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絶対音感のメリットについて

 一般に「音感」とは、聞こえてきた音の音名(絶対的な音の名前)や階名(ある調の音階各度の名前)が分かり、またその逆に、指示された音名や階名の音を正しく想像したり、声や楽器で再現できる永続的・感覚的な能力を言います。いずれの音感(音の把握力)にしても、「音楽は音を素材とした芸術」であるという点において、優れた音感は音楽をマスターしていく上で不可欠の感覚能力だと言えます。それは、「色と形」で成り立っている絵画において、色や形を正確に認識できる優れた視覚的感覚能力が不可欠なのと同じことです。

■絶対音感と相対音感(参考楽譜
 「音感がある」という場合(ない場合もある)、それは基本的に2種類に分けられます。絶対音感は文字通り絶対的に(即ち、ある調性やある音との関連なしに)音高(音名)を記憶している音感です。
一方相対音感は、ある調性の中での階名が分かる音感のことを言います。絶対音感も相対音感も生まれつきのものではありません生来の「音の記憶能力」によって修得できる精度に差はありますが、いずれにしても、それらは適切な音楽経験や学習を通して身につけられる聴感覚です。

絶対音感の特徴
  絶対音感があれば、有調、無調の音楽を問わず、すべての音の音名が即座に分かりますので、楽譜がなくても、聞いた音楽を正しい高さで記憶したり演奏したり、記譜することができます。又、楽譜がある場合でも、絶対音感のある人は、ない人に比べて楽曲を素早く正確に記憶することが出来ます。また、楽器がなくても、楽譜を読むだけで正しい高さの音を想像したり、歌ったりすることができます。「絶対音感は簡単に音が分かるので、音大受験の聴音やソルフェージュの試験の時に有利だ」等と言われますが、これは絶対音感のほんの小さなメリットです。絶対音感はそのような小さなメリットのためだけに身につけるものではありません。「音楽は音を素材とした芸術である」ことはすでに述べましたが、「絶対音感があって、音や音楽が目に見えるように分かる」ということは、音楽の様々な分野、作曲・演奏・編曲・鑑賞など、音楽活動のすべての領域の根幹において大きな力を発揮する、決定的に優れた基本能力なのです。

相対音感の特徴
  調のある音楽の場合、その階名が分かりますので、楽譜がなくても聞き覚えの音楽を階名で記憶したり歌うことが出来ます。但し、その音楽の調性は、楽器が側になければ聞いただけでは分かりません。つまり、この音感は調性における階名は分かっても、絶対的な音名は分からない聴感覚だと言えます。また、頻繁に転調する曲を読譜したり記憶したり歌ったり演奏するときには、かなりの困難が伴う音感です。転調する度に、階名を読み替えなければならないからです。もちろん、無調や旋法による音楽の場合、この音感はほとんど何の役にも立ちません。また、読譜において、その調の階名で(つまり移動ドで)読まなければ正しく音程をとることができませんので、ハ長調やイ短調以外の曲の譜読みにかなりの困難が伴い、色々な調の音楽を正確に素早く譜読みするためには、相当な訓練や経験が必要です。総論として言えることは、相対音感は転調しない簡単な歌や器楽曲の場合は、譜読みの困難さを伴いながらも、それなりの力を発揮する音感なのですが、少しでも高度な音楽を把握するには非常に不充分な音感であると結論づけることができます。

音楽(特に器楽)を学んでいく上で最も理想的な音感とは
  単に「絶対音感がある」というだけでは、真に音楽的に価値のある音感だとは言えません。音楽は、楽音が有機的な機能や意味を与えられて組織づけられたものですから、その組織(調性・音階)を把握できる音感でなければなりません。この意味で、「調性感(音階感)を伴った絶対音感」が理想の音感だと言うことが出来ましょう。(※この場合の音階感や調性感は、各調の音が階名で聞こえる相対音感とは意味が異なります。あくまで各音が音名で聞こえ、なおかつ調性が感じられる音感という意味です)
 このような音楽的聴覚をつけるためには、まず完全な絶対音感を養い、その後(5,6才以降)に的確な調性感や音階感をのばすいろいろな音楽レッスンを行うことです。先に相対音感がついてしまった場合、このような理想的絶対音感を育てることは、かなり困難です。
 ピアノやヴァイオリンなどの器楽の練習(譜読み)は、普通、曲の調性に関わらず絶対的な音名で行います。(つまり、ト長調であってもヘ長調であっても、ドはドと読んで演奏します)この読譜作業は、絶対音感に適した(符合)した作業です。相対音感の場合、音の聞こえ方は調性によって変わりますので(ハ長調やイ短調以外では)楽譜の「読み」とずれてきます。このような二重認識(つまり、読み方と聞こえ方が違う状況)で音楽を演奏することは、基本的に不自然なことですし、長くそのような練習を続けますと「ゆるやかな絶対音感も相対音感も共に壊れてしまう」危険があります。このような音感はほとんど音感とは言えないほど厄介な音感です。そのような不幸な聴感覚にならないようにするためには、是非とも絶対音感を先に完全につけておく必要があります。

