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[21057] 勇者の乙女【完結】【再投稿】
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/08/12 01:07
「違います…私は勇者の一族じゃありません」

日差しの心地いい午後、のんびりとした農村の片隅に私の家は会った。その家の前で、私は尋問を受けていた。
私はミア。勇者の一族だった。勇者の一族だった、と過去形なのはおじいちゃんとおばあちゃんが駆け落ち婚だった為だ。結果的にそれで私は助かった。勇者の一族が粛清にあったのだ。魔王の再度の出現を予言し、それを聞き入れない王に叛意を示したのが原因だという。
粛清は酷かった。私達家族は、かろうじてそれを逃れる事が出来た。
今になって、何故。私は泣きそうになりながら答える。父さんも、母さんも今は他界している。一人きりになって、それでも皆の分まで生きていこうって誓ったのに。

「私は勇者の一族じゃありません!」

再度叫ぶが、兵士は聞き入れない。

「調べはついているんだ」

そう言って、私を馬車に押し込めた。

「いやぁぁぁぁ、助けて!」

 私は馬車で、ずっと泣いていた。食事が出されるが、喉が通らない。

「お父さん、お母さん、ごめんなさい…」

呟いて、馬車の隙間から外を眺めた。
お城の前の処刑場の広場が近づく。ここで降りるのかと思ったが、馬車はお城の奥へ奥へと走っていった。そこに、一人の騎士が立っていた。髪は金、目は青の美しい青年で、私の涙は止まってしまう。
馬車が、騎士の前で止まる。
馬車が開くと、騎士は傅いた。
「勇者の一族の姫君、お待ちしておりました」
 安心させるような声に、長い馬車移動と空腹に疲れきっていた私は、ついに気を失ったのだった。





 次に起きた時私は、広い寝室にいた。
「あ、私…捕まって……」

 服はピンクのヒラヒラついたドレスに着替えさせられていた。
 確かに、勇者の子孫が村娘の格好で処刑とは格好がつかないだろう。

「お目覚めになられましたか、勇者の姫君」

 メイドらしき青い髪で、整った顔立ちの少女が聞いてくる。

「勇者の姫君…?私は勇者じゃないわ。お願い、助けて」

「勇者様…事態は変わったのです。魔王の復活が確認されました」

 瞬間、私の心にはマグマが押し寄せた。
魔王の復活はいい。それこそ勇者の血筋の当主であるアレクセイが魔王に対抗する為の軍備の増強を申し出ていたのだから。それが今来ただけの事だ。口伝で残っている。聖剣を返してほしいと言った勇者に対して、人間だけで魔王を倒す、勇者の力など必要ないといった国王の言葉を。
これがたった100年も前の事。
 それからの勇者一族の弾圧は酷かった。勇者の血を引く者達はことごとく殺された。僧侶の一族、魔法使いの一族も国に連れて行かれ行方知れず、結界をつかさどる巫女の一族もまた浚われた。
 そう、事態は変わった。100年前に比べて。

「ここで…ここで私を呼ぶのなら、何のために我が一族は滅んだのかしら」

 静かに言い放つと、メイドがきっぱりと言い放った。

「私が知っているのは、貴方が魔王を倒すことだけです、姫君」

「ふざけないで!」

私は叫んでしゃがみ込んだ。
 こいつらは魔王退治をなんと心得ているのだろう。
口伝によれば我が一族は3歳の時から修行をしていたという。
私はそんな修行していない。ささやかな運動はしているが、勇者とばれたら狩られるため限界というものがあるのだ。

「そういう事なら、帰るわ」

「どうか私達をお見捨てにならないで下さい、姫君」

先程の美麗な騎士が現れて言った。

「貴方は…」

「勇者の姫君の僕、魔法使いの一族のものです」

私が問うと騎士が言った。

「ふざけるな…勇者の血は、今絶える!魔王は貴方達でなんとかなさい!」

 私は怒りに身を任せて窓から飛び出した。




[21057] 二話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/08/12 00:40
「レビテーション!!」

焦ったような騎士の声がして、私の体は一瞬浮いた。
その力の弱さに驚愕する。
それでも、その間に受身を取る余裕ができる。
その時、急に恐怖がこみ上げて私は受身を取った。
 こんな時でも受身を取ってしまう我が身が恨めしい。
それでも、いくつか骨が折れた感触がして、私は倒れた。
倒れた私の横に、白銀の髪、緑の髪の華美な服装の男がしゃがみ込む。

「やれやれ…だから、窓には鉄格子をと言ったのに。姫君、私は不本意な事に貴方の僕。僧侶の一族、エリオットです」

「エリオット……?」

「ケア」

光とともに、傷が癒えて行くのを感じた。
 今度はさほど力の衰えを感じない。
 それほど時間をたてずに、騎士が駆けてくる。

「ゼア。愚かな事だ、君の先祖が辿った道を忘れるとは。ああ、君の先祖は命乞いしたのだったね」

「エリオット……!お前の所こそ結局膝を折ったではないか」

目の前で言い争いを続ける二人に、私は言った。

「……私だって逃げたわ」

『いつか生き延びて、魔王退治に行きなさい。それが勇者の使命だから。そこで勇者の一族は絶えるのよ。誇り高く。だから、ごめんね、ミア。ごめんね』

母の遺言。惨たらしく死んでいった一族達の誇り。私はそれを無視して、生きる事を目標としていた。あんなにも死にたくないと思っていたのに、私は身を投げた。勇者としての矜持を傷つけられただけで。私は後から後からあふれ出る涙を抑える事ができなかった。
ああ、私は誇り高き勇者なのだ。勇者なのだと、思っていいのだろうか。

「姫君…ああ、まだお名前を聞いていませんでしたね」

騎士が私を抱き上げる。

「ミアよ、ゼア」

 そこで私のお腹がなった。

「くく……姫君、食事はすぐに用意致しましょう」

エリオットがいい、私は頬を赤らめて頷いたのだった。





私は既に心に決めていた。どうせもう死んだ命。魔王退治に行こうと。
王の思惑通り?構わない。確実に負けると知っているから。
好きに私のせいだとわめけばいい。
聖剣さえあれば格好はつくだろう。 
今度は鉄格子付の窓の部屋に案内され、そこで私はお粥を食べた。
おいしい……。久々の食事だ。

エリオットとゼアは控えている。今後、ずっとそうするそうだ。
口伝では魔法使いと僧侶と勇者は対等だったはずなのに。
巫女は少し違う。勇者が守らなければならない存在だった。
勇者に力を与える、勇者の主とも言える存在。
巫女の一族には必ず一人だけ特別な存在がいて、その方が魔王退治に行く慣わしになっている。青の結晶を額に宿らせた麗しの巫女。それは神が選ぶという。
巫女は皆、純潔を失うと力を失う。それゆえ最も大切にされていた。
しかし、巫女がいたとしても、必ず負ける戦いに巻き込むつもりはない。
ゼアとエリオットも同じだ。勇者としての本能が、彼らを拒絶しきれない。
負けに行くのに、彼らを巻き込む必要はない。

「ゼア。聖剣は返してもらえるのでしょうね?」

「当然です。姫君が魔王退治に行くというのなら。貴方のような可憐な女性には荷が重いと思いますが…」

「人一人浮かばせられない魔法使いよりはマシよ。明日、出るわ」
 
聖剣さえあれば、ひとりでいい。両親が死んで、ずっと一人だった。
 一人で生きて、一人で死のう。私はそう決めていた。

「明日……明日ですか、さすがは我が姫君、勇敢だ。しかし、そうは行かないのです……子供を作っていただかなくては」

私の思考は停止する。子供……?

