「は?」
朝、目が覚めた勇斗の目の前に広がるのは見慣れた天井ではなく、まして天井ですらない青い空。
勇斗は起き上がって周囲を見渡すと、見渡す限り草木ばかり。絶対に昨日はこんなところで寝ていないと言い切れた。
――どうなっているんだ?
勇斗は混乱していた。勇斗は昨日いつも通り学校から帰ってから、夕食、風呂、勉強を済ませて就寝。それが目を覚ましたら見たことの無い森の中に居るのだ。これで混乱するなという方が無理だろう。
とにかく状態を確かめようと持ち物を確認する。何故か服装はパジャマではなく、黒い学生服になっていた。ポケットには何も入っていない。つまり、勇斗は完全に手ぶらだった。携帯も無いのに自分の居場所が分かるような特殊能力はただの大学二年生、二十歳の常盤勇斗には備わっていない。故に此処が何処なのか皆目検討もつかない。
「ハハハ、意味わからねぇよ。はあ、動くか……」
此処で呆けていても何も変わらないと考えた勇斗は、ため息をつきながらも立ち上がる。そして先ずはこの森を抜けるべく歩き始めようとして、ふと空を見上げ固まった。
「あれは……はあ?」
勇斗の立つ丁度広場のようになっていた場所の上には、目を覚ました時と同じく青い空が広がっていた。冬用の学生服を着ているには少々どころではなく苦痛な温度の一因になっている太陽。青い空に絶妙なアクセントとなっている白い雲。これらは勇斗にも何の抵抗も無く受け入れられた。何せいつも見慣れたものであったし、無くてはむしろ驚いていただろう。
しかし、あの青い球体は何だろうか。あの赤い球体は何だろうか。あの黄土色の球体は? 数々の疑問が勇斗の頭を渦巻く。まるでそこにあるのが当然とでもいうように色とりどりの八つの球体が空に貼付けられていた。
「ま、先ずは歩こう。あ、新手のプラネタリウムかな? ハハハハ……はあ」
その太陽を入れた八つの天体を見て思考を停止していた勇斗だったが、たっぷり五分ほど掛けたものの動き出すことに成功する。
直後。
ガサガサと正面から草を掻き分けて何かが来る音が聞こえる。
――何だ? 此処を森と仮定すると……ヤベ、思いつかねぇ。熊とか? いやいや、ヤバ過ぎだろ!
勇斗には武器となるものは無い。喧嘩なら割と慣れているが、人間が熊相手に素手で戦うのは無謀を通り越して自殺だろう。そして緊張が最高潮に達した勇斗の前に現れたのは、
「ブルルルルル」
「は?」
声を出してしまった勇斗を誰が責められようか。現れたのは一メートル五十ほどの太い棒を手に持ち、身体は二メートルを少々越え、豚のような鼻、鋭い目、だらし無く涎を垂らした口、肌は明らかに人間のものでは無い緑色の生き物。勇斗の人生において間違いなく一度も見たことの無いものだった。
「け、喧嘩に勝てないのは確定的に明らか……。逃げるが勝ち!」
一目で勝てないと悟った勇斗は緑色の生き物に背を向けて逃げだす。だが、一度大きく声を上げると緑色の生き物も勇斗に向かって走り出す。そして、巨体の上大きな棒を持つ緑色の生き物は動きは遅いだろう、という勇斗の推測と裏腹に距離はだんだんと縮まってくる。
――何で!?
勇斗は悪い足場に慣れないが緑色の生き物は慣れている上、相手は大きな棒を持っているにも関わらず勇斗の予想よりも速い。故にこの命懸けのチェイスは勇斗には分が悪かった。
暫くして距離を詰めた緑色の生き物は勢いよく両腕を振り上げ、棒を勇斗の頭上に振り下ろす。
――くそっ。
背後に脅威が迫っていると感じた勇斗はずばやく左右に視線を走らせる。
――あそこ!
