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[14728] 「助けて上条さん」2(とある魔術、現実からオリキャラ憑依)
Name: 凪砂◆54b74ba8 ID:dbd3eb5b
Date: 2009/12/12 03:41
 これは、その他板にある。「助けて上条さん」の2スレ目になります。

 今回ここまでこれたのも、読んでくださる皆様方のおかげです。
 本当にありがとうございます。

 原作時間軸的には8巻以降からになります。ここまで来ると原作を読んでない方もたくさんいるかと思われるので、原作を読んでいなくとも楽しめるよう、原作での描写やイベントを書くことが多くなります。原作を読んでいる方には少し、くどいかもしれませんがどうかご了承ください。

 皆様方に少しでも楽しんでいただけたら幸いです。



[14728] シリアスなんていらない。
Name: 凪砂◆54b74ba8 ID:dbd3eb5b
Date: 2009/12/24 04:39
 大覇星祭(だいはせいさい)。
 9月19日から25日の7日間にわたって学園都市で催される行事で、簡単に言えば大規模な運動会だ。その内容は、街に存在する全ての学校が合同で体育祭を行う、というものだが、何しろここは東京西部を占める超能力開発機関で、総人口230万人弱、そのうち8割が学生だというのだから、行事のスケールは半端ではない。
 今日は開催日の19日。
 平日の早朝であるにも拘らず、すでに街の中は大覇星祭の参加者や父兄、観戦者達で溢れかえっている。一般の車の乗り入れを禁止していなければ無意味な渋滞が何十キロと続いたことだろう。対策として列車や地下鉄、無人の自律バスなどを学園都市側は用意している。
 どこもかしこもラッシュアワーの駅のホームのような有様だが、それほどまでに大覇星祭という一大イベントの人気は高い。
 年に数回だけ学園都市が一般公開される特別な日であり、しかも内容といえば映画に出てくるような超能力を使う者同士がしのぎを削り合うというもの。競技種目がごく普通の体育祭とはいえ、『テレビでなんかじゃ有名だけど、実際には見たことがない』という身近な不思議『超能力』に触れられるというのは、学園都市の外の人間からすれば相当の刺激と魅力を誇るようだ。
と。
 そんな近未来な街を巫女衣装などという日本伝統の格好で歩く10代後半の大人びた少女がいた。彼女は歩く度にその長い茶髪に大量に括られたキーホルダーみたいな鈴をシャラン、シャランと鳴らしている。

 「セシリアどこなノ? 人が多すぎるわヨ……。歩の携帯に電話しても出ないシ……困ったワ」

 彼女の名前は紅瞠春(くれないみはる)日本神社神道の巫女でありフリーで危険な仕事を引き受ける魔術師でもある。
 日本神社神道とは日本古来における魔術組織では国家神道に続いて大きな組織だ。その形態は日本中、殆どの神社の連合といった形だ。
紅は8月31日の事件以来、この学園都市に住む魔女セシリアと、その仲間である魔女歩の携帯から連絡を取っている仲である。
 今回の大覇星祭に来ない? とメールが歩の携帯を通してセシリアから届きダメ元で所属する神社を通して、学園都市側に連絡を取ったところ前日の深夜、急に了解の返事が来たのだった。
 ダメ元というのには理由がある。いくら一般公開されていようと魔術側が科学側である学園都市に自由に出入りすることは出来ない。なぜならそれを良い機会と、科学側を良く思っていない魔術組織がテロ行為に走る可能性があるからだ。
しかし、紅の場合は学園都市の住民として登録されている3人と知り合い、もとい 友達なのだ。『友人の応援』その理由なら何とかならないかと思ってのダメ元だった。だが前日の深夜まで連絡がなくダメだと思っていた紅だったが急に了解が取れたのも逆に不気味だと思っていた。それも電話の相手の口調が「許可証は取ったとのことよ。存分に楽しんで」と、不可解な日本語だったのも原因だろう。

 (だけど、来たからには楽しまないとネ)

 そう思い紅は人ごみの中、セシリアを探す。彼女の魔術を使えばセシリアの探索も効率良くいくのだが、学園都市内で魔術を使いトラブルが起こりでもしたら楽しむところではない。紅は致し方なく自分の目と足でセシリアを探すしか方法がなかった。
 紅は歩きながら辺りを見回す。人込みがいくつもの団体を作っているが、その殆どがやはり体操服を着た学生達だ。一口に体操服と言っても学校によって様々な違いがあるようだが、彼らは皆、赤か白のハチマキを頭に巻いていた。
 そんな人込みのひとつに、見知った黒いツンツン頭が見えた。彼は大覇星祭の参加者であるため、当然ながら半袖短パンの体操服だ。その隣には、彼と違ってランニングに短パンの、本格的な陸上競技用ユニフォームを着た女の子がいた。ツンツン頭の少年は隣の肩まである茶色い髪をした少女を指差しなにか言っている。
 間に雑踏を挟んでいるため、向こう側にいる少年は紅に気づいてはいないようだ。
 しかし、相当の大声で話しているのか言葉だけは鮮明に聞こえた。

 「約束だぞ! 勝った方が何でも言うことを聞く! 」
 「ふん! 後で泣き顔を見るんじゃないわよ!!」
 「そっか、そっか。その台詞が出てきた時点で負け犬祭がはじまっていますなぁ!!」

 なんだとビリビリ!! と雷撃混じりでぎゃあぎゃあと少年と少女は騒いでいた。
 紅はそんな様子に、割って入っていいものか……と考えていると少年の方に探していた黒髪碧眼の少女、セシリアと青い髪にピアスの大男が勢い良く突然と現れた。
 その登場にさっきまで騒いでいた少年と少女が驚きで黙る。
今しがた現れたセシリアと青髪の少年も先ほどの騒ぎに負けないくらい大きな声で騒いでいる。

 「上条さん!! 聞いてくださいよ~! 青髪さん、このおいしそうな屋台ゾーンがあちらこちらにあるこの時に500円しかお小遣いくれないんですよ!! ありえないですよ~!!」
 「なんや! 昼も食べるんやからええやろ! あんまり持たせすぎるんはいかん」
 「セシリア……ところで青髪ピアス、お前女の子の言うことなら何でも聞いてしまいそうなのに意外としっかりしてるんだな。俺も見習わないとなー」
 「上条さん!! 違いますよ!! 青髪さんは変態ですよ! そんなこと考えてるわけないじゃないですか! 青髪さんはわざと少ないお金渡して私との言い争いを楽しんでいるだけなんですよ!! ただそれだけなんです!」
 「え!……そうなの?」
 「……その通りやぁぁああああ!! セシリア嬢が必死になってお小遣いをねだってくる! それを僕が怒る! まさにラブコメ川の流れの様や~!! そしてこれから大覇星祭を通して生まれるロマンスと言う名の舞台劇!! そこで二人は!!」

 青髪の大男が紅の居る位置からでもしっかりわかるほど動作でクネクネ体を動かしている。

 「青髪さんが妄想ワカメに!!」
 「そうそう僕が妄想ワカメに……てなんでや!! そんなワカメ、ワカメちゃう! 僕や! ……あれ?」
 「うん。そうだね」
 「くらえー!! セシリア嬢!! 見よ!! ワカメの恐ろしさ!!」
 「絶対バリヤー!!!」
 「なに!! 僕のワカメアタックが!!」
 「青いのが勝敗の原因ですよ……」
 「貴様!! 謀ったな!!」
 「ああ……ってなんだそれ~!!」
 「にっげろ~!!」

 (あ! セシリア……)

 青髪が走り去って行き、セシリアもその後を追って行った。紅はとりあえずツンツン頭の少年、上条に話しかけようかと思い近付くと、上条と隣の少女の呟きが不意に聞こえた。
 その内容には紅も納得だ。

 「ノリだけで生きてる奴っているんだな~。しかも2人も」
 「そうね。ああは成らないようにしたいわ……」






 ロンドン、聖ジョージ大聖堂。
 教会と呼ぶには少々広いが、大聖堂と呼ぶにはやや手狭な、ある意味では飛翔に目立たない建物の中に、イギリス清教の実質的トップ、最大教主(アークビショップ)ローラ・スチュアートは悠然とたたずんでいた。
 日本時間では午前9時を回る所だが、世界標準時間でもある英国の時計はようやく午後0時を指したところだ。
 ロウソクを吹き消された大聖堂には、彼女の他に誰もいない。
 ローラは説教壇の手前に椅子を1つ置き、そこに腰掛けていた。身に着けているのは純白の修道服だがそれが常というわけではない。
 彼女の最大の特徴は、身長の2倍以上もある長い金髪だ。普段は銀の髪留めで結われているが、今はそうしていない。肩の上から前へ通すように流され、床へそのまま広がっていた。足元には金や銀の櫛が並べられていた。

 『それは何をしているのだ?』

 説教壇に置かれた液晶モニタから声が聞こえた。
 モニタはロンドン市内にある、学園都市協力派機関とやらを呼んで取り付けてもらったものだ。

 「わからぬの? 髪を整えたる所よ。婦人の身の手入れは本来殿方には見せぬのだけどね。12世紀の貴婦人達の間では、日や月明かりを浴びせて髪を焼きたることが最大の美徳とされたのよ。無粋な塗料より、よほど風情がありけるでしょう?」
 「……」

 モニタから返事はない。

 「何ぞ? 人が問いに答えたのにその沈黙は」
 『……いや、前から言おうと思っていたのだが』
 「うむ?」
 『君の日本語ははっきり言って変だ。それとも我々を小馬鹿にしているのか。どちらなんだ』

 ビシリと、ローラが凍りついた。

 「な、ななな何を言うておるのやらわからぬわね! 主の威光を信じぬ者になど礼を尽くしたる義理もなし、貴様にかける言葉など粗雑で十分につきよなのよ!!」
 『そうか……。いや、その独自性溢れる口調に君なりの意図があったのならそれでいい。ただ真剣に悩んでいるのなら日本語の講師をつけてやっても良いと思っただけだ。私はこれでも学問の町を治める身なのでな』
 「ううっ!! 悩んでなどおらずなのよ! 何ゆえ極東の島国でしか使えぬ不便な言語に頭を働かされねばならぬというの!!」

 しばらくローラの櫛を髪にガシガシと通す音だけが大聖堂に響いた。
 そして話題を変えるように。

 『ところで、例の魔術師は申請許可を何とかだせたが、その件は今回に役立つのだろうな?』
 「それは分かりけぬけど今は使える戦力は少しでも確保しておきたいでしょうことにお互い」
 『学園都市内部への侵入者……』

 ローラが頷く。

 「そちらが現在、一般の来場者を招きたるのは知っているわ。そしてそのせいで、警備を甘くせざる終えないのもね」

 これはローラにも経験がある。大規模な集会の際、完璧なガード体制を敷くと、一般の来場者の動きが滞ってしまい、運営スケジュール自体に支障をきたす。

 「その隙間を縫いて、そちらに魔術師が手を出した。こちらの情報網によりければ、今の所、確認せしは2名とのこと、ローマ清教の重役と、彼女に雇われたる運び屋ね」
 『運び屋か。確認するが破壊を目的とはしていないと言うわけだな?』
 「ええ、運び屋はオリアナ・トムソン『追跡封じ(ルートディスターブ)』の異名で知られる魔術業界屈指の運び屋ね。たとえ見つけても必ず追っ手を振り切るといふものよ」
 「そしてリドヴァイ・ロレンツェッティ。ローマ清教の変り種、別名『告解の火曜(マルディグラ)』彼女はとにかく社会に受け入れられぬ者たちを専門に布教活動を続ける、改悛の乙女といいたるところよ」

 リドヴァイはバチカン生まれの生粋のロー正教徒だ。『自分の椅子』を求め、世界各地を転々と渡り教えを広めていると言われている。布教のためなら何でもやる女で教皇から賜った絹の装束や白銀の杖でさえ、1秒と迷わずに質に入れて旅の資金に当ててしまう。
 こうして彼女に救われた人間は今まで社会で日の目を見られなかった不出の天才達だ。それも凶悪犯罪者や邪心崇拝者など、人間的の問題のある者達ばかり。
 彼女はスカウトとしての嗅覚が半端ではない。
 ローラにとっては苦手な相手である。
 あからさまに魔術師を育成しているのであれば堂々と妨害できるが、不幸な人々に聖書と祈りを授けているとなると、妨害に回るこちらが悪人になってしまう。

 『それで取引相手は?』
 「明言できず、よ。今の所ニコライ・トルストロイという司教クラスの幹部と言いたるところね」
 『では、件の運び屋が運搬している物品は……我々に説明するのは差支えがあるか?』
 「名前と形ぐらいは説明せねばね」

 ローラはそう言って床に置いてあった『物』持ち上げる。

 『剣か?』
 「レプリカよ。これは見た目のみ」

 ローラが手にしているのは大理石で作られた剣だ。縦1・5メートル。鍔が左右35センチずつ。刃は付いておらず、先端が丸まっている。
 『刺突杭剣(スタブソード)』と呼ばれる霊装だ。ローラが持つ物には魔術的効果はないが……。
 『刺突杭剣(スタブソード)』は『柱』をいとも簡単に破壊することが出来ると言われている。
 教会における『柱』とは『聖人』のことだ。

 学園都市に魔術組織を入れることは出来ない。イギリス清教だけ特別扱いすれば他の組織も『我も協力する』と言って、それを蹴れば問題に、それを抑えてもそれ以上の組織が口を出してくる。問題は雪ダルマ式に大きくなるのだ。
 しかし、学園都市側が魔術師を捕まえるわけにはいかない。そうするに科学側、魔術側どちらも手を出しにくい状況なのだ。 
 それを狙って大覇星祭中の学園都市で侵入者は、取引を行おうとしているのであろうが、厄介なこと極まりない。

 「しかし、封じられし程度で引き下がりては始まらぬのよ」

 ローラは立ち上がる。

 「先の神道の巫女も同じたるけど、あくまで休暇中の者が紛れ込みても歓迎されたるわね?」
 『ふむ。休暇中の旅行者といってもイギリス清教メンバーのみで構成されたグループでは学園都市に侵入した教会勢がいると受け取られかねん。ならば……それも学園都市で暮らす者と旧知の間柄であれば、ごまかしがきくと……』

 アレイスターは楽しげに嘯いた後。

 『……あの少年と少年の周りの人物を起用するしかない訳だが…』

 アレイスターがポツリと呟いた。


 



[14728] シリアスなんていらない。2
Name: 凪砂◆54b74ba8 ID:dbd3eb5b
Date: 2009/12/22 04:56
 大覇星祭では全ての学校に順位がつく。それは小学、中学、高校と歳の差など関係なくつけられる。
 また全ての学校が白組、赤組と別れ紅白での勝敗も決められてしまう。
 7日間も続く大覇星祭では、大会全体のペース配分が最終的な順位に大きく関係する。この辺は戦略次第で、最初に点差をつけて逃げ切るか、後半まで体力を温存してスタミナの切れた他校を追い抜くかなど、様々な選択肢がある。
 
 流行のショートカットに感情が消えたような瞳と表情の少女、東条歩の通う学校は平凡な高校である。エリート校のように冷静に戦況を見極めるなどできやしない。むしろ感情に引っ張られ方が多いだろう。心が折れればそこで終わり。残りの試合も感情に引きずられ良い結果は出せなくなる。
 という訳でスタートダッシュを決める。
 初戦を勝って勢いをつける。
 歩はそう何度も聞いていた。そのはずだった。

 「あ~だりぃ……」

 初戦の場所は歩の通う高校の校庭。歩のクラスの控えエリアではそんな声が充満し、みなの表情は日射病寸前といった感じだ。
 いや……作戦は? どうでもいいけど、あんまりだろ……。
 まだ来ていない上条を探しながら歩は思う。歩も今日ばかりはセーラー服ではなく半袖短パンの体操服だ。
 と、ツンツン頭の上条が走ってやって来るのが見えた。歩は上条に声を掛けようとして
 
 「上条様……。おい!」

 上条が盛大に転がったので口を噤む。

 「ちょ、ちょっと待ってください皆さん。何故に一番最初の競技が始まる前からすでに最終日に訪れるであろうぐったりテンションに移行してますか?」

 上条が青髪ピアスに問いただす。

 「あん? こっちは前夜作戦会議で戦略をあれやこれやと大騒ぎして一睡もせんかった上に朝から全力疾走して、体力ゼロや!!」
 「それがみんな原因なの? 青髪ピアスの朝の追いかけっこは別として、みんなそれじゃあ、本末転倒じゃねーか!! あ!   
それから姫神はなんだかんだでクラスに溶け込めたみたいでおめでとう!! それに比べて東条はもうちょっとがんばろう!!」

 え……。
 歩は急な上条からのダメ出しに固まる。
 これは何とか挽回せねば……。
 歩はいつもの無表情ながら声を張り上げ。

 「上条様! がんばりましょう!! やるぞテメェら!!」
 「おう!! 東条のやる気を見るんだみんな!!」

 すると、短い金髪にサングラスをかけて、首元には金のアクセサリーがジャラジャラついている。体操服が果てしなく似合っていない男。土御門元春(つちみかどもとはる)が

 「ダメだにゃーカミやん。なんか相手は
私立のエリート校らしいっすよ? 勝ち目ないにゃー」

 上条が崩れ落ちる。

 「歩。この無気力感が漂う状況を簡潔に説明しなさい!!」
 「了解。騒ぎ過ぎ」
 「……なるほど原因は上条!! 貴様か!!」

 歩に説明を求めた半袖短パンに、『大覇星祭運営委員・高等部』と腕と背中に書かれたパーカーを羽織っている少女は
 吹寄制理(ふきよせ せいり)
 黒い髪は耳に引っ掛けるように分けられていて、おでこが大きく見えるようになっていた。
 彼女はまたの名を、美人なのにちっとも色っぽくない鉄壁の女とも言う。
 
 「俺のせいじゃない!! 俺のせいじゃない!! 俺だって今来たところなんだって!」
 「つまり貴様が遅刻したから皆のやる気がなくなったのね?」

 それを見るクラスメートが言う。

 「流石は対カミジョー属性完全ガードの女!」
 「いつものパターンなら『か、上条君 大丈夫?』とかフォローにいっちゃう所なのに」
 「いやいや、だがあれだけ上条が言われてたらカミジョー属性汚染率100%上条の番犬が黙ってないぞ」

 上条はまだもあれやこれや吹寄に言われていた。

 「なにがあっても俺のせいにしたいのか!? てかお前だって遅れて来たじゃん!」
 「あたしは運営委員の仕事よ馬鹿!」
 「ちょっといいですか? いい加減にしねぇと殺すぞコラ!」

 吹寄と上条のやり取りを見てイライラしていた歩が割って入り、吹寄の胸倉を掴み暴言を吐く。

 「そうだ、そうだー! 言ってやれ東条!!」

 援軍の到着に上条はより強気に出る。
 クラスではもうお馴染みとなった上条を怒る吹寄に歩が掴みかかるという光景。(あまりに日常茶飯事過ぎて歩が吹寄の胸倉を掴んでも上条はもう何も言わない)
そう、何を隠そう上条の番犬などと呼ばれているのは歩だ。
 吹寄は歩の顔を一瞥してから、パーカーのポケットに手を突っ込み何か取り出す。

 「はい。これ好きでしょ? あげるからそこで食べてて」

 吹寄がポケットから出したのはコンビニで売っているようなチョコ菓子の箱。大きく『秋限定』と書かれていて、これから訪れる紅葉の季節に先駆けて新発売された物だろう。

 「新しいのでたんですか? 気が利くな……」

 歩は吹寄の手から箱を取り少し離れて箱を開ける。そこに今時珍しい黒く長い日本髪の姫神が「1つ頂戴」と寄ってくる。

 「東条……上条さんはいつの間にか吹寄と仲良くなってた事には素直に感激です!! だけど今は戻ってきて魔女な東条さん!!」
 「黙れ!! 馬鹿がうつる!!」

 その後は上条がホースを踏み水が吹寄に掛かるということがあったが歩は気にすることなく、しぶしぶ姫神と共にチョコ菓子を堪能していた。
 もうすぐ初戦の棒倒しが始まろうというところでこのクラスの担任の小さな先生、小萌が対戦相手の教師に生徒を『落ちこぼれ』と言われ涙を目尻に溜めて「みんなは落ちこぼれなんかじゃないですよね……」と呟いているのを目撃してしまうという事件が発生した。

 「……てめぇら本当にやる気がねぇのか?」

 上条がクラス全員を集めてそう問う。
 みな黙る。その目は先程まで「だるい」などと言っていた時とは違う。炎が宿っていた。
 吹寄が歩に言う。

 「歩。レベル3の力思いっきり使ってやりなさい!!」
 「任せてください。皆殺しな?」
 「ええ。皆殺しよ」

 歩達はスタート位置へと移動する。移動途中上条が歩に「ほんとに殺すなよ」と言い「もちろんです。え! やっぱダメ?」と歩が答えるやり取りがあったのはどうでもいいことだ。

 そして試合は始まった。
 棒倒しのグループは自然に2つに分けられる。
 棒を守る係りと、相手の棒を倒す係りだ。
 歩は倒す係りだ。
 相手チームから赤や緑の攻撃が飛んでくる。歩の横にいた数人が数メートル後方へ吹っ飛ばされる。その様子に観客席からはこれぞ学園都市という歓声が聞こえてくるが飛ばされた方はそれどころではない。
 歩の前方では上条や土御門の体力組が先陣を切っているが、その隙間をもれてまたも様々な色をした砲撃が飛んでくる。

 さて……どうしたものか……私の能力は発火能力のレベル3になっている。どうしたものか……。
 歩も走りながらレベル3に見合った炎を相手目掛けて放っているのだが、歩本来の能力からしたら歯痒くて仕方がない。

 と砂埃が舞い視界が遮られた。
 吹寄の作戦だ。これを気に一気に相手の棒を倒す。
 だが歩はそうはしない。
 殺しはなし……ならば……。
 歩にこの程度の目晦ましは効かない。周りから見えないことをいいことに次々と相手校の生徒に近付き殴って気絶させる。
 中には気づいた者もいたがだからといって歩に勝てる人物はいなかった。
 そういう歩の陰の活躍もあってかエリート校を倒すことが出来た。
 相手校の教師は自分の生徒に負傷者が多く出たことに文句を言っていたが証拠がないのでどうということはなかった。

 「やったな!」
 「はい、よかったです。疲れた」

 終わってから上条にそう声をかけられ歩は少しだけがんばろうと本気で思った。







 歩や上条が競技に励んでいる最中。流れるような黒髪を靡かせ黒のワンピースを着た全身真っ黒の少女セシリアは上条達の応援もせずに何をしていたかというと……追われていた。

 「さぁ!! 待つがいいセシリア!! 私の胸に飛び込んできなさい!!」
 「ごめんなさい……キモイですから!! マジキモイですから~!!」

 セシリアはスタスタと人込みを歩く。その後ろをまるでストーカーのように歩幅まで合わせて付いてくるのは、長い金髪を持つ神父ロバート・ディーン。彼はイギリス清教の魔術師、ようするに魔術側の人間。この場にいてはいけないはずだが……。

 「私のスキルはセシリアを追うことにある!! 世界情勢など知ったことではない!!」
 「ストーカー宣言ですか? そうですよね?」
 「500円あげようか?」
 「見てたでしょう? 青髪さんとのやり取り見てましたね!! 変態神父改めストーカー神父ですよ!!」

 ロバートはニコニコと笑いながら

 「いあいあ……監視だ」

 セシリアは振り向き思いっきり作り笑顔で笑いながら
 
 「監視からの~!!」
 「ストーカーさ!」
 「……」
 「今のなしでお願いします……」
 「……」

 セシリアはまたもスタスタと歩き出し。
ロバートはその後を付いてくる。そのまま結構歩いたところで、いい匂いの漂うエリアへとセシリアは来ていた。
 焼きそばや、お好み焼きなどの学生が屋台を出しているエリアだ。競技に集中しなければいけない学生だが、こう観光客が多いので屋台などで臨時収入を得ようとする学校も多いのだ。
 セシリアは屋台の1つお好み焼き屋で知った顔を見つける。

 「2枚ください」
 「はいよ!!」
 「初春~さ~ん!!」
 「ん?」

 お好み焼きを頼んでいた頭に花飾りを大量につけた中学生。初春飾利(ういはるかざり)にセシリアは声を掛ける。初春はセシリアの東条に「白井さんのお友達のセシリアさんでしたっけ?」と言う。

 「初春さん!! 風紀委員でしたよね!!」
 「はい、そうですよー」
 
 風紀委員(ジャッジメント)とは学生で構成された。治安組織のことだ。

 「ストーカーに追われてるんで何とかしてください!!」
 「す、ストーカーですか!!」
 「ほら私の後ろの金髪の神父」

 セシリアがチラッと視線を送る先には屋台の影に隠れて怪し過ぎる神父がこちらの様子を見ていた。初春はそれを見て真剣な顔になり、携帯を取り出して電話をする。

 「これで大丈夫ですよ、セシリアさん。ほら! アンチスキルが来ました!」
 「おぉ!!」

 ロバートの周りに黒の正規装備で固めたアンチスキルが3人現れる。ヘルメットをかぶっていないのは一般客に悪いイメージを持たせないためだろう。確かに顔が出ていたほうが親近感が沸く。

 「君がストーカーかね?」
 「いや私はそんな下種なものではないよ! 私は仮にも神父だぞ」

 ロバートはその長い金髪を靡かせながら「ハァハッハッ」と何を馬鹿なことを、と言う感じだ。

 「そうか、では女の子を追っていたのは間違いだな?」

 こういうことは証拠がないとなかなか捕まえるのは難しい。犯人が自供するわけ普通はないのだが

 「私はセシリアを追うために生きているのだから、追っていないかいるかで問われればYESだ!!」
 「……さぁ行こうか……」
 「なぜ腕を掴む!! おい! ちょ……セシリアー!!」

 ロバートはアンチスキルに引きずられる形でその場を後にした。
 そしてセシリアはというと。

 「これで安心です初春さんありがとうございます!」

 セシリアは頭を下げる。

 「いえいえ」

 初春も頭を下げる。

 「私にもお好み焼き奢ってください」

 セシリアは頭を上げる。

 「なんかすごいですね……」

 初春も頭を上げる。

 人の良い初春はセシリアにお好み焼きを1つ追加して渡す。初春が言うにはこのお好み焼きは入院している白井黒子への見舞い品だとか、見舞いの品でお好み焼きというのも珍しいが、今日のお祭り気分を少しでも感じられる様にという初春なりの配慮なのだろう。

 (一週回ってとりあえず白井さんが入院!! ……そう言えばそんなこともありましたね)

 セシリアは自分の持つ原作知識を思い出す。流石にここまで来ると、あまり細かいことや印象に薄いものは思い出しづらいらしい。白井黒子は大覇星祭前に風紀委員の仕事で大怪我をするのだ。
 そして今日のこともセシリアは思い出す。

 (オリアナさん追って……そうだ! 姫神さんが大怪我をするんだった!!)

 そう今日。大覇星祭初日は敵と間違われた姫神が大怪我を負うはずなのだ。セシリアは考える。姫神は友達だ。結果死なないとはいえ怪我をすることを知っていて見過ごせるのか? せめて何か対策でも

 「かといって誰が関わるかー!!ですよ!! ……姫神さんすいません!!」
 「セシリアさん? どうしたんですか?」
 「ノータッチでお願いします!!」
 「はい?」

 初春が頭に『?』を浮かべてセシリアを見ている。セシリアの言動は慣れないと大抵の人はこうなる。
 セシリアはお好み焼きが一枚入ったパックと箸を持って、何かを見つけたのか道路まで歩く。初春もなんとなしについて行く。道路はパレードのため封鎖されており。道路の向こう側に行くには3キロ程迂回しなければならない。

 「見つけました!!」
 「何をですか?」
 
 セシリアが指差す先には黒いツンツン頭の少年と、白いシスターがいる。シスターは必死に道路を渡ろうとしてアンチスキルに止められていた。
 セシリアは道路の向かい側が見えるところ、正確には白いシスターからで見える位置でお好み焼きを食べ始める。隣の初春には最後までセシリアが何をしたかったのかは不明だった。





 一方道路の向かい側では。



 「とうま!! セシリアが!! セシリアガァァアアああ!!!! ガァガガガ!!!」
 「お、落ち着け。 あれは嫌がらせだ!! 見るな!! 見てはダメだ!!」

 上条当麻は初戦が終わり次の競技の会場までインデックスを連れて歩いていた。
 インデックスは屋台の匂いにつられお腹を心底減らしていたのだが、不幸なことに屋台エリアまでは迂回しなければいけない。しかし迂回しては次の競技に間に合わない。何とかインデックスをこの場に待たせて次の競技が終わったら、屋台に連れて行こう! と決心したところでセシリアがなんと道路の向こうで見せ付けるように何かを食べていたのだ。 インデックスはその様子に暴走し、上条は困り果てていた。

 「とうまぁぁあああああ!!!!! お前を食わせろぉおおおおおお!!!」
 「待って! 次! 次が終わったら連れてくから!!」
 「その前にあの幻想を破壊してきてほしいかも!!! お前の右手は何のためについているぅぅぅうううううう!!!」

 インデックスは鬼の形相で道路の向こうを指差す。

 「少なくとも今現在のための右手ではないですから!! とりあえず待ってろ!!」

 上条は次の競技会場に行くため走り去る。
 そしてインデックスは崩れ落ちた。

 「おのれぇぇぇえええセシリアぁぁああああ!!」

 うつ伏せに倒れたシスターからしばらくそんなうめき声が聞こえた。



[14728] シリアスなんていらない。3
Name: 凪砂◆54b74ba8 ID:dbd3eb5b
Date: 2010/01/15 23:42
 「ではその刺突杭剣(スタブソード)の取引阻止に協力して欲しいといういうことですね。 やりたくないんだけど」

 第2競技の大玉ころがしが終わり、吹寄からもらったスポーツドリンクに口をつけながら歩は言う。現在歩は上条、土御門と共に路上を歩きながら話している。内容は現在学園都市に侵入した魔術師の取引阻止に協力して欲しいということだった。
 歩は思う。
刺突杭剣(スタブソード)。話によれば『聖人』を一撃のもとに葬る霊装らしい。魔女に聖人はいない。なぜならば聖人ほどの力を有していれば黒魔術などというものに頼らずともよいからだ。
 むしろその霊装欲しいくらいだ……。
 しかし取引が成功してしまえば戦争は避けられない。取引によりどこかの組織が聖人を殺す。その火種は世界中を巻き込み拡大することだろう。これは阻止しなくてはならない。
 と、言うのが土御門の意見だが、歩としてはどうでもいい。せっかく競技を上条と共にがんばろうと決めたところでこれだ、邪魔で仕方がない。

 「で? どうだにゃー? 学園都市内で動けるのは俺達くらいなんだぜい?」

 歩は学園都市との契約で協力関係にある。しかし歩が学園都市の命令に従うのは学園都市内部での揉め事に関して学園都市の学生、東条歩として協力するだけだ。それが魔術関係だと話は違う。魔術がでてくるとそれは魔女、東条歩の管轄だ。その命令権は『御伽の魔女ジラ』もしくは『最強の魔女セシリア』に委ねられるか歩自身の判断に任せられる。
 歩は軽く溜息をついてから。

 「お断りします。その取引によって学園都市、教会共にどうなろうと私に関係はありません。競技の邪魔しないでくれない?」

 土御門は歩の言葉を聞いて何の落胆の色も見せずに答えた。

 「そう言うと思ったにゃー。そしてそのためのカミやんだ。説得任せたぜい!」
 「お、おう!」

 上条は立ち止まり歩を正面に見据えて真剣な顔で頼むことにした。
 歩の実力は上条も知るところである。今回の事件で歩が手伝ってくれれば心強い。

 「東条! 頼む! 戦争なんて嫌だろ?」

 上条の真剣な表情を真正面から見た歩は、わざと目線をそらし俯いた後に言葉を発する。

 「そ……そこまで真剣に頼まれるのなら考えなくもないです……。協力するかな……」

 そうだ、上条が協力してくれと言っているのだそれだけで歩の主義主張はなくなってしまう。上条の横でニヤニヤしている土御門が歩は気に入らなかったが、残念ながら今は真面目な上条が正面にいるのでそれどころではない。

 「おお。ありがとな! 土御門、頼めば何とかなるもんだな」

 土御門は心底呆れた顔で

 「それはカミやんだからだにゃー」

 と、土御門がそういった瞬間だった。

 「今日から7日間の大覇星祭における私の金ズ……友達の歩さんを奪うことは許しませんよ~!」

 いつの間にか上条と歩の間に黒髪碧眼の魔女セシリアが現れそう言う。
 どこから沸いて出た……。
 歩は今度は盛大に溜息をついてから。

 「セシリア様それはどういうことでしょうか? テメェ今金ヅルって言ったろ!!」
 「はてなんのことですか?」
 「なぁセシリア……どこから出てきたんだ……?」
 「どぱっ! しゅっ!! って感じで!」
 「あ……うん、そうね」
 「セシリア嬢もう遅いにゃー。東条は協力してくれるそうだ」
 「そうなんですか?」
 「はい。上条様の頼みなのでいたし方ありません。だから消えろ!」

 セシリアはウンウン唸ったかと思うと

 「じゃあ2組に分かれましょう! 上条さんチームはオリアナさんを追って。私と歩さんはリドヴィアさん見つけます。歩さん教会の魔術師と一緒とか嫌ですもんね?  
これなら上条さんの頼みも聞いた上に魔術師と一緒じゃなくてすみますよ~」

 たしかに……。
 歩はセシリアの提案に好印象を受ける。
 そう、いくら上条の頼みだからといっても土御門や、もう1人来ているという教会の魔術師と一緒に行動するなど吐き気がして仕方がないことなのだ。
 その歩の考えを分かっているのか土御門は言う。

 「OK。それでいくにゃー。実際ステイルと東条を会わせたら大変なことになりかねないしな、なんたって『魔女狩りの王(イノケンティウス)』を扱うんだぜい?」
 (セシリア嬢はどこから情報を入手してるんだにゃー?)

