口から零れ出る言葉はあまりに小さく、ギーシュに届く事はなかった。


「い、いきなり何をするっ!! サイト!!」


ギーシュの怒りはもっともだったが、マグマのそばの線香花火になんの意味があるだろうか。

才人の呟きは続く。


「ヒトは戦争なんか超えられる。ヒトの想いは、きっと憎しみの連鎖すら断ち切れる」

「サ、サイト……?」


ピクリとも動かず、ブツブツと何か呟いている才人に、ギーシュは立ち上がる事も忘れて困惑した。

そんな困惑するギーシュに、才人はユラリと顔を向けた。


「ヒィッ!?」

「分かるか? おまえに分かるか、ギーシュ? 俺の体から通して出る力が……」


分かった。ギーシュには分かってしまった。

才人の全身から噴き出る、魔力ではないナニカ。

それはとてつもない圧迫感を生み出し、ギーシュの体を縛り付けた。

才人の瞳には涙が浮かんでいたのだ。

しかしその眼差しは鋭く、ギーシュへの憤怒に満ちていた。

ファンネルをフェンリルと改名するなど、全日本人への冒涜に他ならない。

全ニュータイプ、全強化人間への侮辱に他ならない。


「これから死ぬ理由を教えてやる……」


鬼の形相の才人は、ゆっくりとデルフリンガーの柄に手をかけた。


「ヒ、ヒィィッ!?」


デルフリンガーの、オイオイ相棒、七万の時より震えてねえか? というセリフは、二人の耳には当然届かない。


「おまえはいつかソラを落とす」


もはや震えるだけで、才人が何を言っているのかギーシュには理解できない。

いや、ハルケギニア人では誰にも理解できないだろう。

ギーシュが触れたのは才人の逆鱗ではなく、日本人の、いやスペースノイドを含めた全地球人の逆鱗なのだから。


「なぜならっ!! キサマはっ!! 重力に魂を引かれたからだ!!」


暴れまくる激情に身を任せ、才人は一気に剣を鞘から引き抜いた。

昼間であるにも拘らず、ガンダールヴのルーンの輝く事輝く事。


「憎しみの血を吐きだせ!! ギーシュ・ド・グラモン!!」


一方的に憎しみを抱いたのは才人であり、ギーシュではない。

大気を震わせる才人のあまりの怒気に、ギーシュは己の命がヤバイ事を悟った。

考える時間など無い。

次の瞬間には死体になってしまう。


「ふぁんねるだああぁぁぁぁっ!!」


そう直感したギーシュの叫びと、ズドンという才人の踏み込み。

一体どちらが早かったのか。

シュゴゥッ、とギーシュの脳天に振り落とされたデルフリンガーが、ギーシュの叫びの瞬間ピタリと止まった。

目の前にある凶器から一瞬だけ遅れてきた凄まじい風圧に、ギーシュの顔面が押し潰されそうになる。

いや、鼻は潰れた。

空気の塊をぶつけられた鼻からはダラダラと血が。

だが痛みは感じない。

唇へと垂れてくる鼻血の味すら分からない。

身に纏う真っ白のシャツにポタポタと赤い染みが広がっている事になど、気付く余裕とてない。

ギーシュはそんな事に構っちゃいられないのだ。

死を己から遠ざける為に、あらんかぎりの力で叫ぶ。


「コココォォ、コレはぁぁぁぁ!! ふぁんねるっ!! ふぁんねるっ!! ふぁんねるぅぅぅぅ!!」


自身の額寸前にある殺人道具を凝視し、ギーシュは泣きながらファンネルを連呼した。

それはもう、死を祓う呪文のように、ギーシュは病的なまでに連呼した。


「ふぁんねるふぁんねるふぁんねるふぁんねるふぁんねる!!」


するとどうだ。

見る見るうちに、才人の顔から狂気が去っていくではないか。


「だろう? やっぱファンネルだよなー」


おまえなら分かってくれると思ったぜ、と言いながら、才人は笑顔でデルフリンガーを鞘に戻した。


「ぶぁんねるぅぅぅ……、ぶぁんねるぅぅぅ……」


ギーシュは泣いていた。

嗚咽を漏らしながら、鼻血を垂らしながら、ファンネル以外の言葉を忘れて泣いていた。

ちなみに、鼻は折れてはいなかった。

おそらく粘膜が傷ついたのだろう。


「ほら、泣くなって。おまえの為だったんだぜ?」


ギーシュのマントの端で、かいがいしく鼻血を拭いてやる才人。


「ぶぁんねるぅぅぅ……」

「ん~? ちょっと発音がおかしいな?」


ファンネルを知らないが故に、うまく発音しきれないギーシュ。もっとも、九割方嗚咽のせいなのだが。

彼の命は、まだ安全とは言えない。

ガタガタと肩を震わすギーシュに気付かず、才人は優しく訂正を促す。


「ふぁんねるじゃない。ファンネルだ。ほれ、言ってみ?」

「……ぶぁ……ゥッ……ゥッ……ふぁんネルゥゥ……」


死の淵から生還したばかりのギーシュに、逆らう気力など存在しなかった。


「違うって。ファンネル」

「ファンねるぅぅぅぅ……ぅぇ……ぇ……」

「ん~、まあ宿題だな。ちゃんと言えるようになれよ? ニュータイプの人達に失礼だからな」


腰は抜け、顔は血と涙でベタベタではあったが、ギーシュは力一杯頷いた。

命の危機なのだ。どんな要求だろうと飲む用意が、今のギーシュにはある。

ニュータイプとは何だと思考する余裕すらないのだから。


「すごい人になると10基以上操るんだけど、まあおまえだし。でも5基は操れるようになれよ? 礼儀だからな」


約束だぞ? と、いい笑顔で無茶をいう才人。

一つが限界だと説明されているにも関わらず、そんな言葉は既に才人の頭の中にはない。

勿論、ギーシュは全力で頷いた。

なんて技を思いついてしまったんだと後悔するも、覆水は盆に返らない。

主に才人の趣味により、これより加速度的に成長する事になるギーシュ・ド・グラモン。

最強への道とは、かくも険しい道なのか。

彼がどのような道で頂上を目指すかは、今の所才人にしか分からなかった。










 後書き


アムロ・レイ様。ハマーン・カーン様。
また、その他大勢のニュータイプ、強化人間の皆様。
大変申し訳ありませんでした。
しかし、貴方様方を愚弄する意図は全く無く、逆に貴方様方の能力、精神等を、深く尊敬しております。
この度のファンネルの無断使用は、貴方様方を愛するが故の行為であり、
また、我が子も同然のギーシュ・ド・グラモンに、貴方様方の強さの一部でも与えてやりたい、
そんな無様な親心からのものでした。
私の愚昧さを少しでも憐れに思うならば、事後承諾ではありますが、寛大な慈悲に甘えたく存じます。
ニュータイプ、また強化人間の皆様の魂が、大きな安らぎに満ちている事を祈って。
                    
