ログイン
IDでもっと便利に[ 新規取得 ]

検索オプション


ピクサー、東映、ジブリ――アニメ産業、若手育成とヒットの関係(下)

東洋経済オンライン8月12日(木) 11時16分配信 / 経済 - 経済総合
 つまり、ジブリのスタッフには、宮崎監督のビジョンを映像化することが求められる。少なくとも、ピクサーのように集団でアイデアを出し合うという体制には見えない。

 かつてジブリに籍を置いていたあるアニメーターは「ジブリでは、スタッフの個性には規制がかかっていく。そもそもジブリに人材育成という概念はない」と評する。

■低賃金で脱落者続出 日本アニメの若手不足

 世界中から優秀な人材が集まるピクサーと異なり、日本のアニメ業界には、若手アニメーター不足という根本的な問題がある。

 押井監督も08年、自身の劇場映画制作時に必要なアニメーターの頭数がそろわず愕然としたという。「第一線で活躍しているアニメーターの多くは40代以上。あと10年もすれば引退してしまう」と警告する。

 アニメーター不足の理由でまず挙げられるのが、新人アニメーターの賃金の安さ。

 日本アニメーター・演出協会(JAniCa)調べでは、20代アニメーターの平均年収は110万円。低賃金のため、一人前になる前に脱落してしまうケースが後を絶たない。そのため、ベテランの技術が次世代に伝わらない。

 事態を危惧した文化庁は、国費2億円を投じ若手アニメーター育成に向け改善策に乗り出した。
その内容は、約30分の短編オリジナル作品の企画を公募、その中から4本を選び、1本当たり通常のテレビアニメ予算の4倍に当たる3800万円の予算で制作させるというもの。

 応募の条件は、若手アニメーターがベテランの技術を実地で学べる体制であること。これによりアニメーターは通常より高い賃金を得ながら、ベテランの技術を継承することができる。作品4本の選定は終わり、すでに制作が始まっている。

 だが、これでベテランの技術継承は可能になっても、その技術を継続して発揮できる場が持てるどうかは別問題だ。

 JAniCaで監事を務める桶田大介弁護士は、「アニメーターの人材不足が解消できたとしても、優秀なプロデューサーの不足、アニメの経済的不振といった連鎖的な問題が解決されないかぎり、早晩行き詰まってしまう。今後は業界全体の振興策を検討・実行していく必要がある」と話す。

 そのためにはどうすべきか。ヒントになりそうなのが、最近の東映アニメーションの取り組みである。

■楽しんで制作する背景に 安定した生産体制アリ!

 同社は『銀河鉄道999』『ドラゴンボール』など漫画のアニメ化を得意とするが、6年続いている少女もの、『プリキュア』シリーズは同社のオリジナル企画だ。

 さらに昨秋、児童文学『怪談レストラン』をアニメ化するなど、漫画、小説、オリジナルと、企画がさまざまな方面に広がり始めた。

同社の作風を「商業主義に走りすぎ」(業界関係者)と指摘する声もあるが、「個人の趣味で作っているわけではない」(東映アニメーション研究所の有迫俊彦所長)と、意に介さない。

 もっとも、実際に作品を見てみると、たとえば『プリキュア』でも、“商業主義”の枠組みの中で、大人がニヤリとするようなシーンも結構あり、スタッフが楽しんで作っているのがよくわかる。

 週5〜6本のテレビアニメ、年2〜3本の劇場用長編アニメを途切れることなく生産する“工場”に徹することが、仕事をするアニメーターにとっては安心感につながり、楽しんで作る余裕が生まれる。

「鶏と卵じゃないが、安定してヒットが出ないところに、人材は育たない」(有迫氏)。

 宮崎&高畑の“個人商店”ジブリはこれまで、豊富な人材を生かしきれていたとは言いがたい。

 『魔女の宅急便』の監督補だった片渕須直氏は、09年公開の映画『マイマイ新子と千年の魔法』が世界中で絶賛されている。

 外部から招かれ、『ハウルの動く城』を監督するはずだった細田守氏は09年の『サマーウォーズ』が大成功した。共にジブリ以外の場での成功だ。

そのジブリにも変化が出てきた。最新作『借りぐらしのアリエッティ』では、新鋭・米林宏昌氏が監督を務める。本作を含め3年間で若手監督の作品2本を作る計画という。

 片渕監督は「本来、スタッフが楽しんで作るのが日本のアニメの強み。その意味で、ピクサーは日本のアニメの延長線上にある」と話す。

 いつの間にか世界市場でついてしまったピクサーとの“実力差”。世界に通用する普遍性は作為的に仕掛けられるものではない。が、若手の心に再び余裕を与えることができたとき、日本アニメは本来の実力を発揮できるはずだ。=一部敬称略=

(大坂直樹、宇都宮 徹 =週刊東洋経済2010年7月24日号)

【関連記事】
低迷する漫画業界の大問題、制作現場のワーキングプア
音楽・映像ソフト業界が陥る負のスパイラル、頼みの携帯配信も頭打ち、「神風」を待つ音楽業界【上】
大学院卒でも年収180万円からスタート。超シビアな“ハリウッド給料事情”《ハリウッド・フィルムスクール研修記8》
企業力に欠けるアニメ業界、ゲームの資本力に期待
『ソルト』――危機意識が経済を変える《宿輪純一のシネマ経済学》
  • 最終更新:8月12日(木) 11時16分
  • ソーシャルブックマークへ投稿
  • Yahoo!ブックマークに登録
  • はてなブックマークに追加
  • newsingに投稿
  • Buzzurlにブックマーク
  • livedoorクリップに投稿
  • Choixにブックマーク
  • イザ!ブックマーク
ソーシャルブックマークとは

PR

PR

  • 週刊東洋経済
  • 週刊東洋経済
  • 東洋経済新報社
  • 2010年8月14・21日合併号
  • 8月9日発売
  • 定価690円(税込)
  • 中吊りを表示
  • 購入
  •     
    【特集】実践的「哲学」入門
    15テーマを「政治哲学」で徹底解明
    マイケル・サンデル「正義と善」
    【第2特集】上半期ベスト経済書&政治書
注目の情報

PR