そして木々の隙間を見つけると、そこに向けて身体を投げ出した。
その直後、太い棒は激しく大地を揺らして地に叩きつけられる。そして、躱されたことを悟った緑色の生き物は勇斗の居る方向に向き直り、また棒を振り下ろすべく棒を持ち上げ始める。
――やっぱりただ逃げるだけってのは性に合わないな……。
足場は悪い上、そもそも何処に逃げればいいのかも分からないのだ。だから勇斗は敵に損傷を与えるために思考を巡らせる。
――鼻かな。潰すべきは。
緑色の生き物は形状からみるに多分鼻が発達していると予想した勇斗は鼻を潰すために思考する。緑色の生き物はかなり力が強い上、武器まで持っているので正面から向かうのは愚の骨頂だろう。先ず勇斗は学生服の上を脱ぎ学生服のズボンにワイシャツという姿になると学生服の上を手に持ち、もう片方の手を横の木に掛ける。
そして漸く棒を持ち上げた緑色の生き物は太い棒を勇斗を目掛けて振り下ろす。
「はっ」
それを勇斗は木に掛けた片手で木を押すと同時に、その方向に大きく横っ飛びして躱す。
――プレゼントだ……ぜ!?
勇斗は学生服を緑色の生き物の顔に投げ付けようとして、その顔を驚愕に歪める。
緑色の生き物は振り下ろした棒を勇斗に向けて力任せに横に振り払ったのだ。
――ぐ、この馬鹿力が。
風を切りながら迫る正に必殺の一撃を、投擲のモーションに入っていた勇斗は躱しきれないと悟ると、責めてもの抵抗に片手を身体の横で盾にしようとする。
直後。
腕の前に出現した何やら光り輝く透明な盾が棒を遮る。
「何だ!?」
衝撃までしっかり消し去った盾は棒の一撃で傷一つ付かない。緑色の生き物も困惑していて次の行動を起こさない。
――今!
いち早く立ち直った勇斗は今をチャンスと見ると学生服を緑色の生き物の顔に投げつける。
「ブル?」
狙い違わず学生服は緑色の生き物の顔面に掛かる。勇斗は視界が埋まって慌てる緑色の生き物に向かって駆け出し飛び上がる。
その時ふと、自分の腕の横でいまだに輝く盾が目に入る。
――拳よりこっちの方が効くだろ。
「喰らえ! 豚ぁ!」
学生服が掛かり前が見えない緑色の生き物の顔面に、光り輝く透明な盾をたたき付ける。すると、盾が一際強く輝きその巨体を大きく吹き飛ばす。
「ブヒィィィ」
勇斗は大きな声を上げ幾本かの木を薙ぎ払いながら吹き飛ばされる緑色の生き物を見届けると、逆方向に走り出す。
「あばよ! 豚」
◆◆◆
「はあ、はあ」
緑色の生き物から逃れて、ただ無心で走り続ける。すると、数十分程で小川につき、そこで息をつく。
――まったく、此処は何処なんだ? あんな生き物見たこと無いぞ。
あの緑色の生き物は勇斗の二十年の人生で一度も見たことの無いものだった。更に光り輝く盾も同様だ。
――もしかして、自由に作り出せちゃったりするか?
「来い! 盾!」
盾のことを思い出すと、右腕を前に出しさっきの盾をイメージして適当に盾を作り出そうとしてみる。
「マジか……」
すると腕の前に現れる先程の盾。腕を動かせばそれに従って盾も動く。
――何だか楽しいぞ?