 土御門の言葉に上条はなるほどといった感じで

 「たしかに……。はは、それがいいかもな。あそうだ、セシリア。紅が探してたぞ」
 「紅さん来れたんですか! 歩さん! 後で電話して合流しましょう!! あ、 忍野さん! 紅さんもこっちのグループでいいですよね?」
 「忍野って誰だにゃー? ああそうしてくれ」

 そして上条のグループとセシリアのグループは分かれる。何かあったら歩の携帯を通じて連絡を取り合うことにしてだ。
 上条たちが分かれた後、歩はセシリアに聞く。まさか私の金目的の為だけに教会と協力するのではないだろうな? という疑問を持って。

 「セシリア様。これからどうするんですか? まさか本気で協力する気か? 競技もあるんだけど……」

 上条の前では協力的な歩も上条が居ないとなると話は別で教会に協力する気などまったくもってない。
 セシリアは何を考えているのか

 「あ~……一応形だけでも適当に探しましょう。 で適当にキッチリさんに怒られない程度に競技サボって遊びましょう!!」
 「……まあ、今回の適当は賛成ですがサボるのはどうかと思います。キッチリって誰?」
 「吹寄さんですよ? 競技上条さんどうせ出れないんでいいじゃないですか。まぁ適当に行きましょう!! それより紅さんに電話してくださいよ~!! 巫女服で来てくださいって頼んであるんで楽しみなんですよ~!!」

 本当に……お気楽というかなんというか、前回のローマ正教との戦いで見せたアレはなんだったのか……。
 歩はセシリアのことを考えれば考えるほど分からなくなっていった。
 歩は携帯を取り出し紅に電話を掛ける。履歴には紅からの着信が数十件と入っていた。電話越しの紅はどこか元気がなかったが歩は大して気にはしない。
 
 そして歩とセシリアは紅との合流場所である。ファミレスの前まで移動する。





 しばらくして2人の前に巫女服姿に髪には大量の鈴をつけた元魔女の魔術師、紅美晴(くれない みはる)が現れる。
 歩としては紅は殺しておきたい人物ではあるのだが既に上条の友人であるためそれはできない。
 紅はセシリアを見ると笑みを見せて駆け寄る。
 そしてセシリアは

 「ママ!! 来てくれたんだ!」
 「ええ、セシリア!! やっと見つけたワ」

 歩は思う。
 え……なんですかこれ?

 セシリアと紅は手を握り合う。
 セシリアはなぜか周りを見渡し

 「ねぇ…ママ、パパは?」
 「……闇咲はお仕事ヨ……」
 「そんな!! 絶対来てくれるって……かけっこで1番取るの見てくれるって言ってたのに……」
 「しかたないのお仕事だもノ」
 「いやだ!! パパがいないとイヤ!!」

 セシリアはバタバタと暴れだす。

 「しかたないノ……しかたないのヨ……闇咲……」
 「なんで? パパは私のこと嫌いになっちゃったの?」
 「そんなこト! そんなことなイ! 今日だってきっと来たかったに違いないワ!」
 「ほんと?」
 「本当ヨ!」
 「じゃあなんで来てくれないの?」
 「……」

 2人からは悲しい雰囲気が漂う。
 しかし紅はそんな雰囲気を何とかしようと

 「パパの分も私が見てあげるかラ。ネ! ママにも1番取るの見せてネ」
 「……絶対だよ?」
 「ええ、しっかりと見ててあげるから必ず1番になりなさイ!」

 セシリアはパァーと明るい表情になり。

 「うん! 私がんばる!!」

 歩は思う。
 いつまでこの茶番は続くんだ……。

 「頑張れセシリア! ほらお姉ちゃんも見てるわヨ」
 
 紅とセシリアは歩を見る。

 フルな……。

 歩は今日最大の溜息をついてからこの茶番を終わらせるべく口を開いた。

 

 「もういいですか? 止めろ」
 「「うん」」

 意外と2人は素直に止めたのだった。



[14728] シリアスなんていらない。4
Name: 凪砂◆54b74ba8 ID:dbd3eb5b
Date: 2009/12/28 02:19
 「でも、ちゃんと協力した方がいいんじゃないノ? 上条君の頼みでしょウ?」

 あらかたの説明をセシリアではなく、歩から聞いた紅は『適当にリドヴィアを探す』というセシリアと歩に疑問を投げかける。
 上条当麻が歩はともかくセシリアにとっては大切な人ということは、メールのやり取りで紅も知っている。その上条の頼みを無下に扱うのはどうなのかということだ。
 セシリアは「まあ、そうなんですけどね~」と言った後で答える。

 「とは言っても私達が何かしたところで邪魔にしかならないですからね~。上条さんなら絶対大丈夫ですもん!!」
 「それは否定しませんが、刺突杭剣は奪えるものなら奪いたいところですね。まあ運び屋のオリアナの方が持ってるだろうから無理だけど」
 「それならリドヴィアさんが持ってますよ?」
 「その情報があるなら上条様に報告した方がいいのでは? それともセシリア様が手に入れる気ですか? それはそれでいいな」

 運び屋のオリアナではなくリドヴィアが件の品物である刺突杭剣を持っているという情報は原作をセシリアが知っているが故なのだが、もちろんセシリアはそれを言うことはないし、セシリアが独自の情報を持っているのは今まで十分理解している歩も聞くことはない。

 この元魔女消えてくれないかな……。

 歩の今現在の思考の半分はこのことについてなので深く考えることがないだけかもしれないが……。
 しかし刺突杭剣を手に入れるのはいいということは確かだと歩は思う。
 セシリアが否、魔女側が聖人を一撃のもと破壊することの出来る刺突杭剣を手にすれば、それはもはや教会との力の天秤は大きく魔女側に傾くことになるからだ。

 「聖人を殺すことが出来るんでしょウ? こう言っては何だけど神道の巫女としては魔女には渡せないわネ」
 「それはそうでしょう。ハッ……元魔女が!!」

 紅と歩の間に険悪な空気が漂う。紅はともかく、歩にいたってはいつ手が出てもおかしくはない雰囲気だ。紅もなにぶん神道の巫女としての正装で来ているので歩の発言には同意できない。
 歩は歩でそんなことを言う紅をより一層邪魔なのだ。
 セシリアはそんな2人の気持ちを理解しているのか理解していないのか、いまいち分からないが
 
 「別にいらないですよ。それでは!! 作戦『とりあえず探すけど、たぶんリドヴィアさんは学園都市外部にいるので、何となく外の方へ向かいながら食べ歩きしますしょう』を決行します!!」
 「セシリア。長イ!! 長い上にグダグダ確実な作戦名!!」
 「……。食べ歩きの金はお前が持てよ」
 「せっかく険悪な雰囲気を一掃してあげたのにその反応……。イジメ?」
 「「……」」

 歩と紅は対セシリアという点では共同戦線を張る必要があると思ったのだった。






 セシリア達がグダグダな作戦の元、食べ歩きを決行しようとしていたころ。オリアナとリドヴィアとは別にもう1人学園都市に侵入者がいた。その人物の目的は接触した海原光貴(うなばらみつき)によれば目的はただの観光のようだ。しかしそれでも本来なら魔術関係者は紅美晴(くれないみはる)や上条と一緒にいるステイル・マグヌスのような学園都市の住民と友人の間柄であるという例外でなくては入れないのだがその人物は違った。
 知り合いなどいない。しかしそれでも無理やり侵入してきたのだ。それは侵入者の目的が観光だろうと敵対行動として見られ排除対象になる。しかし学園都市はおろか、学園都市外部に待機している様々な、魔術組織も現在手を出せないでいた。
 侵入者の呼び名は『探求の魔女イレーネ』。魔女の三本柱である『魔女狩りを生き残った魔女(ロストウィッチ)』の1人だ。その重要性はローマ教皇が1人で学園都市に侵入したのと同意義と言える。迂闊に手を出せばそれこそ戦争となる。それ故誰も手を出せないでいるのだ。何もせず帰ってくれればそれでよし、そうでなければ戦争そういう状況なのだ。
 それは学園都市が今現在大覇星祭(だいはせいさい)中というのが大きな原因でもある。なぜなら表向きは一般客の来客を歓迎しているのだ。イレーネもそれを主張していたらしい。通常なら一般人だろうが魔術関係者だろうが侵入者は侵入者なため、迎撃する大義名分があるのだが今はそれがないのが最大の要因だろう。

 金髪のツインテール。見た目10歳前後小さな少女の姿をしたイレーネは真っ黒でボロボロなドレスを身に纏い、肩から肩掛け式の小さめのアタッシュケースを提げ真赤な携帯ゲーム機を操作しながら人込みを歩いていた。

 「アッガイの癖に……アッガイの癖に強過ぎじゃ!」

 イレーネはゲームに熱中しながら歩く。世界中から観光客が訪れている今現在、学園都市では外国人は珍しくはないのだがそのボロボロのドレスが妙に浮いている。そのせいか何度か声を掛けられたイレーネだったがゲームに集中しているのか全て無視をしていた。
 しかしこの人込みだ、ゲームをしながら歩いていれば人にぶつかってしまうのが道理と言うものだ。

 「ぬわっ!!」

 イレーネは案の定人とぶつかり尻餅をつく。

 「ごめん、ごめん。大丈夫? ていうか日本語でOK?」

 ぶつかったのは肩までのある茶髪の少女。タンクトップと短パン、頭の赤いハチマキを見るに学園都市の学生だろう。彼女はイレーネに手を伸ばし一歩前へ出る。
 その時だった。
 
 バキッ!

 と嫌な音が少女の足元から聞こえた。

 「え? ……」

 少女はゆっくりと足を退ける。そこには見事に液晶が割れた真赤なゲーム機があった。もちろんそのゲーム機はイレーネの物である。ぶつかった時に落としてしまったのだろう。
 イレーネは尻餅をつきながらその光景を見ていた。そして口を開く。

 「わしのゲーム……」

 短髪の少女は慌てて

 「ご、ごめん! あなたのだった? あ、いや、でもゲームしながら歩いてるのも悪いわけであって……」

 少女は困った様子でそう言う。対するイレーネは俯いたかと思うとその瞳にいっぱいの涙を溜めて少女を見る。

 「だ、大丈夫じゃ……わしが悪いんじゃ、き、気にするでない……うぅ……」

 そのイレーネ様子を見た少女は溜息をついた後、イレーネにもう一度手を伸ばしてから

 「新しいの買ってあげるから今から玩具屋……ここからだと電気屋の方が近いわね。行きましょう?」
 
 イレーネは少女の手を取って立ち上がる。

 「あ、赤がいいのぉ……」
 「はいはい、赤色ね。親御さんは? 一応連絡しといた方がいいんじゃないの?」
 「ん? 心配するな、心配するな」
 「? ならいいんだけど」

 イレーネは少女と手を繋いで電気屋へと向かう。



 少し歩いたところ。大きなビルが立ち並ぶ場所にある電気店に2人は入る。ビルが丸ごと電気店となって、日本では有名な店だった。大覇星祭中も営業をしているらしく。観光客を狙って、『細菌をも吸い込む掃除機』や『分子レベルでの洗濯をする洗濯機など』通常なら売れることのない、胡散臭い品物が大々的に売り出されていた。
 イレーネの手を引く少女、御坂美琴(来る途中で自己紹介は済ませた)は「誰が買うのよ、こんな胡散臭いの」と言いながらゲーム売り場の3階へとイレーネを連れて行く。
 
 「おぉ!!」

 ゲーム売り場は圧巻だった。ゲーム機はもちろんのこと何といってもソフトの種類がすごかった。有名どころはもちろん、学園都市の学生が作ったソフトが多いのだ。学園都市はゲーム機会社から許可をもらいソフトをゲーム関連の学校の通う学生に作らせている。それも試験販売という形で学園都市内で販売されるのだ。その売れ行きが良ければゲーム会社から正式に全世界に販売され、卒業後にはその会社に就職することも出来る。ゲーム会社への就職を希望する学生にはまさに、シンデレラストーリーへの第一歩なのだ。
 イレーネは瞳をキラキラさせながら

 「これも! これも! 見たことないゲームがいっぱいじゃ!!」
 
 そのイレーネの様子に御坂はやっぱり子供はゲームが好きなのね。と思いながら

 「そりゃそうよ。学生が作ったゲームは学園都市外では売ってないもの」

 御坂はあたりを見回し目的のゲーム機を探す。

 「お、あそこか」

 御坂は目的のゲーム機を手に取りソフト売り場で目をキラキラさせているイレーネのもとに戻る。

 「これでいいわよね?」
 
 だがイレーネはその言葉を聞いているのかいないのか

 「ソフトを買うぞ!!」

 と拳を握り締めそう御坂に宣言する。

 「買うぞ! ってお金あんの?」
 「あるある。心配するな!」

 イレーネはそう言うとレジに行き店員に何か話している。するとなにやら店員は困ったような表情が御坂の目に入ってきた。
 御坂は、何してるんだろう? と思いイレーネと店員のもとに向かう。

 「だから!! 全種類買うと言っておるんじゃ!!」
 「ぜ、全部ですか? いや、あの……ハハ」

 (ハ? 全部?)

 御坂は何かの聞き間違いかと思いイレーネに問う。

 「全部ってなにを?」
 「ソフトじゃ!!」

 どうやら本気でソフト全部買う気のようだ。店員が困るのも頷ける。こんな少女がそんなことを言っているのだ冗談にしか聞こえない。
 御坂は頭を掻きながら。

 「あのねイレーネ、ソフト買うには結構なお金がいるのよ。全部買ったら相当高いわよ?」

 店員は御坂の登場にホッとした顔をする。しかし2人とも分かっていないイレーネは本気だ。イレーネは肩から提げるアタッシュケースをレジに置き開ける。
 中には万札がギッシリと詰まっていた。

 「どこの成金だぁぁあああああああ!!!」
 「わしは現金主義じゃ!!」
 「子供にこんな現金持たせる親がどこにいるぅぅううううう!! 」
 「じゃこれで会計お願いするぞ」
 「話をきけぇえええええ!! 教育上どう考えてもよくないだろこれ!! これはあれ実はこの子はマフィアの娘でしたって落ちかぁああああああ!! そして事件に巻き込まれるのかぁああああ!!」
 「飛躍しすぎじゃ!!」

 御坂は自分でもなにを言っているのか分かっていない様子だ。

 「私はこの子のために鬼になるしかない!!」
 「何を言って?」
 「行くわよ!!」
 「な! まだソフトが……ソフトがぁぁあああ!!!」

 御坂はイレーネの将来のため他人でありながら鬼になると決め、イレーネを無理やり引っ張って電気店を後にするのだった。



[14728] シリアスなんていらない。5
Name: 凪砂◆54b74ba8 ID:dbd3eb5b
Date: 2010/01/04 11:57
 「何故ダメなのじゃ!! なにを買おうがわしの勝手じゃろ!!」
 「あんたの将来のためを思って言ってんでしょうが!!」

 小さな外国人少女イレーネと御坂美琴の口論はしばらく続く。
 結局壊れたゲーム機も買わずに電気店を後にした御坂とイレーネは人込みのど真ん中で喧嘩とも言えぬ喧嘩をしているわけだが、イレーネにとっては自分の趣味を邪魔する御坂が邪魔で仕方がない。しかし口論をしているうちに疲れてきたイレーネは実質的な年齢は自分の方が明らかに御坂より上なので、大人らしく言い争うのを止めることにした。

 「もういいわ!!」
 「話し聞きなさいよ!!」
 「おぬしは競技に行かんでいいのか!!」
 「あ? ん?」

 御坂は短パンのポケットから携帯を取り出して

 「げ! もう時間ヤバイじゃない!!」

 しかし御坂とて小さな女の子を1人にしておくわけにはいかない。

 「親御さんはどこ? とりあえず連れててって……」
 「ん? 親などおらんに決まっとるじゃろ」
 「マジで? ……迷子じゃないわよね?」
 「1人で来たんじゃ」
 

 御坂は考える。最近の子はそこまで自発的なのかと、しかし一度知り合ったからには心配してしまうのが御坂だ。このまま「じゃあ、バイバイ」と言える性格ではない。

 (競技場まで連れて行けばいいんだけど……今からだと走らないと間に合わないし……イレーネに私のペースについて来いって言うのも無理な話よね……)

 御坂はそこまで考えてから。

 「じゃあ次の競技終わったら昼だから、それまでちょっとこの辺で待っててくれない? それからまた考えるから」

 イレーネは見た目相応の仕草で首を捻って

 「考えるって何を?」
 「まあまあいいから!」
 「……うむ、わかった」

 イレーネはよく分からなかったが流されるままに返事をする。イレーネの返事を聞いて御坂は走り出そうとする。そこにイレーネが。

 「待て! 行く前に聞きたいんじゃが、セシリア・アロウを知っておるか?」

 御坂は走り出そうと踏み出した勢いを急に止められ前のめりになりながら

 「セシリアってセシリアよね、友達だったの? それなら話は早いんだけど」
 「知っておるのか? いや、わしは名前しか聞いたことはない」
 「ああ、じゃあその話も後で!!」

 そう言って御坂はまた走り出そうとするが
 
 「最後にもう1つ!」
 「うわっ!」

 またも急に呼び止められ御坂は転びそうになる。

 「セシリアは2人いるのか?」
 「は? あれが2人いたら大問題よ!! じゃあね!! ちゃんと待ってなさい!!」

 そう言って今度こそ御坂は走り出す。その様子を見ながらイレーネは呟く。その視線は人込みの奥ビルとビルの間、いわゆる路地裏に向けられていた。

 「1人ずつ会って確かめるしかないようじゃな……」

 その足は視線の先の路地裏へと吸い込まれるように進んでいく。
 そして路地裏へと入る。そこは薄暗く、冷たい感じがした。イレーネがそう思った瞬間、人の気配が消えた。すぐ後ろ、大通りを歩いているはずの大勢の気配が消えたのだ。

 「人払いか……荒事をする気は基本ないんじゃが……」

 イレーネは路地裏の奥を見つめそう言う。

 「私に何の用でしょう? 魔女イレーネ。 学園都市に入ってからずっと私に向けて探索魔術を行使してたわよね?」

 奥から出てきたのは神父、神父服を着た短い黒髪の日本人男性だった。年の程は20代前半といったところだ。その女言葉と神父服がとんでもなく浮いていた。
 イレーネはその神父を見て質問にも答えずに一言。

 「お前がセシリア・アロウか?」

 神父は驚きの顔をする。しかしその表情は一瞬で隠れ楽しそうな表情となる。

 「違うわよ? それよりどうして私が探知できるのか知りたいんだけど……それともジラに何か聞いたのかしら?」

 神父は楽しそうに言うが目は笑っていない。

 「セシリア・アロウが夏の初めに日本の富士の樹海で起こした大魔術、その記録から生命力を特定しただけじゃ。この広い学園都市、観光ついでに会っておこうと思ったら予想外な結果じゃ……まさか2人反応するとは人の生命力、いや魂と呼ぼうか? は個人で違う。2人はありえないはずなのじゃが?」

 魔術とは生命力を魔力へと変換、その魔力を使い行使する。魔力から逆算し、個人を特定することは可能とされている。しかしそれは高等な魔術であり誰でも使えるわけではない。

 「記録? まさか世界中の魔術を記録しているとでも?」
 「まさか、ある一定の大きさの魔力行使のみじゃ。その時期じゃと天使をおとす魔術も記録されていたのぉ」
 「流石は探求の魔女といったところね……まぁいいわ理由は分かったから」

 そう言って神父は立ち去ろうとするが

 「人違いのぉ……まぁそれはもう1人に会ってから確認するとするわ。ところで神父……どうして魂と器の間に壁を作っておる?」

 神父の足が止まる。

 「……何のことかな?」

 イレーネは面白そうに神父を指差した。それはどこか新しいゲームを見つけたときのそれと同じ感じがする。

 「まさか、生きた体を奪ったのか? しかしそれが出来れば、わしは苦労しないんじゃが……」

 神父はイレーネに向き直る。しかしその顔は困惑の表情だった。

 「何を分からないといった表情をしておる? わしは死霊使いじゃぞ? 器と魂の研究に関しては世界一だと自負しておるんじゃが……まぁそこは主にわしの体の研究だがのぉ……して、器とは魂に合ったものでなくてはならない、無理に押し込めても壊れるだけ、生きる器ならなおさらのはずじゃが?」

 それを聞いた神父はポンッと手を手を叩いて納得の表情を見せた。

 「なるほどね。おおよそ、それがあなたの生命の秘術といったところかしら? じゃあ私も同じようなものだと言っておくわ、じゃあね」

 神父はそう言って今度こそ立ち去ろうとするがイレーネは許さない。

 「それでは納得できんな、不可能なことをやるにはわしのように何かしらの秘密があるものじゃ……教えてはくれんか?」

 神父は困ったように両手を返す。

 「まさか……教えるわけないじゃない」

 その神父の言葉を聞いたイレーネは不気味に笑う。ゆっくりと笑う。
そして言う。

 「ならば死体に聞こう!!」

 イレーネに争いごとをする気はなかった。しかしこの問題は別だ。自身の研究、それも大きな事を根本から覆す現象が目の前にある。『探求の魔女イレーネ』その探求の最深部に関わることだ。
 イレーネは相手が死体だろうとその記憶を調べる手を持つ。それゆえの発言だ。
 神父は「そう」と言ったかと思うと

 パンッと乾いた音が何発もし、イレーネが倒れる。神父の手には2丁のオートマチックの現代銃。真っ白のそれは金色の装飾が施されており、どこか貴族の屋敷にでも飾ってありそうなものだ。

 「まさかこれで死ぬとは思わないけど……これ以上戦う気もないわ」

 神父は今度は飛び上がる。文字通り飛び上がる。人とは思えない脚力で路地裏を挟むビルを飛び越えるように高く飛ぶ。

 しかし。

 「ツッ!」

 ドンッ!と、何者かによって神父はもといた路地裏へと叩き落される。神父は何事もなかったかのように立ち上がり

 「めんどくさいんだけど~」

 神父の目の前にはそれまた何事もなかったかのように立つイレーネ。その傍らには騎士がいた。かつて白銀だったであろう甲冑を身に纏い、背中のマントに大きな赤い十字を背負う騎士。

 「まぁ、そう言うな。すぐの辛抱じゃ」
 「聖堂騎士団(テンプル騎士団)人形で私に勝てるとでも思ってるのかな?」

 神父の言葉にイレーネは少し不機嫌な様子で答える。

 「人形ではない人じゃ。その証拠を見せてやろう!」

 イレーネはそう言ったかと思うと騎士に近付き何か呟く。それに答えるかのように騎士はふらつく。
 そして騎士はイレーネを正面に見据えて

 「この時を待っていたぞ!! 魔女イレーネ!!」

 騎士の腰の携える剣が抜き放たれる。
 イレーネの首が宙を舞う。
 しかし血が溢れることはない。
 神父は感心したように口を開く。

 「人間を操る状態に近づけることで、生前の力に極限まで近づけるね。まぁ流石といったところね。普通どう足掻いても死体にしたとたん弱くなっちゃうし」

 騎士は剣を振りぬいた状態で動かない。

 「分かってもらえたらよい」

 地面に転がるイレーネの首から声がする。体はまだ立ったままだ。一般に人間から見たらこの光景は不気味極まりないことだろう。なんたって首が喋っているのだ、どこのホラー映画に迷い込んだのかと思うことだろう。
 騎士は剣を納めイレーネの首を体に乗せ切断面を包帯で覆う。

 「では、はじめようかのぉ?」
 「はいはい……軽く相手して帰るわよ?」
 「わしに向かってそんな軽口を言ったのはお前が久しぶりじゃよ!」

 騎士が神父へ駆ける。しかし駆けるとは行動を表したもので実際には滑っているようにしか見えない。そしてそのスピードは常人には捕らえられないだろう。
 騎士の剣先が神父の首を捕らえる。
 神父は銃を盾にそれを受ける。

 「なにっ!!」

 神父は剣を受け止めたのにも関わらずそのまま力押しで壁へと吹き飛ばされる。

 (これだけ強化しておいて受けきれない……)

 神父も、もちろん魔術師だ。肉体強化の類は当然といっていい。しかし騎士の力は予想外の強さを持っていた。
 歴代ローマ軍最強の肉体強化術式。それはもはや呪いといってもいい。
記述にはこうある。

 『入会志願者の許可は週一回行われる総会で行われました。もし盟友の大多数が同意すれば、2,3人のさらに上級の兄弟に調べられました。もし答えが満足なものであったら、つまり彼が自由身分で、貴族で、健康で、正当な出生を持っていたら、かれは棟梁の前に連れられた』

 貴族で、健康で、正当な出生。これは当時の騎士では当たり前のことだ。しかし聖堂騎士団には『自由身分』とくに妻子がいないことが重要とされた。それ理由はこうだ。

 『聖堂騎士団の戒律は非常に厳しい。戦闘においては、捕虜になっても慈悲や釈放を乞うたりせず、死ぬまで戦うこと。味方の人数が3分の1に減るまでは退却してはいけないことなどが原則であった』

 そう3分の1に減るまでは退却できない。これが彼らの呪いともいえる術式なのだ。
 
 もちろん神父もそれは知っている。それ故に問う。銃を放ち。距離をとりながら。

 「3分の1って……1人しかいないじゃない!!」

 イレーネは丁寧にも答える。

 「正確には全体の3分の1じゃ! 1人ならそうじゃな……両腕と片足といったところじゃろな」

 騎士は神父へと迫る。幾度となく弾をくらうがそんなもの甲冑の前では意味をなしはしない。
 神父の懐へと飛び込んだ騎士は振り上げるように剣を振る。
 神父は後ろへと仰け反り、間一髪のところでそれを回避する。
 だが騎士はさらに振り上げた剣を一歩踏み込み下ろしてくる。
 
 「痛いのは嫌なのよっ!!」

 騎士の剣が神父の肩に到達する。

 「ほぉ……まさか魔女ということもなかろうに……」

 剣は肩を切断しない。騎士の力をもってしても切れなかったのだ。
 神父の右手には銃があった。それは今での銃とは違いリボルバーという古い型の銃で装飾もされていない。

 「久しぶりなんだけど!!」

 パンッと神父は右手の銃を撃つ。
 騎士に当たったその弾は弾けるように爆発を起こして騎士をイレーネの元へ吹き飛ばす。

 「魔術師の癖に面白い物ばかり使うのぉ……銃で魔術を使うか……」
 「銃で再現できる魔術なんて山ほどあるでしょ? 使えるものは使う方がいいわよ?」

 神父と魔女イレーネは2人とも楽しそうに笑い相手を見る。






 そのころ午前の競技を終えた青髪ピアスを加え、少し雰囲気のある洋食レストランで昼食を取ることになったセシリアチームだったのだがその中で東条歩は、激しい怒りと格闘しながら、溜息を盛大についていた。

 「セシリア様、この人を何とかなりませんか? どうしてこうなった!!」
 「あァ? それはこっちの台詞なンだけどなァー」
 「まあまあ歩さんしろりーたんと仲良くしてくださいよ~」
 「あなたも仲良くしなきゃメッ!! とミサカはミサカはお姉さんみたいな雰囲気をだしてみたり!!」

 歩は目の前に座る、白い少年を睨み付けセシリアを見てまたも溜息をつくのだった。



[14728] シリアスなんていらない。6
Name: 凪砂◆54b74ba8 ID:dbd3eb5b
Date: 2010/01/08 05:09
目の前には白い髪に白い肌、黙っていれば男か女か日本人かどうかすら分かりかねる容姿、ここ学園都市、科学側と関わりを持って初めて敗れた相手。

 無表情には変わりはない、変わりはないが明らかに睨みを利かせその白い人物、学園都市第一位、一方通行(アクセラレータ)を見つめるのは魔女、東条歩(とうじょうあゆむ)
 彼女はアクセラレータを殺す算段を今も着々と考えている。考えてはいるがどうしても思うところがある。

 どうしてこうなった……。

 今現在の状況は、ここ学園都市での宿敵との再会としてはあまりにも滑稽なものだった。上記で話したように目の前にはアクセラレータ。しかしその隣には肩まで伸びた茶色い髪をした10歳前後の女の子、歩の右横にはセシリア、左には紅。その全員が1つの丸い窓際のテーブルを囲んで椅子に座っているのだ。ちなみに青髪ピアスはテーブルに収まりきらなかったので隣のテーブルに1人で座っている。
 こうして集まっている目的が昼食だと言うのだから歩にしてはある意味笑いさえ覚える。

 どうして……。

 ホントそればかり頭を過ぎるのだから溜息が出る。
 こうなったのには訳がある。セシリアとアクセラレータの横に座る少女が友達だった。それだけの理由だ。昼食の時間になり青髪ピアスと合流したまではいい。その後とりあえず席の空いている店を探していた歩を含むセシリアチームだったが、その途中で出会ってしまったのだ。
 もちろん歩は出会ってアクセラレータと目が合った瞬間攻撃をした。

 ものの見事に跳ね返されたが……。攻撃に移った瞬間あいつは、手に持っていた杖を捨てた……怪我をしているフリをしているだけか? 不可解な……

 戦闘にはなったがすぐにセシリアに止められ、あれよあれよと言う間に今の状況だ。歩としてはいろいろと納得が行かない。敵である目の前の第一位も同じ気持ちだろう、明らかに嫌そうな顔をしている。
 敵でありながら同じ気持ちを共有していることにも歩は嫌気がするし、このレストランの席がアクセラレータが睨みを利かせ、座っていた先客を蹴散らしたおかげだというのも気分がいいものではない。
 と、隣に座るセシリアは歩のその様子が不満なのか

 「あ~!! もう!! 仲良くしなきゃダメって言ってるじゃないですか!! 怒りますよ?」
 「…とは言われましても……。殺し合いした奴と仲良くする馬鹿が何処にいる!!」
 「上条さん!!」
 「……」

 くっ……。反論できない……。
 歩も上条を殺そうとしたことがあるのでその通りだ。しかし状況が違う。目の前の敵はそう言う類ではない……はずだ……。

 「しろりーたんもスマイルでお願いします!! ね、ロリミサさん」
 「そうそう、スマイルスマイル! って何気に微妙に名前変更されてる!! とミサカはミサカはセシリアの命名スキルに戦慄を覚えてみたり!!」
 「てめェにャぴッたりの名前じャねェーか、というかさっきから気になッてはいたンだがその『しろりーたん』ッて俺の事言ってンのか?」

 アクセラレータがセシリアにそう質問をする。
 その間も殺しの算段を立てていた歩は何を間違ったかアクセラレータがセシリアに質問した瞬間。

 チャンス!!

 ……とりあえず身を乗り出して殴りかかった。

 「てぉい!!」

 ゴスッっと言う音と共に拳がアクセラレータに届く前に歩はセシリアに魔導書で殴られテーブルに突っ込む。まだ注文した食べ物が届いていないのが救いだ。

 「セシリア今のは痛いわヨ?」
 「アレはハンパないで……」

 紅、続いて青髪ピアスがその様子を見て呟く。

 「歩さんなら大丈夫ですよね?」
 「はい。問題ありません。そう言う問題じゃないけどな!!」

 何事もなかったように歩は答える。

 「オイ! 俺の質問はどうなったンだァ?」
 「すいません!! その説明はチビミサさんからどうぞ!!」

 セシリアのその発言にチビミサと呼ばれた茶髪の少女は顔を赤くして俯きながら言う。

 「あのね、あのね。セシリア言うにはしろりーたんはあなたの特徴でもある『白』プラス、ちょっと恐いあなたにかわいらしさをと言うことで『たん』そして『ミサカ大好き』なんだって……ミサカはミサカは嬉しいやら恥ずかしいやら……」
 「なァ! ……」
 「兄さん。ロリは大事にするもんやで!」

 驚きの表情のアクセラレータに青髪ピアスが隣のテーブルから身を乗り出してそう言う。

 「てめェは黙ッてろ」
 「うす!」
 「嫌だ? とミサカはミサカは聞いてみたり……」
 「いや……別にいいンじャねェか? 名前なんて別になんだッて」
 「うれしい!! ミサカはミサカはバンザイで表現してみる!!」
 「よかったですねチビミサさん!」

 しかしそこで紅が一言。

 「て言うか要するにロリコンって事でしョ?」
 「なるほど。おいロリコン! え? 何睨んでんの? 呼んでみただけだから」
 「ブチ殺すぞ!!」
 「大変申し訳ありません。ロリコンが声出して喋ってるんだけど、どうしよう?」
 「……テメェ」
 「まぁまぁ! 歩さんあんまり煽らないでくださいよ~!」
 「て言うか原因はセシリアな気がするんだけド」

 先ほどからこんな風に何か話しては歩とアクセラレータ喧嘩(殺し合い)をしそうになるというとが続いていた。
 これはこれでセシリアからしたら、ただ楽しんでいるだけなのかもしてないが、それは歩には分からない。

 「店員は何してンだァ? 注文してから結構たッてンぞ?」
 「大覇星祭で客が多いから忙しいんやできっと、兄さんそう焦ったらあかんで? 気長に待ちましょうや」

 大覇星祭で店の中は常に満席だ。この忙しさなら多少遅れるのも致し方がないことなのだろう。
 そんなことをふと歩は考える。

 「ねぇ。みんな何でか気付いていないようだから言うけド」

 と紅が窓を指差して。

 「あの子知り合イ?」

 窓の外には寂しそうにセシリア達を見つめる真っ黒の日本髪の少女、姫神秋沙(ひめがみ あいさ)が立っていた。
 
 「姫神さん!!」

 セシリアが叫ぶ。

 「僕としたことが気付かんかったー!!」

 青髪ピアスが叫ぶ。

 チビミサとアクセラレータは姫神に視線を移す。
 そして歩は姫神のことなどなんとも感じず。

 チャンス!!