「勇者の血は、仲間の血と混ざると強くなると聞きます。エリオットは魔王退治へは行きません。僧侶として重大な地位にありますから。彼は、貴方の花婿候補なのです。もちろん、お世継ぎが出来ましたら魔王を退治に…」

「へぇ……そうなの………」

クスクスと、私は笑う。

「勇者の血筋って、本当に私だけなの?いたじゃない、孕まされた女達が」

これは、僧侶も魔法使いも巫女も同じだろう。見目のいい女達は皆浚われた。
それは他国から非難の声が出るほどだったが、皮肉にもこの国にはその非難を撥ね退ける力があった。勇者が魔王復活に備えて軍備を大事に育てていたから。

「これは貴方も知らないようですね。勇者の血は、彼らが望んだ子供にしか流れないのです。生まれた子供はみな、気味の悪いほど父親そっくりの者ばかりでした。
その上、短命だった。わずかに生まれた勇者の子も、虚弱児ですぐに命を落とした。
勇者とはまさに、選ばれたものなのですよ」

「貴方達って最低ね」

私が言うと、エリオットは心外な顔をした。

「おや。主に忠実なつもりですがね。愛される必要がありながら、こうして真実を話している」

「貴方、貴族でしょう?私に嫌われたいんじゃないの?」

「姉と結婚させられるよりはマシかと。僧侶の血は濃くなれば濃くなるほど強くなるといいますから」

「あははははははははははははははははは」

私は哄笑した。

「わかったわ……聖剣だけ確認させて頂戴」

 出て行こう。聖剣を確認して、取り返して逃げてしまおう。

 たった一人で魔王退治に向かおう。そうして反撃されて終わり。

 それこそが私の人生。私に残された最後の誇り。

ふらつく体を、ゼアがお姫様抱っこしてくれた。

「魔法使いがこんな事しなくて良いわよ……」

魔法使いはいつも大切にされてきた。力仕事の必要のないように。

勉強に集中できるように。

廊下を運ばれていると、横から声が聞こえてきた。

「さあ、今日のお話は王様と勇者です」

つたない幻術。王様が悪い勇者の反乱を見事に鎮めたというコミカルな劇。
それをしていたのは道化師に身を包んだ魔法使いだった。
ゼアの手を強く強く握る。
魔法使いは、口伝によれば最も誇り高かった。
 ゼアが、いっそう深く抱き寄せた。
 聖剣のある場所へとたどり着くと、さすがに監視の目がすごい。
 聖剣の所へ行くと、そこに美しく巨大な剣があった。
 装飾は華美で、丁重に壁に飾られている。
 それを見て、ミアはまた笑ってしまった。
 この剣の為に勇者の一族は滅んだ。
 この剣は……抜け殻だ。


この世界は、確実に滅ぶ。それをミアだけが実感していた。

「すごいでしょう、貴方も聖剣を見るのは初めてのはず」

ゼアが言うが、私は冷笑した。

「この剣は抜け殻よ。聖剣に大事な5つの核がない。
外された後があるわ。こんな大きな剣も私には扱えない。
作り直すしかないわね」

「5つの核、ですか……」

 エリオットが考え込むように言う。

「そうよ。勇者の核、巫女の核、魔法使いの核、僧侶の核の4つで魔物の核を押さえるの。
魔物を切れば切るほど聖剣は強くなるわ。魔物の力を手に入れてね。
お城に探してもらう方が早そうね。絶対お城に収められてから
聖剣に手が加えられているわ。
こんな華美な剣で戦えるはずがないもの。しばらくの滞在は仕方ないか」

たとえ負けは確定していても、出来うる限り様式は整えたい。
ゼアはその言葉に顔を綻ばせた。
エリオットは片眉を上げて問う。

「核とはどのような?」

「大粒の真珠が一つ入る位の大きさの飾りよ。嵌める宝石はもう失われてるでしょうね。
これも一から作るしかないわ。これはもう聖剣じゃない。
子供が出来るまで渡さないとか言わないでよ。型を見つけてから聖剣と宝石を作るから、
とんでもなく時間がかかるわ。今すぐ取り掛かっても良いくらい」

「畏まりました」

ゼアが礼をする。

「やる気があって何よりです」

 エリオットが嘲笑するように言う。

「勇者としての誇りを守りたいだけよ。王に忠誠を誓ったわけじゃないわ」

 聖剣なしで突っ込むなんて格好悪いことはしたくない。
 勇者としての格式を整えた上で死にたかった。

「誇り…ですか。さすが逃げ出そうとした勇者様。貴方だけが未だ誇りを持っておられる」

「エリオット!!」

ゼアに皮肉を咎められ、エリオットは核の捜索の連絡をしてくると行ってしまった。
 僧侶とは思えないほど擦り切れている。
 勇者は皆殺された。魔法使いと僧侶と巫女はもっと酷い目にあったのだろう。
 私はエリオットに対して怒るよりも胸が痛んだ。
 それでも、私に他の一族を助ける事は出来ない。私は俯いた。

「ゼア。剣の訓練をするわ。訓練所はどこかしら」

「お相手します、姫君」





訓練所に行くと、木剣で戦いあう。
ゼアは強い。騎士の魔法使いなんて聞いた事がない。
何時間もがあっという間にすぎ、私の息は上がっていた。もう日が暮れている。
 魔法使い程度、魔王にたどり着く前に死にたくはない。
 私は口伝でのみ聞いていた型を構え、走った。
 ゼアが、急に二人に増える。
……そんな下等な幻術!
私は過たず本体の、後ろに回りこんだゼアを倒したのだった。
二人の濃さの違う幻術で出来たゼアが掻き消える。
色の濃さを微妙に変えたのはいいアイデアだが、まだ未熟だ。

「いたた………さすがに勇者様はお強い」

ゼアが木剣で叩かれた胴体をさする。
 ぶっちゃけよう。私は勇魔僧巫全ての力が使える。
 他の仲間の血を混ぜれば強くなる勇者の一族の私が、混血のはずがない。
しかし、勇者の血が一番濃いので私は勇者だ。
正直ゼアぐらいの幻術なら使えるのだ。
それでも捕まったのは人間相手じゃどうにもならないからである。
数というのはそれほどの脅威だし、私のMPは少ない。

「これぐらいで息が上がるようじゃだめなのよ。
ご先祖様は魔物の軍勢に四人で突っ込んだんだから」


ゼアを助け起こすと、後ろからパチパチという音が聞こえた。

「いやーはっはっは!勇者様はお強い!」

なぜか安心できる気配だったが、それでもゼアの前に立つ。
 勇者は前衛であり、魔法使いと僧侶と巫女は後衛なのだ。
精神を集中すると、目の前の男が巫女と知れた。
額には青の結晶。ムキムキの筋肉の大柄な男が笑っていた。

「巫女様…」

男が巫女など。それに、巫女は代々年頃の美貌の女だったはず。
ああ、純潔でなどいられるはずがない。

「巫女様などと!私は余り者なのですよ。御察しのとおり、巫女は男も女も皆美しい。
この私を除いてね。私の名はゴレイス。今日よりお仕えいたします」

「ゴレイス様!!」

ゼアがゴレイスの名を様付けで叫ぶ。

「何、お前もゴレイスと呼べばいい。私はどうせ第7王子。何の権もないのだから」

ゴレイスが、手を伸ばす。

「よろしくね、ゴレイス」

 



そうして全ての仲間に会った私は汗を流して食事をして寝所へ向かう。
寝所の扉の前に、エリオットとゼアとゴレイスがいた。

「私は誰も選ぶつもりはないわ。でも、お願い。今日は4人一緒に寝ましょう。私達、ようやく巡り合えたのよ」

私は3人を抱きしめて言った。
3人は、驚いているようだった。

「姫君……」

ゼアが驚愕し、エリオットが忠告する。

「それはずいぶん無用心な……」

「これぐらいが出来ないようで仲間になろうっていうの?」

「はっはっは。姫君が寂しいというなら応えてあげなくては」





寝室の中。私は3人と一緒にベッドに入った。
今度の部屋にはなぜか窓の鉄格子は無かった。
私と何故かエリオットが真ん中だ。一番端に行きそうだと思ったが。
私の隣はゴレイス、エリオットの隣にゼアが眠る事になった。
ゼアの頬が少し赤いのに微笑する。
私は子守唄に眠りの歌を歌って、皆の様子を見てから眠った。
呪文に対する耐性を調べる。
とりあえずゼアは要チェック、エリオットはもうちょっと、ゴレイスは満点かな。
ちょっと驚いた顔をしたゴレイスに、ごめんと手を合わせて、そっと抱きしめる。


「なるほど、試験に二人は落ちてしまいましたか」

「代わりを見つけるつもりはないわ」

苦笑するゴレイスに、私は答えた。
 王は許せない。でも、ゼアとエリオットとゴレイス、この手で抱きしめられる分だけの仲間は救いたい。私はそう思い始めていた。





[21057] 三話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/08/12 00:43
「貴方はいったい何をしたのですか」

噛み付くエリオットに、私は答える。

「魔物退治のテストよ。時々やるから私の傍を離れないで、掛けられたら全力で抵抗してね」

「なるほど、眠らせる呪文だったのですね…」

ゼアが納得する。

「これが嫌なら他の人と交代していい。他に行き場がないなら、私と一緒の方がいいと言ってくれるなら、一緒にどこまでも行きましょう」

私の意味深な言葉に、ゼア、エリオット、ゴレイスは息を呑んで頷いた。

「ゼア。私と一緒に、魔術の訓練、してくれるかな。どれくらい呪文はわかる?」

「全ての魔術書は悪用されないよう燃やされ、魔法使い達は命を落としました…残されたのは浮遊や幻術で遊びながら学んでいた子供達だけで…皆道化師に…。私は、それだけは嫌で…必死で剣を磨き……」

