2010年8月3日
3度目の決勝進出もスペインに敗れたオランダ
唐突だが、ロブ・レンセンブリンクというオランダ人選手を知っているだろうか。
もっともサッカー好きの中では、試合が続くことを「連戦ブリンク」という人もいるらしいので、説明するだけやぼかもしれない。クライフ、フリット、ファンバステンとスター選手を輩出しているオランダの中では影の薄い存在。その名を聞いたことのない人もいるはずだ。
先のW杯南アフリカ大会で32年ぶりにオランダが決勝進出を果たした。ふと頭に浮かんだのが、1978年アルゼンチン大会の中心選手、レンセンブリンクだった。思えばずいぶんと長い期間その存在を忘れていたような気がする。
オランダというと、どうしてもクライフ率いる74年西ドイツ大会のチームがクローズアップされる。確かに、あのチームについてはサッカー史において多くページが割かれるべきであろう。
しかし、クライフ不在の78年大会でも決勝まで進出しているのだ。クライフいわく、「あの時の代表チームは引き続き『トータルフットボール』のインスピレーションを持っていて決勝に進みました。そして、私がいなくても、勝つことができる力を持っていた」(ミゲルアンヘル・サントス『ヨハン・クライフ』中央公論新社)
さて、そのレンセンブリンク。若い読者のためにその姿をアップしようと思ったが、残念ながら当社のデータベースにはなかった。遠目にはクライフと間違えそうな背格好。顔つきは薄幸な美少年と言った感じ。人の輪から外れて物静かな雰囲気を好むような印象があった。
主にベルギーのクラブで活躍したレンセンブリンクは78年W杯では大会通算1000ゴールを含む5得点。PKによる得点が多かったが、左サイドでのドリブルが優雅だった。
アルゼンチンとの決勝で、1対1で迎えた後半終了間際のシュートはポストに嫌われた。もしあのシュートが決まっていれば、オランダが優勝し、レンセンブリンクは得点王に輝いていたはずだ。
しかし、延長でケンペスのゴールなどで2得点を許し、アルゼンチン初優勝の引き立て役に終わってしまった。
32年ぶりの決勝進出。外電によると、オランダのメディアは、栄光のトロフィーに最も近づいた彼から一言引き出そうと捜し回った。だが見つからない。誰も行方を知らない。寄せられた目撃情報はすべてうそだった。同国内のサッカー記者の言葉を借りると、「この惑星の地表から消え去ったようだ」
10年前にイギリスで出版された、ウィナー著「Brilliant Orange」(日本語版『オレンジの呪縛』講談社)にはインタビューが載っている。
前述のシュートについては、角度がなくてポストによく当てたと言えるくらいだ、と語っている。「あのシュートはむしろ完全に外れてくれた方が良かった。それなら誰もあのことを蒸し返さなかったはず。あれが本当の得点チャンスだったら、今でも苦しんでいるよ。あれを決めるのは不可能だった」
クライフと同じ63歳。静寂を好む名選手はいまごろどこかで好きな釣りを楽しんでいるのだろうか。(金漢一)