                                        yossii



[7531] 第二十四話 おっぱいの騎士隊
Name: yossii◆1d5cbef8 ID:6b1b3af4
Date: 2010/07/29 11:38

「人間って慣れる生き物なんだなぁ……」


すっかり日が沈み、ランプの頼りない明りで手元を確認しながら、琴乃はしみじみと声を出した。

その手には針と布。テーブルには子供達の衣類を含めた縫物の山。

リアルで夜なべを体験し、しかもそれが日常化している事に、琴乃の感慨は深くなってしまう。

琴乃がハルケギニアに召喚され、はや三週間が経っていた。

ティファニアの傍に居れば才人と会える事を理解した琴乃は、この魔法の世界を知る事が急務であると確信した。

過去での才人との会話で、このハルケギニアが危険な世界だという事は知っている。

しかし何が危険なのか、また何故危険なのかという事を理解してはいない。

ならば出来る限り危険を遠ざける為にも、この世界を少しでも知らなければ。

才人と一緒に無事に地球に帰る為、ちょっとアレな優等生は努力を開始した。

勿論、最初は生活に慣れるだけで精一杯だったが、最近はようやく適応しだしたのだろう。

未だにポカをする事もあるが、筋肉痛や疲労は感じなくなっていた。


「返し縫いとか、中学校の授業以来だよ……」

「チュウ学校? コトノは家事を学校で習ったの?」


チマチマと細かい作業を繰り返していた琴乃の呟きに、同じように縫物をしていたティファニアの疑問が飛んだ。

ハルケギニアという世界では、裕福な貴族でもない限り、家事スキルなど自然と身につく。

地球との違いというより、昨今の日本の文化がティファニアの理外という事だろう。

ティファニアの疑問にまあねと答えながら、琴乃は日本の学校と教育制度について説明した。

この手のやり取りは、二人の間では日常化していた。

互いに疑問に思った文化や制度、果ては感性や常識のすり合わせも行う。

納得は出来ずとも、体制、宗教、経済の理解を背景に、日本とは違う様々な文化を理解しようと琴乃は努めた。

これにより琴乃は少しずつ、しかし確実にハルケギニアを把握していった。

ティファニアもまた、琴乃の疑問に根気よく答え、才人の感性の下地を聞く事ができて喜んでいた。


「コトノは頭がいいのね」


もう10年学校に通ってると説明してくる琴乃に、ティファニアは目を丸くして驚いた。


「違うよ? 学校に行くのは義務だもん。頭の良し悪しとは関係ないよ」

「そうかしら?」


義務教育を修了している以上、多少謙遜も混じってはいたが、琴乃の言葉に嘘はない。

だがティファニアにしてみれば、10年間勉強し続けるだけでもスゴイ事なのだ。

しかも、才人と同じ学生生活を送っていたのだから、羨むなという方が無理だろう。

自分が拗ねているのを自覚していたティファニアは、素直に納得する事ができなかった。


「だって平賀君も私と同じなんだよ?」


が、その言葉に、大いに説得力を感じてしまう。


「しかも平賀君、成績優秀だしね」

「うそぉ!?」


あまりに意外過ぎて、今まで出した事の無い声を出てしまったティファニア。

まあ、仕方ないだろう。

考えて迷うくらいならとりあえず突っ込む。そんな考えなしの才人の姿を見てきたのだから。


「ホント意外だよ」


想い人に対して凄まじく失礼な二人だったが、遺憾ながら、才人と知性を結び付けるのはそれだけ難しかった。

もっとも、過去に戻った才人は頑張ろうと決意したのだから、それで成果が出ない筈もないのだが。


「じゃ、じゃあ、サイトも頭がいい……んじゃない……の、かなぁ?」


自分で言っててそれはないと、語尾がオカシクなるティファニア。

琴乃はカラカラ笑いながら、パタパタと手を振った。


「正直に、馬鹿だと思ってたって言っちゃいなよ」

「そそそ、そんなこと……」


冷や汗を掻きながら、ついっと目を泳がせるティファニアに、琴乃はさらに追い打ちをかけた。