ゼアの瞳から涙が零れ落ちる。

「ゼア。もう、いいわ。道化師に賢者ありと聞くわ。頭が良くないと皆を笑わせるなんて出来ないの。私が見た道化師、素晴らしい幻術の腕前だったわ。貴方も誇り高い魔法使いよ。レビテーションは使えたわね?貴方がいるから私が生きている。もう一度使ってみてくれるかしら」

私はゼアの手に自分の手を重ね、正しく導く。
 ゼアの魔力は巨大だった。私の魔力は本を自在に動かす程度。ゼアの魔力は…。
ふわり、と4人を乗せたベッドが浮いて私は笑った。

「良いわよ、ゼア。ね、貴方は魔法使いでしょ?」

「貴方は、なぜ…」

エリオットの言葉に、私は笑って答えた。

「王には内緒にしてね。これと幻術があれば城壁を越えてどこへだって逃げられるわ」

逃げられる。その言葉に、3人は強く反応した。

「……貴方はいい。たった一人だから。私には、守るべき人がいるのですよ」

 エリオットは言う。

「……そうね。それは考えるわ。でも、魔法使いがいる以上どうにでもなる」

ニヤリと笑った私に、ゼアは困惑した。
 魔王は倒せないが、王を出し抜くことは出来るかもしれない。
 たった4人、たった4人で逃げるだけ。

「今はおとなしくしていましょう。核が見つかるまでは。ただ、聖剣を作るには何人もの魔法使いが必要なの。力を貸してもらえるかしら。大丈夫。作り方は私が知ってるわ」

ゼアが頷く。

「さすが勇者と行った所ですか……よろしい。信じてあげましょう」

エリオットの言葉を確認し、私は微笑む。

「勇者様…魔王は倒せますでしょうか」

私はそれこそ笑顔で言った。

「無理よ」

ゼアが絶句し、エリオットが目を閉じ、ゴレイスがため息をつく。

「一族の代表として、誇りある死を迎えましょう。それともやめる?」

 私が言うと、3人は首を縦に振った。
 エリオットが、囁くように言った。

「連れて行ってくださるのですか…私も」

「当たり前よ」

私は笑った。
 
旅の準備の指示を出し、魔法使い達を集める手はずを整えてもらっていると、

あのメイドからお茶会の招待が来た。

もちろんこれは強制だ。口伝にマナーは多少はあったが、多少だった。

私はため息をついてドレスに着替えた。





「あら、かわいらしい勇者様」

「ごきげんよう、マドモアゼル」

私は礼をする。この時点でクスクス笑い声が聞こえる。なにかミスをしたか。

「そんなに笑ってはかわいそうよ。この子は村娘だったのだから」

「昨日は3人一緒に寝たとか。さすがに節操がないわね」

口々に女達が言い立てる。

「ええ、これからもずっと3人で寝ようと思います。私の仲間ですから。それだけでなく、ずっと共にいようかと。エリオット様を独占する事をお許しください」

 私がずっと一緒ということを強調すると、女の声色が変わった。

「なんですって。彼は強い治癒力を持つ貴族なのよ」

「勇者の家にも口伝が残っております。4人一緒にいる事が重要なのです。……魔王を、倒してほしいのでしょう?」

「嫉妬でなくて?」

「魔王が復活したというのに、余裕ですね」

私はクスクスと笑う。

「魔王が復活すると、弱い魔物から順に現れだします。この近辺にも、すぐに弱い魔物が現れるでしょう。その次は強い魔物。その次は…はたしてその時、嫉妬などと言ってられるでしょうか?」

「無礼な!」

叫んだ女に頭を下げ、私はお茶に手をつけずにその場を出た。





部屋に戻ると、待機していたエリオットが言った。

「どうやら生きて帰ってきたようですね」

「お茶を飲まなくて正解だったのね。でも怒りを買ってしまったわ。今更だけど。ゼアは?」

エリオットは無言で窓の外を指した。
道化師たちが、空を飛んでいる。
地上で驚く人々が騒いでいた。

「戦争に利用されるのが怖くて秘密にしてたんだけど…ま、いいか」

どうせ滅ぶのだし
道化師たちとゼアの笑顔に、私は微笑んだのだった。



[21057] 四話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/08/12 00:48
「やはり魔法使いなど処刑すべきだったのだ!」

その一言が諦めの表情で微笑んでいた私を凍らせた。
そこまで馬鹿か、この国は。有用なものを利用さえせず排除する
私はゼアを呼んだ。

「あ、すいません、姫君…」

「ゼア。今すぐ全魔法使いを呼び寄せられるかしら」

私は笑顔のままゼアに言う。

「はい……?」

「矢に貫かれないよう、大なべや木の板に乗って、僧侶を浚って飛びなさい」

すぐに旅に出ると騒いだ為に、旅支度の荷物はベッドの横に置いてあった。

「エリオット、ゼアについていって、必要なものを持って。ついてきたい僧侶を連れてきて。欲張らないでね。時間が勝負だから。飛んでる途中でフライの呪文を唱えるわ。もっと早く飛べる。ついてこれないものは捕まって死ぬわね」

エリオットはゼアに飛びつく。

「心当たりは!」

ゴレイスが叫ぶ。

「魔物の巣よ!あなたの結界が私達の新しい家。私が補助するから巫女様は心配しないで」

窓から飛び出し、レビテーションで移動する。 
バタバタと走り回る道化師と僧侶。
兵士たちが我に帰る。
私が小指ほどの炎を鼻面にあててやると、驚くほど慌てふためいた。
できるだけ高く、高く。私たちはレビテーションで舞い上がっていく。

「ゴレイス、魔王の住処はどっち」

ゴレイスが意識を集中して指し示した先は、地平線で見えない。
私はレビテーションで道化師達に寄り添い、空中で何度も力の使い方とフライを教えた。
フライは繋がりあって、すさまじい威力を発揮した。





そして私は魔物の巣というべき洞窟へ辿り着いたのだった。
洞窟の近くに、広場があった。そこに降りて、ゴレイスに結界を展開させる。
皆、疲れきっていた。矢で貫かれた者を懸命に僧侶が治療している。
置いてきた者の命はないだろう。
それでも、そこには、なんと数百にも及ぶ人がいた。

「巫女の力も持つものは?私だけ?」

「この子が持ってます」

お母さんらしき美しく気品のある人が、小さい女の子を差し出した。
ほかにも、何人か子供が。
私はゼアとエリオットに食事の用意をさせ、その間に子供達に術を教える。
子供達は皆年の割りに成熟していて、命がけで逃げてきたのだと知っているようだった。
真剣に結界の展開の仕方を習う。ゴレイスも、結界を展開しつつこっちの話を一生懸命聞いている。

「いい、ゴレイスと交代でこの地を守るの」

「姫君、食料が足りない」

「魔物を食べるのよ。食べ方は知ってる。狩ってくるわ」

エリオットの一言に、私が言った。
戦える人間は私とゼアだけのようだった。

「まずはあの洞窟を乗っ取るわ。そうすれば張る結界は簡易ですむ」

ゼアが、目を見開いて言う。

「最初のころのあの姫君は、どうしたのですか?」

「私はね、弱いレビテーションくらいは使えるし、運動だってできるわ。それでも国には敵わないって事。でも、安心して。4人そろえば別だから。魔法使いなら、矢よりも早く飛んで逃げれるもの」

「ならばなぜ、逃げなかったのです!!」

ゼアが、魔法使いでありながら叫んだ。
それに私は、泣きそうな声で言う。

「私が貴方に聞きたいわ」

そのとき、ゴレイスが言った。

「巫女と僧侶が、人質に取られていたのですよ」

沈黙が落ちる。
私達はそのまま、狩りに向かった。





狩ってきたウサギのような魔物を私が料理する。
要するに浄化して食べるのだ。これは一族のものなら誰でもできる。
興味深く覗き込んでくる人々に教えてやる。
食事が済めば、夜だった。神官達が交代で場を守るが、魔物のど真ん中は怖く、なかなか眠れるものではない。私は眠りの歌を神官達以外に対して歌い、抗いきった者に魔法使いの魔物にしか通じない炎や氷の出し方を教えた。半分くらいは眠ってしまったけど、抗いきった人は皆真剣だった。私は魔力が少ないから、知っていても使えない呪文が多い。
そんな私の教えでも、十分以上に吸収してくれた。
魔物に囲まれているのが不安で必死なのもあるのかもしれない。
今日が晴れでよかった。明後日には洞窟を攻めよう。安心して眠れるように。
それに、病人がいる中で屋外で雨が来たら終わりだ。
しかし、洞窟を攻めるのに明日は早すぎる。まだ魔法使い達に魔法を教えきっていない。
私は疲れきった魔法使いを労い、眠りにつくのだった。





