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[21060] 【短編】 時間がない人のためのMuv-Luv オルタねいてぃぶ
Name: 暇犬◆16c647cd ID:25dd5634
Date: 2010/08/12 01:46


「3分だ! 3分! これが何を意味するか分かるか?」
 教壇を激しく叩いて一人の女性講師が声を荒げた。
「あ~あ、また始まっちゃったよ……」
「神宮司先生、あれさえなければいい先生なのにねえ~」
 学生たちがひそひそと囁き合う。
「そこ!」
 一人の学生が指名される。指名された学生はのろのろと立ち上がった。
「貴様、3分の意味が分かるか?」
 かつて、軍隊の教官であったという経歴を持つ彼女の口調はいつのまにかすっかりそのものとなっていた。そんな彼女にひるむことなく指名された学生は丁寧に静かに答える。
「わかりません……」
「なんだと……」
 神宮司と呼ばれた講師の目つきが変わる。一瞬走る緊張。だが指名された学生は動じていない。成り行きを見守っている周囲の学生たちも安心していた。

『3分が何を意味するのか?』
 その問いに対する答えは
『わかりません』
 それが正解である。

 指名された学生もその他の者たちも本当の答えを知っている。彼女と出会って以来、もう何度も聞かされた話だった。『耳にタコ』というやつである。しかし、正解は常に一つとは限らない。自らの置かれた状況を正確に読みきらなければこの教室(せんじょう)では生き残れない。そこは講師と学生たちの真剣勝負の場なのである。
「では、貴様らに話してやろう。事の真相を……」
 教室内のすべての学生たちが安堵した。これで今日の講義の時間はおそらく潰れるはずだった。そんな学生たちの心情など知る由もなく彼女は静かに語りだした。フシギな不思議な不可思議な、あいとゆうきのおとぎばなしを……





Scene?-Special Story





 目が覚めるとそこは見たことのあるなつかしい天井だった。
(戻ってきたのか……)
 記憶を手繰る。様々な世界での戦いの記憶。それはとても辛く悲しいものだった。彼は自分の隣を見る。そこにいる筈の高貴な少女は……どこにもいなかった。
(またか……)
 どうやら、またあの地獄のような世界に戻ってきたらしい。のろのろと起き上がる。そこは自分の部屋だった。しかし、おそらく外は何度も見たことのあるあの光景なのだろう。着馴れた制服に袖を通す。体は前の世界で鍛え上げられたままだった。そんな自分に一つため息をつくと彼は家の扉を開けたのだった。



 扉の向こうには見慣れたがれきの山が延々と広がっていた。
(なんで……?)
 オリジナルハイヴを落として、物語は終わったはずだった。自分を構成するものは分解し、最初の世界に戻るはずだった。しかし、現実は違った。呆然としながらもゆっくりと歩き出す。どこまでも続くがれきの山と埃の匂い。そこにはペンペン草一本たりとも生えてはいなかった。彼はため息を一つつくとゆっくりと振り返って……唖然とした。

 そこにはある筈のものがなかった。崩壊した大切な幼馴染の家。そこには常に戦術機の残骸がある筈だった。しかし、そこにあったのは、彼が元居た世界で子供のころにあこがれた銀色の巨大な変身ヒーローの姿だった。

「「…………」」

 しばらくの沈黙をおいて、先に声をかけたのは変身ヒーローだった。
「何者だ?」
 子供のころになりきった銀色の巨大な変身ヒーローに声をかけられた彼は……、頭を押さえてのたうちまわった。変身ヒーローはしゃべれない。口が開くようにはできていないのだ。ゆえに彼に思念波を送ってきた。身長50mを超える体躯をもつそれが放つ思念波を間近で浴びたのである。出力調整ぐらいはしてほしいものだ……。
「すっ、すまん」
 再び彼はのたうちまわる。ほとんど拷問だ。変身ヒーローは頭をおさえて転げまわる彼の様子にしばらく困惑していたが、やがてポンと手を打つと自分のサイズを彼と同じ大きさに合わせたのだった。ポンと手を打った時の振動で周囲のがれきが崩れ、再び彼が転げまわったのは語るまでもないだろう……。