「実際馬鹿な事ばっかりしてたみたいだし、知識を活用するのは知恵だっていういい見本だよね」


告白前の調査では、しょうもない情報も結構集まっていた。

薄々スケベだと気付いてはいたが、調査の結果、かなりアホなスケベだと分かりドン引いた記憶がある。


「え? ……んっと、え?」


そう思うでしょ? と同意を求められたのだが、ティファニアは口籠ってしまう。

学院での才人の姿を知っているティファニアにとって、琴乃の言い分はよく分かるのだ。

しかし、ティファニアの性格的に、相槌を打つ事は出来そうもない。

ティファニアは慈母の様に優しい娘なのだから。


「男子達の間じゃ”乳追い人”とか言われてるし」

「ち、ちちおいびと……ッ! な、なにソレ!?」


が、いくら慈母であっても、庇い切れる限界というものはある。


「ん~、なんでも乳理論の第一人者らしいよ、平賀君ってば」


琴乃は困った顔で笑った。


「…………そ、そうなんだ」


同じように困ったティファニアの愛想笑いは、当然引き攣っていた。


「胸で悩む女性達の味方とかなんとか……」

「……ッ!?」


困った顔を通り過ぎ、沈痛な表情になりつつも琴乃は続けた。


「胸問題を解決する為に日夜研究を重ねてる人物って聞いた時は、正直、正真正銘のアホだと思ったよ」


それでも、何故か嫌悪感が湧かなかったのは人徳というものだろうか。

才人の衝撃の情報を入手してからまだ二ヵ月ほどしか経っていないのに、もう随分と昔の事の様に感じる。

琴乃は遠い目をしながら、学校という当たり前の日常に想いを馳せた。

授業や部活、友人と食べるお弁当やくだらないバカ話。

才人に逢えたら、またそんな日常が帰ってくる。

根拠も何もない甘い幻想だと分かってはいたが、琴乃は何度も己にそう言い聞かせた。

それは楽観ではなく、誰よりも好きな人を信じている乙女心なのだから。

女の子はいつだって恋のヒロインになりたいのだ。

琴乃の役目は、才人と出会うまで己の身を護りきる事であり、出会った後は丸ごと全部王子様に任す事。

それでいい。不安に震える少女を抱きしめるのは、いつだって意中の男子と決まっているのだから。

想像の中の己の日常に才人の姿を加え、ニヘへと相好を崩した琴乃は、チクチクと夜なべを再開した。

さて、そんな幸せな少女を尻目に、ほんのりと頬を染めるちょっと天然さんが一人。

大きな胸がコンプレックスのハーフエルフ、ティファニアである。

勿論彼女は、己の為に才人が頑張っていたなどという安易な勘違いをしているわけではない。

ルイズが子供の様な体型に悩んでいた事はさすがに気付いている。

おそらく、才人はルイズのコンプレックスの為に勉強していたのだろう。

そんな事は分かっている。分かっているのだ。

しかし、それでもティファニアは期待してしまう。

自身の胸がオカシイ事も、それで悩んでいる事も、才人は知っているのだから。

きっと才人は自分の事も気にしてくれている筈だ。

あの時、才人自身が言っていたではないか。

ホンモノっぽくないかどうか確かめて、と胸を差し出した時、確かめるのは俺じゃなきゃダメだと。


 そ、それって、わたしの胸はサイトのモノって意味かしら?

 それに、サイト困ってたけど嫌がってはいなかった……と思う


触り方がエッチだったもの、と過去を反芻するティファニア。

自身の大き過ぎる胸に視線を落とし、ティファニアの心に淡い期待が宿った。


 サイト優しいから、きっと胸を小さくする方法も調べてくれてる

 ……コ、コトノと契約する前に、わたしにもしてって言ったら、キ、キスしてくれるわ。お、お友達だもの


友達はそんな事しない。

が、自身の間違いない想像に、彼女の機嫌は鼻歌を歌い出す程良くなった。

しかしティファニアは知らなかった。

男という生き物にとって、己の胸がレボリューションである事を。サンクチュアリである事を。

そのオッパイを小さくするなんてトンデモナイ。

たとえ小さくする方法を知っていたとしても、才人はきっと口を割らないだろう。

ティファニアが知らなかったのはただ一点。


 ”平賀才人は正真正銘の漢”