いい匂いがして、私は目覚めた。

「ゼア…それにほかの皆も…」

「もう道化師とは呼ばせませんよ。……昨日までの事が嘘のようだ」

魔物で作られた食事。
私が起きる前に狩りは終わっていた。
たった一晩の授業を、いや、それを言うならほんの一瞬のレビテーションやフライの呪文の技術を、この魔法使い達はものにして、魔物を倒してきたのだ。

「さあ、勇者様。すべての知識を私たちに下さい。そうして勇者の一族は復活するのです。ここに勇者の国の建国を!」

誇りに誇った魔法使いが言う。
一瞬王の回し者の可能性を考える。
私は笑った。それもいい。どうせ聖剣の核は失われてしまった。
探しに行くことは難しいだろう。
今重要なのは、どう生きるかだ。
私は笑いながら、宣言した。

「この地を勇者の地とする。刹那の国と名づけよう」

「では、私はこの国の最初の騎士になりましょう」

そう宣言すると、ゼアは、私に剣を捧げてくれた。
僧侶の知識は失われていないようなので、後回しにしてしまったが、エリオットのところに行く。





「エリオット…大切な人は守れた?」

エリオットが振り返ると、足元に顔色の青い女性が横たわっていた。
体から骨が浮き出ていて、いかにも病弱だ。

「大丈夫なの?」

「生まれつきです。普通、血が濃くなるとよくない病にかかるのですよ。だから僧侶に生まれなければ、皆…姉上はマシなほうです。毎日化け物の癖に治療が出来ないとののしられているとしてもね」

「そう……」

こればかりはどうしようもない。

「エリオット……大丈夫よ。姉上も最後には自由になれたわ」

エリオットを抱きしめると、エリオットが寄りかかってきた。

「私は貴族なのに、今、このような場所にいる。姉上もこのような場所では…。それでも……。それでも、私も姉上も、なぜか、いい気分なんです」

「エリオット………」

「エリオット」

私はゼアに後ろから抱きとめられて、エリオットから引き剥がされた。

「抜け駆けは許さない。もう姉上と結婚する必要はないのだろう。好きな相手を選ぶといい」

ゼアが言うと、エリオットが笑った。

「もちろん。好きな相手を選びますよ、好きな相手をね…」

げ。ひょっとして修羅場なんだろうか。私はさっさと授業のほうに逃げたのだった。





[21057] 五話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/08/12 00:50
籠の鳥

私は誇り高き貴族。でもそれは表向きの事。
先祖は優秀な僧侶だったという。
私も、忌まわしき事に強い回復の力を持っている。

「ふふ…僧侶は子供を作ることが仕事…さあ、おいでなさい…」

「僧侶とは兄妹とも交わるのだろう。淫乱な奴め、さあ、こい」

「勇者の一味を生かしてやっているのだ、感謝するのだな」

「化け物め……」

「治療の礼だ、受け取れ、ほら、嬉しかろう…」

自由など、生れた時から存在しなかった。
ただ慰みものになり、姉と結婚して、治療を続ける毎日。
姉は一人子供を生めば死ぬだろう。病弱な姉が、出産に耐えられるはずが無い。
母親は、勇者が助けに来てくれる事を信じて逝った。
夢見がちな人だった。勇者の血が強い人だったのだ。
そう、勇者達はとても夢見がちだった。
だから勇者達はあんなにもたやすく捕らえられてしまったのに。
勇者の力は強かった。だが、それを人に使うという思考回路が無かった。
一族の者を集め、決起すればたやすくこの国は乗っ取れただろう。
だからこそ、王はやっきになって勇者の一族を貶めた。
それを、人間と争うための力ではないと、ご先祖達は決めてしまったのだ。
きれい事だけで、後に残った子孫の事など考えず。
こうして鳥篭の中で一生を朽ちてゆくのかと思った。
そんな時、勇者の夜伽を命じられた。
きれい事ばかりの勇者だから、私を傷つけるくらいなら、死を選ぶだろう。
だから、窓には鉄格子をつけるように言った。
最後の勇者。
会いたいけれど、会いたくは無かった。
勇者との再会は、こんなはずではなかった。
言い逃れしようとした卑怯な勇者は、それでも使者に乱暴をせず、おとなしく連れてこられて情けなくも気絶しているという。それも女だ。
言い逃れした卑怯さに戸惑ったし、いまだに抵抗しない事に怒りを覚えたし、情けなく気絶して連れてこられたことに失望した。
自分も、助けを待っていたのだと痛感した。





 勇者の所に行くべきか否か迷って窓を眺めていると、叫びが聞こえた。

「ふざけるな…勇者の血は、今絶える!魔王は貴方達でなんとかなさい!」

「レビテーション!」

知識が失われたため、魔法使いの使う呪文は弱い。
あれでは支えきれまい。
落ちてきた勇者がすばやく受身を取って、しまったという顔をした。
これが、私と勇者との出会いだった。
 出会いがしらに見捨てられた。
 もう欠片も期待などしていないはずなのに。

「やれやれ…だから、窓には鉄格子をと言ったのに。姫君、私は不本意な事に貴方の僕。僧侶の一族、エリオットです」

「エリオット……?」

「ケア」

光とともに、勇者の傷口が癒えていく。
 こんな力、ほしくは無かった。
 それほど時間をたてずに、ゼアが駆けてくる。

「ゼア。愚かな事だ、君の先祖が辿った道を忘れるとは。ああ、君の先祖は命乞いしたのだったね」

 魔法使いはその力を悪用されないよう、あらゆる本を燃やした。
 生き残った魔法使いは赤子や死なずに命乞いをした見習いばかりだった。
潔い魔法使いは見習いでも共に死を選んでいた。
 よって、伝わっているのは弱いレビテーションや幻術しかない。
できるほうのゼアでこの程度の威力だ。

「エリオット……!お前の所こそ結局膝を折ったではないか」

私はゼアを睨んだ。僧侶の治癒の力と巫女の美貌は真っ先に狙われた。
僧侶は、魔王復活の時のために泥をかぶって生きたのだ。
そう言いたかった。しかし、勇者が死なされては意味が無い。
本来は、勇者の粛清を王が始めると同時に治療をやめて勇者と共に戦うはずだった。
しかし、脅しや拷問、目の前で死んでいく人達を見守っていく事に僧侶は
耐えられなかった。
勇者に非難されても仕方の無い事だ。
その時、勇者は言った。

「……私だって逃げたわ」

 その声は、許しに感じて苛立っていた心が溶ける。
 そうだ、お互い様なのだ。

「姫君…ああ、まだお名前を聞いていませんでしたね」

騎士が勇者を抱き上げる。
「ミアよ、ゼア」

 そこで勇者のお腹がなった。

「くく……姫君、食事はすぐに用意致しましょう」

私がいい、勇者は頬を赤らめて頷いたのだった。
 




今度は勇者は鉄格子付の窓の部屋に案内される事になった。
すぐにほかの部屋に移動させる事を決心する。
自分で進言しておきながら、勇者まで籠の鳥にすることに気が引けた。
そこで勇者はお粥を食べた。
顔を綻ばせる勇者に、惹かれる。
僧侶の血は、確かに勇者を感じている。

「ゼア。聖剣は返してもらえるのでしょうね?」

「当然です。姫君が魔王退治に行くというのなら。
貴方のような可憐な女性には荷が重いと思いますが…」

「人一人浮かばせられない魔法使いよりはマシよ。明日、出るわ」

 なのに、勇者は私を見捨てる。今日、二度目の拒絶だ。
 今の口調は、一人で行くといっているのも同然。
 つれていく。聞きたいのはその一言だけなのに。
 それが無理なら、子供でもいい。

「明日……明日ですか、さすがは我が姫君、勇敢だ。しかし、そうは行かないのです……子供を作っていただかなくては」

 ゼアが補足してくれる。彼も置いていくとの言葉にあせったようだ。

「勇者の血は、仲間の血と混ざると強くなると聞きます。エリオットは魔王退治へは行きません。僧侶として重大な地位にありますから。彼は、貴方の花婿候補なのです。もちろん、お世継ぎが出来ましたら魔王を退治に…」

「へぇ……そうなの………」

クスクスと、勇者は笑う。

「勇者の血筋って、本当に私だけなの?いたじゃない、孕まされた女達が」

辱められたのは女だけではない。私は、怒りに任せてぶちまける。

「これは貴方も知らないようですね。勇者の血は、彼らが望んだ子供にしか流れないのです。生まれた子供はみな、気味の悪いほど父親そっくりの者ばかりでした。その上、短命だった。わずかに生まれた勇者の子も、虚弱児ですぐに命を落とした。勇者とはまさに、選ばれたものなのですよ」