「キミは何者だ?」
「俺は白銀武。あんたは?」
 ようやく会話が始まった。気分は『未知との遭遇』である。相手の事はよく知っていた。子供のころにあこがれたヒーローである。しかし、やはり会話の流れというものは重要であろう。
「私は……ウルターメンパワード……ダッシュ……」
「ダッシュ?」
 記憶にない言葉が混じっている。どういうことだ?
「うむ」
 パワード、もとい……パワード・ダッシュは小さく恥ずかしそうにしていたが、やがて言葉を続けた。
「いささか人気がなかったのでな、愛称というものを考えてみた」
「愛称?」
「うむ、かっこいい愛称がなければ人間の記憶には残らないものらしい。大きくて光線を発するだけではもはや仕事はこないのだ」
 いかに相手に印象付けるか? 競争率の高い世界でのプレゼンテーションの基本である。どうやら子供の頃には分からなかった様々な苦労があったようだ。さらに記憶を手繰る。そういえば確か他のシリーズとは扱いが異なり、1クール(13話)で終わったことを思い出す。
「候補はいろいろと考えてみたのだがな……」
「候補?」
 ダッシュは指折り数え始めた。
「ニュー、セブン、エース、ストライカーズ、MAX、R2、デスティニー、エピソード2、フロンティア、3美姫の輪舞……」
「ちょっと待て……」
 サブタイトルつけてどうすんだ?
「色々あったのだが、とりあえず『ダッシュ』が無難であろうということでな……」
 それだけの候補があって『ダッシュ』なのか。謙虚なやつである。だから1クールでおわったのだろうか。クールなやつとでも呼んでやろう。
「それで、あんたはここで何をしてるんだ?」
 しかし、彼はその質問に答えなかった。よく見ると胸元が点滅している。
「すまん、3分たった」
 その言葉を残して、光の巨人は跡形もなく消え去った。



「それで、あんたはここで何をしてるんだ?」
「シュワッ!」という奇妙な掛け声とともに再び現れたダッシュに武は尋ねた。どうやら地上では3分が限界らしい。ただし、一度消えるとすぐに現れる事は可能なようだ。忙しいやつである。
「所用で近くを通りかかった時に、何者かに呼ばれたのだ」
(何者か……)
 武はその相手に心当たりがあった。再びこの世界に呼び出された武のすぐそばに現れた変身ヒーロー……武とそれを結ぶ共通点は一つしかない……純夏だ。
「どうやら君に関わることらしいな」
 パワードは武のことを見ながらそう告げた。愛称で呼ぶのはやめにしよう……。苦悩した彼には悪いが、混乱の元だ。
「君はなぜ、ここにいる?」
(俺がこの世界に存在する理由か?)
 そんなこといちいち答えるほどのことではない。オリジナルハイヴをつぶしてもなおBETAの存在する世界に現れる理由。そんなものArcadiaや巷のサイトにいくらでもあふれかえっている。いまさらそんなことに字数を使うのは野暮というものだろう。読者の皆様も食傷気味のはずである。

 そんな武の心情を察したのだろうか? パワードは質問を変える。
「では君は何をしたい?」
(俺がここでしたいこと……か?)
 少し考えてみる。これは大切な質問だ。やはり誠実に正確に答えねば、宇宙からのお客様に対して失礼というものだろう。少し考えた後で武は答えることにした。
「一つ、地球上のBETAの殲滅。
 二つ、不幸乙女隊(伊隅ヴァルキリーズ)の面々に幸せな未来を。
 三つ、夕呼先生とまりもちゃんに心からの安らぎを。
 四つ、霞に幸せな思い出作りを。
 五つ、…………」
「すまん、3分たった」
 突然、そう言うと再び奴は消えた。

「シュワッ!」
 再び現れたパワードに武は自分の望みを告げる。

「五つ、アクション巨編『オルタ無双』のゲーム化(プレスタ2仕様)。
 六つ、大作戦略シミュレーション『Muv-Luv Infinity 夕呼の野望・まりもの脅威』(同上、バグは勘弁)。
 七つ、読者の皆様を敵に回さないこと。
 八つ、クロスものは収拾がつかなくなるため不可」
 控え目ではあるが、こんなところだろうか。武の望みを黙って聞いていたパワードはやがて答えた。
「前半はともかくとして、後半は難しいと思うのだが……」
 当然だ。だが、世の中は言った者勝ちであり、人の世は善意に満ち満ちている……はずだ。万が一ということはあるかもしれない。妄想を信じて小さな努力をコツコツと積み重ねたチャレンジャーにこそ、未来は訪れる。身を滅ぼすこともあるが……。