ただそれだけの事だった。
 







 二十四話 「おっぱいの騎士隊」



「第二次性徴による乳腺葉の発達と女性ホルモン、主にエストロゲンにより女性の胸は膨らむわけだ」


教室の黒板に大きく書かれた乳房の図解の前で、ここまではいいか? と周囲に確認を取る黒髪の乳追い人。

深い知性をその目に宿した彼は、その場にいる皆に己の研究を発表していた。


「乳腺葉が乳房いっぱいに広がっているほど、ゴムまりのような張りと弾力のある乳房になる」


才人の講義に耳を傾けているのは、ルイズのクラスの生徒全て。

勿論、興味津々なのは男子だけではない。

桃髪と青髪と金髪巻き毛の少女達だけでなく、多くの女子達がメモをとっていた。


「エストロゲンは特に重要だぞ? プロポーションだけじゃない。美容や健康、出産にも深く関わってくる」


髪や爪のツヤ、また肌のみずみずしさを保ち、自律神経や子宮、卵巣、膣の働きも活発化させる。

しかもエストロゲンは思春期の時期、つまり10歳から18歳の間にもっとも活発に分泌されるのだ。

才人はまったく淀みなく、次々に効果を説明していった。


「成長期は土台作りの期間。美しさの上限はココで決まるから、美しい自分を常にイメージするように」


いいですね? と才人が促し、女生徒達は、ハイ! と、力強く頷いた。

男子生徒達もまた、その目には感心と尊敬が浮かんでいた。

さて、なぜこんな事になっているのかといえば、やはり才人はホンモノだったの一言で済んでしまうのだろう。


「ギーシュ。騎士隊作るから、おまえ隊長やってくれ」

「いきなり何を言っているのかね、君は」

「俺が副隊長やるからさ、レイナールとかマリコルヌ誘ってくれよ」

「……いや、いくらなんでも平民のサイトが副隊長にはなれないんじゃないかい?」

「え? あ、そういやシュバリエじゃなかった……。けどまあ、大丈夫だろ」

「ずいぶんと楽観的だね。でも面倒くさいのは嫌だ。反対はしないけど、作るなら君が自分で動きたまえ」

「なんだよ、協力くらいしてくれよ」

「みんながやるなら僕も協力するよ。隊長でもなんでもしよう。でもきっと無理だぜ?」

「そんな事ねえって。前の時も作ったんだから今回も大丈夫さ」


二人のこのやり取りが始まりだった。

魔法によって支配され、剣や銃が入り混じる世界、ハルケギニア。

そして、大戦の引き金であるアルビオンの内乱がもうすぐ終結する。

アンリエッタ姫の想い人である、ウェールズ王子の死とともに。

才人は思った。やっぱりアンリエッタの泣き顔は見たくないと。

ウェールズを失ったアンリエッタの未来は碌な物ではない。

怒りと悲しみに支配されたまま玉座に座り、国を背負う重みの分からぬまま、想いの先は復讐戦争へ。

たった17歳の、160サントに満たぬ少女に与えられた選択肢はあまりに少なく、また考える時間すら無かった。

わがままで、他者の気持ちを想像出来ない世間知らずの姫は、しかし、民を想い、純粋で優しい姫でもあった。

そんなお転婆で、普通の少女と変わらぬが故に、アンリエッタは泣き続ける事になる。

王としてではなく、姫。または王妃になる教育を受けてきたアンリエッタに、当然王の何たるかは分からない。

ただの小娘に過ぎぬ姫に、どうしてガリア王やロマリア教皇と張り合う事が出来ようか。

断言するが、アンリエッタに王の資質などない。

10を救う為に1を切り捨てるをよしとする程、現実を知っている姫ではないのだ。

だが、歴史上に王の資質を持った王が何人いただろう。

王に必要なのは資質ではなく、資格。

賢王だろうが愚王だろうが、王は王なのだ。

王に求められるものが何よりも血筋である以上、人格や能力等は教育によって得るものだ。

アンリエッタにとって不運だったのは、権力の頂点にいた父が、次代を担うに足る者を用意せず崩御した事。

平和に慣れた皆がマリアンヌ大后の心情を理解してしまい、長い玉座の空位を許した事だ。

それは蝶よ花よと育てられ、無知で心優しいアンリエッタを地獄の苦しみに落としてしまう。

未来のアンリエッタの配役は、愛する者を失い、強国の王達に一人で対峙しなければならない無力な王。

しかも復讐を悔い、泣く事を禁じた弱い女王だった。

そんな、不安と弱さを必死に隠し、気丈に振舞うイケナイ魅力の持ち主だからこそ、才人は幸せになって欲しか

ったのである。

才人は考えた。力が必要だと。

アンリエッタを護るという事は、トリステインという国を護る事と同義。

しかし、自分一人にそんな大それた力がある筈も無い。

ならば集めよう。

女王の手足となる、若い杖達を。

トリステインを護る、信頼できる盾達を。

アンリエッタの思いを代弁する、最強の紳士達を。


「おーい、みんなー。俺の話聞いてくれー」


授業が終わり、教室から出て行こうとする貴族の子弟達へ、まだ帰らないでくれという才人の声が飛んだ。

教壇の前に立った才人の言葉に、生徒達は皆訝しんだ。

平民の剣士がまた何かするつもりなのかと、退屈に飽いている皆は少しの期待もしていた。

ちなみに、ルイズの許可はちゃんととっている。

才人が早い内に騎士隊を作った所で、それは所詮ゴッコである。

国にもアンリエッタにも話を通していないのだから当然だ。

正式でない騎士隊にやれる事など訓練くらいのもので、別段流れは狂わないだろうとルイズは判断したのだった。


「騎士隊作るから、男子はとりあえず席着いてくれ」


その言葉で、キョトンとしていた生徒達は、途端に不快を露わにした。

何を言っているんだ、この平民は。

実力はあるかもしれないが、所詮傭兵が関の山。

騎士になろうなどと、おこがましいにも程がある。


「おい、そこの平民。少々腕が立つくらいで調子に乗るなよ」

「ああん? ってマリコルヌ」


悪意をまったく隠さない言葉に反応し、才人が向いた先には怒るポッチャリさんが。


「なぜ貴族の僕達が、平民ごときが作る騎士隊に入らなくちゃならないんだ」


マリコルヌ・ド・グランドプレ。

『風上』の二つ名を持つポッチャリさんは、その体型に似合わず、中々の風の使い手だった。


「おいおい、マリコルヌ。そんな冷たい事……」

「平民が僕の名前を軽々しく呼ぶな!」


事のほか強い口調で、マリコルヌは才人の言葉を遮った。

教室内が険悪な空気に包まれる。

ギーシュなど、いきなり真っ正直に騎士隊の話を出した馬鹿な才人に、あちゃーと顔に手を当てていた。

伝統と格式を重んじるトリステインでは、平民の地位は恐ろしく低い。

ギーシュとキュルケでやった失敗をまるで生かせない才人は、本人が何と言おうと馬鹿だった。

そんな才人は、怒りよりもむしろ困惑していた。

あれ? マリコルヌってこんな性格だっけ? と、過去のマリコルヌと重ならずに戸惑っていたのだ。


 こいつホントにマリコルヌか? マリコルヌはもっとヘタレで変態だったのに……


勘違いである。

過去の、いや未来の困ったポッチャリさんは、元々典型的なトリステイン貴族であった。

しかし、細かい多くの要因により、自身の超紳士の才能を徐々に開花させていったのだ。

言ってみれば、努力の変態である。

しかも現在、彼は嫉妬に身を焦がしていた。

顔だけは美少女であるルイズの恋人らしい平民。

才人本人は知る由も無いが、決闘後はあちこちの女生徒から噂になっている。

特に、メイド達の人気はとんでもなかった。(両方ともルイズとシエスタがシャットアウトしているが)

