きょうのコラム「時鐘」 2010年8月12日

 郵便局で客が一人しかいないのに、窓口へ行くと「番号札を取って」と言われた。先日の本紙記者の体験記は、これを「お役所目線」と表現していた

似たような体験はだれにもあろう。バスを降りようと運転席横に立っていると「降りるならボタンを押して」ときつく言われたこともある。目の前にいる生身の人間を軽んじて、自分たちの都合で決めた規則や機械装置を優先するのである

サービス業の一大奇観と言ってもいいが、血の通った人間を大事にしない社会が行き着く必然でもある。国民番号制などと言えば猛反対するが、足元に広がっている人間無視の「番号制」に無頓着な組織人間が多すぎないか

防犯カメラに写った男性が別人なのに、映像の方を信じて起訴した冤罪(えんざい)事件もあった。高齢者の所在不明が相次ぎ、125歳の女性が住民票という紙切れの中で生きているのも、根っこは同じ「人間無視」である

効率化やプライバシーの尊重と引き換えに「形式主義」という名の古い怪物を、人間性を食い尽くすモンスターにしてしまったのではないか。胸に手を当てて考えてみたいことである。