 やがて、一人の人間と一体のヒーローはその場に座り込んで、以降の行動について相談を始めた。この間、三度ほどパワードは消えていた。



「「…………」」
 国連軍横浜基地のゲートに突然現れた非常識な来訪者に、二人の歩哨は警告を発するのも忘れて、あんぐりと口を開けて見上げていた。いきなり目の前に現れたのは身の丈50mを超える巨人。あこがれの戦術機の比ではない。彼らが驚くのも無理はなかった。パワードは自身とすでに同一化している武に尋ねる。
「始めてよいのか?」
「ああ、一人も漏らさずにしっかり頼む」
 その言葉をきくとパワードはかねてからの打ち合わせ通りに行動を起こした。目の前から二人の歩哨が消える。同時に次々に基地内から人が消えていく。およそ1万人近くいる全員が消えるのに、それほど時間はかからなかった。『瞬間移動』……パワードの超能力で横浜基地からはあっという間に人っ子一人いなくなった。
『瞬間移動』……本来、現役時代のパワードにはなかった能力である。しかし、1クールという短い活躍期間に傷ついた彼は、それを己が未熟ゆえと感じ、故郷にいる一族のものに教えを受けて、血のにじむような修練の末に身につけたのである。巷に他力本願・火力至上主義に頼る変身ヒーローたちが増殖していく中で、実に生真面目なやつである。そして、彼の隠れた努力は今この瞬間、花開いたのだった。

 目の前には無人の横浜基地が広がっていた。ここにいるのは武達と、そしておそらく脳みそになっている純夏だけのはずだ。
「本当にいいのか?」
 パワードが尋ねる。少しためらったあとで武は答えた。
「構わない。やってくれ」
 それは身を切るような選択だった。しかし、これをやらなければこの国の人達は守れないのだ。そして、いつまでも天才科学者である彼女に世界の全てを背負わせるわけにはいかない。世界の全てを背負うのは漢の役目なのである。
「分かった」
 武の決意をパワードは理解したようだった。
「では……」
 しかし、パワードは動こうとしなかった。
「どうした?」
 不審に思った武が尋ねた。
「どうやらエネルギー切れのようだ」
 そう言い残すと変身が解けて、パワードは消えた。



 帝都城の広大な中庭は大混乱だった。突如として、1万人近くの人達が現れたのである。
 時刻はおよそ七時過ぎ……まだまだ朝の忙しい時である。ある者は朝食を食べようとし、ある者はトイレに座り、ある者は朝シャンの真っ最中、そして、ある者はまだ眠りについていた。そんな彼らが全て、一度に瞬間移動してきたのである。その混乱を想像できるだろうか?

 京塚志津絵……彼女は厨房で朝の仕事の真っ最中だった。右手に菜箸を、左手に鍋をもったまま転送されていた。
 社霞……彼女は恒例の脳みそ部屋での食事をしようとして『いただきます』と手を合わせたままだった。突如目の前から消えてしまった朝食を探して、目を白黒、ウサミミをピコピコさせていた。
 神宮司まりも……特別待遇の訓練兵たちの未来に胸を痛め、無理難題を押し付ける親友兼上官のエキセントリックな言動に頭を痛めていた彼女は、愛酒「狂犬」の空瓶をしっかりと抱いて、夢の中であった。『わたしだって~、ホントは結婚したいのよ~~』思わず漏れた彼女の本音に周囲からは同情の視線が集まるものの、なぜか誰もそれに触れようとはしなかった。
 パウル・ラダビノッド……基地司令である彼は歯磨きをしながらプリントアウトされた書類に目を通している最中だった。ナイトキャップと横縞の寝間着姿が、制服姿よりも奇妙に似合っていたのが印象的である。
 イリーナ・ピアティフ……遅くまで上司にこき使われていた彼女はようやく明け方になってベッドに入ることができた。ちなみに彼女は何も身に着けずに眠ることにしている。その後の大混乱に拍車をかけた一因といえよう。
 香月夕呼……徹夜明けのハイな状態の彼女は、戦術機格納庫で奇声を発して息を荒げながら、新品のシートのビニールを破っている真っ最中だった。突如目の前で消えてしまった獲物を探すために、血走った眼で配下のA-01部隊に緊急招集をかけようとしていた。