勇斗は不思議現象で遊んびながら不意に空を見上げる。そこには太陽を含め、八つの球体が浮かんでいる。だが、その内黄土色のものだけ先程と変わって異様に輝いている。
「もしかしたら此処は……異世界かも」
こんな魔法みたいなものが使える上にここまで空の様子が変わっているとなれば、勇斗はその可能性を考えざるを得ない。
「な~んて……いや、マジでありそうだな。さて、こんな森が有るんだ。川に従って下れば人里の一つや二つあるだろ」
水を利用するために川沿いには必ず村が有ると考えた勇斗は川沿いに進んで行く。
すると、予想通り木の塀に囲まれた村らしきものが見えて来る。更に門らしきものの前には人間が一人居る。
「ビンゴ!」
予想が当たり村が在ったことに思わず勇斗の顔が綻ぶ。
「すいませ~ん!」
村に駆け寄り大きな声を上げる。すると門の前の人間が勇斗を見る。
「ん? 旅人? ……にしては随分身軽だな」
勇斗と同い年ぐらいの茶髪の男だった。身長は百七十の勇斗と同じぐらいだが、筋肉からかなり鍛えていることが分かる。肌も日本人に近い色。勇斗は多少親近感を抱いていた。
「いや、違くて。俺は気付いたら此処に倒れてたんです」
奇異の目で見られることを考え、初めは嘘を言おうかとも考えた勇斗だったが、此処まで世界観が違うと話を合わせるのは不可能だと考え、正直に伝えることにした。
「気付いたら倒れていた? お前、来訪人か! 災難だったな」
勇斗の境遇を一言で村人が看破出来たところを見ると、自分のような境遇は珍しくないのかもと考え勇斗はほっと息をつく。もし、珍しい存在ならそれこそ危険が待っている筈だからだ。
「来訪人って?」
とにもかくにも、勇斗は自分の境遇を聞いてみることにした。
「まあ、待てよ。先ずは中に入ろう。話ながら周りを警戒するのは骨だしな」
男はにこやかな表情で後ろの門を指差す。
「あ、はい」
すると男は何やら上に向けて合図を出すと門が開き、中に勇斗を招き入れる。
中は畑が広がり、左右には木造の家が並んでいた。
「ラーク、後ろのは誰だ?」
畑を耕していたおじさんが前方の男に話掛ける。
――ラークっていうのか。
「何でも来訪人らしいですよ、ゼボットさん。だからこれから家に連れていくんですよ」
「おお、そうしてやれ。何も分からず見知らぬ土地に一人……く~、可哀相でならねぇ。よし、俺から村長には言っとくからよ! 色々説明してやれ」
「ええ、分かってますよ。それとありがとうございます!」
にこやかに会話する二人を見て勇斗は唖然としていた。
――何だ? ……この善人共は。
だが、一気に頭を動かして挨拶だけでも試みる。
「俺は常盤 勇斗って言います。よろしくお願いします!」
自己紹介をして頭を下げる。
「名前の形式はドットレックやラインノートと同じか。俺はラーク=フェルグラントだ」
「俺はゼボット=アーガス。よろしくな」
ラークとゼボットも自己紹介を終える。
――ラークにゼボットか。よし、覚えた。
「よし、ついて来い。コッチだ」
ラークについて村を進む。村人と会う度に自己紹介と軽い会話をするので、かなりの時間を掛けてラークの家に到着する。
「此処が俺の家だ。コユキ!」
「お邪魔します」
ラークが大声を上げながら家の中に入る。玄関の先は中央に机の置かれた大きな部屋になっていた。
「あ、お兄ちゃん!」
すると柔らかい声と共に奥から短い茶髪の女の子が出て来る。
「あれ? その人は?」
女の子は可愛らしく首を傾げ、疑問を口にする。
「来訪人のユウトだ。さっき此処に来たばかりらしい」
「常盤勇斗だ。よろしく」
ラークに頭を叩かれながら紹介された勇斗は自分でも女の子に向けて紹介する。
「へ~ユウトさんか~。私はお兄ちゃんの二つ下でコユキ=フェルグラント。よろしくね」
「さてさて、まあ座れ。説明することが山ほど有るからな」
ラークに促されるまま、勇斗は木彫りの椅子に座る。
「コユキ、地図を持ってきてくれよ」
「はいは~い」
コユキが嬉しそうに奥へと入っていく。そしてラークは勇斗の座る対面に座ると突然悩み始める。
「何処から説明したものか……」
「じゃあ、質問していいですか?」
勇斗としても聞きたいことは山ほどあるのだ。いち早くその謎を解きたくて仕方が無かった。
「おう、そうそう、敬語じゃなくても良いぞ? 階級も歳も変わらんだろうし」
「あ、そう? それじゃ、お言葉に甘えさせてもらうぜ。で、最初の質問だけど来訪人ってのは?」
