厚生労働省研究班は近く、体外受精や顕微授精による生殖補助医療(ART)で生まれた子ども3000人の精神発達や発育状態を15年間追跡する調査に乗り出す。同時に過去の調査で発症率が高い傾向がある特定疾患との関連も調べる。体外受精が日本で実施されて約30年。ARTの子どもへの影響に関する大規模な長期検証は国内で初めて。【須田桃子、斎藤広子】
07年にARTで誕生した子どもは56人に1人に達し、同年までに約20万人が生まれた。研究班代表の吉村泰典慶応大教授が理事長を務める日本産科婦人科学会は07年から、学会に登録したART実施施設における妊娠・出産時のデータを集めているが、期間は生後1カ月までと短く、妊娠の1割強は経過が不明だ。治療施設と違う産院で産んだり、治療を受けたことを隠す夫婦が多いことが背景にある。
また海外で、精神発達の遅れや半身肥大など症状や重症度が多彩な「ゲノムインプリンティング異常症」という先天性疾患が、ARTの子どもは自然妊娠に比べて多いと報告されている。国内で有馬隆博・東北大准教授らが昨年実施した調査でも同様の結果が出た。
研究班に参加する有馬准教授は「原因は特定できないが、卵子や受精卵を体外で操作することで、遺伝子の働きを調節する仕組みを変化させている可能性がある。こうした変化は、性格や行動、がん発症などにも影響を及ぼす。患者の遺伝子検査などでARTとの関連を調べたい」と話す。
吉村教授は「ARTが通常の医療と違うのは、この医療を受けることについて子どもの同意がないこと。だからこそ、社会や医療者は、子どもの成長を継続的に見守る責任がある」と語る。
【ことば】生殖補助医療(ART)
体外で卵子と精子を受精させ、受精卵を女性の子宮に入れて妊娠させる技術。卵子に精子をかけて受精させる体外受精と、顕微鏡下で1個の精子を極細のガラス管で卵子に注入する顕微授精がある。英国で78年に初の体外受精児が誕生。国内では、83年に体外受精、92年に顕微授精が初めて成功した。
毎日新聞 2010年8月13日 2時30分