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[21148] 【一発ネタ】 私は世界の嫌われ者
Name: ミルク牛乳◆b462d93b ID:5603d9f5
Date: 2010/08/14 21:41
 暁闇。
 光非ざる闇の世界。
 立錐の余地のないほどゴミやカスや糞が落ちているゴミだめ。
 私はその闇よりさらに暗いじめじめとした汚い住処から這い出た。
 
 私の名は「闇渡りのG」。
 闇に生まれ、闇で育ち、闇から闇へと逃げていく様から名付けられた。
 
 今日のターゲットはこの部屋の住人。
 彼女は今、地面より一段高いところで寝ている。
 
 周りを見渡し、罠がないか確認する。――ない。
 
 無用心だな、と私は思った。

 胸裡に笑みを浮かべ、静かに、慎重に、それでいて素早く動く。

 闇の世界にカササササッという音と共に、それより僅かに暗い影が奔る。

 ターゲットの近くまで来たとき、不意に引きつけられるような匂いが鼻腔をつついた。

 ――罠だ!

 そう理解していても、体はその匂いに引かれていく。

 視線の先に罠が見える。
 アレはかかった瞬間、二度と出られなくなり、餓死に至らしめる無慈悲な罠だ。

 駄目だ駄目だ! と己を叱咤し、無理矢理体を止める。

 危なかった。この罠はこの世界中に仕掛けられているため、割とその匂いの誘惑を断ち切るのには慣れている。
 初めの頃は本当に危なかったが、それが今は生き延びるためのかけがえの無い経験として生きている。

 思案するよりも経験こそ最も大事な事だ、と私は思った。

 さて、予想外の、いやある意味想定内の罠があったが気を取り直してこの一段高い上にいる彼女を睨む。

 彼女と自分との距離を測り、助走をつける。
 
 隠密を捨て、全力で駆ける!

 ――いける!
 
 そう思った瞬間、地を蹴り、空を駆ける。

 須臾の間の飛翔感。
 
 そして、着地。
 
 ポス、という軽い音と共に足が柔らかすぎて不安定な地面についた。

 おっとっと、とバランスをとりながら、その視線の先にある彼女の顔へと向かう。
 
 もはやここまで来れば罠はない。
 なぜならここは彼女の寝床の上なのだから。

 気をつけるのは、大きな音を立てて彼女を起こしてしまうことだけ。

 なのでカサリカサリ、と進んでいく。

 顔の前に来た。到着だ。

 ここに来て私は感慨深くなった。
 
 ここから私の真の逆襲劇が始まるのだと。
 思えばここに至るまで、長く苦しい道程だった――いや、本来の目的を忘れてはいけない。

 思い返すのはこれが成功してからだ。
 
 己に喝を入れ、改めて彼女に視線を向ける。
 
 目標の場所を見つけ、思わずにやける。
 だが、慌てて表情を戻す。

 まだだ。まだ笑うな。堪えるんだ。
 
 自分にそう言い聞かせ、その場所――彼女の鼻先に狙いを定め!
 
 ―――――噛み付く!!
 

「痛ッ―――――」


 馬鹿な! と私はそう思った。
 私は彼女が起きず、そして起きたら最大限に痛む絶妙な噛み付き具合で噛んだはずだったのだ!

 何故だ。どうしてだ。どこを間違えた――。
 
 私がそう狼狽している間に彼女の目が開いた。

 私と、彼女の目が合う。

 数秒の間。

 彼女の口が開く。

 そして―――――







 私の世界は危険しかない。
 私はこの世界のあらゆる生命体から嫌われており、それは見つかった途端、悲鳴を上げられたり、捕食されそうになったり、数々の手段で殺しにかかって来られたりするのだ。

 元々私だけがそうだったわけではない。
 闇に生まれ、闇で育った私には兄弟たちがいたのだ。しかし、それも生まれて間もなく、化け物たちに殺されていった。

 化物は一種類ではない。
 何種類もいるのだ。

 私と同じように闇に潜み生活している八本の足、八つの目の巨大な虫。
 彼奴等は、我が兄弟達を見つけては捕食し、捕食途中であろうと見つけたらそれを放り捨て殺しにかかるのだ。
 あまりにも無慈悲。あまりにも鬼畜。
 抵抗も、逃亡も不可能。彼奴等に見つかったら最後、それで終わりなのだ。まさしく彼奴等は化物である。
 