先程ラークが言っていた言葉がずっと気にかかっていた勇斗は来訪人を最初の質問にした。
「来訪人ってのは、異世界から来た人間のことだ。何処に現れるか分からないもんだから大抵は誰かに会う前にモンスターに会って死ぬことになるんだ。だからユウト、お前は運が良かったな!」
「うへぇ……俺もさっきでっかい棒を持ったデカイ緑色の豚鼻に襲われたぞ!」
先程の死闘を思い浮かべて勇斗は顔をしかめる。あんなことは二度としたく無いというのが勇斗の本音だった。もっとも、今ならあの盾を最初から使ってもっと上手く闘える自信は有ったが。
「おいおい、パワーゴブリンかよ。よく生きてたな」
それを聞くとラークが呆れた顔をする。
「おうよ! 何だかピカーって透明な盾が出来てな。そうだ、これって何なんだ?」
話しながら勇斗は手の平の前に盾を作り出しラークに見せる。
「知らん!」
「へ?」
期待が簡単に斬って捨てられ、マヌケな表情を作ってしまう。
「おっと勘違いするな? どんな力があるか分からないだけで能力自体は分かる。そいつは『ギフト』って代物だ」
「『ギフト』?」
聞いたことの無い名前に思わず聞き返してしまう。ギフトという名前はどうにも盾には繋がりにくい。
「お兄ちゃ~ん、ユウトさ~ん、紅茶と地図持ってきたよ~」
奥から三個のカップと丸めた地図と四つの重りをお盆に乗せてコユキが現れる。
「おう、サンキュー」
「ありがとう」
「どう致しまして~」
コロコロと笑うと紅茶をラークと勇斗の前に置き、間に地図を広げ四隅に重りを乗せて丸まらないようにする。そして自分も紅茶を持って椅子に座った。
「さて、『ギフト』についてだが……まあ、順を追って話していくか。コイツは後回しだ」
紅茶を一口飲んでからラークは話す。
「わかった」
勇斗としてもラークが話し易いようにしてもらった方がいい。
「来訪人に戻るが、来訪人ってのはな。何故来るのか原因はまだ分からないんだ。ゴメンな」
百パーセントラークのせいではないにも関わらず、申し訳なさそうにするラーク。
「いいよ。ラークが謝ることでも無いだろ。ところで元の世界に帰る方法は有るのか?」
来訪人という言葉を聞いてからずっと気になっていたことを聞く。
「……無い。いや、ゴメン。在るには在るんだ、いや、在った」
「在った?」
意図的に使われた過去形に勇斗に嫌な予感が走る。
「ある一族、いや、ある能力者だけが次元を操る能力を持っていたんだ」
「ある能力者?」
「これを説明するにはこの世界の力を説明しないといけない。よーく聞けよ。この世界において一番大切なことだからな。ユウト、お前の居た世界に魔法ってあったか?」
――魔法。やはり来たか。
勇斗は心臓が高鳴るのを感じていた。当然だ、魔法なんて勇斗にとってみれば夢のような存在なのだから。それが実在するとなれば興奮も仕方がないだろう。
「いや、無かった」
「そうか。この世界には魔法ってものが在るんだ。なあ、空を見たか?」
「ああ、あの星だろ?」
空に浮かぶ八つの星。その中で黄土色のものだけが異様に輝いていたのを勇斗は思い出していた。
「あれらの星こそがこの世界の魔法の源だ。空には十一の星が浮かぶ。それぞれが全ての人間に魔力と加護を与えているのさ。火星、水星、木星、土星、地球、金星、海王星、天王星、冥王星、太陽、月。これらが魔法をもたらすんだ」
淀みなくラークが説明する。
――おいおい、どれもこれも聞いたことあるな。
その十一の星の名前が全て聞いたことのあることに勇斗は戸惑いを感じていた。
「その名前って……」
「聞いたことあるか? でも多分お前の知ってる物とは完全に別物だぞ? 色とか全然違うんじゃないか?」
「うーん、よく分からないが違うような気がする。でも何でそんな名前が?」
いくらなんでも不自然だった。まるで関係ないものにそんな名前が付くことは有り得ない。一つならともかく十一個の星が全てとは、偶然では片付けられない。
「そりゃ来訪人が名前を付けたからな。初めて来た来訪人が名前を付けたらしいぜ。来訪人が沢山の発明や文化をこの世界にもたらしたんだ」
「へ~」
このことから来訪人はかなり密接にこの世界に関わっていることが分かる。勇斗は排斥されることが無さそうなことに人知れず安堵した。
「さて、聞くぞ。お前はあの中でどれが異様に輝いていた? それとも何も輝いていなかったか?」
ラークがこの言葉を発した瞬間、部屋の空気が止まったかのように勇斗は感じた。
――何だ? やっぱり大事なことなのか?