「貴方達って最低ね」

一瞬、時が止まった。仲間とさえ見てもらえなかった。
なんとか心外だという顔をして、皮肉を言う。

「おや。主に忠実なつもりですがね。愛される必要がありながら、こうして真実を話している」

「貴方、貴族でしょう?私に嫌われたいんじゃないの?」

冷たい勇者の言葉。
違う違う違う違う違う違う違う。

「姉と結婚させられるよりはマシかと。僧侶の血は濃くなれば濃くなるほど強くなるといいますから」

「あははははははははははははははははは」

思い切って言った言葉は、勇者に哄笑された。それは冷たい雨のようだった。





ああ、勇者様、どうかこの私を鳥篭から出してください。
どうしてこの一言が言えないのか。









[21057] 六話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/08/12 00:55
「よし、じゃあ最初に入り口に結界張って、そこに皆で移動!攻撃班は結界を出てどんどん炎で焼き尽くして!魔物にしか効かない炎の方よ、気をつけて普通の炎を出さないように。僧侶は後ろで負傷者の回復。じゃあ、行くわよ!」

私は剣で洞窟への道を切り開く。洞窟と広場に張った結界付近の魔物をゼアと共に片付けると、ゴレイスが結界を解いて駆けた。続いて体の弱いものや子供を抱きあげた屈強な   男性が、次に女性が走る。
ゴレイスが最後の一人を確認して入り口を結界で封鎖する。
洞窟の奥のほうでは既に戦闘が始まっていた。
私も後から遅れて突っ込む。
燃え盛る火の中を通るのは、熱くないと知っていても恐い。
それでも私は駆け抜けた。

「ゼア!視界が悪い。私に切られないようにね!」

「わかりました、姫君!」

分かれ道で躊躇なく二手に分かれる。後続の魔法使いもちょうど同じくらいに分かれてくれた。洞窟は広く、掃討には時間がかかったが、復活間もない魔王の魔物は弱かった。





夕方には広い洞窟はミア達の家となり、入り口には小さい分強固な結界が張られた。
鍛冶屋も一人浚われてきていて、竈や剣を作る鍛冶屋が出来上がった。
 修練所、寝室、台所…私達は洞窟をうまく改造していった。
 果ては人口の光を利用して作物まで植えだした。
 その間にも、魔物は徐々に強くなっていった。
 自然、巫女達の負担が強くなる。

「巫女様、どうして私は使ってくださらないのですか」

そこには牙巫女の女の子がいた。
 牙巫女とは、魔物を引き寄せる結界を作る巫女のことだ。
 一族が大勢いたときは、罠や囮として大いに活躍したが、今は使いどころがない。
 あの結界は、魔物を罠のある場所に引き寄せて一網打尽にしたり、村から離れた所で結界を展開する事で村から魔物を引き剥がす事に使うのだ。
 結界には一応魔物を防ぐ効果があるが、何度も攻撃されれば壊れる。
 牙巫女の結界とは、まさしくその身を犠牲にした囮そのものだった。
私はそれを正直に言った。

「私は、出来損ないの結界しか張れないのですか」

「出来損ないじゃないのよ。牙巫女様。さっきも言ったけど、囮とかで必要なの」

言い聞かせる私に、ゴレイスが言った。

「それでも、育ちで変わる事は変わりない。驚くでしょうね。いざ巫女の力を借りようとしたら…」

 そう、牙巫女は辛い思いをして育った者に良く現れる。
 逆に、愛されて幸せに、まっすぐに育った子供には現れない。

「知らないの?」

 言えば、多少の生活の便宜は払ってくれたはずだ。
 そう思った後に、力を失うと知っていて巫女達の純潔を奪っていた事を思い出す。
 でなければ、ゴレイスが青の結晶を額に頂くはずが無い。
 青の結晶の持ち主は、本来年頃の純潔の娘から選ばれるのだから。
 ちなみに、ゴレイスも性行為をすれば青の結晶は失われる。
 ゴレイスを侍らそうとした王は、結界そのものを信じていないのだろうか。
 それとも、男は違うとでも思っていたのだろうか。

「知ってるはずですよ。聞き入れられませんでしたが」
 
やはり。ゴレイスは、そっけなく言った。
 魔物との戦いで、一般人が一番頼りになるのは巫女なのに。

「今頃城はどうなっているのかしらね?」

私は苦笑する。
牙巫女達に結界を張らせたら魔物がよってくるのだから、それは驚き、怒り狂うだろう。
牙巫女達は哀れだが、助けられない以上仕方ない。

「助けに行こうとはされないのですか」

「何故?」

私が問うと、ゴレイスは笑った。

「それを聞いて安心しました」

ゴレイスが、懐から核を取り出す。

「これは………!」

「私はこれでも王子でしてな。母上も、側妃として多少の権限はもてた。核を継承できるぐらいに。……本当に、私は牙巫女にならなかったのが不思議でしょうがない。もしも牙巫女になれたなら、盛大に結界をはれたのに」 

そうして出来うる限りの魔物を集めたら、結界を解除してやるのだと、言わずともわかった。牙巫女は、生きた兵器にもなりうる存在だ。それゆえ牙の名をつけられている。

「ありがとう、ゴレイス。これで旅立てるわ」

「世界の全てが滅んだ後、我等一つとなって魔王に挑みに行きましょう。たとえ魔王の元にすらたどり着けないとしても」

「ゴレイス……」

私はゴレイスを抱きしめた。核を隠したことを、私は責めない。
私も同じ事をしたかもしれないから。
 私は核を受け取り、ゼアを呼んだ。

「聖剣を作るわ。手伝って頂戴」

「では、魔王退治に……。いいではないですか、滅びのときまで夢を見ても」

ゼアは表情を暗くする。

「今すぐ行くわけではないの。でも、私達は勇者の子孫。誇りは示しましょう」





魔法使い達に準備をさせ、聖剣を作らせる。
 聖剣は、核さえ入っていればいい。でも鍛冶師は、私にぴったりの剣にしてくれた。
 魔法使い達がたっぷりと魔力をこめる。
 中央の核の受け皿には魔物を倒せば自然と力がたまるだろう。
 問題は周囲の石だった。僧侶の愛、魔術師の理性、巫女の祈り、勇者の勇気。
 それを注ぐことこそが核を完成させる条件だった。
 私はゼア達魔術師に、エリオット達僧侶に、ゴレイス達巫女に聖剣に力を注ぐ事を頼んだ。一族の者が集まって能力を注いでいく。
 その後、全員で苦笑した。
 出来た核は真っ黒な4つの玉。出来た剣は邪悪なる剣。
 それを掴むと、果て無き悲しみに飲み込まれそうになる。
 僧侶の憎しみ、魔術師の追詰められた事による短慮、巫女の呪い、そして私の諦めを前提とした蛮勇。
私には似合いの剣だ。それを掴んで、私は狩りに出た。
 魔物の血を、吸わせなければならない。
 ゼアと、エリオットと、ゴレイスがすぐについてくる。
 私は彼らに微笑んだ。

「私の傍にいると、辛いかもよ?」

「その剣は私です。私の傍にいる事のどこが辛い事だと?それよりも、どこまでも連れて行くという約束を破るのですか」

今ならわかる。エリオットの皮肉の意味が。
私はエリオットの手を掴んだ。
すかさず、ゼアがもう片方の手を掴む。
ゴレイスが寂しそうな顔をしたから、にこりと微笑みかける。

「誰も見捨てないから」





そうして私達は、魔物退治に向かった。
剣で魔物を切れば切るほど、剣は禍々しくなっていった。
本来、浄化して抑える役目をする核が、魔物の力を増大させているのだ。
しかし、その強大な負の力が、却って魔物の力を封印しているようだった。
濃縮された力は聖剣をもしのぐのではと思われるほどだった。





何度目かの遠征の時、その遭遇は起こった。

「勇者様!その愛しくも邪悪な力は、やはり勇者様でしたか!」

ぼろぼろの、剣を持った魔法使いだった。
僧侶もいる。そして、一族外の騎士も。

「勇者様…どうか、お助けください!村々に魔物が押し寄せて…」

「牙巫女がお待ちしております、勇者様のみが牙巫女を巫女に出来るとかで……」

騎士がすがり、魔法使いが目配せした。

「他に魔法使いや僧侶や巫女は?」

 私が聞くと、僧侶は答えた。

「巫女がいますが、力を持つものは牙巫女一人しかおりません」

「人間の罠は」

 エリオットが問うと、魔法使いが間髪いれずに答えた。

「あります。牙巫女を人質とするつもりです。しかし、もう村はないでしょう」

「何!」

 騎士が魔法使いの肩を掴む。魔法使いは続けて言った。

「しかし、どうか牙巫女に勇者様の慈愛を。その死体の頭を一度撫でてやるだけでいいのです」

魔物を引き付けて、結界を解除する。
村に魔物を引寄せる事で3人の旅路を楽にし、村には復讐をする。牙巫女は、ゴレイスがしたいと言った事をやりとげたのだ。……やりとげてしまったのだ。勇者の一族が。