 アクセラレータに殴りかかる。

 しかし

 「てぉい!!」

 またもセシリアによってテーブルに突っ込む破目となる。
 それに対して紅は。

 「ねぇ、歩。それ楽しイ?」

 姫神が昼食に加わることとなった。
 あえてもう一度言おう。
 姫神が昼食に加わることとなった。
 要するに1人増えたのだ。1つのテーブルに座れる人数は5人。2人は隣のテーブルだ。姫神が来る前までは青髪ピアスが1人で座っていたが、そこに後から来た姫神が加わる。普通ならそう思うだろう。もちろん歩もそう思った。いやもしかしたら男と女で分かれる可能性もある。それが歩にとってはベストだ。
 だが現実は違った。




 「これは何かしらの陰謀を感じなくはないのですが……。どうしてこうなる!!」
 「奇遇だなァ! 俺も今そう思ッてたとこなんだがなァ」

 歩に目の前には先ほどと同じくアクセラレータ。しかし隣には誰もいない。
 そう、なぜか隣のテーブルに2人で座らされたのだ。これはもう悪意しか感じない。

 「セシリア様。私はこの状況について断固として抗議したいと思うのですが? ありえねぇ!! イジメだろ?」

 しかしセシリアは。

 「姫神さ~ん! 何食べたいです? 何でも頼んでください。全部歩さんがおごりますよ? あ! 暑くないですか? 扇ぎましょうか?」
 「ん。大丈夫。ありがと。」
 「セシリア様? 聞けよ!!」

 何かセシリアは異常に姫神をかまっていて歩の話を聞いてくれない。
 実はそれには理由があって、今日姫神が大怪我をすることを知っていながら助ける気のさらさらないセシリアだが、流石に本人を目の前にすると罪悪感が沸くようで以上に優しくなっているのだ。
 しかし、姫神はそれどころではないらしい、席についてから紅を凝視しているのだ。

 「私の唯一のアドバンテージ……」
 「なニ? 私がどうかしタ?」
 「おい…… 誰か席交代しろ、ッてンだろ!」
 「大丈夫ですよ! 姫神さんの持ち味は服装なんかじゃないですよ!」
 「え! なに、なに? ってミサカはミサカは乙女の悩みに参加してみたり!!」
 「セシリア様? このロリコンも嫌だ言ってんだから代われよ!」
 「あ~! そやで巫女服にも種類がある! ミニやミニやミニがありますねん」
 「え~! ミニはないわヨ!」
 「私。ミニでも似合うかな?」
 「姫神さんなら何だって似合いますよ~!!」

 「「……」」

 歩とアクセラレータは何故かこの時ばかりは息を合わせることに成功した。それが偶然の産物か故意かは本人達にも分かりはしないが

 ((帰ろう……))

 歩とアクセラレータは同時に席を立ち机を同時に蹴り飛ばそうとして

 「「とぉい!!」」

 同時にテーブルに突っ込んだ。
 片方はセシリアの魔導書によって、そしてもう片方はチビミサチョップによってだ。

 「セシリア達ワザとやらせてるよねこレ」

 紅は呟く。

 




 一方、謎の神父と交戦中の『探求の魔女イレーネ』は自ら戦闘を始めたにも関わらず戦闘を放棄し傍らの騎士に抱きついていた。その周辺は戦闘の痕だろう、瓦礫が重なり地面が抉れている。

 「神父!! もうよい!! どこへなりとも行け!! しかし今度私の目の前に現れた時は本気で行くからな……あぁ……ジークフリートの左手が……こんなことになるならお前を連れてこなければよかった……あぁ!!」

 神父はそんなイレーネの様子に呆れた顔で

 「何それ……死体に恋でもしてるの? たかが左手1つで……魔女の癖になんて脆い心かしら……ってまぁ強い魔女なんてみんなそんなもんか……ホント世の中矛盾だらけだわ……」

 神父はそう言うが、イレーネは聞く耳を持たない。もう神父は眼中にないようだ。     

神父は静かに銃を袖に納め、路地の奥へと消えていった。







 上条当麻、セシリア、イレーネ。様々な人物が様々なことをしているそんな中、学園都市のとあるオープンカフェに男2人がコーヒーを飲みながら話していた。
 1人はさわやかな少年、その実はアステカの魔術師であり今は海原光貴(うなばら みつき)の姿と名前を借りている人物。
 もう1人はオールバックの髪型に柄シャツといった古めかしい格好をした男。
雨宮信吾(あまみや しんご)

 「いやいや、魔女セシリアの時もそうでしたが魔女イレーネに会った時も生きた心地がしませんでしたよ……どちらも見た目は可愛い女の子というのに」
 「セシリアがか? ……何かの間違いだろ」
 「ああ、そう言えば雨宮さんは知り合いでしたね。まぁ魔術師には魔術師の感覚と言うのがあるんですよ」
 「その魔術自体が胡散臭いんだがな……しかしあながちありえない話でもないか……」

 雨宮は何かを思い出すように言う。

 「私個人としてはセシリアよりもやはりイレーネが恐いですね。個人の力ではセシリアが強いかもしれませんが、死霊使いのイレーネです。聖人の死体を持っていても不思議ではありません。ないとは思いますが、それが20体もあれば世界征服も可能でしょう」
 「さっぱりだな……」
 「分かってもらおうとは思いませんよ」
 「そうかよ……」

 海原は携帯を取り出し時刻を確認する。

 「ではそろそろ次の仕事に行きましょうか」
 「ああ……」

 2人は席を立つ。
 



[14728] シリアスなんていらない。7
Name: 凪砂◆54b74ba8 ID:dbd3eb5b
Date: 2010/01/15 23:42
 機を逃したか……。

 2人きりのテーブル。正面で大きく脂ののったステーキをどこか優雅に切り分けて食べるアクセラレータを見て東条歩はそう思う。
 セシリアと紅、青髪ピアスにチビミサと呼ばれる少女だけならまだよかった。しかし姫神が来たことによって何か起こした時に上条に伝わる可能性が大きくなる。青髪ピアスはセシリアがどうにでもしてくれそうだが、姫神は分からない。もしアクセラレータを殺し、それが上条に伝わるのは非常にまずい。
 今回は諦めよう……。
 歩はアクセラレータの自分よりきめが細かく白い肌に幾分かの不満を覚えながらそう思うことにした。

 一方アクセラレータも内心では困っていた。

 (チッ……いつ仕掛けてくるかわからねェッてのはやりずれェ……この俺が何でこンな警戒しなきャなんねェンだ)

 『最強』のベクトル操作による反射を持つアクセラレータにとって今のような状況は初めてだった。
 それと言うのも訳がある。今までだと相手がいつ何をしてこようと反射できたのだ。
 しかし今は違う。
 8月31日にアクセラレータは怪我を負った。それも脳に障害が残り演算が出来なくなったのだ。それは能力の使用はもちろん、体を動かすこと、話すことが出来なくなることを意味する。だがここは学園都市、科学の頂点である。ミサカネットワークと呼ばれるものに代理演算を任せ、その障害を克服することに成功したのだ。

 アクセラレータはナイフとフォークを置き、首に付けているチョーカーに右手を添える。

 このチョーカーはただのチョーカーではない。チョーカー型の電極になっており、バッテリー式の通信機のようなものだ。これによりアクセラレータはミサカネットワークと繋がることが出来る。
 だからと言って今まで通りと言うわけにはいかない。この演算補助デバイスには通常モードと能力使用モードがある。歩行や会話等の日常動作を行う程度ならバッテリーは48時間程持つ。しかし反射等のベクトル操作を扱う能力使用モードでは15分がやっとなのだ。しかもバッテリー自体がこのチョーカーを作ったカエル顔の医者によるハンドメイド品、替えなどない。
 要するにバッテリーが切れれば充電するしかない。その間は何も出来ない弱者となってしまうのだ。
 そう、今のアクセラレータには能力というシェルターはもうないのだ。目の前にいつ攻撃してくるか分からない奴がいたとしても無闇に能力使用モードには出来ない。
 しかも目前の体操服姿の無表情女はアクセラレータから見て戦う気があるのかないのか微妙なのだ。
 敵を伺いながら行動するなどやったことがない。正直やりづらい。
 それが今現在のアクセラレータの心境なのだ。

 (……くッ……しかし……)

 しかし、今アクセラレータにはそんな心境をも打ち破られるほどにイライラしてしまうことがあった。
 アクセラレータはナイフを無造作に怒りを込めてステーキに突き刺し、

 「さッきから胸焼けがすンだよォォオオオオオオ!! もう止めやがれェ!!」
 「? 何の話でしょう? いやマジで何のこと?」
 「テーブルを見ろォ!! 何が見える! 俺の目の前にはステーキ、それはいい。だがなァ……なんでテーブルが空の皿で埋まってンだァ!!! しかも全部デザートたァどういうことだァ!! 俺が肉を半分食う内にテメェは何皿食ッたァ!! 見てて吐き気がするンだよォォオオオオオオ!!!」

 2人しかいないはずのテーブルには皿の山。その全てが歩の平らげたものだ。いくら女の子はデザートが好きと言っても歩の量とスピードはけして普通ではないのだろう。
 アクセラレータの叫びはいたって真っ当な意見だったのだが、歩としては文句を言われて、いい気分な訳はない。
 歩はとりあえず今食べているアップルパイの皿を撃破し反論する。

 「何を食べようが人の勝手だと思いますが? アァ? 甘いものはすぐにエネルギーになるんだよ!! テメェは肉ばっか食いやがって栄養考えろ!!」
 「テメェが言うことかこの能面女がァァアアアアア!! 男は肉だけ食ってりゃいいンだよォ!! すぐエネルギーにって言うがなァ、そンなもンだけで夜まで保つ訳ねェだろ!!」

 歩はその言葉にまだ食べていないショートケーキの皿を目の前に持ってくる。そしてフォークでケーキに乗る可愛らしいイチゴを刺し、アクセラレータに見えるようヒラヒラと動かす。

 「あァ? 何だァ?」

 それから一拍間をおいて

 「イチゴにはすごい栄養とパワーがあるんで、これ一個で夜までお腹が空くことはないですし、疲れもしません。 知らなかったのか?」
 「……な訳あるかァァアアアアアああああ!!!! 仮にそうだとしてもテメェ食い過ぎだろォ!!」
 「はぁ……要するにどうしても肉を食べさせたい訳ですか? ロリコンに肉を強要されてるんだけど」
 「そうだァ!! 肉を食ッてりャいいンだよォ!!」

 とりあえず話がずれてきた2人だったが隣の席はどうか。

 こちらはみんな仲良く同じオムライスを頼んでいた。オムライスはデミグラスソースのかかった店長のこだわりだそうで、見た目だけでずいぶんと食欲がそそられる。 
 パクパクと食べるセシリアを含む5人だが今現在の話題の中心は、セシリアの頑張りもあって姫神だ。

 「姫神さんには料理という簡単そうで意外と出来ないスキルがあるんですよ!!」
 「おぉ~!! 料理が出来る女はモテると聞いたことがある。とミサカはミサカはテレビの情報を掲示してみる」
 「得意って程じゃない。言い過ぎ。」
 「いや、いつも綺麗なお弁当持ってきてますやん!!」

 そんなメンバーの中、巫女服に髪に付けた大量の鈴が印象的な紅が会話に参加しようと

 「得意料理とかあるノ?」

 「姫神さん!! 最近上条さんとはどうなんですか~?」
 「え! なになに! とミサカはミサカは恋の予感に敏感に反応してみる」
 「どうって……。どうもないけど」
 「あ! 店員さんその服可愛いで~!」
 「はぁ……ありがとうございます」

 紅は思う。
 あレ? ……聞こえづらかったかナ?
 今度は身を少しだけ乗り出してさっきよりも大きな声で

 「上条君のこと好きなノ?」

 「寮での1人暮らしも大変ですよね~」
 「家事とか大変だよね! とミサカはミサカはまだ見ぬ将来の参考に聞いてみる」
 「そんなことないよ。家事って言っても1人分だし部屋もそんなに広くない。」
 「だからね。僕としては二次元と三次元両方愛してこそ本物と思うわけなんですわ」
 「お客さん。ちょっと黙ってくれません?」

 紅は思う。
 んン? ……無視されてル? 何デ?
 何かの間違いだと思いたい紅は隣のテーブルの歩に話しかけてみることにした。

 「歩! どのデザートがおいしかっタ?」

 「だからよォ コンビニはファ○リーマートが1番だろォ 種類的にもよォー」
 「そうでしょうか? 個人的にはロー○ンの方が菓子類の種類は豊富な気がしますが? 分かってないな!」

 「……」

 紅はまたも思う。
 そっちモ!! ていうか何の話してんのヨ……。
 さすがにこれなラ!! そう思った紅は叫ぶ。

 「オムライスおいシィィィイイイイイ!!!」

 しかし紅のいるテーブルは

 「こうなったら姫神さんにも何かあだ名を……」
 「え? ちょっとうれしい。」
 「う~ん 難しいよねなかなか。 ミサカはミサカは頭を捻って考えてみる」
 「待って!! その言葉はヤバイヤバイで!!」
 「な! ……別に好きで言ってるわけじゃないからね!! お客さんが悪いんだから……」

 歩とアクセラレータは

 「わかッてねェ……わかッてねェよ……ダークホースはイレ○ン。ッてことをなァー!!」
 「そんなことが……。くそっ!! しくじった!!」

 紅は立ち上がり思いっきりテーブルを叩く。

 「私の話を聞いてヨォォォオオオオオオ!! あと歩達は何の話してんのヨォォォおおおお!!」

 こうして楽しい昼ごはんは過ぎてゆくのであった。






 御坂美琴(みさか みこと)は午前の競技が終わり、待たせておいたイレーネを探しに別れた場所までやって来ていた。

 「どこいったのかしら? ちゃんと場所決めておけばよかったかな……失敗したわ……」

 大覇星祭中の人込みは満員電車といかないまでもそれに近い込み様である。連絡手段を持たない相手との再会はなかなかに難しい。明確な待ち合わせ場所がなければすれ違うこと必死なのだ。

 しかし再会は時として意外にあっさりと来るものでもある。

 「ん?」

 御坂は自分の服の袖を引っ張られる感覚に後ろを向く。

 「あ! イレーネ! よかった見つかって今から母さんと合流して昼ごはんなんだけど一緒に来ない? ……って――」

 御坂はそこで気付く。幼い顔をしたイレーネのその目元に涙の痕があることを。

 「どうしたの? 1人で寂しかった? あ……ごめんねさっさっと行っちゃって……」

 ませてはいてもまだ子供だ。1人で寂しかったのかもしれないそう思っての発言だった。

 「御坂……わしはもう帰る」
 「帰るって、まだ大覇星祭始まったばかりよ?」
 「いい興味なくなった」
 「ああ、明日は? まだまだ日はあるし、今日は帰って休んで明日また……」
 「今日でもう帰ると言ったんじゃ……」

 イレーネは俯きそう言う。
 
 「そう……」

 御坂は考える。何があったかは分からないがイレーネがすごい気落ちしている。ここは強制的にでも連れまわして楽しませるか、それともこのまま帰らせるか……
 だが御坂の考えが固まる前にイレーネが俯いていた顔を上げ、無理やりの笑みを作って御坂に話しかけてきた。

 「今日はありがとう。楽しかったぞ」
 「いや、私何もしてないわよ? 実際ホントに」
 「そう言うことじゃない。 とりあえずまた来た時は案内を頼むぞ? あとゲーム機も用意しとくのだぞ?」
 「偉そうね……」

 御坂も笑みを作るこちらは自然に

 「まぁ……任せておきなさい! 買っておくから早くゲーム機取りに来るのよ!」
 「うむ。 じゃあな」
 「うん。 またね」

 こうしてほんの少し、ほんの少しだけ科学の頂点『レベル5』と魔女の頂点『魔女狩りを生き残った魔女(ロストウィッチ)』は交わる。



[14728] シリアスなんていらない。8
Name: 凪砂◆07c826d8 E-MAIL ID:dbd3eb5b
Date: 2010/01/18 01:32
 昼食を終え歩くのはセシリア、歩に紅またの名をセシリアチーム、一方通行(アクセラレータ)組は病院に戻るそうでレストランを出てすぐ別れた。どうやらアクセラレータはまだ入院中で外出許可をもらってきただけだったようだ。
 青髪ピアスと姫神は午後の競技があるので途中で別れた。もちろん同じ学校の同じクラスである歩も行かなければいかないはずだがセシリアの「どうせ上条さん参加しないですよ」の一言で参加しないことにしたのだ。


 「さぁ、どこいきましょう?」
 「ん~……もうお腹はいっぱいだしネ」
 「じゃあ食べるのは無しですね。 歩さんはどこか行きたいとこあります?」
 「……」
 
 歩はどこか聞いていないようだ。

 「歩さん?」
 「リドヴィアを探しましょう。それが目的だろ!」
 「は!! なぜまた急に真面目に!!」
 「私はあえて言ってなかっただけだからネ……」

 セシリアは心底驚いた顔をして紅はやっとその話題が来たと言わんばかりに呆れた顔をする。
 歩は何も真面目に教会勢の為に協力しようと思ったわけではない。何も変わっていない歩が動くのは魔女としてか、もしくはここ最近増えてきた人間らしい感情に従ってかだ。
 そして今回はその人間らしい感情の中でも歩自身よく分からない上条当麻に対しての何らかの感情によってだ。
 
 と、たいそうな事は言ったが実際にはそんなこともない。

 『上条君のこと好きなノ』
 『姫神さん。最近上条さんとはどうなんですか~?』
 『どうって……。どうもないけど』

 先ほどの昼食中の姫神たちの会話の一部だ。(実際には会話にならなかったものもあるが)これを歩はアクセラレータと喧嘩のような会話をしながらしっかりと聞いていた。
 そしてその後、頭の隅で考えた結果。

 姫神は上条のことが好きなのでは? だとしたらこうしてサボっている暇はないのではないのか……上条の役に立たなくては
 と言うことだ。ずいぶんと短絡的であり要領得ない解答ではあるが、これが歩の下した判断だった。その中に『自分が上条のことが好きだから』などという回答がないあたり歩らしいとは言えるかもしれないし、『姫神を上条に見つからないよう殺そう』と思わないあたりまだ冷静なのかもれないが……。
 少なくとも魔女としての東条歩を崩すほどには動揺している歩だったりする。

 歩は足を止め無表情の中に出来るだけ真面目さを出して言う。

 「上条様も頑張っていられるようですし、もうそろそろ協力しようかと思います。姫神が上条好きとか気に食わないんだけど」
 「本音出てるわヨー」
 「しっかり聞いてたんですね~」

 紅が髪に付けた鈴を鳴らし笑いながら、セシリアはニコニコとまた違う笑いを浮かべながら言う。

 本音がバレたか!! くっ……どうして気に食わないなどと聞かれても返答が出来ない……。
 そう、歩はそれについての答えは今のところ持ち合わせていない。
 それを聞かれたらどうしよう? 
 などと考えているとセシリアが

 「じゃあ仕方ないんで一応向かってみます? まぁ適当にですけどね~」
 「がんばれ歩!!」

 なぜ聞かれない? 歩はそう思ったが今はいいとすることにした。

 「(デ、セシリア意外に簡単に認めたわネ。もっと嫌がるかと思ったんだけド)」
 「(まぁ今に始まったことじゃないですしね~。というか今の断ってたら多分何かしらの攻撃がきそうなので恐かっただけです)」

 と、まあそんな会話をこそこそと話しながらセシリア達は学園都市外へと出る。もともと学園都市外部へ向かっていたのでさほど距離はなく無人バスで30分程だった。だがそこからどうやってリドヴィアを見つけるのだろうか? と歩と紅は思っていたがそこはセシリアだ『なんとなく』に決まっている。

 「見つかるわけがないと思うのですが? 相手は見つからないようにしてるんだぞ?」
 「なんとなくはないワ~」

 普通はそのはずなのだが……



 「なぜ見つかったのです!! 注意は完全に学園都市内部に向けていたはず……探知系の魔術を使われた気配も無しですのに!!」
 「「……」」
 「ほら、いましたよ」

 セシリアはシレッと言う。
 そして歩は考える。
 セシリアは魔術を使っていない……ほんとに何となく歩いて何となく入ったホテルのロビーにいた。わからない。
 分かるわけがない。本当に適当なのだから。

 「セシリア・アロウですか……情報どうりの見ためですね。ビアージオ司教に感謝しなければいけませんね危うく、ただの子供と見るところでした。となるとそちらの女子高生も魔女でしょうか? そちらは巫女のようですが」

 古く擦り切れ色あせた修道服を着、元は美人だったのであろうその長い髪も肌も痛みきって輝きを失っている。彼女こそ『告解の火曜(マルディグラ)』ことリドヴィラ・ロレンツェッティ。生粋のローマ正教徒にして宣教師である高位の修道女。片腕には布で巻かれた大きな剣の様な物を抱えていた。
 彼女は焦る。人が込み合うホテルのロビーその中央で対面する3人に見つかったことに。
 見つかるはずはなかった。注意は完全に学園都市内に向けていたのだ。正確には運び屋であるオリアナに向けていた。オリアナにはワザと追われてもらっているのだ。 
 その上で自分は学園都市外部にいるという安全策を取ったのだ。なぜなら例のものは彼女自身が持っている。
 そういう計画だったのだ。
 誰もの意表をついたつもりだった。
 しかし見つかった。
 それも『最強の魔女』にだ。絶体絶命と言ってもいい。
 だが……だからこそ、彼女の口から笑いがこぼれる。

 「うふふ……」

 セシリアがどうあれ、こちらのやる気がどうあれリドヴィアは知るはずもない。彼女にとっては危機的状況のはず。それなのに笑う。それを不審に思った紅が問う。

 「何がおかしいノ?」
 「ふふ……ふはははははぁはははッ!!! 何という困難!! 何という壁!! これを乗り越えた時の踏みにじった時の喜びはどれほどのものか、あぁ!! 想像しただけで顔が緩む!! 体が震える!!」

 目の前の状況が困難であればあるほど。目指す地点が高ければ高いほど。
 それを踏破した時のことを考え、無上の喜びを見出す。それはスポーツ選手が生涯のライバルと出会った時の感覚にも似ていた。
 彼女は進む。どんな妨害があろうとその行為自体が彼女を進ませてしまう。熱狂的に喜びしか感じずに。それはまるでリオのカーニバルやドイツのファッシングの様に。そしてそれら熱狂的な祭りの名は十字教では『告解の火曜』と言う。

 リドヴィアはまだその熱冷めぬと言った風に言葉を発する。対するセシリア達は歩が攻撃しようとするのをセシリアが止め、紅はリドヴィアの様子に唖然としていた。

 「魔女セシリア。私は知っています。イギリス清教は必死で隠してるみたいですが知っているのです。世界中を回った時に聞いた噂の数々。魔女セシリアは、かの『最強の修道女』ナイル・ヴァン・フックの弟子だと……そしてその『最強の修道女』の急な死亡。そしてその数年後に現れた『最強の魔女』私はあなたが殺したのではないのかと疑っているのです。そう……なれば!! なれば!! あなたを倒せば『最強の修道女』を超えたことになる!! その時の喜びは!! 果たしてどれ程のものか!! 異教徒の修道女でありながらその頃の修道女誰もが憧れたと言う強さを持つ修道女!! それを超えると言う喜びはいかほ……」

 リドヴィアはそこで演説にも似た熱狂を止める。ホテルの客であろう人たちの、おかしなものを見る目が痛いわけでも、セシリアが抑える今にも有無も言わさずに殺しにきそうな女子高生が恐いわけではない。ただ少し、少しだけ冷静になっただけだ。あまりにも目の前の困難が甘美な誘惑過ぎて本来の目的を忘れるところだったのだ。セシリアを倒すことは後でもいい。今は現在進行中の計画の為逃げなくてはならない。

 (だめです……誘惑に負けては……誘惑に負けては)

 リドヴィアは必死に自分を制して飛ぶ、真横へ窓に向かってだ。
 逃げ切れるかどうかはともかく、戦うにしてもここはダメだ一般人が多すぎる。
 そう思い飛ぶ。

 (ナイル・ヴァン・フック……ナイルさんの友達?)
 
 セシリアの中で何故かその名前が残り、同時に何故かその名を口にしたリドヴィアにイライラした。

 そしてセシリア達は。

 「……ほら歩さん行きますよ!!」
 「お騒がせしましタ~」
 「このまま追いかけた方が……。行っちまうぞ!!」

 しっかりと玄関に向かって歩き出す。

 

 


 そのころ上条当麻……ではなく魔術師ステイル・マグヌスは公園のベンチに座りながら困っていた。

 「こらーっ! 学園都市の路上は終日全面禁煙なのですっ!!」

 目の前にいる小さな教師にステイルは苦い顔をする。

 「むむっ! 失礼ですけど、お歳はいくつなのですかっ? 小萌先生には、どうにもあなたが未成年に見えるのですよーっ!」
 「だったらどうだと言うんですか」
 「叱るに決まってるのです! あ、もう、きちんと話を聞いてください! そっぽ向かないでこっちを見るのですよーっ!!」

 お怒りの小萌先生はステイルの口からタバコを奪い。ステイルの体をペタペタと触りタバコの箱も奪う。

 「……」

 ステイルは誰かにこんなにも助けを求めたくなったのは久しぶりだった。



[14728] シリアスなんていらない。9
Name: 凪砂◆54b74ba8 ID:dbd3eb5b
Date: 2010/07/18 03:18
 リドヴィアを逃がしてしまったセシリアチームは今現在学園都市外のコンビニの前で、学園都市製である携帯を使ってセシリアが何か探しているのを、携帯の持ち主である歩と紅が見守っている。と、いう状況なのだがいまいち雰囲気が悪い。
 それというのも

 「あ~……どこ見ればいいいんですかこれ!!」
 「地図見てどうするノ」
 「ここか? ここですね……」
 「なにを探していらっしゃるのですか? 答えろよ!!」
 「そんなこと聞く暇あったら何か飲み物くらい買ってきてください!!」
 「……」

 セシリアの機嫌が悪い……。これが今歩と紅が共有する唯一の事柄であり、大変やりづらい。携帯で地図を見ているらしいセシリアは落ち着かない様子で右足をずっと揺すっているし表情も、眉間にしわを寄せて機嫌が悪いです、と主張している。見る人が見れば小さな女の子が怒っているだけなので可愛らしくも見えるかもしれないが、歩と紅はその女の子が『魔女セシリア』という事実と普段の陽気さを知っている分、内心戦々恐々としていたりする。

 「(ねェ。逃がしたのがそんなに嫌なのかナ。 でも逃がした時はそんなでもなかったわよね?)」
 「(さぁ? 私には分かりかねます。ウザ過ぎるな……真面目に殺してぇ!!)」

 特に歩としては、セシリアはどんな状況でもいつもの調子を失わないことを何度も経験している為、余計に今のセシリアの様子が不気味だと思っていた。確かにローマ正軍騎士との戦いで取り乱していたが、その後の事を考えても、あれ自体が何らかの術式または儀式だったのではないかと今では思っている。だからこそ今のセシリアの異常事態も何らかの意味があるのではないかと、しっかりと観察している歩ではあるが、分からない。どう考えても分からない。

 「喉が渇いたと言っているんです!!」

 セシリアが携帯から視線を離さずコンビニを指差す。
 機嫌が悪いだけで言っていることはいつもと変わらないが、たったそれだけの違いがいつもより無性に腹が立つ。
 しかし、今刺激するのもどうかと思った歩は素直に聞くことにする。

 「何を買ってこればいいのでしょうか? ナメタ態度とってると殺すぞ?」
 「私が喉渇いたといったらオレンジジュースに決まっているじゃないですか!! オレンジです!! オ・レ・ン・ジ!! 果物のオレンジを搾ったやつ!!」

 いつ決まった……。
 そう思った歩だったがそこは黙ってコンビニへ入ることにする。

 セシリアと残された紅は何とかこの雰囲気を壊そうと出来るだけ明るくセシリアに話しかける。

 「見つかっタ~? なに探してるか知らないけど、あんまり真剣にやりすぎても気が滅入っちゃうわヨ~!! さサ!! ここはセシリアらしく適当に行きましょウ!!」

 しかし、セシリアの反応はそんな紅の気遣いを完全に無視する形だ。

 「……少し黙っててくれます?」
 「むッ……」

 さすがに今の返答には大人な紅も、少しだけ子供に戻ることを許されるだろう。
 紅はセシリアの後ろに回って両手をグーにする。この時に少しだけ中指の第二間接だけ出しておくのがポイントだ。
 そしてセシリアのこめかみ目掛けてそのドリルと化した両の手を最大限めり込ませ回転を加えてやる。
 まぁ、すなわち俗称グリグリだ。

 「うぎゃぁぁああああああああ!!!! 痛いぃぃいぃい!! 痛いぃぃいい!!」

 セシリアは手に持つ携帯を落としてジタバタト暴れまわる。しかしここで止めるわけにはいかない。

 「謝りなさイ!! 八つ当たりしてゴメンナサイって謝りなさイ!!」

 実際にはセシリアの機嫌が悪くなった原因が分からない訳だから、八つ当たりかどうかも信憑性はない。だが、そこは自分に非はないと信じている紅。考えはしない。

 「ご~め~ん~な~さ~いぃぃいいいいいい!! やめてぇぇえええ。もう止めてェええ!! 何か強い!! 肉体強化とか絶対使ってるぅぅぅうううう!!」
 「ふン!! よシ!!」

 紅はそう言ってセシリアを放す。放してもセシリアは痛さのあまりかこめかみを押さえてゴロゴロと転がる。これまた、見る人が見れば年上の女性に怒られている小さな女の子という、微笑ましい光景なのだが、実際には魔術師パワー全開な凶器となった両のドリルが襲って気たのだから拷問に近い。
 フッー、フッーと息を荒くしたセシリアが落ちた携帯を拾い起き上がる。

 「デ? 怒ってた理由は何なノ?」

 ここで紅が今まで聞かなかった当然至極な質問をする。

 「……」

 どうやら八つ当たり出来ないなら、無視する作戦に出たらしい。

 (いい根性してるワ……。こういう時の友達って事を教えてあげル……)

 小さな子供に人生を教えるつもりで紅は不敵に笑みを作る。実際はセシリアの方が年齢が高い、ということは紅も知っているはずだこのセシリアを見ているとそんなことも忘れるのだろう。

 と、そこにコンビニから歩が出てくる。持っている袋の中身がセシリアのオレンジジュース+自分のオヤツなのはご愛嬌だろう。印籠をだすのが当たり前、それが水戸黄門。くらいのどうしようもないことと思ってくれればいい。

 「セシリア様どうぞ。 機嫌直ったか? あとさっきは言わなかったがリドヴィア見つけたの上条に報告しなくていいのか?」

 歩が差し出した紙パックのオレンジジュースをセシリアはまたも携帯から視線を離さず受け取る。そしてもちろん歩の質問については

 「……」

 無視である。

 「上条君に知らせたほうがいいでしょウ? あっちの情報も欲しいし、着信何回か入ってたんでしョ?」

 今度は紅が似たような質問をするが。

 「……」

 やはり無視である。
 ということは、まぁ当然ではあるが紅のドリルがもう一度セシリアを襲う。

 「うぎゃぁぁああああああああ!!!! さっきよりいたいぃぃいいいい! 痛い!! 何割り増し?! 二割り増しくらいですかぁぁああああ!!!」

 またもジタバタと涙を瞳いっぱいに溜めながらセシリアは暴れる。

 「じゃあちゃんと答えなさイ!!」
 「上条さんならそんなことしなくても大丈夫ですぅぅううう!! あと! あと! この辺にいるイギリス清教の人達が動かなければリドヴィアさんも逃げたりオリアナさん呼んだりしないと思うんで大丈夫ですよぉぉおおおお!! 私たちは悪魔でセシリア派と言うことでぇええええ!! リドヴィアさんも厄介な奴が霊装奪いに来たと思ってるでしょうしぃぃぃいいいい!! もう一度隠れて計画実行しようとするでしょうから霊装使う場所を先に探しておけばぁああああ!!!!! はい!! もう言ったからぁあああ!! お願いぃいいいいっ!! 助けてェェェっ!!」

 なんだちゃんと考えてるんじゃなイ。と思った紅だったがそこで1つ気付く。もちろん歩もだ。

 ((霊装を使う?))

 目的は『刺突杭剣(スタブソード)』の取引ではなかったのか? その疑問が紅と歩は同時に芽生える。こんな所まで来て『刺突杭剣(スタブソード)』を使うなど意味がない。なぜなら話によれば世界中どこにいても『聖人』を殺せる霊装のはずなのだから。

 「どういうことです? 知ってんだろ!!」

 歩が紅のドリルから開放され地面で転がってるセシリアに聞く。

 「へ? だって『刺突杭剣(スタブソード)』なんて誰も持ってないですよ? でもって取引でもないですよ?」

 何を今更見たいな顔で言うセシリアだが、歩と紅からしたら「聞いてない!!」と言いたくなる。
 その情報が本当なら初めの前提からして違う所だらけだ。本当に溜息がでる。

 「ん? どうしたんですか2人とも?」
 「お願いします。 やれ!!」
 「了解しましター!!」
 「あの……嫌だ!! もうヤダぁぁあああ!! うぎゃぁぁあああああ!!! 今度は五割増しぃぃぃいいいいい!!」

 とりあえず紅のドリルのレベルが上がった。








 セシリア達から逃げたリドヴィアはここ3時間は逃げ回っている。路地裏を行き来したり普通に大通りを歩いてみたり。いや、正確には追われてはいないが動き回っている。最終目的地は決まっているがそこに誰も近づける訳にはいかない。ちなみにオリアナと連絡を取ったところオリアナを追っている魔術師はリドヴィアを追う気配はないそうだ。それにここ、学園都市外部にいるイギリス清教の魔術師や他の魔術結社にも動きがない。それを探る為に動き回っていたのだがこれはどういうことか?