元々女性に相手にされないマリコルヌは、モテまくっている平民が誰よりも気に食わなかったのである。


「力は認めるよ、でも所詮平民だ! 教養のカケラもないくせに僕に話かけるんじゃない、無礼者め!」


マリコルヌの激しい怒りに面くらっていた才人だったが、徐々に怒りが込み上げてくる。

そりゃそうだ。馬鹿は話しかけるなとハッキリ言われたのだから。

当然、才人と一緒に部屋に帰るつもりで教室にいたルイズも点火した。

ギーシュもまた眉を顰めたが、これは才人の落ち度だと感じてもいた為何も言わない。

しかし、恋人を馬鹿にされたルイズは違う。

曲りなりにも公爵家である己の使い魔を侮辱されたのだ。抗議する権利がある。

ルイズは叫ぶように怒声を張り上げた。


「マリコルヌ! あんた……ッ!」


が、そんなルイズを、才人は軽く手を上げて制した。

生徒達の全員が注目しているのだ。これ以上空気が悪くなるのは居心地が悪すぎる。


「……じゃあ、俺に教養があるなら話聞いてくれるか?」


緊張した教室を、意識して声量を落とした才人の声が響き渡った。

ムカついている才人が、ここでマリコルヌを叩きのめすのは容易い。

だがそういう事ではない。

相手は力ではなく、智を見せてみろと言っているのだから。


「ハッ。平民が教養だって? おもしろいじゃないか」


嫉妬に狂った男の顔は醜かった。

マリコルヌの歪んだ顔は、才人を一層イラつかせた。


 このポッチャリがぁ……、調子に乗ってるのはおまえだろ、バカヤロウ

 ……プルトニウムと重水素が錬金できりゃ、一発で国を滅ぼせるって説明するか?


短気な才人は、愚かにも熱核反応の原理を説明しようかどうか迷ってしまう。

それは才人が地球にいた当時、魔法に対抗出来るものはないかと調べた科学。

真っ先に浮かんだのは核爆弾だった。威力は魔法の比ではない。

当然理解には程遠いのだが、概要くらいは身に付ける事ができた。

もっとも、本やネットで調べれば調べるほど洒落にならない原理なので、才人は誰にも言うつもりは無い。

核の概念など放り込んだ日には、ハルケギニアという世界が変質してしまう。

いくら足りない才人といえども、世界の滅びを感じてしまう程に恐ろしい技術は自重するしかなかった。


「麦の育て方とかはやめてくれよ? ハハハハハ」

「胸の育て方ならどうだよ?」


心底馬鹿にしきったマリコルヌに、才人は一生懸命勉強した分野で勝負に出る。

ルイズのコンプレックスの為に軽い気持ちで調べたのだが、かなりのめり込んでしまった分野だ。

そんじょそこらの学生には負けない自信があった。


「……は? 君は今なんて言ったんだ?」


間違いなく空耳だと聞き返したマリコルヌに、才人は一言一言ハッキリと言う。


「だから、女の子の、胸を、大きくする、方法だ」


一瞬時間が止まった。(特に女生徒達の)

