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北朝鮮の特別機で、平壌からソウルまで飛んだことがある。9年前、欧州連合の訪朝団に同行した時だ。モデルのような乗務員が、軍用らしい真空パック詰めのピーナツを配ってくれた▼いったん公海上に出た旧ソ連製の機体は、できたばかりの仁川(インチョン)空港に降りた。北の飛行機は珍しく、韓国の取材陣が待ち受けていた。青い光に浮かぶ新鋭ターミナルを窓から見て、乗務員の表情が陰る。別れ際、失礼を承知で当夜の宿泊地を聞くと、「このまま祖国に帰ります」と冷たく返された▼平壌―ソウルは、東京―長野ほどの距離だ。同じ民族が半島の南北に分かれ、いがみ合う不条理。塗炭の現代史の根っこで、日本も軽からぬ責めを負う。極東の安定に資する明るい日韓関係は、暗い過去に向き合わねば始まらない▼韓国併合から100年にあたり、菅首相が談話を出した。日本式の名前を押しつけるなど、国と文化を奪ったことに「痛切な反省と心からのお詫(わ)び」を表し、未来志向の付き合いを呼びかけた内容である。韓国大統領も喜んだという▼謝罪で始まる関係はそろそろ終わりにしたい。それには、先方の意に反して植民地にし、民族の誇りを傷つけた史実を直視するほかない。またぞろ保守派が「謝罪外交」などと言い出せば、進むものも進まない▼あの乗務員は南の発展をどう伝えただろう。いや、口外はできまい。すべては北の独裁者のせいだが、半島の変転に深く関与した国として、この地の将来に無関心ではいられない。日韓で手を携え、別の100年を紡ぎたい。