 「魔女と教会、魔術師は……協力関係にない? 例外はあの巫女だけなのでしょうか?」

 リドヴィアは考える。確かに相手が魔女なら他の組織と情報の共有をしていない可能性は十分にある。となればチャンスだ。どうあろうが計画を中止する気はない。オリアナはこのまま教会勢の目を学園都市内部に集中させる役割を続行してもらうとして、自分は魔女から逃げればいいのだ。
 しかし確かな情報はない。こちらが何らかの罠に掛かってしまっているというのも考えられる。
 
 (情報が欲しいところですね)

 しかし敵の情報を掴む術はない。ここは自分の経験に従って動くしかない。ある意味博打にも似た気分だ。しかし

 「だからこそ、だからこそいいのではありませんか!!!」

 彼女は目的地へと足を進めることにした。ここからは誰にも見つかってはいけない。出来るだけ人の少ないところをいかなくてはならない。彼女はオリアナのように『追跡封じ』の魔術などといったものは使えない。単純にかくれんぼだ。
 とりあえずは大きな通りを避け裏通りを歩くことにしたリドヴィアは裏通りへと繋がる路地へと入る。
 そこには誰もいない。当然だろう。大覇星祭に向かう人や学園都市から出てくる人で大通りは混雑しているが、小さな路地にまでなかなか入ってこようとはしない。それは大通りの整備がこの日のためにしっかっりとされており、学園都市までが一方通行と言うのも理由のひとつだろう。

 (見つからないようにしっかりと警戒を……)
 
 と、そこまで考えたところで

 「ぐふぁ!!」

 リドヴィアの体に衝撃が走る。
 何者かに脇腹を強打され、壁へと叩きつけられる。
 思考が真っ白になる。
 とっさに右脇に抱える大きな霊装を落とさなかったのは運がよかった。
 
 (誰? 反撃を)

 空いている左手で修道服の裾を捲くり、そこに隠されていた霊装であるナイフを取り出す。
 そして敵の姿を確認しようを辺りを見回す。
 その間はほんの数秒でしかない。
 リドヴィアの動きは不意打ちを喰らったとはいえ迅速なものだった。
 が、

 バンッと乾いた音がした。

 「ぐわぁぁああああ!!」

 その音共にリドヴィアの左手からナイフが落ちる。つい痛みで声を上げてしまったがリドヴィアはその一瞬で考える。

 (銃? 学園都市か? まさか? そんな危険を冒すのか? 魔術側に干渉すると言うのですか?)

 血の流れる左手をブラブラとさせながらリドヴィアは前を見据える。そこでやっと相手の顔が見えた。この狭い路地で今まで姿が見えなかったこと、完璧な不意打ち。的確な射撃。敵は相当なプロのようだ。

 (神父? となるとやはり魔術側の人間? しかし銃とは……科学に使われるとはなんと愚かしい……)
 
 神父の格好をした日本人男性。リドヴィアの目から見ても忌々しいイギリス清教の神父であることがその模式で一目で分かる。
 しかしそんな考えも、次の手も、逃げることも反撃することも出来なかった。

 「ぐっ……あっ!! がっ!!」

 本当に一瞬。その瞬間にリドヴィアの頭は鷲掴みにされてコンクリートの壁へと叩きつけられた。そしてそのまま壁へとめり込むように力を込められる。

 「この……」

 この状況に誘惑を感じる暇もない。それほど一瞬にしてやられた。リドヴィアが弱いわけではない。相手が強すぎたのだ。
 とそこで神父が初めて口を開いた。

 「もう一度ど……もう一度お前如きがナイル・ヴァン・フックの名を口にしたら殺すぞ!!」

 神父はそんなことを言う。壁に頭を押し込まれる痛みに耐えながらもリドヴィアは相手の予期せぬ言葉に戸惑う。
 が、それを深く考える暇もなく今度は手を離される。

 そして神父は言う。

 「セシリア以外は誰もあなたのことは見つけていないから安心して計画を実行しなさい。ちなみに私は教会のものではないわ」

 そして神父はいなくなった。
 
 路地に座り込みながらリドヴィアは思う。

 (何だったのでしょうか……。意図が読めない……)

 しかし。
 それでも。
 無理だとしても。
 どんな危険があろうと。

 計画を止めることは出来ない。
 彼女は立ち上がり再び目的地へと歩き出す。



[14728] シリアスなんていらない。10
Name: 凪砂◆54b74ba8 ID:dafdf79d
Date: 2010/06/26 06:41
 現在の時刻は午後5時になろうというところ。着々と日は傾き後一時間弱もすれば光が輝きだす。
 そんな中セシリア一行は目的地へと足を進める。目的地と言っても既に10箇所以上、様々な場所を歩き廻っているのだから、正確には目的地を探していると言ったところか。

 『使徒十字(クローチエデイピエトロ)』ネ~。……実際、事が魔術側の問題から国家問題に発展しそうになったわネ」

 小さなセシリアの後ろを歩きながら紅は若干苦い顔をしそう口にする。
リドヴィアが『刺突杭剣(スタブソード)』などの取引ではなく、『使徒十字(クローチエデイピエトロ)』の使用を企んでいると聞いたときから紅はこんな顔をしては、同じようなことを漏らしている。

 『使徒十字(クローチエデイピエトロ)』
セシリアのいい加減な説明によれば、剣に見える霊装は実は十字架。しかも一度使えば学園都市一帯、すべての事柄がローマ正教に都合良く作用するようになると言う。
ローマ正教の利益を生み出す運命操作の術式。-それは事実上、学園都市がローマ正教に乗っ取られることを意味する。

 紅の横を、いつも通りの無表情で歩く冷徹な体操服姿の魔女、歩に至っては、『使徒十字(クローチエデイピエトロ)』の効果について紅とは逆に好印象のようだ。

(あの考えが分からないアレイスターが、教会の思い通りに動くようになるのなら幾分かましだ)

 そんな思いがあってのことらしい。しかし、学園都市に住む自身も効果を受けることについては考えていないのか? もしくは効果を受けない確証があるのか? それは歩にしか分からない。

 紅はそんな歩とは違う。大いなる不安がある。

 「セシリア!! もう止めなイ? いいじゃなイ。上条君にはリドヴィアは見つからなかっタ。って報告しましょウ」

 そう言い紅はシャン、シャンと大量の鈴を鳴らす。

 「いやです!! あいつ、とっ捕まえないとなんか気がすみません」
 「でモ……」
 「なにをそんなに心配してるんですか?つか私は初めからやりたくないんだけど」

 紅は「もー!!」といった様子で両腕を上下に振り回す。
 3人が今歩いているのはなんて事のない街中だが、巫女服姿の女性が腕を振り回す様子は通行人の視線を呼び込む。おもに男性だが……

 「やばいのヨ! もしこんなこと国家神道の連中に知れたラ! それに関わっただけでセシリアも狙われるわヨ! ていうかセシリアが日本にいることがバレただけで狙われるワ。いくら最強の魔女でも『アレ』はヤバイのヨ!!」
 「あぁ……。なるほど」

 紅の発言に歩は何かしら気づいたようで眉を動かす。

 「さすがに神対悪魔と言うのも冗談が過ぎるでしょう。まぁ見ては見たいけどな」
 「歩は分かってくれるのネ~!!」

 そんな2人に対してセシリアは、歩から奪った携帯を見ながら道を確認するばかりだ。その様子を見ながら歩は理解者が出来たと思い、喜んでいる紅に告げる。どうでもよさそうな声のトーンで告げる。

 「別に良いのでは? 捕まえればいいことですし。だけど私は初めからこんな面倒なことやりたくないと言う事実……」
 「そんナ~!!」
 「はいはい!! いきますよ~!!」

 紅の叫びも空しく、セシリアの掛け声で目的地へと向かう。次の目的地は高層ビルの屋上。紅が喚いていた場所からはそう遠くなく、3人はすぐに目的のビルへと入る。そこは何てことのない只の会社だ。『株式会社セシル』と表には書いてあるが、それだけでは何をしている会社かは分かりそうもない。3人が中へ入ると、警備員らしき老年のお方が近づいてきた。その後老体で何を警備するんですか? と言う疑問が3人の頭に過ぎったがそれは置いておいて、3人が不審者なのは間違いない。
 ご老体は一番年上に見える紅に目を向ける。それはそうだろう。セシリアはどう見ても子供。歩は体操服姿。巫女服ではあるが大人な雰囲気を持つ紅が順当だ。

 「君たち……「トイレ!!」 え!!」

 ご老体の言葉を遮るようにセシリアが大声を出す。あまりご老体を驚かせては体に障りそうだが今はそれどころではない。

 「コンビニならここを出て「漏れそう!!」トイレはあっちだ!! 早く行けい!!」

 セシリアはご老体が指さした方へと駆け、歩と紅はご老体に一礼をしてセシリアの後に続く。そして3人はもちろん、トイレなどには行かず学園都市から見れば、幾分か見劣りする最新型のエレベーターにそのまま気づかれぬよう乗り、屋上を目指す。

 「あのおじいちゃん……なかなかのナイスガイですね~歩さんも見習ったら?」
 「話が分かるところをですか? お前が見習えよ」
 「いや、外見とか?」
 「そうですか……。何をどう見習えと!!歳を取ればいいのか!!そうなのか!! あぁ!!」
 「警備員さんのコスプレでもしろって事じゃないノ?」
 「ああ、なるほど。……って、それもおかしいだろ!! 何を警備するんだ!! 上条をか!? 私に上条の自宅警備をしろってか!!24時間警備体制かぁぁああああああ!!」
 
 「「いや……、誰もそこまでは……」」

 そんな会話をしているうちに3人は屋上へと続く扉がある階へと着き、先頭のセシリアが躊躇なく鉄の扉を開いた。
 そこからは夕暮れの赤い光が差し込み3人を襲う。

 「とうとう見つかってしまいましたか……もうすぐだというのに、どうしてこうも困難がやってくるのでしょうか……あぁ!! これは試練!! そう!! 試練なのですね!!」

 屋上の先客。

 擦り切れた修道服に痛んだ肌に髪、そばには大きな十字架が突き刺さっている。
今も唯一輝くその瞳で、セシリアを見つめるのはリドヴィア・ロレンツェッティ。

 セシリア達は扉を出たところで立ち止まる。リドヴィアに動きはない。先ほど歓喜と苦痛が交わる叫びを放った後は何をするでもなくただ立っている。
歩と紅は警戒状態。

 「歩さん、やっておしまい!! あ! 一応殺しはなしですからね!」
 「はぁ……了解です。メンド……」

 そう言う歩も動かない。しかしその前には炎が現れる。



 燃え上がる炎。
 紅蓮の炎。
 炎、炎、炎、炎。



 大量の炎が歩守護するように火を灯す。
 それは大きなうねりとなり、槍となる。

 「あ~…これは危険だワ……」

 炎の熱さから逃れるように紅は距離をとる。

 「熱っツ!! 熱い~!! 」

 セシリアは紅の後ろへと逃げ込む。そんな様子に紅はいつも通りのセシリアだなと思いつつ、リドヴィアを捕まえることに真剣なセシリアをより疑問に思う。
 が、考えたところで仕方のないことでもある。



 巨大な炎の槍が放たれた。
 もちろんリドヴィアに向けてのものだろう。放った歩としては、これで倒せるとは思っていない。強力ではあるが防げない攻撃でもないはずだからだ。

 しかし次の瞬間、歩の予想だにしない事態が起こった。

 槍は飛んだ。確かに飛んだ。だが方向が違っていた。見当違いもいいところ。炎の槍は赤い空へと消えていったのだ。

 「……。は? なにした?」

 歩の反応にリドヴィアは不敵に笑う。

 「残念ながら私には『最強の魔女』を追い返すほどの力はないのです。なので精一杯時間稼ぎをさせていただきます」
 「そうですか…。なら死ね!!」

 炎、水、風、土。
 飛び交うは精霊魔術と呼ばれる四大元素。
 しかし当たらない…当たることはない。それどころか狙ったところに歩の攻撃が行かない。
 試しに紅が鈴の音による衝撃波を放ってみたが結果は変わらなかった。

 リドヴィアは動かない。彼女は魔術を行使している。そのためにその場から一歩たりとも動けない。

 『聖書における明確なる方向性』
 それが彼女の行う魔術の正体だ。神の教えを具現化した『聖書』。しかしそれは様々な思想や思いにより、その『方向性』は変わってしまう。だが『十字教』という器の中ではどうだろうか? そう解釈は多種多彩、時代によって変わるものの『大きな方向性』は変わっていない。むしろパウロが『十字教』という『方向性』を定めてからは、それが今の聖書の大部分を占める『明確なる方向性』となっているだろう。

 リドヴィアに攻撃は当たらない。同じ『方向性』を持たない者の攻撃は当たらないのだ。相手が教会勢ならこうは行かない。魔女に巫女、という相手だからこそ出来る防御術式と言える。しかし発動するには『1歩も動かないこと』、『攻撃しないこと』が含まれる。完全なる時間稼ぎのための魔術である。 
後は目的の時間まで、リドヴィアの魔力がもつかが問題なのだ。この魔術は見た目に反して高度であり消費が激しい。高位の修道女であり、長い間『ローマ正教』という『方向性』に身を削っていた彼女だからこそ維持することが出来る。

 (単純に計算すれば、時間までギリギリ間に合わず魔力が底をつくことになる……しかし、その試練乗り越えて見せましょう!!)

 リドヴィアは舌で唇を軽く舐め小さく笑う。


 体操服姿の歩は未だに攻撃を見当違いの方向にしているが、その後の作戦があるのかはその表情からは読み取れない。
紅は逆に考えすぎて何もしてはいない。



 そしてセシリアは……。

 「なんか面倒なんで、しりとりで勝負しません?」



 「「「は?」」」


 敵味方関係なくそんな声が上がった。









 あとがき

 大変お待たせして申し訳ありません。また久々のため文章が乏しくより幼稚なことを申し訳なく思います。私事があり遅くなりましたが、完結まで地道に進むつもりです。どうかよろしくお願いします。



[14728] シリアスなんていらない。11
Name: 凪砂◆54b74ba8 ID:dafdf79d
Date: 2010/06/29 05:23
 東条 歩(とうじょう あゆむ)は表情の無変化とは裏腹に苛立心を抑えきれずにいた。それというのも「やる気はない」と言ってはいても今回のリドヴィア捕獲には、上条当麻の頼みという大きな要因があるからだ。
 バカで空気を読まないセシリアの許可は下りた。むしろ捕獲どころか、殺す気でリドヴィアへと様々な攻撃を仕掛けているのだ。だが当たらない。まったく見当違いの場所へと変換されてしまう。

 クソッ!! 
 攻撃方向を左右する魔術。もしくは幻覚系の魔術。
 破る方法など最強を目指さんとする、歩の知識の中にはいくらでもあるはずだ。しかしそれを試す前にイライラが攻撃の手を休めてはくれない。これにはリドィアが攻撃してこないことにも要因するだろう。
 相手が攻撃を仕掛けてくれば、否応なしに歩の思考はイライラよりも倒す術を優先するはずなのだから……
 その点で見れば、歩の心の奥のほうでは上条を助けたいという気持ちよりも、協会側の手助けをすることへの不快感のほうが強いのかもしれない。

 「なんか面倒なんで、しりとりで勝負しません?」

 「「「は?」」」

 敵であるリドヴィアは目を丸くし、巫女服の紅は両手を広げて呆れ顔、歩に至っては頭を抱えてしまう。

 始まった……。これだ、これだからこの見た目チビでバカな、最強の魔女様は……。

 そんなことを思う歩ではあるが、セシリアへのイライラのお陰で、リドヴィアへの苛立ちが幾分か隠れ冷静になれたのは本人すら気づきはしない。

 「どうやったらそうなるかナ~。こんな時に」
 「今は戦闘中なのでそれはどうかと思います。お前の頭はどっか緩んでるどころかなんか刺さってんじゃね? それから死ね」
 「ひどっ! そんなひどいこと初めて言われた!!」
 「私が何か言いましたか? あぁ……じゃあその記念に今死ね」
 「歩!! 死ねなんてそんなに言うもんじゃないわヨ」
 「紅さ~ん!!」
 「セシリアの頭は何も入ってないだけだから安心していいのヨ」
 「へっ……」
 「それは言いすぎです。お前キャラ迷走してんじゃね?」

 そんなやり取りをしている3人を、リドヴィアは『方向性』の防御術式を行使しながらも静かに見つめる。

 このまま時間が過ぎてくれれば良い。

 『使徒十字(クローチエデイピエトロ)』は天体に見える星、という世界最大級の魔方陣を使い、術式を発動させる。しかし天体は日々動く。そのため発動させたい場所での、使用可能日は年に1度きりほんの数秒に限られる。

 (使用可能な日にち、場所、その準備だけでもどれだけかかったことでしょう……使用可能な時刻までおよそあと30分)

 『科学的に見て、科学的に考えれば、科学的な意見を言わせてもらうと』『科学』という言葉はもはやただの学問にあらず。1つの異教。リドヴィアはそう思っている。その証拠に「科学的に正しい」と言われると大抵の人は無条件で信用してしまう。これは科学サイドが教会サイドに割り込んできたということになる。彼女達はそう信じている。

 (主の威光を汚された以上、清め直すのは当然でしょう)

 瞳を閉じ集中する。今は思考を、つきる寸前の魔力を、精一杯制御して時刻まで持たせることに注がなくてはならない。

 そのはずではあるのだが……。



 それから10分が過ぎた。

 「だから何度も言うけど迷走はしてないワ!」
 「そうなのですか? 迷走ってかもうなんか被りすぎでもうだめだろ」
 「そんなことないわヨ~!! ねぇ!! セシリア!!」
 「大丈夫ですよ。紅さんの頭は何も入ってないだけですから!!」
 「……根に持ってる?」
 「大丈夫ですよ。紅さんの頭は何も入ってないだけですから!!」
 「……」
 「大丈夫ですよ。紅さんの頭は何も入ってないだけですから!!」
 「酷イ!! ねェ!!」
 「確かに酷いですね。なんなら頭割って確かめてみるか?」

 集中、集中、集中、集中、集中、集中、集中、集中。

 きっと彼女もまたセシリアの何かに侵されたに違いない。

 (集中……)
 「出来るかぁぁぁアアアアアアアアアア!!! なに? 何私放っておいて喧嘩してるのよ!! 女子高生か!!」

 一人正解。

 「緊張感!! 緊張感を大切にする!!」

 セシリア、歩、紅がリドヴィアに気付いたように視線を向けた。
 
 「しまった……今の弾みで術式が……」
 (せっかく相手がこちらを無視していてくれたといういのに……)

 馬鹿なことをした。防御術式は失った。しかし残り時間はほんの僅か。『使徒十字(クローチエデイピエトロ)』の発動……。

 と、そこでリドヴィアは身震いした。

 「絶体絶命、魔力もほぼ枯渇し、防御術式ももはや発動することは出来ない……フッフフフフフフ!!!! やって見せましょう!! やり遂げて見せましょう!! フッフフフフフフフフ!!」

 狂気にも似た笑みを顔中に引き伸ばしリドヴィアは声をあげる。この精神こそが彼女の最大の武器であり、誰にも真似できない強みなのだ。

 「歩さん……リドヴィアさん壊れちゃいましたよ?」

 セシリアが肩から提げる紐でくくった魔導書を、重たいのか今度は手に抱え直して言う。

 「ところでどうするんですか? 捕まえたかったのでしょう? セシリア様が言われた6時半まではもう10分もないですが? さて殺すか……」
 「そうそう、一番やる気だったのはセシリアでしョ? それに『使徒十字(クローチエデイピエトロ)』発動されたらやばいでしョ? てか目の前で発動なんかされたら私の立場的にもヤバイかも……闇咲に怒られる……」

 そんな歩、紅の様子にセシリアは「何を言っているんですか?」とでも言わんばかりに首を捻ってから口を開く。

 「なんか時間たったらイライラは収まったんでいいです。と言うか初めから私たちがすることなんて何もないですよ? 上条さんが全部やってくれるんですから。ってことでリドヴィアさん!! 邪魔しないんでやっちゃっていいですよ」
 「セシリア?」
 「セシリア様? 何の根拠があんだよ!!」
 「大丈夫ですから気にしない気にしない!!

 セシリアの自信満々な様子に、今までのことを思い出し2人は黙る。今までセシリアがこう言う時は、本当にその通りなのだ。未来が見えているのか、何かしらの情報を持っているのか。小さな魔女はその外見からは予想が出来ないほどに奥が見えない。何を考えているのか、何がしたいのか。そして何が出来るのか。
とは言っても本人は何も考えていないだけなのかもしれないが……


 セシリアの発言はリドヴィアしてみれば気が抜けるにも程がある。今まさに窮地から立て直そうと思考を巡らせていた時にだ。

 (……気が変わっただけなのですか? 上条? 何か他の計画が?  しかし魔女側からすれば確かに関係のないこと、興味がなくなっただけかもしれません……自己中な魔女らしいと言えばそうかもしれないですね)
 
 リドヴィアは無言で、その場を後にする3人を見つめる。

 




 そして発動まで2分弱というところでリドヴィアは『使徒十字(クローチエデイピエトロ)』を前に誰かと話していた。

 「これは科学サイドが教会サイドに……」

 『君は、土御門を呼べ!! リドヴィアの通信を利用して場所を割り出すんだ!!』

 地面から上条と一緒にいるはずの魔術師ステイル・マグヌスの声が聞こえた。どうやら上条たちがいる場所と術式による通信が開いているらしい。

 「無駄ですので。『使徒十字(クローチエデイピエトロ)』によって世界が改変するまで、残り112秒。いや、今107秒になりましたか。チェックメイトです。いまさら何をやっても無駄です。私はあなた方が探している場所になどはいませんから」

 リドヴィアは勝利を確信した。そして通信の向こうにいる哀れな異教徒たちに宣言する。
 頭を下げるように丁寧な言葉遣いで。

 「もうおしまいです、と最後に言わせてもらい。私はあなた方を含めて、世界をよい居場所へと作り変えますから」

 しかし、通信の向こう側にいる学園都市の少年は、絶望の欠片もない声色で答えた。

 『確かに、もうおしまいだな』

 残り20秒。

 『ああ、ちくしょう。何が必ず約束を守る、だ。そうだよな。自信満々に姫神と約束しておきながら、結果がこのザマってんじゃ、俺は本当に心の底からおしまいだよ』

 何を言ってる? 何の話をしている? リドヴィアから勝利の笑みが消えた。

 『なぁ、そう思うだろ。リドヴィア』

 残り5秒

 『いくらテメェの幻想をぶち殺せたっつってもよ』

 は? とリドヴィアが疑問の声を放つ前に。
 ドガッ!! と。
 強烈な光が地上から放たれ、夜の闇夜が一気に拭い去られた。
 学園都市中に飾り付けてあった、電球、ネオンサイン、レーザーアート、スポットライト、その他ありとあらゆる電球の装飾だ。

 『現在時刻は6時30分ジャスト。知らなかったか? ナイトパレードが始まる時間だぞ』
 「――。」

 夜空の星が地上の星によりかき消された。ナイトパレード……セシリア達との追いかけっこがなければ、テレビのニュース等で情報が得られていたかもしれない。
 何か対策が出来たかも知れない。
 しかし全てはもう遅い。『使徒十字(クローチエデイピエトロ)』は使用時間を過ぎていた……








 「なるほどネ~。こりゃ使えないわネ」

 小さな魔女の後をついて行きながら紅は学園都市から放たれるナイトパレードの光に感心する。

 「セシリア様は知っていたんですね。無駄働きもいいところだ……」

 歩は早くクラスメイトの元へ帰ろうとセシリアを押して急かす。
 もう事件を解決したのだから上条が帰ってくるだろうという期待をこめてだ。

 学園都市の外側とはいえ、お祭りムードには変わらず、騒いでいる人が多い。いったん外のホテルで休憩をして、今からナイトパレードへ向かう人が多いのだろう。

 「押さないで下さいよ!! 魔女はもっとクールビューティーなんでしょ!!」
 「クールですが何か? テメェにだけは言われたくないなぁー!!! ?!」

 と歩が身構える。

 「すいませんセシリア様。急いでいたばっかりにミスをしてしまいました。 メンドいな」
 「何やってんのヨ! 歩!」

 セシリアたち3人の周りの人物たちが一斉に振り向く。『魔女』この発言に反応した魔術師に対して歩は身構えてしまった。それは「ハイ自分は魔女です」と言っているようなものだ。学園都市外部には今回のリドヴィアの一件を、何処からか嗅ぎ付けてきた世界中の魔術組織でいっぱい。
 漁夫の利を狙うものから、学園都市への侵入を試みようとする者まで、多種多彩な組織がいる。弱小の組織にとって『魔女を狩った事実』は魔術師としての名を挙げるには持って来いの獲物だ。

 数十人の、魔術師には到底見えない『魔術師』たちがセシリア達3人を囲む。

 しかし、その中に学園都市外部にいる組織の中で一番力の強い、『イギリス清教』の兵隊はいない。
 それを『今は戦ってはいけない、もしくは何らかの理由のため、手を出してはいけない相手、そもそも魔女でもないかもしれない』そう判断した実力者たちは現れていない。
 3人を囲むのはすべからく『魔女』という言葉に反応してしまうほどのザコ達ばかりなのだ。、

 「なんで私まで魔女扱イ……ムカつくからやっちゃおうカ……」
 「そうですね。 一瞬だなこりゃ……」
 「殺しちゃだめですよ。上条さんが怒り……2人とも待った!!」

 セシリアはなぜか遠くの方を見つめて何かに気付き言う。そして紅へとコソコソと耳打ちをする。
 紅はなぜか顔を赤くしてから

 「助けテ~!!殺される~!!」

 結構棒読みでそんなことを叫ぶ。その様子は喜んで殺してくださいと言っている風にも見えてしまうあたり、隣の歩には苛立たしかった。
 

 魔術師たちは各々の武器を取り出し、3人に詰め寄る。セシリアは、息をするように周りのザコを殺してしまいそうな歩を制止しながら、紅にアイコンタクトを送る。

 「助けてぇぇえええええええええ~!!!」

 紅がもう一度叫んだとき。
 空から黒いものがドンッ、と紅のすぐ傍に落ちた。
 魔術師たちは急な事態に少しだけ後ずさる。


 落ちてきた何かは人だった。
 真っ黒なスーツを着た大男。
 涼しそうに閉じた両目。
 右腕の篭手(こて)にはボウガンのように装着された和弓。


 「私の部下に何をしようとしている?」

 その涼しい声色には少しだけ怒気が混ざっていた。





[14728] シリアスなんていらない。(終)
Name: 凪砂◆54b74ba8 ID:dafdf79d
Date: 2010/07/01 01:11
 セシリア達の下へと突如降ってきた彼は神社神道の魔術師、名は、闇咲 逢魔 (やみさき おうま)。
 『全国神道総代会第34実働部隊長』
 それが彼の役職である。神社神道と一言で言ってもその実態は全国に散らばる神社の集合体であり、中身は複雑だ。その中身を大きく2つに分けるならば政治問題を扱う『神社政治連盟』と魔術サイドの問題を扱う『全国神道総代会』となる。
 『神社政治連盟』には魔術師もいるが、多くは魔術など知らない人間で構成されている。その役割は政治という枠組みに神社神道をどう組み込むかというもので、神社神道全体としての利益や立場を確立するためにあると言える。一方『全国神道総代会』は、ほぼ全員が魔術関係者、こちらは信仰としての神社神道、力を持った者の責任と役割。その中でも戦闘などの実働部隊、111ある部隊内の1つ。その長が闇咲だ、神社神道内ではそれなりに地位と言えるだろう。そしてその実力もその地位に相応しいものを持っている。

 「――衝打の弦」

 そう言い、闇咲は片手を動かすだけで弦を引くことが出来るよう、右腕に取り付けられた和弓を引く。

 ビリビリと空気が振動するのが、傍にいるセシリア達にも伝わる。真近で大音量の楽器演奏を聴いた時のようなあれだ。

 しかし周りにいる魔術師達にはその程度のものではなかった。
 セシリア達を狙う数十人の魔術師達は薙ぎ倒されるように、ひとりでに吹っ飛ぶ。避けた者も防いだ者もいない。全員が殴られたように地面と顔を合わせる。
 これだけでも実力の違いが明らかだ。
 
 倒れている魔術師の1人が呟く。

 「和弓……神道か?」
 「この者達は私の部下だ。粗相はない様にしてもらいたい。どうしてもと言うのなら神社神道が全面的に受けて立とう」

 『神社神道』
 十字教の教会や仏教の寺に比べれば世界的に見ても弱小なのは間違いない。しかしそれでも日本国内においては『国家神道』の次に力と権力を持った組織だ。漁夫の利を狙うようなザコが喧嘩を売る相手ではない。
 
 魔術師達はその場を逃げるように去っていく。当然の対応と言えた。

 「闇咲!! ……えっと……あっト!!」

 紅は挙動不審に闇咲に顔を向けては逸らしている。何かを言いたいのだろうがそもそも何が言いたいのかも分からないようだ。そんな紅を見て歩が心の中で「気持ち悪っ」と思ったのはここだけの話。

 「仕事が終わったので急いできたのだが何かあったのか? 今は学園都市内で観光中のはずだろう?」
 「もう解決したかラ……というか来てくれるなんて思わなかったからビックリして……あとさっきのが、ヵっ……よヵ……たからちょと心臓が限界を迎え始めテ……」
 「むっ……医者が必要か? このあたりで病院は……」

 闇咲が少し困ったように辺りを見回す。しかし辺りに病院らしき建造物はない、というかそもそも目を開けていないのだから見えないだろう。

 「いヤ……そういうんじゃなくテ……とにかくさっきの闇咲はか……」
 「さっきがどうかしたのか?」
 「だからかッ……よかった」
 「か?」

 闇咲が今度は怪訝そうな顔になる。

 「さっきの戦闘で……」

 闇咲は考える。戦闘で何か不具合があったのかと、周りの器物にも気をつけていたはずだし、相手への手加減も怠ってはいなかったはずだと。

 (か? 柏手(かしわで)のことか? しかし1人での柏手の運用はたいした効果を生まない。いや……紅と2人でならあの程度の敵なら何とかなったか? たしかに拍手なら、わざわざこちらの手の内を明かすこともなかったか? だが……やはり柏手はないな)

 「あの場面で柏手はないぞ紅。相手の戦意を無くすためにはある程度派手な術式をつ「何の話しダァアアアアアア!!!」……?」

 とりあえず紅の挙動不審は止まった。

 「お父さ~ん!!」
 「私はあなたよりも年下のはずだが?」
 「……ですよね~」

 ついでにセシリアも止まった。











 東条歩は病室へと向かいながら考える。
 ローマ正教による学園都市の支配下と世界的な利権の確保。ローマ正教の立場や思想を考えれば当然の行動ではあるが……

 ローマ正教は、見かけ上は世界最大勢力を名乗っているものの、そこにはひとつの問題がある。現在あくまで魔術業界における十字教派閥には、ローマ、ロシア、イギリスという三本柱がある、と言われている。この内、規模が最も大きな宗派は20億の信徒を抱えるローマ正教だ、というのが通例だ。だがそれは逆に20億も集めておきながら総人口9千万人英国と釣り合いが取れてしまっている、という意味でもある。
 もしもこの先イギリスが10億も20億も信徒を増やしてしまえば……しかし現実的にそんな大勢の人口がいないのだからという理由で保留にされてきた問題は、最近になって別の切り口を見せてきた。1つは『グリゴリオの聖歌隊』や『アニューゼ部隊』などの内部戦力が撃破または離脱してしまったこと。2つ目は『オルソラ・アクィナス』や『天草十字凄教』など、新たな戦力をイギリス清教が取り込み始めていることが上げられる。

 魔術世界の天秤は揺れつつある。それは大きな揺れになることだろう。
 歩は『アニューゼ部隊』や『天草十字凄教』などイギリス清教について最近の事情はよくは知らない。しかし均衡が崩れ始めているのは今回のことで明白だ。

 (これに乗じて過激派が動くか?)