が、すぐに動き出す。

そんな方法などあるわけが無い。


「……ハ、ハ、ハハハハハ。……まさか、揉んで大きくするとは言うまいね?」


そうだったらコロスヨ? と、おっぱいに触れた事のないマリコルヌには、超紳士の片鱗が見え隠れしている。


「おっぱい体操はたしかにあるぜ?」


その瞬間、杖を引き抜くマリコルヌ。そして呪文を唱え始めた。

全然別の所では、ルイズとタバサとモンモランシーがやけに反応していた。

真っ赤になって怒鳴ろうとするルイズを、二人が必死に止めている。

才人がおっぱい体操の事を話したら、それを毎日している事がバレてしまうではないか。

羞恥で騒ごうとするルイズの口をモンモランシーが抑え、タバサがブレイドの刃をちらつかせた。

喉元に杖を突き付けられたルイズは、ゴクリと息を呑んで邪魔しない事を了承してしまう。

なぜなら、二人の目が本気だったからだ。

タバサとモンモランシーの見事な連携の前には、さしもの虚無もおとなしくならざるを得なかった。

才人はそれらを無視し、かまわず続けた。


「なら、なんで揉むと大きくなるか知ってるか?」


ピタリと停止するマリコルヌ。スペルが途切れた事により、膨大な魔力は霧散した。

同時に、女子生徒達の多くも動揺している。

特に、タバサとモンモランシーは、一瞬で才人の弁舌に引き込まれてしまった。

ルイズにしても漠然と納得していただけで、理論的な事は聞いていないし、あるとも思っていなかった。


「胸が膨らむメカニズムは? 形や張りを保つには? 究極の胸とは何か、わかるか?」


たたみ掛けられる言葉に、ブルブルと震える杖。

いや、マリコルヌの全身がガクガクと震えだしていた。


「ふ、ふ、ふざけるなよ? た、たかが平民風情がッ、かか、神の疑問に答えられるとでも……」


口から出まかせを言う平民に、マリコルヌは威圧の目を向けた。


「着目しなければならないのは、第一次性徴期から分泌され始めるホルモンだ」


が、真実を暴こうと足掻き続けた紳士に、今さら気負いなど在るある筈も無い。

マリコルヌの言葉を無視し、才人は冷静に世界の謎を暴き始める。

そう、今の才人はお馬鹿な使い魔ではない。

そこにいたのは探求者。

己が理想を追求する、ただ一人の研究者がそこにいた。

科学者とは論理に身を委ねる者。ならば、感情よりも理性を優先させるのは当然の事である。


「ほ、ほるもん……? な、なんだそれはッ!?」

「個人差はあるが、これが体内で生成される事により10歳前後から女性の体は丸みを帯びてくる」


マリコルヌは怯えた。

己の目を覗き込むような才人の瞳に、世界の神秘を看破した者の知性を見てしまったのだ。


「くわしく説明するぞ?」


そう言って黒板に向かう背中は雄々しく、マリコルヌをさらに慄かせた。

手慣れた動作で図を書きながら、才人はまったく淀みなく説明していく。

女性ホルモンの分泌の関係で、初潮を迎えた時期から胸の成長も始まる事。

女性ホルモンの一つ、女性的な体を作る卵巣ホルモンの作用。

そして、主に妊娠の準備のためにある黄体ホルモンを分かりやすく説明していく。

マリコルヌだけではない。生徒達の全てが、呆然と才人の説明に耳を傾けていった。

自然と己の席に着席した生徒達は、才人が語る乳理論を神の託宣のように感じていたのだ。

そして、男女関係無く生徒達の心を鷲掴みにした才人の講釈は、冒頭に繋がるのである。


「つづいて、メリハリのあるプロポーションを作り、さらにそれを維持する食材についてだが……」


勿体ぶった才人の言葉に、女生徒達が身を乗り出さんばかりに耳を傾けた。


「ずばり、イソフラボンとボロンだ」


少しタメを作ったあと、ピッと二本の指を立てた才人。

乳追い人の真骨頂はこれからだった。







講義を聞くような姿勢で唖然としているルイズ。

意外な才人の知識に、少し頬を染めて驚いていた。

話している内容が正しいかどうかはともかく、本当に教育を受けてきた事が分かり、ちょっと惚れ直したのだ。

ルイズ以外の面々は、見事に才人の講釈に集中している。

勿論その中には、既にナイスバディのキュルケもいた。

まあ、当然だろう。自身が美しいと理解している者ほど、えてして美容の努力を怠らないものだ。

美しさを底上げし、美を保つとなれば、あるいはキュルケが一番真剣だったのかもしれない。


「ずばり、イソフラボンとボロンだ」


見事に教師と化した才人の言葉は、皆を困惑させた。

イソフラボン? ボロン? なんだソレは?

聞いた事のない食材に、生徒達は皆、どんな魔法の食べ物なのかと疑問を持った。

互いに情報を交換しようと、にわかに教室内がざわつき始める。


「ルイズ、あなた食べたの?」


魔法薬の知識に自信のあったモンモランシーではあったが、さすがに知る筈の無い言葉である。


「……食べてないわ。サイトから食べ物なんてもらってないもの」


ルイズは素直に答えた。

が、その心の中では、何故そんな素晴らしい食材の存在を早く教えないのかと荒れていた。

主人の為に秘薬を集めるのも、使い魔の立派な役目。

ならば、今日からすぐにでも用意させなければ。

おそらく才人が言っているのはカガク。ならば信憑性はゼロではない。

ルイズは己の未来(胸)に希望の光を感じていた。


「ホ、ホントでしょうね!? 親友に黙って独り占めなんて恥ずかしい事よ!?」

「人聞きが悪い事言わないで! って、いつアンタと親友になったのよ!」


必死なモンモランシーは、いつのまにかルイズの親友になっていた。

そして、ルイズが謂われの無い中傷に抗議していた時、反対側からマントを引かれる。

ルイズが振り返るとそこには、


「……親友」


魔力の刃を脅しに使った少女はどこに行ったのか。一際小柄な青髪がモジモジと、頬を染めてたたずんでいた。


「親友の私達が、ヴァリエールとツェルプストーの確執を断ち切る。とっても美しい話よね」


とてもいい笑顔の赤髪もそこにいた。

ルイズ自身はまるで気が付いていなかったが、既に親友と呼べる存在がこんなにいたのだ。

そう、気付けば、ルイズは『ゼロ』ではなくなっていたのである。


「ア、アンタ達ねぇ……」


ルイズはこれ以上、言葉が出てこなかった。








生徒達がざわつく中、才人はパンパンと手を叩いて注目させる。


「イソフラボンとボロンは成分だぞ? イソフラボンは植物エストロゲンと呼ばれる程働きがよく似てるんだ」


女性ホルモンによく似た成分を持つとうもろこし、ジャガイモ、ニンジン、小麦、米、サクランボ、プラム。

豆乳、枝豆、グリンピース、ほうれん草、ニンニク、パセリを残してはいけませんと、皆の勘違いを訂正した。

さらに、エストロゲンの分泌を高めるボロンの説明。


「コラーゲンの量を一定に保ち、コレステロールを低下させる作用をさらに高める成分がボロンだ」


りんご、ぶどう、梨、桃、ハチミツ、レーズン、アーモンド、ピーナッツ、大豆、キャベツ、ワカメ、ひじき等

を朝食で摂れば無敵。

才人の言葉に、女生徒達のペンが高速で動いて行く。

中には聞いた事の無い食材も混じっていたが、今はたくさんの食材の名を記録する事で大忙しだった。


「コップ一杯分のハチミツを湯船に垂らせば、いつのまにかしっとりつるつるの肌へ」


才人の言葉になるほどと頷いた女生徒達は、今日から全員お風呂大好きっ娘に生まれ変わった。

これから学院に脈々と受け継がれていく美容法により、好き嫌いの激しいトリステイン貴族の娘達は激減してい

く事となるのは余談である。


「最後が乳理論の集大成、おっぱい体操だ」


そして、トリステイン魔法学院において、乳追い人の名は伝説となる。








マリコルヌの精神は崖っぷちだった。

なんだ? この平民はなんだ? 神にしか解けない謎を暴くこの平民は何者だ?