「貴様!!」

騎士がとうとう剣を振るう。
ゼアが、騎士を切った。

「これで私は勇者の一族失格ですね」

これほど目の前で、人が死ぬ。今更、本当に今更、私は吐いた。

「姫君…!姫君、もうしわけ……!!」

焦ったゼアに、私は言った。

「いずれ、起こったことだし、私には出来ない事だから。ありがとう、ゼア」

私は口を拭いて、言った。

「いずれ、私の血を目印に一族の者とそれを捕まえた人間が来るわ。牙巫女の頑張りを労わった後、出陣する。無理やり戦わせられる前に、戦いに行きましょう」

「わかりました、姫君」

「どこまでも、貴方と」

「勇者様、貴方と共に」

三人は、頷いた。私は3人を思い切り抱きしめる。
勇者として、この3人を守らなければならない。
その片隅で、私、女の子なんだけどな、とくだらない事を考えていた。






[21057] 七話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/08/12 00:56

わかっている。こうなったのは王家の失策だ。
勇者の一族は次々と粛清し、急いで保護した勇者の女はドレスにも豪華な部屋にも興味を示さず自殺未遂を図った挙句、仲間の大半をつれて逃げた。
 それでも、勇者とは生きている限り魔王退治に行くものだ。そう信じたい。
 勝算は低いだろう。なぜなら、前回の魔王退治では王軍と勇者の一族の連合軍だったらしい。それが100年前の王が誤解した原因でもある。
 人間だけで魔王が倒せるとは何という傲慢!
魔王退治に送った精鋭は一瞬で消し飛ばされた。やはり勇者の一族が倒すしかないのだ。
 力を失った巫女、虚弱児の増えた僧侶、ろくな魔術の使えない魔法使い、たった一人残った勇者の小娘。




 昔、魔王は勇者達の愛と勇気と理性と祈りで倒されたという。
 くだらない御伽噺に聞こえて、これは真実だった。
聖剣の核の話は知っていた。
 嵌められた宝石が次々と黒くなるのを恐れおののいて王族は見守っていたのだから。
 あふれ出る毒気に耐えられず核から外した所、外した者は狂い死に、宝石は空に溶けてきえた。

 最初は巫女の石。王の名は、美しい巫女を蹂躙する格好の理由を与えた。

 次は魔法使い。魔法使い達が死に、残った見習いが命乞いをしたとき宝石は黒く染まった。

 次は僧侶。格好の利用の的だった僧侶は寄ってたかって浚われた。子供を作らせて数を増やそうとしたとき、石は黒く染まった。

 そして、勇者。皆、必死で勇者を捕らえた。麗しの巫女が、軍事的に魔法使いが、癒しの力を持つ僧侶が欲しかったから。奪われた者の復讐が怖かったから。

 それは、国民全ての罪だったと王は思う。
 実の所、王は勇者を処刑し、その一族を貶めただけだ。後は、あまりにも自然な流れとして、美貌の巫女が犯され、僧侶が浚われ、魔法使いは自らの命を絶った。
 巫女の結界が展開されない?巫女の結界が魔物を呼ぶ?
 初めから彼らはそう言っていた。
 しかし、一度手に入れたものは手放せない。
 王自身、美しい巫女に手を出すことを我慢できず、僧侶を手放せず、子を作らせることをやめられず、燃やされた魔道書はもうどうしようもない。
 国民の意識も、既にすっかり変わっていた。
 彼らは傲慢に言うだろう。命を賭して、自分達を守れ。
 抱かれた巫女にも、知識を失った魔法使いにもそんな力はないのに。
 この世界は滅びるだろう。
 やれるだけのことはやった。最低限の巫女は捕らえ、後は悟られぬよう逃がすようにした。
 仲間と共に逃げるなら、逃げた方が素直に魔王退治に行くだろう。
 仲間と共にある事で、愛と祈りと理性と勇気を取り戻すかもしれない。
 国の防衛と、巫女の配置、巫女に手を出さない事の厳命もすんだ。
 後は、祈るだけだ。





巫女の美貌の前に、厳命がどれだけ守られるかもわからないけれど。




[21057] 最終話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/08/12 01:07
弔いを終えた私達は、刹那の国へと戻っていた。

事情を説明し、出撃を伝える。

「勇者様…私達もお連れ下さい」

魔法使いが言う。
 確かに私も初めは連れて行くつもりだった。
 でも、ここには多くの怪我人と病人がいる。
 巫女も僧侶も魔法使いも必要だった。

「私達は常に聖剣で繋がっているわ。わかるでしょ?
 貴方達は、聖剣の維持を…祈りを捧げていてほしいの」

「私どもの祈りでよければ」

巫女だった側妃が答える。

「この国、刹那の国を頼むね」

「はい。どうせ刹那の時ですものね」

私と側妃は微笑みあう。

「それでも、寂しいですわ」

「ええ、私もよ」

私はエリオットのほうを向いた。

「エリオット、姉上とのお別れは済んだ?」

「心はいつも姉上と共にあります」

ゼアを見る。

「大丈夫、ゼア?」

「私は姫君の騎士で、魔法使いですから」

ゴレイスに微笑みかけた。

「一番貴方がきついと思う。頑張れる?」

「はい、魔王の場所までは」
 
そうして私達は出発したのだった。
ゴレイスが、行き先を指し示す。
私は聖剣で、魔物を切りまくった。
夜は半分はゴレイスが結界を張り、半分は眠るゴレイスを私たちが守った。
少しずつ魔物の密集地帯へ向かっていく。
その間、聖剣はどんどん禍々しくなっていった。
そして、その時は訪れる。

「勇者様…魔王が来ます」

ゴレイスが結界を張る。
 空中に、突如その男は現れた。
 足元までの黒い髪に黒い瞳、黒い長衣に身を包んだ彼は、眉を潜めて言った。

「何故、我より禍々しい物がここにある。それはもしや…聖剣か?」

「貴方が……魔王。ね、一つ聞いていい?何故魔王は人を襲わせるの?」

「初めはただ破壊衝動に駆られて。今は光がほしいからだ。勇者に封印される度、
その愛を、理性を、祈りを、勇気を捧げられて私は鎮められる。
しかし、それは私に対してではない。魔物に対してではない」

「そう。そうね。貴方も愛が欲しいというなら、私は貴方を思って戦うわ」

魔王も孤独だったというなら、与えよう。
魔物も魔王も思って、弔いをしよう。
聖剣が禍々しく輝いた。
ゼアが呪文を唱える。
振りかざした剣を、魔王は不安げに素手で受け止めた。
剣は魔王の腕を貫き、核の光が光る。

「あああああぁぁぁぁぁぁあああやめてくれ!!勇者達よ、そのような姿を我にさらすな!」

勝手に剣を受けた魔王は、悲鳴を上げた。
彼は封印されたかったのかもしれない。聖剣の愛と理性と祈りと勇気に包まれて。

「悲しみ…憎しみ…呪い…絶望…屈辱…我はこんな感情知らない、知らない…。いやだ…これは、いやだ…!!勇者よ、勇者は悲しんではならない。憎しんではならない。呪ってはならない。絶望してはならない。我を封印する為に、清くあれ」

それはまるで子供の駄々のようだった。

「要するに、子守係だったのですか、我らの先祖は」

エリオットが吐き捨てる。

「このような封印、受け入れぬ。我は、眠らない。勇者よ、我と契約を結ぼう。勇者にこんな思いをさせた世界が憎くはないか。くれてやろう、世界の半分を。王となれば、皆お前にひれ伏すだろう。そして、我の友になろう。希望がない勇者はお前が初めてだったが、我に対する敵意の無い勇者も、お前だけだ」

魔王が、手を差し出してくる。
その手に、私は……。




























魔王城の一室。
私とゼアはチェスをしていた。

「私の勝ちですね、姫君」

「エリオットとゴレイスにも勝てないのよ」

私は悔しくて、こつんと自分のキングをつついた。

「真っ直ぐすぎるのですよ、姫君は」

「勇者様、私達の大きな子供が呼んでおります」

ゴレイスが呼びに来て、私は席を立った。
控えていた幼い牙巫女がチェスを片付ける。

「エリオットは姉上のところ?子供生まれたものね。魔法使いのガジさんだっけ?相手」

「ええ、母子共に健康で。魔王の記憶力が良くてよかったですね。失われた癒しの術を覚えていたとは」

ゴレイスが答える。

「当たり前よ。あの子は歴代の勇者の心を引き継いで生きてきたもの」
 
結局、魔王とは私から見れば幼子だった。年齢は私と桁が違うけど。
それでも、魔王城は居心地がいい。
知恵のある魔物も現れ始めていて、生活は快適だ。
知恵の無い魔物も、行ってはいけない場所はわかる。
こうして世界の半分は魔物で埋まり、世界の半分が残されることになった。
残りの世界の半分に、干渉はしない。どうなってるか、知りもしない。
私達は、安全な魔王城で魔王を育てている。
魔王がいる限り魔物は生まれ続けるから、飽和する前に眠らせなければならない。
魔王を封印すれば魔物は消える。それが勇者の役目だった。
魔王との敵対ではなく、寝かしつけることが。
魔物には魔王が封印されて消える恐怖はないようだった。
ただ魔王の内に還るだけだという。
ここの生活で私達の心は癒されて、聖剣は浄化されるだろう。
いつか、魔物が世界の半分に飽和したら私の子孫が魔王を封印するのだと思う。浄化された聖剣で、魔王に対する愛と理性と祈りと勇気で包んで。