 他にも、虫酸が走るほどに多すぎる脚を長い胴体に生やし、敵味方関係なく襲いかかる凶暴な虫。
 あれに噛まれたら、私たちなど粉々に砕け散ってしまう。顎の力が異常に強いのだ。
 まさしくこいつも化物である。

 さらにはこの二種類の化物よりも強いと目される闇の中に黄色く輝く瞳が特徴の四足歩行の動物である。
 彼はその足の先に生える巨大で鋭利な爪で私たちを潰したり、串刺しにしたり、裂いたりするのだ。
 上記の化物ですら、相手にならないほどの巨躯を誇っている化物を超えた怪物である。
 
 そして最後、この世界の主にして、怪物を飼い慣らしている最強の存在がいる。
 数は四体。
 二足歩行でその性格は狡猾にして残虐。
 この世界に私たちを殺す数多の罠を張り巡らし、数々の武器を多彩に使用し、最も私たちを嫌悪している存在である。

 頂点に「トーサン」と呼ばれる世界最大の存在を置き、その下に「カーサン」と呼ばれる私たちを見つける度に甲高い耳障りな声を発する音響爆弾を持つ存在を置く。
 さらに下に「オニーチャン」と呼ばれる私の名付け親であり、不気味な笑い声を上げ、意味不明で不可解な呪詛を延々と吐く存在を置く。
 (彼は他にも私を「恐怖公」やら「神代より続きし種族」やら言っていたが「闇渡りのG」が語呂が良かったためこちらを採用した。ただし、彼以外の三人は違う名で私を呼ぶ。そちらの名前は嫌いだ。私個人の名前ではないからだ。)
 最後にこの種で一番小さく幼い「アミ」というキャッキャッと笑いながら私たちをその大きな手で殺してくる存在である。

 こいつらは、毒ガスや高硬度な泡のジェット噴射による窒息死やら強力な近接武器の直接打撃による轢死など様々な残虐な手で殺してくるので私は一番恐れている。





 そして現在、私は自己の保身と生存をかけ、そのすべての存在と戦争中である。

 私はこの生まれてから早一年半にも及ぶ、生存戦争の中で鍛え上げた逃げ足とタフネスさで見つかっても早々には殺されない自信がある。

 戦争は私有利に進んでおり、現在あの化物どもはこの世界から消滅しているのである。
 攻撃力が皆無に近い私がそんなことをできたの化物二種類と怪物を三つ巴の状況に追い込んだからに他ならない。
 逃げまわり、逃げまわり、やっとのことでその三種が一堂に会することができたのだ。
 そして、化け物どもは怪物に瞬く間に殲滅されたのだった。

 その後、そいつらの巣は、「トーサン」が破壊した。
 ただ、その二種の化物は時折外世界からやってくるので、これは一時的であろうと思われる。
 
 そして今日、私はこの世界の統治者に向けて反撃の狼煙を上げようとしていたのだった。






 ―――――しまった!!

 私は自分の馬鹿さ加減に心底後悔した。

 すぐに逃げていれば、とそう思っていた。

 彼女が叫ぶまで後数瞬もないだろう。

 私は足に力を込め、叫ぶ前に顔の上から飛んだ。

 同時に、
 
 
「きゃああああああああああああああああああああああああ、でたああああああああああああああああああああ、ゴキブリよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 大声量がこの世界に響き渡った。

 次の瞬間、ドタドタ、と慌ただしい足音と共に、「どうした!」という声が聞こえた。
 
 私はそれを聞きつつ闇へと逃げる。

 そう、私の本当の名はゴキブリ。薄汚い存在さ。
 「闇渡りのG」のGは勿論、ゴキブリの頭文字のGだ。

 私はあの人間どもに一泡吹かせたことによる興奮と快感に身を震わせながら、さらなる闇へと身を投じた。


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