 1万人近い人たちの意外なプライベートが一斉に暴露されてしまい、帝都城の中庭はちょっとしたお祭り騒ぎと化していた。

 だが、混乱ばかりではなかった。突如として帝都城の自室に現れた生き別れの双子の妹を目の前にして、決して口にすることの出来なかったその名を呼びながらひしと彼女を抱きしめていた美しい姉がいたことは……日本帝国の国家機密である。



「シュワッ!」
 再びパワードが現れた。どうやら『瞬間移動』で思った以上にエネルギーを消費したらしい。本来持っていない能力を使ったための反動だったようだ。いちいち大変なやつである。
「シュワッ!」
 掛け声とともに天空に飛び上がる。そして、可能な限り巨大化してそのまま基地ごと反応炉を踏みつぶした。高高度からの2億トンのキック力を加えた質量攻撃……これが二人の選んだ戦術だった。激突時の地震と吹きあがる土砂については……突っ込みはなしだ。これが最良の手段なのである。
「ごめん、純夏」
 おそらく彼女は巻き込まれているだろう。仮に奇跡的に免れたとしても反応炉がなくなってしまえば、彼女は存在し続けられない。しかし、反応炉を残すことはできない。ここだけを残せば世界中のBETAが集まってきてしまう。
 苦痛を伴う選択だった。しかし、これが最良のALTERNATIVE(選択)である。痛みを伴わない選択などマブラヴを知る者として失格である。
「俺もすぐに行くからさ……」
 そう呟くと武たちは再び天空に舞い上がった。

 パワードにはマッハ25の飛行能力が備わっている。しかし……、そんなスピードで空を飛んでは周囲に大迷惑だ。音速を超えた時の衝撃波の威力はすさまじい。マッハ25ともなればとてつもないものとなる。また実体化していてはこちらの身も持たない。あっという間にミンチである。
 光の国の戦士であるパワードは、いったん自身の肉体を光化して空を移動する。光化しているためその移動能力は光速……そして、飛翔体でありながらもおそらくレーザーを受けることはないはずである。実に、物理の法則を全否定したお手軽ご都合主義の単純理論武装で、二人は佐渡島の上空に突如としてあらわれた。直ぐに、巨大化及び実体化して、佐渡島ハイヴを、重力加速度まで利用した2億トンのキック力で踏みつぶした。凄乃皇の荷電粒子砲ですら完全に壊せなかったハイヴをたったの一撃でつぶしたのである。この間およそ数秒……。
 そこからは早かった。甲20号へと飛び、次いで19号、26、25、23、18、24、10号……ここで二人は立ち止まった。甲10号はフェイズ5ハイヴであり、その深さはフェイズ4ハイヴの2倍近い。思った以上の深さに目測をあやまってはまり込みかけたが、何とか脱出して、攻略を続ける。ここまででおよそ一分強……。
「はっはっはっ……。力こそ正義なのだよ」
 危ない独裁者のような台詞を吐きながらも武は弱冠やけっぱち気味だった。仕方のないことだ。前の世界であれだけの犠牲を出し、すさまじい苦しみに耐えた中で、ようやく落としたハイヴは2つだった。それを考えればこの結果は、はっきり言って悪い冗談である。
 それでも気を取り直して15、14、17,13と踏みつぶしていく。

 途中、膝と腰に負担を感じたパワードがアイ○ラッガーの使用を提案する。しかし、その使用は残念ながら不可能であった。瞬間移動の修行中に一族の偉大な先達に譲られたそれを使用するには、熟練の技術が必要である。下手に扱えば、戻ってきたそれに腕をばっさりとやられてしまうこととなる。身の丈50m以上の巨人が投げつける武器なのだ。回転しながら戻ってくるそれが持つエネルギーの大きさは……語るまでもないだろう。
 瞬間移動の修行で手いっぱいだったパワードには、それをうまく使いこなすことができなかった。そして、決定的なことにアイス○ッガーは水平方向へ飛ばすことで威力を発揮する武器である。残念ながら地下に位置する反応炉までは届かなかった。戦術の選択ミスである。
 そこで武はある提案をした。子供の頃に幾度も大怪獣『スミカノドン』を倒した、必殺のメガ・スペ○ウム光線である。だが、この提案はパワードに却下された。必殺技の使用はエネルギーを著しく消耗し、変身が解けてしまうのである。おそらく変身が解けた瞬間に、生身の武が襲われる可能性が高いのは、変身ヒーローもののお約束である。事実、『スミカノドン』は武の必殺技にも耐えきり、反撃の『ドリルミルキーパンチ』で幾度も星にされたのは苦い失敗の記憶だった。
結局、二人は腰痛と膝痛に耐えながらハイヴを地道に踏みつぶしていくこととなった。