 天秤の揺れは魔女間にまでその波紋を伸ばすだろう。
魔女を敵と見なす、宿敵でもある教会を滅ぼそうと企む魔女過激派『支配する者(pax mage)』、教会など気にせず個人の欲望のままに動く『穏便派』。そして『ジラ派』。教会勢の均衡が崩れればそれに応じて魔女内また、魔女側と協会側という均衡も崩れるだろう。それはこの先否応なしに何かしらの戦いが起こるということである。

 (この先何が起きてもおかしくはない……まぁ私の気にすることでもないだろう……どうせあのババァは何か企んでいるんだろうしな……)

 実際セシリアを引き入れた時点で『ジラ派』は均衡の天秤を大きく揺らしてしまっているのだ。それが分からないジラではない。では何のために? それが分からない。ジラがローマ正教のように何を目的に動いているのかが分かれば誰も苦労はしない。ジラもまた魔女故の目的があるはずだ。大きな欲望があるはずなのだ。


 歩は病室のドアを開ける。そこはいつもセシリアが使うような個室ではない。カーテンでスペースを区切られた、6人部屋の普通の病室だ。
その内の1つのベッドを発見する。入院しているのは、歩と昨日の昼食を食べたはずの、姫神 秋沙(ひめがみ あいさ)だ。昨日の事件に巻き込まれ逃走中のオリアナに大怪我を負わされたらしい。しかし、どうやら今現在は大丈夫のようだ。

 「姫神さん!! ごめんなさ~い!!」
 「なんでセシリアが謝るの?」
 「うっ……さぁ?」
 「とか言いながら。お見舞いの品に手を伸ばさない」
 「上条さんは? まだ来てないんですか? 」
 「ううん。さっき来た。すれ違い。そしてそのお見舞いのクッキーは上条君が持ってきたもの。欲しいならちゃんと言うこと」
 「は~い!!」

 均衡がどうだなど考えたものの、バカらしいなと歩は思った。そんなものこれから何が起きようとこのバカな魔女は何とかしてしまいそうなのだ。アホなことを言って適当に動き、最終的には何事もなく終わる。
 自分はそんな行動を眺め、文句を言ってムカつくやつを殺していればいいのだ。案外それが『最強』に近づける鍵なのかもしれない。

 これはこれでいいのかもしれない。

 歩は深く考えずそう思うことが出来た。そして、今考えるべきは上条が持ってきたというクッキーについてだろう。





 「私にも1つ下さい。つうか全部よこせ!!」
 

 歩はいつも通りに無表情でそう言う。








 真っ黒なスーツ姿の闇咲は、学園都市内にあるデパ地下の一画で真剣に悩んでいた。
 目の前にあるのはフルーツ。高価なものから比較的安価なものまで様々だ。

 「やはり顔も知らない私がお見舞いについて行くのは場違いだろう……」
 「真剣にお見舞いの品悩みながら何言ってんのヨ! いいから早く決めて行くわヨ。今日はちゃんと競技も見たいし観光だっってしたいんだかラ」

 紅は昨日とは違い白のパンツにTシャツといったずいぶんとラフな格好だった。昨日の巫女服姿はセシリアの要望をきいた結果であり。どこぞの電波系少女のように普段着というわけではない。

 「そうか……ではこれにしよう」

 闇咲は目の前にあるフルーツの盛り合わせを手に取り店員へと渡す。

 「5万8千円頂戴いたします」

 店員のお姉さんはニッコリと営業スマイルを作り値段を告げる。
 闇咲はスーツの内ポケットから財布を取り出そうとして

 「闇咲ィィイイイ!! 高イ!! 高いかラ!! そんな高いの持って行ったら、相手が逆に気使うでしョ!!!」
 「そうなのか? ……むぅ……」

 しばらくの間は、2人とも地下からは出ることが出来そうにはない。



[14728] 番外編、グリゴリとナイル
Name: 凪砂◆54b74ba8 ID:dafdf79d
Date: 2010/07/07 09:38
 イギリスの首都ロンドン。
 国政としての中心なのは言うまでもないが魔術的に言ってもイギリス清教、最大主教(アークビショップ)のお膝元であり、教会に反抗的な魔術組織はもちろん魔女などが住んでいるはずなどない。その理由として最も大きなものは敵の目と鼻の先、というのがあるだろう。それはそうだ、普通誰も好き好んで敵基地内に自分の基地を建てようとは思わないからだ。
 というのが魔術界隈では常識であり、一般的であはずなのだが……
 その常識を破る一団がロンドンのとある場所に潜んでいた。

 グリゴリと呼ばれる。魔女と悪魔信仰型魔術師達の混成部隊。『御伽の魔女ジラ』が作った組織。


 今回はその中の女性達の日常を紹介しよう。

 『朝』

 レンガ造りの古い大きな5階建てアパート。建物の外見を見た人なら大体がそう言うだろう。それは大方正解だ。実際に相当の古さなのだから。
 実際には一般向けのアパートではなく学生向けの寮。古くて処分されそうなところ、それを買い取り、彼女たちグリゴリの女性達は住んでいる。わざわざこんな敵地ど真ん中に住んでいるのはジラの命令ではあるが、その意図を知るのは本人、もしくは弟子である東条歩(とうじょう あゆむ)くらいなものだろう。
 入居者数は魔女、魔術師合わせて60人といったところで、もともとロンドンに住んでいるのなら、わざわざ此処に入居せずともジラの命には従ったことになるのだが、なにぶん上記で記したような理由で元からロンドンに住んでいた者達などいるはずもなく、グリゴリ内の女性全員が住んでいる。

 「あァ? 何処行こうってんだテメェはよ~?」

 そう言い寮内、玄関のドアに寄りかかるようにして立つのは、銀髪と顔にある蛇の刺青が目立つ女。魔女ナイル・アウソン。
 短パンに髑髏のイラストがプリントしてあるTシャツを着こなすその姿はモデルのようにも見えるだろう。
 彼女はグリゴリのリーダーにして「最強の魔女セシリア」唯一の弟子である。

 「買い物! 気分転換!! ただ外出るだけだから!!」

 答えるのはナイルよりも少し年上、20代中盤だろう金髪の魔女。ナイルを見てはキョドキョドと落ち着かない。右手には何処に旅行にでも行くのだろうか? と思わせるほど大きなバッグを提げる、いや引きずるような形で持っている。

 「無駄な外出は控えろよぉ~。教会の奴らに此処がバレるとめんどいだろぉが……」

 ハァーとナイルは疲れたように溜息を吐く。何度も言うように此処は敵地のど真ん中一歩間違えれば狩られるのだ。

 「外出くらいバレないって!! 魔力を消すくらい出来るわよ!!」
 「……」

 口煩い姉にでも反抗するかのように金髪の魔女はそう言って玄関へと1歩、足を進める。
 もう一歩。
 ナイルの顔を窺ってみる。
 するとナイルはまたも溜息を吐く。

 「……なぁ……そのデケェ鞄なんだ?」
 「……ただのバッグだけど?」
 「開けてみろ」
 「いや」
 「開けろよ~……」
 「絶対いや」

 ナイルはナイフを短パンのポケットから取り出し手の中でクルクルと遊ぶように回転させながら

 「開けろって言ってんだろ!!」
 「ヒッ……」
 
 年下であるはずのナイルの威圧に負け金髪の魔女はバッグを開け恐る恐るといった感じでナイルに中身を見せる。
 開いたバッグの口から見えるのはノコギリ、ナイフ、金槌、ゴミ袋のようなものまであるようだ。

 「うぉおおおおーい!! 殺る気マンマンじゃねーか!! 殺して解体して持ち帰る準備万端かよ!! 」
 「一応……手足を切っても生きてるようにするつもりではあるんだけど……」

 金髪の魔女が・えへっ? と言うばかりのしぐさで答える。

 「そういう問題じゃねー!! そんなことしてたらバレるだろうが!! 生贄は計画立ててロンドン以外から気付かれないように集めてるだろ!!」

 魔女が使う黒魔術には生贄が必要だ。かといってロンドンで誘拐または殺人などしていたら教会にバレるのは時間の問題になってしまう。そうならないための仕組みは既に作ってあるはずなのだ。 決まった期間に生贄集めが得意な魔術師や魔女に任せ。魔女全員分の生贄を確保するというものだ。 そのため金髪の魔女は生贄(死んだ人間も含まれる)など自分で確保する必要がないはずなのだ。 しかしそれをするということは何かしら足りなくなったと言うことなのだろう。

 「なんで足りなくなった? 話し次第では私のを分けてやる」

 ナイルはとりあえずの解決方法を提示してみる。もしこの金髪の魔女が強行手段で玄関を突破しようとしようものなら、さらに面倒くさいことになる。そう思ってのことだ。

 「私の右隣の部屋の奴いるでしょ? そいつと賭けで負けて全部持ってかれちゃったのよ」

 金髪の魔女が今度は、えへへと言わんばかりのしぐさで言う。
 その言葉にナイルはとりあえず穏便な解決方法はする必要がないと判断する。

 「3秒以内に部屋戻んねぇーとぶっ殺すからなぁぁあ嗚呼ああ!!!」
 「いや……そんな……」
 「いーち!!」
 「!?」

 金髪の魔女は「3と2は!!」と叫びながら慌てて部屋へと戻っていく。

 「ほんと碌な奴がいねぇ……朝っぱらから……」

 ナイルがそう呟いたように今はまだ午前6時、金髪の魔女はナイルが起きないうちに外へ行こうとでもしていたのだろうか?

「つうか、せめて深夜に行けよ……」

 ただ起きれなかっただけなのかもしれない……

 ナイフをしまい、自分の部屋へ戻ろうとナイルは一階の廊下に足を進める。
 と少し歩いたところで後から服の端を引っ張られる。

 「あ? どうしたエクセル?」

 ナイルの服の端を引っ張っていたのはエクセル・マドック。背の低い見た目だけで言うなら10歳ほどの少女にしか見えない彼女もまた魔女だ。長い黒髪が綺麗だが長い前髪が邪魔をし、口元以外の一切が見えないのでどちらかと言えば不気味と言えるだろうか。

 「セシリアは? 今日は来ないの?」
 「……」
 「ねぇ」
 「お前いつも同じ事聞いてくんじゃねぇよ。 大体いつセシリアが此処に来るって話しにお前の中でなってんだよ」
 「だって来たら僕が嬉しい」
 「そうか、そうか。よかったな」

 エクセルはつい先日の作戦『ソロモン奪還』の際、仲良くなったセシリアのことがずいぶんと気に入ったのか、いつもこの調子だ。ナイルとしては面倒なことこの上ない。
 
 「まぁ、それは置いといて隣から男の呻き声が聞こえてうるさいからナイル姐なんとかして」
 「あぁ? 自分で言いに行けよ」
 「殺してもいいなら行くけど?」
 「分かった…行ってやるよ……」

 「私は便利屋か?」などとどうでもいいことを思いながらナイルは2階のエクセルの部屋、その隣までエクセルに付いていく。

 トン、トン

 とりあえずはノックしてみる。

 ……

 「あがっ……うがぁ……」

 エクセルの言うように男の呻き声のみが聞こえ返事はない。

 トン、トン。

 確認のためもう一度ノックをする。

 ……

 やはり返事がないのでナイルは蹴破った。

 「うるせーって言ってんんぞ? 何とかしろ!」
 「そうだ。そうだ~」
 「姐さん邪魔しないで下さいよ」

 部屋には女が若い男にピッタリとベッドの上で寄り添っていた。
 それだけならまだ普通なのだが異様なのはその男の瞼が糸で縫われていることだろう。

 「彼氏との愛の育みを邪魔しないでくれます?」
 「魔術で体の自由を奪った相手が彼氏になるのか?」
 「大丈夫。あと3日もすれば心も自由を失いますよ」
 「あぁ……そうかよ。あと質問なんだがそいつ何処から連れ込んだ? 見たところまだ学生っぽいけど」

 魔女が異性を魔術で虜にするのは、呪いと同じくらい昔話などで知られた事実である。

 「昨日その辺で捕まえてきたの」
 「……」

 もう何度も言うようだが此処は敵地のど真ん中。目立つ行動は控えなければいけない。寮の外に出るだけならまだしもだ(それでも危険は危険)殺人。誘拐。その手のことは足が付きやすい。人手が足りないイギリス清教と言っても、自分の足元くらいは綺麗にしておきたいだろう。ロンドンで起こる事件にはずいぶんと気合を入れてくる。

 「分かってねぇぇええええええ!! 止めろ!! ってんだろ!!」
 「そうだ。そうだ~」
 「次はもうしませ~ん。 口も縫っとくからうるさいのはそれでいい?」

 女は「もういいでしょ?」みたいな様子で話す。

 「……もうそれでいいよ」
 「そうだ。そうだ~」

 なんだか疲れたナイルはエクセルと共に女の部屋を出る。

 「なぁエクセル……」
 「なに?」
 「お前 そうだ。そうだ~ しか言ってなくね?」
 「そうだ。そうだ~」
 「ああ……うん、そうだね……」





 『昼』

 「……」

 ナイルはソレを見つめていた。
 ソレの名はミッキーと呼ばれるアイドルマスコットのぬいぐるみ。
 彼女の部屋には大好きなミッキーグッズと、メタルバンドのポスターが大半を占めている。
 まぁ……人の趣味とはいろいろ、ということなのかもしれない。

 (ヤバイ……癒される……)

 ガバッ

 とナイルはベッドの上で横になりながら、ぬいぐるみに抱きついてみた。こんな姿は他の誰にも恥ずかしくて見せることは出来ないだろう。
 しかし部屋で1人のときくらいはいいはずだ。

 「ナイル姐……」
 「!?」」

 そう、部屋で1人の時ならだ。

 「ぶぁぁぁあああああああああああ!!!!!! おい!! いや!! あれだ!! そう!! アレだ!!」

 銀髪の魔女、グリゴリのリーダーナイルは顔を真っ赤にしてベッドから飛び起き喚く。
 それを呆然と部屋の入り口付近で見つめるのは小さな魔女エクセル。どうやらノックもせず入って来てみたらと言うやつのようだった。

 「……見なかったことにするよ」
 「ああ……そうしてくれ……じゃねぇよ!! 何勝手に入って来てんだよぉぉぉおおおおおおお!!!」
 「なんか、アリスの穴埋める奴が来てるよ。たまたま僕が出ただけだから。とりあえずと思って来たんだけど……」

 アリス・メイフィールド。先の戦いで20人の魔女の内ただ1人の戦死者。魔術師は魔女とは比べられないほどの犠牲が出たがその補充は容易だ。
 しかし魔女は違う。グリゴリというカテゴリーの中で偶像崇拝の核を担っている魔女は実力のある者、または才のある者、ありそうな者に限られてくる。それをなしにしても現実的に、数の少ない魔女の中から協力的な者を見つけてくるも大変なのだ。

 「そうか……そういえば今日だったな~」

 ナイルは玄関までエクセルと共に少しだけ考え事をしながら向かう。

 (たしかアリスの姉だったよな~……いやな予感しかしね~な~)

 などと考えている内に玄関へと着く。

 そこにいたのは赤毛の女性だ。おっとりとした雰囲気を何処からともなく感じる顔立ちに、ヒラヒラな白のワンピースを着るその姿は『魔女』とは形容し難いかもしれない。しかし背中に担ぐ大きなリュックだけが不釣合いだ。
 大人びた雰囲気を持つ見た目だけで言えば、ナイルとはそう歳は変わりそうにない。

 「はじめまして。イリス・メイフィールドといいます。メイフィールドの次女になります。アリスさんが大変お世話になったようで」

 何だかずいぶんと、礼儀正しい挨拶をしてきたのでナイルとアリスも挨拶をする。2人はその性格上礼儀正しいとは言いにくいが……

 「ナイルだ」
 「エクセル……あ、まぁまぁ……」

 エクセルが何処からともなく出した大きな本を見て何か言っているがそれは置いておく。

 「あら? ナイルさん? あのナイルさん? アリスさんからはお話は……もういろいろと……あ、これお土産です。どうぞご遠慮なく」

 とイリスは器用に背中のリュックからお菓子の詰め合わせのようなものを取り出しナイルに渡す。

 「ああ……サンキュ」

 ナイルとしてはよく分からないが受け取ったと言う感じだ。
 そんなことを考えているとイリスはリュックから、今度は野菜の入った袋を取り出してエクセルに渡していた。

 「買いすぎちゃったんですよ。どうぞ、どうぞ。ご遠慮なく」
 「野菜とかもらっても……どうしようもないんだけど……」
 「そう遠慮せず。どうぞ、どうぞ」
 「料理できないし……」
 「生でもおいしいですよ? ささ、どうぞ、どうぞ」
 「あ、はい……どうも」

 イリスはどうも押しが強いようだ。
 ナイルはイリスを部屋まで案内する。新しい魔女が着たからと言って特別することなどないし、ナイルの役目としても部屋まで案内するくらいなのだ。玄関で別れたエクセルが相当野菜の処理に困っていたようだったがナイルには関係ない。
 「自分が貰ったのがお菓子でよかった」
 思うところ、といえばそのくらいのことだろう。

 「じゃあ私は部屋戻るから、わかんねぇことあったら聞きに来い」
 「これはどうも親切に。そうだそうだ、帰る前にこれをどうぞ」

 そういい赤毛のイリスはリュックからタッパに入った炒め物? のような物をナイルに渡す。

 「これは?」
 「作りすぎたんですよ。 どうぞ、どうぞ」
 「はぁ」
 「ついでにこれもどうぞ」

 今度はエクセルに渡したのと同じように野菜を取り出す。

 「どうぞどうぞ」
 「ああ……」
 「あと……「いらねぇよ!!!」・・ん? これなんかはどうです?」

 キーホルダーのような物を取り出す。

 「いらねぇよ!!「どうぞどうぞ」て……おい!!」
 「これは先日貰った物なんですが私には使い道がなくて……」

 今度は電卓を取り出す。

 「どんだけ入ってんだよ!! そんなにいらねぇよ!! 邪魔だから!! 分かった?「どうぞどうぞ」 おい、おい!! 止めろ!!」
 「…? はい。分かりました。じゃあこれをどうぞ」

 今度は食器用洗剤を取り出してきた。

 「分かってねぇぇええええええええ!!!!」

 結局全部貰ってナイルは部屋へと戻っていった。




 『夜』

 リリーそう愛称で呼ばれるのはグリゴリ唯一の既婚者。彼女は他の者たちとは違いナイルに外出禁止などは強制されていないので自宅と寮を行き来しているのだ。 強制されていのはそれだけナイルの信頼が高いということだろうか。
 そのリリーの部屋がノックされた。

 「? 誰かしら?」

 霊装であろうか死神が持っていそうな大きな鎌を手入れしていたリリーは、ドアを開ける。
 そこにはグリゴリのリーダーであるナイルと小さな魔女エクセルが立っていた。

 「どうしたの?」

 用件を聞いてみる。

 「「この野菜なんとかして」くれ」

 リリーはどうしてそんな物持っているの? と言う疑問を抱きながら2人を部屋へと入れることにした。



[14728] 魔女と魔女と魔女。
Name: 凪砂◆54b74ba8 ID:dafdf79d
Date: 2010/07/12 05:21
 セシリアは自由だ。
 誰の目から見ても自由という名の好き勝手を堪能しているように思える。それでいて魔女としての才能もあるのだから努力を惜しまない人間にしてみれば、馬鹿げた存在に他ならない。
 もう一度言うがセシリアは自由だ。この
この大覇星祭(だいはせいさい)の7日間を振り返ってみるだけでもそれは分かる。学園都市が制圧されるかどうかという事件、その原因を初めから知っていながら上条当麻にほぼ全て任せた。
 その問題が解決した後の2日以降にしたってそうだ。人のお金で買い食いは常套手段。上条や東条の応援に飽きれば小学生の競技に混じり100メートル走で1位を獲って金メダルを貰ってきたり。
 それがバレて怒られそうになれば上条に泣きつき、不幸体質の上条はなんだかんだで自分のせいにされ先生方に怒られ、そんな中セシリアは小学生の少年少女達との交流を深めていたり。
 と、とにかくもう身勝手極まりない、しかしそれでも嫌われることがないという事実は、評価に値するかもしれないのだが……




 東条歩(とうじょうあゆむ)も、そのセシリアの自由に振り回される1人だ。そしてセシリアを嫌いになれない人間の1人でもある。
 もう散々振りまわされた。セシリアが何か食べたいと言えば、文句を覚えながらも自分の財布からお札を出し、セシリアが「付いて来て下さい」と言えば行きたくもない競技を見に行ったりと、『甘やかせ過ぎか?』と、なぜかセシリアが魔女として格上であり従うべき相手である筈なのだが、なぜかそんな考えが浮かんできてしまう。

 「上条さんいいですねぇ~。歩さん!! 私たちも海外旅行行きましょう!!」

 目の前で黒く長い髪を風に靡かせながらキラキラとした眼差しでそんなことを言ってくる魔女、セシリア・アロウを歩は表面上まったくの無関心でもあるかの様な顔で見つめる。

 (あ……あ~……教育方針の転換が必要のようだな……とりあえず晩御飯を抜く程度のことから……)

 などと思いながらも歩はセシリアの発言の原因になったであろう光景に目を向けてみる。
 ここは学園都市、時期は超巨大規模の体育祭・大覇星祭最終日。何処にでもあるような大通りに面した歩道の一角にその光景はあった。ベニヤ板と角材とで釘で作った、いかにもお手製な屋台がある。店番をしているのは霧ヶ丘女学院とかいうお嬢様学校の女子高生だ。そこは学生主導で行われる『来場ナンバーズ』の会場なのである。
 やり方は簡単だ。
 お金を払ってカードを買う。それに大覇星祭の総来客数の予想を書き込み受付に渡す。後は一番近い人数を書いた順に豪華商品がプレゼントされるというものだ。
そして今回の1位・北イタリア5泊7日のペア旅行を当てたのがツンツン頭が目立つ少年、上条当麻ということだ。上条は「これは現実か?」とでも言わんばかりの表情で商品を受け取っている。

 「歩さん。私たちも海外旅行行きましょうよ~」
 「セシリア様的には既に日本が海外では? 私に言ったらどうにかなると思ってんの? その根性がウザイんだけど」
 「でもイタリアは駄目ですよ。巻き込まれたら嫌なんで」
 「何に巻き込まれるんですか? ……そんなに日本から出たいんだ?」
 「え?! まさかの連れて行ってくれるかも発言!! 出たいです!!」

 上条の当てた『ペア旅行』、実際には歩が付いて行きたいところではあるが、それは無理だろうと歩は思う。なぜならば禁書目録がいるからだ。禁書目録の保護者である上条は、禁書目録を連れて行かないわけにはいかないし、もし連れて行かないとなれば何らかの圧力で海外旅行自体が行けなくなることだろう。
 それが分かっている歩は最大限上条のためを思い、身を引いているのだ。その腹いせに今晩罪のない人間が大怪我をしようが、その結果人死にが出ようが仕方がない。前回のリドヴィアの件で何だかんだとまったく上条の役に立てなかった、せめてもの償いである。 

 「セシリア様は何処に行きたいんですか? 甘い物が多い所がいいと思うんだけど?」
 「おぉ!! なんか知らないですけど歩さんが乗り気です。 ぶっちゃけイタリア意外なら何処でもいいですよ!! 綺麗な場所とかおいしい食べ物があれば満足です」
 「そうなると……何処にしましょう。バチカンでよくね?」
 「……敵だらけじゃないですか!! 死んじゃいます!! 綺麗そうだけど死んじゃいます!! 食べ物はおいしくなさそうな上に死んじゃいますよ!!」
 「 では千葉にしましょう。テンション高ぇなおい」
 「海外じゃなくなっちゃいましたよ!! でも遊園地行きたいかもです!!」
 「……ではイギリスにしましょう。 用事あるから一旦戻んないとなんだよ、つかそれだと旅行じゃなくて2人して帰国になるか」
 「……そうですね~帰国でいいですよ~」

 帰国でいいのか……。と少し疑問に思った歩だったが、セシリアが言いというのだからそれ以上は聞かないことにした。
 歩は元からセシリアを近々イギリスに連れて行こうと思っていた。その理由としては師である『御伽の魔女ジラ』に連れて来いと前々から言われていたことが主なものだろう。

 (しかしそのことはセシリアに黙っておこう)

 言えば行きたくないと言われかねない、歩はそんな気がしたのだった。




 そして翌日の朝。
 歩とセシリアは体に発信機(ナノデバイス)を入れると、学園都市の第23学区――1学区全てが航空・宇宙開発のために用意された特別学区に到着した。彼女らが今いるのは学会などの際に学園都市の外からやってくる客のために作られた国際空港だ。
 いっそ無駄だと感じるぐらい広々とした空港のロビーは、壁が全てガラス張りになっており滑走路の側から入る日差しでピカピカに輝いている。今は大覇星祭が終わり、その帰宅のためにそこそこ人だかりが出来ている。歩はガラゴロとスーツケースを引きずり隣のセシリアを見てみた。
 いつも通り黒のワンピースに肩から紐で魔導書を提げているだけ。誰がどう見ても旅行に行く荷物ではない。せめて普通着替えくらいは持って行くものだろう、もうさすがとしか言いようがない。
 それに比べジーパンに黒のTシャツといった格好ではあるがスーツケースの中身をしっかりと準備をしてきた歩は普通だ。しかし中身の内容については、普通ではない可能性も否定できない……。

 「……」
 「どうかしましたか? 何だその虚ろな目は?」

 セシリアにずいぶんと覇気がない。

 「……テンション上がって寝れませんでした……すいません」
 「……そうですか。何その子供みたいな理由……」
 「大丈夫です。パスポートはあります」

 昨日1日で出来たパスポート。歩が学園都市の深いところ、その1部に関わっているが為、驚異的な速度で出来上がったものだがさすがに忘れてはこなかったようだ。
 セシリアは欠伸をかいて

 「……目から鱗が……」

 「それは涙だろ」などと突っ込む気もないので歩は無視を決め込み
 ハァーと溜息を吐きながら歩はセシリアと共に出入国管理ゲートへと向かう。

 まったく相変わらずの何を考えているのか分からない。
 そう考えているとセシリアの行動全てに魔術的意味がありそうに思えてくるからやっかいだ。などと歩が思っていると

 ビーッ! と。

 ゲートの金属探知機が変な音を立てて、セシリアがいきなり両サイドから屈強な係員達に取り押さえられた。

 「え? え?!」

 セシリアは眠気のせいもあってか随分と慌ててその小さな顔を左右に振って係員を交互に見回している。

 (あぁ……メンド……つうか……)

 「何を隠しているんですか?」
 「何も隠してないですよ!! あ! なんか秘密的なことは山程ありますけどカミングアウトしちゃっていいんですか!! こんなところで最終回迎えちゃって本当にいいんですか!!」

 混乱してセシリアが何かよく分からないことを口走る。

 「こちらに来てください」
 「歩さん!!ヘルプです!! イギリスに到着したときのために今から英語使っておきますよ!! ヘルプミー!! ヘルプミー!!」

 (なにその片言の英語……お前英国人だろ……)

 などと思いつつもこのままではセシリアが、善良な人なら一生連れて行かれることのない部屋に連れて行かれそうなので

 「少し待ってください。どいてろ」

 歩はセシリアに近づき脇を抱えてヒョイと持ち上げる。

 「へ?」

 そしてブンブンと上下に振る。
 傍から見ればなんともシュールな光景だ。無表情な女の子が背の低い女の子を軽々と持ち上げ、箱の中身でも確認するかのように振っているのだから。

 「歩さん!! ちょ!! うがっ!! ひぃ!!」

 チャリン! チャリン!! そんな効果音を上げて大量の100円玉や50円玉がセシリアの服から零れ落ちてきた。ざっと見ただけ万単位はありそうだ。
 何を隠そうこのお金はセシリアが学園都市に来てから今まで、親切な人達から頂いた言わばセシリアの財産だ。
 歩はセシリアを振りながら呟く。

 「どれだけ入っているんですか? お前もう貯金箱にでもなれば? そして死ねば?」
 「し~ね~は、よ~け~ですよぉ!!」

 小銭が出てこなくなったので歩はセシリアを降ろす。係員は何だか白い目で2人を見ているが、そんなことを気にする2人ではない。

 「私のへそくりが!!!!」
 「へそくりなんですか? へそくりが!!じゃなくて、それでゲートを通れると思っていたことにビックリなんだけど」
 「可能性にかけてみました!! ということすら眠くて忘れてました!! そして駄目でした!!」

 「エヘッ」とセシリアは持ち前の明るさで微笑む。

 「そうですか……。笑えばすむと思ってるその根性がウザイんだけど」


 そう、東条歩はセシリアの自由に振り回される1人だ。







あとがき
 更新が遅くなり申し訳ありません。
 久しぶりに更新を再開したのでテンションを上げるために、うまくもないのにこんな物を描いてみました。
 落書き程度の物ですが皆さんの想像のお役に少しでも役に立てばと思います。

 落書き http://www.uproda.net/down/uproda113068.jpg



[14728] 魔女と魔女と魔女。2
Name: 凪砂◆54b74ba8 ID:dafdf79d
Date: 2010/07/14 04:02
 ロンドン空港。

 ロンドン郊外に位置するそれは1959年にクロイドン空港が閉鎖したことに伴い、ロンドンを代表する空港となった。イギリス国内で学園都市との直通便があるのは此処だけ、ロンドン市内などとのアクセスも比較的便利なものの、老朽化と乗客数の増加を受けて繰り返す増築のために荷物の紛失が多く報告されているほか、乗り継ぎの手間がかかるなど、使い勝手の面ではあまり評判は良くない。
 空港を出れば多くのバスターミナルが並び、ロンドン市内へと皆を運ぶ。他のアクセス手段としては列車もポピュラーだ。空港周辺は住宅街であり騒音に関してはイギリス一、気を遣っている空港ともいえる。

 今の時刻は日本との時差もあり午後3時をまわったところ。歩とセシリアはバスを大勢の観光客と共にバスを待っていた。

 「とりあえずジラ様のところには明日行くとして、セシリア様はグリゴリの所に行ってもらいます。正直お前の面倒見るのがメンドイからまかせる」
 「ジラさんですか? ……聞いてないんですけど……」
 「すいません。言い忘れてました。気にすんな」

 セシリアは歩の師ジラを恐れているのか随分といやそうな顔をしている。しかしそれについては歩も予想済みなので気にはしない。
 それより今現在歩には気になる事があった。

 セシリアの様子がおかしい。
 いや、おかしいのはいつもなのだが、歩むに言わせてみれば沈んでいるという表現だ。
 バスを待っている。あれだけ楽しみにしていたのに、セシリアはどこか遠くを見ているようなそんな感じさえも受け取れる。

 「ハロー!! あ! ごめんなさい、そんなフレンドリーに話しかけられても……調子乗りました」

 セシリアが前に並んでいる金髪の女性に話しかけて何か言っている。 

 「何をしているんですか? だからなにその片言英語?」
 「英語が使えなくて慌てふためいている日本人ごっこ?」
 「……。死ねよ……」

 いつも通りかもしれない

 そう歩は思い直す。
 実際には知識だけの英語があるセシリアは、相手の言葉が理解できても話せない。そういう状況なのだが、歩からしてみれば本当にふざけているようにしか見えないということだ。

 バスはまだかな?

 バスがやって来るであろう方向に振り向き確認をしてみる。見たからといってバスが来るわけではないが、誰しもがやってしまうことではあるだろう。
 などと思っているうちにバスがやってくる。次々と乗車していく観光客達。

 「セシリア様バスが来ましたよ……セシリア様? ……何処行った?」

 いない。
 セシリアがいなくなっていたのだ。イギリスについて早々問題を起こすのはさすがとしか言いようがない。

 恐ろしく面倒なんだけど……しょうがない……

 このまま置いていこうかとも思うがそういうわけにも行かないので歩はバスに乗るのを諦め、スーツケースを引きずりながらセシリアを探す。
 外国と言ってもセシリアの姿は目を引く、歩は聞き込みをしながらセシリアの行方を追っていく。

 随分と歩かされた……見つけたら一発くらい殴ってもいいよな?

 1時間という時間をかけセシリアの行方を歩は突き止めた。
 そこは教会だ。教会といえば魔女の天敵。しかしそこは魔術的要素など何もないただの小さな教会だ。歩としても警戒する必要すら感じさせない何処にでもあるもの。

 何の目的でこんなところに……

 セシリアはこの教会の裏手にある小さな墓地に行った様だった。墓地に用があるということは誰か知り合いでも埋葬されているのだろうか?
 その真偽はセシリアに確かめればいいことであるし、それより今は勝手にいなくなったことの方が問題なのだ。なぜならそのせいで歩は無駄な労力を使う羽目になってしまったのだから。

 歩は教会の裏手までガラコロと音を立てながら歩く。
 そこは本当に小さな墓地だ。
 何処にでもある墓地だ。
 そこの1つの墓の前にセシリアはいた。
 しかし

 なに?!

 その隣には見た目18歳くらいの金髪碧眼の少女。幾度も折り返し留めている黄金の髪は、身長の2倍以上はあるのではないかと推測される。
 歩は彼女を知っている。知らぬはずがない。なぜなら彼女は歩達魔女の天敵、教会の親玉の1人。イギリス清教最大主教ローラ・スチュアートだからだ。

 「これはセシリア。久しぶりなるに、いや初めましてと言うべきかな」
 「…はじめましてローラさん、どうしてこんな所にいるんですか~?」
 「なになに、最近土御門に面白いことを聞いたるに。なにやら日本では死んだ人間に祈るのではなく、死んだ人間の『霊』に祈るらしいとゆう。また墓地には『会いに』行くのだそうな……なので私も会いにきたるのよ。親友にね」
 「……ふーん。そうですか~」
 「セシリア様!! これは? こいつ殺すぞ?」

 歩は2人の間に割って入るように出て行き、そう宣言する。しかし殺すと言われたローラの方は随分と余裕の表情だ。セシリアに至っては見向きもしない。

 「ジラの弟子よ。私を殺したところで魔女と教会に戦争が起こるだけるに……前回ローマ正教が学園都市を支配しようとしたる件、ローマ正教はリドヴィアの勝手な行動だと言っておるけるが、そのせいで『フランシスコ会』や『ドミニコ会』等の古きからなる修道会が騒いでおるに。それに伴いイギリスでも『ルーテル教会』や『パブテスト教会』等の力あるプロテスタントがイギリス清教に今後の方針を言及してくる始末。魔女内とてそうであろう? 今は緊張状態なりけるに……」

 組織とはその中にいくつもの組織を抱えているものだ。イギリス清教に至ってはローマ正教のように騒いでいるのが『1つの組織の中で出来た組織』ではなく『多様な組織の内の1つ』なのが厄介なところではある。それは宗派が多様なプロテスタント。そのイギリス国内に存在する多くの宗派を統率する、イギリス清教だからこその悩みである。

 しかしその全てが、歩にとってはどうでもいいことに他ならない。
 ここで最大主教を殺す。それは歩にとってとても気分のいいものだ。それでいいではないか。

 「歩さん。ローラさん殺したらぶっ殺しますよ~」
 「……」

 (なんだ?……わからない……)

 歩には妙な威圧がセシリアから感じられた。
 ここは従うべきかもしれない。そうでなくとも元々セシリアには従う理由があるのだ。不満は残るが歩はその場でおとなしく様子を見ることにする。

 「Ελωι ελωι λεμα σαβαχθανι(エロイ エロイ レマ サバクタニ)」

 とセシリアが急に言葉を発する。
 ローラがそれを聞いて少しだけ表情を険しくしたように歩には思えた。

 「ナイルが最後にそうギリシャ語で言いたるに、その意味は聖書にて分かりけるのよ。深い神への愛よ」

 ナイル……リドヴィアの言っていたセシリアの師ナイル・ヴァンフックか……。
 歩は考える。リドヴィアの発言だけでは気にしていなかったが、この状況。セシリアとローラが立つ場所にある墓。ナイルとか言う奴のものかと。これでセシリアと何かしらの関係があることは確実だ。

 「そんなもの、ただの後づけですよ。神の子も結局は神を恨んで死んでいった。ただそれだけのことじゃないですか」

 セシリアの発言したギリシャ語の訳はこうだ。「わが神、わが神、どうして私をお見捨てになったのですか」イエス・キリストが処刑に際、最後に叫んだこの言葉は旧約聖書の詩篇22の冒頭の言葉。詩篇の全体を読むと闇のどん底にあって、なおも神に呼びかけた、さらに絶対的信頼を失わなかったことがうかがえるという。このことからキリストの神への愛が分かると解釈されている。

 なんの話をしているんだ? 
 歩には分からない。

 「まぁ、その論争は今更たるによしておくのよ……? どうした?」

 セシリアがローラを何やら睨みつけている。
 どうしたというのか?