「姫君」

エリオットが、扉から入ってきて声を掛ける。

「姉上の子供の力が僧侶だとわかりました。とても可愛かった。私たちも…」

抱きついてくるエリオット。エリオットは愛しい。
けどそれは、ゼアもゴレイスも同じだ。誰か一人を選んだら、あの子達は壊れるだろう。
 ……私、女の子なんだけどな。
 ハーレムの義務があるなんて、王様みたいだ。
 刹那の国の王様なんだけど。
 心配なのは、魔王退治が終わった後だ。
 人々は、喜び勇んで世界の半分という空白地帯を取り合うだろう。
 そこは子孫に任せる事にする。
 エリオットを抱きしめると、ビクリとエリオットの方が震えた。
 いやいや男女逆だろう。
 そうして、私とエリオットはキスをした。
ゴレイスとゼアが悲しげな顔をして部屋を出て行く。
 後でフォローしなければ。もう子供を作る事を先延ばしには出来ない。
魔王のところへ行くのは遅れそうだ。








『世界の半分なんて要らないわ。私が欲しいのは誇りだけ。貴方を負の念の地獄に陥れても、私は誇り高いとは思わない。貴方を救いましょう。友達が欲しいなら、友達になってあげる。さびしいのは、私たちも同じだもの』

それは魔王と勇者の契約。



[21057] 牙を剥く。(最終話別バージョン)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/08/12 01:07
魔物が現れ、その村では動揺が走っていた。

「お前達、勇者の一族なんだろう、なんとかしてくれ」

男達が、巫女達に押し寄せる。

「巫女は純潔を失えば力を失います。正しい環境で育てられた巫女でなければ、魔物を引き寄せる結界を作る巫女になります。何度も言ったはずです」

美しい女性…もと巫女が、幼子…牙巫女を抱きしめて訴える。
 かわいらしい顔立ちの幼子は、無表情でただ抱きしめられていた。

「なんでもいい、結界を張れ」

「勇者様はどうなんだ」

男達が口々に言う。

「貴方達が、数十年前に捕らえて殺しました」

「最後の勇者がいるだろう!」

「そうですね、勇者様なら牙巫女も巫女に出来るかもしれません。魔法使いと僧侶と私の子供を勇者退治に差し向けましょう」

冷静な巫女の言葉に、男達は驚愕した。

「僧侶を探しに行かせるのか!?無茶だ!!それに巫女がいなくなったら結界を張れないじゃないか!それにどうせ戻ってこないつもりだろう」

「魔王の方面に魔法使い一人で行かせても魔物に殺されて終わりです」

根気よく巫女が言う。

「私が行こう。必ず僧侶を連れて帰る」

村に常駐していた騎士が言った。
魔法使いと僧侶と巫女は頷きあい、それで会議は終わった。






「牙巫女様…勇者様を連れて、必ず戻ります」

「牙巫女様……離れる事は心苦しいですが……」

「走って村から離れてね。それと、勇者様に頭を撫でてって言ってくれる?
頑張るから」

僧侶と魔法使いが言う。
幼い牙巫女は僧侶と魔法使いに縋って言った。

「かしこまりました」

「戻らないと牙巫女や巫女がどうなるかわからんぞ。必ず帰れ」

男が念押しをする。
勇者を殺したときも、巫女を人質にしていた。
男達は知らない。今日の話の流れを巫女たちが予測しており、願うとおりの結果になったと。
 自分の先祖が人質に勇者が殺されたことを、巫女たちは忘れていなかった。
 




魔法使いと騎士と僧侶が出発する。
その姿が遠くに離れてから、せっつかれながら幼い牙巫女は結界を張った。

「くぅ…」

やはり幼い身に結界作りは厳しい。
それでも村に張られた結界に、魔物が押し寄せた。

「どういうことだ!この魔物たちは!!」

「牙巫女は魔物を引き付けると言ったはずです。それを何とかするために勇者を探しにいかせたのでしょう」

巫女は幼子を支えるように抱きしめて言った。

「お前は巫女なんだろう!?本当に結界を張れないのか」

「何度も言いました。純潔を失えば結界を張れないと。貴方達は、結界を張れなくなった私達を祝って喜んでいたでしょう。何度も結界を張ろうとして、出来なくて、泣いていた私を村を上げて祝ったでしょう。そうして私を弄んだ」

「おい、牙巫女!魔物を何とかしなければお前の母親を殺すぞ!」

「お母さん!!」

ぐらり、と結界が揺らいで、不安が村に走った。

「駄目よ、結界を解いては。ゼイルとハールが十分に村を離れた時でないと」

ゼイルとハールとは魔法使いと僧侶の名だった。
巫女が牙巫女に言い聞かせると、男達は色めきたった。

「どういうことだ!」

「まだわからないの?結界を解けば、村は滅びる。ようやく、ようやくゼイルとハールを開放してやれる。ずっと私達一族が人質で、騎士なのに道化を演じて、乱暴されて、むりやり力を使わされて。この日をどれほど待ったか……」

「お前!!!」

「お母さん!!!」

 もう一度、結界は揺らいだ。

「いいか、牙巫女、お前の母親を助けたかったらずっと結界を張り続けるんだ、いいな」

それは無理な相談だった。巫女は眠っている時は結界を張れない。
結界が揺らぐ度、巫女と、牙巫女は殴られた。





それは二日ほどたった日のことだった。
牙巫女が顔を上げる。
研ぎ澄まされた牙巫女の力は、勇者とゼイル達の接触を感じ取った。

「お母さん、勇者様が来る!」

「ええ、では」

牙巫女は体から力を抜いた。それだけで良かった。瞬時に眠りに落ちる。
結界が消えて、猛スピードで魔物は駆けこんでくる。
ずっと結界に貼り付けられ、彼らは腹を減らしていた。
村人達がパニックに陥る。

「何をしている、結界をはれぇ!!!」

殴られて起きた牙巫女の言葉は、しかし結界には関係なかった。

「勇者様、仇を討ったこと、褒めてくれるかな…」

「ええ。褒めてくれるわよ」

母の巫女が優しく言う。
魔物が巫女達の元へと押し寄せた。
巫女が、牙巫女が手をあげて魔物を抱きこむように受け入れる。
魔物が、戸惑ったように止まった。







何もないわね。
ミアが村を眺めて言う。

「牙巫女様…」

魔法使いと僧侶が涙を流した。
ミアは、どこにあるともしれない遺体に祈りを捧げた。
村に言った先には、何一つ残っていなかった。 
ただ血のあとだけが村中に広がっている。
私たちはそこで弔いをして、刹那の国に戻った。

 事情を説明し、出撃を伝える。

「勇者様…私達もお連れ下さい」

 魔法使いが言う。
 確かに私も初めは連れて行くつもりだった。
 でも、ここには多くの怪我人と病人がいる。
 巫女も僧侶も魔法使いも必要だった。

「私達は常に聖剣で繋がっているわ。わかるでしょ?貴方達は、聖剣の維持を…祈りを捧げていてほしいの」

「私どもの祈りでよければ」

巫女だった側妃が答える。

「この国、刹那の国を頼むね」

「はい。どうせ刹那の時ですものね」

私と側妃は微笑みあう。

「それでも、寂しいですわ」

「ええ、私もよ」

私はエリオットのほうを向いた。

「エリオット、姉上とのお別れは済んだ?」

「心はいつも姉上と共にあります」

ゼアを見る。

「大丈夫、ゼア?」

「私は姫君の騎士で、魔法使いですから」

ゴレイスに微笑みかけた。

「一番貴方がきついと思う。頑張れる?」

「はい、魔王の場所までは」
 
そうして私達は出発したのだった。
ゴレイスが、行き先を指し示す。
私は聖剣で、魔物を切りまくった。
夜は半分はゴレイスが結界を張り、半分は眠るゴレイスを私たちが守った。
少しずつ魔物の密集地帯へ向かっていく。
その間、聖剣はどんどん禍々しくなっていった。
正直に言って怖い。私は本当に勇者なのか。
こんな剣を扱う私こそ、魔物じゃないのか。
そして、その時は訪れる。