■絶対音感はどのように身につくか
  ある程度の相対音感は、特別な訓練をしなくても色々な音楽経験の中で自然と身につく場合が多いのですが、絶対音感はかなり限定された条件下でなくては習得できません。その条件は以下の通りです。

1.相対音感が目覚めてくる年齢(平均5才前後)以前に、一定のトレーニングを始める。出来れば、5才までに絶対音感を定着させることが望ましい。相対音感が芽生えてきますと、音楽を調性の中で捉えようという聴覚が強く働き、絶対音感的記憶を妨害します。
2.絶対音感習得中は、相対音感を呼び起こす行為(移調階名唱や移調演奏)をさせない。具体的には、聞き覚えの音楽をその調以外の調で演奏したり、各調のドレミで歌う階名唱をさせないことが大切です。
3.生来の「音感」(音の正確な記憶能力)が備わっていることも忘れてはならない大切な要素です。絶対音感の学習条件が満たされた状態で訓練しても、基本的な音の記憶能力が低いと、必ずしも絶対音感は身に付きません。逆に、生来の音の記憶力に非常に恵まれている場合は、特別の訓練をしなくても、幼少時からの楽器のレッスンの中で、自然に絶対音感が身に付くこともあります。(但し、このことは「相対音感」が目覚めてくるまでに、すべての派生音を楽曲の中で相当に経験するという条件が満たされている場合に限ります。3才や4才から楽器を習い始めても、絶対音感習得の臨界期である5,6才までに、派生音をかなり経験しないと、自然に絶対音感を身につけることは期待できません。このような状況にならないように、楽器のレッスンと並行して「絶対音感のトレーニングをされることをお奨めします)

■絶対音感習得(指導)上の最重要留意点
  絶対音感は「絶対的な音高の記憶」ですから、そのための方法(記憶させるシステム)に関わらず最も注意しなければならないポイントのひとつは、「それぞれの音の記憶の定着状態をいかに見極めるか」という点にあります。その見極めを徹底しないで次々と新しい音を学習させていきますと、後々必ずいくつかの音の混線が起こります。このような音の混線が一旦起こりますと、それを取り除くのに非常に困難が伴います。(それ故、絶対音感教材の選択には充分な吟味が必要です)特に周波数が簡単な比率になる2音間(完全系音程)で、先ずそれは起こります。もう一つは周波数が非常に近い音(半音関係)の間で起こります。いずれも学習者の音の記憶力や記憶の精度が関係していることが多いのですが、そのような2音間の混線は、事前に起こらないように、出来る限り注意して習得(指導)することが、絶対音感習得のためには極めて大切です。実際の指導上、音の記憶の定着を見極めるときに大切なことは、その音の記憶が一時的なものか永続的なレベルのものか、あるいは限られた条件下での記憶か絶対的な記憶かを的確に判断することです。(この判断はかなり難しいことですが、当教材は専門家でない一般の人が指導されても、自然に記憶の状態を見極めることが出来るチェック用CDがついていますので、このような心配は全くいりません
 
■絶対音感は絶対に必要か
  一言でいえば、普通に(愛好家として)音楽を楽しんでいく上で、必ずしも絶対音感は必要なものではありません。しかし、絶対音感があれば、それがない場合よりもずっと簡単に(有利に)、また的確に音楽を演奏したり理解したり記憶したり、創造する事が可能になります。音楽活動(鑑賞も含め)は、つきつめて言えばすべて「音感」を伴って行う行為です。聴いているときはもちろん、歌っているときも演奏しているときも、その行為を根本的に支えているのは「耳」(音感)です。それらの活動を優れたものにするためには、できるだけ優れた「音感」が必要です。このような視点で考えるならば、最も優れた音感である「絶対音感」(特に音階感を伴った絶対音感)をつけることは非常に価値のあることと考えられます。音を的確に把握できないで音楽活動を行うことは、色や形を的確に認識出来ないで絵を描く事にも似て、甚だ心もとない行為であると言えましょう。(又、そのような優れた音感を通して、音楽の本当の美しさや楽しさを初めて存分に味わうことが出来るとも言えます)絶対音感は幼児期に身につければ、音楽経験を継続していく限り一生消えない素晴らしい音楽的聴覚です。その恩恵を生涯に渡って享受していくことが出来ます。適切な時期を失しないで、絶対音感を身につけてあげることは、指導者や保護者の責任であると言えましょう。

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