 「……歩さん、ちょっと墓掘り起こしてくれます?」
 「……了解です。なんだ?」
 「……」

 歩は精霊魔術。四大元素を操れるそれを使う。
 土の魔術は墓をゆっくりと掘り起こし棺桶が地表まで上がる。泥で汚れているそれをセシリアが無造作に空けた。

 中は空っぽ。
 何も入ってはいない。

 「この棺桶中身ないですよ~」
 「……復活という訳でもあるまいに……冗談が過ぎけるのよ……これについては素直にあやまるけるのよ。すまないと」

 ローラが慌てた様子で墓地を出て行く。
 それを見てセシリアもトコトコと墓地を後にして、元いたバス停まで行こうとするので歩もそれに付いて行く。
 その道中歩はセシリアに質問をする。

 「先ほどは何の話だったのですか? つかナイルってお前のなんだ?」

 歩の質問にセシリアは首を捻って答える。

 「さぁ? さっきも何となく言葉が出てきただけなんでよくわかんないですよ~。きっと適当に話してただけなんで意味はないですよ~」

 歩としてはそう言われてしまえば聞き返すことは出来ない。

 「はっ!! グリゴリってことはエクセルさんがいるんじゃないですか!! 早く会いたいですね~」

 そしてバス停までの道のりをセシリアはいつも通り、歩は黙って歩くのだった。



[14728] 魔女と魔女と魔女。3
Name: 凪砂◆54b74ba8 ID:dafdf79d
Date: 2010/07/18 03:25
 セシリアと歩が混雑したバスに揺られ、やって来たロンドン市内。
 そこからさらに歩くこと数分。大通りから離れた所にあるのは大きな5階建てのアパート。レンガ造りのそれは異様に古めかしい雰囲気を出している。
 しかし周りの小さなアパートもレンガ造りではないというだけの、古い建物ばかりなので異彩を放ちながらも、その中に大きなアパートは溶け込んでいた。

 「ここがグリゴリの住処、正確には女性だけですが……となっています。適当に誰かに泊めてもらえ」
 「てきとうですね歩さん……」

 ハァ? という感じでセシリアが答えるも歩は気にせず言葉を続けてくる。

 「では私は用があるので。明日にはジラ様に会わせるために迎えに来ます。このまま一生迎えに来ないってのもいいけどね」
 「了解ですよ~」
 
 歩が無言でその場を去る。
 歩の微妙な嫌がらせな言葉など気にしないセシリアは、とりあえず目の前の扉を叩くことにした。
 日本では少し値の張るマンション等でしか見かけないが、建物自体に入る為に正面の扉を潜らないといけないらしい。どちらかというと寮や合宿所と言った方が合っているかもしれない。

 「お邪魔します!!」

 ガチャッとセシリアは扉を開ける。誰の部屋が何号室という情報は歩から聞いていないため、中に入ってからどうしようかと思っていたセシリアだったのだが、その思いはいい方向に裏切られた。

 「セシリア! セシリア!!」

 そう言いながら、背の低いセシリアよりも更に頭1つ分ほど小さな女の子が、セシリアに近づいてきた。
 彼女はグリゴリの魔女。エクセル・マドック。
 セシリアと同じような黒のワンピースに身を包み、長く黒い髪、傍目から見ればセシリアの妹にでも見えそうだが、口元しか見えないほど伸ばした前髪がセシリアとは違い、暗い雰囲気を容姿に付け足している。

 「お久しぶりですセシリア様」

 玄関の扉を潜ったそこ、ホテルのようなロビーと言うには随分と狭いがスペースを取ってある。その右端の壁に眠そうにもたれかかっている彼女はエクセルの相棒である悪魔信仰型の魔術師ジュリエット・マーキュリー。背が高く眼鏡と1つに結んだ、痛んだ茶髪が印象的な女性である。

 「本当に来やがったよ……アァ? イギリスに何のようだァ?」

 ジュリエットと同じように左端の壁にまるでどこかのライバルキャラのように、もたれかかっているのはグリゴリのリーダー、ナイル・アウソンである。
 パンクファッション、またはメタルファッションとでも言うのだろうか? 黒のTシャツにジーンズ生地の短パン。腕や首元にはシルバーアクセサリーがジャラジャラと付いている。日本人がこんな格好をしていれば目立つが、彼女の場合銀髪と顔の刺青、その顔立ちも相まってその格好が自然に見える。

 何はともあれセシリアを3人は迎えてくれたようだ。知り合いの部屋を探す手間が省け、セシリアとしてはいい意味で予想を裏切られたのだ。

 「セシリア!!」
 「エクセルさん!!」

 小さな魔女エクセルとセシリアは『ソロモン奪還作戦』で親しくなった仲だ。2人とも会えてうれしいのだろう。

 「「ここであったが100年目!!」」
  
 2人はファイティングポーズで相対する。

 「エクセルさん!! あなたはあの時、私と仲良くなったにも関わらず敵を打ちのめし挙句の果てにはお出迎えまでしてくれるとは……なんて非道な……このままでは一緒にご飯食べたり、カラオケ行ったり、最終的にはバンド組んだりして学園祭で人気になっちゃって、それがきっかけでデビューしちゃう――」
 「長いよ!!――」

 エクセルがセシリアに口を挟む。

 「――セシリアこそ、僕が会いたい、会いたい言ってたら本当に来ちゃうなんてなんて奴だ!! このままだと今日は僕の部屋に泊まって朝まで語り明かしたり、トランプで遊んだり、明日は一緒にお出かけして最終的には僕たちもう親友じゃね? ってことになって『一生友達だよ!!』的な約束をしちゃうじゃないか!! それから――」
 「エクセル長いよ!!――」

 眼鏡の魔術師ジュリエットが眠そうだった目を見開いて割り込んでくる。

 「――そんなにセシリア様、セシリア様!! 私のことは無視なのか!!そうなのか!! そりゃセシリア様より魔術の面では劣るかもしれないけど、オタクな面でなら負けてないからね。好きな属性全部言おうか? 言うよ 言うよ? 落下型ヒロインのみならず、義姉義妹義母義娘双子未亡人先輩後輩同級生女教師幼なじみお嬢様金髪黒髪茶髪銀髪ロングヘアセミロングショートヘアボブ縦ロールストレートツインテールポニーテールお下げ三つ編み二つ縛りウェーブくせっ毛アホ毛セーラーブレザー体操服柔道着弓道着保母さん看護婦さんメイドさん婦警さん巫女さんシスターさん軍人さん秘書さんロリショタツンデレチアガールスチュワーデスウェイトレス白ゴス黒ゴスチャイナドレス病弱アルビノ電波系妄想癖二重人格女王様お姫様ニーソックスガーターベルト男装の麗人メガネ目隠し眼帯包帯スクール水着ワンピース水着ビキニ水着スリングショット水着バカ水着人外幽霊獣耳娘――」
 「黙れぇぇぇええええ!! そして長ぇよ!!――」

 セシリアが「うおぉ! 女版の青髪さん?」と言っているところナイルがジュリエットの言葉を中断させる。

 「――テメェらさ~……なに分けのわかんね~ことで語りまくってんだよ。第一よ~。もうエクセルとセシリアは友達でいいじゃねぇか。そしてジュリエットお前はもう巣に帰れよ! てか玄関でそんな騒ぐなよ。そしてセシリアは何で手ぶらなんだよ……着替えくらい持ってこいよ。もう仕方ないから買ってくるしかないだろ? とりあえず少し休んだら買いに行かなきゃだろぉ? 大体テメェは昔から適当なんだよ……少しは慎重に物事をな? まぁ、別にいいけどよぉ。やっぱりすこ――」
 「長いですよ!!!」

 セシリアがナイルの説教とも取れる愚痴に割ってはいる。
 
 「!?」

 そこでセシリアは気づく。その様子に3人はセシリアの顔を見つめた。

 「一周しちゃったよ!!!」

 その言葉にエクセルも気付く

 「一周しちゃったのか!!!」

 そんな2人に銀髪の魔女ナイルは溜息を吐き、オタクな魔術師ジュリエットは「巣に帰れはヒドい……」と、打たれ弱いのか沈んでいる。

 「一周しちゃったよ!!!」
 「一周しちゃったか!!!」

 何が面白いのか小さな魔女2人は楽しそうに叫んでいる。むしろ叫ぶのが楽しいのかもしれない。これでは本当にただの子供だ。
 
 「まぁあれだ……」
 どうにもこうにも状況が進まないのでナイルが何か口にしようとして
 叫んでいたセシリアがまた割ってはいる。ニコニコとしながらだ。

 「とりあえず。お茶とお菓子がでる場所へ行きません?」
 「……」

 セシリアのペースだよこれは……
 などとナイルは思う。
 しかし「行こう行こう!! でもどこへ?」「もう私は巣に帰りますよ……」などと言っている残りの2人はそんなことひとつも思ってはいないのだろう。
 まぁセシリアは客だ。そう思いながらナイルはセシリアをお茶とお菓子がでてきそうな所へ案内することにした。

 





 ロンドン某所。

 これは何かの遺跡か? とでもいうかのように広がった体育館2個分はありそうな地下空間。その壁に掛けられたいくつもの松明だけが、暗い空間を照らしている。空間の中央には祭壇のような物がありその周りにはギッシリと魔方陣が敷き詰められている。

 「何だって私なんかめがこんな大層な役を……あぁぁあああああ!! もうやっちまうもんはしかたないっすよ!! あのお方が何考えてらっしゃるのか分かんねぇんだからしかたないっすよ!!」

 祭壇の周りを落ち着かない様子でまわる修道服姿の、見た目15歳ほどの少女は数日前の出来事を思い出す。






 「何をそんなビクついてるのですか? エレン?」
 「いやいやライラ様、なんだって私なんかにこんな大層な役を?」

 目の前。真っ黒なソファーに座るのは魔女過激派『支配する者(pax mage)』のトップ。ライラ・フロスト。
 純白のドレスを身に纏った彼女は、どう見ても魔女には見えない。昔話で言えば魔女に悪さをされるお姫様のほうだ。
 かくゆう自分も修道服姿なのだから、魔女に見えないという点では同じかとエレンは思う。

 「いやぁ……でもジラ派の魔女を襲撃したとあったら……どうせなら教会の方を攻めたほうが良いんじゃねぇですかい?」
 「今、教会。イギリス清教を攻めたところでジラ派との挟み撃ちにあうだけですわよ」
 「それを言ったらジラ派を攻めるのも大差ないんじゃ……」

 その言葉に純白のドレスを着たライラは、ほくそ笑んで語る。エレンにはその表情が怖くて仕方ない。
 なんたって自分は魔女になってから数年しかたっていない新米。目的を果たすために黒魔術を使い、ローマ正教から追われる身となった修道女だ。

 (だけど……ローマ正教の教えを捨てたわけじゃあないんですよ、これが)

 彼女は目的の為に黒魔術に手を出したに過ぎない、教会の教えは彼女の中では未だ健在なのである。そのため目的のため最低限の生贄しか用意はしない、ほとんどの時間を研究考察に使い、黒魔術の実践は極力控えているのだ。

 (じゃねぇと、どんどん神父様に告白する内容が増えていきやがるんです)

 魔術師、正確には魔術を使う戦闘要員の修道女としても、元はたいした力もない。あえて自分の長所を言うならその知識と情熱くらいな物だ。そんな人間が幸運にも『悪魔憑き』にならず魔女になれたとしても、急に強くなるわけもない。とにかく頭でっかちの魔女の完成といったところだ。

「あらあら、あなたの元いた部隊では上の命令にいちいち口を出していたのかしら?」

 修道服姿のエレンはその言葉にビクッと肩を震わせ、あたふたとしながら言葉を選ぶ。

「滅相もねぇです。隊長のシスターアニェーゼなんて、もう大変恐ろしい方でいらっしゃって、あれはSですよ。真性のドSですよ。もう敵を痛ぶんのがホント好きでいらっしゃったんすよ。もう口答えなんて……
それにあの方が使う霊装『蓮の杖(ローダスワンド)』なんか勝てる気がしねぇっすよ」
 「そうそうそれよ。勝って者が多い者達ばかりだから、忠実に命令を守ってくれそうな貴方みたいな人は重宝するんですよ」

 はぁ……
 とエレンは縮こまって相槌を打つ。

 (とは言っても勝ち目のない相手に喧嘩売るのは正直嫌なんすけどね……)

 エレンはそう思いながら目の前のお姫様が口を開くのを待つ。何にしろ小物の自分は従うしかないのだ、考えるだけ無駄かもしれない。そう結論付こうとし始めたところでお姫様ライラが優しく話しかけてきた。

 「貴方にやってもらいたいのは襲撃の後、襲撃はやってもらうけどメインはその後。きっとジラは、貴方のところに兵隊を派遣してくるわ。運が悪ければ教会勢も連れてくるかもですわ。でもいいのよ貴方は魔女らしいやり方で襲撃しなさい」
 「あぁ……それで何をしたらいいんですかい?」
 「貴方程度が襲撃をしたところで大した兵は送ってこないはずよ。でもね……きっとジラは泳がせるためにアレを送ってくるわ。あなたは全力で相手をしなさい。そのための術式と魔女2人を貴方にあげるわ。そして貴方は記録なさい。話し声、戦闘から魔力の流れ、術式の構成まで全部よ。記録は得意でしょ?」

 元々研究熱心なエレンはその手のことが得意だ。『死なないことは知ること』それが彼女のモットーでもある。

 「しかし……術式の解析までは1年やそこらじゃ無理ですよ?」

 エレンが少しだけ疑問を口にしてみる。目の前のお姫様の真の目的は未だ分からないが何かしらを知るための記録を、自分にしろと言っているのだ。そして敵から奪うのであれば『術式』かな? と思い、それでは? という疑問だ。
 しかしそんな疑問、目の前のお姫様にはまったくの問題ではない。

 「私は天才よ?その程度1日で終わるわ。それに知りたいのはそれじゃないの……ふふッ……」
 「はぁ……」

 これ以上は教えてくれそうにない。自分は自分の役目を果たすだけだ。それが生き延びる道なのだから。
 
 「ハイ。術式」

 お姫様が無造作に紙の束をエレンに渡してくる。その束にさっと目を通してエレンは驚く。
 これは自分の求めていた物じゃないのか? と。

 「これは死霊術式ですね!! それも高度な!!! まさか! イレーネ様の……」
 「残念。イレーネのじゃないわ、ヴィンセントの兵隊の一部よ。だから貴方じゃ使えそうにないわね。それ、なんの効率化も図ってないもの。力ある魔女にしか使えないわ……。まぁ研究材料にはなるでしょ? 作戦時には他の魔女2人に使わせなさい。あの子達なら使えるでしょうから」
 「でも、こんなに生贄は……死体はないですよ……」
 「あぁ……貴方に生贄確保は難しいわね。それもこちらで手配するから貴方は記録を頑張りなさい」
 「へぇ……」

 
 



 今現在その時のことを思い出しながらクルクルと祭壇の周りを回る、修道服姿の魔女エレンはやはり慌しい。

 「全部を記録するのも大変なんですよ……他の2人は消えたまま出てこねぇし……襲撃の合図が来たら後戻り出来ないってのに……とにかく記録を取って逃げる!! 私がやるべきことなんてこんなに簡潔なんですよ!! やってやろうじゃないですかい!! ……あぁ!! でも、もし怪我なんかしちまったら……それどころか死……それだけは何が何でも回避して見せねぇといけねぇです!!」

 そうブツブツと独り言を言いながら彼女は祭壇の周りを歩き回る。



[14728] 魔女と魔女と魔女。4
Name: 凪砂◆54b74ba8 ID:dafdf79d
Date: 2010/07/20 03:46
 玄関を後にしてセシリアが銀髪の魔女ナイルに連れられて向かうのは一つの部屋。後からは小さな魔女エクセルがトコトコと後を付いてくる。ちなみに魔術師ジュリエットは自分の部屋に帰ったようだ。

 「入るぞ~」

 そう言ってナイルがノックもせずに誰かの部屋の扉を開ける。けして広いとは言えないそこはセシリアの住む青髪ピアスの部屋とそう大差ないだろう。違いがあるとすれば靴を脱がなくて良いことと、部屋のなかは四角いテーブルとそれを囲む、1人暮らしにしては多い椅子。しかしこれだけ違えば部屋の広さ的な印象は変わるもので、ベッドや本棚がなく壁がしっかりと見えているのは随分と部屋を広く感じさせる。

 「アラアラ。ナイルさん。こんにちは。 ? もう、こんばんはですかね?」

 部屋の中。椅子の1つに座っていたのはこの部屋の主。白のワンピースに身を包むおっとりとした赤毛の彼女は、魔女イリス・メイフィールド。彼女はつい先日ここに越してきたばかりだ。
 
 「ナイルさん。せっかく来られたんですから座ってください。エクセルさんも。そちらのお客様も。どうぞ、どうぞ。それから今お茶とお菓子の準備をしますので待って下さいね」

 言われるままにセシリア達は席に付く。初対面のセシリアを気にもせず台所でお茶の準備を進める赤毛の魔女イリス。マイペースなのだろう。

 「これでお茶とお菓子は手に入ったな~」
 「さすがはイリス」

 小さな魔女エクセルもナイルの言葉に頷く

 「イリスさんって言うんですか? はじめましてな挨拶とかしてないんですけど?」

 セシリアがたまたま、まともな事を言い出す。

 「なに常識的なこと言ってんだよぉ~。ボケてろ」
 「ナイルさん!! それはないですよ~」

 と言ってる間にお茶の準備は出来たようだ。
 イリスが紅茶の入ったカップを皆の前に置いていく。さすがにイギリスなだけあって麦茶等は出てこない。

 「こちらもどうぞ」

 テーブルの中央に大皿に入ったクッキーをイリスが置く。

 「「わーい!!」」

 セシリアとエクセルの小さな魔女2人が子供の様に手を伸ばす。それを見てナイルは溜息をつき、イリスは微笑ましそうにしている。
 イリスはまだ知らないが、その子供みたいな魔女の1人が『最強の魔女』だと知ったらどう思うのだろうか? 幻滅するのだろうか? いや、このマイペースな彼女のことだから案外簡単に受け入れるかも知れない。

 「ささ、お客さん。せっかく来たんですからこれをどうぞ、今食べてるクッキーの詰め合わせですよ。お土産にどうぞ、どうぞ」

 そう言ってイリスは自分の横に置いてある大きなリュックから綺麗に包装された箱をセシリアに渡してくる。

 (でやがった!!)
 (でたよ!!)

 イリスは人に物をあげるのが好きなのか、越してきてからいつもこの調子だ。どこにそんなに入っているんだ。というくらいに渡してくる。ナイルもエクセルもこれには悩まされた経験があるのだ。

 「あ。どうも、どうも」
 「ついでにこれもどうですか?」

 今度は小さな子が欲しがりそうな女の子のお人形を取り出してセシリアに渡す。ナイルやエクセルは「何のついでだよ!!」と思ったが口には出さない。

 「あ、どうも」

 当の本人が素直に受け取っているからだ。

 「次はこれです」

 そう言って赤毛のイリスがサッカーボールほどある大きさのビンを机の上に置く。

 「これは魔術的なものでして大変頑丈なんですよ。たとえばこの手榴弾なんかでも壊れないんですよ。 あ、これも、どうぞどうぞ」
 「あ、どうも」

 セシリアがイリスから手榴弾を受け取る。さすがに珍しいのかセシリアは手に持って眺めている。

 「イリス……テメェなんでそんなもんまで持ってんだよ」
 「ナイルさん!!」
 「あ? なんだセシリア?」
 「なんか抜けたんですけど? ちょっと見てください」

 セシリアが手榴弾をナイルに渡し、そこから抜けた何かピン的なものをナイルに見せてくる。
 
 「……」

 さすがに科学に疎い魔女であっても映画などでよく知っている。手榴弾から何かピン的な物が抜けた後、どうなるかなど嫌というほど知っている。

 「うおぉぉぉおおおおおお!!!!! どうすんだよこれ!!! どうすんだよこれぇぇえええええ!!!」
 「ナイルさん!! 気を確かに!! なんかピン的な物外れちゃったけど気を確かに!!」

 ナイルが立ち上がって叫びだす。相当パニックになっているようだ。それもそうだろう。これが魔術的なことだったらいざ知らず。科学の対処法など知りもしない。まぁ普通はしらないのだが……

 「ナイル姐!! ビン!! ビン!!」

 小さな魔女エクセルがビンを指差す。

 「うををぉおおおおおおお!!!!」

 ナイルがビンの中に慌てて手榴弾を投げ入れる。

 「ナイル姐!! 蓋!! ふた!!」
 「うぉぉぉおおおおおおお!!!」

 蓋を閉める。

 ボンッ!!

 という鈍い音と共にビンの中の手榴弾が破裂する。もちろんイリスの言ったと通り、ビンは壊れない。

 「はぁ……はぁ……」
 「と、このように丈夫です」
 「お~!! なるほど!!」

 赤毛のイリスが得意げに言い。セシリアが感心したように頷く。

 「出るぞ!!」
 「ナイルさん!! まだお菓子を全部食べてないですよ!!」
 「そうだそうだ~!!」
 「心臓に悪いんだよぉ!! ほらぁ!! 行くぞ!!」
 「引っ張らないで下さい!! 腕がもげる!! もげてしまう!! !? もげるってどういう意味?」
 「もう行くのでしたらこれをどうぞ、どうぞ。さっきのは壊れてしまったので!!」
 「あ!! どうもどうも」
 「うぉぉおおおおおい!!! またか!! またそれか!!」
 「あ!! また抜けました!! ナイルさんどうぞ」
 「ん? あぁ……って、おい!!! またか!! またなのか!!!」
 「ナイル姐!! ビン!! ビン!!」
 「うおぉぉおおおおお!!!」
 「ナイル姐!! 蓋!! ふた!!」
 「うをぉぉぉおおおおお!!」


 ボンッ!!

 「と、このように大変頑丈です」
 「おぉ~!! なるほど!!」 

 とりあえず、ここは危険だ……
 そう思ったナイルはセシリアとエクセルを連れて部屋を出る。

 「ハァ……まぁ……ところでセシリア。おめぇが泊るのはエクセルの部屋でいいんだろ?」
 「ナイルさんの部屋がいいです」
 「な!! ……」

 正直この答えを予想していなかったナイルは廊下でうろたえる。セシリアとエクセルは仲がいい。当然そうなるとエクセルの部屋に泊まると思っていたのだ。それが自分の部屋が良いとなると……

 「う……ちょっと、まて!! 今から部屋を片付けてくるから!!」
 「冗談です」
 「そうだそうだ~!!」
 「……」

 ナイルは無言で去って行く。セシリアとエクセルは首を傾げて今日1日セシリアが泊まる、エクセルの部屋まで歩いていった。





 所変わって魔女東条 歩(とうじょう あゆむ)はスーツケースを引きづったまま、自分の師。『御伽の魔女ジラ』と対面していた。
 20代後半の容姿ををし、金の髪を垂流す女。口には火の付いた紙タバコを咥え気だるそうな表情をしている。
 ジラは書斎と呼ぶべきその一室で机に肘を付きながら座り、正面で無表情のままの歩を見つめる。

 「……あれだ……学園都市は楽しいか?」
 「……それなりには……。何でそんなこと聞かれなきゃいけねぇんだよ」
 「……あれだ……いや……なんでもない……」
 「……そうですか。じゃあ聞くなよ……」

 なんだか、ぎこちない雰囲気をさせる2人。

 「なに久しぶりに会ったからって2人そろって緊張してるんですか?」

 話に割って入ってきたのは真っ白な髪に真っ黒なメイド姿の女。彼女は2人の邪魔をしないよう部屋の隅に身を潜めていたのだが、雰囲気が居た堪れなくなって出てきたのだ。

 「歩ちゃんには、そろそろ復活しかけのヴィンセントの様子を見てきてほしい。出来るなら倒してきてみろ。 でもって帰ったら里帰りを満喫して一緒にご飯を食べたり、買い物をしましょう。 ですよね?」

 ジラは煙を吐きながら引きつった表情で答える。

 「最後の方意外はあってんよ」
 「ヴィンセントというと『逆鱗の魔女』ですか? ん? 復活ってどういうことだ?」

 『逆鱗の魔女ヴィンセント』
 『魔女狩りを生き残った魔女(ロスとウィッチ)』と呼ばれる魔女3人の中で1番、危険で邪悪な魔女と言われている。ここ数十年姿を現したという話はなく、死んだのでは? という意見も一方では広がっていたのだ。

 歩の質問にジラは新しいタバコを咥えながら答える。

 「少しだけ話してやる。まぁ聞け――」

 ジラの説明を歩は聞く。
 そう、セシリアの存在など完全に忘れてだ。





 セシリアがエクセルの部屋に泊まって3日後。ロンドン某所の地下では1人の修道女姿の魔女。エレンが不気味な祭壇を前に倒れていた。
 うつ伏せに倒れるその姿は野垂れ死にという表現が的確だろう。
 しかし彼女は死んでなどはいない。

 「うぅ……襲撃の合図はいつになったら届くんですかい!! ……もう水も食料も尽きちまいましたよ……まさか3日も待たされるとは……せいぜい半日くらいだと思ってた自分がバカだったんすね……他の2人はやっぱり姿が見えねぇですし……どうしてるんすかね?」

 うつ伏せのまま、そう呟くエレン。
 せめて、何か一口、そう一口でいいから口に入れられる物があれば。
 そうは思うが何もない。
 エレンはうつ伏せのまま、ヌルヌルと腕を動かして修道服のポケットに手を突っ込む。もう幾度となくやった行為だったが、やらずにはいられないのだ。

 「!?」

 エレンは気付く、今まで幾度も探し何もなかったはずのポケットに何か入っているのだ。
 
 (そういえば右ポケットばかり探してて左は今回が初ですかい!!)

 そう、いままではどうせ何も入ってないと思うあまり右ポケットしか探していなかったのだ。
 なにはともあれ、ポケットから出てきたのは小さな袋に入った小さな飴。それをエレンはゆっくりと口に運ぶ。

 「甘めぇです……」

 ニコニコと幸せそうな表情を浮かべながら立ち上がる。どうやら野垂れ死にの危機はなんとか真逃れたようだった。
 
 ――

 元気を取り戻したエレンの元に術式での通信が届く。

 『開始だ』

 (とうとう来やがった!!)

 エレンは準備に準備を重ねた術式を発動させる。祭壇の周りに敷き詰められた魔法陣。その5割程が光りだす。
 

 「ははははははっははは!!!! 今まで散々待たせやがった分!! 強烈なのお見舞いしてやりますってんです!!」

 発動したのは砲撃術式。





 そしてそのころセシリアはエクセルの部屋の1つしかないベッドでゴロゴロとしていた。
 歩が迎えに来ない。そのままダラダラとエクセルの部屋で過ごしたセシリアは、海外旅行を満喫しているという感じではないだろう。ただ友達の家で寛いでいるだけだ。

 ドンッ!!

 「? エクセルさん今音しませんでした? 攻撃的な魔力な気配も?」

 ベッドの脇で本を読んでいた小さな魔女エクセルは答える。

 「ん? 魔力は分からないけど音はしたかも……」

 2人はそこで会話を終わらせる。



 同じくして音を聞いたグリゴリのリーダーナイルが部屋の壁に向かって話しかけていた。

 「さっきのが攻撃だぁ? あんなんじゃここの結界はビクともしねぇぞ~ジラ様よ~」
 『そこがバレていることがある程度は問題だろぉが!! しかも見た目は相当派手な攻撃だったらしいぞ……そのせいで教会が動き出した』 
 「あぁ? じゃあ犯人とっ捕まえて吐かせりゃいいだろうが。何処でジラ様の部下がロンドンに潜んでんのを知ったのかってな~」
 『まぁ攻撃方法から見て魔女だが、どうも胡散臭い感じだな。お前リリーあたり連れて捕まえに行け』
 「敵の場所がわかんねぇよ。探知するにしても弱すぎて無理なんだよぉ」

 相手の使った魔術から魔力をたどり、ある程度の位置を把握する術式程度ならナイルは扱える。しかし今回の相手は魔力が弱すぎてそれが不可能だった。

 『あぁそれならイギリス清教が場所は掴んだらしいぞ? さすがに設備と人がいるところは違うな。 これは完全に魔女同士の争いではあるがロンドン市内だからな……犯人を捕まえるなり殺すのに教会が監視を送るそうだぞ?』
 「随分話がはやいなぁ?」
 『同時進行中だ。気にするな。まぁ、その代わり場所を教えてくれるだとよ。仲良くやれ』  
 「教会とかぁ? あんたならもう場所分かってんじゃねぇのか?」
 『さあな。それより相手の黒幕は十中八九過激派だな。準備好きのお姫様が仕掛けてきたんだ胡散臭いだろ?』
 「……」

 通信を切り、ナイルは考える。
 今回の攻撃が魔女過激派による宣戦布告かどうかは分からない。そもそも相手が過激派かどうかは分からない。
 しかしどうにしろ教会勢と行動することで、ジラと教会の繋がりが明確になる。むしろ今回のジラの目的はそれではないのか?
 果たして今の世界状況でそれは良いことなのだろうか?
 
 (わかんねぇ)

 ナイルにそれは分からない。しかし自分がジラの部下という立場上従わなければいけないし、そういう複雑なことを考えるのはジラに任せるべきだろう。
 どこぞの無表情魔女ならば教会勢と行動を共にするなど「吐き気がする」の一言で済ませそうだが、グリゴリ、特にナイルなどは自分が捕まらないのなら教会などどうでもいいのだ。
 かと言っても教会が好きという訳でもないので微妙なところではある。

 「しかたねぇな~」

ナイルは黒のローブを羽織りそう呟やいた。



[14728] 魔女と魔女と魔女。5
Name: 凪砂◆54b74ba8 ID:dafdf79d
Date: 2010/08/01 05:10
 「きもちわるい……頭痛い……」
 「セシリア、オメェすげぇな……魔術的要素のない教会でそこまでなるか?」
 「そう言うナイルちゃん顔色悪いわよ?」
 「僕も気持ち悪い……」
 「大丈夫かエクセル?」

 ナイル達、グリゴリが住むアパートを砲撃術式で攻撃してきた魔女を捕まえる。
そのために集められたメンバーは5人。グリゴリのリーダーである銀髪の魔女ナイル。グリゴリ内で唯一の既婚者であるリリー。小さな魔女エクセル。その相方である魔術師ジュリエット。そして最強の魔女セシリアである。セシリア以外はグリゴリのメンバーであるため今この場にいるのは不思議ではない。では危険は極力避けてきたセシリアがいる理由はなんなのだろうか? 

