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それは議論ではないですよ。
ただのやりとりです。議論とは何が共通かをはっきりさせることじゃないですか?
反論のし合いって発想が60年代だし、議論をそんなものととらえることが
「ナンセンス!」
「反動!」
「ファシズム!」と叫んでいれば何か反論したような気になっていたあの季節の
まんまじゃないですか。
わたしはきちんとまっぺんさんたちが根拠としているものが不十分であること。
結論が結論ではなく擬制であることを批判しているんですが?
人を殺すことが可能だから、人殺しは裁かれるのです。、それ以外にその行為を
社会的にする方法がないからです。
じゃあ、なぜそれを裁くのかは言うことができます。しかし、その可能性はない。
そのような思いはない。ということは非現実的すぎます。人が人を殺す自由は
あるのです。しかし、それは認めるわけにはいかない。ただそれだけです。
まっぺんさんたちと話していていつも感じるのは思考の不徹底です。
徹底して思考した結果見出された矛盾を乗り越えるための行動ということには
ならない。
何度も申し上げたように、飯をおいしく食べるためにデモへ行くという言説が正解です。
デモにこれ以上ぴったりな根拠を見出すのは私にはできません。
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