2010年07月27日 (火)時論公論  「口てい疫 畜産再生と危機管理」

 宮崎県は今日、県内に残っていた家畜の移動制限区域を全て解除しました。口蹄疫に感染した牛が最初に見つかって3ヶ月あまり。自粛されていた外出や会合なども自由に出来るようになり、ようやく町に平常の暮らしが戻ることになります。
 しかし口蹄疫が残した爪痕は深く、畜産だけでなく地域経済や人々の暮らしにも大きな影響を与えました。
 今夜は復興へと踏み出した畜産農家の現状と課題について考えます。

 宮崎県では今日、家畜の移動制限の解除とともに、一般の人たちにもイベントや集会の自粛を求めてきた「非常事態宣言」を全面的に解除しました。大勢の人が集まる図書館や美術館はこれまで休館となっていましたが、今日から再開しました。
また選手の保護者以外は球場に入れない異例の観客なしの試合が続けられてきた高校野球も今日からは一般の観客や生徒達も入場できるようになりました。

 今回の口蹄疫を巡っては全国各地でも、子牛の競り市などが中止され、影響は全国に及んでいました。
それだけに、移動制限が解除され、普段の生活を取り戻せたことに、宮崎県だけでなく全国の農家もほっとしたことだろうと思います。他の県に拡大することなく、ウイルスを宮崎県内だけに封じ込めたことは、率直に評価すべきだと思います。

 しかしウイルスの封じ込めに払った宮崎県の犠牲は、少なくありませんでした。
 
 川南町で牛500頭を飼っていたこの農場では、5月14日に一頭が口蹄疫を発症。飼っていた全ての家畜を処分せざるを得なくなりました。
40年以上牛を飼ってきた吉松孝一さんは機械の整備や農場の草刈りを行う日々だと言います。
毎日100頭以上の乳牛から牛乳を搾って出荷していましたが、出荷もその日以来止まったままです。

 ブタ1万5000頭を飼育していたこの農場も同じです。20以上あるどの畜舎も静まり返り、消毒に使った石灰が目立つばかりでした。
 毎月5000万円以上あった売り上げは、発生以降まったくなくなりました。20人いる従業員は雇い続ける予定ですが、今後の状況を考えると不安だといいます。

かつて日本でも有数の畜産地帯だった川南町一帯は、感染の拡大を防ぐため、全ての牛と豚が消えていなくなりました。この地域で処分された牛と豚の数は29万頭で、県内の4分の一に上ります。
処分を行った農家には国から補償金が支払われる予定で、農家としては、それを元手にすぐにでも経営を再開したいところでしょう。ところが、なかなかそうは行かない状況です。

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 一つは畜舎に残る大量の家畜の排泄物です。
 川南町周辺は家畜の処分は終わったものの、まだ排泄物が大量に残っています。口蹄疫に感染した家畜はよだれなどの分泌物や排泄物を通してウイルスを大量に排出するとされています。口蹄疫のウイルスは長期間生存するとされ、ウイルスがこうした排泄物の中に潜んでいる可能性があるのです。

 二つ目は、ウイルスがいなくなったことをどう確認すればいいのかです。通常、地域からウイルスがいなくなったことを確認するためには、その地区にいる家畜の抗体検査などをして、ウイルスの有無を確かめます。ところがこの地区には残っている家畜がいないため、そうした方法をとることができません。このためいつウイルスがいなくなって経営を再開できるのか分からないのです。

 そして三つ目は経営を再開しても、子牛などが売れるのかという不安があります。この地域の多くの農家は生後10ヶ月ほどの子牛を全国に販売しています。
 しかし全国の多くの農家が、口蹄疫への不安から宮崎県産の子牛の購入を見合わせるのではないか。そう恐れているのです。生産した牛が売れなければ再建はできません。

 こうした農家の不安に対し、農水省では、排泄物については、シートをかぶせて消毒をした後、60度以上に発酵させてウイルスを死滅させれば、新たに家畜を導入しても、感染リスクは極めて低いとしています。宮崎県でも8月末には家畜を導入して、本格的な復興に取り組みたい考えです。

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 しかしあれだけの感染拡大を経験した地域です。
 農家の不安を払拭するためには、例えば何カ所かに牛を導入して、感染しないかどうかの実験を行う。または壁などを拭き取って、遺伝子検査をする。こうした方法を実際に試して、ウイルスがいないことを証明しないと農家の人たちは納得しません。他の産地も宮崎県との取引を再開するとは思えません。
国はぜひ、この地域の安全性を証明し、全国にアピールできるような手段を考えるべきだと思います。

 それに加えて国に注文したいことは、今後の防疫体制や畜産のあり方を示すことです。
 
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農林水産省の口蹄疫疫学調査チームは、宮崎県での発生について、ウイルスの侵入は3月の中旬頃、アジア地域から人や物の移動に伴って侵入。一例目が見つかった4月20日にはすでに10軒以上の農家に感染が広がっていたとする見方を示しました。
 また地域内で感染が拡大した要因について、ウイルスを大量に排出する豚に感染したこと。そして処分する土地が不足したことを指摘しています。

感染症対策の基本が、早期発見、早期対応だとされていることを考えると、宮崎で口蹄疫の発見がなぜ遅れたのか?ウイルスはどうやって侵入してきたのか、そして処分など対策への備えが十分だったのか、まずは検証する必要があります。
 
 そして重要なのは、伝染病への備えを前提とした畜産のあり方を探すことではないでしょうか?

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 国ではこれまで国際競争力を高めるために、畜産の大規模化を進めてきました。この結果、ここ40年の間に農家の一戸あたりの規模は、肉用牛で25倍、ブタで220倍、鶏に至っては1400倍にも拡大しています。この間、日本では少ないエサで体重を増やす技術や、人工授精など、効率化を図る試みが徹底的に導入されてきました。
 この結果、日本の畜産は効率性においては、世界でもトップレベルとなっています。

 一方で家畜伝染病に対する備えは十分では無かったと専門家は指摘しています。日本は島国であったために、これまで家畜伝染病の重大な脅威にさらされることがなかったからです。

例えば処分の能力をこえた大規模畜産のあり方です。今回、処分が追いつかないことが感染拡大の要因となったことを考えると、リスクを踏まえた大規模化のあり方を探る必要があります。
また畜産農家が地域内に密集していることの危険性です。密集地帯に一旦ウイルスが進入したら瞬く間に感染が広がっていきます。こうしたリスクをどう考えるかです。

口蹄疫が大発生した台湾では、農場当たりの飼育頭数の上限を決めていますし、カナダでは新たに農場を開設する場合、隣の農場との距離を考慮して許可が出されます。日本でも飼育頭数を制限するのか、一定区域内での農場数を制限するのか検討する必要があるでしょう。
もちろん大規模化が悪いわけではありません。問題だったのは効率を追い求めて、経営にリスクの視点が抜けていたことです。

感染が集中した川南町周辺では、今後どういう畜産を目指すのか、農家同士が話し合いを始めています。
感染拡大を防ぐには、国、地域、農場、それぞれが連携して防疫対策に当たることが不可欠です。国も今後ここがモデル地区になるような畜産のあり方を一緒になって作り上げていくべきではないでしょうか。

今回の問題は全国どの産地でも起こりうる問題です。今回はたまたま宮崎で起こったと考えるべきでしょう。国や全国の産地には今日をスタートに、伝染病に強い畜産を作ることができるのか。そこが問われていると思います。

投稿者:合瀬 宏毅 | 投稿時間:23:58

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