「黄土色のだけど」
「黄土色? 土星か! ……ふ~」
「は~緊張しちゃったよ~」
ラークとコユキが一気に緊張を解き安堵の表情を作る。
「何だよ? 何だったんだ?」
「いや~来訪人っていうからさ、『この世界を救うために現れた何かに選ばれた勇者です。俺は世界を救う!』なんて可能性があるじゃん? そうだったら俺の責任重大だしさ。いや~土星で良かった! 金星とか天王星とかだったら俺緊張で死んでたぜ。おめでとう、これでお前も今日から凡人だ!」
ラークはそう言い放つと無駄にいい顔でサムズアップする。
「私も~。ホント良かった~。ユウトさんはただの来訪人で」
喜んでいいのか悲しんだ方がいいのか微妙な気分になった勇斗だったが、二人の緊張の様子から何やら真剣な空気を感じていたので、それから解放されて自身も緊張を解いていた。
「で、どういう意味?」
勇斗としては自分が勇者になれるなどとは思ってないし、自分が特別などという考えは中学二年に捨てていたので完全に人事だった。
「ああ、あの星のどれが輝くかでそいつの魔法や加護が決まるんだ。因みに火星、水星、土星、木星、地球は別に珍しくは無い。なんせ人口の九十五パーセントは此処だ。それで残りの五パーセントが海王星と太陽と月と冥王星ってわけだ」
「だから土星で良かったってことだよ」
ほとんどの人間、つまり凡人は火星、水星などで超天才達が太陽などということだろう。
「随分と偏った配分だな」
率直な感想を勇斗が述べる。
「まあ、この星の能力者の割合に関してはこの世界の歴史が関わるからな。いつか自分で調べてくれ」
一先ず割合については置いておくことにする。それにまだまだ勇斗の疑問は尽きない。
「おっとまだ星の説明は続くぜ? 星毎に性質があって当然それぞれが与える力もその性質に近くなる。例えば火星なら、その名の通り『火』の性質と『略奪』の特性を持っている。だから火星の能力者の魔法はその性質が使いやすく、その特性を持ちやすいってことだ。相手の持ち物を燃やす炎とかな」
「成る程。星毎に属性があり、魔法もそれに近くなるってことか」
力をくれる星が違うということは、くれる力の種類も違うということだ。だとすれば魔法が変わるのも当然だろう。
「その通り、じゃ、全部の星を一応話しておくぜ。水星の性質は『水』、特性は『癒し』。木星の性質は『草木』、特性は『変化』。土星の性質『土』、特性は『守護』。地球の性質は『創造』、特性は『結束』。月の性質は『幻』、特性は『知覚』。海王星の性質は『大気』、特性は『自由』。冥王星の性質は『生死』、特性は『束縛』。太陽の性質は『加護』、特性は『浄化』だ。これぐらいは覚えておけよ。後は細かい区別もあるけどそれはおいおいな』
「俺は土星だから性質は『土』で特性は『守護』ね。だから盾なのか。というかさ……地球! 何で俺を選ばない! 地球の性質『創造』も特性『結束』も目茶苦茶カッコイイんだけど!」
勇斗は話の途中で音を立てて立ち上がり、憤慨する。その姿にラークとコユキは苦笑する。
勇斗は当然地球に住んでいたのだから全くの別物とはいえ、選ばれたかったというのが本音だったのだ。
「まあ、そう気にすんな。それと空を見た時気付いたか? 八つしか無かったろ?」
「ああ、それも聞こうと思ってた。まあ、それより聞きたいことも有るけど」
先程からラークの説明は金星と天王星が抜けているのだ。それが何を意味するのか勇斗には分からなかったが、最後に聞けばいいと今は他の説明に集中していた。
「まあ、それは後でな。俺達は空の星から魔力や加護を得るわけだが、当然いつも空に星が有るわけじゃない。例えば太陽なら夜には魔力供給や加護が0になる。星によって時間帯で力が変わるんだ。火星、水星、土星、木星、地球、太陽は昼間。月、海王星、冥王星は夜に力を発揮する。もっともその時間以外にも魔法は使える。ただし、供給も減るし、加護も薄くなるから身体能力まで下がっちまうがな。つまり、体内に蓄積された魔力だけで魔法を使うんだ」