 二人の地道な作業のおかげで残るハイヴはあと10となった。ゴールが見えれば元気も出る。体の痛みなどどうということはない。ここまででおよそ2分弱……。

――キュウ、ハチ、ナナ、ロク、ゴー……

 もはやハイヴをつぶしていくノリは、大みそかから新年へのカウントダウンと同じである。光速移動で高高度から落下しハイヴ直前での実体化による質量攻撃……究極の3次元機動……を以て戦うパワードと武達の連続攻撃の前に、ハイヴはなすすべもなく、内包するBETAと反応炉ごと次々に潰れていく。

――ゼロ!

その言葉と同時にあ号標的と奇妙な形の反応炉はパワード達の足の下でグチュリと音を立ててつぶれていた。最後は少し快感で、思わずくせになりそうだったのは……内緒である。


 こうして地球上の全ハイヴは史上最短の約2000字で……もとい3分で壊滅したのだった。


 後にこの事件を解析したある国の情報省の幹部がこうつぶやいたという。
「26のハイヴが3分持たなかっただと……。化け物か?」

――違う! 『化け物』ではなく、通りすがりの『売れない変身ヒーロー』である。



「浮かぬ顔だな」
 奇跡的になぜか残っていた元国連軍横浜基地の桜並木の前でパワードは武に尋ねた。感激のラストシーン……のようだ。
「まあな」
 当然だろう。方法はともかく、地球上のBETAは絶滅したとはいえ、まだまだ、月にも火星にも奴らは存在する。さらに、全宇宙には10の37乗ものオリジナルハイヴが存在するのである。純夏のいなくなった世界では武は存在しえない。そして、今の彼をこの世界につなぎとめるために彼の存在を知る人達などどこにもいない。再びループが始まり自分はまた別の世界へ飛ばされるのだろう。そう考えると気が滅入ってしまう。
 しかし、そんな武の心情を知ったパワードはあっけらかんとこう言い放った。
「月と火星の奴らなら故郷へ帰るついでに処理しておこう」
「他のオリジナルハイヴはどうすんだ」
「なあに、それは一族のものに頼んで手分けをして処理しよう」
 はいっ? 武の目が点になった。そんな彼のことを気にせずパワードは続ける。
「故郷には私程度のものなど、ごろごろしている。そして、彼等は暇をもてあましているのだ。近頃は巷にあふれすぎるほどのヒーローたちのおかげですっかり出番がなくなってしまってな、力のありあまった者達による恒星間抗争が社会問題化している。おまけに我々の国は慢性的な高齢化社会とはいえ、まだまだ元気と暇をもてあましている者達は多い。星間旅行やパトロールのついでの息抜きに、暴走した土木作業用の重機の処分などたやすいものだ」
 数には数で対抗するつもりらしい。戦略の基本である。どうやら、全宇宙のBETA共の殲滅は確約されたようだった。もしかしたらマブラヴ二次創作史上初の快挙となるかもしれない。武の心に思い残すことなどなかった。マブラヴを知る誰もが臨んだ真のハッピーエンドである。他人任せの気もしなくはないが……それは人をうまく使ったと考えればよい。面倒くさいことは生真面目な部下にやらせる……過酷な組織内に生きる有能な上司の心得だ。
 武の心は軽くなった。とたんに彼の周りに白い光が生まれ始める。パラポジトロニウム光である。
「では、さらばだ。白銀武」
「ああ、さよなら、だ」
 ここで間違っても『またな』などと言ってはいけない。無限ループなどまっぴらだ。おまけに相手は愛くるしいウサミミ少女ですらない。光の巨人に『私はあなたが好きでした』などと告白されようものなら、また新たなトラウマとなりかねない。
「助けてくれてありがとう」
 感謝の言葉と共にゆっくりと彼は消えていく。
「なに、ついでだったのでな……」
 パワードの言葉は武には聞こえなかった。そして、彼、白銀武は元の世界に帰っていった。

