高校野球コラム

“第92回熱闘裏甲子園”が開幕!
ネット裏の住人・8号門クラブを追う。

芦部聡 = 文 ⇒この著者の記事一覧

text by Satoshi Ashibe

photograph by Satoshi Ashibe

“第92回熱闘裏甲子園”が開幕!ネット裏の住人・8号門クラブを追う。

 開会式のリハーサルもつつがなく終わり、夏の甲子園本番が十数時間後に迫っていた8月6日の夕刻。バックネット裏に通じる8号門入口の前には、すでに数名のファンが開門を待ちわびていた。時折浜風が吹き抜けてはいくが、日中の熱気は残っている。暑いのに大変ですね、今日から並んでるんですか?

「いや、並びはじめたのは昨日からなんですわ。これも甲子園の楽しみのひとつだから大変でもなんでもない」

 声を掛けると、そんな答えが返ってきた。

 大会2日前から8号門前に並ぶ剛の者である彼らは、高校野球ファンのあいだでは「8号門クラブ」と呼ばれている。結成は約20年前で、メンバーは数十人。春夏の甲子園に合わせて、全国各地から8号門前に集まってくる。

 タイガース戦と違い、高校野球は内野も外野も全席自由席だ。バックネット裏の最前列で観戦するために、大会期間中は8号門前で寝袋にくるまって夜を明かし、開門と同時に特等席を確保するのである。最前列および2列目に陣取り、全試合観戦している8号門クラブのメンバーの姿はテレビ中継でも確認できる。

 その情熱には頭が下がる思いだが、いったい甲子園の何が、彼らをそこまで駆り立てるのだろうか?

御年68歳の“監督”も野宿で並ぶ、ツワモノ揃いの精鋭集団。

「野球は学生の時分から好きだったけど、プロ野球には興味がないんですよ。技術的にはもちろん比較できるレベルではないけど、高校生には損得勘定抜きで野球に打ち込むひたむきさがある。その一生懸命さが見たいんです」

写真左端が“監督”。後ろに通称“ラガーさん”の姿も

 8号門クラブのまとめ役であり、メンバーからは“監督”と呼ばれている工藤哲男さんは、甲子園に通い詰める理由をこう語る。

「私は宮城県の生まれで、高校は東北高校に通っていた。甲子園にはじめて来たのは、そのときですね。野球部が夏の大会に出場したんですよ。じつは私も野球部におったんだけど、補欠だったからアルプススタンドで応援してました」

 元高校球児というのもうなずけるガッシリとした体格ではあるが、工藤さんが野球部員だったのは何年前ですか?

「昭和36年の第43回大会だから……49年前ですか。年齢? 68歳です!」

 球児並にまっ黒に日焼けした精悍な表情を崩して、大きな笑い声をあげる。高校野球はアンチエイジングにも効果があるのかもしれない。

「甲子園にはむかしから何度か来ていたけど、こうやって8号門に並んで、春と夏の大会を全試合観戦するようになったのは、仕事を定年退職した60歳からです。神奈川県に住んでいますが、すぐに来られる距離ではないし、仕事もおいそれと休めないですからねえ。今は年金生活だから、思う存分野宿できる(笑)」

 野宿が夢! なかなか口にできる台詞ではないが、こうした熱心なファンに高校野球は支えられている。

「以前はホテルに泊まってたんだけど、ひとりでいても面白くない。そのころから8号門前に寝泊まりして並んでる方たちがいたので、私も仲間に入れてもらったんです。先輩方はみなさん上空に逝っちゃったので(笑)、今は私がまとめ役をやらせてもらってます。同じ趣味の仲間とビールを飲みながら、野球の話をする。これ以上の楽しみはないですよ」

<次ページへ続く>

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