「は~成る程ね」
空に自分を加護してくれる星が有る時こそ力を発揮できるということだ。勇斗は土星なので夜は魔力も加護も弱まるのだろう。
「そして次はさっきお前が使った盾のことだけどな」
「『ギフト』とか言ったっけ?」
勇斗自身の命を救った物だ、忘れるはずが無かった。その上自分が今使える唯一の魔法だ、気にならないはずもない。
「魔法ってのは構成を考えたり、魔力を加工したりと普通簡単に使えるものじゃないんだよ。長い詠唱が必要なものも有るしさ。だが、『ギフト』は違う。生まれた時に自分を選んでくれた星が必ず一人に一つ与えてくれるのさ。だから、生まれながらに発動出来る。まあ、最初は練度は低いけどな。『ギフト』はそいつだけのものだ、絶対に同じ『ギフト』は同じ時代には存在しない。昔に同じ『ギフト』があったって話はよくあるけどな。だから、お前がこの世界に来た後土星がお前を選んで『ギフト』をくれたってことさ。良かったな! 戦闘で使えるもので!」
「まったくだ! 盾じゃなかったら今頃あの豚の餌になってたぜ」
『ギフト』とは全員が持つその人固有の魔法。つまり、光り輝く盾は勇斗だけが持ち得る魔法ということだった。勇斗にしてみればこの『ギフト』はあの時において最高のものだったのだろう。
「あのさ、自分の『ギフト』については色々試してくしか無いのか?」
自身の『ギフト』の能力を一々確認しなければいけないとなるとかなり時間がかかるのは避けられない。一早く詳細が知りたかった勇斗にしてみればそれは苦痛だ。
「いや、街の『静寂の星光』の教会に行けば自分の『ギフト』について調べてくれるぜ」
「宗教?」
此処の世界観は中世といったところだろう。勇斗はその時代の宗教に対して良いイメージを持っていなかったので、自然表情もきつくなる。
「ああ、要約すると『私達のことは空から星々が見ています。だから誰も見ていないと思って悪いことをしても星がしっかり見てますよ』っていう宗教だな。テキトーにお星様ありがとうとでも言っておけば、にこやかに接してくれるさ」
ハハハと笑いながらラークは勇斗を叩いて、暗に心配するなと言う。
「テキトーだな」
「テキトーだよ」
「ちょっと! お兄ちゃん? ちゃんと寄付してくれることも言っておいてよ。良いところも有るんだから」
「寄付?」
お金が絡んだことでまた勇斗は緊張する。
「そう、教会は街から離れた村とかには時折寄付してくれるの」
「代わりにお星様ありがとうの刑だけどな」
コユキの説明に対してラークが笑いながら口を挟む。
「あれはお兄ちゃんが『いつも感謝してます~お星様~』なんてふざけて言うからでしょ!」
「だって星に祈りをとか言うからさあ」
「ハハハ」
その二人が笑い合う姿に勇斗は此処は平和なんだと思い安心していた。勇斗には高官や宗教はこういう時代では腐りきっているというイメージが強かったからだ。
「つーことでお前の『ギフト』はまた今度な。さて、次いくぜ! 星は空に浮かぶ間、加護と魔力をもたらすって言っただろ?」
「ああ、それが?」
特にその部分では引っ掛かりが無かった勇斗は不思議そうに聞き返す。
「星っていうのは力をくれるけど、その力はその力を受ける人全てに分割されちまうんだよ」
「つまり、力を受ける人が少ないほど力も大きいってことか?」
「その通り! だから、火星、水星、土星、木星、地球よりも海王星、太陽、月、冥王星、の方が遥かに力が大きい」
全体の九十五パーセントも擁する五星よりたった五パーセントの四星の方が遥かに大きい力を使えるのだろう。
「さっきから所々俺が飛ばしている星、分かるか?」
「ああ。天王星と金星だろ?」
勇斗がずっと気になっていた星だ。ラークの説明では最初の名前の説明以降全く出ていなかった。
