不可避といえる殺処分
これだけなら、1頭ごとに入念に健康管理すれば被害を最小限に食い止められるようにも思える。
今回の流行では記事作成時点(6月18日)までに殺処分などの対象が19万9000頭を超え、最終的にはさらに増える見込みだが、「そこまで殺さなくても…」「ワクチンで治せばいいのでは?」という声も上がる。だが、実情はそれほど生やさしくはない。
1つの牧場で数千から数万頭単位で肥育している場合、感染の有無を個体ごとに診断するのは不可能に近い。そのうえ、口蹄疫は非常に強力な感染力を持つ。牛の場合で6〜7日間、豚の場合は平均して10日間という潜伏期間(感染してから症状が出るまでの期間)があり、その間にも体内で増殖し、周囲にウイルスを拡散する。
「集団の中の1頭に症状が見られた時には、既に周囲に多数の感染が起きていると考えられる。症状の診断では予見できないし、防ぐこともできない」(村上教授)
感染した個体の鼻水や唾液(だえき)、排泄物は大量のウイルスを含み、周囲に空気感染するほか、野ネズミなどの小動物や肥育用具、人間などに付着してほかの牧場にも拡散する。生産現場は我々が考えるよりはるかに清潔だが、感染が疑われる家畜はもちろん、人や車の生産現場間の移動まで規制しなければウイルスの拡散は防げない。
ワクチンについての誤解も多い。今回、宮崎の発生地域で使われたのは感染拡大を防ぐためで、治癒を目的とはしていない。ワクチンを接種することで家畜の体内に抗体を作り、感染した場合でも症状を低減させてウイルスの放出量を減少させる──つまり感染域の拡大速度を抑えるのがワクチン接種の目的なのだ。
出所:帝京科学大学 村上洋介教授
このため、たとえワクチンによって発病が抑えられていても、その家畜がウイルスを持ち続け、再び感染源になることもある。アフリカ水牛では5年以上もの期間にわたってウイルスを持ち続けた例があるという。
しかも現状では、ウイルスに感染したかどうかを抗体の有無で判断するしかない。ある個体に抗体を発見したとき、それが感染によるものなのか、ワクチンによるものなのかを区別できないのだ。抗体を持つ家畜はワクチンを接種したものも含め、すべて殺処分しなければ安全は確保できない。