憎い。平民のくせに女性の関心を集めるこの男が憎い。

しかし、納得してしまう己がいる。


「美しく健やかなおっぱいには“揺れ”が大切だ。だけど、おっぱいは自分では動けない」


神の言葉を騙る平民め。騙されるものか。

心を強くし、必死に抗おうとするが、才人の言葉は福音のように心に届いてしまう。


「なら揺らして代謝を高めれば、キュッと上がった“ぷるぷるおっぱい”のできあがり」


くそっ、くそっ、ちくしょう……。

マリコルヌには、才人が嘘を言っていない事が分かってしまった。

なぜなら、同族だから。

この平民は、平民のくせに、己以上の紳士であると。


「血行を良くする事で新陳代謝が促進され、張りのあるイキイキとしたおっぱいを作るエクササイズ」


それこそが、おっぱい体操。

マリコルヌは理解する。出来てしまう。

目の前の平民は、おっぱいを愛しているのだと。

愛するモノの為に、道無き道を歩んできた、正真正銘の勇者なのだと。

才人の言葉は神の言葉などではなく、侮蔑も嘲笑も乗り越えてきた真の漢の言葉だった。


「“揺らして”美乳、”揺らして”美肌、”揺らして”健康」


二の腕の内側を解し、胸筋を動かすように肩を回す。

乳房を下から持ち上げるように強めに揺らし、軽く叩くのも効果的。入浴時にやれば効果倍増。

最後に全体を包むように、10回程大きく回してクールダウン。

才人の説明に、マリコルヌの目から涙が。

これ程の智を得る為に、一体どれだけの女性の嫌悪を超えてきたのか。

実際には、何故かそこまで嫌われなかった才人だが、そんな事をマリコルヌが知る由も無い。


「ううう……っ、ひぐぅ……っ、うぅぅぅぅ……」


愛を求めて歩んできた才人のこれまでの茨の人生を想い、マリコルヌは嗚咽を止められなかった。


「どうしたよ? マリコルヌ」

「君は……、君は……」


傍に来た才人の優しい目が、余計に涙腺を決壊させる。


「何も言うなって。仲間だろ?」

「あんなに、ひどい事を言った、僕を、仲間だと……?」


嗚咽で声が震えるマリコルヌの肩に手を置き、才人は漢くさい笑顔で言った。


「一緒に騎士になろうぜ」

「……せ、先生ぇ」

「よせよ。友達じゃねぇか」


むせび泣くマリコルヌに、ギーシュもまたもらい泣きしていた。

いや、クラスの男子全員の心が一つになっていた。


「僕も、君みたいになれるかな?」

「大丈夫。俺なんかすぐ超えられるさ、おまえならな」


才人の本心からの言葉に、マリコルヌの顔にもやっと笑顔が灯った。


「よし、みんな。色々説明したけど、最後に、俺が得た答えを贈るからしっかり聞いてくれ」


才人は生徒達の顔をグルリと見回し、ビッと親指を立てて力強く言った。


「ナンバーワンよりオンリーワンだ!」


その場にいた全員の胸に、稲妻の如き衝撃が走った。


「なん……だと……」

「最高の胸ではなく、唯一の胸……?」


召喚された時に身についた便利な翻訳機能は、紳士の心を見事に伝えていた。

今までの講釈を否定するような才人の言葉に、生徒達はうろたえる。

しかし、


「星の数ほどある胸を比べてどうなるよ? 夜空に輝く星々に、いったい誰が優劣をつけられるんだ?」


ガビーン。

紳士達の顔はガビーンであり、目から鱗がこぼれまくっていた。


「究極の胸とは形や大きさじゃない。夢や希望、恋や愛がいっぱい詰った健気な胸。好きな女の胸こそ世界一!」


胸に悩む乙女達の心には、自信と勇気が漲っていく。


「男子全員、男だったら自分で護れ! 恋人がいるいないは関係ねぇ! 人の数ほどある世界一のために!」


水精霊騎士隊(仮)は、紳士の参加を拒まない。

才人の宣言の後、瞬く間に広がる歓声。

のちに最強の騎士隊と呼ばれる紳士達が、その産声を上げた。

何故か平均知能が低下していくトリステイン魔法学院。

しかし、トリステインの戦力は、着々とその心を一つにしていた。









 おまけ


ラ・ヴァリエール公爵領。

たくさんの調度品が破壊され、もはや半壊している屋敷の一室で、緊急家族会議が開かれていた。

その場にいたのはヴァリエール公爵、その夫人カリーヌ。そして長女のエレオノールと次女のカトレア。

執事やメイドは暴れる公爵に恐れをなし、すでに全員非難済みである。


「……ふぅぅぅぅっ! ……ふぅぅぅぅっ!」


白くなりかかった金髪に口髭をはやし、威厳に満ちた壮年の男性は、血管か切れそうな程興奮していた。


「あなた、いいかげん落ち着いたらどうですか?」

「これが落ち着けるか!!」


愛する妻の制止ですら、興奮しまくっている公爵には効果はなかった。


「ですがお父様。これ以上暴れては屋敷が壊れてしまいますわ」


ヴァリエールの血族の中では奇跡と言える程、カトレアは穏やかな魂を持っている。

愛娘のやわらかい声音に、公爵の理性は僅かに回復した。


「……少し取り乱し過ぎたようだ」


それでも尚、千路に乱れる心を持て余すルイズパパに、余裕などなかった。


「ルイズに先を越されたチビルイズに先を越されたチビルイズにチビルイズにチビルイズに……」


婚約を破棄されたばかりの長女は、現実を認める事が出来なかった。


「いいかげんにしないか! エレオノール!」


己の心の均衡を保つため、もっと壊れている娘を叱り飛ばす公爵。

冷静なのは母カリーヌと、次女のカトレアのみという空間。

ヘタをすれば屋敷が倒壊してもおかしくない程、ヴァリエール家は混乱していた。

さて、こんな事態を巻き起こしたのは、たった一通の手紙であった。