「この二つはな、朝、昼、夜、場所関係なく空にいつでも浮かび続けるんだ。だから、その与える力は他の九つの星を遥かに凌駕する」
「な!? 二十四時間ずっと? 単純に二倍か……」
その力は正に他の星とは比べるべくも無いだろう。
「もっとも、九十五+五は百だ。つまり、この二つの星の能力者はもう存在しない」
「何でだ?」
「この世界の歴史だからなぁ。説明すると長いから別にいいだろ」
勇斗はラークの言葉が気になったものの、従わざる得ない。
「で、天王星だけがお前を元の世界に戻せるかもしれなかったんだが……」
「もう居ないってワケか」
「ああ」
ラークの結論に少なからず勇斗は気を落とした。帰る希望が無いと言われると急に恋しくなるものだ。
「後は、この地図を見ろ」
ラークは机に広げられた地図を指差す。そこには六つの大陸が描かれていた。真ん中の北の大陸は一際大きく、真ん中の南の大陸はかなり小さかった。
「今いるのは此処。北西の大陸、ペンタルトスだ。そしてその中でも此処は南に位置するローラルの村だ」
ラークが指差す場所には確かにローラルと書かれている。文字を見た時勇斗の中にまた一つ疑問が出来た。
「そういえば何で言葉が通じるんだ?」
「あん? そりゃ星の加護の一つだろ。安心しろよ。一度加護を受ければ脳がそれを記憶して加護が弱まったり解けたりしても分からなくなることは無いからよ」
「うわ~便利だな~」
「何か分からないことがあれば星のせいだとおもっとけ! 大体合ってるから」
「テキトーだな」
「テキトーだよ」
勇斗にとって言葉を覚えずに文字の読み書き、会話が出来るというのはありがたいことだった。新たに勉強する時間が減るのだから。
「そうだ、お前行く場所なんて無いだろ?」
「そりゃ当然」
此処で問題なのは住む場所も何も無いということ。一度大きな街で働き口を探すことになるだろうが、失敗すればあっという間に飢え死に。その姿の自分がやけにリアルに思い浮かべられ、勇斗は身震いした。
「まあ、今日は泊まって行け。明日街まで送ってやるから。この世界を知るためにも街に出ることは必要だ」
「何から何まですまないな、ありがとう、ラーク」
此処に定住したいという思いが勇斗の脳裏をよぎるが、それにしても先ずは金が必要だ。街で何らかの職を探さなくてはいけない。
「じゃあ、ついてきてユウトさん。ちょっと汚れてるけど空き部屋があるから」
「ありがとう、コユキ」
「どう致しまして~」
ラークの言葉を聞くとコユキが笑顔で勇斗を引っ張って部屋に案内する。
「ユウト~、部屋についたら考えでもまとめとけ~寝ても良いしよ」
ラークの声を背中越しに聞きながら階段を上り、空き部屋を目指す。
「此処だよ」
「へ~綺麗なもんだ」
部屋はベッドに机と本棚が並び、汚いと言っていたわりにはゴミも目立たず勇斗としては全く問題無かった。
――流石にどんなに汚かったとしても文句は言えないけどな。
「そういえばさ、コユキは何星?」
「私? 私は水星だよ。お兄ちゃんも同じ」
「へ~。水と癒しだっけ?」
さっきの説明中必死で記憶した中から、水星の性質と特性の情報を勇斗は何とか引っ張り出す。
「うん、よく覚えてたね。でも、それは大まかなだけで他にも色々あるから気をつけてね。じゃあ、ゆっくりしてて」
コユキは手を振りながら階段を降りて行った。
勇斗はそれを見届けるとドアを閉めてベッドに横たわり、今まであったことと情報を頭の中でまとめてみる。
「あ! モンスターについて聞くの忘れた……まあ、いいか」
初めに襲われて学生服の上をプレゼントすることになったパワーゴブリンを思い浮かべて、少しの後悔に苛まれるが後で聞けばいいと結論をつけると少し頭と体を休めるべく目を閉じた。
それと同時に緊張と頭を使って疲れていたのか簡単に眠りについた。