 「面白そうなんで!!」

 と言っていた。しかしこれはどういうことなのだろうか? ナイルは気に留めていないし。他の人間にしても,最強の魔女の気まぐれ位にしか思っていない。だがもし、これを今までのセシリア、正確には学園都市に住み始めてからのセシリア。その魔術関連の事件,その際のセシリアの反応を見ていた東条歩(とうじょうあゆむ)、ならどう思っただろうか? イギリスに来ることが決まる前、何処に旅行に行くかという話ですら危険じゃない場所をセシリアは所望しているし,今までの事件とてけして『面白そう』などという理由で関わることはなかった。どちらかと言えば危険を避けている感じだったはずだ。セシリアの『何かがおかしい』もしくはセシリアが『何かを考えている』。と、東条歩なら思ったかもしれないだろう。
 しかし今この場でその考えに至る者はいない。

 彼女達が今いる場所は寂れた教会。埃が舞い、カビ臭く、穴の開いた天井からは昼の日差しが大きく差し込み、古びた木造の長椅子が規則正しく未だ並ぶこの場所で、イギリス清教の監視者と落ち合うことになっている。
魔女内のことは魔女内で処理をする。
ある意味化学サイドと魔術サイドにも似ているその暗黙の了解は魔女狩り以降のモノであり、ある程度守られている。しかしここはロンドン市内。イギリス清教とて黙って任せることはしない。最後まで見届ける。そのための監視者であり、その条件として今回の襲撃者の居場所を教えてくれるそうだ。

「もう……横になってもいいですか?」
「そうですね。セシリア様はそこの長椅子で横になってください」

 気だるそうに話すセシリアを、グリゴリの証でもある黒のローブを羽織るリリーが,背中をさすりながら休むよう促す。さすがに既婚者で子持ちと言ったところか。見た目はギリギリ20代だが雰囲気がまるで母親のように暖かい。金色の長い髪が日に当たり神々しく光る姿は女神を連想させるが、彼女もまた魔女である。
リリーは長椅子に溜まる埃をハンカチで軽く払ってからセシリアを寝かせる。
セシリアがこれほどまでに気分が悪そうにしているのには、魔女だからこその理由がある。
悪魔の加護である。
魔女、正確には黒魔術を初めて行使し、『悪魔憑き』とならず成功させた者には悪魔の軍門に降ったという、魔女足り得る加護が付く。その加護は、その後の黒魔術発動の安定を約束されるものであり、魔術師との決定的な違いである。厳密に言えば、加護を得ても次に発動する黒魔術に使う悪魔名が違えば、危険は初めとなんら変わらないのだが……。それについてはいずれ。

神の家である教会は人々を悪魔から守る。

そのため特に魔術的要素が多い教会などには、悪魔の加護を持つ魔女は入ることが出来ない。セシリアの場合は『悪魔召喚』を成し遂げた魔女とあって、このような魔術的要素がなく古びた教会でもこの様だ。ナイルやエクセルといった高位の魔女も、セシリア程ではないが例外ではない。

「さすがセシリア。僕も気持ち悪いけどそこまではならないよ。大丈夫?」

小さな魔女エクセルが、その長い前髪で隠れた顔で、横たわるセシリアを覗き込みそう言う。

「なぁ、姐さん。こっちから仕掛けるなら姐さんはともかく、他は魔術師だけでいいんじゃないのか?」
 「それは私も思ったけどそこの所はどうなの? ナイルちゃん」

魔術師ジュリエットは、眼鏡の奥からセシリアを心配そうにするエクセルを眺めながら、銀髪の魔女ナイルに質問を投げかけた。
 その疑問はリリーにもあったようで続けて質問をする。
 敵の潜伏場所に襲撃を仕掛け、捕らえるということはどうしても近接戦闘なりやすい、それは基本、魔女の苦手とするもののはずだからだ。

 2人の質問にナイルが気だるそうな顔で答えてくる。

 「敵は大した奴じゃないだろうしな、問題はない。私としては適当に声掛けやすい奴を連れてきただけだなんだよ~……」

 要するに今回に関しては、あまり深くは考えずにメンバーを決めたということだ。この辺はいくらジラの元、組織化しているといっても、身勝手な魔女の集まりだということが窺える。なぜならグリゴリのリーダーすらこれなのだ。むしろナイルが、グリゴリ内では比較的まともな人間の部類に入るのだから、魔女という人種の異様さがどれほどのものか分かるだろう。

 「さすが姐さん。考えてるようで行き当たりばったり!!」
 「ナイルちゃんはもう少し、その杜撰(ずさん)なところを直したら完璧なのにね……誰に似たのか……」
 「アァ? 似てねぇよ……」

ナイルは少しだけ横になるセシリアに視線を向けてから反論をした。

 「待たせたね。 『必要悪の教会(ネセサリウス)』から来た監視者のステイル・マグヌスだ」
 「同じく『必要悪の教会(ネセサリウス)』の魔女。スマートヴェリーって呼んでね」
 「やっと来やがったか~……ん? 男の方……テメェは学園都市で一度会ったな~女の方は……現代魔女か」

 教会の入り口から現れたのは、赤い髪に咥えタバコ、目の下にあるバーコードが目立つ長身の若い神父。
 もう1人は絵本で見るような『魔女の帽子』を深々と被り、顔がよく見えない。ナイル達グリゴリのように黒のローブを羽織っており、1番の特徴は手に持つ箒だ。どう見てもハロウィンで見る魔女のコスプレにしか見えない。
 ナイルはスマートヴェリーと名乗ったその女を見て『現代魔女』だと一瞬で判断できた。それはリリーやエクセルも同じだ。

 『現代魔女』
 彼女らは自分達を魔女が発展したものだと語る。かつて魔女の弱点や危険性である、近接戦闘の不得意や『悪魔憑き』の危険性、はたまた生贄集めの危険性、不合理性。などと言った、ナイル達からすれば魔女を根本から否定するような魔女達が作り上げた形態である。
 黒魔術の知識を基にした悪魔信仰系の応用魔術。生贄は今でも残っているらしいが人間などではなく動物や、虫の類のみ。
 彼女らは『悪魔の加護』がない。実質的に魔術師とはあまり魔術形態として変わりがないため近接戦闘も得意である。
 ナイル達のような魔女から言わせれば、魔女という形を使った魔術師だという。

 「現代魔女だし……」

 エクセルが呟く。
 
 「それは貴方達が勝手につけた名よ。私は魔女以外の何者でもないけど?」
 「何処が魔女なんだか……僕から言わせれば欲望がない時点で魔女じゃないよ」
 「私は私なりの目標があるからいいのよ」
 「そのヘンにしておいてくれ。僕達はそんな論議をしにきたわけじゃないんだ」

 エクセルとスマートヴェリーの会話に割ってはいるの神父ステイル。
 彼はこの教会にいる人物を確認するためあたりを見回し、ある者に気付く。そして見るからに嫌そうな顔で言う。

 「魔女セシリア……君は学園都市にいるはずなんじゃないのかい? ……なぜこんな所に……」

 長椅子に横たわっているセシリアが返事をする。

 「ステイルのアニキ……ただの旅行ですよ~……」
 「旅行か……さすがに君くらいになると教会は辛いらしいね……いい勉強になったよ」
 「アニキ……最後に言っておきます」
 「最後? どうかしたのかい?」
 「はい……ナイルさんが一目惚れしたそうなんで付き合ってあげてください」
 「また君はおかしなことを……すまないが遠慮するよ」

 とそこで件の銀髪の魔女ナイルが叫んだ。

 「うぉぉぉおおおおおおい!!! 何勝手に告白してんだよ!! でなんか勝手に振られてんじゃねぇか!! つうか一目惚れなんかしてねぇよ!!」
 「ナイルちゃん……なんかその勢いで言ったら本当に一目惚れしてるように聞こえるわ」
 「してねぇぇええええええええ!!!」」

 現代魔女スマートヴェリーがその様子に呟く。

 「ねぇステイル。いつもこんな感じなの? 魔女セシリアとは面識あるんでしょ?」

 ステイルは頭を抱え。

 「ああ……嫌になるくらいにね……」

 そう言った後仕切りなおすように音量を上げた声で

 「まず、対象の居場所だが――」







 そしてセシリア達が来たのは地下道。地下道といっても見た目はトンネルのようなもので、やたらに広い。一直線に伸びる道は左右の壁に設置してある松明のみ、薄暗く照らされている。

 「10年程前に魔女の過激派が作った地下儀式場への通路だ。イギリス清教が取り押さえたんだが……このような物はロンドンどころかイギリス中に山程あってね。全部を管理することも出来ないので放っておいたところをいつの間にか奪い返されていたというところだ」
 「あぁ? そりゃオメェらの失態じゃないか~?」
 「じゃないか~?」
 「じゃないか~?」
 「秘密基地いいな!!」
 「オメェらは黙ってろ!!」
 「その心労は察するよ」
 「分かってくれるか……」

 現在この場にいるのは監視者のステイル、ナイルにセシリアあとはエクセルとジュリエットのコンビだ。
 儀式場への道はもう1つあるらしくそちらへは既婚者の魔女リリーが1人で行くと言ったのでナイルが行かせたのだが、そちらも監視をしないといけないという理由でスマートヴェリーが同行している。
 ナイルがリリーを1人で行かせたのには訳がある。それはリリーが1人で行きたいといったからだ。
 魔女は魔術師よりも秘匿主義だ。リリーが何かしら見られたくないことをする気なのだろうとナイルは思ったのだ。しかしスマートヴェリーが付いて行っては元も子もないのだが……

 ナイルを筆頭に5人は歩く。薄暗く湿気が多いそこは幽霊が出てもよさそうな雰囲気がある。

 「ちっ……なんかでて来やがったぞ!!!」
 「うわぁ!! ゾンビ?」
 「使い捨ての死霊術式じゃないかな?」
 「エクセル!!」
 「僕は監視者だ自身の身は守るが手助けはしないよ」

 5人の前からやってくるのはうつろな目をした人間達。手には剣やナイフのなどを持っている。ゾンビと言うよりは操られた一般人という感じだが、嫌な腐敗臭が漂うところをみると死体なのだろう。
 数は50はいそうだ。通路を埋め尽くすようにいるそれは、戦略的には数で圧倒する気でいるのだろう。

 ナイルがその光景を見ながら言う。

 「予想していたレベルと違うな~……砲撃を仕掛けたのは下っ端か? まぁいいか」

 とそこで小さな魔女エクセルがナイルのローブの端を引っ張りながら言う。

 「僕達はこいつらの相手するから先行ってていいよ」
 「あぁ? 悪いな」

 ナイルは返事をしたかと思うとセシリアの襟首を掴む。

 「へ?」

 セシリアがそんな声を上げた瞬間、ナイルがセシリアを投げ飛ばす。
 綺麗な放物線を描くように敵集団の頭上を越え真後ろへと向かうようにだ。

 「ぎぁぁぁああああああああ!!!!!」

 セシリアは飛びながら叫ぶ。それはそうだ。いくらこれで敵集団を飛び越えたところで着地が問題なのだ。どう考えてもただで済む気がしない。
 段々と地面が近づいてくる。
 というか現在セシリアの1番地面に近い部位は顔だ。

 (あぁ……やばいですね……)

 やはりただで済む気がしない。

 しかし
 ボスッ
 とセシリアは誰かにキャッチされる。

 「ビビッたか~?」

 ナイルだ。
 ナイルは『イブリス』という術式の予備効果プラス、『グリゴリ』という偶像崇拝の理論により十字軍の騎士数人と渡り合える程の身体能力を有している。
 セシリアが少し涙目で敵集団のほうをナイルの腕の中から首を捻らせて見てみると一直線に敵がなぎ倒され、誰かが通った後があった。
 とその空いている空間に真っ赤な炎が飛び交う。そこを走り抜けてきたのはステイルだった。彼はナイルとセシリアの元まで行くと、少し息を切らしながら話す。

 「はぁ……僕は監視者だ対象の確保は見ないといけないんだよ……」
 「そうかぁ~……じゃあ息切らしてるとこ悪いけど走るぞ!! 行けるか?」
 「魔女が僕を心配なんかしてるんじゃないよ。僕は君たちが悪さをすればこの場で全て狩り取るつもりだ……」
 「はぁァ? やってもらおうじゃねぇかよ~」

 そうしてナイルはセシリアを降ろし、ステイルを連れ通路を前へと向かい走り出す。





 敵集団を正面に、残された魔女エクセルと魔術師ジュリエットは戦闘の準備へと入る。

 「敵は姐さん達は追わないみたいだな、エクセル……私達前もこんな役回りじゃなかったか?」
 「いいんだよ。誰かに術式を見せるなんて事は僕はしたくないんだよ」

 2人は言葉を交わす。と何処からか声が聞こえる。

 『3人逃がした』
 『別にいいだろう私達の仕事は妨害ではないく、誰かと戦うことだ』
 『でも、できるだけ多くを相手にしろといわれている』
 『気にするな。こちらも2人来た』

 その声が聞こえているのか聞こえていないのか、エクセルは笑う。

 「久しぶりにこう気分爽快にパァーっと行かないと」
 
 ジュリエットはローブから細身の短剣2本を両手で引き抜く。眼鏡はいつの間にか外されており、その目は細められ獲物を待ち構える。

 「……I、R、O、Y、O、H、G、H、O、H、H、I、I、L、G」

 彼女は何かを口ずさむ。









 一方他の通路を歩いていたリリーとスマートヴェリーもゾンビのような集団と出くわしていた。

 「スマートヴェリーさん。私は準備しますんで時間稼いでください」
 「私は監視者なんだけど……まぁこの状況だと協力はしかたないかな」

リリーはポケットからチョークを取り出し、幾何学的な魔法陣を地面に描いていく。随分と大きな魔法陣を描くようだ。
スマートヴェリーはそれを見て呟く。

 「私がいなかったらどうしてたのよ?」

 スマートヴェリーが箒を敵に向ける。

 「古いやり方の魔女。その実力見せてもらおうか!!」

 箒の先には青白い炎が球体となって現れる。








 セシリア達の向かう儀式場。その広い空間の中央にある祭壇。
 更にその中央にある丸い水晶。それに手をかざす小さな修道服姿の魔女エレン。見た目は12~14歳ほどでしかない彼女は震えている。
 必死に恐怖を堪えている。
 その瞳は少しだけ潤んでいる。

 「うぅ……敵が来たですよ……逃げる準備は万端……絶対大丈夫です……でも……あの銀髪の女……めちゃくちゃ強そうじゃないですかい…
…もし逃げられなかったら……考えるなっすよ……」

 エレンは思う。こんなことならローマ正教に居たときのほうがまだましだったのではないかと……。

 「誰か助けてくれねぇすかね……アンジェレネのオススメスイーツまた食べてぇですね……」

 少女は呟く。そして首を横に振る。しょうがないとかそういうことではない。これは自分で決めたことではなかったのか?
 自分の望みの為に黒魔術に手を出したのだ。今更後悔など遅い。










 そのころ上条当麻はシスターアニェーゼを助けるため『アドリア海の女王』という名の氷で出来た戦艦のにいた。
 そして助けられる側であるアニェーゼは上条よりも一足早く助けに来たオルソラに守られていた。
2人の前にはローマ正教の司教ビアーオ。十字架の本来もつ意味を解き放つという術式を使う強敵である。

 アニェーゼはまだ15にも満たない女の子だ。しかしその実力、精神力共に大人以上のものを持つ。
 そして自分を助けに来たオルソラに告げる。

 「……横にどいて、ください。どの道、貴方にビアージオは止められません。抵抗さえしなければ、きっと貴方は死なずにすみます」

 嫌な言葉だとアニェーゼは思う。
 伝承にある聖人が死ぬ前に、大抵異教の神官はこう言って十字教を捨てるように誘惑する。

 「そんな事が、できるわけないでしょう!!」

 まるで神話に登場する聖女そのままにオルソラは跳ね除けた。

 アニェーゼはオルソラに恨まれることをした。『法の書』を巡って、ワザワザオルソラを日本まで追いかけ、捕まえグチャグチャに蹴り飛ばした。そんな人間見捨てて当然だというのに。しかも聞けばせっかく自分が犠牲になってまで助けた部下達まで助けに来ているという。
 なぜそんなことを? 自分を餌にして助けたただそれだけのことじゃないか。皆が助かるハッピーエンド。そんな都合のいいことなどありはしないのだから。

 しかしオルソラは言った。

『なぜ助けるかの答えなんて修行中の身である私には分かりません。しかし、少なくとも貴方の部下である、ルチアさんやアンジェレネさんはあなたを助けたいと断言しました。あなたは2人の言葉に文句がありますか? たとえ絶望的な状況だろうと、それでも、もう一度皆と笑いたいと告げた彼女達の言葉に、まだ足りないと思っているのでございますか?』

 アニェーゼは立ち上がりオルソラの持つ杖を奪い取り、床に唾を吐く。

 「シスターアニェーゼ!! 何の真似だ!!」

 武器を向けられたことではなく自分に逆らおうという、その意思にビアージオは叫ぶ。

 「ハッ、貴方の疑問通りですよ」

 アニェーゼは激昂するビアージオに吐き捨てるように告げた。

 「間違ってんでしょうね。こんな私が、まだシスタールチアやアンジェレネ、それに他のシスター達の面倒を見たいなんて思っちまうのは!! 貴方のクソみてえな命令で戦わされている彼女達を想って憤ったりすんのも!!」

 ビアージオは胸元の十字架を毟り取る。

 「舐めた口……きいてんじゃねえぞ罪人がァああッ!!」

 その様子にアニェーゼは小悪魔のように笑みを浮かべる。

 





 あとがき
 気付いた人が少ないかもしれませんがスマートヴェリーさんは原作キャラです。
 これから読み進める方は何処に出ているのか探すのも面白いかもしれませんね。



[14728] 魔女と魔女と魔女。6
Name: 凪砂◆54b74ba8 E-MAIL ID:dafdf79d
Date: 2010/08/02 15:21
 針を思わせるほどの細身の二刀と。
 血の気の無い魍魎とも言える集団。
 剣と集団との距離はおよそ10メートル。

 「やれ……ジュリエット」

 エクセル・マドックは口元を綻ばせ静かに言った。

 『魔術師に任せて大丈夫かな?』

 声が響いた。

 「I、H、KH、H、O、N」

 ジュリエット・マーキュリーは集団に突っ込む。
 ヒュンと風を切る音が……
 彼女の周囲の人形達の首が落ちていく

 異端信仰強化。それがジュリエットの魔術の根本である。
 『悪魔を殺すことで十字教の信仰は強くなる』
 異端という存在そのものが十字教という力の一部を担って居る皮肉。それは16世紀から始まったルターやカルヴァンの『宗教改革』をもってしても、なくなることは無かった。
 
 『十字教という存在そのものが悪魔(魔女・異端)という力を強くする』

 神への信仰の強さは悪魔を信仰する者たちの力とも言える。
 今なお十字教の信仰は強い。それ故に悪魔の信仰も強い。
 歴史的に見れば『魔女狩り』『暴力的異端審問』等の歴史的事実から『迫害』『差別』といった一見十字教とは関係の無い、今なお残る問題も、人々の心の中では『神』や『悪魔』と無関係ではないと言えない。
 彼女の『強化』とはそのような史実、現実を解析し、組み合わせ、凝縮したものだ。

  ジュリエットの呟く言葉は常に彼女を強化する。

  『強化』を凝縮し閉じ込めた『短縮詠法』
 強化と解除を繰り返し、効果により体が壊れるギリギリのラインで留める。彼女はそれを更に『攻撃速度』のみに絞込み、1人の魔術師としては例外とも取れる剣速を生み出していた。
 対して相手は動く死体。
 物量のみの人形達。
 倒されても、倒されても、数が増えていく。しかし言うなればそれだけである。

 ジュリエットが狙うは相手の首。
 死体を操る術のほぼ全てが頭を落とせば動きが止まるという。
 それは死体といえど、『人を操る』延長線でしかないことを意味する。

 竹刀やバットを振る音ではない。もっと軽い、そう小さな枝を振るような音が地下通路にこだまする。
 ジュリエットの周辺2メートルにも満たないその空間に動けるものは居ない。彼女は右へ左へと動き回り集団の進行を押し止める。
 相手の手玉が尽きるかジュリエットの体力が尽きるか。そんな持久戦でしかないこの戦い。
 しかしそんなつまらない終わり方を望む相手ではなかったようだ。

 ドンッと切り落とした頭部の1つが爆発した。地下道が僅かに揺れた。
 爆風がバラバラの死体と共にジュリエットに迫り来る。

 (なっ……)

 即座に後へと飛ぶが避けきれずに後方、エクセルの足元まで吹き飛ばされる。

 「ジュリエット!!」

 エクセルが叫ぶ。その心配は爆発による怪我ではない。

 「K、H、G、PO、L、H」
 
 最悪は詠唱の意図せぬ中断。強化と解除を繰り返しているそれは命綱である。
 ジュリエットの安全を確認したエクセルは一瞬で判断を下した。

 「止めろ」

 ジュリエットが短縮詠方を止める。今の状態ではいくら目にも留まらぬ速さで死体を倒したところで爆発を続けられれば負ける。
 その証拠にエクセルの目の前で立ち上がるジュリエットはボロボロだ。自らの全てを『攻撃速度』に絞った彼女に、爆発を完全に回避する『移動速度』も防ぎきる『防御力』もありはしないのだ。
 だからと言って敵は待ってはくれない。集団は10メートル程の距離をゆっくりと詰めてくる。
 ジュリエットが呟く。

 「場所さえ分かれば……」

 敵、すなわちこの集団を操る魔女が近くに隠れている可能性は大きいのだ。魔術の殆どが遠ければ遠いほど威力が落ちたり、精度が落ちるものだ。それを補おうとすれば今度は、それ相応の魔力と術式を使うことになる。
 敵は大量の人形を常に操るほどの魔女である。死体を操る。それで無くとも操るという行為は、下手をすれば単純に殺すことよりも高度なことなのだ。それを常に行いながらさらにジュリエットを狙いつつ、地下道に大きな損害を与えないように配慮した、正確な小規模爆発。1人で行うならば敵が見える程近い位置でなければ出来ないだろう。
 相手が数人の可能性も捨て切れはしない。しかし相手はワザとか、もしくは自信か、エクセルやジュリエットに聞こえるように話していた。 会話の内容、声の数。この場に居るのは1人なのだろう。
 否、1人でなければエクセル達に勝ち目はなく、逃げるという選択肢のみが残されることになる。

 だが小さな魔女に逃げるという選択肢は現在存在しない。

 『どうした? 小さな魔女? まだ何もしてないようだが?』

 敵はどうやら楽しんでいるかのような声色だが、地下道内を反響したその声は何処から来るものか分かりはしない。

 「エクセル……敵の術式。どの悪魔の加護か分かれば場所が分からないか?」
 「……まぁ、まぁ同じ名であれば術式の流れが分かると思うけど……」
 「とりあえず特徴的なのは動く死体と爆発。そこから何か分かるか?」
 
 実際、術式の構成。それは悪魔という要素だけではなく、歴史的事実から思想まで様々な遠回りをして出来上がるものである。が、強力な術式ほど悪魔という特徴は強く現れる。

 「とりあえず思いついたのは第二階級の悪魔タムズだね。大砲の発明者にして炎、焼網、処刑の担当者……まぁ……試してみるか」

 エクセルはローブから赤い液体の入った小瓶を取り出し地面へと投げつける。
 赤い液体が周囲へと飛び散る。

 「聖書以外は基本得意じゃないんだよ!!!!」

 ボウッとエクセルたちと集団の間に炎の壁が出来る。
 しかし迫り来る集団は恐怖を感じない人形達。
 体が燃え倒れる人形を踏み越え、踏み越えたものが炎で倒れればまたその上を踏み越えていく。そうやって動かなくなった者の道を通り集団は進む。

 ジュリエットが集団に突っ込み集団を蹴り飛ばす様に押し戻す。
 短縮詠方を使わないジュリエットは一介の魔術師である。
 またも爆発が起きる。正確にジュリエットの近くに居た一体が爆発を起こす。

 「くっ……」

 ジュリエットが吹き飛ばされる。
 今度は宙を舞って壁へとたたきつけられた。
 彼女の衣服はボロボロに穴が開き、そこから見える肌からは痛々しい火傷や擦り傷が垣間見える。
 短縮詠方を使わないことにより、防御の術式を行使していても爆発のダメージをゼロにすることは出来ない。

 『加護の悪魔を探す? どれだけ時間がかかることやら……ほぅら!! 死体はやってくるぞ!! どうした!! どうしたー!!』

 ジュリエットは壁にもたれかかるよう座り込んで動かない。
 エクセルと集団の距離はおよそ3メートル。この場で爆発すればエクセルの命は無い。
 
 「……」

 逃げようともせず立ち尽くすエクセル。

 結界等、防御の術式が得意とされる魔女。しかしそれは黒魔術の特性でしかない。どんなに黒魔術の防御術式が優秀だろうと学ばなければそれまでである。
 幼いエクセルは防御術式を殆ど学んではいなかった。
 身を守るくらいの結界術式は行使できる。しかしそれは気休め程度のものでしかない。爆発を受け止めるほどのものではない。
 彼女は身を守る術を全てジュリエットに任せている。
 彼女に襲い来る敵、攻撃は全てジュリエットが払いのける。更に言えばエクセルに相手の悪魔の加護を見付けるほど多くの術式は存在しない。幼い彼女が、その幼さで身に付けたものは『呪い』
 
 呪い殺すこと。確実に、どんな相手だろうとしに至らしめる『呪い』
 
 『もう終わりか……あっけない……こちらはハズレだな』

 エクセルの目の前まで集団はやって来た。
 エクセルはゆっくりと左の壁を指差す。
 集団の後。左の壁だ。

 「バカがぁ!!!! 悪魔名? それがどうしたぁ!!!! さっさっと死んでしまえぇぇええええええええ!!!」

 エクセルの声にジュリエットがピクッと反応する。

 「ヤレぇええええぇエエエエエッェエエエ!!!!ジュリエットォォォオオおおおお!!!!」

 ヒュン、と音がし細身の剣が壁に突き刺さる。

 『ツッ……』

 壁から浮き出るように真っ赤なドレスに身を包んだ貴婦人のような女が現れる。
 が、その身には傷ひとつ無いように見える。しかし女は不気味な悪寒に襲われる。彼女は剣に当たった。彼女の防御力は剣を弾き返した。だが痛みを感じた気がしたのだ。針のようなほんの小さな痛みだ。それは自身も魔女故にかもしれない。

 (さっき……しかし傷は無い……あの魔術師は攻撃力が無い……それだけ? でも)

 どうしようもない不安を抱いた赤い魔女は即座にエクセルを抹殺するために人形の1つを爆発させようとする。

 「おせぇぇええええええんだよぉぉぉおおおおおおおお!! 死ね!! 死ね!! ヒャァァハハハハ!!!!」

 小さな魔女エクセルから悲鳴にも似た叫び声が発せられる。狂気が混ざる楽しげな叫び。
 その足元には黒い液体で描かれた魔法陣。

 「ぐがっ……」

 赤い魔女はその場で倒れこむ。
 ジュリエットの剣。霊装『バアル』。
 ランの奇跡を基に造られた剣の形をした針である。この霊装の攻撃は攻撃ではない。故に霊装としての鋭さなど無い。魔女の防御を破ることは出来ない。しかしその効果は身に付ける防具も身に纏う結界もすり抜け刺さる。
 ただ一突き。
 小さな針の一突き。
 そしてそれこそが魔女エクセルへと繋がる道となる。人形に刺した針は、その魔力を辿り赤い魔女の居場所を。赤い魔女に刺した針は『呪い』の道となる。

 「うがぁ………」


 赤い魔女は這い蹲りながらも人形の一体を動かす。動かすのは一体のみ、他は全てただの死体。動かす一体も爆発させることなど出来ない。体から力が段々と抜けていく。

 「どうして欲しい!!! ゆっくりと苦しむかァァああああ!!!」

 エクセルは魔法陣から動かずにそう言う。

 エクセルの呪い。
 男夢魔(インクブス)女夢魔(スクブス)の呪い。
 古くに使われた高度な呪いであり、精を奪い死に至らしめる呪い。ローマ正教が対抗術式を作り出した程凶悪な黒魔術である。

 教皇インケンティウス8世は、「限りない愛情をもって要望する」の名で知られる教書を公布した。内容は『いたるところで、男女を問わず多くの人々が、自らの救済を忘れ、カトリックの信仰から逸脱し、男夢魔(インクブス)女夢魔(スクブス)に身をまかせてしまった。それらの人々は呪文やまじない、祓い、その他迷信的な恥ずべき行為や魔術を乱用して、人間や動物のこども、大地の収穫、ぶどうや果樹の実を弱らせ、枯らし、絶やしてしまう』と書かれ、魔女と呪いの関係が正式に認められた。

 そして魔女狩りという戦争の火蓋が切られる。

 この教書は、その時代もっともローマ正教が恐れた男夢魔(インクブス)女夢魔(スクブス)の呪いを防ぐ術式であった。これは現在でも使われている強力な術式であり、なおかつ簡単なものだ。魔女が使う結界術式から、魔術師が使う防御術式まで、今や程全てに組み込まれる程に浸透した術式。
 だからこそ現在、男夢魔(インクブス)女夢魔(スクブス)の呪いを使うものはいない。しかしその教書という名の術式は皮肉にも呪いの効果を強める役割も担ってしまっていた。
 だが防いでしまえば意味はない。
 それは言うなれば完全に菌を防ぐマスクを作ったことで安心したローマ正教は薬を作らなかったのだ。その菌は誰にも殺されずマスクという存在のお陰で増え続ける。
 
 エクセルの呪いは古びた呪いを分析し、進化させたものだ。
 しかしマスクは今や誰でも持っているものだ。

 だからこそエクセルには針が必要だった。
 マスクに小さな穴を開ける針が。
 
 赤い魔女の動かす最後の一体が崩れ落ちた。
 
 「ヒヒッ!! 終わった」

 赤い魔女はもう動かない。呪いを解く術式が存在しないのだ。否、解くことが出来なかったからこそローマ正教は防ぐ術式を作ったのかもしれない。
 掛けられた呪いを打ち消す術式、進行を止める術式、遅らせる術式、返す術式。黒魔術にも対黒魔術として様々なものはある。しかしその全てがエクセルの呪いには通用しない。

 誰も使わない古い呪い。
 ただ殺すだけの呪い。
 
 小さな魔女は殺すための呪いという点で、他の魔女を凌駕していた。

 「エクセル……今回は追いかけるのか?」

 ボロボロのジュリエットが眼鏡を掛けながらエクセルに話しかける。

 「うーん……今回は追いかけよう!! ここ臭いし、て言うか話しかけないで」

 死体から漏れる腐敗臭は、閉ざされた空間では大変鼻に悪いようだ。
 
 「エクセル……そんな……」

 
 小さな魔女は死体を踏み越え、赤い魔女も踏み越え、前へと進む。
 その後を眼鏡の魔術師は付いていく。

 その関係は友達でも、ましてや恋人でもなかった。



 そう彼女らは魔女と魔術師である。



[14728] 魔女と魔女と魔女。7
Name: 凪砂◆54b74ba8 E-MAIL ID:dafdf79d
Date: 2010/08/09 11:11
 スマートヴェリーは木で出来た箒を四方八方へと振り回す。
 ゴキッ、と動く死体に当たるたびに鈍い音が彼女の手に伝わってくる。

 「はぁぁあああああ!!!」

 何対目だろうか? 彼女にはそれが分からないほど、死体の群れは波となって襲ってくる。しかしそんなことは関係ない。スマートヴェリーは弧を描くように跳躍し集団の群れの中へと突っ込む。

 「……怒っているのよ……」

 普段、のんびりした口調で話すはずの口から出る言葉には現在、棘があった。

 箒を両手で持ち円を描くように回転する。
 ドバッと動く死体達が吹き飛ばされた。それでも覆いかぶさる勢いで死体がスマートヴェリーに迫る。
 しかし彼女の周りには彼女を守るように青白い炎の玉がいくつも浮かんでいた。
 炎の玉は銃弾のように鋭く全方向へと放たれる。
 豪ッ、と地下道が崩れるかと思うほどに爆発が起き、死体共がバラバラとなっていく。幸運なことに地下道は魔術的な補強がしてあるようだ。でなければ今頃スマートヴェリーは崩れた地下道の下敷きになっていただろう。
 だが、本人はそんなことを気にしては居ない。
 吹き飛ばそうと、バラバラにしようと湧き出てくる集団に自ら突撃をかける彼女は魔女というよりも戦士のそれと言われたほうが納得しそうな勢いである。ただ、その絵本に出てきそうな魔女の格好だけが不気味にそうでないことを現していた。
 
 右からナイフを突き立て迫り来る相手を殴り飛ばし、左手で持つ箒で枝をかき分けるように、前面と左の敵をなぎ倒す。そして再び浮かぶ火の玉は爆発を撒き散らす。
 スマートヴェリーの周辺に一時、敵が居なくなる。
が、それも一瞬。
壁が無いかのように湧き出てくる死体共に囲まれる。
 彼女はまたも突っ込もうと身を屈め駆けようとして、正面、斜め上から黒い刃が降り注ぐ。

 「ツッ!!」

 体を右に捻りそのまま転がりそれを回避する。
 しかし彼女の体には避けきれずに掠った斬り傷が無数に見られた。

 普段温厚なスマートヴェリーが感情を高ぶらせている理由。それはリリーが死んだ。という事実である。
 彼女が現在戦うその後方の惨状。

 スマートヴェリーが監視していた魔女。準備をすると言っていた魔女。スマートヴェリーはリリーを守りながら死体共と戦っていた。今となっては言い訳でしかないが、死体に気を取られすぎていたのだと彼女は思う。
 リリーの頭上に降り注いだのは黒い刃の群れ、リリーはその場で細切れとなった。形を残さずバラバラのモノへと成り果てた。

 (……)

 リリーが魔女であり、防御の面ではある程度の力があると思い込んでいたのも悪かったのかもしれない、とスマートヴェリーは思う。しかしリリーはバラバラとなった。何の抵抗もなくだ。
 生贄を使い黒魔術を行使する魔女が死んだからといってスマートヴェリーには本来関心の無いことだし、むしろ世の為だと思う。しかしほんの少し言葉を交わした相手であるリリーが目の前で死んだ。死体の群れに攻撃されるという状況を打破するため、協力を承諾したのは自分だ。それを嘲笑うかのように敵は何処からともなく、リリーを殺した。
 もしかしたらスマートヴェリーはそんな自分に怒っているのかもしれない。
 
 だからかなのかはスマートヴェリーにも分からない。
 しかし手に力が入る。
 蹴散らすように死体共をなぎ倒す。
 そこに冷静な判断は無かったのかもしれない。
 
 死体を全て倒し、操っている奴も倒す。
 そんな単純な考え。

 しかし……

 スマートヴェリーは凄まじかった。
 その勢いは更に加速する。
 
 「ッツォォオオ!!」

 両手で持った箒を横殴りに振る。それと同時に炎の玉が同方向へと箒と連動するように飛んでいく。
 死体の群れが吹き飛び、おびただしい肉片がスマートヴェリーへと降りかかる。

 何度も
 何度も
 何度も
 何度も

 彼女は箒を振り続ける。

 そして時たま、彼女に降りかかる予測不能の幾つもの黒い刃。
 だがそれも、彼女は間一髪で回避する。
 彼女は嵐だった。
 彼女の動きと共に死体が吹き飛ばされ、爆発が起き、肉片が散らばる。

 「……ハァ……はぁ……はぁ」

 何十体、いや何百体、倒したのだろうか?
 スマートヴェリーの息は荒くなり、動きのキレは無くなっていく。
 それでも箒を振り続ける。
 それでも黒い刃を避け続ける。
 
 どこぞの魔術師は「現代魔女など魔女かぶれの出来損ないの魔術師だと笑った」
 どこぞの魔女は「現代魔女など魔女の出来損ない。生贄も使えぬ臆病者だと罵った」

 しかしスマートヴェリーは強かった。

 彼女は誰がなんと言おうと『魔女』なのだ。『現代魔女』や『黒魔術を使う魔女』とは関係のない。彼女はいつだって彼女の理想とする『魔女』だった。

 彼女の猛攻は続いた。
 ひたすらに。
 それは時間にすればほんの数十分だ。
 しかし全力での数十分。
 体力、魔力、共に消耗は計り知れない。
 しかし光は見えた。
 今まで無限とも思えるくらいに湧き出ていた死体の数が徐々に減ってきたのだ。

 「はぁ……はぁ……あと……どれだけかしら……」

 そして……
 ついに……
 彼女は最後の1体を箒の一撃で頭を潰し倒す。

 「後は……魔女を……た」

 彼女は倒れた。
 バタッと力を使い果たし倒れる。あたりは肉片の山。
 リリーだったモノが何処にあるかなど判別できないほどの惨状。
 後は操り手を倒すのみだった。
 あるいは彼女の実力ならば、初めから操り手を倒すことに専念していればこのような事にはならなかったかもしれない。