「勇者様…魔王が来ます」

ゴレイスが結界を張る。
 空中に、突如その男は現れた。
 足元までの黒い髪に黒い瞳、黒い長衣に身を包んだ彼は、眉を潜めて独り言を言っていた。

「何故、我より禍々しい物が勇者だというのだ。あの者を疑うわけではないが…」

「!!……それはもしや…聖剣か?」

魔王は目を見開いて聖剣を見る。

「貴方が……魔王」

その威圧感は凄まじいものだった。
だが、その禍々しさは微々たる物だ。私の持つ聖剣に比べれば。

「あ…あははははははは、そうよ、これが聖剣。私が勇者」

笑ってしまう。魔王なんて全く怖くなかった。この聖剣に比べれば。
魔王は、戸惑ったように後ろに下がる。

「なんと、ここまで禍々しい勇者は初めてだ……」

「そう。そうね。そうでしょうね」

私は剣を持って無造作に近づいた。

「貴方に恨みは…そうね、牙巫女を殺されてるか。でもそれはこちらが利用した側だしね」

幼い牙巫女を思って言うと、魔王は気がついたように答えた。

「あの牙巫女か。唯一魔物を拒絶しなかった母子」

「知ってるの?」

「我が城に連れ去った。我等を拒絶しないなら、少しくらい人間がいても良い。勇者に会いたがっていた」

「拒絶されるから人間を滅ぼそうとしていたの?」

私は聞いた。意外だった。
魔王は首を振る。

「初めは破壊衝動のみに突き動かされていた。だが、何度も愛と理性と祈りと勇気を注がれ、封印されて、我はそれらの感情を知った。我は魔物を統べる魔王となる。そして魔物に幸せを与えよう。勇者が我を倒してそうしたように」

「そう…。人間が受け入れるとは思えないものね。貴方達を」

私は納得して頷いた。勇者ですら拒絶されたのだ。
魔物など受け入れられるはずがない。

「そうだ。勇者達は、人間に対する愛は持っていたが、魔物は憎んでいた」

それはそうだろう。私は更に頷く。

「私は別に魔物を憎んではいないけど。貴方の大切な魔物を殺してしまってごめんなさい。私は貴方を倒すわ。勇者だから」

殺されるから殺す。この循環を自分などが止められるとは思えない。
私は剣を構える。本当は殺したくはなかった。殺されたくはなかった。
だけど、私は勇者なのだ。
勇者としてある事が、たった一人生き残った私の義務。
思い切り剣を振って突っ込む。さすがに魔王は強くて、かすり傷しか与えられなかった。

「あああああぁぁぁぁぁぁあああやめてくれ!!なんなのだこれは!」

聖剣は禍々しく輝き、勝手に動く。聖剣が吸い込まれるように魔王の胸に向かうと、
魔王は辛うじて結界を張った。

「悲しみ…憎しみ…呪い…絶望…屈辱…我はこんな感情知らない、知らない…。
いやだ…これは、いやだ…!!こんなもの、知りたくはなかった。
その聖剣を近づけるな!!」

聖剣から溢れ出す邪気は、魔王にさえ拒絶された。

「あははははは!これが私たちの聖剣よ!」

魔王は、苦し紛れに叫ぶ。

「救ってやる!」

私は、私たちは、動きを止めた。

「我に救いを求めるならば、救ってやる!だからその聖剣を下ろせ!こんな恐ろしい邪気の中で封印されるなど真っ平だ!我に憎しみはないのだろう?我に救って欲しいと思っていたのだろう?救ってやる!殺すのではない。受け入れてやる!牙巫女がしたように」

魔王が、手を差し出してくる。
その手に、私は……。




























魔王城の一室。
私とゼアはチェスをしていた。

「私の勝ちですね、姫君」

「エリオットとゴレイスにも勝てないのよ」

私は悔しくて、こつんと自分のキングをつついた。

「真っ直ぐすぎるのですよ、姫君は」

「勇者様、魔王様が呼んでおります」

ゴレイスが呼びに来て、私は席を立った。
控えていた幼い牙巫女がチェスを片付ける。

「エリオットは姉上のところ?子供生まれたものね。魔法使いのガジさんだっけ?相手」

「ええ、母子共に健康で。魔王様の記憶力が良くてよかったですね。失われた癒しの術を覚えていたとは」

ゴレイスが答える。

「当たり前よ。魔王様は歴代の勇者の心を引き継いで生きてきたもの。私達の心は少ししか受け継いで下さらなかったけど」
 
歩きながら答える。
魔王の謁見室はすぐ近くだった。

「おお、来たか。この前の話だが、残す世界は半分とした」

魔王は、聖剣に触れることで虐げられる痛みを知った。
魔王は、人間の為に、世界のいくらかを残すことに決めた。
その結果が半分だ。思ったよりもずっと大きい。

「よろしいのですか?魔物の飽和は……」

私は聞いた。魔王はいまや軍隊も相手に出来る強さの魔物を生み出せるようになっていた。それに、魔王は魔物を生み続ける。いつか世界は魔物で飽和する。
勇者の封印は、魔王の為にも必要な事だ。
魔王を封印すれば魔物は消える。
魔王との敵対ではなく、寝かしつけることが、勇者の役目だったのだ。
魔物には魔王が封印されて消える恐怖はないようだった。
ただ魔王の内に還るだけだという。
以前の記憶も持っているというから、本当にそうなのだろう。

「うむ。早く聖剣を浄化するが良い」

「それは難しいかと。まだ邪気が強くて普通の人間は近づけないほどじゃないですか」

聖剣の浄化には私達の心が癒されることが必要だ。それは難しいと思う。
いつか、魔物が世界の半分に飽和したら私達の子孫が魔王を封印するのだと思う。浄化された聖剣で、魔王に対する愛と理性と祈りと勇気で包んで。

「わかっている。お前の代では無理だろう。早く子を作れ。それと、捕虜は閉じ込めてあるから、お前の好きにしろ」

「わかりました」

私は一礼をして謁見室を出る。

「姫君」

エリオットが、駆けてきた。

「姉上の子供の力が僧侶だとわかりました。とても可愛かった。私たちも…」

抱きついてくるエリオット。エリオットは愛しい。
けどそれは、ゼアもゴレイスも同じだ。誰か一人を選んだら、あの子達は壊れるだろう。
 ……私、女の子なんだけどな。
 ハーレムの義務があるなんて、王様みたいだ。
 刹那の国の王様なんだけど。
 心配なのは、魔王退治が終わった後だ。
 人々は、喜び勇んで世界の半分という空白地帯を取り合うだろう。
 そこは子孫に任せる事にする。
 エリオットを抱きしめると、ビクリとエリオットの方が震えた。
 いやいや男女逆だろう。
 そうして、私とエリオットはキスをした。



[21057] おまけ
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:e453b056
Date: 2010/08/12 01:06

おまけ

「魔王様、子供が生まれました。エリオットの子供で、エアルという僧侶です」

謁見室で、私とエリオット、ゼアとゴレイスと共に私は魔王様に報告した。
エリオットとの間に生まれた子供は僧侶だった。
私は失敗してしまった。
罪悪感を持ちつつも、私の心には喜びがあった。
エアル。私のエアル。
この子の未来のため、農場を内包した城砦を建設させている。
いつか魔王が封印されて、世界の半分が空白地帯になった時に、
私たちと同じ運命を辿らないように。
次に作るのはゼアの子供だ。その次がゴレイス。
次は、完全な喜びと共に子が作れると思う。
エリオット達の心の闇はまだ消えないから、次が勇者かはわからないけど。

「うむ、しかし人間の子供が作られるのは長い時間が掛かるのだな。
その代わり、大きな喜びを伴う。勇者の核が大分綺麗になったぞ。
まだ邪気は残っているが」

「ありがとうございます」

私は一礼をする。

「そこでだ、余は考えた。一人よりも三人が生んだほうがより早いのではないかと」

「……は?」

魔王は、ぱちんと指を鳴らす。
感じる違和感。

「これは…!?」

「むむむ胸が!?」

「なんですとーーーーー!?」

エリオット達の慌てる声。
私はバッと胸を押さえた。何もない!?
恐る恐る下へと手を伸ばすと…あった。あったよ何これ!

「うむ、これでいい。勇者よ、全員孕ませたら女に戻そう。外の者は子を産んだらだ」

これで全て解決だ、良いことをしたと笑う魔王。
エリオットは美しい華奢な女性に、ゼアは細身で長身のこれまた美女に、
ゴレイスはダイナマイトボディのお姉さまに変っている。
全員私より美しいとはどういう事だ。
人の機微を理解していない魔王にちょっと色々教える為、私は聖剣を取りに謁見室を出たのだった。


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