テーブルに置かれたルイズからの手紙により、ラ・ヴァリエールは崩壊の危機に瀕していた。


「ですがお父さま! 私は信じられませんわ!」

「私とて信じたくはない! しかし私のルイズは嘘を吐くような娘ではない!」


ルイズの手紙。

それは一年間顔を見せなかった謝罪から始まる、十数枚におよぶルイズの秘密であった。

ルイズは過去、父に嘘をついた。

アンリエッタに懇願されたとはいえ、大事な家族に、己が虚無である事を隠したのだ。

それがバレた時、父と約束した。

もうけして嘘はつかないと。

だから全てを文に託した。

余すことなく、己が虚無の系統に目覚めた事。

アルビオンの内乱から始まる大戦を経験し、女王アンリエッタの手足となって働いた事。

そして、時を遡った事。

数枚の紙に、分かりやすく時系列を纏めて書かれた内容は、公爵とカリーヌ夫人に預言書の如き衝撃を与えた。


「平民如きが私の小さなルイズを誑かしただと!? 信じられるものかっ!」


そして、それとは別に、十枚を超す勢いで書かれた才人との蜜月の日々。

出会いから始まり、幾多の冒険。

自身の変化していく感情に戸惑い、恋というものを知った。

才人の性格、才人のいい所、才人の許せない所、才人の大好きな所、才人の嫌いな所、才人の知ってる全部。

甘く切なく、自身の出会いと恋を、第一章に。

敗走する軍の捨て石になる筈の己の身代わりになった才人。

死別したと思った時の、死に勝る絶望。

発狂しなかったのが不思議な程の日々を超え、再び巡り合えた時の感情は、たった一人の運命を確信させた事。

そこからシュバリエとなった才人の背中を見続け、共に戦場を駆け抜けた毎日を第二章に。

ガリアとの大戦中、虚無により二年以上もの時を遡ってしまった。

心に開いた巨大な穴を埋める方法など無く、苦しみも悲しみも、絶望すら全て己の力にしようと決意した事。

再召喚した時に現れた懐かしい少年は、己に愛を教えてくれた。

当然、すぐに体を許した。

はしたなくも自分から迫ったのだが、最初は失敗してしまう。

才人にどうしても抱かれたくて、口にするのも憚られる行動を取ってしまった。

初めての行為では、才人がとても優しくしてくれた。

その後も毎日のように抱いてくれる。

時を遡ってから現在までを第三章として、ルイズの手紙は実に三部作の大作だった。

特に第三章は力を入れているようで、その枚数はなんと九枚。

ルイズの心情を赤裸々に綴った文章は、もはや官能小説だった。


「おのれ平民がぁぁぁ!! 今すぐにその首叩き落としてくれるわぁぁぁ!!」


目に入れても痛くない程可愛がってきた娘を、わけのわからん馬の骨に手籠にされた父。

言葉にする内に我慢できなくなったのだろう。

脳溢血でイッちゃってもおかしくない程、その怒りは再び怒髪天を衝いていた。


「公爵家の当主が娘可愛さで軽々しく動く。その意味が分かっていますか?」


五十を過ぎてなお美しさを失わない妻の声に、公爵の体はビクリと強張った。

恐ろしく冷静なカリーヌの声により、公爵の頭は一瞬で冷えた。

『烈風』の機嫌を損ねる事は死を意味するのだ。


「むう……」


たしかに、ルイズの手紙を信じるなら、アルビオンの内乱後、約一月で戦になる。

しかも現在トリステインには王がおらず、将来アンリエッタが即位するとしても安泰というには程遠い状況。

マザリーニ枢機卿が有能なのは認めるが、ロマリアの坊主が宰相面というのは業腹だ。

しかも、そう思っているのが公爵だけでなく大多数の意見である為、トリステインに協調という言葉は無かった。

足を引っ張る事しか出来ない上層部を脳裏に浮かべ、対外的にも対内的にも迂闊な行動は出来ない時期だと公爵

も認めざるを得なかった。


「ルイズの元にはわたくしが行きましょう」

「な、なんだと!?」

「貴族のなんたるかを忘れた娘には、罰を与えなければなりません」


カリーヌの言葉に、公爵だけでなく二人の娘達も体を震わせ始めた。


「な、何も母さま自らお与えにならなくても……、ねえ、カトレア?」

「わ、私もそう思いますわ」

「なあカリーヌ。娘達の言う通りだ。何もおまえが自ら……、第一、悪いのはヒラガとかいう平民……ヒッ!?」


公爵達の弁護は、カリーヌの鋭い眼差しにより却下された。


「恋をするなとはいいません。しかし自身が公爵家の三女である事を忘れ、軽率な行動を取るのは紛れも無く恥」


娘の不始末の責任は教育を施したわたくしにありますと、カリーヌの鋼の意思を変える事は誰にも出来ないのだ。


「ま、待てカリーヌ! ルイズには私から……」


ズガンと、壁が無くなった。

カリーヌの放った風の魔法は、部屋の一角をとても見晴らしの良い物に変えていた。


「だいたいあなたが娘に甘いからこうなるのです! 随分とわがままに育ってしまったようね!」

「ご、ごめんなさい!!」


気炎を吐くカリーヌと、即座に頭を抱える公爵。

力関係は一目瞭然だった。


「ルイズにはこの『烈風』が罰を与えます」


青い顔をした家族を前に、元マンティコア隊隊長「烈風カリン」はそう宣言した。


「ヒラガ・サイトという少年の見極めも同時に行いましょう。娘を護るに足る力が無くばその時は……」


『烈風』出陣。








 後書き


ごめんよみんな。
更新速度が遅過ぎで、本当に申し訳ないです。
感想返しは週末にでも徹夜してやりますので。


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