 しかし彼女、スマートヴェリーは力尽き倒れ意識を失った。







 倒れるスマートヴェリーのすぐ傍。壁の中から青いドレスの女が現れる。
 女はスマートヴェリーを見下ろせる位置まで移動する。

 「……全て倒すとは……なんて奴だ……私は非道な魔女ではあるが……その強さに敬意を表してこの手で直接葬ってやろう」

 女の手には黒いナイフ。
 女はナイフをスマートヴェリーの頭目掛けて振り下ろす。

 が。
 その時。
 
 ゴバッ!! と地面が割れた。
 スマートヴェリーを綺麗に避けて、女の右横の地面が割れた。

 「なっ!!」

 女は即座にその場を飛びのく。
 そのまま壁に逃げ込もうとして女の目の前の地面がまたも割れる。
 巨人が剣を振るった後のように。

 「やっとスマートヴェリーが倒れてくれたんだから、逃げないでくれる?」

 声が聞こえた。
 青いドレスの魔女はその声の主を見付ける。
 20メートルほど離れたところで立つ、長い黒髪を持ち黒のローブを羽織る褐色の女。
 その手には身の丈を遥かに越えるほど大きな鎌を携えていた。
 青い魔女は問う。

 「いつから居た?」
 
 褐色の女は答える。

 「貴方がバラバラにしたんでしょ?」
 
 青い魔女は考える。そして考え付く。褐色の女の顔。同じだった。
 肌は白から褐色へ。髪は金から黒髪へ。しかし同じだった。
 初めに殺したはずの、バラバラにしただの肉片となった魔女。

 そう、彼女はリリーだ。

 青い魔女はつい叫んでしまう。本能的に、どうしても。

 「ありえない!!! バラバラだぞ!! 腕一本とは訳が違う!! そんな再生、魔術の領域を超えている!!」

 ありえない。だからこそ叫ぶ。何がトリックがあるはずだと。幻術の類か、身代わりか。
 しかしリリーは馬鹿馬鹿しいという風に答える。

 「あなたのありえないなんて……世界の小ささがよく分かるわ」
 「なっ!! ……そうか!! 貴様!! 吸血鬼だな!! ならばその再生力も納得がいく!! そうかなるほど!! 」

 リリーの顔が歪む。

 「亜人と私を一緒にするな!!! 私は人間よ!! 主に作られた人間!! それ以上でもそれ以下でもない!! ……あなたこれだけの魔術が使えるんですもの、知識はあるんでしょ? 考えてごらんなさいよ……人間だって死ねない人はいるでしょ?」
 「!?」

 青い魔女はその言葉の意味を見つけ出そうとする。

 (死ねない? ……冷静になれ……簡単に考えろ、惑わされるな……死ねない……褐色……)

 「……貴様がカインという訳でもないだろう?」
 
 『カイン』
 旧約聖書に登場するアダムの長子である。カインは人類最初の殺人を犯したことにより追放され、更に神にたいして嘘という罪を犯したことにより死ねない体となった人物である。彼は今でも地上のどこかで贖罪を行い続けているという。褐色の肌は罪の証であり。現在の黒人等、白人以外の人種の祖先とも言われている。

 「私があの方なわけが無いでしょう!! 私が男に見えるの? ……でも正解……あの方の子孫であることに間違いはないわ」

 リリーは『あの方』と言う度に笑う。不気味に笑う。

 青い魔女はそんなリリーの表情を気には留めない。相手がカインの末裔である。だからといって不死なのは事実上ありえないはずなのだ。しかしそれも今は二の次である。現状必要なのは逃げること。または倒すこと。相手は不死身に近い能力を持つ可能性がある。

 逃げることが最善。

 青い魔女は少しだけ右足を壁の方へと動かそうとする。
 
 ゴバッと壁が切り裂かれた。

 (うっ……)

 地下道が壊れなかっただけまだましだ。
 青い魔女はリリーへと目を向ける。鎌を振った後だった。だが距離がおかしい、なぜ届く。
 威力も異常だ。
 逃げ切れる気が青い魔女にはしなかった。スマートヴェリーを消耗させた黒い刃も壁に入らなければ使えない。意表を突くことすら出来ない。

 「最後に私の名前を教えてあげるわ。誰にも呼ばれないから寂しいのよ」
 「名前?」

 青い魔女には意味が分からない。リリーの考えていることが分からない。急に生き返り、現代魔女を助け。自分の正体を明かし、今度は名前まで教えてくれるという。

 「ふふっ……身の上話と不幸話をつい話してしまうのは主婦って感じでしょ?」
 「は?」





 リリーは言った。





「ユダよ」


「魔女にぴったりだな……」

 リリーは鎌を構える。

「あぁ……これだけじゃ分からないわね。分かりやすく一般的に呼ばれているので言うわ」
「一般的?」

 青い魔女はそう言いつつナイフをクルッと回して刃を手で持つ。
 結界が青い魔女の正面に壁となって出来上がる。
 あらかじめ準備しておいた緊急用の結界。それでリリーの攻撃が防げるとは到底思ってはいない。一瞬時間が稼げればいい。その一瞬の隙に、壁へと逃げ込む。

 リリーは鎌をワザとらしく振り上げ。

 「イスカリオテのユダよ」

 鎌は振り下ろされる。
 見えない残撃は一瞬たりとも結界で止まらなかった。完全に格が違った。
 青い魔女は綺麗に胴と足が離れていく。真っ赤な血を噴出しながら痛々しく。
 その顔は驚きの表情。
 そして最後の言葉。

 「女……ありえない」

 女であるはずが無い、褐色の肌であるはずが無い。
 
 リリーは笑う。

 「ふふっ。ふフフフッxふフフフフフフh!!!!――」

 不気味に地下道でその声は反響した。

 「――貴方のありえないは、ほんと世界の小ささがよく分かるわ」

 




 イスカオリテのユダ。
 裏切り者で知られる。神の子の弟子、十二使徒の1人だ。





 

 一方そのころアドリア海の女王内部。

 押しつぶされそうな指の痛みでアニェーゼの手から杖がガランとちる。
 その僅かな抵抗を見たビアージオが嘲笑った。

 「ハハッ! 何のつもりだシスターアニェーゼ!! そんな軟弱な手で私の一撃を防げるとでも? やるならもっと頑丈な腕を用意しろ1」
 「く……ッ!」

 もう力はそれほど残されていないはずなのにアニェーゼは奥歯を噛んだ。結局何も出来ない自分を恥じるように。
 それでも落ちた杖に手を伸ばしたところで

 「そうかよ。じゃあこんな右手とかなら良いのか?」

 バキン!! という破壊音が響いた。

 ビアージオの背後。部屋の入り口を吹き飛ばし入ってきた侵入者。
 
 「キ、サマ。異教のサルが――!」
 「死体くらい確認しとけよ間抜け。テメェが思ってるより、俺の右手は甘くはねえんだよ!!」

 その少年はアニェーゼについて一言も言及はしなかった。どうしてオルソラの盾になっているのか、その場違いな行動は一体どういうつもりなのか。
 おそらくビアージオを前にしてそれどころではないからだろう。
 今の一撃だってアニェーゼよりもオルソラを助けるために振るわれたと考えるのが自然だ。なのに、

 アニェーゼは助けてもらった気がした。
 視界の先にいる上条当麻が、助けに来てくれた気がした。

 「おおっ!!」

 上条は叫びビアージオに突っ込む。
 ビアージオは胸元の十字架に手をかけようとして。

 「遅っせえんだよ!!」

 少年はビアージオの懐に飛び込む

 「しまっ……ッ?!」

 上条の拳がビアージオの顔面中央に突き刺さった。

 ゴキン!! と。
 肉と肉、骨と骨を打つ音が大きく響き渡たる。








 あとがき
 聖書関連についてですが、詳しい方なら分かるかと思いますが、話の都合の良いような解釈、改変が多少あります。どうかご了承ください。



[14728] 魔女と魔女と魔女。(終)
Name: 凪砂◆54b74ba8 E-MAIL ID:dafdf79d
Date: 2010/08/11 15:37
 「×××」
 「おい……セシリア……下ネタは止めろよ……キャラ設定間違ってんじゃねぇのか?」
 「久しぶりでちょっと迷走気味です」
 「……君たちは……ハァ……少しは緊張感を持ったらどうなんだい?」

 地下道をナイルとセシリアが並走する形で駆ける。それを額から汗を流しながら、なんとかステイルは追いかけている。
 ステイル・マグヌスは大柄な体格とは裏腹に体力に恵まれていない。それは、彼が体を鍛えていないということではない。
 『魔女狩りの王(イノケンティウス)』という教皇クラスの術式を使うため『聖人』でも、『天才』でもない彼は自らを犠牲にしているのだ。近接戦闘に必要な体力を捨てても彼が使うは、たった1人の少女を守り抜く術式である。近接戦闘を捨て、他を高めるという点では彼は魔術師と言えど魔女に近いのかもしれない。
 しかし彼には決定的な違いがある。
 何かを成し遂げる為の力、それを手に入れるべく犠牲にするは、何も知らない赤の他人ではなく自分自身。
 それこそが彼の強さでもある。

 「ステイルのアニキ? 汗ヒドイですよ? 休憩します?」
 「僕は……君の小さな体の……ハァ……何処にそんな体力があるかの方が疑問だよ……ハァ」

 セシリアが後ろ向きで走りながらステイルに声をかける。後ろ向きの状態でもスピードが落ちることもなく、汗1つかいていないセシリアはステイルにしてみれば異常なのだろう。
 一方セシリアの横を走るナイルはセシリアのスピードに合わせて走っている。彼女が本気を出せば目で追うことがやっと、というくらいにはスピードを出せるのだ。それでも1人で先を急がないのはセシリアを放っておかない為、もしくは魔力の温存といったところだろう。

 「ところで魔術師。こんな場所がイギリス中にあるって言ってたよな~? 私は過激派の動きについては詳しくないんだが、何のためにこんなのがそこら中にあるんだ~? ただ隠れるにしても規模が大きすぎるだろ?」
 「それについては様々な意見が出てるが……ハァ……分からないというのが本音だ。魔女過激派の行動は組織化されていることは分かっている……が、教会を潰すという目標だけがハッキリしているだけで現在何がしたいのかはサッパリなんだよ」
 「地下基地って言えばいいのか? これと言って大規模な魔術的な要素はない気がするがな~。複数を合わせることによって何か大きな術式を行うって可能性は無いのか?」

 1つだけでは対して意味もない物でも複数集めれば強大な力が宿ることは、あながち皆無とは言えない。ここに居るセシリアを除く人物は知らないだろうが、『御使堕し』などが良い例だ。

 「そんなことは当の昔に調べは尽くしてあるさ。その可能性は低い。第一君達の使う儀式魔術は結局のところ『聖ジョージ大聖堂』を破壊することは不可能に近い」
 「はぁ~? 言ってくれるな~!! なんなら私がとっておきを御見舞してやろうか~?」
 「……ハァ……その前に僕が君を消し炭にしてあげるよ」
 「なんならこの場で殺してやってもいいんだがなぁ~?」

 走りながらではあるが、さすがに魔女と教会の魔術師といったところか、ナイルとステイルがどんどんと険悪な雰囲気になっていく。

 「……」

 と、セシリアが急に止まる。
もう後30メートル程の所に目的地である儀式場の入り口らしき大きな扉が見えるのだが、なぜかセシリアは足を止める。
 ナイルはそのセシリアの挙動に「どうした?」という顔をして止まり。ステイルも監視役であるため先に行くわけにもいかないので足を止め息を整える。

 「難しい話ばっかりするんで頭が痛くなったじゃないですか!!」

 とセシリアが随分真剣な顔でナイルとステイルに叫ぶ。
 が

 「……」
 「……」

 言われた本人。2人としては黙るしかない。

 「頭痛薬とか持ってないんですよ!!」

 セシリアはまたも叫ぶ。

 「……これが本当に最強の魔女なのか? 君の師だろう?」

 さっきまでの険悪な雰囲気は何処へ行ったのかステイルは口に咥えたタバコに火を点け、哀れむような目でナイルを見る。

 「あぁ……そうだよ……だからもう何も言うな……」
 「あぁ……すまない……弟子である君の気持ちを考えていなかったようだ。イギリス紳士としてこれは失礼だったね」
 「……悪いな……」

 そんなナイルとステイルを見てセシリアはキョトンとした表情になる。

 「? 何2人して落ち込んでいるんですか? もうそこですよ? 行かないんですか?」

 とりあえずここは突っ込むところなのだろう。
 ナイルは大きく息を吸って、

 「テメェが言うなよぉぉおおおおおおおお!!!!!」

 「その通りだ」とステイルが最後に付け加えてから3人は儀式場へと進む。
 どこか古めかしい貴族の屋敷のような、大きな開き扉には鍵などかかっておらず、すんなりと開く。中は体育館のように広く、壁には地下道と同じく無数の松明が取り付けられ、地面には敷き詰まる様に魔法陣が描かれていた。
 部屋の中央、円形のテーブルで作られた祭壇。テーブルの上には蝋燭や魔術的なものだろう、木の枝や不可思議な色の液体の入った小瓶置いてある。そのまた中央には爪のように形をした置物があった。形からして球体を置いておくものなのだろう。

 そして祭壇のすぐ後、セシリア達の正面、そこには1人のおとなしそうな少女がブルブルと震えながら立っていた。
 彼女は修道服に身を包む、まだ14にも満たないであろう歳の、セシリアよりも小さな少女だ。髪は修道服のフードでしっかりと隠され手にも白い手袋を着けており、肌を極力見せない様にしている。
 その点だけでも彼女が敬虔な十字教信者ということが窺える。
 が、この場に1人だけ居るこの少女は間違いなく魔女だ。その手には水晶球を大事そうに持っている。その水晶球は祭壇にあった物だろう。

 「ローマ正教の修道女だと?」

 ステイルが少女の修道服、その模式から判断し呟く。

 「あぁ? テメェが今回の首謀者か~?」

 ナイルが威嚇するように、楽しむようにそう言う

 「ナイルさん、顔怖いですよ、あの子震えてるじゃないですか」
 「……テメェは黙ってろ」
 「そう言えばナイルさんって携帯持ってます?」
 「どうしてその質問が出てきたぁんだよ? まぁ持ってるけど……」
 「マジですか!! 私持ってないのになんかずるくないですか?」
 「いや!! ずるくねぇよ!! このご時勢、携帯くらい常識だろうが!!」
 「魔女がご時勢ですか!! 携帯欲しいですよ~!!」

 と、ステイルが会話に割り込む。

 「なにをやってるんだ君たちは……」
 「だってじゃないですか~!!」
 「今はそれどころじゃないだろう……ちなみに……」
 「ちなみに?」
 「僕も携帯は持っているよ」
 「!? ……知ってましたけどね……わざわざ言うことないじゃないですか……」

 そんな緊張感の無い3人の会話も耳に入らないのか修道服の少女。
 魔女エレンは震えていた。

 (ギリギリまで記録してたら……逃げそびれちまったっすよ……なんであのちっこい奴のとこはうまく記録できねぇんですか?……おかげでここまで来たのが分かんなかったんすよ……)

 エレンが行っていた記録。彼女は地下で起こる全てを記録していた。もちろん全て把握することは到底出来ないが、全て記録することは出来る。
 さながら全てのチャンネルを録画していたようなものだ。実際リアルタイムで見ることが出来るのは1つだけだが録画自体は全て行える。
 しかし、エレンは自分に近づく敵に関してはリアルタイムでしっかりと確認していたはずなのだ。だがなぜかノイズがひどく「なぜ? なぜ?」と思ってる間にセシリア達がここまでやって来たということだ。

 「に……逃げねぇと……殺される……し、死ぬのだけは……」

 エレンはまだ何か話しているセシリア達に背を向ける。
 と何か首元に冷たい気配がして動きを止める。

 「うっ……」

 自分の首元に銀色に輝くナイフがあった。
 エレンはゆっくりと首を動かして振り返ろうとして。

 蛇と目が合った。
 
 それは刺青だった。
 少し上を向いてみると刺青の人物、こんどは蛇ではなく本物の瞳と目が合う。
 
 「何逃げようとしてんだぁ~?」

 魔女……。
 エレンはそう思った。刺青の女のバカにするような口調が余計にエレンの震えを大きくする。

 「テメェが首謀者……ってわきゃないよなぁ~? こんな雑魚がよぉ~?」
 
 エレンはカタカタと歯を鳴らしながらも何とか答える。

 「そ、そりゃあ私なんかが首謀者なわきゃねぇっすよ……だから……命だけはどうか……」
 「はぁ? どうすっかなぁ~?」 

 エレンはナイルの口調に恐怖を何処か通り越し、口が滑る。

 「殺しなんかやったって何にもなんねぇっすよ!!」
 「……? テメェも魔女なら殺すだろうが?」
 「目的のため仕方なくやってんですよ!! 自慢じゃねぇですけど初めの黒魔術以外……直接殺したことなんてねぇんです!! 殺された相手だって理由もなく殺されるなんてバカみてぇじゃないですか!!」
 「……何言ってんだ? テメェがやってたこの儀式だって誰かの生贄があって初めて出来たもんだろうが」
 「そ、それは……長いものには巻かれろと……命令ですから……しかたねぇんですよ……」
 「は? 結局それかよ」

 とそこまで話したところで、ふとナイルは思う。それはこの修道服姿の魔女があまりにも弱弱しく、余裕があるからこそ思ったのかもしれない。
 自分はどうなんだろうかと……。
 なぜ殺す?
 殺しは嫌だったのでは? そうナイル・アウソンにとって今でも殺すのは好きではない。しかし彼女の中の魔女、ナイルは殺しをためらいはしない。
 復讐? 殺し? そんなこと何になる? と学園都市の少年は言った。
 ナイルの中での復讐は終わった。ではなぜ未だに殺す? 
 ナイルはいくら考えたところで自分の欲望が見出せなかった……魔女としての欲望。殺す意味。

 「……」

 セシリアと共に居た少女時代なら、黒魔術という好奇心から、その後は復讐のためにそして今。
 しいて言うなら魔女だから、またはジラの命令だから。
 命の価値が皆同じだとナイルは思わない、セシリアを殺せといわれても絶対に拒否をする。
 でも少年の言った言葉の意味はセシリアを殺さない、それだけではないはずだ。
そんなことは分かっている。分かっているが分からない。ならば現在、自分も長いものに巻かれているだけなのでは? この少女と自分に何の違いが?
 分からない……
 ナイルは考えるが答えは出ない。

 「ど、どうしたんすか?」
 「あぁ!!」

 さっきまでの馬鹿にした風はなくナイルからは苛立ちが伝わってくる。

 (な! なんか怒らせちまったすよ!! 余計なことを言ったばっかりに……)

 「テメェのせいで余計なこと考えちまったじゃねぇかよ~!! どうしてくれんだ~?」

 逃げ場の無いエレンとしては答えるしかない。

 「あやまります!!あやまりますから!! どうか落ち着いてくだせぇ!!」

 とそこでしばらく傍観していたセシリアが口を挟む。

 「名前はなんて言うんですか~?」

 首元にナイフを突きつけられ、身動きの出来ないエレンはセシリアの質問が自分に向いているものだとは気付かない。よく考えればこの場で質問をされるような人物は自分しか居ないのだが、命の危機という状況のせいあってかうまく頭が回らない。

 「テメェに聞いてんだよ~? あぁ?」

 ナイルが手元のナイフを更に押し付けそう言った。
 少しだけエレンの首筋から血が垂れる。

 「ツっ!? はい!! エレン言います!!」
 
 とエレンが名を明かしたその時。

 「がぁ……!?」

 ナイルが突きつけていたナイフを落とし、膝を着く。
 
 (なんだ!? グリゴリ自体に異変? 違う……強すぎる力が流れているせいで私自体に悪影響を引き起こした? リリーかエクセルが何かやったのか?)

 「ナイルさん!! 大丈夫ですか?」
 「魔女!! 敵が逃げるぞ!!」
 「チャンスっすよ!!!」
 「ちっ!!」

 ナイルが膝を着いた瞬間、エレンがトンっと地面を踏んでから駆け出す。
 ナイルはもう一度捕まえようとして気付く、大きな音。
 天井が落ちてくる。
 エレンが逃げる際に行ったのはどうやら自爆装置のようなものらしい、エレンはナイル達が入ってきた扉とは反対の位置にある、小さな扉へと逃げ込もうとしている。
 ナイルのスピードなら追いつける。
 だが、

 「落ちてきますよ!! アニキ!! 助けて下さい!!」
 「しがみ付くな!! 魔女セシリア!! おい!! カードが出せないだろう!! いいから離せ!! 落ちてくるぞ!!」

 大きな瓦礫と成った天井が落ちてくる状況でのセシリアとステイル。
 魔術師はともかくセシリアは放って置く訳にはいかない。
 ナイルはセシリアの前まで移動するとセシリアを抱きかかえ瓦礫を避ける。
 セシリアから開放されたステイルも何とか避ける。
 しかし一度避ければ良いというものではない、なにせ地下自体が崩れているのだ、天井全てが落ちてくれば逃げ道など無い。

 「逃がしたか……」

 エレンが逃げた方を見るとそこは既に瓦礫に埋まった後だ、今は来た道を戻って逃げるしかない。

 ナイルはセシリアを降ろし、走るよう促す。抱き抱えたまま本気で走れば脱出は容易いだろうが、その動き自体にセシリアが耐えられるかどうかナイルには分からない。今はセシリアに走らせ、本当に危険になった場合セシリアを持って脱出しようとナイルは思う。


 ナイル、セシリア、ステイルは走る。

 地下道は脱出のためか、奥から崩れていくようで、進む道が防がれてないのは救いだ。

 「おらっ!! 魔術師!! どうした?」
 「大丈夫ですか? 早くしないと崩れますよ?」
 「僕の心配はいらないよ……ハァ……ハァ」

 ステイルが汗だくに成りながらナイルとセシリアの後を付いていく。
 地下道の出口は使われていない地下鉄の線路に繋がっている。
 地下道ごと線路がある部分も崩れそうではあるが、この破壊が意図的な儀式場の 抹消が目的である術式であるなら、線路に出てしまえば安全な可能性は高い。




 3人は出口から100メートル程度手前でまで来ていた、安全地帯はもう少しのはずだ。

 と、1人20メートルほど遅れているステイルの頭上にステイルの体格の倍はある大きさの瓦礫が落ちてくる。
 それに1番早く気付いたのはセシリアだ。ステイルを気にしてこんな状況でも後ろ向きに走っていたお陰だ。

 「危ない!!」
 
 セシリアの声でステイルは気付く。
 ステイルは走りながらも吸っていたタバコを、落ちてくる瓦礫に向かい投げ捨てる。

 「灰は灰に――
    ――塵は塵に
      ――吸血殺しの紅十字!!」

 投げ捨てたタバコの火をなぞる様に真っ赤な炎が瓦礫へと向かう。
 摂氏3000度を超えるステイルの炎の前に瓦礫はただの灰へと変わった。

 3人は出口を出る。
 予想通り、線路まで出ると待ったく崩れる気配がしない、安全のため3人は出口からある程度距離をとってから足を止める。
 とそこに小さな魔女エクセルと、眼鏡の魔術師ジュリエットが物陰から現れる。

 「姐さん!! 無事だったのか? 急に崩れだすから急いで逃げてきたんだけど」
 「セシリアー!!」
 「エクセルさん!!」
 「ん? ところでリリーとは連絡取ったか?」
 「まだだけど?」
 
 とそこで息を整えることに成功したステイルが会話へと混じる。

 「スマートヴェリーとの連絡が今ついた。 魔女1人を倒した後は僕らと同じように脱出した様だ。スマートヴェリーが傷を負ってるらしいが、騙されたなどと喚いていてよく分からない。君達のお仲間も無事のようだ」

 ステイルが加えるタバコの煙が不自然に揺らいでいる。どうやらそれが通信の役割を果たしているようだ。
 とそこまで話してステイルは本題へと入る。

 「それで? 逃がした魔女はどうするんだい?」
 「捕まえるに決まってんだろ? おら!」

 ナイルがステイルの質問にナイフを見せて答える。正確にはそこに付く血だ。

 「なるほど、そういうのは君達の得意分野か……では僕達の方では元ローマ正教の魔女、エレン。そこを調べておくよ」

 明日落ち合うことを約束し、ステイルとナイル達は別れる。

 
 
 
 そして翌日、ステイルとナイル達は先日と同じ集合場所、古びた教会にいた。

 「気持ち悪い~!!」
 「セシリア大丈夫?」
 「で? 場所は分かったのかい?」
 「ああ、あっけないほどにな、何の妨害も無かった……それはそれで胡散臭いんだけどな そっちはなんか分かったのか?」
 「いや、聞いたことある名だと思っていたんだが、どうやら指名手配されているらしいから、それで聞いたことがあるだけだったよ。まぁローマ正教から出た魔女だ、ローマ正教も早く捕まえたいんだろう」

 今回この場にいるのは昨日のメンバーに、スマートヴェリーと魔女リリーを除いたメンバーだ。
 スマートヴェリーは怪我と体力の消耗から。
 リリーは体調が優れないそうだ。

 「今度は構わず息の根止めるか? メンドクサイしなぁ~?」
 「それは君達の決めることだ」

 ナイルとステイルがそう話していると、古びた教会の扉が壊れる勢いでバンッ!! と開いた。



 
 「待ってくだせえです!!」

 


 扉から入ってきたのは背の高い修道女と背の低い修道女を引き連れた、10代中盤くらいの修道女。
 背は同世代の女の子達よりは低いだろう、茶色から金へと変わりつつあるいわゆる赤毛は鉛筆ぐらいの太さの三つ編みを何本も作っていた。

 「アニェーゼ・サンクティス!!」

 ステイルがその修道女をそう呼ぶ。

 「どういうことだぁ~? 魔術師?」
 「気持ち悪い~」

 ナイルはステイルに質問をぶつける。
 セシリアはある意味いつも通り。

 アニェーゼはこの場にいる全員に聞こえるように言う。




 「鞍替えしていきなりですけど、あの子のことは私に任してもらっちゃあくれねえでしょうか? 」




 アニェーゼの瞳は見据えていた。
 誰かではない。
 ハッピーエンドへと向かう未来を。
 その為の意思はもう彼女にはある。
 
 学園都市の少年がくれた。
 最高のハッピーエンドを目指す意思だ。



[14728] 魔女と修道女と臆病者(プロローグ)
Name: 凪砂◆54b74ba8 E-MAIL ID:dafdf79d
Date: 2010/08/11 15:36

 『エレンが魔女になった? 言ってる事がわからねえですよ?』
 『……事実ですシスター・アニェーゼ。黒魔術を使った痕跡を発見されたエレンは追っ手を振り切り逃げ延びたようですが……』

 シスター・ルチアからエレンが魔女に墜ちたと聞かされた時、アニェーゼは初めてルチアが冗談を言うようになったのかと思った。
 逃げたと聞かされた時。
あの子はいつも戦闘中ビクビクと怯え、逃げることばかり考えていた。逃げることに関してはアニェーゼ部隊で敵う者などいない。そんなあの子が追っ手を振り切れないわけはない。
 と、どこかアニェーゼは納得した。

 あぁ……事実なんだ……と分かった頃にはアニェーゼは初めてその場にいたローマ正教に拾われてからの仲であるシスター・ルチアとアンジェレネの前で喚き散らかした。
 皆のリーダーであり、その歳の少女には似つかわしくないほど大人びていたアニェーゼは、思っていることを声に出して、歳相応の少女のように喚く。

 『そんなことあるわけがねえです!! あの子はそりゃあ、優しい子なんですよ!! 戦うのが嫌いで、死ぬのが怖いなんて日頃から言ってる臆病者ですが、信仰心は私なんかよりも全然強いですし!! そうだ!! 私がお給料を寄付するって何処からか嗅ぎ付けてきたあの子は自分も何て言い出してきやがったんですよ!! 私と違ってあの子の給料は少ねえんですよ? なのに笑って、教会が増えて信仰が世界中に行き届いたら、私らみたいな孤児なんていなくなって、その上争いもなくなって、いい未来っすねぇ。なんて言ってやがったんですよ!! あんな言葉、私のこの口からは死んだってきやしねえですよ!!』

 アニェーゼの言葉を黙って聞くルチアは思う。信仰心が強いのはシスター・アニェーゼも同じ、優しいのも同じ。どちらが上なんてそんなことはないと。
ルチアは知っている。アニェーゼは親を殺され、路上生活を強いられている時にローマ正教に拾われた。エレンは親に虐待を受け捨てられた所をローマ正教に拾われた。
 そしてルチアは思う。きっとどこかでシスター・アニェーゼは歳の近いエレンを自分に重ねていたんだと。でもエレンはアニェーゼの様な魔術の才も、人をまとめる才もない。部隊内では『臆病者』と呼ばれ、同期である自分やシスター・アニェーゼ。アンジェレネくらいしか親しい者もいなかった。正直部隊内では少し浮いていたとも思う。アニェーゼはずっとそんなエレンを気にしていたんだなと。いや、エレンだけではない、他のシスター。アンジェレネにしても身の上はそう大差ない。アニェーゼはみんなのこと一人一人を気にしてくれている。
 やはり私は貴方についてきて正解です。そうルチアは改めてこの時思った。


 『そりゃあ魔術を習った者なら誰だって一度は黒魔術に惹かれることはあるでしょうよ!! でも、あの子は人殺しなんかできる子じゃあないんですよ!! 私らの仕事は人を殺すことだってありますよ!! だけどあの子は違うんですよ!!』

 ルチアはこの時ばかりは年上の女性として振舞った。今も喚き散らかすアニェーゼを抱き寄せ言う。


『知っていますよ』
『いい子なんですよ!!』
『……知っています』
『魔女なんて何かの間違いなんです!!』
『うん』
『お仕置きだってしましたけど、それはあの子の為を思ってなんですよ!!』
『……知っています』
『だから……だから……』
『うん』
『うぅ……うぅ……』
『うん』


 その様子を見ていたアンジェレネが堪らず泣き出した。

 『うわわあああああああああんんんんんん!!!!! 約束してたんですよー!! 今度またオススメのスイーツを一緒に食べに行くって!! うわわああああああああんんん!!!! 』




 それがおよそ2年前。






 アドリア海の女王の件が終わり、ビアージオの元を逃げたアニェーゼ達は実質的にはローマ正教を裏切ったことになった。
 だが人員不足に悩むイギリス清教は改宗することなくイギリス清教ローマ正教派としてでいいから来ないかと言う。
 渡りに船とはこの事で、アニェーゼは二つ返事で承諾した。
 イギリスに渡り、イギリス清教の最大主教であるローラ・スチュアートに挨拶に行った。あまり大勢で挨拶をするのもあれなので行ったのはアニェーゼとルチア、アンジェレネの同期メンバーだ。そこでその名前は出た。

 「エレンと言う名前に聞き覚えはないか?」
 「!?」

 2年間、散々探し回った名が出てきた。なんとしてもローマ正教の他の追手よりも早く見つけ出して『話し』がしたかった名だ。
 ルチアとアンジェレネは黙る。

 「まさか……」

 捕まった? だとしたらもうローマ正教に引き渡した後なのでは? 間に合わなかった? いまあの子はどうしている?
 そんな考えばかりがアニェーゼの頭を巡る。

 「随分と深刻そうな顔をしているに……元アニェーゼ部隊というのは真実ということか。……ホントどこでそんな情報を仕入れてくるか……ロバートの小僧も侮れぬ男になったということなるに……まぁ、まだ捕まえてないけるに、今からならまだ間に合うかも」



 アニェーゼは急いだ。他の200人を超えるアニェーゼ部隊のシスター達を女子寮まで連れて行き、その後こっそりとエレンと話をするため寮から抜け出す。必要悪の教会の魔術師が現在協力関係にある魔女と落ち合う場所、古びた教会へと。

 なぜ他のシスターを連れて行かない?

 心の中でアニェーゼは自分自身に問う。
 そんな理由、分かりはしない。強いて言えば『自分』が助けに行かなくてはいけない気がするからだ。
 しかし、それはアドリア海の女王で改めて思い知らされた『仲間』の大切さを、『エレン』という名を聞き驚きのあまり忘れてしまっていた結果だ。
 
 寮を出てすぐ、道を防がれた。同じような修道服を身に纏った修道女達に。

 「おめえら……どうしてですか」

 大勢のシスターの中から、背が高く猫目、修道服のスカートの部分が短いのが印象的なシスター・ルチアと
 背の低い三つ編みのそばかす少女であるシスター・アンジェレネが一歩前へ出る。

 ルチアは言う。

 「シスター・アニェーゼ。貴方は私達の仲間です。そしてエレンも」
 
 アンジェレネは言う。

 「み、みんなで行った方がきっとなにか危ないことがあっても何とかなります!!」

 その言葉を聞いてアニェーゼは溜息をついてから

 「しかたねえですね……相手は魔女……なんが起こるか分かったもんじゃねえんですよ? それでも付いてくるんですか……まぁ……せっかく、またみんなで過ごすことが出来るんです。1人欠けてるのは嫌なんですよ……そういうことです」

 自分で言ってる意味がよく分からないとはアニェーゼも思う。
 しかし、そう言う事だ。
 彼女達アニェーゼ部隊のアドリア海の女王でのハッピーエンドはまだ終わってはいない。あと1人足りない。
 今からそれを取り戻しに行く。

 「忘れ物です。シスター・アニェーゼ」

 ルチアがアニェーゼの武器である『蓮の杖』を渡してくる。

 (……自分の武器も忘れちまうほど動揺していたとは……我ながらバカですね)

 そう思いつつもアニェーゼは杖を受け取る。


 そして古びた教会へと向かう。
 結局は話し合いの末、大勢で行って協力関係にある魔女を刺激しすぎてもいけないということで、とりあえずはアニェーゼ、ルチア、アンジェレネが行くこととなった。まずはエレンのことを任せてもらわなければいけない。
なぜなら今現在エレンを裁く権利は協力関係の魔女が握っているからだ。だがアニェーゼは何も不可能だとは思っていない。
エレンのことを任せてもらうこと。


 エレンと話をすること。
 そしてエレンを連れ戻すこと。
 大丈夫。
 必ず出来る。


 アニェーゼは古びた教会の扉を勢いよく開ける。それは彼女の意気込みそのものとも言える。




「鞍替えしていきなりですけど。あの子の事は私に任せてもらっちゃあくれねえでしょうか?」





 そしてその場にいる全員に聞こえるようにそう言った。


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