「やれやれ、終わったな」
 帰りに寄り道しなければならないが問題はない。宇宙では彼は無限に存在することが可能だ。
 スーツのファスナーをひょいと開くとパワードはそこから1枚のポラロイド写真を取り出した。それを眺めてにやりと笑って元気を取り戻す。再びそれを戻してファスナーを閉じる。

 そう、ウルターメンパワード-(ダッシュ)は『栗○みな○』タンの大ファンだった。



 かくして、人類と世界は救われた――。





「かつて、死の8分という言葉があった」
 まりもは遠い眼をして語っていた。学生たちはしんと静まり返って皆彼女を見つめている。
「死の8分……それは新任衛士の平均生存時間だった。多くの若者達がその時間を乗り越えられずに死んでいった」
 学生たちは皆厳粛にまりもを見つめていた。正確には見つめていたのは彼女の頭上だったが……
「しかし、ある時そんな言葉すら生ぬるい事態がおこったのだ。そう、それが『死の3分』だ」
 さらに遠い眼をする。その瞳には怒りの色が含まれていた。
「突如現れた何者かにより、たったの3分で地球上のハイヴは全て壊滅したのだ」
 ハイヴの壊滅……それはBETAの絶滅を意味する。BETAが絶滅するということは地上から航空戦力を一掃してしまった光線級も絶滅したということなのだ。当然、広い大空が人類に戻ってくれば航空機も再び発展する。そして、戦術機などよりもはるかにコストの安く効率のよい兵器が次々と生まれていった。BETAのいなくなった世界において戦術機など無用の長物……いや無用のデカブツと化してしまった。当然それを操る衛士たちは皆失業である。戦術機を操縦するという特殊で高度な技能はBETAの存在しない世界では何の役にも立たなくなってしまった。その技能はいまや、伝統芸能の一つとして保護されつつある。
「こうして、世界中の衛士という衛士が絶滅してしまった。そう、たった3分でほとんどすべての衛士が事実上死に絶えてしまった。これが恐るべき『死の3分』の真実なのだ」
 学生たちはまりもの頭上を見ていた。
――3、2、1、0……
 まりもの頭上にあった……時計の針が12時きっかりをさす。同時に終了のチャイムが鳴り始めた。
「きり~つ」
「気をつけ~、礼」
 学生たちは一斉に立ち上がると礼儀正しく深々と頭を下げる。まりももつられて返礼する。
 神宮司先生は礼儀に厳しい。しかし、それさえきちんとしていれば御しやすい相手なのだ。礼を終えた学生たちは一斉に教室から去っていく。今日の講義は昼までだ。そしてここからは楽しい時間の始まりだ。ある者はデートへ、ある者はアルバイトへ、みな思い思いの場所へと急ぎ向かっていた。
「霞~。早く、早く。遅れちゃうよ~」
 その声に、学生たちの集団の中にいた一人の銀髪のすらりとした美女が振り返る。流れるような光沢のある銀髪、小さく整った顔立ち、すらりと伸びた手足と美しくグラマラスなプロポーション、そして、華やかなファッション。男たちが100人中200人はひれ伏すだろうその堂々たる容姿は、見る者を圧倒する。社霞……それが彼女の名前である。
 これから彼女は友人たちと合コンである。オルタネイティブ計画から解放された今の霞の使命は『お・も・い・で・づ・く・り』だった。



「あうう~~。みんな~~。置いてかないで~~。話はまだこれからなのに~~。わたしの苦労はここから始まるのよ~~」
 教壇に一人取り残された神宮司まりも(年齢秘密)は涙を流しながらいじけていた。戦後処理に忙殺され、あっという間に適齢期を過ぎてしまった彼女はすっかり行かず後家となっていた。そんな彼女の行き先は、霞と同様に計画から解放された親友の研究室だけだった。今夜も二人はさみしく酒盛りのようである。





(THE END)




(